「――――っ!」
 標的が視界の中をよぎったのはほんの一瞬だけ――しかし、彼女にとってはその一瞬だけで十分だった。その一瞬でタイミングを計ったしずかがテケ車の主砲を発砲、放たれた砲弾は正面の茂みに飛び込み、爆発を起こす。
 だが、直撃はしていない――否、“させていない”。すぐに鈴に後退を指示する。
 しかし、相手の方が早い。茂みから飛び出し、ジュンイチがテケ車に向けて突撃する。
 だが、しずかにとってもジュンイチが仕掛けてきたのは好機であった。茂みから出てきてくれたことで彼女からも狙いやすくなった。
 この機を逃してたまるかとすぐに再装填、照準を合わせる――狙うはジュンイチの予想進路から少し脇。至近への着弾の衝撃で吹っ飛ばすのが狙いだ。
 しかし、ジュンイチもそんな真っ向からの攻めで倒せるほど甘い相手ではない。しずかの発砲と同時に加速して着弾のタイミングをずらし、砲弾はジュンイチの後方で地面に突き刺さり、爆発する。
 そして――さらにもう一段、今度こそ最高速へと加速。思い切り地面を蹴り、蹴り砕かれた地面が土煙を巻き上げる中、一気にテケ車との距離を詰める。
「ぐ……っ!」
 近づかれすぎた。もう砲撃では狙えない。拳銃で対応するしかない――鎧の胸当ての裏にひそめていた拳銃を抜き放つが、
「ハイ遅い」
 ジュンイチの手によってチェックメイト――距離を詰められ、のど元に苦無の刃を押し当てられたしずかは、観念してその手の拳銃を手放した。

 

 


 

第39話
「惚れたのか?」

 


 

 

 しずかと鈴の柾木家初来訪から一夜明けた翌日。
 大洗チームの訓練はみほ達に任せて、ジュンイチとムカデさんチームは対BC自由学園戦に向けての特訓を開始した。
 主な目的は連携強化。そのためにはお互いに相手が何ができ、どのくらい動けるのか把握しなければならない――



「……そこまではわかるよ。
 でも、だからって、『実際味わってみるのが一番早い』って真っ向勝負の模擬戦からスタート、っていうのは、いろいろと発想が先走ってると思うんだよ、私は」
 一戦ごとに細かな休憩ははさんでいたが、三戦ほどしたところでみほ達の休憩とタイミングが重なったのでここで大休止――水分補給に麦茶をいただき、鈴はその麦茶を持ってきてくれた華にそうこぼした。
「本家戦車道の練習って、こんなのが普通なの……?」
「あー、ウチはいろいろと特殊な方みたいだけど、二人の場合は特にレアなパターンだねー」
 尋ねる鈴にそう答えたのは、華と一緒に、しずかの分の麦茶を持ってきてくれた沙織だ。
「実は、最初の訓練の時、教官として来てくれた蝶野さんって人がまたキョーレツな人でね。
 その時の私達はまだ戦車の動かし方すら知らなかったのに、そんな状態からいきなり模擬戦やれって言い出して」
「いきなり!?」
「そう、いきなり」
 驚く鈴に答えて、沙織は自分の麦茶を一口。
「なるほど……
 そうした訓練から始まったから、私達の訓練も……」
「いや、そうじゃなくて。むしろ逆。
 柾木くんにとって、アレはモロ反面教師だから」
 そして、ひとり納得してつぶやくしずかの言葉を訂正した。
「その時に、『まだ基本もできてないのに模擬戦なんて危ない』って真っ先に抗議したのが柾木くんなの。
 そんな柾木くんだから、私達の訓練も今みたいにビシバシやり始める前に徹底的に安全教育をやってたんだけど……」
「なるほど。
 そんなふうに安全第一でやってきた柾木くんが、今回私達には、その……蝶野さんだっけ? その人みたいにいきなり模擬戦からスタートしたのが、武部さん達的には珍しい、と」
 沙織の話に鈴が納得すると、



「――ムカデさんチームを認めている、ということだろう」



「って、麻子……?」
 口をはさんできたのは、「大休止の間に少しでも寝ておく」と横になっていた麻子だった。
「認めてる……って?」
「言葉そのままの意味だ。
 柾木はすでに一度、鶴姫さんと松風さんの試合を見ているんだろう? その動きから、私達が最初に受けたような“安全講習”は省いても大丈夫だと判断したなら……」
「あー、うん。よくわかった。
 そうだとしたら……おかまいなしにスパルタモード入るよね、柾木くんの場合」
 自分の問い返しに答えた麻子の言葉に、沙織は心から納得した。
「いきなり柾木くんから認められるってすごいことだよ。
 基本、“身内”って認識した相手にはとことん過保護だから、柾木くんって」
「無茶するしかないところでは思い切り無茶させに来ますけど、それ以外のところは全力で危険を避けさせようとしますからね……」
「その心配ぶり、さながら娘を溺愛する親馬鹿の如し」
「そ、そこまでなんだ……」
 沙織、華、そして麻子――三人のコメントに、鈴は思わず苦笑する。
「でも……うん、そうか。
 柾木くん、私達の力を認めてくれてるんだ……なんかこれすごくない、姫!?」
 しかし、ある程度ではあってもジュンイチに実力を見てめられているという事実は鈴を十分に興奮させるものであった。鼻息を荒くしてしずかへと声をかけるが、
「確かに、あれほどの御仁に認められたのは誇らしいことだと思うが……今重要なのはそこではない」
 対するしずかは、嬉しそうにこそしていたが、それでもまだ冷静さの方が勝っていた。
「今我々はBC自由学園との対戦を控えた身。
 重視すべきは、彼女達との戦の時までに我らの実力をどこまで伸ばせるか、であろう。
 御身もそうお考えなのではないか――柾木殿?」
「まー、言いたいことはわかるけどなー」
 しずかが話を振ったのはその場にいない相手――かと思われたが、答えはあっさりと返ってきた。驚いたしずか以外の面々が見上げると、そこにはテケ車の砲塔の上に腰かけたジュンイチの姿があった。
「いつの間に……!?」
「割と最初っから。
 オレの話をしてんのに、本人がノコノコ姿さらせっかよ。気まずい」
「後で全部聞かれてたとバレる私達の方が気まずくなるとは考えてくれないのかな!?」
 華に答えたジュンイチに、沙織が力いっぱいツッコんだ。
「それよりも、だ――っ、と」
 だが、ジュンイチにとっては沙織のツッコミよりもしずかへの話の続きだ。言いながらテケ車の上から飛び降りて、しずかの前へと進み出る。
「『言いたいことはわかる』……か。
 それはつまり、『理解はできるが自分の意見は違う』……と?」
「そーゆーこと」
 先の言葉の意図を汲んだしずかからの確認に、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「BC自由学園との試合を前に、少しでも実力を伸ばしておきたい――その気持ち自体はわかるよ。
 けど、もしそれで、この模擬戦の目的が試合に向けてお前らの技術を伸ばすことにあると思ってんなら、そいつぁちょいとカン違いしてるね」
「つまり、柾木殿が我らに模擬戦をやらせている目的は、我らの技術向上とは別にあるというのか?」
「それが目的なら最初からあんこう相手にガッツリやらせるわい」
 聞き返すしずかに、ジュンイチは何気に死刑宣告なIFをサラリと提示して――
「知ってもらうこと……だよね?」
 そう口をはさんできたのは、ウォーターサーバーを持ってきたみほだった。
「みぽりん、それ……」
「うん。
 みんな、おかわりいるかな、って」
「もらえるか?
 おかわりどころか一杯ももらってない」
 沙織に答えるみほに、寝ていたから麦茶をもらい損ねていた麻子が答える――そんな光景にギョッとしたのは鈴である。
「って、えぇっ!?
 天下の大洗の隊長さんがそんな雑用を!?
 そんなの私達がやりますよ! 教えてもらいに来てる身の上なんだし!」
「そ、そんな!
 松風さんと鶴姫さんはお客さんだし……」
「あー、やらせてあげてくれ、松風さん。
 西住さんって、そーやって気を遣われたり持ち上げられたりするとかえって申し訳なくなっちまうタイプの人だから」
 みほに代わってみんなの麦茶を用意しようとする鈴とそれに対して遠慮するみほ――危うく押し問答になるかと思われたが、それを察したジュンイチが鈴をなだめる形で割って入った。
「ホント、コミュニケーション消極的なクセして、本質的に世話好きなんだよなー、西住さんって」
「柾木がそれを言うのか」
「方向性が違うだけで、世話好き度合いじゃ柾木くんの方がよっぽどじゃない」
「わたくしと家の件といい、みほさんとしほさんの件といい……柾木くんが世話を焼いた案件、何件あると思ってるんですか……」
「うぐ……っ」
「それはいいんだが」
 しかし、麻子、沙織、華から口々にツッコまれる――たじたじになるジュンイチだが、そこでしずかが話を軌道修正。
「西住殿。
 『知ってもらうこと』……とは?」
「あ、えっと……
 お二人にも、柾木くんがお話しましたよね? 『自分のできること、できないこと……できることがどのくらいできるのか』って。
 お二人の模擬戦の目的は、正真正銘、それだけなんですよ」
「それだけ、って……
 私達の操縦技術とか、戦術とかは……?」
「今回はそこまで求めてねぇよ。
 模擬戦繰り返す中で自然と伸びる分だけでじゅーぶんだ」
 みほによるしずかへの答えに首をかしげる鈴だったが、そんな彼女にはジュンイチが答えた。
「前回のアリサ達との試合で、作戦遂行能力は十分にあると判断した。
 敗因だった足回りのアレコレも、あれで十分教訓になったろうし……BC自由チームに勝つために必要な実力の水準は、とっくにクリアしてんだよ、お前らは。
 だから今回は、技術面を伸ばすことはあえて考えない。オレとの連携に慣れて、オレがいる状態でもあの実力を十分に発揮できるようになること。そこに集中する。
 そして、そのために必要なこととして、何がどのくらいできるのか、それをお互いに確認し合おうっていうのが、今日の模擬戦の趣旨だ」
「なるほど……」
 ジュンイチの説明にの、しずかは腕組みして納得した。
「『彼を知り己を知れば百戦危うからず』……その考えのもとに、我らはBC自由学園の試合への物見へと参じた。
 ならば次はもう一方、己を知る番――それが今の我々のやるべきことだと?」
「そーゆーこと。
 案外疎かになりがちだからな、コレ。今後も定期的にやっとくことをオススメするよ」
 確認するしずかにうなずき、ジュンイチはそうアドバイスして――
「……『己を知る』ねぇ……」
 そんな声が上がった――見れば、沙織がこちらに向けて胡散臭げな視線を向けている。
「…………何?」
「いや……柾木くんがそれ言うのかなー、と」
「どういう意味だよ?
 オレは自分の戦力確認きちんとやってるぞ」
「戦力『しか』確認してないから問題なんだろうが……」
「ですね」
「え? え?」
 答える沙織に返すが、今度は麻子や華からも言われてしまう。
「……どゆコト?」
 こうなったら頼れるのは彼女だけだと、みほに尋ねるが、
「知らないっ」
 なぜかそのみほにまでそっぽを向かれてしまうのだった。



    ◇



「……ちくしょう」
 そして迎えた試合当日――対峙する“相手”を前に、アスパラガスは開口一番舌打ちをもらした。
「ぬかったざます……この卑怯者ども!」
「はて、何のことやら」
 つい先日、自分達のフォロワーだと思って握手した相手が――しずかが、対戦相手として立っているのを前にして。
「先のあいさつは純粋に、次の試合で戦う相手に敬意を表したまでのこと」
 対し、しずかはといえば平然としたものだ。いけしゃーしゃーと言い放ち、
「しかし――」



「すでに勝負は決セリ」



 戦う前から、勝利宣言までぶちかました。
「フッ、たった一輌で何ができるざますか?」
 しかし、ムカデさんチームの戦車はテケ車がたった一輌だけ。戦力差は歴然だ。
 確かに勝負はすでに決しているが、それは「BC自由学園チームの勝利で」という形でだ、とアスパラガスがしずかの勝利宣言を鼻で笑い――



「お前らに勝てる」



 回答はあっさりと返ってきた。
 だがその声も、口調もしずかのものではなかった――というか、そもそも女子の声ですらなかった。BC自由チームの面々の視線が、一斉に声の主へと集中し、
「よっ」
「ウソ、柾木ジュンイチ!?」
「大洗チームの……こないだの全国大会MVP!?」
「大洗の黒い悪魔が、なんでアイツらと!?」
 軽いノリであいさつするジュンイチの登場に、BC自由チームの中から続々と驚きの声が上がる。
「ま、いろいろ思うところがあってね……主にアンタらの無礼についてアレコレと。
 なので、今回の試合、ムリ言ってコイツらと組ませてもらうことにしたワケだ」
 が、ジュンイチは気にしない。自分がここにいる理由を説明し、みほにもよくやってあげているようにしずかの頭をなでてやり――うっとうしかったのか、当のしずかに振り払われた。
「なるほど。
 用心棒というワケざますか……」
「そいつぁちょっと違うな」
 得心がいったと告げるアスパラガスだが、やはりジュンイチはあっさりと答える。
「言ったろ? 『ムリ言って組ませてもらった』って。
 コイツらはオレを用心棒にするつもりなんかなかった。むしろオレの方が押しかけた側さ。
 つまり、今回オレはただの添え物――」



「てめぇらごとき、本来ならムカデさんチームだけで十分に倒せる相手だってことさ」



「……ほぅ」
 真っ向から叩きつけられたジュンイチの挑発に、アスパラガスのこめかみがピクピクとひきつった。
「言ってくれるざますね……
 たった一輌の戦車とたったひとりの歩兵に対し、我らは六輌……いくらあなたでもこの戦力差をひっくり返せるとも思えないざますが……
 いったい何ができるのか、お手並み拝見といかせてもらうざます」
 言い放ち、アスパラガスは自分達のチームの元へと戻っていく。
「えっと……柾木くん?」
「とりあえず、先制パンチには成功したねー♪」
 いきなり相手を挑発して本気にさせるとは、いったい何を考えているのか――困惑の視線を向ける鈴だが、ジュンイチにしてみれば試合開始前から舌戦で叩きのめしてメンタル的に優位に立つのは常套手段なので気にするはずもない。カラカラと笑いながら鈴にそう返し、
「ま、そう心配しなさんな。
 お前らだけでもじゅーぶん勝てる相手――その評価に嘘偽りを込めた覚えはねぇよ。本当にお前らだけでも倒せる相手だ」
「本当に?」
「本当だ、鈴」
 そう答えたのはジュンイチではなく、しずかだった。
「私達は――」



「もうすでに、アスパラガス殿に勝利している」



    ◇



 お互いが戦車に乗り込み、試合開始――フライングタンカース戦と同じく、まずは各自が所定のスタート地点に移動、そこから戦闘開始である。
 と、いうワケで、テケ車もまたスタート地点に向けて移動中だ。
「でも、二人は勝算あるみたいだけど、“あの作戦”で大丈夫なの?
 アスパラガスさんじゃないけど、戦力差は圧倒的だよ。まともにぶつかったって……」
 そんなテケ車の中で、現実的な視点から鈴がしずかに尋ねると、
「そうだねー。
 まともにやったら、勝ち目なんぞ髪の毛先の細胞ひとカケラ分もねぇわな」
「って、ちょっと!?」
 テケ車の砲塔の上で平然と言ってのけたジュンイチの言葉に、鈴は思わず悲鳴を上げた。
「いや、だって向こう六輌だぜ。
 テケ車一輌で何ができるってのさ?」
「さっきまでのあの自信はいったい何だったの!?
 ……そ、そうだ! 柾木くんが最前線で大暴れしてくれれば!」
「幅広く展開されたら、いくらオレでも止めらんねぇぞ。
 正面の一、二輌でオレを足止めして、残りでテケ車を袋叩き、なんてやられたらどうしようもない――足止めに徹せられたら、さすがのオレも秒殺ってワケにはいかなくなるし……
 ぶっちゃけ、そんな状況に持ち込まれたら、オレが足止め蹴散らして駆けつける前にテケ車が叩きつぶされるだろうな」
「そんなぁ!」
 ジュンイチのシミュレーション結果を知らされ、鈴が再度悲鳴を上げ――
「案ずるな、鈴」
 そこで口をはさんできたのはしずかだった。
「柾木殿の語ったことは“真っ向から戦ったら”という想定の話でしかない。
 そうであろう? 柾木殿」
「まーね」
「それを早く言ってよ!」
「言ったよ!」
 鈴から抗議され、ジュンイチも「『“まともにやったら”ムリ』って言ったろうが」と反論する。
「よーするに、オレ達大洗が全国大会でやってきた戦いと同じさ。
 まともにやって勝てないなら、“まともじゃなく”戦えばいい」
「まぁ、それはわかったけど……結局のところ、“あの仕掛け”を使ってどう攻めるの、姫?」
 ともかく、今はBC自由学園にどう勝つかだ。策はあるのかと鈴は後ろのしずかへと振り向いて――
「――――っ!?」
 固まった。
「…………?
 どったの、松風さん?」
 そんな鈴の様子に首をかしげるジュンイチだが、当の鈴はそんな彼からの問いかけに答えるどころではない。
(脚が! 綺麗な脚が……っ!)
 ちょうど目の前の、しずかの見事な脚線美に釘付けになっていたから――むしろ、そんな有様でも運転を誤らないのだから大したものだ。
 と――
「…………ん?」
 ふと、頬に落ちた水滴が、鈴を現実に引き戻した。
「雨……?」
 そう、雨だ。しずかが顔を出すために開け放たれたキューポラから降り込んできたのだ。
「天気が崩れてきたようだな」
「あぁ……“想定通りだ”」
 だが、しずかとジュンイチはかまわない。しずかのつぶやきにジュンイチがうなずき――
「天は我に味方せり」
「いや味方も何も最初から想定内だっつってんだろ」

 しずかがジュンイチにツッコまれた。



    ◇



「雲行きが怪しくなってきたなぁ」
「あ、降り出した」
 ギャラリーの集まる、フィールドを見渡せる丘の上――他のギャラリー達が口々に言いながら雨具を取り出す中、はるかも自分の折りたたみ傘を取り出して――
「いやぁ、戦車道日和になってきたなぁ」
 そのとなりで上機嫌なのはアンチョビ。もちろんペパロニも一緒だ。
 直接の面識のなかった両者だったが、楯無高校の制服を着たはるかの姿を見つけ、ムカデさんチームの友人、もしくは関係者と踏んだたアンチョビが声をかけ、その縁でそのまま行動を共にしていた。
「これはおもしろくなってきた! ワクワクするなぁ!」
「そ、そうなの? アンチョビさん」
「戦車道は雨天試合が華さ。
 ラグビーと一緒だよ」
 門外漢故に実感のわかないはるかにアンチョビが答えると、

 プップーッ。

 突然、そんな彼女達に向けてクラクションでの呼びかけがかかった。
 振り向けば、そこには一台のジープが。運転しているのは――
「Hey、アンチョビ、ペパロニ!
 もっとよく見えるところまで乗ってかない?」
「アンチョビお姉ちゃん、ヤッホー♪」
「アリサさん!」
「おー、サンダースの!
 エアルソウルも一緒か!」
 そう、アリサだ。助手席のファイと共に声をかけてきた。
「ここより見えるところと言うと……“中”か!
 ソイツぁ言い! 行くぞ、ペパロニ! 遠藤!」
「え? え?
 どこに……? “中”って……まさか、フィールドの!? 入れるんですか!? というか入っていいんですか!?」
「そ。
 タンカスロンは運営団体がいないせいで管理体制ガバガバだからね。
 おかげでフィールドの中にも入り込み放題ってワケ」
 事情を知るアンチョビはすぐに話が通じてノリノリだが、そうではないはるかには何が何やらサッパリだ。困惑するはるかに、アリサが“事情”を説明してくれた。
「いやー、助かるな!
 さすが太っ腹のサンダース!」
「私らのジープのガソリン、これで節約できるっスね!」
「節約志向は大いにけっこうだがさすがにそれはみみっちすぎるぞペパロニ!」
「あの……私もいいんですか?」
「ムカデさんチームの関係者でしょ? かまわないわよ」
 口々に言いながらアリサのジープに乗り込むアンチョビとペパロニをよそに、遠慮がちなはるかにアリサは気にするなと返して――
「あー、でも」
 そんなはるかに、アンチョビが付け加えてきた。
「運営団体がいなくて管理体制ガバガバだから、試合中の戦車に誤射されても自己責任だからなー。
 今日は橋本も連れてきてないから盾役もいないし」
「ちょっと!?」
 それはアレか。流れ弾で木っ端微塵にされる展開も有り得るということか――しれっと付け加えられた一言にはるかが青ざめるが、
「だーいじょーぶっ!」
 自信満々に声を上げたのはファイだった。
「何かあってもわたしが守るから!」
「ファイちゃんが?」
「こう見えてもあの柾木ジュンイチの“同類”よ。
 トンデモ具合はさすがにアイツには及ばないけど、私達を守ってもらうには十分よ」
「えー……?」
 聞き返すはるかにアリサが答える――が、異能のことを知らないはるかからすれば、こんな小学生の女の子に何ができるのか、半信半疑どころか“無信全疑”もいいところだ。
 なので、はるかがファイに訝しげな視線を向けてしまうのも、仕方のない話ではあるのだが――
「えっへんっ!」
 そんなはるか達の疑念などまったく意に介さず――というかそもそも気づきすらせず、ファイは自信たっぷりに胸を張ってみせるのだった。



    ◇



 スタート地点に到着、ここからいよいよ、本当の意味での試合開始だ。
 が、相手はテケ車一輌だけ。接敵には時間がかかるはず――そうにらんだアスパラガスは、受験組のR35三輌を偵察に出し、エスカレータ組の自分達だけで悠々と作戦の確認に取りかかっていた。
「ヤツらの――ムカデさんチームの、対フライングタンカース戦を調べた。
 その上で言わせてもらうなら――あのリボン女は、戦車道の何たるかをわかっていない」
 その席で、アスパラガスはムール以下エスカレータ組の同志達に向けてキッパリと言い放った。
「囮の戦車にまで手当たり次第にかみつくなど、戦術の定石も知らない、ただ暴れられればいいという狂犬の如き粗暴の輩……
 だが、だからこそ逆に読みやすい。ヤツは必ず囮に食いつく」
 言って、アスパラガスは“囮”の走っていった方角へと視線を向けた。
 そう、彼女達の言う“囮”とは――
「今回は、受験組の庶民どもに存分に戦ってもらうざます」
 偵察と偽って送り出した、受験組である。







「クソッ、アスパラめ……
 うちらのことをエサ扱いか!」
「かまわないわ」
 一方、先行する受験組も、アスパラガスの思惑には気づいていた――が、隊の実権をアスパラガスに握られている今は従うしかない。
 が、それでもやはり不満なものは不満なのだ――思わず愚痴る部下を、受験組のリーダー格であるボルドーは気にするなとなだめた。
「前回みたいに干されるよりはマシよ。退屈しないで済む。
 それに……」
 言って、思い出すのは、先の試合の後、アンチョビの屋台に立ち寄った自分達にからんできたしずかの姿。
 今にして思えば、あれは自分達に近づくための芝居だったのだろうが――
(でも……そうだとしても……)
「……いい飲みっぷりだったしね、あの子。
 戦場でも、付き合うに値するヤツだ」



    ◇



 一方その頃、ムカデさんチームは――
「……よし、こんなもんかな。
 柾木くん、そっちはー?」
「オレを誰だと思ってんだ? とっくに終わってんよ。
 松風さんの方が終わったって言うなら、これにてテケ車の突貫DIY、無事完了だよ」
 スタート地点から動かず、テケ車にちょっとした細工――ジュンイチの言うところの“DIY”を施していた。
「うん、それっぽい感じ!
 姫ーっ! そっちはどう?」
「柾木の読み通りの動きを見せている」
 なお、作業に参加していなかったしずかが何をしていたかといえば、BC自由チームに対する見張りだ――作業の成果を確かめながらの鈴の問いに、双眼鏡をのぞき込んだままそう答える。
「そっか。
 やっぱ、受験組を偵察兼囮に出してきたかー」
「柾木くん、よくわかったね」
「前回のお前らの試合を見たヤツなら、まず選択肢のひとつとして挙がるさ。
 あの試合でフライングタンカースは、随伴の二輌を先行させてフラッグ車を孤立させた。
 その狙いは先行車輛によるサーチ・アンド・デストロイ……に見せかけ、孤立したフラッグ車を相手が狙ってくるよう誘いをかけて包囲する誘導作戦。
 だが……」
「あー……
 私達、その先行してた二輌に思いっきりかみついたんだっけ」
 前回の試合を思い出す鈴に、ジュンイチはうなずいた。
「結果としてアリサ達は裏をかかれる形で作戦を完全につぶされた。
 だから、アレを見てたヤツはたいてい思いつくだろうよ――“アレに味をしめて、同じ状況を作ってやれば同じようにくいつくだろう”って。
 アスパラガスが偵察を先行させたのもそれだ。オレ達がその先行偵察部隊に食らいつくと考えてのこと。
 そして――」



「先行部隊もろともをオレ達を包囲、殲滅するつもりだ」



「えぇっ!?」
 ジュンイチの告げた仮説に、鈴は思わず声を上げた。
「そ、それって、味方ごと私達を撃つってこと!?
 いくら何でも、そんなこと……」
「やりかねない下地がBC自由学園にはあるからなぁ。その可能性は想定しておくべきだろ。
 何しろ、いつもいがみ合ってる相手に、いつもの嫌味の叩き合い“以上のこと”ができる絶好のチャンスなんだから」
「あ…………」
 いくら何でもそこまでするかと反論するが、ジュンイチもまたあっさりと答える――その説明に、鈴はBC自由学園の抱える内紛問題のことを思い出した。
「ま、もっとも――こっちだって、そんな見え透いたワナにはまってやる理由なんぞカケラもないワケで」
 しかし、ジュンイチはかまわない――なぜなら、そんなアスパラガス達の策が成就することはないのだから。
「『敵を謀らんとするならば、敵の智謀の度をもって謀らんとすべし』――諸葛孔明の言葉だ。
 と、ゆーワケで……」



「アイツらには、しずか姫の手の平の上で踊ってもらうことにしようかね」



    ◇



「……どうだ?」
「定石だな。
 一部を先行させての、サーチ・アンド・デストロイ……」
 一方、観戦にちょうどいい高台を見つけたアンチョビ達も、BC自由チームの動きを捕捉していた。尋ねるアリサに、アンチョビが双眼鏡をのぞき込みながら答える。
「私達がやったのと同じか……」
「んー、どうだろ。
 お前らの時に比べて、本隊との間がだいぶ開いてるのが少し気になるな……」
「それって……」
 アンチョビの答えに、アリサが眉をひそめる――BC自由学園の内紛の事情を知る身としては、正直イヤな予感しかしない。
 ――が、
『まぁ、柾木がいるんなら大丈夫だろうけど』
 割と身も蓋もない理由で、二人はまったく心配していなかった。
「となると、注目すべきはムカデさんチームがどう出るか、ね……」
「だろうな。
 柾木の性格上、迷わずムカデさんチームの糧にすることを考えてそうだし、この状況は」
 アリサのつぶやきに同意すると、アンチョビはアリサに尋ねる。
「対戦経験者としての意見は?
 あの子達なら、どう出ると思う?」
「そうね……」
 アンチョビの問いに、アリサは少し考えて――
「ウチがやるとしたら、マカロニ作戦っスね、姐さん!」
「それやって大洗に負けたよな私達!」
 口をはさんできたペパロニにアンチョビがツッコんだ。
「えー?
 でも、作戦自体はよかったじゃないっスかー」
「その『よかった作戦』をぶち壊した張本人が言うかソレ!?」
「あー、大洗でジュンイチお兄ちゃんが見せてくれた試合だね。
 予備の看板まで立てたせいで数合わなくなってバレたってヤツでしょ?」
「……ひとつだけ言えるのは」
 ファイも巻き込んでぎゃーぎゃーと騒ぐアンチョビ達をよそに考えを巡らせていたアリサの一言が、アンチョビ達の馬鹿騒ぎの流れを断ち切った。
「あの子は、本質的には西住みほと同じタイプの戦車乗りだってこと」
「西住みほ……って、大洗の?」
「もっとも、実力的には月とスッポン。まだまだ発展途上だけど」
 聞き返すはるかにうなずき、アリサは続ける。
「けど、“戦車道の枠に捉われない物の考え方をする”って点では、あの子と共通してる――そういう意味での“同類”。
 逆に、西住みほと違うのはやたらと好戦的というか、血の気が多いというか……とにかく実戦的な思考が強いって部分。
 そう――」



「あの子達がしているのは、戦車道じゃない」



    ◇



 雨はそれからさらに強くなり、雲もますます厚くなってきた。すでに夕方、雲の向こうでは日も沈み始めているであろうこともあり、雨と暗さでかなり視界が悪くなってきた。
「視界が悪い!
 周辺警戒を怠るな!」
『了解!』
 なので、BC自由学園側の進軍も慎重だ。接敵のリスクも伴う先行偵察に出された受験組は特に――ボルドーの指示に各自が答え、敵であるしずか達の動きはもちろん、互いの戦車の接触にも気をつけながら進軍していく。
 今のところ、テケ車らしき影は見当たらない。ボルドーが周囲を見回すが、随伴車であるR35三輌の影以外には――
(…………ん?)
 と、そこでボルドーは首をかしげた。
(一輌……多くないか?)
 自分達受験組のR35は三輌。なのにこの場には四輌いる。アスパラガスが応援をよこしてくれたのかと一瞬考えるが――
(――いや! アスパラガスがそんな殊勝なマネをするはずがない!)
「敵し
 随伴の味方戦車に警告を発しようと口を開き――



 それよりも早く、しずか達の砲撃がR35の一輌へと襲いかかった。



    ◇



「闇にか〜くれて、立ちションベン♪ とくらぁ」
 そして、“彼”も動く――某妖怪人間アニメの主題歌の替え歌を口ずさみながら、ジュンイチは草むらから顔を出した。
 現在のそれぞれの位置関係を気配探知と目視で二重に確認――問題なし。予定通り、BC自由チームの二つの隊、エスカレータ組と受験組を結ぶ直線上に出られたようだ。
 となれは作戦決行あるのみ。草むらに紛れて持ってきた“それ”へと手を伸ばす。
「すったかたったっ、たったった〜♪
 あ〜るぴ〜じ〜♪」
 今度は某ネコ型ロボットネタ――そして取り出したのは、旧式のロケットランチャー。
 肩に担いで、狙いを定めて――
「――Fire!」
 エスカレータ組に向けてブッ放した。
 放たれたロケット弾はジュンイチによって推進剤に手を加え、あえてその量を減らしてある――すぐに推進剤を使い切り、ロケット噴射の止んだ砲弾はそのまま慣性によってエスカレータ組の方へと飛んでいく。
 あんな有様では命中率など期待できないが、その辺りは別にかまわない。
 あの砲弾は、相手を撃破するために放ったものではないのだから――



    ◇



「敵襲!」
「どこだ!? どこから撃った!?」
 受験組は、突然のしずか達からの攻撃に早くも浮足立っていた。攻撃されたものの、辛うじて撃破されなかった一輌を追撃されないよう守りながら、他の二輌は攻撃してきたテケ車を探す。
「そら、くらいついたざます!
 挟撃用意!」
 もちろん、相手が自分の読み通りの動きを見せた(と思っている)アスパラガスは上機嫌だ。嬉々として指示を下し――
「砲撃きます!」
「何!?」
 随伴車の車長からの報告に声を上げ――直後、飛来した砲弾がすぐ近くに着弾、爆発を起こした。
「榴弾――ムカデさんチームざますか!?
 でも、ヤツらは向こうで受験組とやり合ってるはずじゃ!?」
 砲撃の正体はジュンイチの放ったロケット弾――が、劣悪な視界の中、推進剤も使い切って慣性だけで飛んできたそれを戦車の砲撃と見分けるのは難しかった。
 増して、ルール無用のタンカスロンに参戦しているとはいえ正規の戦車道もたしなむアスパラガスにとって、歩兵の戦いはなじみが薄い。この攻撃を受験組と戦っているはずのムカデさんチームによるものと誤解し、戸惑うのも無理もない話であった。
「……でも、まだ先手を許しただけのこと!
 数で勝る我らを、先手を取ったぐらいでどうにかできるとは思わないことざます!
 各車前進! 敵戦車を狩り立てるざます!」
 だがまだ戦況はこちらに有利なままだ。とにかくテケ車さえ見つけてしまえば数の差で押しつぶせると、アスパラガスは部下に前進を命じる。
「敵戦車を発見したなら、そのまま包囲、せん……め…つ……」
 しかし、現場を目にした瞬間、アスパラガスの思考が止まった。惰性で口をついた指示の言葉も、尻切れトンボに消えていく――



 暗がりの中、R35の影“だけ”が、いくつも走り回っている光景を前にして。



「アスパラガス隊長! 敵はどこですか!?」
 部下がアスパラガスに指示を求めるが、敵がどこなのか、なんてこちらが聞きたいぐらいだ。
 時折視界の各所で砲撃や爆発の光が走っているから、受験組が交戦中なのは確かだが、肝心のテケ車のシルエットはどこにもない。R35の影だけだ。
 いったいどうなっているのか――すぐに思い至った。
「姑息なマネを……っ!」



「テケ車を、R35に見えるように擬装したざますね……っ!」



    ◇



「そんなにこった擬装してないのに……案外バレないもんだね」
「そりゃ、この視界不良の現状じゃねー」
 一方のムカデさんチーム――混乱に陥る相手チームの様子に、鈴が思わずつぶやく。そしてそれに答えるのは合流してきたジュンイチだ。
 そう――BC自由学園側が敵味方の見分けがつかなかった理由はまさにアスパラガスが見抜いた通りだ。
 視界が悪く、シルエットぐらいしか判別材料がないこの状況を逆手に取り、テケ車のシルエットがR35のそれに近くなるよう、テケ車に装飾を施していた。試合開始直後、テケ車に施していた“DIY”の正体がこれである。
 一斗缶を砲身にくくりつけて砲身の根元を太く見せ、丸みのあるR35のキューポラ周りを再現するために工事用のヘルメットを用意。少し小さかったので工作用の粘土を大量に盛って大型化したものをキューポラのハッチに貼り付けてある。
 それら大まかな擬装パーツを鈴が取りつけ、細かなところをジュンイチが擬装、といった分担だ。
 あくまでシルエットを似せただけ。明るいところでは一目でわかる雑な擬装――しかし現在の状況ではこれで十分。夕暮れ時に天候が崩れた、現在の雨模様を予想していたからこその作戦である。
 以前、ジュンイチが全国大会の中で語ったことがある。「天候もまた、作戦上重要な要素である」と――そうした考えから試合当日の天気をシミュレートしたジュンイチの予報を元にしずかが作戦を立案。
 そして――

 

「……いきなりやってきて『R35を見せてくれ』なんて言い出すから何かと思えば……
 …………何してますの?」
「採寸と撮影」
 尋ねる声に、ジュンイチはメジャーを手にあちこちの寸法を測ったりデジタルカメラで各部を撮影しながらそう答える――そんなジュンイチに、エクレールは思わずため息をもらした。
 そう、ここはマジノ女学院の学園艦、その戦車用ガレージ。作戦が決まるなり、ジュンイチは迷わずここへ押しかけ、テケ車のR35風偽装工作の参考に実物のR35を見せてもらうことにしたのだ。
「んー……砲身のところは一斗缶ぐらいでちょうどいいかな。
 キューポラのところは何で再現したものか……」
「それで、今度は何を企んでますの、大洗は?」
「大洗じゃにゃーよ。
 ちょいとワケありでね――アリサの名誉を守るために、楯無高校の子と組んでBC自由学園のアスパラガスをブッ飛ばす」
「えぇ、ちょっと待ってくださいな。
 何校絡んでますの、この話?」
 すかさずエクレールがツッコんだ。
「大洗のオレに、サンダースに楯無、でもってブッ飛ばすはBC自由学園……四校だね。
 そして喜べ。これにてマジノもめでたく五校目にラインナップだ」
「巻き込まれた!?
 というか……アスパラガスさんと? ということは、ひょっとしてタンカスロンで?」
「そーゆーこと」
「しかも他校と組んで……
 まぁ、そういう公式戦ではできないことができるのも、タンカスロンの魅力であることは認めますけど……」
 相変わらず手広くアレコレやってるものだと、エクレールは呆れてため息をついた。
 が――
「とはいえ……そうね。
 わかりました。そういうことでしたら、存分に見ていってください」
「ん? なんでいきなり協力的に?
 オレがブッ飛ばそうとしてるの、一応お前さんトコの分校なんだけど。そりゃ戦車道の上では競い合うライバルかもしれんけど……」
「かまいませんわ」
 首をかしげるジュンイチだったが、エクレールはあっさりとそう答え、
「あなたなら、彼女達が抱える問題を、これ以上ないぐらいに彼女達へと思い知らせるような勝ち方をしてくれそうですから」
「……あー……」
 続く言葉で、ジュンイチはいろいろと察した。
「そーとー胃にキてるっぽいね、アイツらの内紛問題」
「今まで何度仲裁に駆り出されたことか……っ!」
 ジュンイチの指摘に、エクレールはさめざめと泣いた。
「今までのやり取りで、あなた達がどんな作戦でアスパラガスさん達に挑むか、だいたい想像はつきましたわ。
 その上で、お願いします」
 しかし、エクレールはすぐに持ち直した。告げながらジュンイチの手を取って、
「あの子達を存分に叩きのめしてやってくださいませ。
 遠慮はいりません、容赦もいりません。仲間割れしてる場合じゃないと心底思い知るまで徹底的にどうぞ」
「よっぽど腹にすえかねてたんだなー、お前……」
 力説するエクレールに、「女の恨みは怖い」としみじみ実感するジュンイチであった。



 ――と、そんな感じでエクレール達マジノの面々も巻き込んで得られた情報を元に、テケ車のシルエットをR35のそれに近づけるための擬装パーツを手作りし、試合に持ち込んだのだ。
 BC自由チームの中に紛れ込み、彼女達を混乱させるために。
 テケ車を先行する受験組の中に紛れ込ませて不意打ち、一方でジュンイチはエスカレータ組に仕掛けて彼女達を挑発、さっさと戦場に出てきてもらう。
 そうなれば――
「アスパラ! 挟み撃ちだ!
 そっちに行ったぞ!」
 当然、挟撃の形が出来上がったBC自由チームは当初の作戦通りに動く。ボルドーが叫んで、なんとか見つけたテケ車に向けて砲撃。
 しかし、テケ車も鈴の巧みな操縦でそれを回避、その結果――



 流れ弾は、エスカレータ組のR35に命中、撃破した。



「撃ってきた!?」
「敵はあそこだ!」
「バカ! 味方だ!」
 その受験組からの流れ弾を、すでにテケ車の擬装に気づいていたエスカレータ組は、R35に化けたテケ車からの攻撃と受け取った。R35に擬装したテケ車――と誤認したボルドーのR35に向けて攻撃開始。ボルドーの制止も虚しく彼女達を撃破してしまう。
「ボルドーがやられた!?」
「アイツだ!
 エスカレータ組が撃ってきた!」
 もちろん、受験組も黙ってはいない。口々に声を上げ、エスカレータ組に向けて反撃に出る。
 こうなってはもう止まらない――元からいがみ合っていた確執がついに完全爆発。両者はムカデさんチームやジュンイチも無視して撃ち合いを始めてしまう。
「アスパラガスめ!
 アイツら私達を敵ごとほふるつもりだ!」
「受験組のヤツら、まさか敵とグルなのか!?」
「何やってるざますか!
 敵が目の前にいるざますよ!」
「お前らも落ちつけ!
 敵が誰だか思い出せ!」
 口々に言いながら互いを撃ち合う部下達にアスパラガスやボルドーが制止の声を上げるが、
「わかってるさボルドー!」
「言われるまでもありません、アスパラガス様!」
『受験組(エスカレータ組)との雌雄、今日こそ決してみせる!』
「ちーがーうーっ!」
「双方落ちつけ! 撃ち方やめっ!」
 制止の声を上げるアスパラガスとボルドーだが、もはやどちらの陣営も止まらない。互いにますます砲火を激しく交えていく――



    ◇



「なっ、何なんだ!?」
「味方同士でやり始まっちまったぞ!?」
 テケ車がR35に擬装しているため、どの戦車がテケ車かはわからない。しかし、一対多の状況で複数の戦車がやり合っているこの光景は、仲間割れを起こしていると気づかせるには十分すぎた。ギャラリーの中から次々に困惑の声が上がる。
「何が起きてるの……?」
 困惑しているのは彼女も同じだ。状況がつかめず、はるかが困惑してつぶやき――
「“戦場の摩擦”だ」
 そう口を開いたのはアリサだった。
「せんじょうのまさつ……?」
「クラウゼヴィッツか」
 首をかしげるはるかをよそに、アンチョビが話題の元を言い当てる――が、はるかだけではなくファイも首をかしげているので、アリサはもう少し踏み込んで解説してやることにした。
「『戦争論』の著者クラウゼヴィッツは、机上の作戦は自然、人為双方の要因で常に妨害されると喝破した――それが“摩擦”」
「つまり、天気の変化とか、仲間のミスとか相手の思いがけない反応とか……そんな、予想なんてとてもできないようなイレギュラーのせいで、作戦が思い通りにいかなくなるってこと?」
「でも、ジュンイチお兄ちゃんの作戦ってだいたい外さないよね?」
「『外してないように見える』ってだけよ、アイツの場合」
 アリサの説明を自分なりに咀嚼しているはるかのとなりからファイが尋ねるが、アリサはそんなファイにため息まじりに答えた。
「さっき言ったでしょ? 『机上の作戦は』って。
 アイツの作戦はそんな机上の空論なんかじゃない。実体験から“戦場の摩擦”の重要性をしっかり理解して、イレギュラーについてもしっかり計算に入れてるのよ。
 そういうフォローのサブプランを山ほど用意しておいて、何かあるごとに随時それらで対応するから問題ないように見えてるだけであって、アイツだって当初の作戦が破綻したこと自体は何度もやらかしてるわ。
 たとえば……プラウダ戦、大洗の戦車が突っ込みすぎてプラウダ側の釣り野伏にひっかかりかけた時とか。あの時も、アイツのフォローがなかったらどうなってたことか」
 ファイに答えて、アリサは受験組とエスカレータ組が仲間割れを繰り広げている戦場へと視線を戻した。
「戦車道じゃ友軍誤射フレンドリーファイアはよくあることだが……友軍相撃だな、これは」
「えぇ……
 BC自由学園の内紛……受験組とエスカレータ組の対立をあおって、試合中に仲間割れを引き起こした」
 そして、アンチョビのつぶやきにも首肯し、続ける。
「あぁなったら、試合はもう六対一じゃない。三対三対一……しかもBC自由チームの二派閥は互いに意識が向いてるから、ムカデさんチームが身を隠すのはたやすい。
 ムカデさんチームにしてみれば、あとは身を隠してつぶし合いを静観するだけでいい。
 そうすれば、BC自由チームは勝手につぶし合い、勝手に自滅してくれる……」



    ◇



「……ま、こんなもんかねー」
 互いに互いへの不信感を爆発させ、争い合う受験組とエスカレータ組――そんな中で、テケ車はさっさと身を隠した。共に隠れてその車体の脇にひそみ、ジュンイチは肩をすくめて口を開いた。
「というか……まさかここまでチョロイとは思わなんだわ」
「あぁ……
 詭道――ここに成れり」
「詭道……?」
「ものの見事にアイツらだまくらかして、同士討ちに持ち込んだからな。
 これぞ詭弁の道――まさに詭道」
 同意するしずかだったが、鈴は今ひとつピンとこないようだ――答えて、ジュンイチは肩をすくめた。
「先日の物見で、彼奴らの弱点は見えた。
 一軍に二つの勢力……しかも、その両者は互いに足を引っ張り合うほどにいがみ合っているという。
 そして、敵将アスパラガスは、その傲慢さ故に采配に隙がある。
 ならば我らは、敵を謀り、その隙を衝くべし」
「なるほど」
 いつもの、しずかの時代がかった言い回しの解説に鈴が納得して――



「この程度ざますか? がっかりざます」

 ジュンイチの耳が、アスパラガスのつぶやきを聞き取った。



 そう――すでにアスパラガスは平静を取り戻していた。
「BC自由学園、全戦車に告ぐ!」
 となれば、次にとるべき行動はとにかく部下達の混乱を鎮めること。
 その方法は単純にして明快。すなわち――



「ライト、点灯!」



 敵味方の誤認、その元凶の排除――見分けられるよう、視界を確保することだ。



    ◇



「ライトが!?」
「なるほど……アスパラガスめ、考えたな」
 BC自由チームが一斉にライトを点灯したおかげで、フィールドの視界が一気に開けた――そしてそれはギャラリーにとっても同じだ。明るくなったことで状況を把握、声を上げたはるかのとなりでアンチョビが納得してつぶやく。
「あれならあの視界不良の中でも敵味方の判別が可能になる」
「じゃあ、姫達は……」
「えぇ。
 敵に紛れてかく乱して、同志討ちを狙うあの子達の作戦は、これで破綻した……」
 アンチョビの言葉の意味するところに気づいて青ざめるはるかに対し、アリサもそんなはるかの嫌な予感を肯定した。
「あー、こりゃ決まったな」
「これでもう隠れられない……後は狩られるだけだ」
「あのリボンもこれまでか……」
 周りのギャラリーも同意見のようだ。ムカデさんチームの敗北を確信する声が上がって――
「それはどーだろ?」
 異を唱えたのは、ファイだった。



    ◇



「この程度の小細工で、我らが自滅するとでも思ったざますか?
 そのようなこと、政治的に許されるはずがないざます」
 点灯したライトの光が、周囲を明るく照らし出す――まばゆい光の中、アスパラガスが告げる。
「増してや、戦車戦において友軍誤射など日常茶飯事。対策していないはずがないざますよ。
 この栄光あるBC自由学園を――戦車道を舐めるな!」
 言い放ち、開かれた視界を見渡して――



 その一帯に、テケ車の姿はどこにも見えなかった。



「……あ、あれ?」
 自分達の中に紛れ、同士討ちに乗じてこちらの大将首を狙っているだろうと思っていた――のだが、肝心のテケ車がどこにも見当たらない。予想外の事態に、アスパラガスの目がテンになった。
「や、ヤツら、どこに――!?
 我らが同士討ちで疲弊するのを待って……いや、あの女の好戦的な性格を考えれば、単純な自滅狙いのはずが……」
 逃げたら逃げたで、どこに逃げたというのか。テケ車の姿を探して、アスパラガスが周囲を見回す。正面、左右を見渡し、背後へと振り向いて――



「よっ」

 ジュンイチが、そこにいた。



「――――――っ!?」
 まったく予想だにしなかった場所で、まったく予想だにしなかったタイミングでの対面――驚きのあまり思考の停止したアスパラガスは、ジュンイチが思い切り右足を振りかぶるのを見送ってしまう。
 そして――
「オシオキーック!」
「ごわすっ!?」
 アリサやしずか達に無礼をはたらいでくれた件へのオシオキがここで発動――「オシオキ」と「キック」をかけたジュンイチの蹴りが炸裂、直撃を受けたアスパラガスの身体はR35から引っこ抜かれて宙を舞う。
 無様な悲鳴と共に、アスパラガスが大地に叩きつけられて――
「……兼、レスキュー、な」
 言って、ジュンイチがアスパラガスの目の前に降り立った。
「レスキュー、ざますか……!?」
「あぁ、レスキューだ。
 何しろ、あのままR35の上に身体さらしてたら、戦車撃たれた時に危なそうだったから」
 うめき、身を起こすアスパラガスに対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
 その言葉が意味することは――
「まさか……テケ車に狙われている!?
 どこから!?」
「まー、わかんなくてもムリないわなー。
 お前らが仲間割れ始めてから何分経ってると思ってんだ――隠れるには実に十分すぎたわ」
 アスパラガスに答えると、ジュンイチはニタァッ、と“悪魔の笑み”を浮かべ、
「それに――“お前らのおかげで”、狙いもすこぶる合わせやすくなったし♪」
「我らの……?」
 ジュンイチの言葉に、一瞬意味がわからず呆ける――が、
「――――――っ!
 しまった!」
 気づいた――そして、見上げる。



 自分達の灯したライトの明かりで煌々と照らし出された、自分の戦車に取りつけられたフラッグを。



    ◇



「ま、そういうことだね」
 その状況は、観戦している面々にも見てとれた――ギャラリーがようやくその意味に気づいてざわめき始める中、ファイは告げた。
「ライトで周囲を照らすってことは――」



「フラッグ車の旗も、よく見えるようになるってことなんだから」



    ◇



「ライトを! ライトを消せぇっ!」
 自分達で、相手の標的の姿を晒してしまっている――犯した重大な失態にようやく気づき、あわてて声を上げるアスパラガスだったが、すでに時は遅し。
「距離、三百メートル
 ……必中也」
 すでに、身を潜めて機会を伺っていたしずかはフラッグ車であるアスパラガスのR35に狙いを定めていた。
 そして――
「御大将――討ち取ったり!」
 しずかの放った砲撃が、アスパラガスのR35を真横から撃ち抜いた。
〈フラッグ車撃破!
 ムカデさんチームの勝利!〉
 シュポッ、と音を立て、フラッグ車から白旗が揚がる――それを確認し、審判(有志)による勝敗の宣告がアナウンスされる中、砲弾の飛んできた方向にあった岩がおもむろに動き出した。
 少し傾きながら、持ち上げられるように上昇、その下から現れたのは、真っ赤な車体。
 そう――岩に見せかけた擬装を砲塔に、まるで笠をかぶるように装着したテケ車である。
(くぼ地に入って高さをごまかし、擬装をかぶって岩に化けていた……!?)
「ま、見ての通りだねー」
 そのカラクリにようやく思い至ったアスパラガスに、ジュンイチはあっさりと告げた。
「最初の、R35っぽく見せかけたテケ車の擬装――その目的は、お前さん達の仲間割れを引き起こすため“だけ”じゃなかったのさ。
 本命の目的は、『テケ車がR35に化けてる』って情報をお前らに与えること。お前らの頭に、そういう情報を刷り込むことにあったのさ。
 それによって、お前らの中で、『テケ車の擬装=R35風』ってイメージが固定されることになる――そこからさらに別の擬装に“着替える”なんて、想像もつかなかったんじゃないか?」
「当たり前ざます!
 戦場のド真ん中で再度の擬装作業なんて……もし流れ弾が飛んできたりしたら……」
「そうだな。危ないわな。
 だが――」



「だからこそ、お前らの想定の中には含まれなかった」



「――――っ!?」
「しずか姫のクレイジーっぷりを低く見積もりすぎたな。
 あの姫さんは、正真正銘のリスクジャンキーだ。そういう話で尻ごみするタイプじゃないんだよ」
 自身の見落としていた盲点を指摘され、目を見開くアスパラガスにジュンイチが補足する。
「そもそも、同じような状況を作ってやれば同じように反応するだろう――そーゆー発想がまず甘い。
 フィールドの地形、天気、敵戦車の車種、そしてその乗り手の性格――違うところなんて山ほどあるんだ。
 だったらこっちはその辺も総合的に見極めて、その都度最適な作戦を立てるに決まってんだろ。戦術“だけ”同じにされて、それで馬鹿正直に同じように動くなんて期待されてもねー。
 そーゆーの何て言うか知ってるか? 『生兵法』っつーんだよ」
 ジュンイチの容赦のない指摘に、アスパラガスは言い返せずに歯がみして――



「責任問題よ!」



 突然、声が上がった。



    ◇



「……勝った、ね……」
「あぁ……勝った」
 試合も終わり、アスパラガスのフラッグ車のもとにいるであろうジュンイチと合流すべく移動中――つぶやく鈴に、しずかはうなずいた。
「アリサさん達には、負けちゃったけど」
「あぁ」
「今回は、勝てた」
「あぁ」
「初勝利、だね」
「あぁ」
 淡々と答えるしずかだったが――そんな落ちつきがただのやせ我慢にすぎないことを、鈴はとうに見抜いていた。
 何しろ全身プルプルと震え、顔も興奮して真っ赤に紅潮しているのだから――あぁして自制していないとはしたなく大はしゃぎしてしまいそうなほどに高揚しているのだ。
 かく言う鈴もさっきから身体が歓喜で高揚しっぱなしだ。これが勝利の美酒というヤツかとチラリと考えて――



「責任問題よ!」



 そんな彼女達の昂りに冷や水をぶっかけたのは、ジュンイチも聞いたあの声だった。
「指揮官の采配ミスだ!」
「隊長解任を動議する!」
「こんな無様に負けたのはエスカレータ組にも責任があるでしょう!?」
 見れば、アスパラガスのR35の周りでBC自由チームがもめている――そばにいたジュンイチも、巻き込まれてたまるかとこっそり後ろに下がっている。
「……またやってるよ」
「あそこ、負けるといっつもあぁだよな」
 試しにジュンイチが耳を澄ましてみれば、ギャラリーの間からも呆れる声が上がっているのが聞こえる。どうやらこの騒ぎはBC自由チームの敗北時の恒例行事のようだ。
 なので――



「やかましい」

 今回の試合で出番のなかったペイント手榴弾を投げ込んだ。



「いやいきなり何やってんのーっ!?」
 そんなジュンイチの行動は、鈴を戦慄させるには十分すぎた。すでに負けた相手にさらなる追い打ち、いわゆる死体蹴りに走った彼にツッコミの声を上げるのも無理はない。
「貴様、何のつもりだ!?」
「やかましいから黙らせようかと」
 もちろん、そんなことをされてBC自由チームも黙ってはいない。それまで互いに向け合っていた矛先が一斉にジュンイチへと向けられる――が、ジュンイチも慣れたものだ。ピンクの蛍光塗料にまみれ、うっすらと桃色に輝きながら詰め寄ってくるボルドーにあっさりと答える。
「さっきから聞いてりゃピーチクパーチク、見苦しいったらありゃしねぇ。
 無様すぎて目障りだからよそでやれ、よそで」
「何だと、貴様!
 もういっぺん言ってみろ!」
「我々が見苦しいだと!?」
「無様!?
 卑怯な手段で汚らしく勝った貴様らが言えた義理か!」
 右の耳の穴をほじくりながら、ため息まじりに言い放つ。そんな心底退屈そうなジュンイチのその態度は、BC自由側をますます苛立たせた。口々にわめきながらジュンイチへと詰め寄って――







「喝!」







 新たな声が、そんな一同の動きを止めた。
 しずかだ――テケ車の上で仁王立ち、BC自由チームに向けて言い放つ。
「人が石垣、人が城なり!
 なれど学内相争い、余力をもって敵にまみゆるは百敗の理なり!
 それが貴公等の戦車道なりや! 如何!?」
「え、えっと……?」
「あー、お前らにわかるように訳してやると、だ」
 堂々と言い放つしずかだが、言い回しが無駄に古風でわかりづらい。首をかしげるボルドーに対し、ジュンイチはため息まじりに訳してやる。
「『チーム戦ってのは団結してナンボ。なのにお前らときたら仲間内で足引っ張り合って、その片手間に相手と戦ってるような体たらく。そりゃあ勝てるワケないわ。
 そうやって自分達から率先して負けに行くのがお前らの戦車道なのか、そこんトコどーなのさ?』……と」
「――っ、何だと!?」
 しかし、伝わったら伝わったでまた問題だった。その内容に、ボルドーが怒りの声を上げる。
「言わせておけば、好き勝手なことを!」
「だいたい、あなた達がソレを言うワケ!?」
「そうだそうだ!
 そこにつけ込んで勝った張本人のクセに!」
「当然也。
 此度の戦、それしか我らが勝つ道はなかった故」
 しかし、しずかも落ちついたものだ。次々に上がる怒りの反論にも堂々と返す。
 そして、そんなしずかはアスパラガスの前へと進み出て、
「だが、アスパラガス殿はそんな己の強弱を十分に知った上で戦った。
 此度の貴軍の敗北は我らへの敗に非ず。又将の敗にも非ず。
 BC自由学園諸子が――」



「己自身に負けたと知れ!」



『…………っ』
 堂々としずかに喝を入れられ、ボルドー達は一斉に押し黙り――
「ま、言い回しは古風だが、おーむね姫ちんの言う通りだわな」
 そう口を挟んだのはジュンイチだった。
「そりゃ、チーム内の内紛問題を放置していたアスパラガスにも一定割合の責任はあるさ。
 けど……だからって、いくらオレらが離間の策に出たっつっても、あっさり引っかかって対立派閥に大砲向け合う判断をしたのはお前ら自身だ。その責任が消えてなくなるワケじゃねぇんだよ。
 流れ弾だろうが故意だろうが関係ねぇ。ケンカ相手とケンカの真っ最中だろうが、『そんなことやってる場合じゃない。敵はあくまでムカデさんチームだ』って意識を切り替えられなかった時点で、それはお前ら自身の判断ミスだ。
 姫ちんの言う『己に負けた』ってのは、そーゆーことだよ」
 しずかだけでなく、ジュンイチにまで叱責され、BC自由チーム側はもはや反論の言葉もない。
 と――
「鈴!」
 アリサのジープで観戦組が合流してきた。真っ先に降りてテケ車のもとへと駆けてきたはるかが鈴に声をかける。
「えっと……さっき何か言ってたみたいだけど……姫、どうしちゃったの?」
「うん……
 私も、なんでそうしたかまではわからないけど……たふん、姫も柾木くんも、アスパラガスさんのこと、かばってるんじゃないかな……?」
 尋ねるはるかに鈴が答えると、
「まぁ……あのリボン姫はともかく、ジュンイチはそう出るでしょうね」
 そう付け加えたのは、追いついてきたアリサだった。
「私の時も、そうだった……
 隊長に無断で通信傍受気を持ち込んで、それがバレた時、アイツは試合中だっていうのに助けてくれた……」
「そんなことがあったんだ……」
「おかげで、隊長に怒られずにすんだわ」
 ファイに答えて、アリサは深々と息をつき――
「……惚れたのか?」
「ブッ!?」
 ニヤニヤと笑うアンチョビからのキラーパスに思いっきり吹き出した。
「なっ、なんでそーなるの!?」
「いや、だって、そんな感慨深げにため息つかれるとなぁ……
 な、ペパロニ?」
「私はそーゆーのわかんないっスけど、姐さんがそう思うなら、そうなんじゃないっスか?」
「そんなワケないでしょ!」
 なおも続けるアンチョビや彼女に同意するペパロニに、アリサはカン違いも甚だしいと声を荒らげた。
「アイツのことなんか好きでも何でもないわよ!
 私が好きなのはタカsむぐっ」
 反論して――思わず余計なことまで。あわてて口をつぐむがもう遅い。
『その話、もっと詳しく!』
 すでに彼女は、獲物こいばなを前にした肉食獣じょしこうせい達によって完全に包囲されていた。
(……何やってんだか)
 そして、そんなやり取りはもちろんこの男には丸聞こえだ。人間やめてるその聴力でしっかり聞き取り、ジュンイチは呆れてため息をひとつ。
 一方、BC自由学園側は完全に決着のようだ。先のしずかの喝とジュンイチの説教によって、アスパラガスの解任を巡って争っていた面々は完全に沈黙していて――
「……教育されたのは、私達の方だったざますね」
 言って、アスパラガスはR35の上からしずかの前へと降り立った。
 かぶっていた帽子を取り、しずかへと右手を差し出す――その意味がわからないしずかではない。うなずき、アスパラガスの前へと進み出る。
 そして――
「次は、負けない」
「楽しみ也」
 交わされる再戦の誓いと共に、二人はしっかりと握手を交わすのだった。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第40話「我……敵手を得たり」


 

(初版:2020/04/20)