BC自由学園との試合から、数日が過ぎた。
「オーライ、オーライ!」
 楯無高校の学園艦にて、今日もムカデさんチームがしずかの家の酒蔵の設備を使ってテケ車の整備に励んでいた。
 鈴の誘導でしずかが天井のクレーンを操作、取り外したテケ車の砲塔を近くの作業台に移動させる。
「さて、それじゃあ……」
 今日の作業はこの砲塔のメンテナンスだ。さっそく始めようと鈴がスパナを手に取って――


「ごめんくださーい」



 屋敷の正門の方から声がした。

 

 


 

第40話
「我……敵手を得たり」

 


 

 

「ぅわぁ……」
 来客は二人、その内ひとりはこの人だった――感嘆の声を上げ、みほは酒蔵の天井に設置されたクレーンを見上げた。
「家にこんな本格的なクレーンがあるなんて……
 私の実家も戦車置いてるけど、さすがにクレーンはなかったよ……」
「蔵元では普通だがな。
 蒸米やしこみ……他にもいろいろ使い道はある。こういう設備は必要不可欠だ」
 つぶやくみほに答え、しずかは彼女と、来客その2ことジュンイチを交互に見て、
「それで? お二人は今日はどんな御用件で?」
「あぁ、うん。
 試合、無事に勝ったって聞いたから、おめでとうを言いたくて。
 それともうひとつ……」
 みほがそこまで告げた、その時だった。
「姫ーっ! 鈴ーっ!
 いるんでしょー?」
「エンドー?」
 声を上げてやってきたのははるかだった。出迎えた鈴に軽くあいさつすると、蔵の中のジュンイチの姿を見つけ、
「あれ、柾木くん、とうとうここまで姫に会いに来たんですかー?
 ……って、あれ?」
 と、そこでようやく、はるかはみほの存在に気がついた。ジュンイチとみほを交互に見て――ニヤリ、とその口元に笑みを浮かべ、
「いやー、なかなかにスミに置けませんなー、柾木くん♪
 今日は彼女さん御同伴ですかー?」
「かっ、かかっ、彼女!?」
 突然の彼女認定に、みほが顔を真っ赤にして声を上げ――
「『彼女』? いや、違う違う。
 西住さんはチームメイトだよ、ちーむめいと」
「………………」
(……あー……)
 そこでせっかく立ちかけたフラグを平然と叩き折るのがジュンイチクォリティ。あっさり否定され、ぷくーっ、と頬をふくらませるみほの姿に、いろいろと察しがついたはるかは思わず苦笑して――
「…………ん? アレ?」
 少し遅れて、気づいた。
「あー……待って、柾木くん。
 柾木くんと一緒に行動する、チームメイトの“西住さん”って……」
「うん、ウチの隊長」
「えぇぇぇぇぇっ!?
 じ、じゃあ、本物の西住みほ!?」
 ジュンイチの答えに驚きの声を上げると、はるかはみほの手を取って、
「あ、あのっ、私、遠藤はるかっていいます!
 全国大会! 全部見ました! 見逃したヤツもネットで動画あさって! すごかったです!」
「あ、えっと、その……
 ……あ、ありがとうございます……」
 興奮して詰め寄ってくるはるかの勢いに、みほはただただ圧倒されるばかりで――
「そのくらいにしとけ」
「あァんっ」
 ジュンイチに襟首をつかまれ、はるかはみほから引きはがされた。
「だいたい、何しに来たんだよ、遠藤さんは」
「あ、そうだったそうだった」
 ジュンイチにツッコまれ、ようやく今回の来訪の目的を思い出した。はるかはしずかや鈴へと向き直り、
「いい報せだよ、二人とも!
 ムカデさんチームのグッズ、売り上げ好調だって!」
「本当か?」
「やたっ」
「グッズ……なるほど、資金調達か」
「あ、そっか。鶴姫さん達は私達と違って個人で活動してるから……」
 はるかの報せに喜ぶしずか達の姿に、ジュンイチが、そしてそのジュンイチのつぶやきからみほがそれぞれに事情を察した。
「それじゃあテケの交換パーツ買えるかな?
 そろそろヤバいんだけど」
「物にもよるけど……そんなに?」
「予備パーツのストックがねー」
 だが、当人達にとってこの報せはかなりの朗報だった。聞き返すはるかに、鈴が「これで助かる」と苦笑しながら答える。
「本体はまだしばらくだましだましいけると思うよ? 大洗でレオポンさんチームにバッチリ整備してもらったから。
 でも、それもいつまでももつワケじゃないから……注文してから届くまでのタイムラグを考えると、そろそろ動いておかないと部品不足で整備できなくて試合ができない、なんてことにもなりかねないよ」
 棚に整理された部品のパーツを確認しながら、鈴がはるかに告げる――が、その話にはるかは思わずまゆをひそめた。
 というのも――
「鈴……アンタ、どこでそんな知識を……?」
 ということだ。
 大洗の活躍によって戦車道に興味を持つまでは戦車の「せ」の字も知らなかった鈴が、いつの間にこんな、パーツの在庫管理も含めて一端のメカニックのようなセリフを吐けるようになってしまったのか。
 だが、そんなはるかの疑問に対する鈴の答えは――
「え?
 がんばっただけだよ?」
 実にシンプル極まりなかった。
「マニュアルや戦車道の初心者サイトのぞいて、実機のテケをいじくり回して……そうやって、頭じゃなくて身体で覚えたの。もちろん、大洗で練習させてもらってた間にもレオポンさんチームにいろいろ教えてもらったし。
 私、大洗の冷泉さんやレオポンさんチームみたいな操縦やメカの天才じゃないから……」
 言って、鈴は自分の手をはるかに見せ、
「ほら、手がすっかり油まみれでボロボロ……」
「ぅわぁ」
 本人の言葉通り、その手は絆創膏と油汚れによって見るも無残な有様だ。
 少なくとも華の女子校生がするような手ではないし、それを抜きにしても痛々しい。はるかがドン引きするのも無理はない。
 だが――
「案ずるな、鈴」
 彼女は違った。しずかははるかに見せていた鈴の手を取り――



 自らの頬に押し当てた。



「ひ――っ!?」
 驚きのあまり、『姫』という単語すら出てこない――目を丸くする鈴だが、しすがは油で汚れるのもかまわず、己の頬で鈴の手の感触を存分に味わっている。
「この手は、ボロボロなんかじゃない。
 働き者の……美しい手だ」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
 しずかに自らの手をほめられ――加えて、それ以上にしずかの頬に触れている事実に、鈴の頭が沸騰し、
「どこのナウシカだよお前」
「アハハ……」
 そんな中でも容赦なくツッコミを入れるのはジュンイチだ。「相変わらず、良くも悪くも空気読まないなぁ」と苦笑し、それでも、みほは言うべきことは言っておく。
「でも、松風さん。それでも両手のケアはちゃんとしておいた方がいいですよ。
 手に傷とかがあると、不意の痛みで整備の手が狂ったりしますし……あと、純粋に女の子の身だしなみとしても」
「うん、気をつけるよー」
 みほのアドバイスに鈴がうなずくと、



「たのもーっ!」

「いや、我々的にそこは『ボンジョルノ』だろ!」



「……今度は誰だ……?」
「というか……今のやり取りで、誰だかわかっちゃったんですけど、私……」
 新たな声が乱入してくる――「今日は来客の多い日だな」とこぼすしずかのとなりでみほが苦笑していると、
「この間ぶりっスね! しずか! 鈴!」
「おぉっ! 柾木と西住も来てたのか!」
 みほの予想通りの二人が現れた――ペパロニと共に現れたアンチョビが、ジュンイチやみほに気づいて声を上げる。
「へぇ、酒蔵を使った整備所か。
 ……あ、麹の香り、イイネ♪」
「何しに来やがった、このお笑いコンビ」
「人を芸人みたいに言うなっ!」
 ペパロニにツッコむジュンイチにさらにツッコミを重ねると、アンチョビはコホンと咳払いして、
「鶴姫しずか、松風鈴。
 柾木の助力があったとはいえ、先日のタンカスロン、見事だった。
 そこで――これだ」
 言って、アンチョビがしずかに差し出したのは、折りたたまれた手紙。
 そして、その表面に書かれた一言は――
「……『挑戦状』……」
「先日の試合、ウチの子達に話したら盛り上がっちゃってな」
「それで、ここはひとつ、私達も胸を貸してもらおうってことっスよ」
 そう、そこには挑戦状と一筆――つぶやくしずかにアンチョビやペパロニが答えるのを見て、「和風なのはしずかさんの趣味に合わせたんだろうなぁ」とアンチョビの気遣いを察するみほだったが、
「ンだよ、なんで日本風の挑戦状なんだよ。
 日頃イタリアイタリアしてるクセしてなんでそこ妥協しちゃったんだよ。白手袋投げつけるぐらいしろよ」
「それじゃ英国紳士っぽいじゃないか。ダージリンの領分だろそっちは」
「じゃあマフィアの本場イタリアっぽく銃突きつけるとか」
「まっ、マフィア!?
 マフィアなんてダメだダメだ! 不良じゃないか!」
 (もちろんアンチョビをいじる目的で)容赦なくツッコむ馬鹿がいた。「あぁ、この人相変わらずピュアっピュアだなぁ」とジュンイチが内心ほっこりしていることに、果たしてアンチョビは気づいているのかいないのか。
「すごい……
 こんな有名校から指名なんて……」
 その一方で、しずか達にとっては、ジュンイチ達のそんなやり取りよりも渡された挑戦状の方が重要だった。しずかの手の中の挑戦状をのぞき込み、はるかが感嘆の声をもらす。
「どうするの、姫?」
「是非もなし」
 尋ねる鈴に即答すると、しずかはアンチョビに向けて手の中の挑戦状を突きつけ、
「承った。
 相手にとって不足なし――お相手仕る」
「そうこなくっちゃ!」
 受諾を宣言するしずかの言葉にペパロニが応じる一方で、アンチョビが改めてジュンイチへと視線を戻し、
「柾木も参加したらどうだ?
 前回みたいにムカデさんチームと組んでさ」
「は? 何でそこでオレ?」
「橋本だよ」
 答えるアンチョビの言葉に、ピンときた。
「……アイツを試合に引きずり出すつもりか」
「いやー、何だかんだでアイツもウチのチームに馴染んできたからな。
 大洗とお前の関係みたいに、『橋本に参加してもらったらどうだろう』って声も多くてな……お試しの機会をどこかで設けたかったんだ。
 けどそうなると、ただでさえ車輛の数で負けてるのに、さらに歩兵の有無でもムカデさんチームの方が不利になっちゃうだろ?」
「それで、オレを巻き込んで歩兵関係だけでもフェアにしておこうってか」
「もちろん、参加する・しないの決定権はお前に預ける。
 参加しないって言うなら、こちらもそこを尊重する。橋本のデビュー戦はまた後日に持ち越すさ。
 けど……」
「『けど』……何だよ?」
「いや、お前こないだの試合、鶴姫達のフォローをメインに動いてたから不完全燃焼だったんじゃないかと、な」
 首をかしげるジュンイチに、アンチョビは苦笑まじりにそう答えた。
「その点、こっちはお前のやり口を少しはわかってるから、そう簡単にはいかない――その上橋本も参戦してくれれば戦力面でもお前に対抗できる。お前も思う存分戦えるんじゃないか?」
「……あー……」
 要するに、こっちのガス抜きのことも考えてくれた上での参戦の提案ということか――思わぬ気遣いを向けられ、ジュンイチは照れくささを覚えて視線をそらした。
 そんなジュンイチの姿を微笑ましく見守っていたみほだったが、
「……そういえば」
 となりのしずかがふと思い出した。みほに向けて声をかけてくる。
「西住殿。
 何か……先の勝利の祝辞の他にも用件があったのではなかったか?」
「あぁ、そうですね。
 実は……」
「あー、西住さん」
 しかし、改めて用件を告げようとしたみほをジュンイチが止めた。
「オレ達の用件はまた今度にしよう」
「え? 柾木くん……?」
「どういうことだ、柾木?」
「お前らの対戦に水を差す気はないってことだよ」
 顔を見合わせ、同時にジュンイチへと視線を戻す――みほと共に尋ねるしずかに、ジュンイチはそう答えた。
「先にここに来たのはオレ達だけど、先に話を切り出して、約束を取りつけたのはアンチョビ達だ。
 先約優先――ムカデさんチームには、今はアンチョビ達との試合に集中してもらうべきだ」
「なるほど……うん、そうだね」
「あー……すまなかったな、西住。
 なんか、横入りした形になってしまったな」
「あぁ、大丈夫ですよ。
 私達は日程に余裕を持って、早めにお話しに来てますから」
 結果的に出し抜く形になってしまったことを謝罪するアンチョビだったが、みほもまた問題はないから気にしなくていいと答える。
「ここで私達の用件を伝えても、日程的にはたぶんアンチョビさん達との試合の方が先になりますから。
 私達の用事は試合の後でも大丈夫ですから――柾木くんの言う通り、試合に集中してもらうためにこの場は先約優先、です」
「そう言ってくれると助かる」
 みほの言葉に、アンチョビは肩をすくめて苦笑する――



 ――だが。
 「心行くまで試合をしたい」という彼女達の想いとは裏腹に、この後事態は大きく動くことになる。



 かつて、ジュンイチは予見した。
 フライングタンカースとの試合で、初陣ながら多くの人々を魅了する戦いを見せたムカデさんチームは、今後のタンカスロン界隈の“台風の目”になりうると。
 そう――







 その予見が、今まさに現実のものになろうとしていた。



    ◇



 ボンプル高校。
 戦車道の公式戦ではそれほど目立った存在ではないが、一転、事タンカスロンにおいては無類の強さを誇り、今季の王者として君臨する学校である。
「…………何ですって?」
 その校舎の一角、戦車道チームの隊長室で、ひとりの少女がその報告に眉をひそめた。
「アンツィオが、タンカスロンに本格参戦決定?
 今まで賞金目当ての小遣い稼ぎ程度にしか首を突っ込んできていなかった、あのアンツィオが?」
 そう、アンツィオがしずか達に挑戦するために動き出したという話は、すでにタンカスロン界隈に広まり始めていたのだ。
 しばし、その報せの意味するところをかみしめるように黙考し――その後に少女の口元に浮かんだのは不敵な笑み。
「それは重畳。
 公式戦車道の腑抜けどもに、見せつけてあげましょう。
 そう――本当の、戦車戦を」



 少女の名はヤイカ。
 “騎士団長ヤイカ”の異名で呼ばれ、ボンプル高校戦車道チーム、その中でもタンカスロンに参加するチームを束ねる者。
 すなわち――



 今現在、タンカスロン界の頂点に君臨する女である。



    ◇



「おーっス、姫ちん♪」
「おぉ、柾木か」
「姫の呼び方、それで定着したんだね……」
 そして迎えた試合当日――やってきて声をかけるジュンイチに、しずかと鈴が反応した。
「準備は十全か?」
「おぅ、万端万端」
 尋ねるしずかに、ジュンイチが自信タップリに胸を張る――そう。ジュンイチは結局、アンチョビの誘いに乗って今回もムカデさんチームと組むことにした。
 そしてそれはつまり――
「それで……柾木の知り合いについては? どう出てくると見る?」
「んー……
 今回も例によってフラッグ戦だし、常道で言うなら、フラッグ車の直衛につけるところなんだけど……」
 しずかに答えるジュンイチだったが、その表情は険しい――何やら深刻そうに考え込んでいるジュンイチの姿に、鈴は珍しいこともあるもんだと首をかしげた。
「柾木くん……?
 何か、気になることでも?」
「まぁな。
 オレらみたいな規格外でも、そうそう簡単にひとりで全軍を叩けるワケじゃねぇ。戦闘能力はともかく手が足りないからな。
 そんなオレ達歩兵(規格外)枠を有効に活かすことを考えるなら、最善手はフラッグ車の直衛につけて、狙ってくる相手を迎撃すること――そーすりゃ、フラッグ車を狙って相手の方から来てくれる。こっちが追いかけ回すよかよっぽど効率的だ」
「あぁ、さっきの『フラッグ車の直衛』って、そういう……」
「なるほど。
 それで、柾木は全国大会の時は単騎で暴れ回ったのか。
 フラッグ車の直衛につくという常道をあえて外れて、相手の読みの範疇から逃れるために……」
「えー?
 そんなの効果があるの最初の内だけじゃない? 実際プラウダとか黒森峰とかけっこう対策してたみたいだし……」
「そうでもないさ。
 確かに、“相手の意表を突く”って意味では松風さんの言う通りだけど、“相手の読みの範疇から逃れる”って効果の方は残り続ける。
 だって、相手からすればわかっているのはオレが今まで使ってきた手口の数々と、“オレが常道から外れた戦術を執っている”“今後も何をしてくるかわからない”って情報だけなんだから。
 逆に言えば、それ以外は何も知らないってこと――そこを押さえていれば十分さ。まだ切ってない手札で相手を引っかき回したり、あえて常道に戻ることで、逆に相手に疑念を持たせたり……やりようなんていくらでもある」
 しずかと鈴に答えると、ジュンイチは深くため息をつき、
「ところが、アンツィオにはこの辺の効果が薄いときた。
 理由は簡単。アイツらも常道の外の連中だから……というか、その原因がペパロニを筆頭に考えなしなメンツが天然でやらかすから、しかもやらかすかやらかさないかって段階からランダムだってんだからなおさらタチが悪い。考えてない分ますます読み辛い」
「……つまり?」
「結論。
 さっきの予測もあてにならん。ぶっちゃけ橋本をどう使ってくるか、現状予想するのはちと厳しい」
 続きを促す鈴にジュンイチはげんなりしながらそう答えた。
「それで……どうする?」
「その質問は、まずオレが姫ちんにしたいぐらいなんだがな――それによって答えが変わってくるから」
 尋ねるしずかに、ジュンイチは頭をかきながら答えた。
「指揮官はあくまで姫ちんなんだ。基本方針は姫ちんが決めろ。
 勝ちたいのが優先か、楽しむのが優先か……それに応じて作戦考えてやっから」
「是非もなし」
 尋ねるジュンイチに対し、しずかは迷うことなく答えた。
「そういった意味での“方針”を問うのならば、答えはひとつ」



「楽しんで、勝つ」



    ◇



「改めて……挑戦を受けてくれたこと、感謝するぞ、鶴姫」
「こちらこそ」
 スタート地点に両チームが集合、開始の時を待つ間にあいさつを交わす――アンチョビの差し出してきた右手を、応えたしずかが握り返す。
「にしても、すっかりアンツィオの連中に気に入られたみたいだな、お前」
「お前に言われたくないよ。今回お前が参加してるのだって、アンチョビさんが誘ったからだろ?」
 ジュンイチと崇徳もだ。笑いながら告げるジュンイチに、崇徳も「お前だって他人事じゃないんだぞ」とツッコミを返す。
「その結果、まさかこんなところでもお前とやり合うことになるとはな」
「“Dリーグ”じゃ割とバシバシやり合ってるけどな。
 何だったら手加減してやろうか?――みんなから負けず嫌いだ何だと言われてるけど、初陣くらいは花を持たせてやるのもやぶさかじゃないぜ」
「心にもないことぬかすなよ。
 オレが断るとわかってて言ってるだろそれ」
「わかってらっしゃる」
 あっさり答える崇徳に、ジュンイチは笑いながら肩をすくめ、
「どっちみち、最初から勝ちを譲るのはムリだったしな。
 何しろ、ウチの大将たる姫ちんが勝つ気マンマンなんだもの」
「そんなの、ウチのドゥーチェだって」
 互いに言って、ジュンイチと崇徳は同時に息をつき、
「なら、今回オレ達がやるべきことはわかってるな?」
「まぁ、ね。
 ドゥーチェやそっちの姫さんが思いっきり戦い合えるように、“サポート”に徹しましょうかね」
 言って――ジュンイチと崇徳はパチンッ!とハイタッチを交わし、それぞれのリーダーの元へと戻っていくのだった。



    ◇



「みぽりん、こっちこっち!
 もう始まっちゃうみたいだよ!」
 フィールドの一角、観客達が集まって自然形成された観戦スペース――真っ先にその場に駆けつけると、沙織は振り向いて後に続くみほ達あんこうチームの仲間達へと声をかけた。
「タンカスロンの観戦なんて初めて〜♪
 みぽりんは?」
「私も……
 ウチはお母さんがお母さんだから」
「あー……
 じ、じゃあゆかりんは?」
「私は何度かありますよ〜」
「まぁ、戦車が大好きな秋山さんなら当然か」
「じゃあ、いろいろ教えてくださいね」
 沙織を中心にみほや優花里、さらに麻子や華にも会話が広がっていく――と、
「それはいいけどさ」
 口をはさんできたのは、同行してきたライカだ。
「観戦にかまけて、気ぃ抜かないでよ?
 私達は今、試合のフィールドのド真ん中にいるんだからね」
「あー、そうだったね。
 巻き込まれても自己責任なんだっけ」
 ライカの忠告に沙織がつぶやき、周囲をキョロキョロと見回す――周りのギャラリー達は落ちついたものだ。胆が据わっているのか大丈夫だとタカを括っているのか……
「ま、ジュンイチが今回あたしをついて来させたのもその辺が理由なワケだけど」
「私達のガード……ですか?」
「そーゆーこと。
 あたしなら、アンタ達どころかこの場の全員守るぐらい余裕だから」
「そうなのか?」
「“光”属性なめんじゃないわよ。
 小回りではファイに、反応速度ではジュンイチに譲るけど、トップスピードとそこまでの加速はブレイカーズ最速なんだから」
 華に、麻子に答えて、ライカは肩をすくめてみせる。
「もっとも、ジュンイチもあたしの出番が回ってこないよう立ち回るつもりマンマンだろうけど。
 その辺はカケラも心配してないわ」
 そう付け加えるが、気になることもないワケではない。ため息をつき、ライカはフィールドへと視線を戻す。
「そういう方向で話をするなら、むしろペパロニの考えなしっぷりとしずかの容赦のなさの方が心配だわ。
 しずかは容赦なく巻き込みそうだし、ペパロニは天然でやらかしそうだし」
「アハハ……」
 ライカの懸念に「ありそうだ」と一瞬納得してしまい、みほはフォローの言葉が浮かばず苦笑するしかなくて――
(…………ん?)
 ふと、何か違和感を覚えた。
 何と言うか――空気がおかしい。
 戦車道の試合独特の緊張感の中に、得体の知れない異物感がある。
(何? この感じ……)



    ◇



 みほの感じた違和感、しかしその正体を確かめる間もなく試合開始――スタート地点へと移動し、ムカデさんチームはさっそく作戦行動を開始した。
「柾木!
 橋本殿の位置は!?」
「まだつかめねぇ。
 あんにゃろ、気配隠して動いてやがる……“影”属性はそーゆーの得意だからなぁ」
 尋ねるしずかに、テケ車の後部に同乗しているジュンイチは肩をすくめてそう答え、
「その代わりに、ってワケにはならんだろうけど、一応……」
「他の者達のことを言っているなら、本当に代わりになっていないな」
 続く言葉に、今度はしずかがため息をついた。
「なぜなら――」
 そして、足による合図で鈴に減速を指示、テケ車がブレーキをかけ――
「すでに私も気づいている」
 発砲、そしてすぐに装填してもう一撃――こちらを側面から襲おうとしていたのだろう、突撃してきたもののテケ車の急ブレーキでタイミングを外し、目の前に飛び出してきたアンツィオのCV33二輌を撃破。
「だが――それでいい。
 橋本殿の所在がつかめていないということは、こちらへの奇襲を狙って潜んでいると考えるべきだ。
 なればこそ、柾木はその所在を探ることに専念してくれ。その間、戦車はこちらで引き受けよう」
「組んでる意味ないなぁ」
「それが最善なのだから仕方あるまい」
 これでは「ムカデさんチーム&ジュンイチVSアンツィオ&崇徳」ではなく「ムカデさんチームVSアンツィオ」と「ジュンイチVS崇徳」の同時進行ではないか――ぼやくジュンイチだったが、しずかの答えに迷いはなかった。
「組むのは橋本殿の所在をつかんでからでも遅くはない。
 最善手であるからこそ、裏をかかれる可能性もないワケではないが……そちらはむしろ柾木の得意分野。対応は容易であろう?」
「ごもっとも」
 しずかに答え、ジュンイチは前方へと視線を戻す。
(とはいえ――だ)
 しかし、実のところを言えば、ジュンイチは崇徳が身を潜めている“理由”に見当がついていた。
 そして、その“理由”を踏まえて考えた場合、しずかに従って崇徳にちょっかいを出すことは――
(……あまり、よくないよな……アンツィオにとっても、“オレ達にとっても”)
 即席とはいえしずか達と組むのは二度目。ジュンイチにとって“身内”認定するには十分すぎる付き合いの長さだ。
 もちろん、アンチョビ達アンツィオの面々に対してもだ――どちらにとっても、自分達が気づいているものはいい気分のするものではない。
 できることなら、しずか達にもアンチョビ達にも気づかれることなく処理してしまいたかったが、どちらも自分や崇徳を存分に活用する気マンマンな以上、試合の片手間に処理するのは難しそうだ。
(“介入”は、許すしかないかな、こりゃ……)
「うまくいかないもんだね、何事も」
「…………?
 どうした、柾木?」
「何でもねぇよ」
 しずかに答え、ジュンイチは今自分がすべきことを考える。
(さて、どうするか……
 楽しんで勝ちたい姫ちんのご要望は叶えたいし、それがムリだとしても、どうせなら姫ちん達にもアンチョビ達にも糧になるような……)



(そんな、試合の“ぶち壊され方”に持っていきたいところなんだけど……)



    ◇



〈すみませーん、ドゥーチェ〉
〈前哨二輌、やられちゃいましたー。
 あたしらだけでやれると思ったんですけどねー〉
「やらかすだろうとは思っていたが、案の定……っ!
 居場所見つけるだけでいいって言っておいただろうがっ!」
 先行偵察に出した二輌からもたらされたのは、いらんちょっかいを出した結果自分達がやられたとの報告――予想はしていたができれば外れてほしかった予測が現実のものとなり、アンチョビは頭を抱えた。
「あれほどテケ車の方も甘く見るなって言っておいたのに……っ!」
 BC自由戦はともかく、フライングタンカース戦のネット配信を見ただけでも、テケ車の動きが只者ではないことはわかっていた。
 大洗と同じだ。初陣とはとても思えない才覚を感じさせた。だからジュンイチだけを抑えられればどうにかなる相手ではない、油断しないようにと事前に言い含めていたのだが――
「アンチョビ姐さん!」
 と、そんなアンチョビに、となりのCV33に乗るペパロニが声をかけてきた。
「そろそろあたしらも出ていいっスか!?」
「今うかつに突っ込んでいった連中がやられたばっかりだろ……」
 もう今すぐにでも飛び出していきたいとウズウズしているペパロニの言葉に思わずため息をもらす――が、
「だが、このままじゃ鶴姫にペースを持っていかれるだけか……
 ……よぅし、行ってこい! ノリと勢いのアンツィオ魂を見せてやれ!」
「了解っス!」
「あ、でも気をつけろよ!
 何をしてくるかわからない鶴姫が、もっと何をしてくるかわからない柾木とつるんでることを忘れるなよ!」
「わかってますって!」
 突撃許可を出し――念のため付け加えるアンチョビに答え、ペパロニが部下の車列を連れて飛び出していく――「その自信が怖いんだ……」ともう一度ため息をつくと、アンチョビは決断した。
「仕方ない……
 もっと温存しておきたかったけど、ペパロニだけじゃ不安だ。一気に手札を全部切ってしまおう。
 えっと、強く念じればいいんだよな……?」
 誰にともなくつぶやくと、アンチョビは心の中で呼びかける――
(橋本――出てくれ!)
〔合点承知!〕
 頭の中に“伝わって”きた声が、アンチョビに答えた。



    ◇



(――――っ!)
 アンツィオ本隊での、アンチョビと崇徳とのやり取り――しかし、異能の才がエネルギー制御に特化し、それ故に微細なエネルギーも見逃すことなく感知できるジュンイチにとって、やり取りに伴って発せられた“力”を感じ取ることは容易であった。
(思念通話!
 発信源は――)
 “力”を感知した方へと意識を向ける――が、タッチの差でその“力”は影も形も感じ取れなくなってしまった。
(また気配を断った――いや、違う!
 アンチョビの指示を受けて動いたとすれば――)
 自分の知る相手の手の内から、相手が次に取りうる行動を予測、その予測に基づいて――



 テケ車の上から身を躍らせた。



「柾木!?」
「戦車は任せた!」
 いきなりの行動に驚くしずかに答え、ジュンイチはジュンイチは腰の霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放ち――
「――そこっ!」
 自身の真下、“影の中から”飛び出してきた棍に向けて一閃、弾くように受け流す。
 間髪入れず反撃、苦無手裏剣を影に向けて投げつける――爆発、巻き起こる爆煙の中から飛び出してきたのは予想通りの相手だった。
「よぅ、橋本。
 いきなり影を介しての転移で強襲とは、やってくれるじゃねぇか」
「よく言うよ。しっかり対応してくれておいて」
 そう、崇徳だ――ジュンイチに答えて、手にした根をかまえ直す。
「そりゃ、対応するに決まってるだろ。
 いきなり異能についてギャラリーにバラしかねない強襲の仕方しやがって――オレが爆発起こして出てくる瞬間を隠さなかったら、どうなってたと思ってんだ」
「どうとも心配してないさ。
 ジュンイチなら、絶対その辺対応してくれるだろうと思ってたし」
「信頼してくれて――ありがとよっ!」
 崇徳に答えて、ジュンイチが地を蹴った。一気に距離を詰め、紅夜叉丸で一閃、崇徳を狙う。
 対し、崇徳は棍でその一撃をさばき、走り出す。
 テケ車を追いかけるつもりだ。すかさずジュンイチも後を追い、テケ車を狙う崇徳を阻んで何度もぶつかり合う――



    ◇



「ぅわぁ……
 柾木くんも橋本くんも派手にやってるなぁ」
「決勝戦の柾木殿と逸見殿の対決と同等……いえ、それ以上の勢いです……」
「身体能力の強化だけで、ここまで……
 あれが、本格的に異能を修めた者同士の戦い……」
 日頃からジュンイチの実力の一端を目にし続けてきた彼女達には、自分達との文字通りのレベルの違いが遠目にも実感できていた。ジュンイチと崇徳が戦いながらムカデさんチームの後を追うその光景に、沙織、優花里、華が口々につぶやく。
 が――
「…………これって……」
「西住さんも気づいたか」
「うん……」
「ま、アンタら二人は気づくわよねー」
 片や日本No.1高校生隊長、片やそのチーム中で一番頭の回る天才児――その肩書きに偽りなしと、ライカはつぶやくように言葉を交わすみほと麻子に賛辞を贈る。
「みぽりん? 麻子……?」
「気づいた……って、何がでありますか?」
「うん……
 何ていうか……柾木くんらしくないな、って……」
 首をかしげる沙織や優花里に、みほは少し考えながら答えた。
「あの、チームメイトの安全性を何より重視する柾木くんが、橋本くんと戦いながら鶴姫さん達を追いかけてる……」
「そういえば……そうですね」
 みほの指摘に、華も気づいた。みほの疑念を理解して眉をひそめる。
「決勝戦の時も、柾木くんは白兵戦を習得した逸見さんの存在を警戒して、完全に決着がつくまではわたくし達と合流しようとはしなかった……」
「あー、そっか。
 言われてみれば確かに……」
「逸見殿と橋本殿で比べるなら、対戦相手としての危険度は本物の異能者である橋本殿の方がはるかに上……
 そんな橋本殿との戦いに鶴姫殿達を巻き込みかねないリスクを冒すなんて……確かに、柾木殿らしくないですね……」
 華のつぶやきに沙織や優花里がも同意。一同の視線が意見を求めてみほへと集まる。
 そんな友人達からの注目に一瞬たじろぐが、そこは戦車絡みになると途端に胆の据わるみほだ。すぐに気を取り直して考えを巡らせる。
「少なくとも、柾木くんが何かを警戒しているのは間違いないと思う。
 それも、橋本くんを引き連れてでも鶴姫さん達のそばを離れるワケにはいかない、そのぐらいに重要な何かを……」
「アンツィオ相手に……ですか?
 確かにこのタンカスロンのルール上、軽戦車の扱いに扱いにおいてトップクラスのアンツィオはあなどれない相手だとは思いますけど……柾木殿がそこまで警戒しなければならないほどかと言われると……その、アンチョビ殿達には悪いですけど……」
「だよね……
 私もそこが引っかかって、ちょっと自信ないんだけど……」
 聞き返す優花里に、みほはそう同意して思考に戻る。
「でも、柾木くんが橋本くんをテケ車に近づけるリスクを冒してまで離れようとしない理由があるとしたら、そうとしか……」
 やはり先の仮説が最有力だが、確定とするには決定的な情報が足りない。いったいジュンイチは何を警戒しているというのか――
「もっと自分に自信を持ちなさいよ」
 と――そんな言葉と共に、みほの頭がぽんぽんと軽く叩くようになでられた。
「アンタの仮説、たぶん正解よ」
「ライカさん……?」
 そう、ライカだ――みほの先の仮説を肯定しながら周囲を見回し、
「アンタ達も、薄々気づいてるんじゃない?
 フィールド全体に、何か重っ苦しい感じの空気が満ちてることに」
「それは、まぁ……」
 ライカが言っているのはおそらく、みほが試合開始直前に感じた違和感のことだろう――うなずくみほに、ライカもまたうなずき返し、
「ぶっちゃけると……殺気よ、コレ」
「殺気……ですか?」
「この感覚が……か?」
 しかし、ライカの答えに眉をひそめたのは優花里と麻子だ。というのも――
「殺気……って、コレが?
 “新人研修”の時に柾木くんから模擬戦でさんざんぶつけられたから、どういうものかは何となくわかるけど……アレとは何か違う感じが……」
「……まぁ、いつものアイツの“トンデモ案件”よ、それは」
 あんこうチームの面々が首をかしげた理由は沙織の言う通りだ。彼女の話に「やっぱりやらかしてたか」と自分達の時にもやられたことを思い出しながらライカが答える。
「アンタ達の味わったそれは、アンタ達に度胸をつけるため、殺気に慣れさせるためにわざと必要以上に強烈なヤツを叩きつけてたのよ。
 実際のところ、アイツじゃなく並の相手の、しかも自分達に向けたものじゃない殺気なんてこんなもんよ。
 そして……」
 改めて説明すると、ライカはフィールドへと視線を戻し、
「戦いに愉悦を見出してるしずかや、純粋に戦車道を楽しんでるアンツィオの子達が放ってるにしては、この殺気は剣呑がすぎる。
 それに殺気の漂う範囲も広い。となると一個人じゃない、チーム単位で――」



「第三勢力が、フィールド内にいる」



    ◇



 ライカのその読みは正しかった。
 テケ車の、アンツィオのCV33の駆け回っている辺りとは別のエリアを、密かに走る戦車の一団があった。
 森を抜け、次第にいくつかのグループに分かれながら、ムカデさんチームとアンツィオの戦うエリアへと向かう。
 まだほとんどの者からその存在に気づいていない、その一団の正体とは――



    ◇



「来た! アンツィオの本隊!」
 奇襲を仕掛けてきた崇徳はジュンイチが阻んでくれた。自分達はフラッグ車を狙うべき突撃。
 しかし、相手も黙ってこちらを待ち受けていたりはしなかった――ペパロニ率いるCV33隊の接近を視認し、鈴が声を上げる。
 と――そんな鈴の肩に靴を脱いだしずかの足が触れた。
 しずかからの方向指示だ。すぐにテケ車を右折させて――直後にしずかが発砲。CV33隊の、向かって右端の一輌を撃破し、擱坐させたそのとなりをそのまますれ違うように突破する。
「逃がすかぁっ!」
「ぅわ追ってきた!」
 対し、ペパロニ達もすぐに反転して追ってくる。気づいた鈴が声を上げるが、
「支障ない」
 一方のしずかは冷静だった。答えて、傍らに積んでおいた弓矢を取り出す。
 つがえた矢の先端に括りつけられているのはジュンイチお手製の煙玉。迷うことなく前方の“ギャラリーに向けて”射る。
 それは狙い違わずギャラリーの間、地面へと突き刺さる――その衝撃で煙玉が炸裂、“赤と黄色の混じった”煙がまき散らされる。
 そう、煙玉の正体は、黒森峰と大洗の決勝戦でも使用した超激辛煙玉だ。その正体に気づき、というか煙の辛さや催涙効果に音を上げて、巻き込まれたギャラリーがあわてふためいて逃げ惑う。
 だがなぜ、そんなものをギャラリーに向けて放ったのか――答えは簡単。
「よぅし、 ギャラリーみんな逃げたね!
 突っ込むよ、姫!」
 まさにギャラリーの集まっていたその茂みを通りたかったからだ。ギャラリーを追い払ったのを確認し、鈴は周りのハッチをすべて閉鎖、同じく車内に退避したキューポラのハッチを閉鎖したしずかに告げてテケ車を突っ込ませる。
 そして煙幕弾の効果はもうひとつ――
「ぅおっ、危ねぇ!?」
 激辛煙幕の催涙効果により、ギャラリー達はテケ車をかわすので精一杯。後続のペパロニ達がたどり着く頃にはすっかり前後不覚の状態に陥っていた。前方にフラフラとさ迷い出てきたギャラリーに驚き、ペパロニはあわてて同乗のアマレットに停車を指示する。
「くそっ、人がジャマで追えねぇ……!」
 まさか、ギャラリーがフィールド内で自己責任で観戦しているタンカスロンの環境をこんなふうに利用してくるとは――追跡を阻まれ、ペパロニは真っ赤な激辛煙幕を避けて車内に退避してうめいて――
『邪魔だどけぇっ!』
 そんな彼女のCV33の脇を駆け抜ける者がいた。
 激辛煙幕をものともせず、ついでにギャラリーの壁もものともせず、巻き込まれたものすべてを蹴散らさんばかりに激しく打ち合いながら突き進むのは――
「タカノリ!? 柾木の兄さん!?」



    ◇



「相変わらず、ムチャクチャやるなぁ、アイツら……
 ギャラリーをあんなふうに利用してくるとは……」
 一方、テケ車の行く手の高台に陣取るアンツィオ本隊からも、しずか達の巻き起こした激辛煙幕やその結果どうなったかは一部始終見届けられた。ギャラリーをどかした上に前後不覚に陥らせて追撃を阻む人間の盾としたしずかの手際に、アンチョビは思わず頬を引きつらせた。
「えげつなさじゃ、柾木の上を行ってないか、アイツ……?
 ペパロニがひいてしまっていたらどうするつもりだったんだ……?」
 思わずうめくが、アンチョビはすぐにその懸念は間違いだと思い直した。
(……いや、そんな危険な策を柾木が承認したとは思えない。
 ペパロニやアイツの隊なら止まれると踏んだか……)
 かつて、全国大会での対戦前に「敵に塩を」的なノリで指導してくれたことを思い出す――ジュンイチなら、あの時に見たペパロニ達の実力からその後どこまで伸びるか、その実力をもってすればあの状況で事故を回避できるかどうかまで読み切ってのけても不思議ではない。
「信頼してくれるのはありがたいが、こういう形で発揮されると複雑だなぁ」
 こちらの実力を信用してくれるのはありがたいが、その信頼した実力を逆に利用されてはたまらない。深々とため息をもらす。
 が、アンチョビはすぐにそんな思考を頭から追い払うべく首を振る。今はこちらに向かってくるテケ車への対処が先決だからだが――
(とはいえ、どうする……?
 ペパロニは完全に足止めされている。橋本も柾木を振りきれずにいるし……)
 ペパロニ達がギャラリーの壁に阻まれて分断されてしまった今、構図は自分達の本隊とテケ車、ジュンイチと崇徳、それぞれが真っ向勝負の配置な配置な上にすでにお互い相手を視認済み。単純な構図であるが故に策を弄しづらい状況になっている。
「正面からぶつかるしか、ないか……」
 正直言えば、しずかがまた何か企んでやしないか、不安がないワケではないが――
(――いや、大丈夫!
 向こうにしても、小細工を弄する時間はなかったはず!)
「よぅし、いくぞ、お前達!
 全車突撃! 包み込め!」
 しかし、すぐにそれはないと思い直す――部下に指示を出し、アンツィオチームの本隊が一斉に突撃を開始する。
「うわっ、来た!
 一気に圧倒しに来たよ! どうしよう、姫!?」
 もちろん、一輌しかいないムカデさんチームからすればそれは数の暴力以外の何物でもない。突っ込んでくるアンツィオ本隊を前に鈴がしずかに指示を仰ぐが、
「フンッ」
 しずかはまったく動じない。むしろ不敵な笑みと共に、足での合図で鈴に正面からの突撃を指示する。
 それが意味するのは――
「……了解。
 目標、アンチョビ車!」
 物量差に圧しつぶされる前に、大将首を獲る。
 そうと決まれば話は早い。テケ車は一気に加速、アンツィオチームの先頭に立つアンチョビのフラッグ車に向けて突撃し――







 ジュンイチと崇徳が、“側面から”“双方の”大将を狙った砲弾を弾き飛ばしていた。







『――――っ!?』
 それは、まさに一瞬の刹那の出来事であった。
 距離を詰めていくテケ車とアンチョビのCV33の間を、唐突に飛び出してきたジュンイチと崇徳が横切った。
 テケ車とCV33、双方が驚き、急ブレーキ――しかし元からその反応を予見していた二人はかまうことなくそれぞれの相棒の側面へと飛び出し、すでに再構築済みであったそれぞれの専用武器、ジュンイチの爆天剣と崇徳の影天鎌で、迫る砲弾を弾き飛ばしたのだ。
「何だ!?」
「横槍――!?」
 アンチョビが、しずかが声を上げた通り、その攻撃が、アンツィオでもムカデさんチームでもない、第三者からのものであることはすぐに察しがついた――でなければ双方の大将が同時に狙われたことや、テケ車はともかくアンチョビのCV33を狙った一撃の主の正体について説明がつかない。
「ったく、ギリっギリだったな……
 橋本がもーちょっと足早ければなぁ」
「速度度外視で防御・広域殲滅特化のオレに何期待してんのさ?」
 一方、ジュンイチと崇徳は余裕だ――そんな彼らの会話から、しずか達は彼らがこの奇襲を予見していたこと、その阻止のために闘い合うフリをしながら自分達の後を追っていたことを悟る。
「つか、ジュンイチが足止めしすぎだったんだろうが。アレがなかったらもっと余裕を持って動けたのに」
「手ェ抜いたら芝居だってバレるだろうが。
 つかお前だってその気になればもっと押し込めたろうが。それともアンツィオ行って鈍ったか?」
「おーおー、言ってくれるねぇ――っと」
 だが、二人の、口論にシフトしかけていた会話が止まる――しずかやアンチョビが彼らのにらみつけている方へと視線を向けると、件の“第三者”が姿を現した。
「……ポーランド製の、単砲塔7TP戦車……」
「数は五……周りに伏せてるのがけっこういるな……最少でも20ってところか。
 いくら投入車数にも制限ないからって、よくもまぁ……」
 相手の戦車を崇徳が、その規模をジュンイチが把握、それぞれにつぶやく――そんな中、隊長車と思われる一輌が彼らの前に進み出てきた。
 その車内から姿を現したのは――
「たった一輌を相手に、ぬるい戦いをしているわね、アンチョビ」
「ヤイカ……!」
 ボンプル高校タンカスロンチーム隊長、ヤイカその人であった。



    ◇



「あ、あの7TP……ボンプルか!?」
「あぁ! 間違いない!
 今季タンカスロン王者の!」
「“騎士団長”ヤイカ率いる、ボンプル高校!」
「ふぅん……」
 一方、ギャラリー達の間でも、突然のビッグネームの登場に驚きの声が上がっていた――次々に聞こえてくる声に、ライカは眉をひそめてみほへと向き直った。
「みほ、ボンプル高校って?」
「え? えっと……
 ポーランド製の戦車で編成した戦車道チームを擁する学校です。
 公式戦ではあまり活躍できないでいるみたいですけど……」
「タンカスロンではかなりの強さみたいです。
 ここ数年は社会人相手にも負け知らず。タンカスロンの頂点に君臨し続けている強豪です」
「公式戦における黒森峰のような存在ですか……」
 ライカの問いにみほや優花里が答え、華が納得する――そんなやり取りを聞きながら、麻子はフィールドへと視線を戻した。
「なるほどな……
 柾木がテケ車から離れなかった、その理由がこれか……」



    ◇



「無様ね、アンチョビ。
 落ちぶれたアンツィオを立て直したというからどれほどのものかと思えば……所詮その程度か」
 ムカデさんチームとアンツィオとの試合に乱入した7TP戦車の車上からアンチョビを見下ろし、ヤイカは馬鹿にするように言い放った。
「そんなぬるい戦いだから、大洗女子はおろか、あんなちっぽけなテケ車一輌にも苦戦するのよ。
 それが、安全なルールに則った戦車道の限界――所詮、あなた達のいた世界は“スポーツ”、お遊戯の世界だったということよ」
「お遊戯だと……!?」
「あら、怒ったかしら?
 認めたくなかった現実を突きつけられたのが、そんなに気に食わなかった?」
 戦車道を「お遊戯」呼ばわれされ、うめくアンチョビだが、ヤイカはあくまで上から目線で続ける。
「いいわ。文句があるならかかってらっしゃい。
 このヤイカが、本物の戦車戦を教えてあげる」
「何だと、コイツ!」
「横から乱入しておいて、何言ってんだ!」
 ヤイカからの事実上の宣戦布告に、ペパロニやアマレットが怒りの声を上げ――



 ヤイカの7TPを、真横から撃ち込まれた砲弾が叩いた。



 アンツィオ勢と正面から対峙していたヤイカの側面からの攻撃、何者だとヤイカが振り向き――







 その背後にジュンイチが降り立った。







 ヤイカの反応を見越して、振り向いた彼女から見て背後となる位置へと回り込んでいた――水平に紅夜叉丸を振るうが、それは直前で気づき、身を伏せたヤイカにかわされてしまう。
 そして、ヤイカからの反撃――拳銃によるペイント弾での銃撃をかわして離脱、先の7TPへの一撃を放った張本人のもとへと合流する。
 そう――この試合での相棒である、しずか達のテケ車のもとへ。
「え、えっと、えっと……」
 そんな中、ひとりで絶賛混乱中なのが鈴だ。ボンプルの乱入だけでもたいがいなのに、さらにしずかの一撃にジュンイチの強襲と目まぐるしく変わる状況に頭がついていけなくて、
「いきなり何してくれてんだ、てめぇ」
「それはこっちのセリフだよっ!」

 ヤイカへと言い放つジュンイチにツッコむので精一杯であった。
「柾木くんこそ何してるの!?
 相手の人すっごく強いんでしょ!? こっちに矛先向けてどうするの!? やられちゃうよ!?」
「オレにだけ言うのかよ?
 むしろオレよりも先につっかかっていった人がいるだろうがよ」
 詰め寄ってきた鈴にジュンイチが答えると、
「下がれ、この下郎!」
 件の『ジュンイチよりも先につっかかっていった人』が、ヤイカに向けて言い放った。
「我らの獲物に横から手を出すのは首盗人も同然!
 これ以上邪魔立てするなら、我らが戦車にて、今この場で成敗してくれるが、如何か!?」
 そう、しずかだ――テケ車の車上から言い放つその言葉に、ヤイカはしばしキョトンとしていたが、
「あー、時代がかった言い回しでわかりづらいだろうから訳してやると、だ」
 しずかの武家言葉を訳すのは今やこの人の役目――ため息まじりに、ジュンイチがヤイカに告げた。
「『せっかく楽しくバトってんのに、横からくっだらねぇ茶々入れてきてんじゃねぇよ。
 これ以上ジャマすんならてめぇら今すぐブッ飛ばしてやるけどそれでもOK?』
 ……と、そう姫ちんはおっしゃられているワケだ」
「ふぅん……?」
 ジュンイチの言葉に、ヤイカはしずかへと視線を向ける――訳の真偽を問うているのだと察し、しずかはうなずき、肯定した。
 それに対するヤイカの反応は――
「……フッ、フフフ……
 ホーッホホホホホッ!」
 高笑い……否、嘲笑であった。
「これは失礼、お邪魔してしまったようね」
 そう謝罪の言葉を口にするヤイカだったが、今の嘲笑の後ではただの建前にしか聞こえない。現に今現在もすごく楽しそうで、反省の意思などみじんも感じられない。
 だが、意識をアンツィオからこちらに向けることには成功したようだ。興味深げな視線をしずかへと向ける。
「おわび代わりに、あなた達のお名前、聞いてもよろしいかしら?」
「楯無高校2年、鶴姫しずか」
「同じく、松風鈴……です」
「全国大会でのことを知ってるなら、オレのことは知ってるだろ?
 大洗女子・特別滞在枠2年、柾木ジュンイチ……ちょいと縁があってね、今回コイツらと組ませてもらった」
 ヤイカに返す形でそれぞれが名乗る――そして、しずかが改めてヤイカへと告げる。
「ヤイカとやら。
 『本物の戦車戦』と申したな?」
「えぇ、言ったわよ。
 それがどうかしたの?」
「本望也。
 ぜひ見せてもらおう――そなたの言う『本物の戦車戦』とやらを」
 言って、しずかはヤイカに向けて獰猛な笑みを浮かべる。
 対し、ヤイカも不敵な笑みと共に受けて立ち、両者は真っ向からにらみ合い――







「ふざけるなぁっ!」







 第三者の咆哮が割って入った。
 ペパロニだ。怒りの叫びと共にCV33でヤイカ達ボンプルチームに突っ込むが、
「ペパロニ! 後ろだ!」
 気づいたアンチョビが声を上げるが時すでに遅く、ボンプルが潜ませていたいた7TPが二輌、ペパロニ達の背後に姿を現した。
 向けられた砲がペパロニのCV33を背後から狙い――
「周辺警戒がなってないなぁ、相変わらず」
「前々から言ってるよな? 『後ろにも目をつけるんだ』って」
 そんなあっさりした声がかけられて――7TPが“斬り捨てられた”。
 崇徳、そしてジュンイチの仕業だ――ジュンイチの爆天剣が一方の7TPを細切れに、崇徳の影天鎌がもう一方の7TPを上下真っ二つにぶった斬って見せたのだ。
 もちろん、破壊した7TPの二輌の乗り手達は全員無事だ。ジュンイチは乗員達を傷つけないよう刃を避けてめった斬りにしたし、崇徳も影天鎌の能力を発動、その刃は戦車のみを斬り乗り手の人体はすり抜けたので、その身体には傷ひとつついていない。
 ともあれ今はヤイカの方だ。もうすでに再起不能レベルで完全破壊した戦車には目もくれず、ジュンイチは改めてヤイカへと向き直った。
「乱入してきた上に、伏兵による奇襲か……
 後者は戦車道でもじゅーぶんアリだけどさ、問題は前者だ――ずいぶんとまぁ、スポーツ的にも戦場マナー的にもほめられたもんじゃねぇことしてくれるじゃねぇか」
 そんなジュンイチの言葉に、ヤイカは再び、先程と同様にこちらを嘲笑う高笑い。
「それはおもしろいわ!
 まさか、あの全国大会であれだけ好き放題やってきたあなたがそんなことを言い出すなんて!
 戦の最中に第三勢力に介入されないと思った?
 味方が裏切らないと思った?
 三つ巴四つ巴の戦いがないと思った?
 あぁ、来てよかった!やっぱりあなた達何にも知らなかったのね!
 これがタンカスロン! 闘争の見世物! 野蛮人のヒマつぶしよ!」
 高笑いと共にヤイカが言い放ち――
「あのさぁ」
 そんなヤイカに向けて、ジュンイチが口を開いた。
「ずいぶんとまぁ、御高説を垂れ流してくれたけどさ……ひとついいかな?」
「えぇ、どうぞ」
 ジュンイチの前置きに、ヤイカは続きを促して――



「“目クソ鼻クソを笑う”って言葉知ってる?」



 ジュンイチはキッパリと言い放った。
「黙って聞いてりゃ、公式戦車道をスポーツだお遊戯だと好き放題言いやがって。
 たかだかちょこっとルールの縛りが緩いところでドンパチやってる程度の違いで、何を偉そうにほざいてるんだか。
 オレに言わせりゃ、公式戦もタンカスロンも変わんねぇよ。どっちも“スポーツ”で、好きで首突っ込む“お遊び”だよ」
「公式戦と同じ……? タンカスロンが?
 それは聞き捨てならないわn







「いーや、同じだね」







「…………っ」
 返しかけたヤイカだったが――被せられたジュンイチの言葉に、自らの言葉を抑え込まれた。
 否――ジュンイチの“言葉”に、ではない。
「ガチの戦場に比べたら、戦車道もタンカスロンもぬるいぬるい。
 戦争ごっこで雑魚小突き回してガチ勢気取りとは、いやはや、いい御身分だねぇ」
 そう告げるジュンイチが言葉と共に放った“殺気”によって、である。
「柾木……っ!」
「あわわ……あのヤイカって人よりよっぽど怖いよ、今の柾木くん……っ!」
 正面から受けているワケではない、ジュンイチの背後に控えるムカデさんチームの二人ですら――それも鈴はともかくしずかですら気圧され、口を挟む機会を見失ってしまっているほどなのだから、どれほどのプレッシャーであるかは推して知るべし。
「だいたいなぁ……てめぇら、乱入してきたことを正当化するためにずいぶんと偉そうなことをほざいてくれたけど、ひとつ肝心なことを忘れてるぜ。
 いや……忘れてないけど、ツッコまれたらこまるから気づいてないフリってパターンかな? まぁどっちでもこっちがやることぁ変わらないけど」
「肝心な、こと……!?」
「あぁ」
 強烈な殺気によるプレッシャーの中、なんとか問いの言葉をしぼり出すヤイカに、ジュンイチはうなずいた。
「乱入してくるってことは、こっちに不意打ちの一撃入れて、そのまま途中参加で戦いに加わるってことだ。
 となれば当然――」



「オレに返り討ちにされたって、何も文句は言えないんだぜ?」



 言い放ち――ジュンイチから放たれる殺気がその重みを増した。ジュンイチ自身も重心を落とし、いつでも突撃できる態勢だ。
「あわわ……
 どうしよう、みぽりん……アレ、柾木くん絶対完全に頭に来てるよ!」
「柾木自身はともかく、鶴姫さんやアンツィオのみんなが楽しみにしていた試合をぶち壊しにされたんだからな……」
「柾木くんが、その手の案件で怒らないはずがありませんよね……」
 もちろん、そんなジュンイチの様子はみほ達からも見えていた――しかもライカがちゃっかり不可視の索敵端末サーチャーを差し向けていたので音声面もバッチリ把握。ジュンイチの不機嫌を察して青ざめる沙織の傍らで、麻子や華もジュンイチの心情を察してつぶやく。
「返り討ち? あなた達が?
 大した自信ね」
「どこまでも人の話を聞かねぇ阿呆だな、てめぇは」
 その一方で、ヤイカはジュンイチのプレッシャーに抗い反論。しかしジュンイチを揺るがすには至らず、あっさりカウンターの一言が返ってくる。
「『オレに』ってちゃんと単数形で言ったろうが。
 てめぇらごとき、オレひとりで十分だ。姫ちん達の助力もいらねぇよ――」







「公式戦で勝てねぇからってタンカスロンに逃げたヘタレどもなんぞに負ける気しねぇし」







「――――っ」
 その一言で、ヤイカの動きが止まった。
「……今、なんて?」
「んー? 聞こえなかった?
 公式戦で勝てないのを、自分達が中・軽戦車マメタンしか持ってないせいだって責任転嫁して、逆にタンカスロンが軽戦車しか使えないのをこれ幸いとそっちに逃げて王様気取ってるお山の大将ふぜいが、戦力の圧倒的差を根こそぎひっくり返して公式戦全国優勝を成し遂げた大洗チームのオレに勝てるとか、どーゆー思い上がりだよって話じゃないのs







 それは、一瞬の刹那の出来事であった。







 ジュンイチのセリフをさえぎるように、彼の背後の7TPがジュンイチに向けて主砲を発砲。
 もちろん直撃させるつもりはない。彼をおどかし、ヤイカへの侮辱の言葉を止めるためのおどしの一発――そのつもりだった。
 しかし、ジュンイチはその一発を読んでいた。驚くどころか、むしろ自ら砲弾の軌道沿いに身体を寄せる。
 砲弾の速度から己の真横に届くタイミングを正確に逆算、そのタイミングピッタリに右手を伸ばして飛来する砲弾に手をかける。
 同時に、常人の目では一瞬消えたように錯覚するほどの速度で身をひるがえす――回転半径の小ささと超人的身体能力が生み出す超高速ターンで、砲弾の直進ベクトルをその回転ベクトルに巻き込んでしまう。
 そして――絶妙なタイミングでリリースされた砲弾が、発砲した7TPへと返送された。
 何気に久々となる、ジュンイチの戦車道での十八番、“砲弾返し”――死角からの攻撃に対し完璧にカウンターを決めてみせると、ジュンイチは改めてヤイカへと向き直った。
「さて……どうする?
 今ので不服なら、周りに伏せてる連中も含めて一輌残らず、オレひとりで壊滅させてやろうか?
 タイムアタック感覚で挑めば、そっちが逃げに徹しておにごっこになっても30分いらないと思うけど」
「へぇ……ずいぶんな自信ね」
「『自信』? そいつぁ違うな。
 厳然たる『事実』だよ」
 互いに挑発的な視線を交わし、ジュンイチとヤイカがにらみ合う――そんな両者を、しずかは交互に見比べた。
 彼女の見立てでは、どちらもまったく気迫負けしていない。どちらも戦意は旺盛。いつ始まってもおかしくない――
「……フッ」
 しかし、終わりは唐突に訪れた。笑みをもらしたヤイカが指をパチンと鳴らすと、ボンプルの戦車が一斉に後退を始めたのだ。
「ありゃ、素直に帰っちゃうのか」
「えぇ。
 今回はここまでよ」
 ジュンイチに答えて、ヤイカは自分のパンツァージャケットの胸に差したバラの花をもてあそび、
「あなたと決着をつけるには、この戦場は場末が過ぎる。
 もっと私達に相応しい舞台で雌雄を決しましょう――その時まで、御機嫌よう」
 言って、ヤイカはそのバラの花をジュンイチに向けて放り――ジュンイチが手刀の一振りで散らせるのを応えと受け取り、ヤイカはボンプルの殿を務める形で引き上げていった。
「ったく、言いたい放題言って帰っていきやがって……」
「いやー、お前もじゅーぶんたいがいだったと思うぞ」
 ため息まじりにこぼすジュンイチだったが、そんな彼にはアンチョビがCV33の車上からツッコんだ。
「で、どうする?
 お邪魔虫も帰ったし、続きやる?」
「いや……やめとこう。
 すっかり白けてしまった。私達もまた後日に仕切り直しだ――鶴姫もそれでいいな?」
「異論はない」
 改めて尋ねるジュンイチにアンチョビが、そして彼女から話を振られたしずかが答える――アンツィオとムカデさん、両チームは連れ立って待機場所へと戻るべく移動を始める。
「…………鈴」
 と、その途上で、しずかは鈴に向けて声をかけた。
「我……敵手を得たり」
「敵手……ライバルってこと?
 ひょっとして、あのボンプル……?」
「いや……彼女達だけではない」
 言って、しずかは“そちら”へと視線を向けて――その先を見た鈴は、彼女が言わんとしていることに気づいた。
「……柾木くんとも、戦ってみたいの?」
「先程の、あのヤイカと相対していたあの姿……
 向き合ってもいない我らですら圧を受けるほどの気迫……彼も、そして気圧されながらもその気迫を正面から受けて耐えきってみせたヤイカも……
 認めなければなるまい。我らはまだ未熟……彼らは、我らが目指す頂きへと続く道を、我らよりも先、我らよりも高みにいる」
「あ、そこ認めちゃうんだ」
「認めなければ強くはなれん。
 己の弱さも……己よりも強き者の存在もだ」
 鈴に答え、しずかは深く息をついた。
「……鈴。
 強くなるぞ――戦車の戦力も、それを駆る我らも。
 ボンプルも柾木もたいらげて、我らはその先の高みへと至る」
「うん!」
 しずかの宣言に、鈴が同意してうなずいて――
「言ってくれるねぇ」
 そんな一言が彼女達にかけられた。
 ジュンイチだ――その超人的な聴覚で二人のやり取りを聞いていた彼が、言いながらテケ車の上に跳び乗ってくる。
「ボンプルだけじゃなく、オレまで食おうってか」
「え? 柾木くん?
 いや、その、これは……」
「あぁ」
 まさか『あなたを倒そうと宣言してました』と、聞かれていたとはいえ認めるのは抵抗があった。返事に困る鈴だったが、しずかは迷うことなく肯定した。
「その通りだ。
 前回、そして此度は手を取り合ったが、お前も大洗も我らが目指す頂きに立つ者。高みを目指すなら、いずれは越えねばならない相手」
「ま、違いないわな」
 しずかの言葉に、ジュンイチはあっさりうなずき、
「助かるよ。
 お前らがそう思ってくれてるなら、こっちとしても話が通しやすい」
「『助かる』……?」
「『話を通す』……?」
 首をかしげるしずかと鈴にうなずくと、ジュンイチは改めて二人に告げた。
「鶴姫さん、松風さん。
 どーせオレらとやり合うんなら……」



「その前に、“前哨戦”、やってみる気ない?」



    ◇



「奉納戦車戦……?」
「あぁ。
 夏休み、大洗本土の夏祭りで企画されてるんだ」
 待機所に戻り、みほ達も加わって事情説明。聞き返すしずかにジュンイチはうなずいた。
「その対戦相手に、私達を……?」
「なるほど。
 先日柾木と西住殿が保留した案件というのが、それか」
「そーゆーこと。
 元々タンカスロンの試合を見に来るようになったのは、その対戦相手を探すためだったんだよ。
 その点、お前らと組んでアスパラガス達とやり合えたのはうれしい誤算だったよ――実際にタンカスロンの戦場に立った経験は、相手の選考に大いに役立ったよ」
「そして、我らが選ばれた、か……」
 鈴やしずかに答え、ジュンイチは肩をすくめる――納得するしずかだったが、すべての疑問が解消されたワケではなかった。
「だが……なぜ我らを?
 強がりを抜きに現実を直視するならば、我らよりも強い戦車乗りはまだ数多い。その中でなぜ我らを選んだ?
 よもや――」
「『適度に勝てそうな相手として選ばれたんじゃないか』――とか思っちゃってる?」
 あっさりと、ジュンイチはしずかの言いたいことを言い当ててみせた。
「もしそうだとしたら……どうする?」
「知れたこと。
 そのような扱い、許しがたい侮辱だ。その時は……」
「だっ、大丈夫ですから!
 ちゃんと理由があって、鶴姫さん達を選んでますから!」
 ジュンイチの言葉に剣呑な空気をまとうしずかを、みほがあわててなだめた。
「ま、西住さんの言う通りだよ。
 手頃な相手として選んだのか――字面のままに問いの意味を解釈するなら『そうだ』としか答えようがないけどさ、その『手頃』の意味は勝てそうだとかそういう意味じゃねぇ。
 実力の上下の問題じゃない。戦い甲斐の有無で考えればこれ以上ないぐらい最高の相手――まさに理想にドンピシャ。そういう意味での『手頃』さ」
「ほぅ……戦い甲斐ときたか。
 参考までに、我らの何を見てそう感じたか聞いてもいいか?」
「さっきのお前さんのセリフに、全部の答えが詰まってるさ」
 尋ねるしずかに、ジュンイチは彼女を指さしながら答えた。
「『強がりを抜きに』と前置きした上で、『自分達より強いヤツはまだたくさんいる』って言ったろうが。
 それは見方を変えれば、『強がり込みなら遠慮なく「自分達が勝つ」と言いたい』『今はまだ自分より強い相手だけど、いずれは超えてみせる』と言い変えられる。
 そんな、向上心と負けん気の強さを持つお前らだから選んだ――そういう考え方のできるお前らなら、今から試合本番までの間に、さらに一化け二化けしてくれるんじゃないか、ってな。
 そんなの、やり合ってみたいに決まってるじゃんか――今のところの予定だと戦車戦限定にする方向で話が進んでるからオレは出られないかもけど、それさえなきゃオレがこっちの代表差し置いて出陣したいぐらいさ」
「なるほどな」
 ジュンイチのその説明に、ようやくしずかの機嫌も直ったようだ。不敵な笑みと共にうなずいてみせる。
「早合点から敵意を向けてしまったこと、謝罪する」
「いやいや、こっちこそごめんね、しずりん。
 柾木くんってば、相手に誤解されちゃうかも、とか、怒らせちゃうかも、とかぜんぜん考えずに本音をもったいぶっちゃうところがあるから……」
 頭を下げるしずかに対し、沙織はフォローを入れる――唐突のニックネーム命名に「しずりん……?」と困惑するが、しずかはすぐに気を取り直してジュンイチへと向き直った。
「ともあれ……事情はわかった。
 祭事の中の催し物だとはいえ、大洗のみなさんの胸を借りられるのはこちらとしても本望。先日教えを受けた時とはまた違った経験が積めよう」
「それはOKってことでいいのかな?」
「うむ。
 その話受けよう」
「そっか。
 サンキュな、助かるよ」
「礼はいい。
 たとえ大洗でも……否、大洗が相手だからこそ遠慮はしない。
 大洗への敬意と、先のBC自由戦で助力を頂いた恩義に報いるため、我らで祭事を大いに盛り上げる戦を披露してやろうぞ」
 礼を言うジュンイチに答え、しずかは彼としっかりと握手を交わすのだった。



    ◇



「ふぅ……」
 大洗の学園艦に戻り、夕食も風呂も済ませてホッと一息――自室のベッドに腰かけ、ジュンイチは軽く息をついた。
「とりあえず、奉納試合についてはこれでよしとして……」
 奉納試合の本格的な打ち合わせは商店街の祭のスケジュールの完成待ちなので、今できることはもうない。
 と、いうワケで、次は――
「しほさんからの依頼、か……」
 優勝記念杯に秋・冬季大会クリスマス・ウォー……今後の大会における広報のための“隠れた強豪”探し。
 BC自由学園やボンプルの戦力を直に見れるという収穫もあったが、ここからは本腰を入れてかからなければ――
「…………ん?」
 そんなことを考えていた時だった――つけっぱなしだったPCからメール着信を伝える音が聞こえたのは。
「何だ……?」
 こちらで個人的なメールというのは珍しいし、もしかしたらこちらにも転送するよう設定している戦車道チーム宛てのメールか――ともかく内容を確かめるべくメールを開いて、
「…………へぇ」
 その口元に、実に楽しそうな笑みが浮かんだ。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第41話「大洗を離れる!?」


 

(初版:2020/04/27)