「……ここか」
 本土の、とある港――“地元”から持ち込んだ愛用のバイク“ゲイル”でここまでやってきて、ジュンイチはフルフェイスのヘルメットを脱いで周囲を見回した。
「さーて、学園艦への連絡船はどこかねー……」
 いくつかある桟橋を確認して――目当ての船はすぐに見つかった。
 自分達の、大洗で使っているものと同じタイプの連絡船――しかし、
「……『夜露死苦ヨロシク』……」
 その船体には、ものすごくイヤな予感をかき立てる落書きが放置されていた。
 と――
「着いたわね……」
 不意に、ジュンイチの耳が少し離れたところからのつぶやきの声を拾った。
 見れば、先ほどからこちらに歩いてきている少女が、自分と同じように連絡船を見上げている。
 なお落書きについてはスルーのようで――
「この私がドイツから来たからには、日本の戦車道が私に合わせるのよ」
(ぅわぁ、すごい自信だぁ)
 少女のつぶやきの方がよほどのツッコみどころであった。
 つぶやきの内容、少女が身につけているのは行き先の学校の制服、少女の持つのは大型のキャリーケース――その他諸々、外見から拾える情報を総合するに、ドイツからの転入生といったところか。
(あと今のセリフに発音のなまりなし。日本語の方が使用期間長いな……帰国子女ってところか)
 少なくとも、同じ連絡船に乗ることになるのは確定のようだし、つぶやきの内容も気にかかる――とりあえずファーストコンタクトを試みることにした。
「おい」
「ん……?
 何よ、アンタ?」
「いや、戦車道がどうのって言ってたが、アンタも戦車道やるのか?」
「『アンタ“も”』……?」
「あぁ。『も』だ。
 オレも戦車道選手だからな」
「ハァ!?
 アンタ戦車道やるの? 男でしょ!?」
「別に『男はやっちゃダメ』って禁止されてるワケじゃねぇし、男女別に種目枠分けられてるワケでもねぇだろ。『フツーは女子がやるもの』ってイメージがあるだけでさ」
 とりあえず、自分の顔を見て無反応――杏と二人で大洗チームの対マスコミ要員を務めメディアへの露出の大部分を引き受けていた自分のことを知らない辺り、日本の戦車道の近況についてはよく知らないようだと情報追加。
「ま、そうは言っても、よその学校の選手なんだけど……今回この学校には、ヘルプ要員として呼ばれたんだよ」
「ヘルプ……?
 まぁいいわ。戦車道がらみなら、別に今聞かなくても後でわかることだろうし」
 どうやら余り深くものを考えるタイプではないようだ。ジュンイチの説明に対し、少女はジュンイチに向けて右手を差し出し――名乗る。
「中須賀エミよ――よろしく」

 

 


 

第41話
「大洗を離れる!?」

 


 

 

「…………えっと」
 一方、その頃の大洗。
 奉納戦車戦に関係し、杏から話を聞くためにしずかと共に来校していた鈴は、目の前の光景にただただ困惑していた。
 練習の準備に取り組む大洗の面々だが――何と言うか、空気が重い。
 若干名の機嫌が明らかに悪い。周りの面々もそれに対して触らぬ神に祟りなしとばかりに静観を決め込んでいるため、あちこちから立ち上る負のオーラが垂れ流しの状態となっているのだ。
「これは、いったい……?」
 状況が呑み込めず、しずかが首をかしげると、
「ヤキモチだよ、よーするに」
 そう答えたのは、整備道具を手に通りかかった啓二であった。
「青木殿……?
 ヤキモチ、とは、いったい……?」
「簡単な話さ。
 要するに――」



「ジュンイチが、他所の学校にヘルプに行っちゃったんだよ」



    ◇



『大洗を離れる!?』
「あぁ」
 それは、先日のこと。
 期末テストは(桃を始め正真正銘赤点ギリギリのところで奇跡的な紙一重回避を決めてくれた子も若干名いたが)なんとかひとりの追試者も出すことなく無事終了。
 これでエキシビジョンマッチに向けて練習に打ち込めると張り切る戦車道チームであったが、ジュンイチからの突然の申し出に場は騒然となっていた。
「どっ、どどど、どういうことですか、柾木先輩!?」
「私達のことはもうどーでもよくなっちゃったの!?」
「ンなワケあるかい。
 一時的だよ、い・ち・じ・て・き」
 あわててジュンイチに詰め寄り、口々に声を上げる梓と沙織に対し、ジュンイチはため息まじりに答えた。
「ウチの学校のサイトで公開してる、戦車道チーム宛ての独自アドレスあるだろ」
「あぁ……
 柾木が『誰の挑戦でも受ける! ただしスケジュールの都合のつく範囲でっ!』なんて言い出して『練習試合の申し込みはこちら』ってサイトに掲載してるアレか」
「そう、それ。
 そのアドレス宛てにヘルプ要請が来てな」
「ヘルプ……ですか?」
「そ。
 20年ぶりに戦車道を再開させて、いきなり全国優勝にまで持っていったオレらの実績を見込んで、力を貸してほしい……ってな」
 カエサルに、そして華に答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせた。
「ウチのそういう経緯に目を付けて協力を求めてきたってことは……」
「その学校も、チームけっこう問題なんですか?」
「去年から空中分解してるんだと」
 首をかしげるあけびや妙子にも、ジュンイチはあっさりと答える――依頼人の守秘義務に引っかかりかねない発言だが、ジュンイチ個人ではなく大洗チームの一員としての立場から受けた話なので、みんなも関係者だと判断してのことである。
「……なるほど、そーゆーことか」
 と、ジュンイチのそんな話に納得したのはライカだ。
「空中分解したチームの立て直しとなると、人員、戦車はそのままだとしても組織としては実質一からの組み直しになる。
 ほとんど新チーム同然のその状態……それが見込みのあるものであれば、しほさんの“隠れた強豪探し”って依頼ともかみ合うってことね」
「はい、ライカ正解。
 そーゆーワケなんで、この依頼を受けたのでしばらく向こうに行ってきます、と、そーゆー話さ」
「それで……その“先方の学校”っていうのは……?」
 尋ねるみほに対し、ジュンイチはようやく今回の行き先を口にした。



「ベルウォール学園だ」

 

    ◇



 ――とまぁ、そんな経緯でジュンイチは大洗を離れ、一路ベルウォール学園へ。
 中須賀エミと出逢ったのも、そんな道中でのことだったのだが――
『ぅわぁ』
 今は、そのエミと二人で、すっかり荒れ果てた校舎を前にドン引きしていた。
 傷だらけな上にヤンキー用語での落書きばかりの校舎。
 そして、それにみじんも疑問を持っていない、見るからにガラの悪い生徒達。これはどう見ても――
「明らかに荒れてる……」
「事前に調べちゃいたが、イメージしてた以上かよ……
 マンガとかに出てくる。典型的な不良校そのままだなぁ……」
 口々に正直な感想がもれるが、とにかく校内へと足を踏み入れる。
「留学先間違ったかしら……?」
「こりゃ戦車道の方も“お察し”だなぁ。
 あんな依頼が来たのも納得だわ」
「え……?
 『あんな依頼』って……?」
 ジュンイチのつぶやきに、エミが彼へと振り向いて――それがいけなかった。よそ見をしていたエミが、すれ違った他の女生徒とぶつかってしまう。
「ってぇな!? よそ見してんじゃねぇよ!」
「え!? 男!?」
 二人組の相手、ぶつかった方がエミにすごむが、もうひとりがジュンイチに気づいて驚く――ちょうど自分に注意が向いたので、これ幸いとジュンイチが尋ねた。
「ちょうどいいや。
 お前ら、戦車倉庫の場所知ってるか?」



 ………………

 …………

 ……



「…………あれ?」
 尋ねたはいいが、答えが返ってこない――目の前で、質問と同時に凍りついた少女達の姿にジュンイチが首をかしげて、
「お、お前ら……」
 たっぷり20秒は固まっていただろうか、ようやくエミとぶつかった方の少女Aが再起動した。
「せ、戦車倉庫……って、あそこに行くつもりなのか?」
「そのつもりだけど……それが何か問題?」
「問題も何も……」
 聞き返すエミに対し、少女Aは何やら言い淀んでいたが、やがて一言。
「あそこは今――」



「無法地帯だぞ」



『…………はい?』
 その発言の意味をすぐには理解できず、ジュンイチとエミは思わず声をそろえて首をかしげた。
「無法地帯って、どういう――」
「――って!?
 あんなトコに行こうとしてるってことは、お前らも!?」
 とりあえず目の前の二人に事情を聞こうとするエミだったが、それよりも先に少女Aの方がこちらに対し何やら気になる認定をしてきた。
 結果――
「お、お助け〜っ!」
「命ばかりは〜っ!」
 逃げ出した。そりゃもう世界だって狙えそうなぐらいの全力ダッシュで逃げ出した。
「どういうこと……?」
「あー……
 あのリアクションで、だいたい想像ついちゃったわ、オレ」
 ワケがわからないエミだったが、一方で察しのついたジュンイチがため息まじりに答えた。
「簡単な話だよ。
 お前につっかかってきたところから見ても、さっきのヤツらもこの学校の荒れ模様にしっかり染まってらっしゃったと思っていい。
 つまり――」



    ◇



「やっちまえーっ!」
「返り討ちだオラーっ!」
『オォォォォォッ!』



「……とまぁ、あんな感じで。
 さっきのヤツらみたいな連中でもビビって近寄れないほど、ここが荒れてるってことだろ」
「え〜……」
 目の前で大乱闘を繰り広げる光景を前に、エミはジュンイチの説明を受けて開いた口がふさがらなかった。
 やってきたのは倉庫の立ち並ぶ一角――案内板を見て戦車倉庫はこの区画にあるとわかってやってきたのだが、倉庫の前のロータリー部分で二組の不良女子グループが大規模抗争の真っ最中。
「つくづく何なのよ、この学校……
 戦車道経験者歓迎、なんてオファーがあったから、はるばる日本まで戻ってきたっていうのに……」
「お前もオレみたいに呼ばれてきたのか?」
「えぇ、そうよ。
 でも……」
 ジュンイチに答えると、エミは目の前の乱闘の光景へと視線を戻した。
「こんなんじゃ、“あの日の約束”を果たすどころか、まともに戦車道をやることすらできないじゃない……っ!」
(『あの日』? 『約束』……?)
 エミのつぶやきも気になったが、まずは目の前の乱闘をどうするかだ。
 今こうしている間にも、キューポラのハッチを盾にしたり、二人がかりで砲身を棍棒代わりにしたり――
「って!
 砲身とキューポラに何してんのよ!?」
「まぁ待て」
 戦車のパーツがケンカの道具にされている光景に頭へ血が上るエミだったが、それを止めたのはジュンイチだった。
「はーい、そこまで。ちょいストーップ」
 そして、エミに代わってケンカを繰り広げている面々に向けて声をかける――が、ケンカに夢中な面々は気づかない。
「もしもーし、話聞いてくれないかなー?」
 再び声をかけるが、やはりダメだ。
「おーい、聞きたいことがあるんだけど〜」
 三度目でもやはり無視。
 なので、ジュンイチは深々とため息をついて――



「やかましい」

 薙ぎ払った。



 右手の一振りで、あらかじめ高めておいた“力”をぶちまける――炎として燃焼させることすらせず、精霊力の熱線として放ったその一撃はケンカの現場の中心部、その地面に着弾。巻き起こった爆発が、乱闘を繰り広げていた全員を吹き飛ばした。
「いやちょっと何してんのーっ!?」
「鎮圧」
 一瞬、何が起きたか理解が追いつかなかった――とりあえず今の爆発がジュンイチの仕業だということは理解し、ツッコミの声を上げるエミに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「心配すんな。
 直撃はさせてねぇし火力も加減した。痕が残るようなケガはさせてねぇよ」
「そーゆー問題じゃなくてっ!
 ってゆーか今ナニしたの!?」
「だから鎮圧」
「手段を聞いてるのよ今度はっ!」
「さーて、何してんだろうねー♪」
 思い切り異能をぶちかましたが、エミは乱闘に気を取られていてこちらが何をしたのかわかっていなかった――なので、迷うことなくシラを切る。
 見れば、ジュンイチの吹っ飛ばした乱闘当事者達も何が起きたかわかっていないようで、しきりに周囲を見回していて――
「っとと、ごめんよー」
 何やら呼びかける声が聞こえた。
 声のした方を見てみると、通りすがりの第三者だろうか、自らの視界すらふさいでしまうほどに積み上げられた荷物を抱えた誰かがこちらに向けて歩いてきて――
「ちょっと通りまーす。
 ケンカはお休みして――わわっ!?」
 そんな有様なので、足元の小石に気づかずつまずいてしまい、
「ねぇ! 何とか言いなsむぎゅっ!?」
 こちらへの追求に夢中だったエミが、荷物の崩落に巻き込まれた。
「ごっ、ごめんなさいっ!
 大丈夫だった――って……」
 当然、荷物を崩してしまった通りすがりの誰かさんは大あわて。急いでエミを荷物の下から助け出して――と、そこでエミの顔を見て動きを止めた。
 時間にして数秒、エミの顔を観察して――
「もしかして……」



「エミちゃん……?」



「え……?」
 “誰かさん”が自分の名を言い当ててみせたことに、エミは思わず顔を上げた。“誰かさん”の顔をまじまじと観察して、
「もしかして……瞳?」
「うん!」
 エミの問いに、瞳と呼ばれた“誰かさん”が「やっぱりエミちゃんだ!」と喜んで――
「……え?
 おたくら……知り合い?」
 すっかり置いてきぼりになっていたジュンイチが声をかけた。



    ◇



「紹介するわ。
 私の幼なじみの、柚本瞳」
「よろしくーっ!」
 とりあえず荷物運びを手伝ってやり、彼女の目的地の倉庫へ――運び終え、改めてエミが“誰かさん”こと柚本瞳をジュンイチへと紹介した。
「さっきのリアクションからして、けっこう会ってなかったみたいだけど」
「当然でしょ。
 私がドイツにいたんだから。そうそう会える距離じゃないでしょ」
「久しぶりだねー。
 小学校以来だから……五年ぶり?」
 尋ねるジュンイチに対し、エミと二人で答えて――瞳はやけに上機嫌な笑顔でエミへと振り向き、
「それにしても、ドイツから遊びに来るなら言ってよ、もう。
 しかもカレシも一緒だなんて、二度ビックリだよ〜」
「いや、別に遊びに来たワケじゃなくtカレシぃっ!?」
 瞳に答えかけ――エミはそれ以上のツッコみどころに気づいて声を上げた。
「ちょっ、誰がカレシよ!?
 まさかコイツがそうだと思ってるんじゃないでしょうね!?」
「え? 違うの?」
「違うわよ!
 ジュンイチとは連絡船乗り場で会ったばかりでっ!」
「なるほどっ!」
「わかってくれt
「つまりカレシじゃなくて一目惚れの片想いと」
「ちーがーうーっ!」
「そだぞー。
 オレと中須賀さんは別に何でもないし、単に目的地が同じだったからここまで一緒に来ただけだし」
「……素で完全否定されるのも、それはそれでムカつくわね」
「どーしろっつーんだ、お前は……」
 力いっぱい否定するエミを援護したらそのエミから愚痴られた。ジュンイチがため息まじりにツッコむと、
「…………ん?」
 不意に瞳が眉をひそめた。
「……『ジュンイチ』……?」
 その名に引っかかりを覚えて首をかしげる――が、偶然エミの姿が視界に入った拍子に、別のことに気がついた。
「あれ……?
 エミちゃん、なんでウチの制服着てるの?」
「『遊びに来たワケじゃない』って言ったでしょうが。
 今日からここに通うのよ」
「え!? ホント!? うれしい!」
「それはそうと……」
 エミの話に目を輝かせる瞳に対し、エミは自分の用事についての話を切り出した。
「瞳は戦車倉庫がどこか知らない?
 どうも迷ったみたいで……」
「え? 戦車倉庫?」
 そんなエミの問いに、瞳は可愛らしく小首を傾げ、
「戦車倉庫なら……」



「ここだけど?」



 しれっと、あっさり言い放ってくれた。
「やっぱりかー……」
 こんな、不良の乱闘の場と化した場所がそうであってほしくはなかった――希望を打ち砕かれて頭を抱えるエミだが、対する瞳は何やら上機嫌だ。
「えへへ……実は今日はすっごいことがあるんだよ。
 今年の全国大会優勝校のコーチの人と、チーム勧誘オファーを受けてくれた海外の学校の子が……って、あれ?」
 語りかけて――瞳は気づいて首をかしげた。
 そして、気づいたのはエミも同じで――
「それじゃあ……オファーを出したのって……」
「オファーを受けてくれたのって……」
『瞳/エミちゃんだったの!?』
 二人で、声をそろえて驚いた。
「じ、じゃあ……エミちゃんと目的地が同じってことは……
 『ジュンイチ』って名前で、もしかしたらと思ってたけど、やっぱり……」
「ま、そーゆーことだな。
 どうやらお前さんがクライアントで間違いなさそうだな――依頼を受けて参上した、柾木ジュンイチだ。改めてよろしく」
 そして、瞳の注目はジュンイチへと移る――答えて、ジュンイチは「名前で引っかかった時点で気づいてほしかった」とため息をついた。
「やったーっ! すごーいっ!」
「じゃあ、やっぱりここが私の留学先なのか……」
 判明した事実を前に、幼なじみ二人のリアクションは両極端に分かれた。オファーを受けて来てくれたのが親友であった偶然に大喜びの瞳に対し、エミは自分の留学先がこんな荒れた学校なのかと頭を抱えて――
『まぁ、瞳に会えたのはうれしいけど……』
「勝手に人の心をアテレコするなっ!」
 自慢の声帯模写をフル活用してネタに走ったジュンイチがツッコまれた。
 と――
「ひっとみーっ!」
「あ、優ちゃん、喜多ちゃん」
 瞳に声をかけてきたのは、やってきた女子二人組の片一方。髪を右側へのサイドテールにまとめた子だった。
「誰、その子達?」
「親友と、オファーに応えて来てくれたコーチの人!」
 サイドテールの子に瞳が答えると、もうひとり、パーカーのフードをかぶった長身の子が動いた。無言でエミとジュンイチの前に出てくる。
「な、何よ……?」
 それまで瞳を除けば荒々しいベルウォール生としか出会っていないエミが警戒するのも無理のない話か――が、フードの子はまったく動じることなくポケットをあさり、
「……あげる」
 ジュンイチやエミに向けて差し出してきたのは缶ジュース。ちなみに中身はいちごオレ。
「ど、どうも……」
「サンキュな、えっと……」
「最初に声をかけてきてくれたのが喜多椛代ちゃん。
 いちごオレをくれたのが鷹見優ちゃん」
「そっか。
 じゃ改めて。サンキュな、鷹見さん」
「ん」
 エミと共にいちごオレを受け取り、礼を言おうとしたジュンイチを瞳がフォローしてくれた。改めて礼を言うジュンイチに、優はコクリとうなずいてみせる。
「しばらくおっきなケンカはないと思うから、のんびりしてってねー」
「ありがとー」
 言って、優と共に去っていく椛代を瞳が見送る――彼女達の他にも、ガランとした倉庫内には人の姿がチラホラ見える、しかもそれが先程外で乱闘していた顔ぶれであることを確認すると、エミは瞳へと尋ねた。
「いったい何なの、あの人達?」
「友達だよ」
 迷うことなく瞳は即答した。
「怖そうに見えるけど、みんないい人ばかりなんだ」
「いやそうじゃなくて。
 ここは戦車道チームの倉庫なんでしょ?
 つまり……」



「戦車はやらないの?」
「全然っ!」



 本当に迷うことなく瞳は即答した。
「今チームを何とかしようとしてるのは私だけかなー?」
「なるほど。
 それでオレを呼んだのか」
「うん!
 大洗の人達、白兵戦も強いんでしょ? だったら、みんなの迫力にも負けずにがんばってくれるかな、って。
 でもまさか、その大洗の人達を鍛えた本人が来てくれるなんて思わなかったよー」
(…………ん?)
 そんな瞳とジュンイチのやり取りに、エミはふと引っかかりを覚えた。
(大洗って、どこかで聞いた名前……)
 ずっと日本で、日本の戦車道に触れていたなら考えるまでもなくピンと来たであろうが、そうではないエミは大洗が今年の全国大会優勝校という話をすぐには思い出せない。「どこで聞いたんだっけ……?」と記憶を掘り起こそうと首をかしげていると、
「あ、そうだ!」
 ふと何かを思いつき、瞳が声を上げた。
「エミちゃんも手伝ってよ!」
「え……?
 …………何を?」



    ◇



「ちょ……っ、何よコレ!?」
 しっかり着替え終わってから言うのも何だが――エミがツッコんだのも無理はない。
 何しろ、メイド服に着替えさせられた上で戦車道チームの敷地の外れ、校舎エリアに面した人通りの多いところに連れ出されてしまったのだから。
 いったいどういうことなのかと同じくメイド服姿の瞳に詰め寄ると、彼女が答えて曰く――
「実は、ウチのチーム立ち退き命令が出てて、署名活動しなくちゃで……
 あと、経費も出ないから募金やってるんだ」
 「あぁ、フェンスにかけた『戦車道に愛の手を!』の横断幕とその下に置かれた空き缶製の募金箱はそういうことか」と納得する。
 しかし、納得できたのは“事情”までだ。今現在やらされている“手段”まで納得できたワケではない。
「だからって、なんでこんな恰好!」
「イメージアップ!
 大丈夫! すごく似合ってるよ!」
「まぁ……少なくとも、着替えてから、どころかパーフェクトに着こなしてみせてから吐くセリフじゃねぇわな」
 応える瞳に賛同するのはジュンイチで――
「まぁ……こんな執事服まで用意してある周到さに若干の作為を感じるのはオレも同じだけど」
「ぐっ、偶然だよ。
 “男装の麗人”路線も攻められればいいかな、って思って用意してただけだから……」
 ジュンイチも執事服に着替え済み。ツッコまれた瞳があわてて弁明する。
「大丈夫! 柾木くんもすっごく似合ってるよ!」
「あんがと。
 そういうそっちも似合ってるぜ。お前さんも中須賀さんも」
「えへへ〜♪
 よかったね、エミちゃん! 似合ってるって!」
「ま、まぁ、私にかかればこのくらい……って、そうじゃなくてっ!」
 瞳とジュンイチ、二人からほめられて悪い気はしない――が、エミはすぐに我に返り、「違う、そうじゃない」と声を上げた。
「戦車道のアピールなら戦車を出しなさいよ!」
「さっき戦車倉庫で何見てたお前?」
「って、え……?」
 エミの主張はごもっともな抗議――だが、ジュンイチにあっさり返されて思わず動きを止めた。
「倉庫で、って……
 あの不良連中がバカやってた以外は何も――“何も”!?」
「そ。
 あそこを戦車倉庫だと思わなかったお前は正解だよ――だって、実際“戦車の倉庫”には見えなかったんだから」
 思い出し、声を上げたエミにジュンイチが答える――説明を求めて二人で瞳に視線を向けると、瞳は申し訳なさそうに、
「えっと、実は……」



「全部売られて、戦車が一輌もなかったり……」



 ………………
 …………
 ……



「留学先変えるわ」
「わーっ! 待って待ってーっ!」
 告げられた内容を理解するや否や、クルリときびすを返す――立ち去ろうとしたエミを、瞳は彼女の右腕にすがりついて必死に止める。
「解散寸前でメンバーは不良で戦車もない!
 戦車道チームとしての最低限の体すら成してないじゃない! どうしろっていうのよ!?」
「あと三日……ううん、二日待って!
 一輌だけならレストア終わるからーっ!」
 反論してくるエミに答え、瞳は彼女の腕にしがみつくその手に力を込めた。
「ホントに、お願いだよぉ……
 私……戦車道のある学校ここしか入れなくて……解散したら戦車できなくなっちゃう……」
「でも……」
「あとね……うちのチーム、去年まではちゃんと活動してたんだよ。
 いろいろあって、今はこんな状態だけど……きっとみんなで戦車道ができると思うんだ」
 そう告げる瞳は今にも泣き出しそうで――しかし、決してエミの腕を放そうとはしない。
「……はぁ」
 そんな瞳の本気を感じ取り、エミはため息と共に瞳を引きはがそうとするのをやめた。
「わかった。
 瞳がそう言うなら……その言葉、信じてみるわ」
「ホント!?」
 エミの言葉に、瞳が思わず声を上げ――
「言うまでもなく、オレもな」
 そう話に加わってくるのはもちろんジュンイチだ――「元々あの有様のチームの立て直しのために呼ばれたんだし」と付け加えながら執事服の懐に右手を突っ込んだ。
 そして取り出したのは自分の財布。中に入っていた500円玉をコイントスの要領で弾いて――それは彼の背後、横断幕の傍らに置かれた募金箱の中へとホールインワン。
「最初はあくまで依頼としてのつもりだったけど……今の柚本さん見て気が変わった。
 オレ個人としても柚本さんに協力したくなった。こっからは仕事としての本気モードじゃない、私情込みの本気モードだ。
 あの500円は、柚本さんの本気を買っての先行投資と、依頼に私情を挟むことになる詫び料ってことで」
「詫びって……変なところで律儀ね、アンタ」
 ジュンイチの言葉にエミが呆れ、そのエミのツッコミに瞳が苦笑して――



 ガシャンッ!と音を立て、募金箱が蹴り飛ばされた。



「何っ!?」
 いきなり何事かとエミが振り向くと、小銭をまき散らして転がる募金箱の傍らに、蹴り飛ばした犯人と思しき少女の姿があった。
 ただし――
「あっれー? 戦車オタクじゃん」
「こんなところで何してんのー?」
 同じ顔がもうひとつ。そっくりな顔のもうひとりが運転する車がすぐ脇に止められ、二人でこちらへ――というか瞳に向けて告げる。
 それを見て「あぁ、双子なのか」と適当に状況把握に務めていたジュンイチだったが、
「ここは“私達自動車部の”ホームコースなんだけど」
「もしかして、早期解散の件、考えてくれたのかしら?」
「…………あん?」
 自分がここにいる理由上、続く言葉は聞き逃すワケにはいかなかった。
「何言ってるのよ、アンタ達。
 ここは私達戦車道チームの――」
「まっ、待って、エミちゃん!」
 もちろんジュンイチだけではない。エミも聞き捨てならないと突っかかっていk――こうとするが、それを瞳があわてて止めた。
「アレ、有名な柏葉姉妹だから」
「いや、有名も何も私達知らないんだけど」
「えっと……髪の毛、まとめるのが左右違うようにしてるでしょ? アレで区別できるんだけど……私達から見て右側にまとめてるのが姉の金子ちゃん、左側にまとめてるのが妹の剣子ちゃん」
「金子に、剣子……
 是非親御さんに名前の由来を聞いてみたいネーミングだな」
「茶化さないの」
「へぇへぇ」
 ツッコんだジュンイチがエミにたしなめられ、瞳は続ける。
「実は、その“二人の親御さん”がすっごいお金持ちで――」
「あー……ここ私立だっけか。
 ひょっとして、スポンサーだったりするのか? で、アイツらもそのスポンサー権限振りかざしてると」
「う、うん……」
 ジュンイチにうなずいて、瞳は件の二人に視線を戻した。
「それで、今はうちの大きな敷地を狙って嫌がらせしてくるんだよ」
「ってことは……
 ひょっとして、さっき言ってた『立ち退き命令』も……?」
「うん……たぶん、あの二人が親御さん経由で先生達にやらせたんだと思う。
 だから、ここで問題を起こしたら即解散になっちゃう」
 瞳がエミに答えると、柏葉姉妹はようやくエミに、そしてジュンイチに気づいた。
「あら?
 そこの二人、初めて見る顔ね」
「あぁ、二人は私のオファーに応えてくれて……」
『ぷっ』
 答えかけた瞳だったが、その言葉に柏葉姉妹が同時に吹き出した。
「バッカじゃないの?
 時代遅れの戦車なんかに、ご苦労なことね」
『………………』
 しかし――調子に乗っている金子とは裏腹に、ジュンイチとエミが彼女の言葉に動きを止めた。
「お金はかかるわ生産性はないわ、ムダにデカイ鉄の塊じゃない。
 私達の美しい車を見てみなさいよ。大違いじゃない」
「ま、そもそも粗大ゴミなんかとじゃ比べるまでもないんだけどね」
 そんな二人の変化に気づかず、柏葉姉妹がさらに続けて――
「言ってくれるわねぇ」
 その一言と共に、双子それぞれの頭が抑えつけられた。
「ベラベラとよく口が回るじゃない、このドッペルゲンガーズが」
「なっ、何だお前!?」
 こめかみに血管マークを浮かべたエミの仕業だ――頭を抑え込まれた金子が声を上げる中、瞳は傍らのジュンイチへと視線を向けた。
「え、えっと……止めないの?」
「いや、オレとしてはむしろ中須賀さんよりも先にあの二人をブッ飛ばしたかったぐらいだしなぁ」
 しかし、ジュンイチはそんな言葉に反して怒りの感情を見せてはいなかった。それどころか困ったような感じで頭をかきながら瞳に答え、
「オレはむしろ、この後が怖いよ……」
「『この後』……?」
 首をかしげ、周囲を見回す瞳だったが、どこにもジュンイチが怖がりそうなものは見当たらない。
「ちっ、ちょっ、何するだーっ!?」
「はーなーせーっ!」
 そうこうしている間にエミと柏葉姉妹のやり取りは続く。エミの手から逃れようともがく柏葉姉妹だが、エミはあっさりと一言。
「じゃあ比べてみれば?」
『…………へ?』
「要は戦車の実力を見せてやればいいんでしょ?
 グダグダ言わずに正々堂々かかってきなさいよ」
 そのまま力ずくかと思いきやまさかの挑戦状――思わず目を丸くする柏葉姉妹に、エミはフンと鼻を鳴らして言い放った。
「自由に条件つけていいわよ。
 時代遅れだの粗大ゴミだの、二度と言えないようにしてやるんだから」
『なっ……』
 さらに柏葉姉妹にとって好条件を突きつける――「そこまでやられても自分達が勝つ」と言わんばかりのエミの態度に、柏葉姉妹の眉が吊り上がった。
「それなら自動車と戦車でレースよ!」
「負けたら戦車道チームは解散! アンタ達も退学よ!」
「乗った。
 ただし、私達が勝ったら戦車道チームの再建に力を貸しなさい」
 柏葉姉妹の示した条件に対し、エミは迷うことなく即答して――







「生ぬるいですね」







『――――っ!?』
 割って入った声が告げた瞬間、突然の悪寒がその場の一同を襲った。
 声の主から放たれた強烈なプレッシャーのせいだ。一瞬にして胆を冷やされ、恐怖で縮み上がったのだ。
 だが――
「あぁ、やっぱり……」
 “こう”なることを先立って予見していたこの男だけは被害を免れていた。「やっぱりこうなった」と頭を抱えるジュンイチだったが、
「こ、この威圧感って……」
「それに、今の声……」
「って、え……?」
 気になる反応を見せたのが二人。プレッシャーや声に覚えがあるような反応を見せたエミや瞳の声に、ジュンイチは思わず顔を上げた。
 が、今は問いただしている余裕はない。ジュンイチにとっては、声の主がこんなプレッシャーを放つような状態になっていることの方がよほど問題だ。
 まずは声の主を落ちつかせようと、声のした方へと振り向く――まるでそのタイミングを待っていたかのように、柏葉姉妹の登場によっていつの間にかわいていた野次馬達の人垣が、まるでモーゼが海を割ったかのように左右に分かれる。
 その向こうから姿を現したのは――
「……やっぱりアンタでしたか。
 気配を感じた時点でイヤな予感はしてたけど……まぁ、そこはいいや。
 とりあえず……なんでここにいるのかってところから聞いてもいいっスか――」



「しほさん?」



「それはおそらく、君と似たようなものだと思うのだけど」
 そう、現れたのは――そして一連のプレッシャーの主はしほだった。ジュンイチに答えて、彼らの前に進み出てくる。
「つまり……ベルウォールの戦車道チームが解散寸前と聞いて、日戦連の大御所として直接乗り込んできたってこと?」
「えぇ。
 先生方から話を聞く予定だったのだけど、その前に直接この目で実態を見ておきたくてね」
「で、あの戦車を侮辱しまくった双子の発言を聞いちゃった、と……」
 尋ねるジュンイチにしほが答える――完全にしほのプレッシャーに呑まれていた他のギャラリーや柏葉姉妹は、そんなしほに平然と対するジュンイチの姿に目を丸くするばかりだ。
 ――いや、
「やっぱり……しほさん……!?」
「柾木くん……しほさんと知り合いだったの……?」
「って、え……?」
 別の意味で驚いているのは、先程気になる反応を見せていた二人だ。エミや瞳の問いに、今度はジュンイチが目を丸くした。
「お前ら……しほさんと知り合いだったのか?」
「ジュンイチこそ!」
 尋ねるジュンイチにエミが返すのをよそに、しほは堂々と柏葉姉妹の前へと進み出て――
「な……っ、何なのよ!?
 いきなり出てきて、何まとまった話に水差してるのよ! この――」







「おばさんっ!」







「………………」
「あ」
 それは、金子にとっては強烈な迫力に抗うための、精一杯の強がりだったのだろう。
 だが、その結果放った言葉はこれ以上ないほどの選択ミス――金子の言葉にしほの肩がわずかに震えたのを見逃さなかったジュンイチの顔から血の気が引いた。
「ちっ、ちょっと待ったのしばし待ってくださいっ!
 しほさん、落ちついて! 殺しちゃダメです!」
「柾木くん……私を何だと思ってるのかしら……?」
 ジュンイチの制止に対し、しほはジュンイチの方を振り返ることもなくそう返して――
「そもそも戦車道を馬鹿にした時点で許せないというのに、今さら何だと言うの?」
「あ、すでにあの呼び方される前に極刑確定でしたか」
 付け加えながら振り向くと同時にギロリと据わった目でにらみ返され、ジュンイチは思わずため息をもらした。
 そんなジュンイチにかまわず、しほは改めて柏葉姉妹へと向き直り、
「言いましたね?
 『戦車と自動車でレースをする』と」
「そ、そりゃあ、まぁ……」
「『戦車と自動車、どっちがすごいか』って話なんだし……」
「生ぬるい」
 キッパリとしほは言い切った。
「話の主旨を考えればそれでもいいのでしょうが……あなた達のその性根を叩き直すには足りませんね。
 100%そちらの土俵で、100%そちらのルールで戦って勝ってみせる、ぐらいのことはやってのけてあげなくては」
「えっと……」
「つまり――?」
「言葉通りの意味です。
 100%そちらの土俵――すなわち、自動車対自動車。
 あなた達自身の腕前を、こちらの子達自身の腕前で打ち破ってみせましょう。
 自動車レースなんて素人同然のこちらの子達で……ね」
「えっ、ちょっ、しほさん!?」
「柾木くん」
 いきなり何を言い出すのか――あわてて声を上げるジュンイチだったが、そんな彼にしほはただ一言。
「車……用意できますよね?」
「…………はい」
 ジュンイチには、うなずく以外の選択肢は許されてはいなかった。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第42話「甘く見るな」


 

(初版:2020/05/04)