そんなこんなで、柏葉姉妹とジュンイチ達による自動車レース対決が決まった。さっそく準備に取り掛かろうとそれぞれの根城に引き上げて――
「……ごめんなさい。
 怒り任せに、あなた達の勝利のハードルを意味もなく上げてしまうようなことを……」
「いえ、それを言い出したら最初に勝負を持ちかけた私の方が……」
 冷静になった二人が頭を抱えていた。
「ごめん、瞳……
 瞳まで退学になっちゃうかも……」
「うん。そうだね。
 だから、そうならないためにも、今は柾木くんが持ってきてくれる車を仕上げることに集中しなくちゃ」
「そ、そうね……」
 謝罪するエミだが、当の瞳はすでに気持ちを切り替えていた。作業ツナギ姿で答える瞳の言葉に、エミもまた自らの頬をパシンと叩いて気合を入れる。
 が、懸念もないワケではなくて――
「にしてもアイツ、車用意できるって言ってたけど、どうやって……?」
「そういえば……
 大洗で使ってるのを持ってくるにしても、間に合わないんじゃ……」
 その“懸念”を口にしたエミのつぶやきに瞳も首をかしげるが、
「問題ありません」
 そん断言したのは、気を取り直したしほだった。
「彼は今すぐにでも自分の車をここまで手配できる手段がありますから」
「そうなんですか?」
 しほの言葉にエミが聞き返して――
「だからってさぁ」
 口をはさんできたのは、今の今まで“手配”のために席を外していたジュンイチであった。
「別に禁じ手ってワケじゃないけど、大っぴらに使える手でもないんだから、そう簡単にあてにしないでほしいんですけどねぇ?」
「う……
 ご、ごめんなさい。あの時はどうかしてたわ……」
「ま、『どうかした』理由はわかってるから、ツッコミ入れる以上のことはしないであげますけど」
「ジュンイチ、車調達できたの?」
「あぁ、問題ないよ」
 ジュンイチにツッコまれて、さすがのしほの居心地が悪そうだ――が、今は戦車道チームの存続のかかったレースの方が問題だ。話に割り込んできて尋ねるエミに、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「ほら、車入れるからジャマなものどけたどけたー。
 しほさんも悪いと思ってんなら働けー」
 言って、自ら率先して動いたジュンイチにエミ達も続く。ジュンイチに言われて、しほも渋々ガレージの中を片づけ始める。
 そうして確保したスペースに、ジュンイチが外に停めていた車で乗り入れて――
「ぅわ古っ!?」
 エミの嘘偽らざる本音の感想が飛び出した。
「柾木くん、これって……」
「ん。オレの私物。
 “元の世界”から転送で取り寄せた」
 車に注目しているエミや瞳をよそに、車から降りたジュンイチが耳打ちしてくるしほに小声で答える。
「ジュンイチ、こんな古い車で勝てるの?」
「失礼な。ちゃんと勝てる車を持ってきたわい。
 とはいえ、コレ小荷物での移動用として使ってるヤツだから、そこはレース特化のセッティングにいじり直さんといかんが」
「手伝うね!
 戦車いじってるから、メカニック的なところはある程度わかるよ、私!」
 エミに答えるジュンイチの言葉に、瞳がスパナを片手に名乗りを上げて――
「それはいいんだが……三人とも」
 そんな瞳に加え、エミやしほも含めた三人に対し、ジュンイチは改めて声をかけた。
「中須賀さんは知らないみたいだけど……柚本さんとしほさんは知ってるよな? 今年の決勝戦。
 ならわかるはずだ――実際の現場、本番では何が起きるかわからない。どんな些細なトラブルがこっちの目論見を台無しにするかわかったものじゃないって」
 ジュンイチの言っているのが、決勝戦の最後の攻防――大洗のW号戦車のドリフト戦法が足を取られて失敗しかけた時のことを言っているのだと察し、瞳としほがうなずく。
「なので、この勝負にもダメ押しにダメ押しを重ねた保険をかけようと思う。
 で……それに絡んで、今から三人にちょっとデリカシーを欠いた質問をします」
「その前置きからすでにイヤな予感しかしないんだけど……何?」
 聞き返すエミに答える形で、ジュンイチは問題の質問を切り出した。
「お前ら……」



「体重、サバ読まずに正直に答えろ」



 本当にデリカシーを欠いた質問だった。

 

 


 

第42話
「甘く見るな」

 


 

 

 明けて翌日――
「ぅわぁ」
「何コレ……?」
 柏葉姉妹から指定されたスタート地点に来てみれば、そこにはギャラリーが押し寄せ、ちょっとしたお祭りのような様相を呈していた。盛り上がる周囲を見回してエミや瞳が困惑していると、
「やっと来たわね!」
「どうせなら派手にやらなきゃね!」
 そんな彼女達や同行してきたしほに声をかけてきたのはもちろん柏葉姉妹だ。
 見れば放送部による実況ブースに応援団、おそらく自動車部のメンバーだろうがレースクイーンまで勢ぞろいし、積極的に場を盛り上げている。
「で? そっちの用意した車っていうのは?」
「貧乏人の用意した車なんて、どーせ大したことないでしょうけど!」
「あぁ、それなら……」
 柏葉姉妹の問いに瞳が返すと、
「はーい、おまたせ〜」
 上がった声と共に聞こえてくるエンジン音。ジュンイチの運転で件の“車”が姿を現して――
『…………は?』
 柏葉姉妹の目がテンになった。
 「まぁ、見るからに古い車だし、バカにするんだろうなー」とエミがため息をつき――



『スゴーイ!』



「…………は?」
 予想に反するリアクションが返ってきた――ものすごく目を輝かせた柏葉姉妹の姿に、エミの目がテンになった。
「スプリンタートリノ! しかもパンダ!」
「ちゃんとAE86だよ! ハチロク! ハチゴーと間違えたってオチじゃなくて!」
「ハッハッハッ、すごかろう!
 伊達に『イニD』見てねぇぜ!」
 それは柏葉姉妹にとってかなりの垂涎の品だったようだ。ジュンイチの車を前に大はしゃぎの二人に、降りてきたジュンイチがカラカラと笑いながら答える。
「驚いたわね! まさかハチロクを持ってくるなんて!
 でも、悪いけど勝つのは私達よ!」
「見なさい、私達のとっておきを!」
 だが、柏葉姉妹もひるみはしない。自信満々に紹介したのは――
「ランサーエボリューション……
 モデルは……エボWか」
「フフン、いい車でしょ!」
「アンタ達のハチロクなんかメじゃないn
「いい車だが古めの型だな。
 あくまで整備や運転の練習用だからあまり高価な車は使いたくない。だけどみすぼらしい車はプライドが許さず……って葛藤の末の妥協点ってとこか」
『………………』
「あ、黙った」
「図星だったのかしらね」
 車種を言い当てたジュンイチの言葉に鼻高々……とはならなかった。ついでにジュンイチからいろいろと看破され、沈黙した柏葉姉妹の姿に瞳やしほがツッコミのつぶやきをもらす。
「……っ、とっ、とにかくっ!
 アンタ達のハチロクなんかじゃ勝ち目がないのがわかったでしょ!」
「もう勝負は決まったようなものね!
 負けて悔しがるアンタ達の姿が目に浮かぶようだわ!」
 しかしそれでも自分達の勝利を信じて疑わない柏葉姉妹の姿に、イヤな予感を覚えたエミがジュンイチへと耳打ちする。
「……何? 性能差かなりヤバかったりする?
 私、戦車と違って車ってあまりわからないから、アンタの車がアイツらの車より旧型ってことくらいしかわからないんだけど」
「性能だけで比較するなら勝利は絶望的だね」
「ダメじゃない!」
「でもないさ」
 悲鳴を上げるエミだが、対するジュンイチは落ちついたものだ。
「『性能だけで比較するなら』って前置きしたろうが。
 それだけで全部の勝敗が確定しちまうなら、大洗は全国優勝どころか一回戦のサンダース戦で消えてたさ」
「……そうなの?」
 ジュンイチの言葉に話を振ってくるエミに、瞳は苦笑まじりにうなずいた。
「ま、心配すんなって。
 勝利のための布石はバッチリまかせてもらった。後は相手がそれに蹴つまずくのを待つだけさ」
 言って、ジュンイチがニタァッ、と“悪魔の笑み”を浮かべる――「また始まった」としほが(昨日自分が怒り任せに話をややこしくしたことを棚に上げて)ため息をついている間に、放送部実況によるルール説明が始まる。
〈コースは序盤に学校前商店街を抜け、中盤以降は裏山の山間コースへ!
 校舎周辺を周回するこのコースを一周して、先にここへ戻ってきた方の勝利とします!〉
「ぅい、りょーかい。
 そんじゃ、中須賀さん、柚木さん、しほさん、まいりましょーか」
 説明に対しあっさり納得し、ジュンイチが身内三人を促す――ドライバーのジュンイチのみならずエミ達までハチロクに乗り込むのを見て、金子は眉をひそめた。
「ふーん、全員乗るんだ。
 ラリーじゃあるまいし、乗ったところでやれることなんてないでしょうに」
「当事者全員で責任共有するだけだよ」
 声をかける金子に、ジュンイチはあっさりとそう答え――
「……と、言いたいところだけどな」
「………………?」
 ニヤリと笑ったジュンイチの言葉に、金子が眉をひそめる――が、かまうことなくジュンイチは続けた。
「ぶっちゃけハンデだよ、ハンデ♪
 “重り”を三つぐらい用意してやんなきゃ、ワンサイドゲームで終わっちまいそうだからなー♪」
「言ってくれるじゃないの!」
「ずいぶんとナマイキ言ってくれちゃって!
 思い知らせてやるから覚悟しろーっ!」
 ケタケタと笑うジュンイチの言葉に、柏葉姉妹は顔を真っ赤にして言い返すとランエボへと乗り込んでいった。
「うし、挑発完了」
 もちろん、ジュンイチの言動は意図的な挑発だ。計画通りとほくそ笑んでハチロクに乗り込んで――
「それはいいんだけど、柾木くん」
「挑発にしたって、言い方ってモンがあるわよね?
 アンタ、私達のこと何つった? 『重り』だっけ?」
「何か釈明があれば聞きますが?」
「…………アレ?」
 車内の三人の挑発にも成功していた。



    ◇



《それでは、カウントダウン!
 10! 9!……》
「んじゃいくぞー」
 実況によるスタートまでの秒読みが続く中、しほのビンタで右の頬に紅葉を咲かせ、エミにつねられて左の頬を真っ赤に腫らし、瞳に髪をワシャワシャとかき乱されてボサボサ頭になったジュンイチがハンドルを握る。
 エミ達やしほも、一応ジュンイチにオシオキしたことで溜飲を下げたようだ。今は戦車道チームの存続をかけたレースを前に少し緊張気味だ。
 特に、一番長くチームの再建に取り組んでいた瞳の緊張感は格別に強くて――
「大丈夫だよ、負けないから」
 だから、ジュンイチはハッキリと告げた。
「本当に?」
「ホントほんと。安心しろって」
 聞き返す瞳にジュンイチが答える――が、
「あ、『安心しろ』は無理か。
 ちょっと……」



「お前らにとっては心臓に悪いレースになりそうだし」



『………………え?』
 ジュンイチの言葉に、エミ達三人が思わず彼を見返して――
《0!》
 しかし、その言葉の意味を問いただす時間はなかった――カウントが0に達し、ジュンイチはアクセルを思い切り踏み込んだ。
 ジュンイチのハチロクが勢いよく飛び出して――しかし、それを上回る加速で発進した柏葉姉妹のエボWがその前に躍り出る。
《おっと! いきなりスタートダッシュで差がついた!
 やはりパワーの差は歴然だ!》
「はっ、離されちゃうよ!?」
「何とかしなさいよ!」
 先行する柏葉姉妹のランエボ、そして自分達の不利を伝える実況に、後部座席の瞳やエミが声を上げる――が、
「お前ら」
 対するジュンイチの口から出た言葉は、そんな二人に対する答えではなかった。
「行く先にカーブが見えたら口閉じろ」
 その言葉、そしてちょうど前方に最初のコーナーが近づいてきたのを受けて全員が口をつぐみ――同時、ジュンイチがハンドルを切った。
 とたん、ハチロクが勢いよく横を向いた。横すべりの形で、勢いよくコーナーに突っ込んでいく――コーナーひとつ目からいきなりのドリフト走行で、速度を落とすことなく柏葉姉妹を追う。
「なぁ!?」
「ドリフトぉ!?」
 これには柏葉姉妹もビックリだ。たかが素人がカッコつけてハチロクを持ち出してきただけだろうと侮っていたのが仇となり、余裕の安全運転でコーナーを走っていた彼女達はあっさりと追いつかれ――どころかあっという間に追い抜かれてしまう。
「やったぁ!」
「いえ……まだよ」
 柏葉姉妹を追い抜き、歓喜の声を上げる瞳をしほがたしなめる――そんなしほの懸念は、すぐに現実のものとなった。
「なかなかやるじゃないの……!
 でも、マシンパワーの差はどうしようもないでしょ!」
 動揺から立ち直った柏葉姉妹が、コーナーを抜けると同時に本気を出してきた。運転している金子がアクセルを踏み込む――持ち前のパワーに物を言わせ、一気に加速したランエボがジュンイチ達のハチロクを追い抜いていく。
「そんな……っ!」
「楽には勝たせてもらえないわね……っ!」
 やはり車そのものの性能が違いすぎる。車の性能の差を見せつけられた瞳とエミがうめき、二台の車は校内のサーキットを出て市街地コースへと入っていく。
 その後も、基本的には同じことの繰り返しだ。コーナーリングで上を行くジュンイチがコーナーの度に差を詰めるが、ランエボの性能に物を言わせる柏葉姉妹はその後の直線の度に、詰められた以上に差をつけてくる。
 マシンの性能差が、ジュンイチの腕で補い切れていない――そうこうしている内にも差はどんどん開いていく。
 そのままレースは後半戦に突入。市街地を抜けた先、山間コースに入った頃には、ランエボは直線に入った時にかろうじて視認するのがやっと、というぐらいにまで先行してしまっていた。
「柾木くん……さすがにこれは少しまずくないかしら?」
 助手席のしほが尋ねるが、ジュンイチは答えない。ただ黙々とハチロクを走らせ、はるか前方のランエボを追いかけ続ける。
「ダメか……!」
 だが、すでにつけられた差は圧倒的。さすがのエミも、この状況を前にしては自分達の負けを連想せずにはいられなくて――
「……エミちゃん……」
 そんなエミに、となりの瞳が声をかけてきた。
「このまま……終わっちゃうの……?
 負けて、戦車道、できなくなっちゃうのかな……?」
 エミが連想してしまったのと同じように、自分達が負ける姿をイメージしてしまったようだ。泣くのを懸命にこらえながら、それでも両目に涙を溜めて瞳が告げる。
「このままチームがなくっちゃったら……
 みんなと、戦車ができなくなるのは……さみs







「決めつけんなボケ」







 そんな瞳に告げたのは、それまで無言でハチロクを走らせていたジュンイチだった。
「まぁ、不安にさせちまうようなレース展開になってることは認めるけどさ。
 それでも、あえて言おう――レースだろうが戦車道だろうが、その他のスポーツだろうが関係ねぇ。決着ついてもいないのに、勝手に負けたと決めつけてくれるな。失礼な話だなオイ」
「で、でも、こんなに差をつけられて……」
「問題ねぇよ。
 十分に許容範囲内だ」
 瞳に答えると、ジュンイチはニヤリと笑い、
「こっからが本番。バトルマンガで言うところの『本当の戦いはここからだ!』ってヤツだ。
 てめぇらにも役目はあるんだ。腹括れ」
「私達にもできることがあるの!?」
「何でも言って!
 戦車道を続けるためなら!」
「なぁに、簡単なお仕事さ」
 エミや瞳にそう返して、ジュンイチは“役目”を告げた。
 曰く――



「気絶するな」



『………………は?』



    ◇



「後はこの山を下ればゴールはすぐそこねー♪」
「アイツらがゴールしてきたら存分に笑ってやるわ!」
 一方、こちらは先行する柏葉姉妹――完全に勝ったつもりで余裕である。上空を飛び、自分達の姿を学校にいるギャラリー達に伝えている放送部のドローンに笑顔で手まで振ってみせる。
「ま、泣いて謝ったら退学は許してあげようかしら」
「表彰式でみんなの前で戦車道チームを解散させるのは、気持ちいいでしょうね!」
 笑いながら、この後のことを話す二人だったが――
「…………?」
「どうしたの、剣子?」
「何か聞こえなかった?」
 かすかに聞こえた音に首をかしげた剣子が、聞こえなかったらしい金子に聞き返す。
 と――またしても件の音が聞こえた。
 空耳などではない。自分達のよく知る音。これは――
「ブレーキ音……?」
「まさか。
 アイツらのハチロクははるか彼方よ。そんなヤツらのブレーキ音がここまで聞こえてくるはずが……」
 剣子に答える金子だが――三度目のブレーキ音は、金子の耳にもハッキリ聞こえた。
『…………まさか』
 イヤな予感がする。振り向く剣子とミラーに目をやる金子。二人が同時に後方を確認した、その時だった。



「捉えたぜ――ドッペルゲンガーズ!」



 後方のカーブのブラインドから、ドリフトするハチロクが姿を現したのは。
『ハァッ!?』
 自分達は確かに圧倒的大差をつけていたはず。それなのになぜすぐ後方にハチロクが現れるのか。
 いや――「なぜ」ではない。
 考えられる理由など、ひとつしかないのだから。
「アイツら、まさか……このダウンヒルだけで、あれだけつけた差を詰めてきたっていうの!?」
 自分達の勝利を疑いもしていなかったところにこの猛追は不意打ちもいいところ。完全に対応が遅れた。声を上げる金子のブロックは間に合わず、ドリフト走行でトップスピードを維持したジュンイチのハチロクにあっけなく追い抜かれてしまう。
「あわわわわ……っ!」
「ぐぬぉおぉぉぉぉぉっ!」
「………………っ!」
 一方、ハチロクの車内もそれなりに大変なことになっていた。後部座席の瞳とエミは強烈な横Gに振り回されまいと必死だし、助手席のしほも平静を装うので精一杯。全身を強張らせてなんとか踏ん張ってるのが真相だ。
 そんな激しい走りで、ジュンイチはハチロクを走らせて柏葉姉妹のランエボを引き離していく。
「なんつードリフト……っ!
 まさか、ダウンヒルに入ってからずっと、あんなスピードで追いかけてきたの!?」
「なんのっ!
 パワーではこっちが上! すぐに追い抜き返してやる!」
 そんなハチロクの車内の修羅場を知る由もなく、ランエボも追撃に入る。金子がランエボを加速させるが、コーナーの度にドリフトで車体を横すべりさせるハチロクに阻まれて前に出ることができない。
「ムキーッ! さっさと道を譲りなさいよ!」
「ハチロクのクセにナマイキよ!」
「ハッ! 何『のび太のクセにナマイキだ』理論を持ち出してきてやがる!
 そのハチロクに鼻っ柱ガッツリ押さえられてんだろうが!」
 あおってやろうと柏葉姉妹に思念通話をつなげてみれば、絶え間なく垂れ流される柏葉姉妹の不満の声によって先にあおられた。すかさずジュンイチも言い返す――ちなみに、全員レースでそれどころではないので、車越しに会話が成立していることにツッコむ者はいない。
「ほら、お前らも何か言ってやれ! “つないで”やったから!」
 なので、ジュンイチはむしろ嬉々としてエミ達を巻き込んだ。思念通話をネットワーク化して、エミ達ともやり取りを可能にする。
「よ、よぅし……!
 ざまぁないわね! 大口叩いておいて、あっさり逆転されるとか!」
「ごめんね!
 一度はあきらめかけたけど……やっぱり私、戦車道やめたくない!」
 そんなジュンイチに促され、エミも、瞳も挑発に参加して――
「あ……あほー、ぼけー」
「しほさん……悪口のボキャブラリ小学生レベルっスか」
「わ、悪いっ!?
 西住流はこういうことはしないのよっ!」
 挑発が妙に可愛らしい人が若干一名。
「バカにしてーっ!」
「金子! さっさと追い抜いちゃいなさいよ!」
 ともあれ、ジュンイチ達の挑発は効果てきめん。あおられてムキになった柏葉姉妹は完全に冷静さを失っていた。
 剣子の言葉に、金子がランエボを加速。ハチロクを追って高速でコーナーに突入し――



 ――ぐらり、と車体が揺れた。



『…………あ』
 オーバースピードでバランスを崩したのだとすぐに気づいた――が、手遅れだ。横転を免れるので精一杯。車体を立て直すには至らず、盛大にスピンしてしまう。
 当然、そんな状態でハチロクを追いかけることなどできるはずもなく、
「おたっしゃでー♪」
 そんな捨てゼリフを残し、ジュンイチはハチロクをゴールに向けて走らせるのだった。



    ◇



「くっそーっ! こんなのアリかーっ!」
「無効だ―っ! 認めないからなーっ!
 もっかい勝負しろーっ!」
 さすがは自動車部と言うべきか。その後再び差を詰めていたらしい――柏葉姉妹がゴールしたのは、ジュンイチ達がゴールしてからすぐのことだった。
 が、先にゴールしたのはジュンイチ達。負けは負けだ――地べたに座り込み、金子も剣子も悔しさを隠しもしないで駄々をこねる。
 と――
「おーおー、ずいぶんとまぁ騒いでくれちゃって」
 そんな二人の姿に、ジュンイチがニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。
「まぁ、駄々こねたくなる気持ちも、やり直ししたい気持ちもわかるけどさ」
 その、二人の言い分に理解を示すかのようなジュンイチの物言いに、再戦要求を呑んでくれるのかと柏葉姉妹が目を輝かせ――
「だって……」



「あーんな無様な負けっぷりをさらしちまったワケだしねー♪」



 ジュンイチは、情け容赦なく二人の希望を踏みにじった。
「相手の実力も見ない内から勝手に格下と決めつけて、油断した挙句にあっけなくブチ抜かれた上に無理に追い抜こうとした結果スピンして自爆。
 負けるにしたって、もーちっと負け方ってもんがねぇ……ヒーローもので言えば完全な第一話のやられキャラ、咬ませ犬の三流悪役じゃんか」
「ぐぐぐ……ぐがごごご……っ!」
「ぎぎぎ……っ!」
 もちろん二人の機嫌が急転直下に転落したことは承知済み。しかしそれでも、ジュンイチはさらにあおり立てる。柏葉姉妹が歯ぎしりしながら悔しがり――
「まー、再戦受けてやってもいいけどねー。
 自分達の強さをカケラも活かせてないヤツら相手に負ける気しないし♪」
『…………って、え?』
 続くジュンイチの言葉に動きを止めた。
「私達の……」
「強さ……?」
「だって、そうだろ?
 型落ちとはいえ、高校の部活にランエボなんて持ち込める財力に、それをガチガチのレース仕様に仕上げられる整備技術。
 そして――さっきのレースの最後、あんだけ盛大にスピンしやがったクセに、事故ることもなく五体満足、無傷で帰ってきてみせたドライビングテクニック。
 ぶっちゃけ、大洗ウチの自動車部に負けず劣らずのチートっぷりだろ」
 困惑する二人に対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「なのに、肝心のお前らがその強みをカケラも活かせてないときたもんだ。
 実力未知数の相手を勝手に格下と決めてかかって、本気も出さずに手抜き運転。
 オレの挑発に簡単にキレたのもそれが原因だろ。こっちを見下してたからこそ、その見下した相手にやり返されてあっさりキレた。
 最初から全力全開、手加減抜きの総力戦で挑んでりゃよかったものを、せんでもいい手抜きでひっくり返されてたら世話ねぇよ。
 “油断した”――お前らの敗因はそれ以外の何物でもねぇよ」
 言って、ジュンイチは肩をすくめてため息をつく。
「まぁ、オレがそうなるように仕向けた部分があるのもあるのは確かだけどな。
 さんざおあおって怒らせて、必要以上にムキにさせたり、とかな――おかげで、オレがどーして中須賀さん達をハチロクに乗せたのか、その“本当の理由”に気づけなかったみたいだし」
「は……?
 アイツらを乗せた理由?」
「確か、ハンデの重りがどうとか……」
「『重り』ってところまでは合ってるよ。
 だけど……その“理由”は、ハンデなんかじゃなかったのさ」
 ジュンイチの言葉に、柏葉姉妹は顔を見合わせて――気づいて、目を見開いた。
『――バランサーウェイト!』
「正解♪」
「バラ……何?」
「要するに、バランスをとるための重りだよ」
 声をそろえる柏葉姉妹に、ジュンイチはニヤリと笑って答える――その一方でピンとこないエミにも、簡単に説明してやる。
「自動車レースにおいて、重量ってのは重要な要素だ。
 重すぎたらその重量を動かすために余計にパワーを使うし、かと言って軽くしても、それが過ぎれば車体を地面に押しつける力が不足してエンジンのパワーがタイヤから地面に十分に伝わらなくなる――その中間、ドンピシャなところを探らなきゃならん。
 今回のコースの中盤以降の山間コースみたいな、アップダウンのあるコースなんかなおさらだ。上りで負担にならず、下りで重力の助けを借りられる、それらを両立できるギリギリの境目を探ることが重要になる」
 その言葉に、エミ達はなぜ昨夜ジュンイチが自分達の体重を聞いたのか、その答えに気づいた。
 ジュンイチの言うギリギリの境目の重量バランスを、“「関係者全員を同乗させる」というハンデを背負うふうを装った上で”調整するため――最初から、あのハチロクは自分達が、あの席順で座った時に、あのコースに対し最適な重量バランスになるように調整されていたのだ。
「じゃあ、私達の役目が『気絶するな』だったのって……」
「気ィ失って車内でガンガンシェイクされてたら、バランスを取るどころじゃねぇからな」
「あの二人を油断させるためとはいえ、ハードな役目を押しつけてくれたもんだわ……」
 瞳に答えた言葉にエミがため息をもらす――苦笑し、ジュンイチは柏葉姉妹へと向き直った。
「事は戦車道チームの存続のかかった一大事。しかも勝負の舞台はてめぇらの土俵――そんな状況でハンデなんて、誰が好き好んで背負うもんかよ。
 オレがハンデがどーのと言い出した時点で、お前らはその言葉を疑うべきだったのさ。
 だけど、お前らはそれを怠った。オレ達を軽くひねれる雑魚だと決めつけて、警戒することをしなかった――その結果が、お前らの今の体たらくさ」
 言って、ジュンイチが柏葉姉妹に向けて手を伸ばす。ナニカサレル、と二人が思わず身をすくませて――が、ジュンイチは特に何もしなかった。
 ただ、二人の頭を捕まえただけ。自分達の至らなさを突きつけられ、うつむいていた顔を無理矢理上げさせ、自分の方を向かせただけ――その上で、告げる。
「所詮戦車道、運転技術なんてタカが知れてる――とでも思ったか? 残念でした。
 『車』とつくからには戦車も車。うまく立ち回るためには自然とそれ相応の技術が必要なんだよ。
 大洗じゃ、その辺もきっちり鍛えるために、レースとかみっちりやってるしな」
 そのための“教材”がアーケード版マ○オカート(なお筐体はジュンイチの自腹購入)なのはとりあえず秘密にしておく。「妨害アリのレースは戦車道のせめぎ合いに通じるものがある」という理由があっての選択だが、この場で明かすのはいろいろと台無しになりそうなので。
「戦車乗りだから、レースで自分達に優る部分があるはずがない――そう油断した時点で、お前らの敗北は決定してたんだ。
 “甘く見るな”――それが今回のお前らの教訓だ」
「えっと……」
「アレって……」
 そんな、柏葉姉妹に告げるジュンイチの姿に、エミと瞳は思わず顔を見合わせた。
 だが無理もない。なぜなら、ジュンイチがしているのは――
「アレって……アレよね?」
「柾木くん……あの柏葉姉妹に、アドバイスしてる……?」
 ついさっきまでバリバリに敵対していた、そして敗れた今もなお敵意むき出しの相手に、手を差し伸べる行為だったから。
「あぁ、悪いクセが出たわね……」
 だが、彼の人となりを知るしほにしてみれば“いつものこと”だ。平然と敵に塩を送るジュンイチの姿に、心なしか頭痛を覚えてため息をもらす。
「え? 『悪いクセ』って……
 しほさん、柾木くんって、いつもあんなことしてるんですか?」
「その通りよ。
 基本的に、勝負の外にまで遺恨を引きずる子じゃないから……今までのあの子達のケンカ腰な態度についても、彼の中ではレースで叩きのめしたことで全部清算された形になってるのよ」
「ぅわぁ。
 それはまた、割り切りがすごいというか何というか……」
 そんなしほに気づいた瞳が彼女と話しているのを尻目に、エミは深くため息をついた。
(まったく……第一歩からさんざんだわ。
 でも……これでチームの解散はナシになった)
 チームは空中分解寸前で活動もままならない。問題は山積みだ――だが、チーム自体がなくなってしまうという最悪の事態は避けられた。
 後はチームの抱えている問題をひとつひとつ解決していけばいい――前途は多難だが、少なくともこれでスタートラインには立てた。
(“今度こそ”、見つけられるのかな……?
 ここでなら、私の……)
 そんなことを考えながら、顔を上げて――
〈では、次の話題です〉
「…………え?」
 おそらく、これが本来の用途なのだろう、さっきまで自分達のレースを中継していた大型の街頭モニターがニュースを放映していて――そのニュースの映像に、エミの目は一瞬にして釘づけになっていた。
 なぜなら――
〈今日のゲストは西住みほさんです。
 先日行われた戦車道全国大会で、大洗女子学園を見事優勝に導きました〉
〈み、導いたなんて、そんな……〉
「みほ……!?」
 “エミにとって忘れられない顔”がそこに映っていたから。
「あー、西住さんじゃん。
 オレが最近大洗離れて飛び回ってるせいで、とうとうマスコミの取材から逃げられなくなったか」
「あの子……
 優勝校の隊長だっていうのにぜんぜんニュースで見ないと思ったら、やっぱりあなたを盾に逃げ回ってたのね……」
 と、そんなエミの後ろで上がった声に振り向くと、ジュンイチとしほが同じモニターを見上げて話していて――
「――って!?」
 その内容は、エミにとってスルーできない情報を含んでいた。
「ちょっと待って!
 今の話しぶり……まさかアンタ、みほと知り合いなの!?」
「え?
 知り合いも何も……」
 いきなり詰め寄ってきて尋ねるエミに面食らうジュンイチだったが――思い出した。
 そういえば、エミや瞳がしほと知り合いだったこと、その辺の説明がよそに逸れたっきり放置されたままになっていたことを。
「え? 何? お前ら、西住さんと知り合いなの?
 ……じゃあ、しほさんと知り合いだったのも、ひょっとして西住さん経由?」
「そうよ!
 で!? そーゆーアンタはみほの何なのよ!?
 ま、まさかとは思うけど……か、かか、かれs……」
「自分で言って照れてんじゃないよ……
 つか、どいつもこいつもやらかすよな、そのカン違い」
 聞き返してくるエミに対し、ジュンイチは軽くため息をつき、
「で、質問の答えな。
 さっきのニュースで、西住さんどこの学校にいるって言ってた?」
「え? そりゃ大洗って……ん?
 あれ? 『大洗』……?」
 ジュンイチに答えて――エミは違和感を覚えた。しばし首をかしげて、
「……あぁぁぁぁぁっ!
 大洗って、アンタも!」
「あぁ、その通り。
 大洗は女子校だけど、ちょっとワケありでね。特例在校制度を利用してお世話になってるんだよ」
「じゃあ……
 その大洗で戦車道をやってたってことは……」
「ま、そーゆーこったな。
 オレは主任教官・兼白兵戦要員、西住さんは隊長――今年の全国優勝チームのトップ2、チームメイトってワケだ」
「全国、優勝……!?」
 ジュンイチの言葉に、エミは思わずモニターに映るみほの姿へと視線を戻して――
「すごいよねー、みほちゃん」
 そんなエミに声を駆け、同じ映像を見上げながらとなりに並び立ったのは瞳だった。
「瞳……まさか知ってたの!?」
「そりゃ知ってるよー。今年の優勝チームの隊長さんだよ?
 というか、私てっきりエミちゃんも知ってるものだと……だから話振る必要ないかなって言わなかったんだけど」
「私ついこないだまで国外ドイツ在住だったんだけど!?」
 ツッコんでくるエミの言葉に「それはそうだ」と笑いながら、瞳はジュンイチへと視線を向け、
「大洗にチームの立て直しのお手伝いを頼んだのも、もしかしたらみほちゃんと会えるかもって思った部分もあったんだけど……」
「あー……ごめん。
 たぶん西住さんカケラも気づいてない」
 そんな瞳に、ジュンイチは少し申し訳なさそうにそう答えた。
「ウチ、対外的な部分は全部オレのところに集約させてるからさ……今回のことも、西住さんには『こーゆー依頼が来て、受けたから不在の間よろしく〜』ぐらいのことしか伝えてないんだわ。
 柚本さんが西住さんの幼なじみだって知ってたら、初日に顔出させるぐらいの配慮はしてやれたんだけど……」
「そ、そこまではしなくてもいいよー……」
 肩をすくめるジュンイチに、瞳が「『運がよかったら』ぐらいにしか考えてなかったから」と苦笑まじりに答えて――
「私も、別にいいわ」
 エミもまた、ジュンイチに対してそう告げた。
「会わなくてもいいのか?」
「うん、まだ……ね」
 言って、エミは軽く息をついた。
「まだみほとは会わない。
 約束を、まだ果たしてないから……」
「それって、昨日言ってたヤツか?」
「えぇ」
 聞き返すジュンイチに、迷うことなくうなずく――それで察してくれたのか、ジュンイチは「そっか」とうなずいたきりそれ以上追及してくることはなかった。
(そう……まだ、約束は果たせてない)
 そんなジュンイチに内心で感謝しつつ、エミは改めてみほの映るモニターを見上げた。
(私はまだ、自分の戦車道を見つけられていないけど……
 でも、これからたくさんの戦車道と出会って答えを見つけようと思う。
 だから……お互い自分の戦車道を見つけた時に、また会おう。
 あの日の約束の通りに……)



「待ってて、みほ。
 私も……すぐ見つけるから……」



    ◇



 そんな、エミが決意を新たにする一方で――
「…………あ゛?」
 事の顛末を聞かされて、その場に集まる一団のリーダーと思しきその少女は不機嫌そうに顔を上げた。
「今何つった?
 “オレの”戦車道チームの存続を賭けて、勝手に自動車部とやり合ったって?」
「は、はい……」
 否、明らかに不機嫌だ――その様子に、報せを持ってきた舎弟(後輩)の少女はビクビクと怯えながらうなずいた。
「……で、結果は?」
「えっと……戦車道チームが勝ったっス」
 舎弟の少女が答えて――バキィッ!と乾いたものが割れる音がした。
 リーダーの少女の手の中に握られたクルミが、その握力によって握りつぶされたのだ。
「“オレの”チームを勝手にダシに使いやがって……」
 戦車道チームを「自分のもの」と言い切り、リーダーの少女は獰猛な笑みを浮かべた。
「こりゃあ……」



「“けじめ”が必要だなぁ」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第43話「記憶を失えぇぇぇぇぇっ!」


 

(初版:2020/05/11)