戦車道チームの存続をかけたレースから早三日がすぎて――
「あぁ〜……」
レースの翌日に無事正式な転入も済ませ、エミはすっかり緩み切っていた。普通科の自分のクラスで、机に突っ伏してだらけている。
だが、それも無理もない話で――
「やっぱりいいわねぇ。荒れてない普通のクラスは。
机はキレイだしイスは座れるし」
「エミちゃん……もう三日目だよ……」
ここが、荒れていない平和なクラスだったから――心から平穏を満喫しているエミのとなりで呆れているのは、運よく同じクラスになれた瞳である。
ちなみにジュンイチは教官として、すなわち教員枠でのオファーを受けてこの学校に来ているので、授業に出る義務はない。今頃は教員寮の外来棟で大洗の生徒として向こうのカリキュラムに合わせた勉強をしているか、戦車倉庫で無事レストアの終わった戦車をいじっているかのどちらかのはずだ。
「でも……まぁ、ムリもないか。
転校初日に工業科の校舎案内した時、エミちゃん、この世の地獄かって顔してたし」
「あんな無法地帯、初見で驚かない方がどうかしてるわよ」
「えー? でも柾木くんは平気だったよ?」
「アイツを私達と同じ基準で見ちゃダメって自動車部とのアレコレで学習しなかったワケ?」
首をかしげる瞳に返して、エミは深々とため息をつく――そう、初日のゴタゴタで学校全体が荒れていると思われたベルウォール学園だったが、いざ全体を回ってみれば、荒れているのは工業科のみであり、瞳が在籍し、エミも転入した普通科はご覧の通り平和そのものである。
「……とはいえ、いつまでも戸惑ってられないのもその通りよね」
しかし、いつまでも両科の落差に振り回されてもいられない。
自分達のやりたいこと、そのためにやらなければならないことは山積みなのだから。
「そろそろ、始めるわよ、瞳。
私達の、戦車道を!」
「うん!
それで、まずは何をするの?」
「それよ」
「え? どれ?」
「やらなきゃならないことが山積み状態で、何から手をつけたらいいかもわかんないような有様じゃない。
だからまずはそこを何とかしないと」
「つまり……何をすればいいの?」
あと一歩のところで結論にたどり着けないでいる瞳に対し、エミは不敵な笑みと共に答えた。
「昼休み、ジュンイチが来たらさっそく始めるわよ――」
「作戦会議を!」
第43話
「記憶を失えぇぇぇぇぇっ!」
そんなこんなで昼休み――
「ところで……」
ジュンイチとの待ち合わせ場所である、普通科校舎前のメインストリート――ベンチに腰かけて、今の内に食べておこうと昼食のサンドイッチをいただきながら、エミはとなりに座る瞳へと声をかけた。
「去年まではちゃんと活動してたって言ってたけど、今はどうなってるワケ?
今んトコ、『活動してるのは瞳だけ』『戦車全部売っちゃって使える戦車はレストアスが終わった一輌だけ』くらいの情報しかないんだけど、私」
「あー、うん、えっとね」
今の内に少しでも現状の情報を仕入れておこうとするエミの問いに、瞳は大きな弁当箱を開けて箸をつけつつ少し考えて、
「ウチって元々昔は強かったみたいで……荒々しくも女性の強さを体現したチームだったんだって。
だから毎年、そんなチームをまとめられるキャプテンを選ばなくちゃならないんだけど……今年はまだ決まってないんだ」
「それが原因ってこと?
そんなの簡単に――
「――にはいかないんだな、これが」
瞳に返すエミの言葉に、新たな声が被せられた。
それと同時に、エミの手の、食べかけのサンドイッチが一口かじられる。
あいさつ代わりにエミのサンドイッチを失敬してくれたのは――
「今年はズバリ、キャプテン候補が二人するんだよね」
「って、あなた達は……」
「喜多ちゃん! 優ちゃん!」
鷹見優を連れた喜多椛子であった。
「候補が二人って、どういうことよ?」
だが、今は二人の突然の登場とかどさくさ紛れに一口持っていかれたサンドイッチとか「間接キスになるんじゃないのコレ?」という疑問よりも、振られた話の方が気になった。尋ねるエミに対し、椛子は待ってましたと胸を張り、説明を始める。
「まずひとり目――ケンカっ早く電光石火でケリをつける、その姿はまるでサメ! 山守音子。
対して、冷静な笑みで剛腕を振るう、土居千冬。その姿はまるで熊!
この二人が、どっちもめっちゃ強くてさ……オマケに極度の負けず嫌いなワケよ」
「ふむふむ……」
椛子の説明に、エミは腕組みして考え込んだ。
おかげで状況は理解できた――が、代わりに新たな疑問がわいてきた。
「おかげでチームは二分!
前キャプテンが後継ぎを決めずに転校しちゃったってのm
「ちょっと待った」
だから――椛子に、さっさとその疑問をぶつけることにした。
「現状は理解したわ。
けど、話をその次に進める前に……どういうつもりよ?
私達に突然事情を話したくなったってワケじゃないんでしょ?」
「いや、それはまぁ……」
エミの質問に、椛子はどこか言いにくそうに頬をかく。
だが、そこには打算的な気まずさは感じられない。これは――
「この間の、自動車部とのレース……
アイツらの土俵に乗り込んでまで戦ったあんた達の奮闘ぶりを見てたら……また、戦車乗りたくなっちゃってさ……」
照れくささとか、気恥ずかしさとか、そういう類のものだ。
だから――
「……そういうことなら、大歓迎だわ」
エミも、改めて二人のことを迎え入れた。
「ふぁ〜話しかけるタイミングずっと探してて疲れた〜。
じゃ、改めて。私は喜多。こっちは鷹見ね」
受け入れてくれたエミの言葉に、椛子は気が抜けてベンチの背もたれに身を預けて――
「…………あ」
ふと、エミが“それ”に気づいた。
が、対する椛子は気づくことなく、ヘラヘラと笑いながらエミに向けて続ける。
「いやぁ、中須賀には期待してるよ。
私じゃあんなバケモノどーにもならないし――
「きぃ〜たぁ〜」
椛子の言葉に声を被せてきたのはエミ達ではなかった。
だが、椛子にとっては聞き覚えのある声だった。恐る恐る振り向いて――
「ツラ貸せオラ」
エミが気づいた“それ”――椛子の言うところの“バケモノ”達がそこにいた。
◇
エミ達四人が連れていかれた先に待っていたのは、圧倒的威圧感を放つ、リーダー格の女生徒だった。
先の椛子の話にあった、次期キャプテン候補の一方、山守音子だ――舎弟達に囲まれ、イスにふんぞり返った状態で、床に正座させられたエミ達をにらみつけてくる。
「ちょっと、何で向こうから……?」
「歓迎されて……はいないわよね」
「短い人生だった……」
だがなぜいきなり山守一派から呼び出されたのか、理由がわからず椛子とエミが小声が話す傍らで、優が早くも己の行く末をあきらめていて――
「おい」
そんなエミ達に、音子が声をかけてきた。
「お前ら、何で呼ばれたか、わかってるよな?」
『………………』
すみません、知らないんです――とはさすがに言えず、エミ達は顔を見合わせて――
「わからねぇのかよ!」
結局音子を怒らせていた。
「ったく……
おい、小春」
「はい」
そんな音子に促され、前に出てきたのは、一見ヤンキーには見えない、物静かそうな少女だった。
「あなた達の犯した過ちは、“山守さんのものである”戦車道チームを賭けて自動車部と勝手に争ったことです」
「な…………っ!?」
だが――そんな、小春と呼ばれた少女の主張はエミにとってとうてい容認できるものではなかった。
「何言ってるのよ!?
瞳ががんばってる間、アンタ達は何もしてなかったじゃない!
だいたい、自動車部に好きなようにやられて――」
「あんなの放っておけばいいんです」
しかし、エミの反論も小春はぴしゃりとシャットアウト。
「あなた達の無許可での行動は、どちらに転んでも許されないこと。
今から山守さんが、あなた達にけじめをつけてくださいます」
「なっ、何するのよ!?」
小春の言葉に、思わず瞳をかばうように前に出るエミだったが、小春も内容は聞かされていないのか、それ以上答えることなく音子へと視線を向ける。
その場の全員が注目する中、音子はゆっくりと口を開き――
「お前らにはなぁ……」
「今日から一週間、昼にアンパンを買ってきてもらう」
『………………は?』
場の空気が死んだ。
「ちょ……っ、山守さん!?
それじゃけじめになりませんよ!」
「何考えてんスか!」
さすがにこれは音子の舎弟達にとっても斜め上だったようだ。小春を始め口々にツッコミの声を上げるが、当の音子はキョトンとして、
「いや、お前らが言ったんだろ。
『自分がやらされたらヤなことやらせろ』って」
平然とそう言い切ってくれた。「それでいいのか」と小春が頭を抱えて――
「――――っ」
音子が動いた。
突然小春に向けて手を伸ばし――パシンッ!と音が響いた。
飛来した“何か”を伸ばしたその手でキャッチしたのだ。もし音子が動かなければ、勢いよく飛んできたそれが小春に命中していたところだ。
「フフフ……
相変わらず、馬鹿の象徴をやってるのね」
そして、そんな音子に向けてかけられた声――対し、音子はキャッチしたそれを弄びながら声の主へと振り向いた。
音子の手の中の、飛来したものの正体は――
「クルミは投げつけるモンじゃねぇ。
オレの可愛い子分に当たっちまうところだったぞ――千冬」
「あら、お気に召さなかったとは残念ね。
私からのプレゼントなのに」
言うと同時、一息にキャッチしたクルミを握り割る――そんな音子に対し、クルミを投げつけてきた張本人、スケバン風のいでたちの女生徒、土居千冬は不敵な笑みと共にそう返してきた。
「千冬って……
じゃあ、あの人がもうひとりの……」
「うん、土居千冬だよ。
でも、何だってこんなところに……」
椛子がエミに答える中、千冬は音子の前へと進み出て――
「なんであなたがその子に話をつけてるのかしら?」
「そっちこそ、勝手にオレの倉庫に足入れてんじゃねぇぞ」
次の瞬間、すでにお互いの胸倉をつかみ合っていた。額がぶつかり合いそうなほどの至近距離で、お互い一歩も退かずに火花を散らす。
「あぁなったら、もう相討ちになるまで止まらないぞ!
今の内に逃げよう、中須賀!」
どうやら、千冬も千冬で自動車部との一件に絡めてエミを呼び出すつもりだったのが、音子らに先を越されたのでここに直接乗り込んできた、という流れのようだ――が、今はそんなことはどうでもいい。
優と共にコソコソと逃げ出しながら、椛子がエミを促して――
「な、何アレ!? どうする!? あわわ……」
「って、呑まれてるーっ!?」
先日の柏葉姉妹とは迫力のレベルが段違い。それこそ殴り合いをも前提にした二人の不良のにらみ合いを前に、エミは完全に雰囲気に呑まれていた。
「しっ、しっかりして、エミちゃん!
戦車やるんでしょ!?」
「――――っ」
そんなエミを、瞳が叱咤する――我に返り、エミは改めてにらみ合う二人へと視線を向けた。
(そうだ……
確かに足がすくむほど近づきたくないけど……戦車道を再開するためには、あの二人を何とかしないと……っ!)
今のこの状況を考えれば、これを放置するのはよろしくない。
何しろ、完全に連中に目をつけられてしまったのは明らかなのだ。仮にこの場を無事に逃れたとしても、今のままでは戦車道にまつわり何か行動を起こす度にどちらか一方から何かしらの介入を受け、それに反応したもう一方が乱入してきて……という具合に目の前の光景が繰り返される羽目になるのが目に見えている。
それに――
(というか……いったい誰のせいでこんな目に……
だいたい、このケンカだって戦車とまったく関係ないじゃないっ!)
「……だんだん腹立ってきたわ」
最初こそ圧倒されたが、状況を再確認するにつれてむしろ怒りが込み上げてきた。さっきまでのあわあわしていた彼女はどこへやら。こめかみに血管マークすら浮かべて、エミは二人を一喝しようと息を大きく吸い込んで――
声を発するよりも早く、音子と千冬を炎が呑み込んだ。
突然、倉庫の壁をぶち破って流れ込んできた炎の奔流が、二人を押し流したのだ。
いきなりの異常事態に、一同が目を丸くしたまま固まって――
「ども〜、おじゃましまーす」
緊張感のカケラもない声が聞こえた。
大きく口を開けた壁の穴から平然と姿を現したのは――
「ウチの知り合いが連れてかれたって聞いたんで、返してもらいにきましたー」
「ジュンイチ……!?」
そう、ジュンイチだ――呆然とエミがその名を口にする中、一同の輪の中心へと進み出てくる。
「よぅ、無事かお前らー」
「な、何とか……って!?」
尋ねるジュンイチに答えて――と、そこでようやくエミの思考が現在の状況に追いついてきた。声を上げ、ジュンイチへと詰め寄る。
「ジュンイチ! アンタいったい何してんのよ!?」
「鎮圧」
即答であった。
「あの二人のケンカ止めなきゃ、話進まないと思ったからさ。
だからとりあえず……」
「とりあえず?」
「(異能を)ブッパしました♪」
「『ブッパしました♪』じゃなーいっ!」
あっさり言ってのけるジュンイチに対し、エミは天(井)を仰いでツッコミの声を上げた。
「いきなり火炎放射とか何考えてんの!?
いくら何でもやりすぎよ!」
「あー、それ?
大丈夫ジョブじょぶスティーブ・ジョブズ。ちゃーんと加減はしたからさ」
エミの剣幕にもジュンイチはあくまで余裕だ。駄洒落も交えてそう答えて――
「あたた……何だ、今の……」
「殴られた……とかではないわね……」
ジュンイチの言葉通り、転んだ際に汚れたぐらいで火傷どころか焦げ目ひとつついていない音子と千冬が、煙の向こうでゆっくりと身を起こした。
二人が負傷していないのはある意味当然――この場にいるジュンイチ以外の人間は知る由もないが、ジュンイチの放った炎はただの炎ではないのだから。
ジュンイチの異能、熱エネルギー操作能力によって熱量を常温レベルにまで抑えられた、物理法則から外れた炎なのだから。そんなものを叩きつけられても、二人にとってはピンポイントで突風を叩きつけられたようなものでしかない。
「――って、何じゃこりゃぁっ!?
オレの倉庫の壁がぁーっ!?」
「あら、よかったじゃない。ずいぶんと風通しがよくなったみたいで、うらやましいわ」
だが、無事だったのは彼女達だけ。倉庫の方は燦々たる有様だ――壁に開いた大穴を見て悲鳴を上げる音子を千冬が笑う。
そんな千冬を音子がにらみつけ――
「おいおい、またおっ始めちまうワケ?」
だから、ジュンイチは二人に向けて声をかけた。
「それじゃ、オレが壁ぶち破ってまで乱入した意味ないでしょうが。
Here come a new challengerってヤツだ――てめぇらの相手は、とっくにお互いじゃなくなってるんだぜ」
「へぇ」
「ふぅん」
ジュンイチの言葉に、音子と千冬、二人の目が細められた。
「するってぇと……アレか?
この壁やったのてめぇか」
「今の口ぶり……あなた、私達二人にまとめてケンカを売っていると受け取っていいのかしら?
彼女と一緒にされるのは心外ね」
それぞれにジュンイチをにらみつけ、音子も千冬も獰猛な笑みを浮かべて――
「だが、その前に」
「えぇ」
『そもそもアンタ誰?』
声をそろえて尋ねる二人の問いに、その場のほぼ全員がズッコケる――唯一踏んばったジュンイチも、肩をコケさせて頬をひきつらせている。
「あ、えっと……山守さん? 土居さん?
この人、私がオファーして一時的にヘルプで来てもらった、大洗の……」
そう説明する瞳だったが、二人の反応は――
『大洗? どこソレ?』
「って山守さん!?」
「土居さん! 大洗っていえば今年の戦車道全国大会の優勝校っスよ!」
『出場できなかった大会の優勝校なんぞどーでもいい』
ツッコミを入れてくる各々の舎弟達にも、音子や千冬の答えはそっけない。
「でも……まぁ、アンタがどこの誰かってのはわかったぜ」
「目的も、だいたいね。
柚本さんが戦車道チームの立て直しのために呼んだ――差し詰め、私達がケンカに明け暮れて戦車道をやらないのが気に食わないってところかしら」
「理解が早くて助かるねぇ」
二人の、とりわけ千冬の分析に賛辞代わりの口笛を贈る――が、次いでの発言に、千冬のみならず音子のまとう空気も変わる。
「へぇ、そりゃナニか?
ケンカばっかりしてるオレらを叩き出そうってか?」
「別にそれでもいいけどね。
やる気のないヤツにゃ用はねぇ――去っていくヤツを引き留める気もねぇが、やる気もないのにチームに居座るヤツを見逃す気はもっとねぇよ。
ジャマでしかねぇだろ、ンなヤツら」
「ちょっ、ジュンイチ!?」
音子にあっさり答えるジュンイチの言葉に、エミは思わず声を上げた。
「何考えてるの!?
あの二人は――」
「知ってるよ。次期キャプテン候補だろ?
だけど、それがどうした――いくら実力があろうが、チームにとって害悪なら消えてもらうのが一番だ。
増してや、肝心の実力も大したことなさそうと来たんじゃな」
「言ってくれるじゃねぇか」
「誰の実力が『大したことなさそう』なのかしら?」
あくまでも平然とした態度を崩さないジュンイチに、音子や千冬のまとう怒りの空気がその重さを増す――が、それでもジュンイチは平気な顔だ。
「事実を言ってるだけなのに、そんなにすごまれてもなぁ。
腕っぷしのほどからトータルの実力を見積もっても、それほど大した評価は下せそうにねえし……ウチの子達の評価基準で言えば、近接A、総合が……A寄りのBってところか。
悪い成績とは言わねぇが、上位とも言えねぇ、ビミョーなところだねぇ」
「山守さんのどこが微妙だコラ!」
「土居さんなめんな!」
もちろん、自分達のリーダーを馬鹿にされた舎弟達も黙ってはいない。ジュンイチの音子、千冬への辛辣な評価に怒り、何人かがジュンイチに向けて突っ込んで――
「もちろん、舎弟のテメーらはそれ以下な」
ジュンイチはあっさりとそれを蹴散らした。ある者は掌底で、ある者は当て身でブッ飛ばし、またある者は柾木流の技・龍星落の要領で蹴り足で引っかけ投げ飛ばし――間合いに入ってから一秒もしない内に、彼女達は全員ジュンイチの間合いから叩き出されていた。
「アタマの二人はともかく、舎弟のみなさんは全国大会見てたんだよね?
だったらオレが戦車相手に生身で斬ったはったしてるの見てたろうに……それで勝てると思ってたワケ?」
言って、ジュンイチは周囲を見回す――仲間を苦も無く撃退され、両陣営の舎弟達が一様に緊張して――
「引っ込んでろ」
そんな舎弟一同に声がかけられた。
「てめぇらが束になってかかっていってもどーにもならねぇよ、ソイツは」
音子だ――ジュンイチを取り囲む舎弟達が道を開ける中、ジュンイチの前に進み出る。
「前座はおしまい、本命のご登場ってところかね?」
「まぁ、そんなところだn
「そんなワケないでしょう」
しかし、ジュンイチに答えかけた音子に待ったをかける者がいた。
「千冬……っ!」
「あなたの手にだって負えないでしょ、どう見ても」
そう、千冬だ。先の音子と同じように、音子と並び立つようにジュンイチの前に出てくる。
「ウチの子達の借りを返すついでに、そっちの子達の仇も討ってあげるわ」
「ハァ!? 何寝ぼけたことぬかしてやがる!
ウチの連中の弔い合戦だ! てめぇの出る幕はねぇんだよ!」
「あら、ウチの子達の仇でもあるのよ」
『生きてますよ〜』
にらみ合う音子と千冬の言い合いに、お約束のツッコミの声が上がって――
「言ってる場合かよ」
“背後から”声がかけられた。
『――――――っ!?』
とっさに反応しようとする――が、間に合わない。ジュンイチに適当に突き飛ばされ、音子と千冬はたたらを踏みつつも立て直し、ジュンイチへと振り返る。
「コイツ……っ! 何だ、今の動き……!?」
「いつの間に、後ろに……!?」
確かにお互いにらみ合っていたが、彼への警戒も怠っていなかった。視界のすみで動きがあれば、それなりに気づけたはず――にも関わらず、その動きをまったく捉えられなかった。
というか――
「え……ちょっ、何、今の……?」
「瞳……今の、見えた……?」
「う、ううん……ぜんぜん……」
二人はおろか、遠目に見ているギャラリーの目ですら捉えきれていなかった。目をパチパチと瞬かせる椛子をよそに尋ねるエミだが、瞳は首を左右に振る。
かく言うエミの目にも、ジュンイチの動きは途中までしか捉えられなかった。ケンカを再開しかけた音子と千冬に向けて正面から突進。この時点でも驚くべきスピードだったが、二人の目の前で一瞬輪郭がブレたと思ったらその姿を見失ってしまったのだ。
状況から考えて、あのタイミングで軌道を急変更、それを自分の目が追い切れなかったということなのだろうということはわかるが――いずれにせよ、人間離れした動きと言わざるを得ない。
が、当の本人たるジュンイチは平然としたものだ。音子や千冬に対し、面倒くさそうにため息をつき、
「どっちがやるとかどーでもいいよ。
そんなくっだらねーことでモメて話止められてもウザいだけだから、もう二人まとめてかかってこいよ。
ちゃんと、二人まとめて相手してあげるからさ」
「どこまでも舐めてくれるワケね……」
「上等だオラァッ!」
うめく千冬のとなりで吠え、音子がジュンイチに向けて突撃――殴りかかるが、ジュンイチはそれをあっさり受け流し、
「フッ――!」
「ぬるい」
鋭い息遣いを聞いた時にはすでに動いている――音子を囮にする算段だったのだろう、タイミングをずらして距離を詰め、投げを狙ってきた千冬の右手をはたき落とす。
その手で、そのまま千冬の顔を狙う。「やられる」と直撃を確信した千冬は思わず目を閉じてしまい――
「――なんちゃって♪」
ジュンイチは千冬の眼前で一撃を寸止め。風圧だけ千冬の顔面をが叩き、
「生まれ持った力だけでケンカしてきた証拠だな。
迫ってくるモノに対して思わず目を閉じる――生理的反応に抵抗する訓練ができてない」
裏拳の代わりにおでこにデコピン。たたらを踏む千冬に対して言い放つ。
「心配しなくても、女の子の顔面は殴らないよ」
「へぇ、意外と紳士なのね、あなた」
「ハーイ、そーですよー、ジェントルメンですよー」
((ジェントルメンは作戦のために女の子の体重聞いたりしない……))
ジュンイチと千冬のやり取りに物申したいが、女の子の恥じらい的にあまり大っぴらにしたくない話なので心の中でツッコむしかないエミと瞳であった。
「ま、安心しなよ――顔殴らんでも、二人がかりでも、それでもお前ら勝てないから♪」
「ぬかせ!」
言い返し、音子が再び殴りかかってくる――が、彼女の拳がジュンイチを捉えることはない。左右次々に繰り出される拳はことごとくかわされてしまう。
「その余裕――気に入らないわね!」
さらに千冬も加わるが、やはりダメだ。二人がかりでも、ジュンイチに一撃を入れることはかなわない。
「さっきのでレベルの違いわかんなかった?
さっさと降参した方が身のためだと思うけど?」
「大きな、お世話よ!」
「このまま、舐められたまま終われるかよっ!」
余裕で攻撃をかわし続けるジュンイチが尋ねるが、千冬も音子もまだまだやる気だ。攻撃の手を緩める気配はまるで見られない。
「『舐められたまま』ねぇ……
それって、お前らを顔を狙わないって言ったこと?」
「他に何があるよっ!」
返すジュンイチの問いに音子が答えて――
「だとしたら、少しばかり誤解があるなぁ」
その言葉と同時、ジュンイチの姿が二人の視界からかき消えた。
「な……!?」
「消え……!?」
「山守さん、後ろです!」
戸惑う二人の一方で、小春が声を上げる――音子が振り向けば、回り込んだジュンイチが左一本での片足立ちで、右足を自らに引き寄せるように上げている。
(蹴り――っ!)
すぐに蹴り、足刀のモーションだと判断するが、余裕でガードが間に合う。音子が腕を交差させて防御を固め、ジュンイチの蹴りに備えて――
吹っ飛んだ。
防御した音子の腕に、すさまじい衝撃が叩きつけられた――へし折られるのではないかと危機感を覚えるほどの威力の蹴りを受け、音子は踏んばることすら許されず後方へ吹っ飛ばされる。
そして、その先には千冬がいた――激突し、そろって転がる二人に対し、ジュンイチは告げた。
「確かに、『顔は狙わない』って言ったけどさ――」
「どーしてそこから、『それ以外は手加減しませんよ』って言われてることに気づけないかな?」
◇
「あわわ……完全に始まっちゃったよ……っ!」
そんなジュンイチ達の様子は、当然一部始終に立ち会っている彼女達も目の当たりにしている――本格的に音子や千冬と闘い始めたジュンイチの姿に、瞳がオロオロとうろたえている。
「どうする、中須賀?
柾木はどうか知らないけど、あの二人は止めたって止まらないよ?」
どうしたものか判断に困っているのは他の面々も同様だ。エミに尋ねる椛子だったが、
「……アイツ……」
エミは答えることなく、ただジュンイチの後ろ姿を見つめていた。
確かに、ジュンイチの行動は無茶苦茶だ。戦車道と関係ないケンカを繰り広げる二人を止めようとした自分の思惑を完全にぶち壊し、それどころか自分自身がそこに乱入している。
そんな態度に最初は腹も立ったが――
(アイツの言動、どっちかって言うと……)
「まさか……アイツの狙いって……」
◇
「――――っ」
鋭く息を吐き、伸ばしたその手が相手の手をつかむ――ジュンイチの手を捕まえ、千冬は投げ飛ばしてやろうとその手に力を込めて、
「――――え?」
回転したのは相手の身体ではなく自分の視界。ジュンイチにあっさりと投げを返され、千冬はジュンイチに殴りかかろうとしていた音子に激突する。
「この……千冬、ジャマすんな!」
「そっちこそ!」
奇襲に失敗し、文句を垂れる音子に返しながら、千冬は立ち上がってジュンイチをにらみつける。
「どうしたどうしたー?
まだ一撃も入れられてないのに降参かー?」
「このヤロー……!」
「言いたい放題ね……っ!」
あくまでも余裕のジュンイチに二人でうめくが、彼の言う通り自分達は彼に一撃も入れることができずにいる。
それどころか、ジュンイチにいいようにあしらわれっぱなしだ。積極的に攻めてこそこないが、手加減といえば先の宣言通り顔面を狙ってこないことぐらい。こちらの攻めに対し、確実に防いだ上でカウンターまで決めてくる。
当てどころも心得ているのか、打撃を打ち込まれたところも、投げ飛ばされ、叩きつけられたところも地味に痛い。正直な話、痛みに邪魔されて動きづらいことこの上ない。
だが――
「まだまだやる気か……」
「痛めつければ音を上げて降参するとでも思っていたのかしら?」
「冗談じゃねぇぞ。
アイツらだって見てるのに、ヘッドのオレらがそんな無様をさられるかよ」
戦意を失っているようにはまったく見えない二人に、ジュンイチがため息をつく――答えて、千冬と音子はそれぞれジュンイチに向けてかまえる。
「意地があんだよ――ヤンキーにはな!」
「どっかで覚えのある言い回しだなぁ」
言い放ち、音子がジュンイチに向けて殴りかかる――左右の拳のラッシュを余裕でさばくジュンイチの側面に、千冬が回り込んでくる。
狙いは――
(手――また投げ狙いか!)
「馬鹿のひとつ覚えを!」
声に出しながら、千冬に取られた右手の力み具合を変える。千冬の力任せの投げに付き合わず、逆に彼女の重心を崩してやろうと――
次の瞬間、ジュンイチの右ヒザの裏へと蹴りが叩き込まれた。
音子だ――今までパンチでの攻撃に徹してきた音子がここへ来ての蹴り。
しかも――
(偶然のタイミングの一致じゃねぇ……
オレが土居千冬を“崩す”のに合わせてきやがった!)
完全な不意打ち、しかも狙われたのがヒザ裏ということも重なって、さすがのジュンイチもバランスを崩す。
だが、それよりも重要なのは、“音子が、ジュンイチの千冬への反撃を妨害した”ということだ。
それはつまり――
「今だ、千冬!」
「合わせなさい、音子!」
それまで互いに悪態をつき合い、別々にジュンイチに挑んでいた二人が、手を組んだことを意味していた。
重心の崩れたジュンイチを力任せに振り回し、千冬が彼を音子に向けて放り出す。
所詮は常人の、腕力任せの投げ。ジュンイチの投げのように人が宙を舞うようなことにはならないが、今のジュンイチには十分すぎた。立て直す間もなく振り回され、たたらを踏みながら放り出されて――
「どっせぇいっ!」
音子のラリアットを首にまともにくらってひっくり返る。まるでプロレスの一シーンのように、今まで圧倒的な実力を見せていたジュンイチは初めて地面に、その背中をしたたかに打ちつけた。
「おっしゃあっ!
どんなもんだオラぁっ!」
「私達を甘く見るからそうなるのよ」
仰向けに倒れたジュンイチに向け、音子と千冬が言い放つ。周りの舎弟達からも歓声が上がり――
「よっ」
あっさりと。
本当にあっさりと、ジュンイチはその場に跳び起きた。
「くっそー、やっぱり効いてねぇか……」
「あなたの一撃が甘かったんじゃないの?」
「ハァ!?
てめぇの投げの方だろうが、甘かったのはっ!」
「いやいや、効いたよ、しっかりな。
ただ、『効いたけど倒せるほどのものではなかった』ってだけの話さね」
またもや言い争いになりかけた二人だったが、ジュンイチはラリアットをくらった首をコキコキと鳴らしながらそう答える。
「というか、むしろ身体よりメンタルにダメージきたわー。
てめーらのことだから、意地を張り合って手を組むことはないって思ってたのに。
裏をかかれてプライド傷ついちまったぞこのヤロー」
言って、ジュンイチは深くため息をついて――
「……と、ゆーワケで」
顔を上げたジュンイチから放たれるプレッシャーが格段に増した。
「見事オレの裏をかいたことへのごほうびだ。
ここからは、もう一段上の本気だ」
「もう一段……?」
「さっきまでも十分本気、みたいなこと言ってなかったかしら?」
「あぁ、ウソは言ってないぜ。確かに本気、全力だったさ。
……“腕力だけ”な」
うめく音子のとなりから尋ねる千冬に対し、ジュンイチはそう答えた。
「だけど、ここからはそれにプラス、技も本気だ。
てめぇらの連携に対抗するためにここまでやってやるんだ。光栄に思って――つぶされr
「いーかげんに、しろぉぉぉぉぉっ!」
それは突然の一撃であった。
飛び込んできた影が、ジュンイチの顔面に激突――それはエミの跳び蹴りであった。
直撃を受けたジュンイチの身体が、縦回転にブッ飛ばされる――吹っ飛び、倉庫内の荷物の山のひとつに突っ込んだジュンイチに向け、エミは右の人さし指をビシッ!と突きつけ言い放つ。
「アンタも一緒になって何やってんのよ!
自動車部とのゴタゴタと違って全員戦車道関係者なんだから、そこは戦車でケリをつけるって話に持ってくところなんじゃないの!?」
「おーい、中須賀ー?」
「聞こえてないっぽいよ、エミちゃん……」
当のジュンイチは突っ込んだ拍子に崩落した荷物の下敷きで、唯一見える足もピクピクと痙攣している有様だ――まるで漫画のようなその光景も意に介さずまくし立てるエミに、椛子や瞳がツッコミの声を上げる。
「え……えっと……」
「どうしたもんかしらね、この状況」
「そんなの決まってるじゃない」
そしてエミの矛先は対立のもう一方へ――思わぬ形でうやむやになってしまった状況に困惑する音子と千冬にも、エミは迷わず答えた。
「アンタ達が二人がかりでようやく『さぁ、反撃だ』ってところまでこぎつけられた相手を、私はひとりで倒したワケだけど」
「なるほどっ!
つまりお前をぶちのめせば全部解決か!」
「その通りだけどその通りじゃないっ!
今言ったでしょ! 『全員戦車乗りなんだから戦車でケリつけろ』って!
だから拳ポキポキ鳴らしながら近づいてくんな!」
迷わずエミを相手に乱闘を再開しようとした音子に、エミはあわてて待ったをかける。
「だいたいねぇ。
アンタ達、戦車道チームの次期キャプテンの座を争ってケンカしてたんでしょ?
早く戦車道を再開したくて……戦車道が好きだから」
「ハァ?
何言ってんだ、お前?」
「私達が戦車道が好き……?
何を根拠にそんなこと言ってるのかしら?」
「アンタ達、さっきポロッと本音もらしたでしょうが」
怪訝な顔をする音子と千冬だったが、エミの答えに迷いはなかった。
「言ってたでしょ。『出場できなかった大会の優勝チームなんてどうでもいい』って。
『出場“できなかった”』――“しなかった”じゃなくて。その上であの物言いなんだもの、出場したくてもできずじまいに終わってふてくされてるのがバレバレじゃない」
言って、エミは軽くため息をつき、
「戦車が好きで、だからこそチームのキャプテンの座は譲れない。
だったら、なおさら戦車でケリつけなさいよ――手っ取り早いからって腕っぷしでケリつけたって、解決するワケないでしょうが。気持ちの方のケリがつかないままなんだから。
きっちり気持ちの上でもケリつけて、文句のない形で勝ち取ってみなさいよ。
アイツが、相手の土俵に立ってまで、自動車部を完璧に叩きのめしたみたいにね」
その言葉に、音子と千冬はジュンイチへ――崩落した荷物の下から瞳や椛子、優によって救出されている光景へと視線を向ける。
「好きでやってる戦車道なんだもの。それを仕切る資格なんて、『誰よりもそれが好きなヤツ』でいいのよ。
それでももし、二人の間で決着がつかないなら――」
「世界で一番戦車が好きな私を、超えてみなさいよ」
「そうしたら、私が認めてあげる――二票対一票、これで決着でしょ」
言い切るエミに対し、音子と千冬はしばしキョトンとしていたが、
「……くっ、くくく……」
「ふふっ……」
彼女の言葉の意味を理解すると、思わず笑い声をもらした。
「別に、お前に認められてもうれしかねぇよ」
「ってゆーか『世界一』って」
「そっ、それはそうだけどっ!」
二人の、特に千冬の言葉に、自分がどれだけ大きなことを言い出したかを理解したエミが顔を真っ赤にして反論するが、
「でも、まぁ……」
「そうね」
二人の態度から、先程までの険悪な空気はきれいさっぱり吹き飛んでいた。改めてエミへと視線を戻し、
「おもしれーじゃねぇか」
「おもしろいじゃない」
『今日からお前/あなたをマネージャーにしてあげる/やる』
「…………え?」
『……あ゛?』
二人に声をそろえて宣言されて、エミの目がテンになる――が、言い出した当の二人も、意図せずしてセリフがハモったことに反応、お互いをにらみつけた。
「わざと? ねぇ、わざとマネした?」
「わざとはてめぇだろ。マネすんな」
「ち、ちょっと!?」
再びにらみ合う音子と千冬だが、気になることを言われたまま放置されたエミにとってはたまったものではない。あわてて二人の間に割って入った。
「マネージャーってどういうことよ!?」
「雑用だよ。
戦車の管理とか」
「練習や試合の日取りとかもね」
「それって……」
尋ねるエミに、音子と千冬は当然のようにそう答えた。それはつまり――
「『戦車乗りならケリは戦車で』『自分の方が戦車が好きだと証明できた方がキャプテン』なんだろ?」
「だったら、まずは戦車に乗らなきゃ話にならないでしょ」
二人は言っているのだ――「戦車道を再開させるから手伝え」と。
「やったぁっ!
これでまた戦車道できるよ!」
それを聞いて大喜びなのはもちろんこの子。歓喜の声と共に、瞳はこれまでの苦労が報われたとエミに飛びついた。
見れば、彼女が助けに向かったジュンイチはすでに荷物の下から救出されていて――
「さて……ジュンイチ」
なので、エミはそんなジュンイチに向けて声をかけた。
「そろそろ教えてくれない?
こうして丸く……丸く? とにかく、戦車道ができる形に事態が収まったワケだけど……」
「どこまでが、アンタのシナリオ通りだったのかしら?」
「終着点としては、概ねアンタの目論見通りにいったと思うんだけど」
「あん……?」
「どういうことかしら?」
「聞いての通りよ」
エミの問いに、聞き捨てならないと音子や千冬が口をはさむ――が、エミもそんな二人の反応は予想していたか、あっさりと答えた。
「気づかなかった?
コイツ、アンタ達二人と闘い始めてから、二人が互いにもめそうになった時は必ず攻撃を仕掛けるなり口を挟むなりして、二人のケンカを妨害してたのよ」
「……そういえば、そうね」
「つまり、アレか?
そいつ、オレらを叩き出そうとするフリしながら……」
「目的はあくまで二人のケンカを止めること。
二人の共通の敵に回ることで、二人が協力するように仕向ける――ってところだったんじゃない?」
そんなエミの話に、当事者達だけではない。その場の全員の視線がジュンイチへと集まって――
「……誤算は二つ」
観念したのか、ジュンイチは素直にそう答えた。
「ひとつ――中須賀さんにオレの魂胆が根こそぎ見抜かれたこと」
「じゃあ、エミちゃんの言う通り……?」
「柚本さんがオレを呼んだのは、戦車道チームの立て直しのためだろう?
で、ある以上、まずはその目的の達成を第一に考えるさ――すなわち、チームの内紛の解決だ」
「ってことは……オレらを叩き出すってのは、オレらに手を組ませるためのウソってか?」
「んにゃ。
オレはウソはひとっつもついちゃいないぞ?」
瞳に答えるジュンイチに音子が聞き返す――が、ジュンイチはそんな音子の問いにはあっさりと否定を返す。
と――
「……なるほど、そういうこと」
納得がいったのか、千冬はひとりそうつぶやいてため息をついた。
「まったく、回りくどいマネを……」
「おい、どういうことだよ、千冬?」
「思い出してみなさい。
彼、『私達をチームから叩き出す』だなんて一言も言ってないわよ」
音子に答えて、千冬はもう一度ため息をついた。
「言い出したのはあなたよ、音子――『オレらをチームから叩き出すつもりか』って。
それに対して彼は、“叩き出すことの意義”を述べただけ。あなたの質問に、YesともNoとも答えていない。
そしておそらくそれは意図的なもの――彼は何ひとつウソをつくことなく、私達が勝手に『彼は私達二人をチームから叩き出すつもりなんだ』とカン違いするように仕向けたのよ」
「ま、そういうこった」
千冬の説明に、ジュンイチは及第点だと言わんばかりに満足げにうなずいた。
「覚えとけ。相手をだますのに、必ずしもウソをつく必要はないのさ。
真相にたどり着かれそうな情報は与えず、誤解を招きそうな情報だけを与える――“本当のことを伝える”ことも“言わない”ことも、使いようでは立派に相手をだます道具に早変わりするってことだよ。
……ちなみにコレ、リアルの詐欺でもよく使われる手だからじゅーぶん気をつけるように。わかったか読者諸君っ!」
「えっと……柾木くん?
誰に向けて話してるのかなー?」
「第四の壁の向こう」
そして解説の最後にちょっとだけオチをつけるのも忘れない。ジュンイチが瞳と繰り広げるいろいろとメタい会話に、周りの全員が確信する――『あ、コイツ常習犯だ』と。
「そうして二人をカン違いさせて、追い出されてたまるかって抵抗する二人を追い詰めて、手を組むしかないところまで持っていったってこと?
なんでそんな回りくどいことを? 柾木の強さなら、二人ともやっつけて、仲直りさせちゃうとかできたでしょ?」
「そんなので解決になるもんかよ」
首をかしげる椛子だったが、ジュンイチはそんな椛子に呆れてそう返す。
「小学校の学級会、思い出してみろよ。
ケンカしてたヤツら、いじめっ子といじめられっ子――そいつらをムリヤリ握手させて『ハイ、これで仲直り♪』なんて言って、それでホントに仲直りして解決した事例があったかよ?」
「あー……
……うん、ないな」
納得した椛子がうなずき、ジュンイチは異論がないことを確かめた上で続ける。
「だから、オレはあえてあの二人の敵に回った。
幸い二人をまとめてノせるぐらいの力の差はあったんでな。二人をまとめて追い込んで、手を組まなきゃヤバイって状況に持っていった」
「…………?
やってること、“学級会での強制仲直り”と変わらなくない?」
「一見するとね。
でも、実質的にはぜんぜん違うさ」
首をかしげる瞳だったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「思い出してみなよ。
今の説明の中でも、実際やってみせていたさっきまでの闘いでも――
「一度でも、オレの方から二人に共闘するよう要求してたっけ?」
『…………あ』
その指摘に、場の全員がジュンイチの言いたいことに気づいた。
「確かに、オレは力ずくで二人を叩きのめした。
バラバラに闘ったんじゃ……二人が連携しない限り、とてもじゃないけどどーにもならんってところまで追い込んだ。
でも、そこまでだ――オレは“そういう状況”を作っただけ。“二人が手を組む”以外の挽回の道を断っただけ。実際に手を組むかどうかの決定権は、あくまで二人にあったんだよ。
たとえ『手を組んでくれ』とオレが望んでいたとしても、要求していない以上そこは変わらない」
「他の選択肢をことごとく奪っておいてソレって……完全に屁理屈ね」
「オレにとってはいつもの常套手段なんだがね。
だから、そのツッコミに返す言葉もいつも通り――『“理屈”と付くからには屁理屈も理屈』だよ」
呆れるエミにも、ジュンイチはどこ吹く風と言わんばかりにあっさりと答えた。
「学級会方式、無理矢理ケンカを止めても何の解決にもなりゃしないよ。
その場の争いを止めただけ。争いの原因や、それによるお互いの遺恨は残ったままなんだから。
本当にケンカを解決させるには、当事者達が、あくまで自分達の意思で上げた手を下ろす――この段階は絶対に必要なんだよ。
そのために必要だっていうなら茶番上等。嫌われ役ぐらい安い対価さ――どの道、チームが立ち直るまでの期間限定参加の立場だ。そういう意味でもオレは嫌われ役にちょうどよかったんだよ」
「まったく……
まぁ、それに助けられたのも事実だけどね」
要するに、お互いに向けられていたケンカの矛先を自分に向けさせ、そのままドロン、という筋書きだったということか――ジュンイチの策の全容を把握して、エミは思わず天井を仰いだ。
「まるで『泣いた赤鬼』の青鬼ね」
「えー? 青〜?
オレ黒がいい〜」
「誰が好きな色の話をしとるかこの黒ずくめっ」
「あ、あの〜」
ボケツッコみを繰り広げるジュンイチとエミのやり取りの中、瞳がおずおずと口をはさんできた。
「んー? 何?」
「えっと……柾木くん、言ってたよね? 『誤算は二つ』って。
もうひとつって……?」
「あぁ、それ?」
納得し、ジュンイチが視線を向けたのはエミで――
「中須賀さんがキレて乱入してくるのが、想定より三分くらい早かっtぶっ!?」
「悪かったわね! 気が短くて!」
「中須賀〜? そーゆートコだぞ〜」
キレのいい右ストレートでジュンイチをしばき倒したエミに椛子がツッコんだ。
「まったく、人を何だと思ってるのよ……」
「ンなの決まってるだろ」
「ウチのマネージャーでしょ」
うめくエミに答えたのは音子と千冬――だったが、
「けど、まぁ……マネージャーになる以上は外の人達とのやり取りを任せることになるワケだし、ウチのチームの“顔”としてもっと慎みを持ってもらいたいところだけど」
「ヤンキーってのはメンツがモノを言うんだからな。
初手からいきなりナメられるようなことしてんなよ」
「ハァ?
ついさっきまで思いっきりケンカしてた人達に言われたくないんだけど」
二人の言葉に心外だと返すエミだったが、
「……ひょっとして、気づいてないの?
あなた、そんな私達よりもはしたないマネしたのよ?」
むしろ、千冬は不思議そうに聞き返してきた。となりで音子もウンウンとうなずき、
「お前、さっきソイツに跳び蹴りかましてたろうが。
それも顔面に思いっきり」
「かましたけど……それがどうかしたの?」
「本気で気づいてねぇのかよ……」
首をかしげるエミに、音子は深々とため息をつき、
「お前なぁ……
オレらが、ソイツとのケンカで……」
「なんで、蹴りを控えてたと思ってんだ?」
「蹴り、を……?」
音子の言葉に、エミは自分の、先ほどジュンイチに思い切り叩きつけた右足を見下ろした。
ジュンイチの顔面に蹴りを入れたことの、いったい何が問題なのか――
(………………あ)
気づいた。
右足を足を見下ろした、その結果自分の服装が視界に入ったことで。
そうだ――自分はこの服装で、ベルウォールの制服を着たまま、ジュンイチの顔面に跳び蹴りを見舞った。
この――
“ミニスカートの”制服姿で。
つまり――
「ジュンイチ」
復活していたジュンイチに、静かに声をかける――ビクリ、と肩を震わせたその反応に、確信する。
「…………“見た”?」
そのエミの問いに、ジュンイチは――ぷいっ、と視線を逸らした。
だが、耳まで真っ赤になった彼のその顔が、“答え”を何よりも雄弁に物語っていて――
「記憶を失えぇぇぇぇぇっ!」
エミにとって、決して負けられない戦いが幕を上げた。
「……何やってんだか」
エミの気迫に圧されたか、それとも彼なりのけじめか、ジュンイチはエミにされるがままボコボコにされている。その光景に、音子はあれが自分達をコテンパンにしてくれた相手かとため息をついた。
と――
「よかったわね」
そんな音子に、千冬が声をかけた。
「私達が思っていた形ではなかったけど……活動再開、“間に合った”わね」
「あー……例の“練習試合”か。
受けねぇワケにもいかねぇからな……毎年恒例だとかいう話は、まぁどーでもいいとしても、“アイツら”に舐められるのはガマンならねぇし」
「ちなみに、キャプテン決めがそれまでに決着しなかったらどうするつもりだったの?」
「てめぇら押しのけて、ウチのヤツらだけで出たさ」
「あなた達だけじゃ人数足りないでしょうに」
「るせぇ」
やり取りを交わす二人だが、そのノリは明らかに悪い。
というのも――
「あー、やりたくねー。つかアイツらと顔合わせたくねー。
目に障るんだよなぁ、アイツらの、見せつけるような――」
「“紅茶の飲み方”」
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第44話「ただじゃおかないわよ」
(初版:2020/05/18)