キリマンジァロの来訪からあっという間に時は過ぎ、今日は試合当日――
「……うしっ」
 装備を点検し、装着――その上から羽織るのはいつもの道着の上着ではなく、ベルウォール戦車道チームのパンツァージャケット。
 もちろん、大洗で使っていたそれと同じく、デザイン画をもらって自前の素材で手作りした歩兵道対応仕様の特別製だ――支度を終え、ジュンイチが更衣室として割り当てられた天幕を出ると、エミ達はすでに支度を終えて自分達の天幕の周囲で談笑している。
「遅いわよ、ジュンイチ!」
「女は準備に時間がかかるものだけど、その女子よりも遅いってのはどうなのよ?」
「るせぇ。
 お前らと違って、こっちは装備が山ほどあんだよ――ほら」
 エミと千冬に答えると、ジュンイチは右手を一振り。手品のように、握ったその手の指の間に一本ずつ、計四本の苦無を取り出してみせる。
「でも……柾木くん、本当に試合出るの?
 というか、出て大丈夫なの? 他の学校の試合だよ? 練習試合だけど一応は公式戦なのに……」
「ひょっとしてそういう事態になるかも……とは思ってたからな。試合の申し込みがあった時点でしほさんに確認済み。
 練習試合、且つ個人レベルでの参加なら助っ人参戦OKだとさ」
 心配そうに尋ねる瞳に、ジュンイチが苦無をしまいながら答えると、
「ごきげんよう、ベルウォールのみなさん」
「出やがったな金メッキ」
 試合前のあいさつに来たらしいキリマンジァロが声をかけてくる――すかさずのジュンイチの返しに一瞬動きが止まったが、かろうじて表情には出さずにエミへと向き直る。
「ようこそ。
 今日は楽しみましょうね」
「えぇ。
 存分に……ね」
 キリマンジァロに答え、エミは含みを持たせた不敵な笑みと共に握手を交わす――その後の整列はつつがなく終わり、後は開始時間まで再び待機である。
「久々だなぁ、この感じ」
「よっしゃあ! 殺る気出てきた!」
 音子を筆頭に、ベルウォールサイドは早くもテンション最高潮。これは期待できそうだ――とジュンイチが考えていると、
「大丈夫、渚ちゃん?」
 ふと、瞳の心配そうな声が聞こえた。
「さっきから顔色が悪いよ?」
 見れば、瞳の言う通り、天幕を背に座り込んだ渚の顔は御世辞にも元気そうとは言えそうにないが――
「だっ、大丈夫です……
 少し寝不足なだけですから……顔洗ってきます」
「あ、渚ちゃん!」
 当の渚は、大丈夫だと言い張ってその場を離れていってしまった。止め損なった瞳が肩を落とすと、
「……仕方ないわね。
 私が様子を見てくるわ」
 そんな瞳を見かねて、名乗りを上げたのはエミであった。
 と――
「んじゃ、オレも行くわ」
「アンタも?」
 ジュンイチもまた同行を申し出た。思わず聞き返すエミにうなずいてみせる。
「別に私ひとりでいいのに……」
「そーゆーワケにもいかねぇよ。
 コンディション次第では教官権限でドクターストップかけなきゃならんし……」
「『ならんし』……何?」
 聞き返すエミに対し、ジュンイチは答えた。
「いざとなったら……“止める”人間は必要だからな」
『…………何を?』

 

 


 

第45話
「力押しでいいのか?」

 


 

 

「最近、ずっと体調悪そうにしてたけど……
 こんな日までコンディション崩すとか何を考えてるのかしら……」
 結局、ジュンイチの発言の意味はわからないまま――とにかく渚を探すのが先だと待機場所の周りの茂みを歩きながら、エミはため息まじりにつぶやいた。
「まったく、世話の焼ける子ね……」
「そう言ってやるなよ。
 あの子はあの子で、いろいろ苦労もあるみたいだからさ」
 そして、エミに答えるのは結局ついてきたジュンイチで――そんな彼の言葉に、エミは眉をひそめた。
「またそーゆー意味深なことを……
 アンタ、絶対何か知ってるでしょ?」
「『知って』はいないさ。
 ほぼ確信に近い推理があるだけ――唯一、“証拠”だけが欠けてる状態だよ」
「ふぅん……?
 じゃあ聞かせてもらいましょうか。その“推理”とやらを」
「その必要はないよ」
 尋ねるエミに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「今となっちゃ、オレが話すよりも見てもらった方が早いよ――アレ」
 言って、ジュンイチが指さした先には渚の姿が――いや、違う。
 渚だけではない。もうひとりいる。それは――
「……キリマンジァロ……!?」
 “もうひとり”の正体に気づいたエミが目を見張る。なぜあの二人が、こんなところで密会じみたことをしているのか。
 ワケがわからないエミをよそに、渚はキリマンジァロを前に何やら言いたそうにしていたが、
「あ、あの……お願いします!」
 やがて、意を決してキリマンジァロへと頭を下げた。
「どっ、どうか……正々堂々、戦ってくれませんか……?」
 そんな渚の言葉に対し、キリマンジァロは軽く息をつき、
「それはつまり……」



「『あなたが今までスパイして得た情報を捨てろ』と、私を脅しているのかしら?」



「――――っ!?」
 そのキリマンジァロの言葉に、エミは目を見開いた。
(スパイ――!?
 渚が……!?)
 唐突に知らされた事実に驚き――同時に気づいた。
 となりの人物の、今までの言動の意味するものに――
「ジュンイチ……
 アンタ、まさか気づいて……!?」
 しかし、ジュンイチは答えない――ただ口元に右の人さし指をあて、「静かに」とジェスチャーで示すだけだ。
 そんなジュンイチにいろいろと思うところはあったが、確かに今は渚の方が問題だ。視線を戻すエミの見つめる先で、キリマンジァロはフッと笑い、
「でも……そう言うあなただって同罪なのよ。
 それを棚に上げて、そんなことを言い出すなら……あなた、“一生戦車道できなくなる”わよ?」
「…………っ」
 突きつけられた宣告に、渚の方がビクリと震える――キリマンジァロを前に怯え、縮こまってしまう渚だったが、
「……そ、それでも……」
 それでもなお、キリマンジァロに向けて口を開いた。
「せ、戦車にもう乗れなくなるとしても……
 ……それでも、卑怯なことはしたくない……っ!」
 その口から告げられたのは、弱々しくもハッキリとした拒絶であった。
 対し、キリマンジァロは軽く息をつき――



 パンッ――と、乾いた音が響いた。



 キリマンジァロが、渚の頬を張ったのだ。張った右手を収めると、キリマンジァロは渚に向けて明らかに見下した笑みを向けた。
「だから、“愚妹と言われるのよ”
 “本当に同じ白鳥の血を引いてるのかしら”?
「霧“姉様”……」
「――えぇっ!?」
 だが、その後のやり取りはエミを驚かせるには十分すぎた――二人の関係を示唆するやり取りに、エミは思わず声を上げて驚いた。
「エミさん!?
 柾木先輩も!?」
「あら」
「あなた達、姉妹だったの!?」
 当然、当事者二人にも気づかれる――が、エミにしてみればそれどころではない。身を潜めていた茂みから出てきて渚やキリマンジァロに尋ねる。
「えぇ、その通りよ。
 改めて名乗らせてもらうわ――キリマンジァロこと、白鳥霧よ」
 そんなエミに対し、キリマンジァロは「バレてはしょうがない」と改めて名乗る。当事者本人からの肯定に驚きも少しは収まって――だが、落ちついたことで、それとは別の“決して見過ごせない事実”への怒りがこみ上げてきた。
「だったら、なおさら何やってんのよ……!
 何、妹に手上げてんのよ……っ!」
「エミさん……」
「下がってなさい」
 そう、キリマンジァロが渚に対して手を上げたことだ――渚が止めようとするが、かまうことなく、そんな渚を守るようにその背にかばい、エミはキリマンジァロをにらみつけた。
「物騒なこと言ってたけど、要は偵察じゃない。
 規定違反じゃないし、戦車道を辞める理由にはならないわよ」
「えぇ、その通りね。
 ――“ルール上では”」
 しかし、そんなエミの鋭い視線を受けても、キリマンジァロは動じることなくそう答えた。
「だから、私が“強制的に”そうすると言ってるんです」
「笑えないわね……っ!」
「まっ、待ってください!」
 渚に何をするつもりだと怒りのボルテージをさらに上げるエミを止めたのは――
「渚……」
「いいんです、エミさん……
 ……姉様の想いは、私が一番わかっているので……」
「どういうことよ……?」
「姉様は、三年生ですから……」
「…………引退か」
 エミに答えた渚の言葉に、ジュンイチはその意味を察していた。
 確かに、夏休みが明ければ三年生は就職だ受験だと忙しくなる。そのため、基本的に三年生は(「戦車道で身を立てる気マンマン」とか「推薦やエスカレータで既に進学確定済み」とかいった一部例外を除いて)優勝記念杯を最後に引退というのがほとんどの学校での通例だが――
「渚、余計なことをペラペラと……」
「だって!」
 一方、自分の事情をペラペラと勝手に話され、キリマンジァロは眉をひそめて渚を咎める――が、渚もこればかりは譲れなかった。
「言ってたじゃないですか……
 『本物のダージリン様と戦ってみたい』って!」
 姉の、心からの願いを知っているが故に。
「『本物の』ね……
 自分が、ジュンイチの言う通りの“ニセモノ”って自覚はあるワケだ」
「当たり前です。
 人から言われるのは気に食わないけれど、そんなことは自分でもわかっているわ」
 エミの指摘に答え、キリマンジァロは軽くため息をついてみせる。
「数年前、ダージリン様を初めて見た時……その美しさ、佇まい、あふれ出る自信と強さを感じたわ。
 “わたくしもこの方のようになりたい”……それが始まり」
「それで形から入って、やがて対戦を望むように……ってワケ?
 でも、別に今回にこだわる必要はないでしょ――高校での対戦のチャンスはこれが最後かもしれないけど、大学なり社会人リーグなり、対戦のチャンスなんていくらでも……」
「『戦車道を続けていれば』……ね」
 エミに答えたのはキリマンジァロではなかった。
「ジュンイチ……?」
 そう、ジュンイチだ――エミにかまわず、キリマンジァロに向けて告げる。
「お前、前に言ってたよな? 『自分の家はお金持ちだ』って。
 その“お金”をどうやって得ているか……そこを考えれば自明の理、だわな。
 家……継がなきゃならねぇんだろ?」
「ご明察」
 あっさりとキリマンジァロはうなずいた。エミへと視線を向け、続ける。
「あなたのような一般家庭の家の出の人間には想像しがたいことでしょうけど、富豪の娘も大変でしてね。
 自分の意思に関係なく、来年からは家業を継ぐことに決まっているのよ」
「だからって、妹にこんなことっ!」
「それは自分の死に際でも言えることかしら?」
 反論するエミに、キリマンジァロも堂々と返す。そのまま両者がにらみ合うこと数秒――
「……まぁ、いいわ。
 本当は試合中も逐一スパイしてもらうつもりだったけど……それができないとなると正々堂々やるしかないわ。
 渚をよろしくね」
「正々堂々って……それが当たり前でしょうが」
「つーか、大洗相手に情報戦仕掛けたサンダースがオレにどんな目にあわされたか、把握しとらんのかアイツ」
 告げて、去っていくキリマンジァロに対し、エミとジュンイチがため息まじりにツッコむと、
「あの……本当にすみませんでした!」
 そんな二人に向けて、渚が頭を下げた。
「こんなことダメだって……わかってたんですが……言うに言い出せなくて……」
 心底申し訳なさそうにしている渚に対し、ジュンイチとエミは顔を見合わせて――
「大丈夫だ」
 言って、ジュンイチは渚の頭をなでてやった。
「中須賀さんも言ってたろ。
 ルール違反じゃねぇんだから、気にすることなんてないよ」
「でも私、みなさんをだまして……」
「それも含めて、潜入も偵察もOKってことになってんだろうが。
 つか、それがアウトだっていうならオレぁどーなんだよ? 全国大会中もさんざん他校にお邪魔してたんだけど」
「え……?」
「試合での暴れっぷりの方ばっかり有名になってあまり知られてないけど……これでも大洗のスパイ担当のひとりだよ。
 今だってそうさ。誘いを受けてのことだとはいえ、大洗在籍のままここにいるんだぜ? その気になれば大洗に情報持ち帰り放題のところにいるんだぜ、オレ」
 知らなかったと驚く渚に、ジュンイチは笑って答えると肩をすくめてみせる。
「だから、お前が引け目を感じる必要はねぇんだよ。
 お前がスパイしてたことがルール上合法である以上、誰にも文句は言わせねぇし、言おうとするヤツは黙らせる。手段は聞くな。
 それでも納得できないっていうなら――」
「……そうね。
 そんないちいち自分を責められてもこっちは反応に困るだけだし、この際スパイからはスッパリと足を洗ってもらおうかしら」
「え……?」
 ジュンイチに続いたエミの言葉にも、渚は先ほどと同様に疑問の声を上げた。
「試合には出てもらうわよ。
 そもそも今現在ですら人数足りてないのに、抜けられても困るっての。
 でも、アンタはスパイだったことに引け目を感じて二の足……だったら、アンタのその引け目の元をつぶすしかないじゃない」
 言って、エミは渚の手を取るとみんなのところに戻ろうと歩き出す。
「まったく……あなたって、迷子の子犬みたいね」
 おどおどして、エミに手を引かれるままの渚の姿に、エミは先を歩きながら苦笑して――ジュンイチが一言。
「つまりお前が拾い主?」
「茶化さなくてよろしい」



    ◇



 と、ゆーワケで――
「……とまぁ、そーゆーことだ」
「じゃあ、渚ちゃんってスパイだったの……?」
「本当に、すみません……」
 天幕に戻ると、一同を集めて事情を説明――ジュンイチに聞き返す瞳に、渚は改めて頭を下げた。
 そんな渚の姿に、一同の間にざわめきが走り――
「……ま、いいんじゃねぇか?」
 そう言い出したのは音子であった。
「山守さんの言う通りだな。
 ウチらドンパチできればそれでいいっていうか」
「というか、隠すも何も、そもそも隠すような手の内もないしねぇ」
「こっちも、この子から敵の情報を聞き出せばいいしね」
 チームのみんなも概ね好意的だ。千冬に至っては渚の立場につけ込んで逆スパイまがいのことを言い出す始末だ。
「え……? 何で……
 怒ってないんですか……?」
「それ」
 だが、てっきり責められると思っていた渚からすれば意外な展開にも程がある。困惑する彼女だが、そんな戸惑いのつぶやきに対し、音子はキリマンジァロに張られ、まだ赤みの残る渚の頬を指さした。
「けじめは、つけてきたみたいだからな。
 なら、もう言うことはないさ」
「ぅわぁ、どこまでもヤンキー的だねぇ。
 まぁ、オレとしちゃ丸く収まってくれればそれ以上言うコトぁないけど」
 音子の言葉に肩をすくめて、ジュンイチが苦笑する――が、
「そーゆー話なら、アンタの方もけじめをつけなくちゃねぇ?」
「あだだだだっ!? 耳! 耳っ!」
 そう言うジュンイチにも、まだ済んでいない話があった。エミに耳を引っ張られ、ジュンイチが悲鳴を上げる。
「アンタ……渚がスパイって知ってて放置してたのよね?
 なんで放置してたのよ……というか、いつから知ってたの?」
「『いつから』って……疑惑を抱いたタイミングで言うなら、ほぼ最初からだけど」
 ジト目で尋ねるエミに対し、ジュンイチは引っ張られた耳をさすりながら答える。
「お前ら、オファー組の面接の時に白鳥さんの経歴チェックしてなかったのか?
 西グロから転校ってバカ正直に書いてあったぞ――そこ踏まえて、その西グロと練習試合、なんてことになれば、可能性のひとつとしてスパイ説は真っ先に浮上するわ」
「あー、そーいや」
「前の学校なんて気にしてなかったわね」
 ジュンイチの指摘に、音子と千冬は顔を見合わせ、
「……で、キャプテン二人はこんなだけど、マネージャー的にはどーだったのさ、中須賀さん?」
「い、いや、私はチェックしてたわよ!?
 でもその時はアイツらのこと聖グロだと思ってたし、ベルウォールと西グロの因縁も知らなかったし……」
 ジュンイチにジト目を返され、エミはしどろもどろになって視線を逸らした。
「まー、オレも最初は疑惑レベルでしかなかったけどな。
 確信レベルに跳ね上がったのは、あのクソ金メッキの“ごあいさつ”の時さ。
 あんにゃろ、売りに出してたのを買い戻した……つまり元々持ってたU号やT-44はともかく、完全新規購入だったヤークトやエレファントのことまで把握してやがったろ。
 アレで、少なくとも情報がもれてるのは確信した。そして、その最重要容疑者として浮上するのは……今さら言う必要はないよな?」
「だったら、何でその時点で手を打たなかったのよ?
 むざむざ相手に情報を与える必要なんて……」
「ンなもん、別にバレても何ひとつ問題がないからに決まっとろーが」
 聞き返すエミだったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「そりゃ、白鳥さんがスパイだって知らないまま、もっと言うとスパイされてることに気づかないまま情報すっぱ抜かれてたらヤバかったかもだけどさ。
 でも、オレ達はもう情報がもれてることを知ってる――なら、作戦の前提を“手の内を知られていない”から“手の内バレてる”に切り替えりゃ済む話だ」
「つまり……とっくに手の内がバレてるのを前提に作戦を立て直すってことか? 今から?」
「簡単に言ってくれるわね……」
 ジュンイチの説明に音子が聞き返すのを前に、千冬がため息まじりにつぶやいて――
「…………ジュンイチ」
 エミの反応は違った。あくまで真剣な顔でジュンイチに尋ねる。
「できるのね?
 大洗には……それが」
「ま、そーゆー風に育てたからな。
 各車長だけじゃない。全員が全員、その場の状況に対して何が最善か、自分達の頭で考える――それが大洗のみんなにはできる。
 アイツらにかかれば、今のこのタイミングで手の内バレてるのが発覚したところで、即興で作戦組み替えるくらい朝飯前だよ」
「つまり、それができるようになることが、大洗に並ぶ最低限の条件になる……」
「そう難しい話じゃねぇさ。
 結局のところ、考え方ひとつの話なんだからさ」
 エミにそう返すと、ジュンイチはニヤリと笑い、
「まぁ、その辺はお前らに任せるさ。
 オレらはオレらで思いっきり暴れてやるだけさ」
 楽観的なことを言い出すのは音子だ。
「そうね。
 今はそれよりもやらなきゃならないことがあるしね」
 千冬もそれに同意。二人で渚の両肩をポンと叩き、
「それじゃあ……」
「あのバカ女の弱点でも教えてもらおうかしら?」
「受け入れて早々遠慮ないねみんな!?」
 ウケケケケ……と、ジュンイチに負けず劣らずの邪悪な笑みと共に渚に迫る音子や千冬に瞳がツッコむと、



「私達も聞きたいわね!」



 突然乱入してきた声は、天幕の外から聞こえてきた。
 互いに顔を見合わせて、一同はエミとジュンイチを先頭に天幕の人に出てみると、そこにいたのは――
「ひ、10ヒトマル式!?
 なんでこんなものが!?」
 そこにあったのは、自分達の手元にあるはずのないものだった。なぜこんなものがここにあるのかとエミが声を上げると、
「見て驚いたようねっ!」
 再びの声と共に砲塔、キューポラのハッチが開いた。
 その中から姿を現したのは――
「これが本当の資金力よ!」
「この柏葉姉妹が来たからには、あの女をフルボッコにしてやるわ!」
「……なんだ、柏葉か」
『聞こえてるわよ!』
 その正体を把握したエミのため息――というか、名前の前に余計な一音を付け足されたことに、10式の中から姿を現した柏葉姉妹が抗議の声を上げた。
「私達のどこがバカだ!」
「具体的に言ってもらおうかーっ!」
「いや、自信満々に規定違反の戦車持ち込んで参戦しようとか、バカの所業以外の何だってのよ」
 エキサイトする柏葉姉妹に対し、エミは冷静にツッコんで――
「今の言動を整理すると……だ」
 口をはさんできたのはジュンイチだった。
「お前らは、あのクソ金メッキに一泡吹かせてやりたくて……そのための手段として、この試合に参加するためにこの場に現れた。
 そう解釈していいんだな?」
「そう! その通り!」
「ちゃんと戦車のことだって勉強してきたんだから!」
「じゃあどーしてレギュレーション外の戦車持ち込んできちゃうかな……」
 ジュンイチに答える双子の言葉にポツリとツッコむのは瞳だ。
「そーゆーことなら話は早い。
 その戦車はルール違反になるから使えんが、お前ら自身の参加は歓迎するよ」
「ちょっ、ジュンイチ!?」
 だが、呆れるエミや瞳とは違い、ジュンイチは前向きだった。受け入れる旨の発言に、エミが思わず声を上げる。
「まだオーダー変更が間に合う内に来てくれたのはありがてぇ。
 お前ら向きの戦車に割り振ってやるから、存分にその腕を振るうといい」
「フフンッ、アンタは話がわかるわね!」
「私達に相応しい戦車って何!? さぁ、教えなさい!」
「アレ」
 一方、ジュンイチにあてにされて調子に乗る柏葉姉妹に対し、ジュンイチが指さしたのは――
「U号」
『ちっさ!?』
 ベルウォールの保有戦車の中でも一番小さな二号戦車であった。
「ぎゃははははっ!
 身体のサイズにピッタリじゃねぇか!」
「倒そうと思わなければ大丈夫よ」
『ぐぬぬぬぬ……っ!』
 音子と千冬に笑われ、柏葉姉妹が歯がみして悔しがり――
「理由があっての割り振りなんだから、そう茶化してやるな馬鹿ども」
『誰が馬鹿だッ!』
 オーダーの変更届を書きながらのジュンイチの言葉は、柏葉姉妹ではなく音子や千冬に向けられたものであった。
「理由……?」
「何だよ、そりゃ?」
「乗り回してりゃわかるよ」
(あ…………)
 音子や千冬が尋ねるが、ジュンイチは何やらもったいぶって答えをはぐらかす――が、その一方でエミはジュンイチの意図に気づいていた。
「ま、考えあってのことならいいけどよ」
「大洗を優勝に導いた手腕、見せてもらおうかしら」
「大洗の指揮官、オレじゃなくて西住さんなんだけどなぁ……」
 一方、音子や千冬はジュンイチの意図には気づいていないようだが、それでも「ジュンイチのことだから大丈夫だろう」とあっさり納得。千冬の言葉にジュンイチがため息まじりにツッコんで――ふと、エミの懐の懐の携帯電話が鳴った。
 着信ではない。アラームだ。つまり――
「時間よ。
 行きましょうか」
 戦車に乗り込み、フィールドにくり出す時間だ。エミが号令をかけ、先頭に立って戦車へと向か――おうとするが、
「まぁ待てよ。
 まだ声かけしてねぇだろ」
「…………やるの、アレ?」
 それを止めたのは音子だ。かけられた言葉に、エミは心底イヤそうに振りむいた。
 音子が言ってるのは、「試合前に何か景気づけが欲しい」ということで先日考えた円陣のことだが――
「いいじゃねぇか、気合入るんだし。
 ネタをくれた柾木には感謝だな」
「ジュンイチ……っ!」
「いや〜、オレの愛読マンガのひとつからのネタだったんだけどな。
 荒くれ者チームの円陣っつったら、やっぱアレかなー、と」
 しっかりこの男が絡んでいた。「音子になんてものを教えてくれたんだ」とばかりににらみつけてくるエミに、ジュンイチはカラカラと笑いながらそんなことをのたまってくれた。
「オラ円陣組むぞ! 来い来いマネージャー!」
「ほら、エミちゃん!」
「瞳はなんでノリノリなのよ……」
 しかも瞳までもが乗り気ときた――ため息まじりにツッコむが、瞳に頼まれるとエミは弱い。しぶしぶ他の面々がすでに組み終えている円陣に加わった。
 そして、音子が音頭をとる――
「よっしゃ、いよいよ新チームのお披露目だ!
 ハデに、徹底的にやるぞ! そんでもって――」



「ブッ! 殺ォ――ス!」

『Yaーhaー!』



    ◇



「ベルウォール、戦車前進パンツァー・フォー!」
『応ッ!』
 試合開始の号砲と共にエミが号令。それに応え、ベルウォール戦車隊、全五輌が一斉に発進する。
「西グロ、出るわよ」
 そしてキリマンジァロ以下西グロ側も発進――こちらは重戦車を中心に計十輌。フィールドの反対側からベルウォールチームを狙って進撃を開始する。
「いよいよだね!」
「この緊張感! たまんないね!」
 とはいえ、まずは両陣営が接触しなければ始まらない――敵を探して走るティーガーTの車内で、瞳や椛子が待ちきれないとばかりにはしゃいでいた。
「全車、序盤はさっき伝えた作戦通りに」
<<了解>>
 そんな中、エミは作戦担当として一同に指示――返事が全車から返ってきたのを確認すると、ふととなりへと視線を向けた。
 砲手席に座る渚のことが気にかかる。あの天幕でのやり取りの際は受け入れてもらえて気が楽になっていたようだが、やはり、いざ実際にキリマンジァロと対峙しようという段階になるとやはり緊張は隠しきれないようだ。
「がんばろうね、渚ちゃん!」
「はっ、はいっ!」
 ダメだ。瞳の激励にすら驚いてビクリと肩をすくめてしまう始末だ。これでは練習で見せていた実力をどこまで発揮できるか――
「ほら、試合に集中っ」
「え、エミさん……
 でも……」
 とはいえ、それでもしっかりしてもらわなければ困るのだ。声をかけるエミだが、やはり渚は不安そうで――
「ぅりゃっ」
「ふぇっ!?」
 いきなり、そんな渚の両の頬がつままれた。
「なぁにいっちょまえにヘタレてやがんだよ、このこのっ」
「ふぇえぇぇぇぇぇっ!?」
 車外に出ていたジュンイチだ。キューポラから上半身を突っ込んできた彼に上方から頬をぐねぐねとこねられて、渚は思わず悲鳴を上げる。
「まっ、柾木先輩!?
 いきなり何を――」
「緊張、吹っ飛んだ?」
「え…………?」
 なんとか脱出し、渚は困惑の声を上げて――返された言葉にハッとした。
「もっと気楽にいこうぜ。
 姉ちゃんとの間にいろいろあるのはわかるけどさ、ならなおのこと、思いっきりぶつかってやんなくちゃ。
 卑怯なことはしてほしくない――そうアイツに言ったお前の言葉がウソじゃないなら、それを態度で証明してみせろ。
 お前自身が、正々堂々、全力でぶつかることでな」
「柾木先輩……」
 語るジュンイチを見上げる渚は、元気こそ戻っていないものの、確かに緊張の度合いは薄まっていて――
〈マネージャー! 敵発見!〉
 先陣を切るT-44、車長の南陽子から報告が入った。
〈前方にマチルダ二輌発見!〉
「二輌だけって、あからさまに陽動っぽいね」
「かまわないわ」
 報告に加え、自分達の目視でもマチルダを確認。つぶやく瞳だが、エミはキッパリと言い切った。
「ここは火力と速攻で上回る。
 ジュンイチは――」
〈ド本命を警戒、でしょ? わかってますって〉
 答える声は無線から帰ってきた――見上げるとすでに車上にジュンイチの姿はない。マチルダ発見の時点で、陽動と見抜いて自身のやるべきことを始めていたのだろう。
 だから――彼にはそれ以上は言わず、エミはすぐさま次の指示に移る。
「釣り上げられる前にエサだけかっさらうわよ!
 あの囮丸出しのマチルダに攻撃開始!」
〈よしきたっ!〉
〈アイヤーッ!〉
 エミの指示に、音子や陽子の元気な声が返ってくる――そして、ベルウォール側の戦車五輌総出でマチルダに向けて攻撃を始める。
 こちらの攻撃がマチルダの周囲に降り注ぐ中、一発命中――が、装甲に弾かれた。
〈低っ!
 U号火力低っ!〉
「アンタ達に攻撃力は求めてないからいーわよ、別に」
 どうやら自動車部が割り当てられたU号の砲撃だったようだ。無線越しに声を上げる金子にエミが答えると、
〈ハーイ、みなさーん。
 右手、四〜五時方向をごらんくださぁ〜い♪〉
 ジュンイチから、なぜかバスガイド風の報告が入った。
 見ると、ジュンイチの示した方角から土煙が立ち上っている。アレは――
〈そちらに見えますのが、敵の本隊、全八輌編成になりまーす♪〉
「八輌!?
 残り全車輛出てきてんの!?
 何をそんなのん気に――」
〈でもって――〉



〈オレからの先制パンチでございまーす♪〉



 エミに答えるジュンイチの言葉と同時――後方に回り込みつつあった西グロ戦車隊の周囲で爆発が巻き起こった。
「なっ、何!?」
〈1.このルートで来るだろうと予想して手榴弾ばらまいておいた。
 2.1の範囲に連中が入る頃合いを見計らって、“糸”でつないでおいた安全ピンを引き抜いた♪〉
 驚く椛子にジュンイチが答え――その“意味”に気づいたエミは眉をひそめた。
「つまり、連中の周りで爆発が起きただけ……そういうことね?」
〈Yes♪〉
「了解。
 このまま直進! 後ろから距離を取りつつ、今のうちに前のマチルダを仕留めるわよ!」
〈ハァ!? 何でだよ!?〉
「今のはただのビックリ箱! 驚かせただけ!
 すぐに立て直して撃ってくるわよ!」
 せっかく先手を取ったのに逃げるのかと不満の声を上げる音子にエミが答えて――そのエミの読みはすぐに現実のものとなった。煙も収まらぬ内から西グロがこちらに向けて攻撃を開始。
 しかも――
「ヤークトとエレファントが狙われてるよ!」
「こっちにも、それなりに来てるけどねっ!」
「私達を狙ってるのは牽制でしょうね」
〈お前らの援護を阻みつつ、火力が強力なあの二輌を先に……って魂胆なんだろうな。
 今なら砲塔の回らないあの二輌はキリマンジァロ達に何もできないし〉
 相手の攻撃は右翼に固めたこちらの火力の要に偏っていた。声を上げる瞳や椛子をよそに、エミとジュンイチが敵の狙いについて意見を交わして――
「……あ、ひょっとして」
 最初に気づいたのは瞳だった。
「これを予想してたから、“あの作戦”を考えてたの?」
「そういうこと。
 みんな! 作戦開始よ!」
〈おっしゃあ!〉
〈待ってました!〉
 瞳に返しつつのエミの指示に、音子や千冬からの返事――さっそく、二人が車長を務める二輌、先ほどからキリマンジァロ達に狙われているヤークトパンターとエレファントが隊列を離れ始める。
 当然、件の二輌を先に仕留めたいキリマンジァロ達はその後を追いかけようと進路を傾け――
「……ハッ」



「予想通りでつまらないわね」



 そのエミのつぶやきはキリマンジァロには届かない。結果、彼女達が自らの“失態”に気づいたのは――
「ベルウォールが、いつの間にか側面に!?」
 エミ達に、自分達の側面へと突撃を仕掛けられた、その時であった。
 いったい何をしたのか――別に大したことはしていない。
 エミ達がやったことはたった二つ。“ほんの少しの誘導”と“豪快な転身”。この二つだけだ。
 右翼のエレファントとヤークトパンターに少しずつ離れていってもらう。そうなれば当然、この二輌を先に叩いておきたい西グロはその後を追って進路を傾ける――その結果、ほんのわずかではあるが、西グロはエミ達残りの三輌に対し、陣形の脇腹をさらしてしまった。
 キリマンジァロ達からすれば大した隙に思えなかっただろう――が、まさにそれを狙っていたエミ達にとっては絶好の好機だった。ほとんど反転と言ってもいいぐらい鋭角に転進。西グロの脇腹にくらいついたのだ。
 そんなエミ達の目論見にようやく気づいた西グロだが、それでも当初の獲物であるエレファントやヤークトパンターを間合いに捉えたままではどうしても欲が頭をもたげる――伏兵に対応するか、多少の犠牲を覚悟してでも獲物を狩るか、その一瞬の迷いが動きを鈍らせてしまう。
 そして、その一瞬の隙を見逃すエミ達ではなかった。キリマンジァロ達に向け、側面を衝いた三輌で一斉砲撃。マチルダを一輌撃破する。
〈ベルウォール、一輌撃破!〉
「くっ、やってくれるわね!」
 審判からの全体通信に別のマチルダの車長がうめいた。エミ達の姿を目視で捕捉しようとキューポラから顔を出し――
「あら、いいのかしら?
 そんなところで顔出しちゃって」
 その動きに気づいたエミの口元に笑みが浮かんだ。
「そこは――」



「猛獣のウロウロする、サファリパークのド真ん中よ」



 相手に届くことのないエミのそのつぶやきと同時――件のマチルダの車長の頭上に影が落ちた。
「ハー……」
 そして聞こえる声――ようやく己の失策に気づいた車長の顔から血の気が引いた。
「リー……」
 振り返り、見上げる車長の目が、身をひるがえしたまま飛び込んでくるジュンイチの姿を捉えて――
「センッ!」
 そんな彼女の脳天を、ジュンイチのハリセンがブッ叩いた。
 たかがハリセンの一撃――しかしくり出した人物が人物だ。その威力は車長の意識を刈り取るには十分すぎた。気絶した車長の首根っこをつかみ、ジュンイチはその身体を車長席から引っこ抜いた。
 代わりに放り込むのはおなじみペイント手榴弾。ジュンイチが離れたきっかり一秒後、ドパンッ!という破裂音と共にマチルダの車内でペイントがぶちまけられ、センサーでそれを検知した同車の判定装置が白旗を掲げる。
「……やってくれるわね。
 彼女達、この形に持っていくために二輌を囮にしたのね」
「いきなり主力を囮に、って、大胆なヤツらですね……どん引きです」
「それだけじゃないわ」
 一方で、西グロ側もエミ達の狙いに気づいていた。自分の推理に返してくる副官のモカに、キリマンジァロが答える。
「数で優る相手に一番されたくないのは囲まれること……
 残りの三輌、そして柾木ジュンイチを遊撃に回すことで、こちらの側面を脅かしつつそれも防いでいる」
「あの柾木ジュンイチの策でしょうか……?」
「いえ……違うわね」
 ベルウォールのこの作戦の発案者をジュンイチだと読むモカだったが、キリマンジァロの考えは違った。
「この作戦、戦車道の用兵としては至極合理的なもの……大洗の常識知らずな戦車道じゃないわ。
 おそらく考えたのはあのドイツ帰りの彼女……」
「なら……」
「えぇ」
 モカにうなずき、キリマンジァロはダージリンに倣って戦車内でも嗜んでいる紅茶を一口。
「優先して狙う相手は決まったわ。
 全車、遊撃隊に標的変更!」
 キリマンジァロの指示への対応は早かった。西グロ陣営はすぐに狙いをエレファント・ヤークトパンター組からエミ達の本隊兼遊撃隊やジュンイチへと変更、反撃を開始する。
「わわっ!
 今度はこっちに来たヨーッ!」
「チッ……!」
 周囲に降り注ぐ砲弾の雨に驚き、陽子が声を上げる――自分達のティーガーTの周囲にも砲弾が降り注ぐ中、エミは軽く舌打ちした。
「切り替え、早すぎでしょ。
 すぐさま遊撃の意味に気づいて、狙いを変えてきた……」
 そして思うのは、この対応の早さを実現させたキリマンジァロの手腕――
「何よ、アイツ……
 卑怯な手なんか使わなくても、十分優秀な指揮官じゃない」
〈同感だがな……〉
 そんなエミのつぶやきに、ジュンイチが同意してきた。
〈けど、逆に言えばかなりマズイぞ、コレ〉
 のぞき穴から様子を伺うと、ジュンイチも数輌のマチルダに襲われていた。斉射される機銃から放たれるペイント弾の雨をかいくぐりながら、エミ達に告げてくる。
〈要は、その“優秀な指揮官”が“正道から外れた手段に訴えてまで”この試合の勝率をガン上げしに来てるってことだろうが〉
 言葉の合間に無線の向こうで爆発音……音が遠い。相手の攻撃というより、ジュンイチの投げた手榴弾が爆発した音と考えるのが自然だろう。
〈火事場の馬鹿力ってヤツは無能が発揮しても厄介なモンだからな。
 そんなシロモノを、元々優秀なヤツが振り回してくるんだ。
 有能なヤツの死に物狂い……恐いぞ〉
「わかってるわよ!」
 無線越しのジュンイチの話に、エミは敵の動きを見極めながら乱暴にそう返した。
(敵本隊は私達とヤークト、エレファントにはさまれて、私達は敵本隊とマチルダ二輌にはさまれてる……
 まだゴチャゴチャってほどじゃないけど……けっこうな団子状態ね。ひとつ間違えば乱戦は必至か)
 これはあまりよろしくない。このまま両陣営が入り乱れる乱戦になろうものなら、地力で劣るこちらが不利だ。
 となれば、選択肢はひとつ――
「囮は中止! 全車集まって!
 団子から抜け出すわよ!」
 一旦後退して仕切り直す――相手に立て直す時間を与えてしまうが、それはこちらも同じこと。不利には変わりないが、それでもこのまま乱戦になるよりはマシだ。
 もちろん、離れるにしても欲は出させてもらうが。つまり――
「囮のマチルダ二輌に突撃! 一点突破!」
 少しでも敵の数を減らすことだ。迷わず脱出手段を選択、指示したエミの言葉にベルウォール側の全車が一斉砲撃。たちまち前方のマチルダ二輌を撃破する。
 そのまま前方に抜け、エミ達はこの場を戦線離脱――かと思われたが、
「逃がさないわよ」
 キリマンジァロ達の対応も早かった。すぐさまエミ達の狙いに気づき、追撃に移る。
 その口火を切るのは、もちろん隊長車にしてフラッグ車のブラックプリンスだ。こちらに背を向けて離脱を図るベルウォール戦車隊に向けて発砲して――



 “二輌の戦車が”はね飛ばされた。



 かすめたU号がその衝撃ではね飛ばされ、そのままT-44へと直撃、一発でエンジン部を撃ち抜いたのだ。
「うげっ!?
 T-44とU号が吹っ飛ばされたぞ!?」
「ウソ!?」
〈残念ながら本当だ〉
 その光景は、ティーガーTの通信手席ののぞき穴から見えていた。思わず声を上げた椛子の言葉にエミが驚くが、ジュンイチからも椛子の言葉を保証する声が上がる。
「やられた子達は!?」
「あー……視界の外に吹っ飛ばされててここからじゃ……
 柾木ー」
〈T-44は白旗。U号はオレのところからもよくわからん。旗の位置にちょうど煙がかかってる〉
「マジのワンショットダブルキル……
 U号の方はまぐれだろうけど、T-44は真芯を抜かれたか……向こうにも腕のいい砲手がいるみたいね」
 ともかく被害の確認だ。応える椛子とジュンイチのやり取りに、エミは舌打ちまじりにつぶやく。
「どうするの、エミちゃん!?」
「方針は変わらないわ! この場を離脱!
 全速前進! 森を通過して高台に上がるわよ!」
〈了解!〉
〈承知したわ〉
 瞳に答える形でのエミの指示に音子と千冬が即答。ティーガーT、ヤークトパンター、エレファントの三輌は撃破したマチルダの残骸の脇を抜け、そのまま一気に戦場を離脱する。
「クスッ、速い逃げ足だこと」
 そして、その後を追ってキリマンジァロ達も高台へと向かう。
「こら待てーっ!」
「私達はどうするんだーっ!」
 健在な連中が軒並み立ち去ってしまった後に、取り残されたU号から顔を出した柏葉姉妹が声を上げ――
「ふーむ……」
 そんな柏葉姉妹にかまうことなく、エミ達について行っていなかったジュンイチは地図を広げて眉をひそめた。
「あ! おい! 柾木ジュンイチ!」
「お前でもいいから教えなさいよ!
 私達何すればいいのよーっ!?」
 柏葉姉妹が騒いでいるがスッパリと無視する。
 なぜなら――
「やっぱりだ……」



「あんまり、よくないかもな状況だなー、コレ」



 それどころでは、なかったから――



    ◇



「フー……
 なんとかまいたみたいね」
 その後、エミ達はなんとか西グロの追撃を振り切り、山の中腹ほどのところの森の中に身を潜めた。キューポラから顔を出して改めて追手がないのを確認し、エミはようやく安堵の息をついた。
「喜多、ジュンイチから連絡は?」
「無事だって。
 今どうしてるかは教えてくれなかった……敵への奇襲でも企んでるのかな?」
「無事ならいいわ。
 今はジュンイチの好きにさせときましょう」
「いいの、エミちゃん?」
 椛子の答えに自己完結したエミに、聞き返すのは瞳だ。
「柾木くんと一緒に戦った方がいいんじゃ……」
「いいも悪いもないわよ。
 今回はお互いキリマンジァロをブッ飛ばす理由があったから手を組んだだけで、本来ならアイツ、私達に経験積ませるために自分は試合に出ないつもりだったのよ」
「あ、そっか……
 柾木くん、大洗からヘルプで来てくれてるだけだもんね……いつまでもチームにいられるワケじゃないもんね。
 柾木くんが帰ってからは、私達だけで戦わないと……」
「そういうこと。
 まぁ、合流してきてくれるならそれはそれでありがたいけど……」
「確かに。
 最後は帰らなきゃならないって言っても、一緒にいる内は少しぐらい頼ったってパチは当たらないよねー」
「じゃなくて」
 瞳に答えるエミに椛子が返すが、エミの言いたいことはそこではなかった。
 エミが真に気にしているのは――
「……優勝記念杯では、柾木と戦うかもしれない」
 そう言い当ててみせたのは優だった。普段無口な優からの発言にそちらの驚きの方が先に立ってしまう瞳だったが、
「あーっ! そうだったーっ!」
 思考が遅れて追いついてきて、思わず大声を上げていた。
「優勝記念杯、優勝校である大洗は確実に出てくる。
 そして、ジュンイチは大洗のメンバー……大会では向こうのチーム。つまり、大洗と戦うことになれば、それはイコールジュンイチと戦うことになるってこと」
「何? その時に備えて手の内隠そうって?」
「いや、今さら隠す手口なんてないでしょ。アンタ達の訓練見てるの誰だと思ってるのよ?」
 首をかしげる椛子に、エミはため息まじりにそう答えた。
「逆よ、逆。
 アイツから近くで戦ってくれるならそれを観察。アイツの手の内を探らせてもらうのよ。
 そうすれば、大洗との戦いの時に役に立つ。アイツ本人への対策はもちろん、うまくすれば『そんなアイツをどう使っているのか』って点からアイツとみほの連携についても逆算でシミュレートできるかも」
「それはわかるけど、今はこの試合に勝たないと。
 今から本選でのみほちゃん達との試合のことまで考えなくても……」
「あわよくば、よ。
 さすがに今の試合が優先なのはわかってる。ムリしてアイツの戦い方見せてもらいに合流を狙う……なんて無茶はやらないわよ。
 でも、私って欲張りだから……アイツとくつわを並べて戦える機会なんて、たぶんこれが最初で最後。そのチャンスを逃すつもりもないのよ」
 瞳に答えて、エミは軽く肩をすくめてみせて、
「で……具体的にはどーすんだ?」
 口をはさんできたのは、寄せてきたヤークトパンターから顔を出してきた音子であった。
「三対六……柾木くんを一としても四対六。
 勝ち目はあるのかしら?」
「うっ……も、もちろんよっ」
 エレファントの千冬もやってきた。こちらが不利な現実を突きつけられ、エミは思わずたじろぎながら答える。
「結局はフラッグ車のブラックプリンスさえ叩いてしまえばいいワケだけど……さっきの交戦で出てきた時、あっちはチャーチルをぴったり護衛につけてた。
 戦力で上回ってるからって油断してない。やられたら一発アウトのフラッグ車を前線に出さず、その周りの戦力でこっちを確実にすりつぶすつもりね……
 忌々しいけど理に適ってる。ホント徹底してるわ」
 今までの戦いから見えた相手の戦術をおさらいして、エミは軽くため息をついた。
「さて、どうしてもんかしらね……
 さっきので思ったより削れなかったし、用意してた残りの作戦も三輌じゃ頭数が厳しいし……
 ったく、いっそ特攻のひとつもぶちかましてやりたいところだわ――」



「なんだ、力押しでいいのか?」



 つぶやくエミに対し、あっさりと言い放ったのは音子だ。
「いいワケないでしょ。博打もいいところだw
「つっても、オレらはむしろそっちの方が性に合ってるしなぁ」
 反論しかけたエミだったが、答える音子の言葉にハッとした。
 そうだ。自分は肝心なことを忘れていた。
 戦術的な最善ばかりを考えて、音子達とその作戦の相性を考えていなかった。
 そしてそれは――
(あー、もうっ。私ってば何やってるのよ……
 これじゃ、“ドイツにいた頃”と変わらないじゃない……)
 かつての自分が、一度誤った原因だというのに――
「やっぱ戦車は思いっきり暴れてナンボだろうがよ」
「あなたに度胸があるなら、親玉とのタイマンにしてあげてもいいわよ」
「……上等よ」
 だが――気づけた。
 音子達のおかげで、同じ過ちを犯そうとしていた自分に気づくことができた――内心で感謝しつつ、エミは音子の、千冬の言葉にうなずいた。
「よし、それでいきましょう!
 仕掛けるポイントは……」
 そして、音子や千冬と作戦の詳細を詰めて、いよいよ反撃に向けて行動開始である。
「作戦が決まったわ!
 みんな準備はいい?」
「オッケーだよー」
 ティーガーTの車内に戻ったエミに瞳が答えて――
「…………あ、あのっ」
 突然の声が割って入った。
「砲手を代えていただけませんか……?」
「渚……」
「私じゃムリです……
 今日は一発も当てれてないし……増してや、こんな大一番でなんて……」
 そう、渚だ――うつむき、エミに告げるその言葉に、椛子と優は顔を見合わせた。
 だが、渚が泣き言をもらすのも無理はない。気弱な渚にこの状況で重大な役目を任せるのは――
「ダメよ」
 しかし、そうだからこそ、エミは渚の要望を却下した。
「そこはあなたの席よ。
 私でも瞳でも、喜多でも鷹見でもない。あなただけの席なの。
 だから、そこでの役目もあなただけのもの――あなたの役目を全うしなさい」
「でも……私がさっき当てていれば、ここまで追い込まれることも……」
「わかってるわ」
 涙ぐむ渚だが、エミはそれでもキッパリと言い放った。
「でも、それがどうしたってのよ。
 アンタ、その性格本当に直した方がいいわよ。めんどくさい」
「めんっ!?」
「でもね」
 エミの辛辣な評価にショックを受ける渚だが、エミの言葉には続きがあった。
「確かにあなたはスパイだった。
 さっきの戦闘でも力を出せなかった。
 でも……そんなあなたでも、みんなに許されてそこに座ってるんだから、一生懸命撃ちなさい」
「エミさん……っ!」
 告げられた言葉に、思わず目頭が熱くなる――先ほどまでとは別の理由で涙ぐむ渚の顔を、エミは優しくなでてやり、
「それに」
 その手で渚の額を軽くつつき、付け加えた。
「私、言ったでしょ?――」



「『あなたを一人前にする』って」



    ◇



「この道を登っていったはずだけど……」
 西グロ戦車隊がやってきたのは、それから間もなくのことであった。地面に残るキャタピラ痕を確認し、キリマンジァロはブラックプリンスの上から周囲を見回した。
 だが、地面についた痕跡を頼りに追ってきたからこそ、気になることがひとつ。
「ずいぶんと荒れた地面ね……足回りによくないわ。
 こんなところで交戦になる前に早く進みまs
 その時だった――キリマンジァロのセリフが終わらない内から、自分達よりもさらに高い位置から放たれた砲撃が、随伴のマチルダに突き刺さる。
「言ったそばから!?
 そうそう当たらないわ! 敵位置を早く……」
 驚きながらもキリマンジァロはすぐに対応、指示を出す――が、実行に移されるよりも早く二発目。別のマチルダを再度の砲撃が貫いた。
〈西呉王子グローナ、マチルダ二輌、走行不能!〉
「さすが千冬さん!
 元エース砲手は伊達じゃない!」
「それでも二輌は我ながら出来すぎね」
 高台から狙撃してきた、その正体は旧土居派閥の操るエレファントだ。装填手の若杉からはやし立てられ、狙うべき獲物を的確に指示した千冬は不敵な笑みと共に謙遜のコメントを返す。
「――いた!
 あんなところから……さては土居さんね……っ!」
 一方、対する西グロ側も千冬のエレファントを見つけていた。狙撃の仕掛け人の正体を察したキリマンジァロがうめいて――そんな彼女達に、別方向からの砲撃が襲いかかった。
「オラオラ! いくぜーっ!」
 音子の仕切るヤークトパンターだ。エミ達のティーガーTを守りながら、キリマンジァロ達に向けて突撃する。
「――っ、森から二輌! 迎撃!」
 すぐさま反応するキリマンジァロだったが、エレファントに気を取られていたために対応が遅れた上、そのエレファントからの砲狙撃による援護も続いている。
 そんな、まごついている西グロ戦車隊に向けて、ティーガーTとエレファントが突っ込んで――
「おぉりゃあっ!」
 音子の咆哮と共に、ヤークトパンターがチャーチルにぶちかましをかけ、その鼻っ柱を押さえ込む!
「チャーチルに体当たり!?
 あのヤークトの狙いは……っ!」
「オラァ! 空けてやったぞ!」
「了解!
 鷹見!」
「ん」
 てっきりヤークトパンターも正面からの攻撃が目的だと思っていた――音子の狙いに遅れて気づくキリマンジァロだったが、そんなことは知る由もないし、知ったとしてもかまう理由はない。音子の叫びに応え、エミはティーガーTを突っ込ませる。
「あとは任せなさい!」
 山道の縁、崖っぷちギリギリの隙間を抜けてチャーチルのブロックを突破、そのままキリマンジァロのブラックプリンスに突撃――



「――でも」



「――――――っ!?」
 チャーチルの向こうに開けた視界、そこに広がる光景にエミは驚き、目を見張った。
(ブラックプリンスが……後退!?)
 そこにいたはずのブラックプリンスが遠い――後退してこちらから距離をとっているのだ。
(なんで!?
 確かにチャーチルのブロックを抜かれはしたけど、ブラックプリンスの戦闘力なら、まだティーガーとやり合う選択肢もあったはず……)
 キリマンジァロの意図が読めずに困惑するエミだが、対するキリマンジァロは落ちついたものだ。
「助かったわ――」



“あなたが無謀で”



(――――っ!)
 キリマンジァロのつぶやきが聞こえたワケではないが――まさに同じタイミングで、エミは気づいた。
(この動き……マズイ!)
「緊急停止!」
 すぐさま指示を出すが、時すでに遅く――ガコンッ!という音と共に、ティーガーTの左側がはねた。
「なっ、何だぁ!?」
「何かに乗り上げた!?」
 突然のことに驚き、椛子や瞳が声を上げ――
「……違う」
 直前で予兆を察していたエミは、何が起きたか気づいていた。
「この辺りの荒れた地面に持っていかれて……履帯が、切れた……っ!」
「えぇっ!?
 じゃあ、動けなくなっちゃったの!?」
 エミの言葉に、瞳があわてる――彼女の言う通りだ。片側の履帯を失った今、ティーガーTはこの場から動くことができない。もう一方の履帯だけでは、その場でグルグルと旋回するだけだ。
 しかも、先ほどチャーチルをかわす際、崖側のスペースを抜けていた――そこから道の中央に戻る前にこのトラブルに見舞われてしまったので、自分達が立ち往生した位置は文字通りの崖っぷちだ。仮に動けたとしても、この位置からでは退路がない。
 これで決めるつもりで突っ込んだ、後を考えない特攻が完全に裏目に出た。このままでは――
「ど、どうしよう、エミちゃん!」
 言って、エミの方へと振り向いて――瞳の動きが止まった。
 エミ――ではなく、“その向こう側”の様子に、その顔が直前までとは別の意味で青ざめた。
 なぜなら――
「なっ、渚ちゃん!?」
「え?――って、血ィーッ!?」
 砲手席の渚が、額から流血していたから。
「え? え?」
 おそらく、先ほど履帯が切れてティーガーTの車体がはねた時にぶつけたのだろうが、本人は自覚がないのか、瞳やエミがなぜあわてているのかと首をかしげるばかりだ。
 と、ようやく額から顔に垂れてきた血の感触に気づいた。指で軽くぬぐって、その正体を自分の目で確かめて――
「血ィーッ!?ったたた……っ!」
「だから言ってるでしょ!
 ほら、動かないで!」
 ようやく自分のケガに気づいた。そのことで痛みも自覚したか、頭を押さえる渚をエミが支えて――
「――っ、来た!」
 当然、キリマンジァロはティーガーTの中で妹がケガをしたことなど知る由もない。動けなくなったティーガーTに向けて包囲を詰めてくるのに気づいた椛子が声を上げる。
「こんな時に……っ!
 ねぇ、大丈夫!? 自分の名前わかる!? これ何本に見える!?」
「え、えっと……白鳥渚……二本、です……」
 右手でVサイン――カウントの『2』を示しながら尋ねるとちゃんと答えが返ってきた。とりあえず流血以外は大事はなさそうだとエミはひとまず安堵する。
「なら……ごめん、手当は後にさせて。自分で傷を押さえて止血してて」
「はっ、はいっ」
 渚に指示すると、エミは周囲の様子を確認する。
 ヤークトパンターは……ダメだ。こちらを助けようとはしているようだが、チャーチルにブロックされて押し合いになっている。あれでは援護は期待できない。
 エレファントもだ。西グロ側もエレファントからの狙撃を警戒し、背後に茂みや岩山が来るように移動し直した上で詰めてきている。あれでは岩や木がブラインドになって高台にいるエレファントからはキリマンジァロ達を狙えない。
 ジュンイチは未だ所在不明のまま。こちらに向かっているのだろうが、先ほどの戦場から人間の足でこの場に間に合うかと言われたら……
(私達だけでどうにかするしか……ない!)
「鷹見! 正面に旋回!
 瞳! 渚の代わりにブラックプリンスを狙って!」
 矢継ぎ早にエミが指示を出し、ティーガーTが抵抗を試みようとするが、
「無駄なあがきね。
 各車、攻撃開始!」
 キリマンジァロもそれを座して待ったりはしない。ヤークトパンターを抑えるチャーチルと自分達のブラックプリンスを除くマチルダ隊にティーガーTへの攻撃を命令。エミ達に向けて砲弾の嵐が襲いかかる!
「やば……っ!
 いくらマチルダの主砲でも、こんなにくらったら……!
 ブラックプリンスは!?」
「ダメ! 主砲の射線から逃げ回ってる!」
 声を上げる椛子に、渚に代わって砲手席に座る瞳が答えるが、
「……この動き……違う」
 気づいたエミがうめいた。
「アイツは逃げてるんじゃない……
 こっちを確実に仕留められる位置に回ろうとしてる!
 鷹見!」
「ムリ。
 砲弾の命中する衝撃のせいでうまく動けない」
 敵の狙いは見抜けたが、操縦手の優からは逃げ切れないという絶望的な返事が返ってくる。
 そうこうしている間に、ブラックプリンスはティーガーTの側面へ。ブラックプリンスの主砲の威力なら――
「やられる――っ!?」
「もらったわ!」
 エミとキリマンジァロ、それぞれが声を上げ――







〔――と、思うじゃん?〕







 その声は、“二人の頭の中に直接響いた”
 直後、ティーガーTの背後、崖の下から何かが――否、何者かが飛び出してきた。ティーガーTを跳び越え、ティーガーTとブラックプリンスを結ぶ直線上に降り立ったのは――
「ジュンイチ!?」
「――っ! ダメ!」
 そう、この男だ。エミが驚く一方、このままでは彼ごと撃つと焦ったキリマンジァロが制止の声を上げる――が、
「――っ!?」
 その声が悪い方向に働いた。キリマンジァロの突然の大声に驚いた砲手が思わず引き金を引いてしまったのだ。
 当然ブラックプリンスは発砲。砲弾は一瞬でティーガーTに、その前に立つジュンイチへと迫り――



 “マチルダを”撃ち抜いた。



 ジュンイチの十八番、砲弾返しだ。
 その超人的な動体視力で砲弾の動きを見切り、尋常ならざる反応速度で砲弾に手を添え、砲弾の速度以上というデタラメ極まる速度で身をひるがえすことで砲弾の動きを自身の動きに巻き込み誘導、針の穴をも通すコントロールで狙った相手に向けて正確にリリース――
 何から何まで、あらゆる身体能力が文字通り「人間を辞めている」ジュンイチだからこそできるトンデモ技。それをブラックプリンスに対してやってのけたのだ。
 もっとも――
「……“ありがとよ”
 “十分な距離をとって撃ってくれて”
 今の一撃を可能としたのには、さらに+αが絡んでいたのだが。
「ありがとう、ですって……!?」
「あぁ」
 ジュンイチの言葉は、毎度おなじみ思念通話との併用によって車内の相手にも届いている――うめくキリマンジァロに対し、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「何しろ相手はブラックプリンスだぜ。その主砲で、もっと近くから、十分な威力を乗せた砲弾をぶち込まれてたら、さすがのオレの“砲弾返し”でもパワー負けして返せなかったろうよ。
 でも、お前はそれをしなかった――あくまで安全な距離を保ったまま、最低限ティーガーTを仕留めるに足る威力を保てるギリギリの間合いから撃ってくれた。
 おかげでオレも返すことができたワケだが――」
 言って、ジュンイチは軽く息をつき、
「ダージリンだったら、こんなヘマはやらなかったろうな」
 ジュンイチにとっての“本題”を突きつけた。
「アイツは、お前のとったような安全策なんか絶対にやらねぇよ。
 攻め時ってモンをちゃんとわかってる。安全確保にかまけず、勝機はリスクを冒してでもきっちりつかむのがダージリンって女だ。
 そんなアイツのファンクラブのプレミア枠を名乗り、見た目までそっくりに装っておきながらのそのヘタレぶり……正直腹に据えかねるんだよ。
 劣化コピーどころじゃねぇ。まがい物の贋作風情が……オレの“仲間”を馬鹿にすんのもたいがいにしろよ」
 その言葉と共に、ジュンイチは“取り繕う”のをやめた。不機嫌をあらわにし、キリマンジァロのブラックプリンスに向けてかまえる。
「これでハッキリした。
 確かにてめぇらは強い。てめぇも十分優秀だ――だが、それはあくまで“高校戦車道界全体で見た場合”だ。
 所詮は金メッキ。ダージリン達には遠く及ばない。それを今から証明してやるよ。
 でもってついでに――」



「誰にケンカを売ったか教えてやる」


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第46話「これが、私の本音です」


 

(初版:2020/06/01)