「…………んぁ……」
窓から差し込む光で目を覚ます――頭をかきながら、ジュンイチは身を起して周囲を見回した。
ベルウォールの教官宿舎の一室ではない。
懐かしの、大洗の自宅、自分の部屋――「あぁ、昨日帰ってきたんだっけか」と少し寝ぼけた頭でぼんやりと考える。
(ゆうべはみんなが出迎え会を開いてくれて……)
元からここで暮らしている面々だけではない、戦車道チームのみんなも昨夜は居室エリアに泊まったはずだと思い出す。
つまり――
(……朝ごはん、さっさと作り始めなきゃなー……)
作らなければならない朝食の量がトンデモナイことになるということだ。
量自体はともかく調理時間の方が問題だ。早めに作り始めなければみんなが起きてくるまでに間に合わない、と、ジュンイチはさっさと起きることにした。
道着(部屋着仕様)に着替えて廊下に出る――なお、廊下は割と荒れた形跡が。留守中にジュンイチの部屋に侵入しようとした杏が仕掛けられたトラップに再三に渡って撃退された痕だ。
長めに留守になることを考えてかなり多めに、何重にも渡って仕掛けておいたのだが、帰ってくるとそのすべてが、しかもかなり早い段階に使い切られていたような有様であった。
とりあえず、最後の砦、生体認証のドアロックはさすがに破れず侵入は阻止できていたが、もしそれがなかったらどうなっていたか――
(なんでそこまでしてオレの部屋に入りたがるのかねー)
内心でそんなことを考えながら、共用エリアへと向かい――
「お、来たね、ジュンイっちゃん」
ウワサをすれば何とやら――そこではすでに、杏が朝食の支度に取りかかっていた。
「あれ、杏姉……?
珍しいね、いつもは積極的に動きたがらないのに」
「いや、ジュンイっちゃん、私を何だと思ってるのかな?」
「ものぐさな義姉」
即答された杏が一瞬固まる――が、すぐに再起動。
「い、いや、私だって人の子だからね?
家主だからって、昨日帰ってきたばかりの人に朝ごはんの支度させようとはしないって」
苦笑まじりにそう答えて――コホンッ、と咳払いし、杏はジュンイチへと向き直り、
「それに……ジュンイっちゃんなら、こうして朝食の支度をしに早く起きてくるだろうと思ってたから」
「……へぇ」
杏の言葉に、ジュンイチは興味深げに目を細めた。
「つまり……オレに用があったから口実作って先回りってワケ?」
「そ」
あっさりと杏はジュンイチの指摘を肯定した。
「ジュンイっちゃん。
もう今日から登校再開するでしょ?――昼休み、西住ちゃん連れて生徒会室に来てくんない?」
「西住さんと……?」
杏の頼みに、何の話かと一瞬考えて――
「……あぁ、なーるへそ」
すぐに、“用件”に察しがついた。
第47話
「またモノスゴイのを考えつくね」
そして、昼休み、生徒会室――
「……私、『西住ちゃんを連れて』って言わなかったっけ?」
「だから連れてきたでしょ? 西住さんを」
「いやそうじゃなくて」
あっさりと答えるジュンイチに、桃と柚子を左右に控えさせた杏は軽くため息をついた。
「どーして……武部ちゃん達までいるのかな?」
「だって、会長のことだからまたみぽりんに無理難題を押しつけそうなんだもの」
そう。杏としては「ジュンイチとみほを」呼んだつもりだったのに、「ジュンイチとみほと沙織と華と優花里と麻子が」――要するにあんこうチーム全員がやってきたからだ。疑問の本題を口にした杏に、沙織が口をとがらせてそう答えた。
「すでに一度、西住さんに無理矢理戦車道へと復帰するよう圧力をかけた“前科”がありますからね」
「そんな状態で、柾木殿と西住殿だけを呼び出す、二人だけに通す話があるって聞かされて、心配しないはずがないじゃないですか」
「そっ、そこまでしなければならなかった理由は、お前達も知っているだろう!」
華に続き、優花里もそれに乗っかる――反論する桃だが、問題行動だったことは本人も自覚しているので少し気圧され気味だ。
「ほら、麻子も何とか言いなよ!」
残るひとり、麻子にも話に加われと沙織が振り向いて――
「Zzzzz……」
「って、この子は……」
当の麻子は、立ったまま舟をこいでいた。
「まーまー、心配いらないよ」
と、麻子の居眠りで空気が緩んだのを見計らって口を開いたのはジュンイチだった。
「杏姉の用件はだいたい想像ついとる。
お前らの気にしてるよーな無理難題案件じゃねぇから安心しろ」
「そうなの?」
「察しがついてたなら、どーして武部ちゃん達呼ばなかったのかもわかるでしょ? 止めてよ」
「素直に『出る幕ないのに無駄足踏ませるのも悪いから来なくていい』って理由を言えばいいものを、変にもったいつけたりするカッコつけの義姉にはいい薬だと判断した」
聞き返すみほにうなずく一方、苦笑する杏には容赦なく言い放つ。
「あー、まぁ、ジュンイっちゃんの言う通りだよ。
今回はただの相談。ただ、専門知識がモノを言う話でねー。だから、その辺の知識量のトップ2にだけ声をかけたんだよ」
「専門知識……というと、戦車道のですか?」
「でもそれだったら、ゆかりんも声かかってもよかったんじゃない?」
「一応、声かけようかとは思ったんだけどねー。
でも相談の内容的に、知ってること西住ちゃんと丸被りしてそうだな、と」
聞き返す華や沙織に対し、杏はそう答えて苦笑する。
「そんなワケで、本題なんだけど……」
そして、杏は改めて話を本流に引き戻して――
「予想ついてるって言ったでしょ。
ズバリ、エキシビジョンマッチについての話――違う?」
「正解」
ジュンイチにはすでにお見通しであった。
「エキシビジョンマッチって……全国大会の?」
「明後日の終業式が終われば夏休みだ。
そーなりゃ本格的に準備に取り掛かれる――そんなタイミングで呼び出されたんだ。戦車道絡みの用件なんて他に思いつかないだろ」
尋ねる沙織に、ジュンイチは肩をすくめてそう答え、
「だから会長はお前と西住にしか声をかけなかったんだ。
にもかかわらずお前は、会長が他に声をかけなかった理由まで把握していながらその気遣いを無碍にするようなマネを……
まったく、気の利かない男だn
「ちなみに。
“戦車道絡み以外での用件”として想定してたのは『桃姉の受験勉強見てやってくれ』とか『桃姉がまた生徒会の仕事溜め込んでるから片づけるの手伝ってくれ』とか」
「私が悪かったからそれ以上そっち方向に話を掘り下げるな!」
「あと、『桃姉の砲撃ノーコンなのをいい加減なんとかしてくれ』とか……あ、これは戦車道絡みか、時期関係ないだけで」
「やめろと言っているだろう!」
口をはさんでくる桃にはしっかり反撃しておくジュンイチであった。
「相手は決まってるんですか?」
「えっと……基本的には、“準決勝に進出し、そこで敗退した二校”ということになってるね」
尋ねる華には柚子が大会要綱を見ながらそう答える。
「準決勝で敗退した二校、ってことは、プラウダと……」
「継続高校ですね」
「そのことなんだが……」
記憶を掘り返す沙織に優花里が答えると、ジュンイチの口撃によるダメージから復活した桃が待ったをかけた。
「継続高校は、エキシビジョン出場を辞退したそうだ」
「その場合はどうなるんですか?」
「大会の規定では、その場合もう一方の学校がパートナーとなる学校を指名することになるって……」
「ちなみに二校とも辞退した場合は、二校とも日戦連が協議して決めるらしいね」
聞き返す華にみほが答えて、そこに補足したのはジュンイチだ。
「でもって……オレが予測するに、たぶん指名されるのは聖グロだな。
あのお子ちゃま隊長の性格からして、単純に仲のいいところを選んできそうだ」
ジュンイチの予想にみほが「ありそうだ」と苦笑すると、
「って、ちょっと待って!」
突然、沙織が大声を上げた。
「何か当然のように話が進んでるけど、ちょっと待って!
相手は二校って……二対一ってこと!?」
「ンなワケあるかい。
ちゃんと二対二だ――こっちもパートナーの学校と組んで出場することになる」
「基本的には準優勝校が一回戦で戦った相手校、となってます。
ただ……今回はプラウダが相手の指名権を得る形になっていますから、公平を期して私達にも指名権が与えられることになります」
大あわての沙織だが、ジュンイチとみほはなだめるようにそう答えた。
「なるほど……
西住殿と柾木殿が呼ばれた理由がわかりました……あと、『私と西住殿とで知識が丸被りしそう』って言ってた理由も」
「お二人に、どこを指名したらいいか、その相談……ですね?」
「君達の様なカンのいい子は大好きだよ」
一連のやり取りを経て察しのついた華や優花里に、杏は笑いながらうなずいた。
「西住ちゃんは純粋に“試合に勝つための戦力として”。
ジュンイっちゃんは“イベントでもあるエキシビジョンマッチの盛り上げ役として”。
それぞれの視点から、どこがいいか選んでもらおうかな、って」
「選択基準の条件とかあるワケ?」
「まず、あくまで“全国大会のアフターイベント”であることから、全国大会の参加校のみとなる」
「それから、できるだけ大会の早い段階で負けた学校から優先的に……って」
「つまり、一回戦で負けた学校と二回戦で負けた学校とで迷ったら、一回戦で負けた子達の方が優先ってこと?」
「上位入賞で名を上げることができなかった学校に、せめて一校だけでもアピールのチャンスを、ってことですね……」
ジュンイチに答える桃や柚子の説明に、顔を見合わせるのは沙織と華だ。
「なるほどねー。
単純に『試合に勝てる相方』ってだけなら選択の余地なしだったんだが、そーゆー話じゃ確かに困るか」
「選択の余地なし……ひょっとして黒森峰?」
「逆に聞くけど、他にどっかある?」
尋ねる杏に、ジュンイチはあっさりと聞き返した。
「けど、今挙がった条件じゃアウトだなー。
最後の決勝まで残ってるワケだし……何よりまほさんといいエリカといい、お祭りの盛り上げ役としては不向きすぎる」
「あー……」
ジュンイチのコメント、特に後者の理由に「お姉ちゃんもエリカさんもマジメだからなー」と苦笑まじりに納得するみほであった。
「あくまで大会のアフターイベントなんだし、お祭り騒ぎを盛り上げてくれる子達であってほしいよねー」
「じゃあ……アンツィオとか?」
杏の意見に沙織が聞き返すと、
「とりあえず……だ」
ジュンイチが口を開いた。
「勝てるかどうかも、祭の盛り上げに貢献できるかも未知数だけど……」
「だからこそ、組んだら面白そうなところなら、一校心当たりがあるぜ」
◇
大洗からさほど遠くない犬吠埼沖。
そこには現在、一隻の学園艦が停泊していた。
数ある学園艦の中でも珍しい三段甲板を持つそれは、千葉県習志野市に本拠地を持つ知波単学園の学園艦である。
その甲板上に広がる演習場――所々にポツポツと木が茂る原野の一角。
そこに、知波単学園戦車道チームが整列していた。
彼女達の背後に並ぶ戦車は九八式中戦車チハを主力に、九五式軽戦車ハ号で脇を固めるという日本戦車縛りの編成だ。
そして、整列したメンバーの前に立つ、黒のロングヘアを風になびかせた長身の美少女こそ、知波単チームの新隊長、西絹代であった。
――そう、“新隊長”。彼女はまだ、このチームの隊長を継いだばかりなのだ。
本来は他校の慣例と同様に優勝記念杯を最後に三年生の引退、となっているのだが、長らく全国大会での成績の芳しくない知波単では、全国大会早期敗退の責任を取る形での三年生の引退が常態化していた。
彼女もまた、そうした知波単の“近況”に巻き込まれ、全国大会終了と共に隊長を早々に引き継ぐ羽目になった、というワケだ。
そんな彼女の手には、訓練を中断して一同を呼び集める原因となった一通の電報――読み進める絹代の視線が文面の一番下に達した頃合いを見計らい、副隊長の玉田が声をかけた。
「隊長殿、何の連絡でありますか?」
その問いに対し、絹代は息をつき、口を開いた。
「玉田、指示を伝える」
「はいっ!
一同、傾注!」
後ろに流した髪をまとめた見つ網を揺らして、気をつけの姿勢をとった玉田が声を上げる――他のメンバーも同様に姿勢を正し、絹代の言葉を待つ。
そして、静まり返った一同を前に、絹代は一言。
「試合が決まった」
瞬間、一瞬にして場がわき立った。
「また突撃ができるでありますか!?」
「相手はどこでありますか!?」
「練習試合でありますか!」
「腕が鳴りますな!」
盛り上がる一同を前に、絹代は話を続ける。
「全国大会の“えきしびじょん”だ。
大洗からの指名で、彼女達と組んでプラウダ、聖グロリアーナを迎え撃つ」
『おぉーっ!』
今年の優勝校である大洗、さらに強豪と名高い二校の名が出て、場がさらに盛り上がる。
「これはいい突撃ができるでありますな!」
「そうだな。
だが、他にもいろいろと学べそうだぞ」
興奮する玉田に答え、絹代は改めて一同を見渡し、
「お前達も、大洗の戦いぶりは全国大会で見ているな?
ならば知っているだろう――大洗が歩兵を含んだ編成であることは」
知っているが、それが自分達と何の関係が。いや確かに次の試合でタッグを組む相手だから無関係とは言わないけど――と興味から静まり返る中、絹代は続けた。
「それに関し、大洗の角谷生徒会長、プラウダのカチューシャ隊長、聖グロリアーナのダージリン隊長から連名で提案があった。
今回の試合は全国大会の無事の終了を祝う記念試合。そこで、試合の盛り上がりと歩兵の有無の問題で公平を期すため、大洗以外の三チームも歩兵を参加させよう、と。
大洗の編成に倣い、歩兵専任者を一名、隊長車に追加編成。残りの選手に歩兵技能を習得させるかは各チームの判断に任せる、という形だ」
意外な提案の内容に、場がざわつく――先程とは別の意味で騒がしくなった中、話を続ける。
「もちろん、我々の中に全国大会で大暴れした“彼”ほどの白兵戦ができる人材はいない。
そこで、大洗の方からひとり、白兵戦をできる人員を貸し出してくれるそうだ。
便宜上は、我が知波単への一時的な転入、ということになる。そして――」
「連携訓練のために、さっそく来させてもらいました」
背後からのその声は、絹代にとっても予期しないものであった。驚き、振り向く彼女の視線の先にいた人物とは――
「そんなワケで、エキシビジョンまでの間お世話になります――」
「橋本崇徳です。
どーぞよろしく♪」
◇
「ダージリン」
所変わって、相模湾に停泊している聖グロリアーナの学園艦――その日は拠点“紅茶の園”の敷地内にあるバラ園でティータイムを楽しんでいたダージリンは、不意にかけられた声に振り向いた。
「どうしたの、アッサム?」
「これを」
尋ねるダージリンに対し、アッサムは一通の書面を差し出した。
「例の件、正式な日程が決まったそうです」
「あぁ、エキシビジョンマッチ……」
「では、戦車の用意をしなければなりませんね」
アッサムに返すダージリンに、その意味を察したのはオレンジペコだが、
「それに、“彼女”も……ね」
「はい。
呼んできますね」
ダージリンがおもむろに付け加えてきた。うなずいて、オレンジペコはその場を後にした。
目的の人物の居場所は把握している――と、いうワケで、迷わず戦車道チームの体力訓練専用のグラウンドへと向かう。
到着すると、すぐに見つけることができた。もうひとり、自分もよく知る少女があおむけに倒れるように休んでいるのを見守っているその背中に声をかける。
「ジーナさん」
「あぁ、オレンジペコさん」
オレンジペコへと振り向いて、そこで彼女、ジーナ・ハイングラムは用件に思い当たったようだ。時間を確認するとオレンジペコへと視線を戻した。
「この時間に呼びに来たということは……エキシビジョンの日程の通達が来たんですか?」
「はい。
予定通り、先ほど正式な連絡が――それで、ダージリン様がお呼びです」
「わかりました。
でも少し待ってもらえますか? ローズヒップさんがこの有様なので」
「はぁ……」
ジーナの答えに、オレンジペコは仰向けに倒れている赤毛の少女、ローズヒップを見下ろした。
「元気が取り柄のローズヒップさんがこんなになるなんて……
訓練、難航してるんですか?」
「えぇ、まぁ……」
尋ねるオレンジペコに対し、ジーナは苦笑まじりにうなずいた。
「そんなに難しいんですか? “気”のコントロールって」
「少なくとも、『あの決勝戦でジュンイチさんとエリカさんが闘っているのを見て自分もやってみたいと思った』なんてミーハーな動機で習得できるものじゃないですね」
オレンジペコに答えると、ジーナは軽くため息をつき、
「……その、はずだったんですけどね……」
「え…………?」
その言葉に、オレンジペコは思わずジーナの顔を見返した。
今の話の流れ、まさか……
「できちゃった……んですか?」
「えぇ……」
答えて、ジーナはもう一度、今度は深くため息をついた。
「しかも、もう身体能力のブーストをかけた状態で動き回れるところまで……
これ、動き回りながら“気”を高め続けていないといけないから、ローズヒップさんみたいに落ちつきのない子は一番ハードルの高いところのはずなんですけど……」
「あー……
ローズヒップさん、何をするにも、いつもせわしなく動き回ってますから……」
「動き回りながら別のことをするのに慣れてるってことですか……」
オレンジペコの言葉に、「すでに下地ができていたのならしょうがないか」と納得するジーナであった。
「でも、それって訓練順調なんじゃないんですか?」
「“気”の発現に関しては……ね」
さっきはあまり芳しくないかのように言っていたような――首をかしげるオレンジペコだが、ジーナは苦笑まじりにそう答えた。
「発現はできるんですけど、制御がぜんぜんで……
“気”って、要するに体力の源ですからね……それを、何の加減もなく垂れ流すものだから……」
「あっという間に体力を使い果たしてしまって、こうなる、と……」
ジーナの話に、「ローズヒップさん、常時アクセル全開のノンブレーキだからなぁ」と納得するオレンジペコであった。
◇
同じ頃、プラウダ高校の学園艦は地元青森県は陸奥湾の中に入り、そこで投錨して停泊していた。
そして――
「ノンナ!
エキシビジョンマッチの日程の連絡はまだなの!?」
「そろそろだと思いますが」
戦車道チームの隊長室では、ジュンイチの言うところの「お子ちゃま隊長」ことカチューシャが、そわそわしながら副隊長のノンナと話していた。
「早くしてくれないと、夏休みの予定が立てられないじゃない!」
「今年も網走に帰省なさるんですか?」
「去年と同じ。エキシビジョンの後よ。
だから早くエキシビジョンの予定が知りたいのに!」
答えて、地団駄を踏むカチューシャを微笑ましく見守るノンナだったが、
「顔、緩みすぎ」
「おっと、失礼」
となりからかけられた声に、我に返って表情を引き締めた。
「まったく……
カチューシャじゃなくて“ブリザードのノンナ”に憧れてこのチームに入った子達だっているんだから、外で醜態をさらさないでよ」
「そこはぬかりありませんのでご安心ください――ライカ」
ノンナの答えに、カチューシャによって招かれ、プラウダの短期留学生扱いで滞在しているライカ・グラン・光凰院は「どうだか」とため息をもらした。
「ライカは夏休みはどうするの?
帰省? エキシビジョン出られる?」
「帰省は盆明けになると思うから、エキシビジョンの方は問題なしよ」
会話する二人に加わってくるカチューシャに、ライカは「さすがにエキシビジョンが盆明けまでずれ込むことはないでしょ」と考えながら答えた。
「ウチは両親両方会社経営で盆も正月もない身の上だからねー。
たぶん今年も役員休ませるためにお盆は出勤して、その後役員と交代で休み……って形だろうから、私もそれに合わせてお盆明けに帰省、ってことになると思うわ」
「確かご実家は沖縄でしたか」
「そ。本島」
「沖縄!」
ノンナに返したライカの言葉に、カチューシャの目が輝いた。
「いいわね、沖縄!
帰省もいいけど、高校最後の夏休みぐらいはバカンスも悪くないわね!」
「ウチ来る気……? まぁいいけど」
すでにすっかり乗り気のカチューシャに、ライカは「そもそも並行世界の沖縄なんだけどなー」と内心でため息をついて――と、その時、カチューシャのデスクの電話が鳴った。
「来たわね!」
それに対するカチューシャの反応は素早かった。間髪入れずにデスクに駆け寄ると受話器を取り上げて応答。相槌を打つ度にカチューシャの機嫌がよくなっていくのが付き合いの浅いライカにも一目で理解できた。
そして――ガチャンッ、と受話器を下ろすと、カチューシャはノンナやライカへと振り向き、告げた。
「試合の日程が決まったわ!」
◇
「みほ達のエキシビジョンマッチの日程が決まった」
「え? もう連絡来たんですか?
公式発表の予定日は、明日ですよね……? 今回私達蚊帳の外だから、事前の通知とかもないはずですし……」
「まー、大方角谷さんが気を回して連絡くれたんでしょ。
『妹さんの試合見に来ない?』みたいな感じで」
鹿児島の南の海上を航行中の黒森峰の学園艦にも、エキシビジョンマッチの日程決定の報せは届いていた。まほの言葉に首をかしげるエリカに鷲悟が自らの仮説を説明する。
「で……まほさん、組み合わせどーなったんですか?」
「まず、プラウダは聖グロリアーナとだ。
そして、みほ達大洗だが……知波単と組んだ」
「は……?
知波単……ですか?」
「ちはたん、ちはたん……
……あ、思い出した。千葉短大付属のコトっスよね?」
「何年前のデータ見てるのよ……
それは昔の話。千葉短大と縁が切れた時に今の名前になったのよ」
今度は鷲悟が首をかしげ、エリカが説明してやる。
「でも……知波単、ですか?
プラウダが指名になったことで大洗も指名権を得たはずなのに……わざわざあそこを選ぶなんて」
「何か問題なのか?」
「ぶっちゃけ弱いのよ、あそこ」
尋ねる鷲悟に、エリカはバッサリと言葉の刃で斬り捨てた。
「……あー、単純に弱いってワケでもないか。
簡単に言うと、一点特化なのよ――で、その“一点”っていうのが、突撃」
「つまり、突撃はすごいけどそれ以外はからっきし……ってこと?
だから突撃が決まれば勝てないワケではないけど、そうでなきゃ……と」
「そういうことよ」
鷲悟のコメントにエリカがうなずくと、
「そう……確かに、知波単は得意の突撃に対し対策をとられるようになってからはその成績は芳しくない」
そう補足してきたのはまほだった。
「だが、エリカの言う通り、それは『知波単の突撃はまともにくらえばただでは済まない。対策を立てないワケにはいかないほどの脅威』と、我々の先輩方を含む他校が判断した結果だ」
「ずいぶんと知波単を買ってますね?
全国大会でその知波単の突撃を完封して敗退させたのは私達なのに」
「柾木……ジュンイチの方がな」
「…………っ」
となりの男の、双子の弟の名が出た瞬間エリカの身体がわずかに震える――しかしそこにはあえて触れず、まほは続けた。
「家元が、彼に“仕事”を依頼しに行った時にたまたま話に知波単の名が挙がったそうなんだが……言っていたそうだ。
『突撃だけなら黒森峰よりも上』と」
「ふむ……」
まほのその話に、エリカは思わず眉をひそめた。
今の話が意味するところに気づいたからだ。
言うまでもなく、黒森峰と知波単では戦力は大きく違う――特に戦車だ。黒森峰のドイツ製中・重戦車群と知波単の主力・九五式チハとでは大きな性能差がある。
そうした前提があってのジュンイチの評価。それはつまり――
(“私達よりも劣る戦車で、私達以上の突撃をやってのける連中”だとジュンイチが評価した、と……
性能差を補っても余りあるほどに……そこまでの差があるっていうの? 私達より、知波単の方が……)
もちろん、知波単はそれ以外がからっきしなので、総合的には自分達の方が上だという自負はある……が、上だと自負しているからこそ、たった一分野とはいえ自分達の上を行かれていると評されるのは面白くないものがある。
と――
「……悔しいか、エリカ?
たった一分野とはいえ、知波単に負けているところがあることが」
そんなエリカの心情を見透かしたかのように、まほが口を開いた。
「い、いえ、そんなことは……」
「強がらなくてもいい。
悔しさは向上心につながる。表に出せとは言わないが、大切にしておけ」
「はい」
エリカの答えにまほがうなずくと、
「ところで……」
口をはさんできたのは鷲悟だ。
「さっきのオレの仮説。
『角谷さんが個人的にエキシビジョンマッチの連絡くれたんじゃね?』って話だけど」
「あぁ、それか。
その通りだ。角谷が報せてくれたよ……理由も、お前の予想の通りだ」
「じゃあ……」
「あぁ。
知波単を選んだのは私も意外だったからな……理由を聞いてみた」
「それで……何て?」
聞き返すエリカに対し、まほは軽く息をつき、
「ジュンイチの推薦だそうだ」
『あー……』
まほの答えに、エリカと鷲悟も察しがついた。
すなわち――
((絶対戦力以外の理由で選んだパターンだ、コレ……))
◇
本土をはさんだ反対側――日本海。
そこに、エキシビジョンマッチを辞退した継続高校の、他校と比べていくぶん小振りな学園艦の姿があった。
艦上には中央に巨大な樹木の形をした構造物があり、全体的に艦の上に山が乗っているようにも見える――そのふもとには本当に木々が生い茂る森が広がっており、その中に点在する沼のひとつのほとりで、キャンプを張っている少女達がいた。
「ミカー」
人数は三人。服装は水色のジャージで統一されている――その内のひとりが、三人の中で最も背の高い、チューリップハットを被って日本の琴にも見えるフィンランドの伝統楽器、カンテラを奏でている少女歩と声をかけた。
「どうしたんだい、ミッコ?」
「日戦連からこんなのが届いてるよ」
尋ねるミカに、ミッコと呼ばれた、栗色の髪を頭の左右、上の方でまとめた少女は一通の封筒を差し出した。
「あぁ、エキシビジョンマッチの案内だね」
「エキシビジョン!」
すぐに内容について察しがついたミカの言葉に反応したのは三人目、淡いブロンドの髪を後ろで左右二つのおさげにした小柄な少女だった。
「私達今回出場権あるんだよね! 出られるんだよね!?
お友達増えるかなー、増えたらいいなー」
「…………アキ」
目を輝かせる三人目の少女、アキに対し、ミカは一言。
「出ないよ」
「なんでぇ!?」
「もう辞退の連絡は入れてあるから……届いたのも、元出場校に対する義理立てとしての観戦案内だろうね」
「もう連絡しちゃったの!?」
「そりゃあ、隊長は私だからね。隊長として辞退の連絡に責任を持つのは当然だろう?」
「隊長権限の悪用だーっ!?」
どうやら、ミカこそが継続高校の戦車道チームの隊長であり、エキシビジョンマッチの辞退は彼女の独断だったようだ。
「何で出ないの!?」
「エキシビジョンマッチ、そこに戦車道に必要なものはあるのかな」
アキに答えると、ミカはカンテラを軽く鳴らし、
「アキ、アキ」
声をかけてきたのはミッコだった。
「ミカのコレはいつものこととして」
「それは少し辛辣じゃないかな?」
「ミカは黙ってて。
で……ミカのことを抜きにしても、出ない方がいいと思うよ、私も」
「何で?」
「いや、何で、って……」
聞き返してくるアキに対し、ミッコは軽くため息をつき、
「出場することにした場合、ペアを組むことになる相手って、準決勝で負けたもう一校なんだよ?」
「それがどうかした?」
「その『もう一校』って……プラウダだよ?」
「あ」
ミッコの指摘に、アキの表情が引きつった。
「ミカはともかく……プラウダはマズイでしょ?」
どうやら、彼女達はプラウダと“ワケあり”のようだ。ミッコの言葉にアキはコクコクとうなずいてみせる。
「だから私は辞退したミカに賛成。
今大洗に行って、プラウダの人達と出くわしても面倒だし……」
「いや、大洗には行くよ」
『何でぇ!?』
あっさりと口をはさんでくるミカに向けて残り二人からのツッコミが飛んだ。
「試合には出ないんでしょ!?」
「あぁ」
「プラウダの人達とあったら面倒だって話をしてたの聞いてた!?」
「あぁ」
『なら何でぇ!?』
「必要だからだよ」
再び声をそろえてツッコむミッコとアキだが、ミカはあっさりとそう答えた。
「それって……さっき言ってた『戦車道に必要なもの』ってヤツ」
「いや、違うよ」
尋ねるアキに答え、ミカはカンテラを軽く鳴らした。
「あそこにあるのは……」
「“あの子”に必要なものさ」
◇
「姫! 姫ーっ!」
楯無学園の学園艦、その艦上学園都市の一角――造り酒屋である自宅の邸宅の一部を拝借してこしらえたガレージで愛車をいじっていたしずかの元へ、鈴が声を上げてやってきた。
「どうした、鈴?」
「エキシビジョンマッチの日程、決まったって!」
「……ほぅ」
答えた鈴の報せに、しずかは作業の手を止めた。油で汚れた軍手を外しながら立ち上がると鈴へと向き直る。
「テケ車いじってたの?
私がやるからいいのに……ムカデさんチームのメカニックは私なんだから」
「これも強くなるためだ。
鈴がいるからいいというワケではない――ひとりより二人、できる人間が増えて困ることもあるまい」
「そうだけど、姫はダメ。
あー、せっかくのきれいな指が油で汚れて……」
しずかに答えて、鈴は彼女の手をふいてやる――話が脱線してきたのでしずかは本題に戻ることにした。
「それで、鈴。
エキシビジョンの日程が決まったということは……」
「うん。
決まったよ――私達の試合の日程も」
軌道修正成功――しずかの指摘に、鈴はうなずいてみせた。
二人が話しているのは、対戦することだけは決まっていた“次の試合”のこと。
大洗の夏祭りの中の一イベントとして開かれる、奉納戦車試合。大洗チームの代表車との、一対一での戦い。
エキシビジョンマッチの観客も祭の客に取り込もうと考えた大洗本土の商工会の意向で、祭の日程自体が保留になっていたのだが――それが、エキシビジョンマッチの日程が決まったことで芋づる式に決定となったのだ。
「ずいぶんと待たせてくれたものだ」
「でも、おかげでテケ車の強化に十分な時間が取れた。
結果オーライだよ」
しずかに答えて、鈴はテケ車を見上げた。
「新しいエンジンが手に入ったことで、この子は生まれ変わった。
ガンバれば平地を55km/hで走行可能!
特筆すべきは制動が向上! 陸自90式戦車の殺人ブレーキ並の制動力を実現!」
「うむ、あっぱれ」
テケ車の改良内容を自慢する鈴にうなずき、しずかもまたテケ車を見上げた。
「鈴のおかげで戦車の強化はできた……後はそれを操る我々だな」
「うん!
当日まで、乗りこなすための練習あるのみだね!」
「うむ」
自分の言いたいことを的確に理解してくれた鈴に、しずかは満足げにうなずいた。
「我々ももっと強くなる……
奉納試合では目に物見せてやろうぞ」
「うん!」
◇
「エミちゃん!」
瀬戸内海に停泊する、ベルウォール学園の学園艦。
戦車倉庫でフォーメーション案を書き留めたノートとにらめっこしていたエミのもとに、瞳が渚と共にパタパタと駆けてきた。
「日戦連のサイト見た?」
「あぁ、エキシビジョンマッチね」
「あ、知ってたんだ」
「何の話だー?」
あっさり答えるエミに「驚かせようと思ってたのにー」と渚が肩を落とすと、音子が話を聞きつけてやってきた。
「エキシビジョンマッチの日程がやっと発表になったのよ」
「あぁ、プラウダと大洗の指名になったことで、最終決定がその分先送りになってたのよね」
「そ」
音子に答えた自分の言葉に反応してきた千冬にうなずくと、エミはスリープ状態にしてあった傍らのノートパソコンを復帰させた。
元々アクセスしていたのだろう、すぐに日戦連のサイトが表示させる――そこには、八月の頭にエキシビジョンマッチが行われることが記されていた。
「見に行くよね、エミちゃん!?」
何と言っても幼なじみの晴れ舞台なのだ。これはぜひとも見に行きたいと意気込む瞳だったが、
「行かないわよ、私は」
「えー!?」
エミの返事はそっけないものだった。
「何で!?」
「観戦だけならまだしも、うっかりみほと会っちゃったらどうなると思ってるの?
エキシビジョンマッチに合わせて地元のイベントもあるみたいだし……そっちに出向いてきてる可能性は高いわよ?」
「あ、なるほど……」
「とはいえ……優勝記念杯前に、直近の大洗の実力を見られる機会を逃したくもないのよね……
と、いうワケで」
納得する瞳に続けると、エミは傍らのハンディビデオカメラを手に取った。
「はいコレ」
そして、そんな一言と共にビデオカメラに手渡したのは――
「私達に代わって偵察お願いね――渚」
「……えぇぇぇぇぇっ!?」
◇
「ちーっス」
舞台は戻り、大洗の学園艦。
戦車道チームのガレージではなく、自動車部の方のガレージを訪れ、ジュンイチは軽いあいさつと共に中をのぞき込んだ。
「あ、柾木くん!
いらっしゃーい」
そんなジュンイチに気づいたのは自動車部の部長にしてレオポンさんチームのリーダー、ナカジマだ。作業の手を止め、ジュンイチのもとへとやってくる。
「どうしたのかな?」
「いや、様子見」
あっさりと答えて、ジュンイチは彼女がいじっていた“それ”を見上げた。
「八九式のタンカスロン仕様への改造案、まとまったのかなと思って」
そう、それはアヒルさんチームの八九式中戦車。奉納戦車試合、すなわちムカデさんチームとの対戦には彼女達が出ることになったのだ。
それに絡んで、八九式をタンカスロン仕様に改造すべく、自動車部に預けてあったのだが――
「んー、とりあえず、基本プランはまとまったかな。
柾木くんの見立て通り、タンカスロンじゃ出番のないようなものや市街戦で使わないパーツをあらかた外せば、タンカスロンの重量制限をクリアできるよ」
「ん。そっか」
「ただ、問題は日程だねー。
翌日のエキシビジョンマッチまでに元に戻さないといけないワケだから、作業の手順しっかり煮詰めておかないと」
「当然だ。
あくまで記念試合、非公式戦とはいえ、戦車でドンパチやることに変わりはねぇんだ。安全第一はもちろん、お前さん達も徹夜禁止だからな」
ナカジマにそう返すと、ジュンイチは軽く息をつき、
「それはそうと……“あっち”の様子も見に来たんだけど」
「あぁ、“あっち”?」
気を取り直して“次の話題”に触れたジュンイチに、ナカジマもすぐに意図を察した。二人で八九式の前を離れ、ガレージの奥に向かう。
「一応、試作品は作ってみたけど……またモノスゴイのを考えつくね」
「親父側の、武器職人の血の成せる業だろうね――前々から構想はあったんだよ」
苦笑するナカジマに対し、ジュンイチも肩をすくめてそう返した。
「タイランツハンマーは強力だけど……さすがは没兵器、あの重量だわ構造上メンテナンス性劣悪だわと問題だらけだからな。
アレに代わる新装備は、どっちにしろ必要だよ」
言って、ジュンイチの向けた視線の先にあったのは――
「タイランツハンマーの修理は進めとくけど、とりあえずエキシビジョンマッチは――」
「“コイツ”のお披露目会にさせてもらおうかね」
ジュンイチの身の丈ほどもある、巨大な片刃の大剣だった。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第48話「海に向かえ!」
(初版:2020/06/15)