「大洗の学園艦、久しぶりーっ!」
 茨城県、大洗町――その港に入港している大洗女子学園の学園艦。
 海岸沿いの道路を走るテケ車からもその巨体は確認できた。久し振りに見るその姿を見上げ、鈴が声を上げた。
大洗商店街は夏祭り初日でにぎわっている。自分達の参加する奉納試合は明日、二日目の予定だ。
「エンドー、我らはどこに行けばいい?」
「奉納試合関係でお祭りの実行委員会に顔を出すのは夕方だから……それまでは自由時間だね」
 一方、車長席から尋ねるしずかの問いに、はるかはタブレット端末で今日の予定を確認してそう答える。
「その前にみほさん達にあいさつに行く?」
「いや……やめておこう」
 提案する鈴だが、しずかは首を左右に振った。
「我らは明日大洗との対戦を控える身。
 今は、友としての礼よりも対戦相手としての礼を重んじるべきだろう」
「そっか」
 しずかの人となりを理解している鈴はすぐに納得した。
「じゃあさ、このまま街に行こう!
 大洗八朔祭の見物だ―っ!」
「まぁ、物見になるか……」
 気を取り直しての鈴の提案にしずかも同意。テケ車は大洗の商店街へと向かう。
「でも、学園艦も寄港してるんだし、大洗の生徒も祭に来てるんじゃないの?
 大洗チームの子達と鉢合わせしたらどうするの?」
「別に、そこまで気にするものでもあるまい」
 懸念に気づき、尋ねるはるかだが、しずかはあっさりと答えた。
「さっきの話はあくまで『対戦相手としての礼を優先すべき』というだけの話だし、そもそも私個人の意見でしかない。
 あちらが寄ってくるのならそれもよし。あちらの厚意を無碍にすることもあるまい」
「それって要するに『突き放したりしたらみほさん達がかわいそう』ってことよね?」
「アスパラガスさんとの時といい、優しさの表し方が独特だよねー、姫って。所謂ツンデレ?」
「………………」
 しれっと返してくるはるかと鈴に言い返しかけるが、しずかはそれをグッとこらえた。
 直感したからだ――ここで反論すると墓穴につながる、と。
 ここはおとなしく言いたい放題させておくのが最も傷浅く終わらせられる選択肢だろう――そんなことをしずかが考えていると、
「あら、テケじゃない。なつかしー」
 不意に挙がった声は、偶然通りかかった地元の老婦人だった。
「明日の奉納戦車試合のためにわざわざ? 大変ねぇ」
 そんな老婦人の言葉を合図にしたかのように、周りから次々に声がかかる。
「おー! ごくろうさん!
 ジュース飲んでって!
「シベリア、食べてって♪」
「小女子のフライ作りすぎちゃって……」
 戦車を見かけて気をよくしたのか、試食品やおすそ分けが次々に振る舞われて――気づけば、すでに車輛の空きスペースがもらいものでいっぱいになっていた。
「まだ何も買ってないのにお腹いっぱいだーっ!?」
「こ、これが大洗商店街マジック……」
 あまりの気前の良さにはるかや鈴が戦慄していると、
「まぁ、盛り上がるのも無理ねーよ」
 そんな彼女達に声がかけられた。
「今回の大洗女子の優勝で、地元の知名度は爆上がりだからな。
 商工会のおっちゃん達にしてみれば町おこしの絶好のチャンス。まさに戦車サマサマってワケだ」
「柾木くん……?」
「よぅ」
 そう、ジュンイチだ――振り向いてきた鈴に対し、軽いノリであいさつする。
「柾木くんもお祭りに?」
「まぁな。
 で、お前らの気配に気づいたから、こうして声をかけにきたってワケだ」
「マメなことだな」
「まぁ、そーゆーなって」
 はるかに答えたジュンイチの言葉に、しずかがため息をもらす――対し、ジュンイチは軽く肩をすくめて、
「明日の試合で一緒に組む者同士、親睦を深め直すのも悪くねぇだろ?」
『…………え?』
 告げられた言葉に、しずか達の目がテンになった。

 

 


 

第48話
「海に向かえ!」

 


 

 

「じゃあ、柾木くんも出るの? 歩兵枠で?」
「しかも……私達の側で?」
「あぁ」
 とりあえず、立ち話も何なので街を巡りながら話すことにした。歩行者に注意しながら進むテケ車の上で、ジュンイチははるかと鈴の問いにうなずいた。
「それは、我らだけではそちらの代表に太刀打ちできない……と?」
「あぁ、違う違う。
 大洗チーム側にも歩兵がひとり入る。あくまで条件は対等だよ」
 一方、その提案の意味を推理したしずかの眉が不機嫌そうにひそめられる――なので、ジュンイチは「それは違う」としずかの仮説を否定した。
「これはあくまでお祭りで、奉納戦車試合は『奉納』とつくことからもわかる通り神様に捧げる祭事の一環だ。
 だから、ただバトって白黒つけるだけじゃダメだ。興行としての祭の成功的な意味でも祭事としての意味でも大いに盛り上げる必要がある。前にもそう説明したろ?
 けど、祭の規模的に大々的な戦車戦も管理運営の面から難しい。
 なので――」
「戦車を増やす代わりに、全国大会で派手に暴れた柾木くんを参加させようと、歩兵枠を追加した……」
「そーゆーこと」
 はるかの答えに、ジュンイチは満足げにうなずいてみせた。
「そんなワケで、お互いに歩兵を加えることになって……まだ歩兵との連携の経験の浅いお前らとは、前に一度組んでいるオレが組むことになった、と」
「でも、大洗の歩兵って柾木くんだけでしょ?
 そっちの……大洗側の歩兵はどうするの?」
「さぁ?」
 聞き返す鈴だが、ジュンイチはあっさりと肩をすくめた。
「人選はアイツらに任せたからなー。オレもまだ聞いてないんだわ。
 ただ、誰が出てきてもおかしくねぇよ。アイツらみんな、実力の差はあれ、歩兵戦のイロハは一通り叩き込んであるし」
「ぜ、全員一通りできるの、歩兵戦……?」
「実態を知れば知るほどトンデモね、大洗チームって」
「うむ、相手にとって不足なし」
「別に、そんな驚かれたり認められたりするよーな大した話でもねぇよ」
 苦笑する鈴やはるか、うんうんとうなずくしずか――ムカデさんチームのそれぞれの反応に、ジュンイチはあっさりと答えた。
「だって――」



「授業返上して丸々二週間くらい、一日に二、三回くらいガチで死にかけるレベルのデスマーチに放り込めば、たいていの人は到達できるレベルだよ」



    ◇



 みほ達に課した訓練内容を明かしたらしずかまで含むムカデさんチーム全員からドン引きされた。「そんなに変なこと言ったかなー?」と首をかしげるジュンイチをよそに、時間一杯祭を楽しんだしずか達は商工会の詰め所へとやってきた。
 そこで待っていたのは――
「……あー、うん。
 お前らが段取り説明されても本番まで覚えてられないだろうから、指名した“歩兵”さんをこの場に連れてくるだろうとは思ってた。思ってたよ?」
「あー、柾木くん、それどういう意味かな?」
「失礼しちゃうよねー」
 ため息と共にもらしたつぶやきに典子や妙子が口をとがらせる――が、ジュンイチにとって彼女達の反応はどうでもよかった。
 なぜなら――彼女達の連れてきた“歩兵”の方がよほど問題だったから。
「ぶっちゃけ、鈴香さんか近接高ランク組の誰かに声かけると思ってたんだが……うん。相変わらず予想の斜め上を行ってくれるよ、お前ら。
 ただ、まぁ、非公式戦だもんね。学校行事でもないもんね。“学生にこだわる必要ないよね”
 だからってなぁ……」



「よりにもよって、青木ちゃんに声かけるとはなぁ」



 そう――アヒルさんチームが助っ人に選んだのは、ジュンイチの仲間のひとり、青木啓二その人だったのだ。
「青木ちゃんも何で受けるかなー?」
「別に、断る理由もないからなー」
「いや、あるでしょ。めっちゃ重要なのが」
 あっけらかんと答える啓二に対し、ジュンイチは軽くため息をつき、
「奉納試合の後、八九式を戦車道仕様に戻す作業に人手がいるだろーが。
 レオポンさんチームに徹夜させるワケにはいかないし……青木ちゃんがここで体力使い果たしたら、最悪鈴香さんひとりで徹夜するハメになるんだが?」
「………………あ」
「本気で忘れてたんかいっ!」
 呆けた声を上げた啓二に、ジュンイチが全力でツッコむが、
「ま、まぁいいんじゃないか?――」



「明日、オレが勝てばすむ話だし」



「……ほぉ?」
 ごまかすように告げた啓二の言葉に、ジュンイチが反応した。
「言ってくれるじゃねぇの。
 オレとの模擬戦の戦績、オレの方が勝ち越してんですが?」
「6:4の接戦だろうが。
 第一、負けた四割だって一度たりとも負けるつもりで挑んでないぜ?」
 言って、ジュンイチと啓二がにらみ合う――傍から見ても気圧されるほどの迫力に、鈴やはるかなどはしずかの後ろでガクブル状態だ。
「えっと……
 一番近接できそうな人ってだけで選んだんですけど……青木さんって、柾木くんとそんなに実力近いんですか?」
「“身内補正”のかかったジュンイチさんと……ですけどね」
 一方、主にジュンイチのせいでこの手のプレッシャーに慣れている面々は平気なものだ――尋ねる典子に、啓二の付き添いとしてついて来ていた鈴香が答える。
「あの二人、ブレイカーとしてはお互いの得意分野がお互いの苦手分野に刺さり合ってますから……」
「能力の優劣がつかないってことですか?」
「ブレイカーの能力を抜きにしても、技のジュンイチさんとフィジカルの青木さんで正反対ですし……とことん拮抗するんですよ」
 あけびの問いに鈴香が答えると、
「いやー、今からやる気十分でけっこう!
 これは本番が期待できそうですな!」
 目の前で荒れ狂うプレッシャーも何のその。口を挟んできたのは商工会長だった。
「今回の試合は砲弾もペイント弾ですから、思いきりやっていただいてけっこうですよ!
 戦車で建物に突っ込んでも、弁済は商工会で持ちますから!」
 そんな商工会長の乱入で毒気を抜かれたか、ジュンイチも啓二もその気迫を引っ込めた。プレッシャーから解放され、しずか達はホッと一息。
 しかし、また再燃されてはたまらないので――
「柾木。段取りの確認は任せる。
 我々は地図に記された範囲の物見に向かう」
「うい、りょーかい」
 この場はさっさと退散することにした。



    ◇



「うん、うん――わかった。じゃあ。
 ……姫。柾木くん、明日朝七時に迎えに来るって」
「うむ」
 フィールドの下見を終えて商工会が用意してくれていた宿に戻ると、待っていたのは岩牡蠣を中心とした刺身のフルコースの夕食であった。
 その味に舌鼓を打っていたらジュンイチから連絡――受けた鈴の報告に、しずかがうなずいた。
「冬はあんこう、夏は岩牡蠣かー。
 どっちも捨てがたいよね」
 大洗の名物を堪能するはるかが幸せそうにつぶやいて――外から花火の音が聞こえてきた。
 見れば、宿の窓から浜辺で行われている花火大会の花火が一望できる。料理といい眺めといい、商工会は本当にいい宿を用意してくれた。
 だが、それはつまり、明日の試合に対する自分達への期待がそれだけ大きいということで――
「……姫。
 明日、楽しみだね」
「うむ」
 鈴にうなずき返し、しずかは夜空を彩る花火へと視線を戻した。
「西住殿達も、この花火を見ているのだろうか……」
「うん、きっとね」
 うなずき、鈴もまたしずかのとなりに並び立った。
「大洗の戦車乗りはいずれも達人ぞろい。立ち合い、打ち破ることができれば我らはさらに強くなれる。
 『胸を借りる』などという殊勝なことは言わん。食い破るぞ、鈴」
「うん!」



    ◇



 そして翌日、迎えに来たジュンイチと合流し、ムカデさんチームはついに奉納戦車戦の会場へとやってきた。
 一度試合前にあいさつをすませ、その後スタート地点に移動して開始、という流れだ――現場はすでに試合前の対面を一目見ようという観客でものすごい熱気である。
(まぁ……熱気の原因は試合そのものだけじゃないだろうけどなー)
 その一方で、現状を冷静に分析して呆れているのはジュンイチだ。ため息をつくと目の前の光景へと視線を戻し、
(野郎の大部分、コイツら目当ての助平心が先行してるだろ)
 なぜかビーチバレー用の水着姿のアヒルさんチームを前にもう一度ため息。
「柾木先輩、さすがにそのリアクションは女性に対して失礼じゃないですか?」
「女の子の水着見てため息とか、デリカシーなくない?」
 そんなジュンイチのリアクションに口をとがらせるのは忍と典子で――
「そうですよ!
 ぺったんこのキャプテン達はしょうがないにしても!」
「私達はけっこう自信あるんですからねっ!」
『あ゛?』
 妙子とあけびの言葉に、アヒルさんチームの間に亀裂が走る音が聞こえた気がしたジュンイチであった。
「いや、てっきりパンツァージャケットで来ると思ってたのにそんなカッコで出て来られたらむしろ困惑の方が先行するわ。
 何そのカッコ。なぜに水着?」
「フッ、そんなの知れたことっ!」
「いや、知れてねぇから聞いてんだけど」
「我々は戦車道チームの一員にしてバレー部!」
「『元バレー部』な」
 ジュンイチが都度キレのいいツッコミが入ってもまったく気にすることなく(酷評された)胸を張る典子だったが、
「となれば当然っ!」







「この後のビーチバレー大会にも出るに決まってるでしょ!」

「それ昨日」







『………………』
 さすがにこのツッコミには場の空気が死んだ。
「…………きのう?」
「Yes.」
「もう終わってるんですか?」
「とっくに」
「私達、バレーできないんですか?」
「そうなるな」
「そこを何とか」
「ならねぇよ」
 典子、妙子、忍、あけびの順にジュンイチが答えていき、アヒルさんチームは今度こそ沈黙した。
(くっ、空気が……空気が痛い……っ!)
 戦車戦そっちのけで話が進んだ挙句一発の砲火も交えずして、どころか戦車にも乗らない内から相手が自滅。いたたまれないことこの上ない空気に鈴が内心で頭を抱えて――
「どうするのだ、柾木?
 戦う前から相手が勝手に倒れてしまったが」
(姫空気読んでーっ!)
 そんな中平然とジュンイチに尋ねるしずかの姿に、内心の愚痴は悲鳴へと変わった。
 しかし――
「まー、安心しろ」
 ジュンイチの反応は、鈴の考えていたものとは違っていた。
「松風さんの考えてるよーなことにはならんから」
「そうなの?」
「そーだよ。
 だって……」
 うなずき、ジュンイチはアヒルさんチームへと視線を戻し――

「フ、フフフ……
 私達からバレーを取り上げてモチベーションを下げようとするなんて……」
「柾木先輩らしいやり方ですね……」
「ならば、やることはひとつ!」
「バレー部の何かけて、柾木先輩に裁きの鉄槌を!」

「ショックからの逃避反応で、矛先オレに向くと思うから」
「日頃の行いだよなー」
 アヒルさんチームのとなりの啓二からツッコまれた。
「まぁ、いいや。
 とにかくパンツァージャケットに着替えてこい。そのくらいなら待っててやるから」
「えー? いいじゃないですか」
「私達は別にこのままでもいいけど?」
「いいワケあるか。安全第一っ」
 提案するが、アヒルさんチームからはブーイングが返ってきた(ついでにギャラリーの男性陣からもブーイング)。あけびや典子にジュンイチが返すが、
「私は一向にかまわんっ!」
 まるでどこぞの海王のような宣言はテケ車の方から。振り向いて見るとそこにいたのは――
「ひっ、姫!?
 なんで水着!?」
「知れたこと!
 大洗が水着で戦に臨むというのなら、我らもそれを受けて立つのみ!」
 いつの間に着替えたのか、水着姿のしずかだった。驚く鈴に対し、自信満々にそう答え、
「ほら、鈴もすぐに着替えろ!」
「え、ちょっ!? 姫ぇ!?」
「この後海で遊ぶつもりでその下に水着を着込んでいることを私が気づいていないとでも思ったか!?」
「だからってこんなところでぇっ!」
「テケ車の中ならば問題あるまいっ!」
 そして当然のように鈴が巻き込まれた。しずかによってあっという間にテケ車の中へと引きずり込まれてしまった。
 鈴がよほど激しく抵抗しているのか、中の騒ぎは軽量とはいえ曲がりなりにも戦車であるテケ車の車体をゆらゆらと揺らすほどのもので――
「ジュンイチ」
 車外に取り残される形になっていたジュンイチに、啓二が声をかけた。
「助けに行くにしても、今あの騒ぎの中突撃なんかするなよ」
「誰がするかよ。
 いくら脱ぐだけっつっても、女の子の着替えの場面に突撃するほどアホじゃないよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「そんなことしたとみほちゃん達に知れたら……お前、後で殺されるぞ?」
「ん? なんで西住さん達?」
「…………まぁ、いいや。
 とりあえずあの子達が知ったらそのくらい怒るだろうってことは覚えとけ」
 首をかしげるジュンイチに、啓二はため息まじりにそう話をしめくくった。



    ◇



 ……などというドタバタ劇がありはしたが、ともあれ両チーム共に、それぞれ決めていたスタート地点に移動して開始の時を待つ。
「アヒルさんチーム、どう出てくるかな?」
「柾木を警戒しないはずがへあるまい――おそらく、青木殿を使って我らの分断を図ってくるだろうな」
「ま、その辺が妥当なところだろうねー」
 操縦手席から振り向き、尋ねる鈴に返したしずかの言葉に、ジュンイチはあっさりと同意した。
「で……そーなるとひっじょーにマズい。
 何しろオレ達歩兵枠は今回後付け――当初の予定では戦車だけでやる予定だったからな」
「それがどう『マズい』ことにつながるの?」
「つまり、歩兵枠が追加されなかったら、オレは今でもお前らから見て“敵側”だったはずなワケで……つーか、そもそも歩兵枠の話が出るまでは実際そうだった」
「…………で?」
 鈴の重ねた問いに、ジュンイチは軽く息をつき、
「当然、出場者を決めた時も“向こう側”の視点だったからな――ガチでお前らに勝つためにアヒルさんチームにお出まし願ったんだよ」
「ちょっと!?」
「ほぅ」
 ジュンイチの答えに悲鳴を上げる鈴だが、その一方でしずかは興味部陰に眉をひそめた。
「柾木……それはつまり、アヒルさんチームは我らよりも強いと確信している、と?」
「実際そうかを決めるのはこれからだよ。
 オレは“戦車をいじればタンカスロンに参戦可能なヤツら”の中から、最強のチームを選んだ――今のところはまだそれだけの話さ」
 答えて、ジュンイチは軽く肩をすくめた。
「覚悟しとけよ――アイツらは純粋に強いぞ」
「柾木くんにそこまで言わせるなんて……」
「当然だ。
 鍛えた張本人として、アイツらが“どう”強いのかはしっかり把握させてもらってるからな。
 知識、アイデア、戦車の性能……他のチームに劣ってる部分は多々あるヤツらだがな――」



「総合的には、大洗の中でも一、二を争うトップチーム候補の一角だ」



 鈴に対しての断言と同時――開始を報せる号砲の花火が上がった。



    ◇



「……始まったようね」
「えぇ」
 商店街の一角の喫茶店――その店先のオープンカフェで奉納戦車戦開幕の号砲を耳にした少女達がいた。
 その中心に見えるのは、今やすっかりトレードマークと化した金髪のギブソンタック――そう、ダージリンを始めとした聖グロ戦車道チームの首脳陣だ。ダージリンのつぶやきに、傍らのアッサムがうなずく。
「ダージリンはどう見ますか、この勝負?」
「明白ね」
 尋ねるアッサムに返し、ダージリンは紅茶を一口。
「アヒルさんチームによる、キツネ狩りならぬムカデ狩りよ」
「アヒルだけに、おいしく食べられちゃいそうですね……」
 苦笑するオレンジペコにうなずくと、ダージリンは視線を彼女のとなりに向け、
「ジーナさんは、どう見ているのかしら?」
「概ね、ダージリンさんと同じ見立てですね」
 答えて、ジーナは花火の音の聞こえた方、すなわち、アヒルさんチームとムカデさんチームの戦っているであろう方角を見た。
「BC自由学園と戦う前、大洗での訓練の時に少し見ていた限りですけど……確かに、ムカデさんチームの二人からは素質を感じました」
「その言い方だと……」
「はい。
 確かに素質はあります――でも、それを開花させられていたかと言われたら、まだ正直うなずきかねるものがあります」
 口をはさむダージリンに対し、ジーナはそう答えた。
「もっと言うと……経験不足ですね。
 有志のまとめサイトの情報だと、ムカデさんチームのタンカスロンでの戦績の中で、規模の大きな戦いは対BC自由学園戦くらいのものです。
 格上との戦績も、そのBC自由学園とその直前の、初陣にあたるフライングタンカース戦くらいのもの。アンツィオ戦は乱入で中断されちゃいましたし。
 その後も試合自体は頻繁に行っていたようですけど……」
「アンツィオ戦での一件が大きいのでしょうね。
 ボンプルのヤイカにケンカを売った件で、どうも危険な相手だとかイロモノ扱いを受けている節がありますね」
「えぇ……
 今は組めた試合の中で着実に実力を見せつけることで、そういったイメージを払拭しようとしている段階……といったところでしょうか」
 ジーナとアッサムが意見を交わすのを聞きながら、ダージリンは再び紅茶に口をつけた。
「そんな中での、ムカデさんチームとアヒルさんチームの対戦……
 さて、ムカデさんチームはこの経験を糧にできるかしら?」
「少なくとも……鶴姫さんはする気満々みたいでしたけどね」
 ダージリンに返して、ジーナもまた自分の分の紅茶を一口。
「……この試合、今まで話した通り、ムカデさんチームの勝ち目は現状かなり薄いです。
 もし、この状況をひっくり返せるとすれば……考えられるパターンは二つ」
「ひとつは、もちろんジュンイチ様ですよね?」
「えぇ。
 ジュンイチさんが、青木さんがおそらく妨害するだろう中でどこまで好き勝手に暴れられるか。
 そしてもうひとつが――」
 ジーナがオレンジペコに答えると、ダージリンがその続きを告げた。
「ムカデさんチーム自身が、この試合の中で成長し、アヒルさんチームに追いすがることができるかどうか……」



    ◇



「柾木の言う通り、確かに相手は強力だ!
 だが、タンカスロンの土俵なら経験の分だけ我らに分がある!」
 大洗の町を走るテケ車の上で、しずかは鈴を、そして自分自身を鼓舞するように声を上げる。
「素早さに物を言わせてかき回す! 一気に詰めるぞ!」
「了解!」
 しずかに答え、鈴がアクセルを踏み込む――今回の作戦は、小細工なしの真っ向勝負。
 元々土地勘はアヒルさんチームの方が分がある。下見をしたとはいえ所詮にわかの自分達では地の利で競うには不利すぎる。
 それよりも先手を打ち、アヒルさんチームに主導権を渡さず押し切る――電撃作戦を選んだしずか達の判断は間違ってはいない。
 ただし――
(それができれば……だけど)
 ジュンイチは、こちらに向けて進攻してくるアヒルさんチームの気配を正確に捉えていた。
 彼の気配探知のたまものだ。とはいえ、今回は向こうにも同じことができる啓二がある。条件は同じ――
(――って!?)
 そこまで考えて、ジュンイチの背筋を寒気が走った。
(それって、向こうもこっちの位置把握してるってことだろうが!)
「姫ちんっ!
 こっちの位置バレてるぞ!」
「かまわんっ!
 突っ込んで先手を取r
 ジュンイチに答えかけた瞬間、視界のすみに光が走る――とっさに、しずかは鈴の背中を蹴った。
(フルブレーキ!)
 その意味を理解した鈴が全力でブレーキを踏み込む――直後、目の前を駆け抜けた“それ”が壁に当たって弾けた。
「ペイント弾――狙われた!?」
「そんな!?
 こっちを狙える位置に姿見えないよ!?」
 “それ”の正体に気づいたしずかの言葉に鈴が声を上げるが、
「やってくれるぜ……!」
 ジュンイチは何が起きたかすでに察しがついていた。
「アイツらはこのブロックの向こうの道だ!
 建物ごとブチ抜いて撃ってきやがった!」
「そんな!?
 通常の砲弾ならともかく、ペイント弾だよ!?
 それで建物を抜こうとしたら、窓とかを正確に撃ち抜かないといけないんじゃ……そんなことできるの!?」



    ◇



「キャプテン!
 サーブ、外しちゃったみたいです!」
「となると、ジュンイチのことだ。もうこっちがあっちを狙ったトリックにも気づいたぜ」
「問題なし!」
 あけびの報告と、そこから相手の様子を予測する啓二の言葉に、典子はキッパリとそう返した。
「当てられなくても、鶴姫達へのプレッシャーにはなった!
 引き続きBクイックいくよ!」
『はいっ!』
 典子の言葉にアヒルさんチーム一同がうなずき、彼女達と啓二を乗せた八九式は次の攻撃を仕掛けるべく移動を開始する。
 啓二は――動かない。
 ジュンイチが八九式を捕捉、強襲してくるのを警戒していることもあるが、理由はもうひとつ。
「青木さん」
「おぅ」
 それとは別に、もうひとつ役割があるからだ――典子に言われて、啓二は迷わず左の住宅を指さした。
 もちろん目の前の住宅を指したワケではない。指さした左手はリアルタイムで水平方向に角度を変えている。
 まるで、“その向こう側にいる本当の標的を追尾しているかのように”――
 そんな啓二の情報に従い、あけびが狙いをつけて、
「そこっ!」
 撃った。放たれた砲弾は窓から住宅の中に飛び込み、屋内を駆け抜け、窓に掛けられたよしずを吹っ飛ばしながら外へと飛び出して――



 ムカデさんチームのテケ車のすぐそばに着弾した。



「オレ達の位置を捕捉できる青木ちゃんのナビで、町をすみずみまで知り尽くしてるアヒルさんチームが建物抜きできる射撃ポイントを割り出してんだよ!」
「そんなことできるの!?」
「できるんだよ、アイツらなら!」
 一方、ジュンイチもこの第二射をもって自分の仮説が間違いないとの確信を得ていた。彼の説明を聞かされ、思わず驚きの声を上げた鈴にそう答える。
「戦車の火力不足で目立った撃破こそねぇけど、全国大会で一番走って一番撃って一番当ててたのはアイツらなんだ!
 経験者の西住さんやオレを除けば基本ドングリの背比べな大洗チームだけど、実戦経験の密度で比べればトップは間違いなくアイツらだ!」
 ジュンイチの言葉と同時、さらに至近弾の着弾。飛び散ったペイントがテケ車の車体に斑点を描く。
「ど、どうしよう、柾木くん!?」
「気持ちはわかるが真っ先にオレに聞くな」
 あわてる鈴だが、ジュンイチは軽くため息をついて答えた。
「確かにこのメンツの中で一番知識があるのはオレだろうよ。
 でも、オレはムカデさんチームの正規メンバーじゃない。あくまでゲストでしかないんだ――大将が意見出した後や、その大将から意見を求められたならともかく、まだ何も言われてない内から大将を差し置くつもりはねぇよ」
「そ、そうか……
 姫、どうするの!?」
 ジュンイチに言われ、改めてしずかに尋ねる鈴だったが、
(同じ手で対抗するのは不可能、か……
 悔しいが私の腕で同じマネはできないし、そもそも建物を抜ける位置を私達は知らない)
 すでにしずかの意識は思考に向いていた。現状を分析し、打開策を探る。
(では逆に……私達に何ができる?
 私達に何ができ、どう使えばいい?
 彼らのあの攻めを打ち破るには――)
 そして――
「……柾木」
「はい?」
「やってもらいたいことがある」
「何なりと、隊長殿♪」
 答えは――出た。



    ◇



「…………っ」
 気配を追っていた相手だ。異変があればすぐにわかる――それに気づき、啓二はすぐにその意味まで理解して眉をひそめた。
「青木さん……?」
「典子ちゃん、周辺警戒を厳に」
「え……?」
「ジュンイチの気配が消えた」
「え゛」
 簡潔な説明だが状況を伝えるには十分すぎた。啓二の言葉に、その意味を理解した典子の頬がひきつった。
「そ、それって……」
「あぁ。
 ジュンイチのヤツ……しかけてくるはずだ」
 典子に答え、啓二は周囲の気配を探る。
 相手はあのジュンイチだ。勢い任せに押していたのが一転、慎重に周囲を警戒しながら、先程までテケ車のいた通りを見回せる位置に出る。
 もちろんそこにテケ車の姿はない。青木の気配探知によると、自分達から離れるように走っている。距離を取って態勢を立て直すつもりか。
 そして、ジュンイチの気配は先ほど消えたっきり捉えられないままだが――
「青木さん、アレ!」
 典子が、道の一角のマンホールのフタが外れているのに気づいた。
「あの中に隠れたんですよ、きっと!」
 マンホールの中など人が隠れるにはもってこいだ。あの中に入ったに違いないと声を上げる典子だが、
「本当にそう思うか?」
 青木の意見は違った。
「相手は“あの”ジュンイチだぞ。
 あんな見え見えの手段に出るか?――むしろアレはオトリ。アレに気を取られたところをよそから強襲ってパターンの方がよほどありえるだろ」
「なるほど……」
 啓二の言葉に典子が納得。そうこうしている間にも八九式は問題のマンホールへと近づいていく。
 やはりマンホールに動きはない。啓二の読み通りジュンイチはそこにいないのk
(――いや、ちょっと待て!)
「止まれ!」
 啓二の脳裏で警報が鳴り響いた。とっさに忍に停車を指示する。
「どうしたんですか!?
 あそこに柾木くんはいないんじゃ……」
「もし、“アイツがそう思わせようとしてるとしたら”?」
 首をかしげる典子に返し、啓二は八九式から降りてマンホールへと慎重に近づいていく。
「アイツの手口を知ってるオレがお前らと組んでるってのに、アイツがそんな“いつもの手”に出るとは考えづらいだろ。
 オトリと見抜かれることは前提。その上でオレ達がマンホールじゃなく周りに注意を向けると想定して、馬鹿正直にマンホールから飛び出してくる可能性も……」



〈絶対、そこまで深読みしてくれると思ったよ〉



「――――っ!?」
 背後から聞こえた声に思わず振り向いて――
(ブレイカーブレス――!?)
 今の声の出所――八九式の下に転がるブレイカーブレスに気づいた。それもまた囮だと悟って――
「よぅ」
 今度こそ、肉声が背後から聞こえた。
 直後、二重の囮によって啓二が背を向ける形になった開けっ放しのマンホールからジュンイチが飛び出してきた。渾身の蹴りで、啓二を思い切り蹴り飛ばす!
「柾木くん!?」
「結局あのマンホールの中に!?」
 驚きながらもジュンイチを警戒。典子や妙子が声を上げる中、忍が八九式を後退させて――
「あぁっ!?」
 典子はジュンイチが何をしたのか理解した。
 自分達が見つけたものとは別の、より手前のマンホール――先程は閉まっていたはずの、八九式の下に隠れる形になっていたそのフタが、今は開いている。 ブレイカーブレスが転がっているのはそのすぐ目の前だ。
 おそらくジュンイチは最初からフタの開いていたマンホールから地下に入り、そこから八九式の下のマンホールへ移動。開けっ放しのマンホールを警戒して停車した八九式の車体でそのマンホールが隠れるのを待ってから予備のブレイカーブレスを仕掛けたのだろう。
 そして啓二が疑心暗鬼に陥ったところでブレイカーブレス経由での発声で八九式の下に隠れていると誤認させる――最初に開いていたマンホールへの注意を決定的に逸らし、堂々とそこから奇襲。ジュンイチお得意の心理誘導の手口である。
「相変わらず始末の悪いマネを!」
「人間、慌てりゃどうしても判断鈍るからなっ!」
 うめく啓二に言い返し、追撃してきたジュンイチが蹴りを放つ――ガードし、反撃しようとするがジュンイチがさらに蹴り。再度のガードは間に合ったが、勢いに押されて大きく後退を余儀なくされる。
「……っ、コイツ――っ!」
 と、ここに至って啓二はジュンイチの狙いに気づいた。
「オレと典子ちゃん達を引き離すつもりか!」



    ◇



「姫!」
 すでに回り込みは完了、現在目標の側面へと突撃中――八九式の姿を視界に捉え、鈴はしずかに声をかけた。
「本気でこのまま突っ込むつもり!?」
「かまわんっ!」
「あーもうっ!」
 迷いのない静香の言葉に、鈴は思い切りアクセルを踏み込んだ。
 それに伴い、テケ車は新エンジンの生み出すパワーをいかんなく発揮して加速、八九式へと突撃していく。
「ちょっ!?」
 うなりを上げるエンジン音に、八九式のアヒルさんチームもテケ車に気づく――が、その姿、その勢いに典子は頬を引きつらせた。
 単純に考えれば、いくらタンカスロン仕様に軽量化していても重量は八九式の方が上。軽量級のテケ車のぶちかましなど大した脅威ではない――ただし、“普通のテケ車なら”
 しかし相手は並のテケ車ではない。重量以外レギュレーションなし、魔改造の限りを尽くしたテケ車のスピードは十分に脅威だ。あの勢いで体当たりなどくらったら――
「迎え撃ちます!」
「違う違うっ! 退避〜っ!」
 一方、あけびはそのことに気づいていないのか、かまわず主砲を向ける――あわてて典子が待ったをかけ、忍に後退を命ずる。
 テケ車の攻撃を警戒して――しかし、テケ車は撃ってこなかった。八九式の前を駆け抜け、そのまま走り去っていく。
「あ! 逃げ出した!」
「追えーっ!」
 その姿に妙子やあけびが声を上げ、八九式もテケ車を追って走り出す――そんな光景を、近くのお店の二階、この勝負のために観客用に開放された観戦スペースから見ている者達がいた。
「うひょーっ。
 柾木のにーさんはともかく、戦車の方は気こりゃ完璧なワンサイドゲームっスね、ドゥーチェ!」
「ふーむ……」
 アンチョビ達アンツィオだ――窓から身を乗り出して二輌の戦車を見送りながら声を上げるペパロニだが、声をかけられたアンチョビは眉をひそめ、腕組みして考え込んでしまった。
「ドゥーチェ……?
 何か気になることでも?」
 そんなアンチョビに首をかしげるのはカルパッチョだ――対し、アンチョビはさらに少し考えた上で答えた。
「おそらく、だが……アレは逃げてるんじゃない」



    ◇



「八九式と青木さんの分断……ですね?」
「Yes.」
 テケ車が、八九式が目の前を横切った海産物問屋にはサンダースの面々がいた。自分の推測を口にしたアリサにうなずき、ケイは今しがた店内で買ってきたスルメにかじりついた。
「でも、相手は典子さん達だよ?
 しずかさん達じゃ、えっと……」
「そうね。
 単純な実力で言えば、サムライガール達に勝ち目はない。
 頼みのマッキーも、今のところしっかり足止めされてるみたいだし」
 一方で首をかしげるファイにも、ケイはあっさり同意して――「でも」と付け加えた。
「そんなことはあの子が一番承知のはず。
 その上で、あの子達が何を見せてくれるのか――私達はそれを見に来たのよ」
「見せてくれる余裕、あの子達にありますかね?」
「大丈夫さ」
 アリサの疑問に答えたのはナオミだった。
 そんな彼女が思い出すのは、サンダースNo.1スナイパーの目が捉えた、つい先ほど目の前を駆け抜けた時のしずかの目――
「すごく、ギラギラした目をしてた。
 もうひと味、かましてくれるんじゃないかな?」



    ◇



「あー、姫達、逃げてばっかりだよぉ」
 試合の様子は、ジュンイチの全面協力のもと、彼の飛ばしたサーチャーによって街の各所のモニターに中継されている――そんなモニターのひとつ、商工会の祭運営本部のテレビの前では、はるかがハラハラしながら試合の様子を見守っていた。
「青木さんとアヒルさんチームを分断できたはいいけど、反撃に出られてないじゃない……」
「……いえ、これは……」
 そんなはるかに異を唱えたのは、先の両チームのあいさつの後、はるかと共にここに引き上げてきて同じように試合を見守っていた鈴香であった。
「おそらく、まだ誘導を続けています」
「そうなんですか?
 もう、青木さんとは十分な距離が取れたと思うんですけど……」
「鶴姫さん達の動き……よく見てください」
 はるかに答えて、鈴香がテレビの画面を指さした。言われた通りモニターを注視するはるかだったが、
「……あ」
 気づいた。
 一見、ひたすらに蛇行運転で狙いをつけさせないように逃げ回っているように見える動きだが――
「八九式の大砲が自分達に向くのにあわせて方向転換してる……闇雲じゃない、意図的にかわしてるってこと?」
「そうです。
 ムカデさんチームにはまだ、アヒルさんチームの八九式を観察して、射線を見切り、砲撃にあわせてそこから離れる……それができるだけの余裕が残っています。
 にもかかわらず、彼女達はあんな動きを繰り返すばかりで、反撃に出ようとする動きがまるで見られない……だって、反転を試みるどころか、砲塔を後ろに向けることすらしてないんですよ?」
「つまり……姫達は反撃するつもりはない?」
「少なくとも、今のところは……
 何か、作戦上必要な別のピースがはまるのを待ってるのか、それとも、どこかに誘導しているのか……」
 はるかに返して、鈴香は壁に貼られた奉納戦車戦のフィールドマップへと視線を向けた。
 しずか達の向かう先、誘導しているとすればそこに何があるのか――
「…………あ」
 気づいた。
「そういうことですか……」
「姫の狙い、わかったんですか?」
「ええ。
 鶴姫さん達は、まず何よりも戦いの舞台に向かうつもりなのね……」
「舞台……?
 でも、姫達、もうフィールド内でバシバシやり合ってますよね?」
「えぇ、確かに。
 でも……そのフィールド内の、さらに特定の場所で戦いたいと考えて、今現在そこに向かってるとしたら、どうですか?」
 はるかに答えて、鈴香はフィールドマップの前に立ち、
「この戦いの趣旨と、行く先にある“この場所”……結びつきませんか?」
 言って、指し示したその場所は――



 大洗磯前神社。



    ◇



「住宅街を抜けた!
 神社までもうすぐだよ、姫!」
「うむっ!」
 街を駆け抜け、神社はもう目と鼻の先。告げる鈴にしずかがうなずき――気づき、鈴の背中を蹴った。意図を理解し、左にハンドルを切った鈴の操作でテケ車が背後からの砲撃をかわす。
「柾木くんはどこかな!?」
「案ずるな、鈴。
 居場所ならわかっている」
 鈴に答えて、しずかが見つめた先では、街の中で時折起きている衝撃の発生。
 考えるまでもない。あんなトンデモができるのは――
「ずいぶんと、派手にやっているようじゃないか……」
 衝撃の発生源は確実にこちらへと近づいてきている。ジュンイチと啓二も、闘いながらこちらに向かってきているのだろう。ならば今すべきはジュンイチではなく自分達の心配だ。アヒルさんチームからの追撃をかわしながら、神社へと続く坂道を駆け上がっていく。
 と――
「ん?」
 境内に出たところで“それ”に気づき、しずかは眉をひそめた。
「姫……?」
 鈴が声をかけるが、しずかは答えない。
 しずかが見ているのは、戦後に建てられた軽巡洋艦・那珂の忠魂碑。
(戦船・那珂の忠魂碑か……)
 そこからの連想と、今現在の状況とがかみ合って――
「……鈴」
 結論に至り、しずかは口を開いた。
「此度の戦の目的は相手を倒すことに非ず、奉納なり。
 なれば我らは何を奉納すべきや……」
「え……?
 姫、今さら何言ってるの? 『この試合自体が神事なんだから、神様の目の前で勝負をする』ってここでの決着を提案したのは姫だよね?
 そのために、柾木くんに青木さんを引き離してもらって、私達でアヒルさんチームをここまで誘導して……ってやったんだよね?」
「うむ。
 私もそう思ってこそ、ここまで来た」
 鈴にそう返すと、しずかは軽く息をついた。
 アヒルさんチームの八九式のエンジン音が聞こえてくる。ここまで追いついてくるのに、それほど時間はかからないだろう。
「しかしここに来て気づいた。
 ただ戦うだけでは、奉納に相応しい戦とは言えぬ」
「じゃあどうするの?」
「悠久の時を見てきた神への……神の見届けてきた歴史への敬意ぞ」
 答えて、しずかが見つめるのは、神社から見渡せる大洗の海。
「歴史……海……いや、この場合は海沿い?
 海沿いの、歴史上の戦いの再現をするってこと?」
 しずかのその言葉、その視線の意味を汲み取り、尋ねる鈴にしずかは笑みをもって返して――



    ◇



「オォッ、ラァッ!」
「なんのっ!」
 力任せ、しかしコンパクトに振られた拳を、ジュンイチは冷静にさばき、お返しとばかりに蹴りを放つ。
 そこから拳と蹴りが飛び交う乱打戦――着地と同時、石段を上るように跳びながら再び乱打を交わす。
 しずか達と、そしてアヒルさんチームと別行動となったジュンイチと啓二は、それぞれの相棒を追いながら交戦。神社の正面から石段を闘いながら上っていく。
「なるほど!
 神前を決戦の場に選んだか!」
「そりゃま、奉納のための試合だしな!」
 ジュンイチが啓二に答え、二人は石段の頂上、すなわち境内に到達し――



「海に向かえ!」
「りょーかいっ!」

『どわぁぁぁぁぁっ!?』

 飛び出してきたテケ車に危うくひかれそうになった。



『きぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!』
 一方、飛び出したテケ車もヤバかった――当然だ、軽量級とはいえ戦車が一輌、何の安全策もなしにその身を宙に投げ出したのだから。あわや転落かというところで何とか着地。さすがに悲鳴を上げるしずか達を乗せたまま石段をものすごい勢いで駆け下りていく。
「な、何だぁ……?」
「ここでやり合うつもりじゃなかったのかよ……?」
 一方、こちらの二人と何とか避けたものの両側の茂みに頭からダイブする羽目に――顔を出し、啓二とジュンイチが口々につぶやくと、
「ちょっ、ここ降りたの!?」
 驚きの声に振り向くと、驚く典子を乗せた八九式が境内の入り口、今しがたテケ車の飛び出していった鳥居のところまでやってきたところであった。
「なんて無茶苦茶!」
「これじゃ俯角をつけても撃てませーんっ!」
「この急角度じゃなぁ……」
 典子やあけびがわめくのを聞きながら、啓二が駆け下りていくテケ車を見送っていると、
「…………あ」
 ジュンイチが気づいたのは、しずかも見ていた忠魂碑であった。
「なーるへそ。
 あの姫ちんらしい発想だわ」
「んー、よくわからんけど」
 しずかの狙いを見抜いたジュンイチ――その一方で察しがつかない様子の啓二だったが、
「けど、まぁ……」
「そーゆーこった」
 お互い、やることはわかっている。すなわち――
「敵のやることだ。ジャマするに決まってるだろ!」
「させるかっつーのっ!」
 戦闘再開である。



    ◇



 石段を一気に駆け下り、海を目指すムカデさんチームのテケ車だが、対するアヒルさんチームも負けてはいない。別ルートで街に戻った八九式がすぐに追いすがってくる。
 追う八九式と逃げるテケ車、互いに砲火を交えながらの激しい追撃戦の果て、ついに両者は海岸に到達する。
 互いに仕切り直しを図ったか、どちらからともなく距離を取る――が、そこからの行動は異なるものだった。改めて突撃をかけようとするアヒルさんチームに対し、ムカデさんチームは唐突にその足を止める。
 いったい何のつもりかとアヒルさんチームが様子を伺う中、テケ車の上に姿を現したしずかが、砲弾を手に高らかに宣言する――



「遠からん者は音にも聞け!
 近からん者は目にも見よ!
 我らこそは百足組也! 此度故あって大洗磯前神社祭神に射撃奉納する也!
 互いを的にいざ一射! とくとご覧じよ!」




「なるほど……『扇の的』か」
「そーゆーこと」
 その宣言は、闘いながら追いついてきた二人にも届いていた。しずかの意図を察してつぶやく啓二に、となりのジュンイチが肩をすくめてそう答えて――
「なるほどっ! そうきたか!」
「何か納得してるけど……お前ら意味わかってる?」
「ぜんぜんっ!
 でも勝負を挑まれてることはわかったので受けますっ!」
「……後で説明してやるよ。
 けどまぁ、やる気だっていうなら……」
 納得した様子の典子に尋ねるが、自信満々に言い切られた。ため息まじりに告げると、愛用の霊木刀、“紅夜叉丸”を抜き放った。
 それで自分達を狙うつもりかと一瞬身がまえる典子だったが、すぐにそれは違うと気づく――彼のとなりの青木がそれを止めようとしないからだ。
 そんな典子の気づきの通り、ジュンイチは八九式にはかまわず、テケ車とのちょうど中間地点にまで進み出た。
「柾木くん……?」
「柾木……?」
「双方、この対決に異存なしと受け取った!
 ならばこの相対、柾木流宗家の名においてこのオレが立会人を務めさせてもらおう!」
 こちらの行動に典子やしずかが首をかしげるが、答えるよりもさっさと話を進めた方が早い。しずかに合わせ、少し大仰な言い回しでジュンイチが高らかに宣言する。
「双方、かまえ!」
 紅夜叉丸を掲げてジュンイチが号令、八九式のあけびが、テケ車のしずかがそれぞれに砲弾を込めて――と、啓二が気づいた。
 ジュンイチの掲げた紅夜叉丸がバチバチと帯電している。これは――
「それでは!
 双方――」

 柾木流――気功技!







「はじめぇいっ!」

 ――雷鳴斬!







 号令と共に、ジュンイチは紅夜叉丸に集め、高めに高めた“気”を足元の砂浜へと叩きつけた。一点集中ならぬ一線集中で叩き込まれたその衝撃によって、はね飛ばされた砂浜の砂が、八九式とテケ車、両者の間で壁を作り出す。
「なっ、何これ!?」
 突然ジュンイチの手によって作り出された壁を前に、あけびが思わず声を上げて――
「狙って!」
 しかし、典子はすでにジュンイチの意図に気づいていた。
(逸話の扇の的は波に揺られて位置が安定しなかったという……
 これはその波の代わりか)
 一方のテケ車の方でも、しずかがジュンイチの意図を見抜いていた。砂の壁に向け、照準を合わせ続ける。
(この砂はただ吹き飛ばしただけ――やがてすべてが元通り地に落ちる!)
「全部砂が落ちるか、その途中に生まれる切れ間――」



「(先に、向こう側の相手を捉えられるかの早撃ち勝負!」)



 しずかが、典子が、この勝負の本質を理解して――







 ――ズドンッ!







 響いた砲撃の音は、一発分だけであった。











 ――否、“一発”ではなかった。
「そこまで!
 この勝負――引き分けぇっ!」
 “一発”ではなく“一度”――まったく同時に発砲、まったく同時に命中。
 砲撃の音も含めて完璧にシンクロした双方の砲撃がお互いを仕留め合ったことを見届け、ジュンイチが高らかに宣言した。
〈只今の奉納戦車戦、両者引き分け!
 繰り返します、両者引き分け――〉
 それを受けて、運営のアナウンスもまた試合の結果を町中に報せる――戦いが終わって緊張感から解放されたしずかが軽く息をつくと、
「いやー、まさか引き分けとはねー」
 そんなしずかに、寄って来た八九式の上から典子が声をかけてきた。
「勝つ気でいたんだけどね」
「それは当然であろう。
 こちらも同じこと――負けるつもりで戦いに挑む者はあるまい」
 肩をすくめる典子にしずかが答えると、
「試合の勝ち負け的には、確かに引き分けに終わった――がな」
 そう口をはさんできたのはジュンイチだった。
「試合の内容――試合運びの上手い、下手で評価するなら、今回はムカデさんチームに軍配、かな」
「えー? 私達じゃないんですかー?」
「そこは身内びいきで何とか」
「それで何とかしちゃう方が評価する人間としてよっぽど問題だろーが」
 辛口な評価に口をとがらせるあけびや妙子だったが、ジュンイチはそんな二人の言い分を一刀両断。
「まず、前提として確認させてもらうが――別に、オレはオレ達大洗に勝てない相手としてムカデさんチームを選んだワケじゃない。十分にオレ達相手にも勝ち得る相手、勝敗が予想できないレベルまで強くなるだろう相手として、ムカデさんチームを対戦相手に選んだ。
 けど、だからって負けても良しとするつもりはなかった――そのために、勝てる選択と見込んで大洗代表にお前らを推した。勝てるかどうかわからんほどの相手に勝つために。
 要するに、オレはお前らとムカデさんチームの1 on 1ならお前らが勝てるだろうと見込んでた――そんなオレの予想を、姫ちん達は覆してみせた」
「改めて聞いても、私達に勝ってほしかったのか負けてほしかったのか、よくわからん評価だな」
「試合を組んだ仕掛け人としてはあくまで中立さ。そこは誓ってもいい。
 ただ、仕掛け人としてじゃなく、アイツらの師匠としては、アイツらに勝ってほしかった。だって師匠なんだから――そういうことさ」
 眉をひそめるしずかに答え、ジュンイチは「オレも複雑な立場なんだよ」と肩をすくめてみせる。
「で? 我らの試合運びが上手かったというのは、具体的には?」
「試合の根本の目的を、お前らは見失ってなかったってことさ」
 改めて問われ、ジュンイチはそう答えた上で説明してやる。
「この試合は単に勝負の勝ち負けを競うものじゃない。
 あくまで神事――神サマへの捧げものとしての戦車戦だ。
 姫ちんはその本質を見失わなかった。この戦車戦の、奉納という本質を重んじて、神事としての勝負の形に持っていった。
 戦いの勝ち負けじゃなく、共に神への捧げものをする身として、奉納にふさわしい戦いの舞台に、お前らを引きずり込んだ。
 実力の勝負じゃない、奉納にふさわしい戦いができるかどうかの勝負――である以上、強い弱いは二の次になる。
 祭の目的を果たし、同時により自分達に勝ち目の見込める勝負へと誘導した――まったく、したたかなこと考えるぜ」
「柾木くんの影響なんじゃないのー?」
「失敬な。
 オレと絡み出す前からコイツはこーだったわ」
 ツッコんでくる典子に対し、ジュンイチは心外だと口をとがらせる。
「んー、よくわかりませんけど、試合の勝ち負けよりもお祭りを盛り上げられるかどうかで勝ち負けを競える方に話を持っていったってことでいいんですか?」
「でも……それがどうしてあの一発勝負だったんですか?」
「そう急くな。
 『後で説明してやる』って言ったろ――今からその約束を果たしてやるから」
 八九式から顔を出して尋ねる妙子や忍に返して、ジュンイチは八九式へと向き直り、
「えっと……磯辺さん。
 さすがに、『平家物語』は知ってるよね?」
「そのくらい知ってるよ!
 『ぎおんしょうじゃのかねのおと』……ってヤツだよね!?」
「イントネーションが本当に理解してるのかすんげぇ不安をかき立てるシロモノだったけど……まぁそのフレーズが出てくるなら大丈夫か。
 平安時代から鎌倉時代への移行を決定づけた源平合戦を描いたこの物語のエピソードのひとつが、姫ちんがさっきの勝負のモチーフに使った『扇の的』。
 今の香川県高松市、屋島での“屋島の戦い”の合間に行われた、ちょっとした余興のお話さ」
「余興……ですか?」
「そ。
 ま、ぶっちゃけ両軍態勢を立て直す間に繰り広げられた挑発合戦の一場面さ――『挑発っていう作戦上でも意味のある行為だから史実でもあったんじゃないか』って説もあるけど、まぁ“平家物語に描かれてる”っていう点は確定の事実だから、そっちの内容準拠で説明するな」
 聞き返す忍に、ジュンイチはうなずいた。
「当時の戦は今みたいな夜戦でも視野を確保できるような照明手段はなかったからな、昼間にドンパチ、夜は態勢立て直し、たまに夜襲、ってのが基本だったんだが……その日も陽が沈んで仕切り直し、ってなった時に、平家側が挑発として余興をしかけたのさ。
 船の上に立てた竿の先に扇を立てて、『この扇を射落とせる弓の名手はいるか』ってな」
「それに、源氏側が応じたってことですか?」
「今と違って、当時は武士道との絡みで今以上に個々の面子が重視されてたからな。
 『こんな挑発されて黙ってられるか』ってことで、メンバー選考の末に那須与一が挑戦。射程、波、風、夕暮れの暗さの四重苦を乗り越えて見事一発で命中させてみせた……って話さ」
 あけびに答えるジュンイチだが、アヒルさんチームからするとわからないことがもうひとつ――
「でも、ここは大洗ですよ?
 なんでここで、香川県での戦いの話が出てくるんですか? 海ぐらいしかつながる要素見つからないんですけど」
「確かに、直接は関わらないよ――『扇の的』も、那須与一も」
 首をかしげる妙子に、ジュンイチは「予想通りの質問が来たなぁ」と内心苦笑しながら答えた。
「ただ、那須与一を連想させるものはあるんだよ。
 ジモッティーのお前らは大して意識しちゃいないだろうが、さっき出向いた大洗磯前神社には、太平洋戦争中に運用された軽巡洋艦、那珂の忠魂碑があるのさ。
 那珂の名前の由来は那珂川。そしてその流域には那須与一の出身地である那須がある――はい、つながった」
「なるほどっ!」
「理解してくれて何よりだ」
 ようやく納得した典子に苦笑し、ジュンイチは肩をすくめた。
「海という舞台にふさわしく、なおかつ歴史、転じて伝統にも配慮――このシチュエーションには最適なお題だ。
 あの那珂の忠魂碑でそこまで連想できたとは大したものさ。この試合の本質を理解していたからこそできた芸当だな」
「試合自体の勝ち負けが引き分けで、内容の評価では我らの方が上……
 それはつまり、総合的には我らの勝ちという解釈でいいのか?」
「あくまで引き分けじゃドアホウ。
 内容面の評価は所詮オレの、お前らの共通の師匠としての個人的評価でしかないんだからな……とはいえ」
 負けん気を発揮してくるしずかにそうツッコんで、ジュンイチは付け加えながらもう一度八九式へと向き直った――ただし、今度はにらみつける形で。
「その“内容”的には、アヒルさんチーム側にいろいろとアレな部分があった点にも助けられてるワケだし」
「え、えっと……柾木くん……?」
「実力的にはじゅーぶん勝ちを狙えたはずなのに、まんまと五分の条件の勝負に持ち込まれやがって」
「ちょっ!?
 柾木くんだってノリノリで立会人を申し出たクセに!」
「お前らが勝負に乗ったから、な。乗らんかったら普通にそのまま戦闘続行しとったわ。
 それに……建物抜きなんて“お遊び”せずに一気にムカデさんチームを叩きにきていれば、そもそも磯前神社まで逃げられる前にケリをつけられたと思うが?」
 反論を試みる典子だったが、ジュンイチも迷うことなく一蹴する。
「な、なんか……この流れって……」
「イヤ〜な予感が……」
 いかん、ジュンイチから自分達への評価がやたらと辛辣だ――顔を引きつらせる妙子やあけびが救いを求めるように啓二へと視線を向けるが、
「……アーメン」
『見捨てられたーっ!?』
 神妙な顔で十字を切られた。
「まぁ、そーゆーリアクションするってことは、オレがどういうジャッジを下すか、予想はついたってことかな?
 そいつぁ実に都合がいい。手間が省ける」
 そして、ジュンイチのそんな言葉と共に――



「未履修組の“新人研修”、再訓練枠で参加な」

『イヤァァァァァッ!』



 “死刑宣告”が突きつけられた。



    ◇



「……驚いたな。
 まさか西住殿が見送りに来てくれるとは」
 奉納戦車戦の撤収も終わり、いざ帰ろうと大洗駅へ――そこで待っていた意外な人物に、しずかは思わず感嘆の声を上げた。
「試合前は馴れ合いをしたがらないだろうと思って……でも、もう試合も終わって、気にしなくてもよくなりましたから」
「姫と同じようなこと考えてたみたいだね」
 答えるみほの言葉に鈴が耳打ちしてくる――敬意を払う人物と考えが一致していたことに気持ちは舞い上がるが表には出さない。代わりに鈴を照れ隠しにヒジで小突いておくが、
「それに……」
 みほの語る“理由”には続きがあった。苦笑まじりに傍らへと視線を向け、

「せっかく……死に物狂いで期末の赤点回避したのに……」
「結局……“新人研修”、再訓練……」
「終わった……私達の夏休みは、終わった……」
「というか……死ぬ。今度こそ死ぬ……」

「……一番見送りに立つべきだろう人達が、あの有様なので……」
 ジュンイチからの“死刑宣告”に呆然自失となっているアヒルさんチームを前に、申し訳なさそうにしずかに語る。
 ちなみに当の“死刑宣告”を下した張本人はここにはいない。明日までに八九式を戦車道仕様に戻す作業のために、啓二と共に自動車部のもとへと向かった。今頃はすでに作業の真っ最中だろう。
「もう帰っちゃうんですね……」
「ゆっくりしていけばいいのに」
「明日はエキシビジョンマッチもありますよ!」
「かたじけない。
 私達も明日の戦い、この目で見たかったが……商工会の宿が一泊限りだった上に延泊できるだけの懐の貯えもなくてな」
 もちろん、この場に来ているのはみほだけではない。あんこうチームの面々もせいぞろいだ。華、沙織、優花里から口々に別れを惜しまれるが、しずかはそうはいかないと肩をすくめる。
「そんなにお金厳しいの?
 タンカスロンで賭けやってる胴元からの賞金とかグッズの売り上げとかでそこそこ潤ってるって言ってなかったっけ?」
「そのお金、テケ車のバージョンアップに全部突っ込んじゃったから、次のグッズ売り上げの入金まですっからかんなのよ」
 首をかしげる沙織に答えたのはムカデさんチームの財布を握るはるかで――
「大丈夫だよ。
 それならジュンイっちゃんちに泊まrむぎゅ」
「はい、会長は黙る」
 今までずっと静かにしていた、どうせまた寝ているんだろうと思われていた麻子が動いた。いつからいたのか、ひょっこり顔を出してきた杏を止めた。
 だが――
「ご厚意かたじけない」
 しかし、しすかは改めてそう断ってきた。
「友誼を結びし我らだが、競い合う敵同士であることもまた確か。
 またいずれ、いずこかの戦場にて――次こそは、大洗女子に勝つ所存」
「負けませんっ」
 それは敵対しているからではない。友人、ライバルだからこその宣戦布告――だから、みほも笑顔で受けて立つ。しずかもまた不敵な笑みを返し、二人はしっかりと握手を交わすのだった。



    ◇



 みほとしずかがいつの日か対戦しようと約束し合うその一方。港では――
「………………」
 ひとりの男が、停泊する大洗女子学園の学園艦を見上げていた。
 スーツをピシッと着こなし、眼鏡をかけた、いかにも事務方といった印象の男だ。
 そんな彼の脳裏によぎるのは、つい先日上司から“それ”を言い渡された時の記憶――

 

「……今、何と?」
 告げられたその言葉がにわかには信じられず、男はずり落ちた眼鏡を直しながら聞き返した。
「何だね? 聞こえなかったか?」
「いえ……そういうワケでは……
 しかし、その話は撤回の方向で進んでいたのでは?」
「その撤回が、さらに撤回となった……そういうことだ」
 だが、そんな男の動揺など、彼の上司はまるで意に介さなかった。戸惑う男に対し平然と言い放つ。
「しかし、私は彼女達と約束を……」
「約束? 契約書はどこにあるのかね?」
「しかし、曲がりなりにも全国大会の優勝校を、というのは……」
「今まで実績のなかった学校が、全国優勝とはいえたったひとつの実績でその穴埋めに足りるとでも?
 世間の話題などすぐに消える。問題はあるまい」
「ですが、それがこれからも続いたら?
 今年度の大会は、夏休み明けにもまだ全国規模のものが複数控えています。
 そこでも結果を出されてしまうと、話題性どころかこの話の正当性そのものが……」
「その心配は無用だ」
「と、言いますと?」
「ちょうど、夏休みに入るじゃないか」
「まさか、この夏休み中に!?
 それこそ不自然でしょう! 年度中にそんな――」
「やめたまえ」
 食い下がる男だが、上司はそんな彼のしつこさにしびれを切らしたのか、少し強い口調で言葉を重ねてきた。
「暗にこう言っているのがわからんかね?
 『決定事項だ。逆らうな』――と」
「………………っ」
 ハッキリと拒絶を明言され、男は思わず歯がみした。
(何だ、これは……)
 しかし、納得したワケではなかった。
 いや――納得する・しない以前に、あまりにもこの状況が不可解すぎて、理解が追いついていない、と言った方が正確か。
(どういうことだ……?
 なぜ、この話をこうも急ぐ……?)
 この夏休みの間にカタをつけろ、など、いくら何でも性急すぎるし、何より不自然にもほどがある。
 特に、こんなことをセンセーショナルな話が大好きなマスコミが見逃すはずがない。必ず食いついてくるだろう。
 そうなれば痛くもない腹をさんざん探られた挙句、あることないこと書き立てられていらぬ風評被害を被る恐れもある。
 良くも悪くも保身に長けた彼らがそのことに思い至らないとは思えない。にもかかわらず、こうして強行しようとしているということは――
(そのリスクを踏んででも、強行しなければならない理由ができた、としか思えない。
 撤回させないように圧力がかかった……? 上から……いや、外からか……?)
 何かきな臭いものを男が察して――そんな彼に上司は告げた。
「すでにプランはこちらで作成しておいた。君はそれに沿って進めてくれればそれでいい」
「それはつまり……」
「そういうことだ。
 辻くん、君が責任者となって進めるのだよ――」











「大洗の、廃校をね」









 

 大洗女子学園を新たな危機が襲うまで、あと一日。


 

 

 

 

 

 

To The Next Stage...

 

 

 

ガールズブレイカーパンツァー

5th stage
〜大洗存亡編・Part 1〜

 

COMING SOON


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第49話「チャーチル見ぃーっけっ!」


 

(初版:2020/06/22)
(第2版:2020/10/05)
(次回予告追加)