夜が明け、すっかり明るくなった大洗の空に、何発もの花火が打ち上がる――エキシビジョンマッチ当日、空はこれ以上ないほどの快晴であった。
そんな中で、ジュンイチの姿は未だ艦上学園都市にあった。
しかも――病院という、彼にとっては非常に縁の薄そうな場所に。
その上、中に入るでもなく正面入り口の脇、自社“MTGS”の車の前で待機中。そう、これは――
「お待たせ!」
「あわてんな。時間通りだ。
まずは――」
「退院おめでとう、諸葛さん」
出迎えだ。
◇
いつかの練習試合の時と同じく、アウトレットモールには観客席が設置されている。
すでにお客の入りが本格化しつつあるが、中には少しでもいい席を取ろうと早朝から待ちかまえていたか、とっくに観戦準備まで万端という人もチラホラと見える。
「ぅわー、もうあんなに人がいるよ」
そんなアウトレットモールの様子を大洗マリンタワーの展望台から見渡して、沙織が思わず感嘆の声を上げた。
もちろん沙織だけではない。作戦を改めて煮詰めたい、そのために見晴らしのいい場所に行きたいと言い出したみほに付き添う形で、明の迎えに出向いたジュンイチを除くあんこうチームの面々がせいぞろいしている。
そして、言い出しっぺのみほは――
「ここの道はダージリンさんは知ってる……こっちも。
この十字路からあっちへ……ダメだ、見晴らしがいいから狙われちゃう」
現在、地図と大洗の街並みを交互に見ながら作戦の思案中。
「ねぇ、作戦どうするの?」
「やっぱり地の利を活かして各個撃破ですか?」
「うん……一応、柾木くんと話した基本方針ではそういうことに……
でも、どこに戦車を伏せたらいいか……」
沙織や優花里に答えると、みほは再び考え込む。
「アヒルさんチームが前にやったみたいな立体駐車場とか……」
「でも、ダージリンさん達には同じ手はきっと通用しない……
それに、今回は土地勘のない知波単もいるし、前回ほど柔軟なゲリラ戦は難しいと思う……」
「アヒルさんチームが昨日見せた建物抜きも警戒されるだろうな」
意見する華だが、みほはそれに難色を示し、麻子もさらなる懸念材料を示す。
と――
「基本は昨日の試合と一緒だよ」
そんなみほ達に声をかけてきたのは――
「柾木くん!
じゃあ……」
「うん。
私もいるよ、西住さん」
ジュンイチだ――彼がここにいる意味に気づき、声を上げたみほに答える形で、後ろに控えている明が姿を現す。
「諸葛さん!」
「あきりん!
退院オメデトー!」
「退院、朝一番でしたよね?
直にこっちに来たんですか?」
そんな明の姿に、華や沙織、優花里が歓声と共に駆け寄る――その一方で、嬉しいことに変わりはないが感情むき出しに喜ぶタイプではないと自覚している麻子は、あえて輪には加わらずジュンイチに話の続きを促すことにした。
「昨日の試合と同じ……とは?」
「奉納試合と同じ、イベント戦だってことさ。
個人的感情として負けるのはイヤだからとーぜん勝ちは狙わせてもらうが……それと同時に、これは“お祭り”なんだ。
お祭りである以上、盛り上げて楽しんで、思う存分堪能しなきゃもったいないだろ」
「楽しむ……?」
「そ。
確かに、このイベントでのオレ達の立ち位置は出し物を提供する側だ……でも、だからって、オレ達がこのイベントを楽しんじゃ駄目だったワケでもあるまい?」
「あー……そういえば、奉納戦車戦の相手を探してる時もそんなこと言ってたよね。
『やってる自分達が楽しめないようなものを観客が楽しめるもんか』って」
「覚えてたか。それと同じだよ。
増してや、『どうせなら勝ちたい』以外に勝たなきゃならん理由のない、負けてもリスクのない試合なんて最初の模擬戦以来なんだぞ。この機会を逃す手はねぇさ」
「柾木殿……それってつまり……」
「『勝ち負けも大事だけど、まずは自分達も楽しもう』ということか?」
みほに答えたジュンイチや彼の言葉に納得する沙織――彼らのやり取りから意図を察した優花里や麻子が口をはさんできた。
「そうですね。
絶対に負けられないワケじゃないんですから……楽しく戦車に乗ったっていいんですよね」
「まずは楽しむ! それで勝てればさらにサイコー! だね!」
「そーゆーこと」
納得する華や沙織にジュンイチがうなずくと、
「うーん……」
「…………?」
明が、今の一連のやり取りを聞いたみほが何やら考え込んでしまったことに気づいた。
「西住さん、どうかした?」
「あ……ううん、大丈夫。
そうだよね……今回は、勝ちにこだわる必要ないんだよね……」
首をかしげる明に、我に返ったみほが答える――負けてもいい、なんて、勝利を至上命題とする西住流では考えられないことだった。
だが、自分はもう西住流の戦車乗りではない。対外的な示しもあって破門という厳しい形を取らざるを得ない事情はあったが、自由に戦車道を楽しんでほしいと言う母の計らいで西住流の枠から解き放たれた身の上だ。
西住流の、勝つための戦車道にこだわる必要はない。なら、みんなの、ジュンイチの言うように、“まずはとにかく楽しむ戦車道”も悪くないのではないか。
戦車道のあり方はひとつではない――それは、大洗で戦車道を再開して、隊長として様々な学校の、様々な戦車道に触れて学んだことだった。
だから――
「作戦が決まりました!」
晴れやかな笑顔で、みほはその場の一同に告げた。
第49話
「チャーチル見ぃーっけっ!」
〈それではっ!
第63回戦車道全国大会優勝記念エキシビジョンマッチの開始を、ここに宣言しますっ!〉
参加する全選手、全戦車が開会式のために集まった、メインの観客席のある大洗アウトレットモール。
放送で大洗の町中に開会宣言するのは大洗女子学園放送部の王大河。何度か取材を受けているのでジュンイチもみほも知った顔だ。
最後に両チームの主要メンバーがあいさつを交わすと、それぞれが戦車に乗り込みスタート地点へと移動する。
ルールは例によってフラッグ戦。大洗・知波単連合はみほ達あんこうチームのW号、聖グロリアーナ・プラウダ連合はダージリン達のチャーチルが担当だ。
そんなこんなで到着した大洗・知波単連合のスタート地点は役場の南にあるサンビーチキャンプ場。隊列を整え終えて、みほが試合開始の号砲を待っていると、
「…………ん」
開始ギリギリまで外にいようと出てきていたジュンイチが顔を上げた。
しばし耳を澄ませて――知波単チームと行動を共にしている仲間に声をかける。
「橋本ー。
そろそろ車内に入って待機しとけー」
「ジュンイチ……?」
「あー、橋本くん、言うこと聞いといた方がいいよー」
首をかしげる崇徳に答えたのは沙織だった。
「柾木くんの耳が、上空監視の審判機が飛んできた音を捉えたんだよ。
だとしたらもうすぐ試合開始だから」
「今回は何でしょうかねぇ?」
沙織が崇徳に説明する一方で、戦車だけでなくミリタリ全般も大好きだと公言する優花里がW号の車内から顔を出してきて――
「銀河でありますね!」
そんな声が知波単チームの中から上がった。
九五式軽戦車から顔を出してきた声の主は、戦車帽の下から二本の三つ編みを垂らした、大きな丸眼鏡が特徴的な小柄な少女だった。
「わかるでありますか、福田殿?」
「エンジン音でわかるでありますっ!」
ついつい口調がうつってしまった優花里だが、当の福田と呼ばれた少女はかまうことなくそう答える。
やがて頭上に飛来したのは、太平洋戦争時代の日本軍の双発型爆撃機。機種は――
「ホントに銀河でしたね……福田殿、大正解です」
「柾木くんはわかった?」
「音ではわからんよ、さすがのオレでもな」
感心する優花里をよそに尋ねる沙織に、ジュンイチは肩をすくめてそう答え、
「現在現役で戦場飛んでる近代機なら音紋分析余裕なんだけどなー……できなきゃ死ぬようなトコでドンパチやってたし」
続くコメント……特に最後の部分は全力で聞こえないフリをする沙織であった。
「銀河ということは、日戦連の審判機で間違いないでしょう。
きっと近くの茨城空港から離陸したんですね」
「うん、飛んできた先とかは割とどーでもいいから」
「久々に扱いが悪い!?」
一蹴された優花里が悲鳴を上げるが、ジュンイチはかまうことなく息をつき、
「それより、そろそろ開始だ。意識切り替えろ。
しがらみ抜きに思いっきりやれる初めての試合だ。しっかり楽しませてもらおうじゃねぇか」
「もちろん、『その上で勝ちに行く』んですよね?」
「とーぜんっ!」
華の指摘に、車内に入ったジュンイチが自信タップリに胸を張り――試合開始を告げる花火が上がった。
◇
「全車発進」
「いくわよ、みんな!」
当然、試合開始の号砲はアクアワールド前に陣取って開始の時を待っていた聖グロリアーナ・プラウダ連合にも届いていた。ダージリンとカチューシャが号令をかけ、両チームの戦車が一斉に動き出す。
「ジーナさん、お願いね」
「わかってます」
そして、彼女達も――ダージリンに声をかけられ、ジーナはチャーチルの車外に出た。
「ライカ! やられたりしたらシベリア送りだからね!」
「えっと……補習だっけ?」
もちろんこちらもだ。発破をかけるカチューシャの言葉に、ライカはため息まじりにライフルを手に立ち上がる。
「ジュンイチさん、どう出てくるつもりでしょうか……?」
「まず間違いなく、先手を取りに来るわね」
話を振ってきたジーナに、ライカは迷いなく断言した。
「その根拠は?」
「それが本来のアイツのスタイルだからよ。
先手と奇策珍策のオンパレードで相手を引っかき回して、戦いのペースを握らせない……
聖グロもプラウダも、その辺は骨身に染みてるんじゃない?」
「確かに、ね……」
自分の問い返しに返してきたライカの言葉に、自分達と大洗との練習試合を思い出したダージリンが苦笑する。
「では、守りを固めて彼の先制攻撃を防ぎますか?
この戦力ならば、おそらくそれも可能かと」
「普通ならそれでいいかもしれないけどね……相手はアイツよ。
ジュンイチにとって、戦力の多い少ない・強い弱いなんて関係ないわよ」
IS-2を寄せて来て会話に参加、提案してくるノンナだが、ライカはため息まじりに「それは通用しない」と否定した。
「その場の現状を即座に把握して、それを最大限に利用する策を即興でひねり出すのがアイツだもの。
守りを固めたところで、どう固めてるかを分析された上でその隙を突く作戦に切り替えられるのがオチよ」
「分析して切り替え、って……そんな簡単に……」
「もちろん簡単な話じゃありません。
でも……ジュンイチさんは、まさにそれを可能にするための訓練を積み、実戦でそれを磨いてきてるんです」
困惑するオレンジペコにはジーナが答えた。
「訳あって単独で部隊や組織を相手にするためのスキルを磨く必要があったジュンイチさんは、その場その場で刻一刻と変化する状況を瞬時に把握して、それに対応する対応能力を徹底的に磨き上げてるんです。
状況を把握した瞬間、即興でも五、六個は取り得る策がポンと出てくるそうですから、そこに熟考する時間を与えてしまおうものなら……」
ジーナの説明に渋い顔をするのは、まさに全国大会でその実例をやらかしてしまったカチューシャだ。
「今から接敵までの時間を考えると、アイツがこっちの様子を捉えて、策をひねり出すには十分すぎる時間よ――『みほの作戦を邪魔しないような作戦を立てなきゃならない』って条件をつけた上でも、ね」
そう説明をしめくくると、ライカは軽くため息をつき、
「結論として、攻めに出たアイツに対して受け身は基本NG。
アイツから主導権を死守するには方法はひとつ――」
◇
その頃、ジュンイチはみほ達とは別行動を取り、ダージリン達の気配を目指して街の上を駆けていた。
商店や住宅の上を飛び移り、ショートカットでほぼ一直線の突撃。おかげでみほ達から独り突出してしまっている――が、かまわない。
(まずは出鼻をくじかせてもらうぜ!)
撃破はできれば良し、程度にしか狙わない。まずは相手に勢いをつけさせないことを優先する。
方針を頭の中で確認し――
「――――っ!?」
気づき、身をひるがえす――直後、一瞬前まで自分の身体があった場所をそれが貫いた。
銃弾の軌道すら見切る、ジュンイチの(文字通り)人間辞めてる動体視力が捉えたそれは――
(ライフル用ペイント弾!)
“狙撃用”というライフルの役割を考え、近距離射撃時の被弾者の安全性を意図的に度外視。一般銃器用のそれよりも強固なカプセルでライフルの長距離射撃に耐え得るよう開発された、ライフル専用のペイント弾だ。
「ライカか!」
相手側の人員でこんな攻撃をしてくる人間がいるとすれば、とジュンイチが狙撃手の正体を予測して――
「ところがどっこいっ!」
「――――っ!?」
真下から襲撃してきた伏兵は、まさに自分が狙撃手だと予想したその人だった。飛び出してきたライカが、伸ばした警棒でジュンイチの腹へと一撃を見舞う!
――が、
「……あっぶねー」
「チッ……!」
防がれた。腰の帯から半ば引き抜かれた紅夜叉丸によって腹への一撃を受け止められ、ライカが舌打ちする。
が、攻撃の手は休めない。こっそり“力”で空中に身を留めたまま回し蹴り。
対するジュンイチは避けず、受ける。防御の上からとはいえ、思い切り叩きつけられた一撃で吹っ飛ばされるが、
「……やってくれるわね」
悔しげにうめいたのは、ライカの方であった。
(わざと蹴り飛ばされた――距離を取られた!)
ジュンイチに、自分の蹴りを利用されたと気づいたからだ。
(くっそー、してやられたぜ……)
だが、出し抜かれたのはジュンイチも同じ――違いと言えばそれを表情に出しているか否か、ぐらいのものだ。
(真っ当に近接型のジーナをぶつけてくるかと思いきや、いくら近接もできるっつってもガンナーのライカを突っ込ませてくるとはね……)
しかし、相手がこう出てくるとなると――
(スナイパーはライカ以外の誰か……
ジーナはないとすると、戦車要員の誰か。つまりそいつが抜けてる戦車はその分戦車の戦力がダウンしてるってことだ)
もしその戦車がみほ達から狙える位置にいてくれれば、それはみほ達による絶好の攻撃チャンスということだ。
こちらに気取られないレベルで自分の気配を隠したまま狙撃してきたことといい、かなりの腕だ。ライカやジーナが教えたにしても、全国大会から今日までの短期間でそれだけの隠行を習得し得る、聖グロリアーナ、プラウダの砲手――
「アッサムかノンナのどちらか、か……」
◇
「ライカさんの接近の成功を確認しました」
〈了解。
ならすぐに戻ってきて――彼のことだから、スナイパーの正体があなたかノンナさん、くらいのところまではもうしぼり込んでるはずよ〉
「わかりました」
歩兵用のレシーバーを介しての無線でダージリンとやり取りを交わすと、アッサムはスナイパーライフルを手に屋根の上から離れた。
そう、ジュンイチの読み通り、狙撃手の正体はアッサムだったのだ。
今回は参戦した四校すべてに歩兵を参加させている。ならば狙撃してくるならばその歩兵の誰かに違いない――ジュンイチからすればそんな思考の裏をかかれた形だ。
ジュンイチの智謀ならばそれも読まれるリスクはあったが――今回は無事賭けに勝てたようだ。
「しかし、彼が先行してきたということは……」
〈そうね。
彼の目的はおそらく露払い。みほさん達は前回同様に地の利を活かして堅実に攻めてくるつもりでしょうね……〉
〈私達の予想した通りに〉
告げるダージリンの言葉に、アッサムはチャーチルとの合流地点に向かいながらうなずく――ダージリンからは見えていないだろうが、上官であると同時に親友でもある彼女のことだ。アッサムの無言だけでも肯定の意は伝わったことだろう。
〈だからこそ好都合。
こちらからもそれを見越して動いてる。そう簡単には――……っ〉
「ダージリン……?」
〈アッサム、すぐに戻って〉
突然口をつぐまれ、声をかけるアッサムに対し、ダージリンは簡潔にそう答えた。
〈前言撤回よ。
最初の読み合い、出し抜き合いは……引き分けのようだから〉
「それは……」
〈えぇ。
一勝一敗。私達がジュンイチさんの読みの裏をかいたように……〉
〈みほさんに、私達の読みの裏をかかれてしまったみたいだから〉
◇
前回同様、ジュンイチにダージリン達の足止めを任せ、その隙に大洗チームは市内各地に伏せ、地の利を活かしたゲリラ戦に持ち込んでくる――それがダージリン達の読みであった。
そんなダージリン達に対し、みほが選んだ戦術は――
突撃であった。
大洗、知波単両チームが一体、一丸となって、一気に攻め込んだのだ。
対し、ダージリン達は大洗が真っ当にゲリラ戦を仕掛けてくると読んで、隊をいくつかに分けて互いをカバーし合う策をとっていた――みほ達の突撃は、このダージリン達の策の穴を突く形となった。
だが、ダージリン達が読み違えたのも無理はない。元々奇策・珍策を駆使して戦い抜いてきた、戦力不足によってそうした戦い方をせざるを得なかった大洗が、いくら知波単と組んで戦力を補えたと言ってもそれまでの蓄積をポンと放り出して突撃に出るなど、誰が想像できるだろうか。
しかも――
「いやー、こんな突撃ができるなんて思ってなかったです!」
「これ、興奮しますね。とっても積極的です」
「そうそう! 男の子を落とす時と同じだよ! 押して押して押しまくるっ!」
「落としたことないクセに」
「麻子ひっどーいっ!」
テンションの上がる優花里や華、ボケツッコミを繰り広げる沙織と麻子。友人達の様子にみほはクスリと笑みをもらす――そう、彼女達は純粋にこの状況を楽しんでいた。
ジュンイチの提案した“楽しんで勝つ”を今回の基本テーマに掲げた大洗・知波単連合は、自分達も、見てくれている、応援してくれている観客達も楽しめるもの、という前提で作戦を立てた。
その結果選んだ策が、自分達にとっても初体験であり、知波単チームが大好きであり、派手で観客受けの良い開幕直後の正面突撃。
それが、ゲリラ戦での各個撃破という“勝つための策”をとってくるだろうと読んだダージリン達の裏を期せずしてかく形となったのだ。
「まさか、フラッグ車を前面に出してまで突撃してくるなんて……」
オマケに、本来一番やられたら困るフラッグ車のW号がよりにもよって最先鋒という前のめりっぷり――今までの大洗の戦術から完全に逸脱したこの状況に、ダージリンは内心で舌打ちしながらうめいた。
(やられたわ……
こちらが大洗のやり口を読んで対策するのをさらに読んでくるだろうとは思っていたけど……まさかここまでこちらの読みを外してくるなんて……)
この心の声をみほが聞いたら『ごめんなさいただ楽しそうだからやってみただけなんです』と平謝りであろう――未だみほ達の真意に気づかないダージリンだが、それでもできることはある。
「後続の全車輛に通達。直ちに右の黒松林に移動。
それと別働隊へ、『接敵。これよりゴルフ場にて持久態勢をとる』と伝えなさい」
すぐさま指示を伝えると、 ダージリン指揮下の戦車が一斉に動く。きれいに統制のとれた動きで黒松林へと姿を隠す。
「あのままみほさん達のW号を撃てば、試合は終わったんじゃないですか?」
ダージリンのお茶の支度をしながら質問するオレンジペコだが、ダージリンは首を左右に振った。
「あの距離では、当たっても撃破はできないわ」
「でも」
「その間に肉薄されて、こちらが撃破されてしまうわ」
「なるほど」
ダージリンの説明に、オレンジペコは納得したようだ。
「戦況を素早く確認して、彼我の戦力差から最適でなくても次の行動を判断し、命令を下す。
これが指揮官に派必要な能力よ――あの柾木くんだって、これができているからこそ、あの奇策の山が繰り出せるのよ」
「柾木様も……ですか?」
「そうですね」
思わず聞き返すオレンジペコだが、ダージリンが答えるよりも早く声を発したのは、車外で周囲を警戒しているジーナだった。
「本人曰く『ふざけているからって、油断しているとは限らない』……
あの人、あんな滅茶苦茶な戦い方をしている一方で、実は状況をすごく細かいところまで見てるんですよ――そうして得た情報をもとに、蓄えた膨大な戦略や心理学の知識を用いてシミュレーションをしているんです」
「心理学……なるほど、相手が自分達の行動に対してどう反応するか、戦略、戦術だけじゃなく、相手の性格や心理まで含めて予測している、と」
「その通り。
私達から見ても大した深慮遠謀の持ち主だけど……やっていることの根本は私達と変わらない。
基本がしっかりしているからこそのあの力……やっていることが同じであるなら、きっと私達もあの高みに到達できるはず」
ジーナとオレンジペコのやり取りに口をはさみ、ダージリンはオレンジペコへと微笑んでみせる。
「あなたが今後聖グロリアーナを背負って立つように、私も大学で改めて上り詰めてみせるわ。
お互い精進しましょう、オレンジペコ」
「精進はしますけど……柾木様のようになってしまうのは、ちょっと……」
「彼の滅茶苦茶ぶりまでは真似なくてもいいのよ、ペコ」
◇
「ちょっと! なんでそんなあっさり前線抜かれるのよ!
ライカを貸してあげた意味ないじゃない!」
「今回は防衛線を敷いてませんから」
一方、こちらはプラウダチームで編成されている別働隊その一。ダージリンからの連絡に憤慨するカチューシャに、ノンナがしれっとそう答えた。
「ノンナ、直ちに私達も追いかけるわよ。
足の遅い戦車はそこの海岸に伏せておいて」
「了解しました。
ニーナ、ヴォストーク地点にて待機」
カチューシャに答えたノンナがKV-2、その車長のニーナに指示。他の戦車はカチューシャやノンナに続いて隊列を組んでダージリン達の向かったゴルフ場へと急ぐ。
足の遅い戦車を残してまで迅速に動いたのが功を奏したか、黒松林を視界に捉えた時、そこには黒松林に突入しようとしている大洗・知波単連合の姿があった。
「見つけたよ!
全速前進! このまま大洗の尻尾にかみついて、じゅーりんしてやるのよ!」
このまま大洗・知波単連合に襲いかかれば、ダージリン達とで挟撃できる。そう判断したカチューシャが指揮下の車両に指示を下して――
爆発の嵐がプラウダ戦車隊を襲った。
放物線を描いて降ってきた多数の物体が、カチューシャ達の周囲で次々に爆発したのだ。
「手榴弾!?
まさかアイツが!?」
何が起きたのかはすぐにわかった。なので犯人として真っ先に思い浮かんだ男の姿を探して――
「残念でした♪」
大洗・知波単連合が黒松林に突入していったポイントから、カチューシャから見てやや手前――そこにひとりの少年の姿を見つけた。
「ジュンイチなら、まだまだライカに足止めされてるよ」
「アイツ……柾木ジュンイチの仲間の!?」
「橋本崇徳……っ!」
そう、崇徳だ。不敵な笑みと共に腕組みして仁王立ちしているその姿に、カチューシャやノンナがうめく――もちろん、ジュンイチと同様に崇徳が思念通話の回線を開いているので、両者の声はしっかりお互いに届き合っている。
「アイツ、柾木みたいに私達と戦うつもり!?
でも、おあいにくさまっ! アイツみたいなマネがそうそうできてたまるもんですか!
全軍、アイツは無視! どーせ何もできないわ! それよりミホーシャ達を追うわよ!」
「んー……特に間違った判断じゃないね、それ」
しかし、カチューシャは今は崇徳の相手をするよりもみほ達の追撃を優先した。彼女の指示をしっかり広い、崇徳はうんうんとうなずきながら右手を軽く挙げて――
「オレが単騎で来てると決めつけてなきゃ、完璧だったね」
その手を振り下ろすと同時――崇徳の背後の“茂みが発砲した”。
――否、“茂み”ではない。
その正体は、茂みに擬装した戦車だ――最初から、大洗・知波単連合は戦力の一部を合流してくるであろう別働隊への備えとして割いていたのだ。
足止め部隊は突撃する大洗本隊について行きはしたが、それはダージリン達や観客に全軍での突撃だと思い込ませるためのブラフにすぎなかった。実際には突撃には加わらず、少し手前で茂みに扮して潜伏、カチューシャ達を待ち受けていた。
崇徳の本当の役割は、その足止め部隊に気づかせないための囮役。あえて姿をさらして足止めの意思を見せることで、ジュンイチという先例を知っていたカチューシャ達はまんまと彼が単騎だと思い込まされてしまった、というワケだ。
しかも、そうやって擬装した戦車の砲撃の中には、一際強烈なものが混じっている。これは――
「88ミリ!?」
「ポルシェティーガーがいますね」
そう、大洗の戦車の中でも、火力と装甲では最強レベルを誇るポルシェティーガーがいる、ということだ。
それ以外にも、飛来する砲撃の中には75ミリ砲によると思われるものまで。これをうかつに受ければ、プラウダの戦車ではひとたまりもない。
(厄介な……っ!
この位置取り、下手に進路を変えたりすれば側面を狙われる……
後退する……? ダメだ。それじゃ遠回りになってゴルフ場への突入が遅れる。その間にダージリンがやられちゃったら……っ!)
「……何とか突破するしかないみたいね」
「了解です、同志カチューシャ」
かと言って、迂回も後退もこの状況では悪手ときた――意を決し、カチューシャはノンナに突破を指示する。
「向こうの歩兵に気をつけて!
ジュンイチみたいに何をしでかすか!」
「今のところは戦車の観測手に徹しているようです。
こちらに仕掛けてくる様子はありませんが……おかげで、敵の砲撃がなかなかに際どくて厄介です」
「ホントにタチが悪いわね!
攻めてきても攻めてこなくても厄介って何よ!」
ノンナに崇徳の様子を聞けば、それはそれで面倒なことになっているようで、カチューシャは思わず憤慨して声を上げる。
崇徳が積極的に攻めてこないのは、おそらく自分が攻めるよりも戦車のサポートに徹することで、この足止めの壁をより分厚くするためだろう。カチューシャ達がこれを突破するには、まだまだ時間がかかりそうであった。
◇
「こんな言葉を知ってる?
『逆境は実力ある人間の味方』と」
「お言葉ですが、あまりにも逆境すぎやしませんか?」
披露した格言は、返ってきた言葉の刃によってあっさりと一刀両断された。
「芝の緑が目に染みるわ」
「ここはバンカーです」
「……ペコ、最近少し返しがキツくない?」
「ダージリン様に鍛えられましたから」
さらに返す刀が二、三……何だか思っていたのとは少し違った方向にたくましくなっているオレンジペコからのツッコミに、ダージリンは軽くため息をついた。
彼女達の話している通り、今いるのはゴルフ場のバンカーの中。カチューシャ達に連絡した通り、ゴルフ場での持久戦に持ち込むことにしたダージリンが即席の籠城先に選んだのがここだった。
事前の下見でここが他よりも深いバンカーであると把握していたのがその理由。ここなら大洗や知波単からはチャーチルやマチルダの、特に装甲が強固な砲塔部分しか狙えない。
その上ダージリン達からは見上げる形になるので、戦車の中でも比較的装甲の薄い底面を狙いやすい。みほ達もそれがわかっているから、うかつに距離を詰められない。
もちろん、ダージリン達にしても今現在安全が確保できているのはこのバンカーの中に籠城しているからこそであるから、うかつに外に出ることもできない――と、いうワケで、現在この場の戦闘は完全に膠着状態。どちらも相手に牽制の砲撃を放つのが精一杯という状態が続いている。
今はプラウダの援軍が到着するまで耐えしのぐしかない。おかげで目まぐるしく指示を下す必要のないダージリンはティータイムを楽しむ余裕があるのだが――
「ペコ」
「紅茶がなくなったわ、おかわり」
「……どうぞ」
落ちついているのは彼女だけだ。牽制の砲撃に神経を割いている他の面々はそうもいかない――装填し終わったところに紅茶のお代りを求められ、オレンジペコはため息まじりに紅茶を注いだ。
――が、そんな雑念がいけなかったのだろうか。
「うーん、芳醇な香りね。
やはりペコの淹れる紅茶は最高……あら?」
「どうかしましたか?」
「茶葉が」
「し、失礼しました。ただちに……」
どうやら茶葉が混じってしまったようだ。あわてて代わりを用意しようとするが、
「いいわよ、このままで」
しかし、ダージリンはそんなオレンジペコを制止した。
「ほら」
「はい……?」
「茶柱が立ったわ」
促されて見てみれば、確かに件の茶葉は縦に浮いている。
が――
「イギリスのこんな言い伝えを知ってる?
『茶柱が立つと、素敵な訪問者が現れる』」
「お言葉ですがもう現れてます。素敵かどうかはさておき」
やっぱりバッサリ斬り捨てられて、ダージリンはため息をついて――
「あー、ダージリンさん?」
声をかけてきたのは、降り注ぐ砲撃を意に介さず車外で相手の様子を伺っていたジーナだった。
「その茶柱、ひょっとして堅くないですか?」
「堅い……?」
その問いに、オレンジペコは件のことわざの詳細を思い出す。
茶柱の堅い、柔らかいは、訪問者が男か女かを暗示するもののはず。確か茶柱が堅い場合は――
「――まさか!?」
「はい。
おいでになりましたよ……この状況ではちっとも素敵じゃない、殿方の訪問者が!」
オレンジペコに答えたジーナの言葉と同時、チャーチルの目の前に何かが落下した。
衝撃で舞い上がる砂塵の中起き上がるのは――
「いたたたた……っ!」
「ライカさん!?」
その正体に気づいたオレンジペコが声を上げた。
彼女がここに落ちてきた意味に気づいたからだ。
そして――その予感は的中した。
「チャーチル見ぃーっけっ!」
ジーナの言う通り、敵に回すと厄介極まりなく、ちっとも素敵じゃなくなる男の訪問者のお出ましだ――ライカを叩き落として阻む者のいなくなったジュンイチが、落下の勢いそのままにチャーチルへと襲いかかる!
懐から両手にククリナイフを抜き放ち、二刀流でチャーチルへと斬りかかり――
「させませんっ!」
阻む者はもうひとり――ジーナが鉄扇を広げて立ちふさがり、ジュンイチの斬撃を受け流すようにさばく。
「ま、そりゃ防ぐわな!
ずっとダージリン達の直衛に張りついてたみたいだしっ!」
「そういう――ことですっ!」
ジュンイチに言い返し、ジーナは鉄扇を閉じ、警棒のように振るう。ガードしたジュンイチを、力任せにバンカーの外まで弾き飛ばす。
「相変わらずの馬鹿力!」
「身体能力強化に定評のある、“地”属性ですからっ!」
うめくジュンイチに言い返し、ジーナは後を追ってバンカーから飛び出し、バンカーの外でジュンイチと斬り結ぶ。
あわよくばみほ達の砲撃の邪魔になるような位置でジュンイチと闘いたいところであったが、ジュンイチもそれを見越していたのか飛び出した先はバンカーをはさんだみほ達の反対側だ。
しかも――
「みぽりん! 柾木くんが!」
「柾木殿なら、上から戦車を襲うのは私達よりもずっと安全で簡単なはずです!」
ジュンイチの登場は、みほ達からすれば膠着した状況を動かしてくれるに違いない救いの手だ。歓喜の声を上げた沙織や優花里はもちろん、大洗チーム全体がジュンイチの登場に明らかに士気を増している。
「柾木くん!
ジーナさん達をかわして、チャーチルをバンカーから追い出せますか!?」
「おっまかせ〜♪」
みほからの要請に、ジュンイチは軽いノリでそう答えて――
「なぁにが……『おっまかせ〜♪』よっ!」
その声と同時――バンカーの中で衝撃が巻き起こった。
吹き上がる砂の中、飛び出してきたのは――
「ちょっ!? ライカ!?
何か怒ってないか!?」
「うっさい、このバカ!」
そう、ライカだ――いきなりの怒りに困惑するジュンイチに言い返し、思い切り彼を蹴り飛ばす。
が、ジュンイチも負けてはいない。あっさり立て直して着地、ライカに向けて反撃とばかりに突撃をかける。
「なぁにみほ達の声援でテンション上げてんのよ!
女の子連中にチヤホヤされて調子乗ってない!?」
「ハァ!? 誰がチヤホヤされてるって!?」
そのまま、目で追うのも難しいほどに高速の乱打戦に突入――ジュンイチがライカに言い返すと、互いに弾かれるように距離を取り、
「自覚がないのは――」
「――――っ!?」
「こういう時は罪ですよね!」
そこへジーナが飛び込んできた。今度はジュンイチとジーナで乱打戦となり、
「もらったぁっ!」
さらに、ライカが大きく飛んで上からジュンイチを狙う。
「ハーレムキングに制裁をぉっ!」
「だぁれがハーレムキングじゃあっ!」
しかし、ジュンイチも即対応。ジーナを蹴りで追い払うと紅夜叉丸でライカの警棒を受け止めて――
『ん』
みほ達だけではなく、ダージリン達も――敵味方、戦車の内外を問わず、彼の人となりを知るその場の全員がジュンイチを指さした。
◇
「はわぁ……」
大洗アウトレットモール以外にも、観客席は複数個所に用意されている――そのひとつで、ハンディビデオカメラを回すことも忘れ、呆けるようにモニターに見入っている少女の姿があった。
その身にまとうのはベルウォールの制服――そう。個人的事情からみほとの鉢合わせの可能性を懸念したエミから偵察の任を仰せつかった渚だ。
モニターに映し出されているのは、ジーナとライカを同時に相手取っているジュンイチの姿――どうやら、膠着状態に陥った戦車戦よりも目まぐるしく動き回っているこちらの方が中継映えすると判断されたようだ。
「柾木先輩、すごい……」
西グロとの試合の時にもジュンイチの立ち回りは見ていたが、あの時とは動きのキレが一味も二味も違う。あの時の動きよりもさらに上があったのかと驚かされる――が、
「しかも、そんな柾木先輩とまともにやり合ってるなんて……」
こちらも十分に驚きだ。二人がかりとはいえ、ベルウォールの二大巨頭、音子や千冬ですら相手にならなかったあのジュンイチと体術でまともにやり合える人間がいるとは――
(……あれ?
でも柾木先輩、確か……)
――いや、違う、と渚は気づいた。
そうだ。彼女達だけではない。
もうひとり、彼女達よりも先に、ジュンイチと体術で真っ向から張り合った人物を自分は知っている。
先の全国大会決勝戦、戦車の援護を受けながらではあったが、あのジュンイチをあと一歩のところまで追い込んだ人物――
そんなことを考えていたので、
「ったく、何やってるのよ、アイツ……」
「――――っ!?」
まさにその人物、本人の声が突然聞こえて来て、渚は心底驚いた。
「完全に中継乗っ取ってるじゃないの」
「いや、中継がアイツ寄りなのは中継してるスタッフの仕業であって、アイツらは悪くないんじゃ……」
「えぇっ!?」
それに、この場で聞くとは思ってなかった声まで――さらに驚かされながら渚が振り向くと、そこには思った通りの人物が二人。
「逸見エリカさん!?
それに……柾木先輩!?」
「これ……絶対またいつものパターンだよね?
オレとジュンイチを間違えるっていう」
「不満ならもう少し見た目に違いを作る努力をしなさいよ。
服の色ぐらいしか違う要素がないって、何その初期のマリオとルイージ状態」
「善処します……
……あー、とりあえず、お嬢さん。オレはジュンイチじゃなくて、アイツの双子の兄の、柾木鷲悟ね」
「え!? あ、す、すみませんっ!」
――訂正。“思った通りの人物”はひとりだけでした。
「で? アンタは何なのよ?
見たところ聖グロでもマジノでもサンダースでもアンツィオでもプラウダでもないみたいだけど、何でアイツのこと『先輩』なんて言ってんのよ?」
「あ、えっと、その……」
改めて尋ねるエリカだが、相手は元々気弱な渚だ。エリカの鋭い視線にしどろもどろになってしまい――
「どうした、エリカ?」
不意に、新たな声がエリカにかけられた。
「あ、隊長」
「まほさん」
「えぇっ!?
黒森峰の、西住まほさん!?」
そう、まほだ――エリカや鷲悟の反応に、声の主の正体に気づいた渚は再び驚きの声を上げた。
そんな渚の声に、まほは彼女に気づき、
「その制服……ベルウォールか?」
「は、はいっ。
ベルウォール学園一年生、戦車道チームの、白鳥渚ですっ」
まほの指摘に、渚は緊張もあらわに気をつけして答えて――
「ベルウォール……あ、それだ」
気づいた鷲悟が、ポンと手を叩いた。
「それって、どれよ?」
「いや、その子がジュンイチのことを『先輩』って言ってた理由。
ジュンイチ、確かそのベルウォール学園に少しの間ヘルプに出向いてたんだ……でしょ?」
「は、はい。
エミさん達と一緒に、私もいろいろ教えてもらって……」
エリカに答え、話を振ってくる鷲悟に渚が答えて、
(『エミ』……?)
そこに挙がった名前に、まほが反応していた。
(確か、みほの小学校の頃の友達に、そんな名前の子がいたような……)
「要するに、いつもの『敵に塩を送る』パターンなワケね……」
一方で、エリカは鷲悟の説明に深々とため息をついて、
「……つまり、また他所の学校と縁を作ったワケだ、アイツ」
「また人間関係がややこしくなるようなマネを……」と呆れるエリカに、鷲悟は少しばかり首をかしげていたが、
「……あぁ、ヤキモチ」
次の瞬間――瞬時に身体能力にブーストをかけたエリカの拳が、いらんことを言った鷲悟の顔面に叩き込まれた。
◇
その頃、市内の別の場所――試合のフィールドに指定されていない、ゴルフ場を見渡せる高台の道路には、一台の車輛が停車していた。
日本では博物館、それも車専門のところにしか置いてなさそうなそれはフィンランドで使われている路面電車の架線補修用の高所作業車だ。
そしてその荷台にいるのは、継続高校のミカとアキ。ミッコも一緒に来ていたのだが、「お腹すいた」と言い残して商店街の屋台村へと突撃していったきり音沙汰がない。大方試合開始に伴って市内のあちこちが立ち入り禁止になったことでここへの帰り道を寸断されてしまったのだろう。
「エキシビジョンってカッコイイよね〜」
戦況を見ながらアキがつぶやきと、ミカがポロンとカンテレを鳴らした。
「かっこいい……それは戦車道に必要なことかな?」
「え〜?
じゃあ、ミカはなんで戦車道やってんの?」
「戦車道には人生の大切なことがすべてつまってるんだよ。
でも、ほとんどの人がそれに気づかないんだ」
「何それ」
ミカの答えに、アキが呆れまじりにミカの方を見て――
「……ミカ?」
ミカは、試合が行われている街の方を見てはいなかった。
彼女の視線が向けられているのは、海……いや、港か。
そこにあるものと言えば――
(大洗の……学園艦?)
いったいそこに何があるというのか。尋ねようとアキが口を開き――
「あれ!? ミカじゃない!」
言葉を発するよりも早く、新たな声の乱入を受けた。
振り向いてみると、やってきたジープの車上からこちらを見上げる見覚えのある人物が。
「サンダースの……ケイさん?
それに、アリサさんに、ナオミさん……あれ? 前よりひとり増えてる?」
そう、ケイだ――アリサとナオミにも気づいたところで、もうひとり、ファイの存在に気づいてアキは首をかしげた。
「おや、サンダースの……大会前の練習試合ぶりだね。
キミ達も試合の見物かい?」
「まぁね!
見晴らしのいいところで見たくてね……先客がいるのには気づいてたけど、まさかあなた達だったなんてね!」
「えっと……」
ミカとケイが親しげに話すのを前に、アキは少し考えて、
「……よかったら、ご一緒しますか?」
ケイ達に、提案した。
◇
一方で、ゴルフ場の膠着状態は未だ継続中。ダージリン達もみほ達も動きがとれず、プラウダチームも大洗・知波単連合側の足止め部隊に釘づけ。
今までならこういう時はジュンイチが突拍子もない手段で状況を動かしてくれたものだが、今回は彼もジーナやライカの相手でそれどころではない――それでも闘いの合間にダージリン達の立てこもるバンカーに手榴弾をポンポン投げ込んでいる辺りはさすがと言うべきなのかもしれないが、逆に言えばそのくらいのことしかできないでいる、ということだ。
「……いくら親善試合とはいえ、油断しすぎたのでは」
しかし、いくら膠着状態とはいえ、包囲している側である大洗・知波単側とされている側である聖グロ側とではおのずとプレッシャーのかかり具合が違ってくる。味方が一向に戻ってこないこともあり、いい加減焦れてきたアッサムがダージリンへと声をかけた。
「そうですね……
この包囲はスコーンを割るように簡単には砕けません」
「落ちつきなさい。
いかなる時にも優雅であれ……それが聖グロリアーナの戦車道よ」
アッサムや、それに同調するオレンジペコに答えて、ダージリンは紅茶をすすり、
〈こちらプラウダ隊〉
そこへノンナから通信が入った。
〈すみません。
敵の足止めに思った以上に粘られていまして〉
「遅いからもしかしたらと思っていたけど、やっぱりそういうことだったのね……
いいわ。みほさん達が戦力を割いているとわかっただけでも収穫はあったわ」
〈ですが……もうひとつ〉
答えるダージリンだったが、ノンナにとっての“本題”は別にあったようだ。
〈橋本崇徳……そちらに行っていますか?〉
「橋本さん……?
いえ、見てないわね」
外で歩兵同士で戦っているのは、ジュンイチ、ライカ、ジーナの三人だけ。フリーならばその隙を突いて自分達を襲うこともできるだろうに、そんな気配もない。崇徳はこちらには来ていないと考えるべきだろう。
〈実は、こちらの足止め部隊のサポートをしていたのですが、いつの間にか姿を消していまして〉
「何ですって……?」
ノンナの言葉に、ダージリンは眉をひそめた。
(プラウダ隊の前から姿を消して、かと言って私達の方にも来ない……?)
では、崇徳はどこへ消えたのか。
次の作戦のための工作か、それとも――
「……まさか」
◇
「急ぎますわよ!
ダージリン様の一大事! チョッ早いで駆けつけますのよ!」
三つに分けられた聖グロ・プラウダ連合の部隊、その最後のひとつは機動力重視の快速戦車隊であった――となれば、それを率いるのはもちろんこの人。聖グロ最速の呼び声も高い、クルセイダー巡航戦車隊の隊長、ローズヒップである。
ダージリンに忠実な彼女は、ダージリン率いる本隊が突撃を受けたと聞いてすぐさま急行しようとした――が、ここで彼女達自慢の足の速さが災いした。
相手がゲリラ戦に出てくると考えていたことから、速度任せに突撃、みほ達が姿を隠す前に強襲を仕掛けようと考えたのだが、結果として同じく突撃を選択した大洗・知波単連合とものの見事にすれ違っていた――おかげで、本隊が襲われたと知った時にはすでに主戦場から遠く離れてしまっていた。
結果、指揮下の戦車の速力の限りを尽くしても合流がこんなにも遅れてしまった。早くしなければダージリンが――
しかし、ローズヒップの受難はまだ終わらなかった。
「――――っ!?」
ダージリンの立てこもるゴルフ場への道中、行く手の道路にそれを見つけた。
「お、来た来た」
足止め部隊から離れ、姿を消していた崇徳だ――やってきたローズヒップ隊を前に、懐から取り出した三節棍を連結させ、かまえる。
「橋本様!?」
「オレの戦車道、対戦車戦、正真正銘のデビュー戦だ!
派手にやらせてもらうとしようか!」
驚くローズヒップに崇徳が言い放ち――
「てっ、転進〜っ!」
「って、えぇっ!?」
崇徳と接敵するよりも早く、ローズヒップは手前の十字路で右折。後続の戦車もそれに倣う。
「え!? ちょっと!?」
「ジュンイチ様のお仲間なら、きっとえげつない攻撃をしてくるに決まってますわ!
ここで壊滅させられるのは、ダージリン様の望むところではありませんの!」
これには正直意表を突かれた。予想外の反応に戸惑う崇徳に、ローズヒップが言い放つ。
「――って、逃がすかよっ!」
思いもよらない展開に一瞬呆然となるが、すぐに我に返って追撃――地を蹴り、崇徳はあわててローズヒップ達の後を追う。
だが、崇徳は元々異能者としては防御と広域攻撃に特化したタイプ。相手の攻撃を受け、耐え抜き、広範囲攻撃で薙ぎ払う、要塞の如き戦い方が専門だ。
当然、得意とするのは相手を待ちかまえて迎え撃つ迎撃戦であり、だからこそローズヒップ達の進路上に先回りし、待ちかまえていたのだが――追撃戦になってしまっては自身の持ち味も何もない。
正直な話、彼の異能の特性は追撃戦には致命的に向いていない。身体能力の強化も速度の向上にはそれほどリソースを割いておらず、加えて相手はスピード自慢の快速戦車隊。(それでも一般人よりははるかに速いが)速度に難のある崇徳ではなかなか追いつけない。
「くっそ、ジュンイチのヤツ……!」
そんな中で崇徳が考えるのは、この状況を作り出した原因とも言える仲間のこと。
さっきのローズヒップの言の通りなら、彼女は「崇徳によってジュンイチと戦った時と同じ目にあわされるのでは」と考えて逃げた、ということだ――アイツがあの子にいらん苦手意識を植え付けたせいだ、と八つ当たりでしかない怒りがわいてしまうのも無理はない。
というか――
(つか、あの猪突猛進の申し子みたいな子が迷うことなく逃げの一手なんて……)
「あの馬鹿、ヒップちゃんにいったい何したんだ!?」
◇
「戦車ごと高さ三メートルのところから叩き落としましたが何か?」
「誰と話してるんですか!?」
「気にすんな!」
ツッコミと共に鉄扇で打ちかかってくるジーナに言い返し、ジュンイチは苦無とククリナイフの二刀流で彼女やライカと渡り合う。
「橋本さん、ローズヒップ達のところに現れたそうよ。
やはり、あなた達を足止め部隊に任せて、単騎で彼女達の足止めに向かっていたようね」
〈そうですか〉
一方で、ダージリンはローズヒップから崇徳による襲撃の報せを受けていた。知らせる彼女の言葉に、無線の向こうでノンナがうなずく。
ともあれ、一応は大洗・知波単の全戦力の所在がハッキリしたワケだが……
(気になるのは、どこまでが向こうの思惑通りなのか、という点ね……)
崇徳がローズヒップの前に現れたのはあらかじめ予定していた作戦の内だったのか、それとも現場の判断か。自分達がこうしてバンカーで立てこもるのは、果たしてみほ達は予想していたのか。
考え得る多数の可能性――そのほとんどが却下しようがないほどに有り得るのが大洗の怖いところだ。戦車道の戦術を理解し、真っ当に“戦術の裏をかく”みほに、相手の性格や心理から状況に対してのリアクションをシミュレートすることで“思考の裏をかく”ジュンイチ。この二人の二枚看板態勢である大洗の戦術の幅は他校の比ではない。どちらが立てた作戦か、この一点だけでもその後相手が取り得る作戦の内容はガラリと変わってくる。
(とはいえ……現状ではその辺りを見切るには情報不足ね。
読み負ければ洒落にならない相手と戦っているだけにもどかしいところだけど……)
しかし、現状わかっている情報だけではハッキリしたことはわからない。ならば今は考えるよりも目の前のことに集中すべきだと意識を切り替える。
とりあえず、今すべきことは――
「ペコ」
「はい?」
「紅茶のおかわりを」
「…………はい」
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第50話「日本語で話しなさいよ!」
(初版:2020/10/12)