「……動きませんね……」
 膠着状態に陥ってから、どのくらい経ったろうか……バンカー内に立てこもったダージリン達の戦車に動きがないのを照準越しに確認し、華は砲撃の合間にぽつりとつぶやいた。
「ホントだねー。
 何だか余裕って感じ」
「身動きが取れないのはお互い様ですからねー」
 そんな華に同意する沙織には、優花里が砲弾を装填しながら答える。
「ダージリン殿達のことですから、きっと紅茶でも飲んでるんじゃないですか?」
「じゃあ、私達は緑茶でも淹れますか?」
「ミルクセーキがいい」
 続ける優花里に乗っかってきたのは華と麻子だ。提案する華へと振り向き、麻子がリクエストしてくる。
「大丈夫ですよ、冷泉殿。
 卵も牛乳もクーラーボックスに入れてきましたから、作れますよ!」
「おぉ……」
「用意がいいですねぇ」
「聖グロが“あぁ”ですから、みなさんも何かしら飲みたくなるんじゃないかと思って、みなさんの好きな飲み物は一通り」
 感心する麻子や華に優花里が答えて――
〔ホットココアある〜?〕
〔闘いの最中に何リクエストしてるんですかっ!
 あと、私は麦茶をお願いしますっ!〕
〔ジーナも何ノってんのよ!?
 それならあたしだってコーヒー要求するわよ! なおブラック!〕
「柾木殿は余裕ですねぇ……」
「というか、なんかジーナさんやライカさんまで注文してなかった、今?」
「一応、用意してる中にありますから大丈夫ですけど……」
「というか、バンカーの向こう側からここまで飲みに来る気か、アイツら」
 そこにしれっと混ざってくるのはジュンイチ――かと思いきや彼だけではなく、彼と闘っている側のジーナとライカまでもが乗っかってきた。ジュンイチ によるあんこうチーム全員への思念通話に乱入してくる形で二人からもリクエストが入り、優花里や沙織が「毒されてるなぁ」と苦笑、麻子が呆れる。
「みぽりん、どうする?」
 そして、沙織が話を振ったのは車長席のみほだ。問われて、みほは少し考えて、
「発砲をやめてください。
 敵の別動隊が到着するにはまだ時間があります。今の内にゆっくり前進して、包囲の輪をせまくしていきます。
 安全な地形を確保しつつ、近距離での確実な撃破を目指しましょう」
 みほから返ってきたのは作戦の指示。「ドリンクについて聞いたんだけどなー」と苦笑するが、みほのやる気を削ぐのもアレなので沙織はツッコミの言葉を呑み込んだ。
 そんな沙織によって、みほの指示が指揮下にいる本隊の各車へと伝えられる。それを受けて、みほが改めて指示を出す。
「時間はあるので慎重に。
 それじゃあ、パンツァー、フォー!」
 その言葉に、みほ以外のあんこうチームの面々はすぐに車内に引っ込んだ。間をおかず彼女達のW号戦車が発進。その後にカメさんチームのヘッツァー、カバさんチームのV突、ウサギさんチームのM3、アヒルさんチームの三式が次々に続いていく。
 ――が、
「……あれ?」
 みほが、知波単の面々にまったく動きが見られないことに気づいた。
 麻子に指示して、知波単の隊長車、旧砲塔チハのとなりに停めてもらうと、みほはその上に立つ絹代へと声をかけた。
「あ、あのう……」
「…………西住隊長」
 反応はすぐに返ってきた。別にこちらの指示を聞いていなかった、聞こえていなかった、というワケではないようだ。
 だが、みほを見返す絹代の瞳は揺れていて――
(戸惑ってる……?)
 それが困惑によるものだとみほが気づくと、絹代が口を開いた。
 曰く――



「……ぱんつぁー・ふぉーって何ですか?」



「……あー……」
 納得した。
「えっと……ドイツ語で、『戦車前進』って意味です……」
「おぉっ! なるほどっ!
 前進の命令だったんですね! 勉強になりますっ!」
 みほの答えに、一転して満面の笑みを浮かべた絹代が声を上げた。
「戦車前進!」
 そして、改めて絹代からの命令が下り、知波単チームの戦車が動き出す。それを確認すると、みほも改めて大洗チームに前進を指示する。
 少し進んで、ダージリン達の立てこもるバンカーの少し手前、若干高台になっているところの手前でみほは全車を停車させる。
 この高台を完全に上り切ってしまうと、ダージリン達から戦車の底面を狙われてしまうからだ。
 とはいえ、向こうから狙いやすい場所を避けた結果、こちらの狙いにくい状況も変わっていないのだが。先頭のみほがキューポラの上から身を乗り出して、ようやくマチルダやチャーチルの砲塔部分が見える程度だ。
(『銃ゲーの基本として、自分が狙える位置は相手からも狙える。これが怖い』かぁ……)
 以前、FPSゲームで遊ぶジュンイチのプレイを見物させてもらった時にされた解説をふと思い出す。
 ついでに聞いた対策では『相手に気づかれずに狙えるポジションを取り、気づかれないまま、気づかれても狙われる前に仕留める』と言われたが――
(この状況じゃ難しいよね……)
 相手にしっかりとこちらの位置を把握されている状況では使えない方法であった。
〈アヒルさんチーム、アタックいけます!〉
〈ウサギさんチーム、砲撃準備できました!〉
〈大丈夫だにゃ!〉
〈砲撃準備よし!〉
〈はじめちゃっていーよー〉
 典子、梓、ねこにゃー、エルヴィン、杏――本隊側にいる大洗チームの各車輌から次々に報告が入る――ので、
「こちら攻撃部隊。
 レオポンさん、そちらはどうですか?」
〈じわじわ来てるよー〉
 足止め部隊の様子を確認。沙織の問いに、ポルシェティーガーのナカジマから返事が返ってくる。
〈えっと……〉
〈あと五分ってところかな!〉
〈OK……あと五分だって!
 仮にこの予想より長くもったとしても、それほど延びないだろうねー。橋本くん、クルセイダー隊の方に回っちゃったから〉
 ナカジマに告げた別の声は砲手のホシノか……いずれにせよ、五分という見積もりは信用してもいいだろう。レースという勝負の世界で以前から戦っていた彼女達の勝負勘は十分に信用に値する。
「あと五分だって!」
「わかりました」
 沙織からの報告に、みほは深呼吸して思考をめぐらせる。
(あと五分で、ダージリンさんを撃破できる……?
 もし間に合わなかったら……?)
 不安に駆られるが――そこで、バンカーの向こう側で闘うジュンイチの姿が見えた。
(そうだ……柾木くんなら、こんな時……)
 それがみほにとってのヒントになった。もう一度息をつくと、みほは顔を上げた。
「攻撃部隊全車、号令と同時に攻撃開始。
 プレッシャーをかけるのが目的なので撃破できなくても大丈夫です。
 ダージリンさん達に圧力をかけて、バンカーからいぶり出すことを考えてください。
 それでは……攻撃開始!」
 みほの下した号令を合図に、各車がダージリン達の立てこもるバンカーに向けて砲撃を開始する。
 轟音が次々に響き――そんな中、みほは無線を介して呼びかける。
 その相手は――
「えっと……西さん。
 少し……いいですか?」

 

 


 

第50話
「日本語で話しなさいよ!」

 


 

 

「……当てる気、ないな」
「ないですね」
 大洗・知波単のスタート地点。
 設置された大型モニターで戦車を送り出したサポートメンバー達が試合を観戦する中で、啓二のつぶやきに鈴香は迷うことなく即答した。
「命中よりも攻撃の回転率を優先させてます。
 たぶんこれは、ダージリンさん達にプレッシャーをかけることを目的とした砲撃……」
「それは私も思ったけど……」
 と、鈴香の話に口をはさんできたのはあずさだ。
「それ、あんまり良い手じゃないんじゃない?」



「『良い手じゃない』……?
 どういうことですか?」
 こちらでも、あずさと同じ疑問に至った人物がいた。一般の観客席のひとつで、尋ねる渚に言い出した張本人のまほは軽く息をつき、一拍おいた上で解説を始めた。
「相手をしているのがダージリン達だけなら、堅実で悪くない戦術だ。
 だが、現実には二つの別働隊がいて、しかもその足止めは芳しくない。
 残り二つの部隊がゴルフ場に突入してくれば、包囲されるのはみほ達の方だ」
「この状況、持久戦になれば有利なのはグロプラ連合の方……
 大洗・知波単連合は、そんな持久戦にまんまと乗っかっちゃってるってことっスよね?」
「『まんまと』ではないと思うけどね」
 そう鷲悟に答えたのはエリカだ。
「みほが戦況の把握を疎かにするとは思えないもの。
 プラウダ隊の足止めが長くもたないことも、クルセイダー隊の動きも、わかった上であぁしてるはずよ」
「エリカの言う通りだ」
 うなずくと、まほは中継のモニターへと視線を戻した。
「つまり、一見すると悪い手だが、みほはそれをわかった上で、何か考えがあって、あえてあぁしているということだ。
 さて、あのダージリン達の厚い守りを、みほ達はどう突破するか……見物だな」



    ◇



 次々に放たれる砲撃が、バンカーに向けて降り注ぐ――が、元々有効打を狙える位置が隠れた状態での闇雲な砲撃な上に相手の装甲も厚い。マチルダやチャーチルにはなかなか有効打を与えられない。
 それでもかまわない。下手な鉄砲何とやらとばかりに大洗・知波単連合の戦車は砲撃を繰り返す――そんな中、知波単の旧砲塔型のチハと大洗のV突の砲撃が、同じマチルダへとほぼ同時に命中した。
 一瞬の後、マチルダから揚がる白旗――撃破に成功した。
「おぉっ! 聖グロリアーナ撃破!」
「快挙であります! 大戦果であります!」
「記念撮影急げ!」
 この戦果に、知波単陣営は大騒ぎ――実は、審判のところに届いた判定装置の記録によるとチハではなく同時に着弾したV突の砲撃による撃破となっているのだが、そのことを知る由もない彼女達のテンションは舞い上がる一方だ。
 なので――
「西殿! 後は突撃あるのみです!」
 知波単の悪い癖が出た。
「その通り! 突撃は我が校の伝統です!」
「突撃以外に何がありましょう!」
 次々に上がる突撃を求める進言に、絹代は思わずみほへと視線を向けた。
 その視線が意味するのは――
「突撃――っ!」
 しかし、そんな絹代が動くよりも早く、知波単の車長のひとり、細見が勝手に号令を発して突撃を始めてしまった。
 こうなると止まらないのが知波単だ。我先にと細見の後に続き、ダージリン達の立てこもるバンカーへと向かう。
 だが――
「あー、あの突撃は駄目ですね」
 不満げな優花里の駄目出しの通り、それは突撃の体を成していなかった。全隊一丸となってのものではなく、単騎の突撃×車輛数というバラバラなものだ。
 そんなものが、ダージリン直属の聖グロリアーナ精鋭部隊に通じるはずがない。増してや――
「勝手にスコーンが割れたわね」
「後はおいしくいただくだけですか」
 相手は準備万端でこの時を待ちかまえていたのだから。ダージリンのつぶやきに返すと、アッサムは照準をのぞき込んだ。
 他のマチルダも、それぞれに目標へと狙いをつける。後は号令を待つだけだ。
「それに、もうすぐサンドイッチも出来上がるわ」
 付け加えつつ、ダージリンは顔を上げた。
「砲撃開始」
 そして、ダージリンの号令で各車が発砲。狙い違わず知波単の車輛を捉え――
「――っ!?
 外れ……っ!?」
 ――なかった。自身の砲撃が先頭の旧砲塔チハに当たらなかったことに、アッサムは驚き、目を見開いた。
 しかも――
(いや……違う。
 今のは、外れたんじゃない……)
「かわされた……!?」



    ◇



 時はほんの数秒ほどさかのぼり――
「細見! チャーチルに狙われているぞ!
 浜田はそっちのマチルダから!」
 出遅れたのが幸いして、少し後方に控える形になっていた絹代からは、聖グロリアーナの戦車が悠々とこちらに狙いをつけるのが見えていた。
 なので、あわてて警告を発する――警告を受けた細見はあわてて進路を逸らすよう指示、アッサムの砲撃をかわすことに成功した。
 残念ながら浜田車は反応が遅れて直撃を受け、撃破されてしまったが、先陣を切っていた細見車と浜田車が出鼻をくじかれたことで、突撃を仕掛けていた知波単戦車隊の勢いが削がれた。このまま突っ込んでもやられると考えたか、次々に進路を逸らし始める。
(すごい……)
 それを見つめる絹代の胸中にあるのは感嘆の想い。
(西住隊長の言った通りになった……)
 そう。みほはこの展開を予見していた――先ほどみほに向けた視線の意味、それは細見達の突撃を予言してみせたみほに対する驚きであった。

 

「えっと……西さん。
 少し……いいですか?」
 それは、包囲を詰め直してから砲撃を再開した直後のこと。
 砲撃の音に紛れて、みほは無線で絹代に呼びかけていた。
「何ですか、西住隊長?」
「その……知波単って、突撃が大好きなんですよね?」
「はいっ!
 突撃は、我ら知波単の真髄ですから!」
「じゃあ……」
 自信満々にうなずく絹代に対し、みほはためらい気味に尋ねた。
「この包囲攻撃で、もし相手に被害を与えることができたら……」
「もちろん、その機を逃さず突撃です!」
「……ですよね……」
 キッパリと答えられ、みほは困ったように考え込む――その様子に、絹代は首をかしげて、
「何か、問題があるんですか?」
「たぶん……ダージリンさんはその突撃を待ってるんじゃないかと」
 尋ねる絹代に対して、それは相手の思うつぼであると説明する。
「どんなに強烈な突撃でも、来るとわかっていれば対処はそう難しくありません。有効射程に入るのを待って狙い撃てばいいんですから。
 西さん達を返り討ちにしてから、悠々とバンカーから脱出。プラウダと共に私達を挟み撃ち……たぶん、そんな作戦なんじゃないかと」
「やや、それは一大事!
 では、私は皆が突撃しないように注意すればいいんですね!?」
 聞き返す絹代だったが、みほは首を左右に振った。
「いえ……たぶん、みなさんの性格からして、止めても勝手に突撃しちゃうと思うんです」
「では……」
「だから」
 どうすればいいのか――尋ねようとする絹代の言葉に被せる形で、みほは策を授けることにした。
「西さんにしてもらいたいことが、三つあります。
 まず……」



(突撃も、返り討ちも避けられないなら、せめて被害は少しでも軽く!
 そのために、狙われている者に危機を伝える!)
 そう、絹代が狙われている車輛に回避を指示していたのは、みほの入れ知恵であった。
 かくて、ダージリン達からの反撃の一射は一輌を失ったのみで何とかしのいだ。加えてその一輌がやられたことで、他の車輛、生き残った四輌もこのまま突撃することに危機感を持ったか、その動きは突撃から聖グロリアーナ側からの追撃への警戒にシフトしてきている。
 今なら――
(二つ目……急いで態勢を立て直す!)
「うろたえるな!
 総員傾注!」
 みほからの指示を実行に移せる。チームの仲間達を一喝、自分の声に意識を向けさせる。
(そして三つ目……)
「これより、西住隊長からの命令を伝える!」



    ◇



「なに〜、突撃しちゃったの〜!?」
 高台の道路で観戦している面々の中、アキは知波単の戦車が突撃、聖グロからの反撃によって一蹴させる様子に思わず声を上げた。
「踏みとどまる決心より、前に出る勇気を選んだんだね。
 でも、それは正しい選択だったのかな……」
「その思わせぶりやめてよ、も〜」
 カンテレを鳴らしながらのミカの発言にアキがツッコむ一方で、
「んー……」
 何かに気づいたのか、ファイは眉をひそめて首をかしげていた。
「どうしたの、ファイ?」
「んー、何て言うのかなー……
 今の知波単のやられ方、何かおかしかったような……」
「そう?
 単に、相手がわざわざ待ちかまえてるところに自分達から突っ込んでいって、案の定返り討ちにあった……って感じに見えたんだけど」
 ケイに答えるファイにアキが聞き返すと、
「先頭車輌……だね」
 指摘したのはナオミだった。
「先頭の旧砲塔チハ……やられずに助かったけど、あれはたまたまじゃないね。
 聖グロ側の砲塔が自分達の方を向いた直後、それまでの直進から突然進路を逸らした……明らかに意図的な回避だ」
「回避!? あの知波単が!?
 何をするにもまず突撃、自分がやられても他のヤツらが突撃できればそれでよし、な知波単が!?」
「そう、その知波単が……だ」
 驚くアリサにナオミが答えると、ケイが少し考えて、
「つまり――横から口をはさんで、回避させた子がいる……?
 ミホかしら?」
「いや……彼女の位置からだと少し遠い。正確な指示は難しいだろうね」
「だとしたら考えられるのは柾木ジュンイチ、か……」
 ケイに答えるナオミにアリサが口をはさむと、
「えっと……」
 そこに手を挙げたのはファイであった。
「知波単の人達が自分達で気づいてかわした……とかは?」
『それはない』
「えー……」
 即答であった。
 彼女達がそんなやり取りを繰り広げる一方で、眼下のゴルフ場では聖グロリアーナに蹴散らされた知波単の戦車は散り散りになって離脱を図っていた。



    ◇




「あー、やっぱりやられたー。
 いくら突撃が得意っつっても、あんなバラバラじゃなー」
「たぶん、誰かが先走ってしまったんじゃ……
 ちゃんと隊長がまとめていれば、全員一丸でしっかり突撃しますから、知波単って」
 当然、蹴散らされる知波単の様子は観客席にもモニターされている。映像を見てつぶやく鷲悟に渚が答えると、
「隊長……」
「エリカも気づいたか」
 一方で、別の見方をしている者がいた。声をかけるエリカに、まほが冷静にそう返す。
「おそらくダージリンも気づいているはずだ。
 突撃を迎撃された以降の知波単の動き……あれはおそらくフェイクだ」
「フェイク……?
 逃げ出したの、フリってことっスか?」
「知り合いのいない学校の戦車道についてはあんまり知らないアンタは、わからなくてもしょうがないけどね」
 聞き返す鷲悟にはエリカが答えた。
「基本、知波単のドクトリンには『後退』の二文字はないのよ。
 一輌二輌やられようがおかまいなし。自分達が全滅するか、一輌でも懐に飛び込んでフラッグ車を仕留めるか、二つにひとつなのよ」
「あー……そういえば……」
 エリカの説明に渚が納得すると、まほが口を開いた。
「おそらく、みほかジュンイチが何かしら言いくるめたんだろう。
 その結果、知波単にあの行動を取らせた……」
「ということは、つまり……」
「あぁ」
 鷲悟にうなずき、まほは告げた。
「思った通りだ。
 おそらくあの状況はみほなりジュンイチなりの思惑の内……やはり知波単は、何か策を授けられている」



    ◇




 その頃、別働隊の方でも動きがあった。
「本隊の方が突撃を敢行したらしいぞ!」
 細見達の独断の突撃の報せに、足止め部隊の知波単組がわき立ったのだ。
「よぅし、我らも本隊に遅れを取るな!」
「突撃!」
「あ、ちょっと!?」
 そして、足止め部隊の指揮を任されていたナカジマの制止も無視して突撃――しかし、本隊と違ってみほからの“入れ知恵”を受けていなかった彼女達のそれはただの無謀でしかなかった。プラウダ側の応射によってあっという間に先陣の数輌が撃破されて白旗を揚げる。
「先輩殿! 我々も後に続くであります!」
「だから駄目だって! みんな無謀すぎ!」
 しかしそれでも止まらないのが知波単だ。九五式の福田もまた、ナカジマの制止も聞かずに飛び出して――その前に立ちふさがったのは、カモさんチームのB1-bisであった。
「行かせてください!
 このままでは皆に合わせる顔がありません!」
「アグレッシブに攻めるのもいいけど、リタイアしたら元も子もないでしょ」
 B1-bisに向けて抗議する福田だが、追いついてきたポルシェティーガーの上からナカジマがレーサーらしい言い回しでそう諭す。
「しかし我ら知波単は!」
「西住隊長から、ここを守れって言われたでしょ!?」
 と、今度はB1-bisからそど子が、なおも食い下がる福田に言い放つ。
「でもであります!」
「命令っていうのは規則と同じなの! 守るためにあるのよ!」
「うぅ……」
「命令を守ることで、守らなかった連中に合わす顔がなくなる?
 規則を破らなきゃなくなるような『合わせる顔』なんて、なくなって結構っ!」
「そど子の言ってることは極論だけど……まぁ、そういうことだよ」
 追撃とばかりにたたみかけるそど子の脇から、ナカジマがすっかり委縮してしまった福田に対してやんわりと補足する。
 そうしている間に、突撃を止められなかった他の知波単の戦車は、そのことごとくが撃破されてしまった――このことが、プラウダ側の士気を高めてしまったことは想像に難くない。勢いに乗って防衛線の強行突破を図ってくるのはもはや時間の問題だろう。
〈レオポンさんチーム、聞こえますか?〉
 と、その時、本隊のみほからの通信が入った。
〈こちらの知波単チームが突撃してしまったので、おそらくそちらも……と思ったんですけど〉
「んー、大正解。
 九五式一輌を残して、こっちの知波単組は全滅しちゃったよ」
〈やっぱり……〉
「プラウダのちびっ子隊長さんの性格からして、そろそろ押し込んでくるんじゃないかな?
 ごめん、もう止められそうにないや」
〈いえ、大丈夫です〉
 謝るナカジマだが、みほは迷わずそう答える――なので、ナカジマは気づいた。
「お、その自信……何か策あり?」
〈はい。
 ですが、カチューシャさんやノンナさんに勘づかれたくありません。抵抗しながら少しずつ後退して、力ずくで突破されたように装ってプラウダを通してほしいんですけど……できますか?〉
「知波単の子が少し不安だけど……やってみるよ」
〈お願いします〉
 みほの言葉を最後に通信を終えると、ナカジマは足止め部隊に指示を出す。
「防衛ライン下げるよ!
 攻撃しながら後退!」
「こっ、後退でありますか!?」
「そーよ!
 命令出たんだから、それを守りなさい!」
 後退と言われて不満げな声を上げる福田をそど子が一喝。ポルシェティーガー、B1-bis、九五式はプラウダ戦車隊へと砲撃を放ちながら後退を始めた。



    ◇



「はっ!」
「このぉっ!」
 掛け声と共に、ジーナが、続けてライカが蹴りを放つ――ジーナの蹴りは足払い、対しライカの蹴りは顔面狙いの上段で、ややライカが遅れた時間差攻撃。
 ジーナの足払いを避けようと跳べばライカの上段蹴りにやられる。かと言ってライカの蹴りに備えようにも、ジーナの足払いを放置できない。
 この上下段ほぼ同時の二つの蹴りに対し、ジュンイチは――
「ほっ」
『――――っ!?』
 跳んで――バック宙の要領でかわしてみせた。
 まるで鉄棒の逆上がりの如くその場で宙返り。ジーナの足払いを跳び越えるようにかわしつつ、ライカの蹴りもスウェーのように回避。難なく着地する。
「相変わらずの軽業師!」
「おほめに預かり――」
「ほめてませんっ!」
 ライカに返そうとしたジュンイチの軽口をさえぎり、ジーナが殴りかかる――そのままライカと二人でジュンイチを攻め立てる。
 時に挟撃、時に共に正面から――目まぐるしく立ち位置を変えての怒涛の攻めだが、ジュンイチにはかわされ、防がれ、一発のクリーンヒットも許されないでいる。
 とはいえ、ジュンイチにダージリン達への手出しをさせずにいることを思えば、ジーナ達の役割は十分に果たしていると言える。ジュンイチも余裕がないのか、先ほどまでダージリン達の立てこもるバンカーへと投げ込んでいた手榴弾による攻撃も、今ではパッタリ止んでしまっている。
「ずいぶんと余裕なくなってるんじゃないですか!?」
「知波単がやらかしたことに対して、ダージリンがどう出るか見てるだけだよ」
「あーそうっ!」
 二人の攻撃をさばきながら、ジュンイチがジーナに答える――言い返し、ライカが後頭部を狙った蹴りを放つが、ジュンイチは身を沈めてかわし、
「もらいました!」
「あげるモンなんて何もないけどー?」
 そこを狙って、ジーナが鉄扇をゴルフのスイングのように振るう――あっさり返すと、ジュンイチはその打ち上げを苦無の十字受けでガード。勢いに逆らわず、わざと吹っ飛ばされて距離を取r
「逃がすかぁっ!」
 だが、相手もそうはさせない――ライカがすでに動いていた。ジュンイチに追いつき、固めたままのガードにさらに警棒で一撃。
 着地の瞬間を狙われ、さすがのジュンイチも姿勢が崩れて――そこへ飛び込んできたジーナの蹴りが、ついにジュンイチをブッ飛ばす!
「よっし! 一撃入れた!」
「ようやく、ですけどね……」
 対峙してから初のクリーンヒット――ガッツポーズを決めるライカにジーナが返すと、
「よっ、と」
 吹っ飛ばされた先で、ジュンイチはあっさりとはね起きた。
「あーもう、やっぱりあっさり立ってくれるかコノヤロウ」
「そりゃまー、確かに常人なら100パー気絶モノの蹴りだったしねー。それが効かなかったんだから、愚痴りたくなる気持ちもわかるけどさ。
 でも、そこはホラ、オレ常人じゃないし」
「自分で言うなってツッコみたいところだけど、ホントに常人じゃないからタチ悪いわ……」
 しれっと答えるジュンイチにライカが忌々しげにうめくと、
『――――っ』
 その場の三人が同時に気づいた。一斉にそちらへと振り向いて――
「待たせたわね!」
 黒松林の一角を抜けてきた、カチューシャ指揮下のプラウダ戦車隊がその姿を現した。
「待ちくたびれて紅茶が冷めてしまいましたわ」
「仕方ないじゃない!
 もっと簡単に突破できると思ったのよ!」
「迂回すればよかったんですよ」
 皮肉を返すダージリンに反論するカチューシャだったが、横からノンナに突っ込まれた。
「それよりも、早く挟撃態勢に入っていただける?」
「任せなさい!
 カチューシャ達が来たからにはもうおしまいよ!
 全車、フラッグ車を狙って! 攻撃開始!」
 それを聞いて、後方を守るT-34/85の一輌から顔を出したのは、淡い金髪の少女。
 少なくとも、全国大会では見なかった顔だ――この春ロシアから留学してきた短期留学生。転校直後の公式戦自粛期間に重なって全国大会に出られず、このエキシビジョンマッチがデビュー戦となった彼女の名はクラーラという。
Вы хотите поселиться сразу на этом поле для гольфа.このゴルフ場で一気に決着をつけるということですか
Даはい
 Надеюсь.うまくいけばいいのですが
 そんなクラーラの問いに、ノンナが答える――が、
「アンタ達……」
 そのやりとりを耳にした、カチューシャの眉がつり上がった。
 なぜなら――
「日本語で話しなさいよ!」
 カチューシャは、ロシア語がわからなかった。



    ◇



「車輛1.4倍、火力にあっては1.95倍こちらが有利、といったところですか……」
 一方こちらはバンカーの中のダージリン達。両軍の戦力比を簡単にシミュレートし、アッサムがつぶやいた。
「私達の援軍ももうすぐ到着します。
 ここが好機――いくわよ、カチューシャ」
「先に言わないでよ!
 命令するのはカチューシャなんだからね!」
 反論してくるカチューシャに苦笑する――が、ダージリンはそんな彼女にひとつ、付け加えておく。
「でも気をつけてね。
 さっき蹴散らした知波単が姿を消してしまったの。おそらく伏兵として運用するつもりよ」
「フンッ!
 突撃しか能のない知波単にそんな器用なマネができるもんですか!
 もし出てきても、また私達が蹴散らしてやるわよ!」
 ダージリンの忠告に対し、カチューシャはカラカラと笑い飛ばす――正直不安だが、すぐに気を取り直して指示を出す。
「いいこと、ルフナ。
 派手にいくのよ」
「はい」
 うなずいて、チャーチルの操縦手、ルフナが戦車を発進させた。チャーチルの登坂能力に物を言わせて一気にバンカーから脱出する。
 本来ならこんな、相手に底面をさらしてしまうような脱出の仕方はご法度なのだが、プラウダの登場に大洗側が動揺しているであろうこの局面なら話は別だ。
 インパクトのある登場の仕方で、大洗の動揺をさらに大きくする。そのための派手な脱出――しかも、それだけではない。
 ダージリン達の脱出と前後して、大洗の戦車の周囲に砲弾が降り注ぐ。これは――
「お待たせいたしましたわ、ダージリン様!」
 ローズヒップのクルセイダー隊だ――ゴルフ場に駆け込んでくるなり一直線に戦場へと突っ込んでくる。
 そしてその後に続くのが崇徳だ。結局クルセイダー隊に追いつき、足止めすることは叶わなかったようだ。
「ここからですわ!
 ダージリン様やプラウダと一緒に、大洗を包囲しますわよ!」
「気をつけなさい、ローズヒップ。
 伏兵がいるはずよ」
「りょーかいですわっ!」
 ローズヒップにも警告するダージリンに、ローズヒップからの元気な返事が返ってくる。
「ローズヒップも来やがったか!」
「行かせませんっ!」
「アンタを野放しにするワケないでしょうがっ!」
 そして、ジュンイチは相変わらずジーナとライカに足を止められている。みほ達の救援には向かえそうにない。
「どーせ、知波単が姿消したのだってアンタの仕業でしょ!?」
「何でもかんでもオレ絡みと決めつけるのやめてくんない?
 今回は作戦西住さんに任せてるからなー。だからさっきのアレもノータッチ」
 ジーナと共に攻め立てるライカに対し、ジュンイチはそれをさばきながらあっさりと答える。
「信用できるもんですか!」
「問いただしておいてそれはないんじゃないのー?」
 ライカの跳び回し蹴りをかわし、タンブリングの要領で距離を取る――仕切り直し、ジュンイチは改めてジーナとライカに向けてかまえた。
(さて、と……
 今のところ、ライカとジーナに知波単の動きは悟られてないみたいだけど……)
 現状、二人がかりとはいえジーナとライカはジュンイチを抑え込むことに成功している――が、それは二人がジュンイチの相手に集中しているからだ。
 他には意識を回さず、ジュンイチの一挙手一投足に全神経を集中しているからこそ彼を抑え込めている。そしてその代償として、他に意識を割く余裕がない。
 結果、姿を見せない知波単の気配を探れないでいる――知波単の位置を悟られればみほの作戦はご破算。それが防げているだけでも、ジュンイチが二人に足止めされている対価としては十分すぎた。
(ま、もっとも……これからは気配探知もだんだん使えなくなってくんだろうなー)
 自分の仲間達が各地の学校に招かれている以上、気配を読む技術も読まれまいと気配を隠す技術も各校に広まっていくのは時間の問題であろう――実際、全国大会の決勝戦では自分に対してエリカが気配を隠しての強襲に成功している。
 ゆくゆくは自分が気配探知から相手の位置を探り、策を読み解くのも難しくなっていくだろう――友人達の成長は喜ばしいが、ライバルとしてはアドバンテージを失うのは少しばかり困りものだ。
 とはいえ、使える内はガンガン使わせてもらうが――というワケで、苦無手榴弾でジーナとライカを牽制しつつ知波単の現在位置を確認する。
(……なーるほど。
 西住さん、そーゆー策なワケね)
 捉えた気配の位置からみほの意図は読めた。ならば――
(そんなら、精一杯援護させてもらおうかっ!)
 自分の役目は、妨害されないよう目の前の二人を抑えること――再び苦無を投げつけ、二人がそれをさばいている一瞬の隙に距離を詰める。
「詰めてきた!?」
「お前ら二人がオレを抑えてる!? 違うねっ!」
 驚くジーナに言い放ち、ジュンイチはフルブレーキ。地面を踏みつけ、抉りながらの急制動によって、カウンターを狙って水平に振るわれたライカの警棒は宙を薙ぎ、
「抑えてんのは――オレの方だっつーの!」
 逆に、ジュンイチの振るった紅夜叉丸が、ジーナとライカをガードの上からブッ飛ばす!



    ◇



「来ました!
 プラウダとクルセイダー隊です!」
「…………っ」
 一方、プラウダ隊とクルセイダー隊はみほ達からも視認できる位置まで迫っていた。優花里からの報告に、みほは表情を引きしめた。
「包囲される前に突破します!
 全車、クルセイダー隊に突っ込んでください!」
「ローズヒップ達にか!?」
「確かに、あの三つの隊で一番隊長がひよっこなのはそこだよね〜」
 すかさず下されたみほの指示に声を上げる桃だが、そんな彼女にのん気に答えたのは杏だ。
 ちなみに、先の全国大会ではカメさんチームの正砲手としての正体を明かしてその腕前を存分に振るっていた杏だが、今回はエキシビジョンということで元の昼行灯に逆戻り。干し芋をかじりながら、むしろ特等席での観客気取りだ。
 だが、杏がそんな余裕でいられるのもある意味当然だ。なぜなら――
「大丈夫です!
 西住さんの作戦、きっとうまくいきますから!」
 今回は、頼れる知恵袋が同乗しているから――レオポンさんチーム、すなわち自動車部によって増設された簡易シートに座り、明が杏の言葉を補足する。
 正式な通学開始こそ夏休み明けになってしまったが、すでに入院中に病室で編入試験を受けさせてもらい、合格している明は書類上は編入手続きを済ませて大洗の生徒となっている。そこに目を付けた沙織の発案で、この試合がエキシビジョン=非公式戦であることをいいことに明にも参加してもらおうということになっていたのだ。
「まったく!
 信用するからな、西住! 諸葛!」
 ともかく、そんな明の進言に桃も腹を括ったようだ。柚子の操縦で、ヘッツァーは他の大洗チームの戦車と共にローズヒップ率いるクルセイダー隊へと向かう。
「アイツら!
 クルセイダーのところから突破する気!?」
「二隊の間を抜けようとしてもその二隊に左右から撃たれるだけ。ならば一隊に正面から当たり包囲される前に強行突破。
 そしてそれがもっとも容易なのは、三隊の中で最も隊長の練度の低いローズヒップのクルセイダー隊……理に適った選択ね。
 でも……だからこそ裏があるとも読めるわね」
 そんな大洗の動きには当然カチューシャやダージリンも気づいた。カチューシャが声を上げる一方、ダージリンは冷静にそう分析するとマイクを手に取った。
「ローズヒップ、周辺にも注意なさい。
 この状況で知波単による奇襲があるとすれば、それは大洗と正面から当たるあなたの隊よ」
 離脱した知波単を使って、自分達を迎え撃とうとしたローズヒップの隊に奇襲を仕掛け、ローズヒップ隊が混乱している隙に脱出――それが、ダージリンの予測した大洗の策だった。
 確かに大洗の本隊とローズヒップ隊では大洗の方が戦力は上だ――が、こちらが追いつくまでに突破するに十分な戦力差かと言われれば正直不安は残る。
 まともにローズヒップ隊とぶつかれば突破に手間取り、その間にダージリンの本隊やカチューシャらプラウダ隊が追いつき包囲される。大洗側がそれを避けるにはローズヒップ隊を一気に突破するしかなく、そのためには知波単の奇襲はローズヒップ隊に向けるしかない、そう考えたのだ。
 だから――
〈きゃあっ!?〉
「――――っ!?」
 無線を通じて、爆発音と共に聞こえてきた悲鳴に、ダージリンは己の耳を疑った。
 なぜなら、その悲鳴は――



 ローズヒップではなく、カチューシャのものだったから。



「なっ、何!?」
 ローズヒップ隊に向かった大洗チームの後を追い、包囲してやろうと意気込んだところへ突然の衝撃――自分達の隊を突如襲った砲撃に、カチューシャは驚きながらも周囲を見回し、状況の把握に努める。
 当然ながら、直前まで注視していた前方に“犯人”らしき存在は認められない。
 左……敵影なし。
 右……同じく。
 つまり――
「後ろ――!?」
 振り向いて――見つけた。
「突撃ィ――っ!」
『おぉぉぉぉぉっ!』

 先ほどダージリン達に一蹴され、散り散りになったはずの知波単チーム――絹代の号令のもと、一丸となって自分達の背後に向けて突撃してくる奇襲部隊の姿を。



    ◇



「……なるほど」
 今度の突撃は絹代の統制によってちゃんと形になっている――この形ができた時の知波単は非常に厄介な相手となる。両者の戦力差の問題でカチューシャを討つにはまだ足りないが、それでもプラウダ隊に痛撃を与えるには十分だろう。
 そう分析する一方で、散り散りになったはずの知波単がここに来て現れた、そのカラクリに気づき、まほは納得してうなずいた。
「上手く知波単を使ってみせたな」
「ってことは、やっぱアレ、ジュンイチかみほちゃんの策ってことですか?」
「あぁ」
 聞き返す鷲悟にうなずき、説明してやる。
「おそらく、知波単はこう指示を受けていたんだろう――『突撃するなら、聖グロではなくプラウダにしろ』とな。
 そしてそれは、隊長の西にのみ伝えられていたと思っていいだろう」
「一度聖グロに仕掛けて、やられることで追い散らされたように装うため――ですね。
 大洗が、聖グロの練習試合でも使った手……わざと作戦を失敗して次につなげる」
 そう聞き返してきたのはエリカだ。彼女に対してもうなずき、続ける。
「そうして散り散りになった戦車を集結させて、ゴルフ場を出てプラウダ隊に突撃――しかしカチューシャ達はすでにゴルフ場に突入した後。
 結果、知波単はその後を追い、最終的にその背後を突く形が出来上がる」
「なるほど……
 知波単の突撃自体は止められないから……そこで発想の転換か」
「突撃を止められないなら、その突撃を、より有効な方向に振り向ければいい、ですか……
 でも、それなら同じことをクルセイダー隊にやればよかったんじゃないですか?
 そうすれば、大洗との挟み撃ちにできたのに」
「それはたぶん、クルセイダー隊とプラウダ隊の交戦の形の違いね」
 納得しつつも首をかしげた渚にはエリカが答えた。
「足止めがかわされて、追撃戦の形になっていた橋本に、クルセイダー隊の足を止めることは難しかったはず。
 対して、プラウダの進撃を受け止める形になっていた戦車の別働隊は、突破されるタイミングをある程度調整できる」
「そうか……知波単が追いつけるように……
 ……あれ? でもそれならそれで、突破させずにその場にプラウダ隊を抑え込んでおけば、知波単にその側面を突いてもらうことができたんじゃ……?」
「いや……おそらく、みほにとって“クルセイダー隊やプラウダ隊がゴルフ場に突入してくる”という状況そのものは必要だったんだろう。
 だから、プラウダがゴルフ場に突入した後で知波単が追いつき、突撃できるようにタイミングを調整したんだ」
 再び疑問点にぶつかった渚に、今度はまほが答えた。
「クルセイダー隊とプラウダ隊が突入してくれば、戦況は一気に聖グロ・プラウダ側に傾く。
 そうなれば……」
「そうか……そうなればダージリン達が動く!」
 気づいた鷲悟の上げた声にまほはうなずいた。
「その通りだ。
 そうなれば、攻め時と見たダージリン達はあの立てこもったバンカーから出てくる。
 大洗は、ダージリン達を動かすための“エサ”として、わざと自分達に不利な状況を作り出したんだ」
「その作戦通り、ダージリン達を引きずり出すことには成功した。後は決着をつけるだけ……だけど、また立てこもられたら厄介だし、このまま逃げるフリしておびき出すんじゃないかしら?」
「でも、そのためにはあの包囲を突破しないと……
 いくらプラウダが不意打ちを受けたとしても、それだけじゃ……」
「そこは大丈夫でしょ。
 クルセイダー隊はこのまま大洗本隊がぶつかればいい――橋本と挟撃の形になる。ジュンイチと同類だって言うから、戦力として十分にあてになるでしょ。
 そして――」
「あぁ……そうだな」
 まほに続くのはエリカだ。聞き返す渚に答える彼女に、まほは改めてうなずいた。
「残るダージリン達を抑えるために……」



「そろそろ、あの男が“本気”になる頃だ」



    ◇



「カチューシャ! ノンナ!」
 知波単の奇襲は、伏兵の可能性を指摘されながらもなお侮っていたカチューシャにとって強烈なしっぺ返しとなった。混乱するプラウダ隊の姿にライカが思わず声を上げ――
「はいスキありー」
「――――っ!?」
 ガードが間に合ったのは本当にただ運がよかっただけだった――カチューシャ達に気を取られた一瞬の隙に距離を詰めたジュンイチが紅夜叉丸をフルスイング。ライカを豪快にブッ飛ばす。
「――でもって!」
「く――っ!」
 そのまますかさず次の獲物のもとへ。向かってくるジュンイチに対しジーナが鉄扇をかまえて――
「二人がかりでようやくだったのに――」
「――――っ!?」
 そんなジーナを前に、ジュンイチは突っ込むかと思いきや急ブレーキ。先ほどライカがやられたのと同様にジーナもまた接触のタイミングをずらされてたたらを踏み、
「今さらひとりで――」
 そこへ、鉄扇の盾を飛び越えるように放り込まれるのは閃光手榴弾。強烈な発光がジーナの視界を奪い、
「止められるかぁっ!」
 改めて懐に滑り込んだジュンイチの掌底が、ジーナの胸に叩き込まれた。
 衝撃が、肺から空気を叩き出す――呼吸困難に陥り、動きの止まるジーナを放置し、ジュンイチは大洗戦車隊を追って走り出す。
「西住さん!」
「はい!
 投下します!」
 そんなジュンイチの呼びかけにみほが応え、車長席の脇に増設されたレバーを引いた。
 その操作に連動するのは、W号の後部に取り付けられた簡易荷台。全国大会の頃にタイランツハンマーを運ぶために取りつけられたそれが後方に傾き、そこに乗せられていた細長い、布に包まれた物体を地面に放り出す。
 ジュンイチの到着はその数秒後。すでにみほ達の走り去った、後を追う聖グロ本隊が迫るそこに駆けてくると、落とされた物体を手に取る。
 物体を包む布に手をかけ、一気にはぎ取る。その下から姿を現したのは――
「大剣!?」
「タイランツハンマーとは、別の武器……?
 あの大きさ……斬馬刀のような、重量で斬る類の剣……?」
 そう、それはジュンイチの身の丈ほどもある巨大な、片刃の直刀――その威容にオレンジペコやアッサムが声を上げる中、肩越しに大きく振りかぶる形でかまえる。
「『それは剣というにはあまりにも大きすぎた
 大きく
 分厚く
 重く
 そして大雑把すぎた。
 それはまさに鉄塊だった』」
「『ベルセルク』のナレーションですね」
 大剣を見てつぶやくダージリンに、すかさずオレンジペコが引用元を言い当てる――ダージリンがその一節を真っ先に思い浮かべたのも無理はない。それほどまでに、ジュンイチとその大剣の組み合わせが放つ威圧感は重く、厚いものだった。
「ダージリン様! 私が詰めて様子を見ます!」
「気をつけて。
 彼が持ち出してきた以上、ただの剣ではないはずよ」
 提案してくるのは紅茶のソウルネームを許された車長のひとり、ニルギリだ。その提言を呑み、ダージリンは気をつけるよう忠告した上で送り出す。
「一輌だけ出して様子見ってか?
 ま、未知の相手に無警戒に突っ込む馬鹿ではないのは知ってるけどさ」
 対し、ジュンイチもダージリン達のこの反応は予想済み。余裕の笑みと共に地を蹴り、ニルギリ車へと突っ込む。
(例のハンマーほどの重量はないようですね……
 剣……打撃から斬撃に転向することで威力の低下を補った……?
 でも、戦車に斬撃なんて、剣そのものよりも使い手の腕の問題になってくる。あんな大剣でそんな腕の冴えを発揮できるものなのか……)
「どーせ、コイツを“剣”だと思ってるんだろうがな……」
 ジュンイチの新装備を観察、推測を巡らせるニルギリに対し、ジュンイチは彼女の思考を言い当てながらさらに大きく振りかぶり、
「残念っ!」



「“剣”じゃないんだな、これが!」

 ブッ飛ばした。



 それは一瞬の出来事。
 振りかぶったまま、ジュンイチは一足飛びにマチルダの懐へ。「そんなに詰めては剣を振るっても間に合わないのでは」と直感したニルギリが考えたのは二つの可能性――すなわち、一度やり過ごしてから別角度からの再強襲、もしくは単純な距離の測り間違い。
 いずれにせよ、このタイミングでの攻撃はないと考えて――次の瞬間、突然の衝撃。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 車体が大きく揺さぶられ、進路が逸れる。数メートル進んだところで動けなくなり、マチルダはその場に擱坐した。
「ひ、被害状況は……!?」
「白旗は揚がってませんが――動けません。
 どうやら、衝撃で履帯が外れたみたいで……」
「履帯が……!?」
 操縦手の答えに外に顔を出して確かめてみると、確かにマチルダの左側、衝撃を受けた側の履帯が外れてしまっている。
 だがそれよりも気になったのが――
(斬られて……ない……!?)
 戦車の側面に衝撃の痕と思しきくぼみがあるくらいで、斬撃の痕跡がまったくないことだった。
 状況から考えて、今の衝撃がジュンイチの一撃によるものなのは想像に難くない。
 だが、彼はあの大剣をかまえたまま距離を詰めていた。普通なら明らかに振り遅れているタイミングで。
 にもかかわらず、ジュンイチの一撃は間に合った――つまり、それほどのスピードを伴った一撃だった、ということだ。
 どうやってそこまでの速度を発揮させたのかも気になるが、そこは今はいい。
 彼がそこまでの速度で剣を振るったのだ。いくら切れ味よりも重量で威力を得る大剣といえど、いくらこちらが戦車といえど、それなりの切れ味を発揮してもおかしくないはず。
 そして何より――“斬る”ために剣を持ち出してきた彼の一撃が、“斬ろうと思ったのに斬れなかった”なんてお粗末な結果に終わるとは思えない。
 考えられる可能性は――
(この結果が彼の想定通りだった場合……
 最初から、彼は斬ることを想定していなかったとしたら……
 だとしたら、アレは“剣”じゃなくて……)
「“鈍器”……!?」
 気づいたニルギリがつぶやいて――
「察しがついたみたいだな」
 彼女の声は、この男にはしっかり届いていた。告げて、ジュンイチはニルギリへと“大剣”の切っ先を突きつける。
「これが剣だとしたら……こんなクソ重いシロモノをさっきみたいなスピードで振るったりすれば、いくら戦車でもぶった斬ることはそう難しくないさ。
 けど、そんなことになったらお前らも当然一緒に真っ二つだ――お前らが大けがどころか死亡確定なんてヤベェことするワケねぇだろ」
 そして、ニルギリは見た――ジュンイチの“大剣”の刃の部分、本来鋭く研ぎ澄まされているその部分が完全に、むしろ丸みを帯びるまでにつぶされているのを。
 つまりあれは――
「大剣じゃない……
 “大剣の形をした棍棒”……!?」



    ◇



「け、剣で……殴った……!?」
 オーロラビジョンでも、ジュンイチがニルギリのマチルダに一撃を見舞ったその姿は映し出されていた。予想外の攻撃に渚が目を丸くしていると、
「……鷲悟」
「オレが知ってるのは構想までだよ。
 黒森峰に来る前はまだアイデア出しの段階だったからな」
 エリカが、知っていそうな人物に声をかけていた――答えて、鷲悟は軽く肩をすくめてみせた。
「まぁ今の一撃を見ての通り、アレは剣……つまり“斬るための武器”じゃない。
 アレは……」
棍棒メイス……だな」
「正解です」
 言い当ててみせたのはまほであった。
「知っての通り、アイツが全国大会で使っていたタイランツハンマーはそのクソ重たい重量が最大の弱点です――砲撃の反動に耐えるためにその重量が生み出す遠心力をあてにしたまではよかったけど、そのせいで常人には使えたもんじゃなくなっちゃったし、異能を使ってようやく振り回せるようにしたジュンイチも機動力はガタ落ち。
 ジュンイチだけじゃない、W号戦車だって運搬してる間は無視できないデッドウェイトになる……だから、ジュンイチは前々から考えてはいたんです。
 そんな問題を解決する、タイランツハンマーに代わる新しい武器の開発を」
 言って、鷲悟は懐からタブレット端末を取り出した。ブレイカーブレス経由で録画しているこの試合の中継映像から、ジュンイチが件の“棍棒”を振りかぶっているシーンで一時停止。
「超重量武器としての発想はそのままに、形状をハンマーから大剣の形に変更することで打撃面を“面”から“線”、もっと言えば“点”へと収束。
 砲撃能力と重量を失う代わりに、衝撃の一点集中とスイングスピードの加速で威力を補う……
 そうして他で威力をカバーしつつ本体を軽くすることで、ジュンイチの機動力の低下も軽減させる……最終的にはほとんどスピードを削がずに動けるようにするのが目標みたいっスね」
「確かに、タイランツハンマーを使ってた時よりは動けてるけど……」
 と、鷲悟の説明にエリカが首をかしげた。
「でも、あのスイングスピードはどういうカラクリよ?
 いくらタイランツハンマーを振り回せるパワーがあるからって、それだけであれだけの大剣をあの速度で振るえるとは思えないわ。振り始めからの加速も含めてね」
「それは……ほら、コレだよ」
 だが鷲悟には、その答えはすでに見えていた。言って、ジュンイチの打撃の瞬間をスロー再生して――
「…………あ」
 気づいた渚が声を上げた。
「スイングの途中で……爆発……?」
 そう――スロー映像の中、ジュンイチの振るう棍棒の先端の辺りで爆発が起きている。
「この爆発で、スイングを加速させてる……?」
「そう。
 形状は大きく変わったけど、アレはあくまで“タイランツハンマーの後継発展装備”……発想があの武器から延長されてる以上、“超重武器に内部機構を組み込む”ってアイデアも継承したんだよ。
 “打撃と同時の砲撃で威力を上げる”って形から“打撃の加速で威力を上げる”って形にね」
「……柾木」
 エリカに答える鷲悟の説明に、口をはさんできたのはまほだった。
「“爆発によって加速する”……って、それはまさか……」
「はい。
 全国大会の決勝戦のラスト。ドリフトをしくじったW号をジュンイチが手榴弾の爆発で再加速させた……ヒントはアレ」
「あー……やっぱりアレかー……」
 自身を破った攻撃が元ネタと知らされ、いろいろと複雑な心境のまほであった。



    ◇



「加速に使うのは手榴弾。根元のスリットに装填したそれを切っ先まで送弾、そこで露出状態で爆発させて勢いに変える仕組みさ」
 言って、ジュンイチはまるで今の説明を実践してみせるかのように握りのすぐそば、剣の峰にあたる部分に備えられたスリットに手榴弾を装填してみせる。
「そうして加速させたコイツで、獲物を逃がすことなくブッ飛ばす。
 斬馬刀の如きメイス。故に名づけて――」







「ザンバーメイス」







 その名を明かしながら、ジュンイチは改めてその新装備、ザンバーメイスを左手で肩に担いだ。
「わざわざ名前まで教えてくれるなんて……
 何か狙いがあるんじゃないですか?」
「狙い?
 うん、あるよー」
 だが、なぜわざわざ対戦中の相手にそんな説明をしてくれるのか。何か裏があるのではないか。少しでも情報を引き出そうとカマをかける――が、そんなニルギリに対し、ジュンイチはあっさりと答えた。
「ひとつ、バレたところで関係ないから。
 仕組みなんてすぐわかるような簡単なモノだし、それがバレたところで結局最終的にはオレが獲物にぶち当てられるかどうかが問題のシロモノだ。“どうやって当てるか”の部分が攻略されない限り問題はねぇよ」
 右の人さし指を立てカウントの『1』を示しながら告げると、次いで中指を立ててカウントは『2』へ。
「二つ目。
 お前らだけが突出したこの状況……探りを入れに来たんだろ? このザンバーメイスのさ。
 だったら手ぶらで返すワケにはいかねぇからな――ライバルへの敬意的な意味でも、オレ自身の身内に対するおもてなし精神的な意味でもな」
 そして、薬指を立てて『3』を示し、
「でもって三つ目――」



「単純に自慢したいからですが何か!?」



「試作品見つけて使えるようにしただけのタイランツハンマーとはワケが違うんだよ!
 ネタ出しの段階からガッツリ絡んで、たんせー込めて作り上げたメイド・イン・大洗のオリジナル武装、その試作第一号品だぞ!
 見せびらかしたくなるのは製作者として当然っ! モノ作り職人舐めんなーっ!」
「えええええ……」
 拳を握りしめて力説するジュンイチの、それまでとは大違いのテンションの高さに、ニルギリは思わずドン引きして――
「――――っ!?」
 ジュンイチが動いた――素早くその場からバックステップで離脱。彼のいた場所に多数のペイント弾が着弾する。
「四つ目」
 そして、そう告げながら擱坐したニルギリのマチルダの前に進み出てきたのは、チャーチルに乗るダージリンだ。
「その武器の存在に私達の意識を引きつけ、みほさん達の方に向かわせないため――でしょう?」
「へぇ、それがわかってて付き合ってくれるんだ」
「私達とみほさん達のちょうど間でにらみを利かせておいてよく言うわ。
 無視してみほさん達の方に向かおうとしたとたん、即座に妨害に動く気満々じゃない」
 答えるジュンイチに、ダージリンもジュンイチの思惑はお見通しだと言わんばかりに返してくる。
「まぁ、あなたの性格からして三つの理由も本当なのでしょうけど……特に三つ目」
「ハッハッハッ、わかってらっしゃる」
 続くダージリンの言葉に、ジュンイチはカラカラと笑い、
「でも……わかっているなら話が早い」
「えぇ、そうね」
 一転、ジュンイチの笑みが獣の如く獰猛なそれに変わる――対し、ダージリンも堂々とそれを受けて立ち、
「お前は西住さん達を追いかけたい」
「あなたはそれを阻止したい」
『どちらも譲らないなら……』



『押し通る!』



 ジュンイチが地を蹴るのと同時――聖グロ本隊側の戦車が一斉に機銃を掃射した。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第51話「あなたはここで倒します」


 

(初版:2020/10/19)

※外国語訳:excite翻訳