「調子に乗らないでよ!
 アンタ達なんて、不意打ちされてからでも簡単にじゅーりんできるんだから!」
 みほ達の誘導によってプラウダの背後への突撃に成功した知波単隊であったが、やはり戦力の土台の差は如何ともしがたかった。カチューシャの指揮のもと、立て直したプラウダの反撃を受けて次々に撃破されていってしまう。
「くっ、ここまでか……!」
 そして今、最後の随伴車が撃ち抜かれて白旗を揚げる――残った旧砲塔チハの上で絹代がうめくと、同乗する通信手が彼女を見上げて進言してくる。
「もう駄目です!
 こうなったら潔く散りましょう!」
「そうだ!
 それが知波単魂! 突撃あるのみ!」
 しかし、それはやぶれかぶれの玉砕の提案であった。操縦手もそれに同意し、絹代の命令も待たずに勝手に戦車を発進させようとするが、
「――――っ!
 いや、待て! 早まるな!」
 その直前で“それ”に気づき、絹代が待ったをかけた。
「転進! 十時方向!」
「突撃しないのでありますか!?」
「あぁ、そうだ!
 “我々は”突撃しない!」
 突撃を止められ、憤慨する操縦手に答えると、絹代は顔を上げ、
「突撃するのは――援軍の彼女達だ!」
 その言葉の直後、プラウダ隊の側面に多数の砲弾が着弾した。
「西隊長! ご無事ですか!?」
 プラウダを通し、回り込んでいたポルシェティーガー以下元足止め部隊だ。九五式から顔を出し、福田が声を上げる。
「ここにいては彼女達の邪魔になる! 進路を開けるんだ!」
「り、了解!」
 絹代の言葉にようやく彼女の意図を理解した操縦手が、ポルシェティーガー達の突撃の邪魔にならないよう退避する。
「アレは無理に受けちゃダメ! 受け流して!」
 一方、先の絹代達の突撃には真っ向から応戦したプラウダ隊だが、自分達を十分に撃破し得る火力を有するポルシェティーガーやB1-bisを相手にしては同じようにはいかなかった。カチューシャの指揮で陣形を左右に分けるとその中央を通すように大洗側の突撃を受け流す。
 さらに――
「はさまれるであります!」
「かまわないで!
 このまま駆け抜けるよ!」
 左右から挟撃するかまえに移った。そのことに気づき、あわてる福田だったが、ナカジマは冷静に加速を指示。
 直後プラウダからの砲撃を左右から浴びせられるが、最ももろい九五式をポルシェティーガーとB1-bisではさんで護衛。無事三輌ともプラウダ隊の間を抜けることに成功した。
「御見事な突撃でした!」
 と、そこへ離脱した絹代の旧砲塔チハが合流してきた。
「さぁ、もう一度プラウダに突撃してやりましょうぞ!」
 今こそ追撃の時と意気込む絹代だったが、ナカジマはそんな彼女にあっさりと、
「ううん、これでおしまい」
「なぜでありますか!?」
 突撃を否定され、思わず絹代が声を上げた。
「なんでって、そりゃあね」
 対し、ナカジマの中では次の動きはすでに決まっていた。動じることなく絹代に答えて曰く、
「次の目標に突撃するからだよ」

 

 


 

第51話
「あなたはここで倒します」

 


 

 

 時はほんの少しだけ、一、二分ほど遡り――
「いきますわよ!」
 カチューシャ率いるプラウダ隊が反撃を開始したのとほぼ同じタイミングで、ローズヒップのクルセイダー隊とみほ達大洗本隊が交戦状態に入っていた。ローズヒップの号令で、クルセイダー隊は一気に加速、大洗に迫る。
「柾木くん!」
〈まだしばらくは大丈夫だよー〉
 一方、みほは背後を守るジュンイチに戦況を確認。ジュンイチもあっさりとみほへと答える。
〈オレよりも、むしろライカやジーナの動きに気をつけててくんない?
 またオレの方に来てくれればいいけど、もしお前らの方に向かったら冷泉さん丸山さんを二人ともぶつけるぐらいでないと対処できないぞ。
 一応、オレの方でも気をつけておくけど〉
「わかりました」
 ジュンイチに返すと、みほは咽喉マイクのスイッチを入れて指示を出す。
「敵の追撃で一番厄介なのは足の速いクルセイダーです!
 ダージリンさん、カチューシャさんを抑えている今の内に何とか撃破しましょう!」
「了解だ!」
 みほの指示に答えたのはエルヴィンだ。他のチームと息を合わせての一斉砲撃でローズヒップ達を狙う。
「ここを突破させちゃダメですわ!
 ダージリン様の包囲が成るまで何としてm
 その瞬間、ローズヒップが身を沈める――とっさに下げた頭のすぐ上を振り抜かれたのは一本の右腕。
「残念でしたわね、橋本様!」
 そう、ローズヒップの個人撃破を狙った崇徳の奇襲だ――難を逃れたローズヒップがペイント弾を込めた拳銃で反撃。崇徳はそれをかわして距離を取る。
「今のに反応するのかよ!?」
「とーぜんですわ!
 私を甘く見るんじゃねーですのっ!」
 攻撃を読まれたことに驚く崇徳に、ローズヒップはクルセイダーの車上で勝ち誇り、
「背後からの奇襲は練習試合や合同合宿で、ジュンイチ様にさんざんやられて慣れてますの!
 そう何度も同じ手にやられると思ったら大間違いですわっ!」
「またアイツかぁぁぁぁぁっ!」
 続く言葉に、崇徳は思わず頭を抱えた。
 先ほど足止めをかわされた時も、ローズヒップはかつてのジュンイチとの闘いでの教訓からこちらの足止めをかわしてみせた。そこへきて今回のコレである。
 二度に渡ってジュンイチの過去の行動に足を引っ張られた。文句のひとつも出ようというものである。
「あーもうっ!
 こーなったら真っ向からとことんやってやるっ!」
「かかってきやがりなさいませっ!」
 半分以上ヤケクソで言い放つ崇徳に対し、ローズヒップもまた受けて立ち――



 クルセイダー隊の周囲に多数の砲弾が降り注いだ。



「に゛ゃあぁぁぁぁぁっ!?
 何事ですの!?」
 その攻撃は、ローズヒップにとって完全な不意打ちであった。だが無理もない。
 なぜなら、それを放ったのは対峙していた大洗本隊ではなかったから。
「突撃ーっ!」
「もうしてるけどねー」
 プラウダの相手をしていたはずの、ポルシェティーガー率いる大洗の別働隊だ。高らかに号令を発する絹代にナカジマがツッコみつつ、カモさんチームのB1-bis、福田の九五式と共にこちらへと突っ込んでくる。
 プラウダへの一撃に成功した大洗別働隊は、陣形の立て直しを図るプラウダを無視。知波単隊で唯一生き残っていた絹代の旧砲塔チハと合流するとその足でローズヒップ達クルセイダー隊へと襲いかかったのだ。
 その狙いはもちろん――
「西住さん、お待たせ〜」
 大洗本隊の援護だ。無線越しに声をかけるナカジマに、みほはW号の上でうなずき、指示を出す。
「今です!
 一気にクルセイダー隊を突破して、市街地に向かいます!」
 先ほどまでの威勢はローズヒップの注意をひきつけるためのブラフ。本命はあくまでフラッグ車狙い、そのためにこの場を脱して市街戦に持ち込むこと。そのための突破の指示だ。
「突破する気ですの!?
 そうはさせm
「させないわよっ!」
 もちろんそうはさせまいとローズヒップが動くが、そんなローズヒップをさらに阻んだ者がいた。
「ウルトラ風紀ダイナマイト!」
 カモさんチームのB1-bisだ。そど子の咆哮と共に、合流のために全速力で駆けてきたその勢いのままにローズヒップのクルセイダーにぶちかましをかける。
 重量で優るB1-bisの、しかも全速力からの体当たりによって、ローズヒップのクルセイダーは完全に当たり負け。みほ達の進路から押しのけられたばかりか、仲間の射線をふさぐ壁にされてしまう。
 その脇を、脱出路を得たみほ達が突破。絹代の旧砲塔チハが崇徳を拾った別働隊もそんな本隊に合流、その後に続く。
「撤退なんてイヤでありますーっ!」
「規則だからっ!」
 この場を離れることを渋る福田を叱るのは、ローズヒップを抑える役目を終え、殿を務めつつ追いついてきたB1-bisのそど子だ。
「福田の言う通りです!
 我ら知波単は突撃あればこそ! ここは我々だけでも突撃を!」
「いや、駄目だ。
 今回は西住隊長が指揮官だ。我々はその指示に従わなければならない」
 自車の通信手も福田同様に一時撤退に難色を示すが、絹代はそれを諫めると前方を走るW号に、その上に姿を見せているみほへと視線を向けた。
(西住隊長も、ナカジマ殿も……大洗の方々は、我々の突撃を見事に使いこなしてみせた……)
 突撃に対処されるようになり、知波単が勝利の栄光から遠ざかってすでに久しい。
 しかしそれでもなお、歴代の先人達はひたすらに突撃にこだわり続けた。
 今では勝敗を二の次に「負けてもいいから最高の突撃がしたい」なんて言い出す者まで出てくる始末だ――だが、それでいいのだろうか。
 自分だって知波単の戦車道チームを預かる隊長で、知波単の突撃にこだわった戦車道が好きだ。
 だが――それだけで満足してしまっていいとはとても思えない。
 突撃を究められればそれでいいのか。そもそも何を持って『究めた』と言える、その頂に近づけたと言えるのか。
 隊員として昨年度を、副隊長として今年の全国大会を戦っていた頃には抱きもしなかった疑問――しかし、全国大会後に前隊長から隊長の座を受け継ぎ、チームを率いるようになって、その責任を背負うようになって、度々そんなことを考えるようになった。
 突撃がきれいに決まれば気持ちいい。だが、その上で試合にも勝てればもっと気持ちがいいのは当然。ならば、自分達が目指すべきはそちらではないのか。
 そんなことを考えていた絹代にとって、先のみほやナカジマの用兵は鮮烈であった。
 反撃にあって壊滅したとはいえ、みほは突撃の目標指定と相手の動きの調整で自分達の突撃をプラウダの背後からの奇襲に変えてみせた。
 ナカジマはひとつの目標にこだわることなく、プラウダからクルセイダー隊へと立て続けに突撃することで、絹代の救出からみほ達の脱出の援護、本隊への合流までまとめてやってのけてみせた。
 どちらも、自分達には考えもつかない戦い方だ。同じ突撃でも、使い手が変わればここまで変わるのか。
 あんな戦い方が、あんな考え方ができるようになれば、もっと自分達は強くなれるのではないか。
 そうなれば――



(もっといい突撃ができる!)



 結局、絹代も思考が最後に行きつく先は“突撃”であった。
 ともかく、今はみほ達の戦い方から学びたい。こんな絶好の機会を逃す手はない。
 そのためにも、ここは早々に突撃してやられるワケにはいかない。少しでも長く生き残り、少しでも多くの大洗の戦い方を間近で、この目で見届けなくては。
「かの木村昌福提督も言っている。『帰ろう、帰ればまた来られるから』と。
 今は再起に賭け、あえて退こう」
 改めて同乗する仲間達に告げると、絹代は背後へと振り向き、
「橋本殿! まだまだこれからですよね! がんばりましょう!」
「ウン、ソウダネー」
「……って、何やら元気がありませんな。どうかされましたか?」
 だが、話を振られた崇徳のテンションはいまいち低い。首をかしげる絹代だったが、それもある意味無理もない。
「別に、気にしなくてもいいよー。
 ちょっと、自分の存在意義に疑問を感じてるだけだから」
「………………?」
 ジュンイチのせいで足止めにも奇襲にも失敗し、みほ達を援護しようとしたら独力で突破され――「自分いる意味ある?」と悩む崇徳の苦悩は、絹代にとって考えもつかない領域の話であったから。



    ◇



「も〜、せっかくのチャンスをフイにして、何やってんのよ!」
 高台の道路で観戦する面々の中、アキが不満げな声を上げるが、
「でもないよ。
 ダージリンお姉ちゃんが動いてくれたし、これでみほお姉ちゃん達は街での戦いに持ち込めるもん」
「そうね。
 ここからがミホの本領発揮よ」
 一方でサンダース組はこの状況を大洗・知波単連合にとっての好機と捉えていた。ファイの言葉にケイが同意すると、
「さて、それはどうだろうね」
「…………?
 何か気になることでも?」
「ないよ、そんなものはね。
 ただ……」
 ミカが唐突に口を開いた。聞き返すアリサに答えるとカンテレをポロンと鳴らし、付け加える。
「物事の行方なんて風と同じようなものさ。
 いつだって、人の思うようには吹いてくれないものだよ」



    ◇



「動きましたね」
「えぇ……」
 商店街の屋台の前で、特設街頭モニターで観戦しているのはマジノ女学院のエクレールとフォンデュだ。市街戦へと移行しつつある状況を見守りながら、エクレールがフォンデュにうなずき返し、
「ドゥーチェ! 試合が動きましたよー」
「何ぃーっ!? こんな時にかーっ!?」
 屋台の中にはアンツィオ高校の面々も出店していた。呼び込みに出ていたおかげで戦況の変化を把握できたカルパッチョからの報せに、屋台の中で調理に勤しむアンチョビが声を上げた。
「ペパロニ! あとどのくらいだ!?」
「あー、団体客さんからの注文たくさん受けちゃったっスからねー。
 もうしばらくは区切りつきそうにないっスね」
「くっそーっ! もうしばらくは膠着状態だろうって欲張ったのが裏目に出たーっ!」
 尋ねるアンチョビだが、屋台では料理長を務めるペパロニの答えは芳しくない。戦車道チームの資金稼ぎと試合を見たい気持ちの板挟みとなったアンチョビが頭を抱え、
「大変ですわねー。
 あ、鉄板ナポリタンひとつ――エクレール様は?」
「わたくしも同じものを」
「ブルータスお前もかっ!?」
 フォンデュとエクレールの“追撃”が炸裂した。



    ◇



 ローズヒップを抑えられ、動きの鈍ったクルセイダー隊を振り切ったみほ達は、ゴルフ場のコースを出て駐車場へとやってきた。
「西住さん、やっほー」
 そんなみほ達を出迎えたのは、ダージリン達と交戦していたはずのジュンイチだった。
「ダージリンさん達は?」
「あちらさんも仕切り直すつもりみたいでね。カチューシャ達と合流始めたから、オレも引き上げてきた」
 みほに答えると、ザンバーメイスを肩にかついだジュンイチは一足飛びにW号戦車の上に飛び乗った。
 そのまま、W号を先頭、B1-bisと殿を交代したポルシェティーガーを最後尾にゴルフ場を後にして市街地を目指す――敵の分断のために部隊を分けるのも忘れない。手始めに正面の丁字路で二手に。右手にW号、V突、B1-bis、八九式に三式、そして知波単の旧砲塔チハと九五式が、左手には残る三輌、ヘッツァーにM3、ポルシェティーガーが曲がっていく。
「こっちこっち!」
 左折した別働隊の殿についたポルシェティーガーからナカジマが顔を出して挑発する――が、聖グロもプラウダも乗ってはこなかった。「邪魔すんな」とばかりに砲塔をポルシェティーガーに向けて牽制しながら、大洗の本隊が向かった右側の道に入っていく。
 一方、みほ達はさらにチームを分散。上り坂を上がりきって相手の視界から隠れたところでW号、V突、B1-bisが右折、残りはさらに直進した先で旧砲塔チハと八九式がその場に残り素早く反転。三式と九五式はそのまま直進していく。
 反転を完了した八九式とチハが挑発の砲撃、先頭のT-34/76を狙う――が、通じない。装甲に弾かれてダメージにならないのは予想通りだが、さらに挑発にも乗ってこなかった。またしてもみほ達本隊の右折していったその道やその手前の交差点に別れて右折、W号を追う。
「囮なのは明らかですけど……放置してしまって大丈夫なんですか?」
「その囮の目的まで考えれば、乗らないのが最善よ。
 こちらの戦力の一部を割くだけで簡単に蹴散らせる程度の、少数、低火力の戦車……こちらの全軍ではなく、一部の戦力だけをおびき出すことを目的とした囮。
 なら無視しても問題はないわ。隊を分けるにしてもそのすべてをみほさんの本隊の包囲に費やすべきよ」
 手前で右折したグループの中にはフラッグ車のチャーチルがいた。尋ねるオレンジペコに答え、ダージリンは紅茶を一口。
「ローズヒップ、行きなさい」
「お任せくださいましっ!」
 そんなダージリンの命令で、ローズヒップ率いるクルセイダー隊が飛び出していく。
 みほ達の前に回り込み、交差点を抑えてみほ達を一本道に閉じ込めるつもりだ。
 あっという間に最寄りの交差点に到達、左折して――







「よぅ」







 そんな声を聞いた気がした、次の瞬間、クルセイダーを衝撃が襲った。
 ジュンイチだ――ザンバーメイスを水平方向にフルスイング。クルセイダーの左駆動輪に一撃を叩き込んだのだ。
 さすがに撃破には至らないが――ただでさえ左折の際の遠心力で右側に膨らんでいたところに同方向のベクトルを“おかわり”されてはたまらない。ローズヒップ車は道を大きく外れて建物へと突っ込んだ。
 さらに他のクルセイダーも、ローズヒップ車に起きた異変からそこに誰がいるのかを悟り、ジュンイチから逃げようと外側に進路を逸らした結果、文字通りローズヒップ車と同じ道を辿ることになった。
 クルセイダー隊を排除し、ジュンイチが脇にそれたところを駆け抜けるのはもちろん右折してきたW号だ。そのままさらに右折してクルセイダーの出てきた道へと進入する。
 当然、そこにはクルセイダー隊を送り出した聖グロの本隊が――ダージリンがいる。
 一方のダージリンも、ローズヒップの異変に気づいた時点でみほの狙いを見抜いていた。W号の姿を捉えるのと同時に発砲を指示――が、みほもまたそうしたダージリンの反応を読んでいた。右折の際の遠心力の力も借りて道の端ギリギリまで膨らんでチャーチルからのカウンターの一発をかわす。
 ダージリンの一撃をしのぎ、W号はそのままチャーチルへと襲いかかる――すれ違いざまに砲撃を叩き込むが、ダージリンもルフナに命じて車体の位置を絶妙にずらさせ、チャーチルの厚い装甲で受け流す。
 そのまますれ違うW号には後続のマチルダがすでに狙いをつけている――が、みほは素早く麻子に指示。進路をわずかに逸らしてそれを回避し、そのマチルダともすれ違ってそのまま離脱を図る。
 当然、チャーチルもマチルダもその後を追おうと信地旋回。走り出して――
「させるかよ!」
 ローズヒップ達をさばいた後、周囲の建物の屋根に上がって回り込んできたジュンイチがその目の前に降り立った。
 しかも、ザンバーメイスをすでにふりかぶった状態で。
 先の交戦でニルギリが痛い目を見ていることもあり、ダージリンはあわてて減速を指示して――それこそがジュンイチの狙いであった。
「そぉらよっと!」
 聖グロの戦車が間合いに入るのを待たずしてザンバーメイスを一閃――狙いは背後の電柱。根元近くからへし折って道を塞ぐように倒してみせる。
「電柱を!?」
「障害物でみほさん達の離脱をアシストするつもりかしら……?」
 ジュンイチの行動にオレンジペコが声を上げる一方、ダージリンは冷静にジュンイチの一手の意味を読み解こうとする。
 電柱そのものは戦車なら苦もなく乗り越えられるシロモノだが、そこに張られた電線が厄介だ。現状でも千切れることなく前後の電柱にピンと張られている、つまり目の前に引き下げられていて戦車に間違いなく引っかかる状態な上、これを下手に千切ってしまっては露出した断面からの感電の危険も生じる。
 面倒な足止めをしてくれると内心でため息――しかし、わかったこともある。
「やっぱり、大洗の分断に乗らなくて正解のようね」
「ダージリン様……?」
「私達を罠に誘い込むつもりなら、こんな突破に手間のかかる足止めはしないわ。
 もっと簡単に抜けられる足止めで時間を稼ぐだけに留めるか、自身で足止めしてこちらが突破するタイミングをある程度調整してくる――いつもの彼ならそう出るはず。
 でも今回はこんな面倒な足止め策……別ルートに誘導する策ならもっと進路変更しやすいところで足止めするはずだし、これは今は追い続けてほしくないという考えの表れと思っていいわね」
「つまり、我々がとるべき最善手は、このままここを迅速に突破してW号を追う、ということになりますね」
 オレンジペコへの答えに補足したアッサムの言葉に、ダージリンはうなずいた。
「V突もB1-bisも姿を消している……今ごろは罠の準備中かしら。
 なら、お望む通りその罠に飛び込んであげようじゃない。
 ただし――お望みに反して、分断されることなく全軍でね」
「では、さっさと突破してしまいましょう」
 言って、アッサムが照準をのぞき込んで――発砲。倒された電柱の上部だけを正確に打ち砕いた。ピンと張られた電線の弾性に引っ張られ、自由になった電柱の頭頂部が宙を舞う。
「通すかよっ!」
 ダージリン達の突破の意図に気づいたジュンイチだが、そんな彼にはマチルダの機銃掃射。さらに、
「何をモタモタしてるの!?
 早くミホーシャ達を追いなさいよ!」
「アレを見ても同じことが言える?」
「げっ、柾木ジュンイチ!?」
 W号を追っていたプラウダ隊までやってきた。返すダージリンの答えにジュンイチの姿を確認したカチューシャが悲鳴を上げる。
 全国大会での対戦の折に思いっきりトラウマを刻み込まれたカチューシャはジュンイチのことが大の苦手だ。そんなカチューシャの心情を察して、ノンナのIS-2が前に出る。
「あー、やっぱ出てくるよねー、ノンナさん」
「カチューシャはあなたのことを苦手としていますから。
 ならば我々であなたを排除するまで」
「できるのかよ、アンタに?」
 答えるノンナにジュンイチが返して――



「『我々』と言いましたよ」

「うん、知ってる」



 ノンナに返すと同時にザンバーメイスを“背後に向けて”一閃。気配を隠しつつ迫っていたライカとジーナを追い払う。
「あーもうっ、気づいてたかっ!」
「お前らをゴルフ場でノしてからどんだけ経ったと?
 回復して追いついてくるには十分――どっかに隠れて強襲チャンス伺ってると思ってずっと全開で索敵かけてたわ」
 うめくライカに答えると、ジュンイチはIS-2にもにらみを利かせつつ、彼女やジーナと対峙する。IS-2、ライカ、ジーナでジュンイチを包囲する態勢だ。
「カチューシャ、ダージリン様。
 ここは我々で抑えます」
「頼んだわよ、ノンナ!」
 カチューシャがノンナに答え、彼女達は大洗本隊の追撃に戻る。ジュンイチのいる前方を抜けるのはあきらめ、旋回して後方から回り込もうと移動を始める。
「させるか!」
「それはこっちの――」
「セリフです!」
 もちろんジュンイチもそうはさせまいと後を追おうとする――が、それを阻んだのはライカとジーナだ。二人同時に打ちかかるのを、ジュンイチはザンバーメイスでまとめて受け止める。
「ノンナも行って!」
「任せます」
 そして、ノンナもまたライカに促されてその場を離れる。ジュンイチに正面を向けて牽制しながら、殿として後退しながらカチューシャ達の後を追う。
「ったく、まぁたこの構図かよ」
「当然でしょうが。
 アンタを野放しになんて、できるもんですか」
「私達だって、せっかく戦車道なんて始めたんですから戦車で戦ってみたいのに……
 それをガマンしてここにいるんですから、ジュンイチさんにも付き合ってもらいますっ!」
「ヤだヤだ、『オレらが苦労してるんだからお前らも苦労しろ』論」
 ライカとジーナの答えにため息をつき――ジュンイチが地を蹴った。
 大上段から振り下ろしたザンバーメイスを、ジーナとライカは左右に別れてかわすが、
「痛っ!? 痛たっ!?」
「破片!?」
 ジュンイチの狙いはザンバーメイスでの一撃そのものではなかった。ザンバーメイスを地面に叩きつけた、その衝撃で砕け飛んだアスファルトの破片に襲われ、ライカが、ジーナが声を上げ――
「ザンバーメイスに、気を取られすぎ!」
 次の瞬間、ライカを襲う衝撃――地面に叩き込み、突き立てられる形となったザンバーメイスを支点に、ジュンイチが器械体操の如く身をひるがえしてライカを蹴り飛ばしたのだ。
「このっ!」
 そんなジュンイチに、ジーナが鉄扇で打ちかかる――が、ジュンイチはザンバーメイスを残してその場から跳びのき、
「オマエモナー」
「え?……って、きゃあっ!?」
 ジュンイチの言葉に一瞬意図を測りかね――気づいたジーナが悲鳴を上げた。
 頭上から降ってくる複数のペイント手榴弾。先のアクロバットのどさくさに放っていたそれからジーナはあわてて逃れ、無人となったザンバーメイスの周りにペイントがぶちまけられる。
「オレの武器はザンバーメイスだけじゃねぇんだよ!
 と、ゆーワケで、あでゅ〜♪」
「あ! こら!」
「待ちなさい!」
 無事ライカとジーナを引き離した今、この場に長居は無用だ。迷うことなくザンバーメイスをその場に残して離脱、みほ達を追うジュンイチの動きに、ライカとジーナもそれを阻むべく地を蹴った。



    ◇



「――――っ、来た!」
 側道に潜伏し、待機していたM3の上で、梓はW号が聖グロ・プラウダ連合を相手に追われつつおびき寄せつつ、引き連れてやってくるのを確認して声を上げた。
 そして取り出すのは愛用の双眼鏡――ただしレンズの入っていない度なし、いわゆる伊達眼鏡の双眼鏡バージョンだ。
 それは遠くを見るためのものではなく、目が“良すぎる”梓が周囲の状況に惑わされず一点を注視するためのもの。わざと視野を狭めて余計な情報をシャットアウト。敵車列の後方を確認する。
 敵の殿を務めているのは――
(IS-2……ノンナさん!)
 その正体を把握――ノータイムで自分達の“役目”を判断し、梓はみほへと通信する。
「こちらウサギさんチーム。
 みほさん、最後尾のIS-2、任せてもらっていいですか?」
〈了解しました。
 ……梓ちゃん、気をつけて〉
「はいっ!」
「よっしゃ!」
「重戦車キラー参上〜」
 みほからの返信に車内がわき立つ。返事する梓の傍らであやと優季が声を上げ、
「がんばって、桂利奈ちゃん!」
「やったるぞーっ!」
 あゆみの声援を受けた桂利奈がM3を発進させる。聖グロ・プラウダ連合の本隊をやりすごしたタイミングで飛び出すと、やや遅れていたノンナのIS-2へと突撃する。
『突っ込め!』
 無口な沙希を除くウサギさんチーム五人の声が唱和し、IS-2と正面からぶつかり合う。
 先の全国大会の決勝戦、エレファントとヤークトティーガーを撃破した時の戦い方の再現である。
「後退なさい。
 おそらく敵の狙いは――」
 だとしたら、ウサギさんチームの次の手は――先を読み、砲塔から出ながら指示を下すノンナだったが、
「遅いっ!」
 相手はすでに動いている。密着状態の二輌の戦車を跳び渡り、梓がノンナに直接攻撃――



「――そう思いますか?」



「――――っ!?」
 思考よりも直感からの指示で身をよじる――空中でなんとか梓がかわしたのは、ノンナがいつの間にかかまえていた拳銃から放たれたペイント弾。
 強襲に失敗し、無防備なまま目の前に着地した梓を、ノンナは迷わず蹴り落と――せなかった。転がるように砲塔から落ちてノンナの蹴りを回避し、梓はIS-2の右履帯を覆うカウルの上で踏みとどまった。
「優季! このままIS-2にくっついてるよう桂利奈に伝えて!」
 歩兵用のレシーバーを介し、咽喉マイクで指示を出すと、梓は立ち上がり、砲塔の上に佇むノンナを見上げた。
「懸命な判断です。
 今離れたら、すぐさまM3を狙い撃たせてもらうつもりでしたから」
 そんな梓を砲塔の上から見下ろし、ノンナが告げるが、
「ううん……違いますよ」
 しかし、梓はノンナの言葉を否定した。
「私がくっついていてもらうよう頼んだのは……」



「“リング”を広くしてもらうためですから」



 言って、梓は足を前後に、M3とIS-2をまたぐように大きく広げ、ノンナに向けてかまえた。
 左半身を前に、右半身を極端に引いたそのかまえは――
「左に防御、右に攻撃を明確に割り振ったそのかまえ……
 柾木ジュンイチと同じかまえですか」
「師弟ですから」
 ノンナに答え――梓の呼吸が変わった。
 時に深く、時に浅く、一定でなく、しかし全体には規則的なパターンのその呼吸は――
「――――っ」
 気功の、“気”を錬る際の独特の呼吸法だ。錬り上げた自らの“気”が全身を巡ったのを感じ取り、梓はノンナに向けて地を蹴った。
 距離にして二メートル前後、しかし普通に詰めたのでは一秒以上はかかるその間合いが一瞬にして零になる――繰り出された梓の右拳をノンナは冷静にさばき、着地と同時に身を沈めた梓の足払いも狙われた左足を上げることでかわす。
 左足はそのまま振り上げ、梓に向けてカカト落とし――しかし梓も全身のバネで後ろに跳んでIS-2の砲身の上へ。踏み外すことなく砲身を蹴ってさらに後ろへ跳んでM3の上へと降り立った。
「なるほど……
 あなたも気功による身体強化を体得していましたか……驚きましたね」
「冷静にさばいておいてよく言いますね」
「驚きはしましたが、冷静さを欠くほどではありませんでしたから。
 あの柾木ジュンイチから直々に指導を受けているあなた達大洗の選手なら、いずれはと思っていましたし、何より――」



「ライカよりは遅い」



「――――っ!?」
 その声は頭上から――頭上に跳び込んできたノンナの素早い跳躍に、かろうじてその動きを捉えていた梓は身を沈めてノンナの手刀をかわすが、そんな梓の手に何かが巻きついた。
「“糸”――!?」
 それが、ジュンイチが工作によく使うものと同じだと気づいた瞬間、からめ取られた右手が後ろに引かれる――自身を跳び越えていったノンナに引っ張られ、梓はIS-2と押し合うM3の上から引きずり下ろされた。
「リングアウト、ですね」
「く……っ!」
「“糸”を使ってくるとは思いませんでしたか?
 柾木ジュンイチとつながりのあるライカがうちにいるんですから、“糸”を入手することは不可能ではありませんよ」
〈梓ちゃん!〉
「相手の戦車に集中して!」
 先のこちらの言い回しを拾って告げるノンナに対し、梓はすぐに立ち上がってかまえる――こちらの身を案じる優季からの通信にもすぐにやるべきことを伝える。
「戦車がやられちゃったら、私もリタイアなんだから!
 ノンナさんは私が何とかするから!」
〈大丈夫〜?
 何だったら、紗希ちゃんに行ってもらうけど〜?〉
「大丈夫」
 提案する優季だったが、梓は静かにそう答えた。
「ここは私ひとりで。
 大丈夫……意地でも負けないから」
「…………?」
 優季に答える梓の言葉を聞きつけ、ノンナは眉をひそめた。
(『意地でも』……?)
 その一言が引っかかったからだ。
 何やら妙に梓がムキになっている。はて、何か怒らせるようなことをしただろうかと少し考えて、
(……なるほど)
 心当たりはあった。
 そしてそれは――
「柾木ジュンイチですか」
「――――っ」
 梓を挑発するのに、この上ないほどのネタであった。
「なるほど、合点がいきました。
 準決勝で、私が彼にこの胸をもませたことが気に入らない、と」
「〜〜〜〜〜〜っ!
 あー、そうですよっ!」
 そのものズバリを言い当てられ、梓は顔を真っ赤にして言い返した。
「つまり、あなたは私と柾木ジュンイチの関係を警戒し、嫉妬している、と。
 そういうことなら安心してください。私と彼は何もありませんから」
「何もない相手に胸触らせたんですか!?」
「えぇ。私が、無理矢理に。
 カチューシャが彼を欲していたので、籠絡しようとしただけの話です」
「ロウラク」
「はい。
 私の身体を使って」
「カラダヲツカッテ」
「まぁ、ご存知のように断られましたが」
 思わず片言で繰り返す梓に、ノンナはあっさりと答えて――
「その後どうなったかは、語るまでもないでしょう。
 カチューシャが彼を怖がっている以上、私にとって彼は排除すべき害悪でしかありません」
「――――」
 堂々とハニートラップを公言してくれた話の内容に顔を真っ赤にしていた梓の動きが、続くその言葉と同時に停止した。
「さらに、ライカを迎えたことで彼の人材としての価値も消滅しました。
 彼を相手にする上で、ためらう理由はありません。全力で戦い、排除するのみです――納得していただけましたか?」
「……そうですね」
 語り終え、確認を求めるノンナに対し、梓はため息まじりにそう答え、
「……当初の心配については、ですけど」
 付け加えて、改めてノンナに向けてかまえた。
「柾木先輩のところへは行かせません。
 ノンナさんがカチューシャさんのために先輩を倒そうとしているように、私も先輩のために、ノンナさんに勝ちます」
「足止めではなく、『勝つ』と言い切りますか」
「足止めするだけでいい、なんて甘い考えで勝てる相手だなんて思ってませんから」
 ノンナに返して、梓は呼吸を切り替え、体内の“気”を錬り上げていく。
 その一方で梓が思い出すのは、全国大会の決勝戦でのこと。
 ヤークトティーガーを前にして、「これをみほやジュンイチのもとへ向かわせてはダメだ」と感じた、あの時と同じだ。
 ノンナをジュンイチのもとへ向かわせてはいけない――そう感じる。だがそれはおそらく事実だろう。
 覚えたてとはいえ気功で身体能力を向上させた梓の動きに対応できる実力を素で備え、しかもジュンイチを狙う気満々ときた。こんな人物を、ジーナやライカと闘っているジュンイチにぶつけられたら――
(そんなこと……させない!)
「ノンナさん……あなたはここで倒します」
「わかりました。
 あなたのその気迫に免じて、私も今は柾木ジュンイチのことを捨て置き、全力でお相手しましょう」
「ありがとう――ございます!」
 答えると同時、梓が地を蹴った。ノンナとの距離が一気に詰まり――



    ◇



 ノンナのIS-2をウサギさんチームに任せ、残りの敵を引き連れたみほ達のW号戦車は、サンビーチ通りを北上中。
 目的地は――
「これより、OY12地点を通過します」
Jawohl了解
 みほの報告に答えるのは、OY=大洗役場の前に布陣したV突のエルヴィン。他の戦車もすでに周囲に布陣を終え、攻撃の時を待っている。
 やがて、エルヴィンの耳がエンジン音と、戦車独特の走行音が聞こえてくる。
 そしてついに視界に入るW号の姿――聖グロやプラウダの戦車の姿はまだないが、麻子のことだ。つかず離れずの距離を保ったまま安全確実に誘き寄せてきたのだろう。
 だとしたらすぐにでも――
「――撃て!」
 予想通り、W号から遅れることジャスト五秒、姿を見せたT-34/76に向けてエルヴィンが発砲を指示する。
 放たれた砲弾は狙い違わずT-34/76に命中――撃破。
 先頭車輛がやられ、停止したのに気づいたすぐ後ろの二輌目だったが、急なことに対応できず、一旦停止の上モタモタとよけるしかない。
 当然、そんな鈍い動きでは待ちかまえていた大洗チームからすれば絶好の的でしかない。狙いをつけるのは、V突と並ぶ大洗の点獲り屋、ポルシェティーガーの砲手であるホシノだ。
「もらった!」
 狙いをつけ、引き金を引――こうとした瞬間、ここで突然の不運が彼女を襲った。
 まさにその瞬間、狙っていた二輌目のT-34/76が、一輌目から立ち上る黒煙に姿を隠されてしまったのだ――「いけない」と直感するが一瞬遅く、すでに引き金は引かれてしまっていた。放たれた砲弾は真芯を外し、相手の装甲に受け流されてしまう。
「待ち伏せされてるわ!
 全車、撃ちながら後退!」
 しかも、立て続けの砲撃によって、ここでの待ち伏せが戦力を集中させてのものであることまで気づかれてしまった。カチューシャの指示によって、建物の陰に退避されてしまう。
 そのまま、お互いに建物に身を隠しながらの撃ち合いに突入――が、やはり遮蔽物に守られながらではどちらも有効打を狙い辛い。
 しかも――
「このままじゃジリ貧だ!」
「カチューシャ! 我々が血路を!」
「やめなさい! 狙い撃たれるわよ!」
 膠着状態になると思って焦ったのか、T-34/76が一輌、カチューシャの制止も無視して建物の陰から出て――カチューシャの懸念は的中した。相手の砲がみんなこちらを向いている中ノコノコと出ていったものだから、あっという間に集中砲火を浴びて撃破されてしまった。
 これが怖いのだ。どちらも相手が姿を見せれば即座に集中砲火できる状態にあるため、お互いうかつに動けない。このままでは今やられたT-34/76の乗員達の危惧した通りジリ貧の膠着状態に突入である。
〈で、どうするの、カチューシャ?〉
「前進に決まってるでしょ!」
 後方のチャーチルからの無線に、カチューシャはムキになって言い返した。
「集中砲火されたら危ないけど……こっちの的が集中砲火しきれないぐらい多かったら話は別よ!
 ノンナ! みんなを指揮して――」
 声をかけながら、カチューシャが振り向いて――
「…………アレ?」
 ようやく、ノンナのIS-2の姿がないことに気づいた。
「ノンナ!?」
「あの……」
 あわててノンナの姿を探すカチューシャに、彼女のT-34/85の通信手が声をかけた。
「同志ノンナは、後方で大洗のM3と交戦中で……」
「何でそれを早く言わないのよ!?」
「言い続けてましたよ、さっきからずっと!」
「う゛……」
 通信手からまた悪い癖が出ていたとツッコまれて口ごもる――が、すぐに気を取り直してマイクを手に取った。
「ノンナ!?」



    ◇



〈ノンナ!?
 聞こえてる!? 大丈夫なの!?〉
「問題ありません、カチューシャ」
 一応報告は入れていたが、どうやら……というか、やはり聞いていなかったようだ。あわてた様子で通信してきたカチューシャに対し、ノンナは落ちついた口調でそう答え――
「余裕じゃないですか!」
「それほど余裕というワケではないのですが」
 そんなノンナに両手の警棒二刀流で打ちかかるのは梓だ。返して、ノンナはたて続けにくり出される警棒を冷静にかわし、
「これでも、けっこう紙一重なんですよ?」
「――――っ!?」
 一瞬の隙を突いて、梓の胸元にペイント弾を込めた拳銃を突きつけた。
 直後、引き金を引く――が、梓もすでに反応していた。強引に姿勢を崩して射線から逃れるが、地面を転がったところを蹴り跳ばされてしまう。
「っ、たぁ……っ!
 やってくれますね……っ!」
「よく言いますね。
 蹴った本人が気づいていないとでも思ってますか? しっかりガードしたでしょう、あなたも」
 今の攻防でどこかにぶつけたか、痛みを覚えた頭を押さえて立ち上がる梓に、ノンナは油断することなくその動きを警戒しながら冷静にそう返す。
「ですが……あなたに限らず、大洗は何をするかわかりません。
 このまま一気に、叩かせてもらいます」
 そして、油断していないからこそ、梓にこれ以上何かさせるつもりはなかった。梓の意識を刈り取るべく、手刀をかまえて距離を詰め――



「自分で言ったこと、忘れたんですか?」

 しかし――手遅れであった。



「『大洗は何をするかわからない』――って」
 目の前――距離を詰めた自分と梓との間に放られたのは手榴弾。
 梓にとっても目の前であるこの場に放られたそれが実弾とは考えづらい。とすると――
(ペイント手榴弾――!
 自分もろとも、相打ち狙い!?)
 そう予測して――ノンナは見た。
 梓の目に宿る、確かな意思の光を。
(あきらめてない――違う! 相打ち狙いなんかじゃない!)
 気づくと同時、炸裂――その正体は煙幕弾。梓とノンナを黒煙が包み込む。
「視界を奪ったところで……っ!」
 しかしノンナは動じない。息を殺して周囲の気配を探り――左の煙の流れが乱れた。
「そこ――っ!」
 梓が動いた――迷うことなく手刀を振るうが、
「――――っ!?」
 その手応えには違和感しかなかった。
 人の肉体を叩いた感触ではない。これは――
(風船!?)
 そう、風船だ。ノンナの腕の一振りで払われた煙の向こうには、人の形をした風船がゆらゆらと揺れている。
(こんなもの、いつの間に……)
 だが、こんなものをふくらませる暇などなかったはず。いったいどうやって――
(――――っ! そっち!)
 考える間もなく次の動き。背後に蹴りを放つが、こちらも風船。
(これは――)
 と、そこで気づいた。この多重フェイントは――
(準決勝で、柾木ジュンイチが私に仕掛けた手――!)
 かつて、自分がやられた手であった。
 しかし――
「一度目ですら通用しなかったのが、二度目は通じるとでも!?」
 その時も、自分はそれを読み切って返してみせた。通じるワケがないと言い放ちながら背後に向けて拳銃をかまえ――



「思ってませんけど何か?」



「――これも!?」
 そこには梓ではなく、三つ目の風船。
 梓の声はすれども姿は見えず。ノンナが思わず声を上げ――次の瞬間、視界が回転した。
 足を払われたと気づいた時には、すでに自分は地に倒れ、梓は自分から離れるように跳んでいて――ノンナの頭からペイントがぶっかけられた。
 頭上で炸裂したペイント手榴弾のペイントだ。直後、ペイントを検知したノンナの懐のビーコンが、死亡判定を示す低い音のブザーを鳴らす。
「……私の負けですか」
「はい」
 ため息をもらすノンナに、戻ってきた梓がうなずく。
「私の、勝ch



 ビ――ッ!



 しかし、梓の勝利宣言を新たなブザーの音がさえぎった。
 音の出所は梓の懐。そして先のノンナのビーコンのブザーとは違う甲高い音――
(戦車が――!?)
「みんな!?」
 それは自身の所属車輛が撃破されたことを示す音。あわてて梓が振り向くと、M3が黒煙を立ち上らせ、白旗を揚げて擱坐している。
「みんな、大丈夫!?」
「うん、大丈夫〜」
「ごめん、やられちゃったぁ〜」
 あわてて駆け寄り、声を上げる梓に、少し煤けた優季やあやが顔を出して応えると、
「どうやら、戦車同士の戦いはこちらの勝ちのようですね」
 梓に告げると、ノンナもまたIS-2のもとへと向かう。
「同志ノンナ……」
「見ての通り、私は死亡判定で脱落です。
 同志カチューシャと合流して、以後は彼女の指示で」
『はいっ!』
 乗員達が声をそろえてうなずき、IS-2はノンナを残してその場を離れる――それを見送ると、ノンナは梓へと向き直った。
「私とあなたの勝負には負けましたが、生き残った戦車はこちら側。
 IS-2を止められなかった以上、この場のトータルの勝敗はこちらの勝ちです」
「………………」
「ですが」
 ハッキリ敗北を宣言され、悔しそうに顔をしかめる梓だったが、ノンナの話には続きがあった。
「私自身が不覚をとった事実には変わりありません。
 完全にしてやられました。まさかこんな小道具を用意していたとは」
 言って、ノンナは先ほど出し抜かれた時に使われた人型の風船、その場に残っていたそれを軽くつついた。起き上がりこぼしのようにユラユラと揺れるそれから梓へと視線を戻し、尋ねる。
「いったい何なんですか、これは?
 あの短時間にこの大きさのものを膨らませて設置するなど……それに、ふくらませる音もまるで聞こえませんでしたが」
「あぁ、これです」
 答えて、梓が取り出したのは、野球ボール大の物体だった。
「これ、柾木先輩のお父さんが作ったダミーバルーンです。
 中に、混ぜるとガスを発生させる二種類の薬剤を仕込んだカプセルが入っていて、握り込んだ圧力でそのカプセルを割って、発生したガスで一気に膨らませるんです。
 音がしなかったのはゴムを厚地にすることで中のガスの発生する音を抑えてる、とかで……ただ、ゴムを厚地にしたことでこれ以上コンパクトにできなかったとか」
「これでも十分にコンパクトだと思いますが……まぁ、一応は納得しました」
 梓の説明に、ノンナは改めてため息をついた。
「まったく、大洗は次から次に……」
「私達と言うか、主に柾木先輩が発生源ですけどねー」
 答えて苦笑する梓だったが、
「ですが」
 そんな梓の前に、ノンナの右手が差し出された。
「次は負けません。
 優勝記念杯で当たれればよし。さもなければ練習試合ででも……卒業までには雪辱を果たさせていただきますのでそのつもりで」
「こちらこそ。
 次は、ノンナさんにも戦車にもきっちり勝ちますから」
 ノンナに返し、梓は彼女と握手を交わして――
「何ナニ〜?
 ノンナさんも柾木先輩争奪戦に参戦ですか〜?」
「………………」
「だから私と彼は何もありませんからですから梓さん握手する手思い切り握り締めるのやめていただけますかさすがに不意打ちでやられると耐えられません痛いです痛い痛い痛い」
 優季のせいで余計なオチがついた。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第52話「私とノンナだけじゃない!」


 

(初版:2020/10/26)

※外国語訳:excite翻訳