「ノンナが!?」
M3撃破と引き換えにノンナが梓に敗れたことは、IS-2の通信手によってすぐに役場前で足止めを受けているカチューシャへと知らされた。
「そんな、ノンナが……っ!」
いつも自分をサポートしてくれたノンナの脱落、それはカチューシャにとって大きなプレッシャーであった。どうしたらと不安に駆られて――
「心配すんな」
「――――っ!?」
突然の声に驚き、周囲を見回す。左右、そして後ろ――そこに、いた。
「お前も――これで死亡判定だ!」
旧砲塔チハと行動を共にしていた崇徳だ。現在繰り広げている撃ち合いのドサクサに紛れて潜入してきていた彼が、カチューシャに向けて棍を振り下ろし――
「さぁせるかぁっ!」
「ぶぎゃっ!?」
そんな崇徳が蹴り飛ばされた――そしてカチューシャを守るように着地したのは、
「しっかりしなさい、カチューシャ!」
「ライカ!
何でここに!? 柾木ジュンイチは!?」
「あそこ」
そう、ライカだ。カチューシャに答えて指さした先は自分達の車列の後方。
チャーチルの近くの路上で、ジーナが聖グロ車長達の援護射撃を受けつつジュンイチと闘っている。察するに今の崇徳のようにダージリンを狙ったジュンイチを追い払い、同様に自分が狙われると察して来てくれた、といったところか。
「って、橋本崇徳は!?」
「とっくに逃げたわよ。
攻める方に向いてる能力特性してないからね、アイツ。素直に守りに戻ったんじゃないの?」
「そ、それは安心ね……」
「安心なものですか。
要するに、アイツの一番得意な分野でやり合う羽目になりそうだ、ってことなんだから。
……それより」
安堵の息をつくカチューシャに「油断大敵」と釘をさすと、ライカは彼女へと向き直った。
「ノンナがやられたってのは無線で聞いたわ。
普段からべったりだもの。不安になるのはわかるけど」
「ふ、不安になんてなってないわy
「わ、か、る、け、どっ!」
強がるカチューシャを一喝、ライカは彼女へと手を伸ばす――怒られる、と身をすくめるカチューシャだったが、
「もっと周りを見なさいよ」
言って、ライカはその手でカチューシャの頭をなでてやった。
「アンタの仲間は、私やノンナだけじゃないでしょ。
クラーラや、他のみんなだって、アンタと一緒に戦うプラウダのチームメイトでしょうが。
アンタが鍛え上げたプラウダは、ノンナが抜けたぐらいで駄目になっちゃうようなヤワなチームじゃない。そうでしょ?」
「とっ、当然よ!
カチューシャが育てたのよ! プラウダはすごいんだから!」
「だったらもっとみんなを頼りなさいよ。
一から十まで頼れとは言わないけど……頼るべきところでも意地を張って頼らないのは、馬鹿のやることよ」
ムキになって返してくるカチューシャに答えると、ライカは軽くため息をつき、
「……ジュンイチみたいになられても困るしね……」
「え…………?」
小声で付け加えられたライカの言葉は、幸か不幸か砲撃音の合間をぬってカチューシャの耳に届いた。
なぜそこでジュンイチの名前が出てくるのか。尋ねようとして口を開きかけるが、それよりも早くライカの方から声をかけてきた。
「ところで、あんこうのW号は?」
「え?
……そう言えばいつの間にか……」
「ちょっ!?
何でそこに気を割いてないのよ!?」
「仕方ないじゃない!
こんなのさっさと突破できると思ってたのよ!」
カチューシャの答えに、ライカは思わず頭を抱えた。
強気な攻めは素直に褒められるレベルなのだが、時にそれが災いするのがカチューシャの悪いところだ。ゴリ押しできるかどうかにばかり目が行って、すべきかどうかを考えないから、そこを突かれるとこうしてあっさりと足止めに引っかかってしまう。
「Вы уверены, что хотите прокомментировать?」
と、そこへライカに声をかけてきたのはクラーラだ。
「Почему бы тебе не пойти и не пойти за Черчиллем?」
「О, Я тоже беспокоюсь об этом.」
ロシア語で尋ねるクラーラに、ライカもまたロシア語で返す――余談だが、ブレイカーはたいていの場合は多国語ペラペラのマルチリンガルである。繰り返される転生の中で様々な国の生活を経験し、その知識を受け継ぐためだ。
もっとも、超がつくほどの実践特化人間であるライカはそれを試験の場ではまったく発揮できないため、学校の成績は文系理系問わず座学すべてがズタボロ。ぶっちゃけ宝の持ち腐れ状態である。
反面、あくまで“実践”特化であるから、実践の場である実際の会話ではこうしてクラーラとも問題なくやり取りできるのだが――
「そこ! 日本語で話しなさいよ!」
それがカチューシャにはすこぶる不評であった。
「ライカ!
柾木ジュンイチみたいにあの防衛線を引っかき回すことできる!?」
「んー……引っかき回すだけでいいなら、何とかなると思うけど……
でもまたずいぶんと重労働を言い渡してくれるわね」
「カチューシャのわからない言葉で話してた罰よ!」
「クラーラは……?」
「クラーラは元々ロシア人だからいいのよ!
いいから早く行きなさい!」
「はいはい」
言い放つカチューシャに対し、ため息まじりに返す――気を取り直して、ライカは撃ち合いを繰り広げる目の前の戦場を見渡した。
「じゃ、行ってくるけど……カチューシャ、一応みほ達の動きに注意するようダージリンに釘さしといてね」
言って、戦車から跳び下りて――着地と同時、ライカの姿が消えた。
一瞬にして見失い、消えたかと錯覚するほどの急加速で、大洗側へと突撃をかけたのだ。
「光凰院が来たぞ! 迎撃!」
大洗側で最初にライカに気づいたのは桃だった。聖グロ・プラウダ連合の戦車をV突やポルシェティーガーに任せ、他の戦車が機銃で迎撃する。
が――当たらない。ライカは目まぐるしく駆け回り、放たれるペイント弾のことごとくをかわしていく。
ジュンイチを相手に人外レベルの機動にある程度慣れているはずの大洗メンバーが、ライカの動きをまるで捉えられないでいる。
というか――
「何、あの動き!?」
「柾木の動きとぜんぜん違う!?」
「というか、物理法則的にありえないよ!?」
あけび、桃、パゾ美――各車の砲手達が口々に声を上げる。そう、ライカの動きは、そもそも物理的に有り得なさ“すぎた”。
通常、物体は動けばその分勢いがつく。停止しようとしてもそれによってすぐには止まれないし、曲がろうとすれば遠心力がかかる。慣性の法則というヤツだ。
もちろんジュンイチだってこの法則からは逃れられない――が、ライカの動きはこの法則から完全に外れていた。
止まろうとすればその場でピタリと止まり、曲がる時も遠心力の気配などまるで感じさせない直角ターン。
完全に慣性の法則を無視したデタラメな動きだ。いったいどういうカラクリなのか――
「ところでさ……」
と、そこで杏が口を開いた。
「誰か……」
「光凰院ちゃんの能力について聞いてる?」
………………
…………
……
<<『………………あ>>』
第52話
「私とノンナだけじゃない!」
「……あー……
こりゃ、ジュンイチのヤツ珍しくミスったな」
観客席のひとつ、街頭モニターでその様子を見守りながら、鷲悟は苦笑まじりにつぶやいた。
「あの様子……みんなにライカの能力のこと、教えてなかったな」
「能力……アンタの重力制御みたいな?
じゃあ、あの動きって、ライカの異能ってこと?」
「あぁ」
エリカにうなずき返して――鷲悟はまほがこちらへと視線を向けてきていることに気づいた。説明を求められていると解釈し、続ける。
「アレはライカの能力特性のひとつ、“慣性遮断”だよ」
「慣性、遮断……?
つまり、慣性をキャンセルする力……?」
聞き返す渚に、鷲悟はうなずいて肯定してみせた。
「もっと具体的に言うと、自分や力場に加えられた物理的な運動エネルギーを任意にキャンセルする能力……って言えばいいかな。
例えば、前進している時に横から力を加えて進路をそらそうとされたとして、その時、前進する力は残して、横から加えられる力だけをキャンセルすれば……」
「その物体は進路をそらされることなく、前進し続けることができる……彼女の異能はそういうことができる、ということか」
「そういうことです」
納得するまほに、鷲悟は首肯してみせた。
「その能力を使って、自分の前進する運動エネルギーをカットすれば、その場にピタリと停止できる。
さっきからライカがカクカクとデタラメな軌道で動いてるのは、曲がる直前に前進ベクトルを完全にカットしてるから。
で、アイツのもうひとつの能力特性……瞬間的にトップスピードまで加速する、武道で言うところの縮地法の能力版にして上位互換、“光如瞬動”と組み合わせたのがあの動き」
説明も終わりに近づき、鷲悟はモニターへと視線を戻した。
「爆発的な加速による直線機動と、鋭角ターンも可能とする慣性キャンセルが生み出すあの機動……その動きはまるで漫画でアイコン的に描かれる稲妻の如し。
故にその名は――」
◇
「“雷光機動”っていうのよ!
再戦に備えて覚えときなさい!」
言い放ち、ライカは大洗の戦車隊の前を駆け回る――何なら攻め込んでやりたいところだがそれは自重した。今の自分の役目は大洗チームの撹乱だ。
が――
〈乗せられてんぞー、お前らー。
ライカは囮だ。プラウダの戦車隊のこと忘れんなー〉
「――っ! しまった!」
すでにこの男には気づかれていた。ジーナと闘いながらのジュンイチからの通信に、カチューシャとライカの思惑に気づいた桃が声を上げる。
「気づかれた!?」
他の面々も、ジュンイチの通信でプラウダの狙いに気づく――元通り聖グロ・プラウダ連合の足止めに徹するべく戦車の砲塔を向けるその様子にライカが舌打ちするが、
「――だったら!」
それならば、ジュンイチが今までやってきたように自分がアタッカーになるまでだ。距離を保つのをやめ、大洗の戦車が盾にしている建物へと走り――
「――――っ!?」
気づき、ライトニング・マニューバで直角ターン。気づかなければ駆け抜けていたであろうその場にペイント弾が着弾する。
戦車の機銃ではない。これは――
「ライフルでの狙撃――!?」
自分達も使った手だから、すぐにその正体がわかった。
そして、だとするとその“犯人”もしぼられる――
「――橋本!」
気づくと同時に跳躍、さらに自分を狙ってきたペイント弾をかわす。
どこから狙撃してきているのかを見極めなければ――幸い、推理の材料はある。
自分のかわしたペイント弾、そのペイントの飛び散り方だ。
一方向に多少偏ってはいるが、概ね全方向に散っている――横方向のベクトルが小さかった証拠だ。
つまり、これは水平に近い角度で撃たれたものではない。もっと高所から、ななめに撃ち込まれたものだ。
この周辺でそれができる場所は限られている。ペイントの飛び散りの偏りから割り出した射撃の方向もそれを裏づけている。
間違いない。崇徳がいるのは――
「カチューシャ!
主砲で――」
「役場の屋上を狙って!」
大洗町役場、その屋根の上だ。
「ライカ!?」
「橋本がそこから狙ってる!
放置しとくと、アンタ達も撃たれるわよ!」
いきなりの指示に驚くカチューシャに、ライカは改めて指示の意図を伝える。
「で、でも、歩兵を直接狙うなんて……」
「大丈夫!
どうせかわすし、当たったところでアイツなら大丈夫! なんたって絶対防御持ちよ、絶対防御!」
空間湾曲の応用で空間そのものを断絶、あらゆる物理干渉を遮断する崇徳の能力特性のひとつ、“絶対防御”――その防御力をもってすれば、あのマウスの主砲ですら無力と化す。
「そういうワケだから遠慮は無用! とっとと撃ちなさい!」
「指図しないd
「返事っ!」
「はっ、はいっ!」
指図されてムキになりかけたカチューシャだったが、ライカに一喝されてあわてて砲手に主砲を役場へ向けさせる。
「うげっ!?
ライカのヤツ、カチューシャちゃんに何やらせてんだ!?」
そんなカチューシャ達の動きに気づき、崇徳も毒づきながらあわてて撤収しようとするが、
「撃てぇっ!」
「どわぁっ!?」
それはギリギリの紙一重。崇徳がその場を離れた直後、彼のいた狙撃ポイントをカチューシャのT-34/85の砲撃が粉砕する!
崇徳は――無事だ。屋上の崩落に巻き込まれ、階下、すなわち二階に転げ落ちたものの、絶対防御に守られてガレキの下からはい出てくる。
「くっそー、人が絶対防御持ちだからって無茶苦茶やりやがって!
オレじゃなかったら死んでるぞ!」
口に入った埃をペッペッ、と吐き出しながら崇徳がうめいて――
「だからやったんじゃない」
「――――っ!?」
聞こえた声にとっさに前方に跳ぶ――直後、崇徳のいた場所にライカのカカト落としが叩きつけられた。
「チッ、外したか」
「ライカ!?
いつの間に!?」
「いつに間に、って……」
うめく崇徳に対し、ライカはニカッ、と笑い、
「全速力でカッ飛んできたに決まってるじゃない♪」
「こ、コイツ……!」
その言葉に、悟る――自身の最高速度が常人の目やカメラに捉えられないのをいいことに、異能全開の最大速力で飛んできた、と。
「あーもう、ホントにメチャクチャやりやがって!
異能のことがこっちの世界の人達にバレたらどーすんだ!?」
「別にどうってことないでしょ。
ジュンイチのメチャクチャぶりに比べたら」
「………………」
ジュンイチを引き合いに出されて思わず一瞬納得する――が、崇徳は「違う、そうじゃない」と頭を振って思考を仕切り直す。
「で? お前は狙撃を抑えた上で、オレが次の行動に出ないよう妨害に来たってワケだ。
ってことは……」
「えぇ」
崇徳の言葉に、ライカは満足げにうなずいた。
「今頃、カチューシャ達が大洗の防衛線を押しつぶしにかかってる頃よ」
◇
「同志カチューシャ! お待たせしました!」
「ようやく来たわね!」
大洗町役場の屋上を砲撃し、ライカを突入させることに成功。改めて大洗・知波単連合の防衛線の突破に取りかかろうとしたカチューシャのもとへ、ノンナを失ったもののM3を、ウサギさんチームを撃破したIS-2が合流してきた。
「すみません。
私達の力不足で、同志ノンナが……」
「えぇ、そうね。
あなた達の力が足りなかったわね」
ノンナの脱落を謝罪する車長代理、IS-2の通信手にカチューシャはそう返して――
「でも、それがわかってるならいいわ」
カチューシャの言葉の続きは意外なものだった。前置きの言い回し故にてっきりノンナをやられたことで癇癪を起されると思っていた車長代理は思わず目を丸くした。
「ウチで、ライカを除けば白兵戦最強のノンナが勝てなかった相手よ。あなた達が加わったところで足手まといになるのがオチよ。
それよりもM3を倒してIS-2を生き残らせてくれた――おかげで私達はIS-2をこの試合でまだまだ使っていける。そっちの方がよほど助かるわ」
言って、カチューシャは自軍、プラウダ隊の戦車を見渡した。
(『プラウダはノンナと私だけじゃない』『もっとみんなを頼れ』か……)
ライカに言われたことを思い出す――言われてみれば、今まで自分はノンナだけを拠り所にしてきたと気づく。
他のチームメイトはあくまで部下。“使う”相手ではあっても“頼る”相手ではなかった。
プラウダ入学以来、同学年の戦車乗り達に比べて明らかに劣る体格で、その不利を乗り越えてのし上がるため、常に上へ上へと這い上がり続け、みんなの「上」であり続けたから。
自分が絶対の上位者であり続けなければ、弱気なところを見せたりすれば、たちどころに舐められてしまうと思っていたから。
だが――
(プラウダは……私とノンナだけじゃない!
すごい私が育てたプラウダは、上から下までみんなすごいのよ!)
「でも、そうね……
ノンナをやられたことを悪いと思ってるなら、罰を与えるわ!
大洗の防衛線を突破する! 罰として前に出て盾になりなさい! 一番槍よ!」
「Ypaaaaaa!」
カチューシャの命令に車長代理が元気に答え、IS-2は砲火の飛び交う戦場のド真ん中へと進出していく。
「援護するわよ! 砲撃のタイミング合わせて!
3、2、1……今よ!」
もちろん、カチューシャも黙って見送ったりはしない。残りの車両を指揮して、IS-2の前進をサポートする。
そんなプラウダの動きを見ながら、ダージリンはマイクを手に取った。
「ローズヒップ、聞こえて?」
◇
〈みほさん達は見つかったかしら?〉
「影も形も見当たりませんわ!」
呼び出しを受けたローズヒップは、役場への通りに入る前にはすでに隊列を離れていた。
その目的はW号の捜索――役場前が腰を据えて布陣するのに適していることに気づいていたダージリンは、W号が役場への進路をとった時点で大洗側の防衛線の存在を察知。カチューシャ経由でライカに釘を刺されるまでもなく、ローズヒップを別動隊として動かしていたのだ。
だが、その甲斐なくローズヒップは未だW号を見つけられないでいるようだ――なので、助言する。
〈ローズヒップ、W号の狙いは私よ。
それをよく考えて、的確に行動しなさい。スピードを出すことに夢中にならないで〉
「もちろんでございますわ!」
ダージリンに答えると、ローズヒップは通信を終えて隊の指揮に戻る。
(役場前を通り過ぎてから迂回して、ダージリン様の背後に回り込む……
W号の車幅でそれが可能で、しかも最短ちょっ速で駆け抜けられるルートとなると……)
普段から何かにつけて考え足らずなところを見せているローズヒップだが、“聖グロ一の俊足”と謳われ、自身も「走ることなら誰にも負けない」と豪語しているだけあって、走りに関することならむしろ頭が回る方だ。コース=大洗の地図を頭に思い浮かべ、ダージリンから示された条件を満たすルートを瞬く間にしぼり込んでいく。
そうしてシミュレートした、W号の予想現在位置は――
「反対方向ですの!?」
むしろ自分達はそこから離れる方向に走っていた。あわててUターンを命じ、海に沿った道に入ると漁協の前を駆け抜け、W号のいるであろうエリアに向けて爆走する。
そして――
「見つけましたわよ!」
読み通り、こちらに向けて走ってくるW号の姿を発見した。
「また来たぞ。ローズヒップだ」
「さすがダージリンさん……
ローズヒップさんを先回りさせてた……」
当然、W号からもクルセイダー隊の姿を捉えていた。麻子の報告にみほがうめく。
「やっつけますわよ!」
そんなみほ達に向け、ローズヒップはクルセイダー隊を猛然と突撃させる。隊列を横に、道路いっぱいに広げてW号の進路を阻むのも忘れない。
みるみる内に両者の間の距離が詰まっていく中、クルセイダー隊が一斉に砲撃――だがみほ達も負けてはいない。麻子の巧みな操縦で直撃弾の一発のみを装甲で受け流しつつ、残りの砲弾をやりすごしつつ、華の精密砲撃がクルセイダー隊を狙う。
クルセイダー隊二輌が回避行動をとり、砲弾は間隔を開けたこの二輌の間に着弾する。
が――かまわない。
「――――っ!
いけない! ブロックですわ!」
なぜなら、“かわさせるために撃ったのだから”――気づいたローズヒップが指示するが、時すでに遅く、開いた隙間に突っ込んだW号に一気に突破されてしまう。
「相変わらずやってくれやがりますこと!
追いますわよ!」
かわせない攻撃を装甲の厚い部位で受け、砲撃で開けた隙間への、衝突上等の強行突破――胆力があるにも程があるW号の大胆な動きに翻弄されながらも、ローズヒップはすぐに追撃を指示。四輌のクルセイダーは華麗なスピンターンで反転、W号の後を追って走り出した。
◇
「よっ、ほっ、はっ」
気の抜けた掛け声とは裏腹の鋭い動きで、ジュンイチは雨アラレと迫るペイント弾をかわして近くの建物の屋根の上に跳び上がり、
「逃がしません!」
その後を追って、ジーナも屋根の上へ――
「ヘイらっしゃい」
「きゃあっ!?」
だがそれはジュンイチの“誘い”であった。屋根の上、聖グロ戦車長達の援護射撃の届かないところで待ちかまえていたジュンイチが紅夜叉丸をフルスイング。跳び上がってきたジーナをブッ飛ばす。
かろうじて防御は間に合ったものの、屋上への追撃に失敗したジーナはチャーチルの上に着地した。
「おのれ、相変わらず好き放題やってくれる!」
ジーナが迎撃されたのを見て、ジュンイチに向けて毒づくのはルクリリだが、
「いえ――十分効いているわ、こちらの攻撃は」
「ですね」
ダージリンとジーナの考えは違った。
「当てられてこそいませんけど、とりあえず追い払うことには成功しましたから。
何かしら対策を立てる時間を与えてしまうことにはなりますけど……」
「それはこちらも同じこと。
そしてそれをわかっているから、彼はおそらく間髪入れずに次の手を打ってくるでしょうね。
私達に自分への対策を立てさせないために……ほら」
ダージリンがジーナの言葉に捕捉した、その時――ジュンイチの退避していった屋根の上から何かが放られた。
(ペイント手榴弾――!?)
「させません!」
その正体を看破したジーナが素早く対応。懐から取り出したナイフを投げつけ、飛来する複数の手榴弾をすべて弾き返す。
このジーナの迎撃によって、手榴弾は聖グロ戦車隊の頭上に達することなく弾き返されて――
“炸裂することなく”、屋根の上に落ちていった。
「え――――!?」
「しまった――っ!」
こちらを攻撃するためのものではなかったのかと驚くジーナだったが、一方ダージリンはその意味に気づいて声を上げた。
(あれは、注意を上に向けるためのフェイク――!
しかも、“私達にフェイクだと気づかせることも前提にした”!)
手榴弾そのものと、それがフェイクであるという事実への気づき、多重に“本命”への注意を薄めさせる意識誘導。
だとしたら、“本命”は――
「下よ!
彼はもう、地上に下りてる!」
“上”に注意を向けさせたのだから、攻めてくるならそこ以外であろう――そう読んだダージリンの考えを裏づけるかのように、聖グロ戦車隊の周囲で突如炸裂音と共に黒煙が巻き起こる。
「煙幕!?」
「うろたえないで!
各車、周囲を榴弾で砲撃!」
車長のひとりが声を上げるが、ダージリンは冷静に指示を下す――従った各車が周囲に砲撃。砲撃そのものと建物を吹き飛ばした爆風で、煙幕を一気に吹き飛ばす!
――――が、
「いない……!?」
煙幕の晴れた後には、ジュンイチの姿はどこにもなかった。
(さっきの私の指示を聞いて、見つかる前に退いた?……いえ、彼の性格上それはないわね。
彼のスタンスはあくまで攻め。これは私が読みを外したと見るべきね。
だとしたら、彼はどこに……?)
ジュンイチの姿を、策を探り、ダージリンが推理を巡らせて――
(上だよ)
すでにジュンイチは“屋根の上から”跳んでいた。チャーチルに向けて落下しながら、一撃を叩き込むべく身をひるがえす。
そう、ジュンイチはずっと屋根の上にいたのだ――煙幕弾も、ジーナ達に追い払われて屋根の上に退避する前にあらかじめ地上に放り出していたもの。仕込んでおいた“糸”を引いて遠隔、時間差で安全ピンを引き抜き、炸裂させたのだ。
上から、ピンも抜かずに放った手榴弾だけではない。下からの煙幕もまた囮。本命は上への注意を逸らした上での頭上からの強襲。
上からの攻撃をフェイクだとわざと気づかせ、直後に下から仕掛けることでその気づきを裏付ける。これでダージリン達の頭には“上からの攻撃は囮”という認識が刷り込まれた。下からの煙幕も囮だと気づいたところで、一度フェイクの奇襲をしかけた上からの襲撃の可能性はすぐには思いつかない。
実際ダージリンは周囲にばかり注意を向けていて、頭上には意識が向いていない。このまま一撃入れてダージリンの意識を――
「させませんっ!」
「ぐ――っ!」
だが、それは突然の衝撃に阻まれた。飛び出してきたジーナが、閉じた鉄扇のフルスイングでジュンイチを殴り飛ばす!
「っ、てぇ……っ!
やってくれたな、てめぇ……っ!」
「さっきのお返しです!」
しかも、思いっきり下方向へ――結果、人が落ちたとは思えないほどの衝撃で地面に叩きつけられるが、身体がバウンドしたところで立て直して着地。うめくジュンイチに対し、ジーナは立ち上がってくることなど想定済みと言わんばかりにそう答える。
「つか、今のに反応したのかよ……」
「ギリギリでしたけどね……」
ジュンイチのつぶやきに返すと、ジーナは軽く息をつき、
「何と言っても、私はダージリンさん達よりもジュンイチさんとの戦歴は長いですからね。
今まで、何度ジュンイチさんのフェイク戦術に煙に巻かれてきたと思ってるんですか!?」
「実感がこもってるわねぇ」
すかさずダージリンがツッコんで――直後、近くの建物が爆発を起こした。
「砲撃!?」
「いえ……違うわね」
大洗が撃ってきたのかと警戒するジーナだったが、ダージリンの考えは違った。
「みたいだね」
さらに、ジュンイチもまたダージリンと同意見だった。二人が視線を向けたのは――
「橋本とライカのヤツ、そーとー派手にやってると見える」
二階が内側から吹き飛んだ、大洗町役場であった。
◇
「いくわよ!」
「断る!」
ライカの宣言を即座に断る――もちろんライカに従う義理はない。かまわず突っ込んできた彼女の警棒による突きをかわし、崇徳は迷わず距離をとる。
そして懐から取り出すのは愛用の三節棍。素早く連結すると追ってきたライカをカウンターの突きで追い払う。
(攻めさせたらダメだ――攻めろ!)
否。追い払うだけでは終わらない。地を蹴り、距離を詰めてライカへの連続突き。
対し、ライカもそれを警棒でさばいて懐に飛び込んだ。再び崇徳への一撃を狙って――
「甘いっ!」
崇徳は三節棍を分解。三つに別れた棍の真ん中を基点にヌンチャクの要領で振るい、ライカを牽制する。
さらに懐から拳銃を取り出す――連続して放たれるペイント弾から逃れ、ライカは一旦距離をとる。
「へぇ、ずいぶん積極的じゃない」
「主導権渡してたまるかっての。距離を詰められたらこっちが不利なんだから」
「わかってらっしゃる。
でも――」
崇徳に返すと、ライカは警棒を縮めてホルスターに収め、
「忘れてないかしら?
私の才能は――むしろ遠距離戦寄りだって!」
ジャケットの裏にしのばせた拳銃での抜き撃ち――放たれたペイント弾をかわし、崇徳はフロアの奥、廊下の曲がり角に身を隠す。
「バラまき特化のアンタよりも狙いは正確よ。
距離をとっての撃ち合いじゃ、むしろ不利なのは狙いの散るそっちなんじゃないの?」
対し、ライカは余裕だ。廊下の真ん中で堂々と崇徳を待ちうけて――
「いやー、そりゃ撃ち合いに持ち込むこと考えるだろ。
お前、撃ち合いと殴り合いなら殴り合いを選ぶタイプだし。
だって――」
「『才能だけ』の射撃より『才能ゼロから鍛え上げた』空手だろ、お前」
「うっさいっ!」
崇徳の指摘にライカがキレた。
「日頃から言ってるわよね! その話はするなって!
私にとっては誇りと同時にコンプレックスなのよ!」
「まー、気持ちはわかるけどさ。
才能なんてからっきしだったのに、それでも好きで中学全国優勝するほど極めたんだもんなぁ」
ライカの剣幕に、崇徳は曲がり角の向こうから顔だけを出してきて、
「で……そこまで極めた後で、覚醒したブレイカーの適性が射撃寄りだったことで、射撃の方がよっぽど才能があるってわかったんだっけ?」
「やめろって言ってんでしょうがっ!」
すかさずライカが怒りの咆哮と共に撃ってきたので顔を引っ込める。
「アンタにわかるか!
空手で同年代のてっぺん極めた直後に『実は大好きな空手の才能ゴミで射撃の方が才能ありますよ』と知らされたあたしの複雑な気持ちがっ!
あくまで空手の方が好きだから後悔はないけど、それでもやっぱ悶々とするのよっ!」
「まー、確かにタイミング最悪だわなー」
ライカの怒りの咆哮に、崇徳は苦笑まじりに同意して――
「だからこそ、挑発にちょうどいいネタなワケで」
「――――っ!?」
その言葉に、ライカは気づいた。
あわてて周囲を見回し――あった。廊下のすみに手榴弾が仕掛けられている。
崩れかけのガレキに引っかかるように置かれた上で、崇徳の隠れた曲がり角へと伸びる“糸”。これは――
(即席トラップ!
さっき奥に逃げた時か……っ!)
「く――――っ!」
「遅い!」
ライカの離脱よりも早く、崇徳が“糸”を引く――ピンが引き抜かれ、手榴弾(実弾)が容赦なく炸裂する。
熱波と爆風が過ぎ去り、静寂――爆発の収まったフロアを軽くのぞき込み、
「ま、どーせ逃げてんだろうけど」
「その通りだけどね……っ!」
もらしたつぶやきに、煙の向こうからの声が答えて――
「だからって、遠慮なく実弾ブッ放すなーっ!」
「自分のやったことを思い出せーっ!」
ライカの抗議に対し、「カチューシャに実弾撃たせておいて何言ってんだ」と言い返す。
「上等よ!
そっちがその気ならとことんやってやるっ!」
言い放ち、ライカが取り出した手榴弾のピンを抜き、投げつけてくる――実弾と察し、崇徳が逃げた後で爆発を巻き起こす。
――が、
「――っ、とぉっ!?」
ライカもまた横っ跳びで回避――崇徳のペイント弾での反撃だ。
「乗ってきたわね!
そうこなくっちゃ!」
対し、ライカも拳銃を抜いて応戦。役場の中を舞台に銃撃戦が始まった。
◇
一方、役場の外での戦闘も激しさを増していた。IS-2を前面に押し出してジリジリと詰めてくるプラウダ隊に対し、大洗・知波単連合側も近づけてたまるかと砲撃を繰り返す。
「みんなムリしないでねー」
「会長はもう少し無理してくださいっ!」
昼行灯モードの杏に柚子がツッコみたくなるのも無理はない。
攻撃の回転率では負けてない。射撃の精度も若干譲るも致命的な差ではない――だがやはり火力の差が大きすぎるのが痛い。一発の攻撃力で優るプラウダ隊に、大洗側の防衛線は少しずつ押し込まれてきている。
「これ以上押し込まれたら危ないぜよ」
「だな。
レオポン! 後退を進言する!」
「はいよー。
全車、一ブロック後退ねー」
おりょうからエルヴィンを経た進言に、防衛線を指揮するナカジマが後退を指示。各車砲撃で相手を牽制しながら、(こういう状況になったら絶対渋るであろう)知波単組をあらかじめ待機させていた次の防衛ラインまで後退する。
「敵が退いたわ! 今よ!」
そんな大洗側の動きに気づいたカチューシャの指示で、プラウダ隊はさらに圧力を強めた。大洗側に牽制し返しながら距離を詰めていく――
そう。
“プラウダ隊だけが”。
◇
「あーら、よっと!」
空中で身をひるがえし、ばらまいた手榴弾が地上で次々に爆発――防衛線の突破に力を注ぐプラウダ隊と違い、後続のダージリン達、聖グロの本隊はジュンイチに翻弄され、完全に足止めをくらっていた。
ダージリンを除く車長一同の援護を受けるジーナの応戦もあって今のところ戦力的な被害は受けていないが、立体的に跳び回ってこちらを撹乱、隙あらば車長の撃破や戦車の足回りの破壊を臨機応変に狙い分けてくるジュンイチを追い払うのは容易なことではない。
が――
(…………おかしいわね)
指揮を執るダージリンは、ジュンイチのこの攻撃に違和感を覚えていた。
(彼の攻め口にしてはおとなしいわね……
回り込もうとしているみほさん達のために足止めに徹している?……いえ、みほさん達がローズヒップの隊に追い回されていることぐらい、彼はとうに把握しているはず。
それに、だとしても彼の性格上もっと攻撃的に……積極的にこちらの進軍能力を奪いに来るのがむしろ自然……)
あの「超」がつくほどの負けず嫌い。守るにしても攻撃的に。強気なスタイルを常に重んじるジュンイチがこの局面で素直に足止めに徹している。それがどうにも引っかかる。
「素直に足止めに徹している」のでなければ、考えられるのは――
(みほさん達の攻撃以外の、何かを狙っている……?
タイミングを計っているのか、それともこうしているドサクサに紛れて何か下準備を……?)
「『何か企んでるだろ』ってツラしてるな」
「――――っ!?」
聞こえたのは思念通話ではなく、明らかな肉声――ちょうど自分の真上を跳び越えたジュンイチが屋根の上に着地する。
(考えが顔に出ていた?……いえ、彼のことだからおそらくはブラフね。
となると、逆に考えれば私が違和感を覚えるのは彼にとって想定内ということになる……)
やはりやりにくい相手だ、と内心で悪態をつく――戦術、戦略よりも相手を理解することを重視し、性格やとっさの反応パターン、本人の知略や技術のレベルまでもを判断材料に組み込んで策を読んだり立てたりしてくるから、とにかく裏がかきにくい。それにこちらの胸中を見透かされているようで、個人的感情の上でもいい気分はしない。
そんな彼に読み勝つのは至難の業だ。とにかく一挙手一投足から少しでも情報を拾わなければ。
そうしている間にも、ジュンイチはジーナを相手に立ち回りながら手榴弾でこちらの足回りを狙ってくる。今もジーナの鉄扇をかわして手榴弾を投げてくる。
三方向、こちらを包囲するように投げられた手榴弾がドンドンと立て続けに爆発して――
(――――って!?)
気づいた。
(爆発は二回。投げたものは三つ……ひとつ爆発していない!?)
不発弾かとも思ったが、そんな甘い考えは即座に否定する。不発弾が出るような粗悪品を彼が持ち出してくるとは到底思えない。
つまり、投げたもののひとつが爆発しなかったのも彼の想定内――何かしらの策の布石である可能性が高い。
爆発の起きなかった方へと視線を向ける。何かヒントになりそうなものが――
(――マンホールが!?)
あった――マンホールのフタが開いている。
すぐ脇に置かれた状況からして爆風で外れたとは思えない。アレも彼の策の布石だとしたら……
(いったいいつの間に……いや、違う!
今考えるのは『いつの間に』じゃない……『何のために』ということ!)
「気づいたみたいだな」
「――――っ」
声をかけられ、見上げると、屋根の上にジュンイチの姿が。警戒するジーナや他の車長達を気にするでもなく、右手で弄んでいるのは――
(――――っ!?)
その正体に気づいた瞬間、ダージリンの顔から血の気が引いた。
(ガスボンベ……!?)
そう。コンロなどで使う家庭用ガスボンベだ。
あれが不発弾(仮)の正体だとすれば――
(フタの開いたマンホール。
彼の手の中のガスボンベ。
もし、あのマンホールからガスボンベを地下に投げ込んでいたとしたら……
もし、さっきからの“爆撃”の間中、ずっとマンホールの中にガスボンベを、不発弾を装って投げ込み続けていたとしたら……)
そこまで考えが至り――気づく。
なぜ、彼がこちらの違和感をいちいち指摘するような言動をしていたのか。
気づかせるためだ。ダージリンに――
(思惑に乗るしか……ない……っ!)
「全車後退!
いえ――」
「退避!」
避難を命じさせるために。
「ジーナさん!」
「はいっ!」
もちろん、ジュンイチの好きにさせるつもりはない。阻止を狙うのも忘れない――ダージリンの声に、同じくジュンイチの“狙い”に気づいたジーナがそれを阻もうと突っ込む。
一足飛びにジュンイチのいる屋根の上へ。改めて手榴弾を取り出した彼に向けて横薙ぎに一s
「おせぇよ」
その一言と同時、衝撃――無造作に振り上げられた、ただし身体能力の増幅をこれでもかというぐらいにかけたジュンイチの蹴りが、ジーナを頭上高くブッ飛ばす!
「ジーナさん!?」
後退するチャーチルの上でダージリンが声を上げる――が、目でその姿を追ったジーナの手の鉄扇がへし折られているのに気づいた。
どうやらガードは間に合ったようだ。無事であることに安堵するが、
「んじゃそーゆーことで」
ジーナが(飛距離的な意味で)ブッ飛ばされたということは、彼を阻む者がいなくなったことを意味する。迷うことなくピンを引き抜いた手榴弾をマンホールの中に投げ込んで――
崩壊が起きた。
マンホールの中、下水道で起きた手榴弾の爆発は、その中に放り込まれていた大量のガスボンベ(新品)に同時に引火した。
巻き起こった膨大な熱量と衝撃の渦は配管に多大なダメージを与えながら近辺の下水道を駆け巡った。ジュンイチがフタを開けていたところはもちろん、他のマンホールからもフタを下から吹き飛ばすほどの勢いで火柱が上がる。
そして――崩落。下水道が崩れ落ち、さらにその周辺の地面も衝撃によって基礎工事のコンクリート地盤が粉砕、その上の建物も次々に崩落する。
結果――
「なっ、何!?」
「何だぁ!?」
戦っていた場所故に状況の把握が遅れたこの二人がとばっちりを受けた。元々自分達の戦いでダメージを受けていた大洗町役場の建物が崩壊、ライカと橋本が巻き込まれた。
そんなことには気づいていたがスッパリと無視して、ジュンイチは足元の建物の崩落から逃れて後退。安全圏まで退避した上で、自分の“仕掛け”が狙い通りの効果をもたらしたことを確認して、満足げにうなずいた。
「プラウダと聖グロ――」
「分断、完了」
◇
「あれって、まさか……」
「あぁ……
ダージリンとカチューシャを分断させるのが狙いだな」
「自分がダージリンさん達を足止めして、前方のカチューシャちゃん達だけが先行したところで道路を破壊。
もちろん戦車なら走ることはできないワケじゃないけど、それでも機動性が落ちるのはどうしようもない。
そこをジュンイチや、自分達を狙ってるはずのみほちゃん達に狙われたらさすがにヤバい。ダージリンさん達がカチューシャちゃん達と合流するには、ブッ壊されたエリアを迂回するしかない……ですよね?」
ジュンイチによる大規模破壊の様子は、観客席にも中継されていた。エリカに返すまほに、鷲悟が詳細を確認する。
「で、でも……
足止めのためだけに、道路やその周辺を地下から爆破して崩落させるって……そこまでやるんですか……?」
「あー、渚ちゃんも全国大会の決勝戦見てるんだよね?
ならアイツの“前科”も見てるでしょ……マウスをつぶす、“その下ごしらえのためだけに”団地のマンション二棟も倒壊させてんだよ、アイツ」
一方、渚はジュンイチの起こした破壊の規模にドン引きだ。頬を引きつらせる彼女に鷲悟が苦笑する。
「最優先は目的の達成。そのためなら手段の善悪は問うても費用対効果は一切問わないからなぁ、アイツ。
人を巻き込まないなら万事OK。物的被害なんてアイツにとっては『何ソレおいしいの?』な領域の話なんだよ」
「お仲間の戦ってた役場、巻き添えで崩落してますけど……」
「あー、その辺は心配してないから」
突っ込む渚だったが、鷲悟はあっさりと答えた。
「ライカや橋下が、あの程度でどうにかなるワケないから。
何たって絶対防御持ちとチーム内最速のスピードスターなんだから」
◇
「……くっそー……ひどい目にあった……
ジュンイチだな、こんなムチャクチャやるの……」
鷲悟の予想した通り、崇徳は無事だった――カチューシャから撃たれた時と同様に絶対防御の力場に守られ、ガレキを押しのけてその姿を現した。
崩落に巻き込まれた役場の正面側は完全に崩れてしまった。おかげでガレキから脱出した崇徳からは外の様子が丸見えで――
「ぅわぁ」
役場の正面ロータリーは滅茶苦茶になっていた。アスファルトはバキバキにひび割れてさらに一部が隆起までして荒地同然の有様となっている。これなら戦車ならともかく、普通の車ではとても乗り入れられそうにない。
「これ後の復旧が大変そうだなー……」
いくら日戦連が被害を補償すると言っても、これは――思わず鷲悟が苦笑して、
「ちょっと、橋下!?」
そんな崇徳の頭上から声がかけられた。
「いったい何考えてるのよ!?
自分もろとも役場を吹っ飛ばすなんて! 役場の前までメチャクチャじゃない!」
「いや、オレの仕業じゃないぞコレ!?」
ライカだ――どうやら役場の崩壊は崇徳の仕業だと思っているようなので、あわてて否定する。
「こんなムチャクチャやるのなんて、ひとりしかいないだろ!」
「む……
確かに、こんなのやらかしそうなのはアイツよね……」
崇徳の言葉に「言われてみれば確かにそうだ」とライカが納得し、
「……つまり、これはただのアイツの大暴れのとばっちり。
アイツがこっちを狙ってるワケじゃない以上、再発の心配はないってことね」
「……だな」
好戦的な笑みと共に告げるライカの言葉に、崇徳はため息まじりに足元に発見した自分の拳銃を拾い上げた。
「そんじゃ……改めて、勝負の続きといきましょうか!」
「かかってこいやぁっ!」
宣戦布告するライカに返し、崇徳もまた彼女に向けてかまえて――
ビ――ッ!
『――――っ!?』
鳴り響いたブザーの音が、二人の間に割って入った。
歩兵の、自分の所属した戦車がやられたことを報せるビーコンの甲高いブザー音。そしてその発信源は――
「……西さん!?」
崇徳の懐のビーコンであった。
◇
時は役場前がジュンイチによって“崩壊”する前。
ジュンイチが聖グロの本隊を足止めしてくれているものの、プラウダ隊だけでも大洗・知波単側には十分な脅威であった。IS-2を中心に圧力をかけてくるプラウダ隊の進軍を遅滞させるのが精一杯。少しずつ距離を詰められ、役場前を放棄して後退した第二防衛ラインにも迫られている。
「んー……そろそろここもキツくなってきたかなぁ」
ここまでのパターンならまた後退の指示を出すところだが、ここへ来て指揮を執るナカジマは後退すべきか迷いを見せていた。
これ以上戦線を下げて市街地に入ると脇道に入られて足止めが難しくなる。市街地でゲリラ戦を仕掛けるのも作戦の選択肢として含まれているが、今の自分達の役目は“足止め”だ。その役目に徹するなら歓迎できる事態ではない。
それに、知波単組の生き残り二輌の動きも気にかかる。先ほどゴルフ場前での足止めから引き上げる時にもごねる福田にカモさんチームが苦労させられていた。同じように後退がもたつけば、プラウダ隊にそこを突かれて一気に突破される恐れもある。
そして――
(あんまり聖グロとの距離を開けすぎちゃうのもねー……)
プラウダの後方で繰り広げられている、ジュンイチと聖グロ本隊との戦いとの兼ね合いもあったからだ。
ジュンイチからは「足止めついでにプラウダを引きつけておいてくれ」と頼まれている。あぁして後続の聖グロだけを足止めしている辺り、その目的はプラウダと聖グロを引き離すのが目的と思っていいだろう。
だが、だからこそ“今は”両者の距離をあまり離したくない。今この状況で距離が開いてしまうと、ダージリンが分断の意図に気づいて多少の被害も覚悟でプラウダとの合流を図ろうとするかもしれないし、逆にカチューシャの方が気づいて後退、聖グロと合流しようとするかもしれない。
いずれにせよ、提案してきたジュンイチにとって好ましくない展開になる可能性が高い。できるだけ聖グロとプラウダの間の距離は「近すぎず離れすぎず」を維持した状態で足止めしたいのだが……
と、ナカジマがそんなことを考えていた時だった。
突如、地面が揺れる――地震かと思いきや、マンホールのフタを吹き飛ばして火柱が上がり、下水道で大爆発が起きたのだと気づく。
「なっ、何っ!? 何なの〜っ!?
ノンナ!? ノンナーッ!?……はいないんだっけ! 誰か〜っ!?」
少なくとも相手側の仕業ではなさそうだ。だってカチューシャが盛大にパニックになっているから――と、そこへジュンイチから通信が入る。
〈お仕事完了。お疲れさ〜ん♪〉
「ってことは、今の爆発、柾木くんが!?
いったい何やったの!?」
〈聞きたい?〉
「……遠慮しときまーす……」
絶対に精神衛生上聞かない方がいいパターンだと察しがついたので断っておく。
見れば、今の衝撃で役場は正面部分が完全に崩落し、その前のロータリー部分の路面は滅茶苦茶だ。
その光景に、狙いはこれかと納得する。ここを通行しようとするとさすがの戦車でも動きが鈍る。自分達やジュンイチと対峙している状況でそんな狙い撃ちされかねない愚は冒せないだろう。
「じゃあ、もう私達は下がっていいのかな?」
〈おぅ。
こっからはいつものパターンだ。アイツらにチクチク嫌がらせしておやんなさい♪〉
「りょーかーい」
ジュンイチに返すと、ナカジマは無線を切り替えて指揮下の各車に指示を出す。
「プラウダ相手にゲリラ戦やるよ!
市街地まで相手を誘導するから、移動して!」
「わかりました!」
「Jawohl!」
「あいよー」
「にゃー」
カモさん、カバさん、カメさん、アリクイさんの順に答えが返ってくるが、
「あのー、すみませーん」
絹代の旧砲塔チハは勝手が違った。
「無線の調子が悪くて、聞こえないんですが、何て言ったんですかー?」
言って、ヘッドホンをトントンと叩いてみる絹代だったが、やはり状況は改善されない。
だが、幸い送信には問題なかった。絹代の無線の不調を知り、アヒルさんチームが八九式を寄せ、顔を出した典子が直接伝える。
「後退です!」
「はい?」
しかし、砲撃やエンジン音が邪魔でうまく伝わらない。やむなく一音ずつハッキリと伝える。
「こ! う! た! い!」
「……えっと……」
やはりダメだった。
かろうじてわかったのは四音の単語であることだけ――状況から作戦の指示と判断した絹代はその条件に合う指示系の単語を頭の中から引っ張り出して――
と・つ・げ・き
「――突撃?」
まったく真逆の結論にたどりついていた。
「かしこまりでございます!」
しかし、自分達の脳内辞書の最上位に登録されたその単語が出てきたことで、絹代は何の疑いも持たずにそうだと信じ込んでしまった。
(やっと突撃ができる!)
「西絹代――吶喊します!」
そして――突撃の指示に心奪われたことで、「少しでも生き延びてみほや大洗の戦い方を直に学ぶ」というこの試合における自身の個人的な目的が完璧に思考の中から消し飛んだ。車中に指示を下すと、突撃の時を今か今かと待ちわびていた知波単の隊長車は一気に加速。後退するどころかプラウダの迫る道路上へと飛び出していく。
「え? 何で?」
てっきり指示が伝わったと思っていたので、これには典子も完全に虚を突かれた。止めることも忘れて旧砲塔チハを見送ってしまい――これが絹代の明暗を分けた。
「吶喊!」
一際強く号令を発し、絹代の旧砲塔チハがプラウダ隊の戦闘、IS-2へと突っ込んでいき――
ちゅどーんっ。(←比喩的表現)
あっけなく散った。
ただでさえ戦力で劣っているのに、相手側が準備万端で待ちかまえているところへ飛び出していったところで何ができるというのか――案の定、IS-2からの砲撃で真っ向からブッ飛ばされた。
盛大に横転、ゴロゴロと転がった末、旧砲塔チハは白旗を揚げて動きを止めた。
いろいろな意味で「あんまり」な散りざまに、敵も(進撃しながら)味方も(後退しながら)痛々しい沈黙に包まれる――が、
「すみませんでした! 敢闘及びませんでした!」
((いや今のどこが敢闘!?))
顔を出してきた絹代の言葉に、聞いた一同の心が敵味方を越えてひとつとなった。
「何がしたかったんだろう?」
「さぁ?」
もっとも、聞こえていなかった面々にしても絹代車の行動は意味不明もいいところであった。あけびのつぶやきに忍が首をかしげて――
「あぁっ!」
別の戦車から声が上がった。
「どうした、園?」
「今やられたのって、知波単の隊長車よね!?」
カモさんチーム、B1-bisのそど子だ。尋ねる桃にもあわてた様子で聞き返す。
「だとしたら……」
◇
「あっちゃー、西さんやられちゃったかー」
そど子の懸念はまさにこれ。絹代の旧砲塔チハの脱落は、同時に立場上「絹代車の乗員」としてこの試合に参加している彼の脱落をも意味していた。懐の、判定装置を兼ねたビーコンからのアラームによって何が起きたかを察し、崇徳は肩を落とした。
「えー?
何、アンタ脱落? せっかく盛り上がってきたのに」
そんな崇徳に声をかけてきたのは対峙していたライカだ。いざ戦闘再開というところで水を差される形となり、楽ができたと喜ぶ一方で肩透かしをくらわされたことで不完全燃焼感がひどく、とにかく複雑な心境だ。
「まぁ、いいわ。
ジーナも苦戦してるだろうし、ジュンイチ相手にウサ晴らしましょうか」
「おー、行け行け」
「しっしっ」と追い払うジェスチャーと共に告げる崇徳に一瞬カチンとくるが、脱落した彼をここでしばくのはルール違反だと自重する。試合が終わってから改めてしばくと心に誓い、ライカは聖グロ本隊と共にいるであろうジーナと合流すべく地を蹴った。
そして、大洗役場前には崇徳ひとりが残されて――
「……あー、くそっ!」
声を上げ、その場に仰向けに寝転がった。
「負けた負けた!
判断ミスった! ちくしょーっ!」
ライカを抑えることで役目は十分に果たした。やられたのは崇徳ではなく絹代だから、崇徳が負けたワケではない――そんなふうに弁護するのは簡単だ。
しかし、自分の脱落は紛れもない事実だし、この結果を自分の行動で避けられたかもしれない、そんな運命の分岐点は確かにあったのだ。その“IF”を現実にできなかった以上、これはあくまで崇徳自身の敗北だ。
カチューシャへの奇襲、そして次の狙撃。失敗した時点で潔く退いていれば。
ライカに市役所内での戦いに持ち込まれた際も、付き合わず離脱していれば。
絹代と合流して守りにつくチャンスはあったのだ――なのに、自分はそれをフイにした。
ジュンイチ達も戦車と別行動で戦っているのだから、自分も大丈夫だろうとタカを括って、その結果がこの始末だ。
同じ条件で見てはいけなかったのだ――自分の相方であった絹代のチハは、戦車の性能では四人の隊長の中で最も劣る。すなわち一番撃破されるリスクが高い。そのことを考慮して動かなければならなかった。
それができなかった――この脱落は、自分の判断ミスが招いたも同然だ。
と――
〈橋本殿ぉっ!〉
「ぅわっとぉ!?」
耳元で大声が――絹代からの通信だ。
〈申し訳ありませんでした!
我らが脱落したことで、橋本殿まで!〉
「いや、西さんは悪くないよ。
西さん達の随伴歩兵なのに、西さん達のこと二の次にしてた」
〈それを言うならこちらこそ!
橋本殿のことを考えず、突撃のことばかり!〉
謝罪され、悪いのはこちらだと返す崇徳だが、絹代もまた自分達の責任だと謝り返してくる。
「あー、やめよやめよ。
これじゃ水掛け論ならぬ水被り論だ」
〈水かぶ……あぁ、押し付け合うんじゃなく引き受け合ってるから〉
だめだ。これじゃ話が進まない――と崇徳が切り上げ、絹代がその言い回しにクスリと無線の向こうで笑う。
「とにかくそっちに合流するよ。回収手伝わんと」
〈わかりました。
場所は――〉
「とっくに把握してるから大丈夫」
絹代の気配は捕捉済み。すぐに行くと伝える。
「ところで……西さんがやられたってことは、知波単は全滅?」
〈いえ。
福田がまだ健在なはずですが……〉
「あー、あのちっこい子かー。
突撃には参加してなかったのか?」
〈そういえば……見ていませんでしたが〉
「さては大洗のみんなが止めてくれたかな?」
絹代の言葉に、崇徳は彼女のいる方へと歩きながらさらにその先、遠ざかりつつある砲撃音の発生減へと意識を向けた。
「こうなったら、あの子が少しでも長く生き残って、いろいろ勉強してきてくれることを祈るしかないかな……」
つぶやいて――「ちょっと期待薄かなー?」と割と失礼なことを考える崇徳であった。
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第53話「諸葛ちゃんを信じる」
(初版:2020/11/02)
(第2版:2020/11/03)(誤植修正)
※外国語訳:excite翻訳