崇徳の予想の通り、福田の九五式は大洗チームによって押しとどめられ、無事にあの場を生き延びていた。
「おのれ、よくもよくも!」
それは、絹代が撃破された直後のこと――絹代の後に続こうとしたもののモタモタと出遅れてしまい、結果単騎で(無謀な)突撃を行った絹代が(当然のように)撃破されたのを見て、福田は仇討ちとばかりに改めて突撃しようとする。
「ストーップ!」
だが、そんな福田の九五式の前に出てその進路をふさいだのは、アヒルさんチームの八九式であった。
「止めないでください!
このままでは散っていったみなさんに対して面目が立ちません!」
「今ここでやられちゃったら、それこそ面目が立たないよ。
あと誰も死んでないから」
抗議する福田に答えたのは、八九式から顔を出した妙子だ。
「後できっちり仕返しすればいいじゃない」
典子がそう諭すと、八九式が忍の操縦で九五式を押して後退を始める。
が、そんな大洗チームの後退をプラウダが黙って見逃すはずがない。カチューシャ……はジュンイチの起こした“崩壊”でパニックを起こしているので、代わりにクラーラが指揮を執って大洗チームと福田車を追い――
「おーっと!」
そんな彼女達の前に立ちふさがったのは――
「ここから先は、通行止めだよ!」
レオポンさんチームのポルシェティーガーだ。ナカジマの宣言と共に、道を塞ぐように斜めに車体を停めてプラウダ隊の前に立ちふさがる。
だが――
「Ты вышел, не так ли.」
立ちはだかる難敵を前に、クラーラは動じるどころかむしろ笑みを浮かべた。
なぜなら――
「Я ждала, когда вы выйдете.」
「Это шанс взять кредит.」
彼女にとっても、これはまたとない好機だったのだから。
第53話
「諸葛ちゃんを信じる」
一方、ライカはカチューシャ達プラウダ隊ではなく、ダージリン達本隊への合流を選んでいた。
「ジュンイチはプラウダとの合流の難しくなった聖グロをここぞとばかりに狩りに行ってることだろう」と予想し、迎え撃っているであろうジーナの援軍に、と考えてのことだったが――
「え? いない?」
彼女の予想は虚しく空振りに終わっていた。
「さっきの仕掛けからこっち、姿を消したままなんです」
「どういうつもりかしら……?
プラウダと分断したのは、ダージリン……というか、チャーチルを叩くための下準備の一環じゃなかったの……?」
返すジーナの言葉にライカが考え込むと、
「いえ……その考えは間違っていないでしょうね」
そう口をひらいたのはダージリンであった。
「彼はあくまで私、フラッグ車を狙っている。
そのために、プラウダを私達から引き離して守りの戦車を減らした……」
「だったら何で姿を消してんのよ?
現に、あたしの合流を許してるし……絶好のチャンスを逃すなんてアイツらしくない」
「確かに。
“彼ひとりで狙うなら”、さっきの仕掛けの混乱に乗じて一気に攻め立てるのが正解だったでしょうし、彼も迷わずそうしていたはずよ」
「ジュンイチさんひとりで狙うなら……
つまり、ジュンイチさんは、自分だけでチャーチルを討つ気がない……?
あくまで大洗チームの一員として、大洗のみんなと一緒にダージリンさん達を撃破しようとしている……」
ライカに答えたところへジーナが聞き返してくる――が、ダージリンはそんなジーナの推理に苦笑してみせた。
「大筋はその通りでしょうけど……少し違うところもあるわね。
聞いてないかしら? 私達と大洗の、最初の対戦の時の顛末を」
「それはもちろん知ってるけd……あ」
「そういうことよ。
『大洗チームとして』じゃ、少し“枠組みが大きい”……おそらく、彼の狙いは単純にこの試合に勝つことだけじゃない。前回の戦い、その最終局面に絞ってのリベンジも……」
言いかけたところで思い当たったライカに、ダージリンはうなずいた。
「そう考えると、さっきの仕掛けはただの時間稼ぎと見るべきよ。
あそこまで派手に仕掛ければ、こちらはさっきのライカさんのように一気にたたみかけてくると警戒、慎重な行動を余儀なくされるわ。あれだけ派手な仕掛けの目的がただの時間稼ぎでしかないなんて、彼の性格を知らない人間にはとても想像がつかないでしょう?
しかも、それでなくても、私達がプラウダと分断されたこと自体、戦力の大幅ダウンを意味する。彼以外の戦力からの襲撃にも警戒せざるを得なくなる……警戒して、進軍速度を落とさざるを得なくなる理由を、彼は駄目押しで重ねがけしてきたのよ。
“本命”の支度を整えるまでの時間を稼ぐ、ただそれだけのためにね」
「なら……」
「えぇ。
彼の“本命”が見えた以上、こちらがそれに付き合う理由はないわ」
言って、ダージリンはマイクを手にして、
「ローズヒップ、聞こえて?
W号だけでなく、周りにも気を配りなさい――」
「柾木くんが、みほさんを迎えにそちらに向かっているはずよ」
◇
「りょーかいですわ!」
当のローズヒップは、クルセイダー隊を率いてのW号、あんこうチームの追撃を続行中――そこへ飛び込んできたダージリンからの報せに、ローズヒップは待ってましたとばかりに歓声を上げた。
「来るなら来てみろですわ!
今度こそ、ジュンイチ様に勝ってみせますの!」
日頃から聖グロと大洗が顔を合わせる度にジュンイチについて回り、聖グロの中では一番ジュンイチに懐いているローズヒップだが、同時に、最初の練習試合でジュンイチに手ひどく撃破されて以来彼への勝利を目標に掲げる、“聖グロ一のジュンイチのライバル”を自称する間柄でもある。
なので、そんな彼女にとってジュンイチの襲来の報はむしろ朗報であり――
「だったらこちらに時間はかれられませんわね!
とっととW号をやっちまいますの!」
(…………あれ?)
そんなローズヒップの言葉に、同乗する通信手は思わず首をかしげた。
(W号を撃破したら……柾木様もリタイアなのでは?)
当然だ――ローズヒップのやろうとしていることには致命的な矛盾があるのだから。
(……ま、いっか。
W号を倒してしまえば、柾木様と戦わなくて済むし)
だが、このままカン違いしていてくれた方が(主に自分達の精神衛生的な意味で)都合がいいので、あえてツッコまずに放置することにして現状へと意識を向ける。
現在、W号はダージリン達の背後をとるのはあきらめたのか商店街へ。ローズヒップ達もその後を追っているのだが――
「先頭車両、何をやっていますの!?
お紅茶が冷めてしまいますわ!」
追跡優先で隊列を変更しないまま狭い道に殺到した結果、ローズヒップの分隊長車は先頭――ではなくその後ろ、随伴車の一輌、ジャスミン車の後ろにつく形になっていた。
いくら同じ戦車といっても、聖グロ一の俊足を誇るローズヒップ車ほどの速度を出すのは難しい。自分達ほど速く走れない仲間に鼻っ柱を押さえられた状況はとてもじれったくて……その心境故か、ジャスミン車越しにその動きを目で追っていたW号の姿を一瞬にして見失ってしまった。
「え!?
どこに!?」
あわてて相手の姿を探して――見つけた。道沿いの駐車場に入り、素早く反転を始めている。
(こちらの背後に回るつもりですの……?
――いえ、この反転速度は!)
「ジャスミン! 右! ですの!」
あわてて指示を飛ばす――が、遅かった。指示の意味をジャスミンが理解した、まさにそのタイミングで、W号がジャスミン車の前に飛び出してきた。
衝突すると思ったジャスミン車の操縦手が急ブレーキ――対し、W号の側はこの反応を予見していた麻子が余裕のブレーキ。急停止したジャスミン車と鼻先が触れるか触れないかというところにピタリと停止してみせる。
一瞬の静寂の後、轟音――車体の動揺が収まると同時に発砲したW号の一撃で、至近距離から受けたジャスミン車が後方に押し戻される。
白旗を揚げ、沈黙したジャスミン車が障害物となり、クルセイダー隊の行く手を阻む。その間にW号は再び動き出し、脇道から離脱する。
「く…………っ!
クランベリー! ついてきなさい! このまま追いますわよ!
バニラは後退! 回り込んで!
ごめんあそばせ!」
そんなW号の手際に舌打ちするも、ローズヒップはすぐに対応。指示を出すと自車でジャスミン車を押しのけ、W号の入っていった脇道へと入る。
一方、W号を脇道から逃がすまいとその出口へと急ぐバニラ車であったが、
「――――っ!?」
バニラが気づいた――今、頭上を影が駆け抜けた。
(まさか!?)
半ば確信に近い直感に従って見上げてみれば、まさに直感通りの人物が宙に身を躍らせていた。
そう。ジュンイチだ。しかも――
「どっ、せぇいっ!」
ここに来るまでに寄り道していたようだ。手にしているのは回収してきた大剣――ザンバーメイス。
直後、その峰の噴射口が爆発、炎を吹き出した。発生した推進力によって空中でも十分な加速を得た大剣型棍棒をジュンイチが一閃。バニラ車のエンジン部を一撃で叩き壊した。
バニラ車が白旗を揚げて停止。ジュンイチが改めて地上に降り立ったその少し先で、脇道から出てきたW号が大通りへ。その後を追い、ローズヒップ車、クランベリー車が飛び出してくる。
道幅の広いところにでたことで、二輌のクルセイダーは挟撃作戦に出たようだ。クルセイダーの速力に物を言わせてW号に追いつき、左右からはさみ込もうとしてくる。
なので――
「ん」
「麻子さん!」
バニラ車の撃破地点に残されたジュンイチが無造作に右手を振るのと、みほが麻子に声をかけたのはまったくの同時――W号がブレーキをかける一方で、ジュンイチの投げつけた苦無手榴弾がクランベリー車の後方に突き刺さる。
「マジですの!?」
ローズヒップが驚きの声を上げながら、彼女のクルセイダーはW号の急減速に反応してブレーキ――しかしクランベリー車はそうはいかなかった。ローズヒップ車同様にブレーキをかけたものの、ジュンイチの苦無手榴弾が炸裂。爆発の衝撃で前方に押し出されてしまい――
「そこっ!」
意図せぬ加速で姿勢の崩れたクランベリー車はW号に対し自身の側面をさらしてしまう――それを見逃す華ではない。クランベリー車に一撃を叩き込み、撃破する。
「クランベリー!」
思わずローズヒップが声を上げるが、そうしている間にもW号は次はお前だとばかりにローズヒップ車へ主砲を回し、その後ろからはジュンイチもまたこちらに向けて走り出している。
あっという間に多勢に無勢に追い込まれ、ローズヒップ車はあわてて急発進。W号も逃がすものかとジュンイチを待たずにその後を追う。
「あとはロズりんだけだね!」
「それローズヒップさんのことですか?」
W号の車内で声を上げる沙織に華がツッコんだ、その時――
〈大洗女子! ポルシェティーガー、走行不能!〉
『――――っ!?』
飛び込んできたのは審判からの報せ――受けたみほと沙織が思わず顔を見合わせた。
役場前の戦いの様子は把握している。みんなが撤退中のこのタイミングでポルシェティーガーがやられたということは――
「みんなを市街地に逃がすために、殿になったんだ……」
◇
〈レオポンさん、大丈夫ですか!?〉
「うん、大丈夫。全員ケガもなくピンピンしてるよ。
それより、やられちゃった。ごめんね」
気遣い、通信してくるみほに対し、ナカジマは機能停止したポルシェティーガーの中で苦笑する。
みほの予想した通り、大洗の戦車を市街地へ逃がすために殿としてプラウダ隊の前に立ちふさがったポルシェティーガーは、クラーラが臨時に指揮を執るプラウダ隊によって徹底的に袋叩きにされてしまったのだ。
だが、その甲斐あって他の戦車は無事逃げられたようだ。カチューシャが我に返った時には、すでに大洗・知波単の面々は散り散りになって市街に潜伏した後であった。
「えっと……ポルシェティーガーをやったのね?
よくやったわ! 大手柄よ、クラーラ!」
目の前の状況を把握し、ポルシェティーガーを撃破した功績をほめたたえるカチューシャに対し、クラーラは(カチューシャがロシア語がわからないので)一礼して応える。
「このまま他の戦車もじゅーりんしてやるわよ!
いくわよ、ダージリン!」
言って、カチューシャが振り向いて――
「…………あれ?」
そこでようやく、聖グロ組と分断され、さらに聖グロ組が移動した後であることに気づいた。
〈もう別ルートで向かってるわ。
向こうは分散して隠れたようね……練習試合の時と同様にゲリラ戦をしかけるつもりね〉
「上等じゃない!
そんな小細工が私達に通用しないってことを思い知らせてやるんだから!」
〈……そうやって大洗を甘く見て痛い目見てるわよね私もあなたも〉
ダージリンからの通信にカチューシャは自信満々。それに対して「学習していないのか」とツッコむダージリンだったが、
〈……でも……そうね。
同じ手が通用すると思われているのも、それはそれで癪に障るわね〉
疑わしいカチューシャとは逆に、“学習しているからこそ”カチューシャの提案に乗り気であった。
〈各車、大洗の戦車の捜索、発見したら追いたててやりなさい。
ただし、相手が大洗であることを忘れずに。欲をかいて追い詰め過ぎると逆に彼女達の術中にはまると心得なさい〉
<<了解!>>
「私達もいくわよ!
ダージリン達にばっかりおいしいところは持っていかせないんだから!」
『Ypaaaaaa!』
◇
「ふぅ……」
通信を終えてマイクを下ろし、ダージリンはチャーチルの車内でため息をもらした。
カチューシャのあの相手を甘く見る悪いクセは何とかならないものか。ライバルとしてはつけ入る隙だが、この試合でのパートナーとしてはぶっちゃけ不安材料でしかないし、何より友人としても今後が心配だ。
試合に負けたくはないが、せっかくの機会だしもう一度ぐらいジュンイチに痛い目を見させてもらった方がいいだろうかとチラリと考えて――
「…………ん?」
「あら?」
お互いが気づいたのはほぼ同時――通りに出てきたヘッツァーと出くわし、杏とダージリンがそれぞれの車内で声を上げた。
「敵フラッグ車だ!
ちょうどいい! 叩きつぶしてやr
「小山さん!」
「うん!」
自分達で仕留めてしまえばこちらの勝ちだと息巻く桃であったが、明の判断は違った。迷わず柚子に声をかけ、その意図を理解した柚子がヘッツァーを転進させてチャーチルから逃げ出す。
「こっ、こら! せっかくのチャンスを!」
「いえ、ここは逃げです!」
立ち向かおうとしたところに水を差され、抗議する桃だが、明はキッパリとそれを否定した。
「私達じゃチャーチルは倒せません!
ここは一度下がるのが最善です!」
「そんなことはないだろ!
ヘッツァーになって火力も上がってるんだ! いくら相手がチャーチルでも至近距離なら!」
「当てられないんじゃ火力上がっても同じじゃないですか!」
「何をぉっ!?」
「二人とも! こんな時にケンカしない!」
口論に発展しかけた桃と明を、柚子がいち早く止めた。
「桃ちゃんはともかく、諸葛さんまで……」
「す、すみません……」
「柚子ちゃん! 『ともかく』って何だ、『ともかく』って!」
「諸葛ちゃんって戦車道が絡むとけっこうヒートアップするクチだったんだねー」
柚子に言われて、シュンとなる明のとなりで桃が抗議の声を上げる――杏にも笑われ、ますます小さく縮こまる明だったが、
「――――っ!
みんな、つかまって!」
柚子の声に我に返った。直後、車体が大きく揺れる――柚子の操縦で右に大きく進路をそらしたヘッツァーが、追ってくるチャーチルからの砲撃をかわす。
「アッサムさん、真芯を狙ってきた……
本気で仕留めに来てますね」
「こっちの分断作戦に、あえて乗ってきたのかもね。
ジュンイっちゃん風に言えば、『ワナとわかってるワナはワナとは言わない』ってところかな」
「わざと誘導に乗って、その先で私達を各個撃破する作戦ってことですか?
西住さん達の守りをはがして、孤立させるために……」
柚子の分析に、杏がダージリンの狙いを推測する。聞き返す柚子にうなずくと、明へと視線を向けた。
「さて。
どーする、諸葛ちゃん?」
「わ、私ですか?」
「西住ちゃんにダージリンの死角を突いてもらうには、私達はどう動けばいい?」
思わず聞き返す明だったが、杏に迷いはなかった。
「私達の中でそのシミュレーションができるのは、戦術に精通した諸葛ちゃんだけ。
だから諸葛ちゃんに任せる。諸葛ちゃんを信じる。
初陣でいきなり大役任せちゃうけど……お願い」
「……わかりました」
杏に改めて頼まれて、明は深く息をついた。無線をW号につなぎ、
「西住さん。
ちょっとみんなの指揮、任せてもらっていいかな?」
〈諸葛さん?〉
「向こうを引っかき回して、ダージリンさん達を孤立させてみる。
その間、西住さん達は……」
〈任せます。
私達も遠慮なく囮に使ってください〉
「うん。お願い」
みほに答えると、明は無線を全体通信へと切り替えた。地図を広げて、耳に入ってくる各車の現状報告の内容と照らし合わせて状況を把握し、
「……小山さん! この先の喫茶店の方へ!」
「うん!」
まずは柚子に指示。カーブを曲がる遠心力に耐えながら全体通信で全車に告げる。
「各車に連絡! 今から臨時で私、諸葛が指揮を代行します!
これから合流と分散を繰り返して聖グロ・プラウダ連合をかき回します!
けっこう細かく指示出すから、連絡は密にお願い! 特に現在位置と接触した戦車の車種については最優先で!」
<<了解!>>
◇
「みぽりん、いいの?
これがデビュー戦のあきりんにいきなり指揮任せちゃって」
「私や柾木くんの戦術は、ダージリンさんに研究されてるだろうから。
その点、明さんは関国商じゃ裏方だったんだし、研究されてないはずだから……」
「西住さんや柾木くんが作戦を立ててくるだろうと思っているダージリンさんの裏をかける可能性が一番高いのは、諸葛さんということになる……ですね」
尋ねる沙織にみほが答える。その意図を読み取った華にもうなずいて――
「…………あ」
自分達が追いかけているローズヒップのクルセイダー、その行く手に複数の戦車の姿を発見した。
IS-2を先頭に据えた戦車の一団――プラウダ隊だ。
「同志カチューシャ、前方の車輛は味方です」
「あれはクルセイダー!
ならW号も近くに……いた!」
IS-2の車長代理の言葉に、T-34/85から顔を出したカチューシャが前方から迫る二輌の戦車の正体を把握して声を上げる。
「おほほほほ! 形勢逆転ですわー!」
当然ローズヒップも前方からやってきた味方の存在に気づいていた。先にW号が自分達にやってみせたように横の駐車場に入り素早くターン。通り過ぎたプラウダ隊の最後尾につく形で合流する。
「あれ、さっき私達がやった!?」
「一目見ただけで真似したの!?」
「む……」
そのクルセイダーの動きに優花里や沙織が声を上げ、真似された麻子がムッとして――
「左に曲がってください。
沙織さんは明さんに報告を」
みほはいたって冷静だった。プラウダ隊やローズヒップとの直接対決を避け、横道への離脱を指示する。
後を追ってくるプラウダ隊からの砲撃がW号を狙う――が、当たらない。戦車二輌分もない道幅しかない道の中にあって、巧みに車体を左右に揺らして砲弾をかわしていく。
「このまま、この先のようこそ通りに……!」
広い通りに出ればまだ戦いようはあるとみほがつぶやいて――直後、側面から飛来した砲弾が左のシュルツェンの前部を吹き飛ばした。
飛来した方を見れば、建物を挟んだ一本となりの道、建物が途切れる度に見えるそこを自分達と並走するT-34/85の姿があった。
車長は――
(プラウダの留学生の人!
確か名前は――)
「クラーラさん!」
建物の隙間からわずかにしか見えない向こう側へ、自分達とこちらが差しかかるそれぞれのタイミングをしっかり合わせた上で撃ってきたのか――クラーラの力量の高さを垣間見て驚くが、すぐに気を取り直して麻子に加速を指示する。
なぜなら――
(このままじゃ、通りの出口を押さえられる!)
しかし、みほのその懸念は的中した。みほの反応を読んでいたクラーラの方が加速の指示は早かった。結果タッチの差で先行してようこそ通りに飛び出したクラーラ車はすぐさま右折してW号の行く手に回る。
W号の走る道を横切ると同時にクラーラ車が発砲――しかしみほはすでに間に合わないと判断してカウンター狙いに移行していた。クラーラ車が射線に入るタイミングで狙いすましていた華が発砲する。
命中は――なし。どちらの砲弾も目標を外れ、その向こう側の地面に着弾する。
今なら、通り過ぎたクラーラが転進している間にようこそ通りに出ることはできるが――
(……でも、クラーラさんから逃げ切るのは難しいかな。
たぶん足止めされて、その間にカチューシャさんが来ちゃう。なら……)
「麻子さん、ようこそ通りの一本手前で右折」
「通りに出ないのか?
それにそっちはさっきのヤツが抜けていった方だぞ?」
「クラーラさんならこっちに戻ってこようとしているでしょうから、すれ違いに持っていけるはずです」
「なるほど。了解だ」
納得し、麻子がW号を右折させる――みほの予想通り、自分達から逃げるために左折するだろうと読んで、追撃のために反転したクラーラ車の虚を突くことに成功。建物越しではクラーラも妨害できず、あっさりクラーラ車をやりすごして離脱を図る。
「Я тебя не отпущу!」
しかしクラーラもしぶとい。素早く信地旋回で再度反転。W号を追って走り出す。
一方W号はしばらく走った先の突き当たりで右折、練習試合の時にも聖グロチームと追いかけっこをくり広げた商店街に向かう。
もちろんクラーラもその後を追う――と、そんな彼女のT-34/85の後ろに追いついてきたのはようこそ通りに出るなりカチューシャ達を抜き去ってきたローズヒップのクルセイダーだ。
商店街を駆け抜けながら、砲を後方に向けたW号とクラーラ車、ローズヒップ車が砲火を交わす。互いに直撃こそないものの、その車体に傷が増えていく。
と――
「――――あ」
みほが、行く手に“それ”を見つけた。
「麻子さん!」
「大丈夫だ。
私にも見えていた」
声をかけるみほだが、麻子も同様に気づいていたようで――と、そんなW号をクラーラが狙う。
「Здесь!」
クラーラが吠え、T-34/85が発砲。しかしW号もそれをかわし、砲弾はW号を追い抜いて飛んでいき――
“T-34/85が”撃たれた。
W号――ではない。さらに前方から、W号の脇を抜けてすれ違った砲弾が、T-34/85を直撃したのだ。
幸い致命傷ではなかったが――
(何!? 今の……!?)
その一撃は、むしろクラーラの方に影響を与えていた。
なぜなら、
(なんで、“私達の砲弾が飛んでいった方から”!?)
今自分達を撃った砲弾は、自分達の砲撃をW号がかわした直後、W号とすれ違う形で自分達を襲った。
つまり、自分達“が”撃った砲弾も自分達“を”撃った砲弾も、W号が回避したことでできたスペースを互いに行き交ったことになる。
そして、自分達の砲撃の方が先だった――ということは、相手側のもとには砲撃の直前、こちらの砲弾が飛来していたはずだ。
回避した後、射線に入ってきた?――いや、それにしてはこちらが撃ってから応射までのタイムラグが短すぎた。
相手は確かに、こちらが撃つ前からそこにいたはずなのだ。ということは、
(こちらの撃った流れ弾を受けて、それを耐えた上で、その衝撃の収まらない内からこちらを正確に狙った……!?)
そんなマネを可能とする戦車と砲手が大洗にいただろうかとクラーラが眉をひそめて――
「気をつけてくださいまし!」
そんなクラーラに声をかけたのは、後方のクルセイダーのローズヒップだった。
「今のは戦車じゃありませんわ!
来やがりましたわね――」
「ジュンイチ様!」
ローズヒップの見立ては正しかった。
クラーラ車を襲った砲弾は大洗・知波単側の戦車によるものではなかった――W号の行く手に先回りしていたジュンイチの“砲弾返し”によって投げ返された、クラーラ車自身の撃った砲弾であった。
加えて、先のW号の回避も単なる回避ではなかった。ジュンイチの姿に気づいた麻子の操縦で、クラーラ車の照準がジュンイチの方を向くよう誘導した上でのものだったのだ。
「やってくれますわね!
お味方越しに“砲弾返し”なんて!」
相変わらず、こちらの予想をいろいろな意味で跳び越えてくる男だ――だがだからこそ面白いとローズヒップが歓喜の声を上げる。
だが、ジュンイチに対し特に思い入れのないクラーラにしてみればたまったものではない。ただでさえ狂気の産物と言える“砲弾返し”を、直前までW号の車体で目隠しされた状態から完璧に決めてみせるとか、もう「頭がおかしい」なんて表現ではすまないレベルで狂ってる。
「Это не много!」
悪態をつきながらジュンイチを機銃で牽制――しようとしたがW号がジャマだ。W号がジュンイチのいる場所を駆け抜けるまでは狙えないかと考えるが、
「よっと」
ジュンイチは走ってきたW号にあっさりと飛び乗った。車体の前面に飛び乗るとW号の砲塔を盾にクラーラ車から身を隠したまま、クラーラ車の頭上にペイント弾を放る。
空中で炸裂、ぶちまけられたペイントから、クラーラは車内に退避して逃れる。と、今度は足元。進路上に実弾の手榴弾が放られ、炸裂する。
爆発と粉塵でW号の姿を見失いそうになるが、かろうじて煙の切れ間に見えたその姿に向けて発砲する。
が、やはり視界が限られた中で当てるのは無理があった。砲弾はW号を外れて行く手の信号機に命中。支柱が折れてW号の方へと倒れてくるが、
「えいやあ」
それにはジュンイチが対応。気の抜けたかけ声とは裏腹の鋭い蹴りで、倒れてくるその軌道をそらして後方へと蹴り落とす。
結果信号機はクラーラ達に対する壁となった。クラーラ車は勢いに任せて乗り越えるが、やはり減速は避けられず、W号との距離を離されてしまう。
「Я тебя не отпущу!」
「んー……ローズヒップはともかくあのプラウダもけっこうねばるねぇ」
それでも懸命に追いかけてくるクラーラ車の姿に、ジュンイチはW号の車上でしばし考え、
「えい」
懐から取り出し、放ったのは発煙筒。まき散らされた煙幕が再びクラーラの視界を奪う。
「Как вы думаете, то же самое работает!?」
しかしクラーラはひるまない。W号を逃がしてなるものかと煙幕をものともしないで戦車を走らせて――
「『同じ手が通用するか』――とでも思ってるんだろうがな」
しかし、そんなクラーラの判断こそ、まさにジュンイチの術中であった。
「同じなもんかよ。
残念ながら――」
告げるその言葉の直後――
「地形の違いを忘れてる」
クラーラの戦車は行く手の旅館に突っ込んだ。
その旅館は先の練習試合の時にも聖グロの戦車が“カーブを曲がりきれずに”突っ込んだ割烹旅館・肴屋――そう。煙幕の中、道は直線ではなくカーブしていたのだ。
しかし、クラーラはこの道がカーブであることを見落としていた。W号に気を取られ、地形の把握を疎かにしたまま、ジュンイチの展開した煙幕に突っ込んでしまった。
だが、幸いにして被害は軽微、衝突しただけで済んだ。停車した車内で、致命的なダメージがないことにクラーラが安堵の息をもらす。
不覚をとったが、とにかくW号を追わなければ。後退させようと後方へと振り向いて――“それ”に気づいて青ざめた。
そして、同じく気づいたジュンイチが先の自らの発言に付け加える。
「それからもうひとつ――」
「仲間の存在を忘れてたな」
「あらあらあらあら」
倒れた信号機を乗り越えたのはクラーラ達だけではなかった。ローズヒップのクルセイダーもまた信号機を乗り越えてきていた――が、その後もクラーラ達と同じようにはいかなかった。勢い任せに無理矢理乗り越えた結果、その後の着地でバランスを崩してしまった。
スピンして、完全に制御を失ったローズヒップ車はそのまま道路を直進。すなわちその先にいるのは――肴屋に突っ込んでしまい、身動きが取れなくなっているクラーラ車だ。
あわててクラーラが車内に避難した直後、ローズヒップ車の突進をまともにくらい、クラーラ車はさらに建物の奥へと叩き込まれ――直後、大爆発が発生。クラーラ車やローズヒップ車もろとも肴屋を内側から吹っ飛ばした。
「ちょっ、柾木くん!?」
「い、いやあの爆発はオレじゃないぞ!?」
生じた爆発は逃げるW号からも確認できた。やりすぎじゃないかと声を上げた沙織に、ジュンイチもあそこまではやってないと否定の声を上げる。
「煙からしてありゃ燃料の爆発だな……
予備燃料に引火した……だけじゃでかすぎる。肴屋さんのガスボンベにも引火したな、ありゃ」
「だ、大丈夫なの、それ……?」
「た、たぶん……」
ジュンイチの推理にさすがにローズヒップ達が心配になってきた沙織に、みほが頬をひきつらせつつ答えて――
「…………む」
後ろを見たジュンイチが眉をひそめる――煙の中、動く影を見つけたからだ。
「まぢか。動いてる……
少なくともクルセイダーは確定。下手するとクラーラも無事だな」
「あの爆発でも仕留めきれないんですか!?」
「チッ、運のいいヤツらめ」
「やっぱり爆発、わざとだったんじゃ……」
驚く優花里に返す形で悔しがるジュンイチの言葉に、改めて疑惑の眼差しを向ける沙織であった。
◇
一方、アヒルさんチームの八九式と福田の九五式は明の指示でサンビーチ方面に進出していた。
「こんなところによこして、どうするつもりなのかな?」
「さぁ?」
しかし、こちらはW号の逃げていった方とは反対側だ。こんなところに向かわせて何をしたいのか。首をかしげる妙子だが、あけびも明の意図はさっぱりわからない。
「ここは敵主力へ突撃するべきであります!」
「はいはい。諸葛さんからのおつかいを片づけてからね」
一方で突撃を進言するのは福田だが、典子はそれをぴしゃりとシャットアウト。
「こっちに来るよう言ったからには、何か目的があるはずだよ。
なら、ここで私達が目的を果たすことがチームのためになるんだよ?」
元バレー部としてチームワークの大切さを説く典子だったが、
「突撃もしないでチームに貢献できるのでありますか?」
「本当に突撃しかないんだなぁ、知波単って……」
福田から真顔で聞き返された。これには典子も苦笑するしかなくて――
「――――っ、待って!」
気づいた典子が声を上げると同時、目の前の角を曲がって聖グロのマチルダUが姿を現した。
そのキューポラのハッチが開き、顔を出したのは――
「貴様! アヒルさんチームの!」
「あ、ルクリリ」
練習試合でも直接対決した、アヒルさんチームにとって因縁の相手であった。
「ここで会ったが百年目というヤツだ!
今度こそ貴様らに引導を渡してやる! 柾木の助けは今回はないぞ!」
言い放ち、ルクリリが車内に引っ込んだマチルダUに対して福田車が発砲――が、マチルダUの正面装甲に弾かれる。
真っ向勝負では太刀打ちできないと判断し、八九式と九五式はその場を離れるべく転進。しかしルクリリも当然逃がすつもりはない。マチルダUもその後を追って走り出す。
「アヒル殿! どうしたら!」
声を上げる福田だが、典子は答えることなく周囲を見回し、
「………………あ」
気づいた。
(このまま逃げていくと“あそこ”に出られる。
そして相手はルクリリ……ひょっとして)
もし、明があのマチルダUの動きを予想していたら。
もし、その車長がルクリリであることまで想定していたとしたら。
実際そこまで読み切りかねない男が仲間にいるだけに十分に考えられる話だ。そして、だとしたらこの状況、自分達をこちらに向かわせた理由にもすんなり説明がつく。
だから、福田にキッパリと答える。
「大丈夫」
そう。明は考えなしな人選で自分達をこちらに差し向けたワケじゃない。
「私達なら勝てる。
ううん――」
「私達“だから”勝てる」
意図的に、自分達とルクリリをぶつけたのだ。
◇
その頃砂浜では、カメさんチームのヘッツァーと、合流したカバさんチームのV突がプラウダのT-34/76に追われていた。
「予想通り、サンビーチの方にルクリリさんを派遣してたかー」
「派遣してたのはともかく、よくそれがルクリリさんってところまでわかったね?」
「相手の残存メンバーの中から単独の偵察任務に対応できる人材を絞り込んだだけですよ」
その車内では、明が地図とにらめっこしながら、入ってくる報告から現状を把握していた。声を挟んでくる柚子に答えて思考を続ける。
「あと、あんこうが引きつけてるのがカチューシャさんとIS-2……梓ちゃんがノンナさんを脱落させてくれたとはいえ、まだIS-2も油断できる相手じゃないですね。
クルセイダーとT-34/85がドロップアウト。生存の可能性アリ、か……
カモさんチーム、聞こえますか?」
〈何?〉
「商店街の割烹旅館、わかりますか?」
〈肴屋?〉
「はい。
そこに突っ込んだ二輌をロスト。確認お願いします。
車種はクルセイダーとT-34。生存の場合囮になって引きつけてください」
〈了解!〉
「諸葛! それよりも今は我々を追ってきてるヤツをどうにかする方が先だろ!」
そど子とやり取りを交わす明に対し、自分達の心配も忘れるなと声を上げたのは桃だが、
「現状どうしようもないので、逃げ続けるしかありません」
「もうダメだよ柚子ちゃ〜んっ!」
明にあっさりと返されて桃の心が折れた。
「しょうがないじゃないですか。実際どうしようもないんですから。
V突もヘッツァーも固定砲塔ですよ。どうやって後ろの戦車を撃つんですか」
「次はヘッツァー回転砲塔キット買おうか」
「そんなパーツありませんって」
口をはさんできた杏にも明は即座に返すが、
「自動車部に頼んだらやってくれそうだよねー」
「え、できるの?」
彼女の想定を上回りかねないのが身内にいた。
「ま、まぁ、とにかく……
今のところ、相手の所在の把握と囮役という目的は果たしていますから、このまま安全な距離を保って……」
「保つのは、難しいかもねー」
「え?」
杏に口をはさまれて後方を確認すると、確かにT-34/76と自分達との距離が詰まってきている。
「……しまった。
ここが砂地だってこと忘れてた」
「どういうこと?」
「自分達が砂浜を歩く時のことを思い出してください。
砂の地面を踏みしめると沈みますよね? 足が砂を押しのけちゃって。
そうやってしっかり地面を踏みしめられないから、その力の何割かは逃げてしまう。
でも……」
「そうか……力の逃げる割合、踏みしめる力が同じなら……」
「踏みしめる面積の広い……履帯の広いT-34の方がより多く踏みしめる力を残せる。向こうの方が、この場でのスピードでは有利なんです!」
気づいた柚子に明が返すと、
「つまり、このままでは追いつかれてやられてしまう可能性が高いということだな!?」
話に割り込んできたのは、V突のエルヴィンだった。
「ならば私達で足止めする!
ヘッツァーはその間に離脱を!」
「松本さん!?」
「エルヴィンだ!」
思わず本名で聞き返した明に、エルヴィンがすかさずツッコんできた。
「引きつけるのもいいが、諸葛の乗るヘッツァーが今現在の指揮官車なんだ!
自分が生き延びることも考えろ!」
エルヴィンが明にそう告げると、彼女の指示でV突がわずかに減速。距離の詰まったV突を先に狩ろうと、T-34/76が進路をV突の方へと寄せ始める。
「よし、ひなちゃん、もといカルパッチョ直伝のアレをやるぞ!」
カエサルの言葉にうなずくと、エルヴィンはおりょうに改めて指示を出す。
「CV33ターン、別名ナポリターン!
いけおりょう!」
「ぜよ!」
おりょうが応えると同時、彼女の操作でV突が“前進しながら”180度ターンしてみせる――その技名“CV33ターン”の通り、大洗VSアンツィオ戦でアンツィオのCV33隊がアヒルさんチームの八九式に対して見せたあのターンだ。
が――
「あーっ!」
その様子をヘッツァーから顔を出して見守ってた明が悲鳴を上げた。
「松本さんそれ悪手ーっ!」
「エルヴィンだっ!」
またしても本名に触れた明にエルヴィンが突っ込むのと同時にV突が発砲するが、
「それはわかっていた」
T-34/76の車長には、V突がターンした時点で狙いを読まれていた。V突の車体の回転が落ちつくのを待ち、射線を見極めた上でそこから逃れる。
結果、V突の砲撃は目標を捉えずに終わる――それだけではない。攻撃を外したその隙に距離を詰められた。側面に飛び込まれ、砲を向けられる。
「あ、そっちはダメぜy
思わずおりょうが声を上げ――その言葉が終わらない内に衝撃。T-34/76の主砲を至近距離からくらい、V突が横転、白旗が揚がる。
「あんな見え見えのターンじゃ、反撃に出るタイミングを教えるようなものなのに……」
「覚えたての技を披露したくて気が逸ったかね?」
頭を抱える明に杏が返し、再び自分達を追い始めたT-34/76とのチェイスが再開された。
◇
一方、W号とカチューシャ達のチェイスの方でも状況が動いていた。
ローズヒップとクラーラは先の事故の後どうなったか、W号からハッキリ確認する術はないが、生き残っているとしてもこのチェイスからの脱落は確定と見ていいだろう。
さらに何らかの指示があったのか、IS-2も離脱。追ってきているのはカチューシャのプラウダ隊長車のみとなった。
「IS-2は、どこに……?」
しかし、みほはカチューシャのもとを離れたIS-2の存在が気にかかっていた。先ほどのクラーラのように先回りを狙っているのか、それとも他の戦車の援護に向かったのか。
「柾木くん、IS-2は……」
「横の道に入った上でオレ達を追いかけて爆走中」
こういう時に頼りになるのがジュンイチの気配探知だ。尋ねるみほに、W号の上、前面に座っているジュンイチはあっさりと答える。
「それ……まずいよね?」
「間違いなく、こっちの鼻っ柱を抑えるつもりだな」
だが、それは決して朗報とは言えなかった。
スペック上、W号とIS-2のスピードにそれほど差はない――そこだけを見れば互角に見えるが、それは“どちらも全力で走れる状況なら”という条件付きでの話だ。
何の妨害もなく全力で走れるIS-2に対し、こちらはカチューシャからの砲撃をかわしながらの走行だ。考えなしにアクセル全開というワケにはいかない。
さらにW号の砲塔はカチューシャ車への牽制のために後ろに向けたまま。先回りされた場合、IS-2を迎撃することはできない。
と――
「冷泉さん。
かまうことぁないから、このまま回避やめて加速して」
「柾木くん!?」
ジュンイチがまた突拍子もないことを言い出した。驚くみほにかまわず、W号の車上を歩いて後方に向かう。
「何か策を思いついたんですか?」
「あぁ」
「じゃあ早く何とかしてーっ!」
優花里に返すジュンイチに沙織が声を上げるが、
「もうやった」
「え?」
あっさり答えたその言葉に、沙織の目がテンになった。
ジュンイチがやったことといえば、前方から後方に移動しただけだ。それだけでいったい何をしたというのか――
「いーからいいから♪
まぁ見てなって」
言って、ジュンイチは後方からこちらを追ってきているカチューシャ車へと手招きのジェスチャーで挑発。
カチューシャをどうにかするどころか攻撃を誘うような行動。ますます訳がわからず沙織と優花里が顔を見合わせる――が、
「…………あれ?」
気づいたみほが声を上げた――撃ってこない。
ジュンイチが後ろに回ったとたん、カチューシャ車からの砲撃の手がやんだ。その代わりとばかりに加速して追いすがってきている辺り、追跡をあきらめたワケではないようだが――
「西住さん、今はIS-2の方を」
「あ、うん。
冷泉さん、右にフェイントかけて左折、できますか?」
「それは私より柾木に言え。振り落とされても知らんとな」
ジュンイチに促され、我に返ったみほが麻子に声をかけ、対する麻子からは当然のように「できる」ことを前提とした答えが返ってくる。
そして、麻子がW号を加速させる。右に進路を寄せ――曲がり角の直前で左に急旋回。
「え!?」
これにはカチューシャも虚を突かれた。右に行くと思っていたところで急に反対に動かれて対応が遅れ、その隙にW号はギリギリのタイミングで進路を塞ごうと飛び出してきたIS-2をかわして側道に突入する。
その先は昨日の奉納戦車戦の一幕で立ち寄った大洗磯前神社に続く坂。昨日と違い今回は進入可・発砲不可の戦闘制限エリアだが、ジュンイチもみほも安全圏に逃げ込んだ、なんてつもりはさらさらない。
と――
「でも、なんでカチューシャさん、攻撃やめちゃったのかな?」
逃げ場を失う前に脱出して安堵したか、沙織が先ほどみほも抱いた疑問を蒸し返してきた。
「柾木くん、ホントに何したの?」
「オレは何もしてねぇよ。
『何かした』のはアイツらの方だよ」
尋ねる沙織に、ジュンイチはケタケタと笑い、逆に聞き返した。
「武部さん――“空城の計”って知ってる?」
「クウジョウノケイ……?」
対し、沙織はしばし首をかしげ、
「……あぁ、柾木くんちにあったマンガに出てた『オラオラ』の……」
「それ空条」
間髪入れずにジュンイチがツッコんだ。
空城の計。
ジュンイチの尊敬する古の軍師、諸葛亮の用いた計略のひとつである。
ある撤退戦の中で敵の追撃に対する策として、諸葛亮は途上の城に差し掛かったところで全軍を先に進ませ、自らはひとり城に残った。
しかも、城の門をすべて開け放った上で。あげく、本人は敵の迫ってくる側の門の上で琴を奏でて出迎えるというオマケ付き。
一見すると無謀にしか見えないこの行動――しかし、諸葛亮はこの策によって敵を退けることに成功する。それも一滴の血も流さずに。
“無謀にしか見えないからこそ”、敵は警戒したのだ。「あの諸葛亮がこんな無謀なマネをするとは思えない。これは何かあるに違いない」と疑い、ありもしない罠を恐れて追撃を断念したのである。
「考え方はそれと一緒さ。
カチューシャのヤツ、すっかりオレに対して苦手意識抱えてやがるからな。オレが矢面に立てば警戒するだろうと思って、実際立ってみれば案の定」
「あー……」
説明するジュンイチの言葉に、みほはジュンイチにおびえるカチューシャの姿を思い出した。
「さらに、ダメ押しで挑発までしてやったからな。カチューシャの中でのオレへの警戒心はますますふくれ上がったはずさ。
直前に“砲弾返し”を使う機会があったのも運が良かった。アレの後だったおかげで、カチューシャの攻撃を誘ったオレの行動も“砲弾返し”を狙ってるように見えたろうよ」
「あれ?
でも、“砲弾返し”って安定した足場じゃないと使えなかったんじゃなかったっけ?」
「そだね。
身体の回転軸を安定させなきゃいけないから、安定した足場なしじゃまだまだ使えない。こんな揺れる戦車の上じゃとてもとても」
首をかしげる沙織に答えるジュンイチだったが、
「けどさ……
オレが不安定なところじゃ“砲弾返し”を使えないって、カチューシャ達は知ってたっけ?」
「あ」
「そーゆーこと。
アイツはオレを敵に回すと怖いって知ってる。でもオレの“砲弾返し”の制約のことは知らない。
その“知ってる”と“知らない”を組み合わせてやれば、こういうこともできるのさ」
「“相手の頭の良さのレベルを前提に作戦を立てる”……お前の得意分野だな」
口をはさんでくる麻子にジュンイチがうなずくと、今度は沙織が「はい」と手を挙げてさらなる疑問を投げかけてくる。
「でもさ……そんなことして手出しをさせないようにするぐらいなら、さっさとやっつけちゃえばよかったんじゃない?
柾木くんなら十分狙えたんじゃない? ザンバーメイスだって拾ってきてるんだし」
「確かに。
柾木殿のことを苦手としていると言っても、プラウダの隊長を務めるだけあって、カチューシャ殿の指揮能力は侮れません。
叩ける時に叩いた方がよくありませんか?」
「もし今が“叩ける時”なら迷わず叩きに行ってたわい」
優花里も沙織に賛同するが、ジュンイチはフンと鼻を鳴らしてそう返した。
「つまり……今は“叩ける時”ではない、と?」
「『可能・不可能』の話で言うなら文句なしに“叩ける時”なんだけどね。
でも……『すべきかどうか』って話なら、答えはNOだ」
続く華の問いにもジュンイチはそう答え、逆に問いを返す。
「ちょいと想像してみろ。
ゴルフ場前、そして役場前――どっちもカチューシャが足止めをくらったポイントだけどさ、もし、この二つの場面で、指揮していたのがカチューシャじゃなくてダージリンだったら、どうなってたと思う?」
「うーん……
たぶん、足止めに付き合わないんじゃないかな?
急がば回れって言うし、迂回して防衛ラインをかわして、迅速にこっちに攻め込んできてたと思う」
答えたのはみほだった。同意見だったのか、うなずいた上でジュンイチは続ける。
「でも、カチューシャはそうはしない。
コンプレックスの裏返しなのか、強気な戦術を好んで、弱気に見える選択肢を選びたがらない。
状況に即した対応を心掛けて、時には名を捨てて実を取ることもできるダージリンとは違う――当然、ダージリンの慎重策にはいろいろと思うところがあるだろうよ」
その説明に、一同はジュンイチがあえてカチューシャを撃破しない、その意図が見えてきた。
「二人の戦術の違い……そこからくるズレを突くつもり?」
「『仲がいい』のと『息が合う』ってのは意味が違うんだ。
カチューシャを引っかき回して、苛立たせて、ダージリンの作戦上の“爆弾”に仕立て上げてやる」
言って、ジュンイチは周囲の気配を探る。
ダージリンの気配は……ない。
戦いながらの索敵ならともかく、こうして腰を据えて索敵しても引っかからないということは――
(気が昂ってない……
戦闘状態どころかガチでリラックスしてやがる……どこかでティータイムとでも洒落込んでるな?)
自分の気配探知で見つけるのは難しそうだ。ここは各地を走り回っている仲間達に期待するしかあるまい。
それはともかく――
「あー……西住さん、冷泉さん。
“何”をするつもりかはだいたい想像つくんだが……まぢでW号でやる気?」
「当然だ」
当面の懸念に触れるジュンイチだが、麻子の答えに迷いはない。
「大丈夫に決まっているだろう」
「私達よりも戦車歴の短い、ムカデさんチームにもできたことだぞ?」
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第54話「真打ち登場でsに゛ゃーっ!?」
(初版:2020/11/09)
※外国語訳:excite翻訳