その頃、アヒルさんチームと福田の九五式は、ルクリリ車を引き連れて移動。現在ちょうどショッピングモールのメイン観客席の前を通りかかったところであった。
「ずるいぞ!
 ここは発砲禁止区域だ!」
「知ってまーす」
「通りかかっただけでーす」
 当然、観客席に流れ弾が飛びかねないこの一帯は戦闘禁止だ。抗議の声を上げるルクリリに典子やあけびがしれっと返す。
 そうこうしている間にも、肉眼で見えるところを走っていく戦車の姿に、観客席から歓声やエールが贈られてくる。
「な、何か恥ずかしいでありますな……」
「どーもでーす」
 照れる福田にかまわず典子は手を振ってそれに応える――見れば、ルクリリもこちらに抗議する合間合間に歓声にもちゃんと反応を返している。淑女の教育の行き届いた聖グロ生だけあって、この手の声援は無碍にはできないようだ。
「それでアヒル殿、この後は?」
「このままついて来て!」
 気を取り直し、尋ねる福田に対し、典子はすでに策があるのか迷うことなく答える。
「Dクイック試してみるから!」
「でくいく……?
 とにかく了解であります、アヒル殿」
「アヒル殿って何かやだなー」

 

 


 

第54話
「真打ち登場でsに゛ゃーっ!?」

 


 

 

「こちらアリクイさん。見えたにゃー」
〈了解!
 ……あ、こちらからもそちらを視認しました!〉
 砂浜の戦場にも参戦者アリ。明に呼ばれて駆けつけたアリクイさんチームの三式が浜辺沿いの道路へ到着。ねこにゃーからの報告に明が答える。
〈私達を追ってくるT-34の相手、お願いします!〉
「お願いされましたにゃ」
 明に応えると、ちょうどヘッツァーが砂浜から道路に上がってきたところに差し掛かった。目の前をヘッツァーが通り過ぎた直後、まさにギリギリ紙一重のタイミングで交差。T-34/76の前に立ちふさがると同時に相手の目からヘッツァーを隠すブラインドになる。
 当然、相手の前に姿をさらした三式に敵の目が向く――が、撃たれる前に再び走り出す。その時にはすでにヘッツァーは曲がり角の向こうに姿を消していた。
 なので、T-34/76は見失ったヘッツァーの代わりに三式を次の獲物に定めた。ヘッツァーが何か企んでいる可能性があるが、姿を消したヘッツァーと目の前にいる三式、どちらを狙うのが敵を減らす上で効率がいいか、考えるまでもない。
「後ろから撃ってくるぴよ」
「当然だにゃー」
 追ってくるT-34/76の姿を確認したぴよたんにねこにゃーが応えると、そこへ明からの通信が入る。
〈そこから夏海バイパスまで敵を誘導してください。
 私達も先行して向かっていますから……こちらで仕留めます〉
「了解だにゃー」
 明に返し、ペリスコープで相手を確認したねこにゃーの誘導や裏道を駆使して攻撃をかわしながら、三式は夏海インター入り口付近でこの道と交差する夏海バイパスへと走る。
 その夏海バイパスでは――
「いくわよ! スーパー風紀アタック!」
「お願いします!」
 B1-bisが砲撃の準備を完了していた。息巻くそど子に、“B1-bisの下の”ヘッツァーの車内から明が声をかける。
 そう、“下”――三式がT-34/76を引き連れて街中を走り回っている間にこの夏海バイパスへと直行したヘッツァーは、到着早々カモさんチームの足場となり、背中合わせの状態からB1-bisに乗り上げられていた。
 三式とT-34/76の走ってくるであろう道路と夏海バイパスとでは、バイパス側が上をまたぐ立体交差になっている。これを活かしてバイパスの上から狙おうとしたのだが、それをやるにはB1-bisの砲では俯角が足りなかった。
 そこでヘッツァーが踏み台となり、B1-bisを前方に傾けることで無理矢理俯角を補ったのだ。
 やがてT-34/76に追われる三式がバイパスとの交差に差し掛かり――そど子が叫ぶ。
「撃て!」
 直後、B1-bisが主砲と副砲を斉射。まさにそのタイミングで交差に差し掛かったT-34/76へと、ほぼ真上からの砲撃が襲いかかる。
 命中は――主砲の砲撃は外れ、副砲のみ。エンジン周りの外装を吹き飛ばされたものの、T-34/76はまだ生きている。
「狙撃!?
 上の道路から!?」
 声を上げ、T-34/76の車長が攻撃の主を探して車外に顔を出して――直後、首に何かが巻かれたと思った瞬間、その意識が途絶えた。
「ほい、いっちょあがりー。
 かーしま」
「はい」
 B1-bisの踏み台となったヘッツァーを離れ、歩兵として伏せていた杏の仕業だ。チョークスリーパーで迅速に落とした敵車長を同行していた桃に引きずり出してもらい、
「地獄に落ちな、ベイビー」
 決めゼリフと共に、車内にペイント手榴弾を放り込んだ。



    ◇



 磯前神社の境内に入ると、W号はまっすぐ正面の鳥居の前までやってきた。
 その目の前で一旦停止。身を乗り出し、みほは石段の下を確認する。
「ちっ、ちょっと、みぽりん!
 私も何やるつもりかわかっちゃったんだけど……本当にやるの? 大丈夫?」
「麻子さんなら大丈夫。
 今見たけど、昨日の試合で出た目立つガレキも片づけられてるから、それに足を取られる心配もないし……」
「任せろ」
 沙織に応えたみほにうなずき、麻子は戦車を発進させた。すさまじい振動を伴いながら、石段を下っていく。
「ミホーシャったら、やるじゃない!
 昨日のテケ車ならともかく、W号でここを下るなんて!」
 それは昨日の奉納戦車戦でムカデさんチームのテケ車もやってみせたこと――だが、テケ車よりも重量のあるW号ではテケ車以上に安定走行が難しい。最悪、変な方向を向いてしまいそこから横転、なんてこともあり得る。
 みほは「麻子なら大丈夫」と言ったが、逆に言えばW号でこれをやってのけられるのは麻子ぐらいのものだろう。
 が――
「戻って回り込みますか?」
「このまま進むに決まってるじゃない!」
 弱気な消極策など彼女には無縁だ。IS-2の車長代理の問いに、カチューシャは迷わずそう答えた。
「ミホーシャにできることは、このカチューシャにだってできるんだから!」
 言い放ち、カチューシャは念のため車内へ。主砲が鳥居を傷つけないよう注意しながら石段に突入していった。



    ◇



 一方その頃、アヒルさんチームは福田の九五式を連れて、“目的地”へと向かっていた。
 もちろん、その間ルクリリも何もせず黙ってついて来ているワケではない。仕留める気満々で追いすがってくるが、地の利を活かして裏道に逃げられたり、典子の得意技、発煙筒サーブに視界を塞がれたりと、翻弄されっぱなしでなかなか捉えられないでいる。
「やはり、“あそこ”に向かうつもりか……」
 だが、アヒルさんチームの狙いは読めてきた――気づかれないためか何度か遠回りをしているが、アヒルさんチームは確実に自分もよく知る場所に向かっている。
(ならば、そろそろ……)
 ルクリリが頃合いと考えたちょうどそのタイミングで、予想通り典子が発煙筒サーブを繰り出してきた。煙幕にまかれ、八九式と九五式の姿を見失ってしまう。
(いいだろう。
 わざと引っかかったフリをして、その裏をかいてやる!)
 だが、ルクリリにはアヒルさんチームの狙いはすでに見当がついていた。指示し、戦車を進めた先は練習試合の時、自らの脱落の地となったあの立体駐車場。
 ――やはりそうだ。戦車の姿はないが、タワーパーキングとその正面の二段式立体駐車場が稼働している。
 練習試合の時は二段式の方に気づかず、タワーパーキングの方から出てくるとばかり思い込んでしまったために、二段式の方に潜んでいた八九式に一撃を許すことになってしまったが――
「馬鹿め! 二度もだまされるものか!」
 手口がわかっている今回は違う。ひっかかったフリをするためにタワーパーキングの方に正面を向け、一方で砲塔をあらかじめ二段式の方に向けた状態で待ちかまえる。
 八九式から見れば地上に出て来てまず目に入るのはマチルダUの車体。そちらをタワーパーキングの方に向けておくことで「今回もひっかかった」とアヒルさんチームを油断させ、あらかじめ向けておいた砲塔で一撃――という算段だ。
 そして――予想通り、せり上がってきた二段式立体駐車場、その下段に身を隠していた八九式を発見した。
「撃t
「アタ――ック!」
 だが、相手の打ってくる手を予想していたのはルクリリだけではなかった。主砲の砲口が地上に出た瞬間、ルクリリの発砲指示よりも早く八九式が発砲。ルクリリのマチルダUに一撃をお見舞いする。
 砲弾は狙い通りマチルダUに命中――が、それだけだ。前回同様マチルダUの装甲を貫くことは叶わなかった。
「馬鹿め!
 前回ですら柾木がいなければ失敗していただろう作戦が、すでに知られている上に柾木もいない状態で通じるとでも思っていたか!」
 改めて車外に顔を出し、こちらはすでに顔を出していた典子に言い放つルクリリだったが、
「思ってますが何か?」
「へ?」
 あっさりと返してきた典子の言葉に目がテンになった。
「自分で言ったこと、忘れた? 『前回がどうの』って。
 前回のアレを再現しようと思ったら――」



「柾木くんの役も、用意しなくっちゃね」



「――――っ!?
 まさか!?」
 典子の言葉に思わず頭上を見上げ――るまでもなかった。
 後方から山なりに、ルクリリの頭上を飛び越えるように放られた“それ”が目の前に落ちるのを思わず見送ってしまい――閃光手榴弾が炸裂した。



 ルクリリは見抜くことができなかった。
 道中のあの発煙筒の煙幕はここにたどり着くまで生き延びるため“だけ”ではない。ジュンイチ役――妙子が戦車から離れる姿を覆い隠すためのものでもあったと。
 道中さんざん回り道したのはこちらに狙いをつけさせないため、ここへの誘導に気づかれないようにするためのカモフラージュ“だけ”だけではない。徒歩移動となる妙子がこの立体駐車場に先回りし、タワーパーキングに隠れる時間を稼ぐためのものでもあったと。
 そして何よりも大事なこと。
 “八九式は徹頭徹尾、どこまでも囮にすぎなかった”ことに――



 となりの二段式立体駐車場から姿を現した本命・福田の九五式に側面を撃ち抜かれ、撃破されるまで、気づくことができなかった。



    ◇



「W号、なかなか捕まりませんね」
「えぇ、そのようね」
 オレンジペコに答え、ダージリンは紅茶を一口いただいて――
「それはいいんだけどさ……」
 と、そんなダージリンに口をはさんだのはライカだ。
「“こんなこと”してる場合なの、私達?」
「あら、私達が紅茶にこだわりがあるのはご存知でしょう?」
「いや、ライカさんが言いたいのはですね……」
 ライカに返すダージリンにはジーナが答えた。
「さすがに車外にティーセット持ち出してティータイム、っていうのはやりすぎだってことじゃないかと……」
 そう。そこは戦車の中ではなく住宅街の空き地。チャーチルで住宅街を走っていたところにこの空き地を見つけ、ちょうどいいとばかりにティーブレイク中なのだ。
「大丈夫よ。
 車内にルフナを残してきているから、戦車放棄で失格になる心配もないし、敵に見つかっても即応可能です」
「いや、そーゆー問題でもないでしょ」
「留守番になったルフナさんもかわいそうに……」
 答えるアッサムの言葉にライカとジーナが呆れていると、
「心配しなくても、また私達の出番は回ってくるわ」
 改めて、ダージリンが呆れる二人にそう告げた。
「その時に備えて、今は心身共に英気を養うのよ」
「余裕じゃなく、舐めていないからこそ、休息をはさんでベストのテンションを維持したい、と?」
「そうね。
 いくら力を高めても、心に余裕がなければその力を存分に発揮することはできないわ」
 聞き返すライカに答え、ダージリンは空になったカップをオレンジペコに手渡した。
「そこまでして、大洗との試合を楽しみたいんですね」
「それだけ、大洗が魅力的なチームになったということかしら。
 私としては、最初の練習試合の頃の個性的なあり方も捨てがたかったのだけど」
「今は、個性と戦車乗りとしての強さがほどよく共存していますね」
 ジーナに答えるダージリンにアッサムが補足すると、
「やはり、みほさんや柾木さんによって変わった……ということでしょうか?」
「それも少し、違うんじゃないかしら」
 加わってきたオレンジペコだが、ダージリンの考えからは少し的を外していたようだ。
「変わったのはみほさん達の側も同じことよ。
 お互いに変え合った――お互いが与えられた場所を大切にしてきたからこそ、大洗は良い方向に変われたのよ、きっとね」
「確かに。
 ジュンイチさんも、大洗に来る前に比べて戦い方が柔らかくなった気がします」
「アレでですか……?」
「アレでなのよ」
 ダージリンに返すジーナの言葉に頬を引きつらせるアッサムに、ライカが残酷な現実を突きつける。
「そして言うに及ばず、みほさんも……
 黒森峰や西住流とは違うところにあった彼女の真骨頂――それは大洗に来ることがなければ見つけられなかった」
 言って、ダージリンはオレンジペコの淹れてくれた紅茶を受け取り、
「知ってる?
 アジサイの花は、植えられた土壌の環境によってその花の色を変えるそうよ」
「それは知ってるけど……あ、そっか」
「まるで西住さんみたいですね」
 ライカもジーナも、ダージリンの言いたいことにはすぐに気がついた。
「みほさんの才能は確かなもの。黒森峰にいたままでも、去年の出来事さえなければいずれ育つべくして育ったでしょうね。
 でも、西住流や姉のもとにいたままだったら、きっと今のような色はつけていなかったのではないかしら」
 ダージリンがそう告げた、その時――チャーチルの近くに砲弾が着弾した。
「おのれ! チョコマカと!」
「あー、そーですねー。素早い相手ですねー」
 カメさんチームのヘッツァーだ。外したことに対し即座に相手がかわしたことにして責任転嫁を図る桃に、明が呆れ九割面倒臭さ一割の相槌を返す。
「あらあら、せわしないですこと」
「試合中ですから」
「ジーナさん、ライカさん、気づかなかったんですか?」
「いえ、気づいてましたけど……」
「桃の砲撃ならどーせ当たらないし、ほっといてもいいかな、って」
 アッサムがダージリンにツッコみ、ジーナとライカがオレンジペコに答える――ともあれ、ティーセットの片づけは後回しにして、ダージリン達が戦車に戻る。
「では、咲き誇る花を摘みに参りましょうか」
「摘んじゃうんですか? せっかく咲いたのに」
 試合なのだから当然と言えば当然なのだが、花に例えたのならそれを愛でたりはしないのかと尋ねるオレンジペコにダージリンが答えて曰く――
「あら、美しいものであればあるほど、自分だけの傷をつけたくなるものではなくて?」
「そんなドS趣味はジュンイチさんだけで十分です」
「要は『お前を倒すのはこのオレだ』的な?
 こういうのなんていうんだっけ? ベジータ系女子?」
「………………」
 外様の二人にオチをつけられた。



    ◇



 磯前神社正面の石段に突入したW号は現在その中腹ぐらいの地点まで差し掛かったところであった。
 前日はムカデさんチームのテケ車が勢い任せに駈け下っていったところだが、やはりより重量のあるW号では同じようにはいかない。
 麻子の巧みな操縦のおかげで何とかなっているが、それでもいつも以上に慎重な挙動を強いられ、えっちらおっちらと石段を下っていく。
 と――
〈こちらカメさん!
 あんこうの西住さん、聞こえますか!?〉
 カメさんチームの明から通信が入った。続けて杏が本題を伝える。
〈フラッグ車見つけたよー。
 のん気に外でお茶飲んでた〉
〈ライカさんとジーナさんもいます!
 ただ、チャーチルと一緒に離脱。こちらに仕掛けてくる気配はありません〉
「わかりました。合流します」
〈お願いねー。
 場所は……〉
〈浜辺の方に追い出すから!
 ここからなら、大洗ホテルの方に追い立てられるはず!〉
「わかりました」
 杏をさえぎって伝えてきた明に改めてうなずき、通信を終えたみほは後ろの様子を確かめる。
 カチューシャもこちらを追って石段に進入してきているが、やはり彼女達も思うようにはいかないようで、明らかにもたついている。
 IS-2がいないのは、おそらく下りた先への先回りを狙っているのだろうが――
「柾木くん、IS-2は?」
「問題ない。オレ達の方が早い」
 その懸念は不要だったようだ。尋ねるみほに、とうにIS-2の気配を捉えていたジュンイチが答える。
「何してるのよ!
 W号が逃げちゃうじゃない!」
「す、すみません。
 しかし、思った以上に姿勢を保つのが難しくて……」
 上の方ではカチューシャが思うようにならない追跡にイライラしているようだ。ジュンイチの思惑通りなので、このままイライラし続けてもらうことにする。
「このまま下り次第敵フラッグ車の包囲に向かいます」
「りょーかい」
 みほの指示に麻子がうなずき、W号はガタゴトと車輛を揺らしながら石段を下っていった。



    ◇



 その頃、ダージリン達のチャーチルは、カメさんチームのヘッツァーを引き連れて海の方へと向かっていた。
 チャーチルだけでなく今はジーナやライカも一緒だ。その気になればヘッツァーを返り討ちにすることはたやすいが、あえてそうしない理由はカチューシャからのある要請にあった。
「見つかったならミホーシャ達も向かうはず!
 ヴォストーク地点に向かって! 頼れる同志を伏せてあるわ!」
 とのことで、敵をそちらに誘導すべく移動中なのだ。
 そうしている間にも、各地で戦っていた大洗チームの戦車が続々と集結してくる。B1-bis、三式、八九式に九五式、いずれはW号も――
 そんな追撃戦の一方、行く先である浜辺では――
「やっと出番だべ」
「カチューシャ隊長に忘れられてるかと思っただな」
「空気も悪くなってきたしな」
 やってくるダージリンのチャーチルの姿をペリスコープで捉え、口々に訛りの強い口調で話す集団がいた。
「前進だべ」
 チャーチルがビーチに入ったタイミングで戦車を発進させる。後を追う大洗チームがビーチに突入した、その側面を目指して――
「え?」
「何アレ、クジラ?」
「潜水艦じゃない?」
 それを見つけたアヒルさんチームからそんなコメントがもれるのも無理はない。
 何しろ、それは海中から姿を現したのだから――ゴルフ場に向かう前、カチューシャの指示で隊列から離れていた「頼れる同志」ことKV-2である。
 浸水対策を施した上に砲身もゴム栓でフタ。エンジン部にも水が入らないようシュノーケルを設置――大洗と聖グロの練習試合の内容から町中を走り回る展開もあり得ると考えたカチューシャは、そうなった時には足の遅いKV-2は迷わず伏兵にするつもりで事前に準備を整えていたのだ。
 まさか水中に敵を伏せているとは思っておらず、さすがの大洗チームもこれには度肝を抜かれるが、
「落ちついてください!」
 砂浜に到着したW号から、みほが一同に呼びかけた。
「砲身をよく見てください!」
「すっごく大きいです!」
「誰が感想を言えと言った」

 みほに即答した妙子にジュンイチがツッコむと同時、KV-2が発砲。自慢の152ミリ砲の一撃が大洗チーム――ではなく、その頭上を跳び越えてその先の大洗ホテルを直撃した。
 その威力はすさまじく、大洗ホテルの本館を一撃で半壊させた。その光景に大洗チームの面々が驚くが、
「あー、いいからいいから。
 ほっとけあんなん」
「柾木くん!?」
 ジュンイチが突然そんなことを言い出した。みほが驚いて声を上げるが、当人は警戒するどころか明らかに呆れた様子でKV-2を見つめていた。
 とはいえ、ジュンイチのことだ。何かしら根拠があっての発言だろう。それを信じて、大洗チームの各車はダージリンの追跡に専念すべく加速する――



 結論から言うと、ジュンイチの読みは正しかった。
 そして――そんな彼を信じ、加速した大洗チームの反応こそが、KV-2脱落の決め手であった。



「あぁっ! 行っちまうべ!」
 加速した大洗チームの戦車の姿に訛りの強い口調で慌てるのはKV-2の装填手のニーナである。
「早く次撃つだよ」
「あのちびっ子隊長に怒られないようにしないとな」
 同じく装填手のアリーナと、双方とも訛りのある口調で意見を交わしながら二人で装填を急ぐ。
 慣れているとはいえ重い砲弾に悪戦苦闘しながらも装填を終え、発砲――KV-2の砲撃はまたしても大洗チームの頭上を跳び越えていった。シーサイドホテルに着弾。宴会場を貫いた挙句、その先の展望風呂を木っ端みじんに爆砕する。
「…………あ」
 と、そこでみほはKV-2に何が起きているか――すなわち、ジュンイチが『放っておけ』と言い出したその理由に気づいた。
「柾木くん、“あぁ”なるってわかってたから……」
「そーゆーこと」
「え? 何? どゆこと?」
「まぁ見てろ」
 みほとのやり取りに沙織が食いついてきたので、ジュンイチはそう答えると立ち上がり、
「あのままほっといても自滅しそうだけど……どうせなら武部さんの疑問の答えがよくわかる形でトドメ刺してくる」
 そう言い残すと、さっそく“トドメ”のためにW号から跳び下りる――



 ザンバーメイスを置きっぱなしにして。



「ちょっ!? 柾木くん!?
 ザンバーメイス忘れてるよ!?」
〈忘れたんじゃねぇよ〉
 あわてて無線で知らせる沙織だが、答えはあっさり帰ってきた。
〈いらねぇから置いていったの。
 あんなヤツ、指先ひとつでダウンだよ〉
「どこの神拳継承者!?」
 ツッコむ沙織だが、ジュンイチからの答えはない――その意図は容易に知れた。「黙って見てろ」だ。
「大丈夫でしょうか……
 いくら異能で身体能力を引き上げたって、KV-2を指一本で、なんて……」
「今回ばっかりはハッタリ利かせすぎだよねー」
 心配そうな優花里に沙織が同意すると、
「本当にそうでしょうか?」
 そう異論を挟んできたのは華だった。
「え? 華はできると思うの?」
「そ、それは、まぁ……私もちょっと……
 でも、柾木くんって、ハッタリにしてもできないことは言わないじゃないですか。
 いつも『できるけど必要ないからやらない』ってパターンで……」
 聞き返してくる沙織に華が答えると、
「つまり、柾木には何かしら“指一本でKV-2を倒せる何か”がある、と。
 そういうことだろう、西住さん?」
「はい」
 麻子が話を振ったのは、やり取りの中心にいる沙織ではなくみほだった。対するみほは麻子の問いに迷わずうなずいてみせる。
「確かに、いくら柾木くんでも、KV-2を指一本で倒すなんてムリです――“柾木くんの力だけなら”
 でも……」



“今のKV-2なら”、それこそ『指先ひとつでダウン』です」



    ◇



「装填急ぐべ」
 二発目の砲撃も目標を外れ、シーサイドホテルの一角を爆砕したのを見て、アリーナはあわてて再装填に取りかかる。
「ニーナ」
「わかってる」
 ニーナも手伝い、砲弾を装填して砲の尾栓を閉じる。
「装填完了」
「砲塔旋回」
「回るのおっせーなぁ」
「急げ急げ」
 他の乗員達も交えて車内でぎゃあぎゃあと騒いでいると、
「あぁ! あれ見るだよ!」
 気づいたニーナが指さしながら声を上げる――のぞき窓から見える、ニーナの指さした先にはこちらに向けて歩いてくるジュンイチの姿。
『お、大洗の黒い――』



悪魔/死神/暴君/破壊神!」



『………………』
 途中までハモっていたところから後半がバラけて会話が止まる。
「あれ? 悪魔じゃなかったべ?」
「死神だよ」
「暴君だって暴君」
「破壊神って聞いたけどなぁ。
 ソレ誰から聞いた?」
 ニーナの問いに、一同は顔を見合わせ、「せーの」で、
『同志カチューシャ』
「うん、それ間違いなく全部言ってるべ」
 ニーナの鶴の一声で検証終了。
 というワケで――
「って、やってる場合じゃないだよ!」
「迎撃迎撃!」
「機銃向けろーっ!」
 無駄話に脱線している間にもジュンイチはこちらに向かっている。あわてて彼の方へと向き直ろうと戦車を、砲塔を旋回させて――ぐらりっ、と戦車が傾いた。
 砂浜、それも波打ち際という不安定な足場がついに限界を迎えたのだ。片側が砂の中に沈み込み、KV-2の車体が今にも転倒しそうなほどに傾きを増していく。
「たっ、倒れる!?」
「全員反対側に寄るべ!」
 あわててニーナが指示し、車内で沈んでいない側に全員が集まる――かろうじて転倒は免れたが、やじろべぇのようにグラグラとKV-2が揺れる。
 一方、ジュンイチはそんなKV-2の側面、沈んでいない方へと回り込み、
「えいっ」
 つついた。右の人さし指で、つんっ、と。
 ただし――グラグラと揺れるKV-2の、向こう側への傾きが最大になったその瞬間に。
 ただでさえ限界ギリギリの状態だったKV-2にとって、それはまさに致命傷となった。決定的にバランスを崩し、
『わぁぁぁぁぁっ!』
 ズズゥンッ!と音を立て、KV-2が転倒。しかもつけっぱなしだったエンジンのシュノーケルに海水が流れ込んだ。海水はそのままエンジンへと流し込まれ、黒煙を上げてエンスト。エンジンブローでKV-2の白旗が揚がる。
 そして――つついたその姿勢のまま、ジュンイチはKV-2に向けて告げた。
「次からは、もーちっと陸に上がってから撃つんだな」



    ◇



「ほ、ホントに指先ひとつでダウン取っちゃった……」
「というか、アレって……」
「柾木殿の言ってた通り、自滅を後押ししただけですねぇ」
 その光景は、ジュンイチが何をするのか気になって見守っていたW号の面々も見ていた。沙織のつぶやきに、華や優花里が補足する。
 ともあれ、これでKV-2を排除できた。このままチャーチルを一気に叩くと一同が気合を入れ直すが、
「十時方向! 砲撃来ます!」
 しかし、そう簡単にはいかなかった。みほが警告を発すると同時、左前方から飛んできた砲弾がW号の目の前に着弾。周囲に砂を舞い上げる。
「助けに来たわよ、ダージリン!」
 石段を下り終えたカチューシャのT-34/85とIS-2だ。砂浜には下りず、海岸沿いの道路から高低差の利を活かして大洗チームを狙う。
「に゛ゃーっ!?」
 その犠牲になったのはアリクイさんチーム。T-34/85の砲弾が直撃し、ねこにゃーの悲鳴と共に吹っ飛ばされた三式が砂浜を転がり、白旗を揚げる。
 対し、W号が主砲を向けて応射。カチューシャ達が食事処の陰に隠れた隙に、他の面々もカチューシャ達を狙おうとするが、
「フラッグ車を狙ってください!」
 みほの指示がそれを留めた――そうだ。これはフラッグ戦。カチューシャ達にやられる前に、こちらがダージリンのチャーチルを仕留めればいいのだ。
 そのチャーチルは――
「あぁ! 見て! チャーチルが!」
 カチューシャ達に大洗チームが気を取られている隙に前方から消えていた。見つけた妙子が指さした先で護岸をよじ登ろうとしている。
「何よ! そんなところを登って! 校則違反よ!」
「そんな校則ないよ〜」
「あったとしても大洗の校則じゃ聖グロのダージリンさん達には関係ないんじゃ……」
 抗議の声を上げたそど子にはパゾ美やゴモ代からツッコミが入る。
「いいから追いかけて!」
 だが、風紀委員として“校則”を持ち出した以上後には退けない。ムキになったそど子の指示で、B1-bisがチャーチルの後を追って護岸を登ろうとする。
 が――駄目だ。登坂能力の高いチャーチルだからこそ登れたのであって、B1-bisにこの護岸を登りきることは叶わなかった。
 それどころか、中途半端に登ったところで止まってしまったため、前方の底面を相手側にさらしてしまい――
「いけない!」
〈バカ! 下がれ!〉
 みほや無線越しのジュンイチの声は間に合わなかった――直後、砲撃を受けたB1-bisが吹っ飛ばされた。
 護岸から砂浜へと吹っ飛ばされ、転がったB1-bisはW号の隣を駆け抜けて失速。九五式の鼻先にコツンと軽くぶつかって停止――シュポンッ、と白旗が揚がる。
「……どっちだと思います?」
「ダージリンだろーね。
 彼女、練習試合の時にジュンイっちゃんが似たシチュでマチルダひっくり返したのを見てるし」
 明に答えた杏の言葉通り、B1-bisを吹っ飛ばしたのはダージリンのチャーチルであった。さらにカチューシャ達も合流し、大洗チームを手ぐすね引いて待ち受ける。
「どうやら決着がついたようね。
 どうする? 謝ったらここでやめてあげてもいいけど」
 これで大洗チームは聖グロ、プラウダから一方的に、高所から狙われることになった。絶対的優位に立ったことで調子に乗ったカチューシャがみほへと告げるが、
「……って、あれ? ミホーシャ?」
 当のみほはカチューシャにかまっていなかった――それどころか、“W号にすらかまっていなかった”
 W号を離れ、全速力で来た砂浜を逆走中。いったい何のつもり――
「――っ! W号!」
 さらに、ダージリンの声に気づいた。
 W号の方にも動きがある。砲を下げ、その先端、砲口の辺りで車外に出た沙織が何やら作業中――終わったのか、W号戦車が再び砲を上げてカチューシャ達に砲口を向ける。
「何のつもり!?」
「とにかくW号を!
 何か考えてるのは確実よ!」
 戸惑うカチューシャにダージリンが叫ぶが、
「私に命令しないでよ!
 命令するのはカチューシャなんだから!」
 そんなダージリンの言葉、指示されたことに腹を立てたカチューシャは状況も忘れてダージリンに反発してしまう。
 プライドの高さから他者から下に見られることを極端に嫌うカチューシャの悪いクセだ。ダージリンの指示の内容、その正当性よりも“指示された”という事実そのものに反発してしまい、いつもならそれを収めてくれるノンナも脱落済みでここにはいない。
 結果、あんこうチームへの対処が遅れてしまい――



 それは、あんこうチームの思惑の内であった。



「柾木くん!」
「サンキュー!」
 そう、ジュンイチだ。みほが声を上げ、投げつけたそれを――少し狙いが逸れていたので横っ跳びにキャッチする。
 その瞬間、W号が主砲を発射して――



 ジュンイチが“消えた”。



 ――否。
 瞬間的に、その場からダージリン達のいる方へと“飛んだ”のだ。







 W号の砲弾から伸びる“糸”に引っ張られて。



    ◇



「――コレって!?」
 その様子を見て声を上げたのはケイだった。ナオミの運転するジープでの移動中、タブレットで試合中継を見ながら思い出す。
 そう――自分達は“これ”を知っている。
「私達との試合で使った、砲撃に引っぱってもらうヤツ!?」
「あー、アレかー。
 私達、それでせっかく突破した柾木にあっさり追いつかれたんだっけね」
 なぜなら、自分達も同じことをやられたから――ジープの運転に専念して画面こそ見ていないが、ケイの声で何が起きたか把握したナオミが苦笑すると、
「でも……」
 ふと首をかしげたのはファイだ。
「アレって、大砲の先っちょに網をかけて、それに砲弾を引っかけるんだよね?
 ジュンイチお兄ちゃん、いつ網をかけたの?
 だって、ジュンイチお兄ちゃんがW号を離れた後に、W号一回撃ってるよね?」
「いや、網ならかけてたでしょ」
 しかし、ファイの疑問にはアリサが即答した。
「え? でもお兄ちゃん……」
「いや、アイツじゃなくてW号の通信手のあの子」
「沙織お姉ちゃん?
 ――あ! さっきW号の大砲のところで何かやってた!」
「たぶんそれでしょうね」
 アリサにツッコまれてようやく気づいたファイに、ケイが笑ってうなずいた。
「マッキーがW号を離れているなら、他の子が代わりに仕掛ければいい。
 サオリが網を設置して、ミホがマッキーに“糸”を届ける。これで後はハナが撃てば、マッキーをダージリンのところまでデリバリー完了ってワケね」



    ◇



 砲弾は彼方に飛んでいくが、わざわざ最後まで付き合う理由はない。“糸”――正確にはみほがW号備えつけのスパナに“糸”を巻きつけて作った即席のグリップ――をタイミングを見計らって手放すと、ジュンイチは眼下のダージリン達に向けて降下する。
「させるもんですか!」
 もちろん、ダージリン達も黙ってはいない。ジーナとライカが迎え撃とうとする――が、
「予想通りの反応ありがとよ!」
 ジュンイチもそんな反応は予想済み。素早く投げつけた煙幕弾が彼女達の目前で炸裂。煙幕に気を取られている隙に彼女達を飛び越え、戦車の布陣の背後に着地する。
「しっ、しみる〜っ!
 ライカ! ライカ〜っ!」
「あーもうっ!
 収まるまでおとなしくしてなさい! その間は守ってあげるから!」
 なお煙幕は黒森峰戦でも活躍したスパイス盛りだくさんの激辛バージョン。車外に顔を出していたためにまともに巻き込まれてしまったカチューシャに告げると、ライカは煙幕に隠れたジュンイチの気配を探り――
「いいのかなー?」
 そんなライカの耳が、煙幕の向こうのジュンイチの声を捉えたが、
「“囮なんかに気を取られて”」
「――――っ!
 しまっt
 しかし、気づいたことを仲間達に伝えることは許されなかった。驚いた一瞬の隙を突かれ、ライカは気づきの叫びすら終わらぬ内に飛び込んできたジュンイチに蹴り飛ばされた。
 そして――
「麻子さん、今!」
「任せろ」
 みほの合図で麻子がW号を走らせる。護岸に突っ込むと一気に駆け上がり、ダージリン達の前へと飛び出す。
「しまった……!
 これは彼による強襲じゃない……彼とW号による挟撃狙い……っ!」
 ここに至り、ようやくジーナやダージリンはジュンイチの狙いに思い至った。
 ジュンイチが派手に突入したこと、そして煙幕。その狙いは注意をひきつけ、さらに補強することで、みほを拾ったW号がこちらに突入する隙を作るためのものだったのだ。
 突入したジュンイチとW号とで、自分達を挟み撃ちにするために――今度こそ、みほ達W号と自らとのタッグで勝利するために。
「でも、W号の登坂能力でよくあの護岸を登れましたね」
「その答えは、W号の登ってきたルートよ」
 一方で首をかしげたオレンジペコに、ダージリンはそう答えた。
「W号の……?
 登ってきたルートって……あぁっ!」
 ダージリンの答えに、W号の登ってきたポイントに目をやったオレンジペコが気づいて声を上げる。
「そう――
 W号は、私達の登ってきたルートをなぞって上がってきたのよ」
 ダージリンの推理の通りだ。みほ達はダージリンが護岸を駆け上がった時のルートを――“チャーチルによって踏み荒らされた”跡をたどって登ってきたのだ。
 そこはチャーチルの重量によって舗装があちこち踏み割られていた。そうした部分が履帯に引っかかり、W号の前進を支えたのだ。
「油断したわね……
 場の状況を最大利用するのは、彼だけの専売特許じゃなかったのを、すっかり忘れていたわ」
「なんの!
 その程度の油断、まだ取り返しがつきますよ!」
 自嘲するダージリンに、ジーナがチャーチルの車外から声をかけ――
「そんじゃ――取り返してみせろや!」
「もちろん!」
 飛び込んできたジュンイチの振るうククリナイフを、ジーナが鉄扇で受け止める。
 そんな彼女の脇を、飛び込む直前に放っていたペイント手榴弾が、キューポラのハッチが開いたままのチャーチルに向けて飛ぶ――ので、ジュンイチを押し返すと閉じた鉄扇をフルスイング。ペイント弾を打ち返す。
 打球はフライ。だがその先にはみほ達のW号が――これにはジュンイチが対応。手にしたククリナイフを投げつけてペイント手榴弾はさらに弾かれ、結局誰もいないところにペイントをぶちまける。
 ククリナイフを手放すことになったジュンイチだが、素早く腰に差した霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放った。ジーナの振り下ろした鉄扇を受け――るどころか打ち返し、彼女の手から弾き飛ばす。
 今度はジーナが得物を手放し手ぶらに――しかし、
「まだまだ!」
「だろうね!」
 得物はまだ用意していた。腰の後ろに留めていた二本一対のトンファーを手に取り、ジュンイチと打ち合いをくり広げる。
 その間、大洗の他の戦車も、ジュンイチの煙幕が生きている内に護岸を上がろうと奮戦中。八九式と九五式が護岸に乗り上げて――
「ハイ残念またどうぞー」
 そこに転がってきたのはライカの放った手榴弾。護岸を登るために思いきりのけぞる形になっていた二輌は爆発の衝撃であっさり後ろにひっくり返って砂浜に逆戻り。
「えっと、生き残ってんのはあの二輌と……」
 さて次に登ってくるのは誰だろうと、ライカが大洗・知波単チーム側の生き残りの陣容を思い出していると、
「私達だねー♪」
「――――っ!」
 突然の声にとっさに反応。声のした背後に向けて手を伸ばす――が、
「あらよっと」
「ぅえぇっ!?」
 その手で相手を捉えるどころか、逆にその手を相手に捉えられた。一本背負いで投げ飛ばされるが、なんとか受け身をとってすぐに立ち上がる。
「驚いたわね……
 不意打ちとはいえ、アンタがあたしをブン投げるなんて。
 アンタ、近接ランク、確かCじゃなかったっけ?――」



「杏」



「うん、そーだねー」
 そう、襲撃車の正体は杏だった――その間に護岸を登ることに成功したヘッツァーを背に、ライカの指摘にカラカラと笑い、
「でもね、光凰院ちゃん、ひとつ忘れてない?
 “新人研修”やってからどんだけ経ったと?」
「ほう?
 つまり当時Cランク止まりだったところから腕を上げたと?」
「そりゃ上がるでしょ」
 ライカに返し、杏は胸を張り、
「日頃からジュンイっちゃんにちょっかい出そうとして、防ぐジュンイっちゃんと熾烈な攻防戦を繰り広げているのは伊達じゃないんだよっ!」
「よしかかってこい。
 元全中空手チャンプとして、ンな理由で腕上げたヤツに負けてたまるかっ」
 ライカの闘志が熱く燃え上がった。



    ◇



 ジュンイチの突入をきっかけに逆襲を許し、ダージリンは迷わず離脱を選択した。未だ戦力的には優位だが、突入に成功した二輌は窮地を脱したことで精神的な勢いがある。これをあえて受けることもあるまいとの判断だ。
 アクアワールドの方へ走るチャーチルをW号が追い、そのすぐ後にカチューシャ達が続く――と、その周囲で次々に爆発が巻き起こる。
 ジュンイチとジーナだ――互いに闘いながら、ジーナがW号へ、ジュンイチがカチューシャ達に向けて手榴弾をばらまいて追跡の妨害を行なっているのだ。
 が――そこには二人の技量の差が表れていた。ジーナがW号に向けてばらまいた手榴弾の狙いが甘い。これなら抜けられると判断したみほは麻子に加速を指示。一気に突破を図る。
「チャーチルから離れないようにしてください。
 くっついていた方が安全です」
「りょーかい」
 続くみほの指示で、麻子はW号をチャーチルに寄せ、死角に回り込もうとする。
 しかしダージリンも簡単にやらせはしない。華が至近から発砲するが、わずかに減速することでタイミングをずらして回避する。
 そこへみほ達から少し遅れてジュンイチの爆撃を突破したカチューシャのT-34/85が追いついてくる。主砲でW号を狙うが、すでにカチューシャの接近に気づいていたみほの指示で、W号とT-34/85の間にチャーチルを入れて盾にする。
 さらにIS-2もやってくるが、
「お呼びじゃねーんだよ――てめぇらわっ!」
 ジーナと闘いながらジュンイチの投げつけた苦無手榴弾がIS-2の側面、駆動輪の近くに飛び込んだ。駆動輪を爆発で吹き飛ばされ、走行不能になったIS-2から白旗が揚がる。
 一方、杏によってライカの足止めから逃れたヘッツァーも登場。W号と交戦するチャーチルを桃が主砲で狙う。
「カチューシャちゃんが気づいてない今がチャンスなんだから!
 当ててよね、桃ちゃん!」
「わかっている!
 当たれーっ!」
 柚子に答える流れで咆哮、発砲。しかしその砲弾はチャーチルの頭上を飛び越えて――



「真打ち登場でsに゛ゃーっ!?」



 命中した。
 海側から小さな丘を足場に大ジャンプ。空中から戦場に乱入してきたローズヒップのクルセイダーに。
 もちろんただの流れ弾、単なる偶然の賜物でしかないのだが、不意打ちしてやろうと思っていた自分が不意打ちをくらう形となったクルセイダーはバランスを崩して墜落、主砲の砲身もポッキリ折れてしまい、戦闘不能判定で白旗を揚げた。
 そんなローズヒップ車の末路に気づくことなく、両チームの隊長フラッグ車対決はアクアワールド前にその舞台を移していた。
 正面への階段を先行して駆け上がったW号が、ダージリン達の上がってくるだろう階段へと主砲を向けて待ちかまえる。
 直後、階段の下から姿を見せた戦車に向けて砲撃を叩き込み――
「まだだ!」
「――――っ!?」
 ジーナと戦いながらその場に駆け込んできたジュンイチの叫びに、みほが気づいた。
「なんでやられてるのよーっ!
 せっかくダージリンよりも先にW号に仕掛けられるチャンスだったのに!」
(チャーチルじゃ――ない!?)
 自分達が撃破したのがチャーチルではなく、カチューシャのT-34/85だったことに。
 やられたことを悔しがるカチューシャの様子からして、おそらく意図して盾になったワケではなさそうだ。ダージリンへの対抗意識から先走った結果、チャーチルが来ると思って待ちかまえていた自分達の砲撃を受けた、といったところか。期せずしてチャーチルの身代わりになった形だ。
 そして――白旗を揚げるT-34/85の向こうから、階段を上ってきたチャーチルが姿を現し――



 ジュンイチがジーナをかわしてW号に飛び乗り

 優花里が素早く次弾を装填し

 ザンバーメイスを手にしたジュンイチがチャーチルへと飛び

 ジュンイチの後を追おうとしたジーナが足を止め







 そして――







 チャーチルとW号の砲撃が交錯し

 ザンバーメイスがチャーチルのエンジンを叩きつぶし

 みほの胸に三つのペイントの華が咲いた。







 一瞬の静寂の後、揚がった白旗は二つ――W号とチャーチル、その両方。
「両方白旗……!?」
「どっちが先……!?」
 みほとダージリンがそれぞれにつぶやいて――審判からの通信が入った。
〈聖グロリアーナ・フラッグ車チャーチル、大洗女子・フラッグ車W号、走行不能!
 ただし、判定装置の記録上、0.1秒の差で――〉



〈W号戦車の白旗の方が先だったと確認されました!〉



〈よって、この試合――聖グロリアーナ、プラウダの勝利!
 なお、聖グロリアーナ、ハイングラム選手による大洗、西住選手の個人撃破はW号撃破前と認め、有効とします!〉
「あ……」
 最後の補足によって、ようやくみほは自分のパンツァージャケットに咲いた三つのペイントの花に気づいた。
「やられちゃった……」
「はい、やっちゃいました♪」
 つぶやくみほに告げるのは、W号の傍らにやってきたジーナだった。
「ジーナさん、銃使えたんですね……」
「自衛レベルの腕ですけどね。
 ジュンイチさんに対抗して使えるようなシロモノじゃないから、使う機会はないと思ったんですけど……」
「私への不意打ちには十分すぎましたよ……」
 答えてため息をもらすみほに、ジーナはクスリと勝者の笑み――「今度は勝てると思ったのになー」ともう一度ため息をもらし、みほは陽の傾き始めた大洗の空を見上げた。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第55話『さらば(ですの)っ!』


 

(初版:2020/11/16)