大洗・知波単のスタート地点の近くにある潮騒の湯。
エキシビジョンマッチの後始末を終えた参加チーム一同は、現在ここに集合。慰労をかねた親睦会が開かれていた。
四校の戦車道チームが一斉に利用するとなるとさすがに手狭になるかと思われたが、どうにかなったようだ。思い思いにのんびりと湯につかり――
「ここで女性陣の入浴シーンが来ると思ったか!?
残念だったな! そっちは後回しだ!」
「読者にケンカ売ってんじゃないよ阿呆」
ジュンイチのメタ発言に崇徳がツッコんだ。
第55話
『さらば(ですの)っ!』
もちろん、男性陣は男湯の利用だ。親睦会のために貸し切りなので、広い男湯を悠々と使わせてもらっている。
とはいえ、元々仲間同士の二人。今さら深めるような親睦もないので――
「西さんともっときっちり連携すべきだったなー」
「最後のアレは仕留めに行くよりも“砲弾返し”狙うべきだったよなー」
二人で今日の試合の反省会である。
「やっぱ急ごしらえの急造コンビじゃ限界あるわー」
「いやそこはお前が何とかしろよ。
お前のキー・エモーション“友情”だろうが。友情パワーどこ行った?」
ため息をもらす崇徳のボヤきにジュンイチがツッコむが、
「男女の友情ってあるのかなー?」
「おっとー、なんかめんどくさそーな話の気配がするぞー」
いきなり遠い目をした崇徳のリアクションに、回れ右して退散したくなってきた。
「おいおい、どうした?
まさか知波単の子達と!? アンツィオの子達どーすんの!?」
「いやないから。
そしてアンツィオのみんなともないから」
ジュンイチの言葉に「人聞きの悪いことを言うな」とツッコんで、
「でも――“そういう発想”が出てくる環境であることは確かなワケで」
「まぁ、否定はしない」
一方で認めるべきところは認めておく。崇徳の言葉に、ジュンイチも「そーいやオレもベルウォールから帰った晩に西住さん達から疑われたなー」と思い出しながらうなずいた。
「当然、知波単でもアンツィオでもすんげぇ聞かれるんだよ、オレの女性関係。
ンな環境で、男女の友情とか生まれる余地あると思うか?」
「まぁ……向こうが色恋前提で見てくるんじゃなぁ」
「ジュンイチだってそうだろ。
大洗に通うようになったばっかの頃とか、そういうのなかったか?」
「いや、そこはホラ、オレは紳士的な対応に徹したから」
「紳士的にカメさんチームにアイアンクローかます光景にみんなドン引きしただけだと思うぞそれは」
ジュンイチの答えにツッコみ、崇徳は「コイツはコイツで参考にならん」と頭を抱える。
「だいたい、同年代の子達から色恋の話振られてもねー。
オレは年上が好きなの。同い年以下はお呼びじゃないの」
「あー、そーいやそうだったな」
憮然とした顔で愚痴をこぼす崇徳にジュンイチはカラカラと笑い、
「その条件じゃアンツィオも知波単も対象外だわな。
残念だったなー、橋下」
「まったくだよ。
もうすぐ引退とはいえ、三年生のいる他の学校がうらやましいよ」
◇
「いや私三年生〜〜っ!」
「何叫んでるんスか、ドゥーチェ?」
「早く片づけないと帰り遅くなっちゃうますよー」
「あぁ、すまん。
何か急に自分の学年を主張しなければならないような衝動に駆られて……」
「何スかその具体的な衝動」
◇
さて、ジュンイチ達がそんなやり取りをくり広げて(、それを商店街で屋台を片づけているアンチョビが受信して)いる一方、女湯の方は四チームのメンバー総出ということもあってかなりのにぎわいとなっていた。
潮騒の湯側の厚意で薔薇風呂にしてもらった泡風呂で優雅にくつろぐ聖グロリアーナチーム。
敗戦の反省会と称してサウナを占拠し精神修行を試みる知波単チーム――なお福田が再三逃げ出そうとして捕まっている模様。
日頃迅速に入浴を済ませている習慣が出てそろって洗い場に殺到、満員電車を彷彿とさせる混雑ぶりの中身体を洗っているプラウダチーム。
そして展望露天風呂には、そんな各チームの首脳陣や大洗チームが集合していた。
「エキシビジョンとはいえ、勝利の味はやはり格別ですね」
風呂に浮かべた盆の上に紅茶を用意して飲んでいる聖グロ組――押しやる形でダージリンへと盆を差し出しながらアッサムが声をかける。
「勝負は時の運よ」
ポットから紅茶を注ぎ、ダージリンが答える。ポットを盆に戻そうとしたところで、いきなりの波で盆が揺れたので、アッサムが手を添えて盆の動きを抑える。
「もう出る!」
「じっとしてなんかいられませんわ!」
波の原因はこの二人。お湯の熱さにがまんできなくなったカチューシャと、動かず湯につかり続けることに耐えられなくなったローズヒップだが、
「ローズヒップさん、ステイ」
「はいですのっ!」
「カチューシャ、Sit Down」
「ライカ! ロシア語やめて!」
「これ英語」
「あれ?」
ジーナとライカに止められた。
「長く入らないと良い隊長にはなれませんよ、カチューシャ。
肩までつかって100まで数えてください」
「ローズヒップさんもですよ」
「100秒も!?」
「私もですの!?」
ノンナとジーナに言われ、カチューシャとローズヒップが悲鳴を上げる――特に示し合わせたワケでもないだろうに、そろった動作で顔を見合わせ、
『さらば(ですの)っ!』
「待てい」
回れ右して逃げ出そうとするが、そこにはすでにライカが回り込んでいた。
「ら、ライカ!?
私を逃がしなさい! しゅくせーするわよ!」
「湯冷めして風邪ひきたいなら止めないけど?」
ぴしゃりと返したライカの言葉に、カチューシャの動きが止まった。
さすがは北国育ち。風邪の怖さはよく知っている――しぶしぶノンナのもとに戻って湯につかり直し、
「わっ、私はこの程度では風邪ひきませんのでっ!」
「あなたはもう少し落ち着きを身につけてください」
なおも逃げ出そうとしたローズヒップはアッサムに捕まった。結局ダージリンのもとまで連れ戻され、おとなしく湯につかる。
「Одной、Два、Три、Четыре……」
「数えてるのはわかるけどなんでロシア語なのよ!?」
「一、二、三、四……」
「ライカ! だからロシア語は!」
「これ中国語」
「あれー?」
クラーラがロシア語でカウントを始めたのを皮切りに騒ぐプラウダ組の様子に、みほは「楽しんでくれてるみたいだ」と微笑んで――
「西住隊長、申し訳ありませんでした」
湯船の中で正座して正対し、絹代がみほに向けて頭を下げた。
「我々が逸って突撃したりしなければ……」
「そうよ。あなたの学校の子達は隊長の命令を無視しすぎなんだからね。
福田って子にも言ったけど、命令っていうのは規則と同じで守るためにあるのよ」
「はい!
ご忠告、銘肝いたします!」
そど子に説教され、元気よく返事する絹代だったが、
「次の機会がありましたら、その時こそしっかり突撃してみせます!」
「本当にわかってるのかなー?」と思わず首をかしげるみほであった。
◇
「お疲れさまでした」
みほや絹代のやり取りを見守るあんこうチームの面々に声をかけてきたのは、ダージリンのもとを離れてやってきたアッサムだった。
湯船に下ろしたお盆にはティーポットと五つのティーカップ。つまり――
「みなさんもいかがですか?」
「あ、いただきまーす♪」
アッサム+あんこうチーム(みほ以外)の分だ。沙織が応える一方でみほにも声をかけようと優花里が視線を向けた先では、すでにダージリンによって絹代ともどもごちそうになっている。ちなみにオレンジペコはウサギさんチームのところに行ったようだ。
「華さん、全国大会の時よりもさらに腕を上げましたね」
「アッサムさんこそ」
砲手同士の共感か、アッサムがまず声をかけたのは華だった。応えて華が紅茶をいただき、空になったティーカップにアッサムがお代りを注ぐ。
「それに、他のみなさんも。
特に最後の護岸を乗り越えてきたところ――柾木さんを送り込んで生じた隙を突いての突入、お見事でした」
「いやいや、それほどでもー♪」
「本当に『それほどでもない』話だものな」
「とっさのアドリブでしたからねー。うまくいってよかったです」
アッサムの賛辞に沙織が調子に乗る一方で、麻子や優花里が補足――後者二人のコメントに、アッサムは目を丸くした。
「アドリブ……ですか?
アレを、事前の練習も打ち合わせもなしにやってのけたと?」
「はい。
あの時、KV-2を倒した柾木殿が合流のために走ってきているのは把握していましたので」
「私達で準備して、“糸”を柾木に届ければいい。
説明しなくても、柾木なら私達の動きを見れば何のつもりかすぐに見抜いてくれるとわかっていたからな」
当然のように言ってのける二人に、アッサムは内心開いた口がふさがらなかった。
てっきり、アレはジュンイチのいつもの奇策だと思っていた――が、まさかあんこうチームの自発的なサポートにジュンイチの方が乗っかったものだったとは。
ジュンイチのトンデモはいつものことだが、今回はみほ達の動きもあってのものだ。車内で準備をする優花里と華、車外でW号の主砲に網をセットする沙織に、“糸”をジュンイチに届けるみほ、そして突入のタイミングを逃さなかった麻子――あんこうチームの誰が欠けてもあの突入はありえなかった。
お互いがお互いを信頼し合った、本当にいいチームに育ったものだ。ライバルとしてまた戦ってみたいし、友人としてさらなる成長を見守りたいところだが――
「この夏で引退なのが本当に惜しい。
今後のあなた達の成長を見届けられる機会は、もうそんなに多くありませんから」
「聖グロも優勝記念杯で三年生引退ですか?」
「試合への参加に関してはそうですね。
チームへの所属はその後も継続ですが、後進の育成に専念することになるので、事実上表舞台に立つ機会はなくなります」
優花里の問いにアッサムが答えると、沙織がふと首をかしげ、
「そういえば、ウチは三年生どうするんだろうね?」
「言われてみれば……何も聞いてませんね?」
「戦車をフルに使わなければ人数にも余裕が出てきますし、早めの引退も十分あり得るんじゃないですか?」
沙織の疑問に顔を見合わせ、華や優花里が意見を交わす。
「となると、お互い優勝記念杯が終わって二学期に入ったら、三年生は引退ということになるんでしょうか……?」
「あー……二学期かー……」
そんなアッサムのつぶやきに心底イヤそうにつぶやいたのは麻子だ。
「また毎朝起きなければならないのか。
学校などなくなってしまえばいいのに」
「って、せっかく廃校をナシにできたのに、縁起でもないことを……」
麻子のボヤきを沙織がたしなめた、その時だった。
〈大洗女子学園、生徒会長の角谷さん。
大至急学園にお戻りください〉
軽快なチャイムを前置きに、杏を呼び出す放送がかかった。
「何でしょうか、急に……?」
「まぁいいや。戻れっつーなら戻らなきゃ。会長職の辛いところだね。
みんなは好きなだけゆっくりしていってよ」
桃に返すと、杏はひとり立ち上がり、風呂場から出ていった。
だが、杏はあぁ言ったもののやはり気になる。みほ達もこのままここでのんびりしている気になれず、ダージリン達にあいさつするとそれぞれに風呂場を後にしていく。
そして、残されたダージリンは――
「アッサム」
「はい」
沙織達と別れ、戻ってきたアッサムに声をかけた――それだけで通じ、アッサムもダージリン達に先んじて風呂場を出ていった。
周囲に視線を走らせると――自分達と同様に気づいているのはジーナ、ライカ、ノンナといったところか。
どうにもイヤな予感がする――何か、ロクでもないことが起きている気がする。
だからこそアッサムを、聖グロが誇る情報部隊GI6を動かした。ひとまずは彼女達の成果待ちといったところか……
「Триста пять、Триста шестнадцать……」
「まだ!? まだなの!?
カチューシャすっごい隊長になっちゃうわよ!?」
なお、クラーラのカウントは300を超えていた。
◇
「西住さん」
「あ、柾木くん」
みほがそそくさと着替えて脱衣所を出ると、すでにいつもの道着姿に着替えたジュンイチが待っていた。
「柾木くんも、さっきの放送が気になって?」
「そりゃ気になるだろ。
しかも、出てきたら出てきたで――これだ」
尋ねるみほに答え、ジュンイチがみほに差し出してきたのは一通の封筒だった。
「フロントに預けられてた」
見てみろ、ということか――補足するジュンイチから手紙を受け取り、みほは中身に目を通し、
「……柾木くん、コレ……」
「イヤな予感しかしないでしょ?」
眉をひそめたみほから手紙を返してもらい、ジュンイチはそれを懐に戻す。
「とにかく急ぐぞ。
この先、事が起きるとすれば……」
「うん……」
ジュンイチの言わんとしているところを察し、みほはうなずいた。
「学校、だよね……」
◇
沙織達の合流を待って、ジュンイチとみほはW号に乗って学園艦を目指す。他のチームも、それぞれの戦車でその後に続いてくる。
最初の異変は、学園艦の停泊所でのこと。
普段は夜になれば人の出入りが途切れ、閑散とする駐車場に多数のトラックがひしめいている。
最初は艦上学園都市内の店への仕入れかとも思ったがそうでもなさそうだ。むしろ――
「荷物を運び出してますね……?」
「断捨離ブームでも来たのかな?」
華のつぶやきに沙織が首をかしげるが、この状況だけではまだ何ともわからない。
次の異変は、艦上学園都市に入ってから。
「あれ、暗いね?」
街並みが暗い――街灯は灯っているが、すべての建物の明かりが落ちている。
「本当ですね。
まるで灯火管制されているみたいな」
「もうみんな寝てしまったんでしょうか……?」
優花里のつぶやきに華が仮説を口にするが、それはすぐに否定された。
「コンビニの電気まで……」
みほがよく利用していた24時間営業のコンビニの明かりまでもが落ちていたからだ。
「Biohazard……」
「ちょっ、やめろ。この状況であのゲームのネタなんて」
ジュンイチの家で遊んだことのある、某世界的サバイバルホラーゲームのタイトルコールを真似てみせる華に麻子がツッコんで――
「……あながち間違ってるとも言えないかもしれないぜ、そのたとえ」
そんなことを言い出したのは、麻子以上にホラーは駄目だが元ネタのゲームに関しては全然平気なジュンイチであった。
「街全体から、人の気配をほとんど感じねぇ」
「…………っ。
それって……」
どうやら、異変は自分達の思っているよりも大規模なようだ。みほが眉をひそめる中、W号は校門へと差しかかるが、
「……あれ?」
最初に気づいたのは沙織だった――校門の前に誰かいる。
「青木さん達……?」
「あずさちゃんもいますね」
沙織や優花里の言う通り、それはあずさや啓二、鈴香――バックヤード組として今日の試合に携わり、後片づけのために親睦会を辞していた面々だ。
「どうしたんですか?」
「アレ」
目の前にW号を停め、声をかけるみほに対し、啓二が校門を指さして――
「何アレ!?」
驚き、沙織が声を上げる――校門が、黄色いテープでガチガチに封鎖されている。
先頭のW号が停車したことで、後続の戦車もその後ろに停まる。それぞれに下車して、校門の前に集まる。
「何よこれ! 勝手にこんなことして!」
「まさか落書きとかされてないよね……?」
校門が封鎖されているのを見て憤慨するそど子のとなりで、悪戯ではないかと不安げに周りを見回すのはゴモヨである。
一方、校門の封鎖に使われている黄色いテープにウサギさんチームが興味を示した。桂利奈とあゆみがのぞき込んでテープに書かれている英文を読み、
「“KEEP OUT”……?
どーゆー意味?」
「キープ……体重?」
桂利奈の疑問にあゆみがボケて――
「それがアウトってことは……」
『………………』
「うん。今私見た子達、全員そこになおれ。
今の私は近接Sをも凌駕する存在だよ」
流れに乗っかった優季のつぶやきとそれに対する周囲の反応をきっかけに、沙織の中の修羅が目を醒ました。
その時――
「君達、勝手に入ってもらっては困るよ」
沙織が女子としての誇りと尊厳をかけた闘いに赴かんとしたまさにその瞬間、突然の声が待ったをかけた。
そして現れたのは、スーツをピシッ、と着こなし、眼鏡と七三分けという典型的な役人風の男で、
「辻さん……!?」
「知っているのか、小山先輩?」
彼のことを知っている人物がいた。その名を口にした柚子にカエサルが某ジャンプ漫画のようなリアクションで聞き返す。
「辻廉太さん。
文科省の、学園艦教育局の局長さんよ」
「学園艦教育局って、確か……」
「前に大洗を廃校にするって言い出したところじゃ……」
柚子の説明に典子やあけびが顔を見合わせると、
「君から説明したまえ」
廉太に言われ、彼の背後から姿を現したのは――
「会長……?」
桃のつぶやいた通り、それは呼び出しを受けて一足先に戻っていたはずの杏であった。
だが、明らかに様子がおかしい。いつものひょうひょうとした空気はなく、じっと黙り込んだままうつむいている。
「どうしたんですか、会長?」
「………………みんな」
柚子も心配になって声をかけ――ようやく、杏は意を決して口を開いた。
「落ちついて聞いてね。
大洗女子学園は――」
「8月31日付で、廃校が決定した」
『………………っ!?』
「廃校に伴い、学園艦は解体される」
「全国大会で優勝したら、廃校にはならないって……」
沙織が尋ねると、杏は少し離れたところに控えている廉太をチラリと見て、
「確約じゃない。検討するっていうだけの話だったって。
あの人も、その話の通り掛け合ってくれたって。でも……」
「通らなかった……ってことですか?」
聞き返す妙子に、杏は無言でうなずいた。
「それにしても急すぎます!」
「そうです!
廃校にしても、元々は三月末のはずじゃ!」
「繰り上げになったそうだ」
声を上げる典子に桃も加わるが、杏は首を左右に振ってそう答えた。
「それだけじゃない。
我々が廃校に抵抗すれば、艦上学園都市で働いていた一般の人達の再就職先を一切斡旋しない、全員解雇するとも言ってきてる」
「そんな……」
「そこまでいったら脅迫じゃないか!」
付け加えられた理不尽な話に、絶句する柚子のとなりでカエサルが声を荒らげる。
「じゃあ……私達の戦いは何だったんですか……?
学校がなくならないようにって、みんながんばったのに……」
あやがうなだれ、悔しげにうめくのをあゆみが寄り添ってやる――その一方で、沙織はふと気になって横を見た。
この状況で、真っ先に不穏な反応を見せそうな人物が妙に静かだからだ――また何かロクでもないことを考えてやしないかと不安になったのだが、
(――――って、あれ……?)
予想に反して、ジュンイチは落ちついたものだった。怒りを抑えているふうでもなく、静かに事の成り行きを見守っている。
「…………みんな」
と、そんなジュンイチの反応に気づいていたもうひとり――異様におとなしいジュンイチと悔しげにうつむく杏を交互に見比べていた柚子が、意を決して口を開いた。
「聞こえたよね?
申し訳ないけど、寮の人は寮へ戻って、自宅の人も家族の方と引っ越しの準備をしてください」
「副会長!」
廃校を受け入れる前提で話を進める柚子に、そど子がくってかかろうとするが、
「待て、そど子」
それを止めたのは麻子だった。
「ここで副会長に怒ってもしょうがないだろ」
「なんであなたが私を諭してるのよ!? いつもは逆でしょ!?」
止められたことでそど子の矛先が麻子に向いた――その隙に、みほが杏に尋ねる。
「あの……会長。
戦車はどうなるんですか?」
「扱いの上では学校の備品だからね……すべて文科省の預かりになる」
「戦車まで取り上げられてしまうんですか……!?」
「そんな……」
声を上げる優花里のとなりで、いつもは冷静な華ですら崩れ落ちそうになっている。
だが、無理もない。せっかく必死の想いで全国大会に優勝して学校を守れたと思ったのに、その努力の成果を全否定された上、もう一度戦おうにもそのための相棒すら奪われてしまうというのだから。
本当にどうすることもできないのか――そんな諦めの空気の満ちる中、改めて解散を指示する柚子の言葉に、ひとり、またひとりときびすを返してその場を後にしていく。
やがてその場に残ったのは、ジュンイチやその身内一同にあんこうチーム、そして梓と明、カメさんチームのみとなった。
「……ここに残った面々は、帰る気なしってことでいいのかな?」
「それ、聞く意味ある?」
尋ねるジュンイチに答えたのは沙織だった。そのとなりから、梓がジュンイチに尋ねる。
「柾木先輩……何か考えがあるんですよね?
だからさっきの話の時にも何も言わなかったし、こうして帰らずにこの場に残ってる……」
「……柾木くん」
「あぁ」
梓の言葉に、みほがジュンイチに声をかける――うなずき、ジュンイチは組んでいた腕を解いた。
「だ、そうだぜ。
これ以上待っててもしょうがないから、数人の+αは大目に見て話を進めてくれないかな?――辻さん」
「はい」
「え――――?」
ジュンイチの言葉、さらにそれに廉太が応えたことに、柚子は思わず声を上げた。
「柾木くん、辻さんと知り合いなの?」
「んにゃ、初対面だよ」
尋ねる柚子に、ジュンイチはあっさり返すが、
「でも……あちらさんはオレのことをよ〜くご存じだったみたいでね。
これ」
言って、ジュンイチが見せたのは、先ほどみほにも見せた、潮騒の湯で受け取ったあの手紙だった。杏が受け取り、中身に目を通す。
この後、悪い報せをもってあなた達と対面することになります。
ただし、その後で内密に伝えておくことがあります。解散後その場に残っていただけますよう、お願いします。
「これ、アンタだろ?
手紙にある通り、実際に悪い報せを持ってきたんだし」
「えぇ」
ジュンイチにうなずくと、廉太はクイッ、と眼鏡の位置を直し、
「文科省の意向は先ほど伝えた通りです。
廃校の撤回は成らず、期日も繰り上げ。異議を唱えた場合一般住民は失職……」
「『文科省の』……ね。
アンタはどう思ってんだよ?」
「上の決定です。異論はありませんよ」
あっさりとジュンイチに返す廉太の言葉に、周りからの視線が一段厳しくなる――が、
「……正当な決定であるのなら」
『え…………?』
廉太の話には続きがあった。
「みなさんも言っていたでしょう。この決定は無茶苦茶だと。
ですが……それだけではありません。
先ほどの話には、ひとつ嘘があります」
「ウソ……?」
聞き返す杏に、廉太はうなずいた。
「廃校は『撤回されなかった』のではありません。
『撤回が撤回された』というのが真相です」
「撤回が、撤回……?」
「それって、一度撤回されたのに、それがなかったことにされたってことですか?」
「その通りです。
大洗の廃校は確かに一度撤回され、すでに関係の手続きも始まっていました。
しかし、その途中で突然待ったがかかったのです」
沙織や華に答え、廉太は続ける。
「それに加えて、あなた達もおかしいと声を上げた期日の繰り上げに一般住民を人質に取ったも同然の強硬策も、上の立案した計画による指示です」
「強引にでも廃校にしたい……そんな意図があからさまだわなぁ。
期日を早めたのは、『まだ実績が足りない? じゃあおかわりをどうぞ』って今後の大会で大暴れされて、廃校の口実だった“実績不足”をさらにひっくり返されることを嫌った、ってところか」
廉太の話に、ジュンイチが面倒臭そうに頭をかきながら付け加える。
「えっと……今までの話をまとめると……
ひとつ、大洗の廃校は約束通り撤回されるはずだった。
二つ、そこに突然横槍が入った。
三つ、それも、脅迫上等の超攻撃的な勢いで、だ」
「二、三はセットとして……一との間に“何か”があった……」
「その“何か”のせいで、廃校の撤回がナシになった……ってことですか?」
情報をまとめる杏や柚子の会話に乗っかる形での梓の問いに、廉太はうなずいた。
「文科省の方での動きはどうだったのさ?
大洗の廃校撤回に反対する動きとか、そーゆーのなかったのか?」
「いえ、特には。
そもそも、学園艦の統廃合計画の一環である以上、廃校の候補となる学校は他にも多数あります。大洗は、その中からたまたま今年度の廃校対象としてピックアップされたにすぎません。
大洗の廃校が撤回になったのなら、他の学校が代わりの廃校対象になるだけです。例年よりも急な話になってしまう、それによる手間の増大以外に、文科省側にデメリットはありません」
「だとすると……」
ジュンイチと廉太のやり取りに口を挟んできたのは麻子だった。
「横槍を入れてきたのは、“外”からということになるな」
「“外”……?
文科省の外から、ってことですか?」
「大洗の廃校を強行する理由が文科省にないのなら、そういうことだろ」
聞き返す華に、麻子は迷うことなくそう返す。
「つまり、大洗に廃校になってもらいたい人達が、文科省に圧力をかけて廃校撤回をやめさせたってこと?」
「そんなに大洗を嫌ってる人がいるんですか?
しかも、文科省を動かすことができるほどの力がある人で……」
つぶやき、沙織と優花里が考え込んで――
『…………あ』
同時に思い至り、声を上げる――
『関国商!』
声をそろえた二人の言葉に、他の面々も『あ』と気づく――そう、ヤツらがいた。
関西国際商業高校――略して関国商。全国大会において、裏工作やオフィシャルの買収といった汚い手段の限りを尽くして勝ち上がろうとした学校。
その目的は、来る世界大会に向けての日本チームの弱体化。評判を貶め、日本の戦車道の勢いを削ぐこと。
それを主導したのが、私立である関国商のスポンサー企業を自国国営企業で固め、事実上乗っ取っていた某国――だが、彼らが非正規部隊とはいえ本職の軍人まで動員して暗躍したその企みは、表も裏もすべて打ち砕かれた。
その打ち砕いた張本人達、その中心にいたのが大洗戦車道チーム――確かに、彼らには大洗に対する恨みも、文科省に圧力をかけられるだけの力もある。容疑者としてはこの上ないほどに疑わしい連中だ。
だが――
「アイツらじゃねぇよ」
それに異を唱えたのはジュンイチだった。
「アイツらの報復なんて、大会中から最優先で警戒してたんだぞ。
アナログからデジタル、オンラインからオフライン、命令から資金、物資や人の流れまで徹底監視してたけど、大洗はもちろん、文科省に何かしら干渉してみせた形跡はない。
今回の件、少なくともアイツらが動いていないことは確定だ」
「柾木くんのデタラメでも見つけられないほど相手が狡猾だった……って可能性は?」
「物理的に無理だよ。
物流も完全に監視下に置いてたっつったろ? 仮にオレが知らない隠しルートがあったとしても、物資や金は有限。いきなりポンとわいて出てくるワケじゃない。その辺に不自然な変動があれば気づくさ」
聞き返す柚子に答え、ジュンイチは推理を続ける。
「でも、実際に圧力はかかってる。
今回の件が関国商がらみじゃないとしたらどこの誰が、何の目的で大洗を廃校にさせたがってるのか……」
「その辺りは、こちらで調べておきましょう」
「お願いできるかな?
文科省内に味方ができて心強いよ」
提案してくる廉太に杏が答えるが――
「いんや。
辻さんはこのまま“廃校を進める側”で動いて。それも本気で」
ジュンイチはそれをあっさりとひっくり返した。
「ちょっ、柾木くん、それ本気!?」
「廃校を進めさせるなんて!」
「せっかく文科省の人が味方になってくれたのに!」
「『文科省の人が味方になってくれた』からだよ」
抗議の声を上げた沙織、桃、梓に対し、ジュンイチは最後の梓の言葉を拾ってそう答え、
「私も柾木くんに賛成」
それに賛同したのは明だった。
「どういうこと、諸葛ちゃん?」
「こうして文科省とつながるパイプができたけど、今はそれを活かせる状況じゃない。むしろいつ相手に気づかれて、つぶされてもおかしくないぐらい、私達は不利な立場なんです。
相手にこのつながりを気づかれないためにも、今は今まで通りの対立関係を装っておいた方がいいかと」
「そーゆーこった」
明の説明に同意する形で、ジュンイチが説明を引き継いだ。
「現時点では主導権は100%相手側に握られてるんだ。
そんな中で、オレ達が組んだのを相手に知られてみろ。辻さんは即座に担当から外されて、学園艦そのものの物理的な廃棄まで早まりかねない」
「物理的な廃棄……そっか、学園艦さえ残っていれば、廃校の撤回はまだ可能性は残るけど……」
「書類上だけじゃない、物理的にも学園艦がなくなっちゃったら、もうそれこそ廃校の撤回は成らない。
正真正銘のタイムリミットは、学園艦の廃棄……ってことだね」
納得するみほや杏にうなずき、ジュンイチは続ける。
「相手にこっちの動きを気取られないためにも、諸葛さんの言う通り対立関係を装っておいた方がいい。
それも、疑う余地の生まれないぐらいに、廃校する・させないで全力対立するぐらいでないと」
言って、ジュンイチは廉太へと向き直り、
「今回の件の“裏”はこっちで調べる。
アンタは本心を気取られないように、“向こう”の側で全力尽くしてくれればそれでいい」
「本気であなた達をつぶしにかかれと?」
「あぁ。
心配せんでも、そのくらいの逆境はこっちで勝手に乗り越える」
聞き返す廉太に対し、ジュンイチはフンと鼻を鳴らしてそう答える。
「問題は廃校の撤回をさらに撤回させた、その元凶どもの方だ。
こっちを放置しとく方がよっぽど問題だ。せっかく廃校を止めても、また新しくイチャモンつけられたら同じことの繰り返しだ。
禍根はこの際、きっちりつぶさせてもらわんとね」
「そうしていただけると助かります」
ジュンイチの言葉に廉太は眼鏡の位置を直しながらそう答え――それを聞いた杏が眉をひそめた。
「どうやら、その辺にあなたがこっち側についた理由がありそうだねぇ」
「その通りです」
ごまかしも何もなく、あっさりと廉太は認めた。
「こうして責任者として廃校を取り仕切り、皆さんの前に出てきていますが、今回の計画はすべて上の立てたものです。
ですが、私が責任者である以上、この件で何かあればその責任を取るのは私になります」
「典型的なスケープゴートだなぁ。
つまり“上”のみなさんは今回のこれがヤバい案件だってことをしっかり把握してるワケだ」
廉太の話に、啓二がその意味するところを見抜いて指摘する。
「このままあなた達が廃校を阻止した場合はもちろん、この件の後ろ暗い部分が白日のもとに晒された場合にも、上に代わって詰め腹を切らされるのは私になります。
私が皆さんの味方をするのは、皆さんに同情したワケではなく、皆さんの側について不正を暴く側に回ることで私自身の身を守るためです」
「そーゆーことハッキリ言っちゃうんだ……」
「そんだけ辻さんも本気だってことさ。
下手なごまかしで不審を買うことのデメリットをしっかり理解してる。食えない人だよ」
ハッキリ自分の保身のためだと明言され、苦笑する柚子にジュンイチが答える。
「いいぜ。アンタのこと改めて信用するよ。
そしてだからこそ、さっき話した通り、アンタは当面向こう側について、大洗をつぶしに来てほしい。
オレ達が今回の話の“裏”を暴いて廃校を今度こそひっくり返すその時に、アンタの権限を思いっきり振るってもらうためにも、その時まで無事にいてもらわんと」
「そういうことでしたら、私としても遠慮なくやらせていただきますが……
もしそれで、あなた達が抗いきれなくなっても、私は責任を持ちませんよ」
「よく言うぜ。
そんなこと思ってないからこそ、こうしてオレ達と接触してきたんだろうに」
「…………?
どういうこと?」
「簡単な話だよ。
さっき言ってた辻さんの抱える“リスク”ってさぁ……無事大洗の廃校が達成されたらまったくの杞憂に終わるよな?
けど、辻さんはそうは思ってない。オレ達に阻止されると、それによって自分の立場が危うくなる可能性の方がよほど高いと考えた。
もちろんオレ達が負けて廃校がこのまま達成される可能性だって……オレ達の個人的感情を抜きにすれば、十分にある。
それでも、オレ達の側についた方が勝算は高いと考えて、オレ達の方に賭けた」
首をかしげるあずさに答え、ジュンイチは廉太を見返し、
「言動からして、辻さんが分の悪い方に賭けるタイプじゃないのは明らかだ。
そんな人が、オレ達に賭けるって言ってんだ。乗るしかないだろ。
安心して全財産賭けなよ――大勝ちさせてやるからさ」
不敵な笑みを浮かべてそう宣言するジュンイチだったが、
「曲がりなりにも、文科省の職員の前で生徒がギャンブルの話というのは感心しませんね」
「おっとー、意外にノリ悪いぞこの人ー」
廉太には割と不評であった。
「話は以上です。
健闘を祈ります――あなた達のためにも、私のためにも」
「おぅ、任せろ。
このくそったれな状況、こっちサイドの誰にとっても最良の結果にひっくり返してやるよ」
返すジュンイチの言葉に一礼をもって応えると、廉太は一同に背を向けて去っていった。
「状況は“最悪”……でも、“絶望的”じゃない……ってところかね」
「だな」
声をかけてくる杏にうなずくと、ジュンイチはみほを始めその場に残る一同を見渡し、
「話の内容的にもう想像ついてると思うが……この話は他言無用な。
部外者はもちろん、この場に立ち会わなかった連中にもだ」
「え? あや達にも……ですか?
みんなだって関係者なんだから、情報共有しておいた方が……」
「澤ちゃん」
聞き返す梓に対し、ジュンイチは彼女の肩をポンと叩き、
「アイツらがポロッと口をすべらせる可能性、どのくらいを見る?」
「すみません私が浅はかでした」
迷うことなく梓は謝罪した。
「まぁ冗談はさておき、だ。
今回の件、オレや辻さんの考えてる通りなら、裏で動いてるモンのヤバさは関国商の時の比じゃねぇ。
事情を知ってるとバレればそれだけで危険度ははね上がる――そうなれば、いくらオレ達でも守り切れる保証はねぇ。戦力はともかく人手が足りねぇからな。
それでなくても、学園艦を降りたら監視がつくだろうってのに」
「かっ、監視!?」
「そりゃそうだろ。
一度抵抗して、ひっくり返してみせてるんだ――大洗を廃校にしたくてたまらない人達にとって、オレ達は最上級の不穏分子ってことになる」
ギョッとして聞き返す沙織には啓二が答える。
「学園艦の中にいる今はいいんだよ。ジュンイチがガチガチに張り巡らせたセキュリティに守られてるから。
でも、学園艦を離れたらそうもいかない。オレ達が協力する分も込みでも、そうとう手広く守りを固める必要が出てくる」
「そんな中で、あちらさんを刺激して攻勢に出られたらさすがにヤバい。
最終的には明かさなきゃならんのはオレだってわかってる――でも、少なくとも現状では、事情を知ってる人数は最小限に留めて、それとなくフォローしてくしかないんだよ」
啓二と二人で説明し、ジュンイチは息をつき、
「と、まぁ、そーゆーワケで、みんなも当分は知らんぷりしてくれ、っていうさっきのお願いになるワケだ。
まぁ、難しく考えることぁねぇよ。おとなしく待機するなり、廃校撤回に動くにしても署名を集めるなりコネを頼るなり、“まっとう”な活動に徹してくれればそれでいい。
それでもバレたら『オレに黙ってるよう言われた』ってオレのせいにしとけ。実際オレがお前らにお願いしてんだからな。
“裏”は全部オレの方でやる――もちろん、オレ自身も知らないフリ、アリバイ工作全開で動かせてもらうし、お前らの手が必要なら迷わず頼らせてもらう。
つーワケで……さっそくひとつ、“下準備”をお願いしていいかな?」
言って、ジュンイチが視線を向けたのは――
「私……ですか?」
鈴香だった。
◇
――と、いうワケで、校門前に残り、今回の件の“裏側”を知った面々も、ひとまずは知らないフリで再起のチャンスを待つこととなった。
まずやることは退艦の準備――いくらひっくり返す気満々と言っても、即日退艦ということではどうあがいても一度学園艦から離れることは避けられない。今は文科省からの通達の通りに退艦し、それぞれに割り振られた待機場所で、文科省の方で自分達の廃校後の受け入れ先、すなわち転校先が決まるのを待つことになる。
そして退艦を取り仕切るのは、学園艦の管理において責任を持つ生徒会の役目だ。一般の生徒会員も呼び集められ、残っている生徒達の把握や退艦の指揮、文科省預かりとならない備品や飼育小屋の動物達の引き取り先の手配など、それぞれにあわただしく動き回っている。
「まさか退艦要領使うことになるとはねー」
「読んでおいてよかった〜」
しかし、そこに廃校への悲壮感はない。杏やジュンイチ、そして戦車道チーム――不可能と思われた“全国大会での優勝を手土産にしての廃校撤回”を一度は成し遂げてみせた彼女達なら、きっともう一度ひっくり返してくれると信じているからだ。
「まさかこんな形で学園艦を離れることになるとはなぁ」
「ちゃんと卒業したかった……」
「桃ちゃんはその前に卒業できるかどうかの心配からだと思う……」
「柚子ちゃんがひどい!?」
自分の発言をきっかけに桃と柚子がボケツッコミを繰り広げる光景に、杏がカラカラと笑う――ちなみに、そんなことをしている間にも書類を整理する手は三人とも、一瞬たりとも止まっていない。
「だーいじょーぶだって、かーしま。
学校は必ず取り戻すし、かーしまの卒業だってジュンイっちゃんに勉強見てもらえば何とかなるでしょ。
何が何でも大洗を守って、大洗から卒業する――せっかく泣けるスピーチ考えてるのに、無駄にしてたまるか」
言って――杏の笑顔が変わった。純粋にやり取りを楽しんでいたのが一転、何かしら企む時の意地の悪い笑顔へと。
「だから――わかってるよね、こやま。
戦車の引き渡しは、一切の不備なく完璧にね」
「わかってます」
「頼んだよ――」
「ジュンイっちゃんの反攻作戦、一手目からつまずくワケにはいかないんだから」
次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー
第56話「裏以外のところから首を突っ込むのよ」
(初版:2020/11/23)
※外国語訳:excite翻訳