「……よし、全員いるな」
 学園艦は去り、自分達も移動のために集合する時間が迫っていた。戦車道チームだけではない。各学科ごとに行なってもらった点呼の完了報告が出そろい、杏がうなずいた。
「では、学科ごとにバスに乗車!」
 そして、桃の指示で全生徒が用意されたバスの群れに次々と乗車、移動を開始する。
 とはいえ、大洗女子の生徒9000人がいきなり本土に放り出されたのだ。まとめて受け入れられる場所などあるはずもない――なので、学科ごとに分かれてそれぞれ割り当てられた待機場所に向かうことになっており、一グループ、また一グループとバスが車列を離れていく。
 そして、戦車道履修者を乗せたバスも――彼女達がたどり着いた待機場所は、磯前神社の裏山、その中腹にある廃校になった中学校跡。
 明治時代に建てられた当時のままの外観を保ってこそいるが、内部はしっかり手入れが行き届いている。 明治時代の建物ということでゆくゆくは史跡や観光スポットに出来ないかと考えた商工会のみなさんがしっかりと保全に務めてくれていたからだ。
 おかげで設備は物こそ古いが問題なく使えるものがそろっている。
「ここでしばらく暮らすのかー……」
 そんな廃校舎を見上げて沙織がつぶやくと、
「柾木くん……?」
 みほの声に気づいた。ジュンイチが崇徳と共に、自分の荷物を持ってどこかに行こうとしている。
「お二人とも、どこに行くんですか?」
「生徒では唯一の男子なオレに、お前らと同じような教室が居室として割り振られてるとでも思ってんのか?
 オレの部屋は用務員室だ。さっさと荷物を置いて、周りの様子を見ておかんと」
「『見ておく』だけで済ませる気ないだろ絶対」
 華に答えたジュンイチにツッコむと、麻子は廃校舎の周りの森を見渡した。
 磯前神社の御神域なのか、人の手が入っている様子はなくかなり深い森になっている。“潜む”も“仕掛ける”も思いのままな立地だ。
 なので――
「柾木」
「ん?」
「“仕掛ける”のは私の安眠を妨げないものにしておいてくれ」
「らじゃ」
「止めるワケじゃないんですね……」
「そして麻子のオーダーに応えられる“仕掛け”が手持ちにしっかりあるという」
 止めるのではなく、『方法は選べ』と注文をつける麻子とそれに応えるジュンイチに、優花里と沙織がツッコんだ。

 

 


 

第57話
「経験者は語る、だね」

 


 

 

 みんなが荷ほどきをしている間、ジュンイチは周辺のチェックと陣地構築を入念に行なった。
 そして校舎に戻ってくると――
「……何コレ」
 校舎の目の前に珍妙な物体が出来上がっているのに気づいた。
 それが何かはわかる。ドイツ軍のツェルトバーンを複数組み合わせたテントと、やたら時代がかった幔幕だ。
 問題は、なぜこれがここにあるのか、ということだ。こんなものを持ち出してくる人間がいるとすれば――
(……秋山さんとカバさんチームか)
「……あ、柾木殿」
 持ち主に思い至ったところでその内のひとりが登場。テントの中から優花里が顔を出してきた。
「やっぱりか。
 秋山さん、コレ何?」
「え? 知りませんか?
 ドイツのツェルトバーンっていうポンチョ兼テントで――」
「じゃなくて。
 何のつもりでこんなの引っぱり出してきてんの?」
「もちろん野営のためです!」
「部屋割り当てられてるのに?」
「割り当てられていてもですっ!」
 ジュンイチと優花里が話していると、となりの幔幕からもカバさんチームが顔を出してきた。
「おぉっ! 柾木か!
 どうだ! 立派なものだろう!」
「……お前らも野営?」
「もちろんぜよ!」
 自慢げに幔幕を指す左衛門佐に聞き返すジュンイチにおりょうが力いっぱいうなずく。
 対し、ジュンイチは深々とため息をつくとテントから距離をとり、
「お前ら……」



「『三匹の子豚』って知ってる?」



『待てぇぇぇぇぇっ!』
 右手をかざしてのその言葉に、意図を察したカバさんチームの四人+優花里があわててジュンイチに飛びついて制止する。
「吹っ飛ばすつもりか!? 吹っ飛ばすつもりだなお前!?」
「異能まで使って手加減なしか貴様!?」
「お願いですから思いとどまってくださいぃっ!
 お年玉全額つぎ込んで買ったお気に入りなんです〜っ!」
 エルヴィン、カエサル、優花里の順にツッコまれ、ジュンイチはもう一度ため息をつき、
「……『三匹の子豚』を挙げた時点で、何でここまでやるか察してくんない?」
『…………っ!?』
 その言葉に、ジュンイチにしがみついていた五人の動きが止まった。
「それって……つまり、“そういうこと”ぜよ?」
「“わらぶきよりも木造の家、木造の家よりレンガの家”……か?」
「レンガ造りが最上だけど、それがない以上木造で妥協するしかないわな」
 おりょうさ左衛門佐に対し、ジュンイチは木造の校舎と絡めてそう答える。
「“来る”可能性を、どのくらい見る?」
「そう高くは見てないけどね……それでも、“備えずに事が起きて痛い目見るよりも、備えたけど事が起こらず無駄骨に終わる方がマシ”と思えるくらいには」
 カエサルに答えるジュンイチの言葉に、エルヴィンと優花里が顔を見合わせて――と、そのタイミングでジュンイチの左手のブレイカーブレスが電子音を鳴らす。
「お、来たな」
 通信の着信だ。ジュンイチが応答し、空中に現れたウィンドウ画面に鈴香の姿が映し出された。
「水隠殿……?
 柾木殿、これはいったい?」
 首をかしげる優花里だったが、ジュンイチはかまうことなく鈴香へと声をかける。
「鈴香さん。
 こうして連絡してきたってことは……」
〈はい。
 “動きました”〉
 鈴香が答えるが、ジュンイチといい彼女といい主語を省いて話すので、周りの面々には何のことやらさっぱりだ。が――
「連中にしては仕事が早いじゃん。
 “昨日の今日で”もう動いたのか」
「…………あ」
 続くジュンイチの言葉に、優花里はピンときた。
 『昨日の今日』――昨日の出来事で重大なことといったら、もちろん突然の廃校だろう。
 その廃校の話の中で、鈴香が絡んでいるのは――
「柾木殿、それってひょっとしてせんs
 しかし、問いただすことは叶わなかった。
 問おうとした優花里の口元を、ジュンイチが左の人さし指で抑えたからだ。
 右の人さし指を自らの口元にあてて「静かに」とジェスチャー。そこで優花里も気づいた。
(そうか……柾木殿、学園艦を降りたら監視がつくかもしれないって……
 柾木殿と水隠殿が主語を省いて話しているのも……)
「ごくろーさん。
 後はこっちで片づけるから、もういいよ」
〈わかりました〉
 うなずき、鈴香の側から通信を切る――ウィンドウが消失し、ジュンイチは優花里へと告げた。
「よかったな、秋山さん――」



「“愛しの君”との再会は、そう遠い話じゃなさそうだぜ」



    ◇



「食事の状況はどうだ?」
「はい。
 栄養科の生徒を中心に、炊事の上手い人を選別してあります。
 あと、柾木くんも参加したがりましたけど、『プライドへし折られるからヤメテ』との声が一部から上がったので却下しておきました」
「ジュンイっちゃんらしいなぁ、行動もそのオチも」
 翌朝。
 この廃校に落ちついて一晩経過。みんなの様子を確認しようと話を振った杏だったが、結果知らされた義弟の動向に思わず苦笑する。
「この校舎の施設は? 何か不備とかなかった?」
「自動車部が見回ってくれましたが、特に不備は見つからなかったそうです」
「他の待機場所の様子は?」
「それぞれに配置した生徒会役員と風紀委員によって、同じように運営されています。
 連絡網も、昨日の内に青木さんと水隠さんが各待機場所を回って機材を整えてくれたので、緊急時用のホットライン網も構築完了しています」
「清掃や管理については大丈夫?」
「各待機場所ごとに、経験者を割り振っています」
「さすがはこやま。ソツがないね。
 となると残る問題は食糧や消耗品系の物資か……」
「それでしたら……」
 と、そこで、今まで流れるように応対していた柚子に圧されてやり取りに混ざれずにいた桃がようやく口をはさんできた。
「柾木が、『足りなくなりそうなら早めに言え』と……」
「ジュンイっちゃんに?」
「はい。
 自宅で使っていた食材や備品の仕入れルートを使うから、と」
「仕入れって……業務用?」
「ジュンイっちゃん、“仕事”絡みでいろいろ買うこともあったろうからねぇ……食材に関しては純粋に自分用だろうけど」
「学校じゃ抑えてますけど、私達で言う十人前くらいはペロリと平らげますからね……」
 桃の答えに、杏と柚子が思わず苦笑する――が、そんなジュンイチの胃袋を日々支え続けた流通ルートだ。確かにいざという時は頼りになるかもしれない。
「じゃあ、まぁ……いざって時はそっちを使わせてもらおうか。
 これで当面は何とかなりそうだね」
「ですが……“大元の問題”が解決しないことには……」
「それはその通りなんだけど、そのためにまずはしっかりとやることやれる環境がないとね。
 日々の暮らしに追われて廃校撤回の活動ができない、なんてお話にならないでしょ」
「今はまず土台固めの段階……ってことですね」
「そーゆーこと」
 まとめる柚子にうなずくと、杏は退艦の際に学園艦の生徒会室から持ち出してきた会長席の椅子の、その大きな背もたれに背中を預けた。
「こんな場所だが、学園艦にいる時と同じように。
 点呼……出欠をとって、全員ちゃんとそろってるか確認するように」
「わかりました」
 姿勢を正して杏に返すと、桃は生徒会長室として確保した旧校長室から、今は生徒会の事務室となっている旧職員室へと移る。
 軽く室内を見渡すが、目当ての人物の姿はない。ジュンイチが差し入れてくれたおにぎり(手作り)を朝食にいただいていた、当番の生徒会メンバーに尋ねる。
「おい、風紀委員はどうした?」
「それが……」
 その問いに、当番は少し困ったようにすぐとなりの放送室を目で指した。いったい何なのかと桃は放送室に向かい――
「んなっ!?」
 ドアののぞき窓から中の様子をうかがってギョッとした。
 狭い放送ブースの中、そど子、ゴモヨ、パゾ美の三人がひとつの布団にもぐり込んで眠っているのだ。ひとつの布団を三人で共用しているためかかなり窮屈そうで、明らかに寝苦しそうにしている。
 だが、桃を真に驚かせたのは、彼女に説明した当番の言葉で――
「『仮眠する』って言って、引きこもったっきりで……」
「何だと!?」
 「おかげで私眠れなくて……とボヤく当番だが、当の桃からすればそれどころではない。
「まさか……仮眠に入ったそのまま寝過してるのか!? アイツらが!?」
 あの規則の鬼、風紀委員のトップ3がまさか――幸い鍵はかかっていなかった。中に踏み込み、声を張り上げる。
「こら、お前達!
 風紀委員が何だ、そのザマは! しゃんとしろ!」
「ん〜……
 あ〜……河嶋さんかぁ……」
 目を覚ましたそど子が、死んだ魚のような、気だるげな目で桃を見返す。文字通り見違えるように元気を失ったその様子に本当にそど子なのかと桃が戦慄して――
「…………くー……」
「寝直すなぁぁぁぁぁっ!」
 再び布団にもぐり込んだので、桃は全力で布団をはぎ取った。
「本当にどうしたんだ、お前達!?
 そんなことで風紀委員が務まるワケがないことぐらい、お前達が一番わかっているだろう!」
「もう学校もないのに、どこの風紀を守れっていうのよ……」
「………………っ」
 しかし、自分の叱咤に返してきた、覇気の完全に抜け落ちたそど子の言葉にハッとなった。
 そうだ。大洗女子学園は廃校になった。ひっくり返すつもりだと言っても、今現在廃校状態であることに変わりはない――存在しない学校なのだ。大洗女子学園は。
 存在しない学校なのだから、当然校則も存在しない。彼女達のアイデンティティの根本、在り方の土台が、きれいさっぱり消し飛んでしまった。その結果、彼女達は己の在り方を見失ってしまったのだろう。
 学校あっての自分達、という意味では自分達生徒会も大して変わらないが、自分達は「受け入れ先が決まるまで生徒達の面倒を見る」という役目が残っている。モチベーションの源はまだ残されている。
 だが、彼女達は――かける言葉の見つからない桃だったが、それでも動いてもらわなければ。
「それでもしっかりしろ!
 学校がなくても校則が意味をなくしていても、我々はまだ大洗の生徒なんだ!」
「ふぁ〜い」
 桃に答えて、そど子は渋々校内放送のスイッチを入れ、
「ぜ〜いんしゅ〜ご〜」
「…………っ」
 気持ちは“わかる”が、それと“納得できる”かどうかは別問題だ。心底やる気のないそど子の放送に、ちょっとイラッときた桃であった。



    ◇



「……なぜ学校がなくなったのに朝起きなければならないんだ……」
「出欠はこれからも取るんだって」
「なぜ」
「全員ちゃんといるかの確認のためだよ」
 一応、あんな放送でも校内にいる面々には伝わったようだ。それからさほど時間もかからず、この待機場所にに割り振られた生徒達が校庭に集まった――その人だかりの中、ボヤく麻子に沙織が答えると、
「えー、それでは出欠をとりまーす。
 一般生徒は昨日選出してもらった各居室の代表者が、戦車道チームは各チームリーダーが人員を確認して私まで報告してくださーい」
「あれ? 副会長……?」
「そど子がしゃしゃり出てきていないとは珍しい」
 一同に指示を出したのは柚子だった。沙織と麻子が首をかしげていると、
「しゃーねぇよ。
 風紀委員の三人、燃え尽き症候群でポンコツ化しとる」
 二人にそう答えたのはジュンイチであった。
「燃え尽き症候群……ですか?」
「それって、今までがんばってきたこととのつながりが急に切れたことで、やる気の持ちどころを見失ってしまった状態のこと……ですよね?」
 だが、そのジュンイチの答え――風紀委員の三人の不在の理由はピンとくるものではなかった。優花里と華が思わず顔を見合わせる。
「その燃え尽き症候群に、そど子殿達、風紀委員の三人がなってるってことですか?」
「でも、どうして……
 あの三人が取り組んでたのは風紀委員のお仕事で……あ」
 しかし、推理を進めることで気づくことができた。華が声を上げたのを前に、ジュンイチはうなずいてみせる。
「風紀委員ってのは読んで字の如く“風紀”を守らせるのがお仕事だ。
 そしてその、守らせる“風紀”の基準になるのは……」
「学校の校則……ですね?
 でも、学校が廃校になってしまったことで、その校則が無効になってしまった……」
「あー、実質開店休業で、モチベーション保てなくなっちゃったんですね……」
 優花里も納得してつぶやいて――と、みほがジュンイチに尋ねる。
「そういえば柾木くん。
 橋本くんがいないみたいだけど……ひょっとして、もう?」
「あぁ。
 朝一番でアンツィオに発ったよ……ん?」
 みほに答えて――ジュンイチは気づいた。
「あー……西住さん」
「はい?」
「点呼はどーした?」
「う゛……」
 そうだ。戦車道履修者は各チームリーダーが人員報告をするよう今しがた柚子が指示したばかりだ。
 そして自分達は全員そろっている。そして今みほが尋ねた崇徳についてはあんこうチームじゃないからみほが所在を確認する必要はない。
 つまり、今頃みほはとうに柚子に報告に行っていなければならないはずで――
「えっと……
 ……お願い、柾木くん!」
「ハァ!?
 前出て報告するだけだろ! そこでみんなに見られることすらイヤってか!?」
「だ、だってぇ!」
「『だって』じゃありませんっ!
 ほら、さっさと報告に行く! 柚子姉待ってんぞ!」
「ち、ちょっと! 背中押さないでぇっ!」
 ジュンイチに背中を押され、柚子のもとへと押し出されていくみほの姿を見送り、沙織は軽くため息をついた。
「アレ……結局柾木くん同伴してるよね」
「まぁ、西住さんを前に連れ出そうとすればどうしてもそうなっちゃいますし……」
「本人気づいて……ませんねアレ。
 柾木殿、完全に保護者モード入ってますよ」
 ジュンイチを相手に押し問答している時点ですでに十分注目を浴びてしまっていることに、果たしてみほは気づいているのかいないのか――沙織や華、優花里が微笑ましく見守る一方で、
(……そど子……)
 麻子の視線は、列中で完全に腑抜けきっている風紀委員の三人へと向けられていた。



    ◇



 さて、点呼が終われば自由時間……なお、そど子達を気にしていた麻子は、自由時間と知るや否やあっさりと手の平を返して教室へ戻っていってしまった。
 ともあれ――
「さて、これからどうすべぇか」
「あれ? “裏”の方はいいの?」
「オレもなるだけ“表”で動くフリするっつったろうが」
 この男も珍しく暇を持て余していた。話題が話題なので小声で尋ねる沙織に、ジュンイチも小声でそう返す。
「それに“裏”は“裏”で、仕込み済ませて今はその成果待ちでね。
 やるべきことは全部済ませちゃったから、どっちみちヒマなことに変わりはないんだよ」
「じゃあ、廃校撤回のための署名運動の支度でもしますか?」
「いいけど、街頭署名の届け出ってめんどくさいんだよなぁ」
「え? アレって自由にやっちゃダメなの?」
「ダメに決まってんだろ。公道使うんだぞ」
 途中から加わってきた優花里も交えてジュンイチと沙織が話していると、
「あ、あの……柾木くん」
 不意に、ジュンイチに声がかけられた。
 人見知り特有の、遠慮しがちな話し方。それもみほ以上の……となると、この待機所に割り振られた生徒達の中で該当者はひとりしかしない。
「んー? どったの、ねこにゃーさん?」
「あ、うん、えっとね……」
「うん?」
 なかなか本題を切り出さないねこにゃーだが、それはただ慎重に言葉を選んでいるだけだ。だからジュンイチも急かさず、彼女の言葉を待つ。
 が――
「あのね……柾木くん」



「ボク達を……鍛えてくれないかな?」



「…………は?」
 その言葉は、さすがのジュンイチも予想外であった。

 

 それは昨日のことであった。
「よし! 生徒会の許可はとったぞ!」
「ホントですか!?」
「バレーできるんですか!?」
 意気揚々と姿を見せた典子の言葉に、妙子と忍が期待と共に駆け寄ってきた。
「でも、体育館は使えないんですよね……?」
「しょうがないよ。みんなの共同使用だから。
 だから、バレーをやるならグラウンド――それにいくつか条件を出された」
 あけびに答えると、典子はグラウンドを見回し、その傍らの用具倉庫を見つけた。
「まず、みんなのジャマにならないよう端っこでやること。
 あと、バレーやるスペースだけじゃなく、グラウンド全体の整備を私達が担当すること」
「それなら大丈夫です!」
「いつもやってるようなものですしね〜」
 妙子とあけびが納得すると、元バレー部の四人は用具倉庫からグラウンドの整備道具を次々に出し始めて――
「……あれ? アヒルさんチームのみんな……?」
 そこへ通りかかったのは、アリクイさんチームの三大ゲーマーだった。ねこにゃーがアヒルさんチームの様子に気づいて声をかける。
「何してるの……?」
「あぁ、猫田さん。
 バレーをやるために、今からグラウンドの整備!」
「そっか……」
 答える典子の言葉に、ねこにゃーは少し考えて、
「ボク達も手伝おうか?」
「ありがたいけど……大丈夫?
 いつも身体動かしてないでしょ? キツいんじゃない?」
「やってみないとわからないけど……」
 そんな典子とねこにゃーのやり取りを聞いていたももがーは、試しに、外に運び出されていたローラーを引っぱろうとするが、
「むむむむむ……っ!
 ……ふんぬらばぁ〜っ!」
 どれだけ力もうと、ローラーはビクともしなかった。
「びよぉ〜〜っ!」
 ぴよたんも挑んでみるが、やはりダメだ。
「んー、さすがにインドア派のアリクイさんチームがいきなりそれは無理だよ。
 トンボがけとかならまだ何とか……」
「いーや、まだまだっ!」
「ゲーマーたるもの、挑んだゲームに背を向けるのはゲーマーの名折れだぴよ!」
 苦笑まじりに気遣う典子だが、ももがーとぴよたんは何やら余計なスイッチが入ってしまったようだ。
 そんな二人が視線を向けたのは――
「さぁ行くぴよ!」
「我らが最後の希望――ねこにゃー!」
「………………え?」



「…………で、ダメだった、と」
「うん……恥ずかしながら」
「いやどっこも恥ずかしくないかと。
 むしろ当然の結果というか」
「ゆかりん、しっ」
 回想終了。納得するジュンイチに返す形でねこにゃーが答える傍らで、余計なひと言をもらした優花里が沙織に叱られた。
「で、具体的にはどのくらいダメだったの?」
「三人がかりで、ようやく少しだけ、って感じ……」
「ふむ」
 傍らの二人のやり取りにはかまわず、尋ねるジュンイチにねこにゃーが答える――その答えを聞き、ジュンイチが視線を向けたのはグラウンド整備道具の納められた、話に出てきた用具倉庫だ。
「了解。
 じゃ、今日はちょっとムリだから、また後日ね」
「どうするの?」
「そのローラーの重さから、それを『三人がかりでもちょっとしか動かせなかった』っていうねこにゃーさん達の筋力が割り出せる。
 それを参考に三人の訓練メニューを考える」
 ねこにゃーの問いにジュンイチが答えると、
『ふーん』
 何やら不満げな声が上がった――見れば、沙織や優花里が、声同様に不満げに頬をふくらませている。
「…………何?」
「柾木くん、アリクイさんチームへの指導、何かていねいじゃない?」
 なので、怪訝な顔でジュンイチが尋ねる――対し、沙織はジト目でジュンイチをにらみながらそう返してきた。
「ねこにゃーさん達の状態ちゃんと考えてメニューとか考えちゃってさ」
「私達の“新人研修”、全員同じメニューで十把一絡げでしたよね?」
「時間がない中で突貫で鍛えにゃならんかったお前らと一緒にすんな」
 沙織の、そして優花里の言葉に、ジュンイチは「そういうことか」と納得しながらそう答えた。
「今回は急ぐ理由がないから“本来の”やり方でやるだけだよ。
 むしろ、“特別扱い”って言うならそれはお前らの方だっつーの」
「え? 私達?」
「そーだよ。
 あの短期間でお前らを鍛えなきゃいけなくて、ムリヤリ突貫メニューで鍛え上げたんだぞ。
 ンなムチャやってる中で、どんだけお前らの安全のために気をもんでたと思ってんだ」
 聞き返す沙織にジュンイチが答えて――
『………………』
「……?
 どーした? 二人とも黙っちまって」
 沙織だけではない。優花里も――二人そろって顔を赤くして沈黙してしまったのを見て、ジュンイチは首をかしげた。
「あー……うん、えっとね」
 そんなジュンイチに対し、一足先に再起動した沙織はコホンと軽く咳払いし、
「柾木くん……あの時も、ずっと私達のこと心配してくれてたの?」
「当たり前だろ。
 ロクに鍛えもしないで戦車に乗せて、事故でも起こされたらと思ったらゾッとするわ。
 だからしっかり鍛える必要があったワケだけど、あの時は訓練に割ける時間がまるでなかった――その結果があの超突貫デスマーチ合宿だ。
 でもそんなことすれば、今度は訓練中の事故率が跳ね上がる――おかげで訓練中はもちろん、その合間の休息時間も、ずっと疲れから何かやらかしたりするんじゃないかって四六時中ハラハラし通しだったんだぞ」
「四六時中……って、ずっと見守ってくれてたんですか?」
「さすがに男の身の上で立ち入れないところは体力的に余裕のあったアヒルさんチームにお願いしてたけど、それ以外はオールタイムな」
 聞き返す優花里にも、ジュンイチはそれが当然とばかりに説明する。
「夜も夜で、トイレだ水飲みたいんだと起き出したヤツがそのまま寝落ちしたりしてないかって、宿直の先生と協力して小まめに見回ってたしな。
 おかげであの合宿中ほとんど寝てなかったんだぞオレ」
「そ、そこまでしてくれてたんだ……」
「とーぜんだ。
 大事な仲間にケガさせてたまるか」
 苦笑する沙織にジュンイチは迷わずそう答え、その言葉に沙織や優花里はますます赤くなる。
(だ、大事な、大事なって……)
(私達のこと、そこまで大切に想ってくれてるんですね……)
 そもそも、“非常識レベルの猛特訓のアフターケア”だからこそそこまで気を遣っていたのだが、訓練中の“地獄”は忘れたい記憶として頭の奥底に封印されている二人からすれば、気遣われていた部分だけがことさら強調される形となっていた。乙女心にこれは効く。
 結果、強烈な照れから思考がオーバーフローしてしまうのもある意味当然と言えるのだが――
「いや、だから二人とも何でそこで黙っちゃうのさ?」
「柾木くんは一度爆発した方がいいにゃー」
「は? 何でオレがそんなリア充みたいなマネしなきゃならねぇのさ?」
「……絶対爆発した方がいいにゃー」
「いやだから何で!?」
 当のもう一方の当事者はまったく理解していなかった。



    ◇



 一方、その頃みほは特にやることも思いつかず、手持無沙汰のまま校舎内を見て回っていた。
 ここに戦車があれば迷うことなくそこに向かうのだが、ないというだけであっけなくすることがなくなってしまった。つくづく自分の生活は戦車を中心に回っていたのだと思い知らされる。
 昨日は見回る余裕もなかったが、建物の中もきれいに維持されている――廃校舎、なんて聞けば普通はホラー的なシチュエーションを連想しそうなものだが、こうもきれいだとそんなイメージとは無縁に見えてくる。
(そういえば、柾木くん……)
 と、そこでふと思い出す――今考えついたような“ホラー的なシチュエーション”が大の苦手なはずの人物が、ここに来た時怖がるようなそぶりをまったく見せなかったことを。
(ひょっとして、ここのこと知ってた……?)
 あり得る話だ――ジュンイチは“仕事”の絡みで商工会とも太いパイプを持っていた。ここの整備や再利用について何か知っていてもおかしくない。何なら「ここの設備の維持に直接関わっている」までありそうなぐらいだ。
 後で聞いてみようと考えつつ、みほが廊下を歩いていると、
「…………あれ?」
 部屋のひとつをのぞき込む、知った顔を見つけた。
「……明さん……?」
「あ、西住さん」
「どうしたの?」
「うん、ここ」
 みほに答えて、明はのぞき込んでいた部屋の中を指さした。
 中は入ってすぐのところにカウンターと、壁一面に設置された作りつけの本棚。ここは――
「図書室……?」
「うん。
 だから何かないかな、と思ったんだけど……何もないね、やっぱり」
「それは、ね……」
 使われなくなって久しいのだ。蔵書なんてとうの昔に、すべて運び出されているに決まっている――苦笑する明に、みほもまたクスリと笑みをもらす。
 が――そんなみほの笑顔が不意に曇った。どうしたのかと明が振り向いて――
「ここに通ってた子達も……今の私達みたいな気分だったのかな……?」
「…………っ」
 ぽつり、ともらしたみほのつぶやきに、明は返す言葉に詰まって眉をひそめた。
「その子達も……この学校になくなってほしくなかったのかな……?」
「それは――うん、そうだろうね。
 いろんな、思い出もあったろうしね……」
 旧図書室に足を踏み入れたみほがカウンターをなでるのを見守りながら、明は彼女にそう答える。
 大切な友人であり大恩人の筆頭たるみほが沈んでいるのを前に、何かしてやれることはないかと少し考え、
「……西住さん!」
 意を決して、みほへと声をかけた。
「出かけよう!」
「え……?」
「そんな沈んだままじゃダメだよ!」
 いきなりの提案に戸惑うみほの手を執り、明は言葉を重ねる。
「あの全国大会の時、みんなに関国商から連れ出してもらえてすごく救われた。
 あの時とは少し違うけど……息が詰まるようなところにいるなら、そこから出て外の空気吸った方がいいよ」
「経験者は語る、だね」
 明の説得にみほが苦笑した、その時――
「みぽりーん!
 コンビニ行こう、コンビニ!」
「気晴らしに外に行きましょう、西住殿!」
 沙織や優花里を先頭に、二人に連行されたジュンイチ、さらに華、麻子――あんこうチームの仲間達がやってきた。
「……みんな、考えることは一緒みたい」
「だね」
 肩をすくめる明にみほが苦笑まじりにうなずく――明と提案がかぶってしまったことを知らない沙織と優花里は、そんな二人のリアクションに思わず顔を見合わせるのだった。



    ◇



 そんなワケで、気晴らしに出かけよういうことになったあんこうチームと明だったが、そこでひとつ、問題にぶつかった。
 移動手段だ――ここへはバスでやってきたが、当然ながらあれはここまでの送り専用だ。一晩経った今となってはもう利用できるシロモノではない。
 それにここは学園艦ではなく本土。運転するには当然車の免許が必要になる。しかしみほ達はもちろん、ジュンイチも車の免許は持っていない。
 と、いうワケで、
「すみません、青木さん……」
「あー、大丈夫大丈夫。
 オレ今のところはやることなくてフリーだったし」
 この人を頼ることに――ジュンイチの持つアジトのひとつ、大洗市街のそれにて待機していた啓二が呼び出された。代表して謝るみほに、啓二は「気にすることはない」と答える。
 なお車はジュンイチが学園艦で使っていた“仕事”の社用車。現在みほ達全員を乗せ、市街地に向かっている道中だ。
「このメンツじゃ、本土で車を運転できる子いないしな。
 せめてジュンイチが18になってりゃ、こっちでもさっさと免許取れたんだけど」
「『こっちで“も”』……?
 そういう言い方するってことは、“向こう”なら柾木くん運転できるってことですか?」
「ひょっとして、柾木殿達の世界の日本って、免許取れる年齢こっちよりも低いとか?」
「あぁ、いえ、そうじゃないんです。
 “向こう”の日本でも、普通自動車免許が取れるのは18歳からです」
 啓二の言葉に反応したみほや沙織には助手席に座る鈴香が答えた。
「ジュンイチさんの場合、その代わりになるものがありますから、条件付きですけど“向こう”ではもう公道で車を運転できるんです」
「代わり?」
「条件?」
「コレだよ」
 首をかしげる優花里と麻子に、当事者たるジュンイチが見せたのは一枚の免許証。
 運転免許証とは似て非なるそれは――
「MERCENARIES LICENSE……?」
「マーセナリー……傭兵か」
「傭兵の……ライセンス?
 傭兵ってライセンス制なの?」
「ウチの世界じゃな。
 で、裏」
 表題を読んだ優花里とその意味に触れた麻子、二人のつぶやきを受けて尋ねる沙織に答えると、ジュンイチは件のライセンスをひっくり返して裏面を見せた。
「えっと……射撃A、近接S、爆破A……
 ……これ、ひょっとしてスキルランク?」
「そ。
 お前らの“新人研修”の成績と同じスキル別のランク……というか、お前らのは元々これをベースにした簡略版なんだよ」
「確かに、私達のよりもいろいろありますねぇ」
「というか……」
 みほに答えたジュンイチに華が納得――その傍らから、麻子もライセンスをのぞき込み、
「このパソコン操作とか簿記とかファイナンシャルプランナーとかにはツッコんだ方がいいのか?」
「ビジネスマンの履歴書の資格欄みたい……」
「別にネタじゃねぇよ。
 フリーはもちろん、ギルド所属でも各種手続きや経費精算みたいな事務仕事とは無縁じゃねぇんだから、こういうスキルも取っておいて損はねぇんだよ」
 麻子やみほのツッコミに返すと、ジュンイチは「それより」とそのランク一覧の一角を指さした。
 そこに記されていたのは――
「運転技能、A……」
「あ、そういえば運転免許の話だったね」
 つぶやくように読み上げた明のとなりで、話の本題を思い出した沙織が納得する。
「これ自体が運転技能の証明になるからな。運転免許の代わりになるんだよ。
 けど、その一方であくまでも“傭兵としての技能証明”の域を出るものじゃないから……」
「傭兵のお仕事で乗る場合だけ有効、ってことですか……」
「そ。
 だから、プライベートで乗ろうと思ったら結局一般の免許は必要になるんだよ」
 結論に至った華にジュンイチが補足して、
「ちなみに。
 ランク認定の評価基準には乗務時間も含まれててな。ジュンイチみたいなAランクの場合……年齢の縛りが解けたら大型や二種免許に即挑めるレベルで乗ってることになる」
「メチャクチャベテランドライバーじゃないですか!」
 さらに付け加えられた啓二の補足に優花里がツッコんだ。
 と――その時、
「……あれ?」
 ふと前方に視線を戻したみほが“それ”に気づいた。
「あ、青木さん! 止まってください!」
「え? あ、あぁ」
 その意味を脳が理解した瞬間、半ば本能的に叫んでいた。いつになく強い調子のみほに驚きながらも、啓二は車を停車させる。
 減速し、ちょうど“それ”の目の前に停車する。そこでようやく全員が、みほが何に反応したのかを理解した。
 施設の看板だ。その名は――



 ボコミュージアム



『……あー……』
 全員が、心の底から納得した。



    ◇



 文科省の庁舎の中に用意された、学園艦教育局のオフィス。
 その一角、パーテーションで区切られた応接スペースで、杏は廉太と面会していた。
「廃校の件は、すでに稟議も予算も通過して決定しているんです。本稿はあり得ません」
「ですが、戦車道の全国大会に優勝すれば、廃校の撤回を検討すると」
「はい。
 ですから、検討しました――その上で、やはり廃校が適当であると判断されたのです」
 改めて廃校の撤回はないと廉太が明言、食い下がる杏の反論にもあっさりと答える。
「それに、その話は口約束であって、正式な取り決めではないでしょう」
「口頭のやり取りでも、双方の合意が確認できれば契約として成立すると法律でも認められています。
 例えば民法の91条、97条、それから……」
「その『口約束』を法的に証明できますか?
 口約束があったことはもちろん、その内容まで」
 なおもあがく杏だったが、廉太から痛いところを突かれて反論に詰まる――確かにあのやり取りは何も証明になるものを残していない。法的な根拠にはなり得ない。
「我々も善処したんです。ご理解ください」
 黙り込む杏にそう告げると、廉太は一通の、A4サイズの書類が入るような大きめの封筒を差し出してきた。
「これは?」
「廃校になった学校に渡している、受け入れ先への転校の動きをまとめた予定表です。
 まだいろいろ決まっていないところもあって日付が空白のところも多いですが、概ねそこに書かれている通りの流れで動いていただくことになります。
 “必ず目を通しておいてください”」
「……わかりました」
 廉太の言葉に、杏はうなずいて書類を受け取った。
「では、私はこれで。
 この後も予定が立て込んでいますので」
 そう言って、廉太は立ち上がって応接スペースを出てとなりの局長室へ。議論の相手を失った杏も遅れて立ち上がり、その場を後にした。
 パタンッ、と音を立て、杏を送り出した学園艦教育局の扉が閉まり――
「…………ふぅ」
 局長室まで聞こえたその音に、廉太は深く息をついてイスの背もたれに身を預けた。
「お互い、面倒なことで」
 自分にしても杏にしても、今の交渉が物別れに終わることは織り込み済みだ――何しろ両者結託の上で行なわれた“やらせ”なのだから。
 杏が論破に成功して廃校を撤回に持ち込めればそれでよし。それが成らなくても、今回の件の裏で糸を引いている“黒幕”に対し「自分達は廃校撤回を巡ってバチバチやり合っている」とアピールになれば最低限の目的は達せられる。
(おかげで、情報を渡すのも一苦労だ……
 同じ手は使えない。次の機会のことを考えておかなければ……)
 先ほど渡した封筒、中身は廃校後の動きの指示書だけではない。現状自分達の側でわかっていること――文科省内で廃校を推し進めた人物のリストを忍ばせておいた。
 今回の件の“裏”については首を突っ込むなとジュンイチから釘を刺されている。おかげで表向きわかる、この程度の情報しか渡せなかったが、彼の調査対象を絞り込むくらいの役には立つだろう。
「それにしても、面倒な案件だ……
 これが終わったら、まとまった休暇でも取るか」
 つぶやいて――「あ、ダメだ。解決したら間違いなく山のような事後処理発生するヤツだコレ」と気づいて、ちょっぴり凹む廉太であった。



    ◇



「ぅわぁ、すごーい!」
 目的地に到着し、みほは件の“ボコミュージアム”を前に大はしゃぎ。
 そして、その後ろに控える一同は――
((うん……すごい。いろんな意味で))
 内心で想いをひとつにしていた。
 しかし、彼らがそう思うのも無理はない――そのくらい、このボコミュージアムの施設がボロボロだったから。
 洋風建築風の建物は老朽化がひどく、上に突き出た塔の中には屋根が壊れたままのものもある。
 周囲に飾られたボコのオブジェもボロボロだ。試しにジュンイチがなでてみると、一応掃除はしてあるようで、ジュンイチの手が汚れることはなかった。掃除が精一杯で修繕までは手が回らない、ということか。
「ホントに営業してるの……?」
「してるみたいだな」
 思わずつぶやく沙織に麻子が答える。確かに中は電気がついていて、入口も解放されている。
「でも、こんな有様でお客さん来るんですかね?」
「少なくともここにひとり、客として入る気マンマンの御方がいるけどな」
 優花里のつぶやきに答えてジュンイチが見るのは、先ほどからテンションが上がったまま下りてこないみほだ。
「知らなかった! こんなミュージアムがあったなんて!」
「西住さん、今まで見てきた中で一番テンション高くない……?」
「大丈夫だよ、あきりん。
 私達から見てもこんなテンション高いみぽりん見るのは初めてだから」
 そんなみほの姿に明や沙織が苦笑する――車で待つという啓二と鈴香を残して、一行は驚くほど安い料金を支払ってミュージアムの中へと入っていった。



    ◇



 一方、文科省での“既成事実作り”を終えた杏は、その足で今度は市ヶ谷台へと足を運んでいた。
「市ヶ谷台って言っても、駅からずいぶん歩くんだな」
 地図とにらめっこしながら街を歩くことしばし。目的の建物が見えてきた。建物の中に入り、受付に声をかける。
「理事長と面会の約束をしている、大洗女子学園生徒会長の角谷ですが」
 そんな杏の訪れた建物の入り口には、『日本戦車道連盟会館』との銘板が掲げられていた。



    ◇



「……すごいね」
「すごいな。
 ……ヤバさの方の意味で」
 いくつかのアトラクションを回って、沙織や麻子のもらした感想がそれであった。
「イッツ・ア・ボコワールドに、ボコーテッドマンション、スペースボコンテン……」
「名前もどこかで聞いたようなものなら、入ってみた内容もどこかで見たようなものばかりでしたね……」
「いろいろ危なすぎるだろ、ここ……」
「経営の良し悪しとは別の理由でつぶれるんじゃ……」
 優花里や華、ジュンイチや明も一様にあきれ顔――ただひとり、元からボコの大ファンだったみほだけがテンションが高い状態だ。
「……あれ?
 そういえば、前に柾木殿、西住殿の前のお宅にお邪魔した時にボコのぬいぐるみに反応してませんでしたっけ?」
「あの時は……な」
 と、ふと気づいた優花里がジュンイチに尋ねる。対し、ジュンイチはみほの様子をうかがい、こちらのやり取りが聞こえていないことを確認した上で答える。
「オレが好きなのは“カワイイ小動物”だからな。
 その点、ボコは見た目はクリアしてるんだが……詳細調べて、そのキャラクター設定の方に軽く引いてな。
 『百年の恋も冷める』って言葉はこーゆー時に使うんだなって実感したよ」
「……柾木くんが『恋』って単語を使った、だと……!?」
「一度オレに対する認識について、お前らから聴取する必要がありそうだな。
 あと武部さん、最近『BLEACH』読んだ?」
 となりで目を丸くする沙織にジュンイチがツッコむと、
「みんな!
 見て! ボコショーがあるって! ボコショー!」
 さらにテンションの上がったみほが戻ってきた。彼女の指す方を見ると、何やらホールらしい部屋の入口に立てられた看板に『ボコショー』との表記が見える。
「……運がいいんだか悪いんだか」
 しかも併記されていたスケジュールを見ると、本日最後のショーがもうすぐ開演だ。思わず苦笑するジュンイチだったが、
「行こう、みんな!
 ほら、柾木くんも!」
「……この積極性が普段からあればなー……」
 当然この子は入る気満々だ。ボヤくジュンイチの手を引き、みほは先頭に立ってボコショーの会場へと入っていった。


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第58話「霞澄ちゃんって呼んで♪」


 

(初版:2020/12/07)