塀に囲まれた二階建ての洋風建築――しかし、ただの洋館ではない。
 屋根裏には銃眼が穿たれ、四方の屋根からは潜望鏡。
 裏には戦車戦ができるだけの広さの演習場が広がっており、裏側の屋根の上には演習場を見渡せる望楼が設置されている。もちろん戦車を収めておく戦車倉庫もある。
 こここそが島田流戦車道の宗家――そして、その応接室には、廉太との会談後亜美や杏と別れたしほと霞澄の姿があった。
 ソファに並んで座る二人の前には清楚で上品な洋装に身を包んだ女性――島田流家元、島田千代が座っている。
「……お話はわかりました」
 その千代が、しほから今日の訪問の用件を聞き、そう返してうなずいた。
「大洗女子が、私の教え子達と試合を……」
「はい」
「あぁ……確か下の娘さんが大洗の……」
「いえ、それとは関係ありません。
 話をまとめた立場としての責任です」
 みほのことを持ち出してきた千代に私用ではないと断りを入れ、しほはとなりに座る、真に話をまとめた張本人――霞澄へと視線を向けた。
「あー、うん。そうだね。
 ま、要するに『大学選抜の監督ポジのあなたに話も通さずに勝手に試合決めちゃってゴメンね』ってこと」
「間違ってはいませんが……またざっくりと」
「堅苦しく話したって遠回しな言い方になるだけじゃない。
 伝えるべきことはわかりやすさ優先。相手に誤解の余地を与えないのはトラブル回避の鉄則よ」
 呆れるしほに、霞澄はあっさりと答える。
「おもしろい方ですね。
 柾木流の師範……でしたか。確か大洗の歩兵の子の名前が……」
「そ。あの子ウチの子。
 もちろんあの子も今度の試合に出てくるわよ」
「そうですか」
 笑いながら答える霞澄に対し、千代もまた平然とうなずき、
「試合の件は了解しました。
 しかし……そちらの事情は理解しましたが、だからと言って手加減はしませんよ。
 まぁ……」



「たとえ負けて廃校になったとしても、その時は島田流でめんどうを見てあげますから」



「…………っ」
 不意打ちとばかりに挑発をぶち込んでくる千代に対し、しほの眉がつり上がった。
「勝利宣言にはまだ早くありませんか?
 戦力差を根拠に言っているのなら改めた方がいいですよ――“自分達よりも強い相手”は、大洗が最も多く打ち破ってきたタイプですよ?」
「あら、絡め手だったらウチも負けてはいませんよ。
 知っているでしょう? ウチが“どういう”流派か」
 負けじと返すしほだが、千代も余裕の態度を崩さない。にらむしほとそれを真っ向から受けて立つ千代、両者一歩も譲らず、
「うんうん、二人ともやる気十分でけっこうだねー。
 ま、戦うの私達じゃないんだけど」
 そんな中でも平気な顔で、霞澄はそうつぶやいて紅茶をいただくのだった。

 

 


 

第59話
「誰だって臨戦態勢で待ってるぜ」

 


 

 

「なぁにぃっ!?」
 日も沈みつつある夕暮れ時。
 夕方の点呼のためにこの待機所に割り振られた生徒達、今現在ここにいる面々が全員集合した……“はずだった”校庭に、桃の怒りの叫びが響いた。
「本当なのか、武部!?」
「は、はい……
 カモさんチーム、いないです……」
「アイツらーっ!」
 答えるのは自分達あんこうチームの分の報告ついでにカモさんチームの不在を知らせた沙織だ。彼女の話に、桃は地団駄を踏んでさらにエキサイトする。
「とうとう点呼にも出なくなったか!」
「出かけてるんじゃないですか?
 柾木先輩とみほさんみたいに」
「こないだコンビニでケンカした一件での外出禁止はまだ解けてないから、外出はしてないと思うんだけど……」
 聞き返す梓に柚子が答えると、
「………………」
 動いたのは麻子だった。クルリときびすを返すと校舎に向けて歩き出す。
「冷泉殿?」
「遅刻を取り締まってくる」
 気づき、声をかけてくる優花里に答え、麻子が向かったのは校舎裏のニワトリ小屋。
 前に昼寝に適した場所を探していた時、偶然カモさんチームの三人がたむろしているのを見かけたことがある。ひょっとしたら――
「…………いた」
 予感的中。住人こそいないがいつでも使えるよう整備の行き届いたそこで、すっかりやさぐれた風紀委員が――



 なぜかキュウリをかじっていた。



 ゴモヨがキュウリをリスのようにかじる一方、パゾ美が乱暴に二つに折ったキュウリの一方をそど子に渡す――その姿に「グレて、やることがこれか」と呆れながら、麻子はニワトリ小屋に足を踏み入れた。
「何をしている」
「関係ないでしょ」
 麻子に答えて、そど子はキュウリを豪快にかみちぎった。
「集合だ」
「イヤだ」
 パゾ美もまた麻子に即答する。
「集まって何をするのよ?
 ただの点呼でしょ」
「それは私もそう思うが」
「思うんだ」
 ゴモヨに即答した麻子にそど子が思わず素に戻ってツッコんだ。
「とにかく。
 いいから来い」
「イヤよ!」
 気を取り直してそど子達をここから連れ出そうと麻子がそど子の手をつかむ――が、そど子もそれに抗い、麻子の手を振り払った。
「私達のことなんかほっといてよ〜」
 まるで駄々をこねる子供のようにジタバタするそど子の手をもう一度取り、麻子は改めて彼女をその場に立たせた。
「そど子達がいないと風紀が乱れるだろ」
「何が風紀よ!
 もう学校はなくなっちゃったのよ! 守る風紀なんてどこにあるのよ!?」
「いや、あるだろ。
 それも割と最初から」
「……って、え?」
 反論するそど子だったが、麻子にあっさり返されて目がテンになった。
「私達は今どうやって暮らしてる?」
「……集団生活よ」
「そこでうまくやっていくために必要なのは?」
「…………ルールよ」
「つまり?」
「ルールを守らせる、私達風紀委員の出番じゃない!」
「そういうことだ」
 結論にたどり着いたそど子にうなずく麻子。ゴモヨやパゾ美も、互いに顔を見合わせると意を決して残っているキュウリを一気に食べ切る。
「こうしちゃいられないわ!
 私達の風紀をみんなが待ってるのよ!」
「やる気を取り戻してくれたところを悪いが、いきなり点呼の遅刻をやらかしてるからな」
「う……わ、わかってるわよ!」
 麻子のツッコミに答えると、そど子も自分の分のキュウリを食べ切り、着崩していた制服を整える。
「それにしても意外だったわね。
 私達を立ち直らせに来たのが冷泉さんだったなんて」
「……人間、良いことにしろ悪いことにしろ毎日あったものがなくなるのは調子が狂うんだ」
 そんなそど子の感想に、麻子は少しばかり照れてうつむき、
「つまり、何だ……
 そど子の取り締まりがないと……少し、寂しい」
「〜〜〜〜っ!」
 照れながらの麻子の言葉に、そど子の顔が瞬く間に紅潮した。
「わっ、私は寂しくなんかなかったんだからっ!
 っていうか何!? まさか私にかまってほしくて毎日遅刻してたの!?」
「いや、それは素だ」
「素かーっ!」
「ところでなんでキュウリかじってたんだ?
 やさぐれるならそこはタバコだろ」
「たっ、タバコなんてダメに決まってるでしょ!
 不良になっちゃうじゃない!」
「……そど子、お前やさぐれるのに向いてないぞ」
「やさぐれるのに向き不向きなんてあるの!?」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら麻子と共に集合場所に向かうそど子の姿に、ゴモヨとパゾ美は苦笑しながらその後に続くのだった。



    ◇



「けっこう遅くなっちまったな……」
「柾木くんが青木さんの迎えを断ったからでしょ?」
「しゃーねぇだろ。
 ただでさえ昨日一日連れ回しちゃったのに、連日オレ達の都合で動かせねぇよ」
 帰りは陸路。可能な限り新幹線を使わせてもらったが、大洗駅に到着した頃にはすっかり日が沈んでいた。夜道を二人で歩きながら、ジュンイチがみほに答える。
「そういえば、柾木くんは印鑑もらったの?」
「おぅ。
 昨夜の内に“向こう”に戻って、親父からな」
「龍牙さんから?」
「そ。
 母さんがなぜか捕まらなくてな……どこで何してんだか」
 聞き返すみほにジュンイチが答えて――
『――――――っ』
 二人が同時に気づいて足を止めた。
「……柾木くん」
「オレとほぼ同時に気づくたぁ、成長したなぁ」
 声をかけてくるみほに返し、ジュンイチは軽く肩をすくめ、
「つーワケだ」
 告げると同時、彼を中心に地面に光が走る――光で描かれた円が一気に広がり、周辺一帯を囲うまでに拡大したところで消失する。
 結界だ――効果は認識阻害。これでこの後派手に“暴れ回る”ことになったとしても当事者以外には気づかれることはない。
 こんな結界を張った理由など、もはや言うまでもあるまい――
「出てこいよ――バレてんぜ、お前さん達のこと」
 “お客さん”だ――ジュンイチが告げると、それに応えるように、それは姿を現した。
 全身黒ずくめの、武装した一団。友好的な相手でないことは確かだろう。
 数は――
「……うん、読めた通り14人」
「あ、オレほど読めてなくてちょっと安心。
 少し離れたところにやられたヤツらの回収班っぽいのが待機してるぞ」
 カウントするみほに対して、ジュンイチは笑いながら彼女の頭をポンポンと叩く――が、状況は決して楽観できるものではない。
「でも、柾木くん……」
「わかってるよ。
 こうしてここにオレ達を狙ってきてる以上、校舎のみんなのところにも行ってる可能性が高いな。
 まぁ、向こうには鈴香さんいるし、心配いらないだr



 ――――――



「――――っ!?」
 その“気配”は突然に――驚きに目を見張り、ジュンイチが振り向いた先は――
「鷲悟兄……!?」
 海の方であった。



    ◇



 夜の街を行く黒森峰女学院の学園艦。
 その艦上学園都市を、夜の闇に乗じて進む一団があった。
 明らかに黒森峰の人間ではない、その武装した一団が目指すのは黒森峰の戦車道チームのガレージだ。
 学園艦のセキュリティをすり抜けてきた彼らにしてみれば、ガレージのセキュリティをすり抜けることなどたやすい。あっさりと敷地内に侵入すると裏手に回る。
 裏口から中に入るつもりだ。音を立てないようドアノブにゆっくりと手を伸ばし――



 吹き飛んだ。



 突然、扉が木っ端みじんに吹き飛んだ――暗がりで視認の難しい漆黒のエネルギーの渦が侵入者達を巻き込み、打ち据え、押し流す。
「何だ!?」
「トラップ――いや、待ち伏せ!?」
「馬鹿な、気づかれていたのか!?」
 さすがに驚き、難を逃れた侵入者達が声を上げると、
「バカはアンタ達よ」
 新たな声が告げて――周辺に身を隠していた黒森峰戦車道チームの面々が一斉に姿を現し、侵入者達を取り囲む。
「残念だったわね。
 上手く潜り込んだものだけど、ウチの人間レーダーを甘く見たわね」
「人間レーダー言うな」
「でも、気づいたのがアンタってのも事実じゃない。
 電話一本で知らせてくれればいいものを、わざわざ下宿からカッ飛んで来てさ」
 そして、そんな包囲の中から、エリカと話しながら姿を見せたのは――
「でも、まぁ……エリカの言う通り、こっちを甘く見て迂闊が過ぎたな。
 学園艦にもぐり込む前から敵意丸出しの気配をまき散らしながら近づいてこれば、誰だって臨戦態勢で待ってるぜ」
 鷲悟であった。



    ◇



 ビビビビビッ……と、サイレンサーで抑えられた発砲音が立て続けに起こるが、
「無駄ですよ」
 その言葉と同時に地面が隆起、壁となってマシンガンからばらまかれた銃弾のことごとくを受け止める。
 聖グロリアーナ女学院の戦車ガレージに侵入してきた賊を迎え撃ち、賊からの初撃を防ぎ切ると、ジーナは盾にした土壁を崩した。
 改めて、賊に向けて手にした扇――精霊器“陸天扇”を一振り。そこから放たれたジーナの“力”を受けた、賊の周囲の地面が変化。拳大の狭い範囲での隆起を多数引き起こし、賊達を取り囲み、押さえつけ、取り押さえてみせる。
 と――
「見事な手並みですね」
 そんなジーナに声がかけられた。そして物陰から姿を見せたのは――
「アッサムさん……」
「それなりに準備を整えてきたであろう相手に反撃も許さず……
 正式にここを任されている私達の立つ瀬がありませんね」
「そんなことないですよ。
 アッサムさん達の敷いてくれた警備システムが捉えてくれたから、こうして先回りできたんですから」
「関国商の一件で警備を強化していた甲斐がありましたね」
 ジーナに返すと、アッサムはジーナのとなりに並び立つと賊を見下ろし、
「しかし、大洗ではなくウチを狙ってくるなんて……」
「いいえ」
 つぶやいたアッサムの言葉を、ジーナはあっさりと否定した。
「ジーナさん……?」
「聖グロ“だけじゃありません”
「それって……」
「はい」



「よその学校も、襲われています」



    ◇



「何ですって!?」
 突然の大声に驚いたフォンデュやガレットが振り向くと、電話を受けていたエクレールも思わず椅子を蹴って立ち上がっていた。
「エクレール様?」
「何かあったの?」
「二人とも」
 尋ねるフォンデュとガレットに対し、エクレールは受話器を置き、
「非常呼集を。
 状況――“I”」
『――――っ』
 その言葉に、二人は思わず顔を見合わせた。
 “I”とは“Invasion”の略。すなわち“侵入”――関国商の一件を機に学園艦の警備部と共に錬り直した新警備体制の発令、それが意味するのは、“学園艦への侵入者アリ”。
「わたくし達が戦車倉庫には一番近い!
 急いで向かって守りを固めますわよ!」
 エクレールの指示に二人がうなずいて――次の瞬間、ガラスの割れる音が響く。
 外からエクレール達のいる戦車道チーム隊長室へと投げ込まれたそれは――
(スモークグレネード!)
 気づくエクレールだったが、時すでに遅し。噴き出した煙幕が彼女達の視界を奪ってしまう。
「くそっ、もうここまで入り込んでいたの!?」
「エクレール様!?」
 うめくガレットをよそにフォンデュがエクレールの姿を探すと、
「きゃあっ!?」
 煙の向こうでエクレールの叫び声。そして――
「エクレール様!」
 煙が晴れた時には、エクレールは黒ずくめの、武装した侵入者によって背後から取り押さえられていた。
「やられた……!
 警備部の捉えた侵入者は囮か……っ!」
「本命はもうここまで侵入していたんですね……」
 エクレールを人質に取られる形になり、ガレットとフォンデュがうめいた、その時だった。
 突然、両者のちょうど中間で光が発生。何事かと侵入者がそちらに目をやり――
(――今ですわ!)
 自分から意識が逸れた一瞬の隙に、エクレールが侵入者の手から脱出する。
 だが、まだ完全に逃れられたワケではない。迷わず光に向けて走るエクレールだが、侵入者もそんなエクレールを追いかけて走り出す。
「エクレール様!」
 背中を狙われるエクレールの姿に、フォンデュが声を上げ――



 打ち抜かれた。



 「撃ち」抜かれた、ではない。「打ち」抜かれた。
 「エクレールが」ではない、「侵入者が」――







 光の中心から飛び出してきた右拳によって。







 そして――
「こっちに向けて逃げたのはいい判断だ」
「異能による光だというのは一目でわかりましたから。
 だとしたら、あなた達による援護としか思えないでしょう?」
 光の中からの声にエクレールが答える中、光は次第に収まっていき――
「でも、まさか直接助けに来てくれるとは思いませんでしたよ――



「青木さん」



 そこに立っていた――鈴香の転送術で駆けつけてきた啓二に、エクレールが告げた。



    ◇



「……とりあえず、エクレールさん達の方は、これで大丈夫ですね」
 チラチラと青い光が――啓二を送り出した転送術の“力”の残滓が散っていくのを見送りながら、鈴香は軽く息をつき、
「問題は“こちら”ですね」
「えっと……」
 改めてつぶやく鈴香の言葉に、声をかけてきたのは柚子だが、
「問題……あります?」
「今のところはないですね」
 あっさりと鈴香が柚子に答える――



 グラウンドで次々に巻き起こる爆発を眺めながら。



 もちろんジュンイチの仕業である。校舎周辺の森に設置した転送術式のトラップによって、侵入してきた者達を片っ端からグラウンドの一角に用意した地雷原に放り込んでいるのだ。
 地雷は永続タイプの術式によるもので術を解かない限り地脈の“力”を燃料にいくらでも起爆できる。その上転送・地雷どちらの術式も精神干渉系の術式と組み合わせることで、大洗の生徒とその関係者への害意にのみ反応して作動するという優れ物である。
「これ……冷泉さんの『寝ている自分を起こすな』ってオーダーに反してるんじゃ……」
「大丈夫ですよ。
 あんこうチームの居室にはジュンイチさんが防音結界しっかり張ってましたから」
「あ、そっち……」
 鈴香の答えに柚子が苦笑すると、
「それより、問題はここからです。
 情報をつかむために殺さないように火力を抑えてますから、一通り済んだら彼らを捕縛しなきゃいけませんし……」
 その言葉と同時、鈴香は急に柚子の手を引いた。素早く柚子と自分の位置を入れ替えた直後、甲高い、金属のぶつかり合う音が響く。、
 一瞬、何が起きたか理解できなかった柚子だったが、
「それに……こういう、抜けてくる人もいますから」
 その一言で、気づく。
 黒ずくめの侵入者のナイフを、鈴香が手にしたスパナで受け止めていることに。
「小山さん。
 戦車道チームのみなさんで、一般生徒の護衛を。
 他にも抜けてくる人がいないとも限りませんから」
「う、うん!」
 鈴香に答え、柚子はその場を離れる。そんな彼女を追おうと黒ずくめが動き――
「行かせません!」
 鈴香も黙って行かせはしない。素早くその行く手に回り込む。
「私の役目は、あなたのような防衛線を抜けてきた人の相手ですから」
 言って、鈴香がスパナを一振り――と、そのスパナが霧散、再び集束すると伸縮式の指示棒のようなツールへと姿を変える。
 これが彼女の専用武器、教鞭型精霊器――
「陰天鞭」
 その名をキーワードに、手にした陰天鞭に“力”が通う――同時、鈴香の周囲に大量の水が生み出され、彼女を守るように渦を巻く。
「それじゃあ……始めましょうか」



    ◇



「そぉら――よっと!」
 かけ声とともに宙を舞い、最上段から一撃を叩き落とす――崇徳が振り下ろした棍型精霊器、影天棍の一撃が侵入者のひとりの頭に打ち込まれる。
 そんな彼に向けて別の侵入者がマシンガンをかまえるが、
「くらうか――よ!」
 崇徳の言葉と同時、振り回す影天棍に変化が――片側の先端部に巨大な弧状の刃が生まれ、大鎌型へと変わり、
「影天鎌!」
 姿を変えた自身の精霊器の名を名乗りつつ、思いきり地面を斬りつけた。足元の石畳を打ち砕き、巻き上げられたその残骸が侵入者の銃撃を阻む盾になる。
 その隙に、崇徳は物陰に一旦退避して――
「おい、橋本!
 あまり足元壊すなよ!」
 そんな崇徳に抗議の声を上げたのはアンチョビだ。
 崇徳の気配探知によって侵入者の存在を知ったアンツィオ首脳陣は、急ぎ相手の侵攻先――戦車のところへと向かった。
 が、到着前に相手と鉢合わせ。交戦状態となり、現在に至る。
「この辺りの石畳は一応大理石ってことになってるんだからな!」
「『ってことになってる』だろ!? フェイクじゃんか!」
「むしろ、だからこそだよ!
 本物の大理石っぽく仕上げるのに、施設課の子達がどれだけ苦労を重ねてきたと思ってるんだ!?」
 崇徳の反論にアンチョビがさらに言い返すと、
「ってゆーか……」
 と、声をかけてきたのは別のガレキの陰にカルパッチョと共に隠れているペパロニだ。
「なんでにーさんまで隠れてんスか?
 にーさん防御特化っスよね? 銃なんてヘッチャラなんじゃ?」
「お前らはそーじゃないだろうが。
 下手に防いだ弾がお前らの方に飛んでったらアウトだろ」
 尋ねるペパロニに崇徳が答えると、
「げ」
 相手の様子をうかがおうとのぞき込んだアンチョビがうめき声を上げた。
 彼らのひとりが肩に担いだのは――
「バズーカ!?」
「妙に大きなケース担いでるヤツがいると思ったら!」
 カルパッチョやペパロニも気づいた声を上げる中、バズーカがこちらに向けて発射されて――
「アンチョビ、ごめん!」
「えっ、わっ!?」
 崇徳は正面からタックルするようにアンチョビを担ぐとそのままペパロニやカルパッチョのもとへと跳んだ。そのまま二人に突っ込むように合流すると絶対防御を発動。バズーカの爆発を防ぐ。
 が――
「なっ、なななななぁっ!?」
 “あわてた状態で”“アンチョビを無理矢理抱えて”“勢いよくペパロニとカルパッチョに飛びついた”結果、崇徳は三人をまとめて押し倒すような形になってしまった。
 特にアンチョビに対しては正面から向き合った状態から倒れ込んだせいで、彼女の胸元に顔面から突っ込んでしまった。自分の胸に顔をうずめた崇徳の姿に、アンチョビの顔が一気に紅潮する。
「あらあら、ドゥーチェったら」
「姐さん、いつの間ににーさんとそんな仲に!?」
「状況見たらどう考えても事故だよなコレ!?」
 その様子に気づいたペパロニやカルパッチョに、我に返ったアンチョビが言い返して――
「――――っ!
 危ない!」
 仰向けに倒れていたおかげで気づけた。アンチョビはとっさに崇徳を抱きしめて転がって退避。一瞬遅れて同じく気づいたペパロニ達も離れたその場の地面に、頭上から飛び込んできた襲撃者の一撃が叩きつけられる。
「新手か!」
 うめいた崇徳がアンチョビから離れて飛び起きると同時、新たな襲撃者が迫る。繰り出された蹴りをガードするが、踏ん張り切れずに吹っ飛ばされた。
「橋本!?」
「大丈夫!
 安全そうなところに隠れてて!」
 声を上げるアンチョビに返すと、立て直した崇徳は自分を吹っ飛ばした襲撃者へと向き直った。
(普段ならともかく、戦闘状態の……ガンガン身体にブーストかけまくった状態のオレをガードごと蹴り飛ばすか……)
 それが意味するのは――
「お前さん、ひょっとして……」



「“いじってる”クチだったりする?」



    ◇



「せーっ、のっ!」
 かけ声とともに、ファイは相手から離れたところで空中に向けて回し蹴り――そこから放たれた空気の塊が荒れ狂う突風となって自分達を狙う襲撃者達を吹き飛ばす。
「相手は実弾よ!
 いつもの白兵戦とは違うわ! 一発撃たれるだけで大ケガするってことを忘れないで!」
 戦っているのはファイだけではない。ケイやナオミ、アリサ、他の戦車道チームの面々も――侵入者達と銃撃戦を繰り広げながら、ケイが仲間達に警戒を促す。
「敵の狙いは戦車だ!
 奪われたらテロすらやり放題だぞ! 何としても止めろ!」
 ナオミが告げながらライフルで狙撃――命中。侵入者のひとりの顔面にペイントの花が咲く。
 これで相手はペイントまみめとなった覆面を取らなければ視界が利かない。しかし、こちらから正体を隠すためのものでもある覆面を、この場で取るワケにもいかない。
 したがって今撃たれた者は後退するしかない――とりあえず一名無力化できたことになる。
 だが、まだまだ敵は数を残している。学園艦の警備部からの増援が来るまで何とか自分達で踏ん張らなければ――
「何アレ!?」
 そんな時、防衛線に参加していたチームメンバーの中から声が上がった。
 何事かと振り向いて――ファイもまた頬を引きつらせた。
 現れたのはひとりの巨漢――だが、その体格が明らかにおかしい。他の襲撃者達と比べて倍以上ある。
 目算でおよそ5〜6メートルといったところか。どう見ても普通に成長して至ることのできる体格ではない。
「ファイ!」
「大丈夫!」
 あの体格差で勝負になるのか――声を上げるケイに、ファイは答えた。
「こんな、身体がおっきいだけの人になんて負けないから!
 それより、ケイお姉ちゃんはみんなを!」
 ケイに告げるファイに向け、巨人はその腕を振り上げて――



    ◇



「じゃあ、他の学校のみんなのところにも!?」
「みたいだな。
 マジノにも青木ちゃんが向かったみたいだ――しっ!」
 仲間達が戦闘態勢に入り、高めた力を感じ取ることで状況は概ね把握できた。声を上げるみほに、ジュンイチはそう答えると同時、振り向きざまに左手を一閃。背後のひとりがこちらに向けた銃口に投げつけた苦無が突き刺さり、直前に引き金の引かれていた銃はあっけなく暴発する。
「でも、どうして……?
 私達大洗はともかく、仲がいいって言っても他の学校まで狙ってくるなんて……!?」
「そこまではまだわからんよ」
 みほに答えるジュンイチだが、気になることはもうひとつ。
(それに、“いじってる”ヤツらが混じってるのも気にかかる……
 関国商絡みの開発拠点はあらかたブッつぶしたんだ。仮に今回の件の黒幕もアイツらだったとしても、開発拠点つぶしに漏れがあったとしても、大打撃を受けたことには変わりない。
 そんなことがあった昨日の今日で、また作戦行動に投入できるレベルで数をそろえることなんて物理的に無理だろ)
 ジュンイチがそこまで考えを巡らせた、その時だった。
「――――っ!?」
 気づくと同時に動く。みほを押しのけるように逃がすと同時に紅夜叉丸を振るう――が、弾かれた。
 相手の手にしたナイフによって弾かれたのだ。直後に身を沈め、足払いをかけてきたのを、自ら姿勢を崩すことで受け流す。
「にゃろうっ!」
 そのまま逆立ちの体勢に移行、その状態から両足での連続蹴り――しかし、相手もそれをひとつひとつしっかりガード、一旦距離をとって仕切り直す。
「柾木くん!」
「ごめん! しばらく自力で自衛ヨロ!」
 攻め立てられるその様子に思わず声を上げたみほに答え、ジュンイチは自分の足で立つと新たな襲撃者に向けてかまえる。
「悪いけど、ちょっとそっちに気ィ回してらんないわコレ」



「コイツ……改造人間だ」



    ◇



「…………っ」
 轟音響くヘリのコックピットの操縦席。自らの手でヘリを飛ばしながら、まほはひとり歯がみした。
 彼女の焦りの理由はもちろん学園艦での異変。報せを受け、急ぎヘリで向かっているのだが、それでもかなりの時間が経ってしまった。
 やがて学園艦が見えてきた。大きな騒ぎになっている様子もなく、みんなが防いでくれているようだと安堵する――が、
「…………っ、駄目か……っ!」
 自分が駆けつけられるかどうかについては、まだハードルが残されているようだ。ヘリポートが武装した、明らかに警備員ではない者達によって占拠されている。
 これでは降りられない。別の場所を探さなければ。
(学校の校庭は……駄目だ。
 敵が戦車を狙ってくるなら、すでにみんなと戦っている敵が集まっているはず)
 降りられる、それも敵に見つからない、そんな場所を見つけなければならない。自分が学園艦に降り立つにはまだしばらくかかりそうだ。
「鷲悟、エリカ……みんなを頼むぞ……!」



    ◇



「何ですって!?」
 報せを受け、声を上げたのはカチューシャだ――プラウダ高校の戦車道チーム隊長室には、現在カチューシャとノンナ、ライカとクラーラが顔をそろえていた。
「他の学校が襲われてるってホントなの!?」
「ウソだと思うなら、聖グロでもサンダースでもマジノでもアンツィオでも黒森峰でも大洗でも連絡取ってみなさいよ。
 どこも『それどころじゃない』って返ってくると思うわよ」
「そっ、そうね!
 それじゃあ……」
「『そのくらい自信を持って言える』という例えです。
 ホントに連絡取ろうとしないでください。先方の邪魔になります」
 ライカの言葉にデスクの電話に手を伸ばしたカチューシャがノンナに止められた。
Может, на нас тоже нападут私達も襲われるかもしれないのですか?」
「そんなことになっても大丈夫なように、ここに指揮所作って備えておこうってこと。
 だからカチューシャとノンナだけじゃなくて、留学生組のトップのアンタにも来てもらったのよ。そっちの連絡網任せたいから」
 クラーラに答えて、ライカは改めて一同を見回した。
「これだけあちこち襲われてるのよ。ウチも襲われないとも限らないでしょ。
 だから早めに守りを固めて、事が起きるのに備えないと」
「ライカ」
 告げるライカに対し、口をはさんできたのはノンナだった。
「本当に、このプラウダも襲われる可能性があると?」
「あまり高いとは思ってないけど……一応は。
 でも、可能性が万にひとつだからって備えずに、その『万が一』が起きて痛い目見たくはないでしょ?」
 言って、ライカはノンナに向けた右手で指折り数える。
「大洗に黒森峰、聖グロ、アンツィオ、サンダース……そしてマジノ。
 この六校だけが狙われる理由に、ひとつ心当たりがある。
 アンタも、察しがついてると思うけど」
「えぇ。
 全国大会……ですね」
「そ」
「え? 何?
 どういうことよ、二人とも? 全国大会がどーしたのよ?」
 そんなライカとノンナのやり取りに口をはさんできたのはカチューシャだ。
「二人だけで納得してないで、このカチューシャにも説明しなさい!」
「……ノンナ」
「カチューシャも知ってるはずなんですが……」
 ジト目でノンナに声をかけるが、「私は報告した」と言外に返された。「あぁ、また“聞いたけど忘れた”か“そもそも話を聞いてなかった”のどっちかなパターンか」と納得し、ライカは改めてカチューシャに答えた。
「あのね、カチューシャ。
 今みんなが襲われててんてこ舞いになってるように、同時多発的な襲撃っていうのは、同時だからこそ意味があるのよ。
 今の襲撃が全部囮で本命に時間差攻撃……って可能性もないワケじゃないけど、それだってあまり時間をかけると相手に守りを固める時間を与えることになる。
 ちょうど、今私達が備えようとしてるみたいにね」
「フンッ、まどろっこしいこと考えるからそーなるのよ!」
「じゃなくて。
 『ここまで初報から時間が経ってる以上、後者の囮作戦の可能性は消えた』って言ってるのよ」
 鼻を鳴らすカチューシャに、ライカはそう答えた。
「だから、敵の攻撃目標がこれで打ち止めの可能性は高い。
 そしてその場合……目標がこの六校であることに、ひとつの意味が見えてくる」
「何よ、もったいつけずに教えなさいよ!」
「だーかーらー」
 いい加減焦れてきたカチューシャに「ホント権謀術数できない子だなぁ」とため息をもらし、ライカは答えた。
「襲われてる六校の共通点なんて、ひとつしかないでしょーが。
 よーするに……」



「関国商の悪だくみをブッつぶした連中が狙われてるってことよ」



    ◇



 つかみかかってきた男の手をつかみ、投げ飛ばす――が、みほはあえてその途中で手を放した。すっぽ抜ける形で宙を舞った男はその先にいた別のひとりに激突する。
 さらに別のひとりがつかみかかってくるのをかわして、足を払って転ばせる――襲ってくる相手をあしらいつつ、みほはこの場の“主戦場”へと視線を向けた。
「こなくそっ!」
 放たれた拳をかわし、反撃に自らの拳を繰り出す――襲撃者のリーダーと思しき相手もそれをさばき、ヒザ蹴りで反撃。ガードしたジュンイチを押し返す。
 着地と同時に地を蹴り、再度突撃。敵リーダーと立て続けに拳を、蹴りを交える激しい乱打の応酬を繰り広げる。
 やがて、より強く蹴りをぶつけ合わせ、両者は距離を取って着地、場が仕切り直される。
「……ふーむ……」
 今のところは一進一退――が、抜け目のないこの男はそんな中でもしっかり情報を拾っていた。
(金属骨格じゃない……前回の機械化タイプとは違うな。バイオタイプか。
 でも“左手”のスキャンにも反応なし……バイオタイプはバイオタイプでも、遺伝子強化タイプは除外。
 となると……)
「薬物、及び移植……医療技術転用系のバイオタイプか」
「ほぅ?
 闘いながらそこまで見抜くか」
 ジュンイチのつぶやきに、敵リーダーは初めて言葉をもって返してきた。
「その歳でそこまで知っているとは大したもんだ」
「るせぇ。
 てめぇなんぞにほめられてもうれしかねぇんだよ、このフランケンシュタインの怪物もどきが」
「え……?」
 敵リーダーに答えるジュンイチの言葉に、みほが反応した。
「柾木くん、フランケンシュタインの怪物って……?」
「そのまんまの意味だよ。
 薬物と移植での強化っつったろ――身体のつぎはぎでより強い身体に“組み替えて”、それを薬で下支えする。
 まさにフランケンシュタインそのものだろうが」
 みほの問いに答え、ジュンイチは不機嫌そうにため息をつき、
「さて、そこで質問だ。
 薬はともかく移植の方……」



「移植する“パーツ”、どこから持ってきた?」



「――――っ!?
 それって……!?」
「オレが胸糞悪くなった理由、わかった?」
 みほに答えると、ジュンイチは改めて敵リーダーをにらみつけた。
「お前ひとりを“作る”のに、いったい何人犠牲にしたんだか」
「オレが知るワケないだろう。
 末端の使い捨ての実験体にそんな情報が下りてくると思うか?」
「まぁ確かに」
 あっさりと返すと、ジュンイチは敵リーダーに向けてかまえ直す。
「おしゃべりはおしまいか?」
「そっちの思惑に乗ってやる気はねぇからな」
 敵リーダーに返し、ジュンイチは己の中で“力”を高める。
(待機所のみんなも襲われてる……オレ達がみんなのところから離れた、分断状態のタイミングを狙われた。
 ならオレ達の側の目的はオレと西住さんの各個撃破だけじゃない。それが成らなかったとしてもみんなのところに向かうのを遅らせることができる……ってな感じの二段構えの可能性が高いな)
 その思惑を覆すにはどうすればいいか――答えは簡単。
「悪いが、一気に決めさせてもらうぞ」
「強引に突破して追撃される可能性を残すようなことはしない、か……
 少し堅実が過ぎる気もするが、悪くない選択だ」
 言って、敵リーダーはジュンイチに向けてかまえ、
「その判断力に敬意を表して、コードネームくらいは教えてやろう。
 コードネーム……“ジャヴァウォック”だ」
「なるほど。
 人間サマを平気で切り貼りするような悪魔の産物には似合いの名前だな」
「そういうこと――だっ!」
 互いにまったく笑っていない目で軽口を叩き合い――二人は同時に地を蹴った。



    ◇



「で、どーすんの、コイツら?
 情報吐かす?」
「んー、こんな木っ端の鉄砲玉の情報探ったところでなぁ」
 黒森峰の戦車ガレージ――縛り上げた侵入者達を前に提案するエリカだが、対する鷲悟は「それに見合うだけの成果が見込めるのか」と乗り気じゃなくて――

 ――――――

「――――っ!?
 鷲悟!」
「わかってる!
 全員散れ!」
 エリカに返し、鷲悟が叫んだ言葉に一同がその場を離れ――次の瞬間、捕獲した侵入者の傍らに何かが落下、否、“着地”した。
「なっ、何ですか!?」
「新手だよ!
 それも“いじってる”系!」
「アンタ達は下がってなさい!」
 鷲悟と共に部下に答え、エリカが土煙の中の“新手”へと突撃、拳を放ち――
「――なっ!?」
 受け止められた。思わず声を上げるエリカを“新手”は思い切り振り回し、投げ飛ばす!
「きゃあっ!」
「エリカさん!」
 そんな彼女を受け止めたのは小梅だった。投げ飛ばされ、宙を舞うエリカの身体を受け止め、勢いに負けて転倒しかけたところを他の仲間達が支えてくれる。
「小梅!?」
「エリカさん、大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……ありがと」
 思わず声を上げたところに無事を問われ、エリカが謝辞と共に小梅に答えると、
「エリカも下がっててくんない?」
 言って、鷲悟がそんな彼女達の前に出た。
「何よ、私の手には負えないっての?」
「まほさん不在で指揮執らにゃならん立場で突っ込みすぎるなっつってんだよ」
 不満げに口をとがらせるエリカに、鷲悟はかまえながらそう答える。
「新手はコイツだけじゃなさそうだ。
 しっかり指揮して、みんなに怪我させんじゃねぇぞ」
「わ、わかってるわよ!」
 エリカの答えにうなずき、鷲悟は自らの相手に向けて地を蹴り、
「副隊長!」
 上がった声と同時、ガレージの角の向こうから姿を現した敵の新手が、エリカ達に向けて銃撃を開始した。



    ◇



「――――っ!?
 アッサムさん、離れて!」
 気づくと同時、アッサムを守るようにその背後に回る――ジーナのかまえた陸天扇が、振り下ろされたナイフを受け止める。
 が――
「――そっち!?」
 相手は防がれたことを意にも介さず次の動きへ移行。素早くジーナの横へと回り込み、対応の早さに驚くジーナを蹴り飛ばす。
「ジーナさん!
 く――――っ!」
 地を転がるジーナの姿にアッサムが声を上げた。とっさに拳銃を、ジーナを蹴り飛ばした張本人へ向ける――が、
「――――っ!」
 戦車道の試合と実戦、その違いによる影響がここで出た。生身の相手をペイント弾ではなく実弾で狙う、その事実を前に一瞬のためらいを覚えてしまう。
 そして、その一瞬の迷いだけで襲撃者にとっては十分だった。素早く間合いを詰めるとナイフの一閃ででアッサムの手から拳銃を弾き飛ばす。
 そのまま、返す刀でアッサムを狙い――
「させません!」
 それをジーナが阻む。アッサムと相手の間の地面を錐状に隆起させて攻撃、相手の攻撃の出だしをつぶし、
「アッサムさん!」
「はいっ!」
 その間にアッサムが立て直した。相手の手を取り、護身術の要領で組み伏せ――ようとしたが、間一髪で脱出された。
 と――
「そこまでよ!」
 新たな声が乱入――同時、次々に姿を現した武装した男達がジーナ達ではなく敵側を包囲する形で銃を向ける。
「二人とも、よく抑えてくれたわね、お疲れ様」
 そんな男達、聖グロリアーナ女学院警備部でも選りすぐりのSPチームを率いているのはダージリンだ。オレンジペコを伴い、ジーナやアッサムに合流してくる。
「一般生徒の安全確保、完了したんですか?」
「えぇ。
 だからこっちに来たのよ」
 アッサムに答えると、ダージリンは襲撃者へと向き直り、
「形勢は明らかね。
 おとなしく投降するならよし。さもなくば……少し手荒に、おとなしくなってもらうことになるけど、どうかしら?」
 ダージリンの言葉に、襲撃者は黙して語らず――
(…………ん?)
 それに気づいたのはジーナだった。
 相手の周囲の空気が変わった――比喩ではなく本当に。急に温度が、いや湿度が上がったかのような蒸し暑さを感じ始める。
 それに何かピリピリした感じが――こちらも比喩ではない。肌を実際に刺激しているような……
(――――っ! いけない!)
「全員離れて!」
「ジーナさん!?」
 ダージリンがジーナの警告に反応して――空気が“弾けた”。
 爆発ではない。衝撃と共に襲撃者の身体から電撃が放たれ、周囲の人間に襲いかかったのだ。
 その突然の攻撃に、ダージリンの連れてきたSP達は対応できなかった。まともにくらって感電してしまう。
「何、今の!?」
「電撃です!」
「だからジーナさん、離れろって……」
 アッサムに答えるジーナの言葉に納得するダージリンだが、わからないことはまだ残っている。
「でも、どうしてわかったの?」
「直前に少し放電してたのに気づいて……あと湿気ですね」
 だから、尋ねる――そんなダージリンに、ジーナは警戒しながらそう答える。
「おそらく、湿気……つまり水分を媒介に電流を流してるんです。
 ……その“湿気”の出所については、あまり想像したくありませんけど」
「あぁ、汗……」
「言いたくないから伏せたのにわざわざ口にしないでもらえますか!?」
 ジーナがダージリンにツッコむと、バヂィッ!と再びの放電音。見れば、もう隠す意味はないと言わんばかりに襲撃者があからさまに放電を始めている。
「……どう見ます?」
「関国商の裏にいた人達の手の者……とは考えづらいですね。
 ジュンイチさんに関連施設をつぶされて日が浅いですし、何より技術系統が違いすぎます」
 声をかけてくるアッサムに、ジーナが答える。
「機械化による改造だった関国商の事件の時と違って、バイオテクノロジーによる改造……
 それに完成度も段違いです。生体電気を攻撃手段として実用レベルまで増幅するなんて……」
 言って、ジーナは陸天扇を手に敵改造人間へとかまえた。
「ダージリンさん、アッサムさん。
 今の電撃でやられた人達をお願いできますか?
 彼は私が何とかしますから」
「大丈夫なの?」
「実力さえ出し切れれば」
 聞き返すダージリンに、ジーナが答える。
「勝てない、とは言いませんけど……楽して勝てる相手じゃなさそうです。
 私が一撃派手に撃ちますから、その隙にみなさんを下がらせてください」
「わかったわ。
 気をつけてね」
「もちろんです」
 激励するダージリンにジーナがうなずき、
「――いきます!」
 叫ぶと同時にジーナが陸天扇を一閃、波打つように隆起した地面、その波が敵改造人間に襲いかかるのを尻目に、ダージリンとアッサム、オレンジペコは倒れているSP達を助けに走り出した。



    ◇



「――――っ、らぁっ!」
 咆哮と同時に全力パンチ一発――啓二の放った拳をガードしたものの、敵はそのパワーに耐えきれず、吹っ飛ばされた。自分がスモークグレネードを投げ込んだ窓から外へと叩き出される。
 ――が、
(…………?
 落ちた音がしない……?)
 それっきり、外はすぐに静けさを取り戻した。相手はどうなったんだとガレットが様子をうかがいに窓へと向かい、
「バカ! 下がれ!」
 そんな彼女に向け、啓二からの警告の叫び――



「上だ!」



「――――っ!?」
 啓二のおかげで間一髪、とっさに退いたガレットの目の前で、外に叩き出された際落下することなく壁に取りつき、窓の上に回り込んでいた襲撃者のナイフがガレットのいなくなった空間を薙いだ。
 不意打ちに失敗し、襲撃者は壁につかまっていた四肢を放した。落下しかけたところで窓の上の縁に指を引っかけ、鉄棒の動きの要領で再び室内に飛び込m
「させっかっつーの!」
 啓二がそれを阻んだ。飛び込んできた相手の足を自らの蹴りで迎撃、押し返す――壁からも離れ、襲撃者は今度こそ宙に投げ出され、外に落下した。
「お前らは今の内に守りを固めろ!
 一般生徒の安全確保も忘れんなよ!」
 そんな敵を追い、啓二はエクレール達にそう言い残すと外へと飛び出した。難なく着地し、襲撃者の姿を探すが、
(――――いない!?)
 落下したはずの襲撃者の姿がどこにもない。
(いくら黒ずくめだって言っても、影くらい見えるだろうに……
 ……それなら!)
「獣天牙」
 告げると同時、啓二の両拳を守るドライバーグローブが霧散、集束し、牙のようなクローを備えた手甲に姿を変える。
 啓二の精霊器、手甲型の“獣天牙”だ。そして――
「百獣憑依――“キャット”in“両目アイ”!」
 能力発動。猫の夜目を両目に宿し、敵の姿を探す。
 もちろん視覚だけではない。“力”の探知感覚も含めてすべての感覚器官を総動員して相手の居場所を探る。
 ――――が。
(…………いない……?)
 相手の気配が捉えられない。五感で捉える物理的気配はもちろん、“力”の気配すらも。
(不利と見て引き上げたか……?)
 そう思い、警戒を解こうとした、その時だった。
「――――っ!?」
 思考よりも直観、本能に従い身をよじる――直後、自分の背を狙って突き出されたナイフは狙いを外し、啓二のジャケットの端を斬り裂いた。
(気配も、“力”も感じなかったのに――!?)
 さらに蹴りまで。先の回避で姿勢の崩れた状態では対応できなかった。まともにくらって蹴り飛ばされる。
「青木さん!」
「かまうな!
 戦車を守れ! 奪われるんじゃねぇぞ!」
 隊長室から声をかけてくるエクレールに返すと、啓二は改めて襲撃者に向けてかまえる。
(なるほどね。
 “力”も高めずこの身体能力……改造人間か。
 でもってその能力は……)
「隠密性重視……ステルスタイプか」



    ◇



 エリカ達に雑魚を任せ、自身は敵改造人間の相手だ――突っ込んだ所に合わせてきたカウンターのナイフを冷静にさばき、至近からのヒジ打ちで吹っ飛ばす。
「そこっ!」
 さらに、吹っ飛ぶ先に向けて能力発動。超重力で地面に叩きつける。
「悪いな。
 お前にゃ特に聞きたいことがあるからな。そのまま捕まえさせてもらうぜ」
 そのまま超重力で押さえつけ、鷲悟は確保しようと近づいて――



 爆発した。



 突然、地面に押さえつけられた改造人間が爆発したのだ。
(自爆――!?
 ――いや、違う!)
 一瞬機密保持のために自爆したのかと考えるが、すぐに違うと気づく――爆炎の中から飛び出してきた敵改造人間のナイフを、それを握る腕をさばいて受け流す。
 反撃の蹴りを相手が避けて後退、仕切り直しとなる。警戒しながら先ほど押さえつけていた場所を見ると、そこには直径で50センチほどのクレーターができている。
(自爆と思わせての奇襲……
 でもどうやって? 爆発物を取り出すような動きはしてなかったのに……)
 今の奇襲の手口が読めずに眉をひそめる――が、その疑問はすぐに解けることになる。
 相手の方が答えを見せてくれたからだ。鷲悟に向けた右手が――“開いた”。
 拳を開いた、なんてありきたりな動きではない。手首からヒジまでのちょうど中間あたりから先が、四つに割れるように展開されたのだ。
 その中心、本来なら骨の断面が見えているはずの場所にあったものは――
(ゼリー……いや、生体レンズ!?
 まさか――)



生体熱線砲バイオブラスター!?」



 驚く鷲悟に向けて、真っ向から閃光が放たれた。



    ◇



「ハァッ!」
 ナイフで斬りかかってきた相手に対し、自身の得物を手放しながらその手を捕まえ、一本背負いで投げ飛ばす――が、途中で脱出された。
 勢いまでは殺せず窓ガラスを破って外へと飛んでいく侵入者の姿に、鈴香は「これ私が怒られるのかなー?」などと考えながら先ほど手放した陰天鞭を拾い、後を追って外に出た。
 一方、侵入者はそんな鈴香に対しナイフをかまえ直す――鈴香もまた陰天鞭をかまえて周囲に水を生み出し、
「――いきます!」
 陰天鞭を向けて標的を指定。水はいくつもの水竜巻となって侵入者へと襲いかかる。
 それをかわして鈴香に迫ろうとする侵入者だったが、次々に繰り出される水竜巻に阻まれてなかなか前に進めない。
 そうこうしている間に、水竜巻のひとつが手にしたナイフを巻き込み、弾き、押し流した。間髪入れず別の水竜巻が侵入者に迫り――
「――――っ!」
「えぇっ!?」
 しかし、次の瞬間、鈴香は自らの目を疑った。
 斬り裂かれ、飛び散ったのだ。鈴香の水竜巻が――
「素手で!?」
 侵入者の、手刀によって。
 そのまま襲いかかってきた侵入者の手刀をかわすが、直後足を引っかけられて転倒。追撃してきた敵の手刀を地面を転がって回避する。
 結果、手刀はそのまま校庭の地面を突き――地面が“飛び散った”。
 “砕け散った”ではない、“飛び散った”――手刀が突いた部分の地面が、まるで最初から土ではなく砂地であったかのような細かな土の粒にほぐされ、吹き飛ばされるように散ったのだ。
「あれは……!?」
 その現象、その原因に、鈴香は心当たりがあった。だがそれは――
(確かにそれなら、私の水竜巻を打ち破ったことも説明がつく。
 でも、それじゃまるで……)
“超高速振動による分子結合の破壊”……
 その手、まさか……」



「高周波ソード!?」



    ◇



「くそっ!」
 舌打ちまじりに振り下ろした影天鎌の巨大な刃を、敵改造人間はサイドステップでかわす。
 そのまま背後に回り込んでくるが、
「なんの!」
 崇徳も負けてはいない。影天鎌の石突きでの突きが相手を捉えて――



 身体を貫いたかと思うほどにめり込んだ。



「なぁっ!?」
 これには崇徳も驚いた――骨まで含めた肉体全体が、驚異的な柔らかさで崇徳の突きを受け止めてみせたのだから。
 そして――
「どわぁっ!?」
 押し返された。弾性任せに突き込んだ影天鎌を押し返され、とっさに手放すまいと強く握った崇徳はその勢いに負けてたたらを踏む。
 その隙を見逃さず、敵改造人間の反撃――腹に蹴りを受けた崇徳が宙を舞い、道路に叩きつけられる。
「橋本!」
「大丈夫!」
 思わず物陰から声を上げたアンチョビに答え、崇徳はすぐに立ち上がると改めて敵改造人間と対峙する。
「くっそー、軟体ボディで打撃無効か……
 でも、かわしてたってことは斬撃は効くんだよな……?」
 チラリ、と影天鎌の刃へと視線を向ける。
「打撃は無効で斬撃は有効……まるでどこぞのゴム人間だな」
 軽くため息をつき、影天鎌をかまえ直す。
「あんまやり合ったことないタイプだけど、やるしかないか」
 つぶやく崇徳に向けて、敵改造人間が地を蹴り、襲いかかり――



    ◇



 防御は間に合ったが、その上からおかまいなしに一撃が叩きつけられる。勢いに押され、ジュンイチが後方に弾かれるが、
「――――っ!
 やべぇ!」
 気づき、とっさに対応――浮きかけた状態からつま先で地面を叩いて無理矢理の後方宙返り、勢いを殺して着地する。
(あっぶねぇ……っ!
 いつの間に“ここ”まで押されてた……!?)
 みほやジャヴァウォック達には見えていないが、そこはジュンイチの張った認識阻害の結界の外れ。もう少しで結界の外に出てしまうところだった。
 そしてそれは同時に“自分がここまで追い込まれた”ということを意味する。手強い相手だろうと思っていたが、まさかここまでとは――
(厄介だな……
 余計な能力を付加せず、ただひたすらに身体能力の向上だけに傾倒したタイプか……)
 こちらの小細工をものともしないで力ずくで突破してくる。「柔よく剛を制す」というが、これはそれに対し「柔よく剛を制そうとした相手をさらなる剛で無理矢理叩きつぶす」タイプ。ジュンイチにとっては苦手なタイプだ。
 となると――
「……しゃーねぇ」
「ん…………?」
 つぶやいたジュンイチの言葉に、ジャヴァウォックは眉をひそめた。
「何だ?
 何か切り札を切ることにしたか?」
「別に、切り札ってほど大層なモンじゃねぇよ」
 ジャヴァウォックに答えて、ジュンイチはため息をつき、
「ただ、あきらめただけさ――」



「周りをブッ壊さずに勝つのを」



「…………何?」
 思わずジャヴァウォックが聞き返して――
「ハァッ!」
 ジュンイチはかまわず、行動をもって答えた。“力”を高め、体内に留めきれなくなった“力”が赤いオーラとなってあふれ出る。
 そして、改めてジャヴァウォックに向けてかまえ――
「――いくぜっ!」
 宣言と同時――地面が弾け飛んだ。
 ジュンイチが地を蹴った際の衝撃で砕け散ったのだ――アスファルトが飛び散る中、一足飛びにジャヴァウォックの目の前まで飛び込み、
「ずぁらぁっ!」
 ジャヴァウォックのガードもおかまいなしに、打ち下ろすような軌道で思い切りぶん殴り、地面に叩きつける。
 跳ね返り、軽く宙に浮いたその身体を蹴り飛ばす――何度もバウンドしながら、ジャヴァウォックが道沿いに吹っ飛ばされ、
「おっと!」
 その行く手にジュンイチが回り込んだ。ジャヴァウォックの身体を上空に蹴り上げ、
「危うく、結界の反対側に蹴りだしちまうところだったぜ」
 後を追って跳躍――追い抜いた。両手でのスレッジハンマーで、ジャヴァウォックを地面に向けて叩き落とす!
「す、すごい……!」
 叩き落とされたジャヴァウォックが道路上に落下、道いっぱいに広がるクレーターを作り出す――まるで漫画の中の光景のような戦いを繰り広げるジュンイチの姿にみほが圧倒されてつぶやくと、
「ったく。
 こうなるから、本気出したくなかったんだよ」
 言って、ジュンイチがみほの目の前に、彼女を守るように立ちはだかる形で着地した。
「オレが本気で立ち回ったら、周りへのとばっちりなんてものすごいことになるに決まってんだろうが。
 認識阻害で周りの人達に気づかれないっつっても、それは結界張ってる間だけだし。結界解く前に全部直さなきゃならんのはオレなんだぞ」
「あのー……」
 しかし、その説明はみほに向けられたものというより、むしろ――なので、みほはおずおずと口をはさんだ。
「柾木くん……相手の人、聞こえてないんじゃ……」
 そう、地面に叩きつけられた場所から10メートル以上もブッ飛ばされ、さらにそれを上空に蹴り上げられた挙句クレーターができるほどの勢いで地面に叩き落とされたのだ。みほが相手はもはや話を聞くどころではあるまいと考えるのも、無理はないというものだ。
 だが――
「生きてるに決まってんだろ」
 ジュンイチはあっさりと言い放った。
「さすがにそこそこダメージ受けたみたいだけど、アイツの“力”はピンシャンしてらぁ」
「私、柾木くん達みたいに“力”感じ取れないんだけど」
「それ以外にも推測材料ならあったっつーの。
 最後の一撃でつぶれたトマトになるどころか道路の方がオシャカになってる時点で、アイツの身体の頑丈さは推して知るべし、だろ」
 ジュンイチがみほに答えると、
「つぶれたトマト、か……」
 クレーターの中から声がした。
「つまり、貴様はオレを“つぶれたトマト”になっていてもおかしくない力で叩き落としてくれた、と」
「ぶん殴った時の手応えから逆算したてめぇの強度からして難しいとは思ってたけどなぁ……ま、なってもかまいやしないとも、思ってたぜ。
 ガチの本格戦闘なのに、別にてめぇの命に配慮する必要ねぇだろ」
「なるほど、その通りだ」
 ジュンイチの答えに納得し、ジャヴァウォックはクレーターの中で身を起こした。
「そういうことなら、こちらももう少し馬力を上げていこうか」
「何だ、そっちもワケありで力セーブしてたクチ?」
「そういうワケではないさ。
 単純に……何をしてくるかわからない相手に対して、安易に手の内をさらすのは危険と判断したまでだ」
「あー」
「納得すんなそこ」
 思わず声を上げたみほがジュンイチにツッコまれた。
「だが、そちらが殺す気でかかってくるというのなら、こちらも手加減している余裕もあるまい。
 自分が実験体にすぎないと割り切ってはいるが、殺されてはかなわんからな――こちらも本気でいかせてもらう」
「上等」
 ジャヴァウォックにジュンイチが答え、両者の間の空気が張り詰めていく――
「…………ん?」
 と、そこでジャヴァウォックが何かに反応した。右耳に手をあて、そちらに意識を向けている。
「あれは……?」
「インカムだろ。
 何か作戦指示があった――それも、無視してオレとの戦闘を継続する、とかしないところを見るとこっちとの戦闘を中断する系の」
「その通りだ」
 みほに返すジュンイチに答えると、ジャヴァウォックはかまえを解いた。
「撤退命令だ。
 悪いが、これで帰らせてもらうぞ」
「帰すと思ってる?」
「思っているさ。
 先ほどの言動から、お前がこの騒ぎを表沙汰にしたくないと考えているのは明らかだ――オレ達を逃がして情報を得られないことよりも、ここで欲を出して隠蔽が破れるリスクの方をお前なら恐れると踏んだが?」
「……正解」
 ジャヴァウォックに答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせた。
「てめぇらのことなら、こっちで勝手に調べるさ。
 見逃してやるからさっさと帰れ」
「まったく、柾木くんってばそればっかり……」
「西住さんは逃がすの反対?
 周りのパンピーさん巻き込んででもコイツらとっ捕まえて情報吐かせた方がよかった?」
「その聞き方はずるいよ」
 などとみほと話すジュンイチだが、もちろん警戒は怠っていない。帰るフリしていきなり襲いかかってくる、なんてことも想定し、ジャヴァウォックの一挙手一投足のすべてを警戒する。
 が、結局ジャヴァウォックが再度仕掛けてくることはなかった。本当に負傷者を部下だか仲間だかに預けて引き上げていった――気配が、物理的に再襲撃は現実的ではない、というところまで去ったところで、ジュンイチはようやく安堵の息をついた。
「……さっきの話だけど」
 と、そんな彼にみほが声をかけてきた。
「柾木くんの方こそ、帰すしかなかったことが悔しくてしょうがないみたいだけど」
「そりゃ悔しいさ――オレはいつだって、勝つつもりで戦ってるんだから。
 でも、ジャヴァウォックの言ってた通りだ。欲張って騒ぎが露見した場合にオレ達が受けるデメリットを考えると、鉄砲玉捕まえて得られる情報程度じゃ割にあわねぇよ」
 応えて、ジュンイチは改めてため息をついた。
「今のオレ達は、廃校が決定して受け入れ先の振り分け待ちの状態だ。
 そんな状況で、乱闘なんてレベルじゃない“戦闘”事案が明るみに出てみろ。杏姉の動いてくれてる廃校撤回交渉なんて簡単に吹っ飛ぶぞ。
 今のオレ達の立場は、みんなが思ってる以上に危うい状態にあるんだよ」
「あ、そっか……」
「だから“オレ達は”深追いできねぇ。
 ここは他の学校の、そーゆー心配のない連中が、向こうを襲ったヤツらを確保してくれてることを祈ろう」
 納得するみほにジュンイチが答えて――突然、みほの携帯電話が鳴った。
 発信者を確認すると――
「ケイさん……?」
「向こうも襲われてたっぽいし、その問い合わせかな?」
 つぶやきを聞きつけたジュンイチが予想する中、みほはすぐに応答する。
「もしもし?」
〈あ、ミホ!?〉
「え…………?」
 しかし、ケイの様子が尋常ではない――彼女らしからぬあわてように、みほの胸中をイヤな予感がよぎった。
「何かあったんですか?
 そっちも襲われたみたいですけど……まさか、そこで何か?」
〈あ、う、うん……
 Enemyはなんとか撃退したんだけど……〉



〈ファイが……!〉


次回、ガールズ+ブレイカー&パンツァー

第60話「僕らはまた花を植えるよ」


 

(初版:2020/12/21)