「このぉっ!」
 吠えると同時、自身に迫る閃光に対し漆黒のエネルギー流をぶちまける――鷲悟の重力波によって、敵改造人間の放った熱線は上空へと軌道を曲げられ、 虚空へと飛び去っていく。
 一方、重力波の方はそのまま直進。敵改造人間を捉え――ることなく、その先の地面を爆砕する。
 狙いを外した、とか、かわされた、とかではない。これは――
「ちょっと!
 相手よりもむしろアンタの攻撃の方が周りを壊してんだけど!?
 迎撃以外に防御手段ないワケ!?」
「ないんだよ!」
 最初から、狙いは敵本人ではなく敵の放った熱線そのものだったから――他の面々を指揮しながら抗議の声を上げるエリカに、鷲悟が言い返すように答える。
「こちとら、防御も捨てて攻撃に全振りした能力特性してるもんで……ねっ!」
 告げると同時、今度こそ敵改造人間に向けて攻撃。放たれた重力波の渦に対し、相手も生体熱線砲バイオ・ブラスターで反撃――が、相手の熱線はあさり軌道を逸らされ、迫る重力波の軌道からあわてて離脱する。
「残念だったな。相性、オレの方がダンゼン有利みたいだわ。
 そんでもって、悪いニュースをもうひとつ――悪いがテメェは逃がさねぇ。
 他の雑兵どもはともかく、てめぇの生体熱線砲バイオ・ブラスターを見ちまった以上はなぁ。
 その技術の出所と今現在持ってるヤツらについて、洗いざらい吐いてもらうぞ」
 敵改造人間に対し鷲悟が宣告し――と、そんな彼の耳に、ヘリのローター音が聞こえてきた。
「あれは……」
「隊長のヘリよ!?」
 鷲悟だけでなくエリカも気づいて声を上げ――エリカの気づいた通り、まほの乗るヘリが上空に飛来した。
「まほさん!?
 どうしてここに!?」
〈鷲悟か〉
 ブレイカーブレスで無線に介入、呼びかける――そうしたことができるとあらかじめ知っていたまほも驚くことなく返してくる。
〈状況を知って飛んできたんだが、ヘリポートを押さえられていてな。
 こちらにも敵がいる可能性は考えたが、お前らがいるなら何とかなると思ったんだ〉
「そうでしたか。
 では私達で安全な着陸地点を確保します」
 まほの説明に返し、エリカが指示を出そうと振り向いて――



「ダメだ!」



 それを止めたのは鷲悟だった。
「まほさん逃げて!」
〈鷲悟!?〉
「ヘリポート制圧されてたんですよね!?」
「それがどうかしたの?」
「何でまほさんがそれに気づけたと思ってんだよ!?」
 尋ねるエリカに鷲悟が答え――敵改造人間が距離を詰めてきた。蹴りをかわしたところを生体熱線砲バイオ・ブラスターで狙われるが、遠ざける方向に重力を発生させて吹っ飛ばす。
 狙いを外した熱線も重力波で明後日の方向に逸らしながら、続ける。
「ヘリから見下ろしたってことは、そいつらヘリポートに出てきてたってことだろうが!」
「だから、それがどうしt……あぁっ!」
 聞き返しかけて――エリカも気づいた。
 そう――ヘリポートを占拠したヤツらは、まほからも見えるヘリポートの上に姿を見せていた。
 だが彼らはなぜまほの眼下に姿を現したのか。そもそもなぜヘリポートを占拠したのか。
 ヘリポートの占拠が外部からの救援を阻むためなら、わざわざヘリポートの上に出て姿を晒す意味はない。それよりも隠れて待ち伏せ、降り立った救援を捕らえた方がよほど安全確実だ。
 だが、もし“ヘリポートの占拠に別の理由があったら”――
「アイツら……たぶん“出迎える”ために出てきたんだ!」



「自分達のヘリを!」



 鷲悟の言葉と同時、まほのヘリを銃弾が襲う――鷲悟の考えた通り、敵はヘリまで持ち出してきていた。そのヘリに備えられた機関砲がまほのヘリを狙ってきたのだ。
 幸い直撃はなかった。とっさに機体を旋回させて離脱を図るが、戦車ならともかくヘリでの戦闘機動の経験のないまほでは逃げ切れるものではない。みるみる内に追い詰められていく。
 そしてついに後ろに食いつかれた。機銃がまほのヘリに狙いをつけ――



「まほさん!」



 そこに割って入った者がいた。
「鷲悟!?」
 そう、鷲悟だ――反重力で一気に上昇してきた鷲悟が、その身を盾にして機銃からまほのヘリをかばったのだ。
 思わずまほが声を上げる中、銃弾を受けた鷲悟が落下し――
「――……っ、大っ、丈夫!」
 ――かけたところで持ち直し、空中に留まった。
〔大丈夫ですか、まほさん!?〕
「いや待て! それは私のセリフだ!
 大丈夫なのか、お前は!?」
〔直撃一発だけ! それも骨で止めたんで!〕
 さすがにいつものポーカーフェイスも崩れ、心配の感情をあらわに尋ねるまほに、鷲悟が思念通話で答える。
 見れば、鷲悟の左腕に出血――その傷に右手で何かしていたと思ったら、取り出してみせたのは先のつぶれた機銃の銃弾だ。
〈何でできてるのよ、アンタの骨は……〉
「特殊な生体合金製ですが何か?」
 地上から通信でツッコんでくるエリカに答えると、鷲悟は自分や滞空するまほのヘリの周りを飛び回り、いつでも撃てるんだぞとばかりに牽制してくる敵側のヘリへと視線を向ける。もちろん、地上の敵改造人間の動きに警戒するのも忘れない。
「さて、どーしたもんか……
 撃墜するのは簡単だけど、下、住宅街だしなぁ」
「簡単なのか」
「簡単ですよ」
 なので、不意打ちされても問題はない――ツッコんでくるまほに答えながら下方に重力波を放ち、眼下から放たれた敵改造人間の熱線を逸らす。
 と――敵のヘリの方に動きが。側面のドアが開き、持ち出してきたのはロケットランチャーだ。
「今さらそんなもんで!」
「いや、待て!」
 告げながら迎撃態勢に入る鷲悟をまほが止め――ロケットランチャーが放たれた。



 眼下のエリカ達に向けて。



「な――っ!?」
 てっきりこちらを撃ってくると思っていた――裏をかかれて一瞬対応が遅れるが、すぐにどうするべきか考える。
(反重力でブレーキ……ダメだ。ロケット推進+落下の加速、止めるには間に合わない。
 逸らすので精一杯だけど、ロケット弾じゃどこに落としても被害が出る。
 かと言ってオレが撃ち落としてもそのためにぶっ放した攻撃がそのまま地面に着弾するだけだし……)
「――なら!」
 決断と同時、超重力を発動させ――“自分自身を”叩き落とす。
 何倍――否、何十倍にも強めた重力による加速度で一気に加速、あっさりロケット弾を追い越すが、
「鷲悟!?」
 “この先どうなるか”を察したエリカが声を上げるが、どうすることもできず、減速どころではない鷲悟はそのまま地面に墜落――否、“激突”した。
 衝撃で舞い上がる土煙で鷲悟の姿が隠れ――直後、その土煙を吹き飛ばして放たれた重力波が、降ってくるロケット弾に命中、爆砕する。
「っ、ぶねぇ……!」
 そして、土煙の中から鷲悟が姿を現して――
「って、鷲悟!?
 頭バックリ割れてんだけど!?」
「表の肉だけ! 骨より内側はだいじょーぶ!」
「いやそれでもぜんぜん楽観できない重傷でしょ!」
 鷲悟は頭からドクドクと流血していた。驚きの声に返す彼の言葉にエリカが改めてツッコミを入れる。
「っつっても、手当てなんかしてる余裕ねぇだろ。
 敵はまだまだやる気なんだ――しっ!」
 言いながら、振り向きざまに右手から重力波を放つ――敵改造人間もそれをかわしながら熱線を撃ち返してくるが、そちらはあらかじめ左手にチャージしていた次弾で逸らす。
 そして、相手が次弾をチャージしている間に距離を詰め、蹴り飛ばす。
 と――
〈鷲悟! 上だ!〉
「りょーかい!」
 まほからの警告に即座に対応。上空の敵ヘリから再度放たれたロケット弾を抜き打ちの重力波で撃墜して――
「――――っ!?」
 気づき、目を見張る――ロケット弾の爆煙の中から多数降ってくるのは――
(手榴弾!?)
「全員散れ!」
 重力波はこれまでの連射で打ち止め。異能での対応は不可能――仲間達に警告の声を上げた鷲悟の頭上に手榴弾が降ってきて、



 黒煙をまき散らした。



「煙幕!?」
「今さら視界奪ったって!」
 エリカが驚く一方、鷲悟はすぐに気配を探って――
「――しまった!」
 相手の行動、その意図に気づいた。
「逃げる気だ!」
「何ですって!?」
「気配が離れていってる!」
 エリカに答えると、鷲悟は上空に跳び上がって周囲を探るが、
「……くそっ、息ひそめやがった……っ!」
 敵は息をひそめ、気配を隠しにかかったようだ。こうなると身体の代謝も収まるため“力”の気配も小さくなってしまう。“力”の出力の小さい非異能者にこれをやられると“力”で探ることも難しい。
 見れば、敵のヘリも旋回して去っていく――あれにちょっかいを出したら眼下の艦上学園都市にまで被害が及びかねない。あれはさすがに見逃すしかあるまい。
「どうだ、鷲悟?」
「アカン。
 こりゃ追えないわ。追跡不能」
「そうか」
 肩をすくめる鷲悟の答えに、まほは軽くため息をついてうなずいた。
「仕方ない。
 今回は皆が無事で終われただけでも良しとしておくしかないだろう」
「そうっスね。
 降ります? 誘導しますよ」
「そうだな。頼む」
 提案に乗ったまほにうなずき、先に立って降下しながら鷲悟は今回の襲撃に思いを馳せる。
(まさか生体熱線砲バイオ・ブラスター持ちがいたなんてな……)
 アレが、この世界の独自技術によって作られたものであれば……それでも良いとは言えないが、まだマシな部類であったろう。
 だが、アレは自分達の知る生体熱線砲バイオ・ブラスターに酷似していた。偶然で済ませるにはあまりにも不安が過ぎるほどに。
 その辺りを確かめるためにも、あの改造人間は何としても確保したかったのだが――
(……逃がしたと知られたら、ジュンイチから何言われるかわかったもんじゃないな……)
 ジュンイチのことだから怒りはしないだろうが、後々までネタにされてしつこくいぢられるであろうことは想像に難くない。
 それに何より――
砲撃型バスターのオレが砲撃勝負で勝ち切れなかったのがなぁ……そこで一番いぢられそう)
 自分の得意分野で後れを取ったことの方が問題であった。
「自信なくすなぁ……」
 だがそれはジュンイチにツッコまれるまでもない、自身にとっても重大問題だ。ため息と共に肩を落とし――
「気にすることはない」
 そんな鷲悟に声をかけたのはまほだ。
「確かに、後の憂いを考えるならここでしっかり決着をつけておくべきだったかもしれない。
 だが……仲間を、誰ひとり欠けさせることなく守り切ってくれた」
「オレひとりでやったことじゃないですよ。
 他の子達を指揮してくれたのはエリカですし」
「だが、それもお前が敵の改造人間を抑えてくれたおかげだ」
 謙遜する鷲悟だが、まほはそんな彼の“功績”を的確に指摘する。
「エリカ達が安心して戦えたのはお前のおかげだ。
 だから……自信を持て。お前はみんなをしっかり支えてくれた。
 ありがとう、鷲悟」
(…………っ)
 ストレートに感謝の言葉をぶつけられ、鷲悟の頬に朱が散った。
「っと、そろそろ着陸準備を。
 先降りて誘導しますんで」
「あぁ、頼む」
 なので、適度に高度が下がってきたのをいいことに着陸支援に逃げた――先行して降下しつつ、鷲悟は降りてきたまほと対面、または駆けつけてくるだろうエリカ達に見られる、その前にこの頬の火照りを何とかしなければ、と必死に思考を着陸の誘導の件に振り向けるのだった。

 

 


 

第60話
「僕らはまた花を植えるよ」

 


 

 

「はぁっ!」
 気合と共に“力”を発動、巻き起こった水竜巻が次々に敵改造人間へと襲いかかるが、
「――――っ」
 敵もさるもの、無言で振るった手刀――超高速振動によって像がぶれて見えるそれで水竜巻をことごとく叩き斬ってしまう。
(なるほど……
 原理は高周波ソードと同じですけど、武器としての在り方は別物ですね)
 だが、鈴香としては今のが迎撃されるのは想定済み。代わりに今の迎撃でそれなりに情報を得ていた。
(骨を変形させた刃を振動させる生体高周波ソードと違って、彼のものは腕全体を振動させている。
 当然刃のように物理的な鋭さはない。斬ると言うよりは、削る……高速振動と、その振動に耐え得る強度を持つ皮膚の合わせ技によって、“削り斬る”。
 在り方としてはむしろチェーンソーに近い……高周波チェーンソーといったところですか)
 技術屋として、そして自分達の世界で様々な超常やオーパーツ、オーバーテクノロジーに触れてきた身としての経験、知識が、あっさりと敵の手刀が具体的にどういうものなのかを解き明かす。
 解き明かすが――
(……うん、防げませんね)
 それは同時に、“自分にはあの攻撃を防ぐ手段がない”という危機的事実まで、一緒に解き明かしてしまっていた。
 水を使った防壁はおそらく水竜巻の二の舞であろうし、自身の力場そのものによる防壁は水の防壁よりも強度で劣る。あっけなく破られてしまうであろうことは明白だ。
(防げないのなら……そもそも防がなきゃならない状況を作らない!
 そのためには攻めさせないこと――攻勢を許さず、一気に攻め落とす!)
「――いきます!」
 方針が決まれば行動あるのみ。陰天鞭を振るい、操った水竜巻が次々に敵改造人間に向かっていく。
 もちろんすべて高周波手刀によって打ち砕かれるが、かまわない。次々に後続を生み出し、攻撃を続ける。
「なっ、何だ……?
 水隠のヤツ、いきなりがむしゃらに攻め始めたぞ……?」
 その光景は、廃校舎内で一般生徒を守る戦車道チームの面々も見守っていた。鈴香の攻めの変化に、桃が眉をひそめる。
「打つ手がなくなって、ひたすら攻めて圧倒する作戦に切り替えたのか?」
「さっきまで、攻撃全部防がれていたからな……」
 カエサルの仮説に左衛門佐が納得するが、
「…………あ」
 そんな中、明はある可能性に気づいた。
「ひょっとして、鈴香さんの狙いって……」
 そんなことをしている間にも、鈴香の攻撃は続く。ひたすらに生み出し、繰り出す水竜巻は、敵改造人間によりひたすら打ち砕かれていく。
 どのくらいそれを続けていただろうか。
「……こんなものですか」
 不意に、鈴香が攻撃をやめた。突然水竜巻を放つのをやめた彼女の意図が読めず、敵改造人間は訝り、警戒するように鈴香の動きをうかがうが、
「いいんですか? そんなにのんびりしていて。
 あなた、今――」



“私の”地雷原の真っ只中にいるんですけど」



「――――っ!?」
 その鈴香の指摘に、やっと気づく。
 鈴香の水竜巻をことごとく迎撃した結果、周囲が残骸の水で一面水浸しになっていることに。
 あわててその場から逃げ出そうとするが、
「手遅れですよ!」
 鈴香の方が早かった。宣告と同時に陰天鞭を振るい――周りのすべての水が敵改造人間の身体にまとわりつき、巨大な水の塊となって敵改造人間を呑み込んでしまった。
「水使いを甘く見ましたね。
 水はこの世界の中で最もありふれた物質。世界中のどこにでもあるもの。
 しかしそれは同時に、『世界中で最も排除することが難しい物質でもある』ということ――灼熱の砂漠ですら、その空気中の水分を完全に0にすることはできない。そのくらい、存在しない場所を作り出すのが難しい物質なんです。
 そんな水を、私は自在に操れる――自分が打ち砕いて足元にぶちまけた水竜巻の名残の水を警戒しなかったのが、あなたの敗因ですよ」
 告げる鈴香だが、敵改造人間からの返事がない――と、そこで鈴香はやっと気づいた。
「あぁ、すみません。
 そのままじゃ聞こえないししゃべれないし……何よりおぼれちゃいますよね」
 そう。敵改造人間は鈴香の“水”に全身呑み込まれたままだ。相手に聞こえていないのにひとりでしゃべっていたのかと自嘲の笑みを浮かべながら、鈴香は水流を操作して頭だけが外に出るように相手の身体を持ち上げた。
「さて、それじゃあ他の人達も拘束しておきましょうか。
 私、ジュンイチさんほどごうm……尋問は上手じゃないですから、情報を聞き出すのはジュンイチさんにお願いしないと……」
 気を取り直し、ジュンイチのトラップにかかって壊滅した他の襲撃者達のもとに向かおうとした、その時――
「――――っ!」
 気づき、自分を、そして校舎を守るようにそれぞれに防壁を展開――直後、それらの防壁に銃弾が雨アラレと叩きつけられた。
「新手――!?
 それも、正面から……!?」
 予備戦力の存在は把握していたが、まさか校門から堂々と乗り込んでくるとは――相手の予想外の行動に思わず眉をひそめるが、
「まだ来る!?」
 想定外はさらにもうひとつ――部隊の規模が、ジュンイチのトラップで壊滅させられた第一陣よりも明らかに大きい。
「――けど、この規模なら!」
 しかし、大きいといってもまだ何とかなりそうだ。油断せず確実に皆を守るべく、防壁を強化して相手の出方をうかがう。
 一方、新手の部隊はこちらに向けてマシンガンを乱射しながら、少しずつ距離を詰めてきている。鈴香の防壁にも動じていないところを見ると、異能とまでは見抜けずとも、こちらが何らかの、自分達の知らない力を持っているということは襲撃者全体に周知されているようだ。
 と、そうこうしている間に、正門から校庭に入ってきたそれを見て、鈴香は気づいた。
(カーゴ……!?
 ――いけない! アレは回収班!)
 やられた仲間を確実に回収し、撤収するための布陣だ――正門から攻め込んできたのも、あの輸送トラックを乗り入れる経路を確保するためだったのだろう。
 現に、彼らはこちらに向けて距離を詰めながら、ジュンイチのトラップにやられた者達や鈴香の捕らえた敵改造人間のもとへと向かうように部隊を展開させてきている。
 このままではせっかく確保した捕虜を奪還されてしまう。何の情報も得られないままに――
(させない!)
 とっさに水を操って妨害しようとするが、その瞬間防壁が揺らいだのに気づいてあわてて中止する。
(ダメだ……
 さっき防壁を強化したのが裏目に出た……私の力じゃ、これ以上は……っ!)
 自分と校舎を守りつつ、敵改造人間も拘束――少し余力を残していたさっきとは違う。防壁の強化にその余力を割いてしまった今、鈴香の“力”の制御能力ではここまでが限界だ。
 それでも何とか阻止しようと懸命に水竜巻を作り出すが、やはり厳しい。ヨレヨレに不安定な一本を作り出すので精一杯だ。
 この一本で敵を妨害するのなら――狙いをつけたのは、敵改造人間の救出に向かっている敵グループ。
 そのまま水竜巻を放――とうとした、その時、
「――――!?」
 気づいた――カーゴから新たに降りてきた敵のひとりがこちらに向けたのは――
(RPG!)
 だが、鈴香にそれ以上の対応などもう不可能であった。敵の放ったロケット弾は何の妨害もなく鈴香に、彼女を守る防壁に命中。爆発自体は防げたものの衝撃に対して踏ん張りきれず、吹っ飛ばされてしまう。
「きゃあっ!」
 悲鳴と共に鈴香が地面を転がる――校舎の防壁は何とか維持したが、今の拍子に自身の防壁と、敵改造人間を捕らえていた水球が解除されてしまった。
 あわてて身を起こすが時すでに遅し。ジュンイチのトラップの被害者達を回収すると、襲撃者一行はそそくさとカーゴに乗り込み、引き上げていく。
 もちろん、逃がすまいとする鈴香への対策もした上で、だ。水竜巻でカーゴを吹き飛ばそうとする彼女に向けて放るのは多数の手榴弾。
 とっさに再展開した力場で防御。今度はしっかりふんばって衝撃にも耐える――が、その間にカーゴは正門から飛び出し、夜の街へと消えていってしまった。
「……やられましたね」
 最後の最後でひっくり返された――終わってみれば、襲撃者の捕獲にも失敗。皆を守り切れただけでも上出来かと自らを納得させながら、鈴香は軽くため息をついた。
「それにしても……」
 もっとも――まったく収穫なしというワケでもなかった。それなりにわかったこともある。
 だが――
(高周波ソード……それも生体兵器としての、ですか……
 あまり考えたくはありませんけど……)
「最悪の可能性も、想定しておかなければいけないかもしれませんね……」
 それは、あまりいい情報ではなかった。



    ◇



 闘いによる街への被害の修復はジュンイチに任せ、みほは彼の転送術で一足先にサンダースの学園艦に――転送先で待っていてくれたナオミの案内で艦上学園都市の病院に急行した。
「あ、ミホ」
「ケイさん。
 ファイちゃんは?」
「今眠ったところよ」
 病室に入ってすぐに目に入ったのはケイの後ろ姿だった。尋ねるみほに答えると、ケイは彼女にベッドサイドを譲った。
 ベッドには、手足をギプスで固め、頭に包帯を巻かれたファイが意識なく横たわっていた。入院着の首元からも包帯がのぞいていて、身体にも怪我をしていることが察せられた。
「何があったんですか?」
「ミホ達のところにも出たんでしょう?」
 ケイが何のことを言っているのはすぐに察しがついた。
「改造人間……ですね」
「こっちにも出たのよ。普通の、どこかの兵隊と一緒にね。
 で、そいつと戦ってくれたんだけど……」
 ケイがみほに説明していると、
「私達のせいなんです……」
 そんな声が横から――サンダースの女生徒だ。
 足に包帯を巻いて、他の子に支えられている。つい先ほどまで泣いていたのか、その顔は涙でグシャグシャだ。
「私達が被弾して、動けなくなったところをかばって……
 それまでは相手をスピードで翻弄して、有利に立ち回れていたのに、私達をかばったせいで動きが鈍って……」
 周りの生徒達もその時一緒だったのか、一様に元気なくうつむいている。再び泣き崩れてしまった彼女達を前に、みほは何も言えなくて――
「なるほどね」
 新たな声が聞こえた。振り向くと、ジュンイチが病室の入り口によりかかっている。
 その顔色は明らかに悪くて――その理由を察したみほが声をかける。
「転送酔い? 大丈夫?」
「いや、ぜんぜん大丈夫じゃねぇけど、ここは明らかに踏ん張ってなきゃ駄目なところでしょ。ブッ倒れる前に聞けるだけ話聞いとかんと」
 みほに答えると、ジュンイチはファイに守られたという女生徒達のもとへと向かう。
「え、えっと……」
 (今にも倒れそうな酔いに必死に抗っているせいで)いつになく据わった鋭い目つきで見つめられて、すっかり委縮してしまっている女生徒の前へと歩み出る。転送酔いのことを知らない女生徒からすれば、ファイのことで怒られるのではと戦々恐々だ。
 そんな彼女に対し、(なんとか吐き気を耐えきった)ジュンイチは深々と息をつき――



「全員無事なんだな?」



「…………え?」
 問われた言葉が予想外すぎて、女生徒は目を丸くした。
「その足の怪我以外……もっと言うと、ファイがカバーに入って以降、お前らはやられてないんだな?」
「は、はい……」
「ならよし」
 あっさりとジュンイチはうなずいた。ベッドで眠るファイへと視線を向けて、
「こんな怪我してまで身体張ったんだ。そこまでしたのにお前ら守り切れなかったんじゃ、それこそコイツの頑張りが無駄になってたところだ」
「……怒って、ないんですか?」
「お前らに怒ってどーなんのさ?
 悪いのは襲ってきたどっかの誰かさんであって、お前らじゃないだろ」
 他の女生徒からの問いにもあっさり答えるジュンイチだが――みほは、そしてケイも、彼の手が鬱血するほどに強く握られていることに気づいていた。
 確実にジュンイチは怒っている。それも「激怒してる」と断言しても差し支えないレベルで――それを表に出さないのは、彼自身の言う通りその怒りを向けるべき矛先を正しく理解しているからだろう。
「それで、敵さんは?」
「引き上げたわ。
 ファイを痛めつけてる途中で、撤退命令が出たみたい」
「その前にファイがK.O.してた連中も、新手の回収部隊に奪い返されちゃったわ」
「こっちもか……」
「『こっちも』?」
 改めて事の経緯を尋ねるジュンイチに答えたのはアリサとケイだ。それを受けてのつぶやきに反応したみほに、ジュンイチはうなずいてみせる。
「街を直してる間に他の連中とも情報交換しといたんだけどさ、他もだいたいそんな感じだったみたい。
 それも、明らかに実働部隊以上の規模の回収部隊を送り込んできたって……おかげで、オレのトラップで全滅した、オレ達の待機所の方の襲撃チームも奪回されちまったって鈴香さん愚痴ってた」
「私達のところと同じね……
 しかも、他のところもって、それ……」
「撃退されることは前提として、人員を確実に回収するために襲撃部隊以上の回収部隊を用意していた……
 連中にとって、作戦の本番は私達への襲撃よりもむしろ撤収時の方だった、ってことだね」
 ジュンイチの話を聞き、察したアリサやナオミが納得するが、
「それに……」
「『それに』?」
「あぁ、いや、こっちの話」
 ジュンイチが気になることは他にも――だが、みほが追求しようとすると軽く流されてしまった。
「でも……なんでそこまでしてやられた人達を回収する必要があったの?
 私達に情報を渡したくないって言うなら……あまり考えたくないけど、“口封じ”すればよかったんじゃない?」
「それじゃ不十分だと思ったんでしょうね……柾木のせいで」
 それに、他にも疑問は残っている――その疑問を指摘したケイにアリサが答え、その最後の一言をきっかけに全員の視線がジュンイチへと向けられた。
「あー、そだなー」
 対し、ジュンイチも思い当たるフシがあったようだ。頭をかきながらうなずいた。
「関国商の騒動の時、相手の擬装を根こそぎ見抜いて黒幕を突き止めた上、連中の息のかかった施設から本丸に至るまで“端末”を送り込んで壊滅させてるからなー。
 口を封じたところで死体から装備から足がつく。オレを相手にする上では、死体を残すことも許されない――そう判断された可能性は高いな」
 言って、ジュンイチは軽く肩をすくめて――
「……でも、おかげで逆に見えてきたこともある」
「仮に“敵”が関国商の時の黒幕じゃなかったとしても、あの時のことをかなり詳細に知ることができる立ち位置にいる相手……ってことね」
「そゆこと」
 言い当てるアリサにあっさりうなずき、続ける。
「と、ゆーワケで……」



「さっそく“調査”に動かせてもらってるよ」



    ◇



「お、お前は!?」
 某半島某国の某首都某官邸――目の前に現れた“それ”に、大統領は戦慄した。
 目の前には、まるでフードを頭までかぶった幽霊のような“ナニカ”の姿――忘れもしない。関国商の一件の際、自分の前に現れたヤツだ。
「何の用だ!?
 私は……我々は今回の件とは関係ないぞ!?」
「ヘェ……『今回ノ件』ネェ?
 ツマリ、今日本デ何ガ起キテルカ把握シテルンダァ?」

 “ナニカ”に指摘され、思わず上げた弁明の声が何を意味するかを悟った大統領の顔から血の気が引いた。
「相変ワラズ、追イ詰メラレタ時ノめんたる弱イネェ」
 さっそく言質が取れたと笑うように小刻みに揺らめくと、“ナニカ”は大統領へと顔を寄せ、
「安心シナヨォ、今回オタクラガ潔白ナノハチャントワカッテルカラサ。
 デモ、今白状シタミタイニ、何ガ起キテルカ情報ガ入ッテクル立場ニハイルンダヨネ。
 今回ハソノ立場ニアヤカリタクテ、コウシテオ邪魔サセテイタダイタノサ」

 言って――“ナニカ”から伸びた左手が大統領の顔面をつかんだ。
「アァ、別ニ答エナクテモイイヨォ。
 黙ロウトシテモ、質問サレタガ最後、連想シチャウコトマデハ止メラレナイ――頭ノ中ニ浮カンダ情報ヲコッチデ勝手ニ見セテモラウカラサァ」

 言って――“ナニカ”は問いかけた。
「オタクラ、コナイダノ事件ノ時……ドコノ誰トツルンデヤガッタ?」
「何…………?」
「アノ事件ノ中デノ、アンタ達ノ動キノ中、ソレモ特定ノたいみんぐデシカ流出機会ノナカッタモノガ流出シテルノサ。
 アンタ達ガ手ニ入レタ形跡ガナイ以上、ソノ場ニアンタ達以外ノ何者カガイテ、ソイツラガ手ニ入レタト考エルノガ妥当ダロウ?」

 聞き返す大統領に対し、“ナニカ”は平然とそう返した。
「モットはっきり言ッテヤロウカ?
 西住サント諸葛サン、えりかヲ拉致シタ時……」




「阻止しようとして負けたオレから、血液サンプルを手に入れたヤツがいるってことさ」



    ◇



「……これからどうするの?」
「当面は“調査”の結果か杏姉の動き、どっちかの成果待ちだよ」
 ファイの見舞いを終えたところで、元々転送酔いでヤバかったジュンイチがとうとう限界を迎えた。空き病室のベッドを借りて休んだ状態のまま、みほの問いに答えた。
 と、
「ミホ」
 病室をのぞき込んできたのはケイだった。
「電話。
 アンジーから」
「会長から?」
 ケイに言われて、みほはどうしたんだろうと首をかしげながら立ち上がった。
「ナースセンター、わかる?」
「あ、はい。大丈夫です」
 ケイに答えて、みほが病室を出ていく。足音が次第に遠ざかっていって――
「……Sorry,マッキー」
 ケイが、ジュンイチに向けて頭を下げた。
「私がついていながら、ファイが……」
「ま、確かに立場の上ではケイさんが責任負うところにいるから、そう思うのも無理ないけどさ」
 ため息まじりにケイに返し、ジュンイチは続けた。
「でも、今のサンダースの生身最強はファイだ。
 そのファイがボコボコにされるような状況で、ケイさん達に何ができたってのさ? ケイさん達が責任感じる必要ないよ」
「許してもらえて安心すればいいのか、力不足を断言されたのを悔しがればいいのか……」
「そこはケイさん自身が好きなように受け取ればいいよ」
 苦笑するケイにジュンイチが答えると、
「……で、マッキーは今回の件どう思ってる?」
「敵さんの盛大な一人相撲」
 迷わずジュンイチは断言した。
「まず、ケイさんはどう思ってるワケ?」
「今回襲われたのは、あの関国商の事件の時に大洗に協力した学校だけ。
 そこだけを見れば、関国商の裏にいた連中があの事件の報復に動いた、と見るべきなんだろうけど……でも、それならマッキーが気づくわよね?」
「そだね。
 改造人間どもだけならまだわからないでもなかったけど、雑魚どももあれだけ動かしたなら、どんな形であれ痕跡は残る。
 けど、関国商のバック周りにそんな動きは見られなかった――そこから考えられる仮説は……偽装」
「つまり……改造人間を持ち出してきたことや標的の共通項は、今回のことが関国商の事件の時の報復だと思わせるためのミスリード要素ってこと?」
「改造人間に関してはオレ達にぶつけることでテストも兼ねさせた感じだけどな。
 あと……大洗の廃校が蒸し返された件も、その“ミスリード要素”のひとつだった、もしくはそういう意図で利用された可能性は高いな。
 何しろ、大洗が消えることで(下衆な意味で)一番喜びそうなのはあの事件の黒幕さん達なワケだし、連中の関与を疑わせるには十分すぎる。実際ウチの連中も何人か疑ったし」
 面倒臭そうに頭をかきながらケイに答える一方、ジュンイチが考えるのは先ほどみほ達の前でボロを出しかけた懸念事項。
 みほ達に語った「街を直しながら他の場所とも連絡を取り合った」時に聞かされた敵の情報。
(鈴香さんのところには生体高周波ソード持ち。
 鷲悟兄のところには生体熱線砲バイオ・ブラスター持ち。
 どちらも、オレの持ってる生体武装のひとつ……オレの体細胞を手に入れて、そこからオレの生体兵器としての部分をコピーされた可能性は高い。
 “こっち”の裏社会に対してオレの力をさらしたのが関国商の時くらいしかない以上、あの時連中とつるんでいたヤツらが今回の黒幕と見るべきなんだろうけど……)
 とりあえず、送り込んだ“端末”の得た情報からつるんでいた相手は把握した。情報源であるあの大統領自身も騙されていた、という可能性も考えて裏付け調査を進めているが、もし間違いなかった場合――
(死ぬほどめんどくさいことになりそうだなぁ……)
 思わずため息をつくが、どう面倒臭くなるかもわからない内から気にしていてもしょうがないと意識を切り替える。とりあえず少し休んで楽になったので、身を起こしてベッドから出る。
「大丈夫なの?」
「単なる転送酔いだからな。
 酔いがさめればこの通り」
 尋ねるケイに答えて、ジュンイチはその場で宙返りしてみせる。
 と――
「あ、柾木くん」
 電話を終えたみほが戻ってきた。
「もう平気なの?」
「モチのロンロン。
 今なら嶺上開花だってキメられるぜ」
「もちろんの『ろん』と麻雀の『ロン』をかけてるんだろうけど、嶺上開花って確かツモ上がり限定の役じゃなかったっけ?」
「おだまらっしゃい」
 ツッコむケイにジュンイチが返すと、
「あー、えっと……
 それでね、回復したばかりで申し訳ないんだけど……」
「ん?」
 急にみほが言いにくそうにモジモジし始めた。首をかしげるジュンイチに対し、なおも言い淀んでいたが、
「……ごめん。
 もう一回無理してもらわないと……」
「……まさか、杏姉の電話って……」
「うん。
 すぐに戻ってきてほしいって。
 なんでも……」



「試合が決まったって」



    ◇



「――と、いうワケで。
 今度こそ廃校撤回を“正式に”賭けた試合をすることになった」
 数分後。
 待機所に戻ったみほとジュンイチは、さっそくあんこうチームのみんなや他のチームリーダー達と共に杏のもとへと呼び出された。旧校長室で一同……否、転送酔いでダウンしてソファで寝込んでいるジュンイチを除く一同を前にして、杏が力強く宣言する。
「『正式に』……
 つまり、今度こそ、その試合に勝てば、廃校の話はなくなるんですか?」
「そうだ!」
 尋ねる梓にも、杏は力いっぱいうなずいた。
「文科省の辻局長から念書も取ってきた!
 日本戦車道連盟、大学戦車道連盟、高校戦車道連盟の承認ももらった!」
 言って、杏が背後に隠していた“念書”を見せて――
「……会長。
 私の見間違いじゃなかったら、柾木くんのお母さんの署名も並んでるように見えるんですけど」
「大洗在校生の保護者代表だって」
「いつの間に首ツッコんでたの、あの人……」
 気づいた華に答える杏の言葉に、沙織がツッコミを入れる――杏も同意見だったのか苦笑まじりに肩をすくめると、
「でも……」
 と、そこで不安そうに口を開いたのはみほだった。
「試合が決まったって言っても、戦車は……」
 みほの言葉に、そのことを思い出した一同の表情がくもり――
「大丈夫ですよ」
 そんな一同に声をかけてきたのは――
「鈴香さん……?」
 声の主に気づき、典子がなぜここに現れたのかと首をかしげる――が、当の鈴香はかまうことなく自分の用件を告げた。
「みなさんに、ちょっと見てもらいたいものがあるんです。
 そのために――」



「今から、ジュンイチさんの家に来てもらえますか?」



    ◇



「柾木くん、本土にも家持ってたんだ……」
「私も、今回の退艦の関係で教えてもらうまで知らなかったよ……」
 戦車道チーム全員で動くには今の状況は物騒すぎる。件の“ジュンイチの家”には他のチームメンバーを集めず、杏に呼び集められたメンバーだけでそのまま向かうことになった。夜の街を歩きながらつぶやく沙織にみほが答える。
「でも、何で歩きなんだ?
 転送ならみんな一気に移動できるし、道中でまた襲われるような心配もない。柾木が倒れる以外問題はないだろう?」
「その『オレが倒れる』のが大問題なんだよ――生体認証の鍵開ける人間いなくなるぞ。
 それに毎回転送で動くつもりか? お前らにも本土のオレんちの場所覚えてもらわんと」
 首をかしげるカエサルには転送酔いから復活したジュンイチが答える――そうこうしながらやってきたのは、街の外れにして海の近く、エキシビジョンマッチでは戦闘禁止エリアになっていた区域に建つ大きな会社風の建物だった。
「ここですか?
 元は何の建物だったんですか?」
「事務用品の問屋だよ。会社が移転して売りに出されてたのを買い取った」
 尋ねる華に、ジュンイチはあっさりと答えた。
「事務所スペースはもちろん、大容量の地下スペース。何より街外れだから荒事になった時も街へのとばっちりは最小限に留められるときた。
 まさに理想的な物件だよ――まぁ、それでも不足はあったから地下の拡張その他もろもろ手は加えたけど」
「ちょっと待って最後の部分」
「手を加えた? お前が?
 何をした地下の拡張って何増やしたその他もろもろって何だ」
 沙織や麻子からツッコまれたが気にすることなく会社ビルならではの広い玄関に一同を案内する。
 中に入ると階段から地下へ――指紋、静脈、網膜に声紋……厳重なセキュリティを解除すると鍵の開いた扉からさらに奥へ。
 通された部屋は明かりもついてなくて真っ暗だが、空気の感じからかなりの広さの部屋であることがわかる。
「ようこそ、MTGS大洗支社、地下ガレージへ」
 言って、ジュンイチが明かりをつけて――
『――――――っ!?』
 そこにあったものを見て、一同は驚き、目を見張った。
 だがそれも無理はない。そこにあったのは――



「私達の……戦車……!?」



 W号、八九式、V突……しかもその車体には見覚えのあるあんこうやアヒルのマーク。
 間違いない。自分達の使っていた戦車だ。声を上げたみほはもちろん、他の面々もどうしてここにあるのかと目を丸くしている。
「何で?
 どうして戦車がここに?」
「まさか、あの時引き渡した戦車はニセモノ……?」
「なワケあるか。
 あの時戦車がすべて本物だったのは、最後に一緒にすごそうとして直前まで触ってたお前らが一番よくわかってるだろ」
 首をかしげた典子やねこにゃーに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「あの後で取り戻したんだよ。
 あの時言ったろ? 『一旦くれてやった上でまっとうに取り戻す』って」
「その結果がコレか……」
「ナイショにしてて悪かったな。
 みんなに伝えるのは取り戻した戦車が全部そろってからにしようと思ってて……その最後の一輌の納車が、今日の夕方だったんだよ。
 で、その夕方を経てオレが帰るまでに何があったか……今さら説明の必要はないよな?」
 納得するカエサルに返す形で、ジュンイチが一同に軽く説明する。
「無事取り戻せたんですね……
 でも『まっとうに』って、どうやって……?」
 一方、カエサルの横で首をかしげる梓だったが、ジュンイチはあっさりと答える――
「買い戻した」
『えぇぇぇぇぇっ!?』
 しれっと言ってのけたジュンイチの言葉に、一同が驚きの声を上げた。
「買い戻した……って、戦車八輌全部!?」
「おぅ、全部な」
 思わず聞き返す沙織に答えるジュンイチだが、中古品とは言え戦車を八輌まとめて買い戻すなどどういう資金力をしているのか。
 元々職持ちでそれなりに金持ちなのは知っていたが、まさかそこまでとは――それに、気になることはそれだけではない。
「でも、文科省に回収された戦車をどうやって……?」
「そこは本当に運がよかったよ」
 民間の流通ルートに乗ったワケではないのだ。公のルートに回収された戦車を、一民間人に過ぎないジュンイチがどうやって回収したのか――首をかしげる優花里に答え、ジュンイチが取りだしたのは一枚の書類のコピーだ。
「元々、杏姉が戦車道を復活させて、西住さんがそれに参加するってことになった頃から、全面的にバックアップすることは決めてたからな。
 それに絡んで、全国大会終わって落ちついてた時期にMTGSの業務も拡張してな――ほらココ」
 それは会社の登記関係のもののようだ。そしてジュンイチが指さしたのは事業内容。
 「警護」「係争仲裁」「各種調査」その他諸々が並んでいた最後に追記されたのは――



 学校での戦車道活動に対する各種支援業務



「これのおかげで、文科省の仕切りで各学校や関係業者向けに行なわれる戦車道がらみの備品競売にも業者枠で参加できたってワケだ」
「なるほど……
 でも、よく私達の使ってた戦車ばかりをピックアップできましたね。
 車種が同じなだけの、私達のとは別の戦車が出品される可能性もあったでしょうに」
「それに、すぐには出品されない可能性も……」
「その二点についちゃ、ほとんど心配しちゃいなかったよ」
 返してきたのは華と柚子だ――が、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「まずは柚子姉のツッコミの方。
 辻さんが迅速に戦車を売り払おうと戦車道管理局を動かすのは最初から想定済みだったんだよ。
 前にも一部の人には話したけど、オレ達が廃校撤回の根拠にする上で一番大きな武器は戦車道での全国優勝だ。
 だから戦車で挽回されるのを恐れて、オレ達の手から戦車を取り上げたワケだけど……それをさらに盤石なものにするには、どうすればいいと思う?」
「え?
 それは……えっと……」
「取り上げた戦車を、さっさと処分してしまうこと……
 なるほど、それで先輩は、辻さんが戦車をすぐに売りに出してくるって予想して、待ちかまえた……」
 ジュンイチに問われ、答えに困るねこにゃーに代わって答えるのは梓だ。
「で、そこから五十鈴さんの言ってた話ね。
 どーやってみんなの使ってた戦車をピンポイントでピックアップしたか――答えは簡単。
 向こうから勝手にバラしてくれるから、こっちは広くアンテナ張り巡らせてそれを見逃さないようにするだけでいい」
 言って、ジュンイチは目の前に並ぶ戦車の前に進み出るとみほ達へと振り向き、
「考えてもみろよ。
 オレ達の戦車を手に入れて、売り払うとして……」



「『大洗チームの戦車』ってことを伏せたままで、買い手がつくと思うか?」



『……あー……』
 ジュンイチの指摘に、その意味を理解した面々が一様に苦笑した。
「そうか……そうだよな。
 我々からすれば全国大会を共に戦い抜いた大切な相棒達だが……」
「そうとは知らない人達から見たら、戦車道で使うには戦力不足もいいところですよね……」
「そりゃ、“戦車道で使うもの”を扱うオークションじゃ見向きもされないよね……」
「そーゆーこと。
 辻さんにケツ蹴っ飛ばされた戦車道管理局がオレ達の戦車をさっさと売り飛ばそうとした場合、どうしても大洗の名前を出して箔を付けざるを得ないのさ。
 のんびりやっても最終的に売れればいい、って話ならまだしも、『急いで売れ』っていう条件付きなんだから」
 エルヴィン、優花里、明のつぶやきに、ジュンイチは苦笑まじりにそう補足する。
「で、そこまでわかってりゃ後は簡単だ。
 さっき言ったみたいに連中がオレ達の戦車を売りに出すのを、大洗関連のワードを手がかりに待ちかまえて、売りに出されるそばから資金力にモノを言わせて買い漁りゃいい」
「いや、『買い漁りゃいい』って簡単に言うけど……」
「中古とはいえ戦車を八輌……それをまかなえるだけのお金はどうしたんだ?」
「オレの金じゃねぇよ……いや、元はオレの金か」
 口をはさんでくる柚子や桃に答え、ジュンイチは軽く訂正を挟んだ上で説明する。
「この会社の内部留保――この会社で稼いで、事業拡大のための軍資金としてせっせと貯め込んできた余剰資金を投入したのさ。
 いやー、マジメに働いとくもんだね。日頃の労働と資産運用の成果だよ」
「柾木くんがこっちの世界に来てから、あとちょっとでようやく一年ってところだよね……」
「一年経たずに、会社ひとつまともに設備投資した上に中古とはいえ戦車八輌まとめ買いできるだけの余力を貯えたのか……?」
「パンピー目線から見るとそう見えるんだろうけど、経営者目線から見るとそう大した話じゃねぇぞ。
 今回のコレで内部留保全体の八割消し飛んだからな。それも去年の稼ぎも含めての、だ。
 経費でどこまで落とせるかにもよるけど……最悪、今年度の確定申告は赤字で申告しなきゃならんかも」
「それでも二割残ったんだ……」
「というか、ほぼほぼ裏稼業なお仕事なのにちゃんと税金納めてるんですね……」
 うめく典子やカエサルに答えるが、今度は明や華からツッコまれた。
「ちげーよ。逆だ、逆。
 『なのに』じゃなくて『だからこそ』だ。そーゆーお仕事だからこそ、お上ににらまれないようにきっちりしとかなきゃいけないんだよ」
 華からのツッコミにジュンイチが答えると、
「えっと……ごめんね、柾木くん……」
 唐突に、みほがジュンイチに謝った。
「私達の戦車を取り戻すために……」
「まぁ、動かした額が額だし、気にするなっつー方がムリだろうけど……実際気にするような話じゃないぞ。
 実質、ウチの会社の事業拡大に便乗したようなもんだし……何より、戦車を取り戻す上で、これが最善だと判断した。
 だからそうした。それだけの話さ」
「どういうこと?」
「戦車を取り戻すにしても、“大洗女子学園の戦車”として取り戻すんじゃダメだった、ってこと」
 聞き返すナカジマに、ジュンイチはそう答えた。
「大洗女子学園は公立校。文科省の決定にゃ逆らえねぇ。大洗の備品として取り戻したところで、また難癖つけて取り上げられるのがオチだ。
 それを避けるには……」
「“大洗以外のどこかの所有品”として、取り返す必要があった……」
「ハイ、杏姉正解」
 答えを口にした杏に拍手を贈る。
「だからこそウチで買い取ったのさ。
 これで戦車の所有権は大洗から文科省を経由してMTGSウチに移った。民間企業の備品となった今、学校の上位組織にすぎない文科省にはもう手出しできない。
 そして、それを文句のつけようもないくらい真っ当にやろうとするなら、あくまで会社、MTGSの資金だけで買い取る必要があった。
 だからオレ個人のポケットマネーだって一銭も使ってない。オレ自身の懐は一切痛んでないんだから、西住さんがオレに対して悪いと思わなくてもぜんぜんオッケーってワケだ」
「まぁ、辻さん達もまさか“真っ向から正攻法で買い戻す”なんて方法で戦車を取り返されるなんて思ってもみなかったろうけどねー。
 そういう、辻さんの裏をかく意味でも、柾木くんが自費で戦車を買い戻したことには意味があったワケだね」
 納得する明がつぶやくと、その一方でカエサルが杏へと向き直り、
「ともあれこれで戦車の問題は解決か。
 あとは試合に勝てば、今度こそ学校を救うことができるということだな?」
「そうですね!
 対戦相手はどこなんですか!?」
「大学選抜チーム」
 カエサルと、そして梓に答える杏の言葉に、みほと優花里がハッとした。
「みぽりん……?」
「みほさん、優花里さん、知ってるんですか?
 名前からして、大学生の方々で作られたチームだということはわかるんですけど……」
「強敵です」
 自分達の反応に気づいた沙織や華にみほが答えた。続けて優花里が説明する。
「五十鈴殿の言う通り、大学選抜は全国の大学から選りすぐりの選手を集めた、名前の通りの選抜チームです。
 当然その実力もそうとうなもので……先日も社会人チームの強豪を相手に勝利しています。
 機会がないので直接対決こそしていませんが、その実力は黒森峰以上とも……現状日本国内最強チームの最有力候補です」
「そんなところに勝たなくちゃいけないの!?」
「最悪じゃないかーっ!」
 優花里の説明に声を上げる柚子のとなりでさっそく桃の心が折れて――



「大学“選抜”ねぇ……」



 不意に上がった声はジュンイチのものだった。
「柾木くん……?」
「何か意味深な反応だねぇ。
 さっそく何か作戦を思いついたとか?」
「何!?
 そうなのか、柾木!?」
 みほや杏の声を聞きつけ、希望が見えたと桃が立ち直り――
「んにゃ、なーんにも」
「もうダメだよ柚子ちゃーんっ!」
 改めて桃の心が折れた。
「作戦なんてこの段階で出てくるワケねぇだろ。
 対戦と、『勝てば今度こそ廃校撤回』ってことが決まっただけで、それ以外――どこでやるかも、どんなルールでやるかも、何も決まってないんだぞ」
「なるほど、確かに」
「でも」
 納得する麻子に返し、ジュンイチはニヤリと笑い、
「さっき、桃姉が言ってたな。『最悪だ』って。
 とんでもねぇ――“最高”じゃないか」
「そりゃ、戦闘民族の柾木くんにとってはそうかもしれないけど……」
「誰がサイヤ人だ。
 それにそーゆー話でもねぇよ」
 返してくる沙織にツッコむと、ジュンイチは「武部さんもイイ感じに染まってきたなー」と内心で苦笑しながら続ける。
「確かに、大学選抜は強敵だよ。
 けど、その程度で『最悪だ』っつーなら、ウチより強い相手とひたすら連戦させられた全国大会はどーなるよ?」
『あ』
 ジュンイチの指摘に、一同が思わず上げた声が唱和する。
「あれに比べりゃまだマシでしょ。
 あの時よりも強い相手だとしてもたった一戦勝てばいいだけなんだ。そこを思えば楽な話さ」
 言って、軽くため息をつき、続ける。
「それに、相手が大学選抜ってこと自体も大きい。
 関国商の時みたいに黒幕さん達の息がかかる可能性がほぼ排除されるからな」
「どういうことですか?」
「連中のチーム名、よ〜く思い返してみろや」
 聞き返す梓に答えたジュンイチの言葉に、一同が少し考えて……気づいた。
「そうか――大学“選抜”!」
「いくつもの大学から選ばれた選手が集まってくるチームだから……」
「関国商の時みたいに買収しようにも、どこのスポンサーを買収すればいいんだって話になっちゃうのか」
 カエサル、ナカジマ、典子の順に上がった声にジュンイチがうなずく。
「コイツに勝てば実績として文句ないだろってぐらいの強敵。
 そんでもって、キナ臭いモノが横行してる中で不正の心配のない相手。
 これが最高でなくて何なのさ?――さすがは辻さん。“最悪”に見せかけて“最高”の相手を用意してくれたよ」
「つまり、この試合に勝てば……」
「あぁ。
 邪魔者の手出しできないところで、正真正銘大洗の存在価値を認めさせることができる。
 勝つだけでいいんだ。やってやるさ」
 みほに答えたジュンイチの言葉に、一同の顔に笑顔が戻り――
「あぁぁぁぁぁっ!」
 突然声を上げたのはノートパソコンを手にした明だった。
「どうしたの、諸葛さん?」
「いや、さっそく大学選抜のことを調べようとしたんだけど……」
「仕事の早いことで」
 柚子に答える明にジュンイチが肩をすくめるが、明にしてみればそれどころではない。
「それより、ほらコレ見て!」
 言って、明がノートパソコンの画面を見せて――
「……あら?
 この隊長の方……どこかで見たことがありませんか?」
「あ……うん、あるね。
 ほら、ボコミュージアムの」
 気づいた華の言葉に沙織も思い出す。確かに明の示した写真にはボコミュージアムでみほに限定ボコを譲ってもらったあの少女が写っていた。
「大学生のチームなんだよね?
 その割にはずいぶんとちみっこくない?」
「目の前」
「うんごめん私が浅はかだった」
「磯辺ちゃんとジュンイっちゃん、その会話をどーして私を見ながらするのかな?」
「飛び級らしいな。
 実年齢は中学生ぐらいのようだ」
 典子とジュンイチのやりとりに杏がツッコむ一方で、カエサルが写真に併記された記事を読んで告げるが、
「……ん?
 柾木、これ……」
「何?
 ……おやおや、これは……」
 気づいた。促されて記事に目を通したジュンイチもまた眉をひそめる。
「あのちみっ子さん、島田流の跡取りらしいな」
「島田流?
 前にそんな名前を聞いた気が……」
「戦車道を始めたばかりの頃に一度話に挙がったことがありますね。
 西住流と双璧を成す二大流派の片方です」
「じゃあ、この試合って、西住流と島田流の対決でもあるってことですか?」
「でも西住ちゃん破門済みじゃなかったっけ?」
 ジュンイチの補足に桃と優花里が話している――それを聞いた梓の問いに、杏が軽く首をかしげる。
 そんな中、ジュンイチは件の記事へと視線を戻した。話題の相手隊長の名前を確認する――
「島田、愛里寿ね……」



    ◇



 数時間前――しほと霞澄が千代のもとを訪問してから少し経った頃。
 件の島田愛里寿の姿は北海道の演習場にあった。
 演習を終え、撤収準備を指揮していると、チームの副官三人がやってきた。
 スレンダーな身体つきで眼鏡をかけたルミ、肉づきがよく黒髪ロングのリーダー格、メグミ、そして三人の中では一番豊満な身体つきで赤毛をボブカットにまとめたアズミ。その三人の内、用件を告げたのはアズミだった。
「隊長。
 先ほど、家元からお電話があったそうです」
「母上から?
 ……わかった。すぐに宿舎に戻る」
 アズミからの報せに、愛里寿はボコミュージアムでみほ達相手におどおどしていたのがウソのような毅然とした態度でそう答えた。



 撤収の指揮をメグミに任せると、愛里寿はアズミ、ルミと共に、ルミの運転するダッジWCで宿舎に戻った。
 備えつけのプッシュホンでコールバックすると、すぐに応答があった。
〈もしもし?〉
「お母様」
 聞こえてきたのは母親の声――島田流家元、島田千代である。
「電話をくれたって」
〈えぇ。
 実は、急な話だけど試合が決まったわ〉
「試合……?」
〈相手は大洗女子学園。
 あなたも、その名前は知ってるわよね?〉
「今年の、高校全国大会の優勝校……」
 答えた言葉にうなずいたのだろう。一拍の間の後、告げられる。
〈そこの隊長は西住流の下の娘さんよ。
 つまりこれは西住流との、私達の代以来、あなた達の世代での最初の直接対決でもあるの〉
「……今回は特に負けるな、と?」
〈えぇ〉
 ノータイムで答えが返ってきた。
〈私達島田流と西住流の因縁について言っているのではないわ。
 それ以前の話として、間違いなく強敵だから決して油断することなく当たれ……そういう話。
 同じ世代で戦車道をしていればいずれ、何度もぶつかることになる相手――その最初の対決。
 今後のためにも、しっかり勝って弾みをつけなさい〉
「試合の件はわかりました。
 それなら、こちらからもお願いが」
〈お願い?〉
「ボコミュージアム、つぶれちゃうかもって……
 だから……私達が勝ったらでいいから、スポンサーになってほしいの」
〈そう……〉
 考えているのだろう。少しの沈黙があって、
〈……困ったわね。
 それじゃあ、もうスポンサーになることが決まったようなものじゃない〉
「じゃあ……」
〈スポンサーの件は引き受けた、ということよ――ただし〉
 表情を明るくする愛里寿に対し、柔らかな声色で答える――が、一転してその声が引き締まった。
〈『あなた達が勝ったら』――あなたが言い出した条件よ。
 まずは勝ちなさい。詳しい話はそれからよ〉
「はい。
 ……ありがとう、お母様」
 念押しする千代に答えると、電話を切る。
 懐に右手を突っ込み、取り出したのは手の平サイズのボコのマスコット。
 先日、ボコミュージアムでみほから譲られたあの限定マスコットだ。
「大丈夫。
 私が助けてあげるからね……」



    ◇



 そして時間は現在に戻り――聖グロリアーナ女学院。
 先刻の襲撃による学園艦への被害報告が出そろったところでダージリン達は事後処理の手を止めて休憩のティータイムを楽しんでいた。
 オレンジペコがスコーンにジャムを塗り、それを受け取ったダージリンが一口――と、その眉が興味深げにひそめられた。
「あら、おいしい。
 でも初めての味ね」
「新しいコケモモが手に入ったので、ジーナさんがジャムにしてくれたんですよ」
「ジーナさんの手作りなの?」
「はい」
 オレンジペコの答えを聞いたダージリンの問いに、ジーナがうなずく。
「と言っても……レシピはジュンイチさんに教わったんですけど。
 何でも、“仕事”でフィンランドに行った時に勉強した向こうの料理の中にあったって」
「どこにでも行ってるわね、彼」
「逆にどこに行ったことがないかを数えた方が早そうですよね」
 などと話していると、
「失礼します」
 そこにやってきたのはアッサム率いる聖グロリアーナ諜報部“GI6”のメンバーのひとりだ。アッサムに小声で耳打ちして――
「……本当ですか?」
「はい。
 詳細はこちらに」
 答えて、手にしたファイルをアッサムに預けるとその女生徒はそそくさと退出していった。
「……どうしたの、アッサム?」
「大洗に動きが」
 尋ねるダージリンに答えると、アッサムは渡されたファイルに目を通す。
「動き……今回の襲撃以外にですか?」
「はい。
 どうやら、廃校撤回を巡り、改めて戦車道の試合で決着を、という話になったようです」
「戦車道の試合で、って……」
 ジーナに答えたアッサムの言葉に、オレンジペコが眉をひそめた。
「でも、大洗の戦車は……」
「それですが、先日戦車道管理局が行なった備品競売で、大洗の戦車を一輌残らず、相場比で最大10倍の高値をつけて買い占めた業者がいたと。
 その業者の名前は……MTGS」
「聞かない名前ね」
「つい先日、学生戦車道のサポート業者として参入してきたばかりの会社のようですが……」
 ダージリンに答えると、アッサムは“そちら”を見て、
「私よりも、あなたに話してもらった方が早いでしょうね」
「えぇ、まぁ」
 苦笑まじりにうなずいたのはジーナだった。
「MTGS――Masaki Total Guard Service。すなわち“柾木総合警備”。
 表向きは探偵業を土台にした何でも屋――その実態は、ジュンイチさんの傭兵業としての活動拠点となるダミーカンパニーです」
「ジュンイチ様の?
 じゃあ……」
「大洗の戦車を二度と文科省に取り上げさせないように、民間業者の所有ということにしたのね」
 ジーナの説明に声を上げたオレンジペコのとなりで、ダージリンがあっさりとジュンイチの思惑を言い当ててみせる。
「なら、戦車の心配はしなくてもいいわね。
 それで? 試合の相手は?」
「実力を……存在価値を認めろという話なら、黒森峰との再戦でしょうか。
 あの試合で大洗が勝ったのがまぐれでないと証明してみせろ、みたいな……」
 改めて尋ねるダージリンや、それに対し自らの予想を口にするオレンジペコに対し、アッサムはファイルに目を通し、
「――――っ、これは……」
「アッサム……?」
「対戦相手は……大学選抜です」
 その言葉に、ダージリンとオレンジペコは思わず顔を見合わせた。
「……強いんですか?」
「ものすごく」
「これは、さすがの大洗もこれまでのようね」
 話すジーナとオレンジペコをよそにダージリンがつぶやく――そんなダージリンの反応に、今度はジーナとオレンジペコの二人が顔を見合わせた。
「あの、ダージリン様……?」
「セリフの割に……ずいぶんと落ちついてませんか?」
 そう、ダージリンはすっかり落ち着きを取り戻し、優雅にティータイムを再開しているのだ――二人からの指摘に、ダージリンはクスリと笑い、
「こんな言葉を知ってる?
 『いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ、きっと』
「『ガンダムSEED DESTINY』の特別編、『FINAL PLUS』――キラ・ヤマトの言葉ですね」
「何度上手くいかなくても、目標を果たすまで何度でも挑み続ける……そんな決意を語った言葉……
 実在人物の格言ではなく、“大洗の”ジュンイチさんに対抗して学んだアニメの名言。しかもその言葉をこの状況に持ってくる……」
 出典を言い当てるオレンジペコのとなりで分析して――ジーナは告げる。
「ダージリンさん。
 大洗のために……何か、動くつもりですね?」
 その指摘に、ダージリンは紅茶を一口いただき、
「アッサム。
 例の物の用意を」
 アッサムへの指示をもって、ジーナへの答えに代えた。



    ◇



「正式なルールの通達があった。
 大学・社会人リーグのルールでのフラッグ戦。場所は北海道の大演習場を使う」
「北海道……ですか?」
「連中、今現地の自衛隊の演習場で合宿やってるんだと。
 あちらさんにしてみれば無関係なはずがいきなり巻き込まれた形だからな。せめてこれ以上向こうに負担をかけないよう、巻き込んだ側であるこっちがお邪魔させてもらう形を取ることになった」
 作戦会議のために各チームリーダーとあんこう・カメさん両チームメンバー、要するにいつもの主要メンバーが集められた旧校長室で、桃が一同に告げる――聞き返すみほには事前に聞かされていたジュンイチが答える。
 と、今度は梓が手を上げ、尋ねる。
「あのー……
 わざわざ『大学・社会人リーグのルールで』って念押しするってことは……私達の戦車道のルールと何か違いがあるんですか?」
『………………っ』
 その問いに眉をひそめたのはみほ、優花里、杏、柚子、カエサル……“ルールの違い”について把握していた面々だ。そんな彼女達が気遣わしげに視線を向けたのはジュンイチであった。
「柾木先輩……?」
「……まず、戦車の数が違う。
 大学・社会人リーグでは、最大30輌まで戦車を編成できる」
「そのルールでやるってことは……」
「私達は八輌で、30輌を相手しなきゃいけないってこと……!?」
 梓に答えたジュンイチの言葉に、典子とそど子が思わず顔を見合わせるが、
「問題はそれだけじゃありません」
 口を開いたのはみほだった。
「大学以上の戦車道では、随伴歩兵が本格的に認められているんです」
「歩兵って……柾木くん達みたいな?」
「いや、さすがにそこは普通の歩兵ですけど」
「まるでオレが普通じゃないみたいな言い方だな」
「実際普通じゃないでしょ」
 ねこにゃーに返すみほにツッコむジュンイチに、杏がさらにツッコミを重ねる。
「高校戦車道では主に選手の練度などの問題から歩兵戦は“乗員の車外活動の延長”という形でしか認められていません」
「え、えっと……」
「つまり、『戦車の乗員が外に出て歩兵として戦うのはアリだけど、歩兵専門の子の編成は安全性の問題からアウトね』ってこと。
 柾木くんが専任の歩兵じゃなくて“W号戦車の予備乗員”として選手登録してるのもそれが理由だね。
 高校戦車道で歩兵道との合同試合がされなくなって、プラス安全性の問題から制限を設けようって話になった時、かと言って歩兵活動全部禁止しちゃったら偵察とかの車外活動もアウトになっちゃうから、そういう形で妥協したの」
 みほの説明を必死に理解しようと務めている典子に明が補足する。
「でも、それに対して大学以上の戦車道では歩兵が本格的に導入されているんです――ルール上戦車一輌につき一個分隊、六人まで歩兵を随伴させることができます」
「一輌につき六人ということは……」
「それが30輌分だから……」
 みほの説明に華と沙織がつぶやいて――
「わかった! 全体で90人だ!」
「180人だよ、桃ちゃ――って、180人!?」
 思い切り計算を間違った桃にツッコんだ柚子が、その意味するところに気づいて声を上げた。
「歩兵専門の人が180人!?」
「それに対して、私達の中で歩兵専門は柾木くんだけ……1対180!?」
 同じく気づいたねこにゃーやそど子も声を上げ、改めて一同の視線がジュンイチに集まるが、
「んー……そこはまぁ何とかなるだろ。
 お仕事柄単騎で一団つぶさなきゃならん案件山ほどこなしてきたオレの敵じゃねぇよ」
 ジュンイチの反応はあっさりしたものだった。
「心配しなくても、歩兵の方は任せとけ。
 きっちり確殺入れて数を減らすさ――何たって、今までみたいな“戦車を殺れば一緒くたにリタイア”ってワケにはいかないからな。そこはしっかりやるさ」
「…………?
 どういうこと?」
「今までの試合で柾木くんが戦車と一蓮托生だったのは、さっき話にあったみたいに柾木くん達もあくまで“戦車の乗員”として選手登録されていたからです」
 首をかしげるねこにゃーにはみほが説明する。
「でも、今度戦う大学・社会人リーグのルールでは、歩兵は個別に選手登録されます。
 つまり……」
「戦車と紐づけられているワケじゃないから、戦車を倒しても歩兵は失格にならない……?」
「そういうことだ。
 しかも、こちらのチームで専任歩兵として選手登録できるのは柾木だけだ。引き続き歩兵と戦車の乗員とで兼任になる私達は、歩兵として出ていても戦車がやられれば今まで通りリタイアだ」
 気づき、声を上げた典子にカエサルが答える。
「何だか、状況を整理すればするほど、不安材料ばかりが増えていっているような……」
「そりゃそーだ。
 だって元々不安材料ばっかりなんだから」
「何をそんなのん気なことを!
 今からでも遅くない! 署名とか泣き落としとか、別の方法を!」
 柚子に答えるジュンイチの言葉に、桃があわてて声を上げるが、



「絶対にやめろ」



 それを、ジュンイチはいつになく強い調子で止めた。
「何度も言わすな――オレ達の唯一にして最大の強みは戦車道なんだ。
 それを前提にようやくつかんだこの話をこっちから『ムリだ』って手放してみろ――それは『一番の強みを持ってしても大洗の存在価値には成り得ません』って自分から宣言するのと同じだぞ。
 いい加減わかれよ。もうオレ達が立ってるのは後戻りも横道に逸れることも許されない一本橋の上なんだ。
 進むしかないんだよ、オレ達は」
「進んだ先も地獄じゃないか!
 西住! お前からも言ってやってくれ!」
 ジュンイチに反論され、桃は今度はみほに泣きついた。
 対し、みほは少し考え、
「確かに、柾木くんの力を込みにして考えても、30輌対八輌、180人対ひとりというこの状況は絶望的です」
「そうだろ!
 だったら――」
「でも……」



「絶望的“なだけ”です」



 味方を得たと勢いづく桃をよそに、みほはキッパリと言い切った。
「そう。絶望“的”――絶望“っぽい”だけです。
 まだ絶望が確定したワケじゃありません」
 言って、みほは杏へと視線を向けて、
「それに、会長がこの条件を取りつけてくるのも大変だったと思うんです。
 だったら、柾木くんの言う通り進むだけです」
「そんなぁ……」
「大丈夫です。
 普通の車は無理でも、戦車に通れない道はありません。戦車は火砕流の中だって進むんです。
 困難な道ですが、何とか勝てる方法を探しましょう」
 その言葉に、一同が力強くうなずいて――
「んじゃ、そっちはよろしくねー」
「って、またこの人は話の腰を折るようなこと言い出す……」
「柾木くんはどうするんですか?」
 一転、ジュンイチはそう言い残してきびすを返した。ツッコむ明のとなりで尋ねるみほに答えて曰く――
「オレにしかできないことをやりに行く。
 今回は北海道、となれば遠出の手段のあるオレが最適任でしょ――」



「試合会場の現地偵察は、さ」



    ◇



「……大洗のガキどもめ……
 ずいぶんと食い下がってくるじゃないか」
 そこはどこかの会議室――照明の落とされた室内、プロジェクターによって投影された現状報告のデータを眺めながら、その場の長と思しき男は不満そうにつぶやいた。
「おとなしく廃校になっていればいいものを……」
「まさか西住流の家元まで担ぎ出してくるとは」
「西住流も西住流だ。
 大洗の隊長が娘だからとしゃしゃり出てきおって」
「そこはいい。
 問題は大洗の悪あがきのせいで、こちらの“予定”にも遅れが出ていることだ」
「そう言うな。事を急いて我々のことに気づかれるよりはマシだろう。
 関国商の報復に見せかけていられる内は、そう焦ることもあるまい」
「何にせよ、大洗には何が何でも廃校になって、学園艦を手放してもらわなければ……」
「今年度の廃校対象にねじ込むだけで十分だと思っていたのだがな……」
 周りで会議の出席者達が口々に話している――それらを一通り聞いてから、議長は口を開いた。
「まぁ、問題はあるまい。
 このまま大学選抜に負けてくれればそれで終わりだ」
「しかし、優勝不可能と言われた下馬評をひっくり返して優勝を勝ち取ったチームです。万が一ということも……」
「だからどうした?」
 はさまれた異論に対し、あっさりと議長は答えた。
「万が一があり得ると言うのなら……その『万が一』の芽を、摘み取るまでだ」



    ◇



「……あーっ! もうっ!」
「あ、またキレた」
 所変わって――苛立ちもあらわに上がった声と、それにツッコむ声。
 そこは全国大会の中で(悪い意味で)嵐を巻き起こした関国商、その戦車道チーム隊長室。キレたのは戦車道チーム隊長の董卓。ツッコんだのは副官の陳宮だ。
「これで何度目ですか?」
「これが怒らずにいられる!?
 あの全国大会でのこと、なんで全部私が仕組んだことになってるのよ!
 やれって言ったの先生達じゃない!」
「完全に実行犯の私達だけに責任押し付けてトカゲの尻尾切りに使われちゃいましたねー」
 エキサイトする董卓に対し、陳宮はすでにあきらめがついたのか落ちついたものだ。
「まぁ、傷害罪どころか殺人未遂でこの国の警察のご厄介になる可能性すらあったワケですし。
 そこを思えば、退学すら免れた上にチームも当面の活動禁止だけで済んだんですから、十分な温情判決だと思いますけど」
「どこがよ。警察で私達が洗いざらい話すのを嫌がって、学園艦内で処分を片づけただけじゃない。
 だいたい、反省文を原稿用紙20枚以上、さらに夏休みの間中それを一日20部ずつ書き取りって……温情の欠片も感じられないわよ!」
 だが、董卓は未だに納得がいっていないようだ。言い放ち、乱暴に席につくと腕を組み、不機嫌そうに言い放つ。
「陳宮、あなたは悔しくないの!?
 輝かしい栄光を約束されていたはずの私達が、こんな屈辱!」
「キレたい相手が目の前にいないのに、誰にキレろって言うんですか?
 董卓様相手にキレてもいいなら遠慮なくキレますよ? 徹底的に言い負かしますよ?」
「何で私相手にキレるのよ!?」
「そう言うと思ったから黙ってるんですけど」
 反論する董卓に陳宮が答えると、
「とっ、董卓様!」
 あわてた様子で、チームの部下のひとりが駆け込んできた。
「大変です、董卓様!」
「何なのよ!?
 忙しいのよ、私は!」
「反省文で、ですけどねー」
 キッと陳宮をにらむ董卓だったが、陳宮は気にすることなく休憩とばかりに茶をすする。
「はぁ……で、何?」
「じ、実は……」
 毒気を抜かれた董卓の問いに部下が答えて――
「ぶふぅっ!?」
 それを聞いた陳宮が驚いて茶を吹き出した。



    ◇



「これは……っ!?」
 目の前の光景を前に、董卓は驚愕に目を見開いた。
 こじ開けられた通用門。
 その両脇に転がる、“人だったモノ”。
「……すでに腐敗が始まってますね。
 ただ、それも始まったばかり……経っていても、死後二日といったところでしょうか」
「丸一日以上誰にも気づかれなかったっていうの?」
「夏休み中な上に謹慎中じゃ誰も来ませんよ。
 そりゃ発見も遅れますって」
 心得があるのか、陳宮が警備員の死体を調べる――聞き返す董卓に答えて立ち上がり、
「そして、誰も気づかなかったからこそ……」
 言って、陳宮は通用口から中に入り、



「犯人は悠々と戦車を盗み出せたワケで」



 戦車倉庫からは、関国商チーム所有の戦車のほとんどが姿を消していた。


 

 

 

 

 

 

To The Next Stage...

 

 

 

ガールズブレイカーパンツァー

6th stage
〜大洗存亡編・Part 2〜

 

COMING SOON


 

(初版:2020/12/28)