第1話
「やってきた少女」
炎弾鎧魔獣ヘルファイア
登場

 


 

 

 その日も、世間は平和だった。
 誰もがごく普通に朝を迎え、ごく普通にいつもの生活を始め、ごく普通に一日を終えようとしている。
 そしてここにも、そんないつもの生活を満喫している少年と少女の姿があった。

 夕暮れに赤く染まる住宅街を、少年と少女が歩いていた。
 どちらも、地元の学校である鶴ヶ丘中学校の制服を着ており、少年の方は少し無造作な感じのある髪を後ろで束ねており、少女の方は角度によっては紫がかって見える美麗な銀髪を風になびかせている。
 少年の名は七梨太助。どこにでもいる――と言ってやりたいところだが、最近では「かなり特殊」な生活がすっかり「ごく普通」になってしまっている中学二年生である。
 どこが「かなり特殊」かというと――
「太助様、重くないですか?」
 彼の持つスーパーの買い物袋を見て尋ねる少女・シャオ――本名シャオリンの存在である。
 日本ではあまり聞くことのない響きのする名前だが、それもそのはず。彼女は中国生まれなのだ。
 しかも、彼女は我々のような人間ではない。主を守るためにこの世に生を受けた月の精霊『守護月天』なのだ。
 彼女は太助の父・太郎助が彼女の宿った『支天輪』と呼ばれる不思議な輪を見つけ、太助の元へと送ってよこしたことで日本にやってきて、彼女を呼び出した太助を主として共に暮らすこととなったのだ。
 さらに、彼女の他にも太陽の精霊『慶幸日天』、大地の精霊『万難地天』も太助の元へとやってきており、元々家族が旅行家ぞろいで独り暮らし同然だった太助の生活は一転、にぎやかなものへと変わっていた。
 それに加え、最近は姉・那奈も戻り、さらにもうひとり、特殊な居候も増えたのだが――その辺りは、当事者達が現れてから紹介と共に語っていくこととしよう。

 閑話休題。
 心配そうに尋ねるシャオに対し、太助は笑って答えた。
「いや、大丈夫だよ。
 多いっていっても、スーパーの袋ひとつ分だしね」
 そう言うと、太助は手にしたスーパーの袋を軽く上げて笑みを浮かべる。
 学校の帰りにスーパーに寄り、夕飯の材料を買い揃えていたのだが、食材を選ぶのに思っていたよりも時間がかかってしまい、すでに日は西の空に沈み始めていた。
「けど、ルーアンもチャレンジャーだよな。
 もう4月だってのに、『鍋が食べたい』とか言い出すんだからさ」
「そうですか? ルーアンさんらしいじゃないですか」
 共に暮らす『家族』からの夕飯のリクエストに苦笑する太助の言葉にシャオが答えると、
「あー! いたいた!」
「七梨せんぱぁ〜い♪」
 そんな彼らの耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「どこ行ってたんだよ、太助」
「家に行ってもまだ帰ってないから、あちこち探してたんですよぉ」
 そう言って、二人の元へとやってきたのはシャオに夢中な太助のクラスメートの野村たかしと太助にお熱な後輩の愛原花織である。
 さらに、
「まったく、キリュウが帰りが遅いからって心配してたぜ」
 言って、シャオの親友・山野辺翔子もたかし達に続いてやってきた。
「って、まぁたうちに押しかけてたのか? お前ら」
「乎一郎がルーアン先生から聞いたんだよ。お前んち、今日の夕飯鍋なんだろ?
 だからさ、オレ達も材料持ち寄って参加させてもらおうと思ってさ。
 乎一郎や出雲も、そろそろ来るんじゃないかな?」
 呆れる太助にたかしが答え、彼らは行く手の角を曲がり――
「たー様ぁん♪」
「どわぁっ!?」
 突然飛び出してきた女性が、太助へと思いきり抱きついてきた。
 年の頃なら20代。はちきれんばかりのナイスバディが強調されるようキツめのスーツに身を包んだ、まさに「絶世の美女」などと形容しても問題ないような美女である。
 彼女こそ先ほど太助達の会話にその名を現していたルーアン。主に幸せを与えることを使命とする太陽の精霊『慶幸日天』である。
 彼女はシャオと同じく太助の父、太郎助が送ってきた不思議な筒『黒天筒』から現れ、やはり太助を主として七梨家に住まうことになったのだ。
 現在は太助の学校で太助のクラス専属の教師をしており、彼女の着ているスーツもその仕事着のようなものである。
 ともかく、そんなルーアンに抱きつかれている太助はというと――いつものことながら熱すぎる抱擁に苦しさすら覚え、必死に脱出して、
「ったく、いつもいつも、勘弁してくれよ、ルーアン……」
 説得はムダと知りつつも、一応抗議の声を上げておく。
「だって、たー様ってばなかなか帰ってきてくれないんですもの。
 あたしお腹すいちゃってさ♪」
 案の定反省の色カケラもなしなルーアンの返事に、太助は思わずため息をつき――
「やっとお帰りか、主殿」
 そんな太助に上空から声がかけられた。
 太助が見上げると、そこでは赤い髪を後ろでまとめた少女を乗せた巨大な扇がゆっくりと降下してきたところだった。
 彼女は翔子がその名を口にしていたキリュウ。シャオとルーアンと同じ精霊であり、主に試練を与え、成長させることを使命とした大地の精霊『万難地天』である。
 彼女もまた、太郎助が彼女の宿る『短天扇』を見つけたことで太助を主として仕えることとなり、やはり七梨家に厄介になっている。
 そして、キリュウは太助の目の前へと降り立ち、乗っていた扇――彼女の“力”で巨大化させた短天扇を元の大きさに戻し――
「あれ? フェイも一緒なんだ」
 キリュウと共に短天扇から降り立ったひとりの少女を見て、太助が声を上げる。
 彼女の名はフェイ。ある日突然太助達の前に「落ちて」きた正体不明の少女である。
 どこから落ちてきたのか? そもそも何者なのか? 様々な謎はあったが、そんな特殊な現れ方をした少女を警察に連れていったところで相手にされないに決まっている。そんなワケで、彼女もまたごく自然な成り行きで七梨家の新たな居候となっていた。

 ともかく、太助はにぎやかになった一行と共に自宅を視界に捉え――
「……あら?」
 突然、彼らの喧騒を楽しみながら少し先を歩いていたシャオが疑問の声を上げた。
「? どうした? シャオ」
「太助様、あれ……」
 尋ねる太助に答え、シャオが指さした先では、引っ越し会社のトラックが彼らの自宅――の隣の家の前に停まっていた。
「お隣さん、お引っ越しみたいですね」
「あぁ。オレ達が来た時には、もう荷物を運び込んでたもんな。
 なぁ太助。確かあの家、前に住んでた人が引っ越して以来しばらく空家になってたんだよな?」
「あぁ。
 こないだから家を建て直してたからな。誰か新しい人が来るとは思ってたけど」
 つぶやく花織とたかしに太助が答え、
「どんな人が引っ越していらっしゃったんでしょうか……?」
「いい人だといいけどな」
 翔子がシャオに答えると、
「いい人かどうかは知らんが、少なくとも太助にとっては知らない顔じゃないぞ」
 いきなり彼らの背後から声がかけられた。
 彼らが振り向くと、そこに立っていたのはひとりの青年だった。
 歳は見たところ20歳前後ぐらい。整った顔立ちをした、どこにでもいそうな青年だ。
 だが――その双眸に込められた、スキを許さぬ鋭さをシャオを始めとした3人の精霊達は見逃さなかった。
 しかし、太助は彼を知っていた。突然の再会に驚きこそしたが、それでも彼の名を口にするぐらいの余裕はあった。
「じ……刃兄ちゃん……?」
「……知り合いなのか? 主殿」
 太助の言葉にキリュウが聞き返すと、青年がそれに答えた。
「そっちのお嬢ちゃん方に坊主、お前ら太助の知り合いか?
 なら名乗らせてもらう。オレは太助の従兄弟で、桜花おうか じんって者だ。
 従兄弟っつっても、太助とはまぁ、兄弟みたいな間柄だ。よろしくな」
「あ、太助様の従兄弟さんなんですか?
 私、守護月天シャオリンと申します。
 こちらこそよろしくお願いします」
 名乗る青年――刃にシャオがあいさつを返すと、
「あー、刃兄ちゃん」
 と、太助が刃に声をかけた。
「……一応聞くけど……あの家に引っ越してきたのって、刃兄ちゃん?」
「あぁ」
「………………」
 ごく当然とばかりにうなずく刃の言葉に、太助の脳裏の危険信号はますます増大していく。
 彼の描くシナリオが、最悪の結末へと向かって全速力で駆け出し始めたからだ。
 イヤな予感が杞憂で終わってくれることを切に願いつつ、太助は刃に決定的な質問をしかけた。
「……で、刃兄ちゃんが引っ越してきたってことは……ひょっとして“アイツ”も来てる?」
「あぁ。来てる」
 太助の問いに刃が答えると――
「……終わった……」
 その答えを聞くなり、太助はその場でどこぞのボクサーよろしく燃え尽きていた。
「……太助様?
 どうしたんですか? それに、“アイツ”って……?」
 そんな太助にシャオが尋ねると、
「あぁぁぁぁぁっ!」
 突然声が響き、
「た〜ぁくぅ〜んっ♪」
「どわぁっ!?」
 突然彼らの背後から飛び出してきた女の子が、太助に思いっきり抱きついていた。

 女の子は、歳の頃は太助と同じぐらい。太助と同じく深い栗色の髪を短くまとめ、Tシャツにミニスカートと、スポーティーで動きやすい服装に身を包んでいた。
 顔立ちは刃に似たものがあったが、冷静沈着といったイメージが先行しそうな鋭さのある刃とは違い、女性であるシャオ達から見てもカワイイと思える雰囲気がある。
 そんな美少女がいきなり太助に抱きついてきたのだ。突然のことに、いつもなら激昂するはずのルーアンや花織も動きを止めている。
 ――いや、違う。
 動きを止めているどころではなく、ショックのあまり完全に思考停止に陥っている。
 が、彼女と面識のある太助は動じることはない。いつもルーアンに抱きつかれて慣れているのか、がっちりと抱きついていたはずの彼女を易々と引きはがし、
「あのなぁ、いきなり抱きつくなっていつも言ってるだろ、美咲!」
「えー? いいじゃない。減るもんじゃなし」
「オレの心の余裕が減るっ!」
「ぶー」
 太助の答えに、美咲と呼ばれた女の子は少し不満げながらも彼から離れる。
「美咲……さん?」
 太助の口にした名を聞いたシャオがつぶやくと、そこで美咲はようやくシャオや他の面々に気づいた。
「あれ? あなた達は……?」
 と、そんな美咲を刃がたしなめた。
「こら、美咲。こいつらは太助の知り合いなんだ。
 ちゃんとあいさつしないか」
「え? あ、うん。
 えーっと、あたし、桜花美咲みさき、14歳!
 今日からたーくんのお隣さんに越してきました!
 以後、よろしくお願いしまーっす!」
「何が『よろしく』だよ。
 勘弁してくれよ……」
 美咲の自己紹介に、太助は固まったままの花織とルーアンに視線を向け――これからの大騒ぎを予想して大きくため息をつく。
 だが――そんな太助の気持ちを知ってか知らずか、彼女はまたしても爆弾を投下した。
「もう、たーくんってばそんなこと言っちゃって。もう少し優しくしてくれてもいいじゃない。
 未来の妻に向かってさ」
 ………………
 その瞬間、場の空気が凍りつき、
『……なぁにぃぃぃぃぃっ!?』
 絶叫が響いた。

「ち、ちょっとたー様! どういうこと!?」
「あの人が七梨先輩の未来の妻って、どーゆーことですか!」
 案の定太助にかみついたのは、美咲の爆弾発言によって先ほどの硬直から立ち直ったルーアンと花織である。
「ち、ちょっと待て二人とも! 落ち着け!」
 あわてて二人を抑える太助だが、今の二人の前に完全にビビリが入っている。
 が――騒ぎの元凶はのん気なものだ。キョトンとしてルーアンと花織に尋ねた。
「ん? 何か問題でもあった?」
『大ありよ(です)!』
 尋ねる美咲に、ルーアンと花織の声がキレイに唱和した。
「だいたいアンタ、何者よ!
 誰の許しを得て『たー様の未来の妻』なんて宣言してんのよ!」
「そーです! 七梨先輩はあなたとは結婚しません!」
 口々に言う二人に、美咲は太助へと視線を向け、言った。
「たーくん。この人達って……たーくんの2号さんと3号さん?」
 ぶちちっ。
 その瞬間、何かが切れる音が同時に二つほど響いたのを、その場にいた全員は確かに聞いていた。

「上等じゃないっ! やってやろうじゃないのぉっ!」
「やめろルーアン殿! ここは抑えて!」
「言ってくれるじゃないですか! そっちがそうなら手加減しませんよ!」
「だぁぁぁぁぁっ! 落ち着け愛原!」
 完璧にぶちキレ、今にも美咲につかみかからんとしているルーアンと花織を、キリュウと翔子が必死になって止める。
「放しなさいキリュウ! あいつだけはこの手でぇっ!」
「だから落ち着けルーアン殿!
 彼女の言葉はある意味あってる!」
「あってなぁぁぁぁぁいっ!」
「それじゃあ1号は誰なんですかぁぁぁぁぁっ!」
 などとルーアン達が騒いでいるのを傍で眺めながら、当の美咲は何がどうなってるのかわからない、といったふうに首をかしげている。
「……あのなぁ、美咲。
 お前が原因なんだぞ、わかってるのか?」
 次々に急転する事態に疲れきった太助が美咲に言うが、
「えー? だってホントのことじゃない。
 約束したでしょ? 『お嫁さんにしてくれる』って」
「あ、ありゃガキの頃の話だろ! なんで今さら持ち出すんだよ!」
 美咲の発言で背後で修羅と化している二人がさらに騒ぎ出したのをハッキリと知覚しつつ、太助はあわてて美咲に言い返す。
 が――
 ――ポンッ。
 突然その肩が叩かれた。
「………………?」
 太助がふと気づいて振り向くと、そこにはたかしの姿があった。
「……どうした?」
 太助が尋ねると、
「……太助」
 と、たかしがどこからともなく花束を取り出して太助に渡す。
「これで準備は万端だ」
「……は?」
 思わず間の抜けた声を上げる太助に、たかしはキッパリと言った。
「さぁ、覚悟を決めて、今こそ告白の時だ!」
「がぁぁぁぁぁっ! ここぞとばかりに好き勝手ぬかすなぁぁぁぁぁっ!」
 『さぁ好都合』とばかりに笑顔で言ってのけるたかしに、太助は天を仰いで絶叫した。

 そしてその晩――
『いっただっきまーす!』
 七梨家の食卓は夕方集まった面々に加え、太助の姉・那奈と太助達のクラスメート・遠藤乎一郎、そして那奈と中学時代同級生だった近所の宮内神社の神主・宮内出雲が顔をそろえ――それに加えて刃と美咲、桜花兄妹が席についていた。
「おいしー!
 たーくん、いつもこんなおいしいお鍋食べてるんだ。いーなー♪」
 食事が始まるまでは太助にベッタリだったあの姿はどこへやら。美咲はシャオの作ったお鍋に舌鼓を打っていた。
「まだたくさんありますから、たくさん食べてくださいね」
「はーい♪」
 追加の具材を持ってくるシャオに美咲が答える――が、その隣に座る太助はそんな雰囲気に和む気にはとてもじゃないがなれなかった。
 視線がイタイのだ。彼と、彼の隣で幸せそうにしている美咲を見つめる視線の数々が。
 なんとか笑顔を作り(それでも引きつっているのは彼自身よくわかっていたが)、事態を打開すべく太助は視線の主達へと声をかけた。
「あのさぁ……お前ら何怒ってんだよ?」
「あーら。ぜんぜん怒ってないわよ、あたしは」
 太助の問いにルーアンはそう答えるが、その口調はいつものそれじゃない。どう聞いたって完全に怒っている。
 他の面々に視線を向けても、そろいもそろって怒りゲージMAX状態。これが格闘ゲームならすぐにでも超必殺技が打てそうだ。
「あー、えーっと……」
 太助が応対に困っていると、ついに相手側に先手を取られた。
「……太助、お前ってヤツは……」
 たかしである。
「シャオちゃんという人がいながら、まだ女の子に手ェ出してたのか」
「て、手ぇ出すってなんだよ!
 オレと美咲は別にそんな仲じゃ!」
 たかしの言葉に思わず言い返す太助だが――
「あぁそうさ。太助は何もしてないさ」
 そう太助を援護したのは、那奈である。
 いつもはむしろあおる側に回る姉からの援護に、太助は思わず感謝の念を浮かべたが――
「太助の場合は知らず知らずの内に引きつけちまうんだよ。
 まったく、大した人間磁石だよ太助は」
「ぜんっぜんフォローになってねぇよ那奈姉」
 一度は浮かべた感謝の念を再び沈め、太助はこめかみを引きつらせつつうめく。
「まーまー、たーくん落ち着いて♪」
「って、事態の元凶たる自覚カケラもないのな、お前……」
 となりでのん気に言ってのける美咲の言葉に、太助は思わずうめき――
 ――チャチャチャッ、チャチャチャ、チャ〜ラチャッチャッ♪
 美咲のポケットから、某勇者王アニメの主題歌の着メロが聞こえてきた。
「あ、電話だ。
 たーくん、ゴメン、ちょっと席外すね♪」
「あ、あぁ……」
 思わず太助がうなずくのを確認し、美咲は席を立ち、廊下へと出ていった。
 と――
「……太助」
 すかさず太助のとなりの席をゲットしようと動いたルーアンと花織を尻目に、太助に声をかけたのはフェイである。
「どうした? フェイ」
 聞き返す太助に、フェイは彼にしか聞こえないぐらいの小声で言った。
「……何かが始まる……」
「何か……?」
「そう。何か。
 それが何かはまだわからない。けど……確実に言える事がひとつ。
 それに、太助達が大きく関わることになる、ってことが……」

 一方、美咲は廊下に出るなり、携帯電話の通話ボタンを押した。
 だが――その視線はさっきまで太助にじゃれつき、シャオの料理に満面の笑顔を浮かべていた少女のものではなかった。数段真剣さを増し、まるで戦場に立つ戦士のような鋭さを見せている。
「もしもし?
 ……うん。今日着いたよ。
 それで……どう?
 ……そうなんだ……
 うん。わかった。引き続きお願いね」
 そう言うと、美咲が電話を切ると、
「……なんだって?」
 先ほどトイレと言って席を外していた刃が彼女に尋ねた。
 それに対して、美咲は真剣な眼差しのままうなずき、
「うん……まだ見つかってないって……
 隕石の落下した海域は未だに海流が激しく動いていて、神の目ゴッドアイズがマーキングしていた“遺跡”は消えたまま……」
「だが、通常の海底遺跡なら、海流が動いていようが捕捉できるはずだ。何しろ移動したりはしないんだからな。
 しかし“神の目ゴッドアイズ”は“遺跡”を完全にロストした。つまり……」
「やっぱりあの“遺跡”がビンゴだった、ってことだよね……
 あの隕石は、とうとう“人類史上最大の難敵”まで、起こしちゃったみたいだね……」
「それで、オレ達への指示は?」
「あたし達はこのまま鶴ヶ丘で待機。
 “あいつら”が復活した場合、まず狙うのは――」
「この鶴ヶ丘だから、か……」

 それから数日が過ぎた。
「えぇぇぇぇぇっ!?」
 桜花家のリビングでシャオ達から自分達の素性を聞かされ、美咲は思わず大声を上げていた。
「シャオちゃん達って、精霊さんなの!?」
「はい。
 私は月の、ルーアンさんは太陽の、そしてキリュウさんは大地の精霊さんなんです」
 聞き返す美咲に、シャオは笑顔でそう説明する。
 この数日、太助達は学校の放課後を利用して美咲達の引っ越し荷物の荷解きを手伝っていたのだが、昨日ようやくすべての荷物の片付けが終わり、お礼として美咲は今度はシャオ達を自宅に招いていた。
 そしてその場で、シャオ達は自分達のことを美咲に話して聞かせたのだ。
「そっか……シャオちゃん達って、精霊さんなんだ……」
 そうつぶやくと、美咲はソファに座り直すと腕組みして考え込む。
「? どうした?」
「え? あ、うん、精霊さんってホントにいたんだ、って思って……」
 キリュウの問いに、我に返った美咲がそう答えると、
「美咲」
 突然、台所から刃が顔を出した。
「どうしたの? 今日の食事当番だったらお兄ちゃんの仕事でしょ?」
「そうじゃない。ちょっと材料の買い忘れに気づいてな。
 悪いが、こっちで下ごしらえをしている間に買いに行ってきてくれないか?」

「――で、何でオレが一緒なんだ?」
「荷物持ちっ!」
「………………」
 自分の問いに満面の笑顔で断言する美咲に、太助は反論をあきらめてため息をつく。
 二人は今、食材選びの手伝いを申し出たシャオ、「太助と美咲の外出」に警戒したルーアン、そして家に残ってもやることのないキリュウ&フェイと共に、夕飯の食材を買いにスーパームサシへと向かっていた。
「いいじゃないですか。お買い物だって、みなさんで行けば楽しいですよ」
「まぁ、シャオがいいっていうんなら……」
 美咲同様満面の笑顔で言うシャオに太助が言うと、
「……ん? どうした? フェイ殿」
 キリュウが、少し後方で立ち止まっているフェイに気づいた。
 しかし、フェイはキリュウが声をかけても反応を示さない。じっと空を見上げている。
「……フェイ……?」
 そんな彼女達に気づき、戻ってきた太助が声をかけ――ようやくフェイは口を開いた。
「……来た」
「え………………?」
 その言葉に、太助が疑問符を浮かべ――
 ――ドガオォォォォォンッ!
 突然の爆発が彼らを襲った。

「――――――っ!」
 その爆発は、爆音として刃の耳にも届いていた。
 あわてて彼は庭へと飛び出し、爆音の聞こえてきた方角へと視線を向ける。
 そちらでは、市街地の辺りから真っ黒な煙が空へと立ち上っていくのが見えた。
「お、おい、刃! ありゃ何だよ!」
 同様に七梨家から飛び出してきた那奈が声を上げるが、刃はそれに気づくことなく、ポツリとつぶやいた。
「まさか……“ヤツら”が現れたのか……!?」

「……大丈夫ですか? みなさん」
「さ、サンキュー、シャオ……」
 自分達を爆発から守ってくれた塁壁陣を支天輪へと戻すシャオの問いに、太助は煙で少々咳き込みながらそう答える。
「けど、何が起きたの……?」
「わからない。
 だが……少なくとも事故とかそういった類ではなさそうだ」
 煙の立ち込めた周囲の様子を気配で探りながら、ルーアンとキリュウがつぶやく。
 ただ――そんな彼女達も見落としていた。
 自分達の後ろで――美咲の表情が鋭く変化しているのを。
 と――そんな時だった。
「へぇ、あの一撃に耐えるとはさすがは惑星霊。やるもんだね」
「誰です!?」
 突然かけられた声に鋭く言い放ち、シャオが声のした方向へと向き直り――
「ま、もっともそのくらいのことはできてもらわないと、こっちとしても張り合いがねぇんだがな」
 言って現れたのは――人間ではなかった。
 さながら『トカゲ人間』とでも形容すればいいだろうか。真紅のトカゲを思わせるそいつは二本の足でしっかりと立ち、ニヤニヤと笑いながらシャオ達と対峙していた。
「あなた……何者よ!」
「何だよ、知らねぇのか?
 オレ達もずいぶんとマイナーになっちまったもんだな」
 ルーアンの問いにトカゲ男が答えると、
「そのくらいにしておけ。ヘルファイア
 声と共に、さらにひとり、晴れつつある爆煙の向こうから姿を現した。
 こちらもまた、人間と呼ぶには少々疑問の浮かぶ容姿の持ち主だった。ただ、まだ生物的な印象のあった、ヘルファイアと呼ばれたトカゲ人間と違い、真紅の甲冑を全身にまとっているため、むしろ人型ロボットのような感じのする姿をしていた。
「自己紹介が遅れたな。
 我が名はラゴウ。『鎧魔がいま』軍が幹部、『鎧魔五獣将』がひとり、炎将の称号を持つ」
「が、鎧魔だと!?」
 真紅の甲冑戦士の自己紹介に、驚きの声を上げたのはキリュウである。
「知ってるのか? キリュウ」
「あたし達精霊達の中で、その名を知らないヤツなんていないわよ」
 尋ねる太助にそう答え、ルーアンは彼へと説明を始めた。
「鎧魔……人間の歴史で言えば今から三千年以上も昔、あたし達の故郷・精霊界とこの人間界へと侵攻してきた闇の種族よ。
 その目的は一切不明。ただ両世界で次々に街を攻め滅ぼし、勢力を拡大していったわ。
 けど――そんな彼らの暴挙も長くは続かなかった。
 あたし達精霊の中から、彼らに立ち向かう者が現れたの。
 そして、彼女の活躍によって、鎧魔は深き海底へと封じ込められたわ。
 けど――そのせいで彼女は深い傷を負い、この世を去ることになったわ……」
「そんなことが……オレ達の歴史の裏で……」
 ルーアンの話に太助が呆然とつぶやくと、
「そう。だが――我らはこうして甦った。
 貴様ら精霊達に今度こそ勝利し――再びこの世界を手中に収めんがために!」
「そんなこと――私達がさせません!」
 宣言するラゴウに向け、シャオが鋭く言い放つ。
「この星に住む人達は今も、三千年前から変わらず懸命に生きているんです!
 そんなみなさんの幸せを、あなた達の勝手なんかで奪わせはしません!」
「ま、あたしはシャオリンみたいに奇麗事は言えないけどさ……
 たー様を幸せにするためには、どうもあんた達を倒さなきゃムリっぽいのよね」
「私も、ルーアン殿に同意見だな。
 主殿を鍛える私の使命はまだ途中だ。使命を果たすためにも、貴方達の行いを黙って見逃すことはできそうにない」
 決意と共に宣言するシャオの両隣で、ルーアンとキリュウもそれぞれの精霊器をかまえる。
 だが――彼女達3人を前にしてもラゴウは動じることはなく、
「ほぅ……精霊とはいえ、たった3人で我々と戦うつもりか……
 だが、力を伴わぬ理想になど、何の価値もないことを教えてやる!
 いでよ、鎧魔兵ガルザック!」
 ラゴウの言葉と共に彼の周囲の空間が揺らいだかと思うと、その揺らぎの中から多数の怪人達が現れる!
「さぁ、この数のガルザックと我が配下の鎧魔獣ヘルファイア、これだけを相手にしてもその強気な態度でいられるかな!?」
 ラゴウが叫ぶと同時、怪人――ガルザックとヘルファイアが同時に地を蹴り、シャオ達へと襲いかかる!
「太助様、フェイちゃんや美咲さんと安全なところへ!」
 言って、シャオは支天輪をかざし、
「来々、天鶏、天陰――」
 支天輪から呼び出された天陰と天鶏がガルザック達の間を攻撃しつつ駆け抜けていき、
「――車騎、雷電!」
 ドゴォッ!
 陣形の崩れた彼らを、車騎の砲弾と雷電の雷撃が薙ぎ払う。
 さらに、
「陽天心、召来!」
 ルーアンは彼らの破壊によって断ち切られた電線を陽天心に変え、ガルザックに巻きつかせて感電させ、
「万象、大乱!」
 キリュウは自らの投げつけたガラス片を巨大化させ、ガルザック達をまとめて斬り裂く。
「へぇ、ガルザックじゃ相手にならねぇか……やっぱやるもんだねぇ」
 そんな彼女達の戦いぶりを見て、素直に感心してそう言うと、ヘルファイアは両手の中に火炎の弾を作り出し、
「けど、オレ様はそうはいかないぜ!」
 言うなり、シャオ達に向けて投げつける!
「来ます!」
「わかってるわよ!」
 シャオに言い返し、ルーアンは彼女やキリュウと共に投げつけられた火炎弾をかわすが、
「オラオラ、まだまだいくぜ!」
 ヘルファイアは次々に火炎弾を生み出し、シャオ達に向けて投げつけてくる。
「くっ、これでは近づけん!
 シャオ殿!」
「はい!」
 キリュウに答え、シャオが支天輪をかまえるが、
 ――ガシィッ!
 その腕に、生き残りのガルザックがしがみつく!
「よくやったぜ!」
 言って、ヘルファイアは火炎弾を生み出し、
「まずは、てめぇだ!」
 ガルザックに突き飛ばされ、体勢を崩したシャオに向けて火炎弾を放つ!
「シャオリン!」
「シャオ殿!」
 ルーアンとキリュウが声を上げ――
「シャオ!」
 今まさに炎に焼かれんとしていたシャオに太助が飛びつき、火炎弾の射線から逃れる!
「太助様!」
「大丈夫か? シャオ」
 驚くシャオに尋ね、太助はヘルファイアやその後ろで戦いを傍観しているラゴウをにらみつける。
「太助様、危険です! 早く避難してください!」
「大丈夫だよ。フェイ達はちゃんと避難させた。
 後はオレだけど……シャオ達ががんばって戦ってるんだ。主だからって、お前達だけに危険を押し付けてなんかいられない!」
 シャオにそう答え、太助は彼女の顔をまっすぐに見据えて言った。
「オレ達四人……何があったってずっと一緒だ!」
「太助様……」
「たー様……」
「主殿……」
 その太助の宣言に、シャオ達は思わず涙を浮かべてつぶやき――やがて決意と共にうなずいた。

「たーくん、大丈夫かなぁ……?」
 フェイと共に避難の続く街の中を走りながら、美咲はポツリとつぶやいた。
 と――そんな彼女に、フェイが声をかけた。
「助けに行きたい」
「え……?」
「太助達を……助けに行きたい」
 思わず立ち止まった美咲に、フェイはもう一度言う。
「だって……それができる力があるから」
「フェイちゃん……まさか……」
 さらに続けるフェイに、美咲はたった一言だけ、尋ねた。
「……わかってるの?」
 その問いに――フェイは静かにうなずいた。

「ほぉ、どうやら貴様がそこの精霊達の主のようだな」
 戦いを決意した太助へと向き直り、ラゴウはそう声をかけてきた。
「あぁ。一応な」
「彼女達に手を引かせて欲しい……と言ってもムリだろうな」
「あいにく、オレはシャオ達の意志を尊重してるんでね」
 数度のやり取りを経て、太助とラゴウ、両者はしばしにらみ合っていたが、
「そうか……
 ……ならば、貴様も我らの障害として排除するのみ!」
「そうはさせません!」
「やれるものなら、やってみなさい!」
「主殿には、指一本触れさせない!」
 言って、戦いが始まってから初めて戦闘態勢に入るラゴウに、シャオ、ルーアン、キリュウが立ちはだかる。
「そうか……まずは貴様らが相手か。
 ならばゆくぞ!」
 言って、ラゴウは右手に剣を生み出し、
「ブレイドフレイム!」
 かざし、振り下ろしたその剣から火炎が放たれる!
「きゃぁっ!」
「うわわわわっ!」
「くっ!」
 シャオ達3人が火炎をかわすと、ラゴウは続けて左手に銃を生み出し、
「ファイヤーショット!」
 銃から放たれた燃えさかる弾丸が、回り込もうと地を蹴ったキリュウの足を止める。
「陽天心、召来!」
 ルーアンが近くに停めてあったダンプに陽天心をかけて突っ込ませるが、
「オレ様がいることも、忘れんなよ!」
 立ちはだかったヘルファイアが、火炎弾の乱射でダンプの軌道をそらして攻撃を避ける。
「フン、それで終わりか?」
「なんの、慶幸日天をなめないでよ!」
 ルーアンがラゴウに言い返すと、
「ルーアンさん、伏せて!」
 シャオが支天輪を構えて言い、ルーアンが伏せ、
「来々、天陰、天鶏!」
 シャオの星神連打が、ラゴウを直撃し――
「むんっ!」
 ラゴウは直前に展開していた力場によって、天陰も天鶏の攻撃を防ぎ、弾き返す!
「なら私だ!
 万象大乱!」
 キリュウが頭上のビルの上部分だけを巨大化させ、自重でビルを崩すが、
「ムダだ!」
 ラゴウが火炎を放ち、自分の頭上に落ちてくる部分を撃ち抜いて難を逃れる。
「お前らの力はこんなものか。
 では、こっちから行くぞ!」
 ラゴウが叫び、
 ドゴォッ!
『わぁぁぁぁぁっ!』
 全身から火炎を放ち、シャオ達を吹っ飛ばす!
 ドガァッ!
 音を立て、シャオ、ルーアン、キリュウ、太助が大地に叩きつけられる。
 ダメージが大きいのか、みんな動くこともできない。
「……貴様らは確かに強い。
 だが――戦いにまとまりがない。それでは勝てん」
 言って、ラゴウはクルリと背を向け、
「もうそいつらに戦う力は残されてはいまい。
 ヘルファイア。とどめは貴様に任せる」
「はいはい。わかりましたよ♪」
 ラゴウの言葉に、ヘルファイアは軽いノリでそう答え――
 ――ザンッ!
 一瞬の斬撃音を境にその動きが停止した。
 そして――
 ――ズ……ッ!
 その身体が左右に断ち切られ、
 ドガオォォォォォンッ!
 大爆発を起こし、四散した。
「何……っ!?」
 突然の異変に、ラゴウは驚きの声を上げ――
「――――――そこだ!」
 ガギィッ!
 繰り出された斬撃を、右手の剣で受け止めていた。
「くっ……何者だ!?」
 言ってラゴウの繰り出した蹴りを、斬撃の主は背後へのジャンプでかわし、
「あなたこそ、あの子達を見くびってないかしら?」
 そう言いながら空中で身を捻り、“彼女”はラゴウへと背を向けたまま静かに着地した。
「確かに今は実戦から遠ざかってたせいですっかりなまっちゃってるけど――カンが戻れば化けるわよ、あの子達」
 言って、“彼女”はラゴウへと振り向き――ラゴウの表情が驚愕のそれへと変わった。
 歳はだいたい22、3歳ぐらい。豊かな金色の髪を腰まで伸ばし、均整のとれた抜群のプロポーションを蒼色のチャイナドレスに包んでおり、手には柄に宝玉のはめ込まれた両刃の剣を握り締めている。
 だが、ラゴウが驚いたのは、そんな彼女の美しさが原因ではなかった。
 知っている顔だったのだ。対峙するその女性が。
 だが、彼の知るその相手は――
「バカな……貴様は、三千年前に……!」
「こっちもいろいろあってね、あたしも復活できたってことよ」
 ラゴウに答え――彼女は高らかに宣言した。
「轟雷火天・麗羅レイラ、ここに召来!」

 次回に続く!


次回予告
太助 「太助だ。
 オレ達を助けてくれた、轟雷火天って一体……?
 戦いで傷ついたオレ達に、新たな鎧魔が襲いかかる。
 巨大化した鎧魔獣から街を守るため、今、蒼い巨神が立ち上がる!
 次回、まもって守護月天! ELEMENTAL BREAK、第2話、
『灼熱の守護神』
 シャオは……オレが守る!」

Next Attention Point:轟天剣


解説と書いて言い訳と読むあとがき
 さて、ついに始まりました月天FFシリーズ「ELEMENTAL BREAK」。
 いきなり豪快な登場をかましてくれた美咲。ハッキリ言って爆弾娘です。
 太助にベタ惚れで、ルーアンと花織を「2号さん&3号さん」とまで言い切ってくれたそのすさまじさは今後も太助達を遠慮なく振り回してくれることでしょう。
 太助達に対して何かを隠している美咲達、フェイの語る謎のキーワード、そして、ラストに登場した轟雷火天・レイラの正体とは?
 始まりたてで謎はまだまだ盛りだくさん。どうか長い目で見守ってやってくださいませ。