Episode01
「救世の始まり」
開戦からすでに1年が経とうとしている。
今日もまた、この星のどこかで血が流れ、命が散っていく。
なぜ人は戦わずにはいられないのだろう? なぜ人はわかり合うことができないのだろう?
生まれた星が違っても所詮は人。その業から逃れることは決してできないのかもしれない。
だが――人は憎み合うだけの生き物でもない。それだけは間違いない――
ブルームーン砂漠は、「砂漠」という呼称とは裏腹に比較的オアシスや植物の育つ肥沃な土地が小規模ながら数多く点在し、居住もかなり容易な土地柄ではあるが、戦略的に要害となり得る地形でもなく、同時にめぼしい資源もないため、これまでにあったこの星の民族間の戦争でも、そして今行なわれている地球軍とアース軍との戦争でも戦場になることはめったになかった。あったとしても、たまに砂漠の外れで移動中の部隊同士が遭遇戦を行なうぐらいだ。
そんな土地柄であるが故に、この土地には多くの難民達が戦火を逃れて集まり、各オアシスが連携した一大キャンプを形成していた。
砂漠の一角を、一台のジープが疾走している。
そしてその荷台には、先ほど近くのオアシスから汲み上げてきたばかりの水が、こぼれないようにしっかりとフタをされたかめの中でタプタプと音を立てている。
「〜♪ ♪♪〜〜〜♪」
その音をBGMに、運転席に座る少女はのんびりと鼻唄を唄っていた。
水を汲んできたオアシスは岩場に隠れていたおかげで、まだ彼女以外の人物には発見されておらず、年頃で何かと水を使う彼女にとっては非常にありがたく、今ではすっかり秘密の給水所と化していた。誰も来ないから、たまにその場で水浴びに興じることもある。
戦乱によって両親と生き別れ、今住んでいる避難民キャンプに逃れてきたばかりの頃はこんな車の運転はもちろん、家事ひとつロクにできなかった。それを思うと、我ながらずいぶんと生活力がついたものだと思わず苦笑がもれてくる。
そんな彼女の視界にキャンプが見えてきたのは、それからすぐのことだった。
「おーい、レナ!」
ジープを停め、荷台のかめを下ろそうと運転席から降りたところに声をかけられ、少女は声のした方へと振り向いた。
その拍子にフードがはずれ、蒼色がかった長い黒髪が解き放たれ、周囲になびく。
背はこの年頃の女の子としては平均的か。まだあどけなさの残る顔に納められた蒼色の瞳で、声をかけた相手を探している。
レナ・オーキッド。それが彼女の名である。
そして、レナの振り向いた先には、彼女の予想通りの人物がいた。
タクヤ・クラウド。このキャンプに来て以来の友人である。
そしてそのとなりにはタクヤのガールフレンド、カオル・ミドリカワの姿もある。
「あれ、カオルも一緒なの?」
「あぁ。そこで一緒になってさ」
尋ねるレナに、カオルは肩をすくめてそう答える。
「で? どうしたの?」
「いや、どうせ今日はその水運んだらヒマだろ?
オレ達もヒマなんだけど、カオルがおごってくれるって言うからさ、よかったら一緒にどうだ?」
「え? そりゃ助かるけど……いいの? カオル」
「いいのいいの。
お母さんってば、こないだ街に出かけた時に上質のお肉手に入れてきてね、『今日は腕を振るってやるんだーっ!』って張り切っちゃってるのよ。
けど、うちの人間だけじゃとてもじゃないけど食べきれないから、ね?」
「……片づけるための人手を集めてるのね……
おばさんに蓄えようって発想ないもんねぇ」
笑いながら答えるカオルの言葉に思わず苦笑を返し――レナは同行を快諾した。
「……快諾……するんじゃなかった……」
数分前の自分の浅はかさを心の底から呪い、レナはため息まじりにそうつぶやいた。
目の前に盛り付けられているのは、文字通り「山」と表現できるほどの量の焼肉である。
これをたった3人とカオルの両親の計5人で片づけろというのは、どう考えたってムリだ。不可能だ。どう見たって10人前はある。
こっそり視線で助けを求めるが、カオルもその辺りのことはすでにあきらめてしまっているようだ。力なく首を左右に振る。
「……ったく、しょうがないか……」
自嘲気味につぶやき、レナはその場で立ち上がり、
「ゴメン、ちょっと席外すわね」
「どこ行くんだ?」
必死に焼肉の山と格闘しながらタクヤが尋ねると、レナは答えた。
「予備戦力集めに行ってくる」
「えーっと、まずはサラかな……」
つぶやき、レナはキャンプの中を目的の人物を探して歩き回っていた。
自分よりも年下でありながら大食家である彼女が加わってくれれば、あの量の肉もなんとか片づけられるはずだからだ。
と――
「あー! いたいた!」
雑踏の中に目的の人物を見つけ、レナは手を振って声をかけた。
「サラ、サラ! ちょっとちょっと!」
「ん? レナじゃない」
声をかけてきたレナに、彼女は――サラ・ブルーバードは不思議そうに振り向いて声を上げる。
「どうしたのよ?」
「ねぇ、サラ。
お昼……もう食べた?」
「え? まだだけど?」
自らを待ち受ける運命も知らず、サラがレナの問いにそう答え――
――ガシッ。
その両肩はレナによってしっかりと捕獲されていた。
「さて、次は……」
とりあえずサラをミドリカワ家に連行し、レナは次なる獲物――もとい、協力者を探してキャンプ内を散策していた。
「とりあえず、手数を考えるとあと二人は欲しいところなんだけど……」
レナがつぶやくと、
「あら、レナさん」
「ヤッホー、レナ♪」
突然声をかけられ、レナはクルリと振り向き、
「あぁ、シーラ、それにハルナも」
そこにいた友人達――シーラ・ブリジットとハルナ・フェニックスへと応える。
「どうしたの? キョロキョロしちゃって」
「うん、実は……」
ハルナの問いに答えかけ――レナはふと思考を止めた。
探している頭数は最低二人。そして目の前には二人の友人。
そのことに思い当たり――レナは二人へと微笑を向けた。
――とまぁ、こんな感じでレナはこのキャンプで概ね平和に暮らしていた。
そう――その日までは。
ブルームーン砂漠の難民キャンプから東へ数キロ――
現在、そのポイントを1機の飛行機が飛行していた。
地球連合軍の輸送機である。
「なぁ……本当に大丈夫なのか?」
輸送機のコックピットで、副操縦士は相棒であるメインパイロットにそう尋ねた。
「この機に積んである荷物って……アレだろ?
なのに、護衛の機体が1機もナシ、なんてさぁ……」
「護衛の機体が1機もいないからいいんだよ」
不安げに言う相方に対して、メインパイロットは平然とそう言う。
「仮に護衛をバリバリにつけてみろ。『重要なものを運んでます』って敵に教えてるようなものだろう?
逆に、護衛がいないってことは運んでいるものは大して重要なものじゃないって相手に思わせることができる。そっちの方が安全なんだよ」
メインパイロットが言うと、
「だから、オレ達も『仕事』がやりやすいんだがね」
突然、彼らに声がかけられた。
本来彼らしかいないはずのコックピットで。
『――――――!?』
パイロット達が驚いて振り向くと、そこにはひとりの青年が立っていた。
漆黒の髪を無造作にばらけ、動きやすいよう着崩した野戦服に身を包んでいる。
「な、何者だ!?」
「おっと、動くなよ。
悪いがあんた達にはしばらくおとなしくしてもらうぞ」
驚く副操縦士に銃を突きつけ、青年が答えると、
「隊長、他の区画は制圧完了しました」
青年の後から現れた男が、青年に向けてそう報告する。
「ご苦労様。
パイロット班をここへ連れてきてくれ。メカニック班は『小包』の確認。残りは全員捕虜の見張りだ」
「全員……ですか?」
「そう。パイロットとメカニック班以外は全員だ。
拘束したとはいえ相手は本職の軍人だ。何をしでかすかわからないからな。
それに、まだ休憩させて緊張を途切れさせるのもマズい。
オレ達の仕事はこれからが本番なんだ」
そう男に答える間も、青年は二人のパイロットから視線を外さない。
「お、お前達……何者だ……?」
パイロットの言葉に、青年は答えた。
「オレ達は――『Freedom』だ」
『Freedom』。戦乱の中にある惑星アースで、アース軍とは別に地球軍に対抗している反戦組織――早い話がゲリラやレジスタンスの類である。
アース軍は地球軍とは違いMSを持たない。それ故に兵器の戦闘力としては圧倒的に地球軍に劣る形となっている。そんな彼らが今現在地球軍と対等に戦えているのは、ひとえに地の利を活かした戦法を得意とする彼らのような存在のおかげなのである。
ただし――反『戦』組織であり反地球軍組織ではない『Freedom』にとって、地球軍と敵対しているのは現在地球軍が優勢だからにすぎない。仮にアース軍が優勢になれば、彼らは容赦なくアース軍に標的を変更するだろう。
彼らにとっては、戦いを起こす力すべてが敵なのだから――
「なんとかうまくいったな、カイト」
「あぁ。
『ドクター』の情報通りだな」
声をかけてくる仲間――自分の補佐をしてくれているザック・ローガンの言葉に、青年――カイト・キリサワは地球軍のパイロット2名を連行しながらそう答える。
輸送機の方は自分達の仲間のパイロットが操縦している。腕利きをそろえてきたから快適な飛行を約束してくれるはずだ。
しかし――まだ気を抜けないことを、彼は知っていた。
「だが、まだ終わったわけじゃない。
何しろ荷物が荷物だからな。この機が奪われたと知ったら、連中、大挙して追いかけてくるぞ」
「そうだな……」
ザックの言葉に、カイトは答えて思わず考え込む。
そう。まだ自分達は『荷物』を奪っただけにすぎない。さらにこれを仲間達の元へと届けるという仕事が残っている。
そしてそのためには――この輸送機を奪われたと知った敵が放つであろう、追っ手を撒くという難しい問題が待っているのだ。
と――
〈た、隊長! 早く格納庫に!〉
仲間からの無線が彼らに急を告げていた。
「……こ、これは……!?」
格納庫に到着し輸送機のパイロット達を捕虜に加え――カイトは問題の『荷物』を見て唖然としていた。
「敵の新型機動兵器の試作シリーズとは聞いていたが……」
「まさか『G』とは……」
周りにいる仲間達も同様を隠せないでいる。
「こいつぁ大収穫だ……
これさえあれば、一気に戦局をひっくり返せるぞ!」
「もう地球軍のヤツらに好き勝手されないですむんだ!」
一気に湧き立つ彼らだったが、
ビーッ! ビーッ!
〈隊長! 地球軍だ!
飛行型が4! 猛スピードで追ってくる!〉
突然の警報とコックピットの仲間からの通信が彼らの喜びを粉みじんに打ち砕いていた。
そして、カイトが声を上げた。
「飛行型で、警邏コースからでもこの短時間で追いつける加速――『ホルス』か!」
「すっかり遅くなっちゃった。
これじゃキャンプに着くのは夜になっちゃうなぁ……」
砂漠の真ん中をジープで疾走し、レナはうんざりしながらつぶやいた。
今日は街に買出しに出ていたのだが、少々目的の品物を探すのに手間取ってしまい、帰路につくのが遅くなってしまったのだ。
すでに日は沈み、周囲には闇が落ちている。付け加えるなら砂漠の夜はずいぶん冷える。ジープでは満足な暖房もかけられず、レナはコートを着込んで寒さを凌いでいた。
「あーもう、また寝るの遅くなっちゃうわよ。
夜更かしは美容の大敵なのにぃ……」
ムチャなことだとはわかっているがついついぐちりたくなってしまう。そんな自分に内心ため息をつき、レナは夜空を見上げ――
「――あれ?」
“それ”を見つけ、思わずジープを停車させていた。
「あれは……輸送機と、MS!?」
「『G』は使えないのか!?」
「ムリだ! 弾薬の装備だってしてないし、エンジンだって立ち上がりにはまだ少しかかる!」
尋ねるカイトに対し、整備員の答えは絶望的なものだった。
「だいたい空戦ができるのは206の1機だけなんだ。
いくら『G』だからって、たった1機で出ていったって手数が足りん、足止めしきれるもんか!」
「くそっ……!」
整備員の言葉に舌打ちし――カイトはすぐさま決断して指示を出した。
「コックピット! 不時着でもかまわない、“着陸しろ”!」
〈なんだって!? 正気か!?〉
「地上ならすべての『G』が使える!
陸に降りて、『G』で連中を迎え撃つ! このまま飛んで逃げるよりもよっぽどマシだ!」
〈り、了解!〉
「――降りるの!?」
地上から戦いを見つめていたレナは、輸送機が高度を下げ始めたのに気づいて――次いでその降下先にあるものに気づいて声を上げた。
あの先には――キャンプがある!
「ったく、冗談じゃないわよ!」
言うなり、レナはジープを急発進させ、一直線にキャンプへと向かう。
とはいえ相手は、飛行機だ。ジープでは間に合わないことなどわかりきっていた。
しかし――向かわずにはいられなかった。
――ズザザザザァッ!
底をこする砂を盛大に巻き上げ、輸送機は砂漠へと軟着陸を果たした。
その場所はキャンプから1キロほどしか離れていない。ビームライフルでも熱対流の小さい夜間ではキャンプに流れ弾が届く可能性は十分にある。
「ハッチ開けろ! 『G』はトレーラーごと運び出す!」
矢継ぎ早に指示を出し、カイトもまた先頭のトレーラーに飛び乗って輸送機の外へと走り出す。
「後は『G』を起動して……!」
つぶやくカイトだったが、
「隊長、アレ!」
キャンプに気づいた仲間の言葉に、カイトはようやくその存在に気がついた。
「避難民キャンプか!
くそっ、ここで戦ったりしたらキャンプを巻き込むか!
このまま敵を誘導するぞ!」
カイトのその指示に、トレーラーは進路を変え、キャンプとは反対方向へと走り出す。
だが、敵――地球軍の空戦型MS、ホルスはそう簡単には見逃してはくれない。地上のトレーラーに向けて手にしたライフルで銃撃を繰り返す。
「ちっ、こっちの動きを封じるつもりか!」
運転席でカイトが舌打ちすると、
「――!?」
前方の砂丘を飛び越え、一台のジープが姿を現す!
レナのジープである。敵をキャンプから引き離そうとキャンプとは逆方向に走った結果、自分達を追ってきていたレナと鉢合わせしてしまったのだ。
「なんだと!?」
驚きながらもあわててカイトはハンドルを切ってジープをかわすが――ジープとトレーラー、両者のちょうど中間に至近弾が着弾し、爆発を巻き起こす!
「きゃあっ!」
その衝撃でレナのジープは大きく跳ね飛ばされ、トレーラーも右前輪のタイヤがパンク。そのまま砂丘に激突してしまう。
「くっ……! あのジープは!?」
エアバック越しとはいえハンドルにしたたかにぶつけた額を押さえ、カイトが突然現れたジープへと視線を向けると、あちらではジープから投げ出されたレナが頭を押さえながら身を起こしたところだった。
どうやら砂漠の砂がクッションになって軽傷ですんだようだ。
「いったぁい……!
もう! なんで戻ってくんのよ!」
口に入った砂を吐き出し、レナが毒づくと、
「何やってる! 死にたいのか!」
トレーラーから降りて駆け寄り、カイトがレナを叱る。
「あ、あんた達こそなんでこんなトコでドンパチやってんのよ!
わかってるの!? この先には避難民のキャンプがあるのよ!」
「そんなことわかってる! だからヤツらをキャンプから遠ざけようと――」
文句を言うレナにカイトが言い返し――そんな二人の前に、1機のホルスが着地した。
鳥の頭を思わせる頭部のデュアルセンサーが二人を認識し、右腕のライフルをかまえ――次の瞬間、強烈な衝撃を受け、ホルスはレナたちの前から弾き飛ばされた。
カイトを救うため、仲間がパンクしたトレーラーを暴走させて脱出、そのままホルスへと突っ込ませたのだ。
と――
「――――――っ!?」
突然、レナは目まいを感じて頭を押さえた。
「何? 今の……!」
うめくレナだったが、目まいはどんどんひどくなり、視界もぼやけてくる。
そして――意識が途絶えた。
「くっ……! 今は迎撃が先か……!」
そんなレナの変化にも気づかず、巻き起こる粉塵から砂漠用のマントで身を守りながらカイトがうめき――
――タンッ!
そのとなりを駆け抜け、レナがトレーラーへと走る!
レジスタンスの一員として鍛えられているとはいえ、砂漠での行動の経験の少ないカイトと違い、さすがにレナは砂漠在住。その走りはつま先でしっかりと踏み込み、砂地を確実に踏みしめている。
当然、走るスピードの差は歴然だ。レナの方が先にトレーラーに到着し、その荷台によじ登る。
「おい! 何をしている!
それが何なのかわかっているのか!?」
追いついてきたカイトの言葉にも答えず、レナはホロを止めていたロープの何本かを外し、ホロの中へと潜り込む。
「お、おい!」
あわてて後を追うカイトだったが、レナはホロの下で積まれていたMSの胸部へとすべり込むと、開閉スイッチを見つけてハッチを開き、コックピット内に入る。
だがその動きは素人のものではない。どう見ても手馴れた人間のものだった。
「お前……一体……?」
カイトがうめくが、レナはかまいはしない。コックピットシートに座って手早くシステムを立ち上げていく。
「早く入って! 死にたいの!?」
「お、おう!」
システムチェックを終えたレナに言われ、カイトがあわててコックピットに入ると、レナはハッチを閉じ、
「起こすわよ!」
その言葉と同時、コンソールに光が灯り、レーダーディスプレイが起動、さらに前方と左右に配置されたモニターも作動し、頭部のデュアルセンサーが捉えているであろうホロの生地が映し出される。
そして、四肢を固定していた拘束アンカーを力任せに破壊し、ホロをかぶったまま二人の乗るMSは身を起こす。
両足をトレーラーから下ろし――ゆっくりと立ち上がる。
「な、何だ!?」
「『G』が……起動している!?
バカな!? アレを動かせる人間が、ヤツらの中にいたっていうのか!?」
突如起動したMSを前に、ホルスのパイロット達が動揺を見せる中、MSは頭部にかかったホロをつかみ、さながら身にまとったマントを脱ぎ捨てるかのようにはぎとった。
曲線を主体としたデザインのホルスと違い、直線を主体としたデザイン。
精悍なヘルメットに真紅の止め具で取り付けられたかのような、金色に輝く4本のブレードアンテナ。
そして何よりも目を引く、一目見ただけで主兵装だとわかる、バックパック右側に固定された長身の大型砲。
『G』と呼ばれるその機体は、4機のホルスを前に臆することなく立ちはだかっていた。
「お前……なんでMSを動かせる?」
カイトがレナに尋ねるが、レナは答えない。
「おい! 答えろ!」
言って、カイトは身を乗り出してレナの顔を見て――気づいた。
瞳の色が変わっている。
さっき出会った時に見た彼女の瞳は、たしか紫がかった蒼色だったはずだ。しかし今は――真紅に染まっている。
「お前……一体……!?」
カイトがつぶやき――傍らのサブモニターに起動完了を示すメッセージが表示された。
Standing by...
GX-307 Beat
Beat Gundam Operation Start!
「ビート……ガンダム……?」
カイトが表示されたメッセージに目を通し、その中にあったMSの名をつぶやき――
「下がって! 来るわよ!」
レナの言葉と同時、2機のホルスが腰に装備したサーベルを抜き放ち、突っ込んでくる!
だが――
「くっ!」
レナは素早くレバーを引いてペダルを踏み、MS――ビートガンダムはバックステップでホルスの突進をかわす。
そして、ビートガンダムが着地するなり、レナは手早く傍らのキーボードを操作し、装備のデータを呼び出す。
「ビームサーベルが2本に頭部バルカンが2対、それに……対要塞砲――!?」
呼び出されたデータの内容――正確にはその最後の一項――に驚き、レナは思わずつぶやき、
「ビームサーベルと、バルカンなら!」
叫んで、腰に装備された円筒状の筒を手にして――その先にビームが放たれ、光の刃を形成する。
こちらがビームサーベルを抜き放ったことで、敵も戦闘を完全に決意したようだ。前衛の2機が左手に持ち替えたライフルで牽制しつつ、ビートガンダムへと突っ込んでくる!
だが――
「甘いっ!」
レナの操作で、ビートガンダムは見事なフットワークで銃撃をかわし――次の瞬間、轟音と共に、下からすくい上げるように振るったビームサーベルで片方のホルスを両断する!
さらに、返す刀でもう1機を袈裟斬りに切り捨て、とどめとばかりにコックピットを貫いて仕留める。
瞬く間に2機のホルスを撃破したビートガンダムに、残りの2機も戸惑いを見せ――
「――遅いっ!」
そのスキを逃すレナではなかった。素早く間合いを詰め、残った一般兵機を流れるような太刀筋で斬り捨てる。
これで残るは隊長機のみ。レナは素早くビートガンダムを向き直らせ、ビームサーベルを構え直す。
「どうする? 続ける?」
「ぐっ……!
ほざけぇっ!」
レナの言葉に、隊長が叫んで突っ込み、
――ドガァッ!
斬りつけると思わせてフェイントで懐にすべり込み、体当たりでビートガンダムを弾き飛ばす!
「く……っ!」
押し返されながらもなんとか踏みとどまり、レナはビームサーベルでの反撃を試みるが、
「ぬるいわぁっ!」
隊長はその攻撃をかい潜り、逆にビートガンダムを蹴り飛ばす!
「さすが隊長機、やる……!」
「伊達に隊長をやっているワケではないっ!」
うめくレナの言葉へとつながったままの通信越しに言い返し、隊長はなおも斬りかかり――
「――けど!」
レナはとっさに頭部バルカンで隊長機を後退させ、自身もバックステップで間合いを取る。
「くっ……!
接近戦は向こうが腕が上、対してこっちは飛び道具はバルカンぐらいしか使えない……状況としては最悪だな」
そんなレナの後ろのサブシートでカイトがうめき――
「――だったら!」
言って――レナの操作で、ビートガンダムが背中の砲――対要塞砲のマウントを外し、腰だめにかまえる!
「お、おい!?
何考えてる! この状況で対要塞砲なんて!
向こうがチャージ完了まで待ってくれるワケないだろうが!」
カイトが叫ぶが――レナはかまわない。迷わず傍らのシステムを起動させた。
Beat Growth System Start...OK!
Beat Canon Standing by!
ディスプレイにそう表示された、その途端――
――ヴォンッ!
音を立て、ビートガンダムの出力ゲージの指針が一気に跳ね上がる!
「こ、こいつ……!?」
突如ビートガンダムに起きた異変に、カイトが声を上げると、
「何のつもりか、知らないが!」
叫んで、隊長がホルスを突っ込ませる!
だが――
――ガギィッ!
音を立て、レナの操作でビートガンダムがかざした左手がホルスの右腕を――その手につかんだサーベルを受け止め、右手で抱えた対要塞砲をホルスの胸部――コックピットのすぐ前に突きつけた。
「こんな至近距離から――!?
おい、待てお前!」
レナの狙いに気づき、あわてて止めようとするカイトだったが、レナはかまわずトリガーを引き――
――ドゴォッ!
放たれた巨大な閃光が、コックピットどころかホルスのボディそのものを消し飛ばしていった。
すべての敵を撃破し――ビートガンダムはその場に立ち上がった。
と――
「――――――えっ?」
突然、レナの目をまばたかせ、
「あたし……何でここに?」
「……何だと?」
尋ねるレナの問いに、カイトは思わず聞き返した。
「覚えていないのか?
お前、このMSで地球軍のMSを全機撃墜したんだぞ」
「あ、あたしが!?」
言って――レナはそこで初めて、自分がMSのコックピットに座っていることに気づいた。
「な……何なの? これ……」
つぶやき――モニターへと視線を向けたレナは見た。
自らの一撃で身体を失い、周囲に散らばるホルスの手足を。
「これを……あたしが……!?
なんで、あたし……こんなことができるの……!?」
それが、レナとビートガンダムの出会いだった。
そして、この出会いが、後にこの星の戦いを大きく変えていくこととなるのである――
次回予告
突然ビートガンダムに搭乗し、地球軍のMS部隊を撃破したレナ・オーキッド。
しかし、奪われた機体の奪還のため、地球軍はさらなる部隊を投入する。
自らの居場所を守るため、レナは再びビートガンダムで戦場に立つ!
次回、機動救世主ガンダムMessiah、
『Gの伝説』
世界を救う者、その名はガンダム――
(初版:2003/10/19)
(第2版:2004/10/24)