Episode03
「白銀の天使」

 


 

 

「ぅわぁ……」
 ブルームーン砂漠から少し離れた岩場――そこにカイト達『Freedom』の一団は陣を張っていた。
 そして、今の声はレナの案内で陣を訪れ、ビートガンダムを見上げたサラの漏らした感嘆のつぶやきだった。
 他にも、ハルナやシーラ、カオルがタクヤを伴って訪れている。
 そんな彼女達の姿を、カイトはコーヒーの入ったマグカップを片手に眺めていた。
「ゴメンね、カイト。
 どうしても見たいって言って、聞かなくて……」
「いや、かまわないさ」
 謝るレナに言って、カイトはコーヒーをすすり、
「いつも警戒していては精神的にも疲弊する。
 たまの休憩に、あの子達の明るさはいい刺激になる」
「そう。ならいいけど」
 カイトの言葉にレナが納得すると、
「ところで……」
 カイトがレナに尋ねた。
「あの機体のサポートAIに名前をつけてやる約束をしていたそうだが、もう決めたのか?」
「うん。あの子も気に入ってくれたわよ」
 そう答えると、レナは自慢げに胸を張り、
『ナナ』って名づけてみたんだけど……どう?」
「ナナ……?」
「そう。
 あのビートガンダムの形式番号からとったの。『GX-307』の7からね」
「なるほど。
 アイツは女性型AIだし、悪くないネーミングだな」
 レナの言葉にカイトが感心すると、
「レナさん、準備できました」
 ここ数日の一連の出来事ですっかりレナの付き人状態となってしまったアレックスが声をかけてきた。
「ありがと、ノートンさん。
 じゃ、行ってくるわね」
「気をつけろよ」
 アレックスに礼を言ってビートガンダムへと走るレナに、カイトが声をかけた。

「ヤガミ大尉」
「ん?」
 突然声をかけられ、地球軍大尉ジョウ・ヤガミは目を通していた書類から顔を上げた。
 そんな彼に、彼が今いる部隊の隊長――カリン・ミズハラは答えた。
「もうすぐ、作戦エリアに到着するわよ」
「そうか……
 リンはもう『テイラー』か?」
「えぇ。
 一刻も早く出撃したいみたい。もうウズウズしてたわよ」
「あいつらしいな」
 カリンの言葉に苦笑して答え、ジョウは書類を手にしたまま立ち上がり、
「なら、オレも『アレス』で待機するが、こいつは借りていくぞ。ギリギリまで確認しておきたい」
「あ、データだったらもう『アレス』のライブラリに――」
「バカ」
 言いかけたカリンの頭を書類の束で軽く叩き、ジョウは笑って言った。
「『おもむき』というものがわかっていないな。
 こういうのは、紙だからいいんだよ」
「そ、そういうものなの……?」

《位置はここでいいの?》
「あぁ! だが、少し左に傾いてる!
 もう少し右に向けてくれ! そうそう!」
 尋ねるレナの声に答え、町の人が拡声器で彼女の乗るビートガンダムに指示を出す。
 現在、ビートガンダムはレナの操縦で避難民キャンプを訪れ、復興の手伝いを行なっていた。

「ナナ、角度の調整お願いね」
〈うん。任せといて!〉
 レナに答え、モニターに映るAIの少女――ナナは上機嫌で答えて演算を開始、ビートガンダムはそれにしたがって支えている柱の角度を調整する。
 レナのつけた名前がよほど気に入ったようだ。先ほどからモニターに映るその表情はニヤケっぱなしだ。
〈はい、これでいいよ〉
「ありがと、ナナ。
 じゃ、次いこうか♪」
 ナナの言葉にレナが言うと、
 ピーッ、ピーッ。
 傍らの通信機がコール音を立てた。
「カイトから……?」
 突然の通信に首をかしげ、レナは回線を開き、
「こちらビートガンダム」
〈カイトだ。
 すまないが、すぐに移動してくれないか?〉
「どうしたのよ?」
 レナの問いに、カイトは答えた。
〈また、地球軍の接近を捉えた。
 すぐにそこから離れてくれ。そこにビートガンダムがあると、またキャンプを巻き込みかねない〉
「地球軍が!?
 わかったわ。すぐに移動するわね!」
 言うと、レナは通信を切り、
「聞いての通りよ、ナナ!
 すぐにここから離れるわよ!」
〈うん!〉

「対要塞戦砲……ただのMSの武装としては、物騒すぎるな……」
 MSのコックピットシートに座り、ビートガンダムのデータに目を通していたジョウは眉をひそめた。
「しかしこの装備、この形状……ベースは『ランチャーストライク』か……?」
 ジョウがつぶやくと、そこへカリンから報告の通信が入った。
〈大尉。
 反応、移動を開始したわよ〉
「移動?
 どこへ?」
〈そこまでは……
 ただ、さっきまでいた避難民キャンプから離脱しているわ〉
「キャンプを巻き込まないつもりか……
 敵ながら、あちらさんはなかなか人道的なようだな。
 それにしても、『ランチャーストライク』に『カラミティ』に『レイダー』……C.E.世代の継承機同士の戦いか。なかなかにおもしろい」
 カリンの答えにつぶやくと、ジョウは書類を片づけると新たに通信回線を開き、
「聞いての通りだ。
 リン、そろそろ出るぞ」
〈OK!〉
 通信機から聞こえた少女の声が答え、その声にうなずくとジョウは叫んだ。
「ジョウ・ヤガミ。
 アレスガンダム、出るぞ!」
 その瞬間、コックピットを強烈なGが襲い、彼の機体がスフィンクス級陸上母艦から射出される。
 フォルムは均整のとれた中量級。両肩にキャノンを、背中のバックパックの両側にさらに2門のビーム砲を装備した、シールドとビームライフルを携えた白地に真紅のカラーリングが映えるガンダムタイプの機体である。
 その雄雄しさは戦士としての風格すら感じられる。『軍神アレス』の名が与えられるのもうなずけるというものだ。
 そして、
〈リン・ヤガミ。
 テイラーガンダム、いっきまーす♪〉
 元気な声と共に、リンと呼ばれた少女も愛機で出撃してくる。
 こちらは『恐怖テイラー』の名を象徴するかのように漆黒に染め抜かれた、コウモリを連想させる巨大な翼を持ち、アレスガンダム同様シールドとビームライフルを携えたガンダムである。
 と、その機体が背中にシールドを背負うと突如変形を開始し――両足をたたみ、両腕も胸の前にたたみ込むように折りたたまれ、シールドを機首とした戦闘機形態に変形する。
 そして、その背にジョウのアレスガンダムを乗せ、テイラーガンダムはブルームーン砂漠の大空へと飛び立った。

 ――ズンッ!
 地響きを立て、ビートガンダムが砂漠に着地する。
「かなり離れたわね……
 ナナ、ここなら大丈夫?」
〈うん。
 これだけ離れちゃえば、ビートキャノンでも撃たなきゃキャンプには届かないよ〉
「ビートキャノンの射線にだけ気をつければいいってワケね……」
 ナナの答えにレナがつぶやき――
〈こちらカイトだ!〉
 カイトから通信が入った。
〈もうじき接敵する! 注意しろ!〉
「OK!」
 レナが答え――ビートガンダムのレーダーが敵機の接近を知らせた。
「――来た!」
 そして、ビートガンダムの直上を黒い影が駆け抜け――
 ――ズンッ!
 その影から飛び降りたガンダムタイプMSが――アレスガンダムが着地した。
「ガンダム!?」
〈そうみたい!
 あたしのデータにも該当機種なし! トップガン専用のカスタムメイドMSみたい!〉
 レナの言葉にナナが答えると、
〈ビートガンダムのパイロットに告ぐ〉
 突然、目の前のガンダムから通信が入った。
「こちらビートガンダム」
〈……その声、女か……〉
「あまり驚かないのね、あたしが女ってわかっても」
〈女のパイロットはこっちにもいるんでね。
 ――ほら、今もお前の真上に〉
「――――――!」
 敵パイロットの言葉に、レナはとっさに機体を下がらせ、
 ――ズビュヴァッ!
 上空からのビームの連射をかわす。
「もう1機――!?」
 レナがうめくと、ビームの主――テイラーガンダムがMS形態に変形し、アレスガンダムのとなりに着地した。

「リン、まだ話の途中なんだ。手出しするな」
〈えー? いいじゃない、牽制くらい〉
 咎める自分の言葉に、モニターの向こうの少女――テイラーガンダムのパイロット、リン・ヤガミは頬を膨らせて文句を言う。
「いいからまだ仕掛けるな。できることなら戦闘は回避したい」
 言って、ジョウはリンとの通信を切ると改めてビートガンダムとの通信をつなぎ直し、
「失礼した。低空飛行で脅かすつもりが、あのバカが勝手に牽制をしかけた」
〈あら、意外に礼儀正しいのね。
 けど、それなら顔を見せてくれてもいいんじゃない? こっちからの映像送信も拒否してるみたいだし〉
「顔を知ってる相手と、殺し合いはしたくなかろう」
 レナの問いに答え、ジョウは改めて尋ねた。
「では本題に入ろうか。
 オレ達は、お前達に盗まれたそのビートガンダムを始めとした、5機のガンダムの奪還命令を受けている。
 お前達が素直にその機体や残りのガンダムを引き渡してくれれば、今回だけは見逃してやろう。
 だが、手向かえば――力ずくで取り返させてもらう!」
 ジョウの告げたその言葉と同時――アレスガンダムは彼の操作でビームサーベルを抜き放ち、ビートガンダムに向けてかまえる。
 だが、レナの出した答えは――
〈――お断りよ〉
 言って、ビートガンダムもまた、彼女の操作でビームライフルを左手に持ち替え、右手でビームサーベルを抜き放った。

「そりゃ、あたしも巻き込まれたクチだから、できればこのまま渡してトンズラしたいけどさ……」
 アレスガンダムとテイラーガンダムを見据え、レナはそう言うと苦笑し、
「けど……あなた達を信用したとしても、安心はできないのよ。
 今この機体渡して、約束どおりあなた達が引き上げたとしても、他の部隊が黙ってる保障はないからね」
「……なるほど、理に叶っているな」
 言って、ジョウもアレスガンダムのビームサーベルを構え直し――
「ならば……言った通り、力ずくで返してもらう!」
「やれるもんなら、やってみなさい!」
 二人の言葉と同時――3機のガンダムが地を蹴った。

「ガンダムタイプだと!?」
「あぁ! 間違いない!」
 声を上げるカイトに、ザックが声を上げる。
「ビートガンダムと対峙してる2機のMS、ライブラリにデータがなかったんで、こないだ沈めた敵艦に残ってたデータベースにアクセスして検索してみたんだ。
 で、該当した機体がコレだ」
 言って、ザックがデータを表示し――カイトの顔から血の気が引いた。
「バカな……2機ともGRTだと!?」
「あぁ。
 『GRT-545 Ares』『GRT-638 Terror』だ」
「地球軍のトップガンが専用機で2機がかり……いくらビートガンダムとナナの助けがあってもヤバいぞ!」
 カイトがうめくと、
「どうしたの?」
 騒ぎを聞きつけ、陣にまだ滞在していたハルナが声をかけてきた。
「レナの敵が少々厄介なんだ。
 すまんが少し待っててくれ。しばらくもてなせそうにない」
「あ、うん……」
 ハルナがカイトにうなずき、カイトは整備班の方へと駆けていき――ザックがハルナに声をかけた。
「で? もてなせはしないが話くらいは聞いてやるが?」
「え?」
「何かあったんだろ?」
「あ、うん……」
 そううなずくと、ハルナは言った。
「あのまだ動かせてない4機なんだけど……そのうちの1機、何か変な感じがして……」
「変な感じ……?」
 その言葉が聞こえたのか、カイトがこちらへと振り向くのに気づかないまま――ザックに聞き返されたハルナは答えた。
「うん。
 まるで、あたしを呼んでるみたいな――」
 そこまでハルナが言った、次の瞬間、
 ――ガシッ。
 全速力で駆け戻り、その肩をカイトがつかんだ。
「その話――詳しく聞かせてくれ」

 ――ドォンッ!
 上空からのテイラーガンダムのビームライフルの射撃をかわし、レナのビートガンダムが跳躍するが、
「甘い!」
 ドガァッ!
「きゃあっ!」
 ジョウがアレスガンダムで仕掛けた体当たりを受け、ビートガンダムが吹っ飛ばされる。
「く――っ!」
 舌打ちし、レナがビートガンダムの姿勢を立て直すが、
〈レナ、上!〉
「――――――っ!?」
 ナナの警告にあわてて後退、さっきまでいた地点をテイラーガンダムのビームが貫く。
「ったく! 反撃くらいさせなさいよね!」
〈そんなムチャクチャな……〉
 文句を言うレナにナナがあきれると、
 ――ピピッ。
 突然、レーダーが何かを捉えて信号音を立てた。
 そして、その信号の正体は――
「新手!?」
 地球軍のセトのものだった。

 ――ォォォォォン……!
 システムが起動し、点灯するモニターでコックピットの中が照らし出される。
 そしてその中で――ハルナはメインシートに座っていた。
「やはりそうか……レナと同じだな……」
 それを見て、コックピットの外でカイトがつぶやくと、
「カイト!」
 ザックが彼らのいる機体に駆け寄ってきた。
「どうした!?」
「ビートガンダムと敵ガンダムの交戦域に、新手が!」
「なんだと!?」
 ザックの言葉にカイトが声を上げると、
「カイトさん、降りて!」
 言って、ハルナがコックピットハッチを閉じる。
「どうするつもりだ!?」
《助けに行くに決まってるでしょ!》
 機体から飛び降りて言うカイトに、その声を外部マイクで拾ったハルナはキッパリと答える。

《だからって、初めての機体で!》
「レナだって、初めて乗った時に戦ったんでしょ!」
 カイトに答え、ハルナは機体の出力を上げていき――
「――――――っ!」
 突然、その思考にノイズが走った。
 思考がぼやけ、それなのに機体のコンディションが手にとるようにわかる。
 そのまま、ハルナは意識を手放し――
〈おい! 返事しろ!〉
「――――――!」
 突然スピーカーから大音量で響き渡ったカイトの声に、ハルナは我に返った。
 見ると、通信モニターが灯り、そこにカイトの姿が映っている。
〈大丈夫か!? ハルナ!〉
「あ、うん! 大丈夫!
 ちょっとボーッとしちゃっただけ」
 ハルナが答えるのを聞き、カイトは通信モニターの向こうで眉をひそめる。
「………………?」
 ハルナが首をかしげると、
〈――いや、何でもない。
 それより、左のパネルを見ろ。待機状態になっているスイッチがあるはずだ!〉
「え?
 ……あ、うん、あるよ」
〈そのスイッチを入れろ!
 ビートガンダムとレイアウトが同じなら、そいつがサポートAIの起動スイッチだ!〉
「了解っ!」
 カイトに答え、ハルナがスイッチを入れると、
〈AI起動確認。
 貴方が私のマスターですね〉
 言って現れたのは、14歳ほどの年頃に見える少女だった。
「あなたが……この機体のサポートAI?」
〈はい。
 『GX-206 Angel』です〉
「うーん、やっぱ形式番号がデフォルトネームなんだ……レナの機体と同じだね」
 答えるAIの言葉につぶやき、ハルナは少し考えていたが、
「……ま、いっか。
 今はレナを助けるのが先だもんね。名前は移動しながら考えよう!」
〈了解しました。
 ではマスター、ご命令を〉
「ハルナでいいよ。
 じゃ、GX-206、発進!」
 ハルナが言い、フットペダルを踏み込み――彼女の機体はホロをまとったまま飛び立っていった。

「……頼むぞ……」
 飛び去っていくハルナの機体を見送り、カイトがつぶやく。
「しかし……」
 つぶやき、カイトは視線を落として考え込み、
「レナと同じ変化がハルナにも起きかけた……
 やはりあのサポートAIは……」

「どういうことだ!
 今回の任務はオレ達に任せられているはずだろう!」
〈わかんないわよ、そんなの!
 こっちだってこんな話は聞いてないんだから!〉
 突然現れた4機のセトに驚き、通信機に向けて怒鳴るジョウの言葉に母艦のカリンが答える。
「何だと……?
 貴様の部隊の機体じゃないのか!?」
〈違うってば! だいたい、うちのセトはみんなこないだの作戦に出た連中が持ってっちゃったんだから! もうあたしのセト・カスタムしか残ってないわよ!
 上の方で足並みがそろってないのか、私達とは別の指令が出てるのか――〉
「奇しくもあちらさんの懸念的中か――!」
 うめいて、ジョウは乱入してきたセトの隊長機に通信し、
「おい! 何のつもりだ!
 あの機体は奪還命令が出てるんだぞ!」
〈貴様こそ何のつもりだ!
 この作戦は敵レジスタンスの殲滅が目的だろう!
 元々こちらの機体だろうと、今現在敵の機体ならば破壊する!〉
「何だと!?
 その命令は誰の権限で――」
 ――ブツッ。
「くっ……! こっちの話は問答無用か!
 これだからお偉方の勢力争いはイヤなんだ!」
 舌打ちし、ジョウはとにかく巻き添えを避けるべくアレスガンダムを後退させる。
〈どうするの!?〉
「ビートガンダムを破壊されるのは正直困るな。
 前に出た部隊が母艦まで持ち出してやられたんだ。セト4機程度で勝てるとも思えんが……」
 リンに答え、ジョウは操縦レバーを握り直し、
「こうなったら連中を利用する!
 セト4機を援護、ビートガンダムのスキをついて拿捕、かっさらうぞ!」
〈了解!〉

〈レナ、4時方向!〉
「くっ! このぉっ!」
 ナナの指示に、レナが気合と共にビームライフルを放つが、敵のセトはギリギリでかわしてこちらに向けて背中のミサイルポッドを撃ってくる。
 前回は圧倒できていた戦力を相手に、ビートガンダムは劣勢に追い込まれていた。
 それまでに地球軍のトップガン専用機2機を相手に素人の身でありながらなんとか戦っていたのだ。そのため、集中力はもはや限界。精神的な疲労が操縦のキレを鈍らせているのだ。
 しかも――
〈レナ! 向こうのガンダムが動いた!
 仕掛けてくるよ!〉
「やっぱ見逃してくれないか!」
 ナナの警告に、レナが舌打ちし――
 ――ピピッ。
 再びレーダーが信号音を発した。
 ただ、今度の反応は――

「へっ、観念したか!」
 包囲され、動きの封じられたビートガンダムを前に、セトのパイロットが言う。
「なら、これで終わりだ!」
 叫んで、彼は自機の背に据えられたビームキャノンの照準を合わせ――
 ズガァッ!
「ぐわぁっ!?」
 突然、衝撃が襲った。
 しかも、その衝撃の中で何が起きたのか、機体の戦闘システムがフリーズを起こしている。
「な、何だ!?」
 あわてて彼は自己診断プログラムを走らせ――愕然とした。
「ビームキャノン破損、両前足ロスト、背部スラスターにダメージ……!?
 一体、何が起きたんだ!?」

 それは、一瞬の出来事だった。
 ビートガンダムに向けて、セトが背中のビームキャノンをかまえ――その瞬間、いくつかの小さな影がそのセトに襲いかかったのだ。
 しかし、その一瞬でセトの背中のキャノンは砲身を失い、両足が斬り捨てられ、背中のバーニアユニットに鋭い切り傷が刻まれていた。
「な、何……?」
 突然の出来事にレナがつぶやくと、
 ――フッ。
 突然、その頭上に影が落ちた。
 そして、レナが見上げた先にその機体は滞空していた。
 先ほどレーダーが捉えた、“友軍の”識別信号の正体が――

 一目で機動性を追及したことがわかる細身なボディに、空力特性を考え曲線的にまとめられた白銀の装甲。
 機体の名称を象徴する、まるで天使の翼のようにしなやかに可動するウイング。
 そして、ガンダムタイプであることを示す、額のブレードアンテナと二つ目のデュアルセンサー、口元に排気ダクトが備えられた頭部――
 上空で悠然と滞空し、『天使』の名が冠せられたそのガンダム――GX-206『エンジェルガンダム』は、眼下の敵機を迎撃すべくその翼を広げた。

〈――レナ、お待たせ!〉
「は、ハルナ!?」
 ビートガンダムに通信し、モニターに現れたエンジェルガンダムのパイロット――ハルナの姿に、レナは思わず驚きの声を上げた。
「なんでハルナがそれに乗ってんのよ!」
〈そんなの決まってるでしょ。
 レナと同じ。あたしも乗れちゃったのよね、なぜか〉
 レナの問いにハルナが答え――
「空中にいようが!」
 パイロットが言うと同時、彼のセトが背中のミサイルランチャーの照準をエンジェルガンダムに合わせ――
 ――ズガァッ!
 先ほどのセトと同じように、飛来した小さな影に襲われ、一瞬の内にクズ鉄へと変わった。
 そして――影はエンジェルガンダムを守るようにその周囲に集まった。
 ガンダムから見れば小さな、サーフボードのような形をした多数の飛翔体である。

 そして、エンジェルガンダムのコックピットに座るハルナは力強く叫んだ。
「いっけぇっ! エンジェル、フェザー!」
 その言葉と同時、飛翔体――エンジェルフェザーは一斉に地上のセトに向けて加速、その全身をビーム粒子でコーティングし、瞬く間にセトを斬り刻む!
 先ほどからセトを次々に戦闘不能に追いやったのはこのエンジェルフェザーの高速度攻撃によるものだったのだ。
 しかし、隊長機はさすがに簡単にはいかなかった。いち早くエンジェルフェザーの特性を見抜いていたのか、素早く加速してその攻撃から逃れ、
「おのれぇっ!」
 そのままの体勢でエンジェルガンダムに向けて照準を合わせ、背中のビーム砲を放つが、
セラフィー!」
〈うん!〉
 ハルナの言葉に、『セラフィー』と名づけられたエンジェルガンダムのサポートAIが答え――背中のウィングから羽根が数枚切り離され――
 ――バシィッ!
 それらの羽根が飛翔、互いにビームを放ってバリアを形成し、セト隊長機の放ったビームを防ぐ。
 エンジェルガンダムの背部ウィングに装備された羽根状の小型多目的ビット――それがエンジェルフェザーの正体だったのだ。
 そして、隊長機にもエンジェルフェザーが襲いかかり――撃破するのに5秒もいらなかった。
「そいつも奪われた機体のひとつか!
 リン!」
「お任せ!」
 ジョウに答え、リンのテイラーガンダムが翼を広げて上昇、エンジェルガンダムに向けてビームライフルを放つが、
「甘いよ!」
 エンジェルガンダムには通じなかった。エンジェルフェザーの展開したバリアに防がれ、逆に襲いかかってきた攻撃用エンジェルフェザーに翻弄される。
「このっ! このっ!」
 なんとか回避しつつ、エンジェルフェザーを叩き落そうとビームライフルで射撃するが、なかなかその動きを捉えることができず、
「あたしもいるんだからね!」
 ハルナの駆るエンジェルガンダム本体もビームライフルで攻撃を仕掛け、リンはほうほうの体で逃げ出すしかない。
「あのビット、AIが動きのパターンを読み切れてない! データ不足だよ!」
「ヤツらが動かせるのは307だけだと聞いていたが……206まで動くとなれば不確定要素が多すぎる……!」
 リンの言葉に舌打ちし――ジョウは決断した。
「離脱するぞ、リン!」
「えぇっ!?」
「敵の手の内が読めん。このままでは返り討ちにあう可能性の方が高い!」
 リンの言葉にジョウが言い返し、アレスガンダムを転進させる。
「け、けど――!」
「この任務の責任者はオレだ!
 決定には従え!」
「……う、うん……」
 有無を言わせぬジョウの言葉に、リンはしぶしぶうなずき、テイラーガンダムをジェット機形態に変形させる。
 そして、ジョウのアレスガンダムがその上に飛び乗り、一直線にその場から離脱していく。
「逃がすもんか!
 追うよ、セラフィー!」
 言って、ハルナがエンジェルガンダムで追撃しようとするが、
「やめとこうよ、ハルナ」
 それにレナが待ったをかける。
「何でよ?
 今叩いておけば、後々楽になるじゃない。エンジェルガンダムのスピードなら追いつけるよ?」
 ハルナが言うが――レナは答えた。
「あたしのビートガンダムは追いつけないのよ。
 ハルナ、あんたたったひとりであの2機相手にしたいの? 2対1よ。アイツらすっごく強いよ」
「……ゴメン」

「なんでホントに離脱しちゃうの!?」
 母艦を目指す飛行ルートを自動操縦で飛行するテイラーガンダムのコックピットで、リンは不機嫌な口調でジョウに言う。
「逃げるフリして206をおびき出せば、いくらデータがなくても2対1で倒せたはずでしょ!?」
「追って来てるか?」
「……来てません」
 答えてしょげ返るリンに、ジョウは続けた。
「それに、戦いには常に万全の状態で挑み、勝利したい。
 ……お前のためにもな」
「うん……お兄ちゃん……」
「戻るまでは任務中。『お兄ちゃん』じゃなくて『大尉』」
「はーい……」

〈敵ガンダムの撤退を確認。
 あたし達もこれから戻るわね〉
「了解だ、ご苦労さん」
 レナからの通信に答え、カイトは笑って、
「携帯食でよければ夕食用意しといてやるぞ」
〈……材料だけ置いといて。作ってあげるから〉
「嫌いか? 携帯食」
〈うん〉
「ハハハ、了解だ」
 そう言って通信を切ると、カイトはテントから出て、
「大丈夫。ハルナもレナも無事だ。もうすぐ戻ってくる」
 そのカイトの言葉に、心配してテントの前に集まっていたシーラ、サラ、カオル、タクヤが歓声を上げる。
 そんな彼らを見ながら、カイトは考えていた。
(レナに引き続き、彼女の友人のハルナまで『G』のコックピットに適応した……
 こいつは偶然か? それとも……)
 だが、いくら考えてもその問いに答えてくれるものはいなかった。


次回予告
 レナに引き続き、ハルナまでもがガンダムに見出された。その事実に困惑するカイト達『Freedom』。
 だが、そんな彼らに新たな指令が下り、レナ達は新たな戦場に赴いていく。
 そして、さらに新たなガンダムが――
 次回、機動救世主ガンダムMessiah、
自由フリーダムへの道』
 世界を救う者、その名はガンダム――


 

(初版:2005/03/06)