プロローグ
〜平和な世界と新生活〜
C.E.72。戦争を乗り越え、世界は平和を取り戻していた。
そして、あの過酷な戦いを生き抜いたGパイロット達やその仲間達もまた、それぞれの新たな生活を始めていた――
「ただいまぁ」
「お帰り、カガリ!」
外出から戻ったカガリの声を聞き、キラは台所から返事を返す。
戦いの中出会った二人――双子と知らされた時は驚いたが、彼らはこうして、戦後の平和な時を一緒に過ごしていた。
が――
「おじゃましまーす」
プシュッ。
続いて聞こえた親友の声に、キラは思わず包丁で指を切っていた。
現在のところ、キラの最大の悩みの種がこれだった。
カガリの想い人――自分の親友でもあるアスランの存在だった。
せっかく16年の歳月を経て出会えた兄妹なのに、カガリはずっとアスランにベッタリ。これでは兄妹の絆も何もあったものじゃない。
無論、アスランも大事な親友であることに変わりはない。だが、キラはカガリに関してだけはアスランに譲るつもりはなかった。
だがキラは知らない。
自分のその感情が、世に言う「シスコン」のそれであるということを。
ともかく、キラは切った指に手際よく手当てを施し――
「やぁキラ――」
「アスラン!」
リビングにアスランが姿を見せるなり、キラは親友に詰め寄り、その肩をガッシリと捕獲し、
「……何もしなかったね?」
「しなかったってば」
すさまじい迫力で迫るキラに対し、いつものことであるアスランはため息混じりにそう答える。
「よかったぁ……」
「まったく、過保護すぎるぞ、キラは。
少しはオレのことも信用してくれてもいいじゃないか」
「信用してるさ。してるけど……それでも不安なことには変わりないんだよ」
アスランの言葉に答え、キラは大きくため息をつく。
「キラにだってラクスがいるじゃないか。オレの気持ちはわかってくれるだろう?」
「そ、そりゃわかるよ。ラクスってカワイイし一緒にいてホッとさせてくれるし……
だから、アスランの気持ちはちゃんとわかってるよ。けど……」
アスランに答え、キラは彼から視線をそらし、つぶやくように続けた。
「……わかってるからこそ余計に不安になるんだよね」
「あー、えーっと……」
そんなわかりやすい「オトコノコ」の意見を聞かされ、心当たりがありすぎるアスランは思わず視線を逸らしていた。
と――
「あぁ、キラ」
そんな彼に、ヒョッコリとカガリが顔を出して声をかける。
「今度の休み、アスランと出かけることになったから。
遅くなるから夕食はいらないぞ」
そう告げてカガリが再び廊下の向こうに引っ込み――それからキラがアスランに食って掛かるまで1秒もかからなかった。
「芭栖侘唖亭」。戦後ディアッカが始めたラーメン屋の名前がそれである。
そのあまりにもそのままな名前に当初は仲間達からも失笑がもれたものだったが、今では慣れたものであり、彼らのよく利用する一種の集会所となっていた。
「なんかさー、言う事みんな大人なんだよね。
『遊びに行こう』とか『これ欲しい』とか、そーゆーの全然ないんだよね。
ずーっとアスランにべったりでさ」
「って、もともと彼女ってそーゆートコあったじゃないですか」
うかない顔でそう言い、ため息をつくキラに、正面に座るニコルが答える。
と――
「あー、ちょっといいか?」
ニコルのとなりで口を開くのはイザークである。
「オレ達は、そんな愚痴を聞かされるために呼び出されたのか?」
「そ、『そんな』って何だよ、『そんな』って!」
イザークの言葉に、キラは思わず声を上げる。
「オレは、真剣に悩んでるんだよ!」
「だったらさぁ……」
そんなキラへと新たな声がかけられ、
「カガリちゃんがアスランと出かける度にうちに自棄食いしに来るのやめろよな」
そう言って、ディアッカは彼らに出来上がったラーメンを持ってきた。
3人が3人とも違うラーメンを注文していたが、ディアッカとてコーディネイター。もはや常連客であるキラ達に注文を確認する必要はなく、さっさとキラ達にラーメンを差し出す。
ちなみにキラがしょうゆ、ニコルが塩、イザークが激辛ベトコンである。
「まったく、情けない。
それでもこのオレに勝った男か!」
落ち込むキラに憮然とした顔で言うイザークを見て、ディアッカはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「……なんだ? ディアッカ」
「いや、人付き合いに関しちゃ、イザークこそ人のこと言えないんじゃないか?」
尋ねるイザークに、ディアッカはニヤニヤ笑いを浮かべたまま答え、
「だってさ……お前いつになったら愛しのあの子にプロポーズするんだよ?」
「う、うるさい!」
いきなり気にしている話題を振られ、イザークは顔を真っ赤にして言い返すが、
「そうですよねぇ。
あのナチュラル嫌いのイザークとコーディネイター嫌いのあの子が付き合い始めたって聞いた時も驚きましたけど、言いたいことはハッキリ言うイザークが、未だに告白のひとつもできてないんですからね」
「だーかーらーっ!」
ニコルにまで言われ、イザークはさらに声を荒げて、
「だ、だいたいっ! ディアッカ、貴様はどうなんだ!?
あの美人艦長とはどうなったんだ!?」
「あー、心配すんなよ。
ちょこっとばかり恋敵が手ごわいけど、負ける気はさらさらないぜ、オレは♪」
イザークの反撃も、ディアッカはのらりくらりとかわすばかり。イザークの気合が空回りしている状態だ。
「まぁ、彼らの恋愛談義は勝手にやってもらうとして……
いいじゃないですか。カガリさんの相手が知らない人ならいざ知らず、あなたもよく知るアスランなんですから。
双子のお兄さんなんですから、信じてあげましょうよ」
ニコルがすっかり話題に置いていかれていたキラに言うが、
「はひはははふふはふはんはほ(訳:兄だから複雑なんだよ)」
キラは憮然とした顔でラーメンをすすりながらそう答える。
「そんなものですか?」とばかりに疑問の眼差しを向けるニコルに対して、キラはラーメンを飲み込み、
「だってさ、16年間もお互いを知らずに生きてきて、やっと一緒に暮らせることになったんだよ。
やっぱりさ、兄としてあの子のいろんなもの背負ってあげたいんだよ」
しゃべっているうちにだんだん涙声になってきた。
「背負わせてほしいんだよ。背負わせてよ!
誰にお願いすればいいんだよぉ! 誰かぁぁぁぁぁっ!」
言って、とうとう泣き出したキラを見て、ニコルはポツリとつぶやいた。
「………………まるでタチの悪い酔っ払いですね」
C.E.72。戦争を乗り越え、世界は今日も概ね平和だった。
……ひとりのさみしんぼを除いては。
あとがき
……キラが壊れた(爆)。
とりあえず季節ネタに走りまくりで一話完結の短編集になる予定ですが、Gパイロットの近況説明のためだけにプロローグつけました(苦笑)。
ディアッカがラーメン屋なのは単に似合いそうだから。
日本舞踊が趣味な彼ですから、今さらラーメン屋ぐらいで驚きはしませんって。
(初版:2003/02/26)