新暦75年4月。
時空管理局 遺失物対策部隊 機動六課隊舎 部隊長オフィス――

「フフフフフ♪
 このお部屋も、やっと隊長室らしくなりましたねー♪」
「せやね♪」
 自分のデスクに座り、上機嫌で声を上げるリインに、はやては笑顔でそう答えた。
「リインのデスクもちょうどえぇのが見つかってよかったなぁ」
《えへへ……リインにピッタリサイズです〜っ♪》
「そやなー」
 大喜びのリインの姿に、はやてはうんうんとうなずき、
「地球の秋葉原まで繰り出した甲斐があったわ」
《デスクの買い直しを要求するですっ!》
 はやての言葉にリインが思わず声を上げ――その時、来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
「はい、どうぞー♪」
 はやてが答えると同時、トランスフォーマーも通れる大型サイズの扉が開き――
『失礼します』
 声をそろえて一礼し、彼女達はそろって部隊長室へと入ってきた。
 フェイトとアリシア――そしてなのはである。
 そして、服装は全員共通――そろって陸上部隊の制服に着替えを済ませている。
「ぅわぁ、お着替え終了やな♪」
《3人とも素敵です♪》
「えへへ……そう?」
 声を上げるはやてとリインに、アリシアは少し照れ気味に笑って、その場で軽く一回転してみせる。
「みんな同じ制服っちゅうのは中学の時以来やね。
 なんや懐かしいなぁ」
「そっか……はやては保護観察期間が終わったら、そのまま正規に局入りしちゃったもんね」
「私達は、高校でも一緒だったからね……」
「ついこないだまで、ずーっとおそろいだったもんねー♪」
 はやての言葉に、なのは達3人は顔を思わず見合わせる。
 保護観察中から局の仕事に携わり、そのまま局入りしたはやてと違い、ずっと嘱託で通してきたなのはやフェイトは管理局の仕事に従事しながらも学生生活を継続、そのまま聖祥大付属高校に進学した。
 そして――クラナガン大学で研究員として働きつつも「社会勉強をして来なさい」というリニスの“鶴の一声”でなのは達と同じ聖祥に放り込まれたアリシアも加わり、つい先日まで“おそろいの制服”生活をしっかりと満喫していたのだ。
「えぇなぁ。
 私もさっさと局入りせんと、もう少し学生生活エンジョイしとけばよかったかも……」
「またまた、そんなこと言っちゃって。
 どーせちっとも後悔してないクセに♪」
 わざとらしく息をつくはやてをヒジで軽く小突き、アリシアは笑いながら告げるとなのはへと向き直り、
「けど、なのはは普段は教導隊の制服でしょ? どーせ」
「うーん……たぶん。
 あっちの方が飛んだり跳ねたりしやすいから……教導の時は、どうしても向こうの制服になっちゃうかも」
「だよねー。
 あたしも調査メインだから、発掘隊の作業服がメインになっちゃうだろうし……
 ま、公式の場だけ、くらいに思っとけばいいよね♪」
 肩をすくめて告げるアリシアの言葉に、なのは達は思わず笑みをこぼし――
「さて、それじゃあ……」
「うん」
「だね」
 けじめはしっかりしている3人だ。フェイトの言葉になのはとアリシアがうなずき、3人は改めてはやての前に整列し、
「本日ただ今より、高町なのは一等空尉相当官――」
「フェイト・T・高町一等海尉相当官――」
「アリシア・T・高町主任研究員――」
「以上3名、機動六課に出向となります!」
「はい、よろしくお願いします」
《よろしくです♪》
 最後の締めはなのは――出向の申告を行う3人に、はやてとリインもまた部隊長、部隊長付陸曹としてそれに応じる。
 互いに礼を交わし、直ると同時に5人は笑みを交わし――再び呼び鈴が鳴った。
 そして入ってきたのは――
「失礼します♪」
「失礼する」
 ジャックプライムとビッグコンボイだ。そして――
「失礼します」
 新たにひとり。それは――
「グリフィスくん!?」
「アリシアさん!?」
 思わず声を上げるアリシアの声に、名前を呼ばれたグリフィス・ロウランもまた驚きの声を上げる。
「グリフィスくん、って、あのグリフィスくん!?」
「そう!
 レティ提督の息子さん! なのは達だって前に一度会ってるでしょ?」
 なのはの問いに答え、アリシアはグリフィスへと向き直り、
「『今度異動になった』って聞いてたけど……まさか、それってココだったの!?」
「あ、はい……
 八神部隊長の紹介で……」
 テンションの高いアリシアの言葉に気圧され、グリフィスは苦笑まじりに答え――不意に表情を引き締め、はやてへと向き直った。
「八神部隊長、報告しても、よろしいでしょうか?」
「どうぞ♪」
「フォワード4名を始め、編成式に出席する機動六課部隊員とスタッフ、全員そろいました。
 今はロビーに集合、待機させています」
「そっか。けっこう早かったな」
 グリフィスの言葉にはやてがうなずくと、今度はなのはがグリフィスに尋ねた。
「えっと……『編成式に集合する子が』ってことは……やっぱり、マスターメガトロンさんは?」
「はい……
 『周辺を見回って地理を頭に叩き込んでくる』と言って……」
「仕方ないよ。
 ついこの間まで死亡扱いだったマスターメガトロンは管理局にも宇宙連合にも所属しないんだもん――部隊の編成を宣言する編成式には、ある意味一番無関係のところにいるんだよ。
 嘱託のなのは達と違って、あくまで“一民間協力者”って扱いだもん、局員を対象にした行事に対しては無理強いできないよ」
 答えるグリフィスに加わる形でジャックプライムが肩をすくめると、
「じゃあじゃあ、あたしのチームに探しに行ってもらおうか?」
 そんな一同に割って入り、挙手して尋ねるのはアリシアだ。
「あたし達も民間協力者だもん。編成式は、チームリーダーのあたしだけいれば問題ないでしょ?」
「うん……
 頼めるかな? アリシアちゃん」
「はーい♪ お姉ちゃんにお任せ!
 それじゃ、さっそくみんなにお願いしてくるねー♪」
 うなずくなのはに答えると、アリシアはすぐさま部隊長室を飛び出していってしまった。
「あわただしいのは、相変わらずやねぇ……」
「リニスや桃子母さんがしょっちゅう嘆いてる。
 『あちこちの発掘現場を飛び回って、ちっともじっとしていてくれない』って……」
 思わずこぼすはやての言葉に、フェイトは苦笑まじりにそう答えた。

 

 


 

第5話

機動六課・始動
〜訓練の始まり〜

 


 

 

「……そろそろ、部隊の編成式が始まる頃か……」
 機動六課隊舎からさほど離れていない、海沿いの湾岸道路――その傍らに腰をおろし、マスターメガトロンは静かにつぶやいた。
 “GBH戦役”によってミッドチルダでもトランスフォーマーの存在が認知されて早10年。それでも自分のような大型トランスフォーマーは珍しいのか、道を行き交う人々がチラチラと視線を向けてくるが――そこはマスターメガトロン。気にすることなく風に当たっている。
 と――
「あぁ、いたいた」
「………………?」
 突然、声がかけられた。
 一瞬、なのはの声かと思ったが――彼女とはどこかイントネーションが違った。声の主の気配がこちらに向かっていることを感じ、マスターメガトロンが振り向くと、管理局の陸士制服に身を包んだひとりの女性が駆けてくるのに気づいた。
「六課の人間か?
 そろそろ編成式の時間だろう。こんなところにいてもいいのか?」
「あたし達のチームは民間協力者オンリーだもん。出席するのはリーダーだけで問題ナシ♪」
 尋ねるマスターメガトロンに答えると、彼女は自分の端末のスイッチを入れ、
「こちらアスカ。マスターメガトロンみっけ♪
 来週一週間、ジュースのオゴリよろしく♪」
「オレを賭けの対象にしてたのか、お前ら!?」

 思わずマスターメガトロンが声を上げるが、女性はかまわず端末のスイッチを切った。あらためてマスターメガトロンに向き直ると敬礼し、名乗る。
「機動六課、前線アナライズチーム“ゴッドアイズ”所属。
 チーフアナライザーを任されることになった、アスカ・アサギです♪」
「“ゴッドアイズ”……
 ……なるほど。アリシア・テスタロッサの部下か」
「そーそー。
 立ち位置としては一応副隊長。現場分析班のサブリーダーとして出動にも同行させてもらうから、よろしくね♪」
 言って、握手しようと手を差し伸べるアスカだったが――
「…………フンッ」
 そんな彼女に対し、マスターメガトロンはそっぽを向いてしまう。
 が、そんな彼の対応は予想の内だったか、アスカは軽く肩をすくめ、
「それで、マスターメガトロンは出ないの? 編成式」
「局員でも嘱託でもないオレが出る理由があるか?」
「理由はないと思うけど義理はあるんじゃない?」
「それでも義務はない」
「いや、そうだけど……」
 あっさりと、立て続けに返ってくる答えに苦笑し、アスカは端末のスイッチを入れ直し、
「それでも……せめて、式ぐらいは見てあげたら?
 キミと縁のある、高町さんの晴れ舞台でもあるんでしょ?」
 言って――機動六課隊舎ロビーで行われている編成式の様子を映し出した。
 

 ロビーにはすでにスバル達を始め、機動六課の正規メンバーが勢ぞろいしていた――スバル達人間メンバーが前列に並び、スプラングやシグナルランサー、そしてガスケットにアームバレットらが後列に整列している。
 そんな中――司会席に立つのはビッグコンボイだ。はやて達の準備が整ったのを確かめ、一同に告げる。
「部隊長臨場。
 部隊、気をつけ!」
「気をつけ!」
 ビッグコンボイの言葉にグリフィスが先任者として改めて号令。一同が姿勢を正す中、はやてを先頭になのは、フェイト、アリシアが正面に設置された壇上に上がる。
「部隊、休め」
「休め!」
「部隊長あいさつ」
 同様の手順で一同が「休め」の姿勢に移行。続くビッグコンボイの進行に息をつき――はやてはゆっくりと口を開いた。
「機動六課課長、そして、そして、この本部隊舎の総部隊長、八神はやてです。
 “平和と法の守護者”時空管理局の部隊として、事件に立ち向かい、人々を守っていくことが私達の使命であり、すべきことです。
 官民問わず実績と実力にあふれた指揮官陣。若く可能性にあふれたフォワード陣。それぞれ、すぐれた専門技術の持ち主の、メカニック及びバックヤードスタッフ――全員が一丸となって、事件に立ち向かっていけると信じています」
 と、そこで言葉を切り――はやては笑顔で告げた。
「――と、長すぎるあいさつは嫌われるんで、以上、ここまで。
 機動六課課長及び部隊長。八神はやてでした」
 そして、はやてが一礼し――拍手が巻き起こるのを前に、はやてを見守るビッグコンボイは思わず息をついていた。
 はやてのあいさつがとどこおりなく終わったこと、そして――
 こういった場に不慣れな自分の司会進行が無事終わりそうなことに安堵して。
 

「シグナム――本当に久しぶりです」
「あぁ、テスタロッサ」
 編成式も無事終わり、解散――二人で廊下を歩きながら、しみじみと告げるフェイトにシグナムが答える。
「仕事の上で直接会うのは半年振り、プライベートを含めてもほぼ4ヶ月ぶりか……」
「はい。正月にみんなが集まった時以来です。
 同じ部隊になるのは初めてですね。どうぞ、よろしくお願いします」
 マジメな性格ゆえか、丁寧にあいさつするフェイトだが――そんな彼女にシグナムはクスリと笑みをもらし、
「こちらのセリフだ。
 だいたい、お前は私の直属の上司だぞ」
「それがまた、なんとも落ちつかないんですが……
 シグナムは、私の義理の姉でもあるワケで……」
「だが、職場でのけじめはつけなければあるまい。
 テスタロッサ相手に『お前』呼ばわりは良くないか。
 敬語でしゃべった方がいいか?」
「そ、そういうイヂワルはやめてください……」
 シグナムのその言葉に、フェイトは思わずオロオロしながらそう答える。
「いいですよ、『テスタロッサ』で、『お前』で」
「フッ、そうさせてもらおう」
 余裕の笑みと共にそう答え――しかし、シグナムはオマケとばかりにもう少しつついておくことにした。
「しかし……私ひとりを相手にしてもそんな有様では先が思いやられるな。
 状況如何では恭也や知佳も合流して手伝ってくれるそうだし……その時、ちゃんと分隊長としてやっていけるものかどうか……」
「だ、だから、そういうイヂワルは……」
 いざとなればキリリと引き締まるのに、普段は軽くつついてやるだけでもこうして戸惑い、オタオタしてしまう――まったく変わらぬ義妹の姿に安堵し、シグナムは改めて笑みを浮かべるのだった。
 

「しっかし、まさかオレ達が管理局の所属になっちまうなんてなぁ……」
「それはこっちのセリフだ。
 それと行儀が悪いな、足を下ろせ」
 オフィスでイスに腰掛け、デスクに脚を投げ出してつぶやくガスケットに、スターセイバーはため息まじりにそう答える。
「いいんじゃないですか?
 オレはやり合ってませんけど、こいつらにはあなた方も手を焼いた――それくらいの相手だったんでしょう?」
「まぁ、な……」
 口をはさむシグナルランサーの言葉にうなずくと、ビクトリーレオはガスケットとアームバレットに視線を戻し、
「オレとしちゃ、むしろお前らがすんなり六課入りした方が驚きだぜ」
「なんだよ、それ?
 マスターメガトロン様が参加してんだぞ! オレ達がついていかねぇでどーすんだよ!?」
「オイラ達元デストロンは、管理局で働いちゃダメだとでも言うのか!?
 ちゃんと試験官としてバイトさせてもらってんだぞ!」
「いや……そういうことじゃなくてさ」
 抗議の声を上げるガスケット達にそう答え――
「お前らをこき使ってたリスティが、ヤケにあっさりお前らを手放したよな、と思ってさ」
『………………』
 ビクトリーレオの一言で、その場に気まずい沈黙が落ちた。
「……確かに、そう言われればそうだな……」
「説明、要求」
 うめくフォートレスとアトラスの問いに、ガスケットは答えた。
「………………“取引”があった、とだけ言っとく」
『………………』

 それ以上の詮索は危険な気がして、その場の会話はそれで終了となった。
 

「そういえば……」
 フォワード要員4名を連れて廊下を歩き――なのははふと口を開いた。
「みんなはもう、自己紹介とか済ませたのかな?」
「あ、えっと……」
「自己紹介と経験やスキルの確認は、すでに」
「あと、部隊分けや、コールサインの確認もです」
 答えようとしたものの口ごもってしまうスバルに代わってティアナとエリオがうなずくと、なのはは改めて4人に向き直り、告げた。
「それじゃあ、早速訓練に入りたいんだけど……いいかな?」
『はい!』
 

「あぁ、ヴァイスくん、スプラング」
 一方、シグナムと別れたフェイトがはやてと共に向かったのは隊舎屋上のヘリポート――そこで待っていたヴァイス・グランセニックとスプラングの姿を見つけ、はやてが気軽に声をかける。
「スプラング、ケガは大丈夫?」
「えぇ。
 こないだは足引っ張っちまって、すんませんした」
 スバル達の試験の時のディセプティコン襲撃の際、ショックフリートの不意打ちを受けたスプラングは真っ先に撃墜され、かばわれてしまった――尋ねるはやてに答え、スプラングは改めて一礼する。
 と――フェイトは気づいた。
 スプラングのボディの各所が変化している。これは――
「ひょっとして……
 スプラング、リスキャニングした?」
「えぇ。
 こっちの輸送班への配属が正式に決まった時に、どうせならそっちの任務にフル活用できるビークル形態を、とね。
 スプラング、トランスフォーム!」
 フェイトに答え、スプラングはビークルモードへ――以前とは違うタイプのヘリコプターへとトランスフォームし、彼女達の前に降り立った。
 そのヘリコプターとは――
「これ……ベースって、地上部隊の最新型なんじゃない?」
「せやね。
 型番は確か……」
「JF704式です」
 フェイトに答えようとするはやてにはヴァイスが補足する。
「一昨年から武装隊に配備され始めた、新鋭機っスよ。
 機動力も積載能力も一級品。もちろん、防御力もね。
 こんな機体にトランスフォームできるってのは、ヘリタイプのトランスフォーマーとしては幸せでしてね♪」
「おかげでオレも、こうして最新のヘリを思う存分飛ばせるってワケでさぁ」
 よほどうれしいのか、上機嫌で告げるスプラングとヴァイスだが――
「もう、ヴァイス陸曹! スプラング空曹!」
 そんな浮かれ気味の二人をたしなめるのはリインである。
「二人はみんなの命を乗せる乗り物とそのパイロットさんなんですからね!
 ちゃんとしてないとダメですよ!」
「へいへい、わかってまさぁね、リイン曹長♪」
「まだまだ組んだばかりの新造コンビですけど、腕前は保証しまっせ♪
 ささ、みんな乗った乗った♪」
 リインの言葉にヴァイスとスプラングが答え、ともかくはやて達はスプラングに乗り込むことにした。彼女達がシートに座る間に、ヴァイスとスプラングは手際よく発進準備を整えていく。
「八神隊長、フェイトさん。
 行き先はどちらに?」
「首都クラナガン」
「中央管理局まで」
「了解♪」
 二人の言葉にスプラングが答えると、ヴァイスもコックピットシステムとリンクさせた自らのデバイスに声をかけた。
「お前もサポートよろしくな、“ストームレイダー”」
「ナビゲート、頼んだぜ」
〈OK, Take Off Stand by.〉
 デバイス特有の電子音声がヴァイスとスプラングに答え――彼らはなめらかな機動で大空へと舞い上がった。
 

 一方――なのはは教導隊の制服への着替えを済ませ、目の前に広がる訓練場を眺めていた。
 とはいえ、一見するとそこには何もないように見える――というか何もない。海上に平らに整地されたフィールドが広がっているだけで、他には何の施設も見当たらない。
 と――
「なのはさーん!」
 そんな彼女の元に駆けてくるのは、自分にとっても親しい間柄にあるシャリオ・フィニーノ一等陸士だ。
「シャーリー!」
 そんな彼女に愛称で応え――なのはの視界のすみに、別の方向から駆けてくる存在を捉えた。
 こちらに向けて走ってくる戦闘指揮車、すなわち――
「トランスフォーム!」
 高速走行から咆哮と共に跳躍――ロボットモードにトランスフォームし、マスターメガトロンはなのはの目の前に着地し、
「た、高町一尉……
 マスターメガトロン、連れてきたよぉ……」
 そんな彼のライドスペースからヨロヨロと降り立ったのはアスカだ。乱暴な運転でもされたのだろうか。
「よかった……
 来てくれたんだ、マスターメガトロンさん」
「カン違いするな。
 オレは自分の訓練のためにここを使いたいだけだ」
 なのはの問いに、マスターメガトロンはプイとそっぽを向き――
「………………む?」
 ふと、彼はこちらに向けて走ってくる一団に気づいた。
 ウォームアップのランニングに出ていたスバル達である。
 

「今返したデバイスには、新たにデータ記録用のチップが組み込まれてるから、今までよりもちょっとだけ大切に扱ってね」
 朝一番でデバイスを預けさせられていたのはそんな理由だったのか――スバル達のデバイスと共に返してもらった銀色のデバイスカードを手の中でもてあそびつつ、マスターメガトロンはスバル達に告げるなのはの言葉にひとり納得した。
 そして――視線は動かさず、周辺確認用のサブカメラのひとつを密かに“そちら”に向ける。
 スバルのとなりに並び立つティアナだ――先ほどから、なのはの説明の合間に度々こちらに鋭い視線を向けている。
 思えば、彼女との出会いはある意味で最悪のものだった。出会った早々に銃を向けられたのだから。
 その時の言葉から、彼女がかつて自分が暴走させたグランドブラックホールによって被災していたことは推察できるが――かと言ってそんなことをいつまでも引きずるような性格にも見えない。
 ということは――
(恨みつらみではなく、純粋な不信――
 “あんなこと”をしでかしたオレは、信用できんということか……)
 おそらく、彼女の中で自分は大悪党かそれに順ずる位置づけなのだろう。まぁ、破壊大帝という肩書きを持つ手前、他人の恨みを買うのは慣れているから、特に気にするようなことでもないのだが。
 そんなことをマスターメガトロンが考えていると、なのははマスターメガトロンへと視線を向け、
「そういえば……マスターメガトロンさん、フォワードのみんなに自己紹介した?」
「必要あるまい。
 どうせこいつらとはこの間の戦いで……」
 言いかけ――マスターメガトロンは気づいた。
 そういえば2名ほど増えている――エリオとキャロがどこか困惑気味にこちらを見ているのに気づき、マスターメガトロンは嘆息し、名乗った。
「マスターメガトロンだ。
 待遇は民間協力者。相当階級は二等陸尉相当。コールサインは“スターズαあるふぁ”。
 魔導師ランクは認定試験を受けていないから不明。現在のボディでの魔力出力はAAA+相当だそうだから、大方そのあたりだろう。
 この機動六課には個人的な利害の一致から、八神はやての提案に乗っかる形で参加した。したがって『平和を守る』という意識は一切ない。そのあたりのフォローは期待できないのでそのつもりでいろ」
「むー、そういう新人の子達を不安にさせるような自己紹介はどうなんでしょうか……?」
「言うべきことは早めに言っておくべきだ。変に期待されてもむしろ迷惑だ」
「あはは……」
 こういうところは相変わらずか――苦笑しつつ、なのはは傍らのアスカへと視線を移し、
「それじゃあ……アスカちゃんも」
「はーい♪」
 なのはにうなずき、アスカはスバル達に向けて一歩前に出て、
「あたしはアスカ・アサギ。アリシアちゃんのチーム“ゴッドアイズ”のメンバーだよ。
 クラナガン大学で考古学を専攻してたんだけど、この度管理局の人事からチーフアナライザーとしてお招きに預かりました♪
 ……って言っても、キャロちゃんはもう知ってることだけどね」
『………………?』
 付け加えられたアスカの言葉に、残りの新人3名の視線がキャロに集まった。
「どういうこと?」
「あ、えっと……
 実は、アスカさんとは宿舎が相部屋で……」
「そ。いわゆるルームメイト♪
 だから、もうとっくにお互いの自己紹介は済んじゃってるの」
 スバルに答えるキャロに補足すると、アスカは息をつき、仕切り直して続ける。
「魔導師ランクはB。アームドデバイス持ちだけど使うのはミッド式魔法――けっこう変り種だから、チームワークを合わせるのは苦労すると思うけど、同じBランク同士仲良くしようね♪」
 マスターメガトロンとは対照的に元気に自己紹介するアスカの言葉に、なのはは笑みを浮かべつつシャリオへと向き直り、
「それから、メカニックのシャーリーから一言」
「えー、メカニックデザイナー兼、機動六課通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士です――みんなは『シャーリー』って呼ぶので、良かったらそう呼んでね。
 みんなのデバイスを改良したり、調整したりもするので、時々訓練を見せてもらったりします。
 ……あ、デバイスについての相談とかあったら、遠慮なく言ってね?」
『はい!』
 元気にスバル達は返事を返す――シャリオの人当たりのよさ、そして年も序列も近いという要素が、スバル達の緊張を少しはほぐしてくれたようだ。
 そして、シャリオはマスターメガトロンへも向き直り、
「もちろん、マスターメガトロンさんも、何かオメガさんのことで要望があれば、いつでも来てくださいね♪
 まだまだシステムにもソースにも余裕がある子ですから、この先どう強化していくかは、マスターメガトロンさん次第ですから♪」
「あぁ」
 ぶっきらぼうに答えるが――シャリオは特に気分を害したようにも見えない。こちらのぞんざいな態度も気にはしていないようだ。
 人付き合いのうまいヤツとはこういうヤツのことか――そんなことを考えながら、マスターメガトロンは意識を再び“そちら”に向け――
(それに引きかえ、こいつときたら……)
 自分の名前が挙がったとたん、再び敵意むき出しの視線を向けてくるティアナ――あまりにもシャリオとは正反対のその態度に、マスターメガトロンは内心で思わずため息をつくが、
(……まぁいい。
 どの道、オレはこいつらと組む気はない)
 機動六課への協力は決めたが、元々チームプレイなどしたことのない身の上だ。現場で彼女達と行動を共にする気はない――スバルとのゴッドオンは確かに魅力的ではあるが、それがなくともやりようはいくらでもあるのだし。
 幸い、ティアナの敵意は自分にだけ向いているようだ。他の面々に当り散らしてチームワークを乱し、こちらの足を引っ張ってくれることもあるまい――そう結論づけて、マスターメガトロンはこの問題を早々に棚上げすることにした。
 と――
「じゃ、早速訓練を始めようか」
「は、はい……」
「でも……」
 なのはの問いにうなずくものの――スバルとティアナは不思議そうに辺りを見回した。相方に代わり、ティアナが尋ねる。
「ここで、ですか?」
 そう。なのはの背後には海上に整備されたフィールドが広がるのみだ。ここで一体何の訓練をするというのか――
「障害物ナシの真っ向勝負で模擬戦でもするつもりか?」
「見ていればわかるよ♪」
 なのはに尋ねるマスターメガトロンに答えるのはアスカだ。
 そして、そんな彼女の言葉にうなずくと、なのははシャリオに目配せし――その視線に応え、シャリオは周囲にウィンドウ端末を展開した。
「機動六課自慢の訓練スペース。
 なのはさん完全監修の陸戦用空間シミュレーター」
 言いながら、手馴れた動きで端末に設定を打ち込んでいき――
「ステージ、セット♪」
 その言葉と同時にエンターキー。同時――海上のフィールドがその姿を変えた。表面が薄い魔力膜に覆われたかと思うとそれが盛り上がり、わずかな時間で廃棄都市へとその姿を変えたのだ。
「ほぉ……」
 思わず感嘆の声を上げ――マスターメガトロンは現れた廃棄都市を指さすとデバイスカードに向けて告げた。
「オメガ」
〈Hound Shooter!〉
 同時、指先から放たれる紫色の魔力弾――1発だけ放たれたそれは一直線に廃棄都市へと飛翔。ビルのひとつを見事撃ち抜いてみせる。
「なるほど……
 実体もある――魔力の物質化技術を応用した擬似フィールドか……」
「あのー……」
 つぶやくマスターメガトロンに、なのはは苦笑まじりに声をかけた。
「もう少し、穏便な確かめ方はなかったんでしょうか?」
「ないな」
 即答された。
 と――
「えっと……高町一尉……高町隊長の方がいいかな?」
「名前でいいよ。アスカちゃんの方が年上なんだし。
 それで……何?」
 手を挙げたアスカの問いになのはが答えると、アスカはそんななのはに対し問いを重ねた。
「あそこで訓練するんだよね……?
 じゃあ、あたしも参加しちゃ、ダメかな?」
「貴様も、か……?」
「うん」
 意外なことを言い出した――思わず聞き返すマスターメガトロンに、アスカはあっさりとうなずく。
「ほら、あたしってアリシアちゃんと一緒に、もしくは代理で現場に出ることになるワケだし……だから自分の訓練もしたいし、フォワードの子達のできることやできないことも、実体験で確認したいし……
 それに、なのはちゃんが全体を見る以上、現場で直接アドバイスする先輩も必要でしょ?
 ね? いいでしょ? お願いっ!」
 言って、パンッ! と手を合わせて頼んでくるアスカの言葉に、なのはとシャリオは思わず顔を見合わせた。
 

「ヴィータ、ここにいたか」
「シグナム……」
 そんななのは達の様子を少し離れたところから眺めていたヴィータに、シグナムは静かに声をかけた。
「新人達は早速やってるようだな」
「“ゴッドアイズ”のサブリーダー殿も立候補。
 あの様子じゃ、マスターメガトロンも巻き込まれるな、絶対」
 シグナムに答え、ヴィータはアスカに参加を誘われ、便乗してくるなのはやスバルに対し懸命に拒否の意志を示しているマスターメガトロンへと視線を戻した。
 他の面々に対してはぞんざいだが、復活してからこっち、マスターメガトロンは前大戦で心を通わせたなのはに対してだけは、どこか甘いというか、強気に出られないところがある。
 その上先の復帰戦において、ゴッドオンという形で共闘したスバルにまで気に入られているフシがある――かつて交渉ごとはすべて力ずくか詭弁で通してきたマスターメガトロンが真っ向からの交渉に長けているとは思えない。このまま彼女達に押し切られるのは時間の問題だろう。
「お前は参加しないのか?」
「まだみんな、ヨチヨチ歩きのヒヨッコだし……あの新しいボディじゃ、たぶんマスターメガトロンも似たようなもんだ。
 あたしが教導を手伝うのは、もうちょっと先だな」
「そうか……」
 ヴィータの言葉にシグナムがうなずき――
「それに、自分の訓練もしたいしさ」
 言って、ヴィータは静かに息をついた。
「同じ分隊だからな……
 あたしは空でなのはを守ってやらなきゃいけねぇ」
「頼むぞ」
「あぁ」
 告げるシグナムにヴィータはうなずき――
「次にまたなのはに何かあったら、なのは親衛隊フェイトとジャックプライムの暴走がどれほどの被害をもたらすか想像もつかん」
「暴走は確定なのかよ」
「否定できるか?」
「………………」
 シグナムの言葉にヴィータは思考をめぐらせて――話題を変えるのが無難だと判断した。
「ところでシャマルは?」
“自分の城”だ」
「………………医務室か」
 こちらの話題にも触れないのが懸命だと判断し、ヴィータは早々に口をつぐんだ。
 

 結局、なのは達に押し切られた――10年前の自分が見たら絶対に嘆くな、などということをなんとなく確信しつつ、マスターメガトロンは所定のスタートポイントでため息をついていた。
「まだ、この新しいボディにも慣れてないんだが……」
 元々、スバルが単独でゴッドオンするはずだったこのトランステクターにはまだまだシステム的に自分の能力やスキルとかみ合っていない部分が多い上、未だ把握できていないシステムもいくつかある。訓練は冷やかしのみに留めてそちらの調整に時間を当てるつもりだったのだが――今さら言っても始まらない。
 スバル達だけでなく、アスカも自分の戦斧型デバイスを持ち出している――アナライザーには不釣合いな武装だと思ったが、同様の疑問を口にしたスバルに答えたところによると、内部には広域サーチ用のセンサーをこれでもかと言うくらいに詰め込んでいるらしく「中のシステムを保護できるような頑丈な武具を選んだ」とのことだった。
 と――
《みんな、聞こえる?》
『はい!』
「…………あぁ」
 向こうの準備が整ったのか、なのはからの念話が届いた。元気に返事をするスバル達とアスカだが、マスターメガトロンはやはり投げやりだ。
「もう、マスターメガトロンさん、ノリが悪いなぁ。
 テンション低いよ」
「上げるべきテンションはミッション開始まで温存させてくれ」
「やる気がないなら帰ってください。むしろジャマです」
「帰れるものなら帰ってるさ、とっくに」
 こちらが乗り気じゃないのが不満なのか口を尖らせるスバル、そして彼女とは別の理由で不満を見せるティアナの言葉にマスターメガトロンがそれぞれ答え――
《さっそく、訓練を始めるね》
 そんな彼らに、なのははどこか楽しそうにそう告げた。
《まずは軽く、スバル達に10体。マスターメガトロンさんには……4体もあればいいかな?》
 スバル達はフォワード4人にアスカで計5人。ひとり頭2体計算ということか――そんなことを考えるマスターメガトロンの前で、指定された数のミッド式魔法陣が展開された。
《私達の仕事は捜索指定“古代遺物ロストロギア”の保守管理。
 その目的の為に私達が戦う事になる相手は……》
 なのはの言葉と共に魔法陣の中から姿を現したのは、楕円柱のカプセルの形状をした何かのマシーンだった。マスターメガトロンの目の前に現れたのも、サイズが違うだけで基本的には同じもののようだ。
「これって……!」
《自律行動型の魔導機械。
 これは近づくと攻撃してくるタイプね。攻撃は結構鋭いよ》
 うめくスバルに対し、なのはに代わり説明するシャリオはなんだか楽しそうだ。
《マスターメガトロンさんの方には対TF用。基本仕様はスバル達の方に出した対人用と変わらないけど、サイズが大きい分パワーもあるし、最近のモデルは内蔵装備も多いよ》
「それを新人どもの倍の数、しかも身体の慣らしも終わってないヤツにいきなりぶつけるか……?」
《けど、ものともしないでしょう?》
 うめくマスターメガトロンに、なのはは満面の笑顔で告げる。
《身体の慣らしならこの訓練で兼ねればいいでしょ?
 理由をつけて逃げようとしてもそうはいかないから♪》
「このサド教官め……!」
 なのはの言葉に思わずうめくが――それでもしぶしぶオメガを起動させるあたり、やはり彼女には逆らえないようだ。
《では、第一回模擬戦闘訓練。
 ミッション目的『逃走するターゲットの破壊、もしくは捕獲』。
 制限時間は15分以内》
「了解だ」
 言って、マスターメガトロンはオメガを肩に担ぎ、新人達やアスカもそれぞれにかまえ――
《Mission――Start!》
 なのはの言葉に――全員が同時に地を蹴った。
 

 同じ頃、時空管理局・ミッドチルダ地上本部――その中央議事センターでは、地上部隊の首脳陣を集めてのプレゼンテーションが開かれていた。
 そして現在――その中央の壇上には、機動六課隊舎から出向いてきていたはやてやフェイト――そして、現地で合流したジャックプライム、ビッグコンボイの姿があった。

「捜索指定遺失物――“古代遺物ロストロギア”については、皆さんも良くご存知のことと思います」
 集まった地上部隊の首脳陣達を前に、はやては堂々とそう切り出した。
「様々な世界で生じた、オーバーテクノロジーの内、消滅した世界や古代文明を歴史に持つ世界において発見される、危険度の高い古代遺産……
 特に大規模な災害や事件を巻き起こす可能性のある“古代遺物ロストロギア”は、正しい管理を行わなければなりませんが……盗掘や密輸による、流通ルートが存在するのも確かです」
 ここまでは単なる前置き――息をつき、はやては静かに本題に入った。
「さて、我々機動六課が設立されたのには、ひとつの理由があります」
 言って、はやては背後のモニター画面にそれを映し出した。
 ケースの中に収められた、宝石のようにも見える真紅の結晶体である。
「第一種捜索指定“古代遺物ロストロギア”――通称“レリック”」
「この“レリック”、外観はただの宝石ですが、古代文明時代に、何らかの目的で作成された、超高エネルギー結晶体であることが判明しています」
 はやての言葉を引き継ぎ、フェイトはモニター画面を切り替え――
「“レリック”は、過去に多数発見され、その内の何割かは、周辺地域を巻き込む、大規模な災害を引き起こしています」
 映し出された『大規模な災害』の様子を前に、首脳陣の間から驚きの声が上がる――ムリもない。それほど大きくもない結晶体が、周辺一体を焼き払うほどの魔力爆発を起こした爪痕を見せつけられたのだから。
 そして――その映像のひとつには、かつてスバル達も巻き込まれた、あの空港火災の様子も映し出されている――ふと当時の記憶が脳裏をよぎったが、フェイトは話を続ける。
「そして……後者2件では、このような拠点が発見されています」
 言いながら、フェイトは再び画面を切り換え、問題の『拠点』の様子を何枚かの画像として表示した。
「きわめて高度な、魔力エネルギー研究施設です。
 発見されたのは、いずれも未開の世界――こういった施設の建造は許可されていない地区で、災害発生直後に、まるで足跡を消すように破棄されています。
 悪意ある――少なくとも、法や人々の平和を守る気のない何者かが“レリック”を収集し、運用しようとしている……広域次元犯罪の可能性が高いのです」
 ジャックプライムが告げ、フェイトが映像を切ると、
「そして、彼らが主戦力としていると思われる魔導機械が……これです」
 目上が多い手前か、いつもなら絶対に使わない敬語でビッグコンボイが告げ、今度は彼が新たな映像を表示した。
 今現在、訓練でスバル達が対峙しているカプセル型の無人機械である。
登録呼称レジストコード“ガジェットドローン”
 “レリック”を始め、特定の“古代遺物ロストロギア”の反応を捜索、回収しようとするよう、プログラムされているようです。
 そして……これらの機体の何よりも厄介な特性が――」
 

「おぉぉぉぉぉっ!」
 真っ先に飛び出したのは、やはりローラーブーツを履いている分トップスピードに優れるスバルだった。先頭に立ってガジェットの1機に追いつき、跳躍――真上からリボルバーナックルを繰り出す。
 そのモーションに合わせ、放たれるリボルバーシュート――しかし、すでに彼女の接近を感知していたガジェットは、まるで風船が障害物を避けるかのようにフワリとその攻撃を回避する。
「速い……!?
 ……ううん、違う。これって……!」
 思わず声を上げるスバルだが――
「それなら!」
 彼女の取り逃がしたガジェット群の行く手にエリオが飛び出してきた。
 とっさに攻撃に移るガジェット――しかし、エリオは放たれる魔力弾をかいくぐって跳躍、相手が自分への照準を合わせ直すよりも速く愛槍“ストラーダ”を振るい、スバルのリボルバーシュートよりも幾分弾速の速い、飛翔型の魔力刃を放つ。
 だが――当たらない。ガジェットは素早く軌道を変え、エリオの魔力刃をかわして彼の脇を突破していく。
「ダメだ……!
 フワフワ避けられて、当たらない……!」
「エリオ!
 コイツら、思ってたよりも動きにムダがないよ――ストレートに攻めてもかわされちゃう!」
 思わずうめくエリオに、追いついてきたスバルが声をかけると――
《前衛二人! 突出しすぎ!》
 そんな二人に、ティアナからの叱責の声が届いた。

「ちょっとは後ろのこと考えて!」
《あ、はい!》
《ゴメン!》
 こちらの叱責に対し、エリオ、スバルから順に謝罪の声が上がる――が、自分だってただ二人にばかり任せていたワケではない。キャロ、フリードと共にガジェットの進路に回り込んでいたティアナは、ビルの上から眼下の道路を駆け抜けていくガジェットへと狙いを定めた。
「ちびっ子、威力強化、お願い!」
「はい!
 ケリュケイオン!」
〈Boost Up, Bullet Power!〉
 ティアナにうなずくキャロの言葉に、彼女の持つブーストデバイス“ケリュケイオン”が応える――同時、キャロによって威力を強化されたティアナの魔力弾が発射、ガジェットに襲いかかる。
 かわせるタイミング、軌道ではない――直撃を確信するティアナだったが、
「え――――――っ!?」
 直後の光景を前に、思わず言葉を失った。
 ガジェットに魔力弾が命中したかと思われた瞬間、その目前で弾丸がかき消えたのだ。
「バリア!?」
「違います!」
 思わず声を上げたティアナに否定の言葉を向けるのはキャロだ。
「あれは……フィールド系……!?」

「ほぉ……」
 その光景は、ちょうど別のビルの上を飛び移りながら自分の目標を追っていたマスターメガトロンの位置からも確認できた。ティアナの魔力弾がガジェットのフィールドによってかき消されたのを見て、思わず感嘆の声を上げる。
「魔力の分解――魔力の結合を阻害することで、魔法の術式、その構築そのものを崩壊させるフィールドか……」
《そう。ガジェット・ドローンにはちょっと厄介な性質があるの》
 つぶやくマスターメガトロンに念話で答えるのはなのはだ。
《攻撃魔力をかき消す、アンチ・マギリンク・フィールド――“AMF”。
 普通の魔力射撃は通じにくいし……》
「むんっ!」
 言葉よりも早くマスターメガトロンが動く――魔力がダメならビームで、とばかりに腕のアクセルギアを回転させ、練り上げた自らのスパークのエネルギーをビームとして撃ち放つ!
 が――
「こいつもダメか……!」
 視線の先のターゲット――自分の追っていた対TFガジェットがこちらのビームをAMFで防ぐのを見て、マスターメガトロンは舌打ちし、うめく。
《そう。
 対人タイプは出力不足でできないみたいだけど……対TFモデルは、トランスフォーマーのビーム系、エネルギー系攻撃すらも完全に無効化しちゃう。
 しかも――》
 またしても、なのはの言葉を待たずに動きが――今度はスバルだ。自分達の追っている対人ガジェットとマスターメガトロンの追う対TFガジェットが合流したのを見て、ウィングロードを展開、追跡に入る。
 間合いを詰め、魔力のあまり関係してこない直接打撃で仕留めるつもりなのだろうが――
「バカ!
 スバル、危ない!」
 まだ他の面々の援護の体制が整っていない――思わずティアナが声を上げるが、スバルはかまわずガジェットを追う。
 しかし――
《AMFを全開にされると――》
 そのなのはの言葉と同時――

 ウィングロードが消えた。

 ガジェットがAMFの効果範囲を拡大、スバルのウィングロードの魔力すらも分解してしまったのだ。
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
 当然、スバルの身体は宙に投げ出され――
「ぬぅ!?
 お前、何人の上に落ちてきているんだ!」
「す、すみませぇんっ!」
 後を追従する形となっていたマスターメガトロンの背中に激突した。落下を免れるために背中にしがみつくスバルが、マスターメガトロンの苦情に謝罪の声を上げる。
《そんな風に、飛翔や足場作り、移動系魔法の発動も困難になる。
 スバル、大丈夫?》
「なんとか……
 マスターメガトロンさんが受け止めてくれたので……」
「偶然だ! 偶然!」
 すぐにマスターメガトロンから訂正の声が上がる。
《まあ、訓練場ではみんなのデバイスにちょっと工夫をして、擬似的に再現してるんだけどね。
 でも、現物からデータを取ってるし、かなり本物に近いよ》
《対抗策はいくつかあるよ。
 どうすればいいか、素早く考えて、素早く動いてね》
「簡単に言ってくれるな……」
 解説するシャリオとなのはの言葉に舌打ちし、マスターメガトロンは自らの背後に向けて声をかけた。
「貴様も貴様だ!
 いつまで人の背中にしがみついている!」
「だ、だって、マスターメガトロンさん、走ってるから、揺れて、なかなか、降りれずに……!」
 各所で障害物を越えるために跳躍を織り交ぜているため、現在マスターメガトロンは走りながらかなり上体を上下させている――その動きに思い切り振り回され、背中にしがみついているスバルは懸命に声を上げる。
「ちぃ………………っ!」
 そんなスバルにうめき、マスターメガトロンは背中に手を伸ばし、スバルの首根っこをつかまえ――告げた。
「小娘。
 “特別サービス”だ」
「え………………?」
 疑問の声を上げるスバルにかまわず、マスターメガトロンは唐突に足を止めた。そのまま思い切り振りかぶる。
 そのかまえはまるで――
「ち、ちょっと、マスターメガトロンさん!?」
「撃墜数――ひとつくれてやる!」
 その言葉と同時――

 投げた。

 右手に捕まえていたスバルを。
 思いっきり、渾身の力で――
 

 ガジェットドローンに向けて。
 

「わひゃあぁぁぁぁぁっ!」
 みっともない悲鳴と共に一直線に飛翔――スバルは猛スピードでガジェットに向けて突っ込んでいく。
「スバル!」
「も、もう、こうなったら!」
 ティアナの叫びに我に返ったか――スバルは自分の突っ込んでいくガジェットに向けてとっさに拳を繰り出した。マスターメガトロンに投げ飛ばされた勢いも加わり、彼女の一撃は見事に対TFガジェットの巨体を撃ち貫いた。
 そのまま、スバルは失速、大地に突っ込む――かと思われたが、
「ぅわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
「……ナイスキャッチだ、小僧」
 その先には先回りしていたエリオがいた。正面から受け止め――というか激突し、一緒になってゴロゴロと転がっていくその光景に、マスターメガトロンは軽口を叩く。
 とたん、ティアナから届く抗議の声――
《何やってるんですか、あなたはぁぁぁぁぁっ!》
「投げた」
《あっさり答えないでください!》
「やかましいな……」
 ティアナの念話にうめき、マスターメガトロンは続けた。
「魔法がダメなら物理攻撃――そう考えた小娘の判断は、少なくとも間違ってはいない。
 だが、AMFが相手ではお得意の足場が使えない。接近が難しい上に加速が難しくなるから、たとえ捉えられたとしてもアレを撃ち抜けるほどの力を拳に込められるかも疑問だ。
 だから投げ飛ばした――ヤツらを捉えられるスピードと撃ち抜けるほどの打撃力を用意してやったんだ。どこに問題がある?」
《アフターケアが問題なんです!
 あの場にエリオがいなかったら――》
「いただろう?」
 あっさりと答えられ――ティアナは気づいた。
《まさか……エリオがあそこに飛び込んでくるって……》
「戦場の全体を把握、それぞれの能力――この場合はスピード――を正確に認識していれば、タイミングなど容易に読める」
 こともなげにティアナに答えると、マスターメガトロンはガジェット群を追う足を止めないまま周囲を見回し、
「……ところで……アナライザーの小娘はどうした?」

「え………………?」
 尋ねるその問いに、ティアナは思わず眉をひそめ――
《はいはーい♪ お呼びでしょーか、みなさん♪》
 そんな彼らの元に、アスカからの念話が届いた。
「アスカさん、今どこですか?」
《んー、今のティアナちゃん達の位置から、だいぶ北だねぇ……》
 つまりはずいぶん先行していることになる。
《それより、ハイ、コレ♪》
 そう告げると、アスカはティアナの元にそのデータを送り――同時、ティアナの目の前に1枚の地図が表示された。
 これは――
「このシミュレーションエリアの、地図……?」
「それに、ガジェットの進路の予想データも……
 ひょっとして、これを調べに?」
《データ面でみんなの戦いを助けるのが、アナライザーのあたしの仕事だからね♪》
 ティアナとキャロに答えると、アスカは「じゃあ、先回りしておくから♪」と言って交信を終えた。
「…………ちびっ子、名前、なんてったっけ?」
「キャロであります」
 しばし考えた末、尋ねるティアナにキャロは即座に答える。
「キャロ……手持ちの魔法と、そのチビ竜の技で、なんとかできそうなの、ある?」
「試してみたいのが、いくつか……」
「あたしもある」
 キャロの答えにうなずくと、ティアナはスバルへと念話をつなぎ、
《スバル》
《オッケー!》

 ティアナからの念話はただ名を呼んだだけ――しかし、それだけで彼女の言いたいことをスバルは正確に読み取っていた。身を起こし、エリオに告げる。
「エリオ……あいつら逃がさないように、先行して、アスカさんと一緒に足止めするよ」
「え………………?」
「ティアが何か考えてる。
 だから、あたし達はそのための時間稼ぎ!」
「は、はい!
 やってみます!」
 

「へぇ……みんな、よく動きますねぇ」
「見てるこっちはドキドキものなんだけどね」
 一方、こちらは待機所――ガジェットの後を追うスバル達の姿をモニターし、つぶやくシャリオになのはは苦笑まじりにそう答える。
「デバイスのデータ、取れそう?」
「いいのが取れてます。
 みんないい子に仕上げますよ」
 答えるシャリオにうなずき――なのはは尋ねた。
「それで……マスターメガトロンさんは?」
 いきなりスバルを投げ飛ばすという暴挙に出るとは、先が思いやられる――スバル達ともめなければいいが、と考えながら、マスターメガトロンの現在位置を尋ねるなのはだが――
「えっと……あ、出ました。
 ……って、えぇっ!?」
「どうしたの?」
 いきなり上がった驚きの声に尋ねると、シャリオは目を丸くして答えた。
「対TFガジェット、残り3機の反応が消えました!
 そんな……速すぎませんか、これ!?」
 

「おぉぉぉぉぉっ!」
 咆哮と共に跳躍――対TF用の大型ガジェットの射撃を飛び越え、マスターメガトロンは先頭の1機の目の前に着地した。
 固まって行動していた対TFガジェット達は敵の急接近にすぐさま散開しようとするが――
「逃がすか!
 オメガ!」
 マスターメガトロンの方が速い。オメガを振るい、先頭の1体をまるで野球のボールをカッ飛ばすように打ち返した。
 強烈な衝撃で弾き飛ばされると、攻撃を受けたガジェットは後続の1機に激突。2機が同時に爆発を起こし、残り1機がその爆風にあおられて――次の瞬間、マスターメガトロンによって両断されていた。
「やはり、もっとも有効なのは魔力を伴わない直接打撃か……
 オメガには、こちらの体さばきのサポートを中心とした運用が中心になりそうだな……」
 これで自分のノルマはクリアした――そうつぶやくと、マスターメガトロンはすぐ近くのビルの上に跳び上がると周辺にウィンドウを展開し、スバル達の様子を映し出す。
「さて……ヒヨッコどもめ、こいつをどう叩く……?」
 

「ちょっ、あれを一瞬で3機も!?」
 マスターメガトロンの動きは、すぐにスバル達にも伝えられた――自分達がさんざん手こずっているガジェットをあっという間に蹴散らしたその動きに、ティアナは思わず声を上げる。
「あれ、かなり速くなってるのに!?」
「一体、どうやって……!?」
 いくら元デストロンのナンバー1といっても、今は力を発揮しきれない状況のはず――それぞれの場所でスバルとエリオも驚きの声を上げ――
《……お前達にとっても楽に勝てる相手だぞ、言っておくが》
 そんな彼女達に、マスターメガトロンが念話で告げた。
《前衛の小娘と小僧。今こいつらと対峙して感じたが――サイズ比から対人用の方が素早いことを考慮に入れても、トップスピードはお前らの方が上のはずだ。
 だが、貴様ら自身がそのスピードに振り回されて機動性が犠牲になっている――もっと小回りに気を遣えば容易に捉えられるはずだ。
 後衛のチビ娘とオレンジ頭。後方担当のお前らは射撃などの間接攻撃が主になるが――AMFはあくまで“魔力を消すことしかできない”、その1点を念頭に置いてみろ。そうすればやりようなどいくらでも思いつくはずだ》
 

《もう一度言う――こいつらはお前らにとってもザコだ。
 今できることの中から最適なものを選べ。それだけで十分にクリアできる課題だ》
《言われなくても、やってやるわよ!》
 マスターメガトロンの言葉にティアナが言い返す――訓練参加者達のやり取りを聞き、なのはは満足げにうなずくと、会話が終わった頃を見計らってマスターメガトロンに告げた。
「マスターメガトロンさん」
《何だ?》
「どういう風の吹き回しですか?
 昔のマスターメガトロンさん、そういうアドバイスなんて絶対しなかったのに」
 そのなのはの問いに、マスターメガトロンはあっさりと答えた。
《借りを返しただけだ》
「借り……?」
《そう、借りだ》
 そして――迷わず告げる。
《さっき、小娘に弾丸たまになってもらった借りを返してなかったからな》
 その言葉を最後に念話が切られ――なのはは思わず苦笑した。
「それでも……」

「昔は借りても借りっぱなしだったと思うんだけどなぁ……」
 

「ボク達に、できること……」
 マスターメガトロンの言葉を反芻し、ガジェットの進路上に先回りしたエリオは、ビルの渡り廊下の上でストラーダをかまえる。
 と――
「エリオくん、いける?」
「アスカさん……?」
 合流してきたアスカに声をかけられた。
「アスカさん、ターゲットを足止めする方法、何か思いつきますか?」
「足止め……?」
 エリオの問いに、アスカは不思議そうに首をかしげ、
「足止めなんてとんでもない。
 あたし達には今、あいつらを簡単に“押しつぶせる”武器があるじゃない」
「え………………?」
 首をかしげるエリオに軽く肩をすくめて見せ、アスカはつま先で足元を――自分達の立つ渡り廊下をトントンと叩いてみせる。
 そんな彼女の指摘に「あぁ」と納得すると、エリオはストラーダをかまえ、
「ストラーダ――カートリッジ、ロード!」
〈Explosion!〉
 エリオの指示でストラーダがカートリッジをロードし、空薬莢を排莢する。
 その一方で、アスカは腰のツールボックスからリボルバー式の弾倉とカートリッジのケースを取り出し、
「うーん、この状況だと、これと、これかな……?」
「………………?」
 ケースの中からいくつかのカートリッジを意図的に選び出すアスカの姿に、エリオは思わず首をかしげ、
「アスカさん、そのカートリッジ、全部同じじゃないんですか?」
「うん。
 あたしって、スタイルだけじゃなくて、デバイスもちょっと特殊だから」
 言って、アスカは選び出したカートリッジを弾倉に込めるとデバイスにセットし、
「レッコウ――“エレメントカートリッジ”、ロード!」
〈Elment-Install!〉
 その叫びに答え、彼女のデバイス“レッコウ”が弾倉に込められたカートリッジをロードし――
〈“CLASH”!
 “ARM”!〉

 レッコウの言葉と同時、その刃が、そしてアスカ自身の両腕も魔力の輝きに包まれる。
「そうか……属性付加!」
「そう。
 あたしのレッコウは、魔力ソースは砲撃系のミッド式魔法に特化させてて、近接戦闘は一切魔法に頼ってない――だから、近接攻撃をする場合は、カートリッジで外部から効果付与をしてあげる必要があるの。
 今のは物理破壊力強化の“CLASH”と腕力強化の“ARM”だね」
 言って、アスカは通りの角から姿を現したガジェット群へと視線を向け、
「タイミングはあたしが合わせるから――エリオくん、コイツの強度を落として!」
「はい!」
 アスカに答え、エリオはストラーダで渡り廊下を幾度も斬りつけ、十分だと判断すると一足先に渡り廊下から飛びのき、離脱する。
「1、2、3……違うな。
 アン、ドゥ……は一緒か。ワンツーワンツー……やっぱり違うな……」
 一方、アスカはこちらに向かって走ってくるガジェットの速度から目算でタイミングを計っていたが――
「――いくよ!」
 意を決し、レッコウの石突、端ギリギリのところを持って思い切り振り上げ、
「1、2ぃ、の!
 3!」
 『3』で思い切り渡り廊下に叩きつけた。すぐに飛びのいたアスカの眼下で渡り廊下が崩壊。ちょうど真下を駆け抜けたガジェットへとガレキが降り注ぐ!
 しかし――
「やった!」
「ううん、まだ!
 やっぱりズレちゃった――けっこう仕損じたよ!」
 声を上げるエリオにアスカが訂正。同時、煙の中から何体かのガジェットが飛び出し――
「つぶれてろ!」
 その内の3体、上空に逃れた者達の前にスバルが飛び出した。立て続けに繰り出したリボルバーナックルが先頭の2体をとらえるが――AMFによってかなり威力が削られてしまった。どちらも弾き飛ばすのが精一杯だ。
(やっぱり、フワフワしてる上に魔力が消されちゃうから、当ててもイマイチ威力が……!
 わかっちゃいたけど、やっぱりこのままじゃやり辛い……!)
「――だったら!」
 そう考えるとすぐに動いた。落下する動きの中でちょうど間合いの中に飛び込んできた残りの1体に組みつくと、そのまま自分の体重も加えて大地に叩きつける!
 同時――
「今度こそ!」
「いっけぇ!」
 アスカの声が響き――彼女の振るったレッコウが、エリオの突き出したストラーダが、スバルの弾き飛ばした2体を粉砕していた。
「大丈夫、スバルちゃん!?」
「あ、はい……
 すみません、フォローしてもらっちゃって」
「いいよいいよ。お互い様だもん。
 それより……」
 謝るスバルにそう答えると、アスカは彼女の下でひしゃげ、沈黙したガジェットの残骸に視線を向けた。
 スバルが組みつき、大地に叩きつけた相手だ――どうしたのかと首をかしげるスバルに、ニンマリと笑って告げる。
「抱きついて一緒に落っこちただけでこうなっちゃうなんて、よっぽど重かったんだねぇ……」
「な………………っ!?
 べ、別にあたしは重くないですよ! 重いとしたらガジェットの方で……!」
「あー、弁明するなんて、ますます怪しいなー♪」
「あ、アスカさん!」
「え、えっと……」
 調子に乗ってからかうアスカとますます顔を赤くするスバル、二人の“女の子の会話”に押されながらも、エリオはなんとか割って入った。
「まだ訓練中なんですから、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「いーのいーの。
 もう、あたし達は少し下がってバックアップに徹しよう。
 でないと……」
 言って、アスカはクスリと笑い、
「残り二人の訓練にもならないしね♪」
 その言葉と同時――通りの向こうで火柱が上がった。
「あれって……!?」
「キャロちゃんのフリードの火炎だね。
 多分、火炎そのものはAMFで消されちゃうから……周辺を燃やして、その炎で視界を奪いながら、同時に熱エネルギーで中身のメカにダメージを与えようってハラじゃないかな?」
 つぶやくスバルにアスカが答え、3人が現場に駆けつけてみると、アスカの予想通り炎の高熱で内部回路を痛めつけられ、各所でスパークの走っているガジェットが3体、鎖によって拘束されている現場に出くわした。
 鎖は地面に描かれた、四角形を基調とした魔法陣から伸びている。これは――
「召喚魔法陣……?
 召喚って、こんな鎖も喚べるんですか?」
「まぁ、召喚ってその名の通り呼ぶだけだから……対象さえ明確に指定すれば生き物、道具関係ないよ。
 それに、無機物操作も組み合わせてる……器用なことしてるよ」
 エリオに答えると、アスカは周囲を見回し――ビルの屋上からこちらを見下ろしてくるキャロを発見。笑顔でサムズアップしてみせる。
「あたしも転送魔法の練習の一環で、ちょっと勉強したことあるけど……やっぱり専門家は違うよね」
 そして、アスカは正面にレッコウをかまえると、刃の上に地図を投影。残るガジェットの反応をトレースして重ね合わせ――
「…………うん。
 ちゃんと、ついて行ってるね♪」
 その後を追従するティアナの反応を見て満足げにうなずいた。映像を切り替え、彼女の姿を映し出す。
〈こちとら射撃型……
 無効化されて『はい、そうですか』って下がってたんじゃ、生き残れないのよ!〉
 こちらがモニターしているとは気づいていないだろう――自らを叱咤するように言い放つと、ティアナはアンカーガンの狙いを残る2体のガジェットに向ける。
 カートリッジを2発ロードし、魔力弾を生み出す――
〈魔力弾!?
 AMFがあるのに?〉
 こちらと情報ネットワークをつなげていたのだろう。通信回線からシャリオの驚きの声が上がるが――
〈そうでもないよ〉
 答えるのはなのはだ。
〈アスカちゃんは、わかる?〉
「うん」
 尋ねるなのはに、アスカはあっさりとうなずいた。
「あのガジェットの防御力を考慮すれば、AMFさえなければカートリッジ1発分の魔力で2体とも簡単に撃ち抜けるはず……
 あたしでさえわかることを、射撃の専門家のティアナちゃんが気づいてないはずがない――となれば、もう1発のカートリッジの魔力の用途は別にある……」
 そうつぶやくアスカの言葉をBGMに、ティアナは魔力弾を生み出し――さらにその周囲を新たな魔力層が覆い始める。
「魔力弾を、さらに魔力で包んで……
 ……そうか! 多重弾殻射撃!」
「そう。
 攻撃用の弾体を、さらに膜状バリアで包む――そうすれば、AMFの無効化フィールドで消されるのはバリアの方が優先される。
 この方法なら、AMFの中でも攻撃力を維持したまま攻撃できる。
 もっとも――『AMFの物理防御層を突破するまでバリアがもてば』って前提条件はあるけどね」
 こちらに合流し、声を上げるキャロに答え、アスカは映像に視線を戻した。
「それに、問題はもうひとつ。
 この多重弾殻射撃自体の難易度の高さ――本当はAAランク、射撃専門でもAランク級の魔導師のスキルなんだよ」
〈だ、AA!?〉
 驚くシャリオに、アスカと通信ウィンドウに映るなのはは同時にうなずいてみせる。
〈この一瞬だけでも、ティアナの集中力がそのレベルに届くかどうか――〉
「それが、この1発の成否を分けるよ」
 

(固まれ、固まれ、固まれ……!)
 狙いを定めたまま、懸命の魔力制御――心の中で強く念じるティアナの目の前で、魔力弾を包む弾殻は少しずつその形を安定させていく。
 だが――油断はできない。安定したとしても、その後に集中を乱せばまた元の木阿弥だ。
 それでも、ここでしくじるワケにはいかない。
 こんなところでつまづいていては、この先“本物”を相手にする際、足手まといにしかならない――そんなのはまっぴらごめんだ。
 だから――
「……いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 渾身の気合を込めて叫び――魔力弾が完成した瞬間、ティアナは咆哮した。
「ヴァリアブル――シュート!」
 瞬間――弾丸が放たれた。一直線にガジェットに向けて飛翔、AMFと激突し――撃ち貫く!
 そのままもう1体も撃ち貫き――破壊された2体のガジェットは地面に向けて落下していった。
《ナイス! ナイスだよ、ティア!
 やったね、さすが!》
「スバル、うっさい……!」
 とたん、けたたましくはやし立てるスバル――彼女からの念話に言い返し、ティアナは息をついてその場にへたり込んだ。
「このくらい……当然よ……!」
 

 ティアナによって撃ち抜かれ、大地に落下したガジェット2体――地面に激突し、砕け、その内の1体が爆発する。
 そう――“1体だけが”。
 もう1体は傷つきながらも、まだ機能を停止してはいなかった。ヨロヨロと身を起こし、なおも逃亡を試みる。
 しかし――それが限界だった。力尽き、ガジェットは地面に転がり、小爆発を繰り返して完全に沈黙し――
「………………かろうじて、クリアか……」
 その光景を前に、マスターメガトロンはオメガをウェイトモードのデバイスカードに戻した。ここからは死角になって見えない――ビルの上にいるであろうティアナへと視線を向け、つぶやく。
「……身に合わない袈裟だったが……とりあえずは、なんとかなったようだな……」
 自分が手を煩わせずにすんでけっこうなことだ――ため息まじりにそうつぶやくと、マスターメガトロンはなのはの元に戻るべくビークルモードにトランスフォームした。
 

 その晩――
「あ、はやて! お帰りー♪」
 地上本部での会議を終え、六課に戻ってきたはやてを真っ先に見つけたのはアリシアだ。上機嫌で声をかけ、パタパタと駆け寄ってくる。
「あぁ、アリシアちゃんも今帰り?」
「ううん、ちょっと前に帰ってきて、アスカちゃんから今日のこっちでの流れを聞いてきたところ」
 尋ねるはやての問いに、アリシアは右手をパタパタと振りながらそう答える。
「地上本部の方は、六課の運用趣旨の説明、納得してくれた?」
「まぁ、新設の部隊とはいえ、後ろ盾は相当しっかりしとるからね」
「そりゃ、ねぇ……
 提督級がゾロゾロと後見人になってる上、聖王教会のカリムちゃんやセイバートロン星のスターコンボイ、ウチのザラックコンボイまで後ろ盾になってくれてるんだもんね。
 そりゃ文句言いたくても言えないよねぇ……」
 つぶやいて――アリシアは不意にため息をつき、
「それに比べて、こっちはなかなかうまくいかないよ。
 あちこちの研究室を回って、解析用の機材を回してもらえないか交渉してるんだけど……どこも予算カツカツだから、なかなかね……
 サイバトロン製は魔力文明の分析とは相性が悪いし……」
「うーん……ゴメンな、そっちは任せきりになってもうて……」
「いいよ。
 機材の良し悪しを吟味できるのは、専門家のあたしやウチの隊の子達しかいないもん」
 言って――アリシアは表情を引き締めた。
「あたしは研究室、はやては管理局、それぞれの場所で10年やってきた……
 “擬装の一族ディスガイザー事件”やその後のいろんな事件――
 それぞれの場所で、やるせない、もどかしい想いを繰り返して……それでも、やっとここまでたどり着けた」
「うん……」
 彼女の言いたいことはわかる。はやてもまた表情を引き締め、うなずく。
「“レリック事件”をしっかり解決して、カリムの依頼もきっちりこなして……
 みんなでがんばろうな、アリシアちゃん!」
「うん!」
 告げるはやてにアリシアがうなずき、二人はその足で部隊長室に入り――
「…………あれ?
 はやて、なんか端末のコールランプがついてるよ」
「え………………?」
 気づいたアリシアの言葉に、はやては自分のデスクに向かい、コールランプを確認する。
 3つ並んで点灯する赤色のLED。それが意味するのは――
(コードRRRトリプルレッド――第1級緊急回線……?)
 眉をひそめ、はやてはデスクに座ると通信回線を開き――
〈八神はやて〉
「スターコンボイ?」
 ウィンドウに現れたスターコンボイの姿にアリシアが思わず声を上げ、となりではやても首をかしげる。
「緊急回線やなんて穏やかやないね。
 六課発足のお祝いじゃ、ないんやろ?」
〈あぁ〉
 はやての言葉に、スターコンボイはあっさりとうなずく。
〈問題が発生した。
 すでに事態は終息し、貴様らの出動の必要性はないが――情報の重要度からこの回線が妥当と判断した〉
 そして――スターコンボイは告げた。
〈スカイクェイクからの報告があった――〉
 

〈地球に……ノイズメイズ達が現れた〉
 

「えぇっ!?」
「なんやて!?」
〈心配するな。すでに撃退された〉
 思わず声を上げるアリシアとはやてに、スターコンボイは落ちついた口調でそう答えた。
〈順を追って説明しよう。
 先日から、日本において複数回、正体不明のトランスフォーマーの軍団による襲撃があった。
 対外的には“トランスフォーマー犯罪のひとつ”として処理していたが……実際のところは、その背後にヤツらの暗躍が確認されている〉
 そう二人に対して説明すると、スターコンボイは息をつき、
〈問題なのは、ヤツらが未確認の人造トランスフォーマーを配下として引き連れて現れたこと。
 そして――〉
 告げて――スターコンボイはウィンドウにその画像を表示した。
 大量の同型トランスフォーマーと戦う、青いボディの重量級トランスフォーマーの姿を――
「このトランスフォーマーは……?」
 つぶやくアリシアに、スターコンボイは答えた。
〈そいつだ。
 ノイズメイズ達を撃退した――〉

 

 

〈正体不明のトランスフォーマーは〉


次回予告
 
アリシア 「出動に備えて、訓練を続けるフォワードメンバー。
 しかし、マスターメガトロンとフォワードメンバーとの間には埋めがたい溝が。
 そしてその溝が、彼らをとてつもない危機に追い込んでしまう事に――」
アスカ 「って、その予告は1週早いよ!
 そもそもそんな重い話じゃないし!」
アリシア 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第6話『新しい日々〜幕間の内に〜に――」
二人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/05/03)