「あーあ、ヒマぁーヒマヒマぁー。
 ジュンイチの旦那、とっとと見つかってくんねぇかなぁ……?」
「ボヤかないでよ。
 こっちまで気が滅入っちゃうわよ」
 六課は現在、手分けしてジュンイチ達の行方を捜索中――自分のジャンボジェット機型トランステクター“オクトジャンボ”のコックピットで退屈そうにボヤくみさおに、ティアナは少しばかりこめかみを引きつらせながらそう返した。
 おとなげない、と言うことなかれ。何しろ、出動してからこっち、ずっとこのグチを聞かされて続けているのだ。ティアナでなくとも、たいていの人間はきっとヘソを曲げることだろう。
「相手はあのジュンイチさんなのよ。
 地上本部みたいに物量に任せたローラー作戦でもしない限り、そう簡単には見つからないわよ」
「へーへー。
 執務官志望の局員サマはマジメでよろしいことですねー」
「………………」
 落ち着け。キレたら負けだ。
 オクトジャンボを撃ち落としたい衝動をこの班のリーダーを任された責任感でなんとか抑え込み――ついでこんな班割をしたなのはにちょっぴり恨みの念を抱きつつ――、ティアナは大きく息をついた。深呼吸して気持ちを落ちつけ、かがみに告げる。
「…………お互い大変ね。このテの友達を持って」
「わかってくれる?」
「スバルを見てればわかるでしょう?」
「……よくわかったわ」
 なんだか(こちらに失礼な意味で)通じ合っている気がする――自分をほったらかしにして話すティアナとかがみを見て、みさおは思わず口をとがらせた。
 なんと言うか、気に食わない――なので、ティアナに対して口を開く。
「いやー、さすが仲良くなってんなー。
 “ウチの”かがみが、戦場でいつもお世話になってるみたいで」
「そっちこそ、“ウチの”かがみが学校でお世話してるみたいで」
『………………』
「…………あー、なんかデジャヴュ……」
 “ウチの”を強調したみさおのイヤミにもティアナは素早く応戦。両者がそれぞれの機体のコックピット越しに火花を散らす――前にこなたとみさおで似たようなやり取りがあったことを思い出し、かがみはライトライナーのコックピットでため息をつき――
〈こちらロングアーチ1!〉
 ノイエ・アースラのシャリオから通信が入った。
 

「スターズ1より、目標発見の報告がありました!
 座標データを転送しますから、各員速やかに向かってください!」
 シャリオが無線越しに前線メンバーに告げ、次々に了解の返事が返ってくる――その光景を前に、ブリッジに詰めていたシャマルもはやてに向き直り、
「はやてちゃん、私も」
「うん。頼むな」
 交わす言葉はそれだけ――しかし、はやてはシャマルの言いたいことを十二分に理解していた。すぐにシャマルの出動を許可する。
 そして、二人のやり取りの意味を理解していた者はここにも――同時に息をつき、オペレータ組のサポートについていたアリシアとあずさが視線を交わす。
「どう思う? あずさ」
「どうもこうもないよ」
 尋ねるアリシアに対し、あずさはあっさりと答えた。
 絶対の確信と共に、断言する。
「シャマルさんを出したってことは、はやてちゃん達もわかってるんだよ。
 医官であるシャマルさんが必要になる、つまり――」

 

「確実に、モメることになるって」

 

 


 

第102話

明日なき対決
〜譲れないもの〜

 


 

 

 所変わって、マックスフリゲート――
「すごい……
 ノイエ・アースラと、技術レベルでぜんぜん負けてない……」
「むしろ勝ってるんじゃないか? トランスフォームできる分」
 マックスフリゲートの艦内――歩いている廊下を見回しながら、同時にここまで来るのに通った各エリアの様子を思い返しながらつぶやくなのはに、前を歩くジュンイチは少しばかり自慢げにそう答える。
 先の対峙の際、しばしのにらみ合いはあったものの、なのはは思いのほかあっさりと杖を退いた。ジュンイチとしても、この時点でなのはと戦う理由があるワケでもなく、それに応じてあっさりと戦闘態勢を解いた。
 そして、「ヴィヴィオに会いたい」というなのはの意図を汲んだジュンイチによって、彼女は今、こうしてマックスフリゲートへと招かれていた。
「ヴィヴィオは?」
「とっくに捕捉してる」
 尋ねるなのはに答え、ジュンイチは自分のこめかみを指で軽くトントンッ、と叩き、
「おとなしくレクルームにいてくれればいいものを、わざわざブリッジまで上がってさっきの戦いを観戦してたみたいだ」
「サーチもなしによくわかりますね?」
「オレほどの範囲と精度を求めないんなら、お前ら魔導師にだってできることだぜ」
 感心するなのはに答え、ジュンイチはブリッジに上がるためのエレベータに乗り込んだ。
 なのはと共に最上階層へと上がり、それほど長くない廊下の先、正面のドアを開け――

 

「なのはママ!」

 

 そこにヴィヴィオがいた。
「ヴィヴィオ!」
 ブリッジの中央で、こちらに気づいて声を上げる――駆けてくるヴィヴィオに応じ、なのははヴィヴィオの小さな身体を受け止める.
「なのはママ、なのはママ!」
「うん、うん……!
 ちゃんと、ここにいるから……!」
 何でもないように振舞っていても、たとえ他のみんなの存在が寂しさを紛らわせてくれていても、それでもやはり会いたかったのだろう。泣きじゃくり、何度も名前を呼ぶヴィヴィオに答え、なのはは彼女の小さな身体を優しく抱きしめてあげる。
「……なんか、いいな、あーゆーの」
「そうっスねー♪
 何だかんだで、あたし達ヴィヴィオに寂しい想いさせちゃってたっスから」
 スカリエッティの元からジュンイチのところへ――管理局に背を向けた者のところを渡り歩いているせいか、管理局の人間であるなのはは正直気に食わない。
 しかしヴィヴィオが喜んでくれるなら話は別だ。感慨深げにつぶやくノーヴェに、ウェンディもうんうんとうなずいて同意し――
「うううううっ、ヴィヴィオぉぉぉぉぉ……」
「そこ、せっかくのいい場面なんだから怨霊にならない」
 しかし、そんな光景も若干一名には嫉妬の根源にしかならなかった。涙目で――いや、思い切り泣きながらハンカチをかむディードに、セインはため息まじりにツッコミを入れる。
「なのはさん……」
「ゆたかちゃんも……元気みたいだね。こなたが心配してたよ」
 最近でこそ「ジュンイチが守ってくれる」と安心した様子を見せていたこなただったが、行方不明になった直後などはそれこそ意気消沈していた――ヴィヴィオに続いて姿を見せるゆたかに、なのははその時のことを思い出しながら笑顔で応じる。
「二人とも、もう大丈夫だよ。
 ノイエ・アースラに戻れば――」
 

「あー、ちょい待ち」
 

 だが――そんな彼女達のやり取りに、ジュンイチは容赦なく口をはさんできた。
「ゆたかはともかく、ヴィヴィオを連れ帰るのは、ちょいとばかり賛成できないかな?」
「どうしてですか?」
 聞き返すなのはに対し、ジュンイチは軽く後ろを示し――
「“お姉ちゃん”の私からヴィヴィオを引き離すつもりですか!?
 いくら保護責任者だからって、そんな横暴が許されると思ってるんですかぁーっ!」
「…………このまま何のフォローもなく連れてくと、“アレ”が何するかわかんねーんだよ」
 そこには、いつの間に作ったのか「ヴィヴィオを連れていかないで」と書かれた旗を法被はっぴとハチマキ着用で 振り回して抗議の声を上げるデモ隊仕様のディード――「ヴィヴィオがからむととことんギャグキャラ化するよなー」などとどうでもいいことを考えつつ、ジュンイチはなのはにそう答える。
「それに……“ヴィヴィオを守る”ってことを考えても、ノイエ・アースラは“立地条件”が悪すぎる。
 そいつらの安全を考える意味でも、連れて帰るのはちょっと反対かな?」
「……どういうことですか?」
「考えてもみろよ。
 ノイエ・アースラは空中戦艦だぞ。お空にポッカリ浮かんでんだぞ。
 そんなの目立ってしょうがねぇ、いい目印じゃねぇか。狙ってくれって言ってるようなものだ」
 しかし、ジュンイチはただディードのことだけで反対しているワケではなかった。聞き返すなのはに対し、ノイエ・アースラの“立地条件の悪さ”を指摘する。
「その点、ウチは陸上戦艦。その気になればいくらでも隠れられるこっちの方が、ヴィヴィオを守るには都合がいいと思うんだがね」
「大丈夫です」
 そう告げるジュンイチだったが、対するなのははキッパリと言い切った。
「ヴィヴィオは……私が守ります」
「………………」
 告げるなのはの言葉と同時、それを聞いたジュンイチの眉がわずかに動いたことに気づいた者はいなかった――深くため息をつき、ジュンイチはなのはに向けて口を開く。
「『私が守る』ねぇ……」
「はい。
 だから――」
 

「一度負けてんのに?」
 

 淡々と相手の言葉にかぶせたのはたったの一言――しかし、その一言はなのはの動きを止めるのに十分すぎた。
「お前らは一度負けてる。一度ヴィヴィオをさらわれかけてる。
 ヴィヴィオがここでこうしていられるのは、ゆたかがルーテシアの転送を妨害してくれたから。そしてその結果ランダム転送された先が偶然オレの追尾できる範囲内だったから――幸運に助けられてのことでしかない」
「………………っ」
 静かに、事実を突きつけるジュンイチの言葉に、なのはは言い返すことができなかった。思わずヴィヴィオを抱くその腕に力が入りそうになるがかろうじて我に返り、自制する。
「お前らは守れなかった。そしてオレは守れている。
 それが何を意味するかは……お前にならわかるだろう」
「……だ、だからこそ、今度こそ私が――」
「悪いが、一度負けてる人間の言うことなんぞ信用できねぇな」
 反論しようとするなのはだったが、ジュンイチはなおも冷たくそれを突き放した。
「所詮信用なんて実績があってこそなんだよ。
 プリウスでコケたトヨタがいい例だ。一度地に落ちた信用が、ケガを治して復帰したぐらいで元通りになると思うな」
「たとえが生々しすぎますよ!?」
「でもそれだけに意味を読み間違うことはないだろ?
 今のオレが、お前のことをどう思っているか」
 思わずツッコミを入れるが、あっさりと返されて言葉を封じられる――ジュンイチの言いたいことを十二分に理解し、なのはは思わず唇をかんだ。
 自分はヴィヴィオを守りきれなかった。それは事実だ。そして彼はヴィヴィオを保護して以来、ずっと守り続けている。それもまた事実だ。
 確かに、ヴィヴィオの安全を考えるのであれば、自分よりもジュンイチに預けておいた方がいいのかもしれない。彼ならば、地上部隊全体を敵に回した今でもヴィヴィオを守り抜けそうな気がする。
 これも彼の言う“信用”のなせる業か――実際にヴィヴィオを守ってきたという現実を前にしては、なのはには彼の言葉を否定できない。
 そう。否定できないが――
「それでも……です」
 たとえジュンイチの言葉の通りでも、なのはにはこの場を譲ることなどできなかった。
「一度負けていたって……一度守りきれなかったことがあったって……ううん、だからこそ、私は今度こそ、この子を守りたい。
 今度こそ……私がこの子を守ります!」
「あ、そ」
 だが、ジュンイチの反応はあくまで淡白なものだった。
「で? それでお前はどうするのかな?
 オレは言ったぞ。『お前の実力をオレは信用することができない』って」
「信用、してもらいます」
 告げるジュンイチに対し、なのはは彼を真っ向から見返し、告げる。
「私に、本当にあの子を守れるだけの力があるのか、ないのか……その目で確かめてください」
「………………へぇ」
 そこで、それまで淡々となのはを追い込んでいたジュンイチの表情が変化した。一瞬キョトンと目を見開き、瞬時にその意図を理解するとその口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
「するってぇと、何か?
 お前……オレと模擬戦ケンカしようってか」
「はい。
 信用がないというのなら……その信用を、あなたから勝ち取るしかないでしょう?」
 ジュンイチの言葉に周囲のノーヴェ達がギョッとする中、なのはは迷うことなくうなずいてみせる。
「じ、ジュンイチ……?」
「おいおい、まさか本気じゃないよな?」
「少なくともあちらさんはマヂみたいだぜ」
 恐る恐る尋ねるウェンディやノーヴェに答えると、ジュンイチは改めてなのはへと視線を戻した。
 迷いのない、澄んだ瞳だ。彼女の中では、すでに何もかもが決定事項なのだろう。少なくともこの状況を止めるにはこちらが態度を改める以外に選択肢は存在せず――そしてジュンイチは、その選択肢を選ぶつもりはなかった。
 だから――
「悪くないプレッシャーだ。
 うんうん。一度や二度、世界の危機を守るために共闘したからって日和ってもらっちゃ困るってモンだ。
 今のオレは管理局から追われる身、そしてお前は管理局――であるからには、やっぱりオレ達の関係は“こう”あるべきだ」
 そう告げる言葉の中に、ジュンイチはメッセージを込めた。
 

 「前回共闘したからって、手加減してもらえると思うなよ」と――

 

「…………なんて、勢い込んで挑戦状を受け取りはしたけどさ……」
 今にして思うと、少し“返し”の時に格好をつけすぎたか――少しノリすぎたかと一瞬だけ反省するが、ノってこその自分だしなー、と一瞬にしてその反省を撤回する。控え室代わりに設営したテントの中で、ジュンイチは模擬戦の開始に備えて装備を点検していた。
「なのはもなのはだよな。
 なんで真っ先に模擬戦が選択肢に挙がるかねー、“説得”って段階をすっ飛ばして。
 どうしてあんなジャンプ主人公的な性格してるのやら」
「人のこと言える性格かよ」
 ため息まじりにそうツッコんでくるのはノーヴェである。
「で? あたしらは本当に立ち会わなくてもいいんだな?」
「何のために立ち会えって?
 オレの援護なんか必要ないのはわかってるだろう? それともなのはに味方する?」
「ジョーダン言うな」
 なのはに味方する理由なんか自分にはないし、増してや本気のジュンイチとぶつかるなど、考えただけでゾッとする――ノーヴェが肩をすくめてそう答えると、
「…………パパ……」
 不意に声がかけられた。見れば、ゆたかに付き添われたヴィヴィオがテントに入ってきたところだった。
「ん? どうした?」
「っと、あのね……
 なのはママと、ケンカしないで……」
 尋ねるジュンイチに、ヴィヴィオはしばしのためらいの後、意を決したようにそう切り出してきた。
 自分を最初に守ってくれた母親のような人が、父親として慕っている相手と本気で戦うことになった。しかも自分を巡ってだ。いかに6歳児といえど、気にしない方がおかしいか――ヴィヴィオの言葉にそんなことを思い、ノーヴェは頬をかきながらジュンイチのリアクションを待つ。
「なのはママ、優しいよ?
 だから、話せばきっと、わかってくれるよ?」
「………………ゴメンな、ヴィヴィオ」
 しかし――ジュンイチは「やめる」とは言わなかった。謝罪の言葉と共に、ヴィヴィオの頭をなでてやる。
「確かに、ケンカしないで済めばそれが一番だよ。そういう意味じゃ、お前の言い分は確かに正しい。
 でもさ……なのはママも、オレも、このケンカは必要なケンカだと思ってる。だからやるのさ」
 言って、ジュンイチは立ち上がると、なのはの控えテントのあるであろう方向へと視線を向けた。
「そう……こういうのも、たまには必要なんだよ。
 こういうやり方でしか、伝わらないこともきっとあるから……」
 

「なのはの示してくれたポイントまで、あと少し……!」
「はやるな、テスタロッサ」
「そうだぜ。
 スバル達が離れずについてくるだけでいっぱいいっぱいじゃねぇか」
 もうすぐ合流だと思うと、どうしても気持ちばかりが焦ってしまう――無意識の内の行動だろう、さらに加速しようとしたフェイトを、シグナムやヴィータが軽くたしなめる。
「急がなくとも、柾木の性格からすればなのはのことを無碍にはすまい。
 少なくとも、ヴィヴィオとの対面くらいはできているだろう」
「アイツ、そういうところにはムダに誠実なところがあるからなー」
「へー、そうなんだ」
 そんな相棒達にそれぞれ捕捉するのはスターセイバーとビクトリーレオだ。六課隊長格のトランスフォーマーの中では比較的ジュンイチとの接触が少ないジャックプライムが感嘆の声を上げ――
《………………?
 フェイト、アレを》
「え………………?」
 鎧としてフェイトに装着されていたジンジャーがそれに気づいた。彼女の報せに、フェイトも前方に視線を戻し、そこにいくつかの人影を発見した。
「ようやくの、ご到着っスね」
「コースも時間も、ジュンイチの読みがドンピシャだな。
 まったく、どこまで周りの動きを読みきってるのやら」
 その正体はウェンディやセイン。さらにはディードにガスケット、ルーテシア、召喚済みのガリューまで――マックスフリゲートのフォワードチームが、自分達の進路上に集結している。
 しかも完全に戦闘態勢で、だ。ゴッドオンこそしていないが、セイン達は一様に“最後の切り札ラストカード”を起動、装備している。
「あなた達は、ジュンイチさんに保護された戦闘機人の……!」
「ルーちゃん!?」
「ガスケットまでいるんだな!?」
「悪いけど、この先には行かせないよ」
 驚きながらもバルディッシュをかまえるフェイト、さらに追いついてきたフォワードチームの中でつかさやアームバレットが声を上げる――そんな彼女達に対し、セインは静かにそう告げた。
「今、ジュンイチと高町なのはが一世一代の大勝負を始めようってところなんだ。
 そこに余計なジャマはせないよ」
「なのはと……ジュンイチさんが!?」
 セインの言葉に声を上げたのは、当然というべきか、かねてからジュンイチに対していい感情を持っていなかったフェイトである。
 正直な話をするなら、フェイトはジュンイチを信用していない。
 むろん、フェイトもスバル達やこなたが慕い、そしてはやても(苦手意識を抱きながらも)信頼を置いているジュンイチが悪人だとは思っていない。
 だが、地上本部の崩壊の張本人であり、さらにそれ以前の記録にもロクなものが“なさすぎる”ジュンイチの経歴がすべてをぶち壊しにしていた。人の良心をとにかく信じたがる、無意識的な部分で潔癖なところのあるフェイトにとって、目的のためならばダーティな手段を用いることも辞さないジュンイチの存在はどうしても生理的嫌悪を呼び起こしてしまうのだ。
 そんなジュンイチが、なのはと戦おうとしている――それを知った彼女が心中穏やかでいられるはずもない。感情の変化に伴い、瞬間的に彼女の魔力がふくれ上がり――
「そこを――どいてもらう!」
「――――――っ! 待て!」
 「急いでなのはのもとへ向かわなければ」――そんな思いが彼女を突き動かした。気づけば、フェイト光刃を生み出したバルディッシュを手にセインへと斬りかかっていた。
 それは「一瞬」という言葉すら陳腐に思えるほどの刹那の出来事。イクトの制止も届かず、反応の間に合わないセインに向け、バルディッシュが降り抜かれ――
「――――――くぅっ!」
「………………っ!?」
 止められた。
 刃の前に飛び込んできたホクトが、ニーズヘグでフェイトの斬撃を受け止めたからだ。
「セインお姉ちゃんに――何すんのさ!?」
「く………………っ!?」
 そればかりか、力任せにフェイトの斬撃を押し返す――予想外の反撃にうめきながらも、フェイトはホクトから距離を取った。
(私の最高速度に、追いついた……!?)
 多少感情に乱れがあったとはいえ、今の自分の動きは申し分のないマックススピードだった。今の動きに追いつけるのは、六課のメンバーでもシグナムくらいだろう。
 だが――目の前のホクトはそんな自分の動きに追いついてみせた。その事実を前に、フェイトはホクトに対する警戒を強めるが、
「フェイトの一撃を止めたからと――」
「調子に乗んなぁっ!」
 そんな彼女の両脇を駆け抜け、シグナムとヴィータがホクトに向けて襲いかかった。それぞれに獲物を振るい、ホクトを狙うが、
「させません!」
「ジャマすんなっての!」
 それを阻んだのはディードと、先ほどホクトに守られたセインだ。ディードがシグナムの、セインがヴィータの一撃を受け止め、先のホクトのように押し返す。
「こいつら……!」
「この二人も、私達の動きに追いついてきた……
 さすがは、スカリエッティの生み出した戦闘機人といったところか」
 フェイトに続き、自分達の攻撃も止められた。マグレなどではないと感じ、ヴィータとシグナムがうめき――
「あ、っぶなー……!」
「かなり、ギリギリでしたね……」
 しかし、対するセイン達としても、今の攻防はかなり際どかった。安堵の息をつくセインに、となりでディードが同意する。
「さすがはパパの作ってくれた“最後の切り札ラストカード”。
 これがなきゃ、正直危なかったね……」
 そして、ホクトも二人に同意する――まるでほめるように、手にしたニーズヘグの柄をなでてやる。
「ホント、たいしたもんだ。
 サンキューな、アストライア」
Because I exist in the boiling only to make you the strongest.私は、あなたを最強にする、ただそれだけのために存在していますので
 礼を言うセインに背中を守るシールド、その基部に内蔵されたアストライアのAIが答える――意識を切り替え、セイン達は改めてフェイト達と対峙して――
「………………っ!
 みんな、散るっス!」
 後方に控えていたウェンディが気づいた。前線の3人に向けて呼びかけ――
「ヴァリアブル、シュート!」
「ハウリング、パルサー!」

『――――――っ!』
 フェイト達が一瞬にして散開、開かれた空間を多数の魔力弾が駆け抜けた。
 ティアナとかがみの魔力射撃だ――こちらの不意をついた一撃に、セイン達もあわててその場から散って魔力弾を回避する。
「ティアナ、かがみ、ナイスアシスト!
 イクトさん、シグナム、ヴィータ! 今はなのはのところに!」
「そうだな!」
「ここで手をこまねく理由はない、か!」
 ティアナ達の射撃によって、相手の防衛ラインに穴が開いた――この機を逃すまいとするフェイトの言葉にヴィータやシグナムがうなずき、
「オラオラ、どけやぁっ!」
「隊長達のお通りだぁいっ!」
「悪いが――突破させてもらう!」
 ビクトリーレオやジャックプライム、スターセイバーが先行して突破を試みた。ティアナ達の開けた戦線の穴に飛び込み、セイン達をさらに追い散らす。
 そして、そのままフェイト達がセイン達を突破。それを見届けたスターセイバー達もその後に続いてセイン達の間を駆け抜け、マックスフリゲートのある方向へ――なのはのいるはずの方向へと向かう。
「この――逃がすとでも!」
「逃がしてもらうさ!」
 そして、殿しんがりにつくのはイクトだ。逃がすまいとサジタリウスをかまえたウェンディの視界を、解き放った青い炎で覆い隠す。
 やがて、その炎が消えた時、すでにフェイト達はこちらには目もくれず、一直線にマックスフリゲートへと向かっていた。
「あちゃー、突破されちゃったっスかー」
「ここで止める手はずだったんだけどなー」
「本気でそう思ってるなら、どうしてそのセリフが棒読みなんだろうな?」
 肩をすくめるウェンディやセインに答えるのは、この場に残る形となった六課フォワード陣、その先頭に立つマスターコンボイだった。
「本当に隊長陣の足止めが目的だったとしたら、 とっとと追撃にかかるべきところだろう――オレ達の妨害があったとしても、な。
 だが、それをしない――貴様らの目的は別にある。違うか?」
「え? どういうこと?」
 マスターコンボイの言葉に、スバルが思わず首をかしげ――そんな彼女に答えたのはギンガだ。
「つまり、彼女達が本当に足止めしたいのは――私達だってことよ」
「大正解♪」
 隠すこともせず、セインはギンガの言葉にうなずいてみせた。
「あたしらの本当の足止めのターゲットはあんた達。
 そっちの隊長陣とぶつかったのは、隊長さん達にその目的を気づかれないため、ってこと」
「やはりか。
 まったく、ずいぶんと悪知恵が働くじゃないか……柾木の策か?」
「またまた大正解♪
 どーも、ジュンイチってば、お前さん達には戦いの決着がつくまで来てほしくないらしくってね……その間の足止めを頼まれたのさ。
 まぁ、隊長のみんなについては、今のあたし達でも止めるのは難しいだろう、ってことで、最初からそれと気づかれないように通してしまってかまわない、って言われてた……そういうこと」
「解せぬでござるな。
 戦力的には、姫達よりも隊長殿達の方が厄介のはず……厄介な方を招き入れ、拙者達をここで止める理由があるとは思えぬでござるが」
 答えるセインにシャープエッジが聞き返すと、
「残念ながら、あたしらも理由までは聞かされてないんだよ」
 そう答え、姿を見せたのは自分の“最後の切り札ラストカード”、レグルスを身にまとったノーヴェだ。
「ま、だいたい想像はつくんだけど」
「どういうこと?」
「要するに、あたしらに負担をかけたくなかった、ってこと」
 聞き返すこなたに対し、ノーヴェはあっさりとそう答えた。
「『横槍が入らないように足止めを……』とか言いながら、本当に厄介な相手はちゃっかり自分で引き受けるつもりでいやがったんだよ、あのバカ」
「お、お兄ちゃん……」
「なんというか……相変わらずだなぁ……」
 なのはとの戦いに集中したくて頼んだ足止めだというのに、それでは本末転倒ではないか――良くも悪くも“身内優先”のジュンイチの対応に、スバルやギンガは思わずため息をつく。
「まぁ、アイツに対して呆れたい気持ちは激しく同感なんだけどさ……だからって、お前らまで通してアイツの負担をさらに増やしたいワケでもないんだ」
「そういうこと。
 ごめんねー、お姉ちゃん♪」
 そんなスバル達に一応の理解を示しつつも、ノーヴェやホクトはそれぞれにかまえた。ウェンディやディード、セイン、ガスケットとガリューもそれに習い、対するスバル達の間にも緊張が走る。
「悪いけど、手加減はなしっスよ」
 すでに銃口はスバル達に向けられ、照準もロック済み――サジタリウスをかまえ、ウェンディは告げる。
「思い知るがいいっスよ、あたし達の力を。
 現在進行形でジュンイチからしごかれまくってるのは、ダテじゃないんスよ!」
『…………ご愁傷様』
 スバル達“弟子”一同から同情された。
 

「なのは!」
 一方、セイン達を振り切ったフェイト達は一気にスピードアップ。なんとかジュンイチとなのはの模擬戦開始に間に合った――森の上空で二人がにらみ合っているのを見つけ、真っ先にその間に飛び込んだフェイトが声を上げる。
「フェイトちゃん!?」
「よかった……間に合った……!
 どういうことなの? ジュンイチさんと戦うって!」
 驚き、声を上げるなのはに応えると、フェイトは彼女に詰め寄り、事情を問いただす。
「確かに、ジュンイチさんには捕獲命令が出てる。抵抗するなら戦わなきゃいけないけど……それでこれっていうのは、少し違わないかな?」
「うん、実は……」
 セイン達から聞かされた限りの事情しか知らないフェイトの問いに、なのはは簡単に状況を説明した。
 一度ヴィヴィオを守りきれなかった自分達の力では、これからもヴィヴィオを守っていけるかどうか信用できないと言われたこと。
 ならば信用に足る力を自分達が持っていることを示そうと、自分から模擬戦をもちかけたこと。
「……悪いけど、私はそれに納得できない」
 だが、事情を聞いたフェイトは、なのはに対してキッパリとそう告げた。
「ヴィヴィオのために、って言うなら、むしろ今のジュンイチさんのところに置いておく方が問題だよ。
 今のジュンイチさんはミッドの地上部隊全体から追われてる身なんだよ。そんな人のところに置いておけば、それだけで戦いに巻き込まれる原因になる……」
「だけど……」
「まぁ、どっちでもいいじゃねぇか」
 フェイトに反論しかけたなのはだったが、そんななのはやフェイトにはヴィータが答えた。
「どっちみち、ジュンイチを捕まえろって言われてんだぜ、あたし達は。
 だったら、ジュンイチをとっととブッつぶしてヴィヴィオを保護。これで万事解決じゃねぇか」
 言って、ヴィータは肩にかついだグラーフアイゼンを、“装重甲メタル・ブレスト”を装着し、背中のゴッドウィングを広げて空中に留まるジュンイチへと突きつけた。
「いつかの模擬戦とは違って、今回はマジなんだ。
 覚悟しやがれ、ジュンイチ!」
 闘志をむき出しに言い放つヴィータに対し、ジュンイチは――
「…………あのさぁ……」
 思いっきりため息をついてくれた。
「ひとつ、忠告……いいかな?」
「『忠告』…………?」
「『全力でかかってこい』とでも言うつもりか?
 ならば言われるまでもなく……」
「違う」
 シグナムやスターセイバーに答え――ジュンイチはあっさりと、本当に何でもないかのように告げた。

 

 

「やめとけ。お前らじゃムリだ」

 

 

「な、何だと!?
 てめぇ、ホントにブッつぶされてぇらしいな!」
「『ブッつぶす』?
 お前が? オレを?
 それこそバカ言っちゃいけないな」
 ジュンイチの言葉に、元々闘志をむき出しにしていたヴィータがまずキレた。彼女の上げる怒りの声を前にしても、ジュンイチはあくまで平静とそう返してくる。
「お前じゃオレには勝てないよ。
 他のヤツらならともかく――少なくとも、六課隊長格“最弱”のお前じゃな」
「何だと!?」
 「勝てない」と言われ今度は「最弱」呼ばわり――ますます怒りのボルテージを上げていくヴィータだが、ジュンイチの追求はさらに続く。
「だってそうだろう?
 お前には、はやてのような絶対的な出力もない。
 なのはのような精密なコントロールもない。
 フェイトのように縦横無尽に立ち回れる応用力もない。
 シグナムのような絶対的なスピードもない。
 そして、自慢の打撃力も、重量差でトランスフォーマー組に、その中でも最軽量のジャックプライムにすら劣ってる。コイツらを上回る打撃がギガント級だけ、なんて有様で“鉄槌の騎士”を名乗るなんて笑わせる」
 容赦のない指摘を次々に並べ立て、ジュンイチは最後にハッキリと言い放つ。
「ハッキリ言おうか。
 六課の隊長格の中で、お前はすべての能力が“中途半端”なんだよ」
「――――――っ!
 てめぇぇぇぇぇっ!」
 もはや、ヴィータに自分を抑えつけておくことなどできはしなかった。怒りの咆哮と共に、ジュンイチに向けて地を蹴る。
 ジュンイチは動かず、彼我の距離が一瞬にして零になる。渾身の力で、ヴィータは彼の脳天へとグラーフアイゼンを振り下ろし――
 

「そーやって、あっさり挑発に乗るところも根拠のひとつな」
 

 受け止められていた。
 無造作に掲げられた彼の右手によって――グラーフアイゼンの柄をつかまれて。
「オレの性格、知らないワケでもないだろうに……その辺を理解してもなお挑発に乗っちまう猪突猛進。
 もうひとつ言うなら、グラーフアイゼンの“この”欠点、前にも指摘したぜ――ハンマー型のグラーフアイゼンは、ハンマー部分にしか破壊力が発生しない。それ以外の部分で止めれば、防御は驚くほど簡単にできちまう、ってな。
 いい加減に学べよ。それとも勉強嫌いな不良少女ですかー?」
「う、る、せぇぇぇぇぇっ!」
 さらに挑発を繰り返すジュンイチに言い返し、ヴィータは彼をムリヤリ振り払う――距離を取るジュンイチに対し、再度距離を詰めつつグラーフアイゼンを振りかぶる。
 その先端はすでにラケーテンフォルムへの変形を完了しており――
「ラケーテン、ハンマァァァァァッ!」
 そのまま、ラケーテンフォルムの急加速でジュンイチに襲いかかる。
 一気呵成に襲いかかるヴィータに対し、ジュンイチは静かに右手をかざし――
「阿呆」
 開かれたその手のひらから放たれた熱線が、飛び込んできたヴィータを真っ向から直撃、吹き飛ばす!
「オレが、何の準備もなくお前らをこき下ろしてたとでも思ってんのか?
 とっくの昔にチャージ済みだ――オレの火力をかんっぺきに忘れてやがったな」
 至近距離での熱線の直撃は、ヴィータの意識を一撃で刈り取った。完全に力を失い、ヴィータの身体は眼下の森へと落下していく。
「ヴィータ!?」
 挑発に乗り、冷静さを欠いたとはいえヴィータがなす術なく瞬殺されるとは。驚き、ジャックプライムが声を上げ――
「ビビってるヒマがあったら――とっとと合体しろやボケぇっ!」
 次の瞬間には、ジュンイチの姿は彼の眼前にあった。“力”を込められ、打撃力が何倍にも強化された拳が、ジャックプライムを大地に叩き落とす。
「戦いの真っ最中だぞ――身内がひとり墜とされたくらいで、いちいちビビってスキ作ってんじゃねぇよ」
 頭脳回路を激しく揺さぶられ、ジャックプライムもまた一撃で沈黙――キングコンボイへの合体を待たずに撃墜し、ジュンイチは淡々と言い放つ。
「ジャックプライム!
 ――ビクトリーレオ!」
「あぁ!」
 一方、ジャックプライムが瞬殺されたことで、スターセイバーとビクトリーレオが動いた。ジュンイチに仕掛けるのは一時あきらめ、彼の間合いを離れて上昇する!
 

『スターセイバー!』
 シグナムとスターセイバーの叫びが響き、スターセイバーは両腕を背中側に折りたたみ、肩口に新たなジョイントを露出させ、
『ビクトリーレオ!』
 次いでヴィータとビクトリーレオが叫び、ビクトリーレオの身体が上半身と下半身に分離。下半身は左右に分かれて折りたたまれ、上半身はさらにバックユニットが分離。頭部を基点にボディが展開され、ボディ全体が両腕に変形する。
 そして、ビクトリーレオの下半身がスターセイバーの両足に合体し――
『リンク、アップ!』
 4人の叫びと共に、ビクトリーレオの上半身がスターセイバーの胸部に合体。両腕部がスターセイバーの両肩に露出したジョイントに合体する!
 最後にビクトリーレオのバックユニットがスターセイバーの背中に装着され、4人が高らかに名乗りを上げる。
『ビクトリー、セイバー!』
 

「おーおー、のっけからリンクアップかい。
 最初から全力とは、判断速いねぇ」
 ジャックプイラムの撃墜により、二の舞は演じまいという判断だろう。迷うことなくリンクアップを選んだスターセイバーとビクトリーレオの判断の速さに、ジュンイチは素直に賞賛を送る。 
 そんな彼へと、ビクトリーセイバーは両肩のビクトリーキャノンを向け、
「でも――」
 放たれた砲火が、静かに告げるジュンイチを襲った。その姿が爆炎の中に消えていき――
「その“判断”が間違ってちゃ、何の意味もないんだよ」
 難なく爆発の中から飛び出してきたジュンイチが、ビクトリーセイバーの胸板に右手を押し当ててそう告げた。
「バカ、な……!?」
「バカはてめぇらだ。
 あんなバカデカイ砲撃、炎で誘爆起こして直撃を装うくらい簡単にできるだろうが」
 先の一撃をしのいだというのか――驚愕するビクトリーセイバーに対し、ジュンイチは静かにそう告げる。
「それに、合体したのも失敗だ。
 トランスフォーマーと人間――元々大きかった体格差が合体でさらに広がったんだ。誰だって懐に飛び込んでの一撃を狙うだろ。
 そう――こんな風に!」
 そこまで告げた瞬間――ジュンイチの炎が解き放たれた。強烈な炎がビクトリーセイバーを吹き飛ばし、大地に叩きつける!
「ぐぅ…………っ!」
 だが、さすがに撃墜には至らない。巻き起こる爆発の中、ビクトリーセイバーは身を起こそうと顔を上げ――
「この程度で、リンクアップ態のトランスフォーマーが……」
「ンなコトぁわかってる」
 しかし、ビクトリーセイバーを撃墜しきれていないことなど、ジュンイチは百も承知だった。最大戦速で急降下してきた勢いを加えて蹴りを一発。ビクトリーセイバーの顔面を踏みつけるようにブーツの靴底を叩き込み、その頭部を再び大地に叩きつける。
 衝撃で跳ね上がっていた両腕が、しばしの痙攣けいれんの後、力なく落ちる――完全にビクトリーセイバーの意識を刈り取り、ジュンイチは彼の胸の上で静かに立ち上がった。
「やれやれ……オーバーSランクも、ウィークポイントを攻められたらこの程度か?
 さっきから歯ごたえがなさすぎるぞ――それとも、この期に及んでリミッターかけっぱなしだったりする?」
 自分はまだまだ全開には程遠い。ため息をついてジュンイチがつぶやき――
「ならば――」
「私達はどうさばく!?」
 そんなジュンイチに、イクトとシグナムが襲いかかった。左右から迫る二人の斬撃を、ジュンイチは上空に飛んでかわし、
「トライデント――スマッシャー!」
 そこに迫る金色の閃光――フェイトの放った砲撃は、狙い違わずジュンイチを直撃する。
「よし…………っ!」
《文句なしの直撃!》
 手ごたえを確信し、フェイトとジンジャーが爆発をにらみつけ――
「それで?」
「――――――っ!?」
 爆発の中からジュンイチが飛び出してきた。驚愕し、思わず動きを止めてしまったフェイトへと爆天剣を振りかぶり――
「させるか!」
 繰り出された斬撃を、飛び込んできたイクトが受け止めた。お返しとばかりに蹴りを放つが、ジュンイチもそれを受け止め、イクトの足をガッシリと捕まえる。
「相変わらず反応早いねぇ」
「貴様の考えそうなことなど、お見通しだ!」
 軽口を叩くジュンイチに対し、力強く言い返すイクトだったが、
「その割には――オレにつかまれたままってのは、ちょいと油断がすぎないかい?」
「――――――っ!
 しまっ――」
 告げると同時、ジュンイチの足元に術式陣が展開された。気づいたイクトが離脱しようとするが、それよりも早く彼の姿が消失する。
「はい、転送完了」
「転送、だと……!?
 貴様、炎皇寺をどこへやった!?」
「さぁ?」
 声を上げるシグナムだったが――対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「とりあえず、10kmほど離れたところに適当に放り出したからなぁ……たぶんどっかの森の中」
『………………?』
 ジュンイチの言葉の通りなら、ただどこかに、10kmの距離を隔てた先に飛ばしただけだという。そんなものでイクトをどうにかできるのか――意図が読めず、困惑するフェイトやシグナムに、ジュンイチはため息をついて告げた。
「おい、そこの二人……かんっぺきに忘れてるだろ。
 “あの”イクトが――」
 

「オレ達を視認できないほど遠くから、自力で戻ってこれるとでも思ってるのか?」
 

『あ………………』
「断言してもいいけど、絶対にムリだ。
 オレ達の“力”を感知しちゃいるんだろうけど、それだけじゃアイツの方向音痴を埋めるにゃ役不足だ。
 間違いなく、アイツはここに戻ってこようとして道に迷う――戻って来れないんだ。無力化したも同然だろう」
 気づき、声を上げる二人に対し、ジュンイチは改めてそう告げる――爆天剣を肩に担ぎ、尋ねる。
「で、だ……
 イクトは役に立たない。他のヤツらは墜とされた。
 お前らだけで、オレを墜とせるとか本気で考えてる?」
「………………っ」
 そのジュンイチの言葉に、フェイトは思わず気圧されて――
「臆するな、テスタロッサ」
 そんな彼女をシグナムが支えた。
「確かにヤツの戦闘能力はずば抜けているが、だからと言って絶対の存在ではない。
 私達の最大の武器を遺憾なく発揮することができれば、相手が柾木であろうと……!」
「はい!」
 告げるシグナムの言葉にフェイトの表情に力が蘇った。シグナムと共に鋭い視線をこちらに向け――
〈Sonic Move!〉
「――――――っ!」
 高速移動でジュンイチの視界からその姿を消した。ジュンイチも彼女の動きを読み、背後に回り込んだフェイトの、バルディッシュによる一撃をかわして上空に逃れるが、
「逃がさんっ!」
 そこにシグナムが跳び蹴りを叩き込んだ。勢いよく吹っ飛ばされ、ジュンイチは地面に叩きつけられながらも受け身を取って立ち上がるが、
「そこです!」
 さらにフェイトが追撃、なんとか爆天剣で受け止めるジュンイチだが、フェイトは次の瞬間には別方向に回り込み、さらに一撃、ふらついたところにシグナムからの決定打が待っていた。立て続けの攻撃をくらい、ジュンイチは地面を転がりつつもなんとか立ち上がる。
「なるほど――唯一オレに勝ってる、スピードで勝負ってワケか!」
「そいうことだ!」
「私達のスピードについてこられないジュンイチさんに、勝ち目はありません!」
 うめくジュンイチに答え、シグナムとフェイトは高速機動を維持したまま、ジュンイチにヒット・アンド・アウェイの波状攻撃を仕掛けてくる。
 いくらジュンイチでも、反応が追いつかなければ反撃どころか防御もままならない。立て続けに繰り出される連続攻撃に成す術がない――かと思われたが、
(さて……どうしたもんか……)
 あのジュンイチが素直に終わるはずがない。シグナムとフェイトの攻撃をあるいは受け、あるいはくらいながら、それでも平然と攻めどころを探して思考をめぐらせる。
(シグナムもフェイトも、スピードで言えば完全にオレの上……
 モーメントフォームになるか……いや、この段階でのイグニッションフォームは早計か)
 背中に一撃を受け、大地に叩きつけられる――すぐに身を起こし、思考を再開する。
(フェイトもシグナムも、常時マックススピードってワケじゃない。あくまでオレの回避、防御、反撃にあわせて動いてる……
 となると…………)
「よっしゃ――やるか!」
 作戦は決まった。あとは決行あるのみ――気合を入れ直し、ジュンイチは爆天剣をかまえて足を止めた。目を閉じ、意識を集中し――
「――――そこっ!」
「――――――っ!?」
 高速で飛び回るフェイトの動きを気配で感じ取った。正面に飛び込んできたフェイトのバルディッシュを爆天剣で受け止め、
「――でもって!」
「何っ!?」
 すぐに後退、真上からこちらを狙ってきたシグナムの一撃をかわす。
「どうして!? 急に――」
「そうか……ブレードがトーレと戦った時と同じだ。
 視界を閉ざして意識を集中させ、私達が間合いに入った瞬間、すかさず反撃に転じているんだ……!」
 いきなり自分達の動きに対応してきたジュンイチの様子に、驚くフェイトのとなりでシグナムは冷静にそう分析する。
「でも、それなら……!」
「あぁ!」
 しかし、それに対する対策はすでにある。互いにうなずき、フェイトとシグナムはジュンイチから距離を取り、
「プラズマ、スマッシャー!」
「飛竜、一閃!」

「ぅおっとぉっ!?」
 遠距離攻撃へと切り替えてきた。ジュンイチもそれをかわして跳び上がるが、そんな彼をフェイトがソニックムーブからの一撃で叩き落とす。
「あーっ、くそっ、これもダメかよ!」
 うめきながらも、飛び込んできたフェイトに向けて爆天剣を振るう――が、それが届くよりも先にシグナムのレヴァンティンが襲いかかる。
 懸命に防戦に徹するジュンイチだったが、次第に防御すら困難になってきた。防御を抜いてクリーンヒットする回数が明らかに増えてきている。
「シグナム!」
「あぁ!」
 余力を与えては反撃を許す。このまま押し切る――判断し、告げるフェイトの声にシグナムがうなずき、二人は同時にジュンイチへと襲いかかる。
 ジュンイチに動きはない。二人の放った一撃が、そのままジュンイチに襲いかかり――

 

 ジュンイチの姿が消えた。

 

「え………………?」
「な………………っ!?」
 一瞬、ほんの一瞬でその姿が消えた。突然のことにフェイトも、シグナムも呆然と声を上げ――
「はい、そちらさんの作戦失敗っ!」
 ジュンイチの声と共に――“真上から”灼熱の炎が襲いかかった。ジュンイチの炎の直撃を受け、二人が大地に叩きつけられる!
 さらに――
「こいつぁ――ダメ押し!」
 そんな二人に、ジュンイチがさらに特大の炎を打ち込んだ。大爆発に全身を打ち据えられ、フェイトとシグナムは一気に戦闘能力を奪われ、吹っ飛ばされる。
「バカな……!?」
「私達のスピードを、上回るなんて……!?」
「上回ってなんかいないさ」
 わずか一瞬の攻防でそれまでの優位がひっくり返された――大地に倒れ、うめくシグナムとフェイトに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「お前らのスピードには、オレぁどうあがいたって勝てやしない――だからちょいと、悪知恵を働かせてもらったのさ」
 そう告げると、ジュンイチはピッ、と人さし指を立て、
「高速系の相手のスピードに対抗しようとする場合、一般的に取られる方法は大別して三つ。
 ひとつ。より速いスピードを発揮する。
 二つ。パワーに任せて“肉を切らせて骨を絶つ”。
 三つ。ブレードが数の子んトコのクソスピードスターに対してやった、一瞬の刹那のカウンター。
 でも……オレがとった方法はその三つのどれでもない。
 お前らのスピードに対抗するために、オレはお前らと戦いながら少しずつスピードを“落として”いたんだ」
「え………………?」
 思わず顔を上げたフェイトに対し、ジュンイチは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「お前ら、オレの動きに対してカウンターを取るために、オレのスピードに合わせて動いてただろ。オレはそれを逆に利用したのさ。
 そうとわからないように、少しずつ、本当に少しずつスピードを落としていく――当然、オレへの攻撃のために、オレのスピードに合わせて動いてたお前らも、それにあわせてスピードが落ちていくけど、本当に少しずつしか減速してないから、そう簡単には気づかない。
 オレが減速していることに気づかず、オレと戦うために、オレの呼吸に合わせて……結果、お前らもオレの動きに合わせて、知らず知らずのうちに減速しちまってたのさ。
 で、そうなれば後は簡単――ある程度お前らのスピードが落ちたところで、こっちが一気にトップギアまでスピードを上げれば、お前らはオレの急加速についていけずに……後は見ての通りだ。
 普通なら誰もやらない、セオリーとはまったく逆の動き――だからこそ、お前らは引っかかった」
「では……あのブレードのマネをしての対抗策も……」
「そ。
 その動きに気づかれないため――他に試行錯誤してるように見せかけて、本当の“対策”に気づかれないようにカモフラージュしてたってワケ」
「…………くっ、無念……!」
 告げられたジュンイチの言葉に、完全に自分達の作戦負けであったことを悟ってシグナムの意識が途切れる――フェイトにも抵抗する力は残っておらず、ガクリとうなだれるのを見て、ジュンイチは軽く息をついた。
「さて、これで後は――」
 言いながら、ジュンイチはゆっくりとなのはへと向き直り――

 

 その瞬間――

 

 ジュンイチの胸から腕が生えた。

 

 

「……捕まえた!」
 腕の主は、はやての指示によって、フェイト達とは別行動でこの場を目指していたシャマルだ。“旅の扉”で空間を飛び越えた右手でジュンイチのリンカーコアを捕まえ、視線を鋭く細めながら声を上げる。
「リンカーコアへの直接干渉――私の得意技。
 その場にいるメンバーだけが戦う相手だと思っていたのが、あなたの敗因よ!」
 後はこのままリンカーコアに直接封印をかければ詰みだ。言い放ち、シャマルはジュンイチのリンカーコアを握り込み――
 

「残念でした」
 

 言い放ち――ジュンイチは、自分の胸から生えたシャマルの腕をつかんでいた。
「な………………っ!?」
「オレが、戦場に出てきた“相手”を見落とすとでも思ってたのか? とっくに気づいてたさ、シャマルさんの気配にもな。
 ただ、ずっと待ってたんだ――アンタが仕掛けてくるのをな」
 “旅の扉”を通じ、お互いの声が聞こえてくる――驚愕するシャマルに、ジュンイチはリンカーコアを鷲づかみにされていると思えない、余裕の笑みと共にそう答えた。
「唯一厄介だったのは、アンタがオレの射程外にいた点だった。
 いくらオレでも、手の届く外にいられたらどうしようもないからな――どうにかして、前線に出てきてもらう必要があった」
 グッ、と、シャマルの腕をつかむ手に力が入る――腕をしめつけられたシャマルが顔をしかめるが、かまわず続ける。
「それでも、チャンスはあった。
 そんな状態でもアンタがオレに仕掛けてくる方法――“旅の扉”による超遠距離干渉がな。
 オレがアンタに仕掛けられるとすればその一瞬しかない。だから、ヴィータ達と戦いながら、そのチャンスにずっと意識を向けていた」
「で、でも……リンカーコアに干渉され、魔力を封じられた状態では、いくらあなたでも満足な攻撃は……!」
「何、心配はいらないさ」
 告げるシャマルに答え、ジュンイチは息をつき、
「利用させてもらうだけさ」
 空いている方の手で“旅の扉”を、クラールヴィントのストラップでできたその縁をつかみ、力ずくで空間の穴を広げると――
「アンタの、“旅の扉”をな!」
 つかんだ腕を思い切り引っ張り、シャマルの身体を“旅の扉”の向こうから引きずり出す!
「――――――っ!」
 まさか、“旅の扉”を利用して自分を引っ張り出すとは――驚愕するシャマルにかまわず、ジュンイチは両手を組んで振り上げ、
「どっ、せぇいっ!」
 思い切り、彼女の脳天にその両手を叩きつける!
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 元々直接戦闘要員ではないシャマルが、ジュンイチの打撃をまともにくらって耐えられるワケがない。成す術なく眼下の地面に叩き落とされ、衝撃で完全に意識を失い、ジュンイチの胸に開いていた“旅の扉”も消滅する。
「さて……」
 ヴィータ、ジャックプライム、ビクトリーセイバー、イクト、シグナムとフェイト、そしてシャマル――フェイト以外の面々は完全に意識を失い、そのフェイトもすぐに復帰できるダメージではない。乱入してきた面々を一通り叩き伏せると、ジュンイチはようやく本来の戦うべき相手、この戦いを止めることもできず、ただその結果に戦慄するばかりのなのはへと向き直った。
 息をつき、胸を張り――告げる。
 

準備運動アイドリング、完了」
 

「………………っ」
 その言葉に、なのはは思わず唇をかんだ。
 だが、それもムリはない。それが事実かどうかはさておいて――六課が誇る隊長達を軒並み叩き落としておきながら、それをこの男は“準備運動”と言い切ってくれたのだから。
 しかし、それでもひとつ、ハッキリしていることがあった。
 それは、ジュンイチが六課の隊長達を相手取り、たったひとりで壊滅状態に追い込んだという事実だ。
「…………強い……っ!」
「『強い』?
 論点がズレてるな」
 思わず、声に出してつぶやく――が、ジュンイチはその言葉をあっさりと否定した。
「確かに、人より強いっつー自負はあるし、誰よりも強くありたいとは思ってる。
 でも、現実としては、オレの力なんて、能力値だけを見ればお前らよりも劣ってる……あ、出力じゃはやて以外のベルカ組に勝ってるか」
 言って、ジュンイチは軽く肩をすくめ、改めて告げる。
「とにかく、だ――少なくとも、この勝利は“強いから”勝った、ってワケじゃない。
 それぞれの攻めどころを、弱点を的確に抉った。その結果の勝利――ただそれだけのことさ」
 そう告げると、フェイト達の猛攻に耐えていた間に“装重甲メタル・ブレスト”につけられたホコリをパンパンと払い、
「だいたいさぁ……“本命”とやり合おうって時にわざわざ乱入なんて、完全に前座扱いフラグじゃねぇか。
 自ら前座に“堕ちてきた”ヤツ相手に、本気になんてなれるかよ」
「………………っ」
 自分の友人達を“前座”呼ばわりされ、なのはの思考が一瞬沸騰しかかるが、それが挑発であることは明白だ。ここでキレてもヴィータの二の舞だと自らを納得させる。
 ここで冷静さを欠くワケにはいかない。

 

「本気になるのは……」

 

 

 何しろ、これから“本命”として“全力”をぶつけられるのは――

 

 

 

「これから、お前に対してだ」

 

 紛れもなく、自分なのだから。


次回予告
 
ウェンディ 「はいはいはいっ!
 ついに始まる世紀の一戦! “高町なのはVS柾木ジュンイチ”! いい席残ってるっスよ!」
セイン 「お菓子に弁当、冷たい飲み物も用意してあるよ!」
ディード 「特別グッズの販売もあります。
 “黒い暴君”タオル、レイジングハート型キーホルダー……ア○メイトからはデバイスチャーム限定モデル、爆天剣も……」
ノーヴェ 「商売してんじゃねぇ!」
ウェンディ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第103話『たいせつなこと
 〜“白い悪魔エース・オブ・エース”と“黒き暴君ジョーカー・オブ・ジョーカー”〜』に――」
4人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2010/03/13)