「いっ、けぇっ!」
宣言と同時、砲火が放たれる――セインのゴッドオンしたデプスダイバーの砲撃を、相棒達とゴッドオンしたティアナ達は散開してかわし、
「このぉっ!」
「たぁぁぁぁぁっ!」
ギンガとエリオが突撃をかけた。ロードナックル、アイゼンアンカーの姿で一気に距離を詰めるが、
「させません!」
ディードがそれを阻む。スラッシュウルフがその前に立ちふさがり、テールブレイドでギンガの拳とエリオの槍を受け流す。
「エリオ、ギンガさん!」
『――――――っ!』
しかし、ギンガ達にとっても防がれるのは前提の内だった。ティアナの呼びかけと同時に左右に散り、
「ヴァリアブル、シュート!」
同時、ティアナが魔力弾を撃ち放った。ギンガとエリオに気を取られ、最前線に引っ張り出されたディードを狙うが、
「そんなセオリー通りのフォーメーション――ジュンイチの立てる作戦よりぜんぜん素直っスよ!」
ウェンディが対応、自身の魔力弾でティアナの射撃を迎撃し、さらに自身もエリアルライフルでティアナを狙う。
その一方で、かがみ達ライナーズはルーテシアや彼女の召喚したクロムビートル、シザースタッグ、ガリュー以下召喚虫軍団との交戦に入っていた。
「ルーちゃん、やめて!
戦いたくないよ!」
「だったら止まってくれればいい。
私の役目は、あなた達をここから先に行かせないこと――それだけだから」
つかさの言葉に静かに答え、ルーテシアは地雷王に指示を下す――跳躍し、頭上から落下してくるその巨体を、かがみ達は散開してかわす。
「つかさ! 向こうは下がってくれるつもりはないみたいよ!
少なくとも、この先に進むにはあの子達をどうにかするしかない!」
「で、でも……!」
かがみの言葉にも、ルーテシアと戦うことにためらいのあるつかさは踏ん切りがつかなくて――
「あー、もうっ!
だったら柊妹は引っ込んでろよ!」
そんな彼女達に代わって前に出たのはみさおである。彼女のゴッドオンしたオクトーンがルーテシア達と対峙する。
「あやの!」
「あまり、手荒なことはしちゃダメだよ、みさちゃん」
この状況で名前を呼ばれる、その意味は明白だ――ため息まじりにみさおに告げ、あやののゴッドオンしたブロードサイドがみさおと並び立つ。
「よっしゃ、いくぜ!」
「うん!」
「オクトーン!」
高らかに名乗りを上げ――みさおのゴッドオンしたオクトーンのボディが変形を開始した。両腕を後方に折りたたみ、頭部をボディ内に収納すると全体が上下反転。下半身、腰から下が左右に分かれると両側に開かれ、足の裏から新たな拳が出現。左右に分かれた腰部を両肩、両足を両腕に変形させた新たな上半身が完成する。
「ブロードサイド!」
続けて、あやのがゴッドオンしたブロードサイドが変形――こちらはもっとシンプルだ。両腕を後方にたたんで頭部を収納する。
そして下半身、腰が左右に分割――ここまではオクトーンと同じだが、彼女の場合はそこまでで終了だ。左右に分かれた腰を大腿部として両足を延長した、新たな下半身となる。
変形を完了したオクトーンとブロードサイドが交錯し――
『ゴッド、リンク!』
二人の変形した上半身と下半身が合体、ひとつとなる!
そして、ボディ内から新たな頭部が出現し、みさおが高らかに咆哮する。
「連結合体! テン、カイ、オォォォォォッ!」
「さぁ、いくぜ!
虫が何体いようが、このテンカイオーの敵じゃないってことを教えてやらぁっ!」
テンカイオーへの合体を完了し、みさおはルーテシアへと一歩踏み出しながら宣戦を布告。対し、ルーテシアの周囲の地雷王やインゼクト達が威嚇するように騒ぎ始めるが、
「…………みんなは下がって」
そんな虫達を制したのは他ならぬルーテシアだった。
「……ガリュー」
そして、名を呼ぶのは彼女のもっとも信頼するパートナー。ルーテシアの言葉にガリューは無言でうなずき、
「クロムビートル。
シザースタッグ」
さらに名を呼ばれ、クロムビートルとシザースタッグもガリューと並び立つように前に出る。
そして、呼びかけた3体に対し、ルーテシアは静かに告げた。
「さぁ、みんな――合体するよ」
「クロムホーン」
ルーテシアの指示により、クロムビートルが主なきままクロムホーンへとトランスフォーム――そして、そこからさらに変形を開始する。
両腕を後方に折りたたみ、全体が上下反転。腰から下が左右に分かれると両側に開かれ、足の裏から新たに拳が出現。反転したことで下方に配置されていた頭部が背中を通っていたフレームに導かれて新たにあるべき場所へ移動。左右に分かれた腰部を両肩、両足を両腕に変形させた、より大型な上半身が完成する。
「スタッグセイバー」
続けて、同様にロボットモードとなったスタッグセイバーも変形。両腕を後方にたたむと頭部からビーストモードであるクワガタをモチーフにしていた2本の角が分離、頭部自体はボディ内部に収納される。
そして下半身、腰が左右に分割され、腰部を大腿部として両足を延長した新たな下半身となる。
変形を完了した2体の昆虫型ビークルが交錯し――
「リンク、アップ」
ルーテシアの言葉を合図に上半身と下半身が合体、ひとつとなる。
「ミッション、オブジェクトコントロール――ガリュー・in・ビートルキング」
そして、ルーテシアのシュトーレ・ケネゲンによってガリューは合体した巨大ビークルへと一体化。ビートルキングの頭部の左右にスタッグセイバーから分離していた2本の角が合体し、3本角となり、その瞳に輝きが生まれる。
そして、ルーテシアは静かにその名を宣言する。
「重甲合体、ビートルキング」
「ちょっ、ちょっと待て!?」
「向こうも……合体した!?」
いざ合体して優位に立ったと思ったら、なんと相手も合体――驚愕し、声を上げるみさおやあやのの前で、合体を遂げたビートルキングが力強く一歩を踏み出す。
「……へ、へんっ! だからどうした!
合体したからって、あたし達に勝てるもんか!」
しかし、それでも今さら退くつもりはない。気合を入れ直し、みさおがビートルキングへと突撃――対し、ビートルキングに宿るガリューもそれに応じ、両者はガッシリと組み合い、互いに相手をねじ伏せにかかる。
だが、そのパワーは今のところ互角。どちらも一歩も譲らない。
「こいつ……パワーもテンカイオーと互角かよ!?」
このまま押し合っていてもジリ貧だ――組み合いを解き、一旦仕切り直すべく後退するみさおだが、
「そこで下がるのは――判断ミス」
ルーテシアの言葉と同時、ガリューが地を蹴り追撃。テンカイオーを体当たりで吹っ飛ばす!
第103話
たいせつなこと
〜“白い悪魔”と“黒き暴君”〜
『マスターコンボイ!』
スバルとマスターコンボイの咆哮が響き、二人は頭上へと大きく跳躍し、
「カイザーコンボイ!」
こなたはゴッドオンしたままカイザージェットへとトランスフォーム。上空へと跳んだスバル達を背中に乗せ、一気に上空へと急上昇していく。
そして、二人は上空の雲海の上まで上昇し、
『ハイパー、ゴッドリンク!』
宣言と同時、カイザージェットが複数のパーツに分離。それぞれのパーツが空中に放り出されたマスターコンボイの周囲へと飛翔する。
最初に変形を始めたのはカイザーコンボイの両足だ。大腿部をスライド式に内部へ収納。つま先を下方にたたんだマスターコンボイの両脚に連結するように合体。より大きな両足を形成する。
続いて左右に分離し、マスターコンボイの両側に配置されたカイザーコンボイのボディが変形。両腕を側面に固定すると断面部のシャッターが開き、口を開けた内部の空間にマスターコンボイの両腕を収めるように合体。内部に収められていた新たな拳がせり出し、両腕の合体が完了する。
カイザージェットの機首と翼からなるカイザーコンボイのバックパックはそのままマスターコンボイのバックパックに重なるように合体。折りたたまれていたその翼が大きく展開される。
最後にバックパック、カイザージェットの機首の根元部分に収納されていた新たなヘッドギアがマスターコンボイの頭部に装着。各システムが起動し、新たな姿となった3人が高らかに名乗りを上げる。
『カイザー、マスター、コンボイ!』
「ブレイクコンボイ!」
ノーヴェが名乗りの声を上げ、彼女のゴッドオンしたブレイクコンボイが上空に飛び立ち、
「ギルティコンボイ!」
続いて、ホクトのギルティコンボイがその後に続く。
そして、二人は上空高く、頭上に広がる雲海の上に飛び出し、
『ハイパー、ゴッドリンク!』
宣言と同時、合体シークエンスが開始――二人の機体の本体、ブレイクロードとギルティサイザーが強化ボディとなっているガードフローター、ギルティドラゴンから分離する。
そして、ノーヴェのブレイクロードが合体形態を維持したままギルティドラゴンの変形した大型ボディのもとへと飛翔、ギルティサイザーに代わり合体、固定される。
一方、ブレイクロードに自分の合体するスペースを譲ったギルティサイザーはホクトがゴッドオンしたままビークルモードへとトランスフォーム。機体後部、両足にあたる部分を左右に展開、ギルティドラゴンの両腰をカバーするように合体し、腰あてとなる。
と、操り手が不在となっていたガードフローターが分離した。分離した両足はギルティドラゴンの両足に合体、より巨大な一組の足を作り出す。
続いて、ガードフローターの機首部分は左右に分かれてギルティドラゴンの両腕に。シールドのように合体するとブレイクロードの固有兵装であるシールドウェポンがそれぞれに連結、固定される。
残るガードフローターの本体はギルティドラゴンの背中に、通常の合体時にはブレイクロードを固定するジョイントを利用してギルティドラゴンのバックパックに覆いかぶさるように合体。より巨大なバックパックとなる。
分離していたギルティドラゴンの頭部はビーストモードのまま胸部に合体、胸飾りとなり、最後にボディ内部からせり出してきたブレイクコンボイの頭部に、ギルティドラゴンから分離した兜飾りが合体、頭部を新たな形に飾り立てる。
全合体シークエンスを完了し、システムが再起動。ひとつになったホクトとノーヴェが高らかに名乗りを上げる。
『ギルティ、ブレイク、コンボイ!』
「さて……お互い合体も完了したところで、仕切り直しといこうか――タイプゼロ・セカンド」
「その呼び方、やめてくれないかな?」
互いにハイパーゴッドリンクを遂げての対峙――告げるノーヴェにスバルが答え、両者はそれぞれにかまえを取る。
「こなた……いける?」
「とーぜん!」
「オレにはないのか?――まぁオレに心配な点などあるはずもないだろうが」
「ホクト、わかってんな?」
「もちろん!
全力でお姉ちゃん達と戦うんでしょ?」
それぞれにパートナーと言葉を交わし、自らの“力”を高めていく。
双方の放つ虹色の輝き――“擬似カイゼル・ファルベ”の力が最高潮に達した、その瞬間――
「どっちもとりあえずがんばれー」
「だなだなぁー」
『サボるなぁぁぁぁぁっ!』
とりあえず、サボっていたバカ二人を吹っ飛ばした。
「ブリッツ、シューター!」
〈Shoot!〉
《いっけぇっ!》
なのはとレイジングハート、プリムラの叫びが交錯。放たれた魔力弾の群れが、空中に佇むジュンイチへと一斉に襲いかかる。
しかし、ジュンイチには届かない。迫り来る魔力弾にまったく動じることもなく、そのすべてを周囲の力場で弾いてしまう。
「まだまだ!」
だが、なのはも手を緩めるつもりはない。レイジングハートをかまえ、ジュンイチに向けて魔力スフィアを作り出し、
「ディバイン、バスター!」
〈Divine Buster!〉
放たれたディバインバスターがジュンイチを直撃する。
〈Load cartridge!〉
「バスター、レイ!」
〈Baster ray!〉
続けて、カートリッジをロードしてのバスターレイが巻き起こる爆発の中に叩き込まれ、
「フォースチップ、イグニッション!」
〈Force-tip, Ignition!〉
久しぶりのデバイスイグニッション――なのはの叫びに従い、飛来したミッドチルダのフォースチップが、溶け込むようにレイジングハートの中に消えていき、
「イグニッション――パニッシャー!」
〈Ignition punisher!〉
取っておきの一撃。特大の魔力の渦が、ジュンイチのいるであろう地点を飲み込み、先の砲撃による爆発すらも押し流していく。
《よし! 全弾直撃!
防御が硬いからって油断しすぎ!》
「いくらジュンイチさんでも、これだけ叩き込めばダメージくらい……!」
ビクトリーセイバーやフェイトの砲撃をものともしなかったのだ。一撃で撃墜できるとは思っていないが、自分が単独で発揮できる最大火力を叩き込んだのだ。少しは効いているはずだ。
プリムラの言葉に続く形でつぶやき、なのはは効果を確認すべく目を凝らし――
「――――――っ!?
な…………っ!? そんな……!?」
その自らの目を疑った。
「……終わり?」
あっさりと告げるジュンイチが、まったくの無傷の姿で爆煙の向こうから現れたからだ。
《そんな……ウソでしょ……!?
なの姉の……わたし達の砲撃を、全弾まともにくらったはずなのに……!?》
「オレの力場の特性が、まだわかっていないみたいだな」
自分達の、しかも全力の砲撃をもってしても傷ひとつつけられないなんて、まるで悪い冗談だ――つぶやくプリムラの言葉に、ジュンイチはため息まじりにそう返した。
「オレの力場は、物理攻撃をほとんど防げない代わりに、光学系の攻撃は問答無用で無力化できる――そこにパワーの大小も、質も関係ない。
どんな大出力の攻撃でも、どんなに鋭い攻撃でも、エネルギーである限りオレの力場の前には何の意味も持たない。
唯一恐いのは周囲への着弾で吹っ飛ぶ岩の破片くらいだけど、それもこうして空中にいる限りは心配する必要はない。
わかったろう? お前の砲撃は、オレには一切通じない――それがエネルギーによる攻撃である以上、アルカンシェルだろうが止めてみせるさ」
「だったら!」
そのジュンイチの言葉に、なのはは素早く急降下。大地に降り立つとレイジングハートを通じて魔力を大地に流し込んだ。
なのはの“力”を受け、地面が砕け、はがれていく――自分の魔力によって操られたそれらの岩石を、なのはは自分の周囲に配置する。
「『物理攻撃はほとんど防げない』――自分で弱点明かしてたら世話ないですよ!」
狙うはジュンイチ、ただひとり――照準を合わせ、叫ぶ。
「スターダスト、フォール!」
なのはの“宣言”と同時、岩石の雨がジュンイチに向けて一斉に飛翔し――
「ムダだ」
次の瞬間、そのすべてが撃ち砕かれた。
ジュンイチが周囲に配置していた、フェザーファンネルの一斉射撃によって。
「魔力系の攻撃が効かないから、物理攻撃なら効くとわかったから、それで迷わず“ソレ”か。
まったく――教科書通りすぎてアクビが出らぁ」
砕け散った破片が舞い散る中、ジュンイチは静かになのはにそう告げる。
「魔力による攻撃が通らないから別の方法での攻撃に切り替える。理屈の上では確かに正論だ。
けど、だからこそ読みやすい――そいつの持ち技を把握していれば、魔力攻撃という選択肢を省いて、仕掛けられる攻撃を絞り込むことは簡単だ」
「持ち技を、把握……!?」
「あぁ、そうだ」
うめくように聞き返すなのはに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「悪いが、お前らの持ち技はあらたか調べさせてもらったよ。
それも技だけじゃない、その運用方法もだ。どんな技を、どんな風に使ってくるのか、局の記録を任務、訓練を問わずかたっぱしから調べ上げた。
……あぁ、心配しなくてもあずさをスパイに使ったりはしてないよ。アイツにそんなマネさせるのは、アイツにとってもお前らにとっても気分が悪いだろう?」
ふと思いついたように自分の妹についてフォローを入れ、ジュンイチは続ける。
「そして、そのデータを元に、お前らとの対戦を想定した徹底的なシミュレーションを繰り返した。
その効果の程は、さっきオレに撃墜された連中を見ればわかってもらえると思うがね」
「で、でも、私達にだって、隠してる“切り札”くらい――」
「“ブラスター”のこと?」
「――――――っ!?」
あっさりと言い放つジュンイチの言葉に、なのはは思わず言葉を失った。
ジュンイチの挙げた“ブラスター”。アレはシャリオの監修の元、完全に独自に作り出したものだ。まだ調整が必要で、正式運用には至っていないことから局側への報告も行っておらず、訓練でも任務でも使用したことのない、完全な“隠し玉”だったはずなのに――
「あのなぁ……
『お前らの持ち技はあらたか調べさせてもらった』――さっきのオレの言葉、ただの比喩表現くらいにしか思ってなかっただろ」
驚愕するなのはに対し、淡々とそう告げるジュンイチだったが――
「…………それなら!」
それでも、なのはにはまだ“手”が残されていた。地上でレイジングハートをかまえ、上空のジュンイチをにらみつける。
「プリムラ、レイジングハート。
いける?」
〈問題ありません〉
《みんなががんばってくれたおかげで、周りの魔力濃度は十分!
やっちゃえ、なの姉!》
レイジングハートとプリムラの答えにうなずき、なのはが魔法を発動――同時、彼女の眼前に光が生まれた。
しかし、それはなのはの魔力だけで作り出されたものではなかった――それは周囲の魔力をも取り込み始め、なのはの目の前に収束していく。
これは――
「…………なるほど。“集束魔法”か」
なのはの必殺技とも言うべき最強の砲撃魔法“スターライトブレイカー”――それに限らず、集束魔法を撃つ上では、周囲の魔力を集める際、干渉を受けた魔力がまるで流星の如く光を発しつつ魔力スフィアへと流れていく。
そう。まさしく“星の光”のように――“集束魔法”と書いて“スターライト”と読まれる所以である。
そんな知識をなんとなく思い返すジュンイチだったが、そんなことをしている間に魔力スフィアが完成した。自らの背丈ほどもある魔力スフィアを前に、なのはがレイジングハートをかまえる。
(私のスターライトブレイカーには結界破壊効果がある……!
いくらジュンイチさんの防御が強力でも、スターライトブレイカーなら……!
持ち技のすべてを知られているのなら、“知られていても防げない攻撃を撃てばいい”!)
「スターライト――ブレイカァァァァァッ!」
集めた魔力を解放した。
レイジングハートをトリガーに撃ち出され、膨大な魔力が空間を駆け抜ける。それは狙い違わずジュンイチを直撃し――
「………………それで?」
ジュンイチは、何事もなかったかのように光の奔流の中からその姿を現した。
「そ、そんな……!?
スターライトブレイカーを、まともにくらったのに……!?」
《ぜんぜん、こたえてない……!
ってゆーか……防壁、少しも抜けてない……!》
「言ったはずだぞ。
『オレの力場に対しちゃ、あらゆるエネルギー攻撃が無効化される――そこにエネルギーの大小も、“質も関係ない”』って」
必殺と思われた一撃ですら、かすり傷ひとつ負わせられない――驚愕するなのは達に、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「結界破壊効果を持ち、ある意味ガード無視とも言えるスターライトブレイカーだけど、それでもエネルギーであることには変わりない。
たとえどんな効果が付加されていようが、“それがエネルギーである限り”、オレの力場の前には無力と化す。
……まぁ、そんな偉そうに語ってても、ここまで対エネルギー系の絶対性を確立できるようになったのはここ最近の話でね。
以前のオレ……そうだな、ブレイカーに覚醒したばかりで、“力”の扱いも粗かった10年前のオレになら、今の一発も通用しただろうな」
言って、ジュンイチは軽く肩をすくめ、
「これでわかったろう。お前の攻撃はオレには一切通じない。
力の差とか、技術の差とかじゃない――根本的なところから、お前にとってオレの能力特性は相性が悪すぎるんだ。
まぁ、戦いようによってはひっくり返せないこともないだろうけど……それをするには、お前はオレの能力を知らなさすぎる上、オレには手の内のほとんどを知られている。戦術面でも、こっちが圧倒的な優位に立ってるんだよ」
そして――ジュンイチはなのはへと人さし指を突きつけ、宣告した。
「ハッキリ言ってやろうか?
オレにとってはな、お前が1000人砲撃を撃ってくるよりも、ガスケットひとりに拳で殴りかかられる方がよっぽど恐いんだよ」
「……なのはママ……
…………パパ……!」
一方、マックスフリゲートの自室――ヴィヴィオはひとり、その戦いを中継で見つめていた。
二人が戦う光景なんて見たくはない。だが、見ずにはいられなかった。
なのはも、ジュンイチも、自分にとってはとても大好きな、大切な存在だったから。
『こういうやり方じゃないと、伝わらないものもきっとあるから……』
(パパは……なのはママに何を伝えたいのかな……?)
それに、先ほどジュンイチに言われたことも気にかかる。見ていればそれがわかるとは限らなかったが、それでもヴィヴィオは画面から目を放せなくて――その時、プシュッ、と音を立てて自室の扉が開いた。
「…………ゆたかおねーちゃん……?」
自分を心配したゆたかでも様子を見に来たのだろうか――ヴィヴィオが入り口の方へと振り向き――
「ハァイ♪ ヴィヴィオちゃん♪」
軽薄な物言いと共に、その眼前に手のひらが突き出され――相手の正体を確認する間もなく、ヴィヴィオの意識はそこで途切れた。
力を失い、ヴィヴィオはその場に崩れ落ち――
「ただ目的を果たすだけ、っていうのもつまらないから……あなたには、少し踊ってもらうことにするわね♪」
ヴィヴィオの意識を奪った人物は、ニヤリと笑みを浮かべてそう告げた。
「………………っ!?」
体術に難のある自分では、レイジングハートやプリムラのサポートがあっても反応が間に合わない――顔面を狙ってきたジュンイチの掌底をとっさのシールドで受け止めるなのはだったが、突き抜けた衝撃がなのはの顔面を痛打する。
(防御の上から衝撃を通す打ち方――
最初から、衝撃だけを突き抜けさせるつもりで……!?)
こちらの防御すらも読まれていたということか。歯がみしながら後退しようとするなのはだったが、そんな彼女の首に何かが巻きついた。
ジュンイチがアンカーワイヤーを放ち、ムチのように巻きつけてきたのだ。強靭な特製ゴムでできたワイヤーはなのはの身体を難なく引き戻し、勢いよく戻ってきた彼女の腹に対し、ジュンイチのヒジ打ちが突き刺さる!
「が…………は……っ!?」
胃の内容物が逆流し、強烈な吐き気に襲われる――なんとかそれをこらえるが、なのははたまらず身体を折り、
「………………」
そんななのはに対し、ジュンイチは無言で右手をかざした。次の瞬間、強烈な炎の奔流が解き放たれ、なのはの身体を吹っ飛ばす!
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
今の彼女には受け身すら取る余裕はなかった。まともに森の中へと撃ち込まれ、木々をなぎ倒しながら地面を転がる。
「……く…………っ!
まだまだ……!」
それでも、すぐに体勢を立て直して上空に舞い戻るなのはだったが、
「追撃も警戒せずに、バカ正直にまっすぐ戻ってくんなボケぇ」
気合のまったく入っていない指摘の声と共に、ジュンイチがカウンターの蹴りでなのはを再び大地に叩き落とす。
「……なの、は……!」
まさに一方的な戦いだ。このままではなのはが――痛む身体を叱咤し、なんとか身を起こすとフェイトは改めて上空の戦いを見上げた。
全身が痛むが、それほど後に引くようなダメージではなさそうだ。その一点だけでも手加減されていたことがわかるが、今はそのことを悔しがってる場合ではない。
「なのは……!
もうしばらく、もちこたえて! そうすれば、私も援護に回れるから……!」
「ありがとう、フェイトちゃん……
でも……手は出さないで……!」
しかし、助けに入ろうというフェイトの言葉を、なのははジュンイチを見据えたまま断った。
「私なら、大丈夫だから……!
だから、フェイトちゃんは、下がってて……!」
「………………」
そう告げるなのはの言葉に、ジュンイチはしばし無言で彼女を見つめ――やがて静かにため息をついた。
「『大丈夫』ねぇ……
切り札のスターライトブレイカーも通じなかったってのに、よくもまぁそんなセリフが吐けるもんだ」
呆れたようにそう告げて――
「図に乗るな」
瞬間、その表情が一変した。戦士としての厳しいそれに変わり、鋭い視線がなのはの身体を射抜く。
「お前……まさか忘れたワケじゃないだろうな?
スターライトブレイカーまで撃ったお前と違って……“オレはまだ、“切り札”級の手札は何ひとつさらしちゃいないってことを”」
その言葉に伴い、ジュンイチの周囲の“力”が強まり、激しく渦を巻き始める。
「自分の切り札も封殺され、相手はまったくの余裕――これだけの差を見せつけられておきながら、『大丈夫』とは強がりにもほどがある。
所詮、“白い悪魔”もこの程度だったってことか」
ただ告げるだけで、なのはの身体に強烈なプレッシャーが叩きつけられる――息を呑むなのはに対し、ジュンイチは深く息をつき――宣言した。
「フォースチップ――“ミッドチルダ”」
瞬間――ジュンイチのもとにフォースチップが飛来した。ミッドチルダのそれが上空から舞い降り、ジュンイチの前に静止する。
そしてジュンイチは爆天剣を水平に、刺突の形でかまえ、
「イグニッション!」
フォースチップに突き立てた。物質としての結合を解かれ、純粋な“力”の塊となったフォースチップのエネルギーが、ジュンイチの全身にまとわりつき、その姿を覆い隠していく。
「イグニッション、フォーム……!?」
「あぁ……そうだ」
うめくなのはの言葉に、“力”の渦の中からジュンイチの声がそう答え、
「お前が“悪魔”なら……」
「オレは“魔王”だ」
その言葉と同時――“力”の渦が弾け飛んだ。もうもうと立ち込めていた煙が静かに晴れていき――
そこには“魔王”がいた。
禍々しく曲線を描く“装重甲”。
鮮血を思わせる、真紅に染まったインナースーツ。
両肩から伸びる、鱗とトゲに覆われ、先端に矢じりを思わせる形状の爪を備えた2本の触手。
そして、「X」の字に開かれた、軸となる数本の骨と翼膜によって構成された2対の翼――
イグニッションによって凶悪な姿に変貌を遂げたジュンイチの姿がそこにはあった。
「ウィング・オブ・ゴッド――“サタニックフォーム”」
静かにジュンイチが名乗ると同時、背中の翼が軽く羽ばたく――ただそれだけの動きで、周囲の“力”が荒れ狂った。なのはのもとに、強烈な突風となって吹きつける。
「覚悟しとけよ、高町なのは。
このフォームは、数あるイグニッションフォームの中でも、もっともオレの能力特性にマッチしてる。
その戦闘能力は――」
そう告げるジュンイチの言葉に伴い、両肩から伸びる触手がなのはの方を向き――
「イグニッションフォーム中、最“凶”だ」
その瞬間――閃光が放たれた。
触手の先端に魔力スフィアが“一瞬にして”形成され、砲撃が放たれる――驚愕し、回避するなのはだったが、触手は次々にスフィアを作り出し、砲撃を立て続けに放ってくる。
「なんて火力……!
これだけの砲撃をノーチャージで、しかも連射してくるなんて……!
プリムラ!」
《スケイルフェザー!》
なのはの指示でプリムラが翼に装備された鱗状のビット“スケイルフェザー”を射出、それらは連携してなのはの魔力を増幅、中継し、より強力な防壁となってジュンイチの砲撃を受け止める。
だが――砲撃の雨は止まらない。立て続けに叩きつけられる衝撃に顔をしかめ――なのはは先のジュンイチの言葉を思い出した。
『このフォームは、数あるイグニッションフォームの中でも、もっともオレの能力特性にマッチしてる』
(そうか……!
あのフォームは、元々高かったジュンイチさんの“力”の制御能力を火力方面に極端に割り振ってるんだ……!
あのチャージサイクルと火力は、そのためか……!)
だとしたらマズい――ジュンイチの放つ砲撃は、一発一発が自分のバスター級に匹敵している。いちいち対応していたら、撃ち負けるのはまず自分の方だ。
(どうする……!?
たぶん、この砲撃はフォースチップの“力”を撃ち出してる……“力”を撃ち尽くせば、フォームチェンジは解除されるだろうけど……)
しかし、ジュンイチがそんな凡ミスを犯すとは思えない。必ずその前にこちらを叩きつぶしにかかるはずだ。
元々最悪な戦況だ。そんなことになればまず巻き返すチャンスは失われる。そうなる前にこちらから勝負をかけなければ――
(――――――っ!)
その瞬間、なのはの脳裏にある考えが閃いた。
『唯一恐いのは周囲への着弾で吹っ飛ぶ岩の破片くらいだけど――』
(だとしたら……いける!)
ジュンイチの言葉を思い出し、そこから勝機を見出した。スケイルフェザーで身を守りつつ、なのはは急速に上昇し、ジュンイチの頭上に回り込む。
「一体何のつもりだ?
お前の砲撃はオレには――」
「砲撃じゃない!」
淡々と告げるジュンイチになのはが言い返し――
「これから叩きつけるのは――私自身だぁぁぁぁぁっ!」
「――――――っ!?」
そこで初めて、ジュンイチの表情が驚愕のそれに変わった。驚くジュンイチに向け、スケイルフェザーで身を守ったなのはが突撃。スケイルフェザーで作り出された防壁がジュンイチのそれに叩きつけられる。
ジュンイチの力場の効果によって防壁自体は消滅するが――スケイルフェザーそのものが防壁を突破。そのままジュンイチに激突し、眼下の地上に叩き落とす!
「く………………っ!」
もちろん、ジュンイチがこの程度で終わるはずがない。地面に激突し、舞い上がった土煙の中ですぐに身を起こすが、
「――――――っ!」
頭上を見上げたジュンイチの目が再び驚愕によって見開かれる――ジュンイチの視線の先で、なのはは再度、スターライトブレイカーの発射態勢に入っていた。
「やってくれる……!
“地面ごとオレを吹っ飛ばす”つもりか……!」
「そういうことです。
ジュンイチさんの防壁はスターライトブレイカーの直撃自体には耐えられるけど――周りの爆発で飛び散る破片はその限りじゃない!」
うめくジュンイチになのはが答え――スターライトブレイカーのチャージが完了した。なのはの眼前の魔力スフィアがその輝きを増す。
「これで……終わりです!」
そして――
「スターライト――ブレイカァァァァァッ!」
なのはの言葉と同時、特大の砲撃が放たれた。
「………………やられたね。
完全に作戦負けだ」
逃げ場を一切許さないほどの魔力の奔流が地上に向けて襲いかかる中、ジュンイチは晴れ晴れとした表情でそうつぶやき――
「これ以上、手札をさらすつもりはなかったんだけどな」
受け止めた。
自分を、その周囲ごと吹き飛ばそうとしたスターライトブレイカーの閃光を――“周囲に降り注いだ分も含めたすべてを”。
「そんな!?」
《スターライトブレイカーを……受け止めた!?》
「おいおい、何驚いてるんだ?」
まさか、この一撃を受け止めるとは――驚愕するなのはやプリムラに、ジュンイチはため息まじりにそう返してきた。
「これも、再三指摘した“相性”の一環さ。
オレ達ブレイカーの特性。
お前ら魔導師の特性。
そして――お前の撃った集束魔法の特性!
何か忘れちゃいねぇか!?」
「――――――っ!」
その言葉に――なのはは気づいた。
“ブレイカーの特性”と“魔導師の特性”、“集束魔法の特性”――ジュンイチの挙げた三つの要素の示す事実に。
「あ…………あぁっ!」
「そういうことだ。
お前は今までほとんど防御行動をとらなかったオレに防御させた……けど、それは結果として、“より最悪な状況”を作っちまっただけだったんだよ」
声を上げるなのはに対し、ジュンイチは淡々とそう告げた。
「お前ら魔導師はリンカーコアを介し、体内に蓄積された魔力を使用して能力を行使する。
だが、世界そのものとも言える精霊の力を受け継ぐオレ達ブレイカーは、世界からダイレクトに“力”を受け取り、行使することができる。
基本的な“力”の行使からして周囲の“力”を操ることが前提だ――オレ達の能力行使は、お前達よりもはるかに集束魔法のそれに近いところにいる。
ブレイカー同士ならともかく――魔導師からそのコントロールを奪い取るくらいなら、それほど難しい話じゃないんだよ」
ジュンイチのその言葉と同時、ジュンイチに受け止められ、まとめ上げられていたスターライトブレイカーの魔力の塊がその色を変えていく。
なのはの魔力光を示す桃色から、ジュンイチの精霊力光を示す真紅へ――
「さぁ――返してやるぜ!」
そして、ジュンイチはなのはに向けて思い切り振りかぶり――
「スターライト――グレネイド!」
巨大な魔力の塊を投げつけた。
「――――――っ!」
その大きさからは想像もできないほどの速度で、魔力塊は両者の間を駆け抜けた。悲鳴を上げる間もなく、なのはがその中に飲み込まれ――
「なのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
フェイトの叫びが、すべてが“終わった”ことを告げた。
「………………よし、と」
コンソールに情報を入力し、システムを起動――
ジュンイチの操作で、入院着に着替えさせたヴィータを、シグナムを、シャマルを――撃墜された人間メンバーの中で、未だ満足に動くこともできない面々をひとりずつ収めたカプセルに、それぞれ薬液が満たされていく。
中に入れられた面々には人工呼吸器に良く似た酸素マスクが着けられている。これのおかげでおぼれたりはしないようだが――
「…………あのぉ……」
その光景にはいろいろとツッコみたいものがあった。シグナム達と同じ入院着に着替えたフェイト――気絶したままのシグナム達はイレインが着替えさせたが彼女は自分で着替えた――は手を挙げ、ジュンイチに声をかけた。
「なんだか……目の前のシステムにものすごく見覚えがあるんですけど……
具体的には、アリサから借りた漫画の中で……」
「だろうね」
あっさりとジュンイチは認めた。
「何しろこのメディカルカプセル、その漫画に出てきたヤツをマネしてこういうシステムにしてあるんだから。
鳥山先生は偉大な人だよ、うん」
「何ですか、そのムダなこだわりは!?」
「何を言う!?
メディカルカプセルといえばコレが定番だろうが!」
思わずツッコんだフェイトに言い返し、ジュンイチは彼女も空いているカプセルに放り込む――手早くシステムを起動し、カプセル内に薬液が注がれ始めたのを見て、フェイトは観念して酸素マスクを身に着け、満たされた薬液にその身を任せることにした。
「さて……
みんなの回復まで、せいぜい20分ってところか……」
意識を刈り取りはしたが、それほど深いダメージを与えたワケではない。治療にそれほど時間はかかるまい――それぞれのダメージから治療にかかるであろう時間を逆算し、ジュンイチがつぶやくと、
「…………お兄ちゃん」
声がかけられた。振り向くと、そこにはスバルを先頭に六課フォワード陣やカイザーズの面々が勢ぞろいしている。模擬戦の終了に伴い、足止めを果たしたノーヴェ達がマックスフリゲートに招いたのだ。
「どうした?
ジャックプライム達なら格納庫の再生カプセルだ――そっちも回復にはそんなにかからないぜ」
「いや、そうじゃなくて……」
「冗談だ」
話をはぐらかされ、ツッコむスバルにジュンイチはあっさり返す――改めてスバル達と正対し、告げる。
「………………うん。
スバルも、ギンガも、それにこなたも……ずいぶんと強くなったみたいだな」
「うん!」
「はい!」
「とーぜんっ!」
スバル達3人から、元気な返事が返ってくる――満足げにジュンイチがうなずくのを、ティアナやエリオ、キャロは一歩下がったところで見つめていた。
いや、声をかけようとは思っているようだが、3人とも踏ん切りがつかないでいる――スバル達と違い、ほんの一時を共に過ごしただけの自分達が目の前のやり取りの中に割り込んでいってもいいのだろうか。何となく気が引けて、困ったように互いに視線を交わすばかりで――
「キャロ」
「え………………?」
「ちゃんと、自分の“力”と付き合えてるみたいじゃないか」
突然名前が呼ばれた。不意討ちを受け、キョトンとするキャロに対し、ジュンイチは笑顔でそう告げる。
「エリオも、あの時あきらめなくてよかっただろう?」
「あ、はい……」
次いで、エリオもまた声をかけられる――最後に、ジュンイチはティアナへと向き直った。
「あ、あの、その……」
キャロ、エリオときたのだ、自分に話が向くのは予想できたが、いざ何を話せばいいのやら――言葉につまり、戸惑うティアナだったが、
「そうかしこまるなよ、ティアナ」
そんなティアナの頭を、ジュンイチは軽くなでてやる。
「心配しなくても、お前もそうとうに強くなってる。
“執務官になる”っていうお前の夢に、ちゃんと近づけてる」
「………………はい!」
自分の言葉にティアナが元気を取り戻し、力強くうなずく――軽くうなずき返すと、ジュンイチはそちらへと向き直った。
こちらの輪にも、こちらを見守っているかがみ達の輪にも加わることなく、独り壁に背中を預けていた、ヒューマンフォームのマスターコンボイに対し、告げる。
「ありがとな、マスターコンボイ。
ウチのスバル達を守ってくれて……本当に感謝してる」
「貴様と利害が一致しただけの結果だ。どうこう言われる筋合いはない」
「さよか」
あっさりと突き放すマスターコンボイに苦笑し、ジュンイチはふと視線を上げた。
天井を――いや、そのさらに先にいるはずの人物のことを思いながら、改めてスバル達に告げる。
「さて……
そんじゃ、治療が済むまで、お前らはフェイト達を見ててくれるか?」
「え………………?
ジュンイチさんは……?」
「まだまだやることあんのよ、いろいろとな」
聞き返すギンガにそう答え、ジュンイチは手をヒラヒラと振りながらメディカルルームを出ていった。
「………………」
マックスフリゲートの甲板の上――なのははひとり、日が沈んですっかり暗くなった夜空を見上げた。
「完敗……だったなぁ……」
結局、自分は何もできなかった。
あらゆる攻め手を封殺され、成す術なく打ちのめされて――終わってみればジュンイチの圧勝だった。
『お前が1000人砲撃を撃ってくるよりも、ガスケットひとりに拳で殴りかかられる方がよっぽど恐いんだよ』
ジュンイチに言われたことが脳裏によみがえり、なのはは深くため息をついた。
別に、ガスケット以下に見られたことに憤慨しているというワケではない。なのはが気にしているのは、そんな言葉どおりの事柄ではなく、その発言が意味するものの方だった。
(同じ“勝てない”としても……私よりガスケットさんの方がまだ戦えた、ってことか……)
自分で何とかしたかった。自分が何とかしなければならなかった――それなのに、自分にその余地はなく、別の人物にその余地があった。そのことがたまらなく悔しい。
(私が、ヴィヴィオを守らなきゃいけなかったのに……!)
そんなことを考えるうちに、目頭が熱くなってくる――ゴシゴシと目元をぬぐい、あふれそうになった涙を拭い去る。
(泣いちゃダメだ……泣いちゃ……!
私が泣いたら、みんなが……!
だから、泣いちゃ……ダメなのに……!)
ジュンイチに負けた悔しさ、ヴィヴィオを守ることができない無力感――いろいろな想いが混じり合い、なのはの目から涙となってあふれ出る。なのはがいくらぬぐっても、その涙は一向に止まる気配を見せなくて――
「手当ても受けないで、こんなところで天体観測か?」
背後から声がかけられた。
誰か、などとは考えるまでもない――ジュンイチに背を向けたまま、なのはは彼の次の言葉を待つ。
「反省するのもいいけどさ……そもそもお前、どうして負けたかわかってんのか?
そこがわかってないと、いくら考えても堂々巡りだ。精神衛生上よろしくないぞ」
「…………ジュンイチさんは、わかってるんですか?」
「たりめーだ」
なんとか涙は拭い去り、振り向く――聞き返すなのはに、ジュンイチはあっさりとうなずいた。
「フェイト達の時と同じだ。
お前に対しても、オレは弱点を突き通すことで勝ったんだからな」
「私の弱点……
魔力砲撃中心の戦いしかできないことですか?」
尋ねるなのはだったが、ジュンイチはため息をついて首を左右に振った。
「なんでそう、ズレた回答かましてくれるかねぇ……
そんなザマじゃ、そりゃオレにも負けるわ。むしろ今回のお前の負けは必然だよ」
「どういうことですか!?」
バカにしたような物言いに、思わず語気が荒くなる――そんななのはに苦笑し、ジュンイチは告げた。
「お前、あの時フェイト達の手助け、拒否したよな?
能力的に相性悪すぎ、少なくとも、お前の手で状況をひっくり返すことはできそうになかった――なんたって効く攻撃がひとつもなかったんだからな。
でも、仲間達が加われば話は別だ。お前と違って、ベルカ組の攻撃は物理攻撃を伴ってる。つまりオレの力場を抜けるんだからな。
アイツらの助力を得られれば、少なくとも勝つ目は増えてた――なのにお前はそれを拒んだ」
「………………」
なのはからの答えはない。ただジッとうつむいたままだ。
「それだけじゃない。
ヴィヴィオを守るって宣言した時、お前、自分がどう言ったか覚えてるか?
『“私が”守る』――“私達が”じゃない。“私が”だ。
お前はな――お前自身すら無自覚の内に、フェイトやはやて達の助力を拒否していたんだよ」
そして――トドメとばかりにジュンイチは告げた。
「“他人に頼れない”――それがお前の欠点だ。
まぁ、オレも似たようなものだけど――オレの場合、元々から“ひとりで戦うこと”を前提にした修行をしてきたから、なんとかなってる。
お前らがフォーメーションで分担してること、全部やらなきゃならなくて……だから、全部身につけられるように修行してる。結局“頼れない”って欠点はそのままだけど、それを補う方向で力をつけてきた。
けど、お前は違う――砲撃一辺倒の一芸特化型。得意技がハッキリしてるように、接近されたらアウト、砲撃が効かなきゃどうしようもない、っていう風に弱点もハッキリしちまう。
実際、オレに砲撃封殺されて、完全に打つ手なくしたろ。あの時点で戦えなくなってたんだから、むしろフェイト達を頼るべきだったんだ」
「………………頼れないよ……!」
しぼり出すように、吐き出すように――気づけば、なのはは敬語すら忘れてジュンイチにそう答えていた。
「私は、みんなに笑っていてほしくて……みんなを守りたくて……!
だから、私は……」
「頼らない……か?」
「そうですよ……!
だって……私が泣いたらみんなに迷惑がかかる!
『助けて』なんて言ったら、自分のことなんか放り出して助けに来ちゃう!」
「それでいいじゃねぇか。
ソイツが助けたくて助けにきてくれるのに、それで“迷惑”なんて――」
「迷惑だよ!」
答えかけたジュンイチに対し、なのはは声を張り上げてそう答えた。
「迷惑、だよ……!
昔から、そうだったもん……!」
「『昔から』……?」
そのなのはの言葉が気になった。眉をひそめるジュンイチにかまわず、なのはは続ける。
「お父さんが大けがをして、入院して……!
その頃はお店も始まったばかりで大変で、お母さんはお店の方にかかりきりになっちゃって……!
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、お父さんの看病で……!」
一瞬、何の話かわからなかったが――ジュンイチはすぐにその言葉の意味するところに気づいた。
「前にフィアッセさんが言ってた……士郎のおやっさんの引退のきっかけになったっていう爆弾テロ事件か……!」
「みんな、自分達のしなきゃいけないことで精一杯で……
ワガママなんか言えば、みんながやらなきゃいけないことを放り出さなくちゃならなくて……!」
つぶやくジュンイチだが、答えは返ってこない――もはや一切の余裕もなく、なのははジュンイチに向けてまくし立てる。
「私がワガママを言えばみんなに迷惑がかかる!
私が泣いたら、みんなを困らせる!
だから、私は……泣いたりしちゃダメなんだよ!
私は……私は……わたs
「もういい」
その言葉と同時――なのはの言葉はさえぎられた。
「もう、それ以上――何もしゃべるな」
そう告げるジュンイチによって、いつの間にかその胸元に抱き寄せられて。
「じ、ジュンイチ、さん……?」
「何もしゃべるな――そう言ったはずだ」
突然のことに驚き、呆然と声を上げるなのはに対し、ジュンイチは淡々と――だが、なのはを抱き寄せる腕の力を強めてそう告げる。
「オレの持論……ひとつ教えてやる。
泣いてちゃダメな時に泣いてるヤツはバカだ。
でもな……」
「泣いてもいい時に泣かないヤツは、それ以上の大バカだ」
「………………っ」
「お前は……その『大バカ』にドンピシャだよ。
泣いてもいい……誰かに泣きついたっていい……そんな時にまで、相手に迷惑をかけることを怖がって、辛い想いを押し込めちまう……」
ジュンイチの言葉に、なのはの肩が震える――そんな彼女を抱きしめたまま、彼女の頭をなでてやりながら続ける。
「今のお前の話なんか、モロにそれじゃねぇか。
ガキだったんだ。泣いたってよかったんだ。誰かを頼ったってよかったんだ。
おやっさんが倒れたって言うならなおさらだ。父親がいなくなるかもしれなかったんだ。不安になんてならないはずがねぇ。泣きたくなったって当然だ。
それなのに、ひとりでガマンなんかしやがって……大バカも大バカ。天才的な超大バカだよ」
そう告げるジュンイチの目は、なのはを圧倒した“黒き暴君”の目ではなかった。
「泣きつけよ。
頼れよ。
お前はひとりじゃない――フェイトや、はやてや、アリシアや、スバル達……みんながいる。
アイツらが、お前が泣きついてきたぐらいでお前を捨てるようなヤツらなワケ、ねぇじゃねぇか……」
ただなのはのことを思いやり、慈しむ――まるで家族のような優しい視線がそこにはあった。
「お前はひとりなんかじゃない。
だから……ひとりで泣いたりなんか、しなくていいんだ」
「…………っ、く……!」
告げるジュンイチの腕の中で、なのはの身体が震える――そこから漏れるのが嗚咽であることはすぐにわかったが、ジュンイチはかまわずなのはを抱きしめ、その頭をなで続ける。
「どうして……そんなこと言うんですか……!
そんなこと言われたら、私……私……!」
「……『どうして』か……?」
もはや決壊寸前の感情を懸命に抑えつつ、尋ねるなのはのその問いに、ジュンイチは淡々と答える。
「そんなの決まってる。
オレが――」
「今お前に説教垂れてるオレが……その“最悪例”だからだよ」
「え………………?」
「18年前……身体を改造されて、死んじまって……
挙句、兄貴の身体を乗っ取って、暴走して、大切な人を自分の手で殺しちまって……
たった8歳の子供がそんなことになっちまったんだ。泣くだろ、普通……
でも……オレは泣けなかった。
自分の……みんなの運命を狂わせたヤツらへの怒りや憎しみで、泣くことを自ら放棄した。
その結果が、このザマだ」
自嘲気味にそう告げると、ジュンイチは改めてなのはに告げる。
「お前は……“オレ”にはなるな」
ギュッ、と、なのはを抱き寄せる腕に力がこもる。
「ひとりで戦い続けて……結局誰にも頼れなくなった……
もう引き返せないぐらいに『泣けない大バカ』になっちまった……オレみたいなことには、ならないでくれ。
だから、ガマンなんかしないでくれ。
耐えたりなんか、しなくていい――」
「お前は今、泣いていいんだ」
「……………………っ!」
もう、耐えることなどできはしなかった。
「……ぅ……うぁ……
………………ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
それまで押さえつけていたものが一気に爆発した――ジュンイチの腕の中で、なのはは思い切り声を上げて泣いた。
とめどなくあふれる涙をぬぐうこともせず、ただひたすらに声を上げ、泣き続ける。
「………………」
一方で、ジュンイチはそんな彼女を抱きしめたまま“力”を放った。周囲の空気をわずかに、ほんの少しだけ暖める。
まるで、その暖かさでなのはの身体を包み込んでやるかのように――
「………………落ち着いたか?」
「はい……
すみません……」
どのくらいの時間が経っただろうか――ようやく泣き止んだなのはがジュンイチの腕の中から離れた。
ぬぐうこともわすれ、流れ続けた涙でみっともなく汚れてしまったその顔を隠すかのように、ジュンイチに対して背を向けて――
「………………ほれ」
そんななのはに、ジュンイチは彼女の背中越しにハンカチを差し出した。
「涙ですごい顔になってるぞ。中に戻る前になんとかしろ」
「うん……」
ジュンイチの言葉にうなずくと、なのははハンカチを受け取り――
チーンッ!
涙を拭くようにと差し出したハンカチで鼻をかんでくれた。
「ごめん……洗濯して返すね」
「たりめーだ。
涙拭くだけで済ませりゃ良かったものをそんなにしやがって」
ハンカチをたたみ、こちらに向き直るなのはにジュンイチはため息まじりにそう答え、
「で、結論。
お前ひとりでなんとかしよう、なんて思わなくていい。
みんなを頼ればいいんだ。みんなに頼めばいいんだ。
『迷惑がかかる』? 上等じゃねぇか。
人間、生きてりゃたいてい誰かしらに迷惑をかけてるもんだ。ンなこといちいち気にしてたってしょうがねぇ。
迷惑をかけるって言うなら、迷惑かけた分だけ迷惑を“かけられて”やればいい――それでおあいこだろうが」
言って、ジュンイチは改めてなのはの頭をなでてやる。
「ヴィヴィオを守りたいっていうなら守れ。
けど、ヴィヴィオを守りたいのはお前だけじゃない。ヴィヴィオを守りたいヤツら、みんなでヴィヴィオを守れ。
オレがそれを……守ってやるから」
「………………うん!」
告げるジュンイチの言葉に、ようやくなのはに顔に笑顔が戻った。ジュンイチに対し、力強くうなずいて――
マックスフリゲートを爆発が揺らした。
「きゃあっ!?
な、何……!? 攻撃!?」
「いや…………」
驚き、声を上げるなのはに答えると、ジュンイチは周囲を見回し、
「今の爆発……“内部からのものだった”……!」
その言葉と同時、ジュンイチはあわてて地を蹴った。甲板の端まで走り、そこから下をのぞき込む。
見ると、居住区の一角からもうもうと煙が上がっていた――その場所がどこかを悟った瞬間、ジュンイチの顔から血の気が引いた。
「あそこは――ヴィヴィオの部屋!?」
「えぇっ!?」
ジュンイチのその言葉になのはが声を上げた、その瞬間――
「………………っ!?
なのは、下がれ!」
ジュンイチがなのはを抱きかかえて後退。同時、ヴィヴィオの部屋から、こちらに向けて一直線に――マックスフリゲートの外壁を抉るように魔力弾が放たれた。ジュンイチ達のいた場所を貫き、虚空に飛び去っていく。
だが――なのは達を驚愕させたのはその威力よりも、魔力弾の“色”だった。
一定の色合いを保てず、様々な色に変わりながら渦巻いていたそれは――
「虹色の、魔力弾……!?」
「“擬似カイゼル・ファルベ”……!?」
巻き起こる爆風に耐えながら飛び去っていく魔力弾を見送り、ジュンイチやなのはが声を上げると、
「それは違うわね」
『――――――っ!?』
答えた声は、その場にいるはずのない人物のもの――とっさに身がまえるなのは達の目の前で、クアットロはシルバーカーテンの擬装を解いてその姿を現した。
「クソメガネ……っ!」
「こうして直接顔を合わせるのは久しぶりね、柾木ジュンイチ」
なのはをかばうように下がらせ、うめくジュンイチに対し、クアットロは余裕だ。不敵な笑みを浮かべてジュンイチに告げる。
「今のはお前の仕業か……!
チンクにヴィヴィオを攻撃させるなんて、何考えてやがる!?」
「『チンクちゃんが、あの子を攻撃』……?」
右手に炎を生み出し、言い放つジュンイチだったが、クアットロは落ち着いたようすでそう返してきた。
「あなたらしくないカン違いね。
あなた達ほどの者なら、今の爆発が“内部から”のものだったことぐらい、一目でわかるでしょうに」
「だから……チンクが潜入して、内側からやったんじゃねぇのかよ!?
アイツじゃねぇなら、あの“カイゼル・ファルベ”は何なんだ!?」
あくまで“答え”を口にしないクアットロに対し、ジュンイチはさらに声を荒らげて――
「――――――っ!
ジュンイチさん、下!」
「ちぃっ!」
再び足元、ヴィヴィオの部屋の方からの砲撃――足元を突き破ってきた虹色の魔力弾を、ジュンイチはとっさに力場で受け止めるが、
「この威力、チンクじゃねぇ――!?」
エネルギーに対しては絶対のはずの自分の力場をもってしても、受け止めるので精一杯だ。とっさに防壁の角度を変え、虹色の光弾を頭上に受け流す。
「スカのところに、他にもハイパーゴッドマスターが……!?」
しびれの残る右手を押さえ、クアットロをにらみつけるジュンイチだったが、
「本当に――そう思ってる?」
「――――――っ!」
クアットロのその言葉は、ジュンイチの胸に深々と突き刺さっていた。
「さっき……あなたは言ったわね? 『チンクじゃないなら、あの“カイゼル・ファルベ”は何なんだ』って……
そう……“疑似カイゼル・ファルベ”とは言わなかった」
その言葉に、ジュンイチの方がわずかに震えた。
「本当は、あなたも気づいてるんじゃないかしら?
“この攻撃を放ったのが誰なのか”」
「………………っ」
「ジュンイチ、さん……!?」
クアットロの言葉に、ジュンイチの表情が苦しげに歪む――尋ねるなのはに対し、ジュンイチはうめくように答えた。
「……クソメガネのシルバーカーテンは、レーダーやサーチャーもごまかせるほどに高度なものだけど、それ自体はただの幻覚能力でしかない。
対して、人間の得る情報の内、視覚が占める割合は8割以上、9割に届くか届かないか……それほどまでに、人間の脳は外部の情報を視覚に依存している。
ヤツの能力なら、幻覚の中にさらにサブリミナル暗示を加えて、催眠状態にすることなんて造作もない……」
「………………まさか……」
ジュンイチの言葉から彼の言いたいことを読み取ることはできたが――それはとうてい認められるものではなかった。その表情から血の気が引き、なのはが呆然と声を上げ――
「そういうことよ」
クアットロは、笑顔で彼らの残酷な仮説を肯定してみせた。
「私は確かにこの艦に潜入したわ。
そして……“彼女”に暗示をかけた」
その言葉に伴い、艦内の“力”の気配がこちらに向けて上昇してくるのを、ジュンイチはハッキリと知覚していた。
「その結果――彼女の“力”を引き出した」
そして、“彼女”は立ち上る爆煙にその姿を隠したまま、自分達の前まで上昇してきて――
「そう――」
「ヴィヴィオちゃんの“力”を、ね」
爆煙を吹き飛ばし、虹色の魔力の渦に包まれたヴィヴィオがその姿を現した。
「ヴィヴィオ!」
「待て、なのは!」
思わずヴィヴィオのもとへと駆け寄ろうとするが、そんななのはの手を引き、ジュンイチは彼女を自分の後ろに下がらせて――
「………………っ!」
「このぉっ!」
こちらに向けてかざしたヴィヴィオの右手から、強大な魔力の奔流が放たれた。とっさに防壁を強め、ジュンイチはそれをなんとか受け止める。
「これが……ヴィヴィオに秘められていた“力”……!?
ヴィヴィオも、ハイパーゴッドマスターだったってことですか!?」
「いや……違う……!」
防壁によって、襲いかかる魔力の流れは後方へと受け流されていくが、ヴィヴィオの放ち続ける魔力の波動は留まるところを知らない。懸命に攻撃に耐えながら、ジュンイチはなのはのつぶやきにそう答えた。
「さっき、クソメガネが言っただろうが。
こいつぁ、“擬似”なんかじゃねぇ……!
正真正銘、“オリジナルのカイゼル・ファルベ”だ……!」
「おり………………っ!?」
告げられたジュンイチのその言葉に、なのはは思わず言葉を失った。
「で、でも、オリジナルの“カイゼル・ファルベ”は、古代ベルカの聖王家の血筋にしか……」
ジュンイチに対し疑問の声を上げ――しかし、その言葉を最後まで言い切るよりも先に、なのはは自らその答えにたどり着いていた。
あまりにも気に“しなさすぎて”忘れていたが、そもそもヴィヴィオは、何者かが作り出した人造魔導師だったのだ――となると、当然のことながら彼女の“オリジナル”がいなければ彼女は生まれ得ないことになる。
そしてこの状況――答えは容易に導き出された。
「まさか……ヴィヴィオの“オリジナル”って……!?」
「そういうことだ……!」
ヴィヴィオの放つ波動に耐えるその姿勢のまま、ジュンイチはなのはのつぶやきに答えた。
「ヴィヴィオが生まれる、その礎になった、アイツの“オリジナル”は――」
「“最後のゆりかごの聖王”、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト」
「聖王家の、正しく継承されてきた血を、アイツはその身に宿してる……だからこそ、アイツは正しく“カイゼル・ファルベ”を発現できる……!
とはいえ、今まではアイツ自身が使えずにいたから、発現しなかったんだが……!」
「そう。
今のヴィヴィオちゃんは、私のシルバーカーテンによる暗示で全能力がリミッター解除状態。
“カイゼル・ファルベ”の発現も、思うがままというワケよ♪」
「まったく――どこまでも“いらんことしい”だな、てめぇはよ!」
クアットロに言い返し――ジュンイチも“力”を解き放った。防壁を一気に炸裂させ、ヴィヴィオの“カイゼル・ファルベ”の奔流を吹き飛ばす。
「ヴィヴィオ、もうやめて!」
「だから――待てっつってんだろ!」
その結果、状況が仕切り直される――再びヴィヴィオに向けて駆け出そうとしたなのはを、ジュンイチはあわてて制止した。
「放してください!
あの子を止めないと!」
「あー、そうだね! オレもそう思うさ!
でも――それでお前を出すのはミスジャッジだって言ってんの!」
なのはに答え、引き戻すと同時、空いている右手で腰に差してある“紅夜叉丸”を抜き放つ――瞬時に爆天剣へと“再構成”し、ジュンイチはヴィヴィオの放った魔力弾を弾き飛ばす。
「お前の戦闘スキルで、どーやってアイツを止めるつもりだ!? 砲撃で吹っ飛ばす絵しか思いつかんわっ!
だいたい、お前自身オレにブッ飛ばされたダメージが残ってるだろ! 今のコンディションじゃ、止める手段があったとしてもまともに撃てやしねぇだろ!
いいから、今は下がって守られてろ! オレがなんとかするから!」
「で、でも……!」
告げるジュンイチの言葉に、なのははそれでもあきらめきれない。ためらいを多分に含んだ視線をヴィヴィオに向けて――
「そうねー♪
高町なのはさん――あなたは下がってた方がいいかもね♪」
そうなのはに告げたのはクアットロだった。
「でないと、一生懸命あなたを守ろうとしてくれてる、柾木ジュンイチの努力が報われないわよ?」
「………………っ」
それは何てことのない、ただ状況を指し示した、説明しただけの言葉――しかし、その言葉にジュンイチが思わず唇をかんだのを、なのはは見逃しはしなかった。
自分達と戦った時とは明らかに違う、焦りすら感じる今のジュンイチの態度に、言い知れぬ不安を覚える――が、そんな彼女にかまわず、クアットロはジュンイチへと視線を向け、
「まぁ、あなたが彼女を守りたい気持ちも、わからないではないのよねぇ……
だって……」
「あなたのせいで、危うく彼女の夢が失われるところだったんだから」
「え………………?」
その言葉に、なのはは思わず言葉を失った。
自分の夢が失われかけた時――クアットロが差しているのが何か、すぐに思い至る。
というか、さほど考えるまでもない――かつて自分が重傷を負った“撃墜事件”の時のことだ。
同時に思い出すのは、あの時、意識も満足に戻らない自分のもとを訪れた、ジュンイチと思われる人物の来訪の記憶――
「ジュンイチさん……
それって、どういう……?」
「……黙れ…………」
尋ねるなのはだったが――ジュンイチの耳には届いていない。ギンッ! とクアットロをにらみつけ、しぼり出すように告げる。
しかし、クアットロは止まらない。ニヤニヤといやらしい笑みと共に、なのはに向けて告げる。
「高町なのはさ〜ん?
知らないのなら、教えてあげましょうか?」
「…………黙れ……」
ジュンイチの言葉が繰り返されるたび、重く、冷たくなっていく――しかし、クアットロは止まらない。
「8年前のあの日――」
「…………黙れ……!」
「あなたが魔導師生命の境をさまよったあの撃墜事件はね――」
「…………黙れ……っ!」
「そこにいる彼――柾木ジュンイチのせいで起きたものなのよ」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
咆哮と共に――ジュンイチが爆発した。全身からあふれ出した“力”が燃え上がり、炎をまき散らしながらクアットロに向けて地を蹴る。
一瞬にしてクアットロを間合いに捉え、爆天剣を振るい――
楯となったヴィヴィオの眼前で止められた。
「………………っ!」
ヴィヴィオがクアットロの楯となり、ジュンイチはギリギリで刃を止める――強烈な静止に腕の筋肉が悲鳴を上げ、ジュンイチが顔をしかめ――そんなジュンイチの腹に、ヴィヴィオは静かに手をあてた。
「――――――っ!
ヤバ――」
気づき、ジュンイチの背筋が凍りつく――が、反応は間に合わなかった。ヴィヴィオの手のひらから強大な魔力弾が撃ち出され、ジュンイチを吹っ飛ばした。力場越しとはいえ直撃を受けたジュンイチの身体はマックスフリゲートの甲板に叩きつけられ、大爆発の中に消える。
「ジュンイチさん!」
そんなジュンイチに、思わずなのはが声を上げ――その瞬間、ヴィヴィオの姿はなのはの眼前にあった。
突然のことに思考が停止するなのはに向け、“力”を込めた手刀を振り上げ――
飛び込んできて、楯となったジュンイチを斬り裂いた。
“力”ではジュンイチのフィールドは抜けない。しかし手刀自体は力場を抜ける――操られたヴィヴィオの一撃はジュンイチの力場を突破し、内側で再びみなぎったヴィヴィオの“力”が、ジュンイチの身体を袈裟斬りに斬り裂く。
B級のスプラッタ映画のように、斬り裂かれたジュンイチの身体から鮮血が吹き出す――自分達がどれだけ攻撃を加えてもビクともしなかったジュンイチの身体がゆっくりと崩れ落ちていくその光景を、なのはは幻でも見るかのように呆然と見つめるしかない。
やがて、ジュンイチの身体が冷たい甲板に倒れ込み、飛び散った鮮血がなのはの頬に赤い斑点を描き出し――ここに至って、ようやくなのははコレが現実であることを理解した。
「――ジュンイチさん!
ジュンイチさん、しっかり!」
あわてて駆け寄り、呼びかけるが、ジュンイチからの返事はない――ただ彼から流れ出る真っ赤な血液が、周囲を赤く染めていくばかりだ。
「あらあら? もう終わりなのかしら?
天下の“黒き暴君”サマも、身内に手を上げられたらもろいものだったわねぇ♪」
そんなジュンイチを見下ろし、クアットロは冷たい笑みと共にそう告げて――
背後に展開した防壁に、ガリューの拳が叩きつけられた。
「インゼクト、いって……!」
そして、インゼクト達が一斉にクアットロへと襲いかかる――虫達を従え、ルーテシアはクアットロと真っ向から対峙した。
「あらあら……
そろそろ誰か来るだろうとは思ってたけど……まさかルーお嬢様とは思いませんでしたわ♪」
「ガリューに、運んでもらったから……
他のみんなも、もうすぐ来る……」
一旦後退、距離を取ってつぶやくクアットロに対し、淡々と答えるルーテシアだったが、
「あら、そうなんですの?
じゃあ、さっさと“お仕事”を終わらせないとね♪」
「させない……!
ガリュー!」
言って、悠然とヴィヴィオの元に向かうクアットロへと、ルーテシアは迷うことなくガリューをけしかけた。
一気に距離を詰め、ガリューが拳を繰り出し――
すり抜けた。
ガリューの拳は、何の抵抗もなくクアットロの姿を貫いた。これは――
「シルバーカーテン……!?」
「はい、正解♪」
その言葉と同時、ルーテシアの眼前に右手が差し出された。次第にクアットロが姿を現していく中、ルーテシアの眼前に突き出した右手に“力”が宿る。
「はーい、ルーお嬢様も、おとなしくしてくださいねー?」
その言葉と同時、シルバーカーテンの暗示を受けたのだろう、ルーテシアの身体が崩れ落ち――かかるが、“クアットロの操作で”持ちこたえた。そのまま、ガリュー達を呼び戻してクアットロと並び立つ。
「さて……それじゃあ、ヴィヴィオちゃんも確保できたことですし、私はこれで失礼させてもらいますわ♪」
「そんなこと――させない!」
告げるクアットロに答え、なのはが素早くレイジングハートを起動する――が、その時にはもう、クアットロはルーテシアに転送を指示していた。なのはの対応よりも早く、彼女達の姿は自分達の目の前からかき消えてしまう。
「そん……な……!」
後に残されたのは、自分と、倒れたままのジュンイチだけ――呆然とつぶやき、なのははその場にヒザをついた。
「何も……できなかった……
目の前に、ヴィヴィオがいたのに……手の届くところにいたのに……!」
その場にいなかったがためにどうすることもできなかった地上本部攻防戦の時とは違う、目の前で行われた奪取劇――何もできず、ただ見ているだけだった自分を殴り倒してやりたい衝動にかられて――
「………………っく……!」
「――って、ジュンイチさん!」
苦しみ、うめいたジュンイチの声に我に返った。あわてて駆け寄り、抱き起こそうとするなのはだったが、
「――――――っ!」
驚き、その手を引っ込めた――抱き起こそうとジュンイチの下に回したその手が真っ赤に染まっているのを見て、思わず息を呑む。
「そんな…………!
ジュンイチさん、しっかりしてください! ジュンイチさん!」
それでも、なんとか自らを叱咤し、ジュンイチを介抱する――懸命に呼びかけるなのはだったが、ジュンイチがそれに答えることはなかった。
ウェンディ | 「みなさんに悲しいお知らせがありますっス! 実は次回、今度こそガスケットが死ぬっス!」 |
ノーヴェ | 「何だって!?」 |
ウェンディ | 「でも大丈夫! 生き別れたガスケットの弟が助けに来てくれるっスよ!」 |
セイン | 「そうなのか? よぅし、そんじゃ、次回はガスケットの弔い合戦じゃあっ!」 |
ウェンディ | 「おーっス!」 |
ガスケット | 「ちょっと待てぇいっ! オレが死ぬ予定なんかないし、そもそもオレはひとりっ子だぁっ! ってゆーか何でオレ!? 今回のラストの展開考えたら、そこで“死者役”になるのはどう考えてもジュンイチだろうが!?」 |
ディード | 「……この光景、前にも見たような気が……」 |
ウェンディ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第104話『ゆりかご〜決戦の予感〜』に――」 |
5人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2010/03/20)