「………………」
 マックスフリゲートの一角――医務室の前は、重苦しい沈黙に包まれていた。
 スバルも、こなたも、そしてギンガやノーヴェ、ホクトも――その他のみんなも、誰もが目の前の状況に憤り、何もできない無力をかみ締めていた。
 そして、そんな彼女達よりも状況に押しつぶされそうになっているのが――
「…………なのは……」
「私……何もできなかった……!」
 なのはだ。メディカルカプセルの治療が終わり、解放されたフェイトの呼びかけにも、力なくそうつぶやくだけだ。
「ヴィヴィオが操られて……ジュンイチさんがやられて……ルーテシアまで……!
 なのに、ただ状況に流されるだけで、何もできなかった……!」
「貴様に罪はないさ。
 話に聞いた限りでの判断になるが……その状況では、私達でも何かできたか怪しいものだ」
「でも……そのせいで、ジュンイチさんが……!」
 ジュンイチは自分をかばったがために重傷を負い、こうして医務室に運び込まれているのだ。シグナムの言葉にも、なのはは納得できなくて――

「心配はいらん」

 突如医務室の扉が開いた。その奥から姿を見せたイクトが、落ち込むなのはにそう告げる。
「イクトさん!
 お兄ちゃんは……お兄ちゃんは大丈夫なんですか!?」
「さっさと答えろよ!
 ジュンイチはどーなったんだよ!?」
「『心配するな』――そう言ったぞ、オレは」
 すかさず詰め寄ってくるスバルやノーヴェにイクトが答えるのと同時、開かれたままの医務室の扉の向こうから何やら言い争う声が聞こえてくる。
「先生と……シャマルさん?
 何騒いでるんだろ……?」
「まさか……ジュンイチ、あのケガでヴィヴィオを助けに行こうとしてるとか?
 ジュンイチだったら十分ありえるっスよ」
「アイツも、ヴィヴィオのことはずいぶんと気にかけてたからなぁ……」
 首をかしげるこなたのとなりでウェンディが仮説を口にし、セインがそれに同意し――
「それ以前の問題だ」
『それ“以前”?』
 ため息をつき、イクトが答えた。一同がその言葉に首をかしげ――再び医務室内で声が上がる。
 先ほどよりも大声で、スバル達の位置からもその内容を聞き取れるほどの声量で言い争う、その内容は――
 

「なんで普通の治療なんだよ!?
 せっかくメディカルカプセル作ったのに!」
「あんなネタ機器で治療なんて、私の医者としてのプライドが許さないんですよ!」
「体験しといてそーゆーコト言うか!? すっかり完治してるじゃねぇか!」
「そもそも誰のせいであのカプセルのお世話になったと思ってるんですか!?」
「オレですが何か!?」
「開き直りですか!?」
「あー、そうさ、開き直るとも!
 それであのカプセルを使う方向に話が向くのなら!」
「向かないですし向けませんっ!」

 

「…………確かに、飛び出す、飛び出さない“以前”の問題だよ……」
「お、お兄ちゃん……」
「シャマル先生まで……」
 明らかに言い争う内容が間違ってる――にも関わらず真剣に意見をぶつけ合わせるジュンイチとシャマルのやり取りに、こなたが、スバルが、ティアナが呆れまじりにため息をつき、
「あー、もう、いい加減にしろ!
 おとなしく治して、おとなしく治されてろ、お前ら!」
 一方で、愚にもつかないことを言い争う二人に対し、マスターコンボイがキレていた。
 と――
「まったく……何してるんですか」
 目の前の光景にも動じることなく医務室に入り、手にしたバインダーでシャマルとジュンイチの頭を小突くのはマグナである。
「ジュンイチ、今はおとなしく治されてください。
 もうそろそろなんですから」
「え? もうそんな時間?」
「えぇ」
 思わず聞き返すジュンイチに対し、マグナはあっさりとうなずいた。
「もうすぐ――」

 

「ノイエ・アースラとのランデブーの時間です」

 

 


 

第104話

ゆりかご
〜決戦の予感〜

 


 

 

「放して! はーなーしーてーっ!」
「そうはいかないのよ。残念ね♪」
 その頃スカリエッティのアジト――泣きながらも精一杯の抵抗を見せるヴィヴィオに対し、クアットロは後ろから両肩をつかむ形で彼女を押さえつけていた。
 その場には、他のナンバーズも勢ぞろい――ヴィヴィオの泣き声に顔をしかめているトーレやセッテ、ヴィヴィオに気遣わしげな視線を向けるチンクやディエチ、我関せずといった様子のオットー、そしてメインモニターに映る映像に見入るスカリエッティの傍らにはウーノが控えている。
「なるほど……大したものだ。
 完全に覚醒したワケでもなく、“力”をただぶちまけるだけの戦い方でここまでとは……
 今からコレでは、果たして真の力を解放した時、どれほどの力になるのか……」
 モニターに映し出されるのは、先のヴィヴィオ奪取劇の一部始終――言うなり、スカリエッティは振り返り、ヴィヴィオの顔をのぞきんだ。
「ひ………………っ!」
 ギロリ、と異質な欲望に満ちた視線を間近から向けられ、ヴィヴィオの泣き声が一瞬にして引っ込む――思わず逃げ出そうとするが、
「おっと、そうはいかないのよ♪」
 クアットロがそれを許さなかった。しっかりとヴィヴィオの肩をつかまえて放さない。
「いやーっ! 放してーっ!」
「残念だけど、今のあなたは“力”も使えないただの小娘。
 逃げられるものなら逃げてみなさい♪」
 再び泣き叫び、抵抗するヴィヴィオを抑え込み、余裕の笑みと共に告げるクアットロだったが――
「え………………?」
(『逃げる』……?)
 その言葉は、ヴィヴィオにとある記憶を思い出させていた。

『いいか、ヴィヴィオ。
 ぶっちゃけ言って、今のお前には何の力もない――お前を狙ってる“スカリエッティと愉快な仲間達”はもちろん、そこらのチンピラにだって、まともにやったんじゃかなわない。基本的に“逃げる”ことが第一になる。
 だから――代わりに“技”を教えたいと思う』

 そう。それはジュンイチが自分に護身の技を教えてくれた時の記憶――

『まず、後ろから組みついてきた相手の足を、体重任せに思い切り踏みつける。
 この時、つま先を狙うのがポイントだ』

「………………ふんっ!」
「ふぎゃっ!?」
 思い出すと同時、ヴィヴィオは迷わず実行に移した。つま先を思い切り踏みつけられ、クアットロが悲鳴を上げ――

『次。
 普通ならひるんだ相手の顔面にヒジ打ちをかますんだが……お前の場合身長がちょっと……な。
 だから、顔面ではなくみぞおちを狙うんだ』

「たぁっ!」
「がふっ!?」
 続いて、振り向きざま、みぞおちにヒジ打ち一発。クリーンヒットを許し、クアットロの身体が「く」の字に折れ曲がり――

『最後。
 前のヒジ打ちで相手がかがみ込んで、頭の位置が下がってるはずだから、それを地面に叩き落とす。
 技は何でもいい。とりあえず相手の頭の位置と相談する形になるけど……とりあえず地面とのサンドイッチを狙えるカカト落としが個人的にオススメかな?』

「やぁぁぁぁぁっ!」
「ぶべっ!」
 そして仕上げはカカト落とし――先の体勢からさらにヒザをつき、ヴィヴィオの胸元辺りまで下がっていたクアットロの脳天を直撃。顔面から地面に叩きつける!
 意外な展開に、その場に沈黙が落ちる――誰もが言葉を失う中、ヴィヴィオはわたわたと地に伏すクアットロから離れる。
「えっと……
 この後って……?」
 とはいえ、現状からしてヴィヴィオの方もいっぱいいっぱいだ。懸命に自分の記憶を発掘、これから“すべきこと”を思い出す。
「……そ、そうだ!」
 どうやら思い出したようだ。慣れない仕草でクアットロを指さし、言い放つ。
「え、えっと……
 あ、『あなたには、くんふーがたりないわ』っ!」

 ………………
 …………
 ……

「いや、そりゃ足りないだろう。戦闘タイプじゃないのだから」
 がんばってくれたようだが、せっかくの勝ちセリフがたどたどしくていろいろと台無しだ。ため息をつき、トーレはヴィヴィオのえり首をつかんで持ち上げる。
「やれやれ、やはり子供だな。
 クアットロから逃げられても、私達全員から逃げられるはずがないだろう」
 先ほどのクアットロへの反撃は素人にしては上出来と言って差し支えないものだったが、それもこうして持ち上げられてはどうしようもないだろう。息をついてトーレが告げて――
「だって、あのお姉ちゃんとおじさん、お顔が恐いんだもんーっ!」
「………………」
 彼女の抵抗の一番の理由が明らかになった。“恐い顔”呼ばわりされたクアットロとスカリエッティにちょっとだけ同情するトーレだったが、
「フッ、まぁいいさ。
 “聖王の器”はこうして手に入ったのだから」
 一方、“恐い顔”呼ばわりされてもスカリエッティは動じない。動じるワケがない。トーレに吊るされたヴィヴィオの顔をのぞき込み、
「歓迎するよ。
 キミのおかげで、私の“夢”は現実のものとなりそうだ」
「そんなことないもんっ!」
 対し、ヴィヴィオは涙目になりながらもスカリエッティの言葉にそう返してきた。
「あなた達なんか、ママやパパが絶対にやっつけてくれるんだから!
 絶対に、助けに来てくれるもん!」
 そうだ。自分の大好きなあの二人なら、絶対に自分を助けに来てくれる――そんな想いと共に反論するヴィヴィオだったが、
 

「別に、それでもかまわないよ」
 

「え………………?」
 あっさりと答えたスカリエッティの言葉に、ヴィヴィオは泣くことも忘れて目を丸くする。
「あぁ、そうさ。かまわない。
 もっとも――私の“目的”が果たされた後なら、という前提が加わるがね。
 その後だったら、いくらでもやっつけられてあげようじゃないか」
「もくてき……?」
「さて……一体なんだろうね?」
 思わず聞き返すヴィヴィオに対し、スカリエッティはそう答えながら傍らのワゴンに載せられたケースに手を伸ばした。
 手馴れた操作でケースのボタンを押し込み、ケースがゆっくりと開かれていく――そこから姿を現したのは、皆がよく知る赤い結晶。
「キミはただ、私に身を委ねてくれればいいのだよ」
 言って、スカリエッティはウーノに“レリック”を渡し、改めてヴィヴィオへと向き直る。
「安心したまえ。
 キミが私の行いの意味を知る時には、すべてが終わっているさ――」
 

「私“達”の望んだとおりの世界で、ね……」

 

 

「さて、と……」
 ノイエ・アースラと合流し、彼の身はノイエ・アースラの医務室へと移された――ベッドの上で上体を起こし、ジュンイチは目の前に並ぶ、はやて以下六課の主要メンバー達を前に息をついた。
「みんな、いろいろと言いたいこと、聞きたいことがあるんじゃない?」
「その通りです。
 ジュンイチさん――知ってること、いろいろと教えてもらいますよ」
「別にいいよ。
 オレの答えられる範囲内の話でもよければ、一通り教えてやるよ」
「わかりました」
 告げるジュンイチにそう答えると、はやては息をつき、告げた。
「単刀直入に聞きます。
 ジュンイチさんの目的は何なんですか?」
「秘密」
 即答された。
「ナイショ。極秘。トップシークレット♪
 言ったでしょ? 『答えられる範囲内の話でもよければ』ってね」
 さらにダメ押しまでされた。
「まぁ……他にも聞きたいことはあるでしょ?
 そっちに答えていく中で、ひょっとしたら今の“答え”にたどり着くヤツがいるかもね」
「…………むしろ、『自分達で“答え”に気づけ』って言われてる気がするんですけど」
「さて、どうだかね」
 挑発的な物言いに思わずムッとするフェイトだったが、ジュンイチは動じることもなくそう答え――
「ならさっそく」
 ジュンイチに対し口を開いたのはライカだった。なのはをチラリと一瞥し、ジュンイチに尋ねる。
「スカリエッティ側の戦闘機人達は、ヴィヴィオを“聖王の器”って呼んでた。
 アンタのところに居候してた連中――ノーヴェとセイン、ウェンディにディード、だったかしら。あの子達は何も知らされてなかったけど……ジュンイチ、アンタなら知ってるんじゃない?
 ヴィヴィオが“最後のゆりかごの聖王”、オリヴィエのクローン体だと知ってたアンタなら、ね」
「…………ご名答。
 その辺についても知ってるよ――と言っても、集めたデータから知っただけのことだけど」
 あっさりと答えると、ジュンイチもまた一瞬なのはに視線を向け、そこから一同を見渡しながら話し始めた。
「記録の日付から察して10年くらい前のことだ。聖王教会のある司祭が、聖遺物管理という重職に就いてた」
「“せいいぶつ”……?」
「信仰の対象となる神様のものとされている遺物のことよ。
 聖王教会で言うなら、古代ベルカ時代の聖王の持ち物とか、遺骨とかのことね」
 難しい単語に首をかしげるホクトには、ティアナがていねいに説明する――さすがはスバルの扱いに慣れているだけのことはある。ホクトもあっという間に懐いてしまったようだ。
「ところが、その司祭様ってのが、当事そこにいたあるシスターと、まぁ……男と女の関係、ってヤツになっちまってな。そのシスターの求めるままに、聖遺物のひとつ、聖骸布に手をつけちまった」
「聖骸布……聖人や、神の亡骸を包んだとされる布ですね?」
「あぁ。
 普通の、神様を信仰する宗教とかじゃ偶像崇拝が基本だから、たいていの聖骸布はまがいもの……って言い方はアレだけど、実際に神様の亡骸とかをくるんだりしたものじゃない。
 けど……実在した古代ベルカの、聖王家を信仰する聖王教会となると話は別だ。実際に、亡くなったオリヴィエ・ゼーゲブレヒトの遺体をくるんだ聖骸布が、聖王教会には存在したんだ」
 自分の知識を脳内から掘り返し、つぶやくみゆきにジュンイチが説明する。
「ところが、その司祭様のお相手ってのが、実はスカリエッティのスパイでね。聖骸布はアイツの手に渡っちまった。
 そして……そこに残された血痕から、DNA情報が取り出された。
 もっとも、DNAそのものが取り出されたワケじゃない。DNAだって有機成分だからな。時間が経てば死滅する。
 そこに残された痕跡から、連中はそこに染みた血液にどんなDNAが含まれていたのか、逆算によって正確に突き止めていった……
 そしてそれは、各地の裏社会関係の研究所にばらまかれ、興味を惹かれたマッドサイエンティストどもはこぞって聖王の再生に取り組んだ。
 それが、スカリエッティ一派による誘導だとも知らずにな」
「そして生まれたのが……ヴィヴィオ……」
 つぶやくなのはには気づいていたが、ジュンイチはただうなずくのみで話を続ける。
「で、後は生まれたヴィヴィオをぶん取れば良し……ってはずだったんだけど、そこでスカリエッティ達にも誤算と言える事態が発生した。
 輸送中だったヴィヴィオが覚醒して、奪取に動いたガジェットをオリヴィエから受け継いだ“聖王の資質”――聖王の血筋に遺伝子レベルで組み込まれた防衛能力の赴くままに返り討ち。自分もそのまま逃走してしまった。
 自分を生み出した研究所で、聖王の遺伝子データとは別ルートからサンプルとして横流しされていた、“レリック”と一緒にな。
 で……後はお前らも知っての通りだ。
 ヴィヴィオについてはそんなところ。他には?」
 いきなりとんでもない感じの話が飛び出してきた。続きを促すジュンイチの言葉に、一同は顔を見合わせて――
「じゃあ……私からいいかな?」
 次に手を挙げ、告げるのはこなたである。
「質問するのは隊長格だけ、ってことはないでしょ? 先生、そんなの気にする人じゃないし」
「とーぜん。
 どうぞどうぞ」
 あっさりと答えるジュンイチに、こなたは息をつき、尋ねる。
「先生……なんだよね?
 スカイクェイクに、ミッションプランを提供していたのは」
「あぁ。
 いくつかのミッションはスカイクェイクが自分で考えてたけど……ほとんどのミッションはオレがプランを立て、スカイクェイクがその指揮を執る、って形をとっていた」
「そう」
 ジュンイチの答えは、彼女の予想通りのものだったようだ。満足げにこなたはうなずいて――告げる。
「つまり……先生はそうやって“ミッションプランを立てられるくらいには”状況を正確に把握していたワケだ」
「………………へぇ」
 こなたのその言葉に、ジュンイチはそこに秘められた意味を読み取って笑みを浮かべた。
「さすがはこなた、ってところか?
 執務官志望のお二人、完全に形無しじゃないか」
「はっはっはっ、もっとほめてくれたまえいっ!」
「ち、ちょっと待ってよ!
 何? どういうこと?」
 ジュンイチにほめられ、胸を張るこなただが、“形無し”呼ばわりされたひとりであるティアナとしては黙ってはいられない。二人の間に割って入るが、
「単純な話だ」
 口を開いたのはマスターコンボイだった。
「つまり……泉こなたはこう言いたいんだろう。
 “柾木ジュンイチは、この事件について、ここにいる誰よりも詳細に状況を理解している”――とな」
 その言葉に、一同の視線がジュンイチに集まる――注目を受けながらも、ジュンイチは落ち着いたものだ。軽くため息をつき、肩をすくめてみせる。
 そんな軽薄な態度にももう慣れた――あくまで真剣な表情を崩さず、なのはが代表してジュンイチに尋ねる。
「ジュンイチさん……正直に答えてください。
 この事件について……どのくらいまで知ってるんですか?」
「んー……」
 そんななのはの問いに、ジュンイチはしばし考える仕草をみせ、
「とりあえず……その気になったら地上本部襲撃を完封できてた、くらいには」
「え………………?」
 あっさりと告げられたその言葉は十分に驚愕に値する――予想のはるか上をいくジュンイチの言葉に、なのはは思わず動きを止めていた。
「イレギュラーがあったとしたら、予想以上の戦闘能力を見せたマスターギガトロンやマグマトロンの出現、それからヴィヴィオ達のランダム転送……そのくらいかな?
 その辺を除けば、他はおおむね事前に予測した通り――アインヘリアル戦のあたりまでは、ほぼ全部オレの予測どおりに事態は動いていた。
 だから――」
 

「オレが本当の意味で“その気”になったら、こんな戦い、いつでも、どうにでもできた」
 

『――――――っ!?』
 とんでもないことを断言してくれたジュンイチの言葉に、一同の間に衝撃が走り――
「…………つまり……こういうことですか?」
 震える声で、それでもジュンイチに尋ねたのははやてだった。
「ジュンイチさんは、この戦いを……今の話の通りだとしたら、少なくとも地上本部襲撃の前までなら、いつでも解決させることができた……それだけの情報をつかんで、それだけの予測を立てられていた。
 つまり――」
 

「ジュンイチさんは、地上本部襲撃が起きるのを“わざと放置した”」

 

「うん」

 

 本当に、何でもないかのようにあっさりと答えが返ってきた。平然と答えるジュンイチに、一同は思わず息を呑み――
「どういうつもりだ!」
 真っ先に激昂したのはシグナムだ。ジュンイチに詰め寄り、その胸倉をつかみ上げる。
「なぜすべてを知っていながら、手をこまねいていた!
 そのせいで、多くの者が傷ついて、苦しんでいるんだぞ!
 なぜ口をつぐんだ!? なぜ伸ばせたはずの手を伸ばさなかった!?
 強者の傲慢か!? そんなに弱者をもてあそぶのが楽しいか!?」
「うん、すっごく」
「な………………っ!?」
 あっさりと返ってきた答えにシグナムは思わず言葉を失い――
「…………茶番はそのくらいにしておけ」
 口をはさんだのはマスターコンボイだった。
「スバルの尊敬するほどの師が――そんなサド趣味でこんな事態を招くものか。
 話してもらおうか。貴様の企みとやらを」
「ありゃりゃ、そーゆー信用の仕方をしてくるか。
 そんな言われ方されたら、話す以外の選択肢なんかないじゃねぇか」
 マスターコンボイの言葉に、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめてみせる。
「とはいえ……この戦いをどうにでもできた、っていうのは本当だぜ。断言したとおりにな。
 けど――“それじゃ何の意味もない”から、オレは手出しを控えたんだ」
「意味が、ない……?」
 思わず聞き返すギンガの言葉に、ジュンイチはため息をつき、逆に尋ねた。
「じゃあ聞くけど――この世界は、誰が守るべきだと思う?」
「え………………?」
「お前らが望むなら、今すぐヤツらのアジトに乗り込んでやるよ。
 連中は確かに強いけど、対応するよりも早く叩いちまえば関係ない。
 幸い潜入戦も得意でね。連中に気づかれないうちに忍び込んで、トラップをしこたま仕掛けて――そうすりゃ、一気にスカリエッティのアジトをとしてヴィヴィオを取り返すことは不可能じゃない。
 後手に回ったならともかく、先手を取ったオレがどれだけ始末に負えない相手に化けるか……隊長格の皆さんは、つい先ほどその身をもって思い知ったはずだよね?」
 自分の問いに首をかしげるはやてに答え――ジュンイチはそこで一度息をつき、告げた。
「けどな……」
 

「お前らはそれでいいのか?」
 

 その言葉に――全員が気づいた。
 ジュンイチが何を言いたいのかを。
「ここでのんびり、オレに全部任せて、なのは達はヴィヴィオの帰りを待って、ノーヴェ達は姉達が止められるのを待って――お前らはそれでいいのか?
 それでいいっつーなら今すぐ動いてやる。お前らに平和をくれてやる。何なら、アフターサービスとして事件の後の混乱もきっちり鎮めてあげたっていい。
 お前らを平和の中で飼い殺しにする、そんな“飼い主”になることだってやぶさかじゃないぜ、オレは。それだって“力のある者”の責務で、そもそもオレの生まれも“そっち側”だ。
 さぁ、どうする?」
 ジュンイチの言葉に、一同は思わず顔を見合わせて――
「そんなに悪ぶらなくてもいいですよ」
 そうジュンイチに告げたのはギンガだった。
「ジュンイチさんは、私達にそうしてほしくなかったから……そんな人間になってほしくなかったから、だからあえて、自分の手だけで終わらせるようなことをしなかった……
 すべてを終わらせたりせずに、私達がみんなで事件に立ち向かえるようにその余地を残していた……そうじゃないんですか?」
 告げるギンガのその言葉に、なのは達は一様に感じていた。
 つまり、ジュンイチはこう言っているのだ――勝利は、平和はそれぞれが自らの手で勝ち取るべきものなのだと。
 どれだけ力があろうと、自分がやっていいのはそのための援助までがせいぜい。それ以上はたとえできたとしても許されるものではないと。
「…………すまない、柾木。
 私が言いすぎた」
「謝るなよ」
 そう考えると、先ほどの自分はどれほど思い上がったことを言っていたのか――頭を下げるシグナムに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「シグナムはシグナムで、間違ったことは言ってないさ。
 オレが手を出さなかったことで泣いたヤツは、確実にいるんだから……」
 言って、ジュンイチは自らの手元へと視線を落とす――まるで自分の罪をかみ締めるかのようなジュンイチのその姿に、なのはは思わず声をかけようと口を開き――
「………………よしっ!」
 そんな彼女よりも先に声を上げたのはスバルだった。マスターコンボイへと向き直り、告げる。
「行こう、マスターコンボイさん!」
「い、行く、って……どこへだ?」
「もちろん、出動に備えて準備を万端にしておかないと!」
 いきなりのことに困惑するマスターコンボイだったが、そんな彼に対し、スバルは「何を当然のことを」と言わんばかりにそう答える。
「お兄ちゃん、あたし達にできないことは絶対にやらせようとしない!
 だから……信じてくれてるんだよ。あたし達にならきっとできるって!
 お兄ちゃんが信じてくれてる――だったら、あたし達がそれに応えなくてどうするの!?」
「だからって、勝手に人を引っ張るんじゃ……こ、こら、えり首をつかむな! ノドがしまっ、ぐえっ!?」
「こ、こら、スバル!
 あんたはまたそーやってマスターコンボイをムリヤリ巻き込んで!」
 戸惑うマスターコンボイを引きずるように連行し、スバルが医務室を飛び出していく――ティアナ達残りのフォワードメンバーもその後を追って飛び出していき、医務室にはジュンイチや隊長格、そしてついていかなかったギンガが残された。
「まったく、あの子達ってば……医務室で騒ぎすぎよ」
「それ、さっきオレの胸倉つかんで大声張り上げたアンタらのリーダーにも言うべきだと思うんだけど」
「う゛………………っ」
 ため息をつくシャマルやツッコむジュンイチの言葉に、二人の後ろでシグナムが思わずうめき――
「………………さて」
 スバル達がいなくなり、ギンガは軽く息をつくとジュンイチへと向き直った。
「それじゃあ……ジュンイチさん」
 

「回りくどいやり方をした“本当の理由”、聞かせてくれませんか?」
 

『え………………?』
 その言葉に、なのは達の目がテンになる――そんな彼女達の反応に、傍らで様子を見ていたアリシアは思わずため息をついた。
「あのねぇ……みんな、この人の性格は思い知ってるでしょう?
 この人が、さっき言ったような他人想い全開の理由を一番に持ってくるはずないでしょうが」
「あのさぁ……確かにその通りなんだけど、そういう言い方やめてくんない?
 一応“理由のひとつ”には違いないんだからさぁ」
 アリシアの言葉に、ジュンイチが苦笑まじりに肩をすくめる――その言葉に、はやてはジュンイチへと視線を戻し、
「じゃあ――ホントにあるんですか?
 こんなやり方した理由が、他にも!?」
「あぁ」
 あっさりとジュンイチはうなずいた。
「ただ……ひとつ訂正だ。
 『こんなやり方をした理由』じゃない。
 『こんなやり方を“するしかなかった”理由』だ」
「どういうこと?
 その辺、私達も聞かされてないんだけど」
 聞き返すイリヤを「まぁ待て」と制すると、ジュンイチは息をつき、
「逆にお前らに聞きたいんだけどさ……
 この事件、誰を倒せば終わるんだろうな?」
『………………?』
 予想外といえば予想外の問いに、なのは達は思わず顔を見合わせて――
「スカリエッティです」
 そんな中、唯一フェイトだけはジュンイチの問いに即答してみせた。
「今回の戦いの中心はあの男が起こしている“レリック事件”です。
 なら、スカリエッティを叩けば……」
「他の、横から首を突っ込んできている連中は方向性を見失う。叩くのも容易になる……か」
 付け加えるシグナムの言葉にフェイトがうなずくが――
「ブーッ、不合格」
「え………………?」
 あっさりとジュンイチはダメ出ししてくれた。
「あー、すまん、テスタロッサ、シグナム。
 今の答えでは、オレも貴様らに合格点はやれん」
「い、イクトさんまで!?
 どういうことですか? 何か見落としでも?」
「あるよー。しかもドデカイのが」
 聞き返すフェイトに答えると、ジュンイチははやてへと視線を向け、
「えっと……はやて。
 お前やファイの“仮説”……コイツらには伝えたの?」
「あ、はい……
 レジアス中将とスカリエッティのつながりについては……」
 ジュンイチに答えかけ――はやてはふと動きを止めた。
「まさか、ジュンイチさん……レジアス中将も“倒すべき敵”だと?」
「あー、違う違う。
 話の流れから、そう思うのもムリのない話だけどさ」
 尋ねるはやてに対し、両手をパタパタと振ってジュンイチが答え、
「お前ら……その仮説の流れで、ひとつだけおかしなことがあるのに気づかないか?」
「“おかしなこと”……?」
「そう。
 あの筋肉ダヌキがスカリエッティと通じてるとして、だ……管理局が長年追いかけてるのに、尻尾ひとつつかませなかったスカリエッティを、あのおっさんはどうやって見つけたんだ?」
「え………………?」
「仮に見つけられたとしても、相手はあのレジアスのおっさんだぞ。
 武闘派、且つ潔癖なあのおっさんが、いくら追い詰められてたってスカリエッティなんかと手ェ組むかね?」
「そ、それは……」
 ジュンイチの言葉になのはが、フェイトが声を上げる――それに答える形で続けるジュンイチの言葉に、はやては思わず返事に窮して黙り込む。
「いるんだよ。
 スカリエッティとおっさんを引き合わせ、且つ絶対に渋るであろうおっさんをムリヤリにでもスカリエッティと手を結ばせることのできる、そんな黒幕がさ」
「まさか、ジュンイチさんが“遠回り”していた一番の理由って……」
「その“黒幕”を、引きずり出すこと……!?」
 うめくようにつぶやくなのはやフェイトに、ジュンイチは無言でうなずくことで肯定してみせた。
「でも、一体誰が……?」
「わからない?」
 つぶやくはやてだったが、そんな彼女にジュンイチが尋ねる。
「少し考えればわかると思うんだがねぇ。
 “ヒント”ならもう挙がってるよ」
「ヒント……?」
 ジュンイチのその言葉にヴィータが首をかしげると、
「…………おい……ちょっと待て……!」
 青ざめた表情で口を開いたのはイクトだった。
「確かに、『少し考えればわかる』ことだがな……!」
「イクトさん……!?」
 だが、その表情はどう見ても尋常なものではない。首をかしげ、尋ねるフェイトにイクトは答える。
「柾木が言ったはずだ。
 『レジアスの抵抗を無視してでも、スカリエッティと手を組ませることのできる存在だ』と。
 それはつまり……“レジアス以上の権力を持つ存在”だということにならんか?」
『――――――っ!?』
 イクトの言葉の意味するところを悟り、一同の顔から一斉に血の気が引いた。
「……お前らの考えてる通りだ」
 そして、ジュンイチは非情にもそんな彼女達の戦慄を肯定してみせた。
「レジアスの“上”なんて、もう考えるまでもないだろう?」
「うん……」
 そのジュンイチの言葉に、はやては視線を落とし、結論を口にした。
「ジュンイチさんの見つけた、事件の“黒幕”は……」
 

「ミッドチルダ地上本部……最高評議会……!」
 

「局に身を置くお前らだ。否定したい気持ちもあるだろうがな……」
 言葉を失う一同だが、元々把握していたジュンイチは落ち着いたものだ。冷静に告げながら手元の端末を操作し、
「調べてみたら案の定。
 巧妙に隠されてはいたけど、隠し方のクセさえ見つかれば、後は楽なものだったよ」
 はやて達の周りにウィンドウを片っ端から表示した。そこに表示されたのは、通信記録や資金、資材の流れ……レジアス、スカリエッティ、最高評議会、三者のつながりを示す証拠のデータの数々だった。
「まぁ、隠し場所が、他の幹部の不正データの影、っつーのが、厄介といえば厄介だったな。
 おかげで関係ない裏データがごっそり――まぁ、そっちもそっちで有効活用させてもらったけどね」
「そうか……
 地上本部崩壊の直後に流れた裏データは、そうやって……」
 付け加えるジュンイチの言葉に、フェイトもまた納得してつぶやくが、
「ただな……フェイト」
「はい?」
「お前にとっては、ちっとばかり厄介なデータも見つけちまった。
 それが……これだ」
 そんなフェイトに対し、ジュンイチは新たなデータを表示した。
 戦闘機人――いや、人造魔導師の製造データだ。
 だが――フェイトを驚愕させたのはそこに記された名前だった。
 製造された個体につけられた、人造魔導師の名前、それは――
 

「“ジェイル・スカリエッティ”……!?」
 

「おいおい……マジかよ……!?」
「スカリエッティも、人造魔導師だってのか……!?」
「魔導師としての適性は怪しいものだから、人造“魔導師”って言い方は怪しいものだけどな」
 明かされた意外な事実に、ヴィータやシグナムがうめく――あっさりと肩をすくめ、ジュンイチはそう付け加えた。
「最高評議会が見つけ出し、生み出し、育てた異能の天才児……
 失われた世界の知恵と、限りない欲望をその身に秘めた、アルハザードの遺児……
 開発プロジェクト名、“プロジェクトULD”。その名が示す開発コードネームが……“UnLimited-Desire”。
 それが、ジェイル・スカリエッティの正体だ。
 最高評議会に道具として生み出された、って意味じゃ、ある意味ヤツも犠牲者だったのかもしれないな」
 そして、ジュンイチはベッドから降りた。なのは達と正対、一同を見渡し、告げる。
「もう言うまでもないだろうが、ハッキリ言葉にしてやるよ。
 たとえスカリエッティを止めて、逮捕したとしても……ヤツらがそのままじゃ何も変わらない。変えられない。
 第二、第三のジェイル・スカリエッティが生み出され、同じ事件が繰り返されることになる。
 だから……倒す。表舞台に引きずり出して、ブッつぶす」
「なるほど……そのために、スカリエッティを直接つぶすことはせず、連中を追いこむことに終始していたのか……」
「相手が相手。余力のある内に表だって連中と対立する姿勢を見せても、権力の壁に阻まれるだけ……
 だから、一気に攻め落とせるところまで、そうとはわからないように少しずつ、じわじわと攻めていくしかなかった、というワケか……」
 ハッキリと告げるジュンイチの言葉に、イクトやシグナムがつぶやき――
「だからって……!」
 うめくようにつぶやき、フェイトはジュンイチをにらみつけた。
「だからって、こんなやり方が許されるんですか!?
 地上本部を崩壊させて、幹部の悪事を暴露して……その上最高評議会の悪事を世界に明かすって言うんですか!?
 そんなことをすれば、ただでさえ混乱している世界がどうなるか……わからないんですか!?」
「わかるよ」
 だが、フェイトの剣幕に対しても、ジュンイチはあっさりとそう答え、
「で……だから何?」
「な………………っ!?」
 続く言葉に、フェイトは完全に言葉を失った。
「『許されるか』? 『世界がどうなるかわからないのか』? ンなもん、全部わかった上でやってるに決まってんだろ」
 そんなフェイトに対し、ジュンイチは容赦なくたたみかける。
「『大事になる』、『世間の混乱を避けるため』……
 そうやって問題を先送りしてきたから、スカリエッティの――いや、最高評議会の暴走を招いたんだろうが。そっちこそ、そのくらいわからんか?
 相手がどこの誰だろうと、どんなに世界に影響力を持っていようと、倒さなきゃならない相手なら倒さなきゃならないんだよ。
 元から嫌われ役だ。悪党呼ばわりおおいに結構。
 オレの身内に手ェ出すヤツは、最高評議会だろうが叩きつぶす――それだけだ」
 そう告げるジュンイチの視線には揺るぎない強さが宿っていた。その力強さに、フェイトは思わずひるんで――そこにジュンイチは容赦なくトドメを刺した。
「文句があるなら、他の案を提示してからにしてくれるか?
 代替案もなしにただ反対するだけなら、ガキのかんしゃくと変わらねぇんだよ」
「――――――っ!
 もういいです! 失礼しますっ!」
 ジュンイチの突き放すような物言いに、フェイトの感情が爆発した。言い放つなりきびすを返し、医務室から出て行く。
「あらら、怒らせちゃった」
《絶対にわざとのクセによく言うです》
 肩をすくめるジュンイチに答えるのは、今までのやり取りを黙して聞いていたリインである。
「ジュンイチさん……少し言いすぎですよ。
 フェイトちゃん、ただでさえそういうダーティな手を嫌うんですから……」
「あのくらいでいいんだよ」
 咎めるような視線を向けるなのはだが、ジュンイチはあっさりとそう答え、
「少なくとも……どっかの誰かと違って、言葉で叩きつぶすだけで反省してくれそうだ」
「う゛………………っ」
 それを言われると辛い。ジュンイチの言葉に、物理的に叩きつぶされるまで反省できなかったなのはは思わずうめき――
(それに……)
 ジュンイチがフェイトを怒らせた理由は他にあった。言葉にすることなく、ジュンイチはフェイトの出ていった医務室の扉へと視線を向けた。
(執務官候補のフェイトには、嫌われておいた方が後々都合がいいからな……)
 

〈“聖王の器”の状態はどうだい?〉
「問題ありません。
 気持ちよさそうに眠っています」
 コツコツと足音を立てて廊下を歩きながら、ウーノは通信してきたスカリエッティにそう答えた。
 その腕の中には、毛布にくるまれたヴィヴィオがスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠っている。
 彼女をこれから待つ“モノ”を考えると、一瞬胸が痛む――そんなウーノの脳裏に浮かぶのはグリフィスの姿だ。
(今の私を見たら、彼は私を軽蔑するかしらね……)
 ふとそんな考えにとらわれかかるが、すぐに自分の役目へと意識を戻す。
〈いよいよだ……いよいよこの時がやってきた〉
「この“聖王のゆりかご”を発見し、触れることができて以来、その起動はあなたの夢でしたから。
 そのために“聖王の器”たる素材を探し求め、準備も整えてきた……
 そのドクターの夢が、叶う時ですね」
〈まだまだ〉
 廊下を抜けて、広間のような広大な空間に出た。告げるウーノに対し、ウィンドウに映るスカリエッティは笑顔でそう答えた。
〈夢の始まりはここからなんだよ。
 古代ベルカの叡智の結晶、“ゆりかご”の力を手にして、ここから始まるんだ……
 誰にもジャマされない、楽しい夢の始まりだ!〉
(夢…………ですか……)
 スカリエッティの言葉に、ウーノは静かに視線を落とした。
 考える必要はない、と戦闘機人としての自分が告げる――だが、それでも考えずにはいられなかった。
(ドクターの夢はもうすぐ始まる……
 でも……私の夢は……)
 だが――そんな彼女の思考を、突然のアラートが断ち切った。
 これは――
「侵入警報!?」
 

「………………
 ……ボクの“猟犬”を発見した上に、一発でつぶしたか……
 キミ達の情報どおり、この先の洞窟がアジトで間違いないね」
「だからそう言ったろうが」
「今さら、あんた達にウソつく理由なんかないんスからね」
 探査のために放った“猟犬”が破壊された――自分の“力”の塊が破壊される感触に一瞬顔をしかめながら告げるヴェロッサの言葉に、ノーヴェやウェンディは口を尖らせて反論し、
「あたし達だって、こんな形で戻ってきたくはなかったさ。
 けど……しょうがないじゃんか。ジュンイチが『手伝ってやってくれ』って言うんだからさ」
「まったく……私達がどれだけ頼んでも聞いてくれなかったというのに、彼が頼んだ途端に態度が一変するんですから……」
 セインもまた、深々とため息をついてそう答え、となりのシャッハがその時のことを思い出してため息をつく。
 彼女達がいるのは、スカリエッティのアジトのある森の中――ノーヴェ達の案内で、スカリエッティのアジトの摘発の前に偵察に訪れていたのだ。
「しっかし、ロッサの“ソレ”も、大した探査能力っスねー。
 ちょっと座標教えただけで、ガジェットの警備網をかわしてセキュリティのあるところまで潜入するんスから」
「“無限の猟犬ウンエントリヒ・ヤークト”――これでも、はやてやカリムと同じ、古代ベルカ式の“希少技能レアスキル”継承者だからね」
 感心するウェンディに対し、ヴェロッサは自分の魔力でできた“猟犬”を1体、目の前に出現させて答え、一行はそのまま慎重に森の中を進み、茂みを抜けて――

 

『あ』

 

 そこにいたリュムナデスと鉢合わせてしていた。

 

『………………あぁぁぁぁぁっ!』
 一瞬お互いに呆けて――状況を脳が理解すると同時、両者は思わず声を上げた。とっさに間合いを開き、対峙する。
「リュムナデス!
 お前、どうしてここに!?」
「それはこっちのセリフだ!
 っつーか、この場に現れたんだぞ! 理由なんかひとつしかないだろ!」
「つまり、お前もスカリエッティが狙いか……!」
 セインに言い返すリュムナデスの言葉にヴェロッサがうめき――
「はぁぁぁぁぁっ!」
 咆哮と共にシャッハが突撃――繰り出されたヴィンデルシャフトの一撃を、リュムナデスは後退してかわす。
「おいおい、いきなり攻撃たぁ穏やかじゃねぇな」
「当然です。
 あなたが敵だと言うのなら、この場で叩くのみです!」
「ぬかせ!」
 戦意マンマンで答えるシャッハにリュムナデスが答え――彼の配下の瘴魔獣達が姿を現した。
 そのまま、両者はにらみ合い――
『――――――そこっ!』
 同時に、姿を現した警備のガジェット群に一斉砲撃を浴びせかける!
 

 一方、ノイエ・アースラと合流したマックスフリゲート――情報交換を終え、はやて達はそれぞれに次の戦いの準備に戻っていった。傷こそふさがりはしたが、体力の戻っていないジュンイチはシャマルからドクターストップをかけられ、医務室のベッドの上で自室から持ってきた本を読んでいた。
 『甘ったれの鍛え方(魔ジュニア:著)』――半分ほど読破したところでパタンッ、と本を閉じ、声をかける。
「マスターほっといて単独行動たぁ、ずいぶんといいご身分だな」
《何? その言い草。失礼しちゃうなー》
《私達も、用があればフェイト達と別れて動くことだってありますよ》
 ジュンイチの言葉に現れたのは、レイジングハートやバルディッシュを携えたプリムラとジンジャーだ。
「で? 何の用?
 こちとらすぐにでも動きたいのをなんとかガマンしてる真っ最中なんだけど」
《そういうことなら安心して。
 私達、頼みごとがあって来たの――聞いてくれれば動く口実になるかもね♪》
 尋ねるジュンイチにプリムラが答えると、彼女の頭の上に乗せられた赤い宝石、待機状態のレイジングハートが告げる。
However, request the reason is, there are not others.お願いというのは他でもありません
 You want to strengthen us.あなたに、私達を強化していただきたいのです
「お前らを……オレが……?」
 聞き返すジュンイチの問いに、レイジングハートはうなずくかのようにキラリと輝いてみせる。
「どういうことだよ?
 お前らにはシャーリーやマリーさんがいるだろ」
《うん……
 でも、それだけじゃ足りないと思ったんだよ》
 すでに一流のスタッフによって手入れを受けているのだ。今さら彼女達を差し置いて何を言いだすのか――真意を尋ねるジュンイチにはプリムラが答えた。
《ほら、最近、私達って負けっぱなしじゃない?
 マスターギガトロンにも負けて、ジュンイチさんにも……
 マリーさんやシャーリーちゃんのメンテだけじゃなくて……もっと違う人の、もっと違うアプローチでの強化も必要なんじゃないかって思ったの》
《そこで思い出したのが、あなたが作ったという“最後の切り札ラストカード”です。
 能力者ではあったけど、魔法については素人だったはずのナンバーズに、私のマスターフェイトの一撃を止めさせた――止められるほどに力を高めたあのデバイスを作り上げたあなたの力なら、私達をもっと強くできると考えたんです》
「なるほどねぇ……
 技術の高い・低いじゃなくて、別口のアプローチを求めたワケか……」
 それなら彼女達が自分を頼ってくるのもうなずける――プリムラとジンジャーの言葉に、ジュンイチは納得してうなずいた。
「要するに……お前らはオレに、自分達も“最後の切り札ラストカード”にしてもらいたい、と。そういうことか?」
It is as it.その通りです
Please.お願いします。
 Give us the power which keeps a master.私達に、マスターを守る力を
 レイジングハートが答え、バルディッシュ懇願する。そんな彼女達に対し、ジュンイチは――
「ムリ」
 あっさりと言い放った。
「できない。不可能。寝言ほざくな。一昨日きやがれベイベエ」
Why is it!?なぜですか!?
 思わず尋ねるバルディッシュに、ジュンイチは息をつき、
「あー、カン違いしてほしくないのは、お前らの強化が不可能、って意味じゃないってこと。
 設計データを見たけど、お前らのシステムはかなり余裕を持って組まれてる――今のパートナーと出会って10年以上。その間にいじられまくった現状でもまだまだいじる余地はあるし、なのは達もまだまだ強くなれる。
 オレが言いたいのは――お前らが強くなる、ってコトは、お前らの“最後の切り札ラストカード”化って手段では絶対になし得ない、ってことだ」
 ジュンイチのその言葉に、動けないレイジングハートやバルディッシュはともかく、プリムラとジンジャーは互いに顔を見合わせる――そんな彼女達にかまわず、ジュンイチは続ける。
「“最後の切り札ラストカード”を“最後の切り札ラストカード”たらしめている最大の要因――そいつぁデバイスとしての卓越した戦闘能力じゃない。
 むしろその影響が顕著に現れるのは使い手の方――扱う者の秘めている潜在能力を限界ギリギリまで引き出して、しかもそれを使いこな“させる”。それが“最後の切り札ラストカード”の真髄であり、存在定義だ。
 ウェンディ達がフェイト達の一撃に対応できたのも、アイツらの力を引き出し、効率よく使わせていたからこそだ。アレがなかったら、ウェンディ達は成す術もなく撃墜されてただろうね。
 なのは達は確かにまだ伸びる――けど、潜在能力的にはすでに引き出されきってる。ここからの伸びは、むしろ技術的な部分での問題だ。
 要するに、だ――すでになのは達の潜在能力を引き出しきっているお前らは、今さらいじくるまでもなく“最後の切り札ラストカード”としての役目を果たしちまってる、ってことさ。
 もうすでにできてることを今さらやったって、何の意味もない――それは、今の説明を聞けばわかってもらえるだろう?
 まだ伸びしろの残されてるスバル達――アイツらのマッハキャリバー達を“最後の切り札ラストカード”化するんならまだしも、お前らを“最後の切り札ラストカード”化することには何の意味もない。 作業時間と希少素材の無駄遣いさ」
Butしかし……〉
 話は理解できたが、それでは現状を何も打破できないということではないか――あっさりと告げるジュンイチの言葉に、レイジングハートはまだ納得できない様子だったが、
「大丈夫だよ」
 そんなレイジングハートを軽く指で弾き、ジュンイチは笑いながらそう告げた。
「お前達だってわかってるはずだ。
 “強さ”を決めるのは力の強さでも能力の高さでもない――そういう要素が“強さ”を決めるんなら、オレはなのは達には勝てなかったはずだろう?」
《それは……まぁ……》
「負けっぱなしで自信をなくす気持ちはわかるよ……オレも、ヘタレだった頃はそうだったからな。
 でも……今は安易なパワーアップよりも、自分達の強さを支えてきたものを、もう一度見つめ直してみることをオススメするよ」
《〈………………〉》
 プリムラに答えるジュンイチの言葉に、デバイス達はそれぞれに考え込んで――
「あれ……プリムラ? レイジングハートやジンジャー達も……」
 病室にやってきたのはなのはだった。意外な先客に、不思議そうに声を上げる。
「マリーさんやシャーリーが探してたよ。
 早くデバイスルームに行ってあげなきゃ」
《あ、うん。行こう、レイジングハート。
 ほら、ジンジャー達も》
《そうですね。
 では、ジュンイチさん、お大事に》
 なのはの言葉に、プリムラが先導する形でパタパタと出ていく――自分と親友のデバイス達の姿を見送ると、なのははジュンイチへと振り向き、尋ねた。
「あの……ウチの子達が何か……?」
「気にするな。
 お前らがそろいもそろって似た者同士だった、ってだけだから」
「………………?」
 持ち主が持ち主ならデバイスもデバイスだ。どうして主従そろって悩みを聞かなければならないのかと肩をすくめるジュンイチに、事情を知らないなのははただ首をかしげるしかなかった。
 

 同じ頃、マックスフリゲートの格納庫では、マグナやイレイン、そして居残りを命じられて涙目のディードの指揮で、ワークボット達がそれぞれの機体のメンテナンスに励んでいた。
 ただ――その場にいるのは彼女達だけではない。スバル達の最終調整も兼ねて本局から呼ばれたマリエルもまた、その手伝いに参加していた。
「せやけど……すずかちゃんまでジュンイチさんに協力してるとは思わんかったわ」
「うん……
 ごめんね。面倒かけちゃって……」
 そんな中、格納庫を訪れ、すずかと話しているのははやてだ。今後の戦いはおそらく完全に共闘することになると考え、マックスフリゲート側の戦力の把握にやってきたのだ。
「えぇよ、気にせんくて。
 エクシゲイザーをフッてまでジュンイチさんを選んだんやし、そのくらいは……ね?」
「そ、それは、その……」
 はやての返しに対し、すずかは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう――「他の機体も見なくっちゃ」とごまかしながらそそくさと逃げていくその後ろ姿を楽しげに見送ると、はやてはあるメンテナンスベッドの前で足を止めた。
 そこに収められているのは、青色に染め抜かれたトレーラー型ビークル――マグナダッシャーである。
 と――
「やっぱり、はやてちゃんも気になる? この機体が」
「まぁ……ジュンイチさんの乗る機体ですし」
 声をかけてきたのはマリエルだ。苦笑するはやてにうなずき、彼女もはやてと共にマグナダッシャーへと視線を向ける。
「それで……どうですか? この機体は」
「それなんだけど……どうもこうもないわよ」
 尋ねるはやてだったが、マリエルの表情が曇った。困惑もあらわにそう答える。
「データを見せてもらったけど、とんでもないわね……
 この機体……まともな人間の乗る機体じゃないわ」
「どういうことですか?」
 聞き返すはやての言葉に、マリエルは深刻な表情でデータパネルに視線を落とした。
「この機体……出力調整がとんでもなくデリケートなの。
 出撃前の調整はもちろん、戦闘中でもほんの少しの出力調整のミスがそのまま動力部の暴発に直結するわ。
 それこそ――わずか0.1%のズレですら、ね」
「そ、それはそれは……」
「それだけじゃないわ」
 また繊細な機体に乗っているものだ。思わず苦笑するはやてだったが、マリエルの表情はあくまで深刻だ。自分自身を落ち着けるように、深々と息をついて続ける。
「この機体の動力に使われている相転移エンジン……これがまた厄介なものでね。
 ミッドの技術を持ってしても、未だに完全制御の難しい、いつ暴発を起こしてもおかしくない危険物……しかも、この機体に積んであるのは、それをダウンサイジングした上に多段式。
 小型化なんてもってのほか、なんて段階のシステムをムリヤリ小型化した上に、それを多段式に、つまり複数積んでいる……正直な話、作るのはともかく、乗り込むなんて正気の沙汰とは思えないわ。
 遺伝子強化の影響でエネルギーの超微細制御が可能なジュンイチくんだからこそ乗りこなせる、事実上の専用機……普通の人が乗ったら、戦闘出力までスロットルを入れた瞬間にドカン、よ。
 そこから発生する被害は……ちょっとシャレにならないわね。連鎖反応による連続相転移爆発、その破壊力は想像もつかないわ。
 ヘタをしたら“核の冬”さえ引き起こすかも……そのくらいの爆発が起きる可能性がある」
「む、ムチャクチャですね……
 そんな機体を使うとは、さすがはジュンイチさん、ってところやけど……」
 マリエルの言葉にはやてが冷や汗混じりにうめくと、
〈はやて。
 こちらヴェロッサ〉
 そこへ、ヴェロッサからの直通通信が届いた。
〈スカリエッティのアジトの所在確認が取れた。
 ノーヴェ達の示したポイントで間違いなかったわよ〉
「ホンマか?」
〈あぁ。
 ただ、間の悪いことに、瘴魔の方もスカリエッティを狙っていたらしくてね……リュムナデスと鉢合わせさ。
 おかげで警備のガジェットにもかぎつけられて、ちょっとてんてこ舞いな状況でね……
 教会騎士団も呼び寄せてるけど……制圧戦力、用意できてるなら早く送ってもらいたいところだね〉
「うん、わかった!
 すぐ送るから、それまで持ちこたえてな!」
 そして、通信を切るとはやてはマリエルへと向き直り、
「ほな、私はノイエ・アースラへ。
 こっちはお願いします」
「しっかりね!」
 きびすを返したところにマリエルの声援――手を挙げてそれに応えると、はやてはノイエ・アースラを目指して地を蹴った。
 

「さて、と……
 とりあえず援軍の要請は取りつけたし、どうする?
 この場でこのまま戦うか、援軍が来てから改めて突撃するかい?」
「なんの、まだまだいけます!」
「ってーか、援軍なんかいらねぇよ!
 あたしらだけで、ブッつぶしてやる!」
 通信を終え、尋ねるヴェロッサに対し、ヴィンデルシャフトをかまえたシャッハやレグルスを装着したノーヴェは自信タップリにそう答え、
「ノーヴェの言うとおり!
 この程度のガジェットなんて、ヘでもないさ!」
 アストライアをまとったセインも賛同。一斉砲撃でリュムナデス配下の瘴魔獣の群れを叩き落とす。
「まったく、みんなそろって武闘派で困ったものだね」
「あー、そっちのシスターと一緒にしないでくれるっスかね?」
 やる気満々な一同に苦笑するヴェロッサには上空のウェンディがそう答えた。サジタリウスから砲撃を放ち、回避したリュムナデスはたまらず後退する。
「ノーヴェやセイン姉はどうか知らないっスけど、あたしはこのミルクディッパーをとにかく使いたいから、ってだけっスし。
 だって、ジュンイチがあたし“だけの”ために丹精込めて作ってくれたデバイスっスからねー♪ もう見せびらかしたくて見せびらかしたくて」
「やれやれ、ベタ惚れだねぇ」
 まるで新しいおもちゃを自慢したい子供だ――思わず苦笑し、ヴェロッサはウェンディの手元、ミルクディッパーの主砲サジタリウスへと視線を向けた。
「だけど……まぁ、そんなすごいデバイスじゃ自慢したくなる気持ちもわかるかな?
 それほどのパワーがあれば、ボクでもそこそこ戦えそうだ」
「あー、たぶんムリっス」
 しかし、そんなヴェロッサの言葉にウェンディは笑いながら否定の声を上げた。
「ジュンイチ、言ってたんスよ。
 『“最後の切り札ラストカード”はあたし達のため“だけに”作られたデバイスだ』って」
「キミ達のため……“だけ”……?」
 聞き返すヴェロッサにうなずき、ウェンディはその時のことを思い返した――サジタリウスでガジェットU型の群れを薙ぎ払いつつ。
 

「……うん、お前らもだいぶ“最後の切り札ラストカード”の扱いに慣れてきたな」
「そ、そいつぁ……どうも……!」
 “紅夜叉丸”を肩にかつぎ、ジュンイチは一同に告げる――地面に突っ伏したまま、セインは息を切らせつつそう答えた。
「けど、コイツもすごいっスよねー。
 すごくあたし達に馴染んでて」
「そりゃ、じっくりデータをとって、じっくり手間ひまかけて作ったからな」
 その場にへたり込んだまま、サジタリウスを見てつぶやくウェンディに、ジュンイチは笑いながらそう答え――ボソリ、と小声で付け加える。
………………まぁ、コレ、“兵器”として見るなら、明らかな欠陥品なんだけど
「け………………っ!?」
 その言葉を聞きつけ、ギョッとしたのはノーヴェだ。あわてて立ち止まり、ジュンイチに向けて声を上げる。
「ちょっと待て!
 お前、欠陥品なんか使わせてるのか!?
 何考えてんだ! あぶねぇだろ!」
「あー、違う違う。
 オレが言ってる『欠陥』ってのは事故を起こすかもしれないとか、反動があるかもしれないとか、そういうことじゃないから」
「じゃあ、どういうことなの?」
「“兵器開発者”としての視点で見た場合、お前らのその装備は全部“失敗作”に分類されるんだよ」
 尋ねるホクトに対し、ジュンイチは肩をすくめてそう答えた。
「だってさ、コレ全部、お前らが使うこと“しか”想定してないんだよね。
 他のヤツらじゃ、満足に使いこなすことなんかできやしない――あの機動六課のエース様達ですら、性能の一割でも引き出せれば上出来なんじゃないかな?
 汎用性のない専用武器なんて、兵器開発の上では完全に失敗作だろ」
「あー、そーゆー視点っスか……」
「デバイスとしては文句なしの一級品だから安心しな。
 お前ら次第で、六課の隊長格とも対等に渡り合えるシロモノに仕上がってるはずだ」
「へー、そいつぁ楽しみっスねー♪」
 ジュンイチの言葉にウェンディが笑いながらそう応え――

 その後、ウェンディはフェイトの一撃を難なく受け止め、ジュンイチの言葉が事実であったことを証明することになる。
 

「なるほどねぇ……
 キミ達ひとりひとりに極限まで特化しているからこその、その高性能というワケか……」
「ジュンイチの受け売りっスけどね。
 『ただカッコつけで“最後の切り札ラストカード”なんて名づけたワケじゃない。使い手の持ち主の力を極限まで高める、文字通りの“最後の切り札”だからそう名づけた』って言ってたっス」
「確かに、話の通りのすさまじいパワーだけどね……」
「こら、そこの二人!」
「サボってないで手伝えっての!」
 話し込むヴェロッサとウェンディのやり取りに対し、シャッハやノーヴェが声を上げ――その時、突然大地が揺れた。轟音と共に鳴動を始める。
「何だ……!?」
 思わず身がまえるヴェロッサだったが、
「……これ……!?」
 いち早く状況に気づいたのはセインだった。アストライアのレーダーの捉えたものを確認し、声を上げる。
「地雷王の反応、多数……!?
 この地震を起こしてるのは、ルーお嬢様……!?」
「まだ操られたままなんスか!?」
 セインの言葉にウェンディが声を上げ――
「――――いけない!
 みなさん、散って!」
『――――――っ!』
 シャッハの言葉の意味を全員が悟った瞬間、大地が割れた。ガジェットT型が、瘴魔獣達が地割れに飲み込まれていく中、ヴェロッサ達やノーヴェ達は散開して回避、地割れを避けて後退する。
「くそっ、何だってんだ……!?」
 とりあえず合流は後だ。地割れの届いていないところまで後退し、うめくノーヴェの目の前で、割れた大地の下から何かが姿を現そうとしているのが見えた。
「おいおい……何なんだよ、アレ!?」
 

「………………」
「………………」
 レイジングハート達をデバイスルームに帰し、そのままなのははベッドの脇のイスに腰を下ろす――が、なのははなかなか話を切り出せずにいた。ずっと、ジュンイチの方をチラチラと盗み見しては視線をそらし、といったこと の繰り返しだ。
「あのさぁ……
 言いたいことがあったら、さっさと言ったらどうなのさ?」
「あ、えっと、その……」
 いい加減うんざりしてきたジュンイチの問いに、なのはは戸惑いがちに視線をさまよわせていたが――やがて意を決し、ジュンイチに尋ねる。
「…………教えて欲しいんです。
 『ジュンイチさんが、8年前の私の撃墜の原因』……あのクアットロの言葉、どういうことなんですか?」
「………………っ」
 ついに来た――自分にとってもっとも触れてほしくなかった話題に、ジュンイチは思わず顔をしかめた。
 先の情報交換でそのことに一切触れてこなかったから、てっきり追求する気はないのだろうと甘い考えにすがっていたが、単にみんなの前で尋ねるのを遠慮しただけのことらしい。
「…………とりあえず、先にみんなの前で聞かなかったことについて礼を言っとく。
 あの話を知ったら、ヴィータはともかくフェイトあたりは確実にキレてただろうし」
「それはジュンイチさんが悪いんじゃないですか。
 何度も何度も、フェイトちゃんのことを怒らせるから……」
 思わず口を尖らせるなのはだったが、ジュンイチもそのことについて追求するつもりはなかった。あっさりと話題を核心に持っていく。
「あの事件の原因がどうしてオレなのか……一言で言い表せる、簡単な理由さ。
 あの時……あの場にあのガジェットが現れたのは、オレが原因だったからさ」
「アレも、ガジェットだったんですか……?
 でも、スカリエッティはあんなガジェット、今まで投入してはこなかったのに……」
「まぁ……“借り物”みたいなものだからな。そこはしょうがないさ」
 笑いながらそう答えるジュンイチだったが、その笑顔はなのはから見ても明らかに元気がない。
 辛いことをムリヤリ押さえ込んで、なんとか笑顔を貼り付けている――そんな印象を受けるその笑顔に、見ているなのはの方が胸を締めつけられるような思いに駆られるが、ジュンイチはかまわず続ける。
「あれは、ガジェットの元になった“古代遺物ロストロギア”製のモデルだよ。
 あれを元にしてスカリエッティが開発したのが、今オレ達が相手にしてるガジェットになるんだけど……あの頃は、スカリエッティはあのガジェットを主力として投入していた。
 もっとも、元になった、って言っても、能力的には今のタイプと遜色ないんだけど」
 言って、ジュンイチは軽く息をつき、
「そして……オレはあの時、あのガジェットを追っていた。
 当時はまだスカリエッティがからんでるなんて知らなくて……とにかく敵の正体につながる情報が欲しくて、躍起になって追いかけてた。
 そんな時だ。オレの手から逃れようと逃げていたガジェットが、あの世界の遺跡の調査に訪れていたお前達と偶然にも遭遇しちまったのは。
 オレから追われて、しかも逃げた先には管理局の魔導師……なんとか生き残ろうと、ガジェットはお前らに対して全力で攻撃をしかけて……」
「…………そう、だったんですか……」
 そこから先は自分も良く知る結末だ――ジュンイチの言葉に、なのははうつむき、静かにうなずいた。
「アイツらに対する怒りで、目が曇ってた……
 ミッションエリアやその周辺に巻き込まれかねないものがないか、誰かやってくるような兆候がないか、本当なら事前に確認しなくちゃならなかったのに……アイツらの捕獲を優先して、オレはそれを怠った。
 お前らがあの遺跡の調査任務を請け負ったことも事前に確認できたはず……そうでなくても、広域索敵を随時かけて、周りに誰かいないか確認することもできたはずだ。
 なのに、オレは何もしなかった……怒りにとらわれて、何も見ようとはしなかった……その結果が、お前の撃墜だ。
 お前があんなケガを負ったのは、オレのミスが原因だ……」
「そんなこと……」
 そんなことはない――そう告げることは簡単だったはずだ。
 『アレもできた』『コレもできた』というジュンイチの言葉は、ハッキリ言ってしまえば“ないものねだり”だ。完璧な人間など存在せず、だからこそ完璧な仕事もまたあり得ない。
 ジュンイチが事前に確認していたとしても、ガジェット達を自分達を巻き込まないように追い立てられたとは限らない。ジュンイチがどれだけ気をつけていても、必ずすべてを守りきれるという保証はどこにもないのだ。
 それに、あの撃墜にはなのはがムリを繰り返し、疲労を蓄積させていたことも一因としてからんでいる。あの場で墜ちなくても、あの頃のまま戦い続けていては、いずれなのははどこかで墜ちていただろう。それが、たまたまジュンイチの作戦行動にからんで起きたにすぎないのだ。
 従って、ジュンイチに責められるべき責は、本来ならば何ひとつとしてないのだが――それでもジュンイチはあの日のことを心の底から悔いている。それが伝わってくるからこそ、なのははジュンイチに対してフォローの言葉を何ひとつとしてかけてあげられない。
 そして――同時に理解した。
 ジュンイチ自身が言っていた通り――ジュンイチは自分と同じ部類の人間なのだと。
 先だって彼は言った。自分はなのはと同じ“仲間に頼れない人間”、その“最悪例”だと。
 誰にも頼れず、辛い想いもひとりで抱え込んで、ひとりで悲しんで……自分と同じ想いを、自分よりももっと辛い形で、彼は何度も味わってきたのだろう。
 だから、彼は嫌われ役を引き受けてでも、自分を諭してくれたのだ。なのはが、自分と同じ道を歩まないように――
 まるで自分自身を見ているようで、なのはには彼の中の苦しみが痛いほどに伝わってくる気がしていた。
「悪いな。今まで謝りに来なくてさ。
 でも……まだ、何も終わってなかったから……あそこにヤツらを追い込んじまったオレのミスを、何も清算できてなかったから……だから、謝りに来れなかった。
 何もケジメをつけないままお前に謝りに行って、許しだけを最初にもらう、って気には、とてもじゃないけどなれなかった。
 だから……ズルズルと引き伸ばして……今まで謝りに来れなかった……」
 うめくように告げるジュンイチだったが、そんな彼に対し、なのはは首を左右に振って答えた。
「ううん。
 ジュンイチさんは、ちゃんと謝りに来てくれた……
 私が意識を取り戻したあの晩、ちゃんと謝りに来てくれましたよね?」
「って、お前、起きてたのか!?」
「ぼんやりと、だけど……」
 驚き、声を上げるジュンイチに対し、なのはは笑顔でうなずいてそう答える。
「本当に、ぼんやりとしか思い出せないんですけど……あの時感じた、優しい暖かさだけはハッキリと思い出せるんです。
 ジュンイチさんは、ちゃんと謝りに来てくれた……だから、もういいです」
 そして、なのはの顔から笑顔が消えた。真剣な表情でジュンイチに告げる。
「ジュンイチさんがそう望むのなら、許しの言葉はまだ言いません。
 けど……もう、そのことを苦にして自分を追い込むのはやめてください。
 もっと好きなように、自分の守りたいようにみんなを守ってください。
 まだ、ほんのちょっとしか一緒にいないけど……そっちの方が、ジュンイチさんらしいと思います」
「………………そうだな。
 サンキュな。ちょっとだけだけど、気が晴れた」
 なのはの言葉に、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめ、
「さて……
 これで、謝らなきゃならないのはあとひとりか
「………………?」
(“あとひとり”……?)
 そのジュンイチの言葉にかすかな引っ掛かりを覚え、なのはが眉をひそめ――
〈なのはちゃん、ジュンイチさん!〉
 そこへ、突然はやてが通信を入れてきた。
〈お取り込み中失礼!
 せやけど……これを見て!〉
 言って、はやてが別ウィンドウに表示したのは、今まさにスカリエッティのアジトのあるエリアで起きていることだった。
 大地が割れ、、森が裂け、その下から何かがゆっくりと浮上してくる。
 とてつもなく巨大な何かが――
「こ、これって……!?」
 思わずうめくなのはのとなりで、ジュンイチは地中から現れようとしている“それ”をにらみつけた。
「こいつぁ、まさか……!?」
「ジュンイチさん……?」
 まさか知っているのか――尋ねようとしたなのはだったが、そんな彼女の言葉よりも先に、新たな通信の声が割り込んできた。
〈さぁ……いよいよ復活の時だ〉
「この声……!?」
「スカリエッティ……!」
 うめくようにジュンイチがなのはに答える間にも、スカリエッティの突然の“演説”は続く。
〈私のスポンサー諸氏。
 そしてこんな世界を作り出した管理局の諸君。
 偽善の平和を謳う聖王教会の諸君も。
 見えるかい? これこそが、キミ達が忌避しながらも求めていた絶対の力……!〉
 その言葉と共にスカリエッティが新たな映像を呼び出し――そこにははやてから送られてきたものとは別のアングルから撮られた、スカリエッティ一味のアジトの様子が映し出された。
 地盤を持ち上げるように、それはゆっくりと地上へとその姿を現していく――上に積もっていた土もほとんどが払われ、それは完全に姿を現した。
〈旧暦の時代、一度は世間を席巻し、そして破壊した……古代ベルカの悪夢の叡智〉
 ノイエ・アースラよりもはるかに巨大な空中戦艦である。
 その名は――
「“聖王のゆりかご”……!」
 ジュンイチがうめくようにその名を口にした、その時、再び画面が切り替わった。
〈見るがいい。
 待ち望んだ“主”を得て、古代の技術と叡智の結晶は、今その力を発揮する〉
『――――――っ!』
 そこに映し出されたものを認識した瞬間、なのはの、そしてジュンイチの思考が停止した。スカリエッティの言葉も、もはや二人の耳には届かない。
 なぜなら、そこに映し出されたのは――玉座と思しき立派なイスに拘束されたヴィヴィオの姿だったから。
 映像の中で、ヴィヴィオは力なくうなだれていて――突然、その身体がビクンッ、と跳ねた。彼女が苦しみ出すと同時、玉座を通じて魔力が吸い出されていくのが、玉座につながれたコードの発光によってハッキリと見て取れる。
〈痛いよ……! 恐いよ……!
 ママ……! パパ……! イヤァァァァァッ!〉
「――――――っ!」
 ヴィヴィオの上げる悲鳴が、映像を通じて聞こえてくる。ダイレクトに伝えられるヴィヴィオの苦しむ姿に心臓が止まるかのような錯覚を覚え、なのはは思わず自らの胸をかき抱き――
「………………」
 そんななのはよりはまだマシだが、ジュンイチもまた、怒りに顔を歪めながら拳を強く握りしめていた。その拳の内側からは、すでにうっすらと血がにじんできている。
「スカリ、エッティ……!」
 うめくようにその名をつぶやくが、ここからではどうしようもない。怒りのままに拳を振り上げ――ジュンイチは目の前のベッドを一撃の元、真っ二つに叩き折っていた。
 

〈さぁ……楽しい夢の始まりだ!
 フハハハハハハハハッ!〉
「………………八神はやて」
 そして、艦内の別の場所――スカリエッティの高笑いが響く中、マスターコンボイは静かにはやてに尋ねた。
「対策会議はいつからだ?」
〈もうちょっと待ってや。
 今、ユーノくんと連絡をとってる――聖王がらみとなったら、前にユーノくんに頼んでた調べごともきっと無関係やないと思うから……〉
「できるだけ急げ。
 でないと、何人かの怒りが爆発しかねん」
〈なのはちゃんと、ジュンイチさん?〉
「ここにもいる」
 言って、マスターコンボイが視線を向けたのは、苦しむヴィヴィオの映像を前に、全身からユラユラと“擬似カイゼル・ファルベ”を立ち上らせる――ハイパーゴッドオン一歩手前まで感情を高ぶらせたホクトだ。さらにスバルやこなたも、ホクトには及ばないものの少しずつ“擬似カイゼル・ファルベ”が身体からもれ出し始めている。
「かく言うオレも、今回ばかりは怒りが爆発しそうだ。
 何分、他人のためにここまで怒るなんてことは初めてのことでな――正直御しきれる自信がない。
 案外、最初にキレるのはオレかもしれんぞ……!」
〈………………わかった。
 急いで準備するから、飛び出すのだけはかんべんな〉
 激しすぎる怒りは逆に思考を冷静にさせる――静かに告げるマスターコンボイの状態が今まさにそれだと感じ、はやてはマジメな顔でそう答えるのだった。
 

 結果として、誰かしらの怒りが爆発する事態は避けられた。
 それよりも早く、ユーノの準備が整ったからだ――現在、マックスフリゲートのミーティングルーム(ノイエ・アースラのそれよりも広かったためにこちらが選ばれた)には、ノイエ・アースラ、マックスフリゲート両陣営の主要メンバーが勢ぞろいしていた。
 さらに、この会議には聖王教会からカリムが、本局側からクロノが、それぞれ通信で参加してきている。
「一番、なってほしくない事態になってもうたんかな……」
〈ごめんなさい、はやて。
 教会の……ううん、私のミスだわ。
 予言の解釈が十分じゃなかった……〉
 つぶやくはやての言葉に、ウィンドウに映るカリムが答える――同様に肩を落とし、謝罪の言葉を口にするのはユーノである。
〈ボクもだ……ごめん。
 ボクの調査がもう少し早く成果を出せていれば……〉
「気にすることはあらへんよ。
 未来なんて、わからん方が普通なんや。
 カリムや教会のみなさんのせいやないし、ユーノくんだってよくやってくれてる。責められるもんやない」
 二人とも、相変わらず責任感の強いことだとはやてが苦笑すると、そんな彼女の傍らに控えるビッグコンボイがクロノに尋ねる。
「クロノ。本局側の方はどうなっている?」
〈本局では巨大船をきわめて危険性の高い“古代遺物ロストロギア”と断定した。
 次元航行部隊の艦隊を向かわせたいところなんだが……〉
「やっぱ……難しいのか?」
〈あぁ〉
 そう尋ねるのはヴィータだ――妻の問いに対し、クロノは申し訳なさそうにため息をつき、
〈先日の、ザインの起こしたステーション・デブリ落下事件……あの際にセイレーンに使い捨てられた艦隊のこともあって、こっちも戦力は心もとない状態だ。
 なんとか派遣できる部隊を見つくろってはいるが……どうしても後手に回ってしまいそうだ。
 キミ達に負担が回る形になってしまった……本当にすまない〉
「気にするな。
 ないものねだりをしてもしょうがない」
「はいはい、謝り合いはそこまでや」
 謝罪するクロノにイクトが答えると、はやてはこの話題はここまでだとばかりに手をパンパンと叩き、ユーノの映るウィンドウへと向き直った。
「それじゃあ……ユーノくん、さっそく本題に入ってくれんかな?
 でないと、収まりつかなさそうな子が何人もおるんよ」
〈みたいだね〉
 何人かの様子が尋常ではない――ただならぬ様子のなのは達の姿に大体の事情を察し、はやての言葉にユーノはうなずいてみせるが、
〈でも……正直、ボクがいなくても話は進められたと思うけどね〉
「え………………?」
 続くユーノの言葉に、はやては思わず声を上げた。
「ユーノ、それ、どういうこと……?」
〈そっちにはすでに、“ゆりかご”について……ううん、“レリックシステム”そのものについて、誰よりも詳しい人がいる……そういうことだよ〉
 尋ねるフェイトに答え、ユーノが視線を向けたのは――
「それは……私のことかしら?」
「マグナ……?」
 先日作った、ユニゾンデバイス素体の外部活動ボディに入って会議に参加していたマグナだった。不思議そうにすずかが声を上げるが、彼女もいたってマジメにユーノを見返している。
「そうやって話を振ってくる、ってことは……私のことは先刻承知みたいね」
〈えぇ。
 あなたは間違いなく、あの“ゆりかご”について誰よりも詳しい知識を持っている。
 何しろ……“建造を指揮した張本人なんですから”〉
『………………っ!?』
 その言葉に、場の全員が驚愕に目を見開く――いや、ただひとり、ジュンイチだけは驚く様子もなく、静かに一同のリアクションが収まるのを待っている。
「ジュンイチ……アンタ、まさか知ってたの!?」
「って、イレインさんも知らなかったんですか!?」
「知らないわよ!
 マグナはジュンイチが調査の帰りにいきなり持ち込んできたんだから!」
 驚くイレインの言葉になのはがさらに問いを重ねる――イレインが答える中、ユーノはさらにマグナに告げる。
〈そうですよね? マグナブレイカーのサポートAI“マグナ”……
 いえ………………〉
 

〈古代ベルカの“王”がひとり――“龍王”マグナクローネ〉

 

 その頃、クラナガン市街では、“ゆりかご”の接近に備えて地上部隊による市民の避難が始まっていた。
 逃げ惑う人々を、局員達が各所で避難場所へと誘導していて――

「あー、ちょっとすいません」

 そんな局員に対し、ひとりの青年が声をかけていた。
 体格は中肉中背といった感じか。マントをまとい、フードを被っているためその素顔は確認できない。
「ちょっと状況教えてもらいたいんですけど……
 例の“巨大船”って、あとどのくらいでここまで来るんですか?」
「まだ数時間の猶予はあるが……迫ってきてからでは遅いんだ。
 キミも早く避難したまえ」
「はーい」
 あっさりとうなずき、青年は素直に局員から離れて避難の流れに加わった。そのまましばし進んだところで列を離れ、路地裏に身を滑り込ませる。
「ったく、正確な時間を知りたいのに、『数時間』ときたかよ……
 しかも、こんなマントで素顔を隠したオレに職質もナシときた。
 まぁ、いいや。まだン時間単位で時間があるのはわかったし、余計な足止めも食わずに済んだ」
 言うと同時、青年は跳躍。三角蹴りの要領で壁から壁へ飛び移っていき、一気にビルの屋上へと飛び出す。
「ちょっと早く来すぎちまったかな……?
 “ゆりかご”が来なくちゃ出番がないぜ」
 ため息まじりにつぶやくと、青年は周囲を見回し、
「えっと……再開発地区はあっち、か……
 それじゃ、ちょっと見に行っておくとしますかね」
 つぶやきながら一歩を踏み出し――付け加える。
 

「“ゆりかご”を“落とす”ポイント、決めておかないといけないしね……」


次回予告
 
ヴィヴィオ 「痛いよ……! 恐いよ……!
 ママ……! パパ……! イヤァァァァァッ!」
チンク 「こんな子供に、こんな仕打ちを……!
 いくらドクターの目的のためとはいえ、これでは……!」
ウーノ 「はい、カット!
 ヴィヴィオ、お疲れさま」
チンク 「………………あれ?」
ヴィヴィオ 「おつかれさまです!」
チンク 「…………何? 今の芝居か?」
ウーノ 「いい演技だったわよ。
 はい、ごほうびのキャラメルミルクね」
ヴィヴィオ 「わーい♪」
チンク 「しかも餌付けされてるーっ!?」
ヴィヴィオ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第105話『決戦開幕!〜クラナガン大攻防戦〜』に――」
3人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2010/03/27)