9年前
時空管理局・ミッドチルダ地上本部――

「また……守れなかったな……」
 ウィンドウに映しだされたのは今回の“事件”の被害状況――苦々しくそれを見つめ、ゼストは静かにつぶやいた。
「死者25名、内民間人11名……
 ジュンイチが対応してなおこの被害だ。もし彼がいなかったら……」
「やはり、ミッド地上の事件は多すぎる!
 人員も戦力も、何もかもが足りん……あんな、局員でもない若造に頼らなければならないほどに……!」
 そして、目の前の男は自分以上に憤慨していた。苛立ちもあらわにうめくレジアスの言葉に、無言でうなずいてみせる。
「しかも今回の発端は、次元航行部隊うみの 連中が見落としていた魔導犯罪者で、若造が遅れたのも本局の事件に駆り出されていたからだ。
 なのに、優秀な魔導師や戦力は、みな本局に持っていかれる……!」
「…………だが、次元航行部隊うみの事情も、わからんでもない。
 向こうは、事件の規模が違う」
「だから、小さな世界の小さな区画が滅ぶ程度は、無視してもいいというのか!?」
 思わず腰を浮かせて声を上げ――息をつき、レジアスはソファに座り直した。
「…………オレには、お前のような魔導の力もなければ、部下を育てる力もない。
 だがせめて、局の中で昇り詰め、力を蓄えれば、こんな現状も変えられるかもしれん」
「できるさ。
 お前なら、きっと……」
 レジアスのその言葉に、ゼストは静かにうなずいて――

 

 

レジアス――オレはお前に問いたかった。

 

オレはいい。お前の“正義”のためになら、殉じる覚悟はあった。

 

だが……オレの部下達は、何のために死んでいった?

 

 

どうして、こんなことになってしまった……?

 

オレ達の守りたかった世界は……

 

オレ達の欲しかった力は……

 

オレとお前の夢見た“正義”は……

 

いつの間に……こんな姿になってしまった……?

 

 

なぁ……答えてくれ。レジアス……

 

 


 

第106話

貫くべきもの
〜自分で選んだ道ならば〜

 


 

 

「オォラァッ!」
《でぇえぇぇぇぇぇっ!?》
「くっ――――――!」
 咆哮と同時、刃が振り下ろされる――アギトとゼストがかわした間の地面に斬撃が叩きつけられ、アスファルトを粉々に斬り砕く。
 とっさに距離を取ろうと後退するゼストだったが、
「逃がすか――よっ!」
 ブレードがそんなゼストに向けて斬天刀を振るい――そこから放たれた多数の光刃が、ゼストへと襲いかかる!
「ちぃっ!」
 すかさずそれを弾き、ゼストは改めて槍をかまえる、そこへブレードが襲いかかり、大上段から斬天刀を振り下ろす。
 だが――
「大振りが――すぎる!」
 ゼストにとっては、そんなモーションの大きな攻撃はスキ以外の何ものでもなかった。あっさりとかいくぐり、槍を一閃。ブレードの身体を斬り裂く。
《やった!》
 ブレストプレート越しにブレードの胸板は深々と斬り裂かれた。これで決まりだ、と勝利を確信するアギトだったが――
「まだだ!」
《え――――――?》
「オォラァッ!」
 ゼストの言葉にアギトが声を上げ――ブレードが動いた。飛び散る鮮血の中、あっさりと体勢を立て直した再び斬天刀で一撃。ガードを固めたゼストを吹っ飛ばす!
「ぐ………………っ!」
 弾かれた勢いをそのまま活かし、ゼストが間合いをとって体勢を立て直す――ブレードもそれ以上の追撃をするつもりはなく、両者は改めて対峙する。
《何だよ、コイツ!?
 斬られてもかまわず突っ込んできやがった!?》
「元からこういう男だ、この男は……!」
 驚くアギトにゼストが答えるが、そんなことを気にするブレードではない。あっさりと返し、身の丈ほどもある大剣――精霊器“斬天刀”を肩に担ぐ。
 対し、ゼストに動きはない――威嚇するようににらみつけるアギトをなだめつつ、ブレードに告げる。
「そこをどいてはくれないか?
 オレはただ、古い友人に……レジアスに会いに行きたいだけだ」
「そいつぁ……復讐か?」
 返すブレードの言葉に、ゼストの眉がわずかに動いた。
「…………貴様、何を知っている」
「あの日起きたことの、アンタら視点を全部な。柾木から聞いた」
 答えて、ブレードが斬天刀を肩に担ぐ――それが彼のかまえのひとつだったことを思い出し、ゼストもまた自らの槍をかまえる。
「やめとけ、やめとけ、復讐なんぞ。
 そんな戦いしたって楽しかぁねぇぞ」
「楽しい、楽しくないではない。
 今のオレにとっては、何にも増して、果たさなければならないことだ」
 槍の切っ先をブレードに向けて――告げる。
「もう一度だけ言う。
 そこを――どけ」
「ヤなこった」
 あっさりとブレードが答えた。本当にイヤそうな顔でそう答え、斬天刀を肩に担いだまま一歩を踏み出す。
「せっかくアンタと本気で斬り合えるってのに、わざわざそのチャンスを手放すワケねぇだろうが。
 ごちゃごちゃ言ってねぇで斬りかかってこいよ。そっちの方が早いぜ、絶対にな」
「…………仕方あるまい」
《いくぜ――旦那!》
 ブレードの言葉に交渉の決裂を悟り、ゼストもまた戦闘態勢に――アギトとユニゾンし、髪を金色に染めながら槍をかまえる。
《剣精アギト! 大儀と友人ゼストのために!
 この手の炎で――押して参る!》
「“Bネット”機動部、特別機動部隊“第三の牙サードファング”、ブレードだ。
 この場を生き延びたら覚えといてやるよ、赤チビ!」
 名乗りを上げるアギトにそう答えると、ブレードは満面の笑みを浮かべて斬天刀を振り上げ――振り下ろした。そこから放たれた光刃の雨が、ゼストに向けて降り注ぐ!
 

 一方、“ゆりかご”の落下した再開発エリアでは、“ゆりかご”から発進したガジェット部隊とはやて率いる機動六課&地上部隊との戦いが激化の一途をたどっていた。
「魔導師部隊! 陣形展開!
 小型機の発着点を叩いて!」
「中への突入口を探せ!」
「突入部隊! 位置報告!」
 指示を出すはやてに追従する形で、それぞれの場所で戦うビッグコンボイやヴィータもまた指揮下の魔導師やトランスフォーマー達に指示を下し、
《照準OK!
 なの姉! レイジングハート!》
「ディバイン――!」
〈――Buster!〉

 迫るガジェット群を、なのはとレイジングハート、プリムラの放ったディバインバスターが薙ぎ払う。
「第7密集点、撃破――次!」
 指揮能力ではやて達に譲る自分達は、むしろ敵を叩き落とす役、そして突入口が見つかり次第突っ込む役だ――気合を入れ直してなのはが叫んだ、その時、
「高町なのは!」
「ブラックアウト……っ!?」
 そんな彼女に向け、下方から急上昇してきたのはビークルモードのブラックアウトだ。回避したなのはの脇を駆け抜け、頭上でロボットモードへとトランスフォームする。
「ジャマするつもり!?
 マスターギガトロンの命令!?」
「心配するな! ただの偶発的な遭遇だ!
 ――――だが!」
 尋ねるなのはに答え、ブラックアウトはなのはへとかまえ、
「叩き落とす対象には違いない。
 貴様は機動六課の人間ヒューマノイドの中でも危険度の高い存在――マスターギガトロン様の害となる前に、ここで叩き落としてくれる!」
「そう簡単に……!」
 言い放つと同時に、ブラックアウトがエネルギーミサイルをばらまいた。舌打ちするなのはに向けて一斉に飛翔し――

「なのはさん!」

 声が響くと同時――薙ぎ払われた。
 頭上から飛来した、“空色とオレンジ色の魔力弾”によって。
 そして――
「何やってるっスか、高町なのは!」
「早く、“ゆりかご”へ向かってください!」
 なのはとブラックアウトの間に割って入り、エリアルスライダーにゴッドオンしたウェンディが、ジェットガンナーにゴッドオンしたティアナがなのはに告げる。
「ティアナ、ジェットガンナー! ウェンディ!」
「急いでください!
 こんなところで、手間取ってる場合じゃないでしょう!」
「マスター・鷲悟が“ゆりかご”を押さえている今がチャンスです」
「正直、アンタをあてにする理由なんかないっスけど……ジュンイチとヴィヴィオのためっス!
 ジュンイチの顔を立てて、ここはきっちり抑えてやるから、早くするっス!」
 声を上げるなのはにそれぞれが答え、ブラックアウトに向けてそれぞれの火器をかまえる。
「なのはさん!」
「…………うん、お願い!」
「待て、高町なのは!」
 もう一度名を呼ぶティアナに答え、なのははきびすを返して“ゆりかご”へと向かうが――
「そうはさせないわよ!」
「月並みなセリフで申し訳ないが……ここから先に進みたければ、我々を倒してからにしてもらおうか」
「ホントに月並みっスねー」
 そんな彼の前にティアナの宿るジェットガンナー、ウェンディの宿るエリアルスライダーが立ちふさがる。
「…………仕方あるまい。
 このまま強引に突破しても後ろから撃たれるだけか……ならば、先に貴様らから叩き落として、そこからゆっくり高町なのはを追わせてもらおうか!」
「そう簡単にいくと――」
「思わないでほしいな!」
「返り討ちにしてやるっスよ!」
 結果、ブラックアウトの標的は彼女達に移る――口々に言い返し、ティアナ達とウェンディは弾かれるように加速した。
 

「オォォォォォォォォォォッ!」
 咆哮と同時、ジュンイチのかざした右手に炎が燃え盛る――炎に包まれた拳を振りかぶり、目の前の目標に向けて一歩を踏み出す。
龍翼の轟炎ウィング・ギガフレア!」
 叫ぶと同時、振るった拳から炎が解き放たれる――炎は竜の姿を形作り、対峙するチンクに向けて襲いかかるが、
「IS――発動!」
 叫び、チンクが手にしたスローイングナイフ“スティンガー”を投げつける――それらが炎の竜の中に飛び込んだ瞬間、
「“ランブルデトネイター”!」
 能力の発動を宣言し、指を鳴らす――同時、投げ込まれたスティンガーが爆発し、炎の竜を内部から爆砕する。
「悪いな、柾木。
 その技はすでに見切っている――貴様の主力技だけに、使いすぎが仇となったな」
「ハッ、それがどうした。
 使いすぎって意味じゃ、てめぇのスティンガー+ランブルのコンボだって相当なもんだろうが」
 爆煙が立ち込める中、二人は場を仕切り直す――新たにスティンガーを取り出すチンクに答え、ジュンイチが左手で爆天剣をかまえるが、
「フッ…………
 私とて、いつまでもバカのひとつ覚えというワケじゃないさ」
 対し、チンクは不敵に笑いながら、右手を自らの目の前に持ってきて、
「私のISはな――極めれば、こういうこともできるようになる」
 パチンッ、と指を鳴らし――その瞬間、ジュンイチの“周囲の地面が”爆発する!
《ジュンイチ!?》
 その光景に声を上げるのは、マグナブレイカーに宿ったままのマグナだ。爆煙の中に消えたジュンイチの姿を探り――
「…………なーるほど、ね」
 近くの廃ビルの屋上に舞い降り、ジュンイチは笑みを浮かべてチンクを見下ろした。
「やってくれるね。
 今の爆発――“今までのランブルで爆破したスティンガーの残骸”だろう?
 単純に吹っ飛ばすんじゃない。わざと一部が残るように爆破して、周囲に破片をばらまく――当然、それらの破片もお前のランブルで爆発物になってるから、改めて爆発させることも可能。
 それを利用して、こっそりオレの周りを地雷原に作り変えた……ってところだろう?」
「さすがだな。
 この程度の小細工、やはり一目で見抜いてくるか」
 頭上から告げられたその言葉に、チンクもジュンイチならばしのいでくるだろうと予測していたのだろう。落ち着いた様子でそう答える。
「まぁ、どっちかっつーと、こういう“小細工”はオレの得意分野だからな」
 言いながら、ジュンイチは自分のいるビルの屋上から身を躍らせた――フワリ、とチンクの前に舞い降り、改めて対峙する。
「そんなワケで……今度はこっちが“小細工”する番かな?」
 そして、ジュンイチが懐から取り出したのは、ネックストラップをつけて首から提げていた黒い宝石――待機状態の“相棒”に向け、告げる。
「揺らめけ――“蜃気楼”」
 瞬間、放たれた“力”がジュンイチの姿を覆い隠し――
〈リボルバーナックル&ブリッツキャリバー〉
 “力”の渦の中で響く電子音声――晴れていく視界の中、右手に爆天剣を握り、左手にリボルバーナックル、両足にブリッツキャリバーのコピーを装着したジュンイチが姿を現した。
 

「――――――っ!?」
 美遊と共に目の前のガジェット群を薙ぎ払った瞬間――“力”の激突を感じ取った。攻撃の手を止め、それでも周囲への警戒を怠らぬまま、イリヤは気配の動きをより深く探っていく。
「…………ジュンイチさんと……これ、チンクちゃん……!?」
《あちらさんもハデに始めたみたいですね》
 驚くイリヤにルビーが答えるが、注目すべきはそこではない。
「あっちは、“ゆりかご”からは正真正銘反対方向――そんなところにまで、チンクちゃんが……
 ナンバーズ、けっこう広く展開してるみたいだね……」
 こなた達は大丈夫だろうか。そんなことを考えながら、イリヤは改めてルビーをかまえ――

「ここにもいますが、何か?」

「――――――っ!?」
 告げられると同時に背後に気配――とっさに振り向き、繰り出された弧月状の刃を受け止める。
 自分を狙った一撃を放ったのは――
「あなた――セッテ!?」
「その通りです。
 そして――よく反応しました。正直、この一撃で決められると思っていたのですが」
「イリヤ!」
 驚くイリヤに対し、セッテが淡々と答える――イリヤを救おうと、美遊がサファイアをかまえ――
「――――――っ!?」
 気づいた。
 自分達に向けられた殺気に。
 ――――いや、違う。
 “自分達に”ではない。これは――
(イリヤを――“セッテごと狙ってる”!?)
「く………………っ!」
 気づくと同時に身体が動いた――イリヤ達を狙って飛来した、渦巻くように荒れ狂う刃の乱舞を、とっさに防壁を展開して受け止める。
 そして――
「何だよ、ジャマしやがって……
 せっかく、二人まとめて撃墜してやろうと思ったのによぉ」
 攻撃の正体は彼の専用デバイス“貪欲カバトスネス”――残念そうにつぶやき、サーペントは眼下のビルの屋上に姿を現した。
 

「…………チンクが柾木ジュンイチとぶつかったか……」
 一方、ここにも気づいた者がいた。ゴッドオンしたマグマトロンの“中”で、トーレは静かにつぶやいた。
「場所は……機動六課の母艦から地上本部を結ぶルート上……
 柾木ジュンイチは地上本部を目指していた、と見るべきか……」
 反応のあった位置から大体の状況を推察しつつ、問題の戦場を目指してマグマトロンを飛翔させる。
「おそらく、チンクは柾木ジュンイチとの決着を望んでいるのだろうがな……
 だが――今優先されるべきはドクターを阻むあらゆる障害の排除だ。
 悪く思うな……!」
 チンクには悪いが、自分達の勝利を確かなものとするためには、ジュンイチの存在はどうしてもジャマになる。
 なんとしても、この場でジュンイチを排除する――決意と共にトーレがつぶやいた、その瞬間――

「トーレ姉!」

 咆哮と共に――トーレの前に“彼女”は飛び込んできた。
 ホクトを伴ったノーヴェだ――ブレイクコンボイにゴッドオンした状態で、トーレの前に立ちはだかる。
「ノーヴェ……
 私を追ってきたのか」
「ガジェットの中にいると、目立つんだよなー、ソイツ」
 地上本部――そこへ続く進路上で戦うジュンイチとチンクの元を目指していた自分の前に立ちはだかったということは、そういうことなのだろう。つぶやくトーレに対し、ノーヴェは彼女のゴッドオンしたマグマトロンを指さした。
「戦場を離れてどこに向かったかと思えば……そう思ってサーチしてみたら、ジュンイチとチンク姉のところに向かってるじゃねぇか。
 …………二人の勝負、ジャマするつもりかよ?」
「それがドクターの勝利につながるのならな」
 尋ねるノーヴェに対し、トーレは迷うことなくそう答えた。
「戦士として、二人の勝負に水を差すことに不満がないワケではない。
 だが……戦士として、戦場すべてを見渡して考えた。
 私だけではない。私達が勝利するためにどうするべきか……」
「その答えが……これかよ」
「そうだ」
 迷うことなくノーヴェはうなずいた。
「ドクターの、我々の勝利のため、柾木ジュンイチの排除は絶対に必要なファクターだ。
 たとえこの先一生チンクから恨まれようと、私はなんとしてもヤツを討つ。
 全員の勝利のため――私は私の誇りを捨てることも覚悟の上だ」
「“全員の勝利”か……」
 淡々と告げるトーレの言葉に、ノーヴェは静かに息をついた。
「その“全員”の中に……きっともう、あたしは入ってないんだろうな……」
「今の貴様は、ドクターの敵……そういうことだ……!」
「…………そうか」
 答えるトーレの言葉は自分を突き放すもの――だが、その声の中に潜む確かな“震え”を、ノーヴェは聞き逃しはしなかった。
 ためらいが、彼女の声をわずかに震わせたのを、聞きもらしはしなかった。
(大丈夫……
 トーレ姉だって、そうしたくてしてるワケじゃない……!)
 それはまさに、自分の知りたかったこと――
(ドクター達を勝たせるために、自分の望みを抑えつけてるだけなんだ……
 チンク姉とジュンイチの戦いのジャマをするのも、あたし達の敵に回ったのも、そういうことなんだ……
 大丈夫……まだ、大丈夫……!)
 決意を固め、拳を握りしめ――後ろから恐る恐るこちらの様子をうかがっていたホクトに告げた。
「ホクト……
 お前、ジュンイチとチンク姉のところに行け」
「ノーヴェお姉ちゃん……?」
「ジュンイチとチンク姉……どっちが勝つか、なんて、あたしには想像もつかない」
 聞き返すホクトに対し、ノーヴェは視線を向けることなくそう答えた。
「あんなところで戦ってるってことは、ジュンイチが地上本部に向かって、チンク姉がそれを追尾して……って、そういう流れだと思う。
 ってことは、何か意味があるんだ……ジュンイチが地上本部に向かったことには。
 ジュンイチからそれを聞き出して、アイツの代わりに地上本部に向かえ」
 言って、ノーヴェはトーレに向けて両の拳をかまえた。
 “擬似カイゼル・ファルベ”を発現。自らの周りで渦を巻き始めた中、トーレを見据えて宣言する。
「あたしは……」
 

「トーレ姉を……止める」

 

 

 戦闘が始まり、地上本部仮庁舎もまた部隊指揮や各所との調整であわただしく動き出す――しかし、そんな中にあって、その一角は不気味な静寂に包まれていた。
 人ひとり姿を見せず、物音ひとつ立たない――いや、新たにひとり、女性局員が姿を見せた。
 静寂に満ちた空間にカツカツとヒールの音を響かせ、その女性局員は奥を目指し――
「あー、ちょっといいかしら?」
 突然、そんな彼女に声がかけられた。
 こんなところに、自分以外の誰が――驚き、身がまえる女性局員の前で、イレインは柱の影から姿を現した。
「どうしてこんなところに?
 ここは立ち入り禁止ですよ」
「用が済んだらすぐ帰るわよ」
 あっさりと答えると、イレインは改めて女性局員に尋ねる。
「ちょっと人を探しててね……
 レジアス中将、知らないかな?」
(――――――っ!)
「さ、さぁ……私は何も……」
 イレインの目的はレジアス・ゲイズか。警戒は胸の奥に押し込めて、女性局員は努めて冷静にそう答えた。
「そもそも彼は、引退以来行方知れずでしょう?
 一介の局員の私なんか……」
「そんなことないでしょう?
 だって――」

「“スカリエッティから聞いてるんじゃないの”?」

「――――――っ!?」
 イレインの言葉に今度こそ目を見開いた――とっさに後方に飛びのき、女性局員はイレインをにらみつけた。
「あなた……!」
「私については、今さら名乗るまでもないでしょう?
 むしろ、そっちこそもうバレてるんだから、“正体を現したらどうかしら”――」
 

第二機人セカンド・ナンバーズ――“姿偽る諜報者”ドゥーエさん?」
 

「………………」
 イレインのその言葉に、これ以上の隠し立ては無意味と感じたのだろう。女性局員の――ドゥーエの姿が変わった。茶色がかった長い黒髪はやや薄めのブロンドに変わり、服装も局員としての制服からナンバーズの戦闘ジャケットへ変化する。
 その首元に施されたナンバリングは――“U”。
「よくわかったじゃない。
 あらゆる生体スキャンをごまかすことのできる、私のIS“偽りの仮面ライアーズ・マスク”を見破るなんて」
「ジュンイチの調査能力をナメちゃいけないわね」
 言って、イレインはドゥーエの足元に手にしていた書類をばらまいた。
 管理局の各施設の出入りの記録だ。そこにはすべて、ドゥーエの変身していた先ほどの姿が記録されていて――しかし、入退室記録の名前はすべて違う名前になっている。
「あっちこっちに潜入するなら、潜入先ごとに姿も全部変えるくらい徹底するべきだったわね。
 面倒くさがって姿をテンプレ化して、IDだけ別々にしてるから、こうしてアイツに足元をすくわれる」
「なるほどね」
 イレインの言葉に納得し、ドゥーエは右手の指先に装備した鋭利なクロー、固有兵装“ピアッシングネイル”をかまえた。爪同士がぶつかり、音を立てる中、イレインに尋ねる。
「それで……あなたは私の正体を暴いて、どうするつもりかしら?」
「それはアンタの目的次第よ。
 レジアス見つけて、どうするつもりだったのかしら?」
 対し、イレインも質問を返し、両者はしばし無言でにらみ合い――
 

「おーおー、キレイどころが二人そろって恐い顔しちまって」
 

『――――――っ!』
 頭上から声がかけられた。あわてて二人が見上げると、そこにいたのは――
「アンタ……瘴魔獣将、スキュラ!」
「ご名答♪」
 声を上げるイレインに答えると、スキュラは不敵な笑みを浮かべて二人の間へと跳び下りてきた。
「どうしてここに、瘴魔獣将が……!?」
「簡単な話だ。
 お前らみたいなのを、つぶすためだよ」
「………………?」
 ドゥーエの問いにも、スキュラは余裕の態度でそう答える――その言葉に、イレインは思わず眉をひそめた。
(『私達みたいな』……?
 私とドゥーエの共通項と言ったら、今のところは“レジアスのところに行こうとしてた”ってことぐらいだけど……
 コイツら、私達にレジアスを見つけられたら困る理由があるとでも……?)
「ずいぶんな物言いね。
 たったひとりで、この私を止めるつもりかしら?」
 そんな、思考の渦に沈みかけたイレインの意識を、ドゥーエの声が引き戻す――ピアッシングネイルを軽く振るい、スキュラに向けて一歩を踏み出すドゥーエだったが、
「『止める』? バカ言っちゃいけないな」
 対し、スキュラは笑いながらそう答えた。
「残念ながら、もう“止める”までもねぇよ。
 何しろ――お前ら二人とも、“すでにオレの舌の上だ”」
「――――――っ!
 しまった、コイツのデバイスは――」
おせぇっ!」
 気づいたイレインがとっさに離脱しようとするが、スキュラの言うとおり、それはすでに手遅れで――
「喰らい尽くせ――“貪食グラトニィ”!」
 スキュラの咆哮と同時、周りのすべてが闇に閉ざされた。
 

「凰雅――束弾!」
「フォースチップ、イグニッション!」

 咆哮と共に“力”を解放――ライカが必殺技の態勢に入り、ビッグコンボイもまた地球のフォースチップをイグニッションし、
「カイザースパルタン――散弾パレット!」
「ビッグキャノン――GO!」

 二人同時に拡散砲撃。ガジェットを中心とした周囲の敵群をまとめて薙ぎ払い、
「攻撃――来る!
 防御陣形、乱したらあかんよ!」
 新たに姿を現したジュンイチの兄、鷲悟によって大地に叩き込まれながらも、“ゆりかご”はガジェットを次々に出撃させ、反撃してくる――ガジェット群の攻撃に対し、はやては借り受けた地上部隊の魔導師隊を指揮し、対抗している。
(それにしても……!)
 だが、状況は決して楽なものではない。胸中でうめき、はやては再開発地区、廃棄都市のど真ん中にその身をうずめた“ゆりかご”を見下ろした。
(やっぱ、シャレんならんサイズやな……
 外からやと、魔導師やトランスフォーマーが何人集まろうとどうにもなれへんな……!)
 そうなると、内部から叩くしかないのだが、突入口は未だ見つからない――はやてがそんなことを考えている間にも、“ゆりかご”はガジェットを次々に出撃させてくる。
〈24番射出口より、小型機出現!〉
〈南側からも……!
 機影100! 市街地に向かうルートです! こっちを引きつけるつもりか!?〉
「みんな、落ち着いて!
 拡散されたら手が回れへん――叩ける小型機は空で叩く! つぶせる砲門は、今のうちつぶす!
 ミッド地上の航空魔導師隊! 勇気と知恵の見せ所やで!」
 次々に入る報告に、はやては一同を鼓舞するようにそう答え――
〈八神はやて!〉
 そこに、“ゆりかご”の甲板の上に立つ鷲悟からの通信が入った。

「オレが一気に数を減らす!
 お前らは取りこぼしを叩きながら、生じる敵防衛ラインのすき間を一気に埋めちまえ!」
〈大丈夫なんですか!?
 鷲悟さん、ただでさえ今、“ゆりかご”を押さえ込んでるのに!〉
「たかだか2倍重力の広域展開くらいでへこたれてちゃ、“闇”属性のマスター・ランクなんかやってられねぇよ!」
 聞き返すはやてに答え、鷲悟は足元、“ゆりかご”の甲板に右手を触れ――触れられた部分の装甲が消失した。
 ブレイカーの共通能力“再構成リメイク”によって分解されたのだ――それらはすぐに鷲悟の右手の中に収束、結合を始めた。そのまま、まるで鷲悟の持ち上げていく右手に導かれ、足元の甲板から引き抜かれていくかのように、徐々に棒状の“何か”を作り上げていく。
 最終的にそれは、独特の形状の巨大な添刃を持つ槍――“げき”としてその姿を現した。作り上げたそれを手にし、鷲悟はまるで棒切れでも振り回すかのように、右手一本で軽々と振り回してみせる。
「…………“重天戟じゅうてんげき”」
 作り上げた戟――自らの精霊器“重天戟”の名を名乗り、鷲悟は両手でかまえたそれを頭上に掲げた。
 同時、重天戟の刃の部分に鷲悟の“力”が収束。強力な重力子を周囲に放出し始める。
「超重力、展開――
 対象、影響範囲内の全ガジェットドローン。非対象、それ以外の全部……
 設定重力――5倍!」
 言い放ち、刃を振り下ろし――重圧が発生した。“力”の届いた範囲内の“ガジェットドローンだけを”超重力で真下に叩き落とす!

「た、対象だけを狙った、ピンポイントの超重力場……!?」
 自分達には一切影響を与えず、正確にガジェットだけを叩き落とした――鷲悟の見せた正確な“力”の運用ぶりに、はやては思わず声を上げた。
「さすがはジュンイチさんのお兄さん。
 なんつー正確な……」
〈感心してる場合か!〉
 思わず感嘆の声を上げるはやてだったが、そんな彼女に鷲悟が声を上げる。
〈今のうちに戦線を押し込め!
 せっかくの突撃のチャンスをムダにするつもりか!?〉
「は、はいっ!
 魔導師部隊、突撃や!」
『了解!』
 はやての言葉に魔導師部隊からの返答が返り――
「――――――っ!?
 はやて、後ろだ!」
 気づいたビッグコンボイが声を上げ――空間潜行を解いたショックフリートがはやての背後に出現する!
「しまった――!?」
「死ね!」
 マスターギガトロンがドールを引き連れて姿を現したのだ。部下達も当然いると考えるべきだったのに――完全に油断していたはやてが戦慄する中、ショックフリートは至近距離から彼女に向けてビームを――

「カイザァァァァァッ!」

「――――――っ!?」
「スマッシャァァァァァッ!」
 だが、そこへライカが砲撃。はやてを掠めるかどうかというギリギリのところで放たれた救援の一撃が、ショックフリートをけん制、後退させる。
「すみません、ライカさん!」
「礼なら後!」
 はやての言葉に答え、ライカは彼女を守るようにショックフリートと対峙する。
「アイツはあたしが引き受けるから、はやてはこのまま部隊の指揮をお願い。
 魔導師隊の命運、今はアンタが握ってるんだからね」
 そう告げながら、両手のカイザーショット、カイザーブロウニングをかまえ、ショックフリートを狙う。
「感謝の気持ちがあるならしっかり自分の役目を果たしなさい。
 もちろん――今度はちゃんと奇襲を警戒して、ね」
「はい!」
 

「さて……地上はなかなかハデなことになってるみたいだな」
 あちこちでエース級、ストライカー級のバトルが始まる中、地下空洞ではリュムナデスはただひとり、悠然と目標を目指して進んでいた。
「バカだねー、どいつもこいつも。
 真っ向から攻めるなんてバカげてるぜ。楽に勝とうとするなら、やっぱ不意討ちだろ、不意討ち」
 敵に発見される可能性を下げるため、瘴魔獣も連れずに単独行動というあたり、口先だけで済ませずに隠密行動に徹している――このまま見つからなければこちらのものとほくそ笑むリュムナデスだったが、
「しかし――それも見つかってしまえば意味のない話」
「あん………………?」
 突然かけられた声に振り向くと、そこには青き狼と1台のスポーツカー、すなわちザフィーラとアトラスの姿があった。
「なんだ、六課の犬コロかよ。
 『見つかってしまえば意味がない』――確かにそうだけどよ、てめぇだって、自分からそうして自分から出てきてたら世話ねぇぜ」
 見つかってしまったか――軽く肩をすくめるリュムナデスだったが、それほど気にしている様子でもない。ゆっくりとザフィーラへと振り向き、
「オレぁアンタにゃ気づいてなかった。あのまま攻撃していれば、オレを楽に仕留められたってのによぉ」
「オレは守護騎士ヴォルケンリッターのひとり、“盾の守護獣”――そのような誇りを汚すマネはできん」
「誇りでケンカにゃ勝てねぇよ。
 結局は力だ。技だ。知恵だ。相手より強く、相手より鋭く、相手より賢く――それができなきゃ、ぶざまに殺されるだけなんだよ。
 そう――こんなふうにな!」
 その言葉と同時――ザフィーラの頭上に魔力弾の群れが出現する!
 こっそりとリュムナデスが仕込んでいたのだ。そのままザフィーラとアトラスへと降り注ぎ――

「それがどうした?」
「我ら、無傷」

「な………………っ!?」
 魔力弾は確かに直撃した。
 しかし、ザフィーラも、アトラスもビクともしない――予想外の展開に、リュムナデスは思わず言葉を失った。
「おいおい、待てよ……!
 そりゃ、気づかれないようにある程度パワーは落としたけど、その分数でフォローしたんだ……手ェ抜いた攻撃をかました覚えなんかないぞ……!?」
「残念だったな。
 “盾の守護獣”と“鉄拳の騎士”――我らの防御、そう易々と抜かせはせん」
「我ら、鉄壁」
 うめくリュムナデスに答え、ザフィーラが獣の姿から人間形態へと変身。そしてアトラスもロボットモードへとトランスフォームする。
「奇襲は止められないからこそ奇襲――それは否定しない。
 だが――奇襲が止められないというのなら、奇襲されても跳ね返せる鉄壁の防御で応じるまで!
 一気に決めるぞ、アトラス!」
「心得た」
 

「アトラス、スーパーモード!
 トランスフォーム!」

 アトラスのその言葉に反応し、彼に従う2機のサポートビークル、ダイジェットとダイパンツァーが変形を始めた。ダイジェットの機首が機体下方に折りたたまれ、左右の推進部が両腕に変形する。
 続いてダイパンツァーの砲塔が分離すると車体がスライド式に伸び、前方が左右に分かれて下半身が完成する。
 そして、上半身に変形したダイジェットと下半身に変形したダイパンツァーが合体、最後にアトラスがその胸部に合体し、本体の内部から新たな頭部がせり出す。
 合体を完了し、新たな姿となったアトラスとザフィーラは高らかに名乗りを上げた。
『ダイ、アトラス!』
 

「スーパーモード……!
 てめぇらも、限定解除済みってワケか……!」
 サポートビークルと合体、全開戦闘形態へ――合体を遂げたダイアトラスの姿に、リュムナデスは思わずうめき、後ずさりする。
「勝敗、決定」
「おとなしく投降しろ。
 刃を捨てし者まで、討とうとは思わん」
「投降、だと……!?」
 一歩を踏み出し、ダイアトラスとザフィーラが告げる――だが、リュムナデスはそんな二人に対し、不敵な笑みを浮かべた。
「そいつぁ、気が早いってもんだぜ。
 何しろ――こっちはまだ、すべての力を出し切ったワケじゃねぇからなぁ!」
 言って、リュムナデスが取り出したのはイグアナの描かれたデバイスカードだ。
「引きり下ろせ――“嫉妬エンヴィ”!」
 その瞬間、“力”が閃光となって解放。リュムナデスの手の中に集まり、拳銃型のデバイスとなる。
「それが貴様のデバイスか……
 残念だが、そのデバイスのデータもイレイン・ナカジマから提供済みだ。
 ゆえに、その詳細は把握している――攻撃のキレはすさまじいがその分火力が犠牲になっている。
 そのデバイスの火力では、我々の防御は貫けん」
「攻撃、無意味」
「確かに、そうだろうな」
 だが――告げるザフィーラとダイアトラスの言葉にも、リュムナデスはあっさりとそう答えた。
「このままじゃ、お前らの装甲やら防壁やらは貫けねぇ。
 ……“このままじゃな”」
 そして、リュムナデスは“嫉妬エンヴィ”を頭上にかざし、
「“嫉妬エンヴィ”――」
 

「フルドライブ!」
 

 その瞬間――再び“力”が解き放たれた。渦を巻き、リュムナデスの身体を、その周囲も巻き込んで覆い隠していく。
「フルドライブ……!」
「実力、隠蔽……!」
「あぁ、そうさ」
 うめくザフィーラとダイアトラスに対し、リュムナデスは“力”の渦の中からそう告げた。
「火力が足りない――あぁ、確かにそうだ。
 それは弾体制御にソースのほとんどを割り振ってるから――その考えも外れちゃいねぇ。
 けどな……もし、“弾体制御に回していたソースをすべて、攻撃側に回したら?”」
 その言葉に伴い、ゆっくりと“力”の渦が晴れていき――
「この“嫉妬エンヴィ”は、ノーマルとフルドライブとじゃ、特性が正反対に入れ代わる。
 すなわち、ノーマルで見せたトリックスターぶりの真逆――」
 “地響きを立てて”一歩を踏み出し、そうザフィーラ達に告げるリュムナデスは――
「馬力任せの、パワーファイターだ!」
 巨大なトカゲ型の機動兵器の額に埋め込まれていた。
「驚いたかよ!?
 これが“嫉妬エンヴィ”のもうひとつの姿だ!」
 その大きさはダイアトラスよりも頭二つ分以上も大きい――圧倒的優位を確信し、リュムナデスは二人を見下ろしてそう告げた。
「この形態になっちまうと、火力の類は一切使えなくなっちまうがなぁ! この巨体と馬力に任せて、あらゆるものをブッつぶすことが可能になる!
 ノーマルモードの貧弱な火力に油断してたヤツは、この形態のパワーによって自信を撃ち砕かれるって寸法よ!
 どうだ!? せっかく見えた勝利への光明が、力ずくで踏みつぶされた感想は!?」
 勝ち誇り、言い放つリュムナデスだったが――ザフィーラが答えた。
「つまり……その形態は格闘戦に特化した形態ということか……」
 

「それはよかった」
 

「なん、だと……!?」
「つまり、貴様はこれから、小細工なしの真っ向勝負で来てくれるというのだろう?
 まさに願ったりかなったりだ」
「僥倖」
 意外な反応に眉をひそめるリュムナデスに対し、ザフィーラとダイアトラスは淡々とそう答えた。
「殴りかかってきてくれるというなら好都合!」
 その言葉と同時――大地が牙をむいた。ザフィーラの生み出した“鋼のくびき”がリュムナデスの、“嫉妬エンヴィ”の四肢を貫いて動きを封じ、
「得意――分野!」
 ダイアトラスの拳が、“嫉妬エンヴィ”の顔面を打ち上げる!
 

「こんっ、のぉっ!」
 咆哮と共にトリガーを引き、砲火が放たれる――ライカが“力”の弾丸をばらまくが、ショックフリートは空間に溶け込んで彼女の射撃をやりすごし、
「今度は、こちらの番だ!」
 ショックフリートの反撃。広範囲に放たれたエネルギーミサイルを、ライカも素早く身をひるがえして回避する。
「ったく、さっきから撃っちゃ消え撃っちゃ消え!
 うっとうしいわね!」
「敵への嫌がらせなど、戦場では当然だろうが!」
 苛立ち、声を上げるライカに言い返し、ショックフリートが再びエネルギーミサイルをばらまいた。ライカも全身の精霊力砲で迎撃。両者の間で爆発が巻き起こる。
「貴様の攻撃はオレには届かん!
 抵抗するだけムダなんだ――さっさと倒れてしまえ!」
「ったく、調子に乗ってくれちゃって……!」
 空間に溶け込んだ状態で、ショックフリートが余裕の笑い声を上げる――舌打ちまじりに、カイザーショットを腰の後ろにマウントし、
「上等じゃない。
 破ってやるわよ、その戦法」
 取り出したのは伸縮式の警棒だった。縮められたままのそれをジャキンッ、と音を立てて伸ばすと、“再構成リメイク”によって分解、再構築され、一振りのサーベルへと姿を変える。
「そんなサーベルで、何ができる!」
 対し、ショックフリートはライカの意図が読めない。余裕の態度と共に実体化し、エネルギーミサイルを放つが、
「アンタを倒せる」
 あっさりとそう告げて――ライカはサーベル型精霊器“光天刃”の一振りでエネルギーミサイルのすべてを薙ぎ払う。
 そして、再び空間に溶け込んだショックフリートへと光天刃をかまえ、
湾曲ベンド――拘束バインド!」
 その切っ先から“力”が放たれた。渦を巻き、ショックフリートの溶け込んだ一帯を呑み込んで――
「………………っ!?」
 空間に溶け込んだまま、ショックフリートの表情が一変した。
「う、動けん……!?
 バカな!? 空間そのものとなったこのオレに、あらゆる干渉は不可能のはず!?」
「そのアンタを、スタースクリームはどうやって墜としたんだっけ?」
 完全に動きを封じ込められ、うめくショックフリートに対し、ライカは静かにそう尋ねた。
「“空間爆砕術による、空間そのものへの直接攻撃”――まぁ、あたしのは攻撃ってワケじゃないけど。
 光天刃には空間湾曲能力があってね、その応用で動きを止めさせてもらったわよ。
 さらに……」
 ライカのその言葉に伴い、さらに空間が歪む――ショックフリートの姿が収束し、実体化する!
「あんたと空間を引きはがすことも、難しくない」
 そして、カイザーショットとカイザーブロウニングを合体させ、カイザーヴァニッシャーとしてショックフリートに照準。ショックフリートの顔が戦慄に染まる。
「アンタ達が“レリック”を動力源にしてることは知ってる――暴発の危険を考えると、カイザースパルタンは使えない。
 でも――おかげで助かったわ」
 冷静に、淡々とそう告げて――
「そこ以外は――“頭吹っ飛ばしたって死にやしないんだから”」
 ライカの放った砲狙撃が、ショックフリートの顔面を撃ち貫いた。
 

「ぅおぉぉぉぉぉっ!」
 咆哮と共に殴りかかるが――止められない。リュムナデスが一体化した“嫉妬エンヴィ”が繰り出す前足の打撃をものともせず、ザフィーラとダイアトラスは突撃、思い切り拳を振り下ろす。
 直撃を受けて圧し戻され――体勢を立て直すと同時に身をひるがえして尻尾で一撃を繰り出すリュムナデスだったが、
「無意味」
 その直撃を受けてもダイアトラスは動じない。逆に“嫉妬エンヴィ”の尻尾を捕まえるとその巨体を力任せに振り回し、大地に叩きつける!
「ぐ………………っ!
 このぉっ!」
 それでも、リュムナデスは再度殴りかかる――右前足の一撃がダイアトラスの胸に叩きつけられるが、ダイアトラスはかまわずリュムナデスを、“嫉妬エンヴィ”を殴り倒す。
「何だよ、コイツ……!?
 この“嫉妬エンヴィ”でブン殴っても効かないって、そんなのアリかよ!?」
「我、“鉄拳の騎士”。
 防御、一流」
 身を起こし、うめくリュムナデスに対し、ダイアトラスがそう答えるが――
「なめんな!」
 リュムナデスはダイアトラスを見ていなかった。その傍らのザフィーラをにらみつけ、ザフィーラに向けて地を蹴る。
「てめぇはともかく――そっちの犬コロに、“嫉妬エンヴィ”の拳が止められるかぁっ!」
 ザフィーラに標的を変更し、リュムナデスは前足を叩きつけるが――
「ムダだ!」
 止められた。ザフィーラの展開したシールドが、いともたやすくリュムナデスの一撃を受け止め、
「オォォォォォッ!」
 咆哮し、“鋼のくびき”を発動。巨大な“力”の錐が“嫉妬エンヴィ”の全身を打ち貫く!
「オレは“盾”の守護獣。
 攻撃を通さぬことこそ我らが誇り――その防御、たやすく抜けると思うな!」
 もはや“嫉妬エンヴィ”はボロボロだ。ザフィーラの前で左前足が完全にへし折り、体勢が崩れ――
「決着」
 ダイアトラスがトドメの一撃。“嫉妬エンヴィ”の額に収まったリュムナデスへと両の拳を叩きつける!
「…………が……ぁ……っ!?
 完全に意識を刈り取られ、リュムナデスが沈黙する――同時、主からの“力”の供給を断ち切られた“嫉妬エンヴィ”が大地に倒れ伏す。それを見下ろし、ザフィーラは淡々と告げた。
「射撃しかできないノーマルモードと力押ししかできないフルドライブ……
 ノーマルでは後衛、フルドライブでは前衛――連携戦で援護に徹してこそ、貴様のデバイスは力を発揮する。
 自らのデバイスの役割も理解せず、単独で動いたのが貴様の敗因だ。
 次からは、そこも踏まえてもっとうまく立ち回るんだな。
 もっとも……“次”はないだろうがな」
 

「………………っ!」
 暗闇にひそみ、獲物めがけて忍び寄る――“貪食グラトニィ”の闇に紛れて襲いかかるスキュラだったが、
「――――そこ!」
「ぐわっ!?」
 ドゥーエはそんなスキュラの動きをつかんでいた。あっさりとスキュラの爪をかわし、逆にカウンターの蹴りをその腹に叩き込む。
「く――――っ、そぉっ!」
 腹から空気が叩き出され、一瞬だけ呼吸が止まる――そんな身体をムリヤリ動かし、“闇”に隠された魔力弾を放つが、
「ムダよっ!」
 イレインもまた対応した。電磁ムチ“静かなる蛇”で魔力弾を叩き落としたばかりか、続けて放った一撃でスキュラを狙う。
 かろうじてそれをかわし、後退するスキュラだったが、
「逃がすワケ――」
「ないでしょうが!」
 ドゥーエとイレインが同時に飛び込んできた。同じタイミングで繰り出された蹴りが同時にスキュラの腹に叩き込まれ、吹っ飛ばす!
「ど、どうなってやがる……っ!?
 なんでオレの攻撃に対応できる!? なんでオレの居場所がわかる!?
 一体何の能力だ!?」
 どういうワケか、“姿を隠すこと”が真髄であるこの“貪食グラトニィ”の力が、目の前二人にもまったく通じないらしい。半ば混乱し始めた思考で、それでも体勢を立て直し、スキュラが声を上げる。
 対し、イレインとドゥーエは落ち着いたものだ。おそらくそこにいるであろう相手へと視線を向け――まるでそれがアイコンタクトであったかのように、ピッタリのタイミングで告げる。

『カン』

「………………何?
 カン、だと……?」
「そう、カン」
「『経験』と言い換えてもいいかしらね?」
 意外な答えに、今度こそ思考が停止する――呆然と繰り返すスキュラに、イレインが、ドゥーエがそれぞれに答える。
「大したものよ。このフィールド。
 ドクター自慢のセンサー類が何ひとつとしてまともに機能しないんだもの」
「でも……あたし達には10年来の経験がある。
 いくら機械仕掛けのあたしでも、10年も“こっち側”で生きてれば気配のひとつだって読み方を覚えるわよ――それが半分人間の戦闘機人ならなおさらね」
 あっさりと告げるドゥーエにイレインも便乗した。スキュラに告げてそれぞれの獲物をかまえる。
「大切なのは、相手の戦いの流れをつかむこと――視覚やセンサーに頼ってるから、あなたは自分のテリトリーにいるにも関わらず私達の動きについていけないのよ」
 その言葉にスキュラが歯がみするのが気配でわかる――その様子から相手が圧倒的不利を自覚したことを読み取り、ドゥーエは息をついた。
「その様子じゃ、本当にこの空間での優位を失ったら何もできないみたいね。
 それじゃあ……もう続ける意味もなさそうだし。
 ――――シュレッドラプター!」
 ドゥーエのその叫びと同時、彼女の足元の床が砕け散った。大きく開いた穴の奥から姿を見せたのは、小型の2足竜――ラプトル型のトランステクターである。
 そして――
「ゴッド、オン!
 シュレッダー、トランスフォーム!」

 ドゥーエが咆哮、その身体がエネルギーの塊となり、シュレッドラプターと一体化するとロボットモードへとトランスフォームする。
第二機人セカンド・ナンバーズ、“姿偽る諜報者”ドゥーエ。トランステクターは“シュレッドラプター”。
 諜報暗殺兵シュレッダー、外さず逃がさず、斬り刻む!」

「ぬかせぇっ!」
 咆哮し、跳躍――ゴッドオンしたドゥーエからのプレッシャーをはねのけるかのように、スキュラは彼女へと襲いかかり――
「そんな恐れに満ちた突撃で――」
 すでにドゥーエは一撃を繰り出していた。両腕に供えられた爪を一閃。スキュラの脇をすり抜けて――
「私を斬れると、思わないでほしいわね」
 その言葉と同時――スキュラはスキュラでなくなった。バラバラに、無数の肉片となり、周囲にばらまかれる。
「…………やれやれ。
 瘴魔獣将――戦闘機人の技術が使われてるって聞いたからどのくらいかと思ったら……やっぱり私達には遠く及ばないわね」
「瘴魔神将にも及ばないわねー。
 イクトどころか、文系のザインでもしのげるわよ、今の」
 スキュラの死と同時、“闇”が砕け散る――“貪食グラトニィ”が機能を停止し、通常空間に復帰したのを確認しながら、イレインはドゥーエの言葉にそう答え、
「…………で?
 どうしてレジアスのところに向かおうとしていたのか……聞いてもいいかしら?」
「安心なさい。暗殺とか口封じとかじゃないから」
 そして、改めて両者が対峙――尋ねるイレインに対し、ドゥーエはあっさりとそう答えた。
「私の目的はレジアスに流した、ドクターの研究サンプルの回収よ。
 証拠品として回収させて……そういう流れでレジアスに回したものだから、あなた達にとっては今さら手がかりにもならない、無意味なシロモノだけど……ドクターの研究史の上では貴重な過去の作品だもの。返してもらわなくちゃ。
 だから、そのために在り処を聞き出さないと……」
「………………なるほどね」
 そう答えるドゥーエの言葉に、イレインは静かに息をつき、
「なら、一緒に行きましょうか?」
「………………え?」
「別に、レジアスをどうこうって意志はないんでしょぅ?
 だったら、あたしとあなたの目的は反することはない――敵対の理由もないわ」
 意外な提案に、ゴッドオンしたまま思わずキョトンとするドゥーエに対し、イレインはそう答えて肩をすくめる。
「あたしはレジアスからこの事件の“裏”について……それも最高評議会側についての証言を取りたいだけ。
 アンタ達にとっても、害となるものじゃないと思うんだけど? あたし達の立場を考えれば、スカリエッティの逮捕に協力したって何の意味もないのはわかるでしょぅ?」
「…………なるほど。
 確かにケンカする理由はないわね」
 そんな、敵意0で語るイレインの姿に毒気を抜かれたか、ドゥーエはゴッドオンを解除した。ビーストモードとなったトランステクター、シュレッドラプターの上にヒラリとまたがり、
「でも……馴れ合う理由もないの。
 場所を知りたいなら、勝手にいくから、勝手についてきなさい。
 もっとも――追いついてこれなくても見捨てるわよ? 助ける義理なんてないんだから」
「上等っ♪」
 ドゥーエの言葉にイレインが不敵な笑みと共に答え――両者は同時に、同じ方向を目指して地を蹴った。
 

8年前
時空管理局・ミッドチルダ地上本部――

「レジアス……最近、あまりいいウワサを聞かんぞ」
「オレは何も変わらん」
 特に意図はない。廊下で偶然出会ったのを機に、前々からの疑問をぶつけただけ――となりを歩き、そう切り出すゼストだったが、レジアスはそれを一言で斬って捨てた。
「ミッド地上部隊は確かに力を得た。
 だが……まだ足りん。次元航行部隊うみの連中に比肩しうる治安維持能力を持つにはな。
 だから、強行してでも改革を進めなければならん」
 そう答え――ふと思い出し、ゼストへと向き直る。
「そういえば……お前や部下達は、今“戦闘機人事件”を追っているそうだな?」
「あぁ。
 ジュンイチも、そのことで独自に動いているようだ」
「あの若造のことはいい」
 キッパリと答え、レジアスは息をつき、ゼストに告げた。
「……お前には、もっと重要な案件があるはずだ。
 明日には指示する。そっちに移れ」
 言って、レジアスはオーリスを連れて去っていく――その場に残され、ゼストは独りため息をついた。
 自分達を“戦闘機人事件”から外そうとしている。しかも意図的に――露骨と言えば露骨なその態度に、ゼストはしばし瞑目し、口を開いた。
「ナカジマ。
 アルピーノ」
『――――――っ!』
 様子をうかがっていたのに気づかれていたか――驚きはしたものの、すぐに二人は物陰から姿を見せた。バツが悪そうにしている二人をとがめることはせず、ただ用件のみを告げる。
「例の地点……突入捜査の予定を早めるぞ。
 今夜発つ。準備をしろ」
「今夜……ですか?
 でも、あの地点は、ジュンイチくんが戻ってから一緒に、という手筈で……」
「えぇ……
 あの子の見立てだと、かなりの警備態勢のようだから、万全を期した方がいい、と……」
「今の話を聞いていただろう。
 モタモタしていては機を逸する――ジュンイチの見立てに間違いはあるまいが、今は時が惜しい。
 いいな?」
『了解!』
 敬礼で応じる二人の部下に、レジアスは静かにうなずき――

 

 

 

 

あの日、すべての運命が狂った。

 

 

 

 

「オォォォォォッ!」
 咆哮と同時、刃が閃く――ブレードの振るった斬天刀の一撃が、身をかがめたゼストの背後のガレキを一瞬にして斬り飛ばし、
「むんっ!」
 その一撃をかわしたゼストが、斬り上げるように一撃。ブレードの胸に縦一本、傷が刻まれる。
 一瞬、ゼストの視界を覆い尽くすほどの鮮血が飛び散る――だが、そんなもので止まるブレードではない。傷つけられながらもかまわず刃を振り下ろした。とっさに受け止めるゼストだが、強烈な一撃にたまらず大地に押さえ込まれてしまう。
《旦那!》
「わかって――いる!」
 パワー勝負は分が悪い。アギトの声に答え、ゼストはブレードの腹に蹴りを入れた。押し返すように足の裏で思い切り蹴り込み、一気に両者の距離を離す。
「でぇりゃあっ!」
 しかし、それでもブレードは再びゼストに突撃。繰り出した刃をかわされ、反撃を受けてもおかまいなしに斬りつけていく。
(何なんだよ、アイツ……!?)
 そして――そんなブレードの姿は、彼のような戦闘狂と対峙した経験のないアギトを困惑させるのに十分なものだった。
《何だよ、アイツ!?
 旦那の方が斬ってる! アイツの方が血を流してる!
 なのになんで、アイツは倒れないんだよ!?》
 思わず声を上げるが、その間にもブレードの強襲、いや“狂”襲は続く。いくらゼストが斬りつけようと、それでも斬り返してくる。
 “肉を切らせて骨を断つ”ではない。“骨を切らせて肉を断つ”――明らかに与えるダメージよりも受けるダメージの方が大きいブレードの戦いは明らかに理に合わない。
 騎士である・なし以前に、戦闘者としての視点から見ても明らかに異質のブレードの姿は、彼女の理解のはるか外――故に、アギトはブレードのことが理解できず、困惑から抜け出せない。
《なんでだよ……!
 なんで、そんな戦いができるんだよ!?
 そんな戦い方で……アンタは一体、何がしたいんだよ!?》
「『何がしたい』だぁ!?
 ンなもん、決まってるじゃねぇか!」
 ついに声を上げたアギトの問いに、ブレードは斬天刀をゼストに叩きつけた。ゼストが受け、つばぜり合いの形になった中で答える。
「そんなもん――“楽しみたい”に決まってんだろうが!」
《た…………っ!?》
 迷うことなく言い切ったブレードの言葉にアギトが息を呑み――ブレードはゼストを思い切り蹴り飛ばした。斬天刀を肩に担いだ独特のかまえに戻り、場を仕切り直す。
「…………『楽しみたい』か……
 相変わらずのようだな、ブレード」
 対し、ゼストもまた身を起こし、槍をかまえ直した。地を蹴り、ブレードの懐に飛び込むと横薙ぎに振るった一撃でブレードを吹っ飛ばし、ガレキの山の中へと叩き込む。
「だが……すまないが、オレはお前を楽しませるために戦っているワケではない。
 オレは“あの日”の真相が知りたい……そのために、オレはレジアスの元に向かわなければならない」
 もうもうと立ち込める土煙の中、ゼストはそう告げると静かに息をつき――
「…………“あの日”か……」
 土煙の中からの声がそんなゼストに答えた。土煙が徐々に晴れていき――
「8年前、てめぇらや柾木がナンバーズどもに殺された、あの時のことか」
 そして姿を見せたのは、全身につけられた傷がリアルタイムで高速治癒を続けているブレードだ。彼の言葉に、ゼストは無言でうなずいてみせる。
 一瞬の沈黙の後、再び地を蹴る――ブレードと激しく斬り結びながら咆哮する。
「アイツらの無念……せめて真実を明らかにしなければ報いてやれん!
 こんなところで、お前の趣味につき合ってやるヒマはない!」
 言い切ると同時、より力の乗った一撃――受けたブレードはガードの上から吹っ飛ばされた。放物線どころか一直線に飛ばされ、近くの廃ビルへと叩き込まれる。
 何本か大黒柱のような柱を叩き折ったのだろうか――轟音と共にビルが崩壊していくが、相手はあのブレードだ。これだけやっても死んだかどうかあやしいものだ。
 したがって、一切油断することなく槍をかまえる――そんなゼストの読みどおり、轟音と共に積み上がったガレキの山の一角が吹き飛んだ。その中から、ブレードはゆっくりと姿を見せる。
「やはり、この程度で貴様は討てんか……!
 だが……負けるワケにはいかん!」
 予測していたからこそ、動揺はないが――それでもわずかながら期待していただけに、落胆がなかったかといえばウソになる。気を取り直し、ゼストは再び槍をかまえた。
「あの日、アイツらはオレの目の前で死んでいった……
 命を落とした部下達のためにも、あの日の真実を解き明かさなければならないんだ!」
 自らを鼓舞するかのように言い放ち、ゼストはカートリッジをロード。その身体に魔力がみなぎり――
「………………やれやれ、だ」
 対するブレードは盛大にため息をこぼしてくれた。
「“死んでいったヤツらのため”か……
 悪いがよぉ、今のテメェのその戦いが、アイツらのためになるとは、オレにはとうてい思えねぇな」
「なん、だと……!?」
 うめくゼストだったが、ブレードは本気で不満げだ。ゼストをにらみつけ、尋ねる。
「今の話からするとよぉ……テメェ、今の自分の選択に迷いはないんだな?」
「当然だ」
「なら、当然この戦いにも納得済みで挑んでるんだよな?」
「当たり前だ」
「だったら――」
 ゼストの答えに、ブレードは斬天刀を握り締め、
「だったら、なんで――」
 

「テメェはそんな辛そうに戦ってるんだよ!?」
 

「――――――っ!?」
 その言葉にゼストは思わず動揺し――ブレードはその一瞬でゼストの目の前に飛び込んでいた。力任せに振り下ろされた斬天刀を、ゼストがなんとか槍で受け止める。
「納得して挑んでるんなら、自分で選んだ道を信じてるんなら、なんでこんなに攻撃が迷ってんだよ!? なんでオレの言葉で反応が遅れる!?
 こんなの、ためらって戦ってるのがバレバレじゃねぇか!」
 だが、そんなゼストにかまわず、ブレードは立て続けに斬撃を繰り出す。
 その衝撃は今までとは比べ物にならないほどに強烈で、さすがのゼストもそれをただ受けるだけで精一杯の状態だ。
「なんでこんな、したくもねぇ戦いやってんだよ!?
 なんで、自信を持てないような道を選んでんだよ!?
 ンな戦いを続けて、テメェは本当に満足なのかよ!?
 ンな戦いで真実が明らかになったって――それでホントにアイツらは納得してくれんのかよ!?
 つまんねぇんだよ――そんなてめぇと戦ったって!」
 一際強烈な一撃がゼストを押し返す――間髪入れずに地を蹴り、一気にゼストとの距離を詰め直し、さらに怒涛の斬撃を叩き込む。
「迷うんなら戦うな! ためらうんなら斬るな!
 自分で選んだ道なら、自分が望んで進む道なら――」
 振り上げた一撃がゼストの槍を弾き上げる――そのままの動きで一回転、身をひるがえし――

 

 

「誇りを持って、笑顔で歩け!」

 

 

 横薙ぎに放った一撃がゼストを大きく弾き飛ばす――体勢を立て直すゼストに向かって、斬天刀の切っ先を向け、告げる。
「それができないんなら、今すぐここを去れ。
 だが――その時は二度と剣を取るな。
 さぁ、どうするよ!?」
 そんなブレードの言葉に、ゼストは静かに彼の先の言葉を反芻する。
(ためらうくらいなら戦うな、誇りを持って歩けか……
 確かに、ためらいに剣を乱されるような有様では、どれほど重要な使命があろうと戦場に立つべきではない。
 同時に貴様としても、いかに強者であろうとそんな相手をいくら斬ろうと本意ではない、か……なるほど、らしい意見だ)
「……確かに、あのまま戦いを続けるのは、貴様に対する侮辱だったな」
 そう告げるゼストの口には、ここ最近の彼からは久しく失われていたものが浮かんでいた。
 小さいが、確かな――微笑みが。
「よかろう。
 貴様の言う通り、オレは今回の――少なくともこの戦いにはためらいを覚えていた。
 真実を明らかにしたところで、アイツらは戻ってこない……突き詰めればオレの自己満足でしかない――そんな想いが、オレの太刀筋を迷わせていたのだろうな。
 ならば、オレのためらい、その答えを今は問うまい――今この時のみ、オレは目的を忘れよう。
 すべてをこの戦いに捧げ――幕を引く」
「……上等だ」
 ゼストに答え、ブレードはかまえを変えた。やや右半身を引いた半身の状態で、斬天刀をまっすぐにかまえる。
「…………お前がまともにかまえているのを、初めて見た気がするぞ」
「そいつぁどーも。
 けどなぁ……」
 余裕を取り戻したからこそ、会話にもゆとりが出る――ゼストの言葉に笑みを浮かべてそう答え、ブレードは静かに息をつき、
「幕を引くのは、オレの剣だ!」
 咆哮と同時――ブレードの“力”が勢いを増した。
 “本人の才能の欠落により、まったくコントロールできないはずのブレードの“力”が”。
「何だと……!?
 貴様、“力”のコントロールを……!?」
「10年も能力者やってんだ。
 柾木達みたいな精密コントロールはムリでも――力加減くらいは覚えるさ。
 そして――“技”のひとつくらいもな!」
 その言葉と同時――ブレードの“力”が収束を始めた。彼の前に集められ、巨大な精霊力の塊となる。
「砲撃、だと……!?」
「バカ言うな。
 てめぇ、オレの能力を忘れたか?
 オレの属性エレメントは“剣”――ブッタ斬ってナンボだろうが!」
 うめくゼストにそう答え、ブレードは斬天刀を振り上げ、
「てめぇもいろんなヤツと斬り合ってきたんだろうが……さすがに、“砲撃で斬られる”ってのは初めてだろ!
 くらえや――!」

 

「獅子、絶閃!」

 

 咆哮と同時、目の前のスフィアに向けて光刃を叩き込んだ。
 放たれた光刃は一発――それはスフィアの“力”も巻き込んで一気に肥大し、ゼストに向けて襲いかかる!
《旦那!》
「おぅっ!」
 対し、ゼストもフルドライヴで対抗。槍からカートリッジが叩き出され、引き出された魔力のすべてを切っ先に込めて叩きつける!
《旦那……旦那ぁっ!》
「おぉぉぉぉぉっ!」
 アギトの叫びに答えるように、ゼストがすべての力を振り絞り、巨大な“力”の刃へとさらに一歩を踏み出して――

 

 乾いた音と共に刃が打ち砕かれ

 

 

 踏みしめていた大地が砕け散り

 

 

 

 光刃はゼストとアギトを飲み込み、廃棄都市を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

 

「………………」
 崩壊した街並みの真ん中で、ブレードは無言で足元を見下ろしていた。
 そこには、騎士甲冑をズタズタに引き裂かれ、倒れるゼストの姿――
「…………敗れたか」
「あぁ。
 オレの……勝ちだ」
 静かに告げるゼストにブレードが答える。彼の手の中で、握り直された斬天刀がガシャンッ、とツバを鳴らし――
《やめてくれ!》
 そんなブレードの前に、ユニゾンを解いたアギトが立ちはだかった。
《旦那は……旦那はただ、友達と話したいだけなんだ!
 だから……頼む!》
 懇願するアギトに対し、ブレードは――
「どけ」
 あっさりと彼女を押しのけた。ゼストを見下ろしたまま、斬天刀を逆手に持ち替え、振り上げる。
《やめろぉぉぉぉぉっ!》
 アギトの悲鳴が響く中、ブレードは斬天刀を振り下ろし――

 

 地面に突き立てた。

 

《え………………?》
「ったく、何カン違いしてやがる」
 呆然とするアギトに答えると、ブレードはゼストの前にひざまずき、彼に肩を貸して助け起こす。
「貴様……何を……!?」
「シャマルのところへ連れて行く」
 尋ねるゼストにも、ブレードはあっさりと答えた。
「こちとら、てめぇを死なせるつもりはねぇ。
 最初から、てめぇをシャマルのところに引きずってくのがオレの目的だ」
《なら、なんで戦ったり――》
「素直に話して言うこと聞くタマかよ、このオッサンが。
 ブチのめして、抵抗できないようにしてから連れてった方がよっぽどはえぇ」
 うめくアギトに答えると、ブレードはゼストを支え直し、
「死んだらつまらねぇぞ。
 もう誰も斬れなくなっちまうんだからな」
「だが、オレは……!」
「心配すんな」
 反論しかけたゼストだったが、ブレードはあっさりとそう答えた。
「てめぇの知りたかったことなら、どうせ柾木のヤツがたどり着くさ。
 昔からこういうことは徹底してるヤツだ――てめぇが動くまでもねぇ」
 そう告げて、地面に突き立てた斬天刀を空いている手で引き抜き、歩き出す。
「てめぇの望みはあの一件の真実を知ること、だろう?
 だったら、誰が真実を暴こうが別にかまわねぇだろ。おとなしく柾木に任せてりゃあいいんだよ」
 シャマルの位置はすでにつかんでいる。戦闘中のようだが、自分がたどり着く頃には終わっているだろう――気にせず、当初の目的どおりシャマルのいるであろう戦場へと向かう。
「てめぇは、今は黙って治されてろ」
 心配そうなアギトに寄り添われているゼストに告げ――ブレードはニヤリ、と笑みを浮かべ、付け加えた。
「でもって……」

 

「元気になったら、また戦おうやろうや」

 

 

 

「オォォォォォッ!」
 咆哮と共に拳を振り下ろす――が、目標はその動きにあわせて左へ跳躍。チンクに逃げられ、ジュンイチの一撃は虚しく大地を撃ち砕く。
 すかさずチンクがスティンガーを投げつける――が、ジュンイチもそれを爆天剣の一振りで叩き落とすと左手を振りかぶり、
「オォラァッ!」
 炎を解き放った。灼熱の渦がチンクへと襲いかかり――
「ハァッ!」
 チンクもまた、スティンガーを投げつけてきた。炎の渦を突き抜けてきた刃が、ジュンイチの身体を掠め、傷を刻む。
 そして、ジュンイチが防御体勢の間に回り込む――ジュンイチの周囲を駆け、背後に回り込むと同時にスティンガーを投げつける。
 死角から投げつけられた刃は、何の抵抗も受けずジュンイチへと突き刺さる――はずであったが、
「そうくるだろうって――思ってたさ!」
 ジュンイチもそれを読んでいた。ゴッドウィングの形状変化でシールドを作り出し、投げつけられたスティンガーを受け止め、弾く。
 そして、ジュンイチはチンクへと向き直り、両者は改めて対峙する。
「フッ、貴様との戦い……やはり血沸き肉踊る」
「あぁ、オレもだ」
 戦いによってテンションが上がってきたようだ。楽しそうに笑みを浮かべるチンクに対し、ジュンイチも笑みを浮かべてそう答える。
「できることなら、貴様とはこんなしがらみのないところで決着をつけたかったのだがな」
「あぁ……オレもだ」
「……では、そろそろウォーミングアップはやめにして、本気を出すことにしようか」
「あぁ……」
 言って、スティンガーをかまえるチンクに対し、ジュンイチもまた静かにうなずいた。カードホルダーから大きく“U”と書かれたカードを引き抜き、
〈セカンドモード、スタンバイ〉
 “蜃気楼”のトレイにカードをセット、装填そうてんし――“蜃気楼”が告げると同時、二人の戦う戦場を覆うように無数のコピーデバイスが配置される。
 “蜃気楼”のセカンドモード、“夢幻蜃気楼アンリミテッド・デバイス・ワークス”――先にコピーしていたリボルバーナックルとブリッツキャリバーはそのままに、コピーデバイスの隊列の中から飛び出してきたレイジングハートを左手でキャッチし、ジュンイチはチンクに向けて告げた。
 

「…………オレもだ」


次回予告
 
チンク 「……では、そろそろウォーミングアップはやめにして、本気を出すことにしようか」
ジュンイチ 「へぇ、今までは本気じゃなかったってことかよ?」
チンク 「貴様の好きなバトル漫画で言うなら『実力の半分も出していなかった』といったところか。
 つまり! ここからの私はさっきまでの倍の強さだということだ!」
ジュンイチ 「はっ!
 だったらオレは、さっきまでの3倍だ!」
チンク 「ならば私はその10倍だ!」
ジュンイチ 「オレなんかそのさらに100倍だ!」
チンク 「っと、失礼。
 実は1000倍だった」
ジュンイチ 「それならその1万倍だ!」
チンク 「加えて10万倍だ!」
ジュンイチ 「あー、残念だったな!
 プラス100万倍だ!」
チンク 「だったら1000万倍だ!」
ジュンイチ 「オレは無限倍だもんねぇっ!」
   
トーレ 「おーい……チンクぅ……?」
ノーヴェ 「ジュンイチも帰ってこーい……」
マグナ 《まったく……二人そろって子供なんだから……》
   
チンク 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第107話『決着の時〜8年越しの「ごめんなさい」〜』に――」
5人 『《ハイパー、ゴッド、オン!》』

 

(初版:2010/04/10)