「………………っ!」
 暗雲立ち込める夜空を、ジュンイチは“装重甲メタル・ブレスト”を着装、ゴッドウィングを広げて飛翔する。
 単独で動いていた戦闘機人事件の調査から戻り、報告をしようとゼスト隊のオフィスを訪れてみればもぬけの空。受付で事情を問いただしたところ、後日自分と共同で摘発する予定だった戦闘機人プラントと思われる施設の強制捜査に行った、とのこと――あわてて後を追って飛び出し、現場に向かっているのだが――
(あの施設……オレから見てもかなりヤバかったんだ……
 だから、一緒に突入しようってことにしてたのに……!)
「何があったか知らねぇけど、早まりやがって……!
 無事でいろよ、みんな!」
 うめき、ジュンイチはさらに加速、ゼスト隊の気配を探知しながら飛翔し――

 

 感じ取っていた“力”がひとつ、その気配を断った。

 

「間違いない……!
 ここは、戦闘機人プラント……!」
 突入するなり、出迎えたのは、当事はまだロールアウトしたばかりのガジェットT型の大群――メガーヌと背中を守り合い、クイントは周囲を警戒しながらつぶやいた。
 メガーヌもまた、油断なく周囲のガジェットをにらみつけ――そんな二人の元に、別ルートから突入していた部下からの通信が入った。
〈分隊長! こちらチームC!
 隊長が、オレ達をかばって……!〉
『………………っ!?』
 その報告に、クイントとメガーヌは思わず息を呑み――
 

 そんな二人を、“古代遺物ロストロギア”版ガジェットの群れが取り囲んだ。
 

「オォォォォォッ!」
 咆哮と共に、その拳が炎に包まれる――渾身の力で隔壁をブチ破り、ジュンイチはプラントの内部へと突入した。
「みんな――無事か!?」
 味方の気配は明らかに数を減らし、残っているものも弱々しいものばかりだ。すぐに状況を確認するべく顔を上げ――
「――――――っ!?」
 目の前の光景に、思わず目を見開いていた。
 累々と横たわる、局員達の死体。
 そして、その向こう――“古代遺物ロストロギア”版ガジェットの群れに囲まれた状態で、血まみれになり、意識も失われたメガーヌを抱きかかえ、懸命に戦うクイントの姿――
「クイントさん!」
「ジュンイチくん!?」
 声を上げたジュンイチに気づき、クイントもまた彼の方へと振り向いて――
 

「………………ほぅ」
 

『………………っ!?』
 不意に上がった感嘆の声に、ジュンイチとクイントは思わず身がまえ――
「“ゆりかご”のガジェットを相手に善戦している魔導師がいると聞いてきてみたが……まさかあの“黒き暴君”までもが現れるとはな」
 冷静に、淡々とそう告げて――チンクは二人の前にその姿を現した。

 

 

あの夜の出会いから――

 

 

 

あの“First Encount”から――

 

 

 

 

 

8年の歳月が流れた――

 

 


 

第107話

決着の時
〜8年越しの『ごめんなさい』〜

 


 

 

「夢幻(=無限)の蜃気楼、か……」
 ジュンイチが発動させた、“蜃気楼”のセカンドモード“夢幻蜃気楼アンリミテッド・デバイス・ワークス”――周囲をグルリと取り囲んだコピーデバイス達を見渡し、チンクは静かにつぶやいた。
「前回は満足に眺める余裕もなかったが……なるほど、なかなかに壮観な眺めだな」
「おほめに預かり、どーも」
 軽く肩をすくめてそう返すと、ジュンイチは右手の爆天剣と左手のレイジングハート、それぞれを二刀流の要領でかまえる。
 静かに息をつき――チンクをまっすぐに見据えて告げる。
「オレは、お前らに対抗するためにこの“蜃気楼”を作った」
「だろうな」
「8年前の“やり残し”に決着をつけるために、な……」
「あぁ」
 淡々とチンクが答えていく――もう一度息をつき、ジュンイチはそんな彼女を見返した。
(あの日……オレはみんなを守れなかった。
 クイントさん、ゼストのオッサン、メガーヌさん……そして……)
 強い決意を改めて抱き、ジュンイチはチンクに告げた。
「いい加減、動かすとしようか。
 8年前のあの日から止まったままの……オレ達の時間をさぁ!」
「あぁ!」
 

 一斉に目標に向けて飛翔、それぞれが魔力弾を発射――しかし、彼らが対峙しているのは、その程度で止められる相手ではなかった。あっさりと射撃の雨をかいくぐり、ブレードはゼストに肩を貸し、支えた“そのままで”疾走。襲いかかってきたガジェットを間合いに捉えるそばから叩き斬っていく。
 すると、今度はランドールの群れ――大地を駆け抜け、突っ込んでくる彼らに対しては斬天刀から光刃の雨を解き放った。飛翔する刃が、大地を駆ける無人機を細切れに斬砕する。
「ハッ、つまんねぇな。
 てめぇらごときじゃ、100体集まったところでこのオレを殺れやしねぇぞ!」
《いや……ガジェットとかにンなこと言っても、多分理解してないと思うぞ……》
 獰猛な笑みと共に言い放つブレードの言葉に傍らでツッコむのはアギトだ。
《ってーか、ゼストの旦那を知り合いの医者に連れてくんだろ!?
 何こんな戦場の真ん中突っ切ってんだよ!?》
「この先にいるからだよ」
 アギトに答え、ブレードが斬天刀の切っ先で指した先にいるは、周囲を薙ぎ払わんばかりの勢いで砲火を交える戦艦マキシマスと空中要塞アグリッサだ。
《………………え? あそこ?》
「どーせ着く頃には終わってるだろうよ。
 ってーか、終わって着陸なり何なりしてくれてねぇと困るんだよ。ゼストのオッサンを運び込めねぇ」
《は? 着陸? 何で?》
 「砲撃が飛び交っているから危ない」とかならわかるが、どうして着陸云々の話になるのか――尋ねるアギトに対し、ブレードはあっさりと答えた。
「飛べねぇだろうが、オレ」
《…………あー……》
 

 鷲悟の作り出した超重力場によって、“ゆりかご”は再開発地区に“落下”した――しかし、それ以前に市街地に広がっていた戦線は“ゆりかご”から次々に現れるガジェットによって維持され、未だ収拾の兆しは見られない。
 ガジェットへの対応に手一杯となり、局員達も市民の避難誘導には最小限の人員しか回せず、避難は遅々として進まない――しかし、そんな状況であったとしても異様な光景が、市街地の一角に広がっていた。
「こ、これは……!?」
 見渡す限り人、人、人……しかも、誰の目もうつろで、とてもではないが正気を保っているようには見えない。何とかこの場に避難誘導のために駆けつけた局員達が呆然とするのも無理のないことであった。
「ど、どうなってるんだ……?」
「とにかく、避難させないと……!」
 しかし、自分のやるべきことは果たさなければならない。意識を切り替え、彼らはうつろな目をして佇む市民に向けて走り出し――
「………………?」
 局員のひとりが、聞こえてきた笛の音に気づいて顔を上げ――彼の意識はそこで途絶えた。

「まったく……余計なことしてくれちゃって」
 異変はすべて彼女の仕業――ため息をつき、ビルの上に佇むセイレーンは自らの横笛型デバイス、“淫欲ラスト”をクルクルともてあそびながらそうつぶやいた。
「せっかくお膳立てしてるのに、ジャマされたら困るのよ。
 この子達には、存分に戦いに巻き込まれてもらわないといけないんだから……」
 眼下でたむろす人々を見下ろし、セイレーンは笑いながらそうつぶやき――

「そんなことだろうと思ったよ」

 突然声がかけられた。振り向くと、そこには“四神”をフル装備状態のあずさが静かに佇んでいた。
「ひとりでも多くの人間を戦いに巻き込んで、被害を出して……たくさんの人を悲しませて。
 そうしておいて、自分達瘴魔の仕業だって公表すれば、世間の恨みは自分達に向く。
 瘴魔のエネルギー源である負の感情をあおって、しかもそれを自分達に向けさせることでより長く続かせる……ザインの考えそうなことだね。
 10年前から変わらないよ――10年前、それでお兄ちゃんとイクトさんを両方怒らせちゃったっていうのに、まるで反省の色がないんだから。
 もっとも……あたしだって、それを実現させるつもりはないんだけどね」
 言って、あずさはレッコウをブンッ、と一振りし、
「今までのことだってそう。あなたのそのデバイス――ある意味“七人の罪人クリミナル・セブン”の中で一番厄介だよ。
 これ以上の好きにはさせない――叩かせてもらうよ」
「あら、そう?
 でもね――」
 あずさの言葉にセイレーンが答え――同時、ビルの屋上の扉が音を立てて開け放たれた。
 そして姿を現したのは、セイレーンによって操られた一般市民だ。次々に屋上に現れ、あずさをグルリと取り囲む。
「あなたの相手はこの子達――あなた達、一般市民相手に戦えるのかしら?
 あぁ、別に逃げてもいいわよ。そしたらこの子達には自殺してもらうけどね」
「まったく……いい趣味してるね……」
 告げるセイレーンにあずさがため息をつき――そんな彼女に、操られた市民が一斉に襲いかかる!
 

「…………ダメね。
 完全に押さえ込まれてる……」
 同時刻、“ゆりかご”艦内――船の状態をチェックし、クアットロは深々とため息をついた。
「船へのダメージはそれほどでもないけど……今の“ゆりかご”の推力では、あの柾木鷲悟の作り出した重力場から抜け出せない……
 やっぱり、あの男をなんとかするのが先決ね」
 鷲悟を倒すなり捕まえるなり――とにかく彼の重力場をなんとかしなければ、“ゆりかご”は再浮上すらままならない。そう結論づけ、クアットロは通信回線を開き、
「ディエチちゃん、オットーちゃん。
 二人とも、動けないかしら?」

「ゴメン、クアットロ……
 ちょっと、ムリっぽい」
 呼びかけてくるクアットロに対し、“ゆりかご”の外、地上で襲ってくるドール群の迎撃にあたっていたディエチは冷静にそう答えた。アイアンハイドにゴッドオン、自らの火器をそちらに向け――
「…………どうしても、やるの?」
「当然だ。
 お前達はドクターの元から去った……私達の敵なんだよ、セイン」
 静かに尋ねる、デプスダイバーにゴッドオンしたセインに淡々とそう告げる。
 そして、オットーも――
「オットー……止まってください!」
「ゴメン、ディード……
 それはできないよ」
 上空で双子の姉妹と対峙していた。ウルフスラッシャーにゴッドオンしたディードの言葉に答え、クラウドウェーブへとゴッドオンし、
「IS発動――“レイストーム”!」
 放たれた閃光が、ディードに向けて襲いかかる!

「IS発動――“ヘヴィバレル”!」
「く――――――っ!」
 そして、こちらも戦闘開始――先手を打ち、アイアンハイドの主砲を放つディエチに対し、セインは砲撃をかわして後退し、
「ちょっ、ディエチ、ストップ!
 あたしは戦いたくないんだって!」
「それでも――戦わなくちゃいけないんだ!」
 なんとか説得で終わらせられないか――呼びかけるセインだったが、ディエチはかまわず彼女を狙い――
 

「だったら、オレが相手をしてやるよ!」
 

 その言葉と同時――ディエチが、アイアンハイドがはね飛ばされた。宙を舞い、大地に叩きつけられる。
「ディエチ!?」
 もちろん、セインの手による一撃ではない。思わず声を上げ――
「そして貴様も――オレが破壊してやろう!」
 そんな彼女に言い放ち、ビーストモードのジェノスクリームが大地に降り立った。

「――――――っ!
 ディード!」
「え――――きゃあっ!?」
 接近に気づいたのはオットーの方が先だった。声をかけられるが反応が間に合わず、ディードは背後から飛び出してきた影の一撃を受け、眼下の廃ビル街に叩き落とされる。
「チッ、とっさに急所は避けたか……いい反応をする」
 そう舌打ちするレッケージの仕業だ。そのまま大地に降下――いや、飛べない彼の場合は“落下”か。大地に降り立ち、ディードに向けて両腕のエナジーブレードをかまえる。
「だが――ここまでだ!」
 言い放ち、一気に身を起こすディードとの距離を詰める。未だ反撃の余地のないディードに向けてブレードを振るい――
「IS発動――“レイストーム”!」
 降り注いだ閃光の雨がレッケージをけん制、その足を止めさせる。
 そして――
「ディードは……ボクの妹は、やらせない」
 静かに宣言し、オットーはディードを守るように大地に降り立った。
 

 その頃、スカリエッティのアジトでは――
「烈風、一迅っ!」
 咆哮と同時、相棒がカートリッジをロード――グリップ部分に仕込まれたカートリッジシステムを作動させ、シャッハは目の前のガジェット群へと突撃し、
「斬り裂け――ヴィンデルシャフト!」
 渾身の一撃が、立ちふさがるガジェットを思い切り叩き斬る。
 そして――
「はぁぁぁぁぁっ!」
 フェイトも負けてはいない。ザンバーモードのバルディッシュで、目の前のV型ガジェットを一刀の元に斬り捨てる。
 さらに、
「せー。のっ!」
 スーパーモード、キングコンボイとなったジャックプライムも応戦。対TFV型のガジェットを投げ飛ばし、他の対TFガジェットに叩きつけ、爆砕する。
 周囲の脅威を一通り排除し、シャッハと合流――そんなフェイトの元に、ヴェロッサの“猟犬”が駆けてきた。同時、一緒にこの場に突入した突入部隊からの連絡が入る。
〈別働隊、通路確認。
 危険物、順次封印を開始します〉
「了解。
 各ルートはアコース査察官の指示通りに」
 簡潔にそう答え、通信を切り、フェイトはシャッハへと向き直った。
「ありがとうございます、シスター・シャッハ。
 お二人の調査のおかげで、迷わず進めます」
「探査はロッサの専門です。
 この子達が、がんばってくれましたから」
 答えて、シャッハは“猟犬”達の頭を軽くなでてやり、
「さぁ、このまま奥へ――スカリエッティのところへ」
 そう告げるシャッハの言葉に、フェイトとキングコンボイは力強くうなずいてみせた。
 

「クロスファイア!」
「シュート!」

 ジェットガンナーの、そしてハイパーゴッドオンによって彼に宿るティアナの叫びが交錯――直後、放たれた砲火がブラックアウトに襲いかかるが、
「その程度の魔力弾で!」
 ブラックアウトには通じない。エネルギーミサイルで精密射撃、ティアナの魔力弾を正確に叩き落としていき――
「その精密さが、命取りっス!」
 巻き起こる爆発を突っ切り、ウェンディが飛び込んできた。彼女の宿ったエリアルスライダーが、至近距離からブラックアウトを狙うが、
「貴様にとっての――なっ!」
 宙返りの要領で回避、身をひるがえしたブラックアウトがウェンディを蹴り落とす!
「ウェンディ!」
「大丈夫――いけるっスよ!」
 ティアナに答え、ウェンディが体勢を立て直し、戻ってくる――並び立ち、二人は改めてブラックアウトと対峙した。
「さっきからこっちの攻撃、一発も通ってない……!」
「のらりくらりと、やってくれるっスね……
 ジェノスラッシャーとは別の意味でムカツク相手っスね」
「ヤツのビークル形態はヘリコプターだ。速度はないが小回りが効く。
 空戦機動においては、ジェット機ベースの我々や翼竜ベースのジェノスラッシャーよりも上を行く」
 ティアナやウェンディの言葉に答え、ジェットガンナーはブラックアウトのスキを探してサーチを働かせる。
「つまり、空戦じゃあたしらよりも格上ってことっスか?
 厄介な相手にあたっちゃったっスね……」
「だからって嘆いてらんないわよ」
 うめくウェンディに答え、ティアナはクロスミラージュとリンクさせたジェットショットをかまえ、
「あのなのはさん達だって、魔法を完封できるマスターギガトロンや手の内を知り尽くしたジュンイチさんを相手に相性差をひっくり返せなかった……
 ホントなら、ムリに相手しないで相性のいい子に任せたいところだけど……」
「この混戦状態じゃ、難しいっスね……あたし達、3人=2体でなんとかするっきゃないってことっスか……
 数じゃ勝ってるし、はさみ撃ちにでもするっスか?」
「…………何?」
 ティアナに聞き返すウェンディだったが――その言葉に、ブラックアウトは不意に顔を上げた。
「『数で勝る』?
 おいおい、何をカン違いしている?」
『………………?』
 そう返してくるブラックアウトの言葉にティアナ達が眉をひそめ――そんな彼女達を、エアドールの群れが包囲する!
「しまった! ドール!」
「コイツらがいたっスか!?」
「そういうことだ!
 あの“ゆりかご”が手に入れば、我らディセプティコンが覇者となる――そんな大事な局面で、戦力の出し惜しみなどするはずがなかろう!
 さぁ――やってしまえ、ドールども!」
 うめくティアナやウェンディにブラックアウトが答え、エアドール達が一斉に魔力砲をチャージして――

「フォースチップ、イグニッション!」

 声が響いた。同時、彼女達の戦いの場、その直上で“力”の嵐が巻き起こり――
「ブリッツ、ヘル!」
 解き放たれた。降り注ぐビームの雨が、ティアナ達の周囲のエアドールを蹴散らしていく!
 そして――
「残念だったな!
 そっちは激減、こっちは増員だ!」
 言い放ち、晶をライドスペースに乗せたブリッツクラッカーがティアナ達の前に舞い降りる!
「ぶ、ブリッツクラッカーさん……!?」
「よっ。
 危ないところだったな、お前ら」
 突然の乱入に驚くティアナに、ブリッツクラッカーは笑みを浮かべてそう答え――
「………………出撃してたんですか?」
「悪かったな! 最近出番なくってさぁっ!」

「まぁまぁ」
 気にしていたことをティアナにツッコまれ、涙目で返すブリッツクラッカーを、相棒の晶がライドスペースからそうなだめる。
「バカな……“セイバートロンの遅咲きの天才”が、こんなところに!?」
「へぇ、そっちの名前で呼んでくれるんだ。
 六課じゃ身内ばっかりだったから、イマイチそっちの異名って浸透してなかったんだよね」
 対し、ブラックアウトは別の意味で驚愕していた。うめくその言葉に、ブリッツクラッカーは気を取り直してそう答え、
「そんじゃ、いっちょいくか!
 ティアナ! ウェンディ! しっかりついてこいよ!」
「横から出てきて、仕切らないでほしいっスね! 了解っスけど!」
「グダグダ言わない! いくわよ!」
「私の名前が呼ばれていないのだが……」
 ブリッツクラッカーの言葉にウェンディ達がそれぞれに応じ、3体は散開してブラックアウトへと襲いかかる!
 

「いけよ!」
 狙いをあわせると同時に“力”を解放――コピーレイジングハートでショートバスターを連射、チンクを狙うジュンイチだが、チンクも細かな機動でそれをかわしていく。
 廃ビルを楯にしながら回り込み、スティンガーを手にジュンイチを狙い――
「――――そっち!」
 ジュンイチはいち早くその動きに気づいた。素早く振り向き、爆天剣による斬撃でチンクへとカウンターをお見舞いする!
「ぐぅ…………っ!」
「もらうぜ――チンク!」
 直撃は避けられたが、大きく姿勢を崩す――チンクに向け、ジュンイチは一気に勝負を決めるべく距離を詰める。
 レイジングハートを手放し、代わりに呼び出すのはレヴァンティンのコピー。二刀流でチンクへと斬りかかり――
「――――――っ!?」
 気づき、後退――振り向きざまにチンクが投げつけてきたスティンガーをかわす。
 チンクの投げつけたスティンガーは背後の廃ビルに。直後、ランブルデトネイターの発動によって爆発し、大きく穿たれたビルがこちらに向けて倒れ込んでくる!
「ここにきて――“びるでぃんぐはんまぁ”かよ!?」
「貴様の技だが……文句は言うまいな!?」
 お互い、離脱してビルをやりすごし、体勢を立て直す――うめくジュンイチに言い返し、チンクは再びスティンガーを投げつける。
「そんな、真っ向から!」
 それをかわし、再度チンクへと向き直るジュンイチだったが――
「――――――っ!」
 直後、左足に痛み――見れば、左足の“装重甲メタル・ブレスト”を貫き、1本のスティンガーが突き刺さっている。
(かわしたはずなのに――!?)
 一瞬ワケがわからず混乱しかけるが――気づいた。
 視界のすみ、自分の左下にあるガレキにわずかに刻まれた真新しい傷に。
「跳弾――!?
 まさか、狙って――!?」
「これが――私のこの8年間の修練の成果だ!」
 うめくジュンイチの言葉をチンクが肯定――ジュンイチだけでなくその周囲に向けてスティンガーを投てき。ジュンイチが自分を狙ったそれを叩き落としているスキに、周囲のガレキに当たり、弾かれたそれがジュンイチに向けて波状攻撃となって襲いかかる!
「こなくそっ!」
 とっさにさばき、かわそうとするジュンイチだったが――すべてをしのぐことはできなかった。右腕、そしてヘッドギアの左側にスティンガーが突き刺さり――
「IS発動――“ランブルデトネイター”!」
 チンクが叫び、指を鳴らし――先の左足のそれを含む、ジュンイチに突き刺さった3本のスティンガーが爆発する!
 

「――――――っ!?
 お兄ちゃん……!?」
 自分の感覚が、“力”の揺らぎを伝えてきた――ジュンイチの戦っているであろう方向へと視線を向け、あずさは思わず声を上げる――

 自分がひとり残らず叩き伏せた、操られた一般市民達の山の上で。

「鬼ね」
「あたしも、結局は柾木の血筋だったってことだよね」
 本当に、迷うことなく叩き伏せてくれた――思わずうめくセイレーンに対し、あずさはあっさりとそう答えてレッコウを肩に担いだ。
「で? どうする?
 ご自慢の“お人形”さん達は見ての通りだけど?」
「く――――――っ!
 こうなったら、あなた自身を操って――!」
 告げるあずさの言葉に、セイレーンが“淫欲ラスト”をかまえ――
「はい、そこまで♪」
 すかさずあずさの放ったイカヅチの魔力弾が、一撃の元に“淫欲ラスト”を撃ち砕いた。
「操った人達に襲わせて、それがしのがれると本人を操りにかかる――前にクロノくん達と戦った時のままだね。
 そうやって余裕ぶってるから、足元をすくわれるんだよ。反省が活きてないね」
 言って、あずさはレッコウをかまえ――地を蹴った。一瞬にして距離を詰め、セイレーンを間合いに捉える。
「なめないでよ!
 私だって、デバイスがなくたって!」
 最大の武器であった“淫欲ラスト”を失い、もはや残すは五体のみ――半ばヤケクソになりながらあずさに向けて拳を繰り出すセイレーンだったが、
「はい、残念♪」
 そんなものがあずさに通じるはずがない。かわすまでもなくイスルギの防壁で難なく受け止め、
〈Elment-Install!
 “Clash”!〉

「どっ、せぇいっ!」
 エレメントカートリッジで打撃力を強化したレッコウで、セイレーンを渾身の力でブッ飛ばす!
「がはぁっ!
 ……くっ、この程度で――!」
 しかし、セイレーンもこの程度では止まらない。背中を痛打しながらも身を起こし――
「悪いね――終わりだよ」
〈“Buster”!〉
 あずさはすでにフィニッシュの体勢に入っていた。レッコウで砲撃特性を強化、イカヅチをかまえ、巨大な魔力スフィアを作り出す!
 そして――
「一砲――必砕っ!
 メギド、スマッシャー!」

 放たれた巨大な魔力弾が、セイレーンを直撃、大爆発を巻き起こす!
「が…………ぁ……っ!」
 全身を爆発で焼かれ、衝撃で打ちのめされ、一瞬でボロ雑巾のように変わり果てたセイレーンが大地に倒れ伏す――息をつき、あずさはそんな彼女に向けて歩を進めた。
 セイレーンのすぐ目の前で立ち止まり――しゃがみ込んだ。彼女の顔をのぞき込んで告げる。
「私達の“身内至上主義”を甘く見たのがあなたの敗因。
 私を殺したいんだったら、ヴァイスくんでも操って連れてこればよかったんだよ――そうすれば、私なんかなんの抵抗もできなかったのに」
「そうしていれば……殺されてくれたとでも、言うのかしら……?」
 なんとか息はあったらしい。顔を上げ、セイレーンがイヤミ混じりにそう返し――あずさは答えた。
「うん。絶対♪」
 

「ジャマすんじゃねぇっ!」
 ブリッツクラッカーが咆哮し、エネルギーミサイルを斉射――前方に立ちふさがるエアドールの群れを薙ぎ払い、
「クロスファイア!」
「シュート!」

「させんっ!」
 ティアナが開かれた防衛ラインの穴にクロスファイアを叩き込むが、ブラックアウトもそれを迎撃し、
「もっらったっス!」
「バカのひとつ覚えか!
 ウェンディの突撃も身をひるがえして回避する――まるで先ほどの攻防の焼き直しだ。
 そう――“ここまでは”
『どっせぇいっ!』
「どぅわぁっ!」
 しかし今回はティアナ達の側にブリッツクラッカーが加わっている。晶と共に咆哮、飛び込んできた彼の飛び蹴りが、ブラックアウトを吹っ飛ばす!
 さらに、吹っ飛ぶブラックアウトにウェンディがエリアルライフルのチャージショットを叩き込む――この展開を見越し、先の突撃の間にチャージを済ませていたのだ。
「ぐぅ……っ!
 やってくれる……!」
「悪いな。
 確かにビークルモードの機動性の相性はお前の方が上だけど、こちとらベテランでね。
 ヘリコプターベースの相手のさばき方も、それなりに心得てるんだよ!」
 うめき、距離をとるブラックアウトに対し、ブリッツクラッカーは愛銃ブリッツヘルをしまい、
「“撃ち”貫け――“摩利支天”!」
〈Stand by Ready!〉
 その叫びに呼応し、彼のデバイス“摩利支天”が起動。その手の中に一振りの槍が現れる。
「喰らいさらせ――ゼロブラック・プラズマ!」
 瞬間、眼前に魔力スフィアが作り出される――“摩利支天”を叩きつけ、解放された“力”がブラックアウトへと襲いかかるが、
「この程度で――!」
 ブラックアウトも負けていない。襲いかかる、雷撃を伴った“力”の渦をかわし、逆にブリッツクラッカーに向けてプラズマ砲を起動し――
「クロスファイア――シュート!」
「エリアル、キャノン!」

 ブリッツクラッカーの砲撃は彼女達の姿を覆い隠すためのカモフラージュ――左右から回り込んできたティアナとウェンディが、はさみ込むように魔力弾の嵐を叩き込む!
「ぅ、ぅおぉっ!?」
 その中の数発が、ブラックアウトの飛行用ローターを破壊した。バランスを崩したブラックアウトに向け、ティアナ達はそのまま突撃をかけ、
「ジェット――」
「エリアル――」

『クロスクラッシュ!』

 クロスミラージュ譲りのダガーモードに切り替えたジェットショットがプラズマ砲を切り飛ばし、銃身に光刃を生み出し、ブレードモードに切り替えたエリアルライフルがブラックアウトのボディを上下真っ二つにブッタ斬る!
 下半身を失い、ブラックアウトの身体がはね飛ばされ――
「ティアナ!」
「はい!」
 ジェットガンナーの言葉にティアナが動く――バインドを放ち、ブラックアウトの身体を眼下のビルの壁にはりつけにしてしまう。
「ぐ………………っ!
 くっ、そ……!」
「うっわー、まだ生きてるのかよ……?」
「トランスフォーマーでも、死なないまでも機能停止レベルのダメージだぞ……
 “レリック”が破壊されない限り、機能停止もできないのかよ……」
 しかし、それでもブラックアウトは意識を保っていた。なんとか脱出しようと、力の入らない身体でもがくその姿に、晶やブリッツクラッカーが思わずうめく。
「だったら話は簡単っス。
 さっさと“レリック”を破壊して、楽にしてやるっスよ」
 一方で、ウェンディの行動には迷いがなかった。エリアルライフルの銃口を、プラズマ砲を失ったブラックアウトの胸元に突きつける。
「鉄甲弾、精製。
 非炸裂系の物理衝撃で、物理的に“レリック”を撃ち砕く……!」
 エネルギー系攻撃では“レリック”の暴発を招く恐れがある。物理破壊を選択し、ウェンディは引き金に指をかけ――
 

「そこまでよ」
 

 そんな彼女を、ティアナが静かに制止した。エリアルライフルに手をかけ、銃口を下ろさせる。
「ジュンイチさんだったら……やらないわよ、きっと」
「………………そうっスね」
 ティアナの言葉に、ウェンディは素直にうなずいた。完全にエリアルライフルの銃口を引き、肩をすくめてみせる。
「……ずいぶんと、甘いことだな……!
 オレが“レリック”の力で動いている機械人形だと知っていて、それでも情けをかけるか……」
「っさいっスね。
 こっちにもいろいろ思うところがあるんスよ」
 一方、とどめを避けたティアナ達の判断を「甘い」と断じるのは当のブラックアウトだ。告げられたその言葉に、ウェンディは息をついてそう答える。
「『ジュンイチだったらやらない』――ティアナの言葉で、思い出したんスよ。
 戦闘機人のあたし達にも、ジュンイチは普通に接してくれた……普通の女の子として、扱ってくれた……
 戦うために作られた存在でも、仮初の命でも、生きてていいって……笑ってていいって、アイツは教えてくれたんス。
 ここでお前のことを『機械人形だ』って否定したら……あたしは自分自身を、あたしを認めてくれたジュンイチの想いを否定することになる。
 だから、あたしはお前を否定しない。お前自身が自分を否定しても、あたしは絶対に、お前を否定なんかしてやらないっス」
 静かに、淡々と――しかししっかりと、力強くそう語るウェンディの言葉に、ブラックアウトはしばし瞑目し、
「……ずいぶんと、甘いことだな……」
 ため息まじりに、先ほどの自分のセリフを繰り返すのだった。
 

「やってくれたな、おい……っ!」
 爆発が収まり、静寂が戻る――血だまりの中で、ジュンイチはなんとか上半身だけを起こし、激痛に顔をしかめながらそううめいた。
 その頭、ジュンイチが左手で押さえているあたりは爆発のせいで深々と抉られていて――
他人ひと様の脳みそ、3割も吹っ飛ばしやがって……!
 オレじゃなかったら死んでるところだぞ……!」
 “生体核バイオ・コア”が頭脳であり、心臓である自分にとって、脳は頭脳担当の“生体核バイオ・コア”が思考するための補助演算装置でしかない。
 それに、体内に複数個存在する“生体核バイオ・コア”がひとつでも残っていれば生命活動は維持できるし再生治癒も可能――それはチンクも知っていることだが、だからって遠慮なく吹っ飛ばすのは敵ながらどうかと思う。
 他にスティンガーを受けていた場所――左足は筋肉も吹き飛ばされて金属化した骨がのぞいているし、右腕に至っては「のぞいている」どころか完全に肉が吹き飛んで骨が丸見えの状態だ。遠慮のカケラもないチンクの攻めに、ジュンイチは頭から流れる血に顔をしかめながらチンクをにらみつけた。
(標準の再生速度だと……あんまり、考えたくないな……)
 他はだましだましいけるとは思うが、右腕が垂れ下がったままなのは正直痛い。ジュンイチはコピーデバイス群からクラールヴィントを呼び出して治癒魔法を発動。さらに意識を集中させ、ジュンイチは体内の自己修復機構をフル回転。治癒速度を上げていく。
 だが――事態は自信の考えている以上に深刻だった。
(くそ…………っ、治るよりも先に、意識が……!
 止血前に……血を、流しすぎた……!)
 だんだんと視界がぼやけてくる――なんとかつなぎとめようとするジュンイチだったが、視界が完全に閉ざされるまで、それから数秒もいらなかった。
 

「これは……!?」
 スカリエッティのアジトを奥へと進む中で、培養カプセルが並べられた一角に出た。そこに収められた人々の姿に、シャッハは思わず声を上げた。
「人体実験の、素体……!?」
「おそらく……」
 うめくシャッハに答え、フェイトもまたそれらの“素体”達を見渡した。
「これだけの人達を確保するのに、一体どんなことをしてきたか……」
「一秒でも早く、止めなくてはなりませんね」
 答えるシャッハの言葉にフェイトがうなずいた、その時――
「――――――っ!?
 上!」
 気づき、キングコンボイが声を上げる――散開する一同の間に、対TFV型のガジェットが落下してくる!
 しかも1体や2体ではない。多数がゴロゴロと転がり落ちてきて、三方向に散ったフェイト達は完全に分断されてしまう。
「キングコンボイ! シスター!」
「私は大丈夫です!」
「同じくっ!」
 声を上げるフェイトにシャッハとキングコンボイが答え――キングコンボイが残る二人に提案する。
「二人とも!
 ここはボクが足止めするから、早く奥に!」
「キングコンボイ!?」
「ボク達は、ここにガジェットを壊しに来たワケじゃないでしょうが!」
 思わず声を上げるフェイトだったが、キングコンボイの決意は固い。力いっぱい言い返してくる。
「スカリエッティを止めて……捕まってるみんなを解放してあげなくちゃ!」
「…………わかった。お願い。
 シスター!」
「わかりました。
 では……後ほど」
 強い決意と共に告げるキングコンボイにうなずき、シャッハを促す――方針が決まり、3人はそれぞれに地を蹴った。
 

「…………っ、く……っ!」
 なんとか意識が回復し、ジュンイチはその場に身を起こした。
「どう……なった……!?」
 全身の筋肉がズタズタだ。筋肉痛特有の激痛に顔をしかめながら周囲を見回し――
「――――――っ!?」
 目の前の光景に目を見開いた。

 致命的な破壊を受け、今にも爆発を起こしそうな室内。

 血だまりの中に倒れ伏すクアットロ。

 血まみれで壁の中に叩き込まれたトーレ。
 

 そして――
 

 全身をズタズタにされ、すぐ目の前の壁に寄りかかるようにして意識を手放しているチンクの顔は――

 

 右目が深々と斬り裂かれていた。

 

「まさか……これって……!?」
 壮絶な戦いの痕跡――自分の意識が失われていた間に起きたことに、ジュンイチは心当たりがあった。
 その根拠は、周囲の壁に残されていた。壁を穿った、断面の溶け落ちた円形の穴――高熱の熱線が壁を撃ち抜いた痕や、三つ並んだ鋭利な切断痕……
 その痕跡が示すものは――
「高周波クローに、生体熱線砲バイオ・ブラスター……
 どっちも……オレの、“暴走態”の固有兵装……!」
(鷲悟兄の身体から出て、オレも、鷲悟兄も、“暴走”の危険はなくなったはずなのに……!)
 だが、自分が意識をなくしている間に、自分が意識を失うまでほとんど無傷に近かった彼らが叩き伏せられるほどの破壊があったことは事実だ。
「そこまでの……怒りだったってことかよ……!
 身体的な“引き金”を失っても、それでもなお暴走するほどの……」
 どうやら場所を移したらしく、クイント達の姿はないが――現状で喜ばしきことといったらそれくらいだ。吐き捨てるようにつぶやき、目の前のチンクへと歩み寄る。
 ヒザをつくようにかがみ込み、意識のない彼女の顔を、その頬をそっとなでる。
「また……傷つけた……!
 絶対に抑えなきゃならないこの力で、また……人を、傷つけた……!」
 守れなかったこと、自身の再びの暴走を許したこと、そして――
 いろいろなことへの悔しさが重なり合い、ジュンイチの目からあふれた涙が、握りしめた自らの拳に落ちて――
 

「…………ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 

 ジュンイチの慟哭が、施設内に響き渡った。

 

「………………っ!」
 意識が記憶の渦の中から急浮上、一瞬にして覚醒する――同時、再び襲ってきた激痛に、ジュンイチは倒れたままの姿勢で思わず顔をしかめた。
 時間にして、意識を失っていたのは数秒といったところだろう。周囲にはまだ、先ほど自分の腕や脳を吹き飛ばした爆発の余韻である爆煙が立ち込めている。
(…………チンクとの戦いに集中してたからかね……
 まさか、このタイミングであの日のことを夢に見るなんてな……!)
 脳が足りていないせいだろうか。なんとか上半身だけは起こし、未だボンヤリしたままの頭でそんなことを考えていたジュンイチだったが、
「やはり……まだ息はあるようだな」
「――――――っ!?」
 煙の向こうからかけられたその声に、ジュンイチの意識は一瞬にして覚醒した。目を見開く彼の前で、声の主であるチンクは煙の中からゆっくりとその姿を現した。
「さぁ……どうする?
 その傷で向かってくるか? なんとか回復を果たしてからにするか?
 それとも……いつものように逃げるか?」
「…………バカ、言え……!」
 うめくようにチンクに答え、ジュンイチは傷ついた身体でヨロヨロと立ち上がった。
「予定変更してまで付き合ってやってんだ……逃げはなしだ」
 静かに告げ、チンクをにらみつける――出血によって左目は閉ざされているが、残る右目は強い意志を宿したままチンクに向けられている。
 その脳裏に浮かぶのは、先ほどの“夢”――かつての“記憶”の中に見た、血まみれのチンクの姿――
「きっちり、ケリはつけてやるさ……!
 でなきゃ……オレはもう、前に進めねぇ……!
 お前とも、向き合えねぇ……!
 ここで尻尾を巻くようなヤツに……そんな資格があるワケねぇ!」
 渾身の力で咆哮し――ジュンイチは腰のカードホルダーから一枚のカードを引き抜いた。
 デバイスデータを記録したものではない――“夢幻蜃気楼アンリミテッド・デバイス・ワークス”の発動キーになったものと同様のカードだ。
 そこに描かれた数字は――“V”。
「“V”………………?
 ――――まさか、そのカードは!?」
「そのまさかだよ」
 その正体を悟り、声を上げるチンクに答え、ジュンイチが“蜃気楼”のガントレットにカードをセットし、
〈サードモード、スタンバイ〉
 装填そうてんした。“蜃気楼”が淡々とジュンイチに告げ――周囲のコピーデバイス群に変化が起きた。一様に分解され、元のナノマシンの集まりへと姿を変えていく。
 同時、“蜃気楼”のガントレットが変化――ガントレットの上部全体がカードトレイとなり、しかもカードの差し込みスペースが三つに増えた状態で配置される。
 そんな中、ジュンイチの傷も今まで以上の速度で癒えていく――コピーデバイスの精製を維持していた“力”が戻ったことで、治癒に回せる“力”に余裕が出てきたからだ。
 ナノマシン群が日に照らされ、キラキラと輝く中、外見的にはほぼ傷の癒えたジュンイチは静かに告げた。
 外観的にはほとんど変わらず――しかし劇的な進化を遂げた相棒の名前を。
 すなわち――

 

――“夢想蜃気楼インフィニテッド・ハイブリット・ファクトリー”――

 

「夢想……か……」
「あぁ……
 “無双”の“夢想”……ってね」
 つぶやくチンクに答え、ジュンイチはカードホルダーからカードを引いた。
 枚数は2――露出させる形で数を増やしたカードトレイに順にセットする。
〈アイギス〉
〈レヴァンティン――〉

 

〈ハイブリット――“レヴァンティン・アイギス”〉
 

 同時――ジュンイチの右手にナノマシンが集結した。互いに結合し、楯と一体化した刃を――両刃の刃であったアイギスと違い、レヴァンティンのような太く、頑強な片刃の刃を備えたそれを作り出す。
「アイギスの楯剣、レヴァンティンの刀身……
 なるほど……そういう能力か」
 そしてその光景は、チンクに新たな“蜃気楼”の能力、その正体を推察させるのに十分なものだった。つぶやきながらうなずき、改めてジュンイチへと告げる。
「“コピーデバイスの精製”ではなく、“デバイス同士の融合”……それが“蜃気楼”サードモードの能力。
 ナノマシンで作り出すコピー品――その特徴を活かし、同時に読み込ませたカードのデータを融合、それぞれをかけ合わせた新たなデバイスを作り出す能力か……」
「そういうことだ」
 特に隠すこともなく、ジュンイチはチンクにそう答えた。
「ただ……当然のことだけど、融合したのは見た目だけじゃない。
 もちろん、能力だって融合してる――こんな風に!」
 告げると同時、右手に生み出された刃を振るう――同時、刃が“ほどけた”。長大な連結刃となり、チンクへと襲いかかる!
「そんなもの――弾き返せばすむ話!」
 だが、この程度ではチンクにとっても予想の範囲内だ。冷静にスティンガーを投てき。ランブルデトネイターによる爆発で押し返そうとするが、
「ところがどっこい――残念無念っ!」
 ジュンイチが吼えると同時、連結刃全体が炎に包まれた。渦巻く刃に導かれ、巨大な炎の竜巻となったそれがチンクの起こした爆風を真っ向から吹き飛ばす!
「何――――っ!?」
 驚愕しながらも身体は動く――とっさに飛びのいたチンクの目の前を破壊の渦が駆け抜ける。
 衝撃の後、ジュンイチが刃を引き――ビル街はまるで巨大なドリルが駆け抜けたかのように、ポッカリと丸い穴を開けていた。
「忘れたか?――オレ、“炎”属性なんだぜ。
 レヴァンティンの炎熱変換に加えて、“炎”属性のこなたに合わせて作られたアイギス、そしてオレ自身の炎――“炎”系特化が三つもそろえば、このくらいの破壊はできらぁな」
 数秒の沈黙の後、大きく抉られた廃ビルが次々に崩壊していく――すさまじい破壊力に息を呑むチンクに対し、ジュンイチは笑みを浮かべてそう答える。
「そんでもって――お次はコイツ!」
〈クロスミラージュ〉
〈ストラーダ〉

 そして、アイギスとレヴァンティンの混合デバイスをナノマシンの塵に還す――次いでセットしたカードによって、ジュンイチの両手にナノマシンが収束していく。
〈ハイブリット――“ストラーダ・ミラージュ”〉
 そして作り出されたのは、刃の基部にクロスミラージュが2基埋め込まれたかのようなデザインのストラーダで――
「――――いくぜ!」
 咆哮と同時、ジュンイチが地を蹴った。一気に間合いを詰めてきたジュンイチの刺突を回避、距離をとろうとするチンクだが、
「逃がすか――よっ!」
 ジュンイチがそんなチンクへと切っ先を向け――埋め込まれたクロスミラージュが火を吹いた。放たれた魔力弾をなんとか弾くチンクだったが、そのスキにジュンイチの接近を許してしまう。
 ジュンイチがストラーダ・ミラージュを振り上げ――クロスミラージュがダガーモードに。生み出した魔力刃はストラーダの刃にそって重なり合い、巨大な刀身を生み出す!
「どっ、せぇいっ!」
 そして、生み出された巨大な刃が叩きつけられる――とっさにかわすチンクだが、ジュンイチの一撃は彼女の背後の廃ビルを真っ二つに両断、粉砕する。
「ちぃ……っ!
 このままでは……!」
 完全に攻められっぱなしだ。このままでは主導権を持っていかれる――せめてジュンイチの攻勢だけでも止めようとスティンガーを投げつけるチンクだったが、
〈ライディングボード〉
〈イノーメスカノン〉
〈ハイブリット――“ライディングカノン”〉

 ウェンディのライディングボードとディエチのイノーメスカノン――巨大武装二種のハイブリットによって作り出された大型のボードが楯となり、チンクのスティンガーを弾き飛ばしてしまう。
 そして、イノーメスカノンが融合しているということは当然――ジュンイチは迷うことなくボードに備えられた砲口をチンクに向けた。すでにチャージを終えていた砲撃が火を吹き、チンクのかわした後の廃棄都市を撃ち貫く!
「なんというデバイスだ……!
 一発一発が即撃墜クラスの威力……オマケに攻防や斬射が一体となっていて切り返しが速すぎる……!
 まったく、手が着けられないにも程がある!」
 巻き起こる爆煙の中、チンクがジュンイチの姿を探しながらうめくと、
〈グラーフアイゼン〉
〈バルディッシュ〉
〈ハイブリット――“バルディッシュ・アイゼン”〉

 離れたところから“蜃気楼”の声が響き――
「オォォォォォッ!」
 次の瞬間、爆煙を吹き飛ばし、ザンバーフォームのバルディッシュを振り上げたジュンイチが“すぐ目の前に”飛び出してくる!
「な………………っ!?」
 ジュンイチの速度ではこんなに素早い突撃は――と、チンクは気づいた。
 バルディッシュ・アイゼンと名づけられたハイブリットデバイスは、柄の両端にバルディッシュとグラフアイゼンがそれぞれ配置された形状となっている。
 そして、その一方、グラーフアイゼンの形態は――
(高速突撃形態――ラケーテンフォルム!
 あの加速を利用して、一気に飛び込んできたのか!)
「く――――――っ!」
「ラケーテン、ハンマー!」
 とっさに後退しようとするが、間に合わない。ジュンイチの一撃がチンクを打ち据え、背後のビルに叩きつけ、
「でもって――」

「プラズマ!
 ザンバー!
 ブレイカァァァァァッ!」

 反対側のバルディッシュがザンバーフォームに変形。特大の魔力斬撃をチンクに叩き込む!

 

(負ける…………?)
 強烈な衝撃が全身を打ち貫く――衝撃で宙を舞うチンクの脳裏には、その一言が浮かんでいた。
(このまま、柾木に討たれて終わる、のか……?
 これが……私達の結末だというのか……!?)
 遠のき始めた意識の中、ぼんやりとそんなことを考えて――
(…………いや……まだだ……!)
 しかし、それでも彼女の心が折れることはなかった。
(まだだ……
 私は……まだ、戦える……
 ……いや……違う……
 私は……)

 

(勝つ!)

 

「……ォオォォォォォッ!」
「――――――っ!?」
 油断はなかった――が、「終わった」という意識がどこかにあったのも事実だった。わずかに反応が遅れた、のけぞったジュンイチの鼻先をチンクが投げたスティンガーがかすめていく。
 そして、吹っ飛ばされた状態から体勢を立て直し、チンクはなんとかその場に着地した。
「まだだ……!
 まだ、終わってはいない……!」
 自らに言い聞かせるかのようにそうつぶやき、コートの裏から新たなスティンガーを取り出す。
「8年間、ずっと追い続けてきたんだ……!
 貴様との決着を……ずっと望んできたんだ……!
 すべてを出し切らないまま……終わってたまるか!」
 咆哮と共に投げつけられたスティンガーがジュンイチに迫る――対し、それを冷静に弾き飛ばすジュンイチだったが、
「――――――っ!?」
 弾かれたスティンガーが大地に投げ出されることはなかった。周囲に弾き飛ばされたそれは空中で静止。ジュンイチへとその切っ先を向ける。
(ブラッドファングと同じ――遠隔操作!?)
「くらえ!」
 目の前の現象の正体に気づき、背筋が凍る――そんなジュンイチにチンクが叫び、
「オーバーデトネイション!」
 すべてのスティンガーがジュンイチに向けて飛翔――直撃と同時に大爆発を巻き起こす!
「…………どう、だ……!」
 自分の技の中でもとっておき中のとっておき。まさに切り札だ。効果のほどを確かめようとチンクが目をこらし――
「……く…………ぅ……っ!」
 痛みに顔をしかめながら、ジュンイチはその場に身を起こした。
「今のは、効いたぜ……
 せっかくふさいだ傷が、また開いちまった……!」
 左側頭、右腕、左足――先に深く傷ついた場所は再び鮮血を噴き出しており、その他にも深い傷が多数。口からも吐血しつつ、ジュンイチはチンクを見返してそう告げる。
「まだ倒れんか……しぶとい男だ……!」
「脳みそ吹っ飛ばされても立ち上がった時点で、その辺あきらめとけっての……!」
 対するチンクにももはや余裕はない。スティンガーをかまえる彼女の言葉に答え、ジュンイチもそう答えながらカードホルダーからカードを引く。
〈レイジングハート〉
〈リボルバーナックル〉
〈ハイブリット――“レイジングリボルバー”〉

 “蜃気楼”が告げ、筋組織のつながり始めた右腕にハイブリットデバイスが装着される――リボルバーナックルに金色の装飾と真紅の宝石があしらわれたそれを、ジュンイチは激痛に耐えながらチンクに向けてかまえる。
「……かまえるだけでも、辛いようだな……
 安心しろ……もう、終わらせてやる……!」
「言ってろ……!
 そのセリフ、そっくり……てめぇに、返してやるぜ……!」
 告げるチンクに答え――ジュンイチが地を蹴った。渾身の力でチンクに向けて突撃をかける。
「もはや、真っ向勝負しか手をないか!」
 対し、チンクもスティンガーを投げつけて対抗。ジュンイチもそれを弾き飛ばすが、先ほどと同じように空中に散ってジュンイチを狙う。
「オーバー……デトネイション!」
 今度こそ終わらせる――決意を込めてチンクが吼えた。空中に散ったスティンガーが一斉にジュンイチに飛翔、大爆発を巻き起こす!
「その身体で……オーバーデトネイションをさばくのは、不可能だ……
 よく戦ったが……勝つのは、私だ……!」
 あの傷で再度オーバーデトネイションを受けたのだ。生きていたとしてももう動けまい。
 これで終わりだと、終わってほしいと、チンクは息を切らせながらそう告げて――
 

「…………っ、オォォォォォッ!」
 

「――――――っ!?」
 爆煙の中から響く咆哮――驚愕するチンクに向け、ジュンイチは煙の中から飛び出し、一気に突っ込んでくる!
「バカな……あのケガで、オーバーデトネイションに耐えただと――!?」
 思わず声を上げるチンクだったが――すぐにそのカラクリに気づいた。
 ジュンイチの“装重甲メタル・ブレスト”の背中――そこにあったはずのゴッドウィングが存在しない。
(背中の翼を犠牲に、オーバーデトネイションをしのいだか――!)
「くぅ…………っ!」
 すぐに迎え撃たなくては――とっさにスティンガーをかまえるチンクだったが、ここにきて今までのダメージが響いた。腕に走った痛みに顔をしかめ、スティンガーも取り落としてしまう。
 そして――
「“龍翼の轟炎ウィング・ギガフレア”!」
 チンクを間合いに捉えると同時、ジュンイチは渾身の力で炎を解き放った。至近距離から放たれた炎の竜が、チンクを直撃し、吹き飛ばす!
「まだ…………だ……!」
 だが、チンクはそれすらも耐えてみせた。全身を焼かれながらも、なんとか踏みとどまる――が、
「“號拳龍炎ストライク・ギガフレア”ァッ!」
 ジュンイチがさらに追い討ち。炎に包まれた、そこから伸びる炎の翼によって加速された拳がチンクを捉える。
 直撃を受け、チンクの身体が空中に跳ね上げられる――そんなチンクに向け、ジュンイチが再び引いた右拳を中心に、炎が渦を巻き始める。
 自身の炎の負荷により、せっかくつながった筋組織が再び千切れていく――抜けそうになる力を懸命に保ち、ジュンイチはチンクに向けて一歩を踏み出した。残された力で大地を踏みしめ、拳を打ち放ち――
「“螺旋龍炎スパイラル・ギガフレア”ァァァァァッ!」
 空中のチンクに炎の拳が叩き込まれた。同時、炎が炸裂し、チンクを吹き飛ばす!
 ジュンイチの必殺技フェイバレット“ギガフレア三連”。そのすべての直撃を受けては、さすがのチンクもひとたまりもない――はずだったが、
「……っ、オォォォォォッ!」
 しかし、チンクもこのまま終わるワケにはいかない。渾身の力で炎を吹き飛ばし、体勢を立て直す。
「まだだ……!
 こんなもので――私は!」
 大地に降り立ち、チンクはジュンイチへと視線を戻し――
「あぁ――そうだろうな!」

〈ブリッツキャリバー〉
〈レイジングハート〉
〈ハイブリット――“レイジングキャリバー”〉

「――――――っ!?」
 ジュンイチもすでにチンクの復活を読んでいた。ブリッツキャリバーに真紅の宝石を追加したハイブリットデバイスを両足に装着。全身から巻き起こした炎が巨大な竜を形作る。
 炎の竜が翼を広げる中、ジュンイチはレイジングキャリバーからウィングロードを展開。炎の竜の背後に回り込み、その頭部に飛び込んで――
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 炎の竜の口から、チンクに向けて強烈な勢いで撃ち出された。竜を形作っていた炎を全身にまとい、自身の飛翔速度をはるかに上回る速さでチンクへと突っ込み――

「ブレイジング、スマッシュ!」

 渾身の飛び蹴りが、チンクを直撃する!
 同時、ジュンイチの導いた炎の渦が襲いかかった。ジュンイチの蹴りを受けたチンクの身体を飲み込み、吹き飛ばす!
「Finish……Completed……!」
 そこで限界を向かえ、ヒザをつく――息を切らせながら宣告するジュンイチの目の前で、チンクは受け身も取れないまま大地に叩きつけられた。
 

「………………ん……」
 意識が戻った時、視界に広がるのは戦いの続く大空。崩壊した廃棄都市の街並み。そして――
「…………よぅ」
 傷の手当てを済ませ、となりでガレキに腰かけてこちらを見下ろすジュンイチの姿があった。
「…………結局、貴様の勝ちか……
 これが、私達二人の結末か……」
「『結末』……?
 冗談言うな」
 つぶやくチンクの言葉に、ジュンイチは不満げにそう答えた。
「まだ……終わってない」
 “紅夜叉丸”を支えに立ち上がり、そう告げながらチンクへと向き直る。
「…………勝者は貴様だ。
 好きにするがいい」
「あぁ」
 命を駆けた真剣勝負の結末だ。このまま命をとられようと惜しくはない――目を閉じ、告げるチンクに対し、ジュンイチは息をつき――

 

 

 

「ごめんっ!」

 

 

 

 思い切り頭を下げた。
「………………
 …………
 ……
 …………え?」
「やっと、言えた……
 あーっ! スッキリしたぁーっ!」
 意外な一言にチンクの目がテンになる――が、対するジュンイチは実に満足げだ。大きく背伸びして声を上げる。
「ち、ちょっと待て!
 『ごめん』とは、一体何を……っつ……っ!」
「おいおい。
 ダメージ残ってんだから、おとなしくしてろ」
 思わず身を起こそうとするが、その瞬間激痛が走る――うめくチンクを支え、ジュンイチは彼女をその場に寝かせてやり、
「……その目だよ」
 静かにそう告げて、チンクの顔を、その右目を覆う眼帯を優しくなでてやる。
「お前のその右目……暴走したオレが奪ったんだろう?」
「そんなもの、気にする意味はなかろう。
 これは戦いの中でついた傷。貴様に責任は――」
「ある」
 答えるチンクだったが、ジュンイチはキッパリとそう答えた。
「お前の右目をつぶしたのは、オレの意志で撃った攻撃じゃない……暴走したオレが放った攻撃だ。
 自分の暴走を許した……自分を抑えられなかったオレの弱さが、お前の右目を奪ったんだ。
 オレがあの時、自分を抑えられていたら……お前は右目を失うことはなかった。お前が右目を失ったのは、オレのせいだ。
 だから……ごめん」
「………………」
 言って、もう一度頭を下げるジュンイチに対し、チンクはしばし目を閉じ、瞑目し――
「…………ひとつだけ、聞かせてくれ」
 ジュンイチに対し、静かにそう問いかけた。
「私が右目を失ったのは8年前。
 そして今日この時まで、私達は何度も顔を合わせてきた。
 謝る機会ならいくらでもあった……なぜそうしなかった?」
 そのチンクの問いに、ジュンイチは息をつき、答えた。
「それは――」
 

「お前が、その右目をそのままにしてたからだよ」
 

「確かに、謝る機会なんていくらでもあった。
 でも……お前は治せたはずのその右目を治さずに残していた。
 戦士が消せる傷を残すのは、その傷に誓ったものがあるから……お前の、日ごろのオレに対する執着を見れば、それがオレとの決着にあるのは簡単に想像できた。
 だからこそ……謝れなかった。オレが簡単に謝って、お前のその決意を軽くしたくはなかった」
「それが……今まで謝らなかった理由か」
「あぁ。
 謝るのなら、お前がその右目の誓いを果たした後……オレ達二人の決着がついた後だと決めていた」
 うなずくジュンイチの言葉に、チンクは改めてため息をついた。
(なるほど、な……)
 ジュンイチの言葉に、自分の中のいろいろな感情がスッキリしていくのがわかる――
(私の攻撃が、届かないはずだ……
 ヤツと私とでは、そもそも身を置く戦場が違ったのだから……)
 ジュンイチも、自分も、今がどういう時かを忘れたワケではない。この戦い全体を見渡し、その上で、互いの因縁に決着をつけるために戦った。
 だが――この戦いに対する意識の“置き所”だけは違っていた。
 自分はジュンイチとの決着、それ自体にしか目を向けてはいなかった。
 だが――ジュンイチは違った。決着をつけ、その上で自分の“罪”にケリをつける。戦いのその先にまで目を向けていた。
 それはほんのワンステップ。一歩の差でしかない。しかし――確かにジュンイチは自分よりも先を見据えていた。自分のいる場所よりも一歩上の段階にいた。
 そもそもの立ち位置が違うのだ。想いも変われば腹の据わりも変わってくる。
 しかも、彼が先を見据えた理由がこちらの想いを汲んだ結果だというからなおさらだ。彼の真意を理解すればするほど、自分の視野がどれだけ狭かったか思い知らされる気分だ。
 だが――そこまでの差を見せつけられたからこそ、逆にこの敗北が当然のことのように思えてきた。負けたことに対し、悔しさも、無念さもまったく感じられない。
(まったく……器が大きいにもほどがある。
 だが……私が認めた男なのだ。そのくらいでなければ、な……)
 これ以上ないほどの爽快感を胸に、チンクがジュンイチに向けて口を開く。
「柾木……」

 

 

 

 

 

「私の……負けだ」


次回予告
 
チンク 「マグナ、だったか……
 貴様、私達の戦いに立ち会った割には今回とことんだんまりだったな。本編では見事にセリフ0じゃないか」
マグナ 《そりゃ、あたしの役目は立会人だもの。
 余計な口をはさんで二人の気を散らすワケにはいかないでしょう?》
チンク 「なるほど……」
マグナ 《……そ・れ・に♪
 戦い終わって感極まった状態なら、あなたも告白のひとつくらいするかなー? って期待したりもしてたし♪
 そんな時に第三者の私が表に出ててもジャマなだけでしょう?》
チンク 「こ…………っ!?
 ば、バカを言うな! 私は、柾木のことを、その、そんな風には……」
マグナ 《………………
 …………チッ、このヘタレが
チンク 「あ、あのー……マグナさ〜ん……?」
マグナ 《次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第108話『遠くの背中〜決死のバーストドライブ〜』に――》
二人 「《ハイパー、ゴッド、オン!》」

 

(初版:2010/04/17)