各地で機動六課やその協力者が激戦を繰り広げる中、地上部隊もただ指をくわえて見ていたワケではなかった。
 クラナガンに駐留する各部隊、六課の指揮下に入らなかった部隊もまた市街各地に展開。協力してガジェットの阻止にあたっている。
 そして――ゲンヤ率いる陸士108部隊も、そんな部隊の中でガジェットを相手に懸命の防衛戦を繰り広げていた。

「あぁ……市街地戦の防衛ラインはなんとか持ちこたえてる。
 だがな……問題は敵の数だ。正直なところ、『なんとか持ちこたえてる』っつーのも今のところの話だな。いつまで持つか……」
〈そう……〉
 後方で指揮を執りつつ、ノイエ・アースラとの連携――報告するゲンヤの言葉に、ウィンドウに映る霞澄は真剣な表情でうなずいた。
〈こっちもけっこうギリギリね。応援に回せる戦力は……
 ………………っ! いけない!〉
「どうした!?」
〈新手よ!
 しかもそれを追ってドールまで――そろってそっちに向かってる!〉
「なんだと!?」
 霞澄の言葉にゲンヤが声を上げ――同時、彼の周囲で爆発が起きた。
 新たに飛来した空戦ガジェットが後方のエアドールのビームを回避。流れ弾が指揮車のひとつを爆砕したのだ。
 さらに、多数のエアドールやガジェットU型が飛来。地上でもT型やV型、さらにそれらを追ってランドールの群れまでもが殺到。ゲンヤ達108部隊も巻き込んでの大乱戦に発展してしまう。
「くそ…………っ!」
(どうする……!?
 ただでさえギリギリの状況だ。これ以上防衛ラインは下げられねぇ……っつーか、下げようと後退したとたんに押し切られるだけだ。
 どうする……? どうする……!?)
 懸命に打開策を模索するゲンヤだったが――それはすでに遅すぎた。ハイウェイを転がり、体当たりを仕掛けてきたV型がバリケードの一角を打ち砕き――

 

「ミストルティン!」

 

 高らかに響いた声と同時――V型の動きが止まった。
 飛来した多数の白い魔力の杭に、その身を貫かれたからだ。
 さらに、貫かれた部分からその身が石へと変わっていく――完全に石の塊となったV型が、打ち破られたバリケードの代わりにその場に鎮座する形だ。
「こ、こいつぁ、八神の嬢ちゃんの……!?」
 思わずつぶやくゲンヤだが――肝心のはやての姿はどこにもない。
 では誰が――そう思った瞬間、更なる異変が巻き起こった。
 

「雷刃衝!」

「パイロシューター!」
 

 飛来した金色の直射弾、紫色の誘導弾がガジェット群を薙ぎ払い、
 

投影トレース――開始オン!」
 

 頭上を駆け抜けた影が、U型ガジェットやエアドールを細切れに斬り裂き、周囲に破片が降り注ぐ。
 そして――当面の脅威を打ち払うと、4人の救援者達は防衛ラインの正面、ゲンヤ達の目の前に集結した。
「な………………っ!?」
 そして、その救い主達のことを、ゲンヤは知っていた。
 面識はない――だが、過去の記録でその姿を確認した覚えがある。
 しかし、ここで彼女達が参戦してくるとは、正直な話予想もしていなかった。
 なぜなら――彼女達4人の内3人は“すでに存在していないはずの存在だから”
 だが、その3人は現実として目の前にいる――しかも、“10年前と変わらないままの姿で”。
「お、お前ら……どうして…………!?」
「『どうして』……?
 これは異なことを聞きますね」
 思わず疑問を口にするゲンヤだったが、そんな彼の問いに“彼女達”のひとりが口を開く。
「私達が戦うことに理由があるとすれば……それはひとつだけ。
 “闇の欠片”の復活を阻まれ、存在する意味を失いかけていた私達に“生きる”ということを教えてくれた、あの人のためです」
「ジュンイチががんばって戦ってるんでしょ?
 だったらボクらも手伝うだけだよ――ジュンイチは『来なくてもいい』って言ってくれたけど、管理局の前に出てくことになってもかまうもんか」
「まったく……王たる我を働かせるとは、軟弱な塵芥どもだ」
「まぁまぁ、おかげであたし達も出番があったワケだし、良しとしておこうじゃない。
 とりあえずは、ド派手に名乗りを上げようじゃないの」
 他の面々もやる気マンマンで参戦を表明する――ガジェット群やドール部隊をにらみつけ、堂々とそれぞれの名を名乗る。
 

「マテリアル“S”――“星光の殲滅者”セイカ」
 

「同じく、マテリアル“L”――“雷刃の襲撃者”ライ」
 

「我こそはマテリアル“D”――“闇統べる王”ヤミ」
 

「“黒化せし射手”――クロエ・フォン・アインツベルン」

 

 

ニセモノ軍団ザ・イミテーションズ、参上っ!』

 

 


 

第110話

解き放たれる者
〜蒼き炎と白き闇〜

 


 

 

「お、お前ら……!?」
 自分達の救援に現れたのは意外すぎる面々――驚愕して目を見開き、ゲンヤは思わず声を上げた。
 なぜなら、彼女達は――
「どういうことだ……?
 “闇の欠片事件”でジュンイチに敗れて、消滅したはずだ――お前ら“4人”、全員が!」
「ダメぇ――っ!
 私は別口! 含めちゃダメぇ――っ!」

 勝手に自分も死人扱いされた。ゲンヤの言葉に、クロエは全力でツッコミを入れる。
「はぁ……まぁ、いいわ。
 まぁ、確かにこの子達は10年前にジュンイチと戦って……負けた」
 傍らから「負けてないもんっ!」「我は勝ちを譲っただけだ!」と負けず嫌い全開な抗議の声が上がる――とりあえず無視してクロエは続ける。
「そして、この子達のプログラムは実体を保てなくなって消滅した……“ってことになってる”。
 でも、現実は違う――ううん、“みんなはそこまでしか知らない”って言うべきかな?」
「…………つまり、その後でジュンイチが何かしたワケか」
「そういうこと」
 ジュンイチの名前が出ただけで、その後のことがリアルすぎるくらいリアルに想像できる――うめくゲンヤに対し、クロエは苦笑まじりにうなずいてみせた。
「実際には、彼女達のプログラムはジュンイチによって密かにサルベージされていた……
 そして、生きながらえた彼女達は管理局の目を逃れ、ある人物の元に預けられた……」
「『ある人物』……?」
 クロエの言葉にゲンヤが聞き返すと、
「私だ」
 その答えは“本人”から。かけられたその声にゲンヤは振り向き――
「って、グレアム提督!?」
「“元”がつくがね」
 そう。その場に現れたのは元本局提督ギル・グレアム――リーゼロッテとリーゼアリア、そして彼女達のパートナートランスフォーマー、ダブルフェイスを護衛に連れ、ゲンヤに向けて笑いながらそう答えた。
 

「ギンガお姉ちゃん!
 もうすぐ“ゆりかご”だよ!」
《オレ達ゃいつでもいけるぜ!》
「えぇ!」
 ゴッドオンを解き、ビークルモードで戦場を一気に駆け抜ける――レースカーであるビークルモードの特性を最大限に活かし、スピードに物を言わせて敵中を突破する中、ギンガはロードナックル兄弟の言葉にうなずいた。
「スバル達はもう突入してる……私達も!」
 ギンガがつぶやくのとほぼ同時、ロードナックル・シロの言葉どおり、ガジェットの群れによって覆われていた視界が開ける――自らの行く手に大地に沈んだままの“ゆりかご”を発見し、ギンガは改めて叫んだ。
「ハイパー、ゴッド、オン!
 ロードナックル、トランスフォーム!」

 その瞬間、ガレキを足場に跳んだロードナックルが姿を変える――ビークルモードの状態でギンガが一体化ゴッドオン、ロボットモードへとトランスフォームし、
『いっ、けぇぇぇぇぇっ!』
 ギンガとロードナックル・シロの咆哮が重なり合い、二人の蹴りはガジェットの発着口のひとつを粉砕。そのまま内部へと突入していった。
 

「オメガスプリーム!」
 ガジェットを、ドールを、瘴魔獣を――並み居る敵を薙ぎ払い、ようやく地上本部へと到着――相棒の潜入している庁舎を守り、その前で防衛戦を繰り広げていたオメガスプリームに、ジュンイチは上空から声をかけた。
 仮庁舎の前にブラッドザンバーを携えたマグナブレイカーを降下させ、すぐにコックピットから飛び出すとゴッドオンを解いたチンクと共にオメガスプリームの前に着地する。
「イレインは!?」
《予定ドオリなんばーず2番ト接触。
 現在ハ協力シテれじあす中将ヲ捜索中デス》
「そっか……」
「2番……ドゥーエか!?
 イレイン・ナカジマがドゥーエと共に……どういうことだ!?」
 ジュンイチに答えるオメガスプリームの言葉に、驚いたチンクがジュンイチに尋ねると、
「おーいっ!」
「………………?」
 上がった声は背後から――振り向くと、ブレイクコンボイがこちらに向かってくるのが見えた。
「ノーヴェ……?
 追いついてきやがったのか……」
「まぁ、私達も雑魚を蹴散らすのに時間をかけてしまったからな――追いつく余地は十分にあったさ」
 つぶやくジュンイチにチンクが答え、彼らの前に降り立ったブレイクコンボイがゴッドオンを解除、ノーヴェが飛び出してくる。
「ノーヴェお姉ちゃん! 無事だったんだ!」
「たりめーだ。
 あたしがそう簡単にやられるかよ」
 姉の無事を喜び、飛びついてくるホクトに答え、ノーヴェはジュンイチに状況を確認する。
「それで……ここに、クイントさんがいるんだな?」
「なんだ、オレがクイントさん狙いって気づいてたのか」
「予想した。
 ジュンイチが“ゆりかご”を放り出してまで来る理由があるとしたら……って」
「なるほどね」
 ノーヴェの言葉にジュンイチが納得――息をつき、一同を見回して告げる。
「じゃあ……せっかくだし、クイントさんの救出とマグナの身体の奪還、お前ら3人に任せていいか?」
『え………………?』
「マグナとオメガスプリームはオレ達の機体を頼む」
《わかったわ》
《オ任セクダサイ》
「ま、待て、柾木!」
 次いでマグナやオメガスプリームにも指示を出すジュンイチに、チンクはあわてて待ったをかけた。
「どういうことだ?
 貴様の目的は、クイント・ナカジマの救出“だけ”ではないのか?」
「まぁね。
 せっかくこれだけメンツがいるんだし、分担した方が早いかな、って」
 チンクに答え、ジュンイチは庁舎を見上げ――告げた。
「そんなワケで、オレは……」
 

「いろんなもんにケリをつけに行ってくる」

 

「天空を裂け――“バサラ”!」
 咆哮し、愛用のデバイスを召喚――出現したワシ型のパワードデバイスを背中に合体、レッケージは上空のオットーに向けて襲いかかった。
 そのままの勢いで、左腕のブレードを振るう――対し、クラウドウェーブへとゴッドオンしたオットーは自らの操る光弾群を集結。高速で回転させて楯を作り出し、その斬撃を受け止める。
 が――
「ぬるい!」
 レッケージにはまだ右のブレードが残されていた。たて続けに打ち込まれた追撃が、オットーの楯を打ち砕く!
「もらった!」
 そのまま、体勢の崩れたオットーに向けて斬りかかり――
「させません!」
 ディードがそれを阻んだ。両手にかまえた双剣“シュベルトツインズ”で振り下ろされたレッケージの双刃を受け止める。
 そのまま、力押しでレッケージを押し返す――後退し、仕切り直すレッケージをにらみつけつつ、背後のオットーに声をかける。
「オットー、大丈夫ですか?」
「うん。平気」
 背中越しに聞こえるオットーの答えにディードがうなずくと、
「二人がかりでこようが!」
 ディードとオットー二人を前にしても、レッケージがひるむことはなかった。咆哮し、バサラの翼で飛翔、一気に間合いを詰めて斬撃を繰り出す。
 対し、ディードとオットーは二手に分かれてその突撃を回避、上空で再び合流し、
「IS――発動!」
「“ジェミナス”――システム連動!」
『ダブル、レイストーム!』
 二人が解き放った光弾の雨が、レッケージに向けて降り注ぐ!
「そんなものでぇっ!」
 しかし、レッケージも負けてはいない、光の雨をかいくぐり、オットーへと襲いかかり――
「オットー!」
「――――っ!」
 ディードがオットーにそれを投げ渡した。
 ウルフスラッシャーのテールブレードだ。それを受け取り、オットーは二刀流のかまえでレッケージの斬撃を受け止め、
「いきます!」
 ディードがレッケージに襲いかかった。上空から飛び込み、両手のシュベルトツインズを同時に叩きつけ、地上に叩き落とす!
「オットー」
「うん」
「なめるな!
 フォースチップ、イグニッション!」
 そして、双子が再び並び立つ――二人をにらみつけ、レッケージはフォースチップをイグニッションし、
「まとめて消し飛べぇっ!
 アーマード、キャノン!」
 腹部の隠しキャノン砲を撃ち放った。特大の閃光がディードとオットーに襲いかかるが、
『レイストーム!』
 ディードとオットーが共同で防壁を展開、レッケージの放った閃光を受け止める!
 そして――巻き起こる爆発を突き抜け、オットーがレッケージに襲いかかった。テールブレイドをたて続けにレッケージへと叩きつけ、
「ディード!」
「はい!」
 オットーの合図でディードが反対側から強襲。繰り出したシュベルトツインズの斬撃が、レッケージの両腕を背中の翼もろとも斬り飛ばす。
 両腕を失い、レッケージがたたらを踏み――続いてオットーが両足を叩き斬った。四肢を失い、レッケージがうつ伏せに倒れ伏す。
「これで……もう戦えません。
 私達の勝ちです」
「く…………っ!」
 ディードの言葉に、レッケージが悔しそうにうなだれる――息をつき、刃を下ろすディードに、オットーが声をかけた。
「ディード……これからどうするの?」
 先ほど中断された戦いを続けるつもりか――オットーの問いにその真意を読み取り、ディードは息をついて首を左右に振った。
「もう……オットーにもその気はないのでしょう?
 だったら、私にオットーと戦う理由はありません」
 言って、ディードはウルフスラッシャーのセンサーを使い、仲間達の位置を確認する。
「できれば、私の手でヴィヴィオを救い出したかったのですが……もうタイプゼロ・セカンドが対峙しているようです。
 この場は余計なジャマ立てはせず、彼女達が戦いに専念できるようにするのが得策でしょう」
「なるほど。
 それじゃあ……」
「えぇ」
 オットーの言葉にうなずき、ディードはシュベルトツインズを握り直し、
「私とオットー、二人でこの場を死守します!」
 周囲を取り囲み始めた瘴魔獣やドールの群れと対峙した。
 

「アイゼン!」
〈Komet Fliegen!〉
 呼びかけに応じ、相棒が姿を変える――ギガントフォルムとなったグラーフアイゼンを振るい、ヴィータの打ち出した巨大な魔力弾が、ガジェットをまとめて薙ぎ払う。
「よし、次!」
 目の前に立ちふさがった一群をあっという間に蹴散らし、ヴィータは先を急ぎ――

「ヴィータちゃん!」

 その声に振り向き――自分に追いついてきた声の主を確認、驚いて目を丸くした。
「なのは!?
 何こっちに来てんだよ!? 玉座の間は反対だ! もうスバル達が向かってる!」
「大丈夫だよ」
 一刻も早くヴィヴィオの元に向かってやれ――なのはに向けて声を上げるヴィータだったが、当のなのははあっさりとそう答えた。
「スバル達なら、きっとやってくれる。マスターコンボイさんも、こなただって一緒に向かってるんだから。
 だからこっちを手伝いに来たの――ヴィータちゃん、きっとムチャしてると思ったから」
「はっ、こんなのムチャの内に入るかよ」
 自分を心配してきてくれたなのはの気遣いに思わず照れてそう答える――気を取り直し、ヴィータは息をつき、
「まぁ……そういうことなら、手伝ってもらおうか。
 いくぜ、なのは!」
 言って、なのはを先導するように前に立って歩き出し――
 

 その胸が背後から刺し貫かれた。
 

「………………え?」
 突然のことに思考が追いつかない――振り向き、自らを貫いた刃の出所を探り――
「――――――っ!
 なの、は……!?」
 その刃は、なのはの手にしたレイジングハートの変化したものだった。
 もちろん、レイジングハートにこんな形態はない――確信と共に叫ぶ。
「てめ…………っ!
 なのはじゃ、ねぇな!?」
 言い放つと同時、アイゼンで一撃――刃が抜け、たたらを踏むヴィータの目の前で、殴り飛ばされた偽なのはが壁に叩きつけられる。
「ぅ……く……っ!
 どうしたの……? ひどいよ、ヴィータちゃん……」
「るせぇ……!
 いつまでもなのはに化けてんじやねぇ!」
 言い放ち、ギガント状態のアイゼンが巨大化、一撃を振り下ろす――8年前の撃墜されたなのはの姿が脳裏をよぎり、胸が締めつけられるように痛みを覚える。
 ニセモノを完全に叩きつぶし、アイゼンを引き戻す――そこには、完全に叩き壊された“古代遺物ロストロギア”版ガジェットの残骸だけが残されていた。
 なのはに化けていたことを示すものは何ひとつ残っていない――何か幻術のようなものでその姿をごまかしていただけのようだ。
「いてて……まともにやられちまったな。
 でも……!」
 しかし、まだ駆動炉の破壊というミッションを果たしていない。傷の手当ては後回しと、ヴィータは顔を上げ――その時、グラーフアイゼンが接近する動体反応が多数あることを知らせてきた。
「コイツの同類か……?
 まぁいいや。来たら来たで蹴散らしてやるまでだ。
 もう、なのはのニセモノだってわかってるんだし……」
 そうつぶやくヴィータの前に、問題の“動体反応”の主が次々に姿を現し――
「――――――っ!」
 その姿を目の当たりにし、ヴィータの思考は完全に停止した。
 

 はやて
 

 クロノ
 

 エイミィ
 

 シグナム
 

 シャマル
 

 ザフィーラ
 

 フェイト
 

 アリシア――
 

 自分の最愛の人達が、その姿を写し取られていたのだから。

 

 

「フフフ……♪
 こんな簡単な手で動きを止めちゃうんだから、軽いモノねぇ♪」
 そんなヴィータの様子を、クアットロは“ゆりかご”艦内の一室から眺めていた。余裕の笑みを浮かべ、つぶやく。
 そう――ガジェットがなのはに化けていたのは、彼女がガジェットにシルバーカーテンによる擬装を施していたからだったのだ。
「何にもできない無力な命なんて、その辺の虫と同じじゃない。
 いくら殺しても勝手に生まれてくる……それをもてあそんだり蹂躙したり……」
 ウィンドウパネルに向けて指を走らせ、さらにガジェットをヴィータの元に差し向ける――それすらも、シルバーカーテンの効果によってヴィータには自分の大切な人達に見えることだろう。
「かごに閉じ込めてもがいてるのを眺めるなんて……こぉんなに楽しいのに、ねぇ?」
 本当に楽しげにクアットロがつぶやき――別のウィンドウが、事態が動いたことを知らせてきた。
 

 到着したのだ。
 

 スバルとマスターコンボイが――
 

 玉座の間のすぐ前まで。

 

 

『オォォォォォッ!』
 咆哮と共に渾身の鉄拳――目の前の大扉を粉砕し、スバルと彼女のゴッドオンしたマスターコンボイは玉座の間へと到達し――
「いらっしゃあい♪
 お待ちしてましたよ♪」
 そんな二人を出迎えたのは、ヴィヴィオの座る玉座のとなりに寄り添うクアットロだった。
「『待っていた』……?」
「えぇ。
 タイプゼロ・ファーストとは異なるISを持つタイプゼロ・セカンドに、全次元世界唯一、“命を持ったトランステクター”であるマスターコンボイ……
 どちらも、ドクターの喜びそうなサンプルですもの♪」
「言いたい放題――言ってくれるな!」
 スバルに答えるクアットロの言葉に、マスターコンボイがハウンドシューターを放つ――が、直撃の瞬間、クアットロの姿がかき消えた。
 目の前のクアットロは、シルバーカーテンによる幻術だったのだ。すぐに通信ウィンドウが開き、本物のクアットロがスバル達に告げる。
〈あらあら、ごきげんナナメですわね♪
 でも……いいのかしら? 今からそんなに心を乱して。
 そんなことじゃ……“これ”を見たら、どれだけ動揺してくれるのかしら?〉
「………………っ!
 ……ぅ……ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 クアットロの言葉を合図に悲鳴が上がる――玉座のヴィヴィオが突然苦しみだしたのだ。
「ヴィヴィオ!?」
「待て、スバル!」
 あわててヴィヴィオに駆け寄ろうとしたスバルだが、マスターコンボイがストップをかけた。スバルが出しかけた足を止め、ヴィヴィオに視線を向ける。
(魔力吸収……じゃない!?)
 出撃前にスカリエッティの犯行声明の映像で見た、魔力をムリヤリ吸収されるが故の苦しみかと思ったが――そう思いスキャンした結果、その思惑が違っていたことに気づいたからだ。
(吸収じゃない……
 魔力を……“流し込んでいる”!?)
 マスターコンボイがそう結論づけた、その時――ヴィヴィオの身体から“力”が解放された。自分の座っていた玉座すらも吹き飛ばす勢いで、周囲に虹色の魔力をまき散らす。
「これ……“カイゼル・ファルベ”のオリジナル!?」
「柾木ジュンイチの言っていた、“聖王の資質”というヤツか……!」
〈よく勉強してるみたいね……優秀な先生がいてうらやましいわ♪〉
 自分達のもとにも届き、こちらを吹き飛ばさんとする魔力の流れに懸命に耐えるスバルやマスターコンボイのうめきに対し、クアットロはウィンドウ越しに満面の笑顔を見せてきた。
〈柾木ジュンイチの調べの通りよ――何ならおさらいしましょうか?
 あの時、生体ポッドに入ったまま輸送トラックとガジェットを破壊したこの子の力……
 柾木あずさが新デバイスの力を借りてようやく止めたディエチの砲――その直撃を受けても無事でいられたであろうこの子の力……
 古代ベルカ、聖王家の王族だけが持つ固有スキル“聖王の鎧”――“レリック”との融合を経て、この子はその力を完全に取り戻す。
 古代ベルカの王族が、自らその身を作り変えた最高の生体兵器――龍王マグナクローネが作り上げたこの“ゆりかご”によって“最高”を超え、“究極”の域にまで達した、“レリックウェポン”としての力を〉
「あ……あぁぁぁぁぁっ!
 ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 クアットロの言葉に伴い、ヴィヴィオの悲鳴がさらに大きくなる――増大するその“力”の中で、ヴィヴィオの身体がゆっくりと宙に浮かぶ。
〈ほら、陛下……いつまでも泣いてないで。
 陛下のママが助けてほしいって泣いてますよ?
 陛下のママをさらっていった、こわーい悪者がそこにいます――がんばってソイツをやっつけて、ホントのママを助けてあげましょう。
 陛下の身体には、そのための力があるんですよ?〉
 クアットロの映るウィンドウから発せられる信号が、音声の中に仕込まれたシグナルが、ヴィヴィオの目を、耳を通じ、彼女の意識の中に入り込んでいく――
〈心のままに……思いのままにその力を解放して〉
「…………ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 力の解放を促すクアットロの言葉が最後のダメ押しとなった。一際強く、大声で絶叫し――ヴィヴィオの身体が“変化”する。
 一気に、スバル達とそれほど変わらない年頃まで身体が成長、あふれ出た力が彼女の身体を覆い、アンダーウェアが、ジャケットが、プロテクターが形成され、騎士甲冑を作り出す。
「ヴィヴィオ!」
「…………もう、ヴィヴィオじゃない……!」
 思わず声を上げるスバルだったが――マスターコンボイはうめくようにそれを否定した。
「いや……ヴィヴィオには違いないが、“さっきまでのヴィヴィオ”とは違う……!
 強制的な処置とはいえ、ヤツは聖王家の“力”を完全に解放させた――」
 

「聖王、ヴィヴィオだ……!」
 

 マスターコンボイの言葉に、スバルは彼の“中”で息を呑む――と、ヴィヴィオの目がゆっくりと開かれた。スバルを宿したマスターコンボイを見つめ、口を開く。
「あなたは……ヴィヴィオのママを、どこかにさらった……!」
「ち、違うよ!
 ヴィヴィオのママは……なのはさんは!」
「違う!」
 反論しかけたスバルの言葉も、今のヴィヴィオには届かない。強い声によって彼女の主張を一蹴する。
「ウソツキ……!
 あの人は、ママじゃない!」
「………………っ!」
「ヴィヴィオのママを……返して!」
 絶叫するようにヴィヴィオが叫び――それを合図に、彼女の背後の、玉座の間の壁が向こう側から力任せに粉砕された。
 そして現れたのは――
「マグマドラゴン!?」
「他にもいるぞ!」
 そう。そこにいたのは今まで再三自分達を苦しめてきたマグマトロンのビースト形態、マグマドラゴン――他にもサーベルタイガー、ライオン、オオワシ、新たに3体のビーストロボットがヴィヴィオを守るように現れた。
 

「ゴッド――オン!
 マグマトロン、トランスフォーム!」

 咆哮と共に、ヴィヴィオがマグマドラゴンにゴッドオン、ロボットモード、マグマトロンへとトランスフォームする。
「マグマトロン、スーパーモード!
 マスター、クロス!」

 さらに、そんな彼女の周囲にサーベルタイガー、ライオン、オオワシ――3体のビーストが集結。サーベルタイガー型の“マグマタイガー”とライオン型の“マグナレオン”が両腕に、オオワシ型の“マグマイーグル”がバックパックへと変形する。
 マグマトロンの両腕が分離し、新たな両腕とバックパックが合体。2対の翼をXの字に開き、元の両腕を並べるように合体させた連装砲をバックパック下にマウントし、ヴィヴィオがその名を名乗る。
「聖王――爆臨!
 真・超越大帝! マスター、マグマトロン!」

 

「マグマトロンも……強化合体した!?」
「というより……元からこれが“完成形”だったのだろうな……!」
 ヴィヴィオがゴッドオンしたマグマトロンの見せた新たな合体――驚愕するスバルに対し、マスターコンボイはそう答えた。頭上のウィンドウに映るクアットロに対し、確認するように問いかける。
「今まで貴様らが送り込んできたマグマトロンはすべて、データ取りのための試作機……
 すべては、このマスターマグマトロンを完成させるための捨て駒だった――違うか!?」
〈えぇ、そうよ〉
 特に隠すようなこともせず、クアットロはマスターコンボイの問いにそう答えた。
〈その子を止めることができたら、この“ゆりかご”も止まるかもしれませんね〉
「だからって……!」
「意識を切り替えろ、スバル」
 クアットロに反論しかけたスバルだが――マスターコンボイはそんな彼女を叱咤しつつ両の拳をかまえた。
「この先どういう結末が待っていようと……まずはヤツを叩くことだ。
 ヴィヴィオをあそこから引きずり出さなければ、進む話も進まんぞ」
〈さすが、そちらのコンボイさんはわかってらっしゃいますねぇ♪〉
 クアットロの言葉に伴い、ヴィヴィオはマスターコンボイやスバルに向けて一歩を踏み出し、
〈それじゃあ……
 みなさん、存分に殺し合いを♪〉
「ママを……返して!」
 叫ぶように言い放ち――地を蹴ったヴィヴィオがスバル達に襲いかかった。
 

〈それじゃあ……
 みなさん、存分に殺し合いを♪〉
「………………ふーん……」
 耳につけたインカムからは、クアットロのこの上なく楽しそうな声が聞こえてくる――目を閉じ、鷲悟は軽く息をついた。
「あのメガネ、なんかやりたい放題だな……」
 つぶやき、しばし思考をめぐらせて――
「…………重力場、術式固定。
 倍加範囲、および倍率維持……」
 動いた。“ゆりかご”を大地に押さえつけている超重力場を作り出している術式をリアルタイム制御から術式による持続型に変更。インカムのモードを傍受から通信に切り替え、はやてに声をかける。
「はやて。
 このまま、外の指揮は頼んだぞ。うまく部隊を動かしてくれ。
 オレの重力場は術式を固定しておいた――オレが死ぬなり何なりして“力”の供給が途絶えない限り、維持され続けるはずだ」
〈そ、それはえぇですけど……どちらまで?〉
「何、ちょっと野暮用だ」
 尋ねるはやてに答え――“力”を集め、解き放った。撃ち出された重力の塊が“ゆりかご”の外壁を粉砕、突入口を作り出す。
 自分の空けた縦穴に向けて悠然と歩き出し――鷲悟は告げた。
「ちょっと……“ウサ晴らし”に行ってくる」
 

「アロンダイト!」
「ブラストファイヤー!」

 咆哮と共に閃光が駆け抜ける――セイカとヤミの放った閃光が迫り来るガジェットやドール、瘴魔獣を一直線に薙ぎ払い、
投影トレース――開始オン!」
 手の中に双剣“干将”“莫耶”を生み出したクロエが、隊列の乱れた敵陣へと飛び込んだ。華麗な剣さばきで次々に敵を斬り伏せ――
「光翼斬!」
「のぉぉぉぉぉっ!?」

 ライの放った魔力刃に巻き込まれかけた。
「ちょっとライ!
 いきなり何するのよ!?」
「そっちが前線にいつまでもいるのが悪いんだよ!」
 何とか難を逃れ、抗議の声を上げるクロエだが、ライはプイとそっぽを向いてしまう。
「ムッカーっ! 何よ、そのナマイキな態度!
 自分達がプログラム体であたしみたいにナイスバディになれなくてひがんでんじゃないの!?」
「そーだよ! その通りだよ! ボクらの中で自分だけスクスク育っちゃって!」
「うっわ、開き直ったよこの子!
 ってーか、セイカもヤミも無言でデバイスこっち向けんじゃないわよ、フツーに怖いから!」

「…………なぁにやってんだ、アイツら……」
 頭上では聞くに堪えないバカ話が繰り広げられているが――それでも敵機を叩くペースが落ちているワケではないので何も言えない。
 その技術をマジメに戦うことに全投入してもらいたいのだが――そんなことを考えながら、上空のおバカなやり取りを見上げていたゲンヤのつぶやきに、グレアムやリーゼ姉妹は苦笑まじりに肩をすくめる。
「けど……驚きました。
 ジュンイチのヤツ、よりにもよってアンタにあの3人を預けるなんて……」
「私も、最初はそう思ったよ」
 “闇の書”の残滓から生まれた3人のマテリアルを、その“闇の書”を止めようとするあまり犯罪にまで走った男に預けるとは――呆れ半分、といった様子でつぶやくゲンヤに、グレアムもまた苦笑まじりにそう返した。
「だがな……彼は言ったよ。
 『アンタのことを信用できると思ったから、預けるんだ』とね。
 まったく、そんなことを迷いもなく言われてしまっては、裏切りたくても裏切れないというのに」
「アイツらしいな。
 見事に提督の動きを心理側から封じ込めてやがる」
「だがね……今では、釘をさしてもらえてよかったとも思っているよ」
 肩をすくめるゲンヤに答え、グレアムは上空で戦うマテリアル達を見上げた。
「この10年間、彼女達と共に暮らす中で、気づくことができた。
 彼女達も我々と変わらない。肉体かプログラムか、ただそれだけの違いでしかないのだと。
 笑いもすれば怒りもする。傷つけば泣きもする……戦場から離れてしまえば、どこにでもいる、ただの女の子でしかなかったよ。
 そう……シグナム達守護騎士プログラムと同じように」
「……そうでなきゃ、アイツはあの娘っ子どもを助けたりしませんよ」
 そう――ジュンイチは“そういう存在”だったからこそ、あの3人のマテリアル達を助けたのだろう。付き合いが長いせいか、ゲンヤにはそう確信することができた。
「ジュンイチは、気づいてほしかったんじゃないですかね。
 アイツらの……そういう一面のことを」
「だろうな」
 そしてそれはグレアムも同じだった。ゲンヤの言葉に答え、小さく笑みをもらす。
「まったく……大した男だよ、キミの“息子”は」
「自慢の“息子”ですから」
 グレアムに答え、ゲンヤは立ち上がり、自分の部下達を見渡した。
 すでにゲンヤの言いたいことは理解しているのだろう。皆一様にうなずいてみせる――それを受け、ゲンヤもまたうなずき返し、告げた。
「全員、あの4人の援護に回れ!
 このまま見せ場を持っていかれたんじゃ、後でジュンイチにどやされっぞ!
 各員、自分達のできる精一杯をやれ! いいな!?」
『おぅっ!』
 

「お姉ちゃん達、こっち!」
「おぅっ!」
 地上本部内の廊下――ホクトの言葉にノーヴェがうなずき、チンクを加えた3人は目の前の十字路を左に曲がって先を急ぐ。
「今度は右だよ!」
 そしてすぐに次の角を右へ――迷いなく後ろの二人を導くホクトの姿に、チンクはとなりを走るノーヴェに声をかけた。
「ノーヴェ……本当に彼女の案内で大丈夫なのか?
 先ほどからまったく迷いがないのだが……」
「大丈夫だよ、チンク姉」
 まさか適当に選んでやしないか――そんなチンクの不安はもっともなものだったが、対するノーヴェもまた迷うことなくうなずいてみせた。
「ホクトには、自分に近い遺伝子を持つ人間の居場所を感知する能力があるんだ。
 だから、アイツは今、クイント・ナカジマの位置を確実に捉えてるはずだ」
「なるほど……」
 ノーヴェの言葉にチンクがうなずいた、その時――
「あ、あれぇっ!?」
 一足先に曲がり角を曲がったホクトの声が上がった。何事かと二人がホクトに追いつくと、
「ど、どういうことなの、コレ!?」
 行き止まりとなった廊下――困り果てた顔で、ホクトが行く手を阻む壁を見上げていた。
「ホクト!?
 どういうことだよ!?」
「わかんないよ!
 確かにおかーさんをこの先に感じるのに!」
 尋ねるノーヴェにホクトが答えると、
「いや……ここであっている」
「チンク姉……?」
 突然の声に振り向くノーヴェにかまわず、チンクはジュンイチから渡された仮庁舎の見取り図をにらみつけ、
「柾木からもらった見取り図によれば、その壁の向こうに公式の見取り図に乗っていない施設がある。
 おそらくは……」
「隠し部屋、か……
 どうする? 壁、ブチ破るか?」
「いや……それで施設に障害が生じては、生命維持を受けているはずのクイント殿に危害が及ぶ可能性もある。
 ちょっと待っていろ。今見取り図を確認する」
 拳をかまえるノーヴェを制止し、チンクは見取り図を拡大。上下の階も含めて施設の周りの状況を確認する。
「…………確認が取れた。
 ここ以外に施設に接している廊下はない。上下階も含めてな。
 間違いない。ここが入り口だ」
「なら、この向こう側には何もないんだよな?
 施設をブチ壊す心配もないし――」
「あぁ、かまわんぞ」
 改めてかまえるノーヴェに、チンクも今度は不敵な笑みと共にうなずいた。
「遠慮なくやってやれ――そこは、“娘”であるお前達に譲るとしよう」
「だってさ。
 やろう、ノーヴェお姉ちゃん!」
「おぅよ!」
 言って、後ろに下がるチンクに代わり、ノーヴェとホクトが前に出る。
 ガンナックルとニーズヘグ、それぞれのデバイスをかまえ――
『いっ、けぇぇぇっ!」』
 二人が同時に叩きつけた一撃が、隠し部屋の扉に叩きつけられる!
 機密保持か事故対策か、相当に頑丈な作りになっていたようだが、二人にかかればどうということはない――轟音を上げて吹き飛ぶ、などというハデな突破にはならなかったが、一撃のもとに人ひとりが容易に通れるほどの穴がこじ開けられる。
「おかーさん!」
 その穴に真っ先に飛び込んだのはホクトだ。照明が落ち、計器類の明かりだけに照らし出された室内を見回し――
「――――いた!」
 見つけた。
 部屋の奥の方、羊水に満たされた2基のメディカルポッドに収められた――
 

 クイントと、マグナの姿を。

 

「IS発動――“皆殺しの鼓動ジェノサイドビート”!」
 咆哮と同時、シードラゴンの両手に“力”が集まる――つかみかかるシードラゴンだったが、イクトはそんな彼の手をあっさりと振り払い、逆にカウンターのヒジを叩き込む。
「ぐ……ぅ……っ!」
 痛烈な一撃を鼻先にもらい、シードラゴンがたたらを踏み――間髪入れずに追撃。腹に再度のヒジをお見舞いし、一歩だけバックステップ。一撃を受け、腹を抱えたシードラゴンのアゴを思い切り蹴り上げる。
「…………っ、そぉっ!」
 それでも、シードラゴンはすぐに立て直して反撃――再びイクトをつかもうと腕を伸ばすが、イクトには届かない。腕の中ほどに手刀を受け、弾かれてしまう。
「く…………っ!
 なぜだ……なぜオレのISが通じない……!?」
「ありがちなオチだが、あえて言おう。
 貴様の技、すでに見切らせてもらった」
 一旦距離を取り、仕切りなおす――うめくシードラゴンに対し、イクトは淡々とそう答えた。
「ただ触れただけで相手を破壊できる貴様のISは確かに強力なものだ。
 だが――逆に言えばただそれだけ。効果を発揮させるために対象に触れるその動き自体は、貴様自身の体術によるものでしかない。
 他に警戒すべき能力も技もないから、こちらは安心して貴様のISに注意を集中できる」
 そう告げる間にも、シードラゴンがしかけてくる――冷静にその右腕をはたき落とし、バランスを崩したシードラゴンの背中を蹴り飛ばす。
「攻撃も防御も、まずは力を集中させたその四肢で触れなければその効果を発動させることができない――ならばこちらは、貴様の攻撃の効果範囲を見極め、触れないようにさばき、打ち込むまでだ。
 スバルと対した時のように、オレを相手にたやすく打ち込めるとは思わないことだ」
 そのまま、シードラゴンが振り向くよりも早く炎を撃ち込む――ISによる防御も間に合わず、シードラゴンが吹き飛ばされる。
「ただ一度の勝利で、慢心したな、シードラゴン」
「…………ぐ……っ!
 おのれ……!」
 だが、それでもシードラゴンは倒れない。身を起こし、イクトに対して身がまえてくる。
「負けん……負けるはずがない……!
 誇り高き瘴魔獣将、“七人の罪人クリミナル・セブン”の筆頭であるオレが、裏切り者などに負けるはずがない……!」
「…………フッ、『誇り高い』か……」
 うめくシードラゴンだったが、そんな彼の言葉はイクトにとっては何の重みも感じられなかった。軽く鼻で笑ってみせるのみだ。
「何がおかしい……!?」
「いや、失礼。
 ザインの部下の口から、そういう言葉が出るとは思わなくてな」
 シードラゴンにそう答え、イクトは彼にまるでさとすように告げた。
「貴様は自分の主がどういう男か、まるで理解できていない。
 あの男には“誇り”などというものはない。ただ軍師として、勝利させるべき対象が勝利するように策を弄することだけがすべてだ。
 ヤツにとって、大切なのはあくまで“自分達しょうまが勝利すること”、ただそれだけ――部下も、瘴魔獣も、今の雇い主も……果ては自分すらも、そのための“駒”でしかない。ザインとはそういう男だ」
「駒、だと……!?」
「あぁ、そうだ。
 ザインのもとにいる限り、貴様はヤツの“駒”以上には決してなれん。そんなことも気づかぬ男が『誇り高い』とは笑わせる」
「黙、れ……!」
 イクトの言葉に、シードラゴンの顔が怒りに染まる――立ち上がり、懐から海竜を描いたデバイスカードを取り出した。
 頭上高くかざし――咆哮する。

「跪かせろ――“傲慢プライド”!」

 瞬間、“力”があふれ――収束した。解放された魔力が結合、物質化し、シードラゴンの背後に巨大な首長竜型の機動兵器が出現する。
 次いで、機動兵器が姿を変える――背中の部分が後方に展開、左右に分かれて両足となり、ボディ側面部も両前足の付け根を基点に起き上がり、両肩と両腕にヒレ状のカッターを備えた両腕となる。
 首長竜の長い首はボディにからみつき、右肩に頭を乗せる――ボディ内部からロボットモードの頭部がせり出し、ロボットモードへの変形を完了する。
「それが貴様のデバイスか……」
「そうだ。
 名を“傲慢プライド”という」
 答えるシードラゴンの言葉を聞きながら、イクトは冷静に“傲慢プライド”を眺め、その様子をうかがう。
(トランスデバイス……非人格型か。ゴッドオンしないところを見るとトランステクターでもなさそうだが……
 しかし……何だ? この感じ……)
 シードラゴンと“傲慢プライド”、両者の気配にどこか違和感を感じる。
 いや、違和感と言うより、これは――
(既視感、か……!?
 オレは、この気配を知っている……!?)
 一瞬、ステーション落下事件の時に使ったのを思い出したのかと思ったが――そんな程度の軽い既視感ではない。もっと深い――ずっと以前から知っている感じだ。
(どういうことだ……!?
 オレとヤツは、ずっと以前に出会っているとでも――)
 ワケがわからない。自分の感じる得体の知れない感覚にイクトが知らず知らずのうちに歯がみして――
「考え事とは――」
「――――――っ!?」
「余裕だな!」
 そんなイクトにシードラゴンが襲いかかった。“皆殺しの鼓動ジェノサイドビート”を発動、繰り出された左右の拳による連撃をかわし、イクトが素早く後退し――
「――――ぐわぁっ!?」
 その先には“傲慢プライド”がいた。背後から一撃を受け、はね飛ばされたイクトの身体が地を跳ねる。
「ちぃっ!」
 それでも、なんとか体勢を立て直して立ち上がる。放った炎はシードラゴンのISで吹き散らされるが、どの道目くらまし以上は期待していない。先ほどのお返しとばかりに“傲慢プライド”へと地を蹴るが、
「どこへ行くつもりだ?」
「何――――――っ!?」
 シードラゴンはイクトのその動きを完璧に捉えていた。真横から突っ込み、そのわき腹に拳を打ち込み、
「“皆殺しの鼓動ジェノサイドビート”!」
 シードラゴンのISが炸裂――周囲に雷光がほとばしり、イクトの身体が弾け飛ぶ!
 が――
「ぐ……ぅ……!」
 イクトはまだ倒れてはいなかった。わき腹を押さえながらなんとか立ち上がる。
 対するシードラゴンの右腕はもうもうと立ち上る蒸気に覆われている。これは――
「先ほど柾木ジュンイチに防がれた時と同じ現象……
 ヤツと同じく、同様のパルスエネルギーを流して相殺したか。
 なかなかやる、と言いたいところだが……貴様の場合は相殺し切れなかったようだな」
「残念ながら、ヤツほど制御は上手くないんでな……!」
 シードラゴンに答え、イクトは改めてかまえをとる。
「オレはむしろ――直接攻撃専門でな!」
 今度はイクトがしかける番だ――力強く地を蹴り、一気に間合いを詰める。カウンターを狙ったシードラゴンの右拳を身を沈めてかわし、その懐に飛び込む。
 反応の間に合わないシードラゴンに向け、すくい上げるように一撃を放ち――
「ぐぁあっ!?」
 一撃を受けたのはイクトの方だった。割り込んできた“傲慢プライド”が拳を受け止め、体勢を立て直そうとしたこちらを、“傲慢プライド”越しに回り込んできたシードラゴンが蹴り飛ばしたのだ。
 だが――
(何だ、今のは……!?)
 その一連の動き、イクトの脳裏に確かな疑問を突きつけていた。
(シードラゴンと“傲慢プライド”――動きが合いすぎだ……
 特に“傲慢プライド”の反応が“鋭すぎる”――マスターからの命令を受けてからデバイスが動いている、というには、ヤツの動き出しが恐ろしく早い。
 それに、動きだって的確すぎる――飛び込む位置も飛び込み方も、マスターにとってあまりにも理想的すぎる。高町とレイジングハートですらここまで理想的なコンビネーションはまずムリだ)
 そう、それはまるで――
(まるで……“ヤツの意志が直接デバイスを制御しているような”……)
 そこまで考え――ふと、イクトの脳裏に閃くものがあった。
(そうか――そういうことか……!)
 そんな彼の脳裏によみがえるのは、かつて関わった事件の記憶――
(それなら、先ほどの既視感にも納得がいく。
 確かにオレは、“コイツと同じ存在”と戦っているのだから……!
 だが……)
 しかし、その仮説と自分達が今まで前提としていた知識がかみ合わない――身を起こし、イクトはシードラゴンと対峙した。
 口元の血をぬぐい――尋ねる。
「おい、ひとつだけ聞かせてもらおう。
 貴様の正体についてだ」
「オレの、正体だと……?」
「あぁ、そうだ。
 答えろ。貴様のベースは戦闘機人なのか、それとも……」

 

「“擬装の一族ディスガイザー”なのか」

 

「ほぉ……気づいたのか」
「今の貴様のデバイス……“傲慢プライド”の動きでな」
 どうやら、自分のカンは当たっていたらしい――感嘆の声を上げるシードラゴンに対し、イクトは淡々と答えた。
「先ほどの攻撃……貴様と“傲慢プライド”のコンビネーションがあまりにも完璧すぎた。
 デバイスのAIと貴様――二つの意識の連携ではとうていたどり着くことのできないレベルでな。
 そう――まるで“ひとつの意識が二つの身体を操っているかのように”」
 シードラゴンはちらの話に耳をかたむけることにしたようだ。攻撃の気配はない――それでも警戒を解くことなく、イクトは続ける。
「そしてそれは……まさに“擬装の一族ディスガイザー”の特徴そのままだ。
 ヤツらはかつて行なわれた魔法実験中の事故により、トランスフォーマーのスパークと自らの命が一体化した存在――ひとつの命で、自らの肉体とトランスフォーマーのボディであった“従者サーヴァント”、二つの身体を動かしていた。
 ちょうど――今の貴様と“傲慢プライド”のようにな」
 そして、イクトはシードラゴンをまっすぐに指さし、
「貴様のデバイスである“傲慢プライド”……それはただのデバイスじゃない。
 デバイスであると同時……貴様の“従者サーヴァント”でもある。違うか?」
「ふむ……
 そこまで見抜くとは、大したものだな」
 そう答えるシードラゴンの言葉は、イクトの推理を肯定するものだった。
「確かに、オレは“擬装の一族ディスガイザー”だ。
 ……いや、“擬装の一族ディスガイザー”と同じ存在、と言うべきか」
「だろうな。
 貴様はザインが作り出し、ザインによって瘴魔力を操る資質を開花させられている……
 そして何よりその肉体は戦闘機人そのもの。“擬装の一族ディスガイザー”だとしても、少なくともかつてオレ達が対峙した者達とは別系統の存在だ」
 告げるシードラゴンにそう答え――イクトは自らの推理の核心に触れた。
「貴様が戦闘機人として生み出される際にベースとされた“オリジナル”……それがあの時戦った“擬装の一族ディスガイザー”のひとりだったんだろう?
 ヤツら自身のクローンであれば素養は十分、あとはデバイスとして作り出した人造トランスフォーマーの人工スパークを貴様の命と一体化させればいい」
「そういうことだ。
 オレは“擬装の一族ディスガイザー”をオリジナルとし、戦闘機人として調整され、瘴魔の力と“従者サーヴァント”を与えられた存在……
 三種一体の“混合調整体ハイブリット”――それがオレの正体だ」
「なるほどな……」
 シードラゴンの言葉に息をつき、イクトは改めて彼に告げた。
「貴様の正体の解明に付き合ってくれてありがとう――礼を言う。
 おかげで……ますます負けられなくなった」
「何………………?」
「あぁ、心配するな。
 このオレの変化に貴様の行為は無関係だ。
 ただ……貴様の生まれが、オレにそうすることを選ばせたんだ」
 眉をひそめるシードラゴンに答え、イクトは自分の両手に炎を生み出した。
 自然には発生することのない、青い炎が自分の両手を中心として周囲で燃え盛るのを感じながら、告げる。
「貴様のオリジナルである“擬装の一族ディスガイザー”を滅ぼしたのは柾木だ。
 だがな……最後の最後まで、ヤツらの殲滅せんめつに反対していたのも、あの男なんだ。
 自分の境遇に重ね合わせた、ただの同情だったのかもしれない――それでも、アイツは本気で“擬装の一族ディスガイザー”を救おうと、ヤツらの復讐を、暴走を止めようとしていた。
 だからこそ……最後のひとり、首領であったカリンを討ったことを、誰よりも後悔していた」
 一歩を踏み出し、足にまとう炎がコンクリートを焼く――先ほどまでとはイクトのまとう空気が一変したことを悟り、思わずシードラゴンが後ずさりする中、告げる。
「アイツは……“貴様ら”を滅ぼした罪をずっと背負い続けているんだ。
 そんなアイツの背負っているモノを……ザインの勝手で踏みにじられてたまるか。
 アイツの手は煩わせん。貴様はオレが討つ――今日、ここで!」
「ぬかせ!」
 イクトの宣言に言い返し、シードラゴンが“傲慢プライド”と共に襲いかかり――
 

「フフフ……
 なかなかがんばるじゃないの♪」
 一方、“ゆりかご”内、管制室――自分の近しい人々に化けたガジェットに苦戦するヴィータ、聖王と化したヴィヴィオの攻撃を必死に耐えしのぐマスターコンボイの姿をそれぞれウィンドウで眺めながら、クアットロは本当に楽しそうに笑みを浮かべた。
「もっとも……どちらもそう長くはもたないでしょうけど。
 まったく、くだらないことにうつつをぬかしているからそういうことになるのよ♪」
 情などに流されているから勝てる勝負も落とすのだ――ヴィータを、スバル達を見下すようにクアットロがつぶやき――
 

「ずいぶんと“イイ”趣味ね、クアットロ」
 

 そんな彼女に声がかけられ――同時、管制室のドアが吹き飛んだ。
 そして――
第四機人フォース・ナンバーズクアットロ……
 大規模騒乱罪の現行犯、その他もろもろの罪で、あなたを逮捕します」
 そう告げて――ギンガは生身のまま、ロードナックル・シロと共にゆっくりと管制室に足を踏み入れた。
「あらあら、ギンガちゃん、お久しぶり♪
 ウチでお人形さんになってた時以来ね?」
「悪いけど、私はあなたと馴れ合うつもりはないの」
「あら、そうなの?
 前にギンガちゃんが連れてこられた時、壊れかけだったギンガちゃんの身体を一生懸命直してあげたっていうのに、冷たいわね」
「そうでもないわよ。
 一応、感謝してる部分はあるもの」
 クアットロの言葉にそう答え――ギンガの左手、その手刀が高速で回転を始めた。
「あなたがくれたこの“リボルバーギムレット”で――あなたを無力化できるんだから!」
「私を無力化、ねぇ……
 あなたにできるかしら?」
 しかし、対するクアットロはあくまで余裕だ。ギンガに対してそう答えると、彼女の姿が光に包まれる。
「幻術による変身……!?
 でも、今さら誰になるつもり?」
「それはね……“彼”よ!」
 そうギンガに答えると同時に光が弾け、クアットロは――ジュンイチへとその姿を変えていた。
「どうかしら?
 ギンガちゃん、彼のことが大好きなのよねぇ?
 そんな柾木ジュンイチの顔を、殴れるワケないわよねぇ?」
「く…………っ!
 汚いぞ、お前!」
「でも、殴れない。
 あなた達が、どうしようもない甘ちゃんである限りはね!」
 ニセモノとわかっていてもためらわずにはいられない。ロードナックル・シロがそう感じるほどにクアットロの変身は本物に忠実だった。思わずうめくその言葉にも、クアットロは余裕の態度でそう答え――
 

「リボルバー……」

 

「ギムレット!」

 

 ブッ飛ばされた。

 ギンガの手によって――

 

 

 それはもう、あっさりと。

 

 

「ぷぎゃっ!?」
 女性らしからぬ、つぶれた悲鳴と共にクアットロの身体が宙を舞う――“車田落ち”で落下するクアットロの姿に、ロードナックル兄弟はしばし呆然として――
「《って、迷わず殴ったぁ――――っ!?》」
 ようやく再起動。ギンガの予想外すぎる行動に対し、二人そろって思わず声を上げる。
「そ、そんな……!?
 心から慕う男の顔を、ためらいなくブン殴るなんて……!」
 一方、この結果にもっとも予想をひっくり返されたのは変身した当人であるクアットロだ。ヨロヨロと身を起こしてうめくが、
「当然よ」
 対し、ギンガは淡々とそう答えた。
「いつだって心配させて……!
 いつだって、私の心に居座って……!」
 そうつぶやきながら右の拳を握りしめ、左手の手刀が再び回転を始める。
「確かに、ジュンイチさんは私にとって一番大切な人……
 でも……今この瞬間は、同時に一番殴りたい人なのよ!」
 そう告げると同時、ギンガが再び地を蹴った。一気にクアットロとの間合いを詰めると右のショートアッパーでクアットロの身体を浮かせ、本命の左、リボルバーギムレットでクアットロを再び殴り飛ばす。もちろん、ジュンイチの姿に変身したままのクアットロを、だ。
 そして、再び身を起こすクアットロに向け、ギンガがトドメとばかりに地を蹴って――
「きゃあっ!?」
 悲鳴と共に、クアットロの身体が真横に吹っ飛ばされた。
 ただし――ギンガの一撃が届く前に。
「がぁ…………っ!?」
「これは……!?」
 強烈な重圧によって壁に叩き込まれ、クアットロがうめき声を上げる――攻撃の主に思い至り、ギンガが振り向き――
「こんなところで、そんなヤツの相手なんかにムダギレしてんじゃないよ」
 言いながら、そのギンガの予想通りの人物が通路の奥から姿を見せた。
 愛用の純白の戟を肩に担ぎ、ギンガに告げる。
「バトンタッチだ。
 さっさとスバル達のところに向かえ」
「し、鷲悟兄さん!?」
 現れたのは、甲板上から“ゆりかご”を押さえつけていたはずの鷲悟――意外な人物の登場に驚き、ギンガは思わず声を上げる。
「ここはオレが引き受けてやる。
 スバル達の方に行ってやれ――ヴィヴィオが敵に回って、苦戦してる」
「で、でも……」
 それならば、自分より強い鷲悟が向かった方がいいのでは――鷲悟の指示に釈然としないものを感じるギンガだったが、
「く…………っ!」
 そんな彼女の葛藤のスキをつき、クアットロはシルバーカーテンによる変身を解除。部屋の出口に向けて一目散に走り出す。
「冗談じゃないわよ……!
 ここは一旦身を隠して――」
「あぁっ! 逃げる!?」
《逃がすかよ!?》
 逃走を図るクアットロの姿に、ロードナックル兄弟が声を上げ――
「どこに行く?」
 あっさりとした声が告げ――クアットロの身体がまたしても吹っ飛ばされた。真横にかけられた重力によって、再び壁に叩きつけられる。
「このオレを前に背を向けるなんて、ずいぶんと余裕じゃないか。
 それにしても、よく飛ぶねぇ……軽口ばっかり叩いているから、存在まで軽くなってるんじゃないのか?」
「く…………っ!
 言ってくれるじゃない……!」
 倒れた自分を見下すように告げる鷲悟の言葉に、さすがのクアットロの表情にも怒りの色が現れた。同時、天井の一角が爆発と共に吹っ飛ぶと、その向こう側から彼女のトランステクター、ブラックウィングが姿を現す。
「ゴッド、オン!
 ブラックシャドー、トランスフォーム!」

 そして、クアットロがゴッドオン、ロボットモード、ブラックシャドーとなって鷲悟の前に降り立つ。
「いくら非戦闘型だって、ゴッドオンすればそれなりのものなのよ!
 あの柾木ジュンイチの兄だって言っても、生身のままで私と戦えりゅべっ!?」
 しかし、そんなクアットロの言葉が途中で途切れた。
 一瞬にしてクアットロの、ブラックシャドーの頭部の重量が増し、顔面から地面に突っ込んだからだ。
「頭の重量が5倍になった気分はどうだ?
 まともに立ってなんかいられないだろう」
 言って、鷲悟はギンガへと振り向き、
「ほら、早く行け」
「は、はい!
 シロくん!」
「う、うん!」
 圧倒的とも言える鷲悟の戦いぶりに、ギンガはこの場を彼に任せることにした。ロードナックル・シロに告げ、急ぎその場を後にする。
「うんうん、それでいい♪」
 そんな彼女達の後ろ姿に笑顔でうなずき――視線を戻した鷲悟は気づいた。
 ブラックシャドーのカメラアイから輝きが失われている――ゴッドマスターが“中”にいない、ゴッドオンが解除されている証拠だ。
 だから――迷わず告げる。
「室内全域、重力10倍」
「ぶぎゃっ!?」
 同時、部屋の一角で悲鳴が上がる――姿を消していたシルバーカーテンが効果を失い、クアットロの姿が現れる。
 そんな彼女へと歩み寄りながら、鷲悟は超重力を解除する。
 身を起こしたクアットロがこちらをにらみつけてくるが、動じることもなく気配を探る。
(ギンガ達は完全にスバル達の方に向かったね……
 これでこっちも遠慮する必要はなくなったな)
「…………さて。
 ギンガ達も行ったことだし――」
 改めて思考を言葉にした、その瞬間――強烈な重圧がクアットロに襲いかかった。再び床に思い切り叩きつけ、押しつぶさんばかりの圧力を加える。
「ナイショの話をしようか。
 オレがこの戦いに介入したのは、ジュンイチに頼まれたからじゃない」
「何………………?」
「確かにジュンイチから要請と指示はあった。
 けど……オレはオレの意志でここにいる」
 重力が一瞬だけ圧力を増す――その一瞬の変化が重力場の打撃となり、クアットロの顔を床に思い切り叩きつける。
「18年前から10年前までの8年間、ジュンイチに身体を乗っ取られてはいたけどな……それは逆に、オレは8年間の時間をずっとジュンイチと共有してきたってことでもある。
 だから、なんとなく想像できるんだよね。アイツの思考も……アイツの想いも」
 関節部に同様の重力打撃――激痛にクアットロの顔が歪むが、鷲悟は眉ひとつ動かすことはない。
「アイツは、ずっと苦しんできた。
 初めての暴走で、大切な女性の命をその手で奪って……昨日の自分とすら別物に変わってしまう身体におびえて……
 怒りのままに戦い続けて、自分の失敗で街ひとつ滅ぼして……その罪の重さに押しつぶされそうになって……
 それでもアイツは戦い続けてきたんだよ。
 自分の“力”がもう誰も傷つけずにすむように……自分と同じ存在のヤツらが、もう二度と生まれないように……」
 重力が反転、反重力となる――クアットロの身体を持ち上げ、鷲悟は冷たい視線のまま彼女を見上げ――
「そんなアイツの想いを――お前は、土足でふみにじったんだ!」
 瞬間――鷲悟の感情が爆発した。クアットロを中心にメチャクチャな方向に引力が多重発生、その身体をあり得ない方向にねじ曲げつつ吹き飛ばす!
「もうひとつだけ、ナイショの話。
 ブレイカーにはみんな、力を引き出す鍵となる感情――“鍵の感情キー・エモーション”がある。
 ジュンイチは“勇気=不屈”。ブレードと啓二さんは“闘志”。ライカは“希望”……
 そしてオレは――“憎悪”。
 “闇”属性だったせいか、オレはブレイカーでありながら負の感情を鍵とする。
 だからこそ……そんなオレには、アイツらと違って慈悲の心はない」
 荒れ狂う重力の嵐に翻弄され、クアットロはまるでピンボールのように部屋中を跳ね回る――破壊の嵐の過ぎ去った後、床にボロ雑巾のように転がったクアットロの身体をもう一度反重力で持ち上げて、落ち着きを取り戻した鷲悟は淡々と告げた。
「オレがここに来た理由と、ギンガを先に進ませた理由――もうわかったよな?
 “アイツがいたらジャマなんだよ――オレがこれからすることのためにはな”」
 鷲悟の言葉に、苦痛に歪むクアットロの顔に新たな感情が刻まれた。
「さぁ、クアットロ――」
 

「本物の“死”の経験者だからこそ再現できる、“生と死の境目”――存分に味わってもらおうか」
 

 すなわち――“絶望”と“恐怖”が。

 

「ここよ。
 この部屋にいるはず……」
 ドゥーエの案内でたどり着いたのは、地下区画の一室――そうイレインに告げて、ドゥーエはシュレッドラプターの上から降り立った。
「んじゃ、さっさとご対面といきましょうか。
 お互い、あのオジサンには聞きたいことがあるんだし」
 言って、イレインが先頭に立って扉の前に進み出た。電子ロックと自らの電子回路を接続、暗証番号を解析して手早く入力する。
「便利なシステムね。
 同じ諜報型として私も欲しいわ、そういうの」
「諜報型ってワケじゃないんだけどねぇ、私は……」
 感心するドゥーエに苦笑し、イレインは扉を開き――その部屋の奥で、レジアスはベッドにその身を横たえていた。
『………………?』
 失脚したことは知っていた。行方知れずになったことから幽閉されていることは容易に想像できた。だが――いくら幽閉されていたとは言え、この状況の中でレジアスのような男がのん気に眠ることを選ぶとは思えない。二人は思わず顔を見合わせ、眠るレジアスの元へと歩み寄る。
 理由はすぐにわかった。
「レジアス・ゲイズ……
 公開陳述会時の地上本部襲撃を許したことや、直後に大量発覚した地上本部の違法捜査の数々の責任を取り、辞職したと聞いていたけど……」
「辞職なんてとんでもない。
 これ、間違いなく薬漬けにされてるわよ」
 レジアスの腕には無数の注射針の痕――顔をしかめるドゥーエの声を背後に聞きながら、イレインはレジアスを診断してそう告げる。
「……参ったわね……
 これじゃロクに情報も聞き出せないじゃない……」
「まったくね。
 もっとも、これをやった連中も、そうやって情報を聞き出されることを恐れたから、なんでしょうけど。ある意味殺されるよりタチの悪い口封じだわ」
 ため息をつくドゥーエに答え、イレインはレジアスに肩を貸す形で助け起こし、
「とりあえずここから連れ出しましょう。
 シャマルなら、きっと回復させられるはずよ」
「ぅわ、アンタ達のところ?」
「そっちに短時間で毒抜きから回復までできる人、いる?」
「いや、いないけど……」
 自分は管理局に敵対する立場だ。機動六課に保護されては情報を引き出せなくなる――苦虫を噛み潰したような顔をするドゥーエだったが、
「まぁ……アンタの心配してるようなことにはならないんじゃない?」
 そんなドゥーエに、イレインは肩をすくめてそう答えた。
「だって、ジュンイチのところに保護されたから、とはいえ、ノーヴェ達がすんなり受け入れられたのよ。
 きっと、アンタだって……」
「でも私は、ドクターのために情報を……」
「まー、そこはどうとも言えないけどね。
 でも、スカリエッティのための諜報活動、とかじゃなくて、単にスカリエッティの私物を取り返したいだけなんでしょ? アンタに欲しい情報流しても、あまり問題にはならないんじゃない?」
「そううまくいくかしら……?」
「まぁ、なんとかなるでしょ――アンタがウソついてるんじゃなかったらね」
 イレインの言葉にドゥーエが眉をひそめる――そんな彼女に、イレインはレジアスを支えたまま正対し、
「覚えておきなさい。
 このタイミングで六課に対してウソつくと――アンタの妹達を、ノーヴェ達を裏切ることになるってこと」
「まるで体のいい人質ね」
「あら、それこそ『今さら』ね」
 ため息をつくドゥーエに対し、イレインは不敵な笑みを浮かべて告げた。
「私が誰だか忘れた?
 私も“柾木一門”なんだけど?――卑怯、卑劣はドンと来い、よ♪」
 

「はぁぁぁぁぁっ!」
 咆哮と共にシードラゴンと“傲慢プライド”が襲いかかる――先行して飛び込んだシードラゴンが右手でつかみかかる。
 対し、イクトは“力”の込められた手先を避け、腕の中ほどを弾いてその一撃をさばき――そんな彼の背後に“傲慢プライド”が回り込む!
 シードラゴンの意志に従い、イクトの死角から、完璧なタイミングで拳を振り下ろし――
「甘い」
 イクトが淡々と告げ――その拳が止められた。
 後方に向けて勢いよく振り上げたイクトの右足が、“傲慢プライド”の拳をその足の裏で受け止めたのだ。
「何――――っ!?」
 “傲慢プライド”は完全にイクトの死角からしかけたはずだ。こちらの攻撃を受けていたイクトに、さばく余裕もなかったはず――それをあっけなく止められ、驚くものの、すぐに意識を切り替えて再度の攻撃をしかける。前後から挟撃するようにイクトに襲いかかるが、
「むんっ!」
「な――――っ!?」
 イクトはシードラゴンの攻撃をいなしながら、同時に打ち込まれた“傲慢プライド”の拳も身を沈めて回避。逆に姿勢の崩れた両者をたて続けに蹴り飛ばす。
「バカな……!?
 オレの連携に、完全に対応しているだと……!?」
 一度ならず二度までも攻撃をさばかれた――これはマグレではないと判断し、シードラゴンは一旦距離をとって体勢を立て直す。
(どういうことだ……!?
 防げるタイミングじゃなかったはずだ……先の攻撃をさばいたヤツのスキを、完璧についていたはずだ……!
 なのに、なぜ防げる……!? そんなこと……“傲慢プライド”の攻撃をあらかじめ読んででもいない限りは……!)
「ワケがわからない、といった顔だな」
 相手の“仕掛け”がわからず、歯がみするシードラゴンに対し、イクトは淡々とそう告げた。
「種を明かせば簡単な話だ。
 貴様と“傲慢プライド”の連携が“完璧すぎるから”だ」
「何…………!?」
「ひとつの意志によってコントロールされている二つの身体……それ故に、お前達“擬装の一族ディスガイザー”は完璧なコンビネーションを展開できる。
 本体である貴様の動きに合わせ、貴様の望む理想どおりの動きで“傲慢プライド”がフォローする――実際、かつての“擬装の一族ディスガイザー事件”の際にはオレ達も苦労させられた。
 だがな――貴様は忘れている。
 確かに貴様らの戦闘能力は絶大だが――」
 

「オレ達はかつての“擬装の一族ディスガイザー”を打ち破り、ここにいるんだぞ」
 

「………………っ」
「とは言っても……そんな“実績”を語ったところで、貴様のコンビネーションを破ったカラクリの説明にはならんか」
 突きつけられた指摘に、シードラゴンが唇をかむ――そんな彼にかまわず、イクトは続ける。
「さっきも言ったとおりだ。完璧“すぎる”んだよ、お前達の連携は。
 仕掛け手にとって理想的な位置、タイミングで仕掛けてくる――だがそれは、逆に言えば“必ず理想的な位置とタイミングで仕掛けてくる”ということだ。
 ならば、自分であればどのタイミングで、どう援護してほしいか――その想定の元に動けば、“傲慢プライド”の攻撃を先読みすることは実にたやすい」
「く…………っ!」
 イクトの言葉は事実上の“傲慢プライド”の無力化宣言――うめき、後ずさりするシードラゴンに対し、イクトは一歩を踏み出し、
「かつての“擬装の一族ディスガイザー”はそのことを理解し、コンビネーションに頼ることなく、それ以上に自分達の独自性を打ち出すことでオレ達を苦しめた。だが、貴様にはそれがない。
 “混合調整体ハイブリット”の力におぼれすぎたな――貴様の敗北は、まさに貴様の体現する“傲慢”が過ぎた末の敗北と知るがいい」
「なめるな……!
 瘴魔を捨てた裏切り者が!」
 シードラゴンが言い返すと同時、“傲慢プライド”が走る。イクトに向けて拳を振り下ろし――
「そして!」
 単機での突撃など、イクトの敵ではない――カウンターの拳が装甲を突き破り、内部へと叩きこまれる。
 そのまま、イクトが炎を解き放つ――“傲慢プライド”の内部で荒れ狂い、その内部機構を完全に焼き尽くす。
 装甲のすき間からイクトの“蒼い炎”をあふれさせ、“傲慢プライド”は完全に沈黙し――
「が……は……!?」
 シードラゴンの身に異変――全身から血を噴き出し、ガクンッ、とヒザが折れる。
「“擬装の一族ディスガイザー”の最大の弱点。
 “従者サーヴァント”と本体の命は同一のもの――“従者サーヴァント”の破壊は、それすなわちオリジナルの死を意味する」
 シードラゴンの両の瞳から意志の輝きが消え去って――
「来世では、もうまっとうな生まれ方をするように祈るんだな」
 イクトが静かにそう告げて――シードラゴンの身体は大地に崩れ落ちていった。
 

「どうだ? チンク姉」
「もう少し待て。
 こういうシステム操作はウーノの専門だったからな……姉は慣れてないんだ」
 尋ねるノーヴェに、チンクはカプセルのシステムを調べながらそう答える。
「ふむ……マグナ殿の身体、保存状態は良好だな。これなら蘇生は十分に可能だ。
 クイント殿も、健康状態に異常はなし……というか、当事の状態をそのまま維持されている。
 筋肉においても、電気刺激を定期的に加え続けることで、捕らえた当事のそれを確実に保っている……ウチで捕らえているメガーヌとは大違いだな」
「どういうことだよ、チンク姉?」
「メガーヌ・アルピーノは生命維持をほどこされているだけだからな……こういった筋力維持などの措置はとられていない。
 おそらく、この一件の末に管理局に保護されることになるだろうが……しばらくは車椅子生活、リハビリの日々になるだろう」
「いや、そうじゃなくて……どうしてクイントさんの筋肉が維持されてるのか、って話の方。
 人造魔導師素体として確保してたんだろ? なんでそんな手間を……」
「推測の域を出ないが……あれを見ろ」
 言って、チンクが視線で示した先の棚には、クイント用に用意されていたと思われる武装隊の戦闘ジャケットや新品のリボルバーナックル、市販のローラーブーツがしまわれている。
「おそらく、最高評議会は自分達の護衛要員として彼女を使うことを考えていたのかもしれない。
 人造魔導師素体であるということは、優れた魔導師であることを証明しているようなものだからな」
「なるほど……
 で、起こせる?」
「話を戻さないでくれ。苦戦していると言っただろう」
 ノーヴェの言葉に肩を落とし、チンクはシステムを操作していき、
「…………よし、いける。
 クイント殿を、目覚めさせるぞ!」
 ついにその時が訪れた。チンクが蘇生システムを作動させ、クイントの収められたカプセルが動き始める。
 支柱に支えられたまま横倒しになり、そこから内部の羊水がゆっくりと排水されていく――カプセルの中にクイントの身体が横たわり、カプセルのフタが開いていく。
 そして――
 

 クイントがゆっくりと目を開けた。
 

「…………ここは……?
 私は確か、戦闘機人達と戦って……?」
 目覚めたばかりで記憶があいまいなのか、クイントはぼやける頭を振りながら身を起こし――
「おかーさぁんっ!」
 そんなクイントに、ホクトが飛びついた。
「す、スバル!?
 ……ううん、スバルじゃない……キミ、一体……?」
 一瞬、自分の下の娘かと思ったが、すぐに別人だとわかった。ホクトを見下ろし、クイントが尋ね――
「スバル・ナカジマの“妹”です」
 そう答え、歩み寄ってきたのは、気まずそうな顔をしたノーヴェを連れたチンクだった。
「あなた……!」
 自分達を倒した張本人を前に、鋭い視線を向けるクイントだったが――すぐにチンクに敵意がないことに気づいた。闘志を収めて息をつく。
「…………殺気を鎮めていただき、感謝する。
 状況は、あの時よりもずいぶんと変わっていまして……今は、私はあなた達の味方です」
「…………そうみたいね」
 その場にヒザをつき、一礼するチンクの言葉に、クイントもその言葉にウソはないと判断した。息をつき、チンクに尋ねた。
「目覚めたばかりでもう一手間かけて申し訳ないんだけど……状況、説明してくれる?」
「はい。
 ですが、その前に……」
 クイントの言葉にうなずくと、チンクはクイントに抱きついていたホクトを引きはがした。ノーヴェのとなりに並ばせ、紹介する。
「彼女はホクト。そしてノーヴェ……
 どちらも、スバル達の“妹”です。つまり……」
「えぇ」
 チンクの言わんとしていることはすぐにわかった。クイントは二人に向けて穏やかな視線を向けた。
 ホクトが喜び、ノーヴェが顔を真っ赤にしてそっぽを向くのを見て笑顔を浮かべ、告げる。
「初めまして……って言うのもおかしな話だけど、初めまして。
 私はクイント・ナカジマ――」


「あなた達の……お母さんよ」


次回予告
 
クイント 「それにしても驚いたわ。
 前はジュンイチと思い切りぶつかっていたあなたが、今度はジュンイチの仲間になってたんだもの」
チンク 「まぁ……それについては、いろいろありまして……」
クイント 「ふーん……
 ………………惚れちゃった?」
チンク 「ほ………………っ!?
 ば、バカなことは言わないでいただきたい!
 私はただ、柾木にしてしまったことの償いとして協力しているにすぎないのであって!」
クイント 「償いのために添い遂げるんでしょう?」
チンク 「ちぃ――がぁ――うぅ――――っ!」
ホクト 「あたし知ってる!
 こういうの、“どろぬま”って言うんだよね?」
ノーヴェ 「ツッコんでやるなよ。チンク姉も必死なんだからさぁ……」
クイント 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第111話『雷光〜切り拓け、勝利への道〜』に――」
4人 『ハイパー、ゴッド、オン!』

 

(初版:2010/05/08)