「ミユ」
「く、クロエ……!?」
声をかけてきたのは、親友の“内”から生まれた親友の“妹”――戦いながらやってきたのだろうか。ガジェットやドールのオイルかはたまた瘴魔獣の血か、あまり正体を察したくない赤黒い液体をぬぐいながらやってきたクロエの姿に、美遊は思わず顔を上げた。
どうしてここにいるのか――尋ねようと口を開きかけるが、そうするまでもなくだいたいの事情を察してため息をつく。
「……そう。
来ちゃったんだ。あの子達も……」
「想いは同じよ。
“守りたい人がいる”……ただ、守りたい人と、守りたい理由がそれぞれ違うだけ」
あっさりと美遊に答え――クロエは傍らに倒れる“それ”へと視線を向けた。
クロエの“刺し穿つ死棘の槍”で心臓を貫かれ、死んだ“はずの”サーペントだ。
「…………なるほど。
そういう“殺し方”をしちゃうんだ。
相変わらず、私の“お姉ちゃん”の親友はずいぶんとお優しい魔術師サマで」
クロエの言葉に、美遊は静かにうなずいて――彼女に代わり、サファイアがクロエに対し、続ける。
〈“刺し穿つ死棘の槍”の最大の利点は“結果が先行すること”――つまり、“槍が心臓に届く”よりも先に、“槍が心臓を貫く”という結果が先に現れる、ということです。
なら、“結果が先に出た後、槍を止めたらどうなるのか?”
その答えが……これです〉
「なるほどね……」
サファイアの言葉に苦笑し、クロエはサーペントへと視線を戻し、
「“刺し穿つ死棘の槍”の効果によって、心臓を貫くという“結果”は出ている。
けれど、それは槍をそのまま突き抜くことで発生する未来が“先行”しただけのこと……実際に貫く、その前に槍を止めてしまえば未来が変わる。“先行”していた“結果”はなかったことになる……」
「今は“刺し穿つ死棘の槍”の効果が持続しているから“結果”が出続けているだけ……
それを解けば、心臓が貫かれた、その事実そのものがなかったことになり、彼が死んだという事実もまたなくなる……
後は、その前に拘束して、管理局に引き渡せばいい」
「はいはい。
じゃ、その辺りは私がやっといてあげる――もう“刺し穿つ死棘の槍”の効果維持だけでいっぱいいっぱいじゃない」
美遊の言葉に肩をすくめ、クロエはサーペントを拘束すべく“力”を行使する――ただし、後で管理局に引き渡すことを考え、苦労しながらもミッド式のバインドで拘束するのも忘れない。
こうしたマメさは“オリジナル”であるイリヤにそっくりだ――作業を見守りながら美遊が苦笑すると、そんな彼女に対し、クロエは振り向くこともなく告げる。
「まったく。抵抗されたからやむなく……とか言っちゃえばいいのに。
そんなに“人”を殺して、イリヤやお兄ちゃんに嫌われたくない?」
「…………ううん。
イリヤとか、士郎さんだけじゃないよ……」
「あぁ、ジュンイチ?
何? ミユも実は狙ってるの?」
茶化すクロエだったが、美遊はそんな彼女の言葉にも動じることなく首を左右に振った。
「嫌われたくないのは……クロエが挙げた人達だけじゃない。
こなた達にも、嫌われたくないから……」
そう告げる脳裏に、彼女達の笑顔が浮かぶ――息をつき、美遊はクロエに告げた。
「ここでサーペントを殺したら……」
「きっと、あの子達の顔をまっすぐに見られなくなるから……」
第113話
絆
〜想い貫く炎の嵐〜
「ハァ……ッ!
……ハァ…………ッ!」
“ゆりかご”艦内の一角――血まみれの身体を壁に預け、その口から懸命に酸素を取り込む――
「…………まだだ……!
まだ……終わらない……!」
そして――残された力を振り絞り、なんとか立ち上がると奥を目指す。
「こんなところで、終わるワケにはいかない……!
なんとしても……!」
もはや身体は限界に近い。その身を動かしているのは体力ではなく、その命そのもの――
「……終われない……絶対に、終われない……!
我が瘴魔が勝利する、その時のために……!」
あの絶望的な一撃の中から転送脱出で命をつないだのはすべてそのため――今にも途切れそうな命を懸命につなぎつつ、ザインは逆転の一手を求めて“ゆりかご”の奥へとその身を進めていった。
「スバル! マスターコンボイ!」
立ちふさがるガジェットを蹴散らし、辿りついた玉座の間には、打ちのめされ、倒れ伏す妹弟子やその相棒――スバルとマスターコンボイのその姿にこなたは驚き、声を上げた。
そして――すぐに気づく。
そんな彼女達を距離を取って見つめる、マグマトロンの強化体――マスターマグマトロンに。
「アレ……ひょっとして、マグマトロン!?
アイツも、パワーアップしたってことか……!」
なるほど、スバル達だけでは太刀打ちできないはずだ――納得し、身がまえるこなただったが、
「…………こなた……ダメ……!」
そんなこなたに対し、意識を取り戻したスバルが弱々しく呼びかけた。
「アイツにゴッドオンしてるのは……ヴィヴィオなの……!」
「えぇっ!?
ちょっ、なんでヴィヴィオが敵になってんの!?」
スバルの告げた事実はまさに予想外――しかし、その答えに、こなたはスバル達が成す術なく打ち倒された本当の理由に気がついた。
「そっか……
ヴィヴィオが相手じゃ、本気で戦えるワケない……!
まったく、イヤなことしてくれる……!」
それはスバル達だけではない。自分だってそうだ――カイザーコンボイの“中”で歯がみするこなたに対し、マスターマグマトロンにゴッドオンしたヴィヴィオはゆっくりと一歩を踏み出す。
「あなたも……ヴィヴィオのママを……!」
「え!? ちょっ、何の話!?」
「ヴィヴィオのママを……返して!」
事情を知らないこなたがあわてるが、ヴィヴィオにとってはそんなことは関係ない――渾身の力で地を蹴り、こなたへと襲いかかる!
「く………………っ!」
戦いは避けられない――それでもヴィヴィオに対しての攻撃はためらわれ、とっさに彼女の突撃をかわすこなただったが、
「セイクリッド――クラスター!」
「――――――っ!?」
振り向きざま、ヴィヴィオがこちらに向けて魔力弾を連射。こなたの周囲で炸裂し、小型の魔力弾をぶちまける!
「これ――なのはさんの!?」
六課への合流・なのはの復帰後、模擬戦で対戦した折に受けたことがある――驚愕しながらもなんとか防御、距離を取ろうとするこなただったが、
「炎弾丸!」
「って、今度は先生の!?」
ヴィヴィオが次に放つのはジュンイチの精霊術――飛来した炎弾をアイギスで叩き落とすが、
「“龍翼の――」
「――――――っ!?」
「轟炎”ぁっ!」
虹色の“力”の竜がこなたに襲いかかった。まともにカイザーコンボイを直撃し、吹き飛ばす!
しかも、それで終わりではない。吹っ飛ぶこなたに向け、“力”を溜め込みながら一気に距離を詰めていく!
(この流れ――ヤバイ!)
ヴィヴィオが狙っているのはおそらくジュンイチがもっとも信頼を置く必殺技――そう直感し、こなたの背筋が一瞬にして凍りつく。
あの破壊力は反則だ。これまでほぼ万全の状態でこれた自分でも、おそらくは一発で墜とされる――しかし、初弾のダメージから離脱も防御もままならず、
「“號拳龍炎”!」
追撃の一撃が、こなたの身体にまともに叩き込まれる!
「“螺旋龍炎”!」
そして仕上げの一撃――ジュンイチの“ギガフレア三連”がヴィヴィオによって完璧に再現。直撃を受けたこなたの身体が宙を舞い――そんなこなたに向け、ヴィヴィオは素早く右手をかざした。
その右手にチャージされる魔法は――
「ディバイン――バスター!」
なのはのもっとも得意とする主砲“ディバインバスター”だった。トドメにトドメを重ねた、すさまじいコンビネーションを全弾まともに叩き込まれ、こなたはあっという間にゴッドオンの強制解除にまで追い込まれた。機体から放り出されて玉座の間の床に落下、その背後にカイザージェットが墜落する。
「ウソ……でしょ……!?
この威力――ヴィヴィオが敵で……戸惑うとか、そーゆーの……それ以前の問題でしょ、コレ……!」
放ってきた技そのものはジュンイチのなのはの技のコピーでしかなかったが、ヴィヴィオ自身の“聖王の資質”とマスターマグマトロンのパワーにより、その破壊力はオリジナルに比肩するレベルにまで到達している――成す術もなく瞬殺され、こなたは痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと目の前に降り立つマスターマグマトロンを見上げた。
ロボットモードを維持したままゴッドアウト――生身をさらし、ヴィヴィオはゆっくりとこなたに向けて歩を進める。
自らの拳でトドメを刺すつもりか――そう考えたこなたの予想はおそらく正解。こなたの目の前で立ち止まったヴィヴィオは静かにその拳を振り上げて――
〈Accel Dash!
Double!〉
こなたの姿がヴィヴィオの拳の先から消えた。
目標を見失い、拳は床を打ち砕く――顔を上げたヴィヴィオの視線の先で、マスターコンボイはその手にすくい上げたこなたを床に下ろした。
そして――
「ヴィヴィオ……!」
一撃を外したヴィヴィオの背後で、スバルが静かに立ち上がる。
「マスターコンボイさん……こなたをお願い」
「ゴッドオンしなくていいのか?」
「今は……ね」
聞き返すマスターコンボイに、スバルは息をついて答えた。
「ヴィヴィオがマスターマグマトロンに戻ったら……その時は。
そして……その時のために、こなたの回復を」
「なるほど」
スバルの意図を汲み取り、マスターコンボイは背後のこなたに向けて治癒魔法を発動――それを確認し、スバルはこちらへと振り向くヴィヴィオに向けて拳をかまえた。
「く………………っ!」
飛来する光弾をかわし、後退――立ちふさがるガジェット群の攻撃をかわし、レイジングハートをかまえるなのはだったが、
「………………っ!」
その腕に痛みが走った。かろうじてレイジングハートを取り落とすことは避けられたが、そのせいでせっかくの反撃の機会を逸してしまった。再び放たれたガジェットの一斉射撃にさらなる後退を余儀なくされる。
《なの姉!?》
「大丈夫。このくらい……!」
声を上げるプリムラに答え、なのはは改めてレイジングハートをかまえた。撃ち放ったディバインバスターでガジェットを薙ぎ払う。
「ブラスターのブースト反動……!
覚悟の上で使ったんだもの。音を上げてなんて……!」
なのはを苦しめているのは、マスターギガトロンを倒すのに使ったブラスターシステムの反動――術者の身体的限界をムリヤリに乗り越えるブラスターは、その代償として身体、リンカーコア共に多大な負担を強いる。
そんなブラスターシステムを全開で行使し、さらにエクセリオンバスターのような大技まで放ったのだ。なのはの身体はとうに限界を超えていてもおかしくない――否、むしろ“超えていなければおかしい”。
実際、彼女の戦いは動きのキレも、魔法の威力も、その運用効率も格段に低下している。いつもならば苦もなく蹴散らせるはずのガジェットを相手にしても苦戦を強いられるほどに。
しかし、それでもなのはは止まれなかった。
「助けに、行くんだ……!」
強い決意を胸に秘め、なのははレイジングハートをかまえ直す。
「ヴィヴィオを……スバルを……こなたや、マスターコンボイさんを……!」
すでに前方は新たに現れたガジェットが防衛ラインを構築しつつある――が、かまわない。
「だから……」
「そこを……どけぇぇぇぇぇっ!」
咆哮と同時――なのはの放った桃色の魔力光が廊下を埋め尽くした。
「………………っ……」
全身を襲う痛みが、意識を急速に覚醒させる――気がついたジュンイチの視界に飛び込んできたのは、戦いの黒煙に包まれた一面の空で――
「気がついた?」
そう声をかけてくるのは、外部活動用のボディに宿ったマグナだった。
「このボディ持ってきてて正解だったわ。
でなきゃ、ジュンイチをマグナブレイカーから引っ張り出すのはムリだったわ」
「マグナブレイカーから……!?」
マグナの言葉に眉をひそめ、ジュンイチは彼女の視線を目で追って――その先で、ひざまずくようにして沈黙している愛機の姿を発見した。
すぐそばにはトライゴッドの残骸。なんとか撃破することには成功したが――その代償は大きかった。マグナブレイカーは片手と片足を失い、コックピットハッチも吹き飛んでいる。あれではまともな戦闘はできそうにない。
「とりあえず、ゆたかに連絡を取って、マックスフリゲートに来てもらってる。
マグナブレイカーはあの子に回収してもらえばいいわ」
「そうだな……」
マグナに答え、ジュンイチは愛用の霊木刀“紅夜叉丸”を手に立ち上がる――そんな彼の姿に静かに息をつき、マグナが尋ねる。
「行くの? “ゆりかご”に」
「ギンガ達が……いるからな」
一切の迷いもなく、ジュンイチもまたマグナに答えた。
「まだ、オレ自身が戦えなくなったワケじゃねぇ。
今からでも、戦いが終わったアイツらを“ゆりかご”から脱出させるくらいはできるだろうよ」
言って、ジュンイチはマグナへと向き直り、
「マグナ……お前はこのままマックスフリゲートに拾われてろ。
身体を取り戻す――お前の目的は果たしたんだ。今は、取り戻した身体に戻ることを考えろ」
そう告げるジュンイチだったが、マグナの答えは――
「お断りよ」
「え…………?」
ジュンイチの手をつかみ、踏みとどまらせた。戸惑い、振り向くジュンイチをまっすぐに見つめ、告げる。
「忘れた? あたしとジュンイチは、対等の利害関係でつながっていたはずよ。
あたしの目的は果たされたけど……最高評議会を止めて“ギンガ達を守る”っていうジュンイチの願いは、まだすべてが叶ったワケじゃない。
自分の目的が叶ったからって、ジュンイチを放っておけるワケないじゃない――ベルカの“王”を甘く見ないでよね」
「でも……」
「ジュンイチが渋ることくらい予測の内!
悪いけど、強行手段に出させてもらうわよ!」
言って、マグナはジュンイチをそのまま自分に向けて引き寄せて――
「ユニゾン――イン!》
“ジュンイチとユニゾンした”。
「え!? ちょっ、待っ、ぅえぇっ!?」
《言ったでしょう? 『ジュンイチが渋るのは予測の内だ』って》
ユニゾンによって自身の髪の色が変化、髪型はそのまま、白銀に染まる――同時に自身の魔力光にも銀色が混じり、驚くジュンイチに対し、マグナは彼の“中”からそう告げた。
《こんなこともあろうかと、このボディ、ユニゾンデバイスとして作ってもらったのよ。
あたしを置いていこうとするジュンイチに、ムリヤリにでもついていけるように、ってね》
「だからって……融合事故が起きたらどうするつもりだったんだ……?」
《あら、それこそありえないわよ》
うめくジュンイチだったが、対するマグナの答えはあっさりしたものだった。
《なんたって、このあたしが設計したボディなんだから!》
「…………ブッチギリの自信に満ちた自慢をアリガトウ」
キッパリと断言するマグナの言葉に、ジュンイチは深々とため息をつき――
《もっとも……ユニゾンの安定性に重点を置いたせいか、ジュンイチの能力はほとんどブーストされないんだけどね》
「本気でムリヤリついてくるためだけのユニゾンじゃねぇか!」
《はいはい。そんなことよりも早く“ゆりかご”に。
確かにほとんどブーストされないけど……それでも少しはブーストされるんだもの。単独で向かうよりは、早く“ゆりかご”にたどり着けるんじゃない?》
「むぅ…………っ」
マグナに痛いところを突かれ、ジュンイチは思わず押し黙る――確かにマグナの言うとおり、この場で押し問答している時間は正直惜しい。
「…………わかったよ。
だったら付き合ってもらおうじゃねぇか――最後までよぉ!」
《その意気その意気!》
マグナの声援に苦笑をもらし、ジュンイチは空中へとその身を浮かべ――次の瞬間、爆発的な加速と共に“ゆりかご”に向けて飛翔した。
あの日、私はひとり中庭で泣いていた。
遊んでいて、転んじゃって……すりむいたヒザが痛くて、泣いていた。
そしたら、お母さんや、ギン姉や……
お兄ちゃんがすぐに来てくれて……
「あれれ? スバル?」
「どうしたの?」
「お母さん……お姉ちゃん……!」
「あらあら……すりむいちゃったのね……」
駆けてくるクイントやギンガに対し、スバルは泣きながら顔を上げた。そんな彼女のヒザのすり傷を見て、クイントは思わず苦笑して――
「ほら」
すぐにその目の前に絆創膏が差し出された。
少し遅れて現れたジュンイチだ。
「まったく……転んだくらいで大泣きすんなよ。
クイントさんの娘で、ギンガの妹で……このオレの、“妹”なんだぜ」
言いながら、お兄ちゃんはすぐにあたしの傷を手当てしてくれて……
「お前らの……身体のこと?」
かつて、思い切って聞いてみたことがあった。
“ギガトロン事件”の中で知った、自分達の生まれの特異性――後日改めて詳しく説明を受けて、スバルはたまらなく不安になってジュンイチのもとへと駆けていった。
ゲンヤやクイント、両親は最初から知っていたらしい。知っていて、その上で自分達を受け入れてくれていた。しかし、ジュンイチは――そう考えると、恐くて恐くて仕方がなかった。
もしかしたら、自分達の正体を知ったことで、彼が離れていってしまうんじゃないか――そんな孤独に対する恐怖に震えるスバルに対し、ジュンイチはあっさりと、本当にあっさりと答えた。
「でも……」
「スバルはスバルだろう?」
うれしかった。
自分のことを、ごく当たり前のように受け入れてくれたことが……たまらなくうれしかった。
「ハァァァァァッ!」
裂帛の気合と共に、ギンガが飛び込み、拳を、蹴りを次々に放つ――対し、ジュンイチはそれをまったく動じることなく、その両手ですべてをさばいていく。
稽古をつけてやるジュンイチとそれを受けるギンガ。二人の姿を、スバルはあずさに抱っこされた状態で見学していて――と、ジュンイチが唐突に口を開いた。
「スバルも、シューティングアーツの練習とか、もっとやればいいのに。
せっかくいいモノ持ってそうなのに、もったいないと思うのは、オレがバトルジャンキーになりつつある証拠かね?」
自分を前にしてもスバルと話す余裕があるのか――告げるジュンイチの言葉に、ムキになったギンガの攻撃が激しさを増すが、
「痛いのとか、恐いのとか……嫌いだから」
「え………………?」
そのスバルの答えに、思わずギンガの動きが止まった――ので、ジュンイチは情け容赦なく、蹴りの体勢で停止した彼女の片足、軸足を刈り払い、彼女の姿勢をひっくり返す。
「きゃあっ!?」
「感情で動きを乱すな、止めるな。
それから受け身もちゃんと取れ」
「は、はいぃ〜……」
しかも受け身まで失敗した――ジュンイチは余力を持って転ばせたので、完全にギンガ自身の反応の遅れ――後頭部をしたたかに打ち付け、涙目になるギンガに告げると、ジュンイチは改めてスバルへと向き直った。
「……その様子じゃ、自分が、ってだけじゃねぇな」
「うん……」
そのジュンイチの指摘は正解だった。うなずき、スバルはあずさの腕の中で続ける。
「自分が痛くて恐いのも嫌いだけど……誰かを痛くしたり、恐くしたりするのは、もっと嫌い。
……あたし達の身体、普通と違うんだし……壊したくないものまで壊しちゃうのは、恐いよ……」
「……っん〜〜〜〜っ!
カワイイこと言ってくれちゃって、この、このっ!」
「ふにゃあぁぁぁぁぁっ!?
あ、あず姉っ!?」
自分が痛い思いをするよりも、誰かに痛い思いをさせたくない。そんなスバルの言葉に、思わずあずさがスバルを抱きしめる――あわてるスバルに苦笑し、ジュンイチはスバルの前にひざまずくと彼女の頭をなでてやり、
「確かに……そうだよな。
誰も、痛い思いとか、恐い思いとかしないのが、一番だよな。
でもさ……こうは考えられないかな?
痛い思いとか、恐い思いを“させないために”強くなる……って」
「え…………?」
「オレだって、自分が痛い思いとかするのはヤだし、死ぬのは恐い――自然死以外なら生き返れるって言っても、一度死ぬことには変わりない。何度体験してもヤなもんさ。
そして、相手にも、っていうのもだ――ギンガとかあずさとか、イレインとかと修行してる時とか、クイントさん達の訓練に参加させてもらってる時とか……そんな時、自分がやりすぎて相手にとんでもないケガをさせちまうんじゃないか、って……
特に、オレの場合は……それでひとり、殺してるしな……」
そう告げ、視線を落としたジュンイチの顔が今までにないほどに曇る――そんなジュンイチの姿に、思わず口を開きかけるスバルだったが、
「でも」
先にジュンイチが口を開いた。スバルに向けて顔を上げた時には、その表情はいつもの笑顔に戻っていた。
「だから、オレはもっと強くなりたい。
誰にも傷つけられないように、誰にも恐い思いをさせられないようになりたい。
同じように、自分の力が誰かを傷つけないように。恐がらせないように……そうならないように、力の加減を完璧にできるようになりたい。
そして……誰かが傷つかないように、恐い思いをしないように守りたい。
誰かが誰かを傷つけようとしている、恐い思いをさせようとしている時、それを止められるようになりたい。
何より……そうなった時、力が足りなくて守れない、なんてことにはなりたくない。
だから、オレは強くなるんだ」
初めて聞いた……お兄ちゃんの“強くなる理由”……
その時はまだ、その意味はわからなかったけど……
だけど、今は……
「…………っ、く……っ!」
意識が急浮上、視界に明かりが戻ってくる――気がついた時、スバルはヴィヴィオによって首をつかまれ、吊り下げられていた。
「もう、やめて……!
おとなしくして……!」
「く………………っ!」
告げるヴィヴィオだが、もちろんそれでおとなしくできるはずもない。なんとか首をつかむその腕を振り払うが、
「やめてって……言ってるんだよ!」
離脱しようとしたスバルの腕をヴィヴィオが捕まえた。そのまま、“カイゼル・ファルベ”によって強化した筋肉に物を言わせて投げ飛ばす!
「スバル!」
「動くな。治療中だ」
その光景に思わず飛び出しかけたこなただが、それを抑え込むのは彼女に不慣れな治癒魔法をかけているマスターコンボイである。
「オレはシャマルほど治癒魔法が上手くないんだ。手間をかけさせるな」
「でも、このままじゃスバルが!」
「動くなと言ったぞ」
反論するこなただったが、マスターコンボイはあっさりとそう言い放つ。
「あいつは自らあの場を引き受けた。
ここでオレ達が手を出すのはアイツの覚悟に水を差す行為だということがわからんか」
「でも!」
「オレ達が今するべきは、あの場に乱入することじゃない。
アイツがオレ達の手助けを必要とした時に備えて、お前の回復を果たすことだ」
そう告げるマスターコンボイだったが――戦況がそんなことを言っていられる状況でないことは彼自身ひしひしと感じていた。そんな彼の背後で、なんとか立ち上がったスバルが飛び込んできたヴィヴィオの拳を腹に受け、よろめきながら後退する。
「ヴィヴィオのママを……返して!」
そのまま、ヴィヴィオが間髪入れずにスバルへと追撃――再びボディへ打ち込まれた強烈な左拳が彼女の身体を宙に浮かせ、さらに全身のバネを総動員した右のアッパーで、スバルのアゴを打ち上げる!
「スバル――――っ!」
脳を揺らされ、せっかく回復した意識が再び遠のいていく。こなたの悲鳴が響く中、スバルの視界は再び闇に呑まれていき――
『…………修行したい?』
「うん!」
あの空港火災の後――退院してすぐ、スバルはジュンイチとギンガにその話を持ち込んだ。
もう、泣いているばかりの自分はイヤだ。
いつかジュンイチが話してくれたような――そしてずっと体現してきた、誰かを、何かを守れる自分になりたい。
だから――強くなりたい、と。
「それは……
私自身は、かまわないけど……」
そうつぶやきながら、ギンガがチラリと視線を向けるのはジュンイチだ。
ここ数年、彼がナカジマ家にいるのは本当に稀で、帰ってくる期間も短い。きっと今でもクイント達を襲った犯人を追っているのだろう。
そんな彼が、スバルに修行をつけてくれるだろうか――ギンガが不安を抱くのもムリのない話だったが、
「…………ひとつ、お前に聞いておきたいことがある」
そんなギンガをよそに、ジュンイチはスバルに対し口を開いた。
「お前は、今からオレに修行をつけてもらいたいと言ってる。
そして……そうしてオレとの修行で身に着けた力を、お前はどう使う?」
「え…………?
どう……って……だから、弱い自分がイヤで……」
「……すまん。オレの聞き方が悪かったみたいだ。
お前がなんで強くなりたいか、その理由は聞いた。
で、オレが聞きたいのは強くなったその後。オレと修行して、強くなって……お前は、その力でどんな戦いがしたいんだ?
いや、どんな風に守りたいか、でもいいか――力を使う“目的”じゃなくて、“使い方”をオレは知りたい」
「どんな……戦いが……」
そのジュンイチの言葉に、スバルはしばし視線を落とし――
「…………あたしは……」
顔を上げ、ジュンイチに告げた。
「………………っ!」
吹っ飛ぶスバルに向け、ヴィヴィオは容赦なくトドメの一撃を狙いにいった。宙を舞うスバルの元へと一直線に飛翔する。
右の拳に渾身の魔力を込め、スバルに向けて繰り出し――
「ウィング、ロォォォォォドッ!」
打ち払われた。
スバルがマッハキャリバーから展開したウィングロードによって。
そして――
「ナックル、ダスター!」
続いて身をひるがえし――先の一撃を払われ、動揺するヴィヴィオに向けて一撃を叩き込む!
「………………っ!」
まだ反撃する力を残していたのか――ガードした腕が衝撃でしびれるのを感じながら、後退したヴィヴィオが顔を上げる――対し、スバルは眼下の床に着地。うつむいたまま、左手で口元の血をぬぐった。
「……できることなら、ヴィヴィオを傷つけたくなかったけど……
けど、あたしがこんな覚悟じゃ……ヴィヴィオも、誰も守れない……!」
そう告げて――スバルは思い出した。
ジュンイチのもとに、本当の意味で“入門”したあの日、ジュンイチに向けて告げた――
自分の“道”を。
「あたしは……痛いのとか、恐いのとか……そういうのがイヤで……
自分だけじゃなくて……周りの人とかにも、そういう思いはしてほしくなくて……」
ジュンイチの問いかける、これから身に着けることになる“力”の“使い方”――その問いに対し、スバルは自分の中で懸命に言葉を選びながら、ジュンイチに向けてひとつひとつ告げていく。
「でも……お兄ちゃんがしてきたみたいに、守るために、戦わなきゃいけない時はあって……そんな時に、自分の弱さを言い訳にして、守れない自分から目をそらしたくなくて……
それでも……誰かを“倒す”、っていうことは誰かに痛い思いとか、恐い思いをさせることで……そういうのは、やっぱりイヤで……
…………だから!」
そう言いながら、顔を上げたスバルの目に、ジュンイチは今までの彼女からは感じられなかった“強さ”を垣間見たような気がした。
「あたしは……相手を“倒す”戦いはしたくない。
相手に“負けない”戦いがしたい」
「それが……答えか」
「うん!」
確認するジュンイチに、スバルは力強くうなずいて――
「…………なら、オレもそういう風に鍛えてやらないとな」
そんなスバルに、ジュンイチは笑顔でうなずいてみせた。
「戦うのとか……誰かを傷つけちゃうのとか……本当は、今でも恐くて、不安で、手が震える……
だけど……この手の力は、壊すためじゃなくて、守るための力……
お兄ちゃんがくれた……どんな辛いことにも“負けない”力……
なのはさんがくれた……どんな悲しみも、“撃ち抜く”力……」
自らに言い聞かせ、スバルは静かに拳をかまえ、
「いくよ――マッハキャリバー!」
〈All right, buddy!〉
スバルの呼びかけに、足元の相棒が応える――同時、マッハキャリバーからのコマンドを受けたリボルバーナックルがカートリッジをたて続けに3発ロードし、
「フルドライブ!」
〈Ignition!〉
「ギア――エクセリオン!」
瞬間――スバルの“力”がふくれ上がった。
それはレイジングハートにも搭載された“エクセリオンモード”――魔力だけでなく、戦闘機人の力も……スバルの持つ“力”のすべてを最大限に引き出し、高めていく。
〈A.C.S.――Stand by!〉
マッハキャリバーが告げ、自らに空色の翼を生み出す――同時に展開されたウィングロードの上で、しっかりと力を溜め込むように身を沈め、
「いくよ――ヴィヴィオ!」
「………………っ!」
咆哮と同時に地を蹴った。今までとは比べものにならないほどの加速で頭上のヴィヴィオとの距離を詰め――とっさにガードを固めたヴィヴィオを、ガードもろとも殴り飛ばす!
そのまま、大きく姿勢を崩したヴィヴィオを床に向けて蹴り落とす――なんとか受け身を取り、距離を取ろうとする後方に跳ぶヴィヴィオだが、スバルはあっさりと追いつき、勢いのすべてを込めたヒジ打ちでヴィヴィオを吹っ飛ばす!
空中で体勢を立て直し、床に降り立ったヴィヴィオに向けてスバルが突撃――カウンターでヴィヴィオが放った連続蹴りをかわし、スバルは頭上に跳躍。追ってきたヴィヴィオの拳をかわし、逆に真下に蹴り落とす!
「…………くっ!」
しかし、ヴィヴィオも負けてはいない。すぐにスバルのウィングロードを“学習”し、展開――足元のそれを力強く蹴り、スバルに向けて跳躍する!
そして、スバルを眼下の床に向けて叩き落とす――しかし、スバルもすぐに体勢を立て直すと垂直方向にウィングロードを展開。その上を駆け上がり、ヴィヴィオを殴り飛ばす!
距離が離れ、両者が仕切り直す――空中に留まるヴィヴィオとウイングロードの上に降り立つスバル。両者は玉座の間のまさに中央でにらみ合う。
だが――戦況は明らかにスバル側へとひっくり返っていた。ほんの数発のヒットで、ヴィヴィオは目の前のスバルと同じくらい、いや、それ以上に大きく息を切らせている。
スバルの打撃が、ヴィヴィオの体力をごっそりと削り取った証拠だ――ギア・エクセリオンによって持ちうる“力”のすべてを引き出されたスバルの戦闘能力は、ヴィヴィオのそれとの差を一気に埋めてもなお有り余るものとなっているのだ。
そして、戦闘技術についてはスバルが上――相手の技を“学習”できるというアドバンテージもヴィヴィオにはあるが、それとて使いこなせなければ意味がない。技術で勝るスバルが相手では、今となっては通用しないだろう。彼女達の技を学び、返したところで、難なく対応されるだけだ。
そして何より、ヴィヴィオには戦闘経験が致命的に欠けている。この戦いが事実上の初陣であり、増してやなのはの訓練を受けたワケでも、ジュンイチに修業をつけてもらったワケでもないヴィヴィオには、スバルのように積み重ねてきたモノがない。彼女のように苦境の中で自分を支えてくれるものがないのだ。
“聖王”として覚醒、極限まで高められた感覚が、戦闘センスが、両者の差をしつこいほどに伝えてくる――己の不利を自覚し、ヴィヴィオは体勢を立て直すことにした。
「ゴッド――オン!」
すなわち、マスターマグマトロンへの再ゴッドオン――最強の大帝へと姿を変え、スバルと対峙する。
「スバル!」
「わかってる!
こなたは!?」
「完全回復ってワケじゃないけど、スバルががんばってくれたおかげでバッチリ!」
対し、スバル達も動く――声を上げるマスターコンボイに返すスバルに、こなたもまた力強くそう答える。
両隣に進み出てくる二人に笑顔を見せ、スバルは二人と共に力強く叫ぶ。
『ハイパー、ゴッドオン!』
『マスターコンボイ!』
スバルとマスターコンボイの咆哮が響き、二人は頭上へと大きく跳躍し、
「カイザーコンボイ!」
こなたはゴッドオンしたままカイザージェットへとトランスフォーム。上空へと跳んだスバル達を背中に乗せ、一気に上空へと急上昇していく。
そして、二人は上空の雲海の上まで上昇し、
『ハイパー、ゴッドリンク!』
宣言と同時、カイザージェットが複数のパーツに分離。それぞれのパーツが空中に放り出されたマスターコンボイの周囲へと飛翔する。
最初に変形を始めたのはカイザーコンボイの両足だ。大腿部をスライド式に内部へ収納。つま先を下方にたたんだマスターコンボイの両脚に連結するように合体。より大きな両足を形成する。
続いて左右に分離し、マスターコンボイの両側に配置されたカイザーコンボイのボディが変形。両腕を側面に固定すると断面部のシャッターが開き、口を開けた内部の空間にマスターコンボイの両腕を収めるように合体。内部に収められていた新たな拳がせり出し、両腕の合体が完了する。
カイザージェットの機首と翼からなるカイザーコンボイのバックパックはそのままマスターコンボイのバックパックに重なるように合体。折りたたまれていたその翼が大きく展開される。
〈“TRI-STAR-SYSTEM”――start!〉
そして、トライファイターに備えられた“トライ・スター・システム”が起動――それに伴い、スバルとこなた、マスターコンボイ、二人の魔力がトライファイターに流れ込んでいく。
胸部アーマーとなったトライファイターの表面に露出した、中央の大きなクリスタルを囲むように逆三角形を描く、三つの小さなクリスタル――右上のそれがスバルの空色の魔力に、左上のそれがこなたの真紅の魔力に、そして最後のひとつ、下部のそれがマスターコンボイの紫色の魔力に満たされ、同時に中央の一回り大きなクリスタルに誘導されるとひとつにまとめ上げられ、虹色の輝きを放つ。
最後にバックパック、カイザージェットの機首の根元部分に収納されていた新たなヘッドギアがマスターコンボイの頭部に装着。三つの星によって生み出される虹色の輝きを胸に抱き、3人が高らかに名乗りを上げる。
『カイザーマスターコンボイ、TS!』
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
善戦したが、やはり身体に蓄積されたダメージは深刻だった。それだけで戦闘能力を奪いかねないほどに――もはや空中ではガジェットの攻撃に対して踏ん張ることもできず、なのはは防壁ごしに吹っ飛ばされてしまった。
プリムラの着装も解け、受け身もままならず床に叩きつけられる――倒れ伏すなのはを、V型ガジェットの一機が自らの触腕でゆっくりと持ち上げた。
《なの姉から離れろぉっ!》
囚われの身となったなのはを救おうとビーストモードで飛びかかるプリムラだが、なのはからの魔力供給のない彼女にはほんのわずかの戦闘能力もない。あっさりと触腕で叩き落とされてしまう。
「…………く……ぁ……!」
そして、なのはを捕まえている触腕に力を込める――ギリギリと身体をしめつけられ、なのはの顔が苦悶に歪む。
そんな彼女にトドメを刺さんと、V型は魔力砲をチャージし――
「《ナックル、ストライク!》」
咆哮と同時――V型は粉みじんに粉砕された。
そして、空中に投げ出されたなのはを抱きとめ、床を削りながら着地したのは――
「大丈夫ですか!? なのはさん!」
「ギンガ……!?
じゃあ……!」
ギンガだった。彼女の言葉になのはが視線を向けた先で、V型を粉砕したロードナックル・クロが彼女に向けて軽く手を振ってみせる。
「ありがとう。助かっちゃった」
「まったく……今、しみじみ『助けたんだ』って実感してますよ。
そんな身体でムチャをして……」
礼を言うなのはに答え、ギンガは彼女を通路の壁にもたれさせるように下ろし、
「とりあえず……ここで回復しながら待っていてください。
ここは……私達が引き受けます」
言いながら、ギンガは立ち上がり、ガジェット群へと向き直り、
「もう、この人には指一本触れさせません。
妹が心から憧れてる……そんななのはさんに、あなた達なんかが手を出していいはずがないんだから!」
そう宣言し――ギンガはガジェット群に向けて地を蹴った。
「キャアァァァァァッ!?」
絶叫と共に、その身体が宙を舞う――直撃は逃れたものの、艦内の爆発に巻き込まれたクアットロの身体が宙を舞う。
爆発でコートが焼き払われ、スーツのあちこちが黒コゲにされ、見るも無残な姿に成り果てて――しかし、それでも彼女への攻撃は容赦なく降り注ぐ。次々に撃ち込まれる重力の塊は彼女をあるいは吹き飛ばし、あるいは床や壁に叩きつけ、圧倒的な力で打ちのめす。
「しぶといな……
まぁ、気絶しないように加減して、痛みで意識を覚醒させて……そんなことを繰り返してるんだ、それもアリか」
そして、そんな彼女を淡々と追い続けているのは鷲悟だ――眉ひとつ動かさずにクアットロを吹き飛ばし、感情の見えない声でそう告げる。
「けど……いい加減、ワンパターンな悲鳴にも飽きてきた。
足の一本くらいへし折ってやれば、今までとは違う悲鳴が聞けるか?」
「…………そう、ね……!」
残忍な提案をサラリと告げる鷲悟だったが――そこでクアットロが動きを見せた。ヨロヨロと立ち上がり、鷲悟へと視線を向ける。
「あきらめろ。
今のお前に抵抗の術はない。仮にガジェットを呼んだところで、オレには何の障害にもなりはしない」
「そうね……
私には何の術も残されていない……“私には”」
「………………っ」
そのクアットロの言葉に、鷲悟は彼女の言わんとしていることに気づいた。
「気づいた、みたいね……
そう……“ゆりかご”は止まらない……
たとえ浮上はできなくても……“ゆりかご”の機能まで死んだワケじゃない……!」
そう告げ、クアットロが周囲にウィンドウを展開。映し出したのはクラナガン各地の戦いの様子――だが、それは六課やその協力者達の戦いの様子ではない。
各地で戦う、一般の武装隊の様子である。
「あなたのお仲間達はよくがんばってるみたいだけど……それでも、戦場のすべてをカバーできるワケじゃない。
あちこちで、ガジェットは管理局のゴミどもを踏みつぶしているのよ」
そうクアットロの告げたとおり、表示されたどの戦場も圧倒的に不利な状態だ。かろうじて防衛ラインは維持できているが、いつまでもつか――
「ドクターが今まで作り上げてきたガジェットの大群……
こうして戦っている間にも、物量差で押しつぶされる場所は増えていく……
助けに戻らなくてもいいのかしら? 守りたい人達がいるんでしょう?」
そう。抵抗の術はなくても、撤退させる術ならある――ガジェットに苦しめられている各地の様子を映し出し、鷲悟に揺さぶりをかけるクアットロだったが――
「甘いな」
「え………………?」
あっさりと告げる鷲悟の言葉に、クアットロは思わず動きを止めた。
「お前……何もわかってないよ。
そういう人達をあっさり見捨てるのが、ジュンイチだけの専売特許だとでも思っていたか?
ハッキリ言って、オレにとってはどうでもいい――ガジェットどもに伝えろ。『煮るなり焼くなり好きにしろ』とな」
迷うことなく断言され、クアットロが息を呑むが――そんな彼女に、鷲悟は息をつき、付け加えた。
「もっとも――“その指示が伝われば”、の話だけどな」
「え………………?」
「そこでそういうリアクションが出る時点で、お前、本当にわかってないよ」
思わず呆けるクアットロに答え、鷲悟は改めて彼女に告げた。
「よく考えてみろよ、クアットロ。
ウチの弟が……物量作戦なんて簡単に予想できる戦術に、何の対策もとっていないとでも思っていたのか?」
「ジャマだ、どけぇぇぇぇぇっ!」
咆哮と共に火炎一発――“號拳龍炎”で一気に突破を試みるジュンイチだったが、
「――って、どわぁっ!?」
ガジェット群は彼の思っていた以上の密度で展開されていた。一斉射撃で技を殺され、逆に相手の攻撃に回避を余儀なくされる。
「だぁぁぁぁぁっ、くそっ!
雑魚のクセに数だけは!」
《まったく、お約束ってヤツよねぇ……》
自分の“中”でつぶやくマグナの言葉には全面的に同意するが、それで事態が好転するワケではない――舌打ちし、ジュンイチは目の前のガジェット達を見渡し、
「…………しかたねぇ」
ある決意を固め、ため息まじりにそうつぶやいた。
「こんなところで使いたくぁなかったけど……こんなところで油売ってるワケにもいかねぇんだ。
悪いが、お前ら――」
「お前ら同士で、遊んでろ」
その言葉と同時、ジュンイチの瞳に光が走り――それは始まった。
ガジェット達の一部、2体につき1体の割合でその動きを停止させたのだ。
一般的にジュンイチ達が“目”として認識している、ボディの真ん中の魔力砲内臓のセンサーユニットが明滅。黄色から青色に変わり――変化のないガジェットへと向き直り、魔力砲で破壊する!
「これは……!?」
戦っていたガジェット達に突然の異変――何の前触れもなく同士討ちを始めたその姿に、セイカは思わず声を上げた。
「ねぇ、ヤミ。これ……」
「あぁ」
そして、ライのつぶやきにヤミが答える――すぐにグレアムに連絡し、
「グレアムよ。
すぐにゲンヤ・ナカジマに指示し、対応させろ。
センサーユニットの青いガジェットは味方だ」
〈わかった。
しかし――何が起きているんだい? キミ達は気づいているようだけど〉
「そういう貴様も気づいているのではないのか?」
聞き返すグレアムに答え、ヤミは苦笑まじりに告げた。
「こんなとんでもないトラップをしかけるような男など……あの男以外に誰がいる?」
「バカな…………っ!?」
自身の掌握しているシステムに突然の異常――いきなり半数近くのガジェットが自分のコントロールを離れ、反逆してきたことに驚き、クアットロは呆然と声をしぼり出した。
「なんで、ガジェットが、仲間割れを……!?」
「そういうふうに仕込んであったのさ」
つぶやくクアットロに答え、鷲悟は息をついて仕切り直し、続ける。
「覚えてるか?
こなた達カイザーズは、最初実戦経験を積むためのミッションプランを兼ねて、各地のガジェットやそのプラントをつぶして回っていた。
そして、そのプラントの位置を特定していたのがジュンイチなワケだけどな……実はいくつか、意図的に残しておいたプラントがあった。
そう――ジュンイチがこっそり忍び込んで、生産ラインに細工していたプラントが、ね」
「まさか……その“細工”のせいで……!?」
「正解」
あっさりと鷲悟はうなずいてみせる。
「モノ自体に特に手を加えちゃいない――そんなことをすれば、スカリエッティのことだ、すぐに気づく。
だから、生産の工程でガジェットにインストールするOSに細工をしていたのさ。
コマンドひとつで、そのプラントで作られたガジェットがすべて、管理局側を味方、同様の細工をされていないガジェットを敵として認識するようにね」
「これは……!?」
「ガジェットが、同士討ちを……!?」
異変はもちろん、ガジェットと対峙するなのは達のもとでも――突然スカリエッティ製のガジェットのおおよそ半数が離反したその光景に、なのはとギンガは呆然と声を上げた。
「一体、どうして……!?」
「その質問には答えられないけど、チャンスだよ!」
つぶやくギンガに答え、ロードナックル・シロが周囲を見回す――突然のガジェットの離反によってその場は混乱。今なら容易に突破ができそうだ。
「…………そうね。
なのはさん、失礼します!」
「え…………?
って、きゃあっ!?」
確かに今が絶好のチャンスだ――判断すると同時にすぐに行動に移した。ギンガがなのはを“お姫様抱っこ”の要領で抱きかかえ、ロードナックル・シロと共に敵中を一気に突破する!
「終わりだよ――クアットロ」
静かに告げて、鷲悟が右手をかざす――その手の中に、漆黒の精霊力が集められていく。
「まだよ……まだ……!」
もはや打ち手はない――しかし、それを認めることを自らの内の何かが拒否していた。なおも自分から逃げようとするクアットロの背中に向け、生み出した漆黒の弾丸をゆっくりと向ける。
「安心しろ。
殺しはしない」
そんな彼女に告げ、鷲悟は迷うことなく“力”を撃ち込んだ。同時――クアットロの動きが止まる。
「な……何を……!?」
「お前の両手両足に、ピンポイントで重力を発生させた」
うめくクアットロに対し、鷲悟は淡々とそう答え――
「お前のヒジとヒザ、全部ブチ砕く方向に、な」
その瞬間――鈍い音が四つ、その場に響いた。
そして響く絶叫――それを聞き、鷲悟は息をつき、
「うるさい」
重力の塊を、仰向けに崩れ落ちた彼女の顔面に叩き落とした。
意識が刈り取られ、クアットロの悲鳴が途切れる――彼女を冷たい瞳で見下ろし、鷲悟は告げた。
「Revenge――Completed.」
「ガジェットの援護を受けるなんて、変な気分だけど……!」
「ま、あたしにとっては久々の感覚っスけどね!」
味方側に回ったガジェットの援護を受け、敵のままのガジェットを蹴散らしていく――苦笑するティアナに答え、ウェンディはエリアルスライダーの両腕のエネルギーバルカンで迫り来るエアドールを次々に撃墜していく。
現在、彼女達はマグナの身体をマックスフリゲートのゆたかやすずかに預け、“ゆりかご”に突入したスバル達やなのはの援護に向かおうと敵防衛ラインに突撃をかけていた。
「チャンスには違いないんだからガタガタ言わないっ!
このまま突入するよ!」
『おぉ――っ!』
とはいえ、ジュンイチの“仕込み”で発生したガジェット同士のつぶし合いで、あれほど苦労していた防衛ラインも今では容易に押し込んでいける。今がチャンスと見たあずさの言葉に一同が力強く返事を返し――
「………………ん?
――みんな、あれ!」
気づいたのはエリオだった。彼の指さす先を一同が見上げると、真紅と白銀の混じった“力”の輝きが、まっすぐに“ゆりかご”へと飛翔していく。
真っ先にその正体に気づいたのはホクトだった。頭上を駆け抜けていく“彼”の姿を見送り、声を上げる。
「あれ……パパだよ!
もう追いついてきちゃったの!?」
「どぉりゃあぁぁぁぁぁっ!」
渾身の咆哮と共に“號拳龍炎”――“ゆりかご”の装甲を一気に突破し、ジュンイチはその内部へと突入した。
「よっしゃ、突入完了!
マグナ! 玉座の間は!?」
《おはしを持つ手の方!》
「『右』って言えばいいだろうが! どんだけオレをガキ扱いしたいんだよ!?」
マグナの言葉に言い返し、ともかくジュンイチはマグナの示した方へ向き直り――
「――――――っ」
それを感じ取った。眉をひそめ、走り出しかけたその足を止める。
《ジュンイチ……?》
「…………クソメガネが墜ちた」
声をかけてくるマグナに対し、簡潔に事実を告げる――それだけなら喜ばしい情報のはずなのに、ジュンイチの表情は複雑だ。
「……何だ……?
クソメガネが墜ちたのと同時に……艦内の空気が変わった……!?」
「く…………っ、あぁぁぁぁぁっ!?」
「ヴィヴィオ!?」
幾度となく激突。再度突撃をかけようとした矢先に突然の異変――いきなり頭を抱えて苦しみだしたヴィヴィオの姿にスバルが思わず声を上げた。
少なくとも自分達はヴィヴィオがこれほどに苦しむような攻撃を叩き込んではいない――異変に戸惑うスバル達を見上げ、ヴィヴィオが弱々しくつぶやく。
「…………マスター、コンボイ……!
スバル……さん……!」
「――ヴィヴィオ、正気に戻ったの!?」
“母親をさらった悪者”ではない。ヴィヴィオはこちらを正しく認識している――あわててヴィヴィオの元へと駆け寄るスバルだったが、
「………………ダメ……っ!」
「逃げて!」
そんなヴィヴィオからの警告と同時、ヴィヴィオの拳が放たれる――マスターマグマトロンが放った拳にとっさにかまえた両腕を痛打され、スバル達は大きく押し戻される。
「くぅ………………っ!?
な、何? 今の……!?」
「ヴィヴィオが警告して……そのヴィヴィオが打ってきた……!?
マスターマグマトロンの暴走……!?」
衝撃に苦悶の声を上げるスバルのとなりでこなたがうめくが――
「違う」
それを否定したのはマスターコンボイだった。
「今のは間違いなく、先ほどまでのヴィヴィオの動きだった……
つまり、暴走しているとしたらマスターマグマトロンではなくヴィヴィオの方……まさかヤツめ、自分で自分の身体をコントロールできていないのか!?」
自らの推測が事実だとしたらこの上なく厄介だ。歯がみしてマスターコンボイが声を上げ――
「……ダメ……!
ダメなの……!」
告げるヴィヴィオから――マスターマグマトロンから“力”が放たれた。きらびやかな装飾に彩られた玉座の間を、くすんだ鉛色に染め上げていく。
「これは……封鎖領域……!?」
その正体に気づき、マスターコンボイがうめくと、
「…………ダメなの……
ヴィヴィオ……もう、帰れないよ……!」
マスターマグマトロンから聞こえるのは紛れもない嗚咽――スバル達を前にして、ヴィヴィオはマスターマグマトロンの“中”から涙ながらにそう告げた。
《管理者不在――
聖王陛下、戦意喪失――
これより、自動防衛モードに入ります――》
「自動防衛モード、だって……!?」
艦内の空気が変わったのはこのせいか――艦内に流れるアナウンスを聞き、ジュンイチは玉座の間を目指して飛翔しながらそうつぶやいた。
「マグナ、これもお前の組んだシステムかよ!?」
《違うけど……概要は知ってるわ。
“ゆりかご”の鍵となる聖王が昏倒、あるいは何らかの理由によって戦意を喪失した場合、“ゆりかご”は聖王を守るため、その身体の制御に干渉することが可能になるの。
聖王自身の身を守るため……その時に目の前にいるであろう外敵を、聖王に迫る“危険”を排除するために……》
目の前に敵側のガジェットが出現――迷わず火炎で焼き払い、先を急ぐ。
「それって、つまり本人の意志に関係なく戦わせるってか!?
何考えてんだ! オリヴィエを戦闘人形にでもするつもりだったのかよ!?」
《私じゃないって言ったでしょ!?
オリヴィエが自分のところのエンジニアに指示して積ませたのよ!
もしこのシステムが作動するような状況があるとしたら、それは敵が“ゆりかご”の中に攻め込んできて、自分が戦えなくなった時――自分が戦えなくなっても、それでも、一緒に艦に乗ってるはずの、周りの人達を守れるように、って!》
「大事なモンを守るためなら、自分が戦闘人形になってもかまわないってか!
同意はできるが――気に入らねぇな!」
飛び出してきたプロトタイプガジェットを爆天剣で叩き斬り、ジュンイチはさらに玉座を目指して地を蹴り、
「おかげで、現在進行形でスバル達がピンチだろうが!」
咆哮と共に、解き放った炎の渦が前方のガジェット群を薙ぎ払う!
「ダメ……逃げて!」
「くぅ……っ!
オメガ!」
〈Energy Vortex!〉
叫ぶヴィヴィオだが、彼女の身体は彼女の意志にかまわず砲撃をチャージする――フェイトのそれを模倣、撃ち放たれたプラズマスマッシャーを、マスターコンボイはとっさに放ったエナジーヴォルテクスで対抗、相殺する。
「ヴィヴィオ……今助けるから!」
「ダメなの……止められない!」
マスターマグマトロンが暴走しているのではない。自分の意思に反して動いているのは自身の身体――呼びかけるスバルにヴィヴィオが答え、両者の間で渦巻く“力”が炸裂した。爆煙でふさがれた視界の中、一気に距離を詰めようとするスバルだったが、
「――――っ!?
いない――!?」
爆煙を抜けた先にマスターマグマトロンの姿はない。驚くこなたが声を上げ――背後に回り込んでいたヴィヴィオが、カイザーマスターコンボイを蹴り飛ばす!
「くぅ……っ、のぉっ!」
すぐにスバルが体勢を立て直し、反撃――両者の右拳がぶつかり合い、弾き合い、
「アイギス!」
こなたの呼びかけでカイザーマスターコンボイの左腕にアイギスが装着された、一閃し、ヴィヴィオが放った魔力弾の弾幕を薙ぎ払う。
そして、マスターコンボイが蹴りを放ち――ヴィヴィオもそれに応じた。両者のつま先が激突し、装甲に亀裂を走らせながら弾き合う。
だが――押し勝ったのはヴィヴィオの方だった。スバル達は衝撃で大きく体勢を崩し、
「ダメぇっ!」
「く…………っ!」
<<Protection!>>
ヴィヴィオが電気変換で生み出した雷撃を拳にまとい、殴りかかる――マッハキャリバー以下、スバル達と共にカイザーマスターコンボイに宿るデバイス達が共同でプロテクションを展開するが、ヴィヴィオの一撃はそれすらも打ち破り、
「ディバイン、バスター!」
『ハイパー、ディバイン、テンペスト!』
ヴィヴィオのディバインバスターとスバル達のハイパーディバインテンペストが、両者の間で激突する!
だが――
『ぅわぁぁぁぁぁっ!』
撃ち勝ったのはヴィヴィオの方だった。力任せに砲撃を押し切られ、スバル達が玉座の間の床に叩きつけられる!
「もう……来ないで……!」
それでも、カイザーマスターコンボイはゆっくりと身を起こす――あきらめないスバル達に、ヴィヴィオはなおも襲いかかろうとする自らの身体を懸命に抑えながら呼びかける。
「わかったの。
私……もうずっと昔の人のコピーで……なのはマ……なのはさんも、フェイトさんも、ホントのママじゃ、ないんだよね……
この艦を飛ばすための、ただの鍵で……玉座を守るための、生きてる兵器……!」
「違うよ……!」
「ホントのママなんて……元からいないの……!
守ってくれて……魔法のデータ収集をさせてくれる人を……探してただけ……!」
「違うよ!」
「違わないよ!」
声を上げるスバルだったが、ヴィヴィオは泣きながらそれを否定した。
「悲しいのも、痛いのも……全部オリヴィエさんの、ニセモノの……作り物……
私は、この世界にいちゃいけない子なんだよ!」
「そんなこと――」
「それに!」
反論しかけたこなたにも、ヴィヴィオは泣きながら言葉を重ねる。
「覚えてるんだ……
私は……なのはさんを、ジュンイチさんを……殺そうとした!
そんな私が……なのはさん達の娘でいて、いいはずないよ!
もう……私は、みんなのところには帰れないの! そんな資格なんかない!」
そう突き放すのはスバル達か、それとも自分自身か――自分でも自分の感情がわからなくなり、ヴィヴィオはたまらず泣き叫び――
「寝言は――それで終わりか?」
あっさりと、マスターコンボイはそうヴィヴィオに返した。
「黙っていれば、甘ったれたことをグヂグヂと……
身体だけは大人になっても、弱虫なところはそのままか」
言いながら、ゆっくりとヴィヴィオに向けて拳をかまえ――
「好き勝手ほざくのも、そのくらいにしておけよ――この、小娘が!
フォースチップ、イグニッション!」
咆哮と共に、自らの“力”を解放した。飛来したセイバートロン星のフォースチップが、背中のチップスロットに飛び込み、
「バースト、ドライブ!」
その“力”を体内で解放。発生した莫大なエネルギーが全身に満ち溢れる――全身から放たれる虹色の魔力、“擬似カイゼル・ファルベ”の奔流が、マスターマグマトロンからあふれ出るオリジナルの“カイゼル・ファルベ”の流れとぶつかり合い、胸部に合体したトライファイターを飾る4つのクリスタル――“トライ・スター・システム”がさらなる輝きを放つ。
「ま、マスターコンボイさん!?」
「貴様らは少しの間黙っていろ」
あわてて声を上げるスバルだが、そんな彼女に、マスターコンボイは冷静にそう告げた。
「ここからは、ひとりでウジウジといじけているあのバカ娘への――」
「鉄拳制裁タイムだ!」
宣言と共に地を蹴り、飛翔――突撃してくるその姿に、ヴィヴィオの身体がカウンターの右回し蹴りを放つが、
「何を、カン違いしている!?」
マスターコンボイの振るった左腕がその一撃を弾いた。姿勢の崩れたヴィヴィオの、マスターマグマトロンの顔面に反撃の右ストレートを叩き込む!
「貴様はヴィヴィオだ! オリヴィエじゃない!」
さらに、弾かれたヴィヴィオの蹴り足を捕まえ、力任せに振り回し、眼下の床へ投げ落とす!
「貴様が感じてる悲しみも、痛みも……貴様だけが感じてる、貴様だけの感情だ!」
すぐに身を起こすヴィヴィオだったが、すでにマスターコンボイは彼女の眼前に飛び込んでいた。打ち上げるように放たれた右のヒザ蹴りをヴィヴィオが頭上に弾き――
「断じてニセモノでも……」
跳ね上げられた足をそのまままっすぐと伸ばし、天井高くかざす――防がれたヒザ蹴りから切り替えたマスターコンボイのカカト落としが、ヴィヴィオの、マスターマグマトロンの脳天に叩きつけられる!
「作り物でもない!」
さらに、体勢を崩したヴィヴィオに追撃のディバインテンペスト――マスターマグマトロンの巨体を床に叩き落とし、
「それに――貴様だけじゃない!」
すぐに立ち上がるヴィヴィオだが、間髪入れずに追撃――飛び込んできたマスターコンボイの右拳を顔面に受け、ヴィヴィオは再び床に叩きつけられる。
「スバルも! 泉こなたも!」
そして、再び立ち上がろうとしたヴィヴィオの背中を、マスターコンボイは容赦なく踏みつけ、
「なのはも! 柾木ジュンイチも!」
ヴィヴィオの動きを抑え込みながら、その翼に手をかけ――
「みんな、貴様を守りたくて……助けたくて……! だから戦ってるんだ!」
力任せに、その翼を根元から引きちぎり、投げ捨てる!
「貴様と一緒に、これからを生きていたいから……! だから貴様を取り戻そうとしているんだ!」
さらに、立ち上がったヴィヴィオの繰り出した右拳に全体重を乗せた拳で応戦、その腕もろとも粉砕し、
「その想いも、決してニセモノなんかじゃない!」
たたらを踏むヴィヴィオを、体当たりで思い切り吹っ飛ばす。
「みんな、貴様のために戦ってるんだ!」
そして、倒れそうになったマスターマグマトロンの頭部、アンテナホーンをつかんで引き寄せた。その勢いで思い切り頭突きをお見舞いし――
「こいつらも……」
「このオレも!」
ヘッドギアのひび割れたマスターマグマトロンの顔面を、オマケとばかりに殴り飛ばす!
轟音を響かせ、マスターマグマトロンの巨体が玉座の間の壁に叩きつけられ、崩れ落ちる――そんな彼女に対し、マスターコンボイは一切の迷いなく言い放つ。
「貴様がどう思っていようが知ったことか!
貴様が100万回否定するなら、100万と1回言ってやる!
オレ達は、何があろうと貴様の味方だ!
そして、貴様の母は――」
「高町なのはだ!」
「……ハァ……ハァ……ッ!」
息を切らせ、ヴィータは忌々しげにそれを見上げた。
「くっ、そぉ……!」
ビクトリーレオもだ――うめきながら顔を上げ、未だ傷ひとつついていない“ゆりかご”の駆動炉をにらみつける。
防衛システムを破壊し、後は本体を破壊するだけだというのに、目の前に立ちふさがる防御結界がそれを阻む。ヴィータやビクトリーレオの全力の攻撃を何度も受けてもなお、未だその結界を揺らがせることすらできずにいた。
「――アイゼン!」
〈Zerstorungs form!〉
こうなったら奥の手だ――ヴィータの咆哮でグラーフアイゼンがその姿を変える。ギガントフォルムからさらにラケーテンフォルムの意匠を加えた最強の形態“ツェアシュテールングスフォルム”となる。
「ツェアシュテールングス!」
そして、ヴィータが“力”を解放したグラーフアイゼンを手に飛翔。駆動炉へと襲いかかり、
「ハンマァァァァァッ!」
渾身の力で、一撃を叩きつける!
「フォースチップ、イグニッション!」
そして、ビクトリーレオもまた全力――フォースチップをイグニッション。ビーストモードであるメカライオン形態へとトランスフォームし、
「ビクトリー、レーザークロー!」
自らの右前脚、その爪に全エネルギーを集中。駆動炉に向け、振り下ろすように叩き込む!
だが――
『ぅわぁぁぁぁぁっ!』
吹っ飛ばされたのはヴィータ達の方だ。駆動炉の結界は未だにビクともしない。
「何でだよ……!
何で、通らねぇんだよ……!」
自分達の全力をもってしても、駆動炉には傷ひとつつけられない――悔しさに唇をかみ、ヴィータはうめくようにつぶやいた。
「コイツをブッ壊さなきゃ……みんなが困るんだ……!
はやてのことも……なのはのことも……こっちに向かってるクロノのことも……守れねぇんだ……!
コイツをぶち抜けなきゃ……」
「意味ねぇんだぁぁぁぁぁっ!」
今度こそ届いてくれ――心からの願いを、己に残されたすべての力をグラーフアイゼンに込め、ヴィータは咆哮と共に飛翔。駆動炉に向け、最後の一撃を叩きつける!
「ヴィータ!」
「ぶち抜けぇぇぇぇぇっ!」
ビクトリーレオの叫びが、ヴィータの咆哮が響き――“力”が炸裂。ヴィータが吹き飛ばされる!
「ぅわぁぁぁぁぁっ!」
すべての力を出し切り、限界を超えたグラーフアイゼンが砕け散る――全身から力が抜けていくのを感じながら、ヴィータはそのまま床へと落下していき――
「よくがんばったな」
受け止められた。
飛び込んできたその人物に――
シグナムの手によって。
「…………し、シグナム……!?」
「まったく……こんなにボロボロになって……
主はやてやクロノが見たら、どれだけ心配することか……」
どうしてシグナムがここに――呆然とつぶやくヴィータだが、シグナムはそんな彼女を支え、懐から取り出した手ぬぐいでヴィータの顔を流れる血をぬぐってやる。
「それに……私もだ。
私達は騎士だ。甘えるな、と言うつもりはないが……それでも、少しくらいなら、私達を頼ってもいいではないか」
そして、ヴィータの身体をいたわるように床に舞い降りると、ヴィータの身体をその場に横たわらせる。
「遠慮などすることはない。
私とて、たまには“家族”らしく頼られたくなる時もあるのだからな」
「……“家族”……か……
まったく……意地っ張りな母様を持ったもんだよ、あたしは」
「許せ。性分だ」
ようやく笑顔の戻ったヴィータに対し、シグナムもまた暖かな笑顔を見せ――
「それで……コイツを破壊すればいいのか?」
そう尋ねるのは、シグナムに遅れて突入してきたスターセイバーだ。
「それなら話は早い。
ビクトリーレオ」
「ったく……
ホントなら、オレ達だけでカッコよくキメたかったところなんだけどな」
告げるスターセイバーの言葉に、ビクトリーレオもまたその場に立ち上がる。
「見せてやろう、ビクトリーレオ。
我らヴォルケンリッター。単騎においても豪傑なれど――」
「力を合わせたならば、この世のどんなものにも負けはしないと!」
『スターセイバー!』
シグナムとスターセイバーの叫びが響き、スターセイバーは両腕を背中側に折りたたみ、肩口に新たなジョイントを露出させ、
『ビクトリーレオ!』
次いでヴィータとビクトリーレオが叫び、ビクトリーレオの身体が上半身と下半身に分離。下半身は左右に分かれて折りたたまれ、上半身はさらにバックユニットが分離。頭部を基点にボディが展開され、ボディ全体が両腕に変形する。
そして、ビクトリーレオの下半身がスターセイバーの両足に合体し――
『リンク、アップ!』
4人の叫びと共に、ビクトリーレオの上半身がスターセイバーの胸部に合体。両腕部がスターセイバーの両肩に露出したジョイントに合体する!
最後にビクトリーレオのバックユニットがスターセイバーの背中に装着され、4人が高らかに名乗りを上げる。
『ビクトリー、セイバー!』
「なのは、ママが……私の、ママ……!」
激しいぶつかり合いで、マスターマグマトロンは右腕を、翼を失いすでにボロボロ――その“中”で、ヴィヴィオはマスターコンボイの言葉を反芻し、つぶやく。
「貴様が本当に望んでいることを言ってみろ。
貴様が本当にいたいところを言ってみろ。
それが本当に、貴様の望むものであるのなら、オレが……いや、オレ達が、全力をもって叶えてやる」
そんなヴィヴィオに対し、マスターコンボイが言い放ち――
「私、も……!」
静かに、しかしハッキリと、ヴィヴィオが口を開いた。
「私も……みんなが、なのはママが大好き!
ずっとずっと……一緒にいたい!」
こちらに向けて手を伸ばすのは、果たして防衛システムによるものか、彼女の意志か――しかし、彼女はハッキリと自分の望みを口にした。
だから――
「みんな……助けて……!」
『…………了解!』
その言葉にはマスターコンボイ、スバル、こなた、3人がそろって答えた。右手にオメガを握り、先に左腕に装着していたアイギスと共に二刀流でかまえる。
「ヴィヴィオ……今、助けるから」
「死ぬほど痛いけど……ガマン、できる?」
「…………うん……!」
告げるスバルとこなたに、ヴィヴィオがうなずく――自動防衛システムによって身がまえる彼女と対峙し、己の“力”を高めていく。
「マスターマグマトロンを完全破壊……」
「それも、ヴィヴィオの宿るコアブロックを傷つけないように……
できる? マスターコンボイ」
「フッ、何を今さら……」
スバルの、そしてこなたの問いに、マスターコンボイは不敵な笑みと共にそう答えた。
「オレを……いや、オレ達を、誰だと思っている?」
「…………うん。そうだね」
「私達は……」
『機動六課の――』
「カイザーズの――」
『コンボイだ!』
「フォース――」
スバルはミッドチルダの――
「チップ!」
こなたは地球の――
「トリプル――」
カイザーマスターコンボイがセイバートロン星の――
『イグニッション!』
3人の叫びに応え、それぞれの星からフォースチップが飛来した。カイザーマスターコンボイの背中のチップスロットに次々に飛び込み、
〈Fii drive mode, set up!〉
それに伴い四肢と両肩の装甲が展開。放熱デバイスが起動し、“フルドライブモード”へと移行する。
〈Charge up!
Final break Stand by Ready!〉
メインシステムが告げると同時――カイザーマスターコンボイの両腕を通じ、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが手にしたオメガとアイギスに注ぎ込まれていき、その刃が“力”の輝きに包み込まれる。
〈Wing road!〉
〈Blaze road!〉
そして、スバルのマッハキャリバーがウィングロードを、こなたのマグナムキャリバーがブレイズロードを展開。カイザーマスターコンボイはその上に飛び乗り、二つの“道”が伸びていく勢いそのままに、一直線にマスターマグマトロンへと突撃し――
『絆の剣よ!』
飛び込むと同時、アイギスで一撃を叩き込む!
『灼熱の嵐を呼べ!』
続けざまにオメガによる追撃が加えられ――カイザーマスターコンボイは頭上に双剣をかざしながら身をひるがえし、
『ブレイジング、ストーム!』
フィニッシュとばかりに、そろえた二振りの剣を振り下ろし、マスターマグマトロンを斬り飛ばす!
大地に叩きつけられ、なんとか身を起こすマスターマグマトロンに対し、カイザーマスターコンボイは背を向け、
『任務――完了』
3人の言葉と同時――マスターマグマトロンの周りでくすぶるエネルギーがとどめの大爆発を巻き起こした。
「ヴィヴィオ!」
「スバル!」
扉が開くのなど待っていられない。力任せの砲撃で隔壁を撃ち破り、飛び込んできたのはなのはとギンガだ。
そして――
「へいお待ちぃっ!」
《暴君ひとり、お届けよ!》
威勢良く反対側の隔壁を吹き飛ばし、マグナをユニゾンさせたままのジュンイチも姿を現す。
そんななのは達の目の前に広がるのは、ボロボロになった玉座の間。
玉座の間の中央を大きく穿ったクレーターの前にはゴッドオンを解いたスバルとこなた、そして消耗した身体を休ませるべくヒューマンフォームに変身したマスターコンボイ。
そして、クレーターの底には――
「…………ぅ……っ!」
マスターマグマトロンから解放され、倒れ伏すヴィヴィオの姿があった。身体から“力”が霧散していき、その姿が聖王としてのそれから元の小さな女の子へと戻っていく。
「ヴィヴィオ!」
そんなヴィヴィオの姿に思わず駆け寄ろうとするなのはだったが、
「待て」
それを引き止めたのはマスターコンボイだった。
「マスターコンボイさん、何を――」
「黙っていろ」
声を上げるなのはに答えると、マスターコンボイはヴィヴィオに告げた。
「ヴィヴィオ――なのはが来たぞ」
「…………ママ、が……?」
「あぁ。
母が貴様のために駆けつけたというのに、貴様はいつまでそうしている?
母の手が差し伸べられるまで、そうして地べたにはいつくばっているつもりか?」
「………………っ」
告げるマスターコンボイの言葉に唇をかみ、ヴィヴィオはその両の腕に力を込めた。自身の身体を懸命に支え、身を起こす。
「ヴィヴィオ!」
「大丈夫……だよ……!」
声を上げるなのはだったが、そんな彼女にもヴィヴィオは気丈にそう答えた。
「ちゃんと……立てるから……!」
「………………っ」
そのヴィヴィオの言葉に、なのはの脳裏に浮かんだのは、機動六課での穏やかな日々の思い出だった。
あの頃のヴィヴィオは、転んでも泣きじゃくるばかりで、ひとりでは立ち上がることもできなかったが――
「もう……ひとりで……
なのはママに、心配かけないように……!」
今のヴィヴィオは違った。傍らの、大破したマスターマグマトロンの残がいに身を預けながら、懸命に自らの力で立ち上がってみせた。
「……ちゃんと……ひとりで、立てるから……!」
「うん…………っ!」
立ち上がったヴィヴィオの顔は、ずっと取り戻したかった満面の笑顔――涙ながらにうなずいて、なのはは身体の痛みにもかまわず彼女へと駆け寄り、その両腕でしっかりと抱きしめる。
「ちゃんと……ひとりで立てたね……!
偉いよ、ヴィヴィオ……!」
「うん……うん……っ!」
なのはの言葉に、ヴィヴィオも涙を流しながらなのはを抱きしめ返す――そんな二人の姿を、スバル達は少し距離をおいて見守っていた。
「これにて、一件コンプリート……かな?」
「うん。そうだね」
「スバルもこなたも、お疲れさま」
「がんばったね、みんな!」
《さっすが、やってくれるぜ、お前らは》
つぶやくこなたにスバルが答え、二人に合流したギンガやロードナックル兄弟が口々に労いの言葉をかけ、
「マスターコンボイも、ありがとう」
「フンッ」
続いてかけたギンガの労いの言葉に、彼女らにかまうことなくなのは達を見守っていたマスターコンボイは軽く鼻を鳴らしてみせる。
「それはスバル達を守ったことか? ヴィヴィオを救ったことか?」
「全部よ」
「当然のことで礼を言われる覚えはない」
「またまたぁ〜、照れちゃって♪
一番先頭に立ってヴィヴィオを説得してくれたの、マスターコンボイさんじゃない」
「バっ…………!
スバル、余計なことを……っ!」
横から口をはさむスバルの言葉に思わず声を上げるが、今となってはそのリアクションもただの墓穴の掘り直しでしかない。顔をしかめるマスターコンボイだが、ギンガもロードナックル兄弟もニヤニヤと生暖かい視線を向けてきて――
「よくがんばったな、お前ら」
そんな彼らに声をかけてきたのはジュンイチだ。
「お兄ちゃん!
……って、その髪……」
「ん?……あぁ、これか?
マグナ」
《はいはい。
出て行けばいいんでしょ――っ、と」
髪の色の変化に気づいたスバルの言葉に促される形で、マグナはジュンイチとのユニゾンを解除した。マグナのボディがユニゾンデバイスであったことに驚くスバル達だったが、ジュンイチはそんな彼女達の反応に苦笑し、肩をすくめる。
と――そこでようやくなのはがジュンイチ達に気づいた。クレーターの底からこちらを見上げ、声を上げる。
「ジュンイチさん……?」
「よっ。
どうやらお互い、見せ場を持っていかれちまったみたいだな」
なのはの声に、ジュンイチが軽く手を挙げて応える――と、なのはの腕の中のヴィヴィオもまた、ジュンイチに気づき、
「パパ!」
『………………は?』
ヴィヴィオのその言葉に、その場の空気が停止した。
『………………パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
次いで上がる驚きの声――そういえば、ヴィヴィオがオレのことを「パパ」って呼ぶのはマックスフリゲートにいた面々となのはしか知らないんだっけか、などと漠然と思い出すジュンイチだったが、周りの面々にとってはそれどころではない。
「ち、ちょっと、なのはさん!?
ジュンイチさんがヴィヴィオのパパって、どういうことですか!?」
「え? え?」
真っ先に食いついたのはギンガだ――しかし、なのはもジュンイチと同様にヴィヴィオの「パパ」発言に対する周りの驚きは想定外だった。ギンガの言葉にただ混乱するしかない。
「ちょっと、ギンガ、落ち着いて……」
「これが落ち着いていられますか!」
それでもなんとかなだめようとするなのはだったが、対するギンガは強い口調でそう返す。
「だって、なのはさんが“ママ”で、ジュンイチさんが“パパ”なんでしょう!?
それじゃ、まるで……」
「あ………………」
最後まで言葉を続けられず、言いよどむギンガだったが、彼女の言いたいことはなんとかなのはにも伝わっていた。
思えば再会以来一気に急展開を迎え、そのことに気を回す余裕などありはしなかった。今この時、ギンガにその事実を突きつけられ――
「…………はぅっ」
「わぁ――っ!?
なのはぁ――――っ!?」
結果、一気に思考が沸騰した。ヴィヴィオを抱いたまま、ボンッ、とでも擬音がつきそうな勢いで顔を真っ赤にしてフリーズするなのはに、ジュンイチがあわてて声を上げる。
「あぁ〜あ、やってしまったな、柾木ジュンイチ」
「って、今のオレが悪いのか!?」
肩をすくめるマスターコンボイの言葉に、ジュンイチは思わずツッコんで――
「パパ……ママをいじめちゃダメだよ」
そんなマスターコンボイの言葉を額面どおりに受け取ったのが1名――ジュンイチを見上げ、ヴィヴィオが寂しそうにそう告げる。
だが――
「パパとママは……仲良くしなきゃダメなんだよ?」
「…………ジュンイチさん!」
「い、いや! 待て、ギンガ!」
今のこの状況では、しごくもっともなヴィヴィオの意見もただの地雷でしかなかった。完全にキレたギンガを前に、さすがのジュンイチも完全に圧倒され、悲鳴を上げるしかない。
「まずは落ち着け! れーせーにっ!
そしてオレの話を聞け! っつーか聞いてお願いぃぃぃぃぃっ!」
「問答無用ぉ――っ!」
「……何をやってるんだ、アイツは……」
『…………あ、あはは……』
弁明の声を上げるジュンイチだが、ギンガの怒りは収まらない――制裁を加えるべく拳を振るうギンガと逃げるジュンイチ、二人の姿に呆れるマスターコンボイに、スバル達は驚きも過ぎ去り、ただ苦笑するしかない。
「なのは、こうなったら貴様が仲裁するしか――」
言いながら、なのはへと振り向き――
マスターコンボイはそれを見た。
同時、ジュンイチも気づいた。
そして、二人が同時に叫ぶ――
『逃げろ、なのは!』
「え――――――?」
その言葉に、なのはが声を上げ――
ノイズメイズが、そんななのはを背後から殴り飛ばした。
「スターブレード!」
合体を遂げた自分達に防衛システムが一斉攻撃をしかけるが――そんなもので止められる自分達ではない。迫り来るビームの雨を、ビクトリーセイバーはスターブレードで一閃、防衛システムもろとも薙ぎ払う。
「もう時間はかけられん! 一撃で終わらせてもらう!
フォースチップ、イグニッション!」
そして、“ゆりかご”の駆動炉を破壊すべく最後の一撃のかまえに入る。フォースチップをイグニッション、両肩のビクトリーキャノンをかまえ――
「クラップミサイル!」
『――――――っ!?』
飛来した多数のミサイルがビクトリーセイバーの、そして彼らを見守っていたシグナム達の周囲に着弾。まき散らされた強力なトリモチが、彼らの動きを封じ込める!
「これは……!?」
「メルトガス!」
うめくビクトリーセイバーだったが、攻撃はさらに続く。ビクトリーセイバーに向けて放たれたのは金属腐食ガスだ。強靭なはずのビクトリーセイバーの装甲が、瞬く間に腐り、ひび割れていき、
「ポイズンアロー!」
仕上げに放たれるのは毒矢だ。もろくなった装甲を破ってビクトリーセイバーに突き刺さり、内部に金属腐食薬を流し込む!
「ぐぁあぁぁぁぁぁっ!」
「ビクトリーセイバー!」
身体を内部から焼かれる痛みにビクトリーセイバーが苦しみ、もがく――その姿にシグナムが声を上げると、
「悪いな。
この動力炉を破壊されると都合が悪いんだ」
「まぁ、どっちみち、敵のお前らを逃がす理由はないんじゃがなぁ!」
攻撃を放った3人――ドランクロン、エルファオルファ、ラートラータを引き連れて現れたのはサウンドウェーブとランページだ。
そして――
「そういうことだ!
恨んでくれても別にかまわn
『やかましいっ!』
わめき散らそうとしたサウンドブラスターが全員から殴られた。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
「なのは!」
油断していたところに完全な不意討ち――吹っ飛ばされたなのはにマスターコンボイが声を上げるが、
「おっと、動くなよ」
なのはを吹っ飛ばしたノイズメイズは素早くヴィヴィオを捕まえる――人質を取られた形になり、マスターコンボイは思わず足を止め、
「だからどうしt
「てめぇがかまいやしないってのも織り込み済みだ!」
かまわずしかけたジュンイチが繰り出した爆天剣も、すでにその反応を見越していたノイズメイズには届かない。あっさりとかわされ、距離を取られてしまう。
「悪いな、お前ら。
この娘はもらってくぜ」
「ヴィヴィオを!?」
「アンタ達も、狙いはこの“ゆりかご”だったっていうの!?」
そして、ノイズメイズはヴィヴィオを脇に抱えて宙に浮き上がる。スバルやこなたが声を上げるが、
「“ゆりかご”を……?
バカ言っちゃいけねぇな」
だが、そんな彼女達の問いを、ノイズメイズは鼻で笑い飛ばした。
「こんな艦に頼る価値なんかねぇさ。
オレ達にとって絶対の力はただひとつ――」
「ユニクロン様だけだ!」
一方、外の戦場でも異変が起きていた。
ジュンイチの仕込んだガジェットの一部裏切りによって形成は完全に逆転。もはや敵のガジェットやドールに抵抗の術はなく、ただ蹴散らされるばかりだった――そこに、それは突然現れた。
何の前触れもなく“ゆりかご”の真上にワープアウトしてきた、下部から無数のパイプやケーブルを垂れさせた、巨大な飛行体――
「あ、あれは……!?」
その威容に、はやては思わず声を上げ――
「…………あれは、まさか……!?」
そんな彼女のとなりで、ビッグコンボイはうめくようにつぶやき、飛行体をにらみつけた。
「あのデカブツの放つプレッシャー……覚えがある。
おそらくアレが、ユニクロン軍の現在の本拠地、“ユニクロンパレス”……!
そして……」
「10年前の“GBH戦役”で破壊されたユニクロンの残骸……その一部だ!」
「感謝するぜ。
お前らがつぶし合ってくれたおかげで、オレ達は労することなくこの“ゆりかご”を利用できる。
そう――ユニクロン様の、新しい身体としてな!」
飛行体――ユニクロンパレスは“ゆりかご”の上にのしかかるようにして着陸。下部から伸びるケーブルやハイプを“ゆりかご”に同化させ、融合を始める――艦内全体が鳴動を始めた中、ノイズメイズは勝ち誇ったように高笑いを上げる。
「なるほど……それでヴィヴィオを必要としたワケか……
…………だが!」
しかし、そんなノイズメイズをむざむざ逃がすワケにはいかない。ロボットモードに戻ってオメガをかまえ、マスターコンボイは一気にノイズメイズへと斬りかかる!
「へぇ、お前も人質にかまわず斬りつけるかよ!?」
「貴様らにとってもヴィヴィオは必要なんだろう!?
ならば、こちらが多少ムチャをしても貴様が勝手に守ってくれる!」
ノイズメイズに言い返し、さらに斬りかかるマスターコンボイだったが、
「確かにそうだな。
けどな……それならそれで、付き合ってやる理由もないんだよ!」
その言葉と同時――ノイズメイズの姿が消えた。目標を見失い、マスターコンボイの刃は虚しく空を薙ぐ。
「ワープされた!?」
「逃げた!?
でも、どこに……!?」
「決まってる……!」
あっけなくヴィヴィオの拉致と撤退を許してしまい、スバルやこなたが声を上げる――対し、出し抜かれた悔しさに歯がみして、ジュンイチはなのはを助け起こしながら二人に答えた。
「アイツらが、本当にこの“ゆりかご”を新しいユニクロンにしようとしてるんだとしたら、まず真っ先に押さえなきゃならない場所――」
「この艦の……“ゆりかご”の、駆動炉だ……!」
ヴィヴィオ | 「大丈夫……だよ……! ちゃんと……立てるから……! もう……ひとりで…… なのはママに、心配かけないように……! ……ちゃんと……ひとりで、立てるから……!」 |
なのは | 「うん…………っ! ちゃんと……ひとりで立てたね……! 偉いよ、ヴィヴィオ……!」 |
ヴィヴィオ | 「うん……うん……っ!」 |
なのは | 「ヴィヴィオ!」 |
ヴィヴィオ | 「なのはママ!」 |
マスターコンボイ | 「お前ら……
たかがフィードバックダメージと打ち身と擦り傷だけで、よくそこまで盛り上がれるよな」 |
ヴィヴィオ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第114話『援軍さん、いらっしゃい! 〜最終戦だよ全員集合!〜』に――」 |
3人 | 『ハイパー、ゴッド、オン!』 |
(初版:2010/05/29)