「お兄ちゃんを逮捕……って、なのはさん!?」
 レイジングハートをかまえ、なのはが淡々と告げたのは、ジュンイチへの逮捕宣告――驚くスバルだが、なのはの表情は本気だ。
「なのはさん……どうして!?
 なんでお兄ちゃんが逮捕されなきゃ……」
「罪状ならなのはが今言ったでしょ?
 “大規模騒乱幇助”と“地上本部ビルに対する建造物損壊”ってさ」
 なのはを止めようとするスバルだったが、そんな彼女に答えたのは他ならぬジュンイチだった。
「まー、オレ自身、やらかしたことがこれでもかってぐらいぶっちぎりの違法行為っつー自覚はあるからな。
 “管理局の一員”であるお前らには、オレをとっ捕まえなきゃならん理由がある……そういうことさ」
 自分のことのはずなのに、ジュンイチの語りは本当にあっさりしていた――それがまるで他人事であるかのように、どうでもいいことであるかのように。
「そんな……!」
「けど」
 しかし、ジュンイチはうめくスバルにかまわずにそう前置きすると、ゆっくりとなのはへと向き直り、
「だからって、捕まってやるつもりはねぇんだよ」
「やっぱり……抵抗するんですね」
「法の正義とやらに善悪の判断を委ねるつもりはねぇからな。
 違法だろうが合法だろうが、オレはオレがやるべきだと考えたことをするだけ――それをお前らが“悪”と言おうが知ったことか」
 ジュンイチの言葉に、なのはは息をつき、レイジングハートをかまえる――対し、ジュンイチは腕組みしたままなのはと対峙する。
「なのはさん!」
「スバル達は下がってて。
 マスターコンボイさん」
「おぅ」
 スバルに答えたなのはの言葉に、マスターコンボイがうなずく――自身の身体カイザーマスターコンボイを後退させ、“中”のスバルやこなたもろとも二人から距離を取る。
「マグナさんも、気が進まないなら……」
《見くびらないでよ》
 次に声をかけたのは自分とユニゾンしているマグナ――ジュンイチの仲間だったのだ。戦うのは辛かろうと離脱を促すが、当のマグナは迷うことなくそう答える。
《この龍王マグナクローネ、一度支えると決めた相手を放り出すほど不義理じゃないわよ。
 それに……安心しなさい。
 私も……想いは同じだから。
 だから……最後まで付き合ってあげる》
「……ありがとうございます」
 マグナの言葉、その裏にある想いを読み取り、なのはは謝辞を述べながらジュンイチへと視線を戻す。
 そのジュンイチは、自分達のやり取りが終わるのを待ってくれていたようだ。ようやく腕組みを解くと腰の“紅夜叉丸”を抜き放ち、爆天剣へと“再構成リメイク”する。
「お前らだけか?
 オレは『仲間を頼れ』って教えたと思うんだけど」
「何でもかんでも頼ればいい、ってワケでもないですよね?」
 告げるジュンイチに対し、なのははあっさりとそう返した。
「だから、まずは最小単位――私達だけで、やれるところまでやってみます。
 それでもダメな時は、素直にみんなを呼ばせてもらいます」
「なるほどね……
 オーケーオーケー。オレの教えをただ鵜呑みにしてるワケじゃねぇってか。
 いつぞやのスカイクェイクの説教も、ちゃんと血肉にしてやがるな」
 言って、ジュンイチは爆天剣をかまえ、
「けど――見通しが甘い。
 オレにお前の攻撃が通用しないのはもう証明済みだろうが。素直に最初から仲間達を頼っておけばいいものを」
「かもしれないですね……
 でも……私の技の中にだって、きっとジュンイチさんの力場を抜く方法はあるはず――それを見つけ出すためにも、簡単にみんなには頼れませんから」
「さいですか」
 対し、なのはもレイジングハートをかまえる――彼女の言葉に苦笑すると、ジュンイチはすぐに表情を引き締めた。
「じゃあ、始めようか……高町なのは」
「はい」
 そして、両者が動く――ジュンイチの言葉になのはがうなずき、

 

 

「機動六課、“スターズ1”、高町なのは!」
 

属性エレメントは“炎”、ランクは“マスター”。
 “ウィング・オブ・ゴッド”、柾木ジュンイチ!」

 

 

未来アシタを……切り拓く!』

 

炎と閃光が激突した。

 

 


 

最終話

未来への道
〜果てしないこの空へ〜

 


 

 

「………………ん……」
「お目覚めですか? ドクター」
 目を開けると、そこにはこちらをのぞき込むトーレとセッテの顔が――意識を取り戻したスカリエッティは、二人によって旧市街の路上に寝かされていた。
「……私は……生きているようだね……」
「はい。
 私のISでなければ、とても救出は間に合いませんでしたが」
 そう。
 あの超特大スターライトブレイカーの射線のすぐそばにいたスカリエッティを救ったのはトーレだった。
 超高速機動を可能とするIS“ライドインパルス”で、スカリエッティが砲撃に巻き込まれるギリギリのところで彼の乗るマグマトロンを救出したのだ。
「ユニクロンは……倒れたのかい?」
「はい。
 機動六課の合体砲撃によって、内部から爆散、消滅しました」
「そうか……」
 トーレの言葉にうなずくと、スカリエッティは頭上を見上げ、
「だったら……なぜ、柾木ジュンイチと高町なのはが交戦しているんだい?」
「高町なのはは、地上本部崩壊の犯人として柾木ジュンイチを逮捕しようとしているようです。
 そして、柾木ジュンイチがそれを迎え撃ち……」
「ほぅ…………
 ……なるほど、そういうことか」
 トーレの言葉に、スカリエッティは何かに気づいたようだ。しばしの黙考の後、その口元に笑みを浮かべる。
「ドクター?」
「トーレ、セッテ。よく見ておくんだ」
 尋ねるセッテに対し、スカリエッティは淡々とそう答えた。上空で戦う二人――ジュンイチへと視線を向け、告げる。
「これが……」

 

「柾木ジュンイチの最後の戦いになるかもしれない」

 

 

「ずぁらぁっ!」
「く――――――っ!」
 かざした左手に“力”が集まり、燃え上がる――ジュンイチの放った炎をかわし、なのははジュンイチへとレイジングハートをかまえ、
「ディバイン――!」
〈――Buster!〉
 放たれた砲撃がジュンイチをまともに直撃。爆発を巻き起こす。
 が――
「ムダだっつってんだろ!」
 ジュンイチは何事もなかったかのように爆煙の向こうから飛び出してきた。繰り出された爆天剣による斬撃をとっさに防御するなのはだったが、
「おせぇっ!」
 ジュンイチの次の動きの方が速かった。斬り込んできたその体勢から身をひるがえし、繰り出した蹴りがなのはを弾き飛ばす!
「くぅ………………っ!」
《なの姉!》
〈Divine Buster!〉
 衝撃に顔をしかめるなのはに代わり、プリムラとレイジングハートが動く――放たれたディバインバスターがジュンイチに襲いかかるが、
「バカの――ひとつ覚えが!」
 やはりジュンイチには届かない。力場に守られつつなのはに襲いかかり――
〈Blitz shooter!〉
「――カウンターっ!?」
 間髪入れずにレイジングハートが追撃――カウンターの形となったレイジングハートの連続攻撃を、ジュンイチは力場を前面に集中させて受け止め、
「しゃらくせぇっ!」
 間合いに入ると同時、爆天剣を一閃。鋭い斬撃がなのはを狙い――
《させないよ――ジュンイチ!》
 マグナの干渉でなのはの手が動く――レイジングハートの先端に生み出されたストライクフレームの魔力刃が、爆天剣の刃を受け止める!
「マグナ!?」
《ジュンイチ。あなたの狙いはわかってる。
 わかってるからこそ――運命共同体として、それを許容できない!
 なのは!》
「うん!」
 ジュンイチに言い放ち、マグナがなのはをうながす――マグナの補助を受けたなのはがジュンイチに迫り、ストライクフレームで斬撃を繰り出す。
「足りない体術をマグナの補助で補ったか!」
「私ひとりじゃ勝てなくても――みんながいれば!」
 ジュンイチに言い返し、つばぜり合いの体勢からジュンイチを押し返すなのはだが――
「やってくれる――けど、足りねぇな!」
 言い放ち――身をひるがえして衝撃を逃がしたジュンイチが、再度の斬撃でなのはを弾き飛ばす!
 

「お兄ちゃん……!
 なのはさん……!」
 その光景を、スバルはカイザーマスターコンボイの“中”から見守っていた。敬愛する師と大切な義兄が激突するのを、ただ見ていることしかできずに唇をかむ。
 その場にいるのは彼女達だけではない。はやて達やティアナ達のVストライカー、かがみ達のカイゼルライナー、クイント達も――散開していた仲間達が続々と集結しつつある。
「なのはちゃん、ジュンイチさん……どうして……!?」
 こんな対決、誰も望んでいないはずなのに――はやてもまた、両者の戦いを見守りながら悲しげにつぶやくが、

「それが……必要なことだからだよ」

「………………っ!
 スカリエッティ!」
 トーレとセッテに支えられて現れたのはスカリエッティだった。シグナムがとっさにレヴァンティンをかまえるが、
「待って、シグナム」
 それを制したのはフェイトだった。意外な人物の制止に驚くシグナムにかまわず、スカリエッティに尋ねる。
「必要なこと……それはどういう意味?」
「簡単な話だよ」
 しかし、スカリエッティの答えはあっさりしたものだった。
「もう知っていることと思うが、私を生み出したのは最高評議会だ。
 そして、最終的に手を切ってやったとはいえ、私を利用してきたのも最高評議会だ。
 だが……彼はそんな最高評議会をも手玉に取り、自分の望む方向に事件を誘導した。
 すなわち、この事件のもっとも深いところ、奥底にいるのは、間違いなく彼なのさ」
「だから彼は……自らを“悪”として討たせようとしている……?」
「私の推測の通りなら、ね」
 聞き返すビクトリーコンボイに、スカリエッティはあっさりとうなずいた。
「そして、おそらくそのことはかなり早い段階から計画に組み込まれていた――そう考えると、彼の今までの行動にもいろいろと辻褄があってくる。
 地上本部を崩壊させたのは、私達のもたらした以上の被害を出すことで、世間の怒りを私達から自分にシフトさせるため……
 ステーション落下事件の時に使用した“ヴァニッシャー”も、世間を恐怖させ、自分を討たせようという気運を高めるため……」 
「なるほどな……
 だからこそ、柾木はなのはを促した。
 そしてなのはもそれを理解しているから、逮捕に踏み切った……」
「そんな……!
 ジュンイチさんが裏で動いていたのは、最高評議会意を追い詰めるためで……」
「世間はそうは見ない……そういうことさ」
 イクトに反論しかけたギンガだったが、スカリエッティはそんな反論を容赦なく一蹴した。
「状況証拠は、すべて彼が事件を裏で操っていたことを示している。
 どんな理由があろうと、証拠がそろっている以上、世間はその証拠を通じ彼が犯人だとしか見ないだろう」
「あなたがナンバーズをかばったように、すべてのデータを改ざんしない限り……ね」
「さて、何のことやら」
 付け加えるフェイトにシラを切り、スカリエッティは軽く肩をすくめ、一同に告げた。
「それが理解できたからこそ、高町なのはは彼の思惑に乗った……いや、“乗らざるを得なかった”。
 法の守護者、時空管理局に身を置いているからこそ……ね」
 

「はぁぁぁぁぁっ!」
 咆哮と共に、一気に間合いを詰める――繰り出されたなのはの斬撃を、ジュンイチは爆天剣で受け止める。
 マグナの補助によって、彼女の剣は数段切れを増している――が、
「ぬるいんだよ!」
 それでも、ジュンイチには届かない。力押しでレイジングハートを押し返し、体勢の崩れたなのはを炎で吹き飛ばす。
「間接攻撃が効かなきゃ近接攻撃か?
 前に戦った時のセリフをもう一度贈ろう――『教科書どおりでアクビが出らぁ』」
 そして、両者が再び距離を取る――体勢を立て直したなのはを見下ろし、ジュンイチはただ淡々とそう告げた。
「そんなもんかよ、高町なのは」
「く………………っ!」
 ジュンイチの言葉に歯がみし――なのははレイジングハートをかまえ直した。
 大きく息を吸い、吐き出し――告げる。
「レイジングハート」
〈All right.〉
 レイジングハートに。
「プリムラ」
《うん》
 プリムラに。
 そして――
「…………マグナさん」
《最後まで付き合う……そう言ったはずよ》
「…………ありがとうございます」
 答えるマグナに応じ、なのはは改めてジュンイチをにらみつけた。
 強い意志と共に、宣言する。
 

「ブラスターモード――リミット3!」
 

 瞬間――なのはの魔力が跳ね上がった。一足飛びに限界レベルまで発動させたブラスターモードによって、なのはの周囲で桃色の魔力が荒れ狂い、ブラスタービットが4基作り出される。
「…………本気か。
 もうすでに一度使って、マグナがいなきゃまともに戦うこともできなかったのに」
「マグナさんが言ったはずですよ。
 『あなたの想いがわかるから、あなたのやろうとしていることを許容できない』って」
 告げるジュンイチに答えるなのはだったが――
「…………お前、実はバカだろ」
 ため息をつき、ジュンイチは肩をすくめた。
「マグナのセリフ、正しく覚えてないじゃないか。
 アイツのセリフは『オレの“想い”』じゃない。『オレの“狙い”』だ」
「え? あ、あれ?」
 ジュンイチのツッコミに思わず真剣な表情が崩れた。戸惑い、目を瞬かせるなのはだったが、
「まったく……そんなだから容易に胸の内が知られるんだ。
 マグナみたいにうまくごまかせよ」
 言って、ジュンイチは爆天剣をかまえ直した。
「悪いが、お前の茶番に付き合うつもりはない。
 速攻で――決めさせてもらうぞ!」
「させない!」
 言い放ち、突っ込んでくるジュンイチの斬撃をかわし、なのははブラスタービットからディバインバスターを放つ。
 しかし、ジュンイチもブラスターを発動させたぐらいで倒せるほど甘い相手ではない。四方から襲い来る“力”の渦を力場であっさりと受け止め、呪文を詠唱する。

 ―― 全ての力を生み出すものよ
命燃やせし紅き炎よ
今こそ我らの盟約の元
鬼神の命にて荒れ狂い
我が意に従い我が敵を呑み込め!

鬼神炎風陣オーガ・トルネード!」
 ジュンイチが術を発動。巻き起こった炎の渦がなのはを包み込み、その動きを封じ込める。
「これ以上のブラスターはお前にとってシャレにならない――終わらせる!」
 言い放ち、ジュンイチが炎を生み出し――
「させないよ!」
 なのはの反撃の方が早かった。ジュンイチの周囲をブラスタービットがジュンイチを取り囲み、再度ディバインバスターで砲撃をかける。
「ムダだ。
 お前の砲撃じゃ、オレの力場は――」
 しかし、ジュンイチの力場は四方からの砲撃を難なく受け止める――言って、ジュンイチがなのはに向けて炎を解き放とうとした、その時だった。
「――――――っ!?」
 突如、ジュンイチの力場が歪んだ――それがブラスタービットからのディバインバスターによるものだと気づき、ジュンイチは驚愕しながらもその場から離れた。
「アイツ、今……!」
 うめくジュンイチの目の前で、炎の渦が内側からふくらみ、弾け飛ぶ――ジュンイチの“鬼神炎風陣オーガ・トルネード”から脱出し、なのはは改めてジュンイチと対峙した。
「なのは……お前……!」
「ジュンイチさんなら、もう気づいてるんじゃないですか?
 私が今……“何をしたか”」
 なのはの指摘はまさしく正解――「あぁ」とうなずき、ジュンイチは周囲のブラスタービットへと視線を向けた。
「どうやって気づいた?」
「あなたの力場は私の魔力を問答無用で無効化する……前回の戦いの時はそこをつかれて私は負けた……
 でも……さっき、一度だけ、“私の攻撃が通用しない”っていう、その前提条件が崩れたことがあった。
 ディバインバスターからのブリッツシューター。さっきのレイジングハートのコンビネーション……ディバインバスターに対する反撃を狙っていたジュンイチさんへのカウンター……
 あの攻撃……ディバインバスターに比べれば取るに足らない威力しかないはずのブリッツシューターを、ジュンイチさんは“力場を集中させて防御した”。
 今まで、私の攻撃を、一切の防御体勢なしに防いできたジュンイチさんの力場なら、止めることなんて簡単だったはずなのに……
 だから、思ったんです。威力の問題とは別に、あの攻撃を防御しなければならない理由があったんじゃないか、って……」
「その答えが、これか……」
「はい。
 予想通りだったみたいでよかったです」
 つぶやくジュンイチに、なのはは小さく笑みを浮かべてそう答えた。
「ディバインバスターになくて、ブリッツシューターにあるもの――その違いを考えたら、わかったんです。
 ブリッツシューターは、私の魔力を固めて作った魔力弾――集めた魔力を解き放つだけのディバインバスターと違って“密度”がある。
 密度があれば、当然ぶつかればそこには衝撃が生じる……一点における衝撃力では、ブリッツシューターはディバインバスターの上を行くんです。
 だからこそ、ジュンイチさんはあの時のブリッツシューターを防御するしかなかった……普通の攻防の中ならともかく、飛び込んでいったところを狙われたあのカウンターのブリッツシューターの衝撃は、通常展開レベルのあなたの力場では防ぎきれるものではなかったから……」
 言って、なのははジュンイチの周囲をブラスタービットで包囲し、
「確かに、あなたの力場は私の魔力を無効化している……
 でも、魔力は無効化できても、“魔力が力場に叩きつけられる際の物理的な衝撃は無効化できていない”。
 だから、火力よりも衝撃力――射線を絞って、密度を高めた魔力砲撃なら、私の魔法でもあなたの力場を貫くことが可能になる」
「………………正解」
 なのはに答え、ジュンイチは息をついた。
「だんだんとわかってきたじゃねぇか。
 能力戦っていうのは、一見すると能力の強弱、相性の良し悪しにばかり目が行きがちだけど、その実は思考の勝負――そしてその本質にさらに深く分け入れば、それは“気づき”の勝負へと変わる。
 相手の能力に“気づき”、相手の戦術に“気づき”、自分の限界に“気づく”ことで自分のとれる打開策に“気づく”。
 そして何より……“気づき”の勝負であることに“気づく”。
 すでにできていることかもしれない。けれど、無意識にやるのと意図的にやるのとでは、そのキレもおのずと違ってくる。
 おめでとう。また一段上の段階にたどり着けたじゃないか」
 爆天剣を脇にはさみ、ジュンイチはなのはに向けてパチパチと拍手して――
 

「けれど」
 

「――――――っ!?」
 その次の瞬間には、すでになのはの眼前に飛び込んでいた。とっさに後退しようとしたなのはの髪をつかみ、眼下に向けて投げ飛ばす!
 そのまま、間髪入れずに追撃――空中で体勢を立て直そうとしたなのはを、さらに大地に蹴り落とす。
「お前はまだ、その“気づき”の存在を自覚しただけ……
 “気づき”を知ったはいいけど、その結果身につけ始めたお前の応用力に、お前の身体に染みついた戦い方が対応しきれていないんだよ。
 習慣がここに来て足かせに化けた――これまで貫いてきた戦い方が、今のお前には最大級の障害となっている。皮肉なもんだな」
 言って、ジュンイチは身を起こすなのはの前に舞い降りてきた。
「もうちっと気合入れてかかって来いよ。
 でないと――“持ちこたえられないぞ”」
「――――――っ!?
 ジュンイチさん、私の“狙い”に……!?」
「『マグナみたいにうまくごまかせ』――そう言ったよな?
 マグナと違って、読むまでもなくダダ漏れなんだよ、お前の思考って。
 『オレの“狙い”』を『オレの“想い”』と解釈していたのがわかった時点で、お前さんの狙いは容易に知れた」
 ジュンイチの言いたいことに気づき、なのはが驚き、うめく――答えて、ジュンイチは爆天剣をかまえ、
「気遣いには感謝する。
 けれど……オレには、その気遣いにすがる資格はない。
 資格があったとしても……オレ自身がそれを認められない。
 すべてに決着をつけるまでは――すがるワケにはいかないんだ!」
 そう告げると同時――ジュンイチがなのはに襲いかかった。斬撃をレイジングハートで受け止めたなのはを、刃から解き放った炎で吹き飛ばす!
 

「どうにか……ならないのか……!?」
 ジュンイチはこの事件のすべてを背負おうとしているとしている――明らかになったジュンイチの目的を前に誰もが言葉を失う中、つぶやいたのはチンクだった。
「なんとか……アイツを救う方法はないのか!?」
「そうだよ!
 パパは悪くないのに……こんなの、絶対間違ってるよ!」
「それは……わかっとるけど……!」
 チンクに同意するのはヴィヴィオだ。二人の言葉に、はやては答えることができなくて――
「……ひとつ、解せないことがある」
 そう口を開いたのはイクトだった。
「ヤツがこの事件の責任をひとりで被ろうとしている……そこはいい。
 だが、そのために自ら討たれる……というのは、どう考えてもヤツらしくない」
「そういえば……」
 気づき、つぶやくクイントにうなずき、イクトは続ける。
「自分の身と引き換えならば、どんな違法も通るなど……
 それで責任を取ったよう気になるヒロイズムなど……そんなものは、単なるパフォーマンスと自己満足でしかない。
 責任を取る道は、身投げのような行為の中にはない。
 責任を取る道は、もっとずーっと地味で真っ当な道……
 そんなことは、ヤツ自身百も承知のはず……無意味であるということは、ヤツも十分に理解しているはずなんだ」
「つまり……ジュンイチさんはわざと、そんな“自分らしくない”方法を取っている……?」
「何の目的もなく、あの人がそんなことするはずはないよね……
 きっと、何か狙いがあるんだ……」
 イクトの言葉に、気づいたティアナやアリシアがつぶやき――

 

「…………なるほどな」

 

 そうつぶやくなり、クルリときびすを返したのは、合体したままのマスターコンボイだった。
「え…………?
 マスターコンボイさん、どこに……?」
「決まっている。
 今できることをしに、だ」
 尋ねるスバルにも、マスターコンボイはあっさりと答える。
「それとも……このまま、柾木のひとり勝ちで終わるつもりか?」
「え!?
 あるの!? この状況をどうにかできる方法が!?」
「あぁ……ある」
 驚き、聞き返すこなたに答え、マスターコンボイは同様に驚く仲間達を見渡した。
「状況を整理しよう。
 ヤツの狙いは、今の事態を引き起こした張本人として……“悪”として、この事件に対する世界の恨みを一身に引き受け、裁かれることにある。
 ヤツが“らしくない”方法を取っているのは、おそらくそのため――自分らしくない方法でもいいから、とにかく世界に対してわかりやすい形をとったんだろう。
 つまり、このままなのはがヤツを倒しても、捕まえて裁きにかけても、それはヤツの思惑通り――展開的には管理局の勝利でも、結局勝つのは柾木ジュンイチだ。
 この場でヤツが勝っても同様だ――ヤツはそのまま“悪”として姿を消し、世界の恨みを引き受け続けるだろう。必要悪としてな。
 まったく……負けるのはともかくとして、ヤツに打ち勝つことすらもこちらの敗北につながるとはな。相変わらずタチの悪い攻め方をしてくれる」
「そこまではわかっていて……マスターコンボイは、どうするっていうの?」
「簡単な話だ」
 尋ねるフェイトに、マスターコンボイは答えた。
「裁かれるのがヤツの望みだというのなら……こちらはその真逆を突いてやるまでだ」
「真逆を……!?」
「そうだ。
 そしておそらく――なのはもそれを望んでいる」
 聞き返すビクトリーコンボイに答え、マスターコンボイは戦い続けるなのはとジュンイチへと視線を向けた。
「あの甘ちゃんが、柾木を討つことに迷わないはずがあるまい。討ちたいはずがあるまい。
 ヤツは待っているんだ……オレ達が柾木ジュンイチの狙いに気づくことを。
 そして待っている……オレ達がヤツの思惑をひっくり返してくれることを」
 言って、マスターコンボイは自らの身体を飛び立たせる――目的の場所へと飛翔しながら、思考をめぐらせる。
(そうだ……柾木ジュンイチの狙いは、自分を裁かせること……
 そうだとして……なぜヤツは裁かれなければならない?
 ヤツが裁かれるのはヤツが“悪”だから。ならば……)
 

(ヤツを“悪”としている、その前提そのものが覆ったならば……?)

 

「くぅ…………!」
 防壁に叩きつけられた砲撃が力場を激しくきしませる――細く絞られたなのはの砲撃が力場を撃ち抜き、破られるまでの一瞬のタイムラグで身をひるがえしたジュンイチの眼前を駆け抜ける。
 そのまま反撃の炎――なのはの防壁を叩くと同時に視界を奪う。そのまま動きを止めたなのはに襲いかかるが、
「見えてるんですよ!」
 ブラスタービットを通じ、ジュンイチの動きをなのはは把握していた。上段から振り下ろされた爆天剣を身をひるがえしてかわすと反撃の一閃。自分の側頭部を狙ったストライクフレームの魔力刃を、ジュンイチも素早く引き戻した爆天剣で受け止める。
「ジュンイチさん……!
 本当に、こんな方法しかないんですか!?
 ジュンイチさんが世界の敵になる、こんな方法しか!」
「誰かに押しつけろって言うのかよ!?
 この事件で苦しめられた人達の恨みを背負う、悪役を!」
「そうじゃない!
 みんなを苦しめなくても……ジュンイチさんが悪役を演じなくても、解決させる方法はなかったんですか!?」
「みんなを苦しめずに……そういう方法ならあったさ。
 けどな……最高評議会が敵である以上、ヤツらと戦う上で管理局を、世界を敵に回すのは避けられない! 違うか!?」
 なのはに言い返し、ジュンイチが突撃。繰り出された斬撃がなのはの姿勢を崩す。
 そのまま追撃の拳を放つジュンイチだが――レイジングハートがそれを阻んだ。展開されたラウンドシールドがジュンイチの拳を受け止める。
 そして、立て直したなのはがラウンドシールドを支え、両者は互いに押し合う形となる。
「どうせ管理局を、世界を……お前らを敵に回すことは避けられなかったんだ。
 だったらとことん悪役やってやるよ! オレを討つことを、お前らがためらわなくなるくらいにな!」
「フェイトちゃんをいちいち怒らせていたのも、そのためですか!」
 言い返し、なのはがバリアバーストでラウンドシールドを炸裂させ、ジュンイチを押し返す。
「そんなこと、する必要はない!
 管理局の中にいたって、変えていくことは――」
「上には絶対服従のトップダウン組織の中で――下から変えることができるとでも思ってんのかよ!?」
 すかさずジュンイチが“炎弾丸フレア・ブリッド”で反撃――迫り来る炎弾の雨をかいくぐるなのはだったが、
「上にたどり着いて、管理局を変えるまで……みんなに泣き寝入りしてろって言うのかよ!?」
 素早く間合いをつめたジュンイチが、なのはを思い切り蹴り飛ばす。
「世界は、お前らが思っているほど優しくはできてない!」
「だからって、ジュンイチさんが世界の敵になる必要なんて……!
 それでジュンイチさんは、満足なんですか!?」
「満足なワケ……ないだろうが!」
 反論し、ディバインバスターを放つなのはだが、ジュンイチも力場を前面に集中させてそれを受け止める。
「満足じゃねぇから、あがくんだ……!
 お前だってそうだから、今オレと戦ってんじゃねのかよ!?」
 

「……それで……私のところに現れたのか」
「あぁ」
 ビークルモードに戻ったマックスキング改めマックスフリゲートの艦内――医務室で息をつくレジアスに対し、ヒューマンフォームのマスターコンボイはあっさりとうなずいてみせた。
 彼の後ろでは、同行してきたスバルやこなた、さらにははやて以下後を追ってきた仲間達もまた、緊張した面持ちで両者のやり取りを見守っている。
「この私に……柾木ジュンイチの思惑を覆すことができるというのか?」
「むしろ貴様にしかできん」
 尋ねるレジアスだが、マスターコンボイは迷うことなく即答する。
「貴様にしか、オレの策を果たす役目は担えん。
 貴様だけが、柾木ジュンイチの描いた絵図を覆すことができる」
「ふむ…………」
 そのマスターコンボイの言葉に、レジアスはしばし瞑目し、
「…………マスターコンボイといったか」
 静かにマスターコンボイへと視線を戻し、口を開いた。
「貴様はなぜ、二人の戦いを止めようとする?」
「何…………?」
「なぜ、柾木ジュンイチを救おうとする?」
「そんなの、お兄ちゃんが――」
「待て、スバル」
 レジアスの問いに答えようとしたスバルだが、それをマスターコンボイは間髪入れずに制止した。
「レジアス・ゲイズはオレに訊いている」
 マスターコンボイの言葉に、スバルはなおも何か言いたそうにしていたが、こなたに促されて引き下がる――うなずき、レジアスは改めてマスターコンボイに問いかける。
「貴様にとって、柾木ジュンイチは特に付き合いがあるワケでもない――個人的な思い入れがあるワケでもあるまい。
 そんな貴様からすれば、柾木ジュンイチは自らのために六課を利用した男であり、今まさに高町なのはと戦っている“敵”のはずだ。
 それなのに、なぜ貴様はヤツを救おうとする?
 高町なのはが、貴様の相棒であるその娘がそれを望むからか?」
 その問いに、全員の視線がマスターコンボイに集まる――誰もが息を呑む中、マスターコンボイは静かに息をつき――答えた。
 

「ただ……繰り返したくないだけだ」
 

「繰り返したくない……?」
「10年前、オレはユニクロンの脅威から世界を……いや、なのはを守るためにこの命を捨てた。
 そして今、柾木ジュンイチが世界の、スバル達のために犠牲になろうとしている。
 だが……」
 レジアスに答え、マスターコンボイはスバルへと視線を向けた。
「今なら理解できる。10年前、オレが犠牲になったことでなのは達に味あわせてしまった苦しみを……
 だからこそ、あの男が同じことを繰り返そうとしていることを容認できない」
「…………なるほどな」
 マスターコンボイの言葉に、レジアスは自分の手元へと視線を落とした。
「繰り返したくない……か……」
 静かにレジアスがつぶやいた、その時――
 

「……レジアス……」
 

「………………っ!?」
 かけられた声に、レジアスが目を見開く――顔を上げた彼の目の前には、マキシマスの医務室で安静にしていたはずのゼストの姿があった。
「ゼスト……さん……!?」
「…………そうか。
 お前も……生き延びたか」
 呆然とつぶやくオーリスの傍らで、レジアスはすべてを納得してうなずく――うなずき返し、ゼストは口を開いた。
「レジアス。
 オレ達の正義は、いつしか形を歪め、このような事件を引き起こしてしまった……ならば、その責を負うべきはオレ達のはずだ。
 それが可能な力があるからと言って、柾木ジュンイチのような次の世代を生きる者がその責を背負う必要はないはずだ。
 ならば……」
「…………そうだな」
 ゼストの言葉にうなずき、レジアスがうなずき――

「…………もうひとつ」

 そう、マスターコンボイが付け加えた。

 

 空中を真紅の、桃色の閃光が走り、衝撃が巻き起こる――平穏を取り戻したはずの空を駆け、なのはとジュンイチは幾度となくぶつかり合う。
「ジュンイチさん……あなたはいつだってそう!
 スバル達のために、平気で自分を犠牲にする!
 傷つくことも、世界を敵に回すこともためらわず……!」
 ブラスタービットから放たれたディバインバスターがジュンイチを狙う――力場を破られ、直撃を受けたジュンイチが大きく姿勢を崩す。
「ただ平和でいたい、その想いは同じはずなのに! わかり合ってるはずなのに!
 なんで……そんな道しか選べないんですか!」
「そうすることしか……できねぇからだ!」
 反論し、ジュンイチの放出した“力”が羽毛の如く周囲に舞い散り――フェザーファンネルへと姿を変えた。
 一斉に飛翔し、ブラスタービットへと攻撃を仕掛けるが、なのはが発動させたプロテクションによってブラスタービットはその攻撃をやりすごす。
「そんなやり方で、スバル達を守ったって……スバル達はちっとも幸せじゃない!
 それに……ジュンイチさんだって!」
 再び、ブラスタービットからのディバインバスター一斉砲撃――かいくぐるジュンイチだったが、
「エクセリオン――バスターッ!」
 その眼前になのはが回り込んでいた。とっさに防御を固めるジュンイチを、至近距離からのエクセリオンバスターが吹き飛ばす!
「オレは、壊すことしかできない……戦うためでも 守るためでも!
 創造ですら、破壊を通じてしか行なえない!
 ギンガ達を守るために、世界を変える……そのための手段を、オレは破壊の中からしか選べない!」
 両腕の“装重甲メタル・ブレスト”が砕け散り、腕の肉が裂ける激痛に顔をしかめる――が、ジュンイチはそれでも前に出た。
 左、そして右――空中戦だからこそ放てる左右の連続蹴りをラウンドシールドで受け止めるなのはだったが、
「シールドで防いだのは正解だ――
 けど――だからこそ、オレはそれを利用する!」
 蹴り足、そのつま先をシールドに引っかけ、ジュンイチはそのまま足を振り抜く――結果、ジュンイチの身体の方が振り回される形となり、それを利用してなのはの背後へと回り込む。
「そんな!?」
「発想に柔軟性が足りねぇぞ!」
 自分の強固なシールドをそんな使い方をするとは――驚愕するなのはに言い放ち、ジュンイチが放った3発目の蹴りにはなのはに宿るマグナが対応した。なのはの身体を操り、レイジングハートで受け止める。
 が――
「甘いっ!」
 ジュンイチが叫ぶと同時――なのはの身体が彼らに向けて引き寄せられた。
 先ほどのシールドと同様、ジュンイチが蹴り足をなのはに引っかけ、引き寄せたのだ。そして――
「柾木流――蹴技!」

 ――龍星落!

 なのはを“足で投げ飛ばした”。大きく高度を下げながらもなんとか立て直すなのはだが、
「素直に落ちてろ――いい加減っ!」
 急降下してきたジュンイチが、傷の再生した右腕をなのはに向けて振り下ろす――シールド展開は間に合わず、まともに背中を痛打されたなのはが廃ビルの屋上に叩きつけられる。
 間髪入れずにジュンイチが追撃――しかし、ブラスタービットがそれを阻んだ。ストライクフレームを発生させてジュンイチに襲いかかる。
 そして今のジュンイチに、4基のブラスタービットの連携攻撃をしのげるだけの余力は残されていなかった。まともにくらって弾き飛ばされてしまう。
 そのスキに、なのはは身を起こす――ジュンイチもすぐに立ち上がり、両者は再び対峙する。
(やっぱり……強い……!
 これが……スバルやギンガのために、たったひとりで世界と戦うために磨き上げた力……!)
(攻めきれない……!?
 オレがなのはをぶちのめして、まだ48時間も経ってないってのに……まだまだスバル達に、成長速度でも負けないってワケかい……!)
 今までの連戦に加えてこの激戦、すでにどちらも限界を超えている。気力だけでその身を支え、なのはとジュンイチはお互いをにらみつける。
 そして、二人が再び飛翔。距離を詰め――
 

〈諸君っ!〉
 

 突然の通信、いや放送は全周波数帯で送信されてきた――同時、動きを止めた二人の前にレジアスが大きく映し出されたウィンドウが展開される。
「レジアス中将……!?」
 いきなり何なのか――思わずなのはが声を上げると、
「よそ見たぁ――」
「――――――っ!?」
「余裕だな!」
 そんななのはにジュンイチが襲いかかった。袈裟斬りに振り下ろされた爆天剣を受け止めるが、ジュンイチが左手に蓄えていた炎がなのはを吹き飛ばす!
 

 突然のレジアスによる通信――いや、放送は彼らだけではなく、ミッドチルダ全土に配信されていた。
 街頭や避難所のモニターに、家庭のテレビに、ぶつかり合うなのはとジュンイチの映像が映し出される。
 ユニクロンが倒れ、事件は終わったかに思われたところに、激突する二人のライブ映像――何事かと戸惑う人々に対し、レジアスの声が響く。
〈暗躍していた多くの勢力が倒れ、すでに事件は解決に向かっている!
 しかし! それでも、戦わなけれならない者達がいる!
 なぜか!? それは、どちらもこの世界を憂えるが故に、この事件の中を戦い抜いてきた者達だからだ!〉

 

「…………これって……!?」
 レジアスが語っているのは自分達のことだ――気づき、声を上げるなのはだったが、ジュンイチがそんな彼女に向けて“炎弾丸フレア・ブリッド”を乱射する。
 

〈地上本部崩壊の折、全世界に流出した管理局の暗部を暴く証拠の数々! これらの情報から、今回の事件が管理局の暗部の存在に端を発しているのは、誰の目にも明らかであろう!
 その暗部の存在ゆえに管理局と共に歩むことができず、外部から立ち向かうことを選んだ者!
 その暗部のの存在ゆえに自らの力のあり方に迷い、それでもその力を少しでも正しいことに使おうと内部から事件に立ち向かった者!〉

 

 “炎弾丸フレア・ブリッド”は自分の足を止めるためのもの――ジュンイチの狙いを読み、なのはは攻撃をムリに耐えることなく後退――直後、ジュンイチの放った炎の渦が先ほどまでなのはのいた場所を撃ち抜いた。
「余裕ないんじゃないですか――だんだん攻め方が単調になってきてますよ!」
 言い放ち、砲撃――なのはの放ったディバインバスターがジュンイチに襲いかかり――すり抜ける!
「幻術――――っ!?」
「誰の攻めが、単調だって!?」
 驚くなのはに言い放ち、背後に回り込んだジュンイチが炎で彼女を吹き飛ばすが、
「――――っ、のぉっ!」
 なのはもただやられるだけでは終わらなかった。ブラスタービットからのディバインバスターでジュンイチを吹っ飛ばす!
 

〈管理局が統べるこの世界のあり方から見れば、前者はテロリストとして処断されるべき者達であろう!
 しかし! この世界のために傷だらけになりながら戦い抜いた者達を、ただ悪として裁くことが、果たして正義であろうか!?
 ならば、彼らに賛同し、管理局を崩壊に導き、世界を作り変えることが正義なのか!?
 否! どちらも否である!
 この戦いは、双方に正義がある! どちらが正しい、どちらが間違っている、そんな定義の通用する戦いではないのである!
 諸君は感じるか! この戦いの無意味さ、虚しさを!
 諸君には届いているか! この戦いに込められているメッセージが!
 私も、この戦いによって思い知らされたひとりである! 我々は、管理局という組織だけがこの世界を守る存在である、そのシステムに依存しすぎていたのではないだろうか!?
 この世界は、この世界の人々自身の手によって守られるべきもの、そういった志を持つ者達の集まった存在、それが、それこそが管理局の本来あるべき姿であったはずだ!
 この戦いは、諸君に向けて放たれる、この世界を守る道の在り方を問いかける問題提起である!
 この世界に生きる、諸君それぞれが、この戦いの意味を、この戦いが求めている答えを、考えて欲しい!〉

 

「……こんな演説で、本当にジュンイチさんの思惑をひっくり返せるの……?」
 突然ミッドチルダ全土に向けて発信されたレジアスの演説――これこそがマスターコンボイがジュンイチの思惑をひっくり返すために考え出した“策”だった。
 しかし、演説の内容はジュンイチをかばうものかと思えばそうでもなく、彼を否定も容認もしない、結論を丸投げにした中途半端なもの――その狙いが読めず、フェイトは眉をひそめるしかない。
 だが――
「そうでもない。
 これは柾木の策をうまく利用した、マスターコンボイのファインプレーだ」
 その意味に気づいていた者はいた。その口元に笑みを浮かべ、イクトはフェイトにそう答える。
「どういうことですか?
 こんな結論も何もない、答えを聞く側に丸投げした演説で――」
「それだ。
 その“丸投げ”が結果的にヒット。抜けた発想……っ!」
 尋ねるフェイトに答え、イクトは映像の中で戦い続けているなのはとジュンイチへと視線を向けた。
「柾木が求めたのは、管理局だけでなく、そこに住まう者みんなで守る……そういう世界だ。
 だからこそ柾木は管理局の暗部を暴き、叩きつぶすことで管理局が絶対の存在ではないことを示し、ただ管理局に依存することの危険性を世界に示した。
 そうすることで、柾木は世界に、管理局に依存せず“自ら考える”ことを求めた……
 その上で、アイツは世界に恨まれ、恐れられる“悪”を演じ、世界が自らの滅びを求めるように仕向けた。
 自分が世界に求めた“自分で考えること”を早速利用した……その結果、なのはと柾木が今戦っている。
 そして……ここからがマスターコンボイの“策”のポイントだ。
 レジアスの演説によって、世界は柾木が自分達のためにあえて“悪”であろうとしたこと……“悪”をもってして“善”を為そうとしたことを知った……」
 言って、イクトは今度はフェイトへと視線を向け、
「テスタロッサ……貴様はスカリエッティと実際に対峙し、ヤツの欲望の中に隠れた“想い”を知った。
 その結果……貴様は先ほど、逮捕を望んだスカリエッティを一時的にとはいえ“許し”た。
 今の貴様はスカリエッティを“許し”、“許し”たが故に、罪を償わせることを望んでいる――違うか?」
「そ、それは……」
 管理局の人間として、「犯罪者を“許し”たんじゃないか」というその質問にうなずいてもいいものだろうか――イクトの問いに思わず返事に困るフェイトだったが、
「……って、それとマスターコンボイの策と、どんな関係があるんですか!?」
「それと同じだということだ」
 返事に困った結果話題を変えてきた――そんなフェイトに苦笑し、イクトは彼女にそう答える。
「柾木は世界に“自ら考える”ことを求め……同時にそれを利用し、自らを憎み、恐れるように仕組んだ。
 だが……世界がヤツの望みどおり“自ら考えた”結果――」
 

「“あの男を許したとしたら”?」
 

「あ………………」
「それこそが、マスターコンボイの“策”だ。
 柾木が自らを討つように世論を誘導したように、今度はこちらがあの男を許すように世論を誘導する。
 そうなれば、もう柾木は討たれるべき存在ではなくなる――起こした“事件”は“革命”にすり替わり、ヤツ自身も“悪”から“英雄”へと一転する。
 そして、“事件”が“革命”へとすり替わってしまっては、法もまたヤツを裁くことはできなくなる――“事件”が“革命”へと替わり、“事件”ではなくなってしまうからだ。
 現実的な問題から見ても、そうなってしまった柾木を裁くのは管理局にとってマイナスにしかならないしな――ヤツの暴いた悪事によって支持率は最低水準にまで落ち込んでいるはずだ。そんな状態で“英雄”に祭り上げられた男を“悪”として裁こうものなら、それこそミッド地上本部崩壊の最後のトドメになりかねん」
「けど、そんな世論を操るようなマネ……
 それじゃあ、私達もジュンイチさんと同じじゃないですか」
「ところがそうでもない」
 反論するフェイトだったが、イクトはあっさりとそう答えた。
「だからこそ、レジアスは演説の中で結論を出さず、聴衆に結論を“考えること”を委ねたのだ。
 民衆が自ら考え、出した結論となれば、それは世論を操ったことには必ずしもなり得ない。
 レジアスはあくまで『柾木を簡単に切り捨てるべきではない』という“自らの考え”を述べただけ――そこに追従するも反発するも、民衆の自由。こちらには何の責任もない」
「そんな……最初に力のある人が意見を述べちゃったら、それに従うのが普通じゃないですか……
 どんなペテンですか、それは……」
 ジュンイチといいこの策といい、決断を勝手に委ねられる民衆も迷惑だろうに――思わず肩を落とすフェイトだったが、
「ひとつ、いいことを教えてやろう」
 そんな彼女に告げたのはイクトではなく、この策の発案者たるマスターコンボイだった。
「相手を真に凹ませたければ、相手のもっとも得意とする分野で叩きつぶすのが一番だ。
 つまり――ペテンを叩きつぶせるのは、より上を行くペテン、ということだ」
「よく言うよねー、マスターコンボイさんも」
 そんなマスターコンボイの言葉に苦笑するのはスバルだ。ヒューマンフォームのマスターコンボイを後ろから抱きしめるように捕まえ、
「さっき、レジアス中将達に“あんなタンカ”を切ってたのに、どうしてペテンとか言っちゃうかな?」
「実際柾木の裏をかき、引っかけている――立派なペテンだろうが」
「はいはい。
 そういうことにしといてあげる♪」
「むぅ……うまくはぐらかされたような気がする……」
 自分の言葉に、マスターコンボイは捕まったままプイとそっぽを向いてしまう――そんなマスターコンボイに苦笑しつつ、スバルは先ほどマスターコンボイが切った“タンカ”のことを思い返した。
 

「…………もうひとつ」
『………………?』
 唐突に付け加えたマスターコンボイの言葉に、一同の視線が再び彼に集まった。
「もうひとつ……ヤツを救おうと考えた理由はある」
「何…………?」
 聞き返すレジアスに対し、マスターコンボイは自らの手元に視線を落とし、続ける。
「ヤツと今のオレは、よく似ている……
 破壊の力を与えられ、その力で、誰かを、何かを守ろうとする……
 破壊しかできないその身で、破壊と守護、矛盾する二つの事柄の間であがき続ける者……
 だからわかる。
 ヤツのやり方には……たったひとつだけ、ヤツの求めていたものに対する矛盾がある」
「矛盾……?」
 はやての問いにうなずき、マスターコンボイは顔を上げた。
「ヤツは、世界の平和などどうでもいい――ただ、スバルや、ギンガ・ナカジマや、アリシア・T・高町や、八神はやてや……自分達の周りの者達が優しく生きられる世界が欲しかったんだ。
 ただ……誰もが穏やかに生きられる明日が、誰もが安らかに過ごせる居場所が欲しかっただけ……
 だが……」
 そこで一度言葉を切り――マスターコンボイは一同を見渡し、告げた。
「“みんな”に明日を贈りたいのなら……“みんな”に居場所を与えたいのなら……」
 

「ヤツにだって、明日や、居場所が贈られるべきだ」

 

「やってくれるね……!
 レジアスのオッサンのやり口じゃねぇな……誰の仕業だ……!?」
 レジアスの演説――その意味は、ジュンイチもまた理解していた。(彼にとって)余計なことをしてくれた犯人に対して思わず毒づき――
〈オレだ〉
 通信越しにそう答えたのはマスターコンボイだった。
〈柾木ジュンイチ――貴様はもう、“悪”ではない。
 レジアスの演説、その意味は貴様にもわかっただろう――ヤツの演説によって世論は誘導され、貴様を“世界の敵と扱われてでも管理局の不正と戦った英雄”へと祭り上げる。
 “悪党”として討たれるのが望みだったようだが――どうだ? 見事にあてを外してやったぞ。
 残念だったな、“英雄”殿?〉
「……く…………っ!」
〈ユニクロン戦での“全員集合”の時点で、貴様の策は打ち止めとなっていた――さすがの貴様も、これをひっくり返されるのは想定の外だったようだな。
 さぁ、どうする? この状態からまた何か悪事を働いて“悪人”へと転落し直すか?〉
「………………っ!」
 マスターコンボイの言葉に歯がみし、ジュンイチは懸命に思考をめぐらせて打開策を模索する。
 だが――旧市街にいては、世界中の人達から恨まれるような悪事を働くことなどできようはずもない。
 すでに万策尽きていた彼に、もはやこの状況をひっくり返す方策は残されていない――息をつき、ジュンイチは大げさに肩をすくめて見せた。
「…………はいはい。わかりましたよ。
 お前の言うとおりだ。このミッション――」

 

「オレの負けだ」

 

〈――――お兄ちゃん!〉
「よかったな、スバル。
 オレに対して、ようやくの初白星じゃないか」
 その口が紡いだのは、聞き間違いようのないギブアップ宣言――歓喜の声を上げるスバルに、ジュンイチは苦笑まじりにそう答える。
〈まったく、心配かけるんやから……〉
 そんな二人のやり取りに苦笑しながら、六課の部隊長として割り込んでくるのははやてだったが――
〈まぁえぇわ。終わったんなら、さっさと武装解除して戻ってきてくだs〉

 

「…………でも」

 

 そんなはやての言葉を、ジュンイチは静かにさえぎった。
「確かに、作戦はオレの負けだ。
 もう――『討たれてやろう』とか言わねぇよ。
 けどさ……」
 そう言いながら、ジュンイチはなのはへと向き直った。手にした爆天剣を彼女に向けてかまえ、
「“作戦”じゃ負けても、“勝負”の勝ちまで譲る気はないんだよ。
 なのは……お前だって、そうなんじゃないのか?」
「…………否定、するべきなんでしょうけどね」
 そんなジュンイチに対し、なのはもまたため息まじりにレイジングハートをかまえ、
「けれど……確かに、このまま終わらせるのは、お互いスッキリしないですよね!?」
「そういうこった!」
 二人とも想いは同じ――なのはの言葉に答え、ジュンイチは爆天剣をかまえたまま一歩を踏み出す。
「こっから先はしがらみなし!
 ひとりのブレイカーとして、ひとりの魔導師として――ケリつけようぜ、なのは!」
「はいっ!」
 

「………………え?
 ――――えっ!? 何で!? どうして!?
 どうしてまだ戦いが続くワケ!?」
「ジュンイチさん、ギブアップしたよね!?」
 マスターコンボイによってジュンイチの“計画”は最後の最後で破綻した。これでようやく終わる――そう思った矢先、ジュンイチだけでなくなのはまでもが再び戦闘態勢に――予想外の展開に、ティアナとかがみが思わず声を上げる。
「……まったく、あの子達ときたら……」
「ジュンイチさんはもちろん、なのはも……アレで意外と負けん気が強いですからねー……」
 一方、ジュンイチとなのは、両方を古くから知るが故にその共通項にまで気づいてしまい、頭を抱えるのはリンディとアリシアだ。
「ここにもバトルマニアがひとりおったか……」
 こっちはいい加減事後処理に移らせてもらいたいのだが――せっかくまとまりかけた話をまた引き戻してしまった二人、とりわけジュンイチの挑戦に応じるという意外な一面を見せたなのはにはやてが呆れた様子でそうつぶやくと、
「まぁ、いいんじゃない?」
 そんなことを言い出したのは、ゲンヤを伴ってたった今到着した霞澄である。
「霞澄さん……?
 ゲンヤさんも……」
 突然の登場に戸惑うはやてに肩をすくめてみせると、霞澄はなのは達の様子を映し出したウィンドウを目で示し、
「よく見てみなさいよ。
 今のあの子達をさ」
 

「ディバイン――バスターッ!」
「しゃらくせぇっ!」
 咆哮と同時、二人が同時に砲撃。放たれたディバインバスターがジュンイチの炎と激突し――吹き飛ばした。ジュンイチの炎を一方的に吹き散らし、“力”の渦がジュンイチへと襲いかかるが、
「当たるかよ!」
 自分の炎が吹き散らされるのもすでに予測済み。なのは視界をさえぎることこそが本命――間合いに飛び込んできた桃色の閃光を紙一重でかわし、ジュンイチは散らされた炎にまぎれてなのはを狙う。
 が――なのはもそんなジュンイチの動きをブラスタービットを介して把握していた。飛び込んできたジュンイチの斬撃をレイジングハートで受け止め、そのまま素早くバックステップ。つばぜり合いに持ち込もうとして肩透かしをくらったジュンイチにディバインバスターを叩き込む。
「へぇ……
 さっきまでのてめぇなら、あのまま押し合いになってたろうに!」
勝ち方たいほにこだわる必要がなくなったから、ですかね!?
 プリムラ!」
《スケイルフェザー!》
 爆煙の中から飛び出してきたジュンイチに答え、なのはとプリムラがスケイルフェザーをばらまいた。ジュンイチもフェザーファンネルで対抗し、両者はあっという間に互いを落とし合い、蹴散らされる。
 さらになのはのディバインバスターが火を吹いた。細く絞られた火線を避け、ジュンイチは続けて放たれたブリッツシューターをさばきながら前に出る。
 かまえた右腕に炎が宿り、燃え上がる――それを間合いに入ると同時、解き放つ。
「“龍翼の轟炎ウィング・ギガフレア”!」
 放たれた炎は竜を形作り、なのはへと襲いかかる――とっさにラウンドシールドで受け止めるなのはだったが、
「“號拳龍炎ストライク・ギガフレア”!」
 すかさず追撃――飛び込んできたジュンイチが、至近距離からギガフレアを叩き込む!
 この連携はマズイ――歯がみするなのはだが、ジュンイチの炎に抗うために離脱もままならず、
「“螺旋龍炎スパイラル・ギガフレア”!」
 渦を巻いた炎が、ジュンイチの拳に乗ってなのはの防壁に叩きつけられる!
 ブラスターによって高められた魔力で編み込まれたラウンドシールドはジュンイチの“ギガフレア三連”にもしっかりと耐えているが――
「まだまだぁっ!」
 ジュンイチの攻撃は止まらない。全身で渦巻く炎が勢いを増し、上昇したジュンイチの右足に収束していく。
(これは――ジュンイチさんがチンクを破った時のフィニッシュパターン!)
 “究極蜃気楼”によるデータリンクで、その戦いのデータも得ている――気づいたなのはの顔から血の気が消え失せ、
「ブレイジング、スマッシュ!」
「くぅ…………っ!」
 さらになのはが魔力を流し込んだラウンドシールドに、ジュンイチのブレイジングスマッシュが叩きつけられる!
「耐えて……みせる……!」
 “ギガフレア三連”に加えてブレイジングスマッシュ――たて続けに打ち込まれる必殺技の連続に、ラウンドシールドがきしみ、悲鳴を上げる中、懸命に踏んばるなのはだったが、
「悪いな……」
 そんななのはに、ジュンイチは静かに告げた。
「もう一手あるんだよ!」
 そう告げるジュンイチの背中――ゴッドウィングはすでに形を変え、一基の反応エネルギー砲へと変化していた。変化どころかチャージすら終わったそれを、ジュンイチはブレイジングスマッシュの体勢のまま、ラウンドシールド越しになのはへと向ける。
「砲撃――!?」
「残念だったな。
 今までは“技”。コイツは“武装”――チャージ系統が別なんだよ!」
 声を上げるなのはにジュンイチが言い放ち――
「ゼロブラック――ゼロ!」
 零距離ゼロからのゼロブラックがラウンドシールドを撃ち砕き、なのはを吹き飛ばす!
 が――なのはもまた反撃に転じていた。ジュンイチの周囲に集結した4基のブラスタービットが、至近距離からディバインバスターを叩き込む!

「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 “必殺技5連撃”と“ディバインバスター(ビット)×4”。互いに決定打につながってもおかしくない一撃だ――それでも、両者はそれぞれに爆煙の中から飛び出し、再び対峙する。
「どうしました……? ジュンイチさん……
 息、上がって……きてますよ……っ!」
「そういう、てめぇこそ……息、絶え絶えじゃねぇか……」
 しかし、さすがにダメージは深そうだ。どちらも息を切らせながら軽口を叩き合うが、その口元は――
 

「笑ってる……?」
「お兄ちゃんは自分の“罪”、なのはちゃんは管理局員としての“責任”――それぞれの“重荷”から解き放たれたからだろうね」
 お互いいつ倒れてもおかしくない状態のはずなのに、なのはやジュンイチの口元に浮かんでいるのは確かな微笑み――つぶやくビクトリーコンボイに、あずさは肩をすくめてそう答えた。
「後に残されたのは、ただ単純な“負けたくない”って意地だけ。
 ホントに楽しいんだよ。ただ純粋に自分達の力を競い合えるのが――ビクトリーコンボイも覚えとかない?」
「それは、まぁ……あることは、あるが……」
「なら、二人の気持ちもわかるでしょ? だったらとことんやらせてあげようよ。
 まぁ……」
 しぶしぶうなずくビクトリーコンボイにあずさが答え、続きを告げようとした、その時――
「ち、ちょっと!?」
 あわてた声は誰のものか――しかしその理由はわかる。
 見上げるその先で、なのはがスターライトブレイカーの体勢に入ったからだ。
 そして、ジュンイチもまた“力”を高め始める――大技の激突の予感にあわてる一同をよそに、あずさはあっさりと結論を告げた。
「どーせ、余力のない二人はもうフィニッシュにいくだろうし」
 

「スターライトブレイカーか……」
「えぇ」
 レイジングハートをかまえたなのはの眼前に、周囲に散った魔力が輝きながら収束していく――ジュンイチの言葉に、なのははあっさりとうなずいた。
「射線の絞り方はもう完全に覚えました。
 さすがのジュンイチさんも、自分の力場を貫けるようなシロモノを相手にスターライトグレネイドはできないでしょう?」
「確かに。
 けど……」
 なのはに答え、ジュンイチも“力”を高め始める――燃え上がる炎は右手に集中。さらに押し固められて熱量を増していく。
「それならそれで、オレの炎でブチ破るだけ……
 忘れたか? オレは、スバルの師匠なんだぜ」
「そうでしたね」
 ジュンイチの言葉にクスリと笑みがこぼれる――やがてなのはの眼前に巨大な魔力スフィアが形成され、ジュンイチの右手の炎も極限まで圧縮され、まるで太陽のごとく輝きを放ち始める。
 そして――
 

「勝っても負けても恨みっこなし!」

 

「これが、オレ達の――」

 

 

『全力、全開!』

 

 

 

 

「スターライトォッ! ブレイカァァァァァッ!」

 

「ディバイン――ブレイザァァァァァッ!」

 

 

 

 

 互いが、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………総司令官?」
 宇宙を進むスターシップ、そのブリッジ――艦長席でウィンドウを立ち上げていたギャラクシーコンボイは、やってきたブレインストームの声に顔を上げた。
「何を見ていたんですか?」
「あぁ……なのはからのメールだ」
 尋ねるブレインストームに答え、ギャラクシーコンボイはウィンドウへと視線を戻した。
 そこに書かれているは、なのはからの近況報告――
 

〈ギャラクシーコンボイさんへ。
 あのクラナガン決戦からまだ一週間――やることがそれこそ山盛りで、まるで何年も作業を続けてるような気分になっちゃってましたけど、それもようやく落ち着いてきました。
 あの後、みんなはすぐにスペースブリッジ計画に戻ることになっちゃって……その後のことが気になってると思うので、ちょっと早いですけど早速近況報告のお手紙します。
 私達は出動に関する報告書の作成がやっと完了。みんな出動のダメージや書類仕事の疲れを抜くために、ほんのちょっぴりお休みムードです。
 私も、ブラスターの反動ダメージのこととかで通院してる状態で……しばらく現場はムリって言われちゃいましたけど、マグナさんがフォローしてくれたおかげで、なんとか長期の入院は避けられそうです。
 そして――〉

 

「なのは」
「あ、ジュンイチさん。
 ジュンイチさんも今帰りですか?」
 声をかけてきたジュンイチに気づき、なのははやってきた彼の方へと振り向いた。
 事件が解決し、飛び回る必要がなくなったノイエ・アースラは、現在六課敷地沿いに停泊。基地モードのマキシマスと共に仮隊舎として機能している。なのはは病院での検査から、ジュンイチは事件の事後処理の関係で出向いた地上本部から、互いに戻ってきたところだ。
「地上本部の方……どうでした?」
「結局、この事件の暗部について、持ってるデータの全提供でチャラ、って形に落ち着きそうな感じだよ。
 まったく……無罪をエサにしなくても、どの道提供するつもりだったっつーの」
「でもよかったじゃないですか。
 それなら、事実上無罪放免も同じじゃないですか」
「よかねーよ。
 こっちは悪党として世界から討たれる予定だったんだぞ。
 それが見事に裏返っちまっただけじゃなくて、巷じゃほとんど英雄扱いじゃねぇか」
「いい方向に予定が狂うならいいじゃないですか」
「チヤホヤされるのは好きじゃねぇ」
 子供っぽく口を尖らせるジュンイチに、なのはは思わず苦笑して――
「あ、そうそう」
 ふと、思い出したようにジュンイチが口を開いた。
「レジアスのオッサンのトコに行ったら、スカリエッティにグチられた」
「スカリエッティ、来てたんですか……?」
「まーね。
 具体的にどんな感じだったかっつーと……」
 

「正直な話……キミに恨み言を言う権利くらい、私には認められていると思うんだがね」
「オレじゃなくて、発案者と実行者に文句言えよ。
 ほら、ちょうど実行者の筋肉ゴリラなら目の前にいるんだし。思う存分その脳筋ぶりを笑いものにして溜飲を下げるがいい」
「本人を目の前にして言いたい放題だな、貴様っ!?
 と言うか、貴様もしっかり根に持っているだろう!?」
 新たに別庁舎に移転した地上本部“新”仮庁舎――その司令官室で、レジアスはスカリエッティに答えるジュンイチに全力でツッコミを入れるが、
「文句のひとつも言いたいさ。
 マスターコンボイの提案に乗って、こっちの計画を台無しにしてくれたんだからさ」
「そして私はそれに巻き込まれたワケだからね」
 あっさりと答えるジュンイチにスカリエッティも乗っかり、レジアスは思わずため息をつく。
 しかし、なぜスカリエッティがこんなところで堂々とジュンイチ達とバカなやり取りを繰り広げていられるのか。それは、彼に対する世間の“評価”に原因があった。
「まったく……
 まさか、あの演説によってひっくり返ったキミの評価が、まさか私にまで波及するとはね……」
「私にとっても誤算だ。
 だが、仕方ないと言えば仕方ないのかもな――何しろ、世間の認識している貴様の“犯罪行為”は、柾木のそれとほとんど変わらなかったのだからな」
「お前、管理局内では超有名でも、世間的にはドマイナーだったからなー」
 スカリエッティのグチにレジアスが答え、ジュンイチが同意する――いちいちもっともなため、スカリエッティも反論できずにため息をつくしかない。

 そう。
 管理局の目から見れば、スカリエッティは数え切れない罪状を持つ重犯罪者――しかし、そのほとんどが違法研究など世間の目に触れないものばかり。しかも、地上本部襲撃はジュンイチやマスターギガトロンにすっかり印象を持っていかれてしまった。
 そのため、彼の世間における知名度は今回の事件の末期まで最低レベルのまま――実際、“ゆりかご”浮上の際に演説をぶち上げるまではその名前すら知らなかったという一般人もかなりの割合で存在しているのだ。
 しかも、その際に管理局を“悪”として断罪するような、正義気取りの演説をしてしまったのもマズかった。結果、世間のスカリエッティの認識はレジアスの演説との相乗効果によって“管理局の暗部を討ち砕くため、“ゆりかご”を持ち出して戦いを挑んだ革命者”として定着してしまったのだ。
 これには罪を全て被るつもりだったスカリエッティ本人も、そして彼を逮捕し、裁くつもりだったフェイトも大あわて――しかし、そんな二人も世論という名の数の暴力の前にはまったくの無力だった。
 結果として、ジュンイチを助けるために行なった演説がスカリエッティ一味までもを助ける形になってしまったのである。

「もっと世間の目に触れる犯罪をしておくんだった……」
「そういうセリフを、地上本部の中枢で吐かないでほしいんだが……」
「吐きたくもなるっ!
 裁かれる覚悟を決めた人間が裁かれずに許される――このジレンマ、キミにわかるとでも言うのか!?」
「あー、そこはオレも同意。
 けっこう“クる”んだよなー。なまじ覚悟が空回りするだけに」
 うめくレジアスに答えるスカリエッティの言葉に、ジュンイチもため息まじりに同意する――が、
「それでいいんですよ」
 そんな“自称犯罪者(結果論)”の二人に答えたのは、入室してきたオーリスだった。
「今の二人は裁かれることを望んでいる。
 そんな二人を裁いたところで、結局はあなた達の望みを叶えるだけ――マスターコンボイも言っていたことです」
「むぅ……」
「それは……まぁ、なぁ……」
「今のあなた達に対しては、“罰せられないこと”が何よりの罰です。
 わかったなら、おとなしく“罰”を受けておきなさい」
 「い・い・で・す・ね!?」と有無を言わさぬ迫力と共に告げるオーリスに対し、ジュンイチもスカリエッティも反論することができなかった。
 

「…………ってな感じ」
「オーリスさん、お見事……」
 再建の進む六課の敷地内を歩きながら、話を締めくくるジュンイチに、なのはは思わず苦笑してつぶやく。
「まったく、たまったもんじゃないぜ……」
「でも、おかげでジュンイチさんがいなくならなくて、よかったです」
 ため息をつくジュンイチに答え、なのははクスリと笑って彼のとなりを歩く。
「スバルもギンガも、ジュンイチさんのこと、本当に心配してたんですから……
 もうダメですよ。あんないい子達を置いていなくなろうなんて考えちゃ」
「へーへー」
 なのはの言葉に、ジュンイチはため息をつき――
「それに……スカリエッティも」
 そんな彼のとなりで、なのはは優しげな笑みと共にそう続けた。
「どんな形でも……“親”がいなくなるのは、とても哀しいことだから……」
「ナンバーズのことか」
 彼女の言いたいことは容易に読めた――なのはの言葉に、ジュンイチは先ほどまでとは別の理由から息をついた。
「まぁ……アイツらも保護観察と更生プログラムが済めば、晴れて自由の身だからな……」
 

「まったく……今さら世間の一般常識の勉強など……」
「そう言わないの。
 ドクターの配慮で、私達は“世間のことを何も知らない、だからこそ人形のように利用できた”っていうことになっているんだから」
 ミッドチルダ港湾地区、浮島よろしく湾内のド真ん中、航路を避けて停泊しているマックスフリゲートの艦内――ミーティングルームでこぼすトーレに、ドゥーエは肩をすくめてそう答えた。
「ドゥーエの言うとおりだ。
 ドクターの配慮が効いているからこそ、我々は更生プログラムの受講だけで無罪放免なのだからな」
「それはわかっているが……」
 同意するチンクの言葉もわからないでもないが、すでに一般常識など十分に身につけている――うめき、トーレがもう一度ため息をつくと、
「っていうか……なんで私達、マックスフリゲートここに収容されてるんだろう……?」
 そんな疑問を口にしたのはディエチである。
「普通なら、管理局の施設に収容されそうなものなのに……」
「そのあたりの説明なら私が聞いている」
 そんなディエチに告げると、トーレは息をつき、彼女の疑問に答えてやる。
「簡単に言えば、戦力的な問題だ。
 今の管理局の戦力は、ドクターと柾木ジュンイチの思惑が図にあたりガタガタだ。
 ドクターがそう望んでいない以上、万にひとつもあり得ない話だが、“私達が反逆した場合”ということを想定した場合、現状の管理局の戦力ではとてもではないが止められない。
 そこで、唯一止められるだけの戦力を保有している機動六課、さらには柾木ジュンイチの目があるこのマックスフリゲートを収容施設として使うことになった……」
「ふーん……そうなんだ……」
 トーレの言葉に納得するディエチだったが、
「……と、いうのが表向きの理由だそうだ」
「………………?」
 そう付け加えたトーレの言葉に、ディエチは怪訝な顔で首をかしげた。今度はトーレに代わりチンクが彼女に説明する。
「今回の件、管理局の暗部が深く関わっている――当然、管理局の中にも、事件の全容を暴かれると困る者達もいる。
 そういった者達が我々に良からぬことを仕掛けてこないように――そういった意味でも、ここが収容施設に選ばれた……そういうことだ」
「私達を守るため……そういうことか」
「まぁ、もっとも……」
 今度こそ納得するディエチに答え、トーレはふと視線を動かし、

「…………重力恐い白い柾木ジュンイチ恐い重力恐い白い柾木…………」

「更生プログラムとか暗部とか、それ以前に、アイツのトラウマ克服の方が先決だと思うのだが」
『………………』
 両手両足をギプスで固め、半泣き状態で車椅子に座るクアットロを見ながらつぶやくトーレに対し、ディエチやチンクは無言で視線をそらす。
「私は特に不満はありません。
 早く更生プログラムを満了し、ドクターの元に戻らなくては」
「僕もだ。
 ディードのところに早く帰らないと」
 対し、セッテやオットーは更生プログラムに対して前向きのようだ。そんな二人の言葉に、トーレは「自分ばかり腐っていてもしょうがないか」と思い直し――
「あれ、ウーノ……それ、グリフィスくんに手紙?」
「えぇ」
 離れたところで、ウーノはひとり机に向かっていた――気づき、尋ねるディエチに対し、優しげに微笑みながらそう答える。
「ここにいても、こうして手紙を書いていれば彼とつながっていられるから……」
「『通信で話せばいいのに』なんて言うのは、ヤボなんだろうね、きっと……」
 とても楽しげなウーノの姿に、ディエチも微笑ましいものを感じながらうなずいて――

「…………そういえば、あの男のこともあったな……
 私達の姉を奪おうとする不届き者め……その想いが果たして本気なのか、ここを出たら私が直々に確かめてくれるわ。ククククク……」

『………………』
 こいつは更生プログラムが終わらない方がいいのかもしれない。
 それが、不穏な空気をまとい始めたトーレを前にした、(トラウマ状態のクアットロを除く)全員の共通見解だった。
 

「じゃあ、あの時……最後の最後でみんながパワーアップしたのは……」
「あぁ。
 ティアナの持つ“希少技能レアスキル”の仕業さ」
 そして話は、あの最後の戦いでの出来事について――尋ねるなのはに、となりを歩くジュンイチは小さくうなずきながらそう答えた。
「ティアナに、“希少技能レアスキル”が……!?
 でも、資質の検査じゃ……」
「当たり前だ。
 オレが厳重に封印してるからな……アイツの、関係してる記憶ごとな」
 なのはにそう答え、ジュンイチは自分の右手に視線を落とした。そこに炎を生み出し、続ける。
「アイツの能力は、影響圏内にいるヤツの持つ、潜在的な能力をムリヤリ引きずり出すことができる――ゴッドオンや“最後の切り札ラストカード”以上の発現率でな。
 言ってみれば、“潜在能力の強制的な完全解放能力”ってところか」
「潜在能力の……強制的な?」
 聞き返すなのはに、ジュンイチは無言でうなずいた。
「マスターコンボイのアースフォーム――ティアナとのゴッドオン時に見せた異常な魔力上昇も、その能力によるものさ。
 ゴッドオンによってティアナの潜在能力が引き出された結果、一時的に能力に関する封印が緩んじまったんだよ。
 で……あのアースフォームの過剰出力と、ひいてはマスターコンボイのオーバーヒートと魔力枯渇という結果につながった」
「それは……確かに問題ですね。
 引き出された力が加われば、扱える魔力は劇的に増す――アースフォームのように、扱いきれずに反動ダメージを受けることになる……」
 ジュンイチの言葉に眉をひそめ、つぶやくなのはだったが――
「そんな生易しいもんじゃねぇよ」
 彼女の抱いたイメージは、まだまだ“序の口”でしかなかったようだ。肩をすくめ、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「言ったはずだぜ――潜在能力を“ムリヤリ引きずり出す”“強制的な”完全解放だ、ってな。
 当人の意志に一切関係なく引き出されるんだ。当然、その“力”は当人の制御の外だ。
 『扱いきれるか』なんて次元の話ですらねぇ――扱うために干渉することすらできないんだからな。
 結果、引き出された自分の力によって自滅するしかない――故に、つけられた能力の名前が“暴走スタンピード”」
 物騒な名前を明かし、ジュンイチは軽く息をついた。となりを歩くなのはに向け、続ける。
「マスターコンボイのエナジースタンピード、けっこう使用頻度の低い技だけど、覚えてるか?
 やってることはアレと同じだ――ただ、ティアナのそれは敵味方関係なく、それも広域で発動しちまう。
 しかも、発動キーは脳ミソん中の無意識領域のド真ん中。理性で干渉できるところにないから、脳医学的な意味で制御不能。制御しようにもそもそもの取っかかり自体が存在しない。根本的に制御できるようにできてないんだよ。
 今までの話をまとめると、アレはみんなの力をブーストしてくれる素敵スキルなんかじゃない。
 レア度、危険度共にSSS級の無差別攻撃スキルなんだよ」
「……そのことを、ティアナには……?」
「まだ……言ってない」
「やっぱり……まだ話すには早いと思いますか?」
「あぁ。
 いずれは話すべきだろうが、今は……な」
 尋ねるなのはに、ジュンイチもまた表情を重くしてそう答えた。
「アイツはオレと修行してた頃から、自分の平々凡々としたスキルに対してコンプレックスを持ってた。
 お前らのおかげで吹っ切れたとはいえ、それもまだ最近の話。いつぶり返してもおかしくない……そこに『あなたには念願の“希少技能レアスキル”がありますよ』『けれどそれはみんなも巻き込む無差別攻撃スキルですよ』なんて話せるもんかよ。
 希望と絶望をセットでプレゼントするようなもんじゃねぇか」
「ですよねぇ……」
 ジュンイチの言葉に思わず顔をしかめるなのはだったが――ふと気づいた。
「…………あれ?
 でも、ユニクロン戦の時は、みんなティアナの能力で解放された“力”を制御して……」
「あの時は、みんな“普通”じゃなかっただろうが」
 なのはに答え、ジュンイチは自分の胸元に下げられた漆黒の宝石――待機状態の“蜃気楼”を軽く指で小突いた。それだけで、なのははジュンイチの言いたいことに気づいた。
「あ、そっか……“究極蜃気楼”……」
「正解。
 あの時、あの場にいた全員が全員、“究極蜃気楼”の効果で“力”の制御能力が異常なまでに上昇していた。
 それが、本来コントロールできないはずの、“暴走スタンピード”で解放させられた“力”の制御を可能にしていたんだ」
 言って、ジュンイチはふと空を見上げた。それでも歩調は落とすことなく、なのはのとなりの立ち位置をキープしたまま続ける。
「正直に言えば……あそこでの“暴走スタンピード”の発動はオレにとっても予想外だった。
 オレの主義に反する言い回しになるけど……アレは、最後まであきらめなかったみんなのがんばりが起こした奇跡、なんじゃないかな?」
「…………そうですね。
 うん、きっとそうですよ!」
 満足げにうなずくなのはに視線を戻し、苦笑すると、ふと思い出したジュンイチはなのはに尋ねた。
「そういえば……まだ半年くらい先の話だけど、六課が解散した後のみんなの進路志望って聞いてるか? 次の部隊の希望とか」
「え?
 そろそろ聞こうかな、とは思ってますけど……どうしてですか?」
「いや、ティアナの話で思い出したけど、アイツの……いや、フェイトもか。執務官志望組なんだけど……“Bネットウチ”の方で捜査官研修を受けさせたらどうか、って話が出てんだよ。
 主にライカやファイの主導でさ」
「そうなんですか?」
「まだ本決まりじゃなくて、調整中の段階だけど……あの二人がノリノリでさ、たぶん形になる。
 だから、アイツらの進路が決まってないようならツバつけといてくれ、って言われてたんだよ」
「そうなんですか……」
 答えるジュンイチの提案にしばし考え込み――「けど」となのはは顔を上げた。
「ジュンイチさん……ひょっとして、まだ聞いてないんですか?
 執務官志望、実はもうひとり増えてますよ?」
「はぁ?
 誰だよ? オレに『知らないのか』って聞くってことは……オレの近しい相手だろう? ギンガか?」
「ううん。
 ギンガじゃなくて……」
 

「はぁっ!?」
 それは一昨日の昼食時のこと。。
 ノイエ・アースラの食堂でその“案”を聞かされ、ティアナは思わず声を上げた。
「スバル……アンタ、“執務官志望に転向”って、本気!?」
「う、うん……」
 だが、ティアナの驚きももっともで――そんな彼女に、スバルは勢いも弱々しいまま、小さくうなずいた。
「ちょっ、アンタの夢だったレスキューはどうするのよ!?」
「あぁ、もちろんそっちもあきらめてないよ。
 ただ……」
 問い詰めるようなティアナに若干気圧されつつ、スバルは自分の手元に視線を落とした。
 手の中のカップでジュースの水面が揺れるのを見つめながら、続ける。
「あたし……今回の事件で、思ったんだ。
 あたしは結局、何も知らなかったんだな、って……
 自分達の周りは、たまにくじけそうになることはあっても、だいたい平和で……辛いことがあっても、ちゃんと助けられてる人達ばっかりで……
 だから、その平和の裏で、泣かされている人達が……助けられないまま泣き続けるしかない人達がいるなんて、考えもしなかった……」
 そして、スバルは顔を上げた。ティアナをまっすぐに見返し、
「けど、それじゃダメだと思うんだ。
 この仕事がやりたいから、この仕事のことしか考えない……そんな考えの人ばっかりになっちゃったから、管理局は、あんな風に歪んじゃったんじゃないかな、って……歪んでいくのに、誰も気づけなかったんじゃないかな、って……
 だから……あたしはもっと、あたし達の生きるこの世界のことが知りたい」
「それで……執務官?」
「う、うん……
 ダメ……かな?」
「い、いや、ダメとは言わないけど……」
 スバルの問いに対し、ティアナは思わず眉をひそめた。
 彼女の意図するところはわかった。共に今回の事件を戦い抜いた身として、賛同できないワケではないが……スバルの希望はある意味無謀とも言えるものだ。
 まず、執務官の試験自体が難しい。あのフェイトですら(なのは撃墜の一件による動揺があったとはいえ)2回も落ちた難関中の難関なのだ。
 しかも、今回の事件で地上本部だけでなく本局の方も組織運営の見直しが図られるはずだ。試験の難易度は、おそらく今まで以上に上がることだろう。
 仮に試験に受かり、執務官になったとしても、今度はスバルの本来の夢であるハイパーレスキューへの道。こちらもきわめて門戸の狭い難関資格なのだ。
 ハッキリ言ってしまえば、高望みもいいところだ。考え直した方がいいのではと口を開きかけたティアナだったが、
「いいんじゃないのか?」
 脇から口をはさんできたのはマスターコンボイだった。
「レスキューの分野でも、火災の原因究明のような“捜査活動”は存在する。
 そういう意味では、執務官になるかどうかはともかく、捜査スキルを身につけておくことは悪いことではない。
 執務官の資格を手土産にレスキューの道を志しても、遠回りになりこそすれ、ムダにはなるまい」
「だよね!?
 目指してもいいよね!? 執務官とハイパーレスキュー、両方!」
「まったく、この二人は……」
 無謀とも言える目標をあっさりと定めるスバルと、それをあっさりと支持するマスターコンボイ。猪突猛進な二人に、思わずため息をつくティアナだったが、
「結局……またしばらくは、おんなじ進路なワケね……」
 その口元には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
 

「……あ、アイツはまたとーとつな……
 …………そーいや、昔『魔導師になる!』って言い出した時も似たような感じだったな」
「はい。
 昨日、本人から相談を受けてビックリしちゃいました」
 なのはの話に妹の相変わらずぶりを察し、ジュンイチは右のこめかみを押さえてため息をつく――となりでうれしそうに笑うなのはに改めて尋ねる。
「で……ゲンヤのオッサン達はそのことを?」
「知ってます。
 午前中、私の検査のついでに相談に行ってきましたから……」
 

「んー……まぁ、いいんじゃねぇか?」
 ここは聖王医療院内のリハビリセンター。その一角で、なのはの話を聞いたゲンヤはあっさりとそう答えた。
 ブラスターの反動に関する検査のために訪れたなのははともかく、なぜゲンヤ達がそんなところにいるのか――それは無事にスカリエッティのアジトから救出されたメガーヌのリハビリのためだ。
 救出後、スカリエッティの手によってカプセルの中から蘇生、無事にルーテシアとの再会を果たしたメガーヌであったが、永いことカプセルの中で眠り続け、さらにクイントのように身体機能維持もされていなかった彼女の身体は著しく衰弱していた。
 日常生活を送れるようになるまでは永いリハビリが必要とされ、それ付き添いをクイントが引き受け、ゲンヤも最大限の協力を約束した。その結果がこの現状だ。
 もちろん、ルーテシアも手伝いを申し出てくれたが、今日はノイエ・アースラ、六課の方に顔を出している。ちょうどなのはとは入れ違いの形である。
 部屋の中央でクイントがマッサージでメガーヌの身体をほぐしているのを見守りながら、なのははゲンヤに尋ねる。
「止めないんですか?
 スバルの夢……とんでもなくハードル上がっちゃいましたけど」
「いいさいいさ。好きにやらせてやんな」
 しかし、ゲンヤはまたまたあっさりとそう答えた。
「若いうちは、多少無謀な目標の方がちょうどいいってもんよ。
 高町の嬢ちゃんだって、そうだったんじゃないか?」
「そう……なのかな……?
 私の場合、まだ嘱託の身ですけど教導隊で働かせてもらってますし、もう叶っちゃったようなもの、なのかな……?」
 ゲンヤの言葉に思わず首をかしげるなのはだったが、
「だったら、また次の“夢”を見ればいいじゃない」
 そう答えたのは、話が聞こえていたのか、メガーヌのとなりで声を上げたクイントだった。
「たとえば……ウチのジュンイチに勝つ、とか」
「そ、それは……また、めざし甲斐があるというか……」
 またハードルの高い目標をあっさりと――クイントの言葉に、なのはは思わず苦笑するしかなかった。
 

「へぇ……言ってくれるじゃねぇか」
「わ、私が提案したんじゃないですからね!?」
 なのはの“夢”のくだりを聞いたとたん、ジュンイチのまとう空気がプレッシャーに変わる――あわてて弁明するなのはだが、
「そーだよなー。
 結局、あのラストバトルでもオレに負けたんだし」
「むっ…………
 あれは負けてないですよ。私の勝ちです」
 それでも、あっさりと「自分の負け」と言い切るジュンイチには思わず口を尖らせて反論する。
「何言ってやがる。オレよりダメージ深かったクセに。
 クラールヴィントに“究極蜃気楼”の効果が残ってなかったら、今でも病院のベッドのお世話だぞ、お前」
「あの時先に意識戻ったのは私ですよ?
 ダブルノックダウンからの判定で言うなら、私の勝ちじゃないですか」
「戦闘能力残ってなかっただろうが。
 その点、オレは気がついてからでもまだまだ戦えたからな。
 気がついても戦えなくちゃ意味はねぇ――したがってアレはオレの勝ち♪」
「いーえ、私です!」
「オレだ!」
「私!」
「オレ!」
 互いにムキになり、顔をつき合わせて自分の勝ちだと主張する――しばしにらみ合う二人だったが、やがてどちらともなく吹き出した。互いに笑いながら顔を引っ込める。
「なんか、こーゆーバカ言ってられるのも、平和になった証拠、ってヤツかね……」
「ですね」
 ジュンイチの言葉に答え――なのはの顔から不意に笑顔が消えた。
 マジメな――というかどこか不安げな様子でジュンイチに尋ねる。
「……ねぇ……ジュンイチさん……」
「あん?」
「これから……世界はどうなるのかな……?」
「さぁな」
 対し、ジュンイチの答えはあっさりとしたものだった。
「オレも……ここから先はこの世界に暮らす人達に丸投げのつもりだったからな。
 ここから先はこの世界次第だ」
 肩をすくめててなのはに答え――「でも」と前置きしてジュンイチは続ける。
「少なくとも……言えるのは、誰にとっても他人事じゃないってことだ。
 今回の事件は……この世界の、いや、管理局社会の中ならどこの次元世界でも起こり得る、そういう火種から始まったんだから……」
「そう、ですね……」
 ジュンイチの言葉にうなずき、なのはは頭上に広がる青空を見上げた。
「きっと……みんなが考えなきゃいけないんですよね……
 本当に幸せになりたいなら、自分達が、どうするべきなのか……
 自分達が、どうやって世界と向き合っていかなきゃならないのか……」
 

「…………はい。
 今日の聴取はこまでにしましょう」
「お疲れさまです」
「うむ」
 息をつき、告げるフェイトやはやての言葉に、対面する席に座るゼストは静かにうなずいた。
「ご協力、本当にありがとうございます。
 おかげで、事件の解明も急速に進んでいます」
「そうか……
 死んでいった部下達も、これでようやく、安心して眠れるだろうな……」
 礼を言うフェイトの言葉に答えるゼストの言葉に、その場にしんみりした空気が漂い――
「何バカぬかしてやがる」
 あっさりとそう言い放ったのは、どういう風の吹き回しかこの場に“おとなしく”同席していたブレードである。
「ンな気にするまでもないことをグヂグヂと……」
「ぶ、ブレードさん、そういう言い方は……」
《ゼストさんがかわいそうです!》
「だってそうだろうが」
 あわてて止めようとするはやてリインに答え、ブレードはゼストへと向き直り、
「てめぇらがやられたっつー戦いで、てめぇの部下達は何のために戦った?
 てめぇらを守るために戦ったんじゃねぇのかよ?
 そのてめぇらが生き延びたんだ――ハナから安心して眠ってるに決まってんだろうが」
「…………そうかもな」
 ぶっきらぼうながら確かな想いの込められたブレードの言葉に、ゼストは苦笑し、息をつく。
 一方で、フェイトやはやて、リインはそんな二人に顔を見合わせ――
《兄貴の――バカぁーっ!》
 そんな空気をぶち壊し、ブレードの後頭部に蹴りを叩き込んだのはアギトだった。
「……何すんだよ?」
《いつもいつも言ってるだろ! もうちょっと言い方ってもんを考えろよ!
 どうして何を言うにもケンカ腰なんだよ!? そんなにケンカがしたいのかよ、兄貴は!?》
「そうだけど?」
 あっさりと返され、アギトは思わず頭を抱える――そんな彼女を指さし、
「で? オレはいつまでコイツを預かってりゃいいんだ?」
《兄貴!?
 あたしはいらないっていうのかよ!?》
「てめぇがオレのトコに来たら、ゼストのオッサンはどうするんだよ?
 今まで世話し合ってたんだろ? ハッキリさせとくべきところだろうが、ここは」
《あ、そっか……》
 反論にあっさりと返し、アギトは思わず納得して――
「お前と共にいた方が、アギトも腕の振るい甲斐があるだろう」
 そんなアギトを見つめながら、ゼストはブレードに答えた。
「お前さえよければ……これからもアギトを、お前のそばにおいてやってほしい」
《けど、旦那!》
「心配するな。
 オレなら大丈夫だ。今は満足な治療も受けられているしな」
 思わず声を上げたアギトに答え、ゼストは目の前に舞い降りてきた彼女の頭をなでてやる。
「お前がいなくても、必ず復帰してみせる。
 そして……お前達と腕を競える日が来るのを、楽しみにしているぞ」
《旦那…………!
 ……あぁ! そん時は、相手が旦那でも容赦しねーからな!》
 ゼストの言葉に、アギトは元気にうなずいてみせる――そんな二人の姿に、フェイトとはやては笑いながら肩をすくめ合うのだった。
 

〈…………イクト、そっちはどう?〉
「順調だ。
 ザインの遺したはぐれ瘴魔達は、今のところおとなしくしている」
 展開されたウィンドウに姿を見せ、尋ねるライカに対し、イクトはクラナガンの一角、とあるビルの屋上でそう答えた。
「そっちも、逮捕した瘴魔獣将の処遇は求刑通りに決まったんだろう?」
〈えぇ。
 瘴魔獣将達はみんな別々の軌道拘置所へ。能力に封印をかけられた上で厳重に収監されるって。
 けど……〉
「わかっている。
 ディセプティコンのことだな」
 聞き返すイクトの言葉に、ライカは真剣な表情のままうなずいた。
〈あの後、逮捕したディセプティコンの幹部級、全員が外からの襲撃で奪還された……
 でも、戦いの中で姿を消したバリケード達の実力じゃ、とてもじゃないけど……〉
「他に手引きしたヤツがいる……か……
 しかも、かなりの使い手が……」
 ライカに答え、イクトは頭上を見上げ、つぶやいた。
「あまり、信じたくはないのだが……やはり、視野には入れなければならないか。
 “あの男”があの場を生き延びていたという、その可能性……」
 

「…………大丈夫か?」
「えぇ。
 おかげ様で、もうすっかり回復です」
 再生カプセルから出て、身体の調子を確かめる――尋ねる“主”に、ボディの修復のすんだブラックアウトは拳を握りしめながらそう答えた。
「では、全員そろったな」
「あぁ」
 傷が癒えたのは彼だけではない。ジェノスクリームにジェノスラッシャー、ショックフリートやレッケージもいる――バリケード達も含めた一同は、“主”に向けて一様にひざまずいた。
「この度は我らを救っていただき、ありがとうございます――」
 

「マスターギガトロン様」
 

「当然のことをしたまでだ」
 代表して謝辞を述べるジェノスクリームに対し、マスターギガトロンはぶっきらぼうにそう答えた。
「お前達はオレの“作品”であり……“部下”なのだからな」
 そのまま、ひざまずく彼らの間を抜け、アジトにしている洞窟から外に出る。
 そこに広がる青空を見上げ、ひとりただ静かに、思いを馳せる。
(マスターコンボイ……
 オレには貴様の生き様を認めることはできん。
 どんなに世界が変わろうとも、オレが目指すのはただひとつ、デストロンの破壊大帝の座を取り戻すことだ。
 だが……)
 背後に気配を感じ、振り向けば、自分を追って外に出てきたジェノスクリーム達がいた。
 そんな彼らにまるでカルガモの親子のようだと苦笑し、思考を続ける。
(ただひとりで君臨したところで、そんな地位には何の意味も、価値もない。
 “統べる者”、すなわち“大帝”……部下を率い、君臨してこその大帝の座だ。
 だからこそ、オレはコイツらを従える。だからこそ、オレはコイツらを守る。
 それが“大帝”ではなく“守る者コンボイ”に通じる選択だと言うのならそれもよかろう。
 それでもオレは、“守る者コンボイ”にはならぬ。
 たとえオレの行いが“守る者コンボイ”のそれであろうと……オレは君臨することをやめはしない。
 たとえ、世界がオレをどう評価しようと……オレは大帝として、必ずやこの世界に君臨してみせる。
 機動六課――貴様らとの勝負は、再起の時まで預ける。
 最後に勝つのは――このオレだ)
 

「ザインによってミッドチルダで暗躍した瘴魔は壊滅、残党もイクトさんがまとめてるけど……」
「いかにヤツと言えど、そのすべてを掌握はできまい。
 ヤツの統括を逃れた者だけでなく、今回の戦いで世界に散った瘴魔力の残滓により、新たに自然発生する者達もいよう――瘴魔による事件は、今後もまだまだ続くだろうな」
 ノイエ・アースラ内、アナライズルーム――半ば事務的にそう状況を説明するアリシアに対し、ヤミは相変わらず偉そうにそう答えた。上から目線に呆れるアリシアにかまわず自分の分の羊かんを切り分け、口に運ぶ。
「えー? どういうことー?」
「つまり、すべてがスッキリ片づいたワケではないということです」
「管理局内の浄化も、一朝一夕で終わる問題じゃないしねー」
 まんじゅうを次々にほおばり、口元をあんこまみれにしたライに答え、セイカは彼女の口元をぬぐってやる――そんな二人に苦笑しつつ、クロエもポリポリとポテトチップスをかじる。
「ディセプティコンにも逃げられたワケだし、それをやったのがマスターギガトロンだとすれば、ディセプティコンは遠からず復活する……」
「地上本部の中の大掃除ができただけでも、今回はまずまず、ってところかな?」
「ふむ。塵芥どもの働きにしては上出来だな。
 …………む。ここは茶の代わりも出ないのか。
 代わりだ。代わりを持て」
「………………っつーかさぁ……」
 イリヤや美遊に答え、茶の代えを要求するヤミの言葉に、背後から声が上がる――トレイに人数分の茶を注いだコップを並べた鷲悟だ。
「てめぇらもちったぁ手伝え!
 オレはお前らの給仕じゃねぇぞ!」
「鷲悟さんが用意するより格段に味のレベルが落ちるけど?」
「よし、オレがやろう。
 マズイ茶を出されるよりはマシだ」
 アリシアの言葉にあっさりと納得し――ふと鷲悟は尋ねた。
「そーいや……その辺の話題で一番危険なウチの愚妹はどーしたよ?」
「あぁ、あずささん?
 ヴァイスくんを、家族のところに引きずってった」
「家族……って、母さんやオレ達はもう周知だろう?
 父さんのところにでも連れてったか?」
「ううん」
 聞き返す鷲悟だったが、アリシアはそんな彼に対し首を左右に振り、
「ヴァイスくんの家族のところ」
「…………は?
 ヴァイスを……ヴァイスの家族のところに?」
 

「こんにちは。
 ラグナちゃん……だよね?」
 不思議そうに自分を見上げるのは、片目を眼帯で覆ったひとりの少女――対し、あずさは彼女の前にしゃがみ込み、笑顔でそう語りかけた。
 彼女はラグナ・グランセニック――ファミリーネームを聞けばわかるとおり、ヴァイスの“妹”である。
「あたしは柾木あずさ――ヴァイスくんの“お友達”だよ。
 よろしくね?」
「は、はい……」
 言って、手を差し出してくるあずさの手を、ラグナは戸惑いながらも握り返した。
 ラグナはこれで聡い子である。あずさの告げた「“お友達”」というその言葉に込められた微妙なニュアンスを読み取り、自分の兄は彼女にとって特別な存在なのだろうということはなんとなく察していた。
 しかし、彼女の戸惑いの原因はそこではなく――
「あの……
 どうして、お兄ちゃんはバインドで縛られて転がってるんでしょうか?」
「だって、あたしが『ラグナちゃんに会いたい』って言い出したら、全力全開で嫌がるんだもの」
「………………っ」
 もう観念しているのか、足元からの抵抗はない――しかし、あずさの言葉でヴァイスの表情がくもったのを、ラグナは見逃しはしなかった。
「あ、あの、それは仕方ないんです。
 だって、お兄ちゃん、私を……」
 だから、彼女の口から出てくるのは兄をフォローする言葉――しかし、そんな彼女の言葉を、あずさは彼女の唇に自分の人さし指を押し当てることでさえぎった。
「知ってるよ。
 ヴァイスくんの……誤射なんだよね」
 言って、あずさがなでてやるのは眼帯で覆われたラグナの片目――優しくなでてやりながら、あずさはかつて確認したヴァイスの経歴を思い返す。
 それは6年前のこと。ある事件において、ラグナは犯人に捕まり、人質にされた。
 そして、何の因果か、その事件で犯人の狙撃を担当したのがヴァイスだったのだ。
 本来は事件に身内が関わっている場合は任務から外すのが常道ではあったが、不幸にもその時点で事件に回せるスナイパーが彼以外になく、仕方なくストームレイダーを手に取ったヴァイスであったが――やはり身内が人質にされていては冷静な狙撃などできるはずもない。
 結果、ヴァイスの狙撃はミスショットとなり、ラグナの片目から光を奪う形となってしまったのだ。
 ヴァイスが六課でヘリパイロットに徹していたのも、そういった経緯があってのことだったのだが――
「大丈夫だよ」
 それでも、あずさは笑顔でそうラグナに告げた。
「ヴァイスくん、ラグナちゃんの目のこと、ずっと気にしてた。
 そのせいで、スナイパーの道をあきらめなきゃならなくなったくらい……
 でもね――ヴァイスくんはそれでも撃ったんだよ。
 機動六課の隊舎を守る戦いで……ラグナちゃんと同じくらいの年の女の子を守るためにね」
「え………………?」
 あずさの言葉に、ラグナが声を上げる――当のヴァイスはと言えば、気まずさ全開で先ほどから視線をそらしっぱなしである。
「大丈夫。
 ヴァイスくんも、きっと変わっていける。
 ラグナちゃんとの関係も、きっと元通り――ううん、前よりもよくなっていけるはずだよ。
 だって――」
 

「あたしが好きになった人と、その素敵な妹さんなんだから♪」

 

「世界がどうなるか――なんて、そんなの、誰にもわからない。オレだって“予想”くらいだよ、できるのなんて。
 でもさ……」
「ママぁーっ! パパぁーっ!」
 告げるジュンイチの言葉をさえぎったのは、彼らの“娘”の声――二人の姿に気づき、ヴィヴィオがパタパタと駆けてくる。
 あの事件の後、ヴィヴィオに埋め込まれていた“レリック”はすぐに摘出された。今ではすっかり元通り。元気な、ただの女の子である。
 そして、そんなヴィヴィオに付き添っていたのはマグナだ。彼女もまた、奪還した身体に意識を戻し、再び“人”としての生を取り戻していた。
「まったく……すっかりヴィヴィオの親よね、“二人とも”」
「ま、マグナさん……」
 暗に二人とヴィヴィオとの関係よりもなのはとジュンイチの関係についてツッコんでくるマグナの言葉に、なのはは思わず顔を赤くするが、
「………………?
 どうした?」
 ジュンイチは相変わらずだ。なのはの変化に気づかず、不思議そうに首をかしげてみせる。
「…………まったく、相変わらずこっちはからかい甲斐がないわね。
 で……何を話してたの?」
「あぁ、そうですね。
 これから、この世界がどうなるか、って話を……」
 ジュンイチの鈍感ぶりにからかうのをあきらめたマグナの問いに、なのははこれ幸いと乗っかることにした。ヴィヴィオを抱き上げ、マグナに答える。
「ふーん……難しい話ね……
 今回の事件で、世界は管理局に依存していた自らを見直し、“自分達で考えること”の取っかかりをつかんだ……
 けど……それは今までの世界のシステムを真っ向から否定するものでもある。
 間違いなく、これから先、世界のシステムは大きく変わる……そういう意味では、本当にこの世界が試されるのは、これからなのかもしれないわね」
「えぇ……」
 マグナの言葉はこれから先この世界が進むことになる“道”を覆う暗闇を的確に言い当てていた。思わずなのはもマジメな顔でうなずくが、
「けど……」
 ポツリ、と口を開いたのはジュンイチだった。
「まぁ、何だ……なんとか、なるんじゃないか?」
「…………そうですね」
 なのはがうなずき、彼女達は目当ての場所に辿りついた。
 そこから見渡せるのは、機動六課隊舎施設の中でもいち早く復旧を果たした訓練場で――
 

「それじゃあ……午後からは参加チーム総対抗でガッツリ模擬戦だ!
 いつも通り、負傷の手当てと訓練場の再設定以外は休みなしのノンストップでいくぞ!」
『はいっ!』
 ロボットモードのマスターコンボイに答え、スバル達は一様に自らのデバイスを起動させる。
「スタート地点は全チームここからだ!
 一度離脱して体勢を立て直すなりそのまま相手チームをつぶしにかかるなり、そこは各チーム好きにしろ!」
「まったく……なのはさんとは別の意味でスパルタな教導だよね、マスターコンボイって」
「どっちかっていうと……お兄ちゃん寄り?」
「まぁ、あたしらはこっちの方が好みだけどな」
 ルールを確認するマスターコンボイの姿に、つぶやくこなたの言葉にあずさやノーヴェが答える一方で、
「お姉ちゃん、負けないよ!」
「スバル、言われてるわよ」
「わかってるよ、ギン姉。
 あたしだけって負けないよ、ホクト!」
 ホクトがスバルに宣戦布告――ヒジで小突いてくるギンガに促され、スバルも笑顔でホクトに応じる。
「あたし達はこれが終われば学校に復学。しばらく来れなくなっちゃうからね……
 今回ばっかりは、勝ち星取らせてもらうわよ、ティアナ! ウェンディ!」
「上等っ!」
「やれるものならやってみるっスよ!」
 他の面々もやる気は十分。かがみの言葉にティアナやウェンディが答え、
「オレ達だっているんだぜ!」
《暴れるよーっ!》
「姫! ゴッドオンが必要な時はいつでも呼ぶでござるよ!」
 ロードナックル兄弟やシャープエッジが告げ、GLXナンバー達もスバル達と共にかまえる――
 

「あんな気持ちのいい子達が、守ってくれる世界なんですから……」
 なのはの言葉に、ジュンイチやマグナは無言でうなずいた。それを受け、なのはは一同に向けて声を上げた。
「じゃあ、開始の合図は私から!
 みんな――いくよ!」

 

 

「――――始めっ!」

 

 

 

 

 

「いくよ――マスターコンボイさん、みんな!」
『了解っ!』
 

夢や願いが――
 

「やらせるもんか!
 勝つのは私達カイザーズだよ!」
『うんっ!』

 

未来への道を切り拓き――

 

「絶対負けないもんっ!」
「ナンバーズの底力、見せてやろうぜ!」
『おぅっ!』

 

 

世界は今日も、紡がれる――

 

 

 

 

 

『Stand by Ready!』

 

 

『ハイパァーッ!』

 

 

 

 

『ゴッド、オン!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■SPECIAL THANKS■
(50音順/敬称略)

アキッキー

イクス

ヴァイスロンド

ヴェルナー

海野まどい

N氏

M.O.

炎螺

オーガス

オプtea升

ki

休日充実

九尾

月蝕仮免

ゲロロ軍曹

鋼我

コルタタ

残影剣

三流技士

ジ・アース

遮那双樹

十崎北斗

ショウ

JIN

水晶

ストライカーズネクスト

ZURA

ゼロ

ソラ

DarkMoonNight

ダークレザード

大木

タカちゃん

takeru

TATARI

takku

タツノコースケ

地狼

ツバサ

デルタプラス

DRAGONIC

バオウの使徒

花岡朗

ハヤト

光の風

HIL

プックン

ヘルズコンボイ

放浪人テンクウ

摩天楼

ミナルーシェ

夢想

紅葉

紅葉・ノックス

山田恵資

YOYO

龍蛇

琉維

ruhewint

AND ALL READERS...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

See you, Next Episode....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


新連載予告

 

 

『GM』シリーズ

NEXT PROJECT

 

「嘱託魔導師・蒼凪恭文さん。
 あなたに時空管理局・遺失物管理部“機動六課”への出向を依頼します」

 

SPECIAL THANKS

コルタタ
(敬称略)

 

「……リンディさん、正直に答えてくださいね?

 

 みんな……そんなにヤバかったんですか?」

 

――“古き鉄”、参戦――

 

「それで? その新メンバーというのは?
 まさかとは思うが、またひよっこではあるまいな?」

 

――そこで出逢うのは、無限の可能性を秘めた鋼鉄の守護者――

 

「蒼凪恭文……だな?」

「え…………?」

 

――二人の出逢いが、新たな物語の始まりを告げる――

 

 

 

『Dream☆Laboratory』
×
『とある魔導師と古き鉄のお話』

 

 

2010年7月3日

 

『ゴッド、オン!』

〈Saber form!〉

 

サイトを超えて――オレ達、参上っ!


 

(初版:2010/06/26)