「どう? みゆき、つかさ」
「ダメですね……
かなり感度を上げてサーチしてるんですけど……」
「ゴメン、お姉ちゃん。
こっちもダメ……」
尋ねるかがみだったが、成果は芳しいものではない――本型の“ブレイン”と腕輪型の“ミラー”、起動状態のそれぞれのデバイスを手に、みゆきとつかさは力なく首を振った。
彼女達は現在駅前を離れ、主要道路沿いに“古代遺物”の探索を行っていた。
「ひょっとしたら、この辺りにはないのかもね……」
「めんどくさいなー、もう……」
つぶやくかがみの言葉に、こなたは早速退屈そうにため息をつき、
「多少粗くても、一気に広域サーチをバーッ! とかけちゃった方が早くない?
つかさのサポート一辺倒のミラーはともかく、ブレインのスペックなら楽勝じゃない?」
「それはナシ。
そんなことしたら、一発で管理局のチームに見つかっちゃうよ」
ボヤくこなたをたしなめるのは美遊だ。うなずき、イリヤもまたこなたに告げる。
「私達の今回のミッションは、あくまで“秘密裏に”管理局をフォローすること。
私達が手を出すことなく終わるのが一番理想の形なのは、こなた達もわかってるでしょ?」
「そうよ。
そもそも、私達のデバイスはこういう探索には不向きなんだから――ただでさえ二人に任せるしかないってのに、ワガママ言うんじゃないわよ」
「んー、まぁ、わかってるけどさ、やっぱじれったいじゃん?」
かがみの言葉に対しても、こなたは悪びれることもなくあっさりとそう返してくる――“叱るかがみと受け流すこなた”という、日常と何ら変わることのないその姿に、イリヤは思わず笑みをもらす。
「あ…………
すみません、恥ずかしいところを見せちゃったみたいで……」
「いいよいいよ。
むしろ安心したかな? 私としては」
そんなイリヤの視線に気づき、慌てて謝るかがみだったが、イリヤは笑いながらそう答える。
「変に意識して、張り詰めちゃうよりもよっぽどいいよ。
まぁ、逆に気を張らなさ過ぎても困るけど……そういう意味じゃ、こなたとかがみってベストな組み合わせだと思うよ」
《そうですねー♪
ちょうど、10年前のイリヤさんと美遊さんみたいなものですか》
「…………ルビーは少し黙っててくれるとありがたいかな?」
イリヤのジャケットのポケットから顔を出し、ツッコむのは待機モードのルビーだ。ぷうと頬を膨らませてイリヤがうめくと、つかさが美遊に尋ねた。
「そうだったんですか?」
「あ、いや、えっと……」
つかさの問いに美遊が答えに窮していると、
《方向性は多分に異なりますが、『正反対』という意味では確かに同じような感じでしたね》
答えた声は美遊の上着のポケットから――顔を出してそう答えたのは、ルビーと同じような、しかしルビーとは微妙にデザインを異とする存在だった。
《直感的なイメージングで魔術を行使するイリヤ様と違って、美遊様はとにかく理論的に術式を組むタイプでしたから。
何しろ、飛行魔術をマスターしようとした時など、『人は飛べません』と言い切った上、術式の構築に航空力学を引き合いに出し、結果仕上がったものは『飛行』など名ばかりの、義経の八艘跳びも真っ青な跳躍空間戦術という有様で……》
「さ、サファイア、そのくらいで……」
“ルビーのソックリさん”改めサファイアの言葉に、美遊はオロオロしながら制止の声を上げる――いかにクールビューティーで通っていようと、過去の失敗談をバラされるのはやはり恥ずかしいものなのだ。
《まぁ、結果として頭のいい美遊さんとおバカキャラのイリヤさんとでバランスが取れていましたからね。まさに結果オーライというヤツですね》
「ちょっ、人を勝手におバカキャラにしないでよ!
そーゆートコは10年前から変わんないよね、ホントにもうっ!」
思わず口をとがらせ、イリヤはルビーに言い返し――
「…………って!?」
ルビーをポケットに押し込み、顔を上げたその拍子に、車道をはさんだ反対側の歩道を歩く一団に気づいた。
「……イリヤさん?」
「ち、ちょっと待った!
話はとりあえずここから離れてから、ね?」
首をかしげるこなたに答え、イリヤは一同を連れてそそくさとその場を後にする。
「ルビー。
私達の魔力、ちゃんと隠れてるよね?」
《ジャミングは完璧ですよー♪
ついでに気配もカットしてますから、後は直接正面から出くわさない限り、誰かに見つかったりはしないでしょうね?》
「そっか……
なら、大丈夫かな?」
「どうしたの、イリヤ?」
ひとりで納得するイリヤに美遊が尋ね――イリヤは答えた。
「反対側の歩道に……フェイトとシグナムさんがいたの」
「えぇっ!?」
思わず驚きの声を上げる美遊にうなずくと、イリヤはため息まじりにつぶやいた。
「『管理局の部隊も来る』とは言われてたけど……機動六課が来るなんて聞いてないよ、もう……」
〈イリヤ達をこなた達に引き合わせたのは貴様の差し金か? 柾木〉
「まぁね」
作業中のため、通信は音声のみ――インカム越しに尋ねるその声に、ジュンイチはコードが束となってつながれた端末の画面をのぞき込みながらあっさりとうなずいた。
いくつか数値を打ち込み――表示された結果を元に作業スペースの奥にもぐり込んで調整を加えながら続ける。
「こっちの関与を気取られるワケにいかない機動六課とは事情が違うんだ。
暗躍組同士、顔合わせしといた方が後々連携をとりやすくなるだろ」
〈それならそれで、こちらにも連絡しておけ。
こなた達から問い合わせが来た時には本当に驚いたぞ〉
「ア、ワルイ、ワスレテタ」
〈要するに、驚かせ目的でワザと黙っていたワケか〉
棒読みの謝罪に対してすかさずツッコみ――通信相手はため息をつき、
〈まったく……
オレにもプランの全体を伝えず、あちこち動かして……そんなことをしてまで、貴様は一体何がしたいんだ?〉
「そんなの、言わなくてもわかってるだろ?」
〈……むぅ……〉
「そんなワケだから、引き続きこなた達の方のミッションの指揮、頼んだぜ」
〈………………了解だ〉
ムスッとした様子の声と共に通信が切れて――ジュンイチは作業の手を止めた。
「そう……言わなくてもわかってる。
オレはスバル達を守る。
たとえ遠くからでも……どんな手段を使ってでも。
そして――」
「すべてを、取り戻す」
第12話
“影”の片鱗
〜国守山の再会〜
〈ロングアーチから、スターズ、ライトニング、ゴッドアイズへ。
さっき、教会本部から新情報が届きました〉
捜索開始からしばらくが経ち――シャマルからの通信が状況の進展を伝えてきた。
〈問題の“古代遺物”の所有者が判明しました。
『運搬中に紛失した』とのことで、事件性はないそうです〉
〈本体の性質も逃走のみで、攻撃性はなし。
ただし、『大変に高価なものなので、できれば無傷で捕らえて欲しい』とのこと〉
「簡単に言ってくれるな」
シャマルの後に続くはやての言葉に、マスターコンボイはため息まじりにうめいた。
「ただひたすらに逃げる相手を傷つけずに捕らえるということが、どれだけ困難か――その“所有者”とかいうヤツ、絶対わかってないだろ。
『窮鼠猫を噛む』ということわざもある――しかも相手は“古代遺物”だぞ。追い詰めたことで、こちらの把握していない未知の機能が発現する可能性だって皆無ではないだろう」
〈あはは……そこは依頼人と労働者の悲しい力関係ってことで。
まぁ、気ぃ抜かずにしっかりやろう〉
「……言いたいことは多々あるが、了解だ」
マスターコンボイの言葉に苦笑し、はやては通信を終え――なのはは車内の一同を見渡し、
「……ちょっと、肩の力は抜けたかな?」
《はいです……》
「ホッとしました……」
「うん……」
なのはの言葉に息をつき、つぶやくリインとスバルにティアナが同意し――
「肩の力は抜いても気まで抜くな、この阿呆ども」
「わ、わかってるわよ!」
口をはさんでくるマスターコンボイの言葉に、ティアナがムッとして反論する。
《まったく、相変わらずの二人だよねー》
《ですねー》
そんな二人の姿にプリムラとリインが苦笑すると、
「………………む?」
マスターコンボイが何かに気づいた。突然スピードを落とし、路肩に停車する。
「……マスターコンボイさん?」
「…………すまん、少し降りてくれ」
首をかしげるなのはに答えると、マスターコンボイはなのは達を降ろし、
「悪いが、オレは少し別行動を取らせてもらうぞ」
「どうしたんですか……?」
「寄っておきたいところができた」
そうスバルに答え、マスターコンボイはそのまま走り去っていってしまった。
「何よ、アイツ……
あんなこと言って、サボりたいだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことないよ、きっと……」
そんなマスターコンボイの態度に憤慨し、声を荒らげるティアナにスバルが弱々しくも弁明の声を上げると――
「…………もしかして……」
マスターコンボイの後ろ姿を見送るなのはは、その方角からふとある可能性に気づいた。
「ねぇ、スバル、ティアナ……」
「はい?」
「何でしょうか?」
つぶやきを聞きつけ、振り向くスバルとティアナに対し、少しイジワルそうな笑顔で尋ねる。
「……確かめに、行ってみようか?」
『え…………?』
「ふーん……」
アリサのコテージに設置された捜査本部――ウィンドウに表示されたデータに目を通し、はやては小さく息をついた。
「何見てるんですか?」
「すずかちゃんがくれたデータや」
尋ねるシャマルに答え、はやてが転送したそのデータの中身は――
「これ……ノイズメイズ達の?」
「そ。
ノイズメイズ達が引き連れてる量産型トランスフォーマー、“シャークトロン”のデータや」
シャマルがつぶやくかたわらで、はやてはそう答えると自分のウィンドウへと視線を戻した。
分類としてはビースト系、いや、モンスター系か。ずん胴の魚に手足が生えたようなそのビーストモードは、“シャーク”と言うより“半魚人”に近い。
トランスフォームのパターンも、その口を開き、中にあるロボットモードの頭部を露出させるだけの簡単なものであり、全体にシンプルなシステムにまとめられている感じがする。
「動力系は擬似スパーク……
はやてちゃん、これって……」
「うん……
10年前に戦った、ノイズメイズ達の量産タイプと同じや。
どうやら、シャークトロン達はあの量産型の技術ノウハウを元に生まれたものみたいやね」
言って、はやては改めて息をつき、
「にしても……さすがはすずかちゃんやね。
今のところ、ノイズメイズ達は関東の方ばっかりで、海鳴の方には顔出しとらんのに、ここまでデータを集めてきてくれてるんやから」
「そうですね。
でも……」
「うん……」
自分と同じことを考えていたのだろう――つぶやくシャマルの言葉に、はやては沈痛な面持ちでうなずき、続ける。
「このデータを回してくれた、ってことは……たぶん、すずかちゃんも気づいとるんや……
危険性はなくても“古代遺物”は“古代遺物”……それを狙って、ノイズメイズ達が現れる可能性は十分にある」
そう言いながらため息をつき――はやては天井を仰いでつぶやいた。
「……思っとったよりも……荒れるかもしれへんな、今回のお仕事は……」
「ここか……」
目的地に到着し、ロボットモードへとトランスフォーム――2階建ての、それなりの大きさの住宅を前に、マスターコンボイは息をついた。
ここのことを思い出し、なんとなく来てみたが――考えてみれば、昔の自分ならばここに来ようという考えすら思い浮かばなかったに違いない。人間だけではない。トランスフォーマーも変われば変わるものだと思わず苦笑する。
ともかく、こんなところで突っ立っていてもしょうがないと、門扉の呼び鈴へと手を伸ばし――トランスフォーマーの自分の指では太すぎてボタンを押せないことに気づいた。
ヒューマンフォームになればちょうどいいのだろうが、自分からあの子供の姿に変身するのははやての思惑に乗ってしまうようでなんだかイヤだ。どうしたものかとしばし考えていると、
「………………あら?」
そんな彼に気づいた者がいた。
「ウチに何か御用ですか?」
彼がトランスフォーマーであることにも一切動じることなく声をかけてくるのは、10年前にも顔を合わせたことのある相手で――
「……槙原、愛か……」
「はい?」
その名をつぶやくマスターコンボイに対し、槙原愛は不思議そうに首をかしげて見せる。
と――――
「…………む?」
先に気づいたのはマスターコンボイだった。顔を上げた視線の先――道路沿いの茂みの中から、それはゆっくりと姿を現した。
漆黒に染め抜かれた、ライオン型のトランスフォーマーだ。
そして、彼に続く形で同じく黒系のカラーリングで統一された狼型のトランスフォーマーも現れて――
「ダークライガージャック、ダークファングウルフ……
……いや、今はライガーノワールとファングノワールと名乗っているんだったな」
「え…………?」
現れた二人を――ライガーノワールとファングノワールをかつての名で呼んだマスターコンボイに対し、彼の正体に未だ思い至っていない愛は再び首をかしげ――
「マスター、メガトロン……」
「えぇっ!?」
ライガーノワールのつぶやいた名前に、愛は思わず声を上げた。マスターコンボイへと向き直り、尋ねる。
「ま、まさか……マスターメガトロンさんですか!?」
「……この姿になって2ヶ月、久しぶりにまともに驚かれた気がするな」
思えば、新生してすぐになのはに驚かれたきりではないだろうか――苦笑し、マスターコンボイは驚く愛にそう答えて肩をすくめて見せた。
「……やっぱりね」
そこから少し離れた、マスターコンボイ達からは死角となる曲がり道の影――身をひそめてマスターコンボイ達の様子をうかがい、なのはは満足げにうなずいた。
「そっか……
マスターコンボイさん、昔の仲間のトランスフォーマーに会いに来たんだ……」
「昔の部下にあいさつ回りってワケ?」
そんな殊勝なことをするヤツだっただろうか――スバルの言葉に思わず聞き返すティアナだったが――
「んー、そういうのとはちょっと違うかな?」
異論をはさんだのはなのはだった――ティアナが首をかしげるが、かまわず立ち上がり、
「さて、寄り道はこのくらいでおしまい。
私達は探索に戻ろっか?」
「いいんですか?
このまま彼をほっといて」
「うん……
マスターコンボイさん、自分の意思でここに来たんだもん……ゆっくり話とか、させてあげたいんだ」
尋ねるティアナだったが、なのはは優しげに微笑み、告げた。
「ライガーノワールさん達は、マスターコンボイさんにとって、ちょっと特別な相手だから……」
「ダークニトロコン……ニトロノワールは不在か?」
「あぁ、今、耕介さんと一緒に、夕飯の買出しに出てるんです」
ライガーノワールもファングノワールもヒューマンフォームを持たず、マスターコンボイも子供の姿になるつもりはない――必然的に会話の場に選ばれたさざなみ寮の中庭で、愛は尋ねるマスターコンボイにそう答えた。
いくらライガーノワール達が暮らしているとはいえ、やはり自分のような大型トランスフォーマーの来訪は珍しいのだろう。寮生達――当然ながら見知った顔はひとりもいない――が建物の中からこちらの様子をうかがっているのが気配でわかるが、特にどうこうするつもりもない。むしろ気になるのは――
「……仁村真雪とリスティ・槙原はどうした?
ヤツは寮生ではなく、ここの完全な住人だとデータで見たが」
「あぁ……
今日は、真雪さんは編集者の方との打ち合わせ。リスティは仕事の関係でちょっと出てるんです。
気にしてくれてるんですか?」
「いや。
二人ともかなりのイタズラ好きだと聞いている――ヘタに関わって振り回されたくないだけだ」
愛の言葉にキッパリと答え、マスターコンボイはため息をつく――ただでさえヒューマンフォームの件を始め、何かとはやてに振り回されることが多いのが現状だ。これ以上火種を抱え込みたくはない手前、『イタズラ好き』で通っている彼女達がいないというのは正直ありがたかった。
「けど、驚きました。
マスターメガトロンさんが“コンボイ”になって、はやてちゃん達の部隊にいるなんて……」
「いろいろと利害の一致した結果だ。特に深い意味はない」
確かに深読みするような理由はない――単に『なのは達を守れるようになりたいから』というシンプル極まりない理由で機動六課にいるだけ。“ものは言いよう”とはよく言ったものだ。
「あぁ、そうなんですか……」
愛もまた、持ち前の素直さでマスターコンボイの本音を華麗にスルー。綺麗に納得し、うんうんとうなずいていると、
「ただいまー」
「あ、耕介さん達が帰ってきたみたいですね」
表の方から聞こえてきた声に気づいた愛が声を上げ――
『おじゃましまーす♪』
「な…………っ!?」
後に続いた声に、マスターコンボイは思わず驚愕の声を上げていた。あわてて振り向いて――
「マスターコンボイ!?」
「なんでこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ!」
このさざなみ寮の管理人、槙原耕介と共に現れたのはアリシアとアスカ――目を丸くする二人の問いに、マスターコンボイもまた戸惑いもあらわに声を上げていた。
「ぅわぁ……」
通されたのはどこぞのSFにでも出てきそうな近未来的な内装の個室――通された部屋を見回し、かがみは思わず声を上げた。
今頃、美遊によって部屋に案内されたつかさやみゆきも同様の部屋の内装に驚いていることだろう。こなたはむしろ大喜びな気もするが――ともあれ、かがみは我に返ると同時に振り向き、イリヤに尋ねる。
「ホントにいいんですか? こんなにいい部屋使わせてもらっちゃって」
「いいんじゃない?」
対し、イリヤの反応はあっさりたものだ。
「私も使うのは初めてだから、正直恐縮してるのが本音なんだけど……元々ここは“そのため”に使われてるんだし」
「は、はぁ……」
答えるイリヤの言葉に、かがみは未だ納得しかねるのか首をかしげてみせる。
「まぁ、この話題はとりあえず今は後回し。
荷物を整理したら、ここのコマンドルームに集合ね」
言って、イリヤは自分の荷物の入ったカバンを担ぎ直し、自分に割り当てられた部屋へと向かう。
(けど……)
その胸中によぎるのは、現状に対するかすかな疑問――脳裏に浮かんだ、その疑問をぶつけるべき相手に向けて心の中で告げる。
(『機動六課が来たなら動きづらいだろ。“ここ”のレーダーを使って探索しろ』か……
まったく、白々しいにもほどがあるよ。要は『機動六課が来る』って前もって読んでたってことでしょうに。
だから、前もって“ここ”を貸し切ってもらえるように手回ししてたんでしょ?
この――)
(サイバトロン旧地球基地を……)
「いやー、ビックリしたよ。
ここに来ようと思ってたトコに偶然耕介さんとニトロノワールに拾ってもらえたのはいいとして――来てみたらマスターコンボイまでいるんだもん」
「知るか」
愛の用意してくれた、季節的には少し早めの麦茶を受け取り、中庭に面した縁側に腰かけて告げるアスカの言葉に、マスターコンボイはぶっきらぼうにそう言い放った。
「だいたい、どうしてお前達が現れる?
“古代遺物”の探索はどうした?」
「残念でした♪ あたし達はその探索の一環でここに来たの」
マスターコンボイにそう答えると、アスカは不思議そうに首をかしげ、
「それに、『理由を知りたい』って言うなら、むしろマスターコンボイの方こそ。
なのはちゃんやスバル達と一緒に回ってたはずでしょ?」
「そんなの決まってるよ」
そう答えたのはマスターコンボイではなくアリシアだった。
「自分の息子達がいるんだよ。会いたいと思って来るのは、親としてはやっぱ当然の反応だよ。
耕介さんなら覚えがあるでしょ? この寮の管理人なんだし」
「まぁ、確かに。
子供の様子を身に来る親御さんはけっこういるね」
「あぁ、そういうこと……」
アリシアの言葉と耕介の答え、二人の言葉にうなずき――アスカは動きを止めた。
首をひねり、視線を宙に泳がせて、二人の言葉をよくよく思い返して――
「――って、『息子達』ぃっ!?」
「うん」
驚きの声を上げるアスカに対し、アリシアはあっさりとうなずいてみせた。
「親子……ですか?」
「うん。
厳密には違うんだけど……そう言った方が一番近いかな?」
こちらでも、マスターコンボイとライガーノワール達の関係が説明されていた。街を歩きながら、聞き返すスバルになのははそう答えてうなずいてみせる。
《ライガーノワールさん達は、10年前……ユニクロン・チップスクェアを取り込んでいたマスターコンボイさんが、ライガージャックさん達を元に生み出したんですぅ》
《ユニクロンのスパークの“力”を借りてのこととはいえ、一体化していたマスターコンボイのスパークから生まれたライガーノワール達は、マスターコンボイの“力”を受け継いで生まれたようなものだから……》
「それで『親子』、ですか……」
リインとプリムラの説明に、スバルは日頃のマスターコンボイの姿を何となく思い返してみた。
乱暴で、愛想がなくて、自分が寄っていくといつもうっとうしがって――それでも、いざ戦いとなれば自分達地上戦力の先頭に立って、自分達を支えてくれて――
「…………うん。
確かに、そんな感じですね」
つぶやくスバルにうなずき、なのはは続ける。
「昔はそういうことに気を遣わない、っていうか、強くあろうとして、むしろ切り捨てようともしてたから……
だから、そんなマスターコンボイさんが自分の意思でライガーノワールさん達に会いに行ったのなら、それをできるだけ尊重させてあげたいんだ」
「そうですね。
やっぱり、家族は大切にしないと」
なのはの言葉にスバルが答え――
「……家族、か……」
「…………あ……」
後ろでポツリ、とつぶやいたティアナの言葉に気づいた。あわてて口をつぐみ、スバルは念話でティアナに謝罪する。
《ご、ごめん、ティア……
あたしってば、また……》
《いいわよ、気にしてないから。
わかってるもの。うらやましがったって、どうしようもないことぐらい……》
そんなことを言い出す時点で、すでに十分気にしてるじゃないかとも思うが――そんなことを言い出しても怒り付きで否定されるのがオチだ。
だから――スバルは代わりにティアナに告げた。
《大丈夫だよ、ティア。
たとえ家族じゃなくても……アタシはいつも、ティアのそばにいるから。
だから……ティアは、ひとりじゃないよ》
《…………バカ》
そんなスバルに対し、ティアナはため息をつきながら念話を切り――心の中でつぶやいた。
(それがわかってるから、気にしてないんでしょうが……)
「へぇ……そうなんだ……」
「そうなの。
これでも立派な3児の父なんだから」
「言っておくが、“親子”というのはあくまでたとえだからな。
分身のようなものだ――オレの一部が自我を持ったもの、というのが正確なところだ。
……だから『父』などと言うな、アリシア・T・高町」
説明を受け、納得するアスカやそれに応えるアリシアに対し、マスターコンボイはため息まじりにツッコミを入れる――特にアリシアに念入りに釘を刺すのは「まだ子持ちになど見られたくない」的な、ある種の意地からだろうか。
「というか、話題がそれてきているぞ。
最初はオレがお前らにここへ来た理由を聞いていたはずなんだが」
「あれ、そうだっけ?」
マスターコンボイの言葉に少しだけ首をかしげるが、アリシアはすぐに気を取り直し、愛へと向き直った。
「愛さん。
実はあたし達、今日は“古代遺物”探索のために帰ってきてるんですけど……その探索のためのサーチャーを、ここに置かせてもらえませんか?
耕介さんに聞いたら、『ここのオーナーの愛さんに聞いた方がいい』ってことだったんで……」
「だったら、サイバトロン基地のセンサーシステムを使えばいいんじゃないの?」
「それが……今日はサイバトロン基地、使えないみたいで……」
愛に答え、アリシアはため息をついた。
「地球サイバトロンの方から、研修の子達が来てるみたいなんです。
そのせいで、今回の宿にしようと思ってた外来宿舎の予約も取れなかったぐらいで……」
「そうなの。
大変ねぇ……」
「まぁ、そのおかげでアリサちゃんちのコテージでキャンプ気分ですから、悪いことばかりでもないんですけど」
愛の言葉にアリシアは冗談まじりにそう答える――二人の会話を何となく聞いていたマスターコンボイだったが――
「――――――む?」
唐突に“それ”に気づいた。
「マスターコンボイも気づいた?」
その声に見下ろせば、アスカもまた真剣な表情を見せていた。
うなずき、マスターコンボイは再び顔を上げ、告げる。
「…………いるな。それも結構な数が」
「地球基地のお膝元のこの海鳴に、どうやってもぐり込んできたんだか」
「知るか」
アスカのつぶやきに言い放つと、マスターコンボイはその場で立ち上がった。
「あれ?
マスターコンボイ、どこに行くの?」
「貴様のおかげで興が削がれた。
気晴らしに、少し辺りを走ってくる」
アスカと違って気づいていないのだろう、平然と尋ねてくるアリシアに答えると、マスターコンボイはクルリとその場に背を向ける。
「手伝おうか?
スバルもエリオくんもいないんだし」
「いらん」
小声で尋ねるアスカに、マスターコンボイはあっさりと答えた。
「それより、ここの民間人どもに気づかれるな。気づかれても迅速に落ち着かせろ。ヘタに騒がれても面倒だ」
「りょーかい♪」
「それと……」
そううなずくアスカに対し、マスターコンボイは息をつき、付け加えた。
「ライガーノワール達を頼む」
「……『自分で何とかしなさい』って言いたいトコだけど……そっちも了解。
貸しひとつだからね」
「覚えていたら返してやる」
やはり自分の“目的”には気づいていたか――アスカの言葉にあっさりと答えると、マスターコンボイは駐車場に出てビークルモードへとトランスフォーム、山奥に向けて走り去っていった。
一方、国守山の山奥――森の中に身をひそめつつ、市街地に向けて密かに移動している存在があった。
事前にインプットされていたデータに従い、サイバトロン基地の警戒網を巧みにくぐり抜けていく。
が――唐突に視界が広がった。森の中に開けた空き地が目の前に現れ――
「ようやくのご到着か」
そこには先客の姿――ため息まじりに言い放ち、マスターコンボイは森の奥から現れたシャークトロンの群れに対してオメガをかまえた。
そのまま、間髪入れずに跳躍、一瞬にして間合いを詰め、先頭の1体を力任せに斬り捨てる。
瞬時に行われた先制攻撃――ようやく反応の追いついたシャークトロン達が一斉に攻撃を開始するが、マスターコンボイは素早くその場を離れ、放たれた擬似スパークによるビームを回避する。
「悪いな。
今回は前フリはなしだ」
刃に残ったオイルを振り払い、マスターコンボイはシャークトロン達に向けて静かにそう告げる。
「新生直後の戦闘も先日の出動も、ほとんどがゴッドオン状態での戦闘だったからな……
スバル・ナカジマ達の訓練で本気になるワケにもいかなかったからな――機体調整には十分だったが、ゴッドオンなしでの単独全開戦闘のデータが正直不足しているんだ」
そして、マスターコンボイは着地と同時に身をひるがえし、
「いい機会だ。
ブランクフォームでの戦闘データの収集のため、そして、密かに暖めていた新たな陸戦機動の実働試験のため――実験台になってもらおうか!」
言い放つと同時、再び地を蹴り――新たにもう1体、シャークトロンが無残なスクラップとなって宙を舞った。
「………………む?」
それは唐突に感じられた――顔を上げ、ライガーノワールは山奥の方へと視線を向けた。
見れば、ファングノワールやニトロノワールも同様に顔を上げている。
「どうしたの? ライガーノワール」
尋ねる愛にも答えず、3人はしばし気配を探り――ライガーノワールが答えた。
「……マスターコンボイ、戦ってる」
「何だって!?」
「まさか、さっき出かけたのって!?」
「オレ達も、行く」
驚く耕介と愛に告げ、ライガーノワールはファングノワール、ニトロノワールを連れて歩き出し――
「ストップ」
そんな3人の前に立ちふさがったのはアスカだった。
「ちょっ、アスカちゃん!?
なんで止めるの?」
「聞きたいことがあるから」
思わず声を上げるアリシアに答えると、アスカはライガーノワール達へと向き直り、
「行く前に聞かせてほしいんだけど……」
「どうして、マスターコンボイは3人を置いてったのかな?」
「………………?」
「10年前、マスターメガトロンは3人を従えてたんだよ。部下として、戦力として。
『守る』と決めたなのはちゃんやスバル達とは、根本から事情が違う――本音はどうあれ、一度は『戦力』として認めた相手なんだよ。そんな子達と再会しておいて、戦いの場に連れていかないなんて、マスターコンボイらしくないんじゃない?」
首をかしげるライガーノワールに対し、アスカは言葉を重ねる。
「オレ達……いらない?」
「だったらそもそもここに来たりしないと思うよ、あの人は」
思わず不安を抱くライガーノワールだったが、となりでその仮説を否定するのはアリシアだ。彼女の言葉にうなずき、アスカは続ける。
「あたしもそう思う。
マスターコンボイは、3人に明確な用件があってここに来た――それは間違いないよ。
けど、たぶんその用件は『また一緒に戦ってほしい』とか、そういうことじゃないと思う。でないと、今戦いの場に連れて行かないのは不自然だもん。
だとしたら、マスターコンボイの用件っていうのは、自分のいるところとは別の場所でやってほしいこと……
“ここ”に3人を残した、その意味を考えれば、すぐにわかると思うけど?」
そのアスカの言葉にも、ライガーノワール達は首をかしげるばかり――苦笑まじりに肩をすくめ、アスカは続けた。
「ここの地理を良く考えてみてよ。
海鳴の街並みを一望できて、山側から入ろうとするならまず近隣を通ることになる立地。
その上サイバトロン基地への直通ルートまである――初めてここに来たあたしでさえわかるくらい、ここはこの街を守る上で最適なポイントなんだよ。
そんなところに、キミ達を残した……その事実が示すことはひとつしかない」
そして――アスカは告げた。
「マスターコンボイは態度で示したの。
戦いの場に連れて行かず、街を守る上での要所にキミ達を残すことで、伝えたかったんだよ……
『創造主だからと自分について来る必要はない。この海鳴の街を――』」
「『なのはちゃん達の故郷を、守ってあげてほしい』って……」
「遅い――遅すぎるぞ、どいつもこいつも!」
レッグダッシャーが使えず、スピードはあてにできないが――“速さ”とは速力だけで決まるものではない。なめらかなフットワークで懐に飛び込み、オメガの一振りでシャークトロンの1体を両断する。
当然、敵の真っ只中に飛び込む形となったが――かまわない。身をひるがえしつつ次のシャークトロンへと間合いを詰め、そのままの流れで叩き斬る。
地上のみ、上方向には跳躍がせいぜいというほぼ平面での機動にかかわらず、シャークトロン達はその姿を捉えることができない――直線機動と曲線機動を巧みに織り交ぜ、一瞬たりとも同じ場に留まらないマスターコンボイの機動が、シャークトロンの照準を困難なものにしているのだ。
ゴッドオンしておらず、その力は全開時の75%程度――それでも圧倒的な力を見せつけるマスターコンボイの前に、シャークトロン達は瞬く間にその数を減らしていく。
そして――
「これで――ラストぉっ!」
最後の1体が、オメガの刃の餌食となった。真っ二つどころではなく、文字通りの“八つ裂き”にされ、最後のシャークトロンが火花を散らして沈黙した。
すぐに周囲をスキャンするが、まだかろうじて稼動しているシャークトロンの残骸から擬似スパーク反応が検知されるぐらいで、周囲に稼動する敵機の姿はない。
「……他愛もない。
帰ってきたノイズメイズ達の主戦力と聞いていたが……所詮は量産型、この程度か……」
息をつき、マスターコンボイは戦場に背を向けて――
背後の残骸が動いた。
カモフラージュに利用していた真上の残骸を跳ね飛ばし、難を逃れていたシャークトロンが姿を現したのだ。そのまま、背を向けたマスターコンボイに向けて襲いかかり――
「…………バカが」
マスターコンボイはすでに気づいていた。未だその手に握られていたオメガを振りかぶり――
撃ち抜かれた。
マスターコンボイへと襲いかかったシャークトロンが――
今まさにオメガを振り下ろそうとしたマスターメガトロンの目の前で。
「な………………っ!?」
自分はまだ一撃を放ってはいない――中枢を撃ち抜かれ、爆発、四散するシャークトロンの姿を前に、マスターコンボイは思わず動きを止めた。
(オレのレーダー圏外からの攻撃……?
いや、違う……)
「オレのレーダー圏内に、身をひそめていただと……!?」
確かに索敵能力は高いとは言えないが、それでも安易なステルスで隠れおおせるものではない。歯がみしながらも一撃の主へと振り向いて――
それを見た。
マスターコンボイから見て左方向――大きく踏み出した身体をゆっくりと起こす、青色の大型トランスフォーマーの姿を。
右手に装備された、シールドと一体化した巨大なブレードを改めて一度振るうと、そのトランスフォーマーは静かにこちらへ背を向ける。
「ま、待て!」
思わず声を上げるマスターコンボイだったが――トランスフォーマーはこちらに振り向くこともせずに跳躍、ジェット機形態のビークルモードへとトランスフォームし、その場から飛び去っていった。
「……ヤツは、一体……!?」
トランスフォーマーの飛び去っていった方角を見つめ、つぶやくマスターコンボイだったが――その疑問に答える者はなく、彼のつぶやきは虚空に飲まれ、ただ静かに消えていくのだった。
スバル | 「マスターコンボイさんってお父さんだったんですねー♪」 |
マスターコンボイ | 「だから、それはもののたとえだと言ってるだろうが」 |
スバル | 「そうなんですか?」 |
マスターコンボイ | 「当たり前だ! オレは花の独身だぞ! 何で結婚もしないうちから親にならないといけないんだ!」 |
スバル | 「その発言……さりげにフェイト隊長にケンカ売ってるような気が……」 |
マスターコンボイ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第13話『守りたいもの〜それぞれの“絆”〜』に――」 |
二人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2008/06/21)