「はい、いらっしゃいませー♪
 海鳴スパラクーアへようこs――」
 入り口をくぐるなり受付のスタッフが出迎える――が、こちらを前にして動きを止めた。まぁ、予約もなしにいきなりこの人数が押しかけてくれば驚きもするか、とイクトは内心で苦笑するが――
「……だ、団体様ですか?」
「はい♪」
 そこは受付としての職業意識か、意外に早く持ち直してきた。改めて尋ねる受付スタッフに、はやては笑顔でうなずく。
「えっと……大人15人と、子供6人で」
「………………?」
 スタッフに答えたはやての言葉に、イクトは思わず眉をひそめた。
 一同を見回し、大人と子供を分類してみる。
 ビッグコンボイ以下守護騎士のTFメンバーはコテージに残留。残りのメンバーは以下の通りである。

(大人)
なのは
ヴィータ
ティアナ
スバル
フェイト
シグナム
アリシア
アスカ
はやて
シャマル
アリサ
すずか
美由希
エイミィ
イクト
マスターコンボイ(ヒューマンフォーム)
ジャックプライム(ヒューマンフォーム)

(子供)
エリオ
キャロ
リイン
アルフ

 やはり数がおかしい――はやてにさりげなく近寄り、尋ねる。
「おい……
 大人17、子供4じゃないのか?」
「しっ! 言ったらアカン!」
 小声ではやては答えた。迷うことなく、やはり小声でイクトに告げる。
「ヴィータやヒューマンフォームのマスターコンボイやったら子供料金で十分イケる――なんでわざわざ高い大人料金で入らなあかんの?」
「………………」
 その言葉に、イクトが思わずうかがったヴィータとマスターコンボイの表情は――
 

 すでにあきらめの境地に達していた。

 

 


 

第14話

一時の休息
〜機動六課、銭湯態勢!〜

 


 

 

「ありがとうございましたー♪」
 夕食時のピークも過ぎ、客もまばらになってきた――今もまた客を一組送り出し、桃子は笑顔で声をかける。
「店長、ゴキゲンですねー」
「そりゃもう、久々にカワイイ子供達に会えたからね♪」
 アルバイトの女の子の言葉にも、やはり満面の笑みでそう答える。
「美由希が休暇で帰ってきたと思ったら、なのは達まで仕事で来てるんだもの。
 今日は本当にラッキーねー♪」
 心から有頂天状態で桃子が浮かれていると、
「ちわーっス」
「あ、いらっしゃいませー♪」
 新たな来客だ。笑顔で振り向き、桃子はやってきた男性客を出迎える。
「お一人様ですか?」
「あー、そうだけど、コーヒー飲みに来たワケじゃねぇんだ」
 早速接客に入るアルバイトの女の子に対し、男性客は苦笑まじりにそう答える。
「電話でスイーツ予約しててさ、その受け取りだよ」
「そうですか、ありがとうございます♪」
 スイーツの予約については自分の担当だ。女の子に代わり、桃子が男性客の接客に入る。
「お名前を確認させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん♪」
 桃子の問いに笑顔でうなずき、男性客は自らの名を名乗った。
「特製シュークリームを30個頼んでた――」
 

「柾木っつーモンです♪」

 

「よかった……ちゃんと男女別だ……」
「あー、まぁ、当然だな」
 目の前には男湯、女湯の分岐点――浴場への入り口を前に、安堵のため息をつくエリオに、イクトは肩をすくめてそう答える。
 ミッド育ちのエリオにとって、地球は異世界、すなわち異文化の地だ。それなりに不安もあったのだろうが、それよりも――
「やはり、女性ばかりの職場ではそれなりに気を張ってしまうか」
「は、はい……」
 尋ねるイクトに、エリオは遠慮がちにそう答え――
「先に行くぞ」
 そんな二人の脇を、洗顔道具一式を抱えたマスターコンボイはジャックプライムと共に一足先に男湯へ向かい――通り抜けざまにエリオへと声をかけた。
「エリオ・モンディアル」
「はい?」
「先日ゴッドオンした縁から忠告だけはしてやる。
 貴様も早く入った方がいい」
「はい…………?」
 それだけ告げてマスターコンボイはさっさと脱衣場へと消えていった。思わず首をかしげるが――そんなエリオに、キャロが声をかけてきた。
「広いお風呂だって。
 楽しみだね、エリオくん!」
「うん。スバルさん達と一緒に楽しんできて」
 笑顔でそうキャロに答えるエリオだったが――
「………………?」
 その言葉に、なぜかキャロは首をかしげた。不思議そうにエリオに尋ねる。
「エリオくんは?」
「え゛…………っ!?
 い、いや、ボクは……一応、男の子だし……」
「でも……」
 言って、キャロが指さしたのは浴場の注意書きだ。
 そこには、『女湯への男児入浴は、11歳以下のお子様のみでお願いします』との一文。すなわち10歳のエリオは十分に許容範囲内ということになる。ちゃんと確認の上で誘いに来たキャロの意外なしたたかさに、イクトは若干末恐ろしいものを感じたりもしたがそれはさておき。
「そうだね。
 せっかくだし、一緒に入ろうよ」
「い、いや……あ、あのですね……」
 しかし、エリオの苦難はさらに続く。キャロの言葉を聞きつけ、保護者として自らも名乗りを上げたフェイトに対し、エリオはさらに混乱を深めながら後ずさりする。
「それはやっぱり、いろいろとマズイのでは……
 スバルさんとか、隊長達とか、アリサさんもいますし……」
 なんだかフェイトの瞳がキラキラと輝いている。久々の“母子水入らず”の予感を前に期待がふくらむのはわかるが、入るのは自分達だけではない。他の女性陣を引き合いに出してまで抵抗を試みるエリオだったが――
「別にあたしはかまわないけど?」
「ってゆーか、前から『頭洗ってあげようか?』とか言ってるじゃない」
「あたしらもいいわよ。
 ね?」
「うん♪」
「いいんじゃない? 仲良く入れば」
「あああああ」
 アリシアにスバル、さらにはアリサにすずか、なのはまで――こちらの意図を全力でスルーし、あまつさえ勧誘側に回ってくれた女性陣に、エリオは思わず頭を抱える。
 と――気づいた。
「まさか、マスターコンボイさん!?」
「あー、そうね。
 真っ先に男湯に逃げ込んでくれたわ」
 そう答えるのは狩人の目をしているティアナだ。
 マスターコンボイに逃げられ、なんだか本気で悔しそうだが、うかつにそのことを口にして矛先がこちらに向いてもそれはそれで怖いので、その辺りのことは全力でスルーしておく。
 だが、そんなことを考えている場合ではない。ハッキリ言って状況はかなり悪い。他の女性陣からの援護は裏切られ、ある意味で共闘を期待できたマスターコンボイはすでに逃亡済み。まさに孤立無援だ。
 最終的には魔法まで使って離脱するのも手か――追い込まれるあまり若干危険な方向に思考を傾けつつ、エリオは逃走ルートを吟味すべく周囲に視線を走らせて――
(――――――っ!)
 気づいた。
 先ほどの後ずさりのせいだろうか、すぐとなりにいたはずが、いつの間にか遠く離れてしまっているが――まだこの場に残っていてくれたことに感謝しつつ、起死回生の一言を放つ。
「あ、あの……
 お気持ちは、その……大変、アレなのですけど……ボク、イクトさんと入りますから……」
「えー?」
「ごめん、キャロ……
 けど、せっかく知り合えたんだし、少し話とかしてみたいんだ、イクトさんと」
 素直に不満の声を上げてくれるキャロに答えると、エリオはイクトへと向き直る――その視線に満ちた期待の色から、自分の名を出したのが単なる逃げ口上ではないことを読み取り、イクトはうなずき、告げる。
「まぁ、そういうことなら、オレのいる男湯しか選択肢はない、か……
 わかった。そういうことなら一緒に入るか」
「はい!
 じゃあ、先に行ってロッカー確保してきます!」
「走るなよ、転ぶぞ」
「はい!」
 元気にうなずき、エリオは待ってましたとばかりに脱衣所へと消えていき――イクトは振り向き、
「そういうことだ。
 今回は譲ってやれ――特にフェイト・T・高町」
「うぅ…………っ!」
 イクトの言葉に、フェイトは目じりに涙を浮かべながら、こちらに恨みがましい視線を向けていたが――
「ほら、フェイト」
「う、うん……」
 アリシアに促され、フェイトはようやく観念した。イクトに対し、深々と頭を下げる。
「すみません、イクトさん……
 エリオのこと、よろしくお願いします」
「気にするな。
 あんな素直な子供の相手など……柾木の相手に比べれば億倍以上もマシだ」
 告げるフェイトに対し、イクトはあっさりとそう答える――後半のセリフを聞いたスバルやアリシアがフェイトの背後で苦笑しているのが目に入ったが、とりあえずスルーしておく。
「それに、お前達にも問題はある。
 あの年頃の男子というものは、えてして背伸びしたがるものだ――それを子供扱いし、あまつさえ女湯に連れ込もうとするのはどうかと思うぞ。
 女所帯の部隊とはいえ、男も皆無じゃないことを考えて少しは自重しろ。オレが言いたいのはそれだけだ」
 言って、イクトはエリオの後を追って脱衣所へと向かい――なのはは息をついて一同を見渡し、告げた。
「……じゃあ、私達も行こっか♪」
『はーい!』
 そして、なのはの先導で残された女性陣も女湯側の脱衣所へ入っていく――
 

 そんな彼女達の輪を離れた者の存在に気づかないまま。

 

「すみません、イクトさん……
 なんだか、ダシにしちゃったみたいで……」
「気にするな。気持ちはわかる。
 世間というものは、女心ばかり優遇されるからな――少しは男心というものは考慮してもらいたいものだ」
 男の風呂など、荷物はさほど多くはない。二人で共用することにした脱衣所のロッカーに脱いだ衣服を放り込みながら告げるエリオに、イクトは苦笑まじりにそう答える。
「それに、『話をしてみたい』というのも事実だったんだろう? なら、こちらも拒む理由はないさ。
 それに――」
 言って、イクトは背後へと振り向き――
「援護も何もなく、早々に離脱を決め込んだ連中もいるし、な」
 その視線から逃れるように、そそくさと浴場へ逃げていく逃亡者が2名ジャックプライムとマスターコンボイ――生暖かい視線でそれを見送り、イクトはエリオへと視線を戻し、
「なら、行くか」
「はい!」
 エリオが元気よくうなずき、支度を終えた三人は浴場の案内板を見に行く。
「いろんなお風呂があるんですねー」
「あぁ。
 お前らの付き添いでなければ、心ゆくまで完全制覇といきたいところなのだがな」
「お風呂、お好きなんですか?」
「不本意なことに、以前シグナムと十把一絡げにされて“温泉奉行”と命名されたことがある。
 ちなみに言い出したのは柾木で広めたのは八神はやてだ」
「あはは…………」
 “暴君”の異名で知られる彼だけならまだしも、まさか自分達の上官までからんでいようとは――キャロに答えるイクトの言葉に、エリオはただただ苦笑するしかない。
「まぁ、ここで突っ立っていても始まらん。入るか」
「はい」
「エリオくん、どのお風呂から入ろうか?」
「うーん……」
 尋ねるキャロに、エリオは軽く考え込み――
『……なんでいる(の)?』
 ようやく気づいた。そのままの姿勢で顔だけを向け、エリオとイクトは二人の間にごく自然に居座っていた、身体にバスタオルを巻いて入浴準備万端状態のキャロにそう尋ねた。
 

「うぅっ、エリオ、キャロ……」
「あー、もう、そんなに凹まないの」
 一方、こちらはすでに浴場内の女性陣――エリオだけでなくキャロにまで逃げられ、湯船の中で号泣するフェイトを、アリサはため息まじりにたしなめた。
 入り口で男性陣と別れ、服を脱いでいざ入浴という段階になって、フェイトはキャロの姿がないことに気づいた。あわてて念話で所在の確認を取ると、『女の子も11歳までなら男湯に入れるそうなので、エリオ君と入ってきます』との答えが返ってきたのだ。
 「エリオには逃げられちゃったけど、その分キャロと水入らず♪」などと思っていたフェイトにとって、この出来事は思いのほかダメージが深く――現在に至る、というワケだ。
「まったくもう、いい加減子離れしようよ……」
「だって、だって……!」
 姉のなぐさめもあまり功を成していない――美由希に頭をなでられながら、まるで幼児退行でも引き起こしたかのように泣きじゃくるフェイトの姿に、アリシアは思わずため息をつく。
 だが、ため息くらいつきたくなるというものだ。フェイトは見ての通りだし――
「はぁっ!」
「なんのっ!」
 鋭い声の主ははやて、そしてアスカ――伸ばされたはやての手を、浴場内でも眼鏡を外していないアスカは素早く打ち払い、二人は湯船の中央で対峙する。
「フフフ、やるやないの、アスカちゃん……
 この私が、ここまで攻めきれへんとはね……」
「攻め方が単純なのよ、はやてちゃん。
 いくら指揮官が本業と言っても、もうちょっと自分自身の戦いの駆け引きも勉強しなきゃダメだよ」
 互いに息を切らせ、不敵なことを言いつつにらみ合う二人――なぜこの二人がこんなところで“オレより強いヤツに会いに行く”状態に陥っているのかと言えば――
「えぇ加減、もませてくれてもえぇやないの! その胸! そのチチ!」
「おあいにくながら、“そういうシュミ”はないの、あたしは!」

 とまぁ、こんな感じなのである。
「なんでや!?
 機動六課がスタートして約一月――もうまんざら知らん仲でもないんやし!」
「その一月で39回も襲われれば警戒もするよ!
 一日一回以上襲われてる計算なんだけど!?」
「……あー、えっと……」
 繰り広げられるバトルは熱いことこの上ないが、交わす言葉はアホらしいことこの上ない――思わずコメントに困り、アリサはすっかり観戦モードに入っているヴィータに尋ねた。
「えっと……ひょっとしてこの二人、いつも“あぁ”なの?
 ってゆーか、はやて、相変わらず“もみ魔”なの?」
「いや、その……
 さすがに、勤務中にやることはほとんどねえけど……」
「付き合いの長い、気心の知れた同僚には、時々……」
「部隊の外だと霞澄さんもだし……ウチだと、シャーリーやアルト達、通信メンバーはみんなもまれてるわね。
 シャーリーや霞澄さんとかは、もみ返しとかして、楽しそうだけど」
 上からヴィータ、シグナム、シャマルのコメントである。
「まぁ、あたしやなのは達も、よくもまれてたけど……」
「あ、あー、まぁ……」
 アリサの言葉に思わず言葉をにごすが――気を取り直し、シグナムは続ける。
「ただ、そんな中、唯一主はやての“洗礼”から逃げおおせているのが……」
「アスカちゃん、ってワケ。
 はやてちゃん、おかげで対抗意識メラメラで……」
「何かが間違ってる気がする……」
 どう考えても間違っている――シグナムとシャマルの言葉にため息をつき、アリサははやてと熱いバトルを繰り広げているアスカへと視線を戻す。
 ハッキリ言ってしまえば、アスカのスタイルは十分に“バツグン”と定義して差し支えないレベルだ。胸のサイズはシグナムに譲るが、シグナムに比べて小柄なアスカの背丈を考えれば相応だし形も良い。さらに日頃の訓練で身体全体が引き締まっている。はやてではないが、同性であろうとこれは“クる”。
 しかし、それ以上に彼女を驚かせているのは――
「けど、スゴイですね、アスカさん……
 あのはやての攻撃セクハラを全部しのいでますよ」
「あー、アスカのヤツ、クロスレンジからショートレンジの戦い、ムチャクチャ上手いんだよな」
 アリサの言葉に納得し、つぶやくのはヴィータだ。
「『上手い』? 『強い』じゃなくて?」
「そ。『上手い』だ」
 思わず聞き返すすずかにも、ヴィータはキッパリと答え――
「……つまり、技術が突出してる、ってこと?」
「その通りだ」
 口をはさんできた美由希にはシグナムが答えた。うなずき、ヴィータは続ける。
「特に徒手空拳で魔法ナシのルールだとほとんど鬼だ。レイジングハートのサポートなしじゃ超運動音痴ななのははもちろん、その辺が本職のスバルでさえ簡単に投げ飛ばしちまう。
 接近戦に強いフェイトやあたし達、ヘタするとザフィーラもヤバイ。実際さっき言ったルールだと、アスカのヤツ、あたしら隊長格に対する勝率5割超えてんだぜ。テクニックだけで言えば間違いなく六課一だ」
「とはいえ――魔法がからむととたんに力負けするから、魔法戦では使えんのだがな。
 魔法アリの実戦ルールならば、スバルに次ぐフォワード陣ナンバー2といったところか」
「へぇ……」
 ヴィータやシグナムの言葉に、アリサははやてとアスカへと視線を戻した。
「この40戦目で、私はアスカちゃんを超えてみせる!」
「黒星記録、40代に突入させてあげるわよ!」
 どんどんヒートアップしていく二人だが――とりあえず言いたいことがひとつ。
「……二人とも……タオルくらい巻こうよ……」
 

 結局、二人のバトルはスバルやティアナに入浴の作法を教え、戻ってきたなのはに怒られるまで続いた。

 

「……大丈夫か?」
「だいじょーぶでぇす……」
「わたしもぉ……」
「……すまんが少しも信用できん。
 もう出るぞ。これ以上はどう見てもお前らがもたん」
 声をかけ、返ってきたのはやせガマン丸出しの返事――ため息をつき、イクトはエリオとキャロを連れてサウナから出た。
 事の発端は身体を軽く洗い、いざ湯船につかろうかというところでエリオがサウナに気づいたことから――サウナを知らなかったエリオはイクトから説明を受けて興味を示し、『入ってみたい』と言い出したのだ。
 さらにそれを受けてキャロも便乗、イクトも「六課で訓練を受けているのなら、少々のことではビクともすまい」とタカをくくって承諾したのだが――さすがに入りすぎたようだ。
 本来ならば冷水をかぶってさっさとスッキリしてしまいたいのだが――「鍛えているから」と安請け合いしたことからこの事態になったことを考えて自重。いきなり冷水をかぶせるのではなく、シャワーでぬるま湯をかけてやり、少しずつ温度を下げて冷水に慣らしてやる。
「キャロ、エリオ、大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です……」
「ボクも……
 イクトさん、よく平気でいられますね……」
「お前達と違って、初めてではないからな。
 それに、あの程度の熱で参っていては、炎使いは務まらんさ」
 ようやく復調の兆しを見せたエリオの言葉に、イクトはごく自然にそう答える――いつの間にか二人に対する態度が柔らかくなっていることに思考が至り、思わず苦笑する。
 気づけば、二人の呼び方も他の面々を呼ぶ時のようなフルネームではなく『エリオ』『キャロ』と名前で呼んでいる――ライバルとして唯一認めているジュンイチですら、名前ではなく苗字で呼んでいるのに。
 この二人にそこまで認める要素を見たワケではないのに、なぜすんなり名前呼びになっているのかと考えるが――
(なるほど……
 弟や妹というのはこういう感じか……)
 そこで、“認めた”のではなく、“受け入れた”のだということに気づく――ひとりっ子特有の感想と共に納得しながら、イクトは二人を連れて洗面台に向かう。
「ほら、座れ。頭を洗ってやる」
『はーい!』
 元気な返事が返ってきた――キャロに譲られ、目の前に座ったエリオの頭を洗ってやる。
「力加減はこのくらいでいいか?」
「あ、はい……大丈夫です」
「そうか。
 自信を持てなくてすまんな――何分、人の頭を洗ってやるという経験があまりないんだ」
 答えるエリオに告げ、イクトはシャワーでエリオの頭の泡を洗い流す。
「ほら、次」
「はい!」
 イクトに応え、その前にちょこんと座るキャロ――シャンプーを手に垂らし、イクトはキャロの頭をワシャワシャと洗ってやる。
 と――エリオが何か思いついたようだ。タオルを手にイクトの背後に回り、
「イクトさん、背中、流しますね」
「いいのか?」
「頭を洗ってくれたお礼です」
 むしろやりたくてしょうがないという顔だ。笑顔でイクトに答え、エリオはタオルでイクトの背中を洗い始める――そんな二人のやりとりを聞きながら、キャロは笑いながら二人に告げた。
「そうしてると、なんだか二人とも兄弟みたいですね」
「そうかな?」
「そうだよ」
 まだ頭を洗っている最中で目は閉じられているはず――いや、閉じていて目が見えないからこそか。どことなく機嫌のいいエリオの声色を的確に感じ取り、キャロはエリオにそう答える。
「会ったばっかりなのに、二人ともすっごく仲良しに見えるもん」
「普通、仲がよければ“友達”に見えるんだろうが……やはり、歳が離れていると見方も変わってくる、ということか……」
 ここで理屈っぽく考えてしまうのも彼らしさか――キャロの言葉に、イクトは彼女の頭を流しながら思わず考え込んでしまう。
 少なくとも、自分自身が二人に対し『まるで弟や妹のようだ』という感想を抱いたばかりなのだ。まんざらではないのだが――
「しかし、オレは生来ひとりっ子でな――兄弟と言われてもイマイチ勝手がわからん。
 そんなオレが『兄』と言われても、エリオにとっては迷惑じゃないのか?」
「と、とんでもない!
 イクトさんみたいなスゴイ人が兄さんだったら、ボク、すごくうれしいです!」
 首をひねり、つぶやくイクトだったが、エリオはあわてながらもこちらをそう弁護してくれる。
「と言うか、むしろこっちからお願いしたいと言うか、えっと……」
「あー、わかった、わかった。
 とりあえず落ちつけ」
 タオルを手にしたままブンブンと手を振り回し、周囲に泡をまき散らしながら告げるエリオをたしなめ、イクトは頭をかきながら息をつく。
 こういう類の案件は苦手分野だと自覚している。慎重に言葉を選びながら、告げる。
「まぁ、なんだ……
 正直、こういう方向の話は苦手な方だが……そうやって買ってもらえるのは、その……悪い気はしないな」
「じゃあ……」
 顔を輝かせるエリオに対し、イクトは軽く微笑みながら肩をすくめ、
「“戦士”としてはともかく、“家族”としては不出来な男だが……そんなヤツでも良ければ、貴様の“兄”、務めさせてもらおうか」
「はい!
 よろしくお願いします、イクト兄さん!」
 笑顔で応えるエリオに対し、イクトはどこか困った顔で顔をしかめた。プイとそっぽを向くと、鼻の頭をかきながらエリオに告げる。
「何と言うか……こう、照れくさくてかなわんな。
 やはり、慣れていないとこんなものか……」
「フフフ、イクト兄さんもそうなんですか?」
 どうやら顔をしかめたのもそっぽを向いたのも照れからの行動らしい。うめくイクトの言葉に対し、キャロは笑いながら尋ね――
「………………?」
 その言葉を聞いたイクトはふと違和感にとらわれた。
 ――いや、『違和感』という表現には若干の間違いがある。
 なぜなら、その正体にはすぐに思い至ったのだから。
「……ちょっと待て。
 なぜお前まで『兄さん』なんだ?」
 眉をひそめ、そう尋ねるイクトだったが――
「あ、そっか」
 気づいたのはとなりのエリオだった。
「ボクとキャロは、兄妹みたいなものなんです。
 二人とも、フェイトさんに引き取ってもらって、育ててもらって……
 だから、ボクにとって“兄さん”なら――」
「キャロにとっても、オレは“兄さん”、ということか?」
「はい♪」
 エリオに聞き返すイクトの言葉に、キャロは笑顔でうなずいてみせ――
「…………あ。
 ってことは、エリオくんにとっても……」
 何かに気づいたようだ。その笑顔がさらに輝きを増した。
「えへへ……
 わたし達、今日一日で二人も“兄さん”ができちゃったんだ……♪」
「二人……?」
 思わず聞き返すエリオだったが、キャロは変わらぬ笑顔でうなずき、告げた。
「だって……マスターコンボイさんも、“兄さん”になってくれたから♪」
『………………』
 キャロのその言葉――中でもその中に挙がった名前に、イクトとエリオは思わず顔を見合わせた。
 二人同時に視線を動かし――尋ねる。
『……本当(です)か?』
「オレは認めてないからなぁ……」
 いくら正体がトランスフォーマーと言えど今は人間の身体に変身している身だ。ムリをすれば当然反動は返ってくる――サウナに入りすぎ、すっかりのぼせてしまったマスターコンボイは、ジャックプライムに介抱されながら力なくそう答えた。
 

「う〜……こういうお風呂、なんだか久しぶり〜♪」
「だよねぇ……
 六課の隊舎は当然としても、ミッド自体こういうスパ施設は少ないもんねぇ〜♪」
 一方、こちらは女湯のゴッドアイズの二人――うたせ湯で、子供が良くやる“修行ごっこ”よろしく頭から湯にあたりながら、アリシアはアスカにそう答えた。
 はやてはと言えば、とりあえずこの場でのセクハラだけはあきらめてくれたようだ――なのはが怒ると怖いから、という可能性もないワケではないが、そちらについては追及する方がよほど怖いので考えないことにする。
 と――
「…………ねぇ」
 いきなりアリシアの声のトーンが落ちた――息をつき、真面目モードになったアリシアは静かにアスカに尋ねた。
「どう見る? 今の状況」
「んー……みんなでお風呂をたんのー中♪」
「じゃなくて」
「わかってるよ」
 ツッコむアリシアにあっさりと答え、アスカは肩をすくめてみせた。
 そのまま、表面上はひょうひょうとした態度を崩さぬまま、アリシアの“本当に欲しい答え”を告げる。
「フェイトちゃん……ガジェットの親玉さんの正体に気づいたみたいだね。
 この間の緊急隊長会議ってそのことだったんでしょ?」
「うん」
 あの会議は緊急ということもあって隊長格全員の召集が叶わず、結果各分隊長3人なのは、フェイト、アリシアと部隊長であるはやてのみで行われた――シグナムやヴィータはそれぞれなのはやフェイトから内容を聞いているだろうが、自分はアスカには話していなかった。
 というのも――
「やっぱりお見通しか……さすがだね」
 言わなくても、そのくらいの情報は簡単に仕入れてくるから――あっさりと告げるアスカの言葉に、アリシアは 苦笑まじりにうなずき、気を取り直して話を続ける。
「最初の出動でここまで来れたのは、大きな収穫だよ。
 けど……」
「……うん。わかってるよ、“そっち”も」
 アリシアの言葉に、やはりアスカは平然と答えてみせた。
「それは逆に言えば、スバル達が十分に――“最低限必要なレベル”にすら育たない内から、六課が対スカリエッティ戦に動き始める、ってことでもある……
 あたし達の“仕事”も、これからがいよいよ本番だもんね」
 そう告げ、アスカは視線を落とし、
「はやてちゃんすら知らない……ゴッドアイズの任務の中に隠れた、あたし達二人だけの“ホントの役目”……
 しくじるワケには、いかないね」
「うん……」
 アスカの言葉に、アリシアは真剣な表情でうなずいた。
「最初は……“自分の部隊を持ちたい”っていうはやての夢に“前線運用が可能な分析チームを作りたい”っていうあたしの夢が便乗しただけだったけど……六課が“こういう形”で成立したからには、気楽に『便乗』なんて言ってられないもん。
 そのためなら――」
「わかってるよ」
 気づけば、そう答えるアスカはアリシアの目の前にいた――アリシアを優しく抱きしめ、頭をなでてやりながら告げる。
「わかってるから……あたしは六課に来た。
 想いは同じ……あたし達なら、きっとやれる。六課のみんなの力になって、“仕事”もこなして――同時に、アリシアちゃんの夢の基盤だって作り上げていける。
 だから……『そのためなら、自分の“夢”も利用する』とか……考えなくてもいいんだよ」
「うん…………
 …………ありがと」
 胸に顔をうずめ、表情を見せないようにしたままアリシアが答える――そんな彼女の頭をなで続けながら、アスカは息をついた。

 アリシアとの付き合いはもうずいぶんと長い。その中でつくづく感じてきた――そして、自分も“力”を手に入れてつくづく実感した。
 魔法の力――“異能の力”というものは本当に残酷だ。練習し、経験を積み、長い時間をかけて積み上げていく“武の力”とは違う。ほんのわずかな時間で、幼い子供にも簡単に絶大な力を与えてしまう。
 “力”がもたらすもの、“力”を巡る“世界の裏”の黒い思惑――“力”を取り巻くあらゆる現実に、ロクに覚悟を背負う時間を与えないまま直面させてしまう。
 だからこそ――“力”を持つ者達には支えが必要なのだ。
 力ではなく、心を支える存在が。
 だからこそ――
(大丈夫……
 誰にも哀しい想いはさせない……どんなものにも、みんなの心を折らせやしない。
 そのために……あたしはここにいるんだから……)
 

「はふ〜〜っ♪」
「ちゃんと肩までつかれよー」
 身体を洗い終わり、みんなで仲良く湯船の中――気持ち良さそうに息をつくキャロに対し、イクトはたしなめるように声をかけ――
「大丈夫? エリオ」
「は、はい! 大丈夫です!」
 尋ねるジャックプライムの問いに、エリオは顔を真っ赤にしながらも何とかそう答える。
 エリオのそんな変調の原因はズバリキャロ――湯船につかるとなれば、当然“タオルは湯船につけない”という世間一般のマナーに阻まれてキャロはその身体を隠しているタオルを取らなければならない。結果、お湯越しとはいえ全裸の状態で対面することになる。エリオが恥ずかしがるのもムリのない話というものだ。
 キャロ自身にそのあたりの恥じらいがないのも、エリオの緊張に更なる拍車をかけた――ジャックプライムが本人に「恥ずかしくないの?」と尋ねてみたところ「慣れました♪」の一言で片づけられた。故郷であるルシエの里でも前にいた自然保護区でも、家族同然の暮らしの中で異性との混浴など何度となく経験してきたのが原因らしい。
 エリオにとってはきわめて迷惑な話だが、実はこの展開に大いにあわてたのはエリオだけではなくて――
「けど……イクトさんは意外と早く持ち直したよね」
「歳が離れていたのが幸いしたのだろうな」
 ジャックプライムのつぶやくに、イクトはため息まじりにそう答える。
 そう。湯船に入る際何の躊躇ちゅうちょもなくタオルを脱ぎ捨ててくれた(男顔負けの実に豪快な脱ぎ捨てっぷりだった)キャロに対し、この男はエリオと共に大あわて。危うく制止のために炎撃まで放ちかねないところまでパニックに陥ってくれたのだ。
 異性に対する過剰なまでの免疫のなさは10年前から相変わらず――しかし、そんな彼も今ではこうして落ち着いている。というのも――
「さすがに、守備範囲の外では恥ずかしさも最小限ですんでくれたようだ」
「『すんで“くれた”』って時点で、現実に対して全力で白旗掲げてるよねー……」
 イクトの言葉にジャックプライムは思わず苦笑し――気を取り直し、イクトは真っ赤な顔で湯船につかるエリオに尋ねた。
「ところでエリオ」
「はい?」
 我に返り、顔を上げるエリオに対し、イクトは尋ねた。
「確か、オレに聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「あ、あぁ、そうでした!」
 イクトの言葉に、本来の目的を思い出したエリオはイクトへと詰め寄り、
「え、えっと……イクト兄さんは、あの“黒き暴君”――スバルさんのお師匠様の知り合いなんですよね?」
「ん? まぁな。
 “知り合い”というよりは、“ライバル”とか“宿敵”といった方が適切だがな」
「何…………?」
 エリオに答えるイクトの言葉に、わずかにマスターコンボイが反応する――が、それに気づくことなく、イクトは続ける。
「何だ、聞きたかったのはヤツの話か?」
「あ、はい……
 イクト兄さんだったら、詳しいことを知ってるんじゃないかと思って……」
「なるほどな……」
 エリオの言葉に、イクトはその意図を読み取って苦笑した。確認の意味を込め、尋ねる。
「具体的には何が聞きたいんだ?」
「えっと……あの人の戦い方とか、強さの秘密、みたいな……
 ライバルだったイクト兄さんなら、そういうの、よく知ってるんじゃないですか?」
(やはりか……)
 要するに、ジュンイチのことを、その戦いの軌跡を知ることで自らの血肉にできる何かを見出したいのだろう。向上心が旺盛で結構なことだ。
 正直、自分について聞かれないのは戦士として、そして(なりたてとはいえ)義兄としてのプライドが傷つくところだが――スバルやアリシア、はやてという“語り部”のいたジュンイチと違って、自分のことはエリオ達はあまり聞かされていなかったらしい。知名度の差としてとりあえず納得しておくことにする。
 と――
「オレもぜひ聞かせてもらいたいものだがな」
 脇から新たな声が上がった――見れば、マスターコンボイがこちらに明らかな興味のこもった視線を向けている。
「オレとしても、ヤツの暴れぶりにはそれなりに興味を持っていたんだ。
 前にアリシア・T・高町にも聞いたが――かなり主観の入った解説だったのでな」
 具体的には再三挙がった“鈍感”呼ばわりとか。
「まぁ、アイツはスバル・ナカジマやギンg――彼女の姉と並ぶ“柾木派”の急先鋒だからな。
 八神はやて達には聞いたのか?」
「ヤツの名前が出るたびにテンションが急降下したりヘタをすればフリーズするような連中をあてにできるか」
「…………十分に納得した」
 マスターコンボイの答えに納得し、イクトは思わず肩をすくめる。
「そういえば……ボクも空港火災の時にちょこっと一緒にいただけで、あの人のことはほとんど知らないんだよねぇ……」
「わたしも……」
 ジャックプライムやキャロも話に加わってきた――ここまできて話さないのもどうかと思い、イクトは口を開いた。
「そうだな。
 ヤツのことを簡潔に表すなら――それは至極単純な一点に集約される」
「というと?」
 エリオの問いに、イクトは息をつき――告げた。

「“最悪”だ」

『………………』
 果たしてイクトはこれを狙っていたのか否か――彼の放った一言により、場の空気は実に微妙なカンジで停止した。
「…………“最悪”、ですか?」
「そう。“最悪”だ」
 思わず聞き返すエリオだが、イクトはあっさりと答える。
「戦いにおいて、不意打ち、トラップ、だまし討ちは当たり前――必要とあれば迷わず逃げるしな、しかも神速レベルで。
 私生活においても他人をおちょくる、揚げ足はとる、屁理屈はこねる、ウソはつく……
 戦いの場でも生活の場でも『超一流』と言っても差し支えない力を持っているのに、そのことをつくづくしょうもないことにしか使おうとしない――それが柾木ジュンイチという男だ」
「そ、それは、何と言うか……」
「う、うーん……」
 イクトのその言葉に、ジャックプライムもキャロも乾いた笑いを返すしかない。
「実際、10年前、オレとヤツが敵味方に分かれていたあの“瘴魔大戦”の頃も……戦列に加わったばかりの頃は、当時の仲間達ですらヤツのあの態度にはほとほと手を焼かされていたらしい。
 だが――」
 そこでイクトは一度言葉を区切った。息をつき――エリオは彼の笑顔が苦笑から優しげなものに変わったのに気づいた。
「それでも、ヤツは“守りたいものを守る”という点だけは絶対に曲げることはなかった。
 どれだけ周りを振り回そうと、その中で全員のことをちゃんと見ていた――常に周りのヤツらに気を配り、あらゆる危機から守ろうとしていた。
 常に誰かのことを想っていながら、それを決して表に出そうとしない――秘めた想いを破天荒な行いで覆い隠してしまう、実に卑怯な男だ」
 イクトのその言葉に、一同は思わず顔を見合わせ――そんな彼らに、イクトは笑いながら告げた。
「最後に、ひとつだけ教えておいてやる。
 オレの知る限り、ヤツに関わって振り回されずにすんだ人間などひとりもいない。
 だがな――」
 

「ある程度の期間ヤツに振り回されて、なおヤツを嫌い続けている人間も、ただのひとりもいないんだ」

 

 

「取ったフタはそこのゴミ箱でいいぞー」
「…………ん?」
 風呂上り、みんなでフロントに出てきたところに聞こえてきたのはイクトの声――はやてが見やると、イクトがエリオとキャロに牛乳びんの開け方を教えているところだった。
「おー、古きよき伝統やねー♪」
「こういう場で入浴するのなら必須だろう?」
 すでに自分達には気配で気づいていたのだろう。前触れもなく声をかけたはやてにも、特に驚く様子も見せずにイクトはそう答えた。
「何ですか? これ」
「あ、ティアは知らない?
 お風呂上りの牛乳、すっごくおいしいんだよ!」
 首をかしげるティアナにスバルが答えると、イクトは眉をひそめてはやてへと視線を向け、
「何だ、隊舎の風呂には置いていないのか?
 こういった風情は人一倍重んずる貴様にしては珍しいな」
「置きたいんやけどねー……ミッドの牛乳にはなかなかいい銘柄がなくてなー……」
「なるほど、そこにこだわるからこそか……
 まぁ、地球とミッドでは牛の生態も同一とは言えないからな」
 はやての言葉に納得すると、イクトはティアナへと向き直り、
「いい機会だ。異文化交流と思って知っておくといい。
 この国の公衆浴場では、風呂上がりにびん牛乳を一気飲みするのがある種の醍醐味として定着しているんだ」
 言って、イクトは自販機に硬貨を投入。牛乳を2本購入すると器用にフタを外してティアナとスバルに配る。
「さて、その際の飲み方にも、定番の流れというものがあってだな――」
「せや!
 風呂上りの牛乳ゆぅたらこのポーズ! 他は絶対認められへん、っちゅう定番中の定番なんよ!」
 そして、飲み方を教えようとするイクトだったが――その言葉をはやてがさえぎった。セリフを奪われたイクトが渋い顔をするが、そんなイクトの分の牛乳(未開封)すら奪い取り、フタを取りながらスバル達やエリオ達に向き直り、続ける。
「ほないくで!
 まず、足は肩幅!」
『はい!』
「左手は腰!」
『はい!』
「右手はびんを持ち、開くその向きは右前45度!」
『はい!』
「でもって、そのままの角度を維持しつつ一気飲みや!」
 はやての言葉を合図に、一気に牛乳を飲み干すスバル達4人――初めての人間が多い割にはなかなか堂に入った飲みっぷりだが、指導を受けつつ同時に一気飲みを敢行するその姿はなんだかシュールだ。
 そして――
「…………ぷは〜っ!
 この一杯のために生きとるって気がするわ!」
「貴様は貴様でオヤジ臭いな」
 はやてに対してはマスターコンボイのツッコミが入った。
 

「…………ふむ」
 エントランスから外に出るなり、マスターコンボイはヒューマンフォームのまま夜空を見上げた。
「どうしたんですか? マスターコンボイさん」
「いや……いい風が吹いたのに気づいてな」
 尋ねるなのはに、マスターコンボイはあっさりとそう答える。
「ロボットモードではこういう風もデータでしかわからなかったからな……
 こういうのが味わえるなら、ヒューマンフォームも悪くない」
「そかそか。
 マスターコンボイもようやく人間の素晴らしさがわかってきたみたいやね」
「だがな」
 うんうんとうなずくのはマスターコンボイに現在の姿を提供したはやてだ――彼女の介入に間髪入れずに反応し、マスターコンボイはジロリと彼女をにらみつけ、
「やはりこの子供の姿だけは耐えられん。
 帰ったら即時ヒューマンフォームのリデザインを要求する」
「別にえぇよ。
 その時は私のデザインした超ショタ向けな――」
「よし、この姿のままがんばるとしよう」

 『打てば響く』という表現がピッタリと当てはまりそうな勢いで即答した。
 この子供の姿はできることならかんべん願いたいが、その先により危険度の増す姿への進化(退化?)が待っているというなら話は別だ。これ以上某“橙色の狩人”の暴走を加速させるような事態だけは全力を持って排除したい。その時狩られるのは自分なのだから。
 “今のままでもいずれは狩られる”という現実に気づかぬまま、マスターコンボイは一同の先頭に立って歩き出し――
「………………」
 何かに気づき、立ち止まった。
 同時――背後から声が上がる。
「クラールヴィントが……!?」
「ケリュケイオンも……!?」
 シャマルとキャロだ。見れば、ウェイトモードの二人のデバイスがしきりに明滅を繰り返している。
 これは――
「サーチャーに反応……!?」
「“古代遺物ロストロギア”が、見つかった……!?」
 すぐにその意味するところを悟り、なのはやフェイトの表情が鋭さを増す――そして、はやては一同を見回し、告げる。
「よし、ほんなら、機動六課、出動や!」
『了k――』
「待て」
 はやての言葉に答えかけた一同に、マスターコンボイは迷うことなく待ったをかけた。
「な、何?
 せっかく気合入れたのにぃ……」
「これを見ろ」
 肩をこけさせたスバルに答えると、マスターコンボイは懐に手を突っ込み、紐でつながれて首から提げられていた漆黒の結晶体を取り出した。
 デバイスカード形態と並ぶ、オメガのもうひとつのウェイトモードだ――まるでマナーモードの携帯が着信しているかのように震えているのを見て、スバルは眉をひそめる。
「何かに反応してる……?」
「“古代遺物ロストロギア”じゃないんですか?」
「そっちに反応するようには設定していない。
 こいつは別口だ」
 エリオとキャロに答えると、マスターコンボイは息をつき、告げた。
「こいつは――」
 

「ノイズメイズ達の反応だ」


次回予告
 
フェイト 「マスターコンボイがキャロのお兄ちゃんになったと思ったら、今度はイクトさんがエリオのお兄さんに……」
イクト 「まぁ……本人の希望もあったからな。いつの間にかそういうことに……」
はやて 「ということは……フェイトちゃんって、二人にとっても母親?」
フェイト 「ちょっ、はやて!?」
はやて 「だって、フェイトちゃんはエリオ達の母親役なんやし……」
イクト 「母親が年下というのは激しくマズイだろうが!」
はやて 「背徳的な感じがまた良し!」
イクト 「もういい! 貴様はもうこれ以上しゃべるな!」
フェイト 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第15話『Master & Kaiser〜二人のコンボイ〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/07/05)