「ホントにひとりで行かせて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思うよ。
 現場には管理局の部隊もいるんだし」
 サイバトロン基地、指令室――尋ねるかがみに対し、美遊はあっさりとそう答えた。
「お姉ちゃん、きっと大丈夫だよ」
「んー、私も、大丈夫だとは思うけど……なんか納得いかないのよね」
 なだめるように告げるつかさだが、かがみはまだ納得がいかないようだ。不満そうにしていると、今度はみゆきがかがみをなだめる。
「大丈夫ですよ。
 今までのミッションプランだって、“大変”なものはあっても“無理”なものはなかったじゃないですか。
 今回だって、ひとりでも大丈夫だと判断されたからこそなんじゃないですか?」
「それは、そうだけど……」
 みゆきの言葉に、かがみはそう答えてため息をつき――
「まぁ、不安なのはわかるけど、まずは信じよう。ね?」
 そんなかがみに告げながら、イリヤは指令室のモニターへと視線を戻した。
 そこに映るカイザーコンボイの姿を見ながら、付け加える。
「信用に値する、それだけの実力は、身につけてきたはずでしょ?」
 

「なん、で……!?」
 突如現れ、名乗りを上げたカイザーコンボイ――その声に目を見開き、スバルは呆然とつぶやいた。
「お兄ちゃんの声……!?」
 そう、その声とは、彼女が師としても慕う“兄”の声――なぜここで“彼”が出てくるのか、予想外すぎる事態に思考がついていかない。
 しかし――その声に覚えがあるのはスバルだけではなかった。
「あの声って、まさか……!?」
 間違いない、かつて共に仕事に携わり、自らの力に怯える自分に喝を入れてくれたあの人の声――マスターコンボイのライドスペースの中で、キャロは眼を白黒させながらつぶやいた。
 そして――
《あの時の、あの人の声……!?
 けど……スバルさん、『お兄ちゃん』って……!?》
「…………知っているのか? エリオ・モンディアル」
 ここにもいた。ゴッドオンしたままつぶやくエリオに、マスターコンボイは警戒を解かないそのままの姿勢で尋ねる。
 一方、そのカイザーコンボイはそんなスバル達にかまうことなく大地に降り立ち、静かにマスターコンボイへと振り向いて――次の瞬間、一撃が放たれた。

 

 マスターコンボイに向かって。

 

 


 

第16話

ただできることを
〜炎の翼と深淵の杖〜

 


 

 

 敵か味方か、そこがハッキリしていないカイザーコンボイを相手に、マスターコンボイの中に一切の油断はなかった。
 しかし、現実、反応はまさに紙一重――瞬間的に絶好の間合いに飛び込んできたカイザーコンボイの蹴りは、マスターコンボイのかまえたオメガの柄に思い切り叩きつけられていた。
 予想を上回る衝撃に、とっさに踏んばっていた両足に力を込めるが――それでもマスターコンボイはゆうに10メートル以上も押し戻される。
「えぇっ!?
 な、ななな、何!?」
 いきなり放たれた強烈無比な一撃――突然のことに、スバルは思わず声を上げた。
 しかし、それもムリのない話だ。彼女の“兄”にして“師”である柾木ジュンイチという人間は“周囲の状況を把握する”という能力に関しては普段の生活の中でさえ鋭敏すぎるほどのモノを持ち、それが戦場になるとさらに研ぎ澄まされる。カイザーコンボイにゴッドオンしているのが本当に彼だとするなら、今カイザーコンボイが蹴り飛ばしたマスターコンボイのすぐそばにいた――マスターコンボイと共に戦っていた自分に気づかないはずがないのだ。
 つまり、“カイザーコンボイ=ジュンイチ”という仮説で語るならば、彼はスバルの存在を、マスターコンボイがスバルの仲間であることを理解した上で蹴り飛ばしたことになる――
「おに……し、師匠!
 いきなり何するの!?」
 動揺のあまり、いつの間にか本来の“兄”に対する呼び名になっていたことに気づき、あわてて“師匠”と呼び直す――いきなりマスターコンボイを蹴り飛ばしたことに対し、その真意を問いただそうとするスバルだったが――
「…………『師匠』?」
 カイザーコンボイはスバルの言葉、特にその中の“師匠”という呼び名に対し、まるで違和感を抱くかのような反応を見せた。振り向き、スバルへと視線を向け――告げる。

 

「……誰? キミ」

 

「え………………?」
 何の気なしに、そんな表現が相応しいほどすんなりと放たれた一言――しかし、その一言は、スバルの思考を停止させるには十分すぎる衝撃を持っていた。眼を大きく見開き、スバルは呆然と声を発する。
「し、師匠……?
 あたしだよ、スバルだよ!? わからないの!?」
「『わからない』? 違うよ。
 『知らない』よ、キミのことなんか」
 それでも我に返るなりそう問いかけるスバルだったが、カイザーコンボイはやはりあっさりとそう答える。
「そんな……!?
 師匠じゃ、ない……!?」
 しかし、聞こえるその声は紛れもなくジュンイチのもの――呆然とスバルがつぶやくと、
《待ってください!」
 その声はスバルの頭上から――ゴッドオンを解除し、エリオはスバルのとなりに降り立ってカイザーコンボイに告げる。
「ホントに知らないんですか!? ボクらのこと!」
 彼もカイザーコンボイの声に聞き覚えのある人物のひとり。スバルの師匠ではないのなら、ひょっとしたらかつて自分を救ってくれたあの青年ではないか――そんな想いと共に尋ねるエリオだったが、
「だから、知らないってば」
 それでも、カイザーコンボイは首を左右に振っていた。
「どうも、誰かと間違えてるみたいだから言わせてもらうけど……私は、キミ達のことなんか知らないよ。
 全員が全員、ひとり残らず初対面だよ」
「そんな……!」
 ゴッドオンしているのはジュンイチではないのか――カイザーコンボイの言葉にスバルがうめくと、
「そんなことは、どうでもいい……!」
 割って入ったのはマスターコンボイだった。未だ両手に残るしびれに顔をしかめながら、カイザーコンボイに告げる。
「問題は、貴様がオレを蹴り飛ばした、ということだ。
 貴様らにとっても、敵はユニクロンの一派のはずだ――どういうつもりで、オレに攻撃をしかけた?」
 確かに自分はかつて多くの罪を背負った。かつての自分――マスターメガトロンを恨む存在など星の数ほどいるだろう。普段のティアナがいい例だ。
 しかし、こうして新たな姿へと新生を遂げ、しかもその事実は彼の正体が知れ渡り、その身に余計なトラブルが降りかかる可能性を危惧したはやてやスタースクリーム以下六課の後見人達によって徹底的な隠蔽が行われている。“事情”を知る者が限られている現状の中、いきなり襲われるような覚えはない。ディセプティコンやガジェット達、ノイズメイズ達のような敵対している連中ならともかく、相手が“守る者コンボイ”を名乗るような存在であればなおさらだ。
 いきなりの一撃、その真意が読み取れず、さすがのマスターコンボイも直接問いたださずにはいられなかったワケだが――
「『どういうつもり』……?
 それは、こっちのセリフだよ……!」
 対し、カイザーコンボイは苛立ちもあらわにそう答えてきた。同時にクルリときびすを返し、
「コレは何?」
 そう言いながら示したのは、つい先ほどマスターコンボイ達とランページの戦いに巻き込まれて崩壊したビルの残骸である。
「一体何考えてるの?
 こんな街中で戦って……!」
「民間人なら避難させている。
 その上結界まで張っているんだ――避難と結界、二段かまえで守りの体勢は整えているだろう」
 カイザーコンボイの言葉にそう答えるマスターコンボイだが――
「ぜんぜんだよ」
 そんなマスターコンボイに対し、カイザーコンボイは冷淡な口調でそう答えた。
「確かに、そこまでやったなら、街の人達に被害はないだろうね。
 けど――」

「その人達の帰ってくる、この街はどうなるの?」

『あ………………』
「………………っ」
 その言葉に、カイザーコンボイの言いたいことに気づいたエリオやキャロがそれぞれの場所で声を上げる――同様に、マスターコンボイもまた、思わず反論しようとしていたその言葉を呑み込んだ。
「たとえ人に被害は出なくても、街に被害が出たら、結局戻って来た人達を悲しませるだけなんだよ!
 結界があったって……みんなを避難させたって、街を巻き込んでいい理由にはならないよ!」
 そして、カイザーコンボイは再び背を向け、言い放った。
「マスターコンボイ、だっけ?
 ハッキリ言うよ。キミ……」
 

「“守る”ってことを、ぜんぜんわかってないよ」
 

「………………」
 放たれたカイザーコンボイのその言葉に、マスターコンボイは何も言い返せない。
 別に、自分は関わりのない人々まですべてを守ろうというつもりはない。自分が守りたいと思う者達、すなわち六課の面々さえ守れればそれでいい、というのがマスターコンボイの方針だ。
 しかし、だからといって、カイザーコンボイの言い分が当てはまらないワケではないのだ。もし、仮に戦いによって六課の隊舎が失われれば、たとえ戦いに勝利しても、なのは達は決して喜べはしないだろう。それが、本当に『なのは達を守りきれた』と言えるだろうか。
 昼間ライガーノワール達を訪ね、『海鳴を守って欲しい』と(態度で)託した時も、自分は果たして街のことまで考えて伝えただろうか――海鳴を丸ごと守れば、なのは達の親しい人達を守れるから、そんな安直な発想からではなかっただろうか。
 なのは達を、そして彼女達の周りの人達さえ守れればそれでいいと思っていた――否、“それでいいと決めつけていた”。自らの甘さとそのために破壊された街という結果を突きつけられ、マスターコンボイは思わず歯がみして――
「そんなことない!」
 反論の声は別の場所から上がった。
 スバルだ――カイザーコンボイを見上げ、マスターコンボイを弁護するように懸命に訴える。
「マスターコンボイさんは、今まで何度もあたし達を助けてくれた! 守ってくれた!
 『守ることをわかってない』とか――そんなことない!」
「よせ、スバル・ナカジマ」
 しかし、そんなスバルを止めたのは、他ならぬマスターコンボイだった。
「貴様がどう弁護しようが、オレが街を守ることを放棄していた、その事実は変わらん。
 なのは達の故郷を守ろうとしながら、そこに暮らす“人”しか守ろうとはしていなかった――ヤツらの“居場所”も守らなければならないことに気づけなかった、それは明らかにオレのミスだ」
「でも…………」
 納得がいかないのか、マスターコンボイの言葉に複雑な表情を見せるスバルだったが――
「――――――っ!?
 下がれ、お前ら!」
 一瞬早く“それ”に気づいたマスターコンボイがスバルとエリオを抱え込み――そんな彼の背中にミサイルが着弾、爆発が巻き起こる!
「マスターコンボイさん!?」
 明らかに自分達をかばったマスターコンボイの姿に、スバルは思わず声を上げ――
「こっちを無視して、ゴチャゴチャと……!
 えぇ御身分じゃのぉ!」
 そう言い放ち、ランページは手にしたガトリングミサイルを再びマスターコンボイに向ける。
「そら、もう1発じゃ!」
 言って、ランページはガトリングミサイルの引き金に指をかけ――
「そう言うそっちこそ――」
 その瞬間、ガトリングミサイルの銃口が勢いよく蹴り上げられた。
 いきなりの一撃に戸惑いながらも、ランページはすぐに蹴りの放たれた方向へと振り向くが、それよりも早く蹴りの主は身をひるがえし、
「私を、お忘れでないかな!?」
 言って、カイザーコンボイは思い切りランページを真上に蹴り飛ばす!
「『無視するな』って怒っておいて、自分が無視してたら世話ないよねー♪」
 頭から道路の真ん中に叩きつけられるランページに対し、カイザーコンボイはまるでバカにするかのように言い放つ。
「く…………っ!
 なめんなぁ!」
 対し、ランページは身を起こすなりガトリングミサイルを乱射、放たれたミサイルは一斉にカイザーコンボイへと襲いかかり――
「まったく……
 相変わらず、荒っぽいよねぇ」
 ため息まじりにそうつぶやくと、カイザーコンボイはそれを取り出した。
 1枚のTF用デバイスカードだ――淡々とその名を呼ぶ。
「Start up――“戦女神之楯アイギス”」
〈Start up!〉
 その言葉と同時、カイザーコンボイの右腕に装着されたのは、先端に両刃のブレードを備えたシールド――昼間、マスターコンボイが国守山でカイザーコンボイの姿を目撃した際にも装着していたものである。
 右腕に固定された楯に備えられたその刃を、カイザーコンボイは素早く振るい――ランページの放ったミサイルをことごとく両断、空中で爆発させる。
「あのさぁ……
 その攻撃、いい加減近所迷惑だから自重して欲しいんだけど」
「やかましいっ!
 お前らが素直にくらってくたばってくれるっちゅうなら、いくらでもおとなしゅうしたるわいっ!」
「あー、やっぱり?
 仕方ないなぁ……」
 攻撃方法を改めてくれる可能性はやはりゼロ――予想通りのランページの答えに、カイザーコンボイは肩を落としてアイギスの刃、その切っ先を道路に軽く触れさせ、
「そっちがそうなら、“いつもみたいに”場所を移させてもらうよ」
 その足元にベルカ式魔法陣が展開され――告げる。
「奔れ、灼熱の道――」

「ブレイズ、ロード!」

「――――――っ!?」
 その魔法の名、まさか――驚愕に目を見開くスバルの目の前で、その予感は今まさに的中した。地面に触れたアイギスの切っ先から真紅の帯状魔法陣が発生、一直線にランページに向かって伸びていく。
 そのまま、それはランページの腹部を直撃、数メートル押し戻し――軌道を変えた。上昇するように上方向に向きを変え、ランページの身体を上空に向けて運び去る!
 それは、帯状魔法陣が実体を持つ、“足場形成用の魔法陣”であることを示していて――
「ス、スバル、あれって……!」
「うん……
 あたしのウィングロードと、同じ……!」
 驚いているのはスバルだけではなかった。となりで呆然とつぶやくアスカにスバルが答えると、
「へえ……
 キミも使えるんだ?」
 そんなスバル達の会話を聞きつけ、カイザーコンボイはスバル達へと視線を向けた。
「じゃあ、ついでに見せてあげるよ。
 ブレイズロードには――こういう使い方もあるってことを!
 ブレイズ、ケージ!」
 そうカイザーコンボイが告げ――ブレイズロードの軌道が再び変化を見せた。先端に引っかけていたランページを放り出すと、その周囲を縦横無尽に駆け巡る。
 そして――数秒の後、空中にはランページを内部に閉じ込めた、巨大な“魔法陣の檻”が完成していた。
「ウィ――ブレイズロードで、ランページを捕獲した……!?」
「あんな使い方があったなんて……!」
 上空に完成したブレイズケージを見上げ、アスカとエリオがつぶやくと、カイザーコンボイはブレイズに向けて飛翔、わずかに口を開けたすき間からその内部へと飛び込んでいってしまった。
「アイツ……!」
 ランページは自分達にとっても敵なのだ。こちらも後を追いたいところだが、あいにく自分は飛ぶことができない――見ているしかない現状に歯がみするマスターコンボイだったが、
「安心しろ」
「――――――っ!」
「貴様の相手は、オレがしてやる!」
 そんなマスターコンボイに告げ――ビーストモードのエルファオルファが突撃、マスターコンボイに体当たりをお見舞いする!
 しかもそれで終わりではない。エルファオルファはマスターコンボイを一気に押し戻しながら街中を駆け抜け――そのまま臨海道路から海上へと飛び出した。マスターコンボイと共に、水しぶきを立てて海中へと没する。
「マスターコンボイさん、キャロ!」
 まだマスターコンボイのライドスペースにはキャロが乗ったままだ。あわてて二人の救出に向かおうとするスバルだったが――
「待って!」
 アスカがそれを押しとどめた。
「アスカさん!?
 どうして――」
 『止めるんですか』――そうエリオが尋ねるよりも早く、“答え”の方が姿を現した。
 自分達をグルリと包囲した――シャークトロンの群れが。
 

「フォースチップ、イグニッション!
 ポイズン、アロー!」

「なんの、これしき!」
 イグニッションし、右腕のポイズンアローを放つラートラータに対し、アリシアはロンギヌスを振り回して飛来する毒矢を叩き落とし、
〈Photon Lancer!〉
「Shoot!」
〈Calibur Shot!〉
「いっけぇっ!」
「その程度!」
 フェイトがフォトンランサーを、キングコンボイが魔力刃を放つが、サウンドウェーブはいともたやすくかわし、逆にブラスターガンで反撃してくる。
「ビッグミサイル!」
「ディバイン――バスター!」
 一方、なのははビッグコンボイと共にノイズメイズと交戦――ビッグコンボイが周囲にばらまいたビッグミサイルで動きを封じ、なのはがディバインバスターを放つが、ノイズメイズはワープを駆使して難なく回避。それどころかビッグコンボイの背後にワープアウト、思い切り蹴り飛ばす!
「どうしたどうした!
 10年前と比べても、明らかにパワーダウンしてるじゃないか!」
「く………………っ!」
 余裕を見せるノイズメイズに対し、なのははうめきながらもブリッツシューターを放つが――
「リミッターなんかおとなしくかけられてるから、いざって時にこうなっちまうんだ!
 まったく、宮仕えってのは不便だよなぁっ!」
 ノイズメイズは再びワープで回避、上空からなのはに向けてビームを乱射する!
 

「マズイなぁ……
 ちょっと、旗色悪いかも……」
 一方、こちらはコテージのロングアーチ――なのは達やマスターコンボイ達がそれぞれの場所で苦戦する姿に、はやてはうめくようにつぶやいた。
「10年前のデータよりも、ノイズメイズ達の動きがいい……!」
「向こうも、この10年でレベルアップしてる、ってワケね……!」
「その上、みんなにはリミッターもかかってるし……!」
 事態が事態のため、手伝いを申し出てくれたすずかやアリサ、エイミィもなのは達の苦戦する姿に思わず不安をもらす。
「それに……」
 そして、はやては市街地の上空に出現した、真紅の魔法陣の塊に映像を切り替えた。
 カイザーコンボイの展開したブレイズケージである。
「あの子、いったいどういうつもりで出てきたんや……?
 それに、仲間の子達が出てきてないのも気になるし……」
 真意が見えないカイザーコンボイの行動に、はやては思わずつぶやき――
「…………おい」
 そんな彼女達に、イクトが声をかけてきた。
 どちらかと言えば前線戦力であるイクトが、なぜ未だにこんなところにいるのかといえば――
「このチビ竜を連れて行けばいいんだな?」
 キャロの“相棒”を現場に送り届けるため――フリードを抱え、イクトははやてにそう尋ねる。
 当のフリードは、両足や翼、牙を総動員し、イクトに対して引っかく、はたく、咬みつくと全力で抵抗中――イクトの無条件に動物に嫌われてしまう“体質”は、残念ながらフリードにも適用されてしまっているようだ。
「ゴメンな、イクトさん……
 ホントなら私が出られればえぇんやけど……」
「いや、適切な判断だ。
 この場のメンツで後方指揮ができるのは貴様しかいないのは事実だ」
 「オレは前線指揮専門だしな」と付け加えると、イクトは現場に向かうべくきびすを返し――ふと動きを止めた。
「…………イクトさん?」
 シャマルが思わず首をかしげ――そんな彼女にイクトは告げた。
「……誰か道案内についてきてくれ。
 ナビゲータが壊れたままなんだ」
 そんな彼へのツッコミか今までの抵抗の延長か――フリードの炎がイクトの顔面に吐きかけられた。
 

「ミサイル、ばーんじゃあっ!」
 カイザーコンボイのブレイズケージに閉じ込められたランページだったが――その程度でおとなしく捕まるような性格はしていない。自分に追撃をかけるべくブレイズケージに飛び込んできたカイザーコンボイへとミサイルを放つが、
「そんなの!」
 カイザーコンボイはアイギスを振るい、いともカンタンにそれを切り払うとランページに肉迫、彼を上方へ蹴り上げた。
 一撃を受け、ランページはちょうどブレイズケージの中央辺りまで浮かされて――
「それじゃ――いっくぞぉっ!」
 そのランページに向け、カイザーコンボイは全身のバネで跳躍、一瞬にしてランページに追いつき、その身体を思い切り蹴り飛ばす!
 勢いよくはね飛ばされ、ランページはブレイズケージの壁面に叩きつけられ――そこにカイザーコンボイが飛び込んできた。飛翔による加速と自らの機体重量を十分に込めた蹴りがランページの腹に叩き込まれ、再び壁に叩きつけられたその身体を再度ケージの中央に向けて蹴り飛ばす!
 後はその繰り返し――跳躍と飛翔を巧みに駆使し、カイザーコンボイはランページを空中に留めたまま強烈な蹴りやアイギスの一撃を叩き込み続ける!
 

「あ、あれって……!」
 空中でランページを痛めつけるカイザーコンボイの姿――シャークトロンと戦う一方でその動きを見て、ティアナはあることに気づいた。
「ねぇ、スバル……」
「うん……!」
 戦闘開始当初はあれだけウジャウジャいたシャークトロンも、根気よくツブし続けたおかげで残り数体――会話を交わす余裕ができたこともあり、確認するティアナに対し、スバルは静かに――それでもシャークトロンを殴り倒す手を止めぬままうなずいた。
「思い切り加速して、相手の懐に飛び込んでの渾身の一撃……それがシューティングアーツの基本。
 “走る”代わりに“飛ぶ”、“殴る”代わりに“蹴る”“斬る”――スタイルは違っても、カイザーコンボイのあの戦い方はその基本を忠実に守ってる……!」
「じゃあ、アレもSAだってこと?」
「うん」
 視界のすみでは、ちょうどアスカとエリオがシャークトロンの最後の1体を二人がかりで粉砕したところだった――ブレイズケージを見上げ、スバルはティアナに答える。
「空中での機動近接戦にSAを取り入れた、空中戦用SA、“フライングシューティングアーツ”……
 10年前、お母さんが――」
 

「師匠と二人で完成させた、オリジナルSA……!」

 

「…………っ、ならぁっ!」
 空中にその身をとどめられ、いいようにカイザーコンボイにいたぶられていたランページだったが、いつまでもやられてばかりではなかった。かろうじてカイザーコンボイの蹴りを左手のガトリングミサイルで受け止め、何とか打撃の無限ループから脱出する。
「あらら、逃げられちゃった。
 まったく、いつもいつもしぶといねー」
 しかし、勝敗は誰の目にも明らかだった。肩をすくめ、カイザーコンボイはランページへと呼びかける。
「ねぇ、一応聞いとくけど……素直に降参してくれる気、ない?」
「あるワケないじゃろうが!」
「あー、まぁ、そうだろうとは思ってたけどね」
 即答するランページの言葉にそうつぶやくと、カイザーコンボイは息をつき、
「仕方ないね。
 フィニッシュいくよ――帰りは、ノイズメイズ達に運んでもらってね♪」
「やれるもんなら、やってみぃや!」
 反論し、両手のガトリングミサイルを撃ちまくるランページだったが――カイザーコンボイには届かない。アイギスの一振りでまとめて斬り払われる。
「それじゃ――最後、いくよ!」
 言って、カイザーコンボイはランページへとかまえ――
「――――――っ!」
 そのかまえを見て、ティアナは思わず息を呑んだ。
 右手を頭上に、左手を真下に伸ばしたそのかまえは――
「スバルのディバインバスターと、同じかまえ……!?」
 

「フォースチップ、イグニッション!」
 カイザーコンボイの咆哮が響き――ミッドチルダのフォースチップが飛来した。そのまま、カイザーコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、カイザーコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 カイザーコンボイのメイン制御OSがフルドライブモードへの移行を告げ――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出、さらにバックパックの推進部からも炎が噴出し、炎の翼となる。
 頭上に掲げた右手、反対方向、真下に向けて伸ばした左手――それぞれの手を大きく半回転、描かれた円の軌道に“力”が流れて燃焼、発生した炎の輪が一気に火勢を増し、カイザーコンボイの目の前で巨大な炎の塊となった。さらに勢いを増すと形を変え、巨大な鳳凰を形作る。
「あ、あれは……!?」
 目の前で進む流れには、若干の違いはあれど覚えがある――思わずスバルが声を上げるが、
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 カイザーコンボイはかまわない。制御OSが告げる中、炎の翼を広げて飛び立ち、炎の鳳凰の頭部へと後ろから飛び込んで――
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 鳳凰の口から、ランページに向けて強烈な勢いで撃ち出された。鳳凰を形作っていた炎を全身にまとい、自身の飛翔速度をはるかに上回る速さで身を起こしたランページへと突っ込み――
「紅蓮――蹴撃!
 クリムゾン、ブレイク!」

 ランページに向け、渾身の飛び蹴りを叩き込む!
 同時、カイザーコンボイの導いた炎の渦が襲いかかった。カイザーコンボイの蹴りを受けたランページを飲み込み、その身体をブレイズケージの外壁をブチ抜いて外へと放り出し――
「ぐわぁぁぁぁぁっ!」
 周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、ランページは天高く吹き飛ばされていった。
「…………さて、ランページは撃破、と……」
 これでランページはリタイア。次の獲物を探し、カイザーコンボイは周囲を見回して――
「…………ん?」
 臨海道路沿いの海面――ちょうどマスターコンボイとエルファオルファの没した辺りが渦を巻いているのに気づいた。
「あれは…………?」
 海中の状況がわからず、カイザーコンボイは疑問の声をもらし――
「ぐわぁっ!?」
 渦の中心からエルファオルファが放り出されてきた。そのまま臨海公園の広場に叩きつけられ、
「逃がしません!」
 その後を追って飛び出してきたマスターコンボイが、エルファオルファの前に降り立つ。
 しかし――その姿は海中に引きずり込まれる前とは違っていた。ブランクフォーム時はグレーの部分が桃色に染め抜かれ、手にしたオメガは柄を長く伸ばし、両刃の刃の峰を境に二つに分かれた刃は内側に向けられ、武具というよりは杖に近い形状となっている。
 そして何より、今マスターコンボイの発した声は――
 

 キャロの声だった。
 

 

 一方、時間は少しばかりさかのぼり――

「このぉっ!」
 うめき、基本形態であるブレードモードのオメガを振るうマスターコンボイだが、エルファオルファは素早くかわし、水中を縦横無尽に駆け回る。
 そして、こちらに向けて死角から突撃、こちらが反撃に出ようとするとまた離れ、一撃離脱の戦法でこちらを翻弄する。本人達は知る由もないが、上空でランページがカイザーコンボイにやられたのと同じ展開だ。
 元々水中の生き物であるシャチを融合ビーストの素材としているエルファオルファは水中でも動きはまったく衰えを見せていない。しかし、マスターコンボイは――
「ぅおっとととっ!?」
 完全にバランスを失っている。むしろ反撃を狙って自らが振るったオメガの勢いに、逆に振り回されてしまうような有様だ。
「に、兄さん、大丈夫ですか!?」
「強がりたいところだが……正直マズイな……!」
 ライドスペースに座るキャロに答え、なんとか体勢を立て直そうとするマスターコンボイだが、立て直すどころかさらにバランスを崩し、そこへエルファオルファの突撃をくらってしまう。
「昔のボディなら、水中戦の経験もあったんだが……今のボディとはバランスがまったく違ったからな、参考にはできん。
 今のボディでの水中機動のデータがない以上、今のオレに水中戦は……!」
「それって……今の兄さんはカナヅチってことですか!?」
「『カナヅチ』とか言うな! 以前は泳げた!」
「今泳げなきゃ一緒ですよ!」
 意外と容赦のないツッコミが返ってきた――しかし、それは裏を返せば“あのキャロですら言葉を選んでいられないほど状況が切迫している”ということだ。
 実際、水中戦に持ち込まれてからというもの、こちらからはただの一太刀も浴びせられていない。水中ではまともに身動きが取れないこと、マスターコンボイがブランクフォームのままであることからくるパワー不足、その上相手は水中戦に長け、パワーにも優れるエルファオルファ――こちらに不利な条件がそろいすぎている。
(向こうが格闘戦主体で水中用の火器を備えていないのが不幸中の幸いか……!
 だが、こっちはそれ以上に何もできない、どうする……!?)
 胸中でうめくマスターコンボイだったが、自分にもオメガにも、この状況を打開できる手札は存在しない。
 現状で使えうる手段と言えば――
(攻撃を真っ向から受け止め、その瞬間に捕まえる――“肉を切らせて骨を断つ”作戦しかないんだが……!
 しかし……!)
 その作戦では、ライドスペースに残されているキャロをも巻き込んでしまうことになる――浮かんだ策はすでに却下済みだ。
「フンッ、どうやら万策尽きたようだな」
 一方、エルファオルファはまさに余裕――水中でもがき続けるマスターコンボイ姿につぶやくと、素早く彼の背後に回り込み、
「ならば――そろそろ楽にしてやるぞ!」
 吼えると同時に突撃、マスターコンボイへと一気に迫り――

 

 しかし、エルファオルファの突撃がマスターコンボイを捉えることはなかった。
「が……ぁ……っ!?」
 突然マスターコンボイの背後に出現した桃色のラウンドシールドに頭から激突したからだ。
 そして――
「兄さん、大丈夫ですか?」
 そう尋ねるのはライドスペースに座るキャロだ――今のラウンドシールドは、キャロが自らにブーストをかけて展開したものだったのだ。
 しかし、マスターコンボイが気にしたのはそこではなくて――
「まさか、お前、今のタイミングをずっと待っていたのか……!?」
「は、はい……」
 キャロが、まさに絶妙なタイミングでラウンドシールドを展開したこと――尋ねるその問いに、キャロは少しばかり恐縮しながらそううなずく。
「普通に攻撃を受け止めるだけじゃ、すぐにかく乱されて手に負えなくなると思ったから――だから、それなら不意打ちでトラップみたいに使えば、あの人も自滅を警戒すると思ったから……」
「まったく……だからと言ってムチャをやる……
 その前にオレが沈められていたら、どうするつもりだったんだ?」
「えっと……兄さんなら、耐えてくれるかな? と……」
「…………義妹イモウトヨ、無条件ノ信頼ヲアリガトウ」
 自分の強さを信じてくれるのはむしろプライド的に大歓迎だが、それで矢面に立たされてはたまらない。“兄”と慕う相手をそんな状況に放り込んでくれたキャロに対し皮肉をもらすマスターコンボイだったが――
「あ、義妹いもうとって認めてくれたんですか?」
「………………」
 素直な彼女に遠回しな皮肉を言っても額面どおりに受け取られるだけだ。満面の笑顔で返すキャロに対し、マスターコンボイは内心で頭を抱え――
「大丈夫ですよ、兄さん♪」
 そんな彼に、キャロは笑顔でそう告げた。
「『大丈夫』……?」
「はい、大丈夫です♪」
 何が『大丈夫』なのか――思わず聞き返すマスターコンボイだったが、キャロは変わらぬ笑顔でそう答える。
「狙ってたんでしょ? 攻撃を受けてでも、反撃しよう、って……
 わたしがいたから、できなかったんですよね?」
「…………なぜそう思う?」
「だって、何度も攻撃を受け止めようとして、やめてましたから……」
「………………」
 キャロの推理はそのものズバリ――別に面と向かってるワケでもないのだが、マスターコンボイは思わず視線を横にそらしてしまう。
 だが――そんなマスターコンボイに、キャロは優しげに続けた。
「でも……大丈夫ですよ。
 守りはわたしにまかせて、どーんとカウンターを狙っちゃってください!」
「安請け合いをするな。
 状況が不利すぎる――カウンターと言っても紙一重どころじゃない。文字通り“食らった以上に食らわせる”カウンターになる。
 そうなれば、ライドスペースのお前だってただじゃすまないんだぞ」
 自信満々に告げるキャロをそたしなめるマスターコンボイだったが――
「兄さん……さっきアスカさんに自分が言ったこと、忘れてます?」
「…………何?」
「アスカさんに言ったじゃないですか。
 『できないことは、できる人に頼れ』って」
 眉をひそめるマスターコンボイに対し、キャロは諭すようにそう答える。
「わたしは攻撃はできないけど、兄さんを狙う攻撃を防御することはできる……
 兄さんができない分の防御は、わたしができます! だから……」
 そこで一度息をつき――キャロは告げた。

「わたしを……頼ってください、兄さん」

「………………」
 その言葉に――今度はマスターコンボイが息をついた。体勢を立て直し、こちらに対して警戒を強めるエルファオルファへと向き直り、
「……お前ごときがオレに対して『頼れ』か?
 ずいぶんと図々しい話だな」
「そ、そんなつもりじゃ……」
 マスターコンボイの言葉に、キャロは思わず弁明の声を上げ――
「だが……適切な意見だ」
「…………え?」
 付け加えたマスターコンボイの言葉に、キャロは思わず目を丸くした。
「そ、それって……?」
「『お前の言っていることは事実だ。頼らせてもらおう』――そう言っている」
 聞き返すキャロに対し、マスターコンボイは「してやったり」とばかりに笑みを浮かべてそう答える。
「だ、だったら素直にそう言ってくださいよ!」
「お断りだ」
 ぷうと頬をふくらませ、抗議の声を上げるキャロだったが、マスターコンボイはあっさりとそう答える。
 そして、オメガをかまえ――告げる。
「こっちだって、プライドがあるんだよ――」

 

義兄あに義妹いもうとに頭を下げられるか」

 

「え………………?」
 一瞬、何を言っているかわからなかったが――その意味を理解した瞬間、キャロの表情は満面の笑みへと変わる。そんな彼女の様子に苦笑しつつ、マスターコンボイは彼女に告げる。
「さて、おしゃべりはここまでだ。
 反撃開始といこうか!」
「はい!」
 マスターコンボイが自分との関係を認めてくれた。みなぎるやる気と共に、キャロはマスターコンボイに答え――突然、二人の胸元に光が生まれる。
 エリオとの初ゴッドオンの時にも起きた、リンカーコアの共鳴である。
「エリオ・モンディアルの時と、同じ……!?」
「じゃあ……ひょっとして……!?」
 マスターコンボイの言葉にキャロがつぶやき――二人は同時に顔を上げた。

『ゴッド――オン!』
 その瞬間――キャロの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてキャロの姿を形作り――そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
 同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したキャロの意識だ。
 さらに、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのように桃色に変化していく。
 そして――マスターコンボイの手の中で、オメガが握りを長く伸ばし、ランサーモードへとその形を変えるとさらに変形、両刃の刃が峰を境に二つに分かれると、刃を内側に向けるようにそれぞれの刃が回転、魔法の杖――ワンドモードへと変形する。
 大剣から魔杖へと姿を変えたオメガをかまえ、ひとつとなったキャロとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
《双つの絆をひとつに重ね!》
「みんなを守る優しき水面みなも!」

「《マスターコンボイ――Stand by Ready!》」

「やっぱり……
 わたしも、兄さんとゴッドオンできた……!」
《あぁ。そのようだな》
 マスターコンボイとのゴッドオンを遂げ、つぶやくキャロに対し、マスターコンボイは“裏”側からうなずき、答える。
「ゴッドオンだと……!?
 だが、その程度で!」
 一方、エルファオルファもいきなりの新ゴッドオンに困惑の色を見せていた。それでも、マスターコンボイ達に向けて突進すべく身がまえて――
「…………む?」
 気づいた。
 海水の流れが変化している。マスターコンボイとキャロを中心に渦を巻き、しかもそれがどんどん勢いを増している。
 これは――
「ヤツらが、海水を操っている……!?」
 だとすれば、このまま制御を許すのはマズイ。すぐにでもそれを阻もうと、エルファオルファはマスターコンボイに向けて加速し――
《ぶちかませ、キャロ・ル・ルシエ!》
「はい!
 ディープ、トルネード!」
 しかし、それはすでに遅かった。マスターコンボイの指示でキャロがオメガを振るい――強烈な渦が巻き起こり、エルファオルファを吹き飛ばす!
 

「あれは…………?」
 キャロとマスターコンボイが巻き起こした渦は、上空でちょうど今しがたランページを撃破したカイザーコンボイも目にしていた。海中の状況がわからず、疑問の声をもらし――
「ぐわぁっ!?」
 渦の中心からエルファオルファが放り出されてきた。そのまま臨海公園の広場に叩きつけられ、
「逃がしません!」
 その後を追って飛び出してきたマスターコンボイ――彼にゴッドオンしたキャロが、エルファオルファの前に降り立つ。
「あ、あれは……!?」
「まさか、キャロ……!?」
 当然、その光景は公園の上空で戦うなのは達も眼にしていた。敵も味方も思わず動きを止める中、ゴッドオンしている人物の正体に気づいたキングコンボイとフェイトが声を上げると――
「ほぉ、キャロがゴッドオンを果たしたか……」
 そんなマスターコンボイ達の姿を前につぶやくのは、フリードを抱えた美由希と共に公園に到着したイクトだ。
「イクト兄さん、美由希さん……?」
「キャロ、相棒のご到着だぞ」
「ほら、フリード!」
「きゅくるー!」
 思わずつぶやくキャロにイクトが答え、美由希がフリードを解放、フリードはマスターコンボイから感じられるキャロの気配を的確にとらえ、彼女の元に飛ぶ。
《よし、キャロ・ル・ルシエ!》
「はい!
 竜魂召喚!」
 これでこちらの手札は完全にそろった――マスターコンボイに答え、キャロはフリードに対し竜召喚、その姿を本来のそれに戻す。
「ギュグルァアァァァァァッ!」
 そして、本来の姿に戻ったフリードは自らの魔力で筋力強化を施した両足でマスターコンボイの背中をつかみ、そのまま大空へと舞い上がる。
「くっ、逃がすか!」
 上空に逃れたマスターコンボイ達を追おうと身を起こし、うめくエルファオルファだが――
《誰が逃げるか!
 キャロ・ル・ルシエ!》
「はい!」
 マスターコンボイに答え、キャロはワンドモードのオメガを振るい――それに伴い、彼らのすぐそばの海上にいくつもの水竜巻が発生した。その先端が次々にエルファオルファへと襲いかかり、ブッ飛ばす!
「すごい……!
 キャロがゴッドオンすると、水を操れるようになるんだ……!」
 そんなキャロとマスターコンボイの戦いぶりに、駆けつけたエリオがつぶやくと、
「そりゃ、キャロちゃんは“水”属性だからね」
 そうエリオに答えたのはアスカだ。
「“水”属性……ですか? キャロが?」
「まー、キャロちゃんの“攻撃”って言ったら、今まではフリードのブラスト系だったからねぇ……そう思うのも当然なんだけど」
 思わず聞き返すティアナの言葉に苦笑すると、アスカはフリードに抱えられ、上空から水竜巻を操ってエルファオルファを翻弄するキャロ(inマスターコンボイ)を見上げた。
「キャロちゃんの力である癒しと守り――この二つはシャマルちゃんと同じ、守り、育む“水”の力……
 召喚に関しても、どこにでも存在する水はあらゆる場所に通じる“門”としてその象徴とされている……
 召喚魔法の使い手であり、同時に“癒し手ヒーラー”でもあるキャロちゃんは、これ以上ないくらいの“水”属性のエキスパートなの。
 そのキャロちゃんがゴッドオンしたことで、あの姿のマスターコンボイは“水”の属性を行使できるようになった――言わば“ウォーターフォーム”ってところかな?」
 

「エルファオルファ!?」
 マスターコンボイとキャロの新ゴッドオン・ウォーターフォームの前にいいように翻弄されるエルファオルファの姿は、当然ノイズメイズ達も目の当たりにしている――声を上げ、救援に向かおうとするサウンドウェーブだったが、
「どこへ行くつもりだ?」
 そんな彼の前に立ちふさがったのは、フリードを送り届けてとりあえずの役目を終えたイクトだ。
「邪魔をするなぁっ!」
「イクトさん、気をつけてください!」
「ソイツ強いよ!」
 当然、イクトを蹴散らすべくサウンドウェーブは拳を放つ――ついさっきまで彼を相手にしていたフェイトやキングコンボイから警告の声が上がるが、
「『強い』?
 違うな」
 イクトはほんの少し身体を横に動かしただけでサウンドウェーブの拳をかわし、
「お前達が、“力”を抑えすぎなんだ」
 言いながら――強烈な炎が巻き起こった。拳に集めたそれを叩きつけ、イクトはサウンドウェーブをブッ飛ばす!
 一撃で黒焦げにされ、墜落していくサウンドウェーブを見送り――イクトはあっさりと告げた。
「リミッターによって本来の力を出せずにいるから、強いと感じるだけだ。
 それさえなければ、お前達なら苦もなく倒せる相手だ」
 そして、次の獲物とばかりにノイズメイズへと向き直り、
「そこのヤツ、光栄に思え。
 リミッターなしのオーバーSランクが、お前らに対してどこまで通用するか――高町なのは達に見せてやるための“実例”にしてやろう」
「なめんなぁっ!」
 イクトに対して言い返し、ノイズメイズが彼に向けて突撃し――
「……バカが」
 そうつぶやいたのはビッグコンボイだった。
「ヤツはわかっていない。
 炎皇寺往人という男の実力を」
「そんなにスゴイ人なんですか?」
「あぁ」
 聞き返すなのはに答え、ビッグコンボイはあっさりと攻撃をかわされ、イクトに懐へと飛び込まれるノイズメイズの姿を見ながら告げた。
「かつて、スバルの師匠――柾木ジュンイチは、イクトのことをこう評価した」

「『まともに戦えばオレでも勝てない』とな」

 その言葉と、ノイズメイズがイクトの炎に吹き飛ばされたのは、ほぼ同時の出来事だった。

 

「ぐはぁっ!」
 キャロの操る水竜巻に弾き飛ばされ、エルファオルファは勢いよく大地に叩きつけられ、
《キャロ・ル・ルシエ!》
「はい!」
 マスターコンボイに答え、キャロは“表裏”を入れ代わる――同時、フリードが二人を放し、マスターコンボイは落下の勢いそのままに蹴りを繰り出し、エルファオルファを踏みつける。
 そして、一度間合いをとると身をひるがえし、立ち上がったエルファオルファをワンドモードのオメガで何度も打ち据え、
「こいつは――オマケだ!」
 その言葉に伴い、ワンドモードのオメガの先端に水の塊が生まれた。そしてそれが瞬時に凍結、氷のハンマーとなったそれをマスターコンボイが振るい、エルファオルファをブッ飛ばす!
「フンッ、こんなものか……」
《わたしが間接攻撃で兄さんが接近戦――
 キッチリ分担されてて、相性バッチリですね、わたし達!》
「『相性』とか言うな。余計な誤解を招きかねん」
 キャロの言葉に思わずツッコむと、マスターコンボイは息をつき、
「まぁいい。とにかく締めだ》
 そういうと、マスターコンボイは“裏”に引っ込み、
《殺しはお前がイヤだろう?
 フィニッシュはお前に譲ってやる――死なない程度に半殺せ》
「あ、あの、えっと……」
 『死なない程度に』と言ってる割に後に続く一言が物騒だ――どう返せばいいものかとリアクションに困りつつ、キャロはオメガをかまえ、
「それじゃ――いきます!」
 

「《フォースチップ、イグニッション!》」
 マスターコンボイとキャロ、二人の叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、マスターコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、マスターコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そう告げるのはマスターコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 再び制御OSが告げる中、キャロはワンドモードのオメガをかまえ、
「いっけぇっ!」
 それを振るうと同時、エルファオルファの周囲に巨大な水竜巻が発生、その動きを封じ込める。
 さらに、キャロはそんなエルファオルファの頭上にも水を集結させた。水竜巻とは別に巨大な水の塊を作り出し――
《凍てつけ!》
〈Icebarg!〉
 マスターコンボイの指示でオメガが凍結魔法を発動、水の塊を巨大な氷塊へと作り変える!
 そして、マスターコンボイとキャロはオメガを振り上げ――
「氷結――」
《圧砕!》

「《アイスバーグ、プレッシャー!》」

 振り下ろすと同時、氷塊はものすごい勢いでエルファオルファに向けて落下し――水竜巻で身動きの取れないその身体を押しつぶす!
 そして、マスターコンボイはクルリときびすをかえし、
「《成、敗!》」
 その宣告を合図に、背後の氷塊が砕け散り――そこには、氷塊の重量で四肢を完全に粉砕されたエルファオルファが息も絶え絶えといった状態で残されていた。
「チッ、エルファオルファまでやられたか……」
 ランページがカイザーコンボイに、サウンドウェーブとノイズメイズがイクトに敗れ、今またエルファオルファまで――シグナムと対峙したまま、ドランクロンは悔しげにうめいた。
 現状を冷静に分析し――結論を下す。
「…………作戦は失敗だ。
 退くぞ」
「……わかった」
「了解だ!」
 答えたのはラートラータだ。サウンドブラスターも大声でうなずき、素早く対峙していた相手の前から離脱、敗れた仲間達を回収して再び1ヶ所に集まると、ワープゲートを展開してその向こうへと消えていった。
「…………任務完了ミッションコンプリート、かな?」
 それを見送り、カイザーコンボイは息をついて戦場へと背を向けて――
「ま、待って!」
 突然の声に振り向くと、すぐ脇のビルの屋上にスバルが駆け上がってきていた。
「……何?
 もう帰るんだけど」
「ねぇ……ホントに師匠じゃないの?」
 面倒くさそうに尋ねるカイザーコンボイに対し、スバルは不安げにそう尋ねる。
「あのFSAは、お母さんと師匠が編み出したもの……
 最後の技……クリムゾンブレイクだっけ? アレだって、師匠のブレイジングスマッシュにそっくりだった……
 あれが使えるってことは、師匠じゃないの!? もし違うなら――キミは誰!?」
 その問いに対し、カイザーコンボイはしばし考えるように首をかしげていたが――
「…………なるほど、そういうこと」
「え…………?」
 発せられたその声に、スバルは思わず動きを止めた。
 なぜなら――
「女の子の、声……?」
 そう。カイザーコンボイの発した声は、今までの“師匠の声”ではなく、女の子の声に変わっていたのだ。
「驚いた?
 これが私のホントの声」
「じゃあ、さっきまでのは……」
「トランステクターの発声機能をいじってね、ボイスチェンジャーみたいに使ってたの。
 ま、今の話とは関係ないことなんだけど――とにかく、今の私が言えるのは、キミの師匠と私が別人だってことだけ」
「じ、じゃあ、どうして師匠の技を……」
「『それだけしか言えない』って言ったよ」
 そうスバルに答えると、カイザーコンボイはスバルの頭上まで上昇し、
「まぁ、そのうちわかると思うよ。
 その時まで――キミ達が墜とされずにいられたら、だけどね」
 言って――カイザーコンボイはジェット機へとトランスフォーム。その場から飛び去っていった。
 

「…………やれやれ、とんだ出張任務だったな」
 あの後、邪魔者もいなくなり“古代遺物ロストロギア”も無事回収――ヒューマンフォームとなって撤収すべくコテージの後片付けを手伝いながら、マスターコンボイはため息まじりにつぶやいた。
 だが――
「確かに大変でしたけど……いいこともあったじゃないですか♪」
 笑いながらそう彼に答えるのはキャロだ。
「……お前がオレとゴッドオンできたことか?」
「違います♪
 わたし達……義兄妹きょうだいになったじゃないですか♪」
 よほどうれしいのだろう。そう告げるキャロの顔は始終ニコニコしっぱなしだ。
「……まぁ、お前がそれで満足ならいいんだけどな……」
 そんなキャロに答え、マスターコンボイは何やら考え込んでいたが――やがて意を決し、キャロに告げる。
「あー、まぁ、いずれにせよ、今回はお前に助けられたのは事実だ。
 正直、お前があそこまで戦えるとは思ってなかったワケで、その……」
「………………?」
 なぜか言葉を濁すマスターコンボイにキャロは首をかしげ――締めくくるのはたった一言。
「ほら、アレだ……」
 

「……やるじゃん」
 

「…………はぁ」
「なんだ、その薄いリアクションは?
 アスカ・アサギが言っていただろうが、『もっと若者言葉を使え』と」
「それで……『やるじゃん』ですか?」
「こういう時に使われる言葉だと記憶しているが?」
 放たれた一言は、彼の日ごろのイメージからは大きくかけ離れたもので――戸惑いまじりに聞き返すキャロに、マスターコンボイはムッと口を尖らせて反論する。
「……やはり、オレには似合わんセリフか」
「そ、そんなことないですよ!
 ただ、いきなりでちょっと、ビックリしただけで……」
「それならいいんだが。
 ……あ、それから――」
 キャロの答えにうなずき――マスターコンボイはふと思いついた。キャロへと振り向き、告げる。
「ひとつ言っておくが……これからはオレに対して敬語は禁止だ」
「え………………?」
 思わず首をかしげるキャロだが、そんなキャロに対して、マスターコンボイはぷいとそっぽを向いて付け加えた。
義兄妹きょうだいの間に、行儀など必要あるまい?」
「…………はい! じゃなくて……
 ………………うん!」
「それでいい」
 満面の笑顔でうなずくキャロに告げて――マスターコンボイは集めたゴミをゴミ袋に放り込んだ。
 

「話とは何だ?」
「はい……」
 後片付けはみんなに任せ、なのははイクトをコテージの裏に連れ出していた――尋ねるイクトに対し、若干恐縮しつつ告げる。
「今日、ほんの少しだけどイクトさんの戦ってるのを見て……正直、すごいと思ったんです。
 私達がリミッターをつけてることを考慮しなくても、ノイズメイズさん達、すごく強くなってたのに……それをあんなにもあっさりと倒しちゃうなんて……」
 そう前置きし、なのはは顔を上げ、イクトに告げた。
「それで……さっき、はやてちゃんにも相談してみたんです。
 イクトさんを六課に招けないか、イクトさんの戦い方を、みんなにも教えてあげられないか、って……」
「オレに、教官をやれと?」
「ダメ……ですか?
 スバル達にはいい刺激になると思うんです」
「……八神はやては、何と?」
「『イクトさんがOKを出したらかまわない』って……」
「なるほどな……あのプチタヌキが言い出しそうなことだ」
「な、何ですか? その『プチタヌキ』って……」
「柾木の命名した八神はやてのあだ名だ」
 あっさりとなのはに答えると、イクトはしばし思考をめぐらせ、
「まぁ……考えないこともない、か……
 オレの力も能力任せだから、どこまで教えられるかはわからんがな」
「ホントですか?」
 思わずなのはは顔を輝かせ――
「ただし」
 そんななのはに対し、イクトはピシャリと待ったをかけた。
「その前にひとつだけ、条件がある」
「条件、ですか……?」
「そうだ。
 しかもお前ひとりではない――六課の隊長格、全員に対してだ」
 そして――イクトは告げた。
「その条件とは――」

 

 

「お前達の魔法の非殺傷設定を、今後一切、解除することだ」


次回予告
 
アスカ 「えっと……もう六課に帰っちゃうし、居残りのみんなにお土産買っておかないとね。
 シャーリーちゃんにはスパナ、グリフィスくんには万年筆、ヴァイスくんにはドッグタグ……」
アリシア 「アルトとルキノには、二人の好きそうなやおい本を買って帰ってあげればパーフェクト!」
マスターコンボイ 「貴様は少し自重しろ!」
アスカ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第17話『ホテル・アグスタ〜カイザーズ強襲〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/07/19)