それは、決して忘れられない記憶――
「あの……兄とは、どんな縁で?
見たところ、管理局の人でもなさそうですけど……」
「確かに、オレぁ管理局の所属じゃないけどさ……それでも、知り合いがいる縁でいろいろと手伝うことが多くてな。
ティーダともそんな“お手伝い”の中で知り合ったんだ」
兄の墓に花を供えてくれた彼は、「これも何かの縁だ」と近くの喫茶店で昼食をおごってくれた――兄との関係について尋ねるティアナに、彼はあっさりとそう答えた。
「その後も何度か仕事がかち合ったり、訓練手伝いに行った先にアイツがいたりと、いろいろあってな。
戦い方もいくつか教えてやった――そういう意味じゃ、アイツの師、って言ってもいいかな?」
「兄さんの!?」
彼のその言葉に、ティアナは思わず声を上げた。
兄は若干20歳にして首都航空隊で活躍する、身内として、家族としてのひいきを抜きにしても“エリート”と言って差し支えのない人物だったのだ。見たところ兄と歳はそう変わらないのに、その兄を指導するほどの人物だというのか――
思わずその辺りの真偽を問いただそうとしたティアナだったが――兄と共に仕事をした仲だということを思い出した時、同時に思い出されたことがあった。
「………………?
どうした?」
「あの……ひとつ、聞いてもいいですか?」
気づけば、ティアナは首をかしげる彼に対してそう切り出していた。
「何だよ?」
「あなたは……兄の死を、どう思ってるんですか?」
「……あー、例の“コメント”の話か」
あっさりとこちらの意図を把握すると、彼は冷ましていたココアをすすり――答えた。
「アイツがあの任務でどう動いたのか、それをオレは知らない。だから、役に立っていたのかどうか――その辺りをコメントすることはオレにはできない。
だが、少なくとも……」「アイツがバカをやらかしたってことはわかる」
「――――――っ!」
その言葉に、ティアナは自分の頭に血が上るのを感じていた。思わず立ち上がり、反論しようと口を開き――
「だってそうだろう?」
そんな彼女の機先を制したのは彼だった――座ったまま片手でこちらを頭を押さえ込むと、その体格や体勢からは想像もつかない腕力でティアナを再びイスに座らせ、続ける。
「アイツが死んじまったせいで……」
「お前、ひとりぼっちになっちまったんだぞ?」
「え…………?」
その言葉に、ティアナは思わず抵抗の手を止めた――こちらの動きが止まったのを見て、彼は彼女の頭から手を放し、
「ティーダから家族構成については聞いてる。
両親に死なれて、親戚もいない――お前とティーダの二人で暮らしてたんだろう?
だったら、自分が死んだらお前がどうなるか、なんて考えるまでもないだろ」
口をとがらせて告げる彼だが――その言葉には侮蔑も嫌悪も感じられなかった。
「たったひとりの妹を遺して、自分だけとっととくたばっちまったんだぞ。
おかげで妹は天涯孤独――バカ以外の何モノでもねぇだろうが」
言いたい放題の内容ではあるが――彼は純粋にティーダのことを想って怒っていた。
まだ幼い、たったひとりの家族であるティアナを遺して殉職してしまったティーダのことを、叱るような心境で怒っていた。
(そっか……
この人は……兄さんのことを、ちゃんと認めてくれていたんだ……)
なんとなく――兄がこの男に師事した理由がわかったような気がする――先ほど沸いて出た敵愾心はすでに消え去り、穏やかな笑顔で微笑むティアナの前で、彼はカップに残されたココアの残りを口の中に流し込み――
「まぁ、“コメント”の方なら気にするな。
あぁいうことを公の場でほざくような阿呆、地上部隊みたいな最前線でやってけるもんかよ――犬死するか、“コメント”の件で怒り狂ったレジアスのオッサンに追い出されるかのどっちかだ」
「レジアス……?」
その名は兄から聞いたことがある。
レジアス・ゲイズ――最近出世街道をまい進中の武闘派だと。
しかし、そんな人間を『オッサン』呼ばわりするとは――
「……知り合い……なんですか?」
「不本意なことにな。
何かと気に食わないやり口が多いオッサンだけど、こういう話については無条件に信頼できる。
ま、あのヒゲゴリラが動かなくてもオレがツブすけど」
あっさりとティアナに答えると、彼は通りかかったウェイトレスにココアのお代わりを頼み――
「……あの……」
そんな彼に、ティアナは意を決して声をかけた。
「………………何?」
「えっと……あたし……今度、魔法学校に転校が決まったんです」
「知ってる」
「え…………?」
「オレはティーダと知り合いだったんだぞ。そのティーダの別の知り合いともつながりがあったとどうして想像できない?」
あっさりと返されて首をかしげるティアナに答えると、彼は軽く肩をすくめ、
「執務官を目指す、とも聞いたが――今の反応を見る限りまだまだ状況の認識力が足りないな。
願わくば、オレの知り合いの某石頭執務官みたいにならないよう、可能性の想定を幅広く展開する訓練を少しずつでも始めておくことをオススメするよ」
「は、はぁ……」
微妙な表情でうなずくティアナだが、そんな彼女にかまわず、彼は先を促した。
「で? それとお前さんが言いたいことと、どんな関係があるんだ?」
「あ、はい……
あたしは、兄さんが果たせなかった夢を叶えたい……
けど……本気で執務官を目指してるような他の子は、もっと前から魔法の勉強をしていて……」
「自分は出遅れてる……と?」
尋ねる彼に、ティアナは無言でうなずいてみせる。
「なるほど。だいたい話は読めてきたぜ。
お前は、オレにその“差”を埋めてほしい、と?」
「はい」
ひとつひとつ意思を確認する彼の言葉に、ティアナは自らの口調から迷いが消えていくのを感じていた。
だから――ハッキリと告げる。
「あたしを……鍛えてください。
兄さんを鍛えたっていうあなたなら……あなたが磨いた兄さんの技を、あたしにも……」
その言葉に、彼はしばし考え――尋ねた。
「転校までの期間は?」
それは今から、ほんの数年前の出来事――
第19話
それぞれの“過去”
〜こだわる“理由”〜
「……まんまと、してやられたね」
手錠をかけられ、連行されていく男達を見送りながら、ヴェロッサはため息まじりにそうつぶやいた。
「せやね」
そして、となりではやても同様にうなずき、
「まさか、こんなところで局の不正を暴くことになるやなんて、ちっとも思ってなかったわ……」
「今後の取引の拡大のために直接交渉に出向いてきてたらしいけど……まさか六課を隠れみのに使ってくれるとはね」
そう。
ホテル・アグスタの地下で密輸品強奪の痕跡を発見したヴェロッサは、はやての許可のもとシグナム指揮下の機動六課交代部隊の手を借りて本来行われるはずだった密輸の摘発に動いたのだが――突き止め、突入した売人の部屋には、なんと管理局の某高官の姿もあったのだ。
その地位を利用して局の回収した“古代遺物”を横流ししていたようだが――売人と共にいたところに踏み込まれては言い訳の余地はなく、査察官であるヴェロッサの権限によりあえなく売人共々逮捕されて現在に至るワケだ。
思わぬところで同僚の悪事を暴いてしまい、どことなく居心地の悪いものを感じずにはいられないはやてだったが――
「けどね……はやて。
ボクが『してやられた』って言ったのは、もっと別のことさ」
「別…………?」
首をかしげるはやてにうなずき、ヴェロッサは彼女に尋ねた。
「ボクらが彼らを摘発できたのはなぜだい?」
「そりゃ、地下で密輸に使われたトラックを見つけたからで……」
「そうだね。
けど……」
「もし、そのトラックの発見が“仕組まれたものだったとしたら?”」
「え…………?」
ヴェロッサの言葉に一瞬眉をひそめたが――すぐに気づき、はやては「あ」と声を上げた。
「そっか……車ブッ飛ばした以外に戦闘の形跡がなかったんはそのためか!」
「そう。
車を破壊したのは、ボクらにトラックのことに気づかせ、迅速に摘発を行わせるため――おそらく、カイザーコンボイの一派だね」
「何でカイザーコンボイの一派やて?」
「彼ら……いや、女の子の声だと聞いてるから“彼女達”か。
彼女達がホテル前まで攻め込んでおきながら、本気で突入しようとしなかったからさ」
特別捜査官といっても、実力も経験値も本職の査察官であるヴェロッサのほうが格上だ――素直に根拠を問うはやてに、ヴェロッサは笑いながらそう答えた。
「彼女達は言わばオトリさ。
彼女達の攻撃に気を取られていたからこそ、地下でのことは寝耳に水となり、ボクらをより強く驚かせることになる。
実際、だからこそボクらはあわてて地下に行き、トラックに気づき、摘発に動けたんだしね。
密輸品も、そうしたボクらの状況に対する認識をより強くするためにあえて奪われる形にしたんだろうね。“強奪”と“強奪未遂”とでは受ける印象もまったく違う――彼女達が奪ったのか別の誰かが奪ったのかはわからないけど。
そして同時に、彼女達の襲撃は対外的にも大きな印象を与える。
マスターコンボイとカイザーコンボイの戦いがあそこまでの騒ぎに発展した以上、今回の騒動がオークションの参加者達の知るところになるのは確実さ。『人の口に戸は立てられぬ』とも言うからね――今回のことが世間に広まることはもう避けられない。
しかも、彼らに与える印象もまたタチが悪い。『無人機械だけでなく、他にも狙うヤツが現れるような“古代遺物”が管理局の高官によって横流しされようとしていた』――真偽はともかく、事情を知らない人間は、彼女達の襲撃によってそんな印象を受けることになる」
「つまり……あの子達の目的は横流し犯を摘発すること?」
「正確には“ボクらに、世間に明らかとなる形で摘発させること”ってところかな?
本来なら主力である子達を、“主力であるからこそ”客寄せパンダに利用する――誰かは知らないけど、これを考えた人は相当の食わせ者だね」
「せやね……」
ヴェロッサの言葉にはやてがうなずき――ヴェロッサは彼女に尋ねた。
「ところで……“彼”の具合はどうだい?」
ホテル・アグスタ脇の森の中――設営された機動六課の待機所は重苦しい空気に包まれていた。
原因は言うまでもなく、先の戦闘で全身から火を吹き、倒れてしまったマスターコンボイ――テントの中に収容された彼自身はもちろん、報せを聞き、中をはやて達に任せて駆けつけたなのは、戦闘の疲れからテントの外の長椅子で休息をとりつつ診断が終わるのを待つスバル達、そしてそれを見守るヴィータ達副隊長ズも、誰も一言も発しない。
マスターコンボイを診ているのはアスカだ――シャマルはトランスフォーマーの医療は専門外(今まで守護騎士達のTF医療はフォートレスに任せていたためだ)ということで今回は参加できず、ヴィータ達と共に不安げに事態の推移を見守っている。
しばし、痛々しいまでの沈黙がその場を支配し――
「……お待たせ〜」
疲れを隠しもせず、アスカはけだるそうにテントの中から姿を現した。
「アスカちゃん、マスターコンボイさんの様子は?」
「んー、それなんだけどね……」
すぐさま尋ねるなのはの問いに、アスカは複雑な表情で首をひねり――そんな彼女の態度に、スバルは思わず声を上げた。
「ま、まさか……悪いんですか、具合!?」
その言葉に、となりに座りうつむいていたティアナの肩がビクリと震える――が、
「あぁ、そういうことじゃないの。
命に別状はないから。不安にさせちゃってゴメンね」
アスカはあわててそう訂正の声を上げた。パタパタと手を振ってスバルをなだめると、息をついて頭をかき、
「ただ、ちょっとワケがわからなくてね……
状態はわかったけど、どーしてそうなったのかがわからない、っていうか……
元々あたしはトランスフォーマー医療はシャマルちゃんよりはわかる、ってレベル。あくまで専門じゃないし、そもそもマスターコンボイの身体は純正のTFボディじゃなくてトランステクターにスパークが宿ったイレギュラー。現段階じゃ症状の特定が精一杯で、原因まではとてもとても」
「原因って……」
そんなアスカの言葉に、ヴィータは首をかしげて聞き返す。
「そんなの、ティアナが見境なく“力”を使いまくったからじゃねぇのk――痛っ!」
「本人目の前にそーゆーコト言うんじゃないの」
その言葉にティアナの肩が再び震える――すかさずツッコミのチョップをヴィータの脳天にお見舞いすると、アスカはなのはへと振り返り、
「まぁ、みんなティアちゃんのせいじゃないとは思ってるだろうけど……どうしてもヴィータちゃんと同じようなこと考えずにはいられないでしょ? だからパパッと説明しちゃうね。
とりあえず……マスターコンボイが倒れた一番の原因は、見ての通りのオーバーロード……まぁ、回路の一部と各部の駆動系が焼き切れただけで、見た目やトータルのダメージに反して一ヶ所ごとの傷は浅いから大丈夫。
もう自己修復システムも働いてるし、あと30分もすれば……」
「そんなにいらん」
「あ、そうなの?
……って、えぇっ!?」
返ってきた言葉に思わず普通に受け答えして――あわててアスカが振り向くと、マスターコンボイが身を起こし、テントの天幕をうっとうしそうにどけているところだった。
「ちょっ、まだダメだって!
自己修復システムがあるからって、まだ治りきってないはずだよ!?」
「通常機動には問題ない。
それよりも状況を説明しろ」
あっさりとそう答えると、マスターコンボイはむしろアスカに聞き返し――
「もう完全に落ち着いてるよ」
そう答えたのはなのはだった。
「今はガジェットの残骸とかの回収や、現場の検分をしてるところ。
何もなかったら、もうこのまま撤収だね」
「そうか……」
答えるなのはの言葉に、マスターコンボイは息をつき――
「マスターコンボイさん。
それから――ティアナ」
そんなマスターコンボイに、そして今回の彼の負傷に関わったティアナに、なのはは静かに声をかけた。
「少し……お話しよっか?」
「失敗、しちゃったみたいだね」
「あぁ」
「…………はい」
あっさりと、そしてしばしの沈黙の後に小さく――待機所を離れて森の中に移動し、静かに告げるなのはに、ヒューマンフォームとなったマスターコンボイが、そしてティアナがそれぞれうなずいた。
そして、その後に言葉を続けるのはマスターコンボイだ。
「我ながら、くだらない凡ミスだ。
勝負を急ぎ、その力が未知数だったオレンジ頭とのゴッドオンを安易に強行したのはオレの判断だ。
その結果、状況において明らかに過剰と言える火力をばらまいて……しかもそこまでしておきながらこのザマだ。
正直、今までの三つのフォームに問題がなかったから、とタカをくくっていた――申し開きの余地はない。今回のことは、状況を安易に受け止めていたオレの責任だ」
「そ、そんなこと……」
「“あんなもの”を貴様に作らせておいて、『ない』とは言えないだろう」
自分の“力”で傷ついたのだ。自分の責任ではないのか――訂正の声を上げようとしたティアナに答え、マスターコンボイが指さしたのはカタストロフシュートが森の中に作り出した巨大なクレーターだ。
「未知数であることを知りながら……それが自分達の手に負えるものかどうかも考えず、安易に“力”に手を出し、貴様に使わせた、その結果が、アレだ」
「けど……」
実際、ティアナにゴッドオンを求めたのはマスターコンボイだ。その後の行動は主導権を握ったティアナによるものだとしても、その引き金となったのが彼のその選択であることは疑う余地はない――淡々と事実を告げるマスターコンボイの言葉に、ティアナは黙り込むしかない。
「結局、オレはわかっていなかった。
カイザーコンボイに指摘されていながら、結局また周りを巻き込んだ……責められるべき責は、オレにある」
その言葉に、なのははしばし目を閉じて黙考し――
「……そうだね。
今回のことは、ちょっとムチャしすぎだったかも」
「なのはさん!」
マスターコンボイの責任を肯定したその言葉に、思わずティアナが声を上げる――右手をかざしてそれを制すると、なのははマスターコンボイに対しゆっくりと告げる。
「ホント、そういうところは大帝時代から変わらないね。
事実だけを見て、それを受け入れずにはいられない……たとえ、それがどんなに認めたくないことでも。
それと……とにかく『自分が』『自分が』って、自分の力で何とかしようとしちゃうところも」
「こっちは長く生きてるんだ。性格などそう簡単に矯正できると思うな」
答えるマスターコンボイに苦笑し――なのはは息をつき、その場を仕切り直した。
「確かに、結果だけ見れば今回のことはマスターコンボイさんの自爆、って感じかな?
けどね……」
そして――少しばかり責めるような想いを視線に込め、なのははマスターコンボイを見返して彼の認識を訂正する。
「だからって、ひとりで責任を背負い込みすぎだよ。
それじゃあ、自分の“力”の反動でマスターコンボイさんを傷つけちゃったティアナの責任感が報われないよ」
自分の名前が出て、不安げに顔を上げたティアナに対し、なのはは笑顔と共に向き直った。
「ティアナも、今回のことについては責任があるよ。
通信記録を聞いたけど……ゴッドオンをした直後、マスターコンボイさんが止めようとしたのを無視して突撃したでしょ?」
「…………はい」
静かにうなずくティアナの言葉に、なのはは彼女とマスターコンボイを交互に見ながら告げる。
「二人とも、今回はちょっと、一生懸命になりすぎたんだ……だから、思わずやんちゃしちゃったんだよ。
なのに、あんなことになっちゃって……自分達ががんばりすぎたことがわかってる分、余計に自分を責めちゃう……
けど……忘れないで。
二人とも、ひとりで戦ってるワケじゃないんだよ――集団戦では、私やティアナのポジションであるCGも、マスターコンボイさんのポジションであるMCも、前後左右、周りはみんな味方なんだから。
その意味と、今回のミスの理由――ちゃんと考えて、同じことを二度と繰り返さないようにしよう。ね?」
「……心に、留めておく」
言って、マスターコンボイはなのは達に対して背を向け、「再生したパーツを慣らしてくる」とその場を後にした。
「ホント、素直じゃないのはちっとも変わらないね……」
素直に「わかった」と言えばいいのに――そんなマスターコンボイの態度に、なのはは苦笑まじりにつぶやいて――
「……私も……検分の手伝いに戻ります」
言って、ティアナもまた、ホテルの方へと去っていった。
それなりに失態を受け入れ、落ち着いていたマスターコンボイと違い、少しばかりその背中に力が感じられないが――彼女なら大丈夫だろうと結論づけてなのはは息をつき――
「『お話』は終わり?」
突然かけられた声に振り向くと、アスカが木の陰から姿を現した。
「もう、盗み聞き? シュミ悪いなー」
叱る、というよりはからかうような感じでそう告げるなのはだったが――
「……あー、『盗み聞きしたのか?』的なこと言ったんだろうけど……ゴメン。聞こえてないから」
彼女には届いていなかった。ティアナ達に対し気を遣っていたのだろう、話が聞こえないよう耳に仕込んでいた耳栓を外し、アスカは手の中でそれをもてあそびながらそう答える。
「で? 改めて聞くけど……『お話』は終わり?
なんかマスターコンボイとティアちゃん、行っちゃったけど」
「うん。
ティアナもマスターコンボイさんも、ちゃんと反省してるみたいだったから……まぁ、少し自分達を責めすぎてたみたいだから、そこだけちょっと釘を刺しておいたから、もう大丈夫だと思うよ」
そうアスカに答え――なのはは改めてアスカに尋ねた。
「ところで……どうしたの?
アナライザーなんだし、現場検証はむしろアスカちゃんの本職でしょ?」
「んー、ちょっとね」
なのはのその問いに、アスカは難しい顔をして頭をかき、
「これについては、後でちゃんと隊長格みんなで話し合うつもりだけど……とりあえず、なのはちゃんの耳には先に入れておこうと思って」
「………………?」
現場検証を放り出してまで“耳に入れておきたい”こととは一体何なのか――首をかしげるなのはに、アスカは逆に質問を投げかけた。
「なのはちゃん……さっきマスターコンボイの症状を説明した時、『ワケがわからない』って言ったの、覚えてるよね?」
「覚えてるよー。まだそんな時間経ってないんだから。
……って、話ってそのこと?」
「そ。
さっきはマスターコンボイが起きちゃってうやむやになっちゃったからね」
尋ねるなのはにうなずき、アスカは続ける。
「あの時、マスターコンボイが過負荷でオーバーロードを起こした、ってのは説明したね?
けど……冷静に考えてみると、それって少しおかしいの」
「どういうこと?」
「マスターコンボイ、ティアナが戦ってる間中ずっと“裏”で黙りこくってたよね?
まぁ……こうなった今なら、その理由は想像がつくと思うけど」
「ティアナが引き出した、強すぎる“力”の制御……
けど、それがムリだとわかって、ティアナにダメージがいかないようにダメージコントロールの制御に切り替えてダメージを全部肩代わりした……で、あってるよね?」
「ピンポ〜ン♪ 大正解〜♪」
なのはの回答に、アスカは懐から取り出したクラッカーをポンッ、と鳴らしてそう答える。
「けどさ……ちょっとそこで別視点。
マスターコンボイって……ボディは変わっても、スパークは昔のマスターメガトロンの頃と同じなんだよね?」
「うん」
「つまり、あの“GBH戦役”でなのはちゃんを再三ボコボコにしてくれたあの“力”は健在。ただ今のボディじゃ発揮しきれないだけ、と……」
「ぼ、ボコボコって……」
思わずうめくなのはだったが――そんな彼女にかまわず、アスカは告げた。
「まだ気づかない?
今のボディじゃ満足なパワーで出力できないけど……逆に言えば、出力の必要のない“内側”でなら、マスターコンボイは10年前と変わらない全力が出せるんだよ。
そんなマスターコンボイが――」
「ティアナの“力”を抑え切れなかったんだよ」
「………………あ」
アスカのその指摘に、なのははようやくその事実に気づいた。
「自分の“力”を存分に発揮できるフィールドでティアちゃんの“力”を抑えられなかった……
当時AAAランクだったなのはちゃんを出力で圧倒できるだけの“力”を持ってたマスターコンボイが、Bランクのティアちゃんに押し負ける――ハッキリ言って異常だよ、コレ」
そして、アスカは息をつき、改めて続ける。
「で……気づいてくれたところで本題ね。
あたしもその辺りが気になったんだけど……そっちについては、オーバーロードと並ぶ“もうひとつの症状”が説明してくれたよ」
「あぁ、マスターコンボイさんが起きたせいでうやむやになっちゃった、ってさっき言ってたアレ?」
「そ。
“あんな状態”じゃ、抑えられなくても当然って言えば当然だね」
なのはの言葉にそう答え――アスカは彼女に告げた。
「けっこう経ったから少しは回復してると思うけど、倒れた直後は……」
「マスターコンボイの魔力、根こそぎ持ってかれて、スッカラカンになってたの」
「そう……ジュエルシードが……」
「うん……
局の保管庫から、地方の施設に貸し出されてて……そこで盗まれちゃったみたい」
現場検証をしている現場から少し離れた裏庭――手元に開いたウィンドウに“ガジェットのジュエルシード”の映像を表示したフェイトは、一連の事情を聞き、つぶやくユーノにそう答えた。
「そして……それがガジェットの残骸の中から発見された……」
「そう。
ただ……ジュエルシードは21個しかない。数が限られてるのに、それを単なる量産型に組み込むとは思えない。
モノがモノだから分析に手間取ってて、詳しいことはまだハッキリしてないけど、たぶん……」
「コピー品……だね」
つぶやくユーノに、フェイトは無言でうなずいてみせる。
「まぁ、引き続き追跡調査はしてるし、私がこのまま六課で事件を追っていけば、きっと、たどり着くはずだから……」
「フェイトが追ってる……ジェイル・スカリエッティのこと……?」
「うん。
けど……」
ユーノに答えると、フェイトは優しげに微笑み、ウィンドウの中のジュエルシードへと視線を落とした。
「こんなところでジュエルシードが出てきて、なんだか、懐かしい気持ちもでてきたんだ……
さびしい“さよなら”もあったけど……私にとっては、いろんなことの、始まりのきっかけでもあったから……」
「みんな、お疲れさま。
じゃあ、今日の午後の訓練はお休みね」
「明日に備えて、ご飯食べて、お風呂でも入って、ゆっくりしてね」
あの後、特にガジェットもカイザーズも現れることはなく、無事撤収が完了――隊舎の前で、なのはとフェイトは整列したスバル達フォワード陣にそう告げた。
そして、なのは達が一足先に隊舎に引き上げ、自分達も、という段階になって――
「……スバル」
唐突に、ティアナはスバルに声をかけた。
「あたし、これからちょっと、ひとりで練習してくるから……」
「自主練?
じゃあ、あたしも付き合うよ」
「あ、じゃあボクも!」
「わたしも!」
同伴を提案したスバルの言葉に、エリオやキャロも賛同し――
「『ゆっくりしてね』って言われたでしょ?
あんた達はゆっくりしてなさい」
そんなエリオ達に、ティアナはなだめるようにそう答えた。そしてスバルへと向き直り、
「それにスバルも……
悪いけど、ひとりでやりたいから……」
「…………うん」
『ひとりで』ということは個人スキルの訓練をしたいのだろう――昼間のこともあり、正直なところティアナのことが心配ではあったが、そういう事情ではスバルもうなずくしかない。
「んー、まぁ、あたしは止める気はないし、やっときたいこともあるから手伝えないけど――あまりムリをしないようにしなきゃダメだよ。
いくら根を詰めても、度が過ぎればかえって集中力を切らすだけなんだから」
「はい……」
そんなスバルのとなりでアスカが告げて――うなずき、ティアナは隊舎の裏へと向かう。どうやら裏庭でやるつもりのようだ。
「アスカさん……」
「心配する気持ちはわからないでもないけど、今何かしようとしても、むしろお荷物になりかねないよ」
不安げに声を上げるスバルに対し、アスカはため息まじりにそう答えた。
「人間、不安な時こそがむしゃらに動いて、忘れたいって時もあるじゃない――ティアちゃんの場合、今がまさにそれなんじゃないかな?
それでホントにスッキリできるかどうかは置いておくとして――とりあえず、好きにやらせてあげよう。
ホントにムチャをやってるようなら、その時に止めてあげればいいんだし。ね?」
「…………はい」
未だ納得しかねる部分はあるが、確かにそれしかなさそうだ。アスカの言葉にうなずいて、スバルは改めてティアナの向かった裏庭へと視線を向けた。
「ティア……大丈夫だよね……?」
「……あのさぁ……
二人とも、ちょっといいか?」
そうヴィータがなのはとフェイトに声をかけたのは、二人やシグナム、シャリオと共にオフィスに戻ろうと廊下を歩いていた途中でのことだった。
とりあえず休憩コーナーに移動し、各自ドリンクを購入、落ち着いたところで、改めてヴィータは口を開く。
「訓練中から、時々気になってたんだ……ティアナのこと」
「うん……」
その言葉で、何が聞きたいのかを察したのだろう。なのはは神妙な顔でうなずいた。
「強くなりたい、なんてのは、若い魔導師ならみんなそうだし、ムチャも多少はするもんだけど……アイツは、時々ちょっと度を越えてる。
アイツ……ここに来る前、何かあったのか?」
尋ねるヴィータの問いに、なのはとフェイトは思わず顔を見合わせる。
正直、みんなも知っていた方がいい話だとは思う。だが、事が事だけに、話してしまうことになんとなく抵抗を感じる話題でもある。
そして何より――“ヴィータの聞きたいこと”について一番気を遣っているアリシアがこの場にいない。
3月の魔導師ランク試験が事実上の初対面だった自分達と違い、アリシアは10年前、“GBH戦役”でミッドチルダが被災した際に彼女を救助した縁があり、以前から何かと世話を焼いていたらしい。
実際、六課発足後も「自分が多忙でかまってやれないから」とアスカにティアナのフォローを頼み、彼女を通じて会えないなりにティアナのことは気を遣っていたのだ。そんなアリシアにうかがいも立てず、付き合いの浅い自分達が勝手に話してしまうのはどうかと思うが――
「…………実はね……」
それでも……なのははゆっくりと口を開いた。
「…………どう思う?
あたしは“火”だと思うけど」
「……多分、“地”だね」
アナライズルームのメインモニターに映し出されているのは、ゴッドオンしたティアナとマスターコンボイの戦闘の光景――記録していたスパイショットとロングビューによる詳細なデータと共に表示されたその映像を前に、アリシアはアスカにそう答えた。
「魔力の循環系が、脚部に集中して形成されてる……たぶん、脚力と地形適応の強化が施されてるはずだよ。
“火”も“雷”も“風”も……他の属性には地形適応へのフォローはないからね。“水”はとりあえずフォロー入ってるけど、あっちは水中への地形適応だけだし。
大地を踏みしめ、地を駆ける――“地”属性だけの特徴だよ、コレ」
「なるほど……
“ファイヤーフォーム”じゃなくて、“アースフォーム”ってワケか……」
アリシアの説明に納得し、アスカがうんうんとうなずいていると、
「けど……」
アリシアは浮かない顔で映像へと視線を戻した。
「問題は、マスターコンボイのオーバーロードと、それを止めようとしたマスターコンボイを襲ったいきなりの魔力の枯渇の方……
原因、何かわからない?」
「さっぱり。
何がどうなってマスターコンボイの“力”が奪われたのか……
それに、奪われたマスターコンボイの“力”がどこに行っちゃったのか……」
「普通に考えれば、奪われたマスターコンボイの魔力がティアナの魔力に混じって放出された、ってところなんだろうけど……
けど、戦闘中に出力されてたのは、ティアの魔力だけだったんだよね?」
「うん。
ものすごく強力で……今までの、スバル達の事例から算出した平均増幅率から見ても異常な増幅っぷりだったけど、確かにティアちゃんの魔力だった……」
「そっちもそっちでわかんないよねー。
いくらトランステクターによる増幅後だからって、あんな大出力、ティアの保有魔力量から考えて絶対にありえない……」
つぶやき、アリシアは「うーん」と背伸びして――
「オレンジ頭の話か?」
その声に振り向くと、そこにはヒューマンフォームで入り口に寄りかかるマスターコンボイの姿があった。
「一応機密情報を扱うセクションだろう。戸締りくらいはちゃんとしろ」
「いーよ。今はそーゆーレベルの話してるワケじゃないし、機密レベルの情報はちゃんと片づけてあるから」
苦言を呈してもアリシアはあっさりとそう答える――ため息をつき、マスターコンボイはモニターへと視線を移した。
「……なるほど。
今日の戦闘の分析か」
「そ」
肩をすくめてそう答え――アスカはマスターコンボイに尋ねた。
「で……マスターコンボイは何か気づいたことはないの? 当事者でしょ?」
「あるぞ」
「何!?」
マスターコンボイの答えに思わず身を乗り出すアスカ――もうあと少しでぶつかり合うというところまで顔を寄せてくる彼女に対し、マスターコンボイはあっさりと答えた。
「まったく未知の原因によるものだ、ということだ」
「………………
それ、『結局何もわからない』って言わない?」
「そういう結論が出た、というだけでも、わずかとはいえ前進だろう?」
あっさりとうなずくマスターコンボイにため息をつき、アスカは元通り自分の席に戻った。
「なんだ、期待して損しちゃった」
「簡単にわかるような問題なら苦労はすまい」
アスカの言葉にマスターコンボイがそう答え――そこにアリシアが口をはさんできた。
「それはいいんだけど……そもそも何しにしたの?」
「っと、そうだったな」
アリシアのその問いに、マスターコンボイは本来の目的を思い出した。アスカへと向き直り――尋ねる。
「アスカ・アサギ。
情報通の貴様なら知っているだろう? オレンジ頭のこと」
「オレn……ティアちゃんのこと?」
「そうだ」
迷いなくマスターコンボイはうなずいた。
「どうせ、貴様らは気づいているんだろう? ヤツの“問題”について」
「うん……
時々、ちょっとムチャするよね……」
「“ムチャ”っていうのとは、少し違うね」
答えたアスカに対し、アリシアはそう訂正した。
「ティア、“ムチャ”なんじゃなくて……“必死”なんだよ。
どんな時でも、一生懸命すぎるくらい、必死なんだよ……」
「そういうことだ」
アリシアの言葉にうなずくと、マスターコンボイは改めてアスカへと向き直り、
「貴様らなら、何か知ってるんじゃないのか?」
「いや、そりゃ知ってるけど……」
つぶやくように答え――アスカはチラリとアリシアへと視線を向け、
「それなら、あたしよりもむしろアリシアちゃんの方が詳しいよ。なんたって10年来の付き合いなんだし。
マスターコンボイだって、そのことは知ってたでしょ? なんであたしに聞くの?」
その問いにマスターコンボイはあっさりと答えた。
「オレが共に戦う人間は数いれど、頼る人間はこの世界で二人だけだ。
すなわち――“力”を認めたなのはと、六課での便宜を図ってくれている貴様だ」
「……マスターコンボイらしい言い分だけど……本人目の前にいるのに仲介人はさまないでよ……」
ため息まじりにそう答え――気を取り直し、アリシアはマスターコンボイに告げた。
「そうだね……
原因があるとすれば、それは……たぶん、あたしのせい」
「貴様の……?」
「うん……」
聞き返すマスターコンボイに答え、アリシアは静かに語り始めた。
「すべての発端は……ティアのお兄さんのことから」
「ティアさんの……お兄さん?」
「うん……」
隊舎浴場・女湯――湯船につかり、聞き返すキャロに対し、スバルは彼女にしては珍しい、沈んだ表情でうなずいた。
さすがにエリオはいないが――それでも、男湯の彼とは念話によるネットワークを形成、キャロと一緒にスバルの話を聞いている。
「執務官志望の、魔導師だったんだけど……ご両親を事故で亡くしてからは、お兄さんがひとりで、ティアを育ててくれたんだって……」
そして――彼女はそこから話の核心に触れた。
「けど……任務中の事故で……」
《亡くなっちゃったんですか……?》
「うん……」
尋ねるエリオに、スバルは力なくうなずいた。
「6年前……ティアがまだ、10歳の時にね……」
「ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスター。
当時の階級は一等空尉。所属は首都航空隊……享年21歳」
目の前にウィンドウを展開。件の“ティアナの兄”のデータを表示し、なのははヴィータ達にそう説明する。
「けっこうなエリートじゃねぇか」
「そう……」
つぶやくヴィータの言葉に、フェイトは沈痛な面持ちでうなずいた。
「エリートだったから……なんだよね」
「………………?」
そんなフェイトの言葉に、ヴィータは思わず首をかしげ――
「殉職、なんだろ?
つまり、その人は任務中の事故で亡くなった……任務を、失敗しちまった、ってことだろ?」
突然かけられた声に顔を上げると、そこにいたのは――
「晶ちゃん!?」
「どうして六課に?」
「あー、ブリッツクラッカーのヤツがスタースクリームとザラックコンボイに話を通してさ……しばらくこっちに出向、って形に。
アイツも、倒れたマスターコンボイが心配なんだろうな……さっき、手続きが済んでこっちに来るなり、マスターコンボイを探してどっか行っちまったよ」
驚くなのはとフェイトに答え、晶は自販機で自分のドリンクを購入するとすぐそばのソファに腰かけ、
「で……内容とタイミングからして、さっきの戦いでムチャやった……ティアナちゃんのことだろ?」
「う、うん……」
さっきこちらの会話に割り込んだことから見ても、話を聞かれていたのは間違いない――晶の言葉に息をつき、フェイトはなのはと共に交互に続けた。
「亡くなった時の任務……逃走中の違法魔導師に手傷は負わせたんだけど、取り逃がしちゃってて……」
「まぁ、地上の陸士部隊に協力を仰いだおかげで、犯人はその日のうちに取り押さえられたそうなんだけど……」
「その件についてね……心ない上司が、ちょっとひどいコメントをして、一時期、問題になったの……」
「コメント……?」
なんとなく、イヤな予感がした――しかし、おそらくはそれがティアナのあの行動につながっているのだろう。ヴィータは意を決して尋ねた。
「……なんて?」
「『犯人を追い詰めながら取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で、たとえ死んでも取り押さえるべきだった』とか……」
風呂から上がり、エリオと合流――自販機で買った缶ジュースのプルタブを開け、スバルは二人に対してそう話を続けた。
「もっと直球に、『任務を失敗した役立たずは』云々って……」
「ひどい……」
思わずうめくキャロにうなずき、スバルは話を続ける。
「当時、ティアはまだ10歳……
たったひとりの肉親を亡くして、しかもその最後の仕事が、無意味で役に立たなかった、なんて言われて……きっと、すごく傷ついたと思う。
だから、ティアは証明するんだ、って……お兄さんが教えてくれた魔法は、役立たずなんかじゃない、って……
どんな場所でも、どんな任務でもこなせる、って……
それで……残された夢を……お兄さんが叶えられないで終わっちゃった、“執務官になる”って夢を、叶えるんだ、って……
ティアが、あんなに一生懸命で必死なのは、そのせいなんだよ……」
「……だから……ティアナは時々、その想いを抑えきれずに暴走しちゃうんだよ……」
「そうか」
なのはやスバルとほぼ同じ内容の話を終え、締めくくるアリシアの言葉に、マスターコンボイは静かにうなずいた。
「あたしは、なのは達と違って当時からもう知り合いだったから、ティーダさんの葬儀にも顔出してたけど……あの頃のティア、見てられなかった……
まるで、魂が抜け落ちちゃったみたい……まるで、“あの時”のなのはみたいで……」
「………………?」
その言葉に思わずマスターコンボイが眉をひそめるが――アリシアはかまわず続ける。
「だから……焚きつけちゃったの、ティアのこと。
『ティーダさんは役立たずだったワケじゃない。みんなが思ってるよりも、ずっとずっと、スゴイ人だったんだ。
周りがそれを認めないなら……自分がそれを証明してやればいいじゃない』って……」
「なるほど。『自分のせい』といったのはそういうことか。
つまり、オレンジ頭が“あぁ”なった火つけ役は貴様だったワケか……」
「そ、そんな目で見ないでよ!
まさか、それであそこまで努力の鬼と化しちゃうなんて、あたしだって思ってなかったんだもん!」
ジト目でうめくマスターコンボイに答えると、アリシアはコンソールに突っ伏し、
「あたしだって、失敗したと思ってるんだよ……
魔法学校への転校の時もスパルタで有名なトコ紹介しちゃったし……あげく、ジュンイチさんまで首突っ込んじゃうし……」
「ち、ちょっと待て!」
うめくアリシアの言葉に、マスターコンボイはあわてて待ったをかけた。
「柾木ジュンイチが首を突っ込んだとはどういうことだ!?」
「い、いや……
なんかさ、墓参りに行った先で偶然会っちゃったらしくってね……それがきっかけで、なんかちょっかい出しちゃったらしいの」
「は、ははは……
確かに、あぁ見えて“誰かを亡くした悲しみ”には人一倍敏感だもんね……」
「まぁ、ティアはそれがジュンイチさんだとは知らないみたいなんだけどね。
ジュンイチさん、何か思うところでもあったのか、終始名乗らず通したみたいだから」
アスカの言葉に気を取り直して答えると、アリシアは軽く息をつき、
「まぁ……これであたしの知ってることは全部。
あ、ジュンイチさんとティアのつながりはナイショだからね。ジュンイチさんがあえて名乗らなかったってことは何か理由があるんだろうし……何より発覚した時がおもしろそうだから」
「……二つ目の理由についてツッコみたい所は大いにあるが……とりあえずは了解だ」
アリシアの言葉にため息をつき、マスターコンボイはそう答え――
「…………あ」
ふと時計に視線を向けたアスカがふと思いつき、腰を上げた。
「ゴメン、アリシアちゃん。
ちょっと席外すね」
「どしたの?」
「ちょっとした、お節介♪」
尋ねるアリシアに答え、アスカはそのままアナライズルームを出て行ってしまった。
「……ティアのこと、お願いね」
どこに行ったかなど、現状を考えれば容易に想像がつく――息をつき、アリシアが出て行ったアスカにそう告げると、
「……そうだな。
ついでにもうひとつ、聞いておこうか」
気を取り直し、マスターコンボイはアリシアへと向き直った。
「少しばかり気になっていたことがある。
再会して以来感じていたが、現在のなのはのやり方はある意味ムチャが過ぎるオレンジ頭と正反対――すなわち慎重が過ぎる。10年前のヤツを知るオレからすれば、明らかな違和感を感じずにはいられない。
それに貴様の態度もだ。3月に再会した時、貴様はヤツの体調をしきりに気にかけていた。そしてさっきの『あの時の』という発言……」
「この10年の間に、なのはに一体何があった?」
一方、ティアナは未だ裏庭でのトレーニングを続けていた。
周囲にはターゲットとして配置した魔力スフィアが多数――その中のどれかひとつがランダムに発光する仕組みになっており、発光したスフィアに素早く照準を合わせる――そうすることでターゲッティングの速さと正確さを高めることを目的とした訓練である。
もう何十回と繰り返したそのサイクルに区切りをつけ、ティアナは息を整え――そんな彼女に突然声がかけられた。
「もう4時間も続けてるぜ。
いい加減倒れるぞ」
「『やるな』とは言わねぇけどさ、ちっとは休憩入れろよ」
「ムリしすぎなんだな」
「ヴァイス陸曹……? それに、ガスケットに、アームバレットも……
見てたんですか……?」
「予備のヘリの整備中に、スコープでチラチラとな」
「オイラ達は屋上で月見してたんだな」
「屋上から丸見えだぜ、ここ」
ティアナの問いに口々に答え、ヴァイス達は彼女の前に進み出て、
「マスターコンボイのことは聞いた。
“力”を扱いきれなかったのが悔しいのはわかるけどよ……精密射撃型のてめぇのスキルはそうホイホイうまくなるもんでもねぇし、ムリな詰め込みで妙なクセがつくのもよくねぇぞ」
「………………?」
まるで実体験のように実感の込められたヴァイスの言葉に、ティアナは思わず眉をひそめ――
「……って、前になのはさんが言ってたんだよ。
オレぁなのはさんやシグナム姐さん達とは、割と古い付き合いでな」
「ヘタなごまかしなんだな」
「うっせぇ」
アームバレットの言葉にヴァイスがジト目で言い返すが――
「それでも……詰め込んで練習しないと、上手くならないんです。
何しろ凡人なもので」
「凡人、ねぇ……」
「そんなコト言われたら、その“凡人”にブッ飛ばされたオイラ達の立場がなくなるんだな」
ガスケットとアームバレットによる抗議のツッコミにもかまわず、ティアナは再び練習に戻ろうとスフィアの輪の中に戻ろうと振り向いて――
「ぅりゃぁぁぁぁぁっ!」
妙に気の抜ける咆哮と共にその姿が入れ替わった。
真横にブッ飛ばされたティアナはすぐ脇の茂みの中に。そしてフワリと身をひるがえしてその場に降り立ったのは――
「あ、アスカ……!?」
「ヤッホ、ヴァイスくん♪
それにガスケットとアームバレットも♪」
思わずうめくヴァイスやその両脇で目を丸くするガスケット達に対して、アスカは笑顔でそう応える。
「何しにきたんだよ?」
「みんなと一緒。
ティアちゃんのことが気になってね――様子見に来るついでに差し入れ♪」
ガスケットにそう答えると、アスカは手にしたビニール袋――その中に入った、購買で購入してきたお菓子の類を彼らに見せて――
「……お菓子と一緒に、ドロップキックも差し入れですか……!」
茂みの中から怒りの声が上がる――頭に引っかかった葉っぱを取りながら、ティアナはアスカに対してうめくように告げるが――
「………………?
何かおかしかった? 練習の止め方」
「おかしいに決まってますよ!」
「ウソ!?
実家じゃけっこうフツーだよ、今の!?」
「どんな実家なんですか!?」
「ツッコミに魔力弾が飛んでくる家」
「真顔でトンデモナイ内容をマヂレスしないでくださいっ!」
平然と答えるアスカの言葉に言い返し、ティアナは息をついてスフィア群へと向き直り、
「とにかく、気持ちだけ受け取っておきます。
少しでも反復して、身体に染み込ませないと、上達しませんから……そのためにも、今はひたすらやらないと」
「ダーメ」
しかし、アスカはそんな彼女の手をつかんで制止した。
「さっき言ったよね? 『いくら根を詰めても、度が過ぎればかえって集中力を切らすだけ』って。
ティアちゃんみたいな精密射撃型ガンナーは集中力が命なんだから――そんな集中力が切れまくった状態じゃ、いくらやっても身につかないよ。
だから一息入れて、もう一回集中し直そう。ね?」
「大丈夫です。ちゃんと集中できてますから」
「できてないよ」
「なんでそう言い切れるんですか? 見てたワケでもないのに」
「見てなかったけど……確かめたから」
ティアナにそう答えると、アスカは軽く肩をすくめ、
「だって――今の蹴り、いつものティアちゃんなら、気づいてかわしてカウンター、まで余裕でこなせるレベルで行ったから。
それができないってことは、集中力が切れちゃうくらい疲れてる証拠だよ」
「もっと穏便な方法で確かめてやれよ……」
「えぇっ!?
困ったなぁ、そんな器用なマネできないんだけど」
「できないのかよ」
口をはさんできたヴァイスだが、あっさり返された答えに頭を抱える――そんな彼にかまわず、アスカはティアナへと向き直り、
「と、ゆーワケで、まずは休憩。
続けるかどうかは、その後で決めればいいよ――もう時間も遅いから、考えようによっては早起きして朝練にしてもいいんだし。その辺は休憩しながら考えよう。ね?」
笑顔でそう告げるアスカに対し、ティアナはしばし視線を伏せていたが――
「…………わかり、ました……」
納得しかねるものを残しながらも、それでも確かにうなずいてみせた。
「“GBH戦役”が終わるまでのことは、まぁ、今さら説明する必要はないよね?」
アリシアの話は、そんな確認から始まった――無言でマスターコンボイがうなずき、アリシアは本題に入る。
「ねぇ、マスターコンボイ……
あれから……“GBH戦役”が終わって、10年も経ってて……その間、もちろん平和が続いたワケじゃなくて、いろんな事件に、あたし達は立ち向かってきた……
それなのに、はやてとヴォルケンズ以外はみんな、正局員じゃなくて未だに嘱託扱い……おかしいとは思わなかった?」
「……確かに、疑問はあった。
だが、高い実力のヤツが必ずしも偉くなるとは限らんだろう。だから気にもせず、放っておいたのだが……」
「なるほど。“らしい”考え方だね」
マスターコンボイの言葉に苦笑し、アリシアは続ける。
「その原因は、管理局内の、“上”の方の権力争い――派閥同士のその争いに、あたし達が巻き込まれちゃうのを恐れたクロノやリンディ提督達が、あたし達を正局員にしないようにして、その派閥争いから遠ざけようとしたの。
その結果、確かにあたし達はお偉いさんの点数稼ぎの道具にされるようなことはなかったけど……それでも、嘱託は嘱託。結局のところ、嘱託魔導師は管理局からの要請がないと自分達の判断では動けない――自分達を使う人達よりも上まで相当階級を上げない限りはね。
自分達の力を、誰かのために存分に発揮できない環境は、なのはの中に着実に焦りを溜め込ませていた……」
その言葉に、マスターコンボイの脳裏にティアナの姿が浮かんだ。
なんとなく――ここ最近の、なにやらふさぎ込むことの多かった彼女の姿が、話の中のなのはのイメージと重なったからだ。
「けど……なのははそれでもがんばってた。
『嘱託だからできない、自由に動けないからできない、なんてあきらめたくない』……そう言って、できることの限られた環境の中でも……自分のできることがあるなら、全力で目の前の困難に立ち向かっていった。
でもね……」
そこまで告げて――アリシアは元々伏せがちだった視線をさらに伏せた。
「そんなことを繰り返して、身体に負担がかからないはずがなかった……
そして、あたし達も……なのはのそんな“内側”に気づけずに……今から8年前、それは起きたの……」
「さっき貴様が“あの時”と言ったのが、それか……」
尋ねるマスターコンボイに、アリシアは静かにうなずく。
「異世界での捜査任務の中で……ヴィータや、部隊のみんなと出かけた先で……不意に現れた未確認と遭遇戦になったの。
いつものなのはなら、ちゃんとみんなを守って、相手も撃破できたんだろうけど……その時は、なのはに蓄積された疲労とか、いろいろと不利な条件が重なっちゃって……
結果、ほんの少しだけ、なのはの反応が遅れちゃって……」
「……ということは、貴様がしきりになのはの体調を気にするのは……」
「うん……
その時の、大ケガのことがあるから……」
マスターコンボイに答え、アリシアはうつむきそうになる顔を懸命に保ちつつ続ける。
「二度と飛べなくなってたかも……ううん、ヘタすれば、立って歩くこともできなくなってたかもしれない……そのくらいの大ケガだったんだよ。
今、あぁやって笑えるようになるまで……本当に、本当に大変だったんだよ……」
「……なるほど。
なのはが教導の際、異常にスバル・ナカジマ達にムチャをさせないように固執しているのも、それが原因だな?」
「うん……
自分と同じような思いをしないように……『ムチャなんかしなくても、ちゃんと元気に帰ってこれるように』って……」
そんなアリシアの言葉に、マスターコンボイは息をつき、
「……それだけ聞けば十分だ」
それだけ言うと、クルリときびすを返し、アナライズルームの出口に向かう。
「参考になった?」
「あぁ」
尋ねるアリシアにあっさりとうなずき、マスターコンボイはそのままアナライズルームを後にした。
「……話しちゃって、よかったのかなぁ……?
なんか、くすぶるだけで終わりそうだった火種に薪をくべちゃった気分なんだけど……」
立ち去り際のマスターコンボイのそっけない態度――なんだか機嫌を損ねたようにも見えた。気になり、アリシアは思わずそうつぶやいた。
「頼むから、ヘタなことはしないでよ……
ただでさえジュンイチさんが何かしらしかけてきそうな状況なのに、この上マスターコンボイまで何かやらかしたら、それこそ始末に負えなくなっちゃうよ……」
「これは、思った以上に重症だな……
まぁ、今の話のおかげで“やるべきこと”は見えたがな……」
裏庭に面した廊下を歩きながら、マスターコンボイはため息まじりにそうボヤく――ティアナの自主練は翌朝に繰り越すことに決まったようだ。裏庭に人の姿はない。
「まったく、我ながらガラにもない……
できることなら、ヤツら自身で気づき、なんとかしてもらいたいものだが……」
つぶやき、マスターコンボイは窓の外に広がる夜空を見上げた。
雲間に見える月を眺めながら、決意を改めて口にする。
「もし……気づけずに“その時”を迎えたなら……」
「自業自得と、あきらめてもらうとしようか」
マスターコンボイ | 「まさか、なのはに過労によるミスという過去があったとはな……」 |
アリシア | 「そう……あたしも気づいておかなきゃいけなかったんだよ…… あたしだって、似たような経験してたのに……」 |
マスターコンボイ | 「貴様も、か……?」 |
アリシア | 「うん…… 5日間完徹した状態で模擬戦やって、思いっきりジュンイチさんに叩き落とされて……」 |
マスターコンボイ | 「なるほどな。 いくら仕事が溜まっていたとはいえ、そこまで徹夜を繰り返した後d――」 |
アリシア | 「締め切り前の同人誌の原稿、3冊分も溜め込んだのは失敗だったなぁ……」 |
マスターコンボイ | 「同情の余地が一切ないのは気のせいか!?」 |
アリシア | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第20話『届かぬ想い〜二つのクロスファイア〜』に――」 |
二人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2008/08/09)