「………………」
その日の課業も終わり、日勤の隊員のほとんどが戻ってきている機動六課・TF宿舎だが、消灯時刻を目前に控えた現在は落ち着いたものだ――自室でソファに腰かけ、マスターコンボイは携帯端末のコードを自らにつないでいた。
端末のすぐ傍らには大量のデータディスク――相当無理なことを言ったはずなのだが、すぐさまこれをそろえてくれたアスカには、なのはとは別の意味で頭が上がらなくなりそうだと受け取った時は思わず苦笑したものだ。
逆に言えば、彼女が職務規定違反の危険を犯してまで用意してくれた(実際には秘密保全の指定がされていないデータなので問題はないのだが、マスターコンボイはそのことを知らない)このデータをムダにはできない――自身に直接データを転送し、その内容のすべてを欠かさず、着実に頭に叩き込んでいるのはそのためだ。
データの一部は映像を再生し、脳裏でも確認している。現在聞こえて来ているのは、サーチャーが拾っていた音声――
《普段はマルチショットの命中率、あんまり高くないのに……
ティアはやっぱ本番に強いなぁ♪》
「……ふむ……」
聞こえてくるのはスバルの声――その声よりも発言の内容そのものに眉をひそめ、マスターコンボイは息をついた。
「…………『本番に強い』か……」
つぶやき――自身のセンサーが、扉の向こうで明かりが消えたのを捉えた。どうやら消灯時間を過ぎたらしい。
「……いくか」
しかし、ある意味彼にとってはこれからの時間こそが“本番”だ。息をつき、データの転送を中断するとコードを引き抜き、マスターコンボイは自室を後にした。
第20話
届かぬ想い
〜二つのクロスファイア〜
AM4:00、機動六課・対人宿舎――
PiPiPiPiPi……
早朝の自室に響くのは目覚まし時計――しかし、その音に対し身を起こしたのはその持ち主ではなく、その相方の方だった。
「ティア〜、時間だよー」
2段ベッドの上の段から元気に跳び下り、彼女の肩をゆすると、力なく伸びた手が目覚まし時計を止め、数秒――
「…………起きた」
とりあえず意識だけは覚醒したらしい。うめくようにスバルに告げて、ティアナはモソモソと布団の中から顔を出した。
「ゴメンね、こんな早くから……」
起床時間にはまだかなりある。こんな朝早くに起きているのは、昨夜アスカからドクター(?)ストップのかかった自主練の続きをするためなのだが――それゆえに本来スバルは無関係だ。朝に弱い自分が起きるためには必要なこととはいえ、目覚ましをかけたせいで彼女まで起こしてしまったことを謝罪するティアナだったが――
「はい、トレーニングウェア♪」
スバルは一切気にする様子を見せなかった。むしろ嬉々としてトレーニングウェアを持ってきてくれるその姿に、無意識の内に笑みがもれる。
少しでも訓練したい。時間が惜しく感じる中手早く着替えを進め――
「……さて。
じゃ、あたしも……」
「――って、ストップ!」
ごく普通に自らもトレーニングウェアに着替えようとしたスバルに、ティアナは思わず待ったをかけた。
「なんであんたまで!?」
「ひとりより二人の方が、いろんな練習できるしね♪
だから、あたしも付き合う♪」
「いいわよ、平気だから。
あたしに付き合ってたら、まともに休めないわよ」
「ダイジョーブ♪」
スバルを気遣い、やんわりと断ろうとするティアナだが、スバルはあっさりとそう答える。
「知ってるでしょ?
あたし、日常行動だけなら4、5日寝なくても平気だって」
「『日常』じゃないでしょ。
あんたの訓練は特にキツイんだから、ちゃんと寝なさいよ」
「ヤだよー♪」
前線の要となるFAであるスバルの訓練は、個別スキルの担当がヴィータであることもありかなりキツイ。なんとか休ませようと説得を試みるティアナの言葉にも、やはりスバルは譲らない。
「あたしとティアはコンビなんだから。
一緒にがんばるの!」
「………………」
その言葉に、ティアナはため息をつき――告げた。
「……勝手にすれば」
「うん♪
勝手にするー♪」
「で、ティアの考えてることって?」
「短期間で、とりあえず現状戦力をアップさせる方法」
自主練のために裏庭に向かう途上、ティアナはスバルの問いにそう答えた。
「うまくできれば、あんたとのコンビネーションの幅もグッと広がるし、エリオやキャロ、アスカさんのフォローも、もっとできる……」
「ちょっとちょっと、マスターコンボイを忘れてるよー。
ま、“あんなこと”があった後じゃ気後れするのもわかるけどさ」
「そ、それは……」
返ってきたツッコミにティアナは思わず言葉をにごし――ふと動きを止めた。
スバルへと振り向くが――彼女はパタパタと手を振ってみせる。そもそも今の声は彼女の声ではない。
顔を見合わせ、二人は同時に振り向いて――
「まったく、二人とも遅いよー。
『4時から朝練やる』って言ってたから、こっちは4時から待ってたのにさ」
そんな二人の姿にため息をつき、3体のリアルギア達を引き連れて木陰から出てきたアスカはそう告げる。
「あ、アスカさん!?」
「何で!?」
「『何で』って……そんなのスバルと一緒だよ。
ティアちゃんのお手伝いに来たの」
『パートナー』を自称するスバルはともかく、どうして彼女まで――驚くスバルとティアナに答えると、アスカは笑いながら肩をすくめる。
「昨日のやり取りで、止めたってティアちゃんが納得できないのはわかりきってたからねー。
だから思い切って方針変更。どうせ止められないなら、ティアちゃん達がケガしないように、きっちりフォローさせてもらうからね」
「そ、そんな、悪いですよ……」
やる気マンマンのアスカの言葉に、すまなそうに告げるティアナだったが――
「……あ゛ん゛?」
それを聞いたとたん、アスカの目が実に不穏な感じに釣り上がった。思わずたじろぐティアナをギロリとにらみつけ、
「ほほぉ……それじゃナニ?
キミは昨日散々バトった後に4時間以上も休憩なしで自主トレして、あたしのドロップキック(手抜き)をかわせないくらいヘロヘロになってた挙句、なおも自主トレしようとしてあたしにストップかけさせておいて、この期に及んで『気にするな』とでも言うつもりかな? かな?」
「……ゴメンナサイ」
話の正当性よりもむしろそのプレッシャーの方に頭が下がる――ティアナの謝罪の言葉にうなずくと、アスカはプレッシャーを引っ込め、尋ねた。
「じゃ、二人の今後の方針を聞こうかな?」
同時刻、別の世界で――
「どういうことだ? これは……」
ナビを頼りに進み――それでも常人の3倍以上の時間をかけ、ようやくたどり着いたその場で、イクトは思わず眉をひそめた。
資料で見た写真の中の風景と目の前の風景があまりにも違いすぎる――思わずナビで確認するが、表示されたデータは間違いなくここが“目的地”であることを示していた。
一体ここで何があったのか、その謎を突き止める手がかりがないものかと、イクトは周囲を確認しながら奥の方へと進んでいき――
「――――――?
あれは……?」
不意にそれを発見した。
しかし、それはイクトにとってまさに予想外の存在だった。ますますワケがわからなくなり、思わずうめく。
「どういうことだ……?
なぜこんなところに、“ガジェットの残骸”が……!?」
どうやら、“ここ”が“こんなこと”になっている理由にガジェットがからんでいるのは間違いなさそうだが――
(しかし……ガジェットは“レリック”を自動で追いかける仕組みになっていると聞く……
何らかの理由で“ここ”に“レリック”が運び込まれたとでも言うのか――それとも、ガジェット達が移動中に“ここ”を通りかかってしまったのか……)
可能性としては後者だが――どうしてもそう思えない“理由”が彼にはあった。
(“向こう”が“あの有様”で、“こちら”が“この有様”……偶然にしてはあまりにもできすぎている。
意図的に仕組まれた、と見るべきか……“こちら”か、“向こう”か、あるいはその両方か……)
いずれにせよ――この事実を知ってしまった以上、先送りしていた行動を起こすしかなさそうだ。
(本当は高町なのはが“結論”を出すまでは寄りつきたくなかったんだが……)
「出向くしかあるまいな、機動六課に……」
つぶやき、イクトは懐から再びナビを取り出した。
瘴魔軍にいた頃から愛用している携帯ナビであり、管理局と関わりを持って以来、彼らの技術により何度もバージョンアップを遂げている。今や市販のそれはもちろん、局で使われているものですら足元に及ばないほどの高性能を誇っているのだが――
《ザ――――……》
「………………」
そんな逸品も、人智を超えたイクトの機械音痴の前にはまったくの無力だった。ついさっきまで健在だったのが一転、サンドノイズに満ちた画面をしばし無言で見つめ、スイッチを切ると今度は通信端末を取り出した。
ナビが壊れた以上、方向音痴でもある自分が動けば遭難は確実だ。誰かに連絡を取り、回収してもらうのが最善なのだが――
《ザ――――……》
「………………」
こちらもか――ため息をつき、イクトは無言で端末を懐にしまう。
周囲を見回し――つぶやく。
「……さて、寝床と食料の確保に行こうか」
すっかり“遭難慣れ”しているイクトであった。
「うーん……大体はわかった。
とりあえず、“対応できる状況の幅を広げるために、使える技を増やしたい”ってコトでいいのかな?」
「はい!」
「そうです」
二人から“目指しているもの”の説明を受け、確認――アスカの言葉にスバルが、そしてティアナがうなずく。
「幻術は切り札にはならないし、中距離から撃ってるだけじゃ、それが通用しなくなった時に必ず行き詰まる……
あたしのメインは、あくまでシャープシュート……兄さん達が教えてくれた精密射撃だけど、それしかできないから、ダメなんだと思うんです……
だから、攻防の選択肢をもっと増やしたくて……そのためにも、新しい技はどうしても必要ですから」
そう告げるティアナの説明に、アスカは息をつき――
「残念無念、50点♪」
満面の笑顔でダメ出しをお見舞いした。
「その方針は半分正解で半分不正解かな?」
「えっと……根拠とか、聞いてもいいですか?」
「今の口ぶりだと、たぶん選択肢を増やすためにまったく手を着けてなかった分野に手を出そうとしてるんだろうけど……そんなことしてる時間なんかないんじゃない?
次の出動がいつになるかなんてわからない。ひょっとしたら明日かも、それとも今から3秒後かもしれない。
そんな状況で、いちいち新しい技なんて悠長に覚えてられない――それが半分の“不正解”」
あっさりと答え、アスカは軽く肩をすくめてみせる。
「けど、対抗できる状況を増やすために技数を増やしたい……この判断は間違ってない」
「…………?
それって、矛盾してませんか? 技を増やそうとするのはダメなのに、間違ってもいないって……」
「やり方の問題だよ」
首をかしげるスバルにも、アスカはやはりあっさりと答える。
「一から技を増やそうとするから大変なんだよ。
だけど――今ある技をさらに高めて、より高次元の技に昇華する。これなら楽にできるし、たとえ完成まで時間がかかっても既存の技の応用で切り抜けられるでしょ?
要は“増やす”んじゃなくて“進化させる”の。今ある技にバリエーションをひとつ増やす方が、使い分けができる分新技をひとつ増やすよりも戦い方の幅が大きく広がるしね」
そして、アスカは息をつき、二人に告げた。
「と、ゆーワケで、まずは二人のできることの再確認から。
できること、できないことを改めて確認して、その内容から今後のことを決めようか」
『はい!』
こうして、スバルとティアナ、アスカの特訓が始まった。
昼はなのは達隊長陣による正規の訓練、そしてそれが終わると若干の休憩をはさんで自主練開始――毎日のように、夜遅くまであわただしく動き回る日々が続いた。
それぞれの技術や特性から新たな技の方向性も決定。たまにエリオやキャロも差し入れを持ってきてくれるようになり、特訓は順調に進んでいた。
そう――順調に進んでいた。
“何の障害もなく”。
「……ってな感じ。
どうかな?」
「うーん……悪かねぇんだが……」
たまには第三者の意見も聞いてみよう、という話が不意に持ち上がり、迷わず彼女が向かったのは前にもティアナのことを気にかけてくれていた“彼”のところ――尋ねるアスカに対し、ヴァイスは難しい顔で考え込んだ。
「……ダメ?」
「いや、そうじゃねぇ。そうじゃねぇから、そんな上目遣いでこっち見るな。
あー、なんだ……少なくとも悪手じゃねぇ。意表も突けるし、サポート側がキレイに仕事をすれば効果もデカイ。
ただな……アイツら二人にやらせるにゃ、少しばかり早すぎねぇか?」
「それはわかってる。
だから、一生懸命練習して、できるようになろうとしてるんじゃない」
「……そうか。
まぁ、わかった上で、それも含めてどうにかしようとしてる、っつーなら、いいけどよ……
で? 今んトコの完成度は?」
「あたし相手に使う分には、成功率8割越えだね。
ただ……機動六課の隊長格クラスの相手に、となると、まだ4〜5割ってところかな。
とはいえ、その足りない分も“使える状況に持ち込めるかどうか”っていう問題だからね……逆に言えば、“使えれば確実に当てられる”よ――相手側がよっぽどムチャな止め方をしない限り
はね」
「つまり、“どう当てるか”が勝負、か……」
「そーゆーこと」
答えて、アスカは手元の缶ジュースに口をつけ――そんな彼女にヴァイスは告げた。
「しっかし、お前も大したもんだな」
「ナニが?」
「お前だって、なのはさんの教導を受けてる側だろ?
なのに、今のお前見てると、まるでなのはさんみてぇだ」
「アハハ、声似てるもんねー。
何なら、眼鏡も取ってツインテールかサイドテールにしてあげようか?」
「いや、いい」
即答された。
「って、そーゆー話じゃなくてな。
自分だって教わってる側で大変だってのに、よくもまぁ二人を指導するような余裕があるもんだな、ってさ」
「あー、そーゆーことね、
そりゃまぁ、大変ではあるけどさ……あたしとしても、ティアちゃんには早く立ち直ってほしかったからね。
それに……」
「『それに』?」
「あ、いや、そっちは個人的な話」
聞き返すヴァイスに答え、アスカは手をパタパタと振ってごまかすと、心の中で付け加えた。
(早くティアちゃんに立ち直ってもらわないと――何をしでかすかわからない人がいるからねー……)
それから、さらに数日が過ぎて――
「悪いわね、クロスミラージュ。
あんたのことも、結構酷使しちゃって……」
〈You don't worry.〉
翌日の訓練のメニューの中には模擬戦がある。早めに“特訓”を切り上げて戻った自室で、ティアナに手入れしてもらっているクロスミラージュは静かにそう応える。
「明日の模擬戦が終わったら、シャーリーさんに頼んで、フルメンテしてもらうから」
〈Thank you.〉
応えるクロスミラージュにティアナはクスリと笑みをもらし――
「ただいまー♪」
「ドリンクお待ちー♪」
元気な声と共に、ジュースを買ってきたスバルとアスカが帰ってきた。
「明日の模擬戦……いけるかな?」
「んー、誰が相手かにもよるよね。
対近接スピード型の対策は仕込みきれなかったから、フェイトちゃんやシグナムちゃんが相手じゃどうしようもないからねー」
ティアナがしていたクロスミラージュの手入れは、手伝いを申し出てくれたリアルギア3名が引き受けてくれたが――いかに彼らが小型だと言ってもデバイス1基に3人がかりというのは多すぎた。代わる代わるクロスミラージュを磨いている光景を温かく見守りながら、アスカはつぶやくスバルにそう答えた。
「最優先で対戦を想定したなのはちゃんが相手なら、まだ見込みはあるけど……それでも、使える状況に持っていける確率はいいトコ6割……つまり、4割の確率で仕込みをツブされる。
あたしとしては、お披露目はもうちょっと煮詰めてからの方がいいと思う。できれば、今回はパスして、次の模擬戦まで待ってほしいんだけど……」
「大丈夫!
6割もあればきっといけるよ!」
結局、フォーメーションの完全な習得には至らなかった――不安をもらすアスカだが、スバルは笑顔でそう答える。
と――
「でも……二人はいいの?」
そんな二人に、ティアナは申し訳なさそうに尋ねた。
「スバルは憧れのなのはさんに、ある意味逆らうことになる……
アスカさんだって、立場的には副隊長。どちらかと言えばなのはさん寄りだし――」
「ていっ」
「痛っ!?」
言い終わるよりも早く、アスカのツッコミチョップが炸裂。頭を抱えるティアナに、アスカはピッ、と指を突きつけて言い放つ。
「あのね、副隊長だとかなのはちゃん寄りだとか、そんなの気にするぐらいならそもそも二人に手伝い申し出たりしないよ。
ここまで首突っ込んじゃったんだもん。ちゃんと最後まで面倒見ます!」
「そうだよ。
ティアってば水臭いなー」
告げるアスカに加勢し、スバルは頭を抱えたまま(ツッコミチョップのダメージから立ち直っていないのだ)のティアナの前にしゃがみ込み、
「大丈夫。
あたしは怒られるのも叱られるのも慣れてるし……『逆らってる』って言っても、強くなるための努力だもん。
ちゃんと成果を出せば、きっとわかってくれるよ――なのはさん、優しいもん」
そう言って、スバルは笑顔でティアナを立ち上がらせて、
「さぁ、明日の早朝特訓は最後のおさらい!
今日は、もう早く寝ちゃおう!」
「うん」
「じゃあ、あたしも引き上げるねー」
うなずくティアナのとなりで腰を上げ――アスカはふと首をかしげた。しばし考え込み、スバルに声をかけた。
「ねぇ、スバル」
「何?」
「『怒られるのも叱られるのも慣れてる』って言ってたけど……“怒る”も“叱る”も意味一緒だよ?」
「………………え?」
おこ・る【怒る】 《自五》 @いかる。腹を立てる。 A叱(しか)る。 |
(岩波書店・広辞苑 第五版より抜粋)
「いっ、けぇっ!」
咆哮と共に突撃――カイザーコンボイにゴッドオンしたこなたがアイギスを振るい、放たれた魔力刃が立ちふさがる魔導師達を薙ぎ払う。
非殺傷設定付きとはいえ巨大な魔力刃に打ち据えられ、悶絶する魔導師達は管理局の武装隊員――なぜ彼女が管理局の魔導師達と交戦しているのか? その理由は、今回の彼女達のターゲットにあった。
「ったく、何も知らないからって、ちょっとマジに守りすぎなんじゃないの!?」
グチをこぼしながら、ライトフットにゴッドオンしたかがみは目の前をふさいでいる魔導師や局所属のトランスフォーマー達の展開した弾幕を軽快なフットワークでかわし、ライトショットで反撃に転ずる。
そんな彼女の背後に、別のチームのトランスフォーマーが回り込んだ。背後から彼女を狙い、手にしたライフルをかまえるが――
「不意打ち上等っ!
けど、次はもーちょっとうまくやんなさい!」
かがみはすでに気づいていた。サイドステップで背後からの射撃をかわし、振り向きざまにライトショットから放った魔力弾でトランスフォーマーを撃ち倒す。
素早い動きで管理局の警備部隊を翻弄するかがみだが――それでも、やはり人数の差は大きかった。徐々に押し返されていくかがみに向けて、FAであろう、近接戦装備のトランスフォーマーが一気に襲いかかる。
しかし――彼の攻撃がかがみに届くことはなかった。
真横から飛来した非殺傷設定の魔力弾が彼を撃ち倒したからだ。
そして、続けて飛来した魔力弾がかがみの前に立ちふさがる魔導師を、トランスフォーマーを次々に撃ち倒していく。
これは――
(ロードキングの狙撃!)
〈ナイスフォロー! 助かったわ!〉
「おほめに預かり、恐縮です」
通信してくるかがみの賛辞に、悠に数キロも離れた岩山の上でロードライフルをかまえたみゆきは笑顔でそう答える。
「援護は私に任せてください!」
言って、みゆきは照準スコープをのぞき込んで狙いをつけ、
「……狙い撃ちます!」
こなたやイリヤに薦められたかけ声と共に引き金を引いた。
「くそっ、撃て、撃て!」
隊長の号令と共に、防衛ラインを守る魔導師やトランスフォーマー達が一斉に攻撃を放つが――届かない。レインジャーにゴッドオンしたつかさの展開した頑強なバリアによってそのことごとくが弾かれてしまう。
レインジャーの防御装備“アナライズフィールド”――相手の攻撃を解析し、元々強固だった防御フィールドにそれに対する分解作用を付与したのだ。
と――
〈つかさ、聞こえる?〉
そこへ、指揮所のイリヤから通信が入った。
〈目標施設の避難の完了を確認!
ミッションをファイナルターンに移行して!〉
「はーい!
一気に決めちゃうよ!」
言って、つかさはその場で踏んばるようにかまえ、
「フォースチップ、イグニッション!」
ギガロニアのフォースチップをイグニッション。フルドライブモードへと移行すると全身の火器を展開し――
「レンジャー、ビッグバン!」
放たれた砲弾の雨が防衛ラインを展開していた魔導師やトランスフォーマー達――の頭上を飛び越え、その向こうの工場施設へと降り注ぐ!
職員の避難も終わり、無人となった工場を、つかさの砲撃は容赦なく破壊していく。天井を吹き飛ばし、中の生産施設を破壊しても砲撃はなおも続き――
「……やっぱりあったか」
地下にまで破壊が及び、露出したのはガジェットの生産ライン――ターゲットの存在を確認し、こなたは上空で満足げにうなずいてみせた。
「ふーん……」
読み終えた報告書を机の上に放り出し、はやては大きく息をついた。
「これで、もう6件目か……
ホテル・アグスタの一件以来、タガが外れたみたいに活動が活発になってきたなぁ……それとも、あの一件を節目に向こうから“タガを外してきた”と見るべきか……」
シートに身を沈めたはやてがそうつぶやくと、件の報告書を持ってきたシグナムとスターセイバーが改めてその内容を復唱する。
「どのケースも、正面から堂々と強襲。職員が避難するまでは警備との交戦に専念し、避難が完了すると同時にレインジャーの大火力砲撃で施設を完全に破壊。ターゲットを露出させた上で撤退しています」
「ターゲットは共通してガジェットの無人プラント。
カモフラージュの施設は、今回襲われた管理局の装備品工場の他、民間の研究施設や重機の工場など多岐に渡っていますが、官・民を問わず、比較的高価なものを扱い、厳重な警備を配備しても違和感を持たれないものが選ばれているようです」
そう二人が告げると、傍らで報告書の写しに目を通していたビッグコンボイが口を開いた。
「……“表”の施設の職員は、プラントのことを知らなかったのか?」
「あぁ。
今のところ、つながりを示すものは出てきていない――証言が虚偽である可能性もあるが、その辺りは記憶走査でもかけなければどうしようもないな。
残骸からの推測でしかないが、“表”の施設からプラントへの入り口もなかったと見ていい。ガジェット製造に使う資材の搬入や完成したガジェットの搬出も、施設から少し離れたところに出られる出入り口を独自に設置していた。
基本、ガジェットのプラントは無人だから、材料の搬入まで自動化してしまえば人が出入りする必要もないしな――おそらく、施設の建設段階でプラントを仕込まれ、そのまま“表”の施設はカモフラージュに利用された、といったところだろう」
「施設の建設を手がけた業者はすべてダミー会社でした。
書類にあった住所はすべて実在していますが、どこも空き家で……こちらの線から追いかけるのも、難しいと思います」
「そっか……」
スターセイバーの答えに付け加えるシグナムの言葉に、はやては深々と息をつき――
「ただ……ひとつだけ気になることが」
そんなはやてに対し、スターセイバーは静かにそう付け加えた。
「先ほども報告したとおり、カモフラージュに使われた施設は多岐にわたっています。
なのに……どうしてカイザーコンボイ達はそこにガジェットのプラントがあるとわかったのでしょうか?」
「何か……私らの知らない共通点がある、と?」
はやての言葉に、スターセイバーは無言でうなずき――ビッグコンボイはスターセイバーに告げた。
「……わかった。
なら、お前達はその“共通項”の線から追いかけてみてくれ。
フォートレスを補佐につけるといい。情報戦になればアイツの出番だ」
「了解しました」
〈ふーん……あいつがねー……〉
「そ。
ティアの汚名返上、名誉挽回のためにがんばっちゃってるよ」
機動六課・本部隊舎――アナライズルームの一角で、アリシアはウィンドウに映るジュンイチにそう答えた。
どうやら、話しているのはアスカのことらしいが――
〈お前も、加わりたかったんじゃないのか?〉
「“斬”“砲”“防”“制”、オールラウンダーを目指してきたあの子と違って、あたしは分析と突撃しか能がないからねー。
スバルはともかく、ティアについてはアドバイスくらいしかできないもん。“モチはモチ屋”って言うし、ここは射撃もこなせるあの子にお任せしまーす」
両手を挙げた“お手上げ”のジェスチャーと共にそう答え――アリシアはウィンドウに詰め寄り、ジュンイチに対し半眼で告げた。
「と、ゆーワケで。
何か企んでるみたいだけど、こっちはこっちで何とかするから、余計なコトしないでよ。
ただでさえ、マスターコンボイが不気味に沈黙してて不安をあおられてるんだから」
〈へぇ、マスターコンボイが?〉
「そ。
オーバーロードの件だって、もうとっくに霞澄ちゃんに分析と対策の立案を依頼したし。
だから、それ以上話をややこしくしないで。Do you understand?」
聞き返すジュンイチにそう念を押すアリシアだったが――
〈ハッハッハッ。
それはムリってもんだぞ、アリシアさんや〉
ジュンイチは、無情にもそんなアリシアの懇願を笑い飛ばしてくれた。
〈だって……〉
〈もう、手遅れだから♪〉
翌朝。
ミッドチルダ・スペースブリッジポート――
「…………ふむ。
次元を越える分、ミッドチルダへの移動は時間がかかってかなわんな……」
スペースブリッジを抜け、ミッドチルダに到着――大地に降り立ち、彼は落ち着いた様子でつぶやいた。
そのまま、トランスフォーマー用の入港審査窓口に向かい、係員のチェックを受ける。
「ようこそ、ミッドチルダへ。
観光ですか? お仕事ですか?」
「観光、としておいてくれ。
“仕事”がらみではあるが、今回は私的な部分が強いからな」
「は、はぁ……」
付け加えられたその言葉に思わず首をかしげる係員だが――ともかく審査は無事通過。彼はそのまま一直線にポートから出ると、久々となるミッドチルダの空を見上げてつぶやく。
「さて、と……
あのバカの思惑通りというのが気に食わんが――状況は悪くない。
“相方”抜きで、というのも久しぶりだからな。歯止め役がいないというのはちょうどいい……」
「存分に、馬鹿弟子の“オシオキ”といこうじゃないか」
「さーて、じゃあ、午前中のまとめ。
2on1で模擬戦やるよ!」
機動六課・訓練スペース――日もだいぶ昇り、そろそろお昼時というところで、なのははスバル達にそう告げた。
「まずはスターズからやろうか。
バリアジャケット、準備して」
『はい!』
「エリオとキャロ、アスカはあたしと見学だ。
プリムラもこっちな」
『はい!』
「うん」
《ほーい♪》
なのはの言葉にスバルとティアナが、ヴィータの言葉にエリオとキャロ、アスカやプリムラが答えて動く――バリアジャケットをスタンバイしようとするティアナの脇をアスカが通り過ぎた瞬間、
「……しっかりね、ティアちゃん」
「はい。
……やるわよ、スバル!」
「うん!」
耳打ちされた言葉に小声で返し、ティアナは自らのバリアジャケットを装着、同じくバリアジャケットを身にまとったスバルと共になのはの前に並び立った。
「……あ、もう模擬戦始まっちゃってる?」
その後、見学組はよく見えるように近くの廃ビルの屋上に移動――と、そんな彼女達に少し遅れる形で、フェイトがビルの屋上に上がってきた。
「フェイトさん……?」
「私も手伝おうと思ってたんだけど、“彼女”に捕まっちゃって……」
来るとは聞いていなかったのに――思わず首をかしげるエリオに答えると、フェイトは後ろに振り向き――
「よっ。
あたしも、見学させてもらっていいかな?」
軽く手を挙げ、あいさつするのは晶だ。
「晶さん……?」
「あの……パートナーの……」
「ブリッツクラッカーか?
アイツ、またマスターコンボイがどっか行っちまったから、って探しに行っちまったよ」
首をかしげるエリオとキャロに晶が答えると、ヴィータが彼女やフェイトに現状を説明する。
「そろそろ始まるぜ。
今はスターズの番だ」
「そっか……
ホントは、スターズの分も私が引き受けようと思ってたんだけど……」
「あぁ。
なのはも、ここんとこずっと新人どもにかかりきりで訓練密度濃いぃからな……少し休ませねぇと」
フェイトにそう答えると、ヴィータは不安げに上空のなのはの姿を見上げた。
「そんなに訓練ばっかりなのか? なのちゃんって」
「『アイツの』じゃなくて『ひよっこ達の』なんだけどな」
尋ねる晶にヴィータが答えると、フェイトとプリムラがそんな晶に告げる。
「なのは、部屋に戻ってからもずっとモニターに向かいっぱなしなんです」
《訓練メニューを作ったり、ビデオでみんなの陣形をチェックしたり……》
「はい……
なのはさん、訓練中も、いつもボク達のことを見ててくれるんですよね……」
「ホントに、ずっと……」
フェイトとプリムラの言葉にエリオやキャロがそう付け加えると、
「……そうだね」
アスカは静かにそううなずいてみせた。
視線はスバルやティアナから動いていない。しかし、それでも気配でフェイト達の様子をうかがってみる。
二人の態度に、不安の色はまったく見えない――しかし、だからこそその態度にアスカは自分の中で苛立ちが募るのを感じていた。
(結局……スターズとライトニング、どっちの隊長達も、今日まで“特訓”については一度も言及しなかった……
あたしが健康管理をきっちりやってたとはいえ、それでもオーバーワークには違いなかった――知ってたなら、優しいこの子達が口をはさまないはずがない。仮に止めなかったとしても、気遣わないはずがない……)
それは、彼女達が未だに“特訓”のことに気づいていないことを示している。つまり――
(ずっと見ててくれるのは訓練の時だけで……それ以外の場所じゃ、ちっともスバル達を見てないってことじゃない……!)
そうハッキリと意識した瞬間、胸のところで腕組みした手に無意識の内に力がこもる。
(一緒になって秘密にしてたあたしが言える立場じゃないのかもしれないけど……勝手すぎるよ……!)
「訓練中、ずっと見ててくれるよね……」
今からでも遅くない。気づいてほしい――そんな想いを込め、アスカはもう一度声に出してつぶやくが、ヴィータ達がその言葉に込められた想いに気づくことはない。こちらの声は聞こえているはずだが、完全に模擬戦の様子に意識を向けてしまっている。
気づかないうちに、隊長達みんなの心がスバル達から離れてしまっている――それが、アスカにはたまらなく悲しかった。
そんな中で、模擬戦はすでに始まっていた――空中でレイジングハートをかまえるなのはに対し、スバルとティアナは散開してスキをうかがう。
「クロスファイア――シュート!」
ティアナが咆哮し、魔力弾の嵐を解き放つ――放たれた魔力弾は一斉になのはに向けて飛翔するが、
「…………ん?」
それを見たヴィータは眉をひそめた。
「なんか、キレがよくねぇな……」
「コントロールは、いいみたいだけど……」
「それにしたって……」
応えるフェイトにヴィータがうめくが――
(……そう、それでいい)
一方で、アスカは心の中でうなずいていた。
このクロスファイアはあくまで“仕込み”――あえて速度を落とすことで相手に機動による回避を容易にさせ、その一方でその分コントロールの精度を上げ、的確に動かすことで相手を逃がさず、狙い通りの位置に動かすのが狙いだ。
そして――その狙いは成就された。速度の遅いクロスファイアに対し、なのははあえて防御せず回避していくが、その眼前にウィングロードが回り込んでくる。
(スバルが来る――フェイクだね)
戦いが始まったばかりで、相手に余力のある状態で真っ向からの突撃は『カウンターを狙ってください』と言っているようなものだ。だからやってはいけないと教えた――したがって、この状況でスバルが突っ込んでくるとすれば、それはティアナの幻術のはず。
そう読み、なのはは“本物”のスバルの姿を探りながら、彼女にお見舞いする予定のスフィアを生み出して――
(違うよ、なのはちゃん)
その様子を地上から見上げ、アスカは心の中でつぶやいた。
(……“だからこそ”、行くんだよ)
「――――――っ!」
“本物”のスバルの姿を探りあて――しかし、その意外な場所になのはは思わず目を見開いた。
目の前に回り込んでいたウィングロードの上を、まっすぐこちらに向けて突っ込んでくる。つまり――
「フェイクじゃない――本物!?」
〈Blitz shooter!〉
驚きながらも、なのはは素早くスフィアを発射。撃ち放たれたブリッツシューターがスバルに向けて襲いかかるが、
「ぅおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁっ!」
スバルは止まらない。プロテクションでブリッツシューターをしのぐとそのまま跳躍、なのはの展開したラウンドシールドに自らの拳を叩き込む!
そのまま、両者の力は数秒の間拮抗し――
「――――っ、のぉっ!」
「ぅわぁっ!?」
押し勝ったのはなのはの方だった。腕力に頼らず、ラウンドシールドを炸裂させた勢いでパワーに優るスバルを弾き飛ばす!
それでも、スバルはなんとか体勢を立て直し、吹っ飛んだ先に維持されていたウィングロードの上に着地する。
「こら、スバル!
ダメだよ、そんな危ない機動!」
「すいません!
でも、ちゃんと防ぎますから!」
こちらの叱責にスバルがそう答え――なのははふと気づいた。
「ティアナは……?」
そう。ティアナの姿が先ほどのクロスファイアの後から消えたままだ。スバルへの注意を維持しつつ、なのはは彼女の姿を探し――不意にその頬に赤い光があてられた。
(クロスミラージュのレーザーポインター!)
とっさに振り向き、光の出所へと視線を向ける――確かに、そこにティアナはいた。
ただし――魔力を存分にチャージした状態で。
(砲撃魔法……!?
ティアナが!?)
少なくとも自分は彼女に砲撃を教えた記憶はない。スバルに続いて自分の教導にない動きをとったティアナに、なのはは思わず眉をひそめ――
(そう……)
それは、ティアナやスバル――そして彼女達の“特訓”に付き合ったアスカにとっては、読んでいた通りの展開だった。
(人間、自分の予測の外の事態にはとっさに頭の処理が追いつかない。
ティアちゃんの動きに気をとられて、ほんの少しだけ、スバルから意識が外れる……しかけるならこのタイミング!)
《特訓の成果……“クロスシフトC”!
いくわよ、スバル!》
「おぅっ!」
念話で告げるティアナに対し、スバルは力強く答えてカートリッジをロード。そして――
「ぅおぉぉぉぉぉっ!」
咆哮と共に突撃。なのはがカウンターでブリッツシューターを放つが、瞬間的に加速して包囲が狭まる前に突破。そのままなのはに肉迫する。
「………………っ!」
しかし、なのはの反応も早い。すかさずラウンドシールドを展開するが――
((――――かかった!))
まさに、それこそがスバル達の望んでいた反応だった。
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
防御があろうが“今”は関係ない――いや、“防御してくれなくては困る”。なのはの展開したラウンドシールドに向け、スバルは渾身の力で拳を叩き込む!
さすがのなのはも、今度は先ほどのようには弾き返せない。懸命にスバルの打撃を受け止めながら、砲撃体勢に入っていたはずのティアナへと視線を向け――
「――――――っ!?」
ティアナの姿が消えた。
「あっちのティアナさんは幻影!?」
「じゃあ、本物は……!?」
完全にティアナが本物だと思い込んでいたエリオとキャロが声を上げ――
「……今だよ……」
静かにアスカがつぶやいた。思わず見学していた全員が彼女に注目する中、アスカはハッキリと叫ぶ。
「決めちゃえ、ティアちゃん!」
「おぉぉぉぉぉっ!」
そのティアナは、スバルのウィングロードを駆け上がり、なのはの真上に回り込んでいた。
手にしたクロスミラージュのトリガーを引き、カートリッジをロード――瞬間、銃口から魔力が噴射され、それが固められて魔力刃を形成する。
(バリアを斬り裂いて、フィールドを突き抜ける……!)
そう。これこそが彼女達の狙い――
空中という自分達の攻撃が届きづらいフィールドを主戦場とするなのはに対抗するため、近接パワー型、且つウィングロードを持つスバルで動きを止め、そこにティアナが本命の攻撃を叩き込む。それがそもそもの出発点だったのだが――そこで問題が発生する。
残念ながらティアナはなのはの防壁を撃ち抜けるだけの火力は有していない。ならばティアナが足を止め、スバルで一撃――とも考えたが、なのはもまた空間戦闘のエキスパートだ。ティアナの攻撃など難なくかいくぐり、足止めにもならないに違いない。やはり足を止める役はスバルにしか任せられない。
間接戦闘をもっとも得意とするなのはに対し、もっとも有効なのは接近戦だが、接近戦要員はスバルひとりしかいない――どうしたものかと悩んでいたところに、アスカは不意にある問いを投げかけた。
「ティアちゃんはできないの? 近接戦」
足りない火力を一点に凝縮すれば、出力のさほど高くないティアナでもなのはの防壁を抜くことは可能になるのではないか――そんなアスカの提案は、スバル達に新たな突破口をもたらした。
スバルが足を止め、しかも強烈な打撃で防御を彼女の側に集中させる――そうして、防御の薄くなった別の場所にティアナが一撃を叩き込む。これなら、現状の二人でも十分になのはの防御を抜くことが可能になるし、射撃型のティアナが近接戦という手段に出ることで、なのはの意表をつくこともできる。
幸い、単独での戦闘も想定される執務官を目指していたティアナは近接戦闘用の魔力刃を手持ちの魔法に持っていた。射撃のスキル向上を優先し、なのはが放置していたそれを切り札とする方向で戦術の構築は進んでいった。
そうして考案されたのが、このフォーメーション――
模擬戦における仮想敵であるなのはに対抗するための“対砲撃魔導師型クロスシフト”――“クロスシフトC”なのである。
(一撃、必殺!)
この一撃、必ず当てる――強い決意と共に、ティアナはなのはに狙いを定め、魔力刃を振りかざす。
防壁を斬り裂くため、非殺傷設定は解除されている。当然、受けるなのはに危険が及ぶことになるが――幸か不幸か、なのはの防壁の広さにより、なのはにはかろうじて届く、という程度の効果しか期待できない。
だが、それでもかまわない――いずれにせよ確実に防御は抜けるのだ。あとは防御を崩されたなのはに、防壁が失われることで自由を取り戻すことになるスバルがトドメの一撃を叩き込めばいいのだから。
「いっ、けぇぇぇぇぇぇっ!」
咆哮とともに、ティアナの繰り出した刃がなのはに迫り――
「…………レイジングハート、モードリリース……」
ポツリ、となのはがつぶやいて――
衝撃が、その場を突き抜けた。
「……あちゃー、ありゃ食らったかね?」
「食らったんだな」
「食らっただろーぁ……」
なのは達の様子は巻き起こった魔力衝突で舞い上がった土煙に隠れてよく見えない――訓練エリアの外れの廃ビルの屋上で模擬戦の様子を眺め、ブリッツクラッカーやアームバレット、ガスケットは肩をすくめてつぶやいた。
ガスケット達はともかく、マスターコンボイを探しに行ったはず(晶談)の彼がなぜここにいるのか?――答えは簡単。
「どう思います? マスターコンボイ様」
「………………」
彼もここにいるのだから――尋ねるブリッツクラッカーだが、マスターコンボイは無言で衝撃の中心を見据えたまま答えない。
「……あー、マスターコンボイ様?」
「いいから見ていろ」
再度声をかけるガスケットだったが、マスターコンボイは淡々とそう答えた。
そして、土煙が晴れていき――
「……おかしいなぁ……」
スバルのリボルバーナックルも――
「二人とも、どうしちゃったの……?」
ティアナの刃も――
それを受け止めた、なのはの手によって握られていた。
頭上から一撃を加えたティアナの身体はその場に留まり、桃色の魔力光に包まれている――おそらくはなのはが彼女の周囲に干渉し、“浮遊”の効果を与えているのだろう。
だが――
そうしてティアナを守っている“はずの”なのはの表情からは――
スッポリと感情の色が抜け落ちていた。
「………………っ」
バリアジャケットがある程度緩和してくれたが、それでも非殺傷設定を解かれた魔力の刃はなのはの手に届いた――手のひらに走る熱を感じたが、それでも表情は変えず、なのはは心の中だけで顔をしかめた。
正直――誤算だった。
ティアナの斬撃に対し、自分はピンポイントの防壁で止めるつもりだった。レイジングハートをリリースしたのも、そのために片手をフリーにするためだ。
そして、自分の教導を外れたところで構築された勝手なフォーメーションを撃ち砕いて――自分の教えを無視して、スバルだけでなく自分までも危険にさらす戦法を取ったティアナを叱って――そう思っていた。
だが――そんな自分の動きを、ティアナの刃は上回った。
自分が防壁を展開しようとしたあの一瞬、それよりも早く自分の防壁の中へと飛び込んできたのだ。
魔力刃を伸ばしたワケではない――何らかの方法でさらに半歩踏み込み、まるでティアナの手が伸びたかのようにこちらの防御のタイミングを外してきた。
明らかにティアナは、自分の“技”によって自分の防御を抜いてみせた。どこでそんな技術を身につけたのかは知らないが、それは明らかに彼女が自分の技を自主的に伸ばしてきていたことを意味している。
だが――
「………………」
今のなのはにとってはどうでも良かった。
許せなくて――哀しかった。
勝手なことをして――それが危険なことだとも知らずに、ムチャをしたティアナ達の行動に、“自分の時”のことがフラッシュバックする。
止めなくちゃ――そう思った。
だから――努めて感情を抑え、告げる。
「がんばってるのはわかるけど……模擬戦はケンカじゃないんだよ……」
その言葉にスバルが目を見開き――
「……練習の時だけ言うこと聞いてるフリで、本番でこんな危険なムチャするんなら……練習の意味、ないじゃない……」
その言葉に、ティアナが息を呑む。
「……ちゃんとさ、練習どおりやろう……」
二人の中から、戦意がゆっくりと抜けていく――そんな二人に、なのはは続ける。
「ねぇ……私の言ってること……」
「私の訓練、そんなに間違ってる……?」
「…………間違ってるか……?」
「だな……?」
なのはの言葉は、周りで見守っている者達にも届いていた――尋ねるガスケットに、アームバレットは首をかしげてみせる。
と――
「………………チッ」
唐突に聞こえた舌打ち――二人が振り向いた先で、マスターコンボイは腕組みしていた手を静かに解いた。
「……手伝いましょうか?」
「いらん」
彼のやろうとしていることを何となく悟り、尋ねるブリッツクラッカーだが、マスターコンボイはあっさりとそう答える。
「これからやることは……」
その瞳は――
「誰にも譲るつもりはない」
静かな怒りに燃えていた。
「………………っ!」
投げかけられたなのはの言葉に、ティアナが動く――魔力刃を解放し、背後のウィングロードへと飛び移り、なのはへとクロスミラージュをかまえる。
「あたしは!
もう誰も、傷つけたくないから!」
叫ぶ彼女の脳裏に浮かぶのは、優しかった兄の姿――
「失くしたくないからっ!」
いつも笑顔で、自分の不安を拭い去ってくれるスバルの姿――
「だから――」
悲痛な叫びと共に、カートリッジがロードされる。
「―――強くなりたいんですっ!」
「………………」
そんなティアナの、心からの想いが込められた叫びに対し、なのはは無言で手をかざし、
「…………クロスファイア……」
なのはの周囲に、魔力スフィアが次々と生み出されていく――
「あれ、さっきティアナちゃんが使った!?」
「そりゃ、難しい魔法じゃねぇからな……」
ティアナの魔法であるクロスファイアをなのはが使う――驚く晶だが、となりのヴィータは落ち着いた様子でそう答える。
しかし――
「――――ダメ!」
その一方で――気づけば、アスカはビルの屋上から身を乗り出して叫んでいた。
「なのはちゃん、ストップ!
何考えてるかはわかるけど――」
「このタイミングで……“それ”はマズイ!」
しかし、そんなアスカの叫びは誰にも届くことはなく――
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!
ファントム、ブレイz――」
「シュート」
ティアナの砲撃が放たれるよりも早く――なのはの放った魔力弾の渦が、ティアナを吹き飛ばしていた。
「ティア!」
目の前で行われたティアナへの一撃――あわてて彼女のもとに向かおうとしたスバルだったが、
「――――――っ!?
バインド!?」
いつの間にかかけられたバインド――自らもまた拘束されていたことに、スバルはようやく気づいた。
「じっとして……よく見てなさい」
そんな彼女に告げるなのはの声は、今までスバルが聞いたことのない、感情が一切排された声で――スバルは気づいた。
彼女の周りに再びクロスファイアのスフィアが出現――しかし、今度はかざされたなのはの指先に集まり、一点に収束されていく。
そう。
なのはは、まだ撃つつもりだ。
「………………」
もうろうとした意識の中――それでも、残された力で立ち続けるティアナに向けて。
「そんな……!
なのはさん!」
スバルの、悲鳴に近い叫びが響き――
なのはが――発砲した。
強大な閃光が空中を駆け抜け、ティアナに迫り――
「ゴッド、オン」
静かなつぶやきと同時――閃光が斬り裂かれ、爆発した。
そして――
「………………言いたい放題だな」
告げて――マスターコンボイは爆煙の向こうから姿を現し、スバルが展開したままのウィングロードの上に降り立った。
ボディカラーはオレンジを基調としたものに変わり、その手に握るのは、先端に光刃を生み出した、ツインガンモードのオメガ――それが、今の彼の状態を何よりも語っていた。
「……おい、オレンジ頭」
《………………》
声をかけるマスターコンボイだが、ゴッドオンしているはずのティアナからの返事はない。
「チッ、気絶したか……」
舌打ちし、マスターコンボイは息をつき――気を取り直して自らの身体の状態をチェックする。
(出力は他3フォームと比べやや高いレベルで安定、前回のような過負荷の兆候はなし、か……
オレンジ頭が気を失っているせいか……?)
前回との違いに眉をひそめ、マスターコンボイは胸中でつぶやき――
「……どういうつもりですか? マスターコンボイさん」
そんなマスターコンボイに、なのはは尋ねた。
しかし、マスターコンボイはそんななのはに答えることはしなかった。代わりに――オメガに告げる。
「オメガ。
記録を頼む」
〈OK, My Boss!〉
オメガの答えにうなずくと、マスターコンボイはゆっくりとなのはへと向き直り――
「教導――開始だ」
消えた。
「――――――っ!」
瞬間、とっさになのははレイジングハートを起動、かまえて――振り下ろされたマスターコンボイの刃を受け止めた。
だが――
「これが……オレのやり方だ」
淡々とそう告げると共に、マスターコンボイは足元に展開していたフローターフィールドの上で身をひるがえし――立て続けの連撃が、なのはを防御の上から弾き飛ばす!
「く………………っ!」
問答無用の猛攻に、とっさにブリッツシューターを放つなのはだが――マスターコンボイには届かない。次々に生み出すフローターフィールドの上を目まぐるしく飛び回り、自分に迫るブリッツシューターを確実に叩き落としていく。
だが、その動きは――
「あ、あれ……!」
そんなマスターコンボイの動きを見て、スバルは思わず声を上げた。
自分の知る“それ”よりもはるかにムダの省かれた、よりレベルの高い洗練された動き。
しかし、その動きに隠れた独特のクセは見間違うはずがない――
「ティアの、動き……!?」
《違う…………》
しかし、そんな彼女のつぶやきを、フェイトは念話で否定した。
《以前、記録映像で見たことがある……
飛べないマスターコンボイはフローターフィールドで代用してるけど……
シングルじゃなくて、ツインガンだけど……それ以外の動きは、技はそっくりだ。
間違いない。あの動きは……》
《ティアナのお兄さん――ティーダさんの動きだよ》
「そんな、どうして……!?」
件の記録映像を見ていたのは彼女も同じ――今は亡きティーダの技能を完璧に再現し、怒涛の攻めを繰り出してくるマスターコンボイに、なのははその攻撃を懸命にさばきながら思わず声を上げた。
どうして、マスターコンボイがティーダの動きをトレースできるのか――確かに、殉職するまでのティーダの任務は記録として残されている。それを閲覧すれば彼の動きを知ることは可能だ。
しかし、それを再現するとなると話は別だ。マスターコンボイがティアナの兄のことを知る機会があるとすれば、ホテル・アグスタでの暴走がきっかけとなって興味を持った、というところだろうが――あれからそう日は経っていないのだ。いくらトランスフォーマーといえど、簡単に再現を身につけられる期間ではない。もしそれを可能とするならば、それこそ死に物狂いの努力が必要となるはずだが、彼がそんな行動を見せていた様子はない。
が――それ以上の詮索をする余裕はなのはにはなかった。マスターコンボイは素早く後退。後方に作り出した足場に跳び移るとオメガの光刃を打ち消し――立て続けに放たれる魔力弾の群れが、一斉になのはに襲いかかる!
「くっ、この……っ!」
精密にコントロールされ、死角を的確についてくる魔力弾の嵐に、なのはは時にはかわし、時には受け止めてしのいでいくが――
「それが貴様の限界か?」
「――――――っ!?」
いつの間にか回り込んでいたマスターコンボイが、なのはを頭上に向けて思い切り蹴り飛ばす!
「キレが悪いな。
魔力はリミッターがかかっていても、動きにリミッターはかかっていないはずだが?」
「く――――――っ!」
静かに告げるマスターコンボイの言葉にうめき――それでも、体勢を立て直したなのはは追撃してきた彼の斬撃を受け止める。
体勢的には真下からマスターコンボイが斬りつける形だ――重量差など役に立たない状況のはずなのに、なのはは耐えしのぐので精一杯で――
「時が、来たんだ」
静かな言葉と共に――マスターコンボイは身をひるがえした。真下からの切り上げから真横からの横薙ぎに切り替え、なのはを弾き飛ばす!
「時が……!?
どういう意味ですか!?」
「10年前の最終戦闘、貴様はオレに対して示したはずだ。
どんな強大な力も、技も、戦い方も――そのままではいずれ通用しなくなる時が来る」
体勢を立て直すなのはに答え、マスターコンボイはオメガのカートリッジをロードし――
「貴様のやり方が――通用しなくなる時が来たんだ」
その言葉と同時、彼の周囲に多数の魔力スフィアが形成された。
この体勢は――
「クロスファイア!?」
「教えてやる。
理想形ってヤツは――お前の示すものだけじゃないことを」
驚くなのはに告げ、マスターコンボイは身をひるがえし――
「貴様が収束ならオレはこれだ」
「……撃ち貫け。
クロスファイア――」
「ペネトレイト、シフト――シュート」
その言葉と同時、スフィアが一斉に――いや、時間差で飛翔した。一列に整列し、なのはに向けて飛翔する!
(立て続けの多段ヒットによる、ガードブレイク狙い――!)
「けど――っ!」
すぐさまマスターコンボイの狙いを見切り、とっさに離脱を試みようと――したところでなのはは気づいた。
スフィアはすべてが自分を狙っているワケではなかった。およそ半数が散開、なのはの周囲を包囲にかかっている。
(半分で逃げ場を封じて、残り半分で攻撃――!?)
逃げ道は封じられた、受けるしかない。なのははとっさにラウンドシールドを展開。最初の1発目が着弾する。
なのはの強固な防壁に、スフィアは音を立てて砕け散るが――そんななのはの防壁に、次のスフィアが激突する!
2発、3発――次々に叩きつけられるスフィアを前に、さすがのなのはの防壁にも亀裂が走り――
「ファイナル……ブリッド」
マスターコンボイの言葉と同時、列の最後尾に位置していたスフィアが叩きつけられた。
しかし、その弾丸は今までのものと違い――
(回転がかかってる――貫通系!?
傷つけられたラウンドシールドじゃ――抜かれる!)
そう気づくと同時――なのははすぐに対応した。体勢をわざと崩し、ラウンドシールドを粉砕したスフィアを回避する!
(しのいだ――!)
そう確信するなのはだが――
「悪いな」
そんななのはに、マスターコンボイは告げた。
「『ファイナル』というのは――」
「ウソだ」
その言葉と同時――
“包囲していた残りのスフィアが”体勢を崩したなのはに向けて叩きつけられた。
「……ほぅ」
もうもうと立ち込める爆煙の中――動きに気づき、マスターコンボイは感嘆の声を上げた。
「そういうところは、10年前から変わらないな。
今のを受けてもまだ動けるとは……なかなかにしぶとい」
「く………………っ!」
マスターコンボイの言葉にうめき、なのははレイジングハートをかまえ直す。
「どういう、つもりなの……!?」
その口からもれるのは、信じていた相手への疑問の言葉――
「ティアナを助けて、あの子の代わりに私と戦って――それじゃあ、あの子達のやったムチャを正当化するだけじゃない。
あんな危険な戦い方を許すのが“あなたのやり方”なの……? あなたはそれが、本当に正しいと思ってるの!?」
その問いに、マスターコンボイは息をつき――
「“今の貴様”よりはマシだ」
「――――――っ」
その言葉に、なのはの表情が鋭さを増した。レイジングハートをバスターモードに切り替え、マスターコンボイへと狙いをつける。
「あんな戦い方を許していたら、二人はそのうち……!
二人のためにも、ここで止めておかなくちゃいけないんだよ!」
「…………この、バカどもが……!」
静かに、吐き捨てるようにうめき、マスターコンボイもまたなのはへとオメガを向ける。
「私は……ただ、二人に悲しい思いをして欲しくないから!」
「……決めつけるな……あるべき“道”を……!」
なのはの叫びと、マスターコンボイの呟きが交錯し――
〈Divine Buster!〉
〈Phantom Blazer!〉
閃光が放たれた。
虚空を貫き、二つの閃光は両者のちょうど中間で――
「そこまでだ」
淡々とした声と共に――二人の一撃が止まった。
いや――止められた。
突然それぞれの目の前に現れた、漆黒のベルカ式魔法陣によって。
「これは――」
「まさか――」
同時、現れた魔力の気配がひとつ。自分達の一撃を止めた張本人へとなのはとマスターコンボイは振り向き――
「久しぶりに会いに来てみれば……」
そんな二人の視線を前に、魔法陣の主は――
「何をやっている、貴様ら」
スカイクェイクは、二人に向けて怒りを多分に含んだ視線を返した。
その後、模擬戦はなし崩しに終了となった。
ゴッドオンが解かれた後も気を失ったままのティアナがスバル達によって医務室に運び込まれるのを見届けた後、スカイクェイクが向かった部隊長室にはスターズ、ライトニング両分隊の隊長陣とそのパートナートランスフォーマー達が自然に集合していた。
そして――
「地球最強のトランスフォーマー!?」
「うん」
思わず声を上げるエリオに、医務室にティアナを送り届けた後キャロや彼と共に廊下から部隊長室の様子をうかがっていたスバルは静かにうなずいた。
「“恐怖大帝スカイクェイク”――地球デストロン軍“ホラートロン”のリーダーで、今は“新スペースブリッジ計画”で地球を留守にしているサイバトロン側のリーダー、ライブコンボイさんを上回る実力を誇る、事実上の地球ナンバー1トランスフォーマー……
そして……“師匠”とは、10年前の戦役の時から付き合いのある親友同士……」
「そんなに、すごい人なんですか……?」
思わずキャロがつぶやくと、
「そうだね。
それと……もうひとつ」
その声に振り向くと、そこにはシャリオが立っていた。
「シャーリーさん?」
「さすがに、ちょっと気になっちゃってね……」
エリオにそう答えると、シャリオはスバル達に尋ねた。
「みんな……なのはさんが、8年前にちょっとした事故で大ケガしたことは知ってる?」
「えぇっ!?」
その言葉に思わず声を上げたのはやはりスバルだった。
「なのはさん、大ケガしたことがあるんですか!?」
「うん……
それで……その時、なのはさんのリハビリと、復帰のための再訓練の教官を務めてくれたのが……当時、“真スペースブリッジ計画”から一時帰国で戻ってきていた、スカイクェイクさんなの」
「じゃあ……」
つぶやくキャロに対し、シャリオは静かにうなずいた。
「スカイクェイクさんは……なのはさんの師匠なんだよ……」
「まったく、カイザーコンボイ一派と接触したと聞いたから、話を聞くついでにウワサの新部隊とやらを見に来てみれば、とんだ体たらくだな」
「うん……
さすがに今回は返す言葉もあらへんわ」
ため息をつき、いきなり辛らつなコメントを放つスカイクェイクの言葉に、はやては力なく肩を落としてそう答える。
そんな中、フェイトはチラリとなのはへと視線を向けた。
マスターコンボイの姿はここにはない。いつもなら、なのはが面倒くさがって逃げようとするマスターコンボイを引きとめるのだが、今回はなのはの言葉に耳もかたむけずに出て行ってしまった――なのはのとなりにポッカリと空いた空間が、今の二人の心の内を如実に物語っていた。
「八神はやて、貴様のやり口にも問題はある」
一方で、スカイクェイクの追求は続く――淡々と、しかし有無を言わせぬプレッシャーと共にはやてへと告げる。
「必要な人材を集めた末の、偶然の結果だったというコトは理解している。
だが――身内中心の部隊編成をそのままにしてしまったのは失敗だったな。
身内が相手になるから、貴様らの性格ではどうしても決断が甘くなる。
結果――」
「“必要のないもの”をいつまでも抱え込むことになる」
「………………っ」
放たれたスカイクェイクの言葉に、はやては思わず息を呑んだ。
「それは……“いらん子を放り出せ”っちゅうことですか?」
「他にどんな意味がある?」
あっさりと返ってきた答えに、一同の間に衝撃が走り――
「待ってください!」
部隊長室の扉が開け放たれた。制止しようとしたエリオとキャロ、シャリオをしがみつかせたまま、スバルはスカイクェイクに向けて声を上げる。
「ティアは、ずっと六課の一員としてがんばってきたんです!
そりゃ、今回はちょっと暴走しちゃったかもしれないけど、それだって強くなりたい一心で――」
「控えろ、スバル。部隊長の前だぞ」
「けど!」
たしなめるシグナムに対し、スバルが反論の声を上げ――
「何を言っている……?」
しかし、スカイクェイクは憤慨するスバルに対して首をかしげてみせた。
「オレが『必要ない』と言ったのはランスターじゃない」
言って、スカイクェイクは“そちら”へと視線を向け――
「お前だ、高町なのは」
「え………………?」
その言葉に――その場の空気が凍りついた。
ティアナ | 「なんで、こうなっちゃったのかな……?
あたしは、ただ、みんなを……
守れるようになりたかっただけなのに……」 |
(初版:2008/08/16)