それは、決して忘れられない記憶――

 

 ミッドチルダの都市圏から少し離れた森林地帯――
 木々の間に隠れた、清水の流れ込んでいる池のほとりに、二張りのテントが張られていた。
 入り口の上には申し訳程度に『男』『女』と記された張り紙がはられているところを見ると、どうやら男女それぞれにテントを使っているらしい。
 そして、そのテントの主達はというと――

「……できた……!」
 工具を握る手から力を抜き、ティアナは大きく息をついた。
 彼女の座るキャンピングデスクの上では、たった今完成したばかりの銃型デバイス――後に“アンカーガン”と名付けられ、彼女の相棒となるそれが朝日に照らされて輝いてい る。
 と――
「お、できたのか」
「あ、はい……」
 朝食の支度に出ていた“彼”が戻ってきた。かけられたその声に、ティアナは疲れを隠し切れないながらも笑顔でそう応える。
「なら、メシ食ったら少し寝ておけ。
 さすがのオレも、徹夜明けの小娘をぼてくり回すシュミはねぇ」
 そう告げるが――そんな彼の言葉に、ティアナは思わず顔をしかめた。
「……何かマズイのか?」
「あ、いや、えっと……」
 尋ねる彼に、ティアナは言葉をにごし――尋ねた。
「ご飯は……寝た後にしちゃダメですか?」
「はぁ?
 大丈夫なのかよ? メシ食った後バタバタ動いても」
「う゛っ…………
 だ、大丈夫じゃ、ないですけど……」
 彼の問いにそう答えると、ティアナは顔を赤くして答えた。
「食べてすぐ寝たら、その……お腹が……」
「あぁ、太るってか」
 せっかく直接的な表現を避けていたというのに、彼はそのものズバリ言い切ってくれた。思わず頬をふくらませるティアナだったが――
「ま、いいんじゃね?
 オレはそんなの気にしないし」
「え………………?」
 続いた彼のその言葉に思わず動きを止めた。
(あ、あたしが太っても気にしない、って……
 太ってもぜんぜんOKって……?)
 「まだ10歳」と言うことなかれ。この年頃の子供は一気に精神的な成長を迎える時期だ。しかも肉親を失い自立を余儀なくされたティアナの場合はなおのこと――目的あっての事とはいえ、テントを別々にしているとはいえ、それでも共に寝起きしていることに変わりはない。異性として意識することなどありえないと言えばウソになる。
(えっと……まさか、太ってる方が好み、とか……?)
 普通ならもっと健全な連想をしそうなものだが、そんな年頃と現在の環境との相乗効果が、ティアナについつい“そっち方面”の連想をさせてしまう。
「あ、あの、それって……?」
 思わず、彼にその真意を問いただすティアナだったが――
「体重が太って困るのはお前であってオレじゃないし♪」
「………………」

 1秒後――
 

 芸術的なコークスクリューが、彼の顔面に突き刺さった。

 

 それは今から、ほんの数年前の出来事――

 

 


 

第21話

エースの墜ちる日
〜Ace VS Master〜

 


 

 

「…………ん……」
 目を開けて、最初に視界に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
「……ここ……医務室…………?」
 自分がどこにいるのかを悟り、ティアナは静かにつぶやいて――
「あ、起きた?」
「え…………?」
 突然かけられた声に顔をそちらに向けると、ちょうど自分に気づいたアスカがパタパタと駆けてきたところだった。
「アスカさん……?」
「あぁ、待った待った。起きなくていいから」
 身を起こそうとしたティアナを止め、アスカは彼女を元通りベッドに寝かせ、
「まだしばらく寝てた方がいいよ。
 訓練用魔法弾とはいえ、クロスファイアを全弾クリーンヒットさせられたんだから」
「あ…………」
 その言葉に――思い出した。
 自分がなぜ、こうして医務室にいるのか――その原因となった一撃のことを。
「そっか……
 なのはさんに、撃墜されて……」
「うん……」
 つぶやくティアナにうなずいて――アスカは彼女に尋ねた。
「えっと……どこまで覚えてる?」
「なのはさんに、一撃目をもらって……
 ……もっと収束された二撃目が来たと思ったら……何かが間に割って入ってきて……それから……」
「そっか……そこまでか……」
 ティアナの答えに、アスカは頭をかきながら息をつき――今度はティアナがアスカに尋ねた。
「……ところで……なんでアスカさんがここに?」
「そりゃ、気絶したままのティアちゃんを看てたから……」
「いや、そうじゃなくて……
 シャマル先生は……?」
「あぁ、そーゆーコト?
 シャマルちゃんなら……」
 ティアナのその問いに、アスカが答えかけ――
「ティア!」
 大声がアスカの言葉をさえぎった――振り向くと、息を切らせたスバルが医務室に駆け込んできたところだった。
「よかった……気がついたんだ!
 大変なんだよ! スカイクェイクさんが来て、なのはさんが……!」
「ちょっ、スバルさん……!」
「医務室なんですから、静かに……」
 あわててスバルの後を追ってきて、興奮する彼女をなだめるのはエリオとキャロだ。
「え? ちょっ、何よ?
 スカイクェイクって誰? それに、なのはさんがどうしたのよ?」
 しかし、当のティアナは今まで気を失っていたこともあって事態をまったく呑み込めていない。困惑もあらわにそう聞き返し――
「じゃあ……説明してあげる」
 エリオやキャロの制止にも止まらないスバルをツッコミチョップで黙らせて、アスカはティアナにそう答えた。
「ティアちゃんがなのはちゃんの砲撃で気絶した、あの後起きたこと。
 医務室ここの本来の主であるシャマルちゃんが席を外している理由。
 そして……」
 言いながら、アスカは目の前に展開したウィンドウを操作。ティアナの前に新たにウィンドウを展開し、
「どうして“こう”なってるのか、もね」
 その言葉と同時――映し出された映像を前に、ティアナは思わず自分の目を疑っていた。
 

「やっと着いたか……」
 目玉が飛び出るような金額をタクシーの運転手に支払い、イクトはようやくたどり着くことのできた機動六課の本部隊舎を見上げた。
「まずは本部隊舎の受付で地図でももらうか……」
 重度の方向音痴の自分の場合、まずは自分の位置を知るための指標を手に入れなければならない。自分でもわかっているからこそ、とりあえず今やるべきことを確認するイクトだったが――
「では行こうか」
 そもそも目の前の建物が本部隊舎であることに気づいていなかった。迷わず訓練場に続く道へと一歩を踏み出し――
「あの……?」
 そんな彼に声をかける者がいた。
「どちら様ですか……?」
 本部隊舎から出てきたシャリオである。

「…………む?」
 「はやての知り合いだ」と説明したところ、今彼女がいるという指令室へと案内されたが――シャリオによって指令室に通されるなり、イクトは室内の空気の重さに眉をひそめた。
 とりあえず周囲を見回し、事情を知っていそうな人物に声をかける。
「おい、八神。リインフォースU」
「え…………?
 ……い、イクトさん!?」
《いつこっちへ!?》
「ついさっき着いたばかりだ」
 自分の存在に気づいていなかったらしく、驚くはやてやリインに対し、イクトはあっさりとそう答える。
「だ、誰ですか? この人」
「炎皇寺往人――イクトでいい。
 一応、聖王教会の関係者で、八神はやてとは戦友にあたる――とだけ覚えておけば当面問題はあるまい」
 初対面であるアルトの問いにそう答えると、イクトは改めてはやてに向き直り、
「それより、ずいぶんと空気が重いな。
 いつからここは屠殺とさつ場になったんだ?」
「とさ……!?
 も、もぉちょっとたとえ方ってもんがあると思うんやけど……」
「この空気の重さ、他にどうたとえろと言うんだ?」
 うめくはやてだったが、イクトはあっさりとそう答え――
「そりゃ、重くもなりますよ……」
「………………?
 どういうことだ?」
 つぶやくルキノに聞き返し――振り向いたイクトは、そこでようやくメインモニターの映像に気づいた。
 それは医務室でアスカがティアナに見せたものと同じものだったが――そこに映し出された光景に眉をひそめ、はやてに尋ねる。
「……おい、冗談抜きで何があった?
 どうして……」
 

「“スカイクェイクと高町なのはが対峙している”?」

 

 

 ティアナの覚醒とイクトの機動六課到着から、しばし時はさかのぼり――

《ど、どーゆーコト!?》
 スカイクェイクの突然の宣告――なのはに対する“戦力外通告”に対し、プリムラは思わず声を上げた。
《なの姉がいらないって、なんでそーゆー結論になるの!?
 なの姉の実力は、スカイクェイクだって知ってるじゃない!》
「知っているからこそだ」
 しかし、スカイクェイクはあっさりと答える。
「知っているからこそわかる。
 こいつはこの部隊には不要だとな」
《………………っ!》
 再び、ハッキリと「六課になのはは不要だ」と言い切ったスカイクェイクの言葉に、プリムラは怒りから言葉を失い――
「せやったら……その“理由”、聞かせてくれへんかな?」
 その一方で、はやては努めて冷静にスカイクェイクに尋ねた。
「もちろん、ティアナやなくてなのはちゃんがいらへんと言い切るに十分な理由があるんやろ?」
 そんなものが果たしてあるのか――そんな想いを隠しきれず、問いを重ねるはやてだったが、
「当然だ」
 そんな彼女の想いを、スカイクェイクはあっさりと断ち切った。
「弟子のことを見ようともしないマスターに、価値などあろうはずもない。
 そんなヤツに教わっていては、むしろ教わる弟子の方が不幸というものだろうが」
「そ、そんなことありません!
 私はちゃんと、スバル達のことは……」
「『見ていた』というのか?」
「はい!」
 聞き返すスカイクェイクに、なのははキッパリとうなずいてみせる。
「そう言うからには、今回の新人二人の暴走、どう説明するつもりだ?」
「そ、それは、あの二人がいきなり……」
 そうなのはが答えた、その瞬間――スカイクェイクの口元に笑みが浮かんだ。
「馬脚を現したな」
「………………っ!
 どういうことですか!?」
「簡単な話だ。
 貴様は今、『二人がいきなり暴走した』と言ったが……」
 思わず聞き返すなのはに答えると、スカイクェイクは大きく展開したウィンドウにその映像を映し出した。
 先ほどの、なのはとスバル・ティアナ組の模擬戦――ちょうどスバル達が“クロスシフトC”に移ったところだ。
「いくら付き合いの長いコンビだと言っても……果たして、ここまで息の合った動きを、Bランクの魔導師が『いきなりの暴走』でできるものなのか?」
「そ、それは……」
 放たれたその指摘に、なのはは思わず口ごもり――そこにスカイクェイクは追求の言葉を重ねる。
「間違いなく即席じゃない――事前に何度となく練習し、磨き上げてきたフォーメーションだ。
 そして――あれが貴様の教えに反するものだったとすれば、当然課業の中の訓練で磨かれたものではあるまい。課業後に自分達で練習していたのだろう。それも毎日、かなりの時間をかけて。
 訓練の場以外にも教え子達のことを気にかけていたなら、貴様はその動きに気づいていたはずだ。
 同時に、その内容に問題があるとわかれば、止めることもできていたはずだ――今回のことは、貴様がちゃんとこいつらのことを見ていれば、防ぐことができたはずのことなんだ。
 そしてもちろん――今この場で『いきなり』などという言葉が出るはずもない」
「………………」
 淡々と告げるスカイクェイクの言葉に、なのはは今度こそ何も言い返せず、ただ無言でうつむくしかない。
 そして――スカイクェイクはなのはに向けてまっすぐ向き直り、
「こいつらは努力していたんだ。
 もっと強くなろうと……もう二度と、くだらない失敗をしないように、と……貴様の教えに加え、自分達で創意工夫をこらし、力を磨いていたんだ。
 それを貴様は、単なる『いきなりの暴走』と決めつけ、一方的に否定した。
 ハッキリと言ってやろうか? 貴様はな――」
 

「『自分の教えの外で動いた』というだけで、こいつらの努力を踏みにじったんだ」
 

「――――――っ!」
 その言葉は、今までのどの指摘よりも鋭く胸をえぐった――息を呑み、なのはは大きく目を見開いた。
 だが――
「まだあるぞ。
 『模擬戦はケンカじゃない』……模擬戦の最中、そうほざいたそうだな?」
 そんななのはの姿を前にしても、スカイクェイクは追及の手をゆるめることはなかった。衝撃を受けているなのはに、さらにたたみかけるかのように言葉を重ねる。
「ケンカだよ、模擬戦は。
 実戦に備え、実戦を知るために、実戦を想定した、実戦にきわめて近い状況で戦う訓練――それが模擬戦だ。
 逆に言えば、実戦と同様でなければ意味がない――貴様はそんな場を、ただの“指導の場”としてしか使っていない。貴様は実戦の場でも、あんな風にいちいち説教するつもりか?
 訓練の成果が見たいのなら、他の場でいくらでもやればいいだろ」
 そして、スカイクェイクはスバルへと視線を向け、
「仮想敵である貴様に勝つために手の内を明かさず、密かに技を磨いて挑んだスバル達や、ティーダ・ランスターの動きを知り尽くしていることを隠していたマスターコンボイ――模擬戦である・なしに関わらず“勝つ”ために必要なことを忠実に実行したこいつらの方が、よほど模擬戦の本質を理解している。
 確かに、あの状況でスバル達のとったあのフォーメーションが正解とは言えないかもしれないが――それは結果に過ぎない」
「………………」
「……そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!」
 ショックを受け、何も言い返せないなのはに代わり抗議の声を上げるフェイトだったが――
「貴様らが言わないからオレが言わなければならんのだろうが。
 そうやってすぐにかばう態度が、ここまで問題を水面下に閉じ込めてしまったことになぜ気がつかない?」
「そ、そんなこと……!」
「高町のことを気遣う、という意味では問題はない。むしろ賞賛に値する。よき友人関係だ。
 だが――“同じ職場の仲間”として見るなら、ただ不始末を無意味にかばいだてしているだけでしかない。最低の愚行だ」
「………………っ!」
 スカイクェイクは逆に彼女をにらみ返し、容赦のない指摘で封じ込めてしまう。
 フェイトの反論に強烈なカウンターを叩き込むと、スカイクェイクはなのはへと向き直り、
「そもそも、今回の件はもっと前に止められたはずだ。
 ホテル・アグスタでティアナ・ランスターがマスターコンボイの指示を無視して突撃したことは聞いているが――」
 

「彼女が……“なぜそういう行動に出たのか”、貴様はそれを尋ねたのか?」
 

 もはや言葉による反応など何もない――スカイクェイクに尋ねられ、なのははビクリと肩を震わせた。
「大方、ティーダ・ランスターの件がきっかけなんだろうと勝手に決めつけていたんだろう。
 だが――それは根本の原因に過ぎない。それが原因であるなら、もっと早くに暴発していたはずだ。
 “あのタイミング”で彼女が暴発した原因を、貴様らは勝手な思い込みだけで片づけて聞こうとはしなかった。
 あの場で彼女の想いを聞き、それなりの答えを返していれば、少なくともここまで事態が悪くなることはなかったはずだ――たとえ悪化することが避けられなかったとしても、な」
「………………」
 スカイクェイクのその言葉に、なのはは答えることができずに黙り込むしかない。
「彼女が抱えている悩みを一番理解してやらなければならなかったのは誰だ? 直属の上官である貴様ではなかったのか?
 パートナーであるスバルは、彼女の苦しみをわかっていたからこそ、彼女に協力することを選んだのではないのか? 彼女の道を少しでも切り拓こうとして、目標とする貴様の教えに逆らってまで、アスカ・アサギと共に彼女に力を貸そうとしたのではないのか?」
 そして、一度息をついて仕切り直し――スカイクェイクは容赦なくトドメの一撃を放つ。
「訓練メニューの作成や指摘事項のチェックにばかり意識が向き、直属の上官でありながら部下の悩みも解くどころか聞こうとすらせず、ただそれまでやってきた方法を愚直に繰り返すのみ。
 あまつさえ、暴走するティアナ・ランスターを止めにかかったと思ったらすることがアレか。
 貴様の性格を考えれば悪意はあるまい。おそらくは戒めを兼ねた手本、といったところだろうが――あのタイミングでアレでは、当事者にしてみれば自分との実力差を見せつけているようにしか見えん。余計に追い込むだけではないか」
 そして――スカイクェイクは告げた。
「もう一度言ってやろう。
 今の貴様は教官としても、分隊長としても失格だ。すなわち――」

 

 

「貴様は、この機動六課には必要ない」

 

 

 容赦なく放たれた一言に、誰も反論することができない――重々しい沈黙の中、スカイクェイクは息をつき、
「……まぁ、オレも鬼ではない。
 一度だけチャンスをやろう――そこで貴様が示した結果如何では、六課への残留を認めないでもない」
「チャンス……?」
 聞き返すスバルの言葉に、なのはもまた思わず顔を上げて――
「ンだよ、てめぇ……!」
 そんななのはの脇で、ヴィータは思わず声を荒らげた。
「さっきから聞いてりゃ、後見人でもねぇクセに偉そうに……!」
「待て、ヴィータ」
 しかし、スカイクェイクに食ってかかろうとしたヴィータを、シグナムは静かに止めた。
「97世界のトランスフォーマー、その統治者のひとりとして扱われている大帝の中でも、局の多くの事件を助けてきたスカイクェイクはザラックコンボイに次いで発言力が強い――そのことを忘れるな」
「けどよ……!」
 この件については現時点ではスカイクェイクに理がある。なのはの非を覆せない現状でヘタに抵抗すれば、六課そのものが私情でなのはをかばう“共犯者”として裁かれかねない――そう言外に告げるシグナムに、ヴィータは納得しきれずに歯がみして――
「……チャンス、というのは?」
 彼女の方がよほど冷静だった。落ち着いた口調で尋ねるはやてに対し、スカイクェイクは静かに答えた。
「……師として、上官としては最悪でも、それでも時間をかければ弟子は育つ。
 だが、それは弟子がより長く未熟な期間を過ごすことになる――当然、それは未熟なまま現場に出なければならない期間でもあり、その間は誰かがそいつらをフォローしなければならない」
 言って、スカイクェイクはなのはへと向き直り、
「高町なのは。
 貴様があくまで自分を“六課の教導官”だと言い張るのなら……弟子を責任を持って守り抜ける、それだけの実力を示してみろ。
 指導もできず、部下の面倒も見られず……その上守ることもできないとなれば、それこそ貴様はこの六課では用なしだと思え」
《な、なのはさん……?》
 要するに「模擬戦でその実力を見せていろ」ということだ。だが、相手はあのスカイクェイク――はやてのとなりから思わず不安げになのはへと視線を向けるリインだったが――
「……わかりました」
 対し、なのははスカイクェイクにそう答えた。
「それで納得してくれるのなら……やります」
 

「……と、ゆーワケや」
「なるほどな。
 つまりこれは、高町なのはが六課にいられるかどうかを賭けた、模擬戦という形の試験、ということか……」
 はやての説明に納得し、イクトはしばし思考をめぐらせ、
「…………よし」
 いきなり何かを思いつくと、イクトはきびすを返して出口に向かう。
「どないしたん?」
「直接この目で見届ける」
 尋ねるはやてに、イクトはあっさりとそう答えた。
「どうせ、他の連中はあの現場で見ているんだろう?
 ならばオレも――」
 言いながら廊下に出て――イクトは足を止めた。
「…………? どないしたん?
 ……あぁ、ひょっとして、訓練場の場所わからへんの?」
「いや、それもあるが……」
 尋ねるはやてだが、イクトは眉をひそめて彼女へと振り向き、
「この隊舎の出入口はどこだ?」
「ついさっき私の案内で入ってきたばかりですよねぇ!?」

 すかさずシャリオのツッコミが飛んだ。
 

「そんな……!
 なのはさんが、地球の大帝と……!?」
「うん」
 一連の話を聞き、思わずうめくティアナに、アスカはあっさりとうなずいた。
「えっと……そのスカイクェイクさんの魔導師ランクは?」
「六課の誰よりも格上だよ――何しろ“ユニゾン前で”空戦SS+相当だもん。
 ま、今回はハンデ解消のためにリミッターかけて、今のなのはちゃんと同じAA相当クラスまでランクを落とすみたいだけど」
「それでも……!」
 魔導師ランクとは魔力の高さだけで決まるものではない――魔力出力やその運用技術、戦術などの知識面、それぞれにランクが設定されており、その総合力によって決定されるものだ。
 すなわち、ランクが上であるということは、すなわち出力だけでなく技術面においても上だということだ。
 その上なのはの師匠でもあるという――リミッターによってランクを同等に落としたとしても、スカイクェイクの優勢は明らかだ。
 この模擬戦に負ければ、なのはは機動六課を追われるという。不安にかられ、ティアナは思わず視線を伏せて――
「…………不安か?」
 いきなり新たな声がティアナに尋ねる――そこでようやく、ティアナは窓際で外を眺めたまま佇んでいた、ヒューマンフォームのマスターコンボイの存在に気づいた。
「わからんな。
 貴様はなのはの教えに逆らって撃墜された身だろうが。言わば対立している立場であるお前が、なぜなのはの身を案じる?」
「そ、そういう問題じゃないですよ。
 なのはさんは、あたし達がムチャしたから……
 悪いのはあたし達で……なのはさんは悪くないのに……」
 マスターコンボイの言葉に思わず反論するスバルだったが――
「悪かったと思ってるのか?」
 かまわずマスターコンボイがそう尋ねた相手はティアナだった――投げかけられた問いに、彼女はうつむき、答える気配はない。
 完全に意気消沈してしまったその姿に、マスターコンボイは軽く息をつき――
「あー、いたいた。
 マスターコンボイ様、ここにいたんスか」
 そう言いながら医務室に姿を見せたのは、管理局支給のものとは別のデザインのフライトジャケットに身を包んだ青年だった。
 その顔に見覚えがなく、首をひねるエリオとキャロだったが――
「あれ、ブリッツクラッカーさん……?」
「久しぶりだね、ヒューマンフォーム見せるのも」
『えぇっ!?』
 あっさりと青年に声をかけるスバルとアスカに、二人は思わず声を上げた。
 だが――そんな彼女達のやりとりにかまわず、ブリッツクラッカーはマスターコンボイに駆け寄り、
「そろそろ模擬戦始まりますよ。
 見に行かねぇんスか?」
「かまわん。
 別にここでも不自由はしない」
 あっさりと答えると、マスターコンボイは再び窓の外へと視線を戻した。
「今の高町なのはは……見守るに値しない」
「………………」
 マスターコンボイの言葉にブリッツクラッカーは息をつき――肩をすくめ、訓練場を映し出したウィンドウを見守るスバル達の輪に加わった。
 

 すでに廃棄都市へのステージ設定を終えている機動六課訓練場――その中央でスカイクェイクと対峙し、プリムラをパワードデバイスとして装着したなのはは静かにレイジングハートをかまえた。
 対し、スカイクェイクに動きはない――腕組みしたまま、じっと沈黙を保っている。
 指令室ではやて達ロングアーチが、見学スペースでヴィータ達や晶が、医務室でスバル達が、そしてアナライズルームでアリシアが――それぞれに行く末を見守る中、無限とも、一瞬とも思える静寂が辺りを支配して――
「――いきます!」
 先手を打ったのはなのはだった。地を蹴り、空中へと舞い上がると同時、スカイクェイクに向けてブリッツシューターを放ち――
Mond Jagerモーント イェーガー
 腕組みを解かないままスカイクェイクが静かに告げ――次の瞬間、なのはの放ったすべての魔力弾が砕け散った。
 スカイクェイクの生み出した、苦無を思わせる形状の魔力弾がなのはのブリッツシューターをまとめて叩き落としたのだ。
「……Gehen行け
 続けてスカイクェイクが指示を下し――魔力弾は一斉になのはに向けて飛翔する。
《なの姉!》
「く――――っ!」
 対し、なのはも迎撃すべく再びブリッツシューターを放った。スカイクェイクの放った魔力弾へと向かわせるが――
「ムダだ」
 スカイクェイクが告げ――モーントイェーガーは散開してなのはのブリッツシューターを回避、逆にそのすべてを再び打ち砕く!
 

「クソッ! また落とされた!」
 一方、こちらは訓練場の外れに設けられた見学スペース――廃ビルの屋上で戦いを見守り、ヴィータは舌打ちもじりにうめいた。
「なのはの攻撃が、あんな簡単に……!?」
「さすがはスカイクェイク、ってところか……
 AAランクまで落としてアレか……以前よりも着実に腕を上げてやがるな」
 思わずうめくフェイトのとなりでビクトリーレオがつぶやくと、
「それは違うぞ、ビクトリーレオ」
 そんな彼に答えた声は、その場で戦いを見守っていた誰のものでもなくて――
「イクトさん!?」
「海鳴以来だな、貴様ら」
 思わず声を上げるシャマルに、再びシャリオに案内してもらってこの場にやってきたイクトはあくまで冷静な口調でそう応える。
「『違う』って……何が違うの?」
「高町なのはとスカイクェイク、両者に差をつけているのは実力の問題ではない、ということだ」
 改めて尋ねるのはジャックプライムだ――あっさりと答え、イクトは続ける。
「この模擬戦、スカイクェイクがハンデ解消のため、高町なのはと同じAAランク相当までリミッターをかけていることは、ここに来るまでにシャリオ・フィニーノから聞いた。
 だが、人とトランスフォーマーとではリミッターのかかり方はまったく違ってくる。人間とトランスフォーマー、両種族の基本的な能力差を考慮した場合、トランスフォーマーは人間よりも多くの要素に――魔力だけでなく基本出力、駆動効率までも制限を受け、完全に“当該ランクの人間の魔導師”と同等のレベルになるまで戦闘力を落とされる。
 つまり、今のスカイクェイクの実力は名実共に高町なのはとほぼ同格――技能や経験の差もあろうが、あそこまで一方的に高町なのはの射撃を落とすというのは、それだけの要素では少しばかり足りないだろう」
「なら、貴様は何があの“差”を生んでいると言うんだ?」
 尋ねるシグナムの問いに、イクトはしばし魔力弾の飛び交う模擬戦の様子を観察し、
「……先読み……のようなもの、だろうな。
 高町なのはがどう動くか――その先を読んで、スカイクェイクはそれに順次対応している」
「見切り……ということか?」
「一言で言ってしまえばそうだが――その“読み”があまりにも速く、正確すぎる。
 “見切り”や“読み”によるものだとしても、あまりにも異常――『先読み“のようなもの”』と言ったのはそういうことだ」
 スターセイバーにそう答えると、イクトは告げた。
「断言してもいい。
 スカイクェイクには、高町なのはがどう攻めてくるかを――」

 

「彼女が行動に移す前から、“すでに知っている”んだ」

 

「この――っ!」
《いっけぇっ!》
 まともに撃っても止められるのなら、数で圧倒すれば――ブリッツシューターの数を増やし、攻勢に出るなのはとプリムラだったが、それでもモーントイェーガーの迎撃網を抜くことはできない。
 しかもその間、スカイクェイクにはまったく動きがない――開始地点から一歩も動かぬまま、モーントイェーガーだけでこちらの攻撃をしのいでいるが――
「それなら!」
《これで!》
 こちらをなめて動きを止めているのなら――なのはとプリムラはスカイクェイクから距離を取って砲撃体勢に入る。
「《ディバイン――》」
 そして、レイジングハートの先端に魔力が収束し――
 

「――バスターに見せかけ、ショートバスターでの速攻」
 

「《――――――っ!?》」
 しかし、なのは達の狙いはスカイクェイクに読まれていた。淡々と手の内を明かされ、なのはとプリムラは驚いて動きを止めてしまい――
「この程度のことで――」
 そう告げる声は、なのはの背後から聞こえてきた。
 見れば、ついさっきまで地上にいたはずのスカイクェイクはなのはの背後に回り込んでいて――
(ワープ――じゃない! 高速移動!?)
「いちいち驚いて――」
 驚愕するなのはに告げながら、起動させた自らのビームサーベル型デバイス“シュベルトノワール”の光刃を振り上げて――
「動きを止めるな!」
 振り下ろした一撃が、なのはをガードの上から地上に向けて叩き落とした。廃ビルのひとつに叩き込まれ、轟音が響き渡る。
《いたた……
 大丈夫? なの姉》
「う、うん……
 ありがと、プリムラ……」
 激突の衝撃は彼女が緩和してくれた――尋ねるプリムラになのはが答えると、
「拍子抜けだな」
 そんな彼女達を見下ろし、スカイクェイクは淡々と言い放った。
「一度は教えを施した相手だ。指導者としては失格でも、せめて戦士としては成長していてほしいと願っていたが――がっかりだ。
 8年前のあの頃から、貴様はまったく成長していない。
 ――いや、むしろ後退していると言ってもいい」
《そ、そんなことないでしょ!?
 なの姉、あの頃からずっとずっと強くなってるんだよ!
 ランクだってS+まで上がってるんだし!》
 スカイクェイクの言葉に思わず反論するプリムラだったが――
「ランクの問題ではない」
 そんなプリムラの反論を、スカイクェイクはあっさりと斬り捨てた。
「高町なのは。
 覚えているか? 貴様がオレの施した再訓練を修了したあの日――オレが最後に教えたことを」
「え………………?」
 スカイクェイクの言葉に思わず声を上げ――なのはの脳裏に当時の記憶がよみがえった。
 

『――――っ!』
 一瞬の刹那に攻防を交わし――なのはとスカイクェイクは距離を取って対峙した。
 互いに獲物をかまえ、いつでも行動に移れるように魔力を高め――
「…………やめだ」
 あっさりと告げ、スカイクェイクは刃を引いた。
「スカイクェイクさん……?」
「訓練終了だ。
 オレの技、オレの戦術の中で、貴様に教えられることはすべて教えた。
 これ以上続けても、おそらく意味はあるまい」
 思わず首をかしげるなのはに答え、スカイクェイクはシュベルトノワールを待機状態に戻し、
「……ふぇえ〜……」
 対し、なのはは大きく息をつき、その場にへたり込んだ。
《お疲れさまです、なのはさん》
「あぁ、ありがとうございます……」
 労ってくれるのは、スカイクェイクの相棒であるユニゾンデバイス、アルテミス――彼女の差し出したタオルを受け取り、なのはは額の汗をぬぐい、
「あぁ〜あ……
 結局、一度もスカイクェイクさんをユニゾンさせられなかったなぁ……」
「こちらとしても師としての面子がある――そう簡単に全力を引き出されてたまるか」
 ボヤくなのはに答えると、スカイクェイクは改めてなのはに告げた。
「とにかく、だ。
 オレはお前に伝えられる技はすべて伝えた――だが、逆に言ってしまえば、まだ“伝えただけ”の段階だ。
 ここから先はお前次第だ。オレの教えたことを高め、自分の技に昇華する――それはオレにはできない。お前にしかできないことだ」
 

「あとは自分で高めていけ。
 『スカイクェイクオレのサルマネだ』と言われたくなければ、な……」

 

「……忘れるワケ、ないじゃないですか……!」
 スカイクェイクに答え、なのははその場に身を起こした。
「だから、ずっとがんばってきた……
 Sランクに上がって、嘱託のままじゃ難しいって言われてた教導官の資格も取って……!」
「そうだな。
 確かに実力は上がっている。技のキレも、威力も、あの頃とは比較にならん」
 あっさりとなのはの言葉を肯定し――しかし、スカイクェイクはなのはをにらみつけ、言い放った。
「ただひとつ――」

「オレの教えた技、そのままであることを除けば、な」

「――――――っ!」
 その言葉に、なのはは思わず動きを止め――そんな彼女にスカイクェイクは続ける。
「確かにキレは鋭い。包囲の流れも、そこからバスターへの流れも悪くなかった。
 だが――その技はすべて、オレの教えた、オレの技だ。
 いかに鋭かろうが所詮はオレの技。編み出した本人にしてみれば、読むもさばくもたやすいことだ」
 告げるスカイクェイクの言葉に、なのはは反論できない――そしてそれは、スカイクェイクの指摘が事実であることを示していた。
「最後の教えとして、オレは“オレの教えた技”を“貴様自身の技”へと昇華することを教えた。
 そして、その際に言ったはずだ。『オレのサルマネと言われたくなければ』と。
 だが――今の貴様の技を見ればわかる。貴様は、ただ教わった技を高めることでしかその教えに応えようとはしなかった。
 オレの教えた技をただ磨くだけでは、どれだけ高めようとそれは“オレの技”のまま――“タダのサルマネ”を“高度なサルマネ”にしたところで、どれだけの違いがある?」
 言って、スカイクェイクはなのはの叩き込まれた廃ビルの正面に降り立ち、
「しかも、今の攻防ではその高めた技にも鈍りが見えた。
 貴様……最近、自分の訓練をしていないのではないか?」
「そ、それは……!」
 スカイクェイクの言葉に、なのはは思わず口ごもる――そんな彼女の姿に、スカイクェイクは息をつき、
「やはりか……
 思ったとおり、新人どもの育成に力を注ぐあまり、自らの訓練をおろそかにしていたようだな」
 そう告げた瞬間――スカイクェイクの放つプレッシャーが勢いを増した。怒りの多分に込められた圧力がなのはにのしかかる。
「仲間のため、教え子のため――大いに結構。だが、それで貴様が実力を落としていては元も子もない。
 自らを鍛え、高めようとしない者が、どうして人を鍛えられる?
 誰かのため、仲間のために――そうして自分のことを放り出した、その結果がこの体たらく。
 結局、貴様は教官としてだけでなく、戦士としても失格だったようだな」
 そして、スカイクェイクはシュベルトノワールを左手に持ち替え、
「フォースチップ、イグニッション!
 デスシザース、ブレードモード!」

 地球のフォースチップをイグニッション。分離した背中の翼――デスシザースを大剣へと変形させて右手に収め、シュベルトノワールとの二刀流のかまえでなのはと対峙する。
「安心しろ。
 貴様の堕落は貴様ひとりの罪ではない――貴様がそのような“出来損ない”になってしまう下地を培ってしまったのは、オレの訓練なのだから。
 だから――」

 

「貴様の翼を叩き折る罪、せめて師であるオレが背負おう」

 

「ち、ちょっと待て!」
 そんなスカイクェイクの“宣告”に、ヴィータは思わず声を上げた。
(『なのはの翼を叩き折る』って……)
「アイツ、まさかなのはを完全にツブすつもりか!?」
「えぇっ!?
 そんな、スカイクェイク!?」
「くそっ!」
 驚き、声を上げるジャックプライムにかまわず、ヴィータは舌打ちしながら地を蹴り――
「待て」
 そんなヴィータの前にイクトが立ちふさがった。
「どうするつもりだ?」
「決まってる!
 あんなの、もう模擬戦じゃねぇ! 助けに行くんだよ!」
 答えて、イクトの脇を駆け抜けようとするヴィータだったが、
「ダメだ」
 言い放ち、イクトは再びヴィータの進路をサヤに収めたままの愛刀“凱竜剣”でさえぎった。
「なんでだよ!?
 スカイクェイクはなのはをツブすつもりなんだぞ!」
「そうですよ!
 いくら何でもひどすぎます!」
 抗議するヴィータにフェイトも加わり、二人はイクトに詰め寄るが、
「それでもだ」
 対し、イクトは変わらぬ淡々とした声でそう答える。
「高町なのはをツブそうとしている――その時点で、確かにもうこれは模擬戦の域を逸脱している。
 しかし、それも元を辿れば、育ち方を誤った高町なのはに対し、スカイクェイクが師としてその責任を取ろうとしているに過ぎない。
 事はあの師弟の問題――部外者であるオレや貴様らが、介入していい問題ではない」
「ンなの関係あるか!
 あたしはなのはを守るんだ!」
 言うなり、ヴィータは後方に跳んでグラーフアイゼンを起動。騎士服を身にまとい、
「ジャマ、すんなぁぁぁぁぁっ!」
 咆哮と同時にイクトへと打ちかかった。彼に向け、渾身の力でグラーフアイゼンを振り下ろし――
 

「んー……マズいかな? こりゃ」
 シュベルトノワールとデスシザースを振るうスカイクェイクの前に、なのはは反撃もままならず防戦一方――なのはにかわされた斬撃が廃ビルを粉砕する光景をウィンドウ越しに見ながら、さすがのアスカも冷や汗まじりにそうつぶやいた。
「放してください、ブリッツクラッカーさん!
 なのはさんが、なのはさんが!」
「落ち着けって!
 お前が行ったって……っつーか、お前ら全員で行ったってどーにもなんねぇのはわかるだろ!
 相手はお前の師匠やイクトと一緒に“身内三強”の一角を成す、あのスカイクェイクなんだぞ!」
 一方、スカイクェイクの“なのはをツブす”宣言にスバルは大あわて――なのはを助けに行こうとするのをブリッツクラッカーが必死に止めている。
「スカイクェイクも、責任感じてるのはわかるけど……」
 だからと言って、あまりにも事を荒立てすぎだ――つぶやき、アスカがため息をつくと、
「なんで……」
 その目は、ウィンドウには一切向いていない――うつむいたまま、ティアナは静かにつぶやいた。
「なんで、こうなっちゃったのかな……?
 あたしは、ただ、みんなを……守れるようになりたかっただけなのに……
 兄さんみたいに、みんなを守りたかった……そのために、強くなりたかっただけなのに……」
 つぶやき――ティアナは顔を上げ、アスカに尋ねた。
「アスカさん……
 あたしは、間違ってたんでしょうか……?」
「んー……難しいところだねー……」
 そのティアナの問いに、アスカは困った顔で頭をかき、
「たぶん……間違ってはいなかったと思う。
 強くなりたくて、そのために努力することが必要なら……生半可な努力じゃダメで、それこそ死ぬような思いしなきゃそこまで行けない、っていうなら……そりゃ当然、努力したり、死ぬような思いしなきゃいけないワケで。
 けど……なのはちゃんの、ムリをしてほしくない、危険なことをしてほしくない。だから、勝手なことをしたあたし達が許せなかった――その想いも、間違ってはないと思う」
 そして、アスカは相変わらず窓際で外を眺めているマスターコンボイへと視線を向け、
「なのはちゃんと敵対してまでティアちゃんを守ったマスターコンボイも……なのはちゃんの未熟を指摘して、形はどうあれ師匠としてその責任をとろうとしているスカイクェイクも、みんなそれぞれ正しくて――でも、その“正しさ”の方向性がそれぞれ違ってて……
 だから、こうなっちゃったんだよ、きっと……」
「どうすれば、いいんでしょうか……?」
 アスカの言葉に、ティアナは不安げにそう尋ね――
「貫け」
 あっさりと答えたのは、それまで沈黙を保っていたマスターコンボイだった。
「貴様は兄の技の優秀さを証明するため――『役立たず』と断言された兄の無念を晴らすために、この6年間がむしゃらに突っ走ってきたんだろ。
 その想いは、たかだか一度なのはに否定されたぐらいで、簡単に揺らぐようなものだったのか?」
「そ、そんなこと……!」
 反論しかけるが――やはり覇気に欠ける今のティアナでは先が続かず、黙り込んでしまう――ため息をつき、マスターコンボイは続けた。
「忘れているようだから言ってやるが……貴様、この6年間、たったひとりで力を磨いてきたワケではあるまい。常に、誰かと共に歩んできたはずだ。
 ここで、なのはに否定されたからと言って尻尾を巻くのは、貴様の6年間を――その間の努力と、その努力を支えてきたヤツらの思いを、まとめて否定することにつながるんじゃないのか?」
「………………っ!」
 マスターコンボイの言葉に、ティアナは思わず息を呑んだ。
 最初の師となった“彼”や訓練校の教官、最初の配属先だった386部隊の隊長や先輩達、今回の特訓で協力してくれたアスカ。ずっと見守り続けてきてくれたスバルとアリシア 。
 そして、六課に来てからずっと自分を鍛え続けてきてくれたなのは――今まで自分を支えてきてくれた人々の顔が脳裏によみがえる。
「貴様は今まで、多くの人間に支えられてきたはず――それこそが、貴様の想いが間違いではなかった、何よりの証拠だろうが。
 間違っていないのなら、ためらう必要はない――その想い、どこまでも貫いてみせろ」
 そのマスターコンボイの言葉に、ティアナは自らの右手へと視線を落とした。
 そうだ――自分はひとりでこの道を歩いてきたワケではない。
 多くの人に支えられて、自分はここにいるのだ。“自分ならできる”と信じ、支えてくれた人達がいるのだ。
 ならば――
 

「…………が……ぁ……っ!?」
 胸の中央を痛打され、肺から空気が押し出される――バルディッシュの一撃をサヤに収められたままの凱竜剣で止められ、イクトの掌底を受けたフェイトは大きく押し戻される。
「……そのくらいにしてくれないか?
 ヴィータ・ハラオウンと違って、お前を殴るのはエリオとキャロの手前いい気分じゃないんだ――できれば顔面に入れざるを得なくなる前に止まってくれるとうれしいのだが」
「あたしはいいのかよ……!?」
「今までの修行で何度殴り飛ばしたと思っている。
 悲しいことに、貴様らに関してはすっかり慣れてしまっていてな」
 すでにみぞおちに痛烈な一打を受け、その場に転がるヴィータに答えると、イクトは再びフェイトへと向き直り、
「もう一度言うぞ。
 これはなのはとスカイクェイク、師弟の問題だ。オレ達が介入する資格はない」
「そんなの……納得できません!」
 イクトに言い返し、フェイトはバルディッシュをかまえた。
「たとえなのはが間違っていても……だからって、なのはを再起不能にするなんて……!
 やり直すチャンスくらい、与えてあげてもいいじゃないですか!」
「……貴様も、今のような手伝いではなく、本当の意味で教え子を持てばわかるさ。
 手塩にかけた弟子が道を外れてしまう、そのことに対する責任の重さがな……」
 あくまでなのはを助けに行こうとするフェイトに対し、淡々とそう答えるイクトだったが、
「残念ながら、ボクらは弟子を取ったことなんかないから、そんな気持ちはわからないね」
「わかったとしても、納得したかねぇな」
 口々に言い、ジャックプライムとビクトリーレオもフェイトのとなりに並び立つ。
「……シグナム・高町、スターセイバー。
 貴様らも同じ意見か?」
「……スカイクェイクの思い、騎士として理解できないワケではない。
 しかし、ビクトリーレオの言う通り、納得できるかどうかは別問題だ」
「同じ戦場いくさばに生きる者として、スカイクェイクの想いは少しはわかる。
 だからこそ……我々と同じく、なのはを切り捨てることに迷いがあると信じたい」
「……そうか」
 シグナムとスターセイバーの答えに、イクトは静かに息をつき――
「それでも」
 その視線が鋭さを増した。無言のプレッシャーがフェイト達にのしかかる中、イクトは静かに一歩を踏み出す。
「貴様らにこの戦いに介入することは許されない。
 そして、それはオレも同様だ――この場にいる者全員が、ただ見守ることしかできないんだ」
(そう……“この場にいる者全員”がな)
 最後の部分は彼女達に伝えるつもりはない――心の中で付け加え、イクトはフェイト達に告げた。
「それに……どう動こうが、もう遅いのかもしれんぞ」
 その言葉と同時――ついにクリーンヒットを受けたなのはが廃ビルの壁面に叩きつけられた。
 

「動きを見切られている中ではよくしのいでいたが――さすがに完全に差をひっくり返すには至らなかったか」
 勢いよく叩きつけられ、崩れた壁の残骸の中で身を起こすなのはに対し、スカイクェイクは淡々と言い放つ。
「では――そろそろ終わりにしようか」
〈Mond Jager!〉
 そう言い放ち――スカイクェイクの周囲に新たな魔力刃の群れが出現。一斉になのはに向けて飛翔する。
「プリムラ!」
《スケイルフェザー、これで最後だよ!》
 対し、なのはの言葉に応えたプリムラが背中の翼に残されていた最後のスケイルフェザーを射出、周囲を高速で飛び回らせてスカイクェイクの魔力刃を弾く。
「フェザーによる高機動防御陣か。
 確かにそれを破るのは骨だが……」
 そんななのはの姿に、スカイクェイクは静かにシュベルトノワールの切っ先をなのはに向け、
「刃もて、血に染めよ。
 穿て――ブラッディ、ダガー」
〈Blutig Dolche!〉
 その言葉と同時、彼の魔力によって作り出された短剣型の魔力弾が――なのはの防御陣の“内側に”出現する!
(内側に――っ!?)
「オレが広域型なのを忘れたか?
 ブラッディダガーは設置型――バリア越しならともかく、そこが射程内であれば、防衛ラインの内側に設置するなどたやすいことだ」
 驚愕するなのはに向け、ブラッディダガーが一斉に殺到――巻き起こる爆発の中、スカイクェイクは淡々とそう告げる。
「く………………っ!」
 それでも、なんとか撃墜は免れた――体勢を立て直すべく、なのははその場から離脱する。
「プリムラ、大丈夫!?」
《………………》
 尋ねるなのはだが――プリムラからの応答はない。
 パワードデバイスとしての機能はまだ生きているから、機能停止の心配はないだろう。考えられるのは発声回路の破損か――
(AIの処理をシャットダウンしなきゃ、機能を維持できないほどのダメージを受けたのか……!)
 ブラッディダガーの全弾直撃を受けたのだ。考えたくはないがおそらく原因は後者――ここまで傷つけてしまった相棒に対し、なのはは胸中で謝罪し――
「悔やむほどの余裕が、果たして貴様にあるのか?」
 そんななのはに向け、スカイクェイクはデスシザースをバスターモードに変形、その銃口をなのはに向ける。
(デスシザースの砲撃――!?)
「させない!」
 スカイクェイクの狙いを読み、ラウンドシールドを展開するなのはだったが――
No way, Masterいけません、マスター!〉
「え――――――?」
 レイジングハートの警告になのはが声を上げる――が、遅かった。
「デアボリック――エミッション」
 スカイクェイクが“魔法を”放った。瞬間的に周囲の空間そのものに満ちた魔力の渦がなのはを打ち据える。
「デスシザースは、オトリ……っ!?」
 裏をかかれ、一撃を受けたなのははその場に崩れ落ち――
「残念ながら……オトリじゃない」
 今度こそスカイクェイクはデスシザースの引き金を引いた。放たれたエネルギーの渦がなのはを打ち据え、吹き飛ばす!
「デスシザース・バスターモードによる砲撃――オレの主砲のひとつだ。
 だからこそ、それを知るお前が警戒するのは明白――防御を固められているところにわざわざ正面から打ち込むバカがどこにいる?」
 吹き飛ばされ、大地に叩きつけられるなのはに対し、スカイクェイクは静かにそう告げる。
「……ぅ……く……っ!」
 それでも、なのははあきらめてはいない。倒れた際に手からこぼれてしまったレイジングハートへと懸命に手を伸ばす――が、スカイクェイクが一発だけ放ったモーントイェーガーによって手の届く範囲から弾き出されてしまう。
「……王手チェック、だな」
Schwegen Flugel.シュウェーベン フリューゲル
 もはや、なのはに現状を打開する手立てはない――つぶやき、スカイクェイクは再び発動した飛行魔法で上空へと舞い上がり、
「……謝罪はしない。恨んでくれてもかまわない。
 許されざる罪だと、わかっているからな」
 そう告げると共に――スカイクェイクの前面に2枚のベルカ式魔法陣が描き出された。上下逆に組み合わせられ、六芒星を形作る。
 スカイクェイクが誇る最強の砲撃魔法“ヘキサスマッシャー”の体勢である。
 そして――
「これで……終わりだ」
 淡々とした宣告と共に、閃光が放たれた。なのはに“終わり”を突きつけるべく、一直線に空間を駆け抜けて――
 

〈Accel Dash!
 Triple!〉

 

 次の瞬間、なのはの姿がその場から消えた。ヘキサスマッシャーの閃光は大地を捉え、何も仕留めぬまま大爆発を起こし――
「やれやれ、駆けつけてみればギリギリか……
 最初からロボットモードで来るべきだったか……」
 そうこぼしながら、マスターコンボイはヒューマンフォームのまま少し離れたところに着地した。
 その左手には、なのはの手から弾かれたレイジングハートが握られていて――
「……マスター……コンボイさん……?」
 そんな彼の肩に担がれたまま、なのはは呆然とマスターコンボイの名を呼んでいた。
「助けて……くれたんですか……?」
「他に何をしたように見えるんだ?」
 尋ねるなのはに、マスターコンボイはそれこそ何でもないかのように平然とそう答える。
「でも……午前中の模擬戦で……」
「だからどうした?」
 自分がティアナを撃墜しようとしたあの模擬戦で、自分とマスターコンボイは対立し、激突した――そのことを指摘するなのはだったが、マスターコンボイはやはりあっさりとそう答える。
 と――
「ほぉ……誰が出てきたかと思ったが、まさか貴様が出てくるとは意外だったな」
「貴様にとって意外だろうとそうでなかろうと知ったことか」
 上空からこちらを見下ろしてくるスカイクェイクにそう答えると、マスターコンボイはその場になのはを下ろしてヒューマンフォームへの変身を解除。ロボットモードとしての正体を現す。
「オレは“オレのやり方”を通すまで。
 その障害となるのなら、誰であろうが叩きつぶす。それがさっきはなのはであり、今は貴様。それだけのことだ」
「なるほどな。
 周りがどう動こうが、自分の動きを決めるのはあくまで自分、か……実に貴様らしい」
 マスターコンボイの言葉に笑みを浮かべ――しかし、スカイクェイクはすぐにその表情を引き締めた。
「しかし、現実の問題は残酷だぞ。
 今の貴様はゴッドオンしなければ中量級にもパワー負けする、技術頼みの非力な戦士だ。
 リミッターをかけていても、それでもAAランクを維持しているオレの方が戦闘能力は上――貴様の技術や経験をもってしても、この差、決して覆るものではないぞ」
「だからどうした」
 しかし、そんなスカイクェイクに対し、マスターコンボイはあっさりと言い放った。
「貴様とて、相手が自分よりも強いからと言って尻尾を巻いたりはすまい?
 たとえパワーで劣ろうと、やりようはいくらでもある。たとえば――」
 

「いつもひとりで動いていることを活かしてオトリになる、とかな」
 

「――――っ!?」
 その言葉にスカイクェイクが身がまえ――同時、頭上の廃ビルの屋上から“オレンジ色の魔力弾が”襲いかかる!
「この魔力光は――!?」
 うめき、スカイクェイクは飛来した魔力弾を叩き落とすと屋上を見上げ――“彼女”をにらみつけ、叫ぶ。
「貴様か、ティアナ・ランスター!」

 

「ティアナ……!?」
 マスターコンボイが出てきただけでも意外なのに、さらに彼女まで――マスターコンボイの傍らで、なのははスカイクェイクとにらみ合うティアナの姿に呆然とつぶやいた。
「そんな、ムチャだよ……!
 まだ、私に撃墜されたダメージが残ってるはずなのに……そんな身体で、スカイクェイクさんに太刀打ちできるはずないよ……!」
 うめき、レイジングハートを杖にして立ち上がろうとするが――
「黙って見ていろ」
 そんな彼女を、マスターコンボイは静かに制止した。
「けど、マスターコンボイさん!」
「黙って見ていろと言ったぞ」
 反論の声を上げたなのはを一喝すると、マスターコンボイはティアナへと視線を戻した。
「炊きつけたオレが言うのも何だが、今のオレンジ頭を――」
 

「心底腹を据えたアイツを、甘く見ないことだ」

 

「まさか、マスターコンボイをオトリに使ってくるとはな……貴様の策か?
 だが、惜しくも届かなかった――さぁ、次はどうする?」
 一方、ティアナを前にしたスカイクェイクはあくまで余裕の態度を崩さなかった。かと言って油断するワケでもなく、ティアナの一挙手一投足すべてに注意を払いながらそう問いかける。
 対し、ティアナは答えない――ただ黙したまま、静かにクロスミラージュをかまえ、クロスファイアの体勢に入る。
「返事はなし、か……
 まぁ、ムリもあるまい。大帝のひとりを相手にしているのだ。未だ新人の域を出ない貴様が呑まれるのもムリのない話だ」
 言って、スカイクェイクはシュベルトノワールをかざし――
「――と言いたいところだが!」
 叫び、一発だけ魔力弾を放つ――それはビルの壁面を打ち崩し、その向こうに姿を隠し、クロスファイアのチャージを進めていた“本物の”ティアナの姿をあらわにしてしまう。
 同時、屋上のティアナが姿を消す――笑みを浮かべ、スカイクェイクはティアナに告げる。
「やはり、屋上の貴様は幻術だったか。
 いい策ではあったが――所詮はひよっこ。気配で居場所は丸わかりだぞ」
「………………っ!」
 その言葉に、ティアナはクロスファイアの体勢のまま悔しげに歯がみしてみせる。
「マズイ! 作戦がバレちまってる!」
「あれじゃ、ティアナが危ない!」
 その光景を見守り、晶とフェイトが思わず声を上げ――
「いや、まだだ」
 そんな彼女達の言葉を、イクトはあっさりと否定した。
「……やってくれるな、ティアナ・ランスター。
 まさか“そういう手”でくるとはな……」
「“そういう手”……?」
 イクトのつぶやきにシグナムが聞き返し――その一方で、スカイクェイクはティアナに向けてデスシザースをバスターモードへと変形させ、
「策はそれで打ち止めか?
 どうやらウチの馬鹿弟子を助けに来たようだが――その程度で大帝に勝とうなど、身の程知らずと知るがいい!」
 言い放つと同時、スカイクェイクはトリガーを引いた。放たれた閃光がティアナへと襲いかかり――

 

 

 

 すり抜けた。

 

「何だと!?」
 直撃と確信した一撃は虚しく廃ビルだけを撃ち抜いた――思いもしなかった展開に、さすがのスカイクェイクも驚きの声を上げた。
(ヤツもフェイク、だと……!?
 バカな!? 気配は確かにあの部屋から……!?)
 予想外の事態にスカイクェイクは思わず唇をかみしめ――
「ファントム――」
 ティアナの声が、“フェイクのいた部屋から”聞こえ――
「ブレイザァァァァァっ!」
 虚空から撃ち出された砲撃魔法が、スカイクェイクを直撃、吹っ飛ばす!
「何……!?」
 Bランクの砲撃といえど文句なしの直撃――たまらずバランスを崩し、スカイクェイクは吹き飛ばされながらもなんとか距離を取り、体勢を立て直す。
 そして――見た。
 自分が先ほど砲撃を放った――幻術のティアナの立っていた、“そのすぐとなりで”ティアナがオプティックハイドを解き、姿を現すのを。
「そういう、ことか……!
 自分が気配を隠しきれないのを、逆に利用したワケか……!」
 

「え、えっと……どういうこと?」
 ティアナの使った“カラクリ”、スカイクェイクは理解したようだが――第三者からの視点ではどういうことかさっぱりだ。首をかしげるジャックプライムの態度にため息をつき、イクトはそんな彼に尋ねた。
「とりあえず聞くが……貴様は交戦中に見失った敵をどうやって見つけ出す?」
「えっと……レーダーとかセンサーで……」
「フェイト・T・高町、貴様はどうだ?」
「わ、私は……バルディッシュのサーチと……あとは、殺気、みたいなもので……」
「そう、殺気だ」
 フェイトの言葉に、イクトは満足げにうなずいてみせた。
「その殺気――それを始めとした各種の気配をオレ達は時に索敵に用いることがある。
 フェイト・T・高町のように魔法戦に古くから携わってきた者達は、ある程度魔法の助けがあったこともあって殺気以外のそれにはさほど敏感ではないようだが、高町恭也を始めとする“御神の剣士”やオレのような“武”に生きてきた者達は特にその傾向が強い」
 そう告げると、イクトはようやく先の一撃から立ち直ってきたヴィータを助け起こしてやり、
「さて、ヴィータ・ハラオウン。
 貴様もかつて高町恭也や柾木から指導を受け、オレ達ほどではないが気配が読める。
 その貴様に聞くが……気配を読み、発見した敵に攻撃する際、貴様は何を持って狙いを定める?」
「ンなの、相手をよく見て狙うに決まってんだろ。基本じゃねぇか」
 今さら何を聞くのだと言わんばかりにそう答えるヴィータだが――
「……なるほどな」
 その言葉に、イクトの言いたいことを悟ったスターセイバーは静かにうなずいてみせた。
「スカイクェイクもそれは同じ……だからこそ、あのティアナのトリックに引っかかったワケか」
「そういうことだ」
 スターセイバーの言葉に、イクトは笑みを浮かべてうなずいた。
「トリックは簡単だ。
 フェイクシルエットで自らの幻影を作り出し、本人はそのとなり、巻き添えを食わないギリギリのところでオプティックハイドを使って姿を隠す――ただそれだけだ。
 だが、それだけで十分。ティアナ・ランスターの気配を頼りにその姿を探れば、そこに見えるのはわずかに居場所のずれたところにいる彼女の姿。気配がその場からする以上、スカイクェイクは何の迷いもなくそちらに狙いを定め――攻撃を外す」
 そのイクトの言葉に、ヴィータやフェイト達は互いに視線をかわして――
「あぁっ!
 ティア、もう始めちゃってる!?」
 いきなり上がった声に振り向くと、ちょうどスバルやエリオ、キャロ、アスカ、そしてヒューマンフォームのままのブリッツクラッカーが自分達のいる見学スペースまで上がってきたところだった。
「なんだ、お前らは参加しないのか?」
「イクト兄さん!?」
 平然と尋ねるイクトに対し、彼がここにいると知らなかったエリオが思わず声を上げ――
「ちょっと待て、イクト!」
 そんな彼らのやり取りに、いきなりシグナムが割って入った。
「『お前らは参加しないのか?』だと……?
 そういえば、ティアナとマスターコンボイが乱入した時も、私達のように止めずに傍観を決め込んでいた……
 どういうことだ? 私達が乱入するのは認められず、ティアナ達が乱入するのは認めるというのか!?」
 その問いに対し、イクトは――
「そうだ」
「どういうこと!?」
 あっさりとうなずいたイクトに対し、フェイトは思わずくってかかった。
「ティアナはまだ未熟なんだよ!
 マスターコンボイだって、ゴッドオンなしじゃ満足に戦えない! 彼女達よりも、私達が出た方が――」
「実力の問題ではない」
 しかし、そんなフェイトに対し、イクトは落ち着いた口調で答えた。
 と――
「……“資格”……」
 ポツリ、とつぶやいた声はシャリオのものだった。
「さっき、言ってましたね……? 『自分やフェイトさん達には、この戦いに介入する資格がない』って……
 その“資格”が、スバルやティアナ達にはある……そういうことですか?」
「そうだ」
 静かにうなずくと、イクトは改めてフェイトに告げた。
「スカイクェイクは、高町なのはの教導を“不適格”と断言した――それを否定するのは簡単だ。
 しかし、高町なのはのその教導を容認してしまっていたお前達や、その様子を直に知らないオレがいかに声高に叫んだところで、それは所詮“外野の意見”でしかない。
 師であるスカイクェイクと弟子である高町なのは、この二人以外で正当にこの問題を肯否定できる、そんな存在がいるとすれば――」
 そして――イクトはスバル達へと振り向き、告げた。
「実際に高町なのはの教導を受けた、スバル達だけだ」
 

(やられた……!
 ティアナ・ランスターは武術に関しての訓練はわずかしか受けていないと聞く……当然、気配の遮断についても未熟なまま。
 だからこそ隠れ切ることは不可能だが――まさか、それを逆に利用してくるとは……!)
 完全に裏をかかれた――舌打ちし、スカイクェイクは眼下でビルから降下、なのはの元に向かうティアナをにらみつける。
「なのはさん、大丈夫ですか!?」
「ティアナ、今のは……」
「昔教わったことの応用です。
 言われたことがあるんです……『できないものはしょうがない。だったら、むしろそいつを利用する手を考えろ』って……」
 尋ねるなのはに答え、ティアナはなのはをかばうようにスカイクェイクへと向き直る。
「ま、まさか……まだスカイクェイクさんと戦うつもり!?
 危険だよ! すぐに下がって!」
「いえ、下がりません」
 ティアナの戦意に気づき、止めようとするなのはだが、ティアナはあっさりとそう答えた。
「兄さんは、相手が自分よりも上だからって、決して退いたりはしなかった……
 そんな兄さんをあたしは尊敬してる……だからあたしも、そんな兄さんを目指して、強くなる……!」
「ティアナ、だからって、そんな――」
 そんなティアナの言葉に、なのはは思わず声を荒らげて――
「あたしは、強くなりたい……
 兄さんの技で……みんなに育ててもらった技で……
 そして――」
 

「なのはさんの教導で!」
 

「――――――っ!」
 力強く付け加えられたその一言に、なのはの動きが止まる――が、かまわずティアナはスカイクェイクをにらみつけ、
「兄さんの技の正しさを示して、兄さんの叶えられなかった夢を叶える――あたしの“道”はそんな簡単に捨てられるものじゃない……
 けど……みんなが、教えてくれた……
 あたしはひとりじゃない……スバルや、アリシアさんや、アスカさん……みんながあたしを支えてくれてるんだってこと……
 そして、その中になのはさんもいるってこと……」
 そんなティアナの独白を、なのはは静かに聞いていた。
「あたしは兄さんの技を捨てられない……けど、まだ未熟なあたしには、なのはさんの教導が絶対に必要で……
 だから、あたしはその両方を選ぶ! なのはさんの教導で、あたしは兄さんの歩いた“道”を突き進む!
 そのために――ここでなのはさんを追い出されるワケには、いかないんです!」
「ティアナ……」
 その言葉は――今まで彼女の発したどんな言葉よりも強くなのはの心に流れ込んできた。
 初めて彼女本人の口から語られる想い――改めて聞かされ、その想いの強さがこれ以上ないほどに伝わってくる。
(そっか……ティアナ、こんなに強く、自分の“道”を定めてたんだ……
 なのに、私はそんなことを知りもしないで……)
「本当に、私はティアナのことを何にもわかってなかったんだな……」
 思わず声に出し、なのははそうつぶやいて――
「ヤツの本音を聞いたのならわかるだろう。
 今のオレンジ頭は、ちょっとやそっとじゃ止まらんぞ」
 そんな彼女に、マスターコンボイは苦笑まじりにそう告げる。
「何しろコイツ、オレに協力を求めて頭まで下げたんだぞ。
 オレがヒューマンフォームの時ですら、かわいがりこそしても絶対に頼ろうとしなかったコイツがな」
「ティアナが、マスターコンボイさんに……!?」
「それだけ本気だということだ。
 わかったら、さっさとヤツの本気を汲んでやれ」
 普段のマスターコンボイには敵意むき出しだったティアナが、まさか頭まで下げるなんて――思わずつぶやくなのはにマスターコンボイが答えると、
「……やれやれ。
 『“自分の道”も“高町なのはの教導”も総取り』か?」
 そんな彼女達に、ダメージの回復したスカイクェイクは上空から静かにそう告げた。
「まったく、欲張りなことだな。
 だが――高みを目指す者ならば、そのくらい貪欲でなければ、な……」
 言って、スカイクェイクは息をつき、
「いいだろう。
 ならば、その想いに免じて、高町なのはの評価、今一度再考の機会をやろうじゃないか」
 言って、スカイクェイクは両手の獲物をかまえ、
「ルール変更だ。
 高町なのはに磨かれた貴様らの力、貴様らの意志――それをオレに示してみろ。
 貴様の想い、貴様の覚悟――今この場から貫いてみせろ!」
「上等!」
 スカイクェイクに言い返すと、ティアナはマスターコンボイへと向き直り、
「いくわよ、マスターコンボイ!」
「言われるまでもない。
 貴様に頭まで下げられたんだ――貴様の支払ったプライド分は働いてやるさ!」
 

『ゴッド――オン!』
 その瞬間――ティアナの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてティアナの姿を形作り――そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
 同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したティアナの意識だ。
〈Earth form!〉
 トランステクターのメインシステムが告げ、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのようにオレンジ色に変化していく。
 そして――マスターコンボイの手の中でオメガが変形を開始。両刃の刃、その峰を境に全体が二つに分離すると、刃と共に二つに分かれた握りが倒れてつば飾りと重なりグリップに変形。二丁拳銃“ツインガンモード”となる。
 大剣から銃へと姿を変えたオメガを両手にかまえ、ひとつとなったティアナとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
《双つの絆をひとつに重ね!》
「信じる夢を貫き通す!」

「《マスターコンボイ――Stand by Ready!》」

 

 

「…………うん、ありがと。
 たった今、到着を確認したよ」
 目の前に鎮座する“到着したもの”を前に、柾木霞澄はウィンドウに映る“彼女”に対して笑顔でそう告げた。
「ゴメンね。
 ムリ言ってAIの教育スケジュール前倒しさせちゃって」
〈いえ……
 なのはちゃん達のために必要なことだ、なんて言われたら、文句なんて言えないですよ。
 それに、他ならぬ私の“お師匠様”の頼みなんですから……〉
「あはは、“お師匠様”はやめてよ。
 そう呼ばれるのは、ウチのバカ息子だけで十分なんだから♪」
 苦笑まじりに霞澄が答え――そんな霞澄に、“彼女”は真剣な表情で告げた。
〈…………霞澄さん。
 なのはちゃん達を……頼みます〉
「それはティアナちゃん次第かな?
 なにしろ、“この子”はあの子のためにチューンした機体なんだから……」
 改めてその機体を見上げてそう答え――霞澄は“彼女”に告げた。
「けど……ティアナちゃん達ならきっとその想いに答えてくれる。
 だから――」

 

「すずかちゃんは、安心して待っててね♪」


次回予告
 
スバル 「スカイクェイクさん、相変わらず強い……!」
ティアナ 「なんの! 負けられないんだもの、ここから逆転してみせるわよ!」
スバル 「すごい自信だね、ティア!
 何か作戦でもあるの!?」
ティアナ 「え゛…………?
 そ、それは……ホラ、ねぇ?」
スカイクェイク 「オレも楽しみにさせてもらおうか!」
スバル 「スカイクェイクさん、楽しそ〜♪」
ティアナ 「が、がんばります!」
スバル 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第22話『それぞれのやり方
〜ゴッドリンク・ガンナーコンボイ!〜』
に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/08/23)