それは、決して忘れられない記憶――

 

 タンッ! と音が響いたのは一瞬――しかし、その一瞬で“彼”はティアナの懐へと飛び込んでいた。
 しかし、ティアナの反応は間に合わない。防御よりも回避を選び、思わず後ろに飛ぶが――
「横にかわせや阿呆」
「にゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 結果――あっさりと距離を詰めた彼の掌底を受けて跳ね飛ばされた。軽く数メートルの距離を放物線を描いて飛ばされ、地面に叩きつけられてもなおゴロゴロと転がっていく。
 ようやく止まった頃には、ティアナは完全に目を回していて――そんな彼女に、彼は淡々と告げた。
「早く立たないと追撃いくぞー」
「………………」
 ティアナからの反応はない。
 きっかり10秒待った後、彼はスタスタとティアナへと歩み寄り、無造作に足を振り上げ――
「えいっ♪」
「ぅわぁぁぁぁぁっ!?」
 信じがたい勢いと共に振り下ろした。間一髪で気がつき、とっさに転がってかわしたティアナの髪をかすめ――轟音と共にそのカカトが地面を叩き割り、打点を中心に広範囲にわたるヒビを描き出す。
「な、何するんですか!?」
 当然、こんなものを叩き込まれそうになったティアナから抗議の声が上がるが――彼は平然と答えた。
「『立たないと追撃いくぞ』っつったろうが」
「思いっきり急所狙いでしたね!?」
「当たり前だ、狙ったんだから」
「あんなの食らったら大ケガしますよ!」
「それは困るな」
「でしょう!?」
「殺す気でいったのに、“大ケガ”で済まされたらなぁ……」
「そういう意味ですか!?」
 彼の言葉に、ティアナは渾身の力でツッコミを入れ――
「心配するな」
 そんなティアナに、彼は笑顔でそう告げた。
「オレだってバカじゃねぇんだ。ちゃんと考えてやってるさ」
「……本当ですか?」
「あぁ、本当さ」
 あっさりと答え――彼は続けた。
「だってさ――」
 

「ここで地獄見せておかないと、次の段階でそれこそ死ぬし」
 

 全力で逃げ出したティアナが彼に捕獲されたのは、それから5秒後のことだった。

 

 それは今から、ほんの数年前の出来事――

 

 


 

第22話

それぞれのやり方
〜ゴッドリンク・ガンナーコンボイ!〜

 


 

 

 時空管理局本局・オフィスエリア――
「マスターコンボイ……ティアナさん……
 スカイクェイクと、戦うつもりのようね……」
 機動六課隊長陣の一角を欠きかねない事態だ。当然、後見人の自分も他人事ではない――報せを受け、自身のオフィスのモニタで模擬戦の様子を見守っていたリンディは、乱入してきたティアナとマスターコンボイの姿にそうつぶやいた。
 と――
「おーおー、ハデにやってるねー♪」
「え………………?」
 いきなりの声に顔を上げたリンディは、そこに――オフィスの入り口にいた人物の姿に思わず声を上げた。
「じ、ジュンイチくん!?
 どうして本局ここに!?」
「ちょいと調べごとでね。
 無限書庫にちっとばかり」
 驚くリンディにあっさりと答え、ジュンイチは改めて入室。リンディのデスクのすぐそばまで歩を進め、
「それより、ちょいとばかりおもしろそうな事態になってるね」
「おもしろくなんかないわよ。
 もしこの模擬戦に負ければ、なのはさんは機動六課を追われることになるのよ」
「だろうね」
 またしても、ジュンイチはあっさりと答える――その態度に、リンディは思わず眉をひそめた。
「……ずいぶんと落ち着いてるわね。
 それに、事情はみんなお見通しみたいだし……
 まさか、この事態はキミの仕込みなんじゃないでしょうね?」
「その仮説は半分正解で半分間違いだな」
 リンディにそう答えると、ジュンイチはモニタに視線を戻し、
「オレがやったのはスカイクェイクに六課へ行ってもらったことと、目的の指定だけ。
 六課の現状をどうにかしてほしいとは言ったけど……まさか、ここまでの荒療治に出るとはね。
 あの沈着冷静だったスカイクェイクがこんな手に出るなんてねぇ……一体誰の影響やら」
「間違いなくキミの影響よ」
 キッパリとリンディが答え、ジュンイチは肩をすくめ――

 ――ちゃっちゃかちゃかちゃか、ちゃっちゃっ、ぴっ♪――

 いきなり電子的なメロディが響いた――眉をひそめ、ジュンイチは懐から着メロを鳴らしている携帯電話を取り出した。
 しかし、その着メロは――
「……『笑点』のテーマ……
 それ、ジュンイチくんが?」
「こーゆー着メロ設定すんのはオレじゃねーよ」
 あまりにも彼に似つかわしくない着メロに首をかしげるリンディに答えると、ジュンイチは通話ボタンを押し、
「もしもーし。
 どしたの? 母さん」
(かあ……霞澄さん?)
 リンディが眉をひそめる中、ジュンイチは霞澄から何やら連絡を受けているようだ。特に自分から話すようなことをせず、しきりにうなずいている。
「……そっか。
 まだ未成熟で不安も残るけど……よろしく頼む。
 何ならしばらく向こうに滞在して、きっちり仕上げてもらってもかまわないし。
 じゃ」
「……どうしたの?」
 素直に答えてくれるとは思わないが、一応リンディは通話を終えたジュンイチに尋ね――
「何、大したことじゃないよ」
 対し、ジュンイチはあっさりとリンディに答えた。
「六課の迷える“オレンジ色の子羊”に、ちょっとした贈り物さ♪」
 

「ほぅ……それがウワサのアースフォームというヤツか……」
 ゴッドオンし、なのはを守ってこちらをにらみつけてくるティアナとマスターコンボイの姿に、スカイクェイクは上空でそうつぶやいた。
「いける? マスターコンボイ」
《どの道短期決戦しかないんだ。やるしかなかろう》
 一方、尋ねるティアナに対し、マスターコンボイは“裏”側からそう答えるが、
《だが、その前に……」
「え――――?》
 言って、マスターコンボイはティアナと交代して“表”側へ――戸惑いの声を上げるティアナにかまわず、背後でへたり込んでいたなのはへと向き直るとそのえり首をつかみ――
「ヴィータ・ハラオウン!」
「え――――――?」
 いきなりかけられた声に、思わず上がるヴィータの疑問の声――しかし、そんな彼女の視線の先で、マスターコンボイは思い切り振りかぶる。
 当然――なのはをつかんだそのままで。
《え!?
 ちょっ、まさかっ!?》
 見覚えのある展開だ――あわててティアナが声を上げるが、すべては遅かった。
「受け、取れぇっ!」
「ぅひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 投げつけた。
 ヴィータに向けて――なのはを、思いっきり。
「このバカタレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 これを見てあわてたのが当のヴィータだ。何しろ彼女は本来戦闘専門。飛んで(飛ばされて)くる仲間を受け止めるような、いわゆる“レスキュー系”の魔法は手持ちにないのだから。
「任せてください!」
 結局、彼女に代わって前に出たのはスバル――真っ向から受け止めるのは衝撃が大きすぎると判断して避け、わずかに軌道から外れたところで待ちかまえ、駆け抜けざまになのはを捕まえる。
 とりあえずなのはは無事――キャロやシャマルが手当てのため彼女に駆け寄るのを見てホッと一息つくと、ヴィータはマスターコンボイに向けて声を荒げる。
「くぉら、マスターコンボイ!
 いきなりなのはに何すn――」
「休ませておけ!」
 しかし、マスターコンボイはそんな彼女にかまわず、鋭くそう言い放った。
「副隊長の貴様の役目だ!
 そのボロ雑巾――戦場に戻すんじゃないぞ!」
「ぼ、ボロ……っ!?
 いくら何でもその言い方は女の子として屈辱です!
 断固撤回を要求します!」
 マスターコンボイの言葉に、なのはが思わず声を上げ――
「そうですよ!」
 なのはに同意し、マスターコンボイに抗議の声を上げるのはスバルだ。
「なのはさんはボロ雑巾じゃないです!
 百歩譲っても、おろしたての新品ピカピカの真っ白な雑巾です!」
「フォローになってねぇから黙ってろ、おめぇはぁっ!」

「……もう、心配はなさそうだな」
《ま、まぁ……スバルが“あの”ノリでいられるってことは、そうなんだろうけど……》
 頭上でヴィータのグラーフアイゼン(ツッコミ用非殺傷設定)がスバルに炸裂するのを見ながら、ティアナはマスターコンボイのつぶやきに答え――
「…………フッ、彼女が巻き込まれるのを避けたか」
 そんなやり取りの流れを断ち切るかのように、スカイクェイクがマスターコンボイにそう告げた。
「かつて破壊大帝を名乗った男が、ずいぶんとお優しくなったものだな」
「そのセリフ、のしをつけて返すぞ、現役恐怖大帝殿」
 スカイクェイクの軽口にイヤミを返すと、マスターコンボイは“裏”側のティアナに声をかけた。
「オレンジ頭」
《わかってるわよ。
 最大戦力はあたしが“表”にいる時だけ――しかも時間制限付き、でしょ?》
「そういうことだ。
 扱いを間違えれば即アウト――しかし、スカイクェイクを倒すにはそれしかないんだ。気を抜くなよ》
《言われなくても!」
 マスターコンボイに答え、“表”に出たティアナはツインガンモードのオメガをかまえ、
「《トレース、クロスミラージュ!》」
〈Trace!〉
 ティアナと共にマスターコンボイと一体化していたクロスミラージュをオメガにトレース、スカイクェイクへとその銃口を向ける。
 そして――
「先手は譲ろう」
「それは――どうも!」
 スカイクェイクに答え――ティアナはトリガーを引いた。同時、放たれた魔力弾がスカイクェイクへと襲いかかる!
 だが――
「そんなもの!」
 スカイクェイクには通じない。シュベルトノワールを振るい、魔力弾を叩き落とし――
「まだまだぁっ!」
 ティアナはかまわず、さらに魔力弾を撃ち放った。より数を増した魔力弾の群れが再びスカイクェイクへと襲いかかる!
「バカのひとつ覚えか!」
 しかし、それでもスカイクェイクに叩き落とされた。シュベルトノワールとブレードモードのデスシザース、二振りの刃で魔力弾をさばいていくが――
《『バカのひとつ覚え』だと?
 兄バカのオレンジ頭には最高のほめ言葉じゃないか》
「『兄バカ』って言うなぁっ!」
 マスターコンボイの軽口に言い返し、ティアナがさらに動く――その光景に、スカイクェイクは思わず自分の目を疑った。
 すでにかなりの数の魔力弾を放ち、しかもその一部は未だ健在でティアナのコントロール下にある――にもかかわらず、彼女はさらに第三波として多数の魔力弾を生み出したのだ。
「バカな……!?」
 うめくスカイクェイクにかまわず、ティアナはスカイクェイクへとオメガを向け、
「クロスファイア――」
《ショットガン、シフト!》

 トリガーを引いた。放たれた魔力弾が、未だ第二波をさばききっていないスカイクェイクへと飛翔する。
「くそっ、どうなっている!?」
 もはや彼の技量をもってしても両手の刃で防ぎきれる数ではない――バリアを展開、ティアナの猛攻をしのぎながら、スカイクェイクは思わずうめいた。
(どういうことだ……!?
 制御はデバイスである程度フォローが効くとしても、そもそもこれだけの数の魔力弾を生み出せるだけの出力が、ヤツらにあるというのか……!?
 ――いや、これは大出力に頼っているというより……)
「撃ったそばから、回復している……!?」
 浮かんだ可能性をスカイクェイクが口にして――
「《ファントム、ブレイザァァァァァッ!》」
 ティアナとマスターコンボイがさらに砲撃を放った。強烈な魔力の渦が叩きつけられ、スカイクェイクのバリアをきしませる!
 

「クソッ、アグスタで見た時も思ったが、なんつー火力だ……!」
 すさまじい火力でスカイクェイクを防戦一方に追い込むティアナとマスターコンボイの姿に、ビクトリーレオは思わず顔をしかめてうめいた。
「け、けど……」
 その一方で、思わず不安の声を上げたのは、シャマルやキャロからヒーリングを受けているなのはだ。
「あの時、マスターコンボイさん、オーバーヒートを起こして倒れちゃったんだよ?
 なのに、あんな大火力を立て続けに……!」
 先日のホテル・アグスタでマスターコンボイが“どう”なったのかを思い出し、つぶやくなのはだったが――
「……えっと……それなんですけど……」
 彼女を支えているスバルが、どこか言いにくそうに口を開いた。
「なんでも……アースフォームに限っては、“あの戦い方”が正しいみたいで……」
「え…………?
 どういうこと? スバル」
「それはあたしが説明するよ。
 スバル達に説明したのもあたしだから」
 思わずスバルに聞き返したなのはにはアスカが答えた。
「今スバルが言ったとおり、あの時に取ったデータが確かなら“アレ”が――“とにかくバカスカ撃ちまくる”ってのが、現状でアースフォームを使いこなす一番の方法なの。
 これを見て」
 言って、アスカは一同の前にウィンドウを展開、そこにあるデータを映し出した。
 ホテル・アグスタでのマスターコンボイ・アースフォームの戦闘の写真が縦一列に並べられ、そのとなりにシステムの管理ログらしきものが写真1枚につき1行ずつ記載されていて――
「これは?」
「メモ書きの方は、マスターコンボイの自己診断システムからあの時の戦闘で受けたオーバーヒートによるダメージのログを抽出して、時系列順にまとめたもの。となりの写真は、そのログが記録された瞬間のマスターコンボイの様子だよ」
「それはいいんだけど……」
 尋ねるシグナムにアスカが答えると、晶が口をはさんできた。アスカの表示したデータを前に、彼女に尋ねる。
「……レイアウトがアニメとかの絵コンテ風なことには何か理由が?」
「あぁ、それはシュミ」
「シュミかよ」
「いいじゃない。結果として見やすいんだから」
 ツッコむヴィータに答え、アスカはなのは達を見回し、
「さて、それじゃ質問。
 この表を見て、何か気づくこととかない?」
「気づくこと……?」
 眉をひそめ、フェイトが表をのぞき込んでいると、
「……撃っていないな」
 ポツリ、とつぶやいたのはイクトだった。
「よく見てみろ。
 どの写真も通常機動のものばかり――ヤツのデバイス……オメガだったか? それをかまえているものは1枚もない」
「そういえば……」
 イクトの言葉に、ジャックプライムは改めてくだんの表に目を通す――確かに跳んだりはねたり走ったりと体さばきに専念している写真ばかりだ。攻撃しているものはおろか、その前後、オメガをかまえている写真すらない。
「撃った後に時間差で異常が出た、とも考えられるが――それでも、攻撃による反動が最も強く出る射撃直後に一度もダメージが現れていない、というのは、“攻撃の反動で負傷した”という仮説からは真逆の状況と言えるんじゃないのか?」
「どういうことだ?
 マスターコンボイを負傷させたのは、あの火力の反動ではないのか?」
「攻撃による反動ダメージが起きていない以上、そう見るべきだろう」
 スターセイバーの問いにイクトが答えると、
「ハイ、イクトさん正解♪」
 そんなイクトに対し、アスカは拍手しながらそう告げた。
「イクトさんの見立ての通り、マスターコンボイを傷つけたのは砲撃の反動によるものじゃなかった……
 もっと、根本的なところで負荷が発生してたの」
「だから何なんだよ、それは。
 もったいぶらずにハッキリ言えよ」
「はいはい。今言うから」
 だんだん焦れてきたヴィータに答え、アスカは肩をすくめて告げた。
「話はカンタン。
 あたし達はみんな、マスターコンボイが倒れる前、アースフォームの絶大な火力を目にしていた。だから、あの強力すぎる火力を放った反動でマスターコンボイが傷ついたんだと思い込んでしまった。
 けど――実際にはもっと単純な問題だった。
 ティアちゃんがゴッドオンした際に発揮されるパワーが、あまりにも無尽蔵すぎた――マスターコンボイの宿ったトランステクターの魔力許容量ではそのパワーを納めきれず、結果として魔力があちこちからもれ出して、身体を傷つけてしまっていたの」
「先を細くしたホースにムリヤリ水を流し込むようなものか……
 供給量が放出量を上回れば、やがて流し込まれた水にホースが耐え切れず、あちこちに穴が開いて水がもれ出すことになる……」
「そういうこと」
 つぶやくスターセイバーにアスカが答えると、
「ち、ちょっと待って!
 そんな大きな魔力、どうしてティアナが発揮できたの!?」
 と、今度はフェイトが疑問の声を上げた。
「いくらトランステクターであるマスターコンボイが増幅してるからって、そんな巨大な魔力……!」
「んー、あたしもアリシアちゃんも、それが引っかかってたんだよねー。
 けど、それについてはトランステクターのシステムが答えを教えてくれたよ」
 フェイトに答え、アスカは肩をすくめながら続ける。
「トランステクターはゴッドオンしたゴッドマスターの魔力を増幅する際、一度トランステクター内に魔力を取り込んで、自分の動力エネルギーによる刺激で増幅、ゴッドマスターの制御下に戻してるんだけど……その際、どうしてもトランステクターのエネルギーが混ざって魔力が変質しちゃうの。
 だから、そのままゴッドマスターが制御しようとしても、自分の魔力とは別ものになっちゃってるから、そう簡単には扱えなくなっちゃう。
 その問題を解決するために、トランステクターの増幅システムには取り込んだ魔力のデータを記録しておいて、増幅後にそのデータを再現する形で再変換した上でゴッドマスターに返すシステムが存在してる。これはスバル達にもマスターコンボイにも適応されていて、それぞれ“表”に出てる子達の魔力を増幅してるんだけど……」
 

「もし、そのシステムが“二人分の魔力を増幅していたら”、どうなると思う?」
 

 その言葉に、一同の間に衝撃が走る――それを見てうなずき、アスカは続けた。
「こっちについてはそれこそ原因不明なんだけど……ティアちゃんが“表”に出ている時に限って、本来なら主導権と一緒に“裏”側に引っ込んじゃうはずのマスターコンボイの魔力まで引き出して、取り込んじゃってるの。
 けど、システム上は“表”の子の魔力だけを増幅するようになってるから、増幅後の再変換の参考データとして使われるのは“表”に出ているティアちゃんの魔力だけ――結果、ティアちゃんとマスターコンボイ、二人の魔力は増幅後にはティアちゃんだけの魔力として出力されていたの。
 デカイ魔力になるはずだよ。1×2は2でも2×2は4。単純計算でも実質倍だもん」
「じゃあ、あの時マスターコンボイさんが魔力切れを起こしたのは……」
「うん。
 今なのはちゃんの考えた通り、あの時のマスターコンボイの魔力の枯渇もこれが原因だよ」
 つぶやくなのはに対し、アスカは満足げにうなずいてみせた。
「あたし達は、奪われたマスターコンボイの魔力の行く先を特定できなかったけど……わからないはずだよ。ティアちゃんの魔力に変換されてたんだから」
 そして、アスカは息をついて話を区切り、
「で――本題。
 そんなこんなで、アースフォームはティアちゃんが“表”に出ている限り、その大きすぎる力のせいでただその状態でいるだけでもダメージを受けちゃう。
 原因がわからない以上、対策も取りようがない――現状でティアちゃんが取れる選択肢は三つ。
 ひとつ、ゴッドオンを解く。
 二つ、ティアちゃんが“裏”に引っ込む。
 そして三つ目――」
 

「身体に収まらない魔力を少しでも減らすこと」
 

「そうか!
 さっきのリストに撃ってる時の写真がなかったのは!」
「反動でダメージを受けるどころか、魔力弾という形で魔力を放出して、逆に負荷が軽くなったから――だね?」
「そう。
 撃ちまくることで、結果的に大きすぎる魔力を消費してオーバーヒートを回避できる――
 おかげで戦い自体はムチャクチャな攻め口になっちゃうけど、あれが一番アースフォームを使いこなせる戦法なの」
 声を上げる晶とフェイトにアスカが答え――そんな彼女の傍らで、ブリッツクラッカーは肩をすくめてつぶやいた。
「“撃っちゃマズイ”と思ってたら、実は逆に“撃たなきゃマズイ”とはなぁ……
 まるでマグロだな。“泳ぎ続けてなきゃ死んじまう”みたいな」
「そーゆーたとえ方やめてよ。最近食べてないんだから」
 

「くっ、キリがない……!」
 ファントムブレイザーを耐え切っても、魔力弾の嵐は止む気配がない――こちらが防ぎ、叩き落とす以上の数の魔力弾を撃ち続けるティアナに対し、スカイクェイクは舌打ちまじりにそううめいた。
(威力はなのはに及ばんが、数が多すぎる……!
 ここままでの数をばらまくとは――あのアースフォームの出力があるからこその芸当か……!)
「――だが!」
 しかし、自分もこのままやられてばかりではない。反撃に転ずるべくデスシザースをかまえ――
We were我々は――〉
〈――waiting for itそれを待っていた!〉
 オメガと、彼に宿るクロスミラージュが叫び――死角から魔力弾を滑り込ませ、スカイクェイクの手からデスシザースを弾き飛ばす!
「バカな!?
 まさか……サポートどころか、デバイスに魔力弾の制御を全面的に!?」
「当然でしょ!
 クロスミラージュもオメガも――あたし達のチームの一員よ!」
《オレ達は魔力弾をばらまくので手一杯だからな――制御はできるヤツに分担すれば効果的だろう!
 オレ達はオレ達のできることを、そいつらはそいつらのできることをやる――そうやって補い合うのが、貴様が日頃からご高説を垂れている“チームプレイ”というヤツなんじゃないのか!?》
 ティアナとマスターコンボイが答え――バランスを崩したスカイクェイクにさらに魔力弾が襲いかかり、弾き飛ばす!
《今だ、オレンジ頭!》
「OK!」
 

「《フォースチップ、イグニッション!》」
 マスターコンボイとティアナ、二人の叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、マスターコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、マスターコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そう告げるのはマスターコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 再び制御OSが告げる中、ティアナはマスターコンボイが空中に生み出したフローターフィールドの上に飛び乗った。マスターコンボイの制御でフローターフィールドが上昇する中ツインガンモードのオメガをかまえ――その正面に作り出した魔力弾が見る見るうちに巨大化していく。
 そして、ティアナはスカイクェイクへとオメガの銃口を向け――
「一発――」
《必倒ぉっ!》

「《カタストロフ、シュート!》」

 放たれた巨大魔力弾が、スカイクェイクに向けて撃ち出される!
「ちぃっ!」
 姿勢を崩された現状で回避は難しい――舌打ちし、スカイクェイクはシュベルトノワールを中心にシールドを展開、迫り来る巨大魔力弾を受け止める。
 だが――止まらない。魔力弾はスカイクェイクを少しずつ押し戻しつつ、そのシールドをこじ開けていき――
「…………バカな…………っ!」
 スカイクェイクがうめいた瞬間――シールドが崩壊した。スカイクェイクを飲み込み、上空高く吹き飛ばしていき――
「《……皆、中》」
 ティアナとマスターコンボイが告げ――魔力弾が大爆発を起こした。
 

「どう……!?」
 さすがに倒せたとうぬぼれるつもりはない。だが、あれだけ叩き込めば手傷ぐらいは――もうもうと立ちこめる爆煙を前に、ティアナは注意深く様子をうかがい――
《何してる! とりあえず引っ込むか出て行くかしろ!》
 そんなティアナに、マスターコンボイは“裏”側から声を上げた。
《この状態は何もしていないことこそが一番の負担だということを忘れたか!》
「わ、わかってるわよ!
 ゴッドアウト!」
 マスターコンボイに答えると、ティアナはゴッドオンを解き、フローターフィールドに降りt――

「Mond Jager」

『――――っ!?』
 ――立とうとした瞬間、爆煙の中から放たれた魔力弾の群れが二人に襲いかかった。足元のフローターフィールドが撃ち砕かれ、マスターコンボイとティアナが空中に投げ出されてしまう。
「ちぃっ!」
 とっさにフローターフィールドを再展開、なんとか体勢を立て直すマスターコンボイだったが――
「きゃあっ!」
 アンカーショットでマスターコンボイのフローターフィールドにつかまろうとしたティアナがモーントイェーガーの直撃を受けた。さらに立て続けに数発の直撃を受け、そのまま大地に叩き落とされる!
 しかも最後の一発の着弾位置は――
(マズイ――よりにもよって顔面か!)
「オレンジ頭!」
 思わず声を上げるマスターコンボイだったが、落下していくティアナからの返事がない。
「くそっ、また気絶か!」
 イヤな予感が的中した――舌打ちしながらもマスターコンボイはティアナを救うべくきびすを返すが――
「逃がさん!」
 それをスカイクェイクが阻んだ。振り下ろされたシュベルトノワールを、マスターコンボイはとっさにブレードモードのオメガで受け止める。
「猛攻をかけてくれたおかげで、逆に攻め口を理解しやすかったぞ。
 自らをも傷つけかねないほどの超大出力――しかも戦闘前に貴様が平然としていたところを見ると、それが発揮されるのはランスターが“表”に出ている時のみのはず。
 自分の力で傷つかぬよう、攻撃の手を止めれば必ず交代すると見ていたが――その通りだったようだな!」
「ぐ………………っ!」
 スカイクェイクの言葉にうめき、なんとか彼を振り切ろうとするマスターコンボイだったが、スカイクェイクもガッチリとマスターコンボイをマークして離れない。
(バリアジャケットが落下の衝撃を緩和してくれるだろうが……このままリカバリできずに墜落すれば、間違いなく撃墜判定が出る!)
「おい、起きろ、オレンジ頭!
 さっさと体勢を立て直せ!」
 スカイクェイクの斬撃を受け止め、つばぜり合いの体勢から叫ぶが、やはりティアナの反応はない。
「く…………っ!」
(オレは行けない、スバル・ナカジマ達も今からでは間に合うまい。
 なのは達のフォローに期待しようにも、あの位置からでは補助魔法は射程外――!
 何もできんというのか……ヤツが頭まで下げたというのに!)
 胸中でうめき――マスターコンボイの脳裏に、ついさっきティアナと交わしたやり取りがよみがえった。
 

「貴様は今まで、多くの人間に支えられてきたはず――それこそが、貴様の想いが間違いではなかった、何よりの証拠だろうが。
 間違っていないのなら、ためらう必要はない――その想い、どこまでも貫いてみせろ」
「………………」
 そのマスターコンボイの言葉に、ティアナは無言で自らの右手へと視線を落とした。
「……とはいえ、今のも、ただ単にオレがそう考えている、というだけの話だ。
 お前達にも思うところはあるだろう。どうしたいかは――お前達が決めろ」
 そうマスターコンボイが告げ、一同の間に沈黙が落ち――
「……あたしは……」
 ポツリとティアナが口を開いた。
「……あたしは、今回なのはさんの教導に逆らって……なのはさんに撃墜された。
 けど、それは後悔してない……まだ早かったとは思うけど……間違ったことをしたとは思ってないから……
 でも……なのはさんが怒ったのは、ムチャをしたあたし達心配だったから……そのことも、間違ってないと思う……」
 ゆっくりと、整理するかのように、ティアナは静かに言葉を重ねていく。
「自分が間違ってるとは思えないけど……なのはさんも、正しいと思う……どっちが正しい、どっちが間違ってる……そんな形で、今起きてることは片づけられないし……片付けてもいけないと思う。
 だから……」
 言いながら顔を上げ、ティアナはハッキリと告げた。
「簡単に『なのはさんが悪い』と言い切って、追い出そうとしているスカイクェイクさんには、絶対に賛同できない」
 言って、ティアナはマスターコンボイへと向き直り、
「マスターコンボイ。
 同じフォワード部隊で組んで、海鳴でのこととか、今回のこととか……何だかんだでつるんでるけど……それでもやっぱり、あたしはアンタを許しきれてないと思う。
 10年前……それだけのことをアンタはしでかしたんだから」
「だろうな」
「でも……あたし達だけじゃ、スカイクェイクさんを止められない。
 悔しいけど、あの人を止めるには、アンタの力が絶対に必要になる。
 だから……」
 そして――
 

「お願い。
 あたしに、力を貸して」
 

 そうしめくくり――ティアナはマスターコンボイに頭を下げた。
 対し、マスターコンボイはしばし無言でティアナを見返し――
「――フンッ」
 鼻で笑い飛ばした。
「何を言い出すかと思えば、ずいぶんと甘いことを」
「ま、マスターコンボイさん! そんな言い方!」
 思わず声を上げるスバルだったが――そんな彼女はブリッツクラッカーが無言で制する。
「『力を貸せ』だと?
 そんなことを言われて、オレが素直に貸すワケがないだろう」
 言い放つと、マスターコンボイは頭を下げたままのティアナの脇を抜けて医務室の出入り口へと向かう。
 が――出入り口のところで不意にその足が止まった。こちらに振り向かないまま、淡々と告げる。
「今さら“貸す”までもない。
 力なら――」
 

「“くれてやる”から勝手に使え」
 

(『オレを許せん』と公言しておきながら、その想いをあえて抑えてオレの助力を求めた……アグスタでオレに言われた“私情を排して真に必要な相手と組む”ことを、貴様は自ら実践してみせた……!
 ようやく成長の兆しを見せておいて――ここであっさり撃墜など、不甲斐ないにもほどがある!)
 意識の戻らぬまま、落下していくティアナの姿に、マスターコンボイの胸中に今まで感じたことのない類の怒りがこみ上げてくる。
 いつもなら「らしくない」と一笑に伏すところだが――とてもそんな気分にはなれなかった。何かに突き動かされるように、ティアナに向けて叫ぶ。
「ふざけるな!
 さんざんデカイ口を叩いておいてそのザマか!
 オレの助力を得ておいて、本人はあっさりと撃墜か!
 悔しい思うなら、もう一度あがいてみせろ――」
 

(――ダメ……力、入んないや……)
 完全に断ち切られたワケではなく、もうろうとした意識の中、ティアナはなす術なく落下していた。
(あれだけ攻め込んでも、たった一手でひっくり返された……
 やっぱり、無謀だったのかな……リミッター付きとはいえ、大帝に勝とうだなんて……)
 魔力の放出を優先し、戦術も度外視して撃ちまくったとはいえ、決して手を抜いていたワケではなかった。こちらの発揮し得る最大の火力を叩き込んだ――それでも余裕を残していたスカイクェイクの実力に、せっかく奮い立たせた心も折れそうになる。
(ごめん……スバル……なのはさん……
 ……マs――)
 

「ふざけるな!」
 

(え――――?)
 しかし、今にも折れそうになっていた彼女の心を、いきなりの怒声が押し留めた。
(マスター、コンボイ……?)
「さんざんデカイ口を叩いておいてそのザマか!
 オレの助力を得ておいて、本人はあっさりと撃墜か!」
 それは上空のマスターコンボイの声――スカイクェイクとのつばぜり合いの体勢からこちらに向けて声を張り上げる。
「悔しい思うなら、もう一度あがいてみせろ――」

 

 

「ティアナ!」

 

 

「――――――っ!?」
 その言葉は、聞き間違いの余地など一切ないほど強くティアナに届いた。ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒、ティアナは驚いて目を見開いた。
「マスターコンボイ……!?
 今、名前で……!?」
 彼が名前で呼ぶのは、本当に認めた相手だけ――以前なのはから聞いた話が脳裏によみがえる。
 あの時彼女が語ったことが事実なら――
(あたしを、認めてくれた……!?)
 したことはたったひとつ。自分を名前で呼んだだけ――それでも、その一言によって全身に力がみなぎるのを感じる。
(そうだ……
 マスターコンボイだってあきらめてない――まだ、あきらめるワケにはいかない……!
 “あの人”だって、言ってた……!)
 

「こんっ、のぉっ!」
 叫ぶと同時にトリガーを引き――ティアナの放った魔力弾が一斉に“彼”に向けて飛翔する。
 しかし、彼はものともしない。周囲に張り巡らせたフィールドでそのすべてを弾き飛ばしながら、あっという間にティアナとの距離を詰めて――
「どっ、せぇい!」
「わひゃぁっ!?」
 ティアナに向けて思い切り拳を打ち放った。あわててティアナは地面を転がって回避。目標を見失った拳はティアナの背にしていた岩を粉みじんに打ち砕く。
 パラパラと破片が舞い散る中、彼は静かにティアナへと向き直り――
「……受けろよ。一応“お前なら止められる”ってレベルで打ってるんだから」
「どこがですか!? 岩、岩!」
 あっさりと言い放つ彼にツッコみ、ティアナは今しがた彼が打ち砕いた岩を指さす。
「というか、今、受けられるタイミングじゃなかったのをわかった上で打ち込んできませんでしたか!?」
「まさにその通りだけど?」
「心底不思議そうに聞き返さないでください!
 そんなのくらったらタダじゃすみませんよ!」
「そうは言ってもなぁ……」
 ティアナの反論に、彼は困ったように頬をかき、
「現場に出たら、敵さんはまさにその“タダじゃすまない”状況にお前を放り込もうとしてくると思うんだが?」
「そ、それは……そうですけど……」
「だろ?
 だから――」
 言って――次の瞬間、彼の姿が消えた。とっさに防御したティアナのアンカーガンに彼の拳が叩きつけられる。
「こうやって――」
 しかし、彼は止まらない。ガラ空きの腹にヒザ蹴りを打ち込み、くの字に折れ曲がったティアナのシャツの背をつかむと思い切り投げ飛ばす。
「“タダじゃすまない状況”ってヤツに慣らしてやってるんじゃねぇか」
 先ほど打ち砕いた岩の残骸にティアナが突っ込み、破片が再び舞い散る中、彼はそう言って息をつき――
「…………だから、って……!」
 自分の上に降り積もった岩の破片を払いながら、ティアナはヨロヨロと身を起こした。
「ムチャクチャやりすぎですよ、いくら何でも……!」
「はっ、何言ってやがる。
 元々最初にムチャ言い出したのはてめぇだろうが――タイムリミットの転校まで2週間しかないって聞いた時は自分の耳を疑ったぞ。
 ンな短期間でお前をまともな形に仕上げろ、なんて方が、よほどムチャクチャだと思うがね」
「け、けど、だからこそムチャはできないんじゃないんですか?
 ただでさえ時間がないのに、ケガでもして特訓できなくなったりしたら……」
「それこそナンセンスだっつーの」
「……『そんなヘマをオレがすると思ってるのか』ですか?」
 口をとがらせる彼に対し、先手を打ってツッコむティアナだったが――
「あぁ、それもあったな」
「…………はい?」
 当の本人はそんな思いには至っていなかったようだ――ポンと手を叩き、つぶやくその姿に、ティアナは思わず目を丸くする。
「違うんですか?」
「んー、間違っちゃいねぇが、今回言いたいのは別件だ」
 言って、彼は軽く肩をすくめてみせる。
「要するに――」
 

「ンな“安全第一”の甘っちょろい訓練で、一体何が身につくんだっつーの」
 

「『ムチャはさせない』? 『無事に任務を果たせるように鍛える』? 知るか、そんなの。
 ンな蝶よ花よで育てられたヤツが、逆境に慣れてるもんかよ――どれだけ能力が高かろうが、その力が届かない状況ってヤツは必ずあるし、そんなケースなんて訓練なんかで想定できるもんじゃねぇ。
 ンな時に、そーやって安全第一で育てられたヤツに何ができる? 想定された環境下で教官にぶちのめされるだけの、“教科書どおりの逆境”しか知らないようなヤツにさ。
 そーゆーヤツほど、実戦で最悪な死に方をするんだよ」
「最悪な……死に方……?」
「パニクるんだよ。本当の意味で逆境の越え方を知らねぇから。
 で、周りを巻き込んで――」
 ティアナに答え――“彼”は自らの首をかっ切るようなジェスチャーで結末を告げた。
 その意味がわからないほど、ティアナは子供ではなかった。
「いいか、ティアナ。よく聞け。
 本当に強いヤツ、ってのは、バケモノみたいにすげぇパワーを持ってるヤツでも、神サマみたいになんでもお見通しなヤツでもねぇ。そんなのは強くなれば後から勝手についてくる。
 本当の意味で強いヤツ、ってのは――」
 

(『本当の逆境を知ってるヤツのこと。
 自分の手の届かない逆境を知ることで、自分のできることやできないこと、できることの限界を知り、それが逆境を、限界を超えるための“道”を指し示してくれる』……!)
 あの時の教えを思い出し、ティアナはクロスミラージュを握る手に力を込める。
 そう――自分はまだ動ける。行動を起こす力が残っている。
「……やってやるわよ……!
 あたしにだって、意地がある……!
 自分の力で飛ぶその日まで、あきらめるワケには、いかないのよ!」
 決意を新たに、ティアナが力強く宣言し――

 

〈なぁいすしちゅえーしょぉ〜ん♪〉

 

「………………はい?」
 いきなり割り込んできた気楽な声に、ティアナは思わず間の抜けた声を上げていた。
 同時、彼女や見学スペースのなのは達の前にウインドウが展開された。そして、そこに映し出された人物は――
〈呼ばれてなくてもじゃじゃじゃじぁ〜ん♪
 一度言ってみたかった、『こんなこともあろうかと』!
 困った時のご都合主義! 柾木霞澄ちゃんただ今参上〜っ♪〉
「か、霞澄おばさん!?」
〈ノンノン、スバル♪
 『か、す、み、ちゃ、ん』♪〉
 見学スペースで思わず声を上げたスバルに対し、柾木霞澄は指を振りながら笑顔でそう訂正し、
〈そんなことより、今ティアナちゃんが大ピンチなんでしょ?
 だからね――〉

「今から“助っ人”送るから、仲良くしてあげてね〜♪」
 彼女がいるのは、六課隊舎からは湾をはさんだ反対側――訓練場を見渡せる湾岸駐車場だった。大型トレーラーの前で端末を操りながら、霞澄は笑顔で一同に告げる。
 と――彼女の操作でトレーラーのコンテナが開いた。中から姿を現したのは、直線的なデザインのジェット戦闘機だ。
「CPU平均使用率20%……AI稼動効率95%……
 準備はいい?」
「No problemだ、創主・霞澄。
 全システム、オールグリーン」
「オッケイ♪
 じゃ、飛行許可も取得済みだし――いよいよお待ちかねのお披露目といこうか!」
 答えた声はジェット機から――満足げにうなずくと、霞澄はそう前置きし、高らかに告げた。
 

「ジェットガンナー、Take off!」
 

「了解」
 霞澄に答え――ジェットガンナーと呼ばれたそのジェット機はふわりと浮かび上がった。ゆっくりと訓練場の方へと向き直りながら、トレーラーのコンテナにその身を収めるためにたたんでいた主翼を広げ――次の瞬間、爆発的な加速と共に飛翔、一気に湾内を横切ると訓練場へと飛び込んでいき、
「ジェットガンナー、トランスフォーム!」
 ロボットモードへとトランスフォームし、落下するティアナの身体をつかまえ、救出する。
「ケガはないか、ティアナ・ランスター2等陸士?」
「あ? えっと……」
 尋ねるジェットガンナーに対し、ティアナは戸惑いもあらわに声を上げ――
「……言語能力に障害を確認。脳への障害の可能性あり。
 大至急、最寄りの医療施設へと搬送すr――」
「わぁぁぁぁぁっ!
 待った待った! 大丈夫だから!」
 そんなティアナの反応に、ジェットガンナーは“まともな応答のできないほどの重傷”と判断してくれた。すぐさま転進しようとした彼に、ティアナはあわててストップをかける。
「ってゆーか、アンタ、一体どこの何者よ?
 霞澄さんの言ってた“助っ人”ってのが、アンタなのはわかるけど……」
「『何者』という表現は適切ではない。
 私は形式番号GLX-04、個体名“ジェットガンナー”。大規模作業の効率化を目的とし、トランスフォーマーを参考に新たに開発された大型可変デバイス“トランスデバイス”と呼ばれる存在だ」
「トランスデバイス……?
 そんなデバイス、聞いたこともないわよ!?」
「当然だ。
 トランスデバイスは最近開発が始まったばかりの新たなデバイスジャンル――かく言う私も、第一世代の試作機群の一基にすぎないのだから」
 驚き、声を上げるティアナだが、ジェットガンナーはかまわない。相変わらず淡々とした口調でそう説明し――
「そんなことはどうでもいい!」
 彼の説明を一言で両断し、抗議の声を上げたのはマスターコンボイだ。斬撃を繰り出してスカイクェイクを後退させ、
「こっちは取り込み中なんだ!
 手伝うつもりがないならむしろジャマだ! とっとと失せろ!」
「失敬な人だ」
 言い放つマスターコンボイの言葉に、ジェットガンナーは少しばかり気分を害したようだ。淡々とした物言いの中に少なからず苛立ちの含まれた声でそううめく。
「なぜ創主・霞澄はあのような者の手助けを私に命じたのか。
 正直理解に苦しむ」
〈そういうことを言わないの〉
 不満を隠しもしないジェットガンナーをたしなめるのは、再び通信をつないできた霞澄だ。
〈まだ稼働日数の少ないAIでもキミがそこまで感情を見せてくれるのは、創主おやとしてうれしいことではあるけど……それでも、キミはまだまだ学ばなければならないことが多すぎる。
 その機動六課にいれば、きっとキミはそれらのことを学べるはずよ〉
「……だとしても、彼をマスターとするには、不安要素があまりにも多く算出されている。
 トラブルが起きる可能性がハッキリと明示されているのに、あえてその原因を放置するのは効率的とは言えない」
 さとすように告げる霞澄だが、それでもジェットガンナーは首を縦に振ろうとはせず――
「……あー、もうっ! うっさい!」
 そんなジェットガンナーの胸部装甲を、ティアナはクロスミラージュのグリップで殴りつけた。
「黙って聞いてれば『算出』だの『効率』だのグジグジと!
 そんな、なんでも理屈でどうにかなるほど、世の中甘くないのよ!
 アンタよりも長く生きて、アンタよりもいろいろ経験してる人が『やれ』って言ってんのよ! つべこべ言わずに、まずはやってみたらどうなの!?」
 その言葉に、ジェットガンナーはしばし考えるように動きを止めた。
 マスターコンボイとスカイクェイクが繰り広げる剣戟の音が響く中、数秒の時が流れ――
「――了解した。実際に試そう。
 だが、先ほど言った通り、マスターコンボイを私のマスターとするには不安要素が多すぎる。
 そこで――」
 そう言うと、ジェットガンナーはティアナを見下ろし、
「私はキミを、マスターとして登録した」
「あ、あたしを!?」
「そうだ」
「ってゆーか、『した』って言わなかった!?」
「そうだ」
「つまり事後!? 事後報告なワケ!?」
「そうだ」
 驚き、声を上げるティアナに対し、ジェットガンナーはまったく変わらぬ口調で三度答える。
「け、けど、あたしなんかじゃ……」
「初対面である私に対しても堂々と自らの意見を言い切るキミの態度は好ましい。乱暴な物言いで突き放すマスターコンボイとは大きく違う。
 AIとはいえ私にも感情がある。実力よりも円滑な連携を重視した結果、私はマスターコンボイと組むよりもキミと組む方が効率的だと判断した」
 自分などがこんな最新型のデバイスのマスターになってもいいのだろうか――思わず戸惑うティアナだが、ジェットガンナーはあくまで冷静にそう答える。
「私をマスターコンボイと連携したいのなら、キミがマスターコンボイと連携すればいい。
 私はキミのデバイスであることを選んだ――キミが望むことならば、私は全力をもってそれに応えよう」
「…………わかったわよ」
 ダメだ。撤回してくれる気などまったくないどころか、むしろデバイスとして働く気マンマンだ――ジェットガンナーの言葉にため息をつき、ティアナはしぶしぶながらうなずいてみせた。
「そこまで言うなら、やってやろうじゃない!
 ジェットガンナー! まずはマスターコンボイを援護! スカイクェイクを後退させて、体勢を立て直すのよ!」
「了解した。
 ティアナ・ランスター2等陸士、キミは私の背中に」
 ティアナの言葉に答えると、ジェットガンナーはティアナを自らの背中に乗せ、
「――いくぞ!」
 その言葉と同時に加速――ティアナを振り落とさないように加減しているものの、それでもかなりの速度でスカイクェイクへと突っ込む。
「フンッ、ひよっこがひとり増えたところで!」
 対し、スカイクェイクはジェットガンナーに向けてそう言い放ちながら、シュベルトノワールでカウンターの一撃を放ち――
「確かに、私はAIの初動教育が終わっただけのひよっこだが――」
 そう告げられた時には、すでにジェットガンナーの姿はスカイクェイクの眼前になく――
「それでも、空戦では上だ!」
 言うなり、ジェットガンナーは“背後から”スカイクェイクを蹴り飛ばす!
「ちぃっ!」
 しかし、パワーが足りないのかスカイクェイクは体勢を多少崩しただけ――すぐに立て直し、ジェットガンナーに対して刃を振るう。
 が――やはり当たらない。ジェットガンナーは風のようになめらかな動きでスカイクェイクの斬撃をかわし、再びその脇腹に蹴りを入れる。
「なら――!」
〈Mond Jager!〉
 斬撃ではとらえられない――すぐに魔力弾による包囲戦に切り替えるが、それを見るなりジェットガンナーは素早く後退。距離を取ってモーントイェーガーの動きを見極め、ひとつひとつ確実にかわしていく。
「くそ、ちょこまかと!」
「稼動したてでも、私は空戦のプロフェッショナルとして作られた身――甘く見られては困る!」
 うめくスカイクェイクだが、対するジェットガンナーは冷静そのものだ。淡々とそう答え、
「魔力弾の軌道解析を完了。迎撃に移る。
 ジェットショット!」
 言い放つと同時、左腕にマウントしていた拳銃型ライフルを手にし、次々にモーントイェーガーを叩き落とす!
「す、すごい……!」
「当然だ。
 キミが陸戦魔導師として専門の教育を受けているように、私は空のプロフェッショナルとして開発された――この分野において遅れをとることは、私の存在意義の否定につながるというものだ」
 背中でうめくティアナにジェットガンナーが答えると、
「だが――やはり経験がない!
 油断しすぎだ!」
 そんな二人を狙い、スカイクェイクが魔力弾を迎撃した爆煙の中から飛び出してくる!
 そのまま、スカイクェイクの刃がジェットガンナーへと襲いかかり――
「私にティアナ・ランスター2等陸士が命令したことを忘れたようだな」
 そうジェットガンナーが告げた瞬間――スカイクェイクは真横からの衝撃を受けて弾き飛ばされた。
 そして――
「私が命じられたのは、あくまで『マスターコンボイを援護し、スカイクェイクを後退させる』こと。
 あなたの撃墜は、マスターコンボイが勝手にやってくれる」
「貴様の計算どおりに動かされたようでいささか気に入らんな、その物言いは」
 告げるジェットガンナーの真横にフローターフィールドを展開、スカイクェイクを蹴り飛ばしたマスターコンボイが降り立ってそううめく。
「だが、見事な空戦だ。
 大口を叩くだけのことはあるようだな」
「言ったはずだ。
 『私はそのために開発された』と」
「そうだったな」
 ジェットガンナーの言葉にうなずくと、マスターコンボイは彼の背中の上のティアナに声をかけた。
「おい、何をしている。
 ゴッドオンだ――今度こそスカイクェイクを叩き落とすぞ」
「わ、わかったわよ!」

『ゴッド――オン!』
 その瞬間――ティアナの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてティアナの姿を形作り――そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
 同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したティアナの意識だ。
〈Earth form!〉
 トランステクターのメインシステムが告げ、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのようにオレンジ色に変化していく。
 そして――マスターコンボイの手の中でオメガが変形を開始。両刃の刃、その峰を境に全体が二つに分離すると、刃と共に二つに分かれた握りが倒れてつば飾りと重なりグリップに変形。二丁拳銃“ツインガンモード”となる。
 大剣から銃へと姿を変えたオメガを両手にかまえ、ひとつとなったティアナとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
《双つの絆をひとつに重ね!》
「信じる夢を貫き通す!」

「《マスターコンボイ――Stand by Ready!》」

「さっきは攻め切れなかったけど、もうこっちだって油断はないわよ!
 今度こそ、確実に叩き落としてやるわよ!」
《当然だ!》
 眼下には、叩き込まれたビルの残骸の中から身を起こすスカイクェイクの姿――宣言するティアナにマスターコンボイが答えると、
「待つんだ」
 そんな二人を、ジェットガンナーが呼び止めた。
「現在、マスターコンボイの魔力出力値が急上昇している。
 このままではオーバーヒートを起こして自壊する――私のマスターをそのような状態にしておくのは好ましくない」
《わかっている。
 だからこそ、そうならないように、体内の魔力を少しでも放出しようと――》
 反論しかけたマスターコンボイの言葉を手で制し、ジェットガンナーは変わらぬ口調で淡々と告げる。
「その必要はない。
 莫大な魔力に対し容量が足りないのなら――容量を増やせばいい」
「容量を……?」
 思わずティアナが聞き返すが、ジェットガンナーはかまわず霞澄へと通信し、
「創主・霞澄。
 私に急きょ“例のシステム”を追加したのも、そのためではないのか?」
〈まぁね♪〉
 あっさりとうなずく霞澄だが――ティアナやマスターコンボイは何の話かわからない。
 しかし、ジェットガンナーはかまわず二人に告げる。
「説明はオーバーヒートの危険を回避してからだ。
 二人とも、私とシステムをリンクさせて欲しい」
「え、えっと……?」
《普通に『息を合わせろ』と言えんのか、貴様は》
 戸惑うティアナを捕捉する形でツッコむと、マスターコンボイは“裏”側で息をつき、
《……まぁ、いい。
 貴様のその理屈屋なところは正直気に食わんが、この状態を解決させられるというなら話は別だ》
「そ、そうね……」
 そんなマスターコンボイの言葉にうなずき、ティアナはジェットガンナーに告げた。
「いくわよ、ジェットガンナー!」
「了解した!」


「《マスター、コンボイ!》」
 ティアナとマスターコンボイの叫びが響き、大きく跳躍した二人はさらに背中のバックパックのバーニアによる噴射でさらに高く跳び上がり、
「ジェットガンナー!」
 次いでジェットガンナーが叫び、ビークルモードへとトランスフォーム。そこから機首を後方にたたみ、機体下部の装甲を展開して合体ジョイントを露出させる。
 そして、両者が交錯し――
『《ゴッド、リンク》!』
 3人の叫びと共に、バックユニットとなったジェットガンナーがマスターコンボイの背中に合体する!
 最後にジェットガンナーの後部――ロボットモード時に両足となる2基のメインブースターが分離するとツインガンモードのオメガに合体し、より大型のライフルに変形。ティアナがそれをかまえ、3人が高らかに名乗りを上げる。
 その名も――

 

『《ガンナァァァァァッ、コンボイ!》』

 

 

「ちょっ、これって!?」
 いきなり実現した、マスターコンボイとジェットガンナーの合体――十分に驚くべき事態だったが、ティアナはむしろ、その後に表示されたガンナーコンボイのスペックデータの方に驚きの声を上げていた。
「魔力容量が、合体前の5倍……!?
 いくらなんでも、ちょっと増えすぎじゃない!?」
《なんだと!?》
 ティアナのその言葉に、ガンナーコンボイもまた思わず驚きの声を上げ――
〈アハハ、驚いた驚いた♪〉
 そんな二人に対し、霞澄は笑いながら通信してきた。
〈今キミ達が実行した通り、ジェットガンナーには大型トランスフォーマーとの合体システムを搭載してる。
 能力的には火力強化を前提とした形態なんだけど……ティアナちゃんのゴッドオンがマスターコンボイに大きな負担をかけることを聞いてね。
 だから、とりあえず起きてる症状に対する応急処置として、ジェットガンナーには合体時、主に魔力タンクとして機能してもらえるよう、新たなシステムを新規に組み込ませてもらったのよ。
 あくまで原因が解決したワケじゃないけど……そこまで容量を増やせばオーバーヒートの危険はグッと減るし、発揮される力も効果的に使い方を選べるでしょ?〉
《確かに、ここまでの大容量なら……》
 霞澄の言葉にガンナーコンボイが“裏”側で納得すると、
「……ま、いずれにせよ好都合ってことね」
 言って、ティアナは両腕に装備した、ジェットガンナーの両足の変形した大型ライフル――“ガンナーショット”をかまえた。
「魔力の容量も増えて、さらにジェットガンナーが合体したなら空戦もバッチリ!
 さぁ、反撃するわよ!」
「それはかまわないが……」
 告げるティアナに答え――ジェットガンナーは淡々と付け加えた。
 

この形態ガンナーコンボイは飛べないぞ」

 

「《…………は?》」

 

「ち、ちょっと待って!」
 一瞬の沈黙の後――ティアナは我に返り、あわてて声を上げた。
「『飛べない』って、どういうこと!?」
《貴様の本分は空戦ではなかったのか!?》
「確かにその通りだ。
 だから私も非常に不本意ではあるのだが……」
 ティアナに続き、ガンナーコンボイも声を上げる――そんな二人に対し、ジェットガンナーは本当に不服そうに答えた。
「私のメイン推進システムは火力強化のため、現在武器と化している。
 その状態でこの質量を飛ばすだけの推力を発揮するのは、物理的に不可能だ」
「《…………あ》」
 ジェットガンナーの言葉にうめき、二人は自分達の手の中のガンナーショットへと視線を落とし――
「漫才は――そのくらいにしてもらおうか!」
 そんな彼らに、スカイクェイクが襲いかかってきた。一気に間合いを詰められ、振り下ろされたシュベルトノワールがガンナーコンボイの足元のフローターフィールドを粉砕する!
「ったく!
 要はこのままやるしかないってことね!」
《そういうことだな!》
 うめくティアナにガンナーコンボイが答え、彼らは新たに展開したフローターフィールドの上に降り立ち、
《まぁいい。
 それならそれで、やってやろうじゃないか!》
「えぇ!」
 言って、気を取り直したティアナはガンナーショットをかまえ、
「《トレース、クロスミラージュ!》」
〈Trace!〉
 ガンナーショットにクロスミラージュをトレース、その銃口に光刃を生み出し、
「いっ、けぇっ!」
 その刃を足元のフローターフィールドに突き立て――光刃を介して魔力を流し込んだ。莫大な魔力の供給を受け、フローターフィールドは多数に分裂、そのままティアナの操作で自分達の周囲――戦場全域にばらまかれる。
《フォローはオレがしてやる! 魔力はジェットガンナーが受け止める!
 お前は思いっきり、暴れてやれ!》
「ご武運を」
「OK!」
 ガンナーコンボイとジェットガンナーの言葉に答え、ティアナは跳躍、一気にスカイクェイクへと襲いかかり、
「いっけぇっ!」
 両手のガンナーショット――その光刃でスカイクェイクに斬りかかる!
「く…………っ!」
 対し、スカイクェイクもシュベルトノワールで受け止めるが――アースフォームの膨大な魔力によって生み出された光刃は、見た目以上の圧力によってスカイクェイクを押しつぶしにかかる!
「パワーは向こうが上か……!」
 うめき――すぐにスカイクェイクは動きを切り替えた。ティアナの光刃を受け流すと距離を取り、
「Mond Jager!」
 射撃魔法で追撃に動いたティアナの迎撃を狙うが――
《クロスファイア――》
「シュート!」

 ティアナ達も負けてはいない。ガンナーコンボイがあらかじめ生み出していたスフィアをコントロールを引き継いだティアナが撃ち放ち、スカイクェイクのモーントイェーガーを叩き落とす!
 一瞬、両者の間を爆煙がさえぎり――その中から飛び出したティアナ達が、再度スカイクェイクへと斬りかかる!
「なめるな!」
 今度はスカイクェイクも真っ向から受けたりはしない。身をひるがえして振り下ろされた斬撃を回避し、カウンターとばかりにシュベルトノワールを振るい――斬りつけられたガンナーコンボイの姿が消え去る!
 フェイクシルエットだ――攻撃を空振りしたスカイクェイクの背後にティアナが回り込んだ。そのまま左のガンナーショットを横薙ぎに振るい、光刃を繰り出し――
「甘い」
 そんなティアナ達に、スカイクェイクの放っていたモーントイェーガーが降り注ぎ、爆発が巻き起こる。
 だが――そんなスカイクェイクの頭上に、さらにティアナ達が回り込んでくる!
(さっきのもフェイク――!?)
 近接戦に幻術を織り込まれているため、気配による索敵も限界がある――舌打ちまじりにシュベルトノワールを振るい、頭上のティアナに斬りつけ――またしてもティアナの姿が消滅する!
「3体目のフェイクだと……!?」
 魔力の容量が増しているとはいえ、3体も幻術を生み出すとは――思わずスカイクェイクがうめいた、次の瞬間――
「残念!
 今のは――」
 

「“2体目”よ!」
 

「――――――っ!?」
 いきなりの声に驚愕するスカイクェイクの前に、“モーントイェーガーが巻き起こした爆煙の中から”飛び出してきたティアナがスカイクェイクを蹴り飛ばす!
 先ほどモーントイェーガーで迎撃した、2体目と思われたフェイク――あれこそが本物のティアナ達だったのだ。あえてスカイクェイクの攻撃を受け、爆煙に紛れて新たなフェイクを放つことで、自分をフェイクと思わせてマークから外させたのだ。
「フェイクを本物と思わせるために、あえて攻撃を受けるか――!」
「もちろん、受ける攻撃は選んでるわよ!」
 うめくスカイクェイクに答えるティアナだったが――彼女は気づいてはいなかった。
 ガンナーコンボイとなってスカイクェイクと戦う彼女の動きが――
 

 昼間マスターコンボイがなのはに見せた、“ティーダ・ランスターの動き”に近づきつつあることに。

 

「……やっぱりだ……
 昼間のマスターコンボイさんの動きに、ティアの動きが重なってきてる……!」
 ガンナーコンボイとなってスカイクェイクとの激戦を繰り広げるティアナの姿を見て、スバルは静かにつぶやいた。
「“昼間の動き”……?」
「あぁ、実は……」
 そのあたりの事情を知らないイクトの問いにフェイトが説明していると、
「兄さんだ……」
 ポツリ、とつぶやいたのはキャロだった。
「昼間、あの動きを見せたのは兄さんだった……
 きっと、兄さんがティアナさんの動きをサポートして、ティーダさんの動きを再現させてるんですよ……」
「なるほど……」
 そのキャロの言葉にブリッツクラッカーが納得すると、
「……違うよ」
 静かにそうつぶやいたのはアスカだった。
「違う……?
 あの動きを再現させてるのは、兄さんじゃないんですか?」
「あぁ、そこじゃないよ。
 あたしが『違う』って言ったのは、“アレがティーダさんの動きだ”ってところ」
 尋ねるキャロに答えると、アスカは振り向き、そこに控えていたジャックプライムに尋ねた。
「ねぇ、ジャックプライム。
 キミ達トランスフォーマーだって、睡眠は取るよね?」
「う、うん……
 自己修復システムの効率化や、デフラグとかのために……
 けど、どうして今その話を?」
「んー、ホントは口止めされてたんだけどね……」
 聞き返すジャックプライムに対し、アスカはそう答えて頬をかき、
「実は……マスターコンボイ、みんなを守って戦うって決めた、あの最初の出動の日から……実は一睡もしてないんだよ」
「えぇっ!?」
「そんなことして、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫なワケないよ」
 驚き、声を上げるエリオとキャロに対し、アスカはあっさりとそう答えた。
「だから、最初に気づいた時点で一応止めたんだけど……そこまでしてやってた事が何か、ってことを本人の口から知らされたら、止めるに止められなくってね……」
「やってた事……?」
 眉をひそめてヴィータが聞き返し――そんな彼女に、アスカは答えた。
「マスターコンボイね……毎晩毎晩、徹夜して自分の訓練をしてたんだよ。
 その日の訓練の記録や、今までの訓練の記録……全部に目を通して、みんなの動きを学習して、その動きに合わせられるように練習して……
 あたし達の見えないところで、マスターコンボイはずっとずっと、がんばってたんだよ……
 みんなを守っていけるように、みんなと一緒に戦えるように……
 そして……“いつか、みんなに教えていけるように”」
 その言葉に――なのはは気づいた。
「それじゃあ……」
「うん」
 つぶやくなのはに、アスカはうなずき、告げた。
「あれは、ティーダさんの動きじゃない。
 確かにベースにはしてるけど、あれは……」

 

「マスターコンボイがイメージした、“ティアちゃんに目指して欲しいスタイル”なんだよ」

 

 

「なめるなぁっ!」
 咆哮し、シュベルトノワールを手にガンナーコンボイへと迫るスカイクェイクだが――
「残念でした!」
 彼が斬りつけたガンナーコンボイはフェイク――またしても標的を見失って舌打ちするスカイクェイクに、ティアナが背後からクロスファイアを叩き込む!
《その意気だ!
 なのはに教わったことにこだわる必要はない!》
 すぐにスカイクェイクがモーントイェーガーで反撃――しかし、直前にジェットガンナーが予兆を観測していた。とっさに後退して迎撃するティアナに、マスターコンボイが告げる。
《魔導師を志してから学んだこと――
 訓練校で学んだこと――
 そして、なのはから教わったこと――
 オレのサポートで今身につけつつある動き――
 今まで貴様が培ってきたものを、全部ヤツに叩き込め!》
「わかってるわよ!」
 マスターコンボイに答え――ティアナは再び跳躍した。
 

「しかし、そこまでやっていながら、なぜマスターコンボイは今までの訓練に顔を出さなかった?
 スバル達を守り、鍛える決意をしたのなら、手出しを控える必要はなかったはずだ」
「『それがオレのやり方だから』だそうだよ」
 口をはさんでくるシグナムにも、アスカはあっさりとそう答えた。
「マスターコンボイは、ギリギリまでスバル達や、なのはちゃん達の自由にやらせたかったんだよ。
 自分達で工夫して、いろいろ試して……そうやって自分達で考えて動いた方が、成功した時も失敗した時も、得られるものは大きいはずだから……そう言ってた。
 自分達が助けるのは、本当に危ない時だけでいい――そういう考え方でいたからこそ、午前中の模擬戦でもティアナが撃墜直前になるまで手を出すのをずっとガマンしてたんだよ。
 他の子達に対しても似たようなものだよ――リニアレールの時、マスターコンボイは『手本を見せてやる』って言って、サンダーフォームの戦闘を全部肩代わりしてた。
 けど……戦いが終わった後、その“手本”に至るまでの道を、エリオくんには一切教えなかった。きっとそれも、エリオくんに試行錯誤して“手本”を目指してほしかったからなんじゃないかな?
 “自由の果てに高みあり”――それが、マスターコンボイの教導のスタイルだったみたいだね」
 アスカの言葉に、スバル達フォワード陣は思わず“自分達の時”を思い返して――
「……そう、だね……」
 ポツリ、とつぶやいたのはなのはだった。
「スバル達を鍛えてきたのは、私だけじゃない……今まで、いろんな人達がスバル達を鍛えてきているんだ……
 スバル達にだって、今まで学んできたことがある――今まで積み上げてきたものがある。なのに私はそれを忘れて、“私の正しいと思うやり方”だけを教えてた……
 結局……私が一番、みんなの成長のジャマをしてたんだ……!」
 うつむき、つぶやくなのはに対し、フェイトですらも何も声をかけられずにいて――
「……そうだな」
 そんな彼女に、イクトは静かに告げた。
「お前は今までアイツらが培ってきたものをないがしろにしていた――その一点は否定できないだろう。そういう意味では、確かに貴様は道を誤った。
 だが――今この瞬間、貴様はその過ちに気づくことができた。
 ならば、貴様は立ち直ることができる。過ちを正し――先に進めばいい。
 何、心配することはない」
 言って、イクトは顔を上げ――
「貴様の六課での席は、アイツらが守ってくれる」
 その言葉と同時――スカイクェイクの刃をかいくぐったティアナ達が、逆にスカイクェイクを蹴り飛ばした。
 そして――
「とどめの一発――」
《これで決める!》
 ティアナとガンナーコンボイが言い放ち、スカイクェイクに向けてガンナーショットをかまえる!
 

《フォースチップ、イグニッション!》』
 ガンナーコンボイとティアナ、そしてジェットガンナーの叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、ガンナーコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、ガンナーコンボイの両足と両肩、そして背中に合体したジェットガンナーの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そう告げるのはガンナーコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 再び制御OSが告げる中、ティアナはガンナーコンボイが空中に生み出したフローターフィールドの上に飛び乗った。ジェットガンナーの制御でフローターフィールドが上昇する中ガンナーショットをかまえ――その正面に作り出した魔力弾が見る見るうちに巨大化していく。
 そして、ティアナはスカイクェイクへとガンナーショットの銃口を向け――
「一発――」
《必倒ぉっ!》

「《カタストロフ、シュート!》」

 放たれた巨大魔力弾が、スカイクェイクに向けて撃ち出される!
 だが――
「させるかぁっ!」
 スカイクェイクも対抗。目の前に六芒星状の2重ベルカ式魔法陣を展開し、放たれた魔力弾に向けてヘキサスマッシャーを撃ち放つ!
 魔力弾と魔力砲、二つの魔力の渦は両者のちょうど中間で激突――爆裂し、相殺される!
「そうそう何度も、同じ手がこのオレに通じるとでも――」

 

「思ってないわよ!」

 

「――――――っ!?」
 放たれた一言に、スカイクェイクの背筋が凍りつき――同時、二人の一撃がぶつかり合った爆煙の向こうから、ティアナのゴッドオンしたガンナーコンボイが飛び出してくる!
 その手に握られたガンナーショットは先端に光刃を生み出している。つまり――
(最初から、カタストロフシュートが防がれることを見越して、接近戦に移行していた――!?
 アイツら……オレの打つ手を読んでいたというのか!?)
「ちぃ――――――っ!」
 とっさにシュベルトノワールをかまえるスカイクェイクだったが――すでに攻撃態勢に入っていたティアナの方が速かった。
「光刃――」
《必倒ぉっ!》

「カタストロフ、ファング!」

 ジェットガンナーの、ガンナーコンボイの――そしてティアナの咆哮が交錯、両手のガンナーショットに生み出された光刃を、スカイクェイクへと『X』の字を刻むように立て続けに叩き込む!
 そして、ティアナ達はそのままスカイクェイクの脇を駆け抜けると、その先のフローターフィールドに降り立ち、
『《……皆、中》』
 静かに3人が告げ――スカイクェイクの周りでくすぶっていたエネルギーが炸裂、巻き起こった大爆発がスカイクェイクを飲み込んでいく。
「スカイクェイクの反応をロスト。
 爆発の影響と推定。現在索敵中……」
 ジェットガンナーが告げる中、ティアナとガンナーコンボイは注意深く爆煙の中を観察し――
「……さすがに、二度も不意打ちはくらわんか」
 爆煙の晴れたその先――静かに佇んでいたスカイクェイクがティアナ達に告げた。
《チッ、まだやれるというのか……!》
「上等よ!
 こうなったらとことんやってやるわよ!」
 うめくガンナーコンボイに答え、ティアナはスカイクェイクへとかまえ――
「待て」
 そんな彼女を、スカイクェイクは手をかざして制止した。
「今の一発……申し分のない一撃だった。
 AAAランクまでなら問答無用で意識を刈り取れる――油断していたならSランクでも危ないだろう。
 オレも“リミッターを外さなければ”間違いなく落とされていた」
「え………………?」
 その言葉に、ティアナは思わずかまえを解いていた。
「それって、まさか……」
「あぁ」
 静かにうなずき、スカイクェイクは彼女に告げる。
「結果は“スカイクェイクの撃墜”……
 すなわち――」

 

 

 

 

「お前達の勝ちだ」

 

 

 

「やったぁ!
 やったやった、やったね、ティア!」
 「デスシザースを拾ってくる」と言うスカイクェイクと別れ、一足先になのは達の元へ――ガンナーコンボイへのゴッドリンク、そしてゴッドオンを解き、なのは達の元に降り立ったティアナに、スバルは満面の笑みと共に駆け寄ってきた。
「スゴかったよ、あのゴッドリンク!
 ティアもマスタコンボイさんもジェットガンナーもスゴイよ、ホント!」
「あー、もうっ! スバル、うっさい!」
 大はしゃぎのスバルに対し、ティアナはいつものノリでそう叱りつけ――
「……ティアナ」
「なのはさん……」
 そんなティアナに、なのはが静かに声をかけてきた。
 ティアナも、そんななのはと正対し――
「ごめんなさい!」
 言って、なのははティアナに頭を下げた。
「私は、ただみんなに危ないことをしてほしくなかった……だから、とにかく基本を大切にして、しっかりと下地を作って……そう思ってた。
 けど……それだけだった。そのことに――自分の立てた教導の方針にばっかり目が行って、それを実際にこなすことになるティアナやみんなを、本当の意味で見てなかった……
 今の模擬戦を見てて良くわかった……マスターコンボイさんやジェットガンナーの助けはあったけど、その辺りを抜きにしても、ティアナ、本当に強くなってた……
 訓練の成績ばっかり見てて、私は本当のティアナの力を見てなかった。
 だから、ティアナが強くなってたことにも気づけなかった――スカイクェイクさんに“教官失格”って言われても、反論する資格なんて最初からなかったんだね……」
「そ、そんなことは……
 それを言うなら、あたしだって……
 毎日の訓練を受けていれば、なのはさんがすごく丁寧に、心を込めて教えてくれてることは良くわかる……なのに、自分が強くなってるって思えなくて……勝手に先走って……」
 謝罪するなのはに対し、ティアナもまたオロオロしながらそう答え――
「バカの品評会はそのくらいにしておけ」
 言って、デスシザースを回収してきたスカイクェイクがなのはやティアナの前に降り立った。
「なのはの、ムチャをしないように、しなくてもすむようにひとつひとつ確実に教えていくやり方は、決して間違ってはいない。
 そして、ティアナ・ランスターが模擬戦で見せたあの戦法も、なのはを相手に使うには多少練り込みが足りなかったことを除けばおおむね正解だ。
 どちらも正しかった――なのになぜモメてしまったのか? 答えは簡単だ。
 なのはも、ティアナ・ランスターも、自分の意見を表に出そうとはしなかった――事前に意見を交わしていれば、ティアナ・ランスターもなのはの真意を知って先走ることも抑えられただろうし、なのはもティアナ・ランスター達のやろうとしていたあのフォーメーションをより確かな形にしてやることもできたはずだ。
 結局、お互いに相手を見ていなかった、知ろうとしなかったことが今回の騒ぎの原因だったワケだ」
 そこで一度息をつき、スカイクェイクはその場の一同を見回し、
「スバル達はまだ戦士としての経験は浅い。まだまだ学ぶことは多くある。
 そして、なのは達も、人の上に立ち、人に教える立場になったからって、自分達も成長の途中だということを忘れてはならない。
 弟子が師から学ぶように、師もまた弟子の学びの中から学んでいく――形は変わっても、学ぶことに上も下もない。
 “絆の果てに高みあり”――全員で学んで、上を目指せ」
 そう締めくくると、スカイクェイクはクルリときびすを返した。
「スカイクェイクさん、どこに?」
「何だかんだで、騒ぎを起こしてしまったからな。
 八神はやてに謝罪に行ってくる」
 スバルに答え、スカイクェイクはそのまま一足先に訓練場から出て行き――息をつき、フェイトはなのはへと声をかけた。
「でも、よかった……なのはが六課に残れて」
「うん。
 ティアナと、マスターコンボイさんと、ジェットガンナーのおかげだね」
 フェイトの言葉に、なのはは苦笑まじりにそう答え――
「あ、そういえば」
 ふと思い出して声を上げ――アスカの口元にアヤシイ笑みが浮かんだ。眼鏡のレンズをキラリと光らせ、マスターコンボイへと向き直り、
「そういえば……
 さっき、マスターコンボイって“ティアちゃんを名前で呼んだ”よね?」
「あー! そういえばそうだ!
 あたしなんてフルネームの呼び捨てなのに! ティア、ずるーい!」
「ず、ずるいって何よ!
 あれは、マスターコンボイがいきなり!」
 声を上げたスバルにティアナが答え――全員の視線がマスターコンボイに集まった。
「な、何だ、全員そろって!?
 オレはただ、名前で呼んだだけだろうが!」
「あー! 開き直りですか!?
 マスターコンボイさんの場合、“どういう相手”を名前で呼ぶか、知らないワケじゃないんですよ、私達!」
 思わず反論するマスターコンボイになのはが答え――それがまた周りに火をつけた。
「そういえば、貴様が名前で呼ぶのは、真にその強さを認めた相手だけだったな……」
「別に、テメェに認めてもらいてぇとは思わねぇけど、ティアナに先を越された、っつーのはプライドが傷つくな」
「貴様らのプライドなんぞ知るか!」
「ずるいずるい! ティアばっかり!」
「兄さん、わたし達もどうぞ名前で!」
「そっちもそっちでうらやむな!」
 シグナムとヴィータ、スバルとキャロにマスターコンボイが言い返すが――それで彼女達が収まるはずもなく、結局名前で呼ぶ呼ばないの言い争いに発展してしまう。
「……よかったの? あんな火種放り込んじゃって」
「いーのいーの」
 騒ぎに加わらず、尋ねるシャリオに対し、アスカは笑顔でそう答えた。
「いくら“そういうやり方”が信条だからって、ティアちゃんがなのはちゃんに撃墜されかかったり、なのはちゃんがスカイクェイクにやられそうになってるのをギリギリまで見物してたのは事実だもん。
 このくらいのオシオキは、必要だと思わない?」
 その言葉に思わず苦笑するシャリオだったが――なんとなく否定する気にもならなかったので、そのまま傍観組に周りことにして――
 

 結局、騒ぎは5分後、マスターコンボイの全力逃亡によって幕を閉じた。

 

「…………イクトさん」
 すっかり日も沈み、昼間の騒ぎによる余韻も冷めて落ち着きを取り戻した機動六課――本部隊舎の屋上で、なのはは自らの呼び出した相手へと静かに向き直った。
「用件は何だ?……と聞くのが礼儀かな? ここは」
「予想がついてるなら、いらないと思いますよ」
 軽く茶化すイクトに答え、なのはは息をつき、彼に告げた。
「前に言ってた、“六課で手伝ってくれるための条件”……
 イクトさんが私達に非殺傷設定の解除を求めたその理由、やっとわかりました……」
「そうか。
 では、聞かせてもらおうか」
 答えるイクトにうなずき、なのはは続ける。
「非殺傷設定を外せば、私達の魔法は相手を傷つける凶器に変わる……その上で犯罪者を捕まえるために行使しようとすれば、そこには相手を殺さない、極力傷つけないようにするための工夫が必要になってくる。
 それは当然、普通に非殺傷設定付きで戦うよりも高い技術が必要、って事で……」
 そこで一度息をつく――しかし、それはどちらかと言えばため息に近かった。
「今回のことで、スカイクェイクさんから怒られて……やっとわかりました。
 結局……私はまだ未熟だったんですね。
 非殺傷設定があるから大丈夫――そう考えて、その実、非殺傷設定に頼りきりになってた……
 イクトさんは、そのことを指摘したくて、非殺傷設定の解除を私達に要求したんじゃないですか?
 魔法の技術に頼って、私達が自分達の成長の余地をつぶしてしまっていることを教えたくて……
 だから……」
 そして、なのはは改めてイクトへと正対し、
「改めて、お願いします。
 機動六課で、みんなを……“私達を”鍛えてくれませんか?」
「………………」
 しっかりと頭を下げるなのはに対し、イクトは静かに息をつき――
「……自分の仮説が正しかったかどうかも確認してもらわないまま、そうやって要求するのはルール違反だと思うんだがな」
「う゛…………っ」
「まぁ、そう話をつなげた方が話しやすかったのだろうがな」
 ツッコまれ、思わず苦虫をかみつぶしたかのような顔をするなのはに苦笑し、イクトは肩をすくめてみせる。
「とりあえず、オレの言いたかったことはだいたい伝わったようだな。
 本来は自分でそこまで気づいてもらいたかったが……まぁ、最終的に自らの未熟に気づけたのなら良しとしておこう」
「じゃあ……」
 顔を輝かせるなのはに対し、イクトは口元に笑みを浮かべ、うなずいてみせる。
「付き合いの浅いオレですらわかる――スバル達はもちろん、お前達にもまだまだ伸びる余地はある。当然、オレにも。
 オレ自身の修行も兼ねさせてもらいたいからな。相応に厳しい内容にはなるだろうが……それでもいいなら、引き受けてやろう」
「はい!
 ありがとうございます!」
 

「……なのはちゃんからや。
 イクトさん、臨時教官を引き受けてくれたって」
「そうか……」
 一方、こちらは部隊長室。なのはからの連絡を受け、告げるはやての言葉に、ビッグコンボイは静かにうなずいた。
「まぁ、一時はどうなることかと思ったが……なんとか丸く収まったようで何よりだ」
「ホントやったら、六課の子達で自分から何とかせなあかんかったんやろうけどね……」
「確かにそうだが……実際どうにもならなかったんだ。仕方あるまい。
 今回のことは、なのはを、そして他の仲間への“信頼”を“依存”に履き違えてしまった、オレ達のミスでもある――それをこれから改善していくのが、オレ達の仕事になりそうだな」
「せやね……」
 ビッグコンボイに答え、はやてはデスクの傍らに視線を向けた。
 リインはすでに自分のバッグを改造して作った専用の部屋で就寝中――今日は一日ハラハラし通しだったのだ、安心して緊張の糸が切れたのだろうと微笑ましく見守っていると、
「しかし……気になるのは、スカイクェイクが帰り際に言っていたことだな」
 不意に告げたビッグコンボイの言葉に、はやては表情を引き締める――
 

 夕方、騒動の余韻も冷めやらぬ中、スカイクェイクは機動六課を後にした。
 あれだけのことがあった後にもかかわらず、主要メンバーの内職場から離れられない者以外は全員が見送りに立ち会った。それだけ、今回の一件でそれぞれに思うところがあったのだろう。
 だが――その場でスカイクェイクはひとつ、気になる言葉を遺していた。
 「ずいぶんと損な役回りだったな」と茶化したビクトリーレオに対し、スカイクェイクはあっさりと答えたのだ。

 「嫌われ役は、隊の外に用意した方が後々問題を引きずらないだろう?」と――
 

 単にビクトリーレオの茶々に返しただけの、何てことのない発言――しかし、それがはやてやビッグコンボイには引っかかっていた。
 というのも――
「あえて外側で嫌われ役になって、結果としてそのチームの結束を高める……か」
「うん……
 どっちかって言えば……こういう嫌われ役はスカイクェイクさんよりも、“あの人”の得意な分野や。
 少なくとも、スカイクェイクさんはそういう発想に自分から行き着く人やない」
 つぶやくビッグコンボイに答え――はやては考え込みながら静かに告げる。
「ひょっとしたら……この一件にからんどるんかもしれへんな、ジュンイチさんも……」
 

「まったく、みんなして『勝った』『勝った』で大騒ぎ……
 模擬戦中からこっち、今後のためにひたすらデータ取りと整理に追われてたあたしのことなんて、みんなそろってガン無視なんだもんなぁ……」
「だ、だから、悪かったって……」
 思い出し、アナライズルームに戻ってみれば、案の定そこにはすっかりふてくされた彼女の姿――すっかりほったらかしにされ、すねてしまったアリシアの言葉に、アスカはパンッ!と合掌して謝罪する。
「その上、アースフォームの暴走については原因を突き止められそうなデータはぜんぜんだし……」
「そうなんだ……」
 アリシアのボヤきにアスカがつぶやき――
「…………んなら……」
 ポツリ、とアリシアが口を開いた。
「…………何?」
「いや……ジュンイチさんなら、何か知ってるかもなー、って……
 だって……今までは報告受けるばっかりだったのが、今回の件になっていきなり手を出してきて……
 しかも手際が良すぎるよ。スカイクェイクは間違いなくあの人の差し金だし、たぶんジェットガンナーも……」
「そっか……言われてみればそうだよね……」
 思わずアスカが納得するが――当の本人はここにはいない。それ以上の推測もかなわず、アリシアもアスカもただため息をつくしかなかった。
 

「……オレ、帰りたいんだけどね」
「あら、いいじゃない。
 久しぶりなんだから、食事くらい」
 ジュンイチにしてみれば、無限書庫に行ったついでに軽く立ち寄っただけのことだったが、身内に甘いこの人はその程度で済ませてはくれなかった――本局居住区画のレストラン、しかも個室に連行され、ふてくされるジュンイチに答え、リンディは笑顔で出された料理を口へと運び、
「それに……少し、聞きたいこともあったからね」
「聞きたいこと……?
 個室に通してもらったのもそのためか?」
 眉をひそめるジュンイチに対し、リンディは笑顔でうなずき――
「今回のこと……六課に対して不干渉を決め込んでいたはずのジュンイチくんが、ここにきていきなり、大きく動いた。
 しかも、最新型の試作デバイス、ジェットガンナーというオマケ付きで。
 それは……今回の件に、ティアナさんがからんでいたから? もしそうだとしたら……その理由は何?
 スバルさんならわかるけど、ジュンイチくんがティアナさんに肩入れする理由はそう多くはないと思うんだけど……キミが動いたからには、そこには必ず理由があるはず。違う?」
「………………」
 リンディの言葉に、ジュンイチは静かに息をつき――
「――まぁ、バカクロノと違って、ある程度腹芸の効くリンディさんになら、話してもいいか」
「あら、女性に対して『腹芸』とは聞き捨てならないわね」
「マジメに聞けよ。話してやんねぇぞ」
 茶化すリンディにそう釘を刺し、ジュンイチは真剣な表情で続けた。
「確かに、今回ティアナに肩入れしたのには理由がある。
 原因はティアナの持ってる“能力”――その存在を表ざたにしないためにも、今回の件は応急処置的な形でもいいから解決しておく必要があった」
「能力……?
 彼女が希少技能保有者レアスキルホルダーだったという話は聞かないけれど」
「当然だ。
 ティアナがその“力”を発現させたのは、オレの知る限りたった一度だけ――その際、オレがその“力”に関する記憶もろとも厳重に封印をかけたからな。その後アイツが発現させることは一度もなかった。
 けど……ゴッドマスターへの覚醒によって、事情が変わってきちまった」
「どういうこと?」
「ゴッドオンは、ゴッドマスターの持ってる潜在的な“力”を引き出す――魔力資質に属性がより強く現れるのもその一端だ。
 だが、その“潜在能力を引き出す”効果が、ティアナの場合は“能力”にまで及んじまった――ゴッドオンしている間だけ、ティアナのあの“力”が封印もろとも引き出されちまうんだ。
 もっとも、封印自体はかかったままだからパワーはぜんぜん弱いし、ティアナ自身の“力”に関する記憶も戻らない」
 言って、ジュンイチは乱暴にフォークで肉の塊を突き刺し、口の中へと放り込み、
「……けど、表面化しちまったからには、表ざたになる危険が常につきまとう。
 その危険をなくすために、オレはジェットガンナーを六課へ――ティアナに託すことを決めたんだ」
「機体の容量を高め、オーバーヒートの危険を軽減することで、暴走の事実を表ざたにしづらくする。
 同時に、ジェットガンナー自身が隠れみのとなって、ティアナさんの“力”への注目をそらすことにもつながる……ということね?」
「まぁね」
 あっさりとジュンイチはうなずき――リンディは息をつき、彼に尋ねた。
「どんな“能力”なのかは……聞いても答えてくれないのよね?」
「当然。
 まぁ、どのくらいヤバイか、くらいなら答えてもいいけど」
 そう答えると――ジュンイチは淡々と告げた。
「もし、ティアナの“能力”が公になれば……」

 

 

「アイツは一生、管理局のラボでのモルモット生活が確定する」


次回予告
 
ティアナ 「ここ最近のドタバタも収まって、あたし達機動六課は新たな形で再出発!」
ガスケット 「なーっはっはっはっ! ガスケット参上!
 ようやく重い話も終わったぜ! こんな時は元気に笑って、暗い気分を吹き飛ばそう!」
ティアナ 「その一方で、カイザーズは自分達の覚醒した時のことを思い返してて……」
ガスケット 「さぁ、みんなご一緒に! なーっはっはっはっ!」
ティアナ 「………………」
ガスケット 「おっと、元気がないな。
 もう一度、なーっはっはっはっ!」
ティアナ 「……あー、もうっ! うっさい!
 ねぇ、頼むからもう帰って!
 次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第23話『運命・スタートアップ! 〜こなた、覚醒の時〜』に――」
二人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/08/30)