拝啓。
父さん、ギン姉、それと(帰ってきてたら)師匠。
この間の騒ぎから、もう2週間になります。ティアも、もうすっかり元のティアに戻りました。
それに、この間のことで、エリオ達ともけっこう深い話もできるようになりました。
あと、臨時の教官として六課に招かれたイクトさんだけど、隊長格の隊舎の方に空きがなくて、結局空きのあったエリオの部屋に入居することになりました。
男兄弟二人、仲良くやってるみたいで、キャロがこの間うらやましがってました。訓練の方は、なのはさん達も自分の訓練をするようになったから、直接教えてもらえる時間は減っちゃったけど、その時間はイクトさんとか、ジャックプライムさんとか、シグナルランサーさんとか……みんなが代わる代わる教えてくれるようになりました。
いろんな人が教えてくれて……人によって教え方もいろいろで、イイトコ取りしてるみたいで、ちょっと楽しいです。
それに――「それぞれの限界を知る」って目的で、限界を攻めるようなギリギリの訓練もやらせてもらえるようになりました。『危ないことには変わりないから』って、医官のシャマル先生同伴って条件付だけど。
ただ――
「あのー、イクトさん、これは……」
「見ての通り、スバル・ナカジマ達のデバイスだ。借りてきた」
手渡された“それ”を見て、思わず尋ねたなのはにイクトはあっさりとそう答え、訓練場の外の見学席でこちらを見守っているスバル達へと視線を向ける。
「教え子のことを知るのも師の務めだ。
知識で知るだけでは生ぬるい。実際に使ってみて、実感として知る――それが今回の訓練の目的だ。
そこで、今日はそれを使っての模擬戦を行う」
そう説明するイクトだったが――
「だったら何であたしがクロスミラージュでなのはがリボルバーナックルとマッハキャリバーなんだよ?
フェイトのストラーダはまだいいとして、シグナムなんかケリュケイオンじゃんか」
クロスミラージュを手にヴィータが尋ねる――そう。彼女の言う通り、手渡されたデバイスは、各自にとってむしろ苦手とも言えるスタイルを強要するものであった。
だが、イクトもちゃんと理由があってやったことで――
「得意分野でやってもすぐに適応して意味がない。
いい機会だ。いつも担当していない、他の教え子のことを知るがいい。
……まぁ、“こいつらエースも得意分野以外は意外とへっぽこだ”とスバル達に教える意味もあるんだがな……」
「………………?
イクトさん、何か言い足しました?」
「いや、何も。気のせいだ」
最後に小声で付け加えられたことはとりあえず秘密――聞きつけ、尋ねるなのはに即答し、イクトは息をつく。
「うぅっ、大丈夫かな……?」
「心配すんな、なのは。
あたしだって精一杯フォローしてやる……できれば、だけど」
「お手柔らかにね、なのは」
「油断するなよ、テスタロッサ。
条件が同じとはいえ、不慣れなデバイスでなのは達の相手をするのだということを忘れるな」
さすがにこれはお互い苦戦は避けられまい。それぞれに不安と励ましの言葉を交わすなのは達だったが――
「何を言っている?」
そんな彼女達に、イクトは不思議そうに聞き返した。
「誰が『スターズとライトニングで模擬戦をやる』と言った?」
『………………へ?』
まさか――そろって青ざめるなのは達の前で、イクトは腰の愛刀“凱竜剣”へと手をかけた。サヤに収めたまま、チャキンと鍔を鳴らして告げた。「オレが相手だ」
その結果、なのはさん達が死にかけてます。
結構、頻繁に。
第27話
真紅の雷光
〜(自称)美少女教官登場!?〜
今日も平和なクラナガン市街――人々が行き交う夜の街を、ひとりのトランスフォーマーが上空から見下ろしていた。
「……始めるか」
静かに、それだけつぶやくと、彼は街に向けて右手をかざし――
「待て!」
「………………?」
突然かけられた声は頭上から――見上げるトランスフォーマーの周りに飛来したのは、管理局の空戦魔導師達だった。
「…………何だ?」
「ここは無断飛行禁止区域だ。
魔導師、トランスフォーマーを問わず、無許可での飛行は禁止されている」
尋ねるトランスフォーマーに隊長らしき魔導師が答え、残りの魔導師達も一斉にデバイスをかまえる。
「なるほど。
その飛行禁止に違反した私を取り締まりに来たか――その大人数は、トランスフォーマーであるオレを人の身で捉えるリスクを考慮した結果か」
「そこまでわかっているなら話は早い。
抵抗しないというのであれば、こちらも危害を加えるつもりはない」
トランスフォーマーの言葉にそう答える隊長だったが――
「……まぁ、確かに話は早いか」
そうつぶやき、トランスフォーマーは魔導師達へと向き直り、静かに告げた。
「さぁ……」
「お前達の心を見せてみろ」
「……フェイト・T・高町」
「はい?」
廊下を歩いていたところ、不意に声をかけられた――振り向き、フェイトは声の主であるイクトに聞き返した。
「どうしました?」
「今、時間はあるか?――具体的には2時間ほど」
「えっと……
今のところ、特に用事もないから、大丈夫ですけど……」
「そうか」
フェイトの言葉にうなずき、イクトは彼女に対し気まずそうに告げた。
「実は……少し宿舎で使う日用品の買出しに出かけたいのだが、またナビが壊れていてな――道案内の頼めるヤツを探していたんだ」
「道案内、ですか……?」
その言葉に、フェイトは思わず眉をひそめた。
別に、イクトのその頼みがイヤなワケではない。眉をひそめたのは、気になることがあったからであり――
「なのはには、頼んでみたんですか?
訓練で一緒だったんでしょう?」
「全身筋肉痛でシャマルの世話になっているような状態で、頼めるワケがないだろう」
「……また、レイジングハートを取り上げた上で体力訓練させたんですか……」
「基礎身体能力についてはデバイスに頼りすぎだ、アイツは。
今までの実戦の積み重ねでスタミナはあるくせに、デバイスのサポートに頼りきっていたツケで身体能力は常人並。
オマケにデバイスの助けがなければ超人的な運動音痴――あまりにもバランスが悪すぎるぞ、戦士として以前に人として」
「そこまで言い切りますか……もうめった斬りじゃないですか」
イクトの言葉に苦笑し、フェイトは気を取り直して告げる。
「けど、道案内を頼むほど神経質にならなくても大丈夫だと思いますよ。
この辺りは郊外で、道もわかりやすいですから、ナビがなくても……」
そうフェイトが告げた、その時――
「どうした? テスタロッサ、イクト」
「珍しい組み合わせだな」
ちょうど通りかかったのはシグナムとヴィータだった。興味を抱き、声をかけてきた二人に対し、フェイトは「実は……」と事情を説明し――
「ついて行ってやってくれ、テスタロッサ」
ガッシリとフェイトの肩をつかみ、シグナムは真剣な表情でそう告げた。
「我々は交代部隊の指揮で、スバル達はオフシフトとはいえ隊舎内待機……お前にしか頼むことはできん」
「い、いや、いくらなんでもそこまでするほどじゃ……」
「『そこまでするほど』のレベルなんだよ、コイツの場合」
思わずうめくフェイトに答えるのはヴィータだ。
「もう7年の付き合いになるけど、コイツがナビなしで目的地にたどり着けた姿を見たことがねぇ。
『西部の遺跡に発掘隊の護衛だ』って言った3秒後、飛行許可が下りるなり“朝日に向かって”飛び立つような男だぞ――ナビのないコイツをひとりで放り出したりしたら、どこに行っちまうかわかったもんじゃねぇ」
「え……えっと……」
ヴィータの告げた、にわかには信じがたいコメントを前に、フェイトは困った顔でイクトへと振り向き、
「……そうなんですか?」
「恥ずかしながら真実だ」
自分でも問題だとは思っていたようだ。「面目ない」という感じのオーラを全身にまとい、イクトは力なくフェイトに答え――
「――――む?」
ふと“それ”を感じ取った。眉をひそめ、顔を上げる。
「イクトさん……?」
「案内云々は後回しだ。
取りあえずは正面口に行くぞ」
首をかしげるフェイトだが、イクトはかまわず歩き出し――舎内の案内板で正面口へのルートを確認する。
「どうやら――予定外の客が来たようだ」
「ここか……
古い隊舎の使い回しって聞いてたけど、きれいな隊舎じゃない」
機動六課の本部隊舎を前に、彼女は笑いながらそうつぶやいた。
そのまま、隊舎に入ろうと一歩を踏み出し――
「そこまでだ」
不意に、彼女に声がかけられた。
「そこから先は、事前にアポをとってから来訪してもらいたかったものだな」
言って、イクトはフェイトと共に正面口から姿を現した。
しかし――
「あれ、イクトじゃない。
聖王教会に居座ってるアンタが、なんでここにいるのよ?」
「依頼を受けてな――臨時でここの教官をしている」
「え…………?
知り合いなんですか?」
彼らの登場を前にしても女性が動じることはなかった。平然と尋ねる彼女に対し、これまたイクトが平然と答えるのを前に、フェイトが困惑気味に声を上げ――
「あぁぁぁぁぁっ!?」
驚きの声は、彼女達とはまったく別のところから上がった。
オフシフトの自由時間を利用し、他のフォワードメンバーと共に自主トレに出ていたスバルだ――女性に対し、大声でその通称を叫ぶ。
「ら、ライ姉!?」
「やっほ、スバル♪
元気してた?」
「ライ姉」と呼ばれた女性が笑顔でスバルにそう返すのを前に、ヴィータはシグナムと顔を見合わせ、次いでスバルへと尋ねた。
「……お前らも、知り合い?」
「ライカ・グラン・光凰院。
第108管理外世界、地球出身――同世界の異能者支援組織“Bネット”機動部、実働教導隊の総隊長、並びに主任教官と壱番隊の隊長を兼務している」
機動六課・部隊長室――隊長格一同、そしてスバル達やマスターコンボイ、霞澄や彼女によってメンテナンスを済ませたばかりのジェットガンナーまでが集合した光景を前に、イクトはそう女性を紹介した。
「属性は“光”、その中でも“雷”属性に長けている。
ランクは“コマンダー”……と言ってもわからんか。とりあえず、管理局のランクでS+相当と思っておけばおおむね正解だ」
「S+……ちょうど私達と同じくらいですね」
つぶやくなのはにイクトがうなずくと、ティアナがスバルへと尋ねる。
「で? アンタとのつながりは?
……と言っても、イクトさんと知り合い、って時点でだいたい読めたけど」
「うん。
たぶんティアの予想通り――“師匠”つながりだよ」
あっさりとスバルはそう答えた。
「ライ姉は、10年前に師匠の世界で起きた“瘴魔大戦”で師匠とチームメイトだったの。
で、あたしともその縁で」
「ま、そんな感じ。
とはいえ、わたし達が“こっち”に来るようになったのは、ジュンイチが最初にスバル達と出会ってからだいぶ経ってからなんだけどね」
スバルに捕捉する形でライカが答えると、今度ははやてがライカに尋ねた。
「それで……ライカさん?
今日は一体、どんなご用件で?」
「っと、そうだったね。
私が今日ここに来た理由は――」
そこで一度言葉を切り、ライカはクルリと振り向くと目標の相手をビシッ! と指さし、
「アンタよ、ジェットガンナー」
「私、か……?」
「そうよ」
聞き返すジェットガンナーに、ライカは迷いなくうなずいてみせる。
「アンタ、AIの初期教育だけで急きょ六課に放り込まれたでしょ?
まぁ、そうせざるを得ない理由があったのは理解してるわよ。だからそれについて異論をはさむつもりもないわ。
けど、だからって、“教えるはずだった”子をそのままほっとくほど、私は自分の仕事を軽く見ちゃいないのよ」
「え…………?
“教えるはずだった”って、それじゃあ……」
「そ。
ジェットガンナーの中、後期教育は“Bネット”のウチの隊で……というか、私がやることになってたのよ――霞澄さんからの依頼でね」
気づき、声を上げるなのはにうなずくライカの言葉に、一同の視線が霞澄に集まる――そ知らぬ顔で口笛を吹いてくれる霞澄にため息をつき、ライカは軽く肩をすくめる。
「まさか、自分が教えるはずだったジェットガンナーを追っかけてここまで来たってのか?」
「そこまでせずとも、彼なら我々で教育しますが……」
そんなライカに対し、ヴィータやシグナムが答えるが――
「この中に自律型AIの教育ノウハウをわかってる子がいるって言うなら、おとなしく帰るけど?」
『………………』
あっさり返すライカの言葉に、二人はあえなく沈黙する。
「まぁ、だからって、ジェットガンナーに教えること、一から十まで全部奪っちゃうつもりもないから安心して。
もうジェットガンナーは六課の所属だもの。六課の子達で教えられる部分については六課の子達が教えるのが筋ってもんでしょ?
私が教えるのは、あくまでここの子達がノウハウを持っていないAI教育について――要は分業よ。それなら問題ないでしょ?」
「い、いえ……」
ライカの言葉に、なのはは戸惑いがちに手を振って応えた。
「それだけに絞らなくても……その、他にもいろいろ、ジェットガンナー以外の子達にも教えてもらえると、私達としても助かりますよ」
「いいの? 仕事取っちゃうけど」
「はい♪」
思わず聞き返すライカだが、なのははハッキリとうなずいてみせる。
「私達としても、他の人の指導っていうのもけっこう勉強になると思うんです。
だから、ジェットガンナーやスバル達だけじゃなくて、私達も鍛えるつもりで、ドーンとやっちゃってください。
何でしたら、模擬戦だってお相手しますよ♪」
「そーゆーことなら、喜んで♪」
なのはの言葉に、ライカは笑顔でうなずいて――
「ちょぉっと待ったぁっ!」
そこに待ったをかけたのはヴィータだった。ズカズカとなのはに詰め寄り、
「ズリぃぞ、なのは! 自分だけ!」
「そうだよ! 模擬戦だったら私達だって!」
「あの男の仲間だったというのなら、それなりの実力のはず……
私もぜひ手合わせ願いたいものだな」
「え? 何? ちょっと?」
ヴィータに引き続き、フェイトやシグナム達まで――次々に名乗りを上げる隊長陣を前に、ライカは戸惑いながら後ずさりし、
「何? 何よ、この状況?
何か、教わるスバル達より、教える側の方が強さに飢えてない!?」
「あー、気にしないでくれると助かるかな?」
うめくライカに答え、霞澄は思わず苦笑してみせる。
「少し前に、ちょっと自分達の未熟を痛感させる出来事があってね……おかげで最近、みんなそろって向上心のカタマリになっちゃってるのよ」
「あ、あー、そうなんだ……」
霞澄の言葉にとりあえず納得――引きつった笑いを浮かべ、ライカはスバルに尋ねた。
「ひょっとして、私……えらい時に来ちゃった?」
「…………割と」
「六課での滞在中はこの部屋を使ってね」
「ありがと♪」
ともあれ、ライカの六課滞在は決定――割り当てられた隊舎の居室へと案内し、告げるアスカにライカは笑顔で謝辞を告げた。
「一般隊員用の居室だけど、住み心地の良さは保証するよ。
あと、共同場所は……」
「あのさぁ」
そのまま、隊舎の説明に入ろうとするアスカを、ライカはあっさりと制止した。
軽く気配を探り――スバル達やなのは達がついてきていないことを確認し、アスカに尋ねる。
「私に対して、何か聞きたいんじゃないの?」
「………………」
そう尋ねるライカに対し、アスカは軽く息をつき、
「……六課に来たのは、“計画”の一部?」
「違うわよ」
あっさりとライカはアスカに答えた。
「私が六課に来たのは、ジュンイチの“計画”とは無関係。
ただ単に、私が“私の責任”を果たすため――それ以上でもそれ以下でもないわよ」
「責任……?
ジェットガンナーの教導のこと?」
「そうよ」
迷いなくライカはうなずく――しかし、ほんの少しだけその声のトーンが落ちたのをアスカは聞き逃さなかった。そこに込められた思いを読み取り、告げる。
「……気にしてるんだ、“あの子”のこと……」
「気にならないワケないでしょ」
そう答え、ライカは窓の外へと視線を向けた。
「ジェットガンナーを、“あの子”の二の舞には絶対にしない。
それが……“あの子”を最後まで育てることのできなかった、私の責任だから……」
「あぁ、ライカさん」
シリアスな話はそこそこに切り上げ、居室に荷物を置いたライカ達は隊員オフィスへ――そんな彼女達の姿を見つけ、声をかけてきたのはなのはだった。
「ライカさんはこっちのデスクを使ってください」
「こっちは……えっと、スターズ分隊のデスクか……」
「はい。
イクトさんがライトニングの方に間借りしてるから、ライカさんはこっち、ということで……」
つぶやくライカになのはが答えると、
「ライ姉ぇーっ!」
オフィスの入り口から声が上がった。見ると、ちょうど姿を見せたスバルがティアナを連れてこちらに向けて駆けてくる。
「こら、オフィスで走っちゃダメでしょ」
「あ、すいません……」
軽くたしなめるなのはに頭を下げると、スバルはライカへと向き直り、1枚のデータディスクを差し出した。
「言われたとおり、フェイトさんからデータをもらってきましたけど……」
「ありがと♪
じゃ、さっそく……」
差し出されたディスクを受け取り、ライカはさっそく割り当てられたばかりのデスクに座るとリーダーにディスクをセット。端末を立ち上げてディスクを読み込む。
「ライカさん、これは……?」
「フェイトちゃんって、六課の捜査主任でしょ? そのツテで集めてもらった、今ミッドの地上部隊が扱ってる、扱おうとしてる事件のリストだよ」
尋ねるなのはに答え、ライカはリストのチェックを始める。
「部隊長室での紹介の時、イクトが言ってたでしょ?
私の所属は“実働”教導隊――実際に現場に放り出して、そこでの体験そのものを教材にする、“動いてナンボ”ってのが基本的な教導方針なの。
だから、こうして今起きてる事件をチェックして、手伝えそうな事件や、通報されたてでまだ手の着けられていないような事件に首を突っ込ませてもらおう、ってワケ」
「ふーん……
でも、ライ姉。ウチは“レリック”専任ってことになってるんだけど……」
「関係ないわよ、そんなの」
首かしげるスバルに対し、ライカはあっさりとそう答えた。
「実況見分に各種捜査、犯人がいたらブッ飛ばして……“レリック”がからんでいようがいまいが、やることは一緒でしょ?
例え関係のない事件でも、そこでの経験は必ず本命の事件を解決するための力になる。
それに、ひとつでも多く事件を解決するのは、管理局としてはありがたいことなんだから、別に問題ないでしょ?」
「なるほど……
そういう考え方もあるんですか……」
ライカの言葉にティアナが納得すると、
「……でも……」
なのはは今ひとつ納得できなかった。どこか気まずそうにライカに告げる。
「事件が起きて、悲しい思いをしている人もいるかもしれないのに、それを教材にしちゃう、っていうのは……」
「抵抗がある?」
「…………はい」
聞き返すライカに、なのはは力なくうなずいた。
「ま、被害者の気持ちを考えたら、それが正常の反応よね」
しかし、そんななのはに対し、ライカはあっさりとそう答えた。
「けどね、実際に現場に出なきゃ見えてこないものもある――そういう類のものを学ばせるためには、どうしても本物の事件を教材にせざるを得ない部分は、あるんじゃないの?
それに……」
そう言いかけて――ライカは不意に口をつぐんだ。しばし視線を泳がせて、
「――ま、こっちは言わなくてもいっか。
実感してもらった方がよくわかるだろうし……何より、“とっくにわかってるはずのこと”だしね」
「………………?」
意図が読めず、首をかしげるなのはだが、ライカはかまわずデータのチェックを続け――
「…………ん?」
ふと、あるデータを前にしてその手が止まった。
「…………ライ姉?」
「ん? あぁ、ゴメン。
ちょっとばかり、よさげなヤツを見つけてね」
スバルに答えて、ライカはウィンドウの角度を変え、なのは達にもそのデータを見せてやる。
「えっと……“連続集団神隠し事件”?」
「そ。
このデータの事件概要によれば、ある日突然、ある場所にいた人達がまとめて消えて、数日後にまったく別の場所で全員が発見されてる……
そして、姿を消していた間はずっと眠っていたらしく、その時のことを覚えている人はひとりもいない……」
主題となる事件の俗称を読み上げるスバルにライカが答えると、ティアナがふと首をかしげ、
「けど、これ……“担当部隊”欄が空欄になってますよ。
それに、“関連事件”欄……同じような事件が別の世界でも起きてます。こういうのは、広域指定されて本局の管轄になるはずなのに……?」
「ま、ある意味“いつものこと”――本局と地上部隊の意地の張り合いよ」
ティアナの疑問に呆れ半分でそう答え、ライカは肩をすくめてみせる。
「ミッドチルダで起きた分について、地上側が捜査権を渡したがらないのよ。
地上本部と本局派の不仲は、外野の私から見てもわかるくらい露骨だもんねぇ……」
「うぅっ……お恥ずかしい限りです……」
ライカの言葉に思わず肩を落とすなのはだが――
「けど、だからこそ六課で引き受けるのが妥当だと思わない?」
「え…………?」
続くライカの言葉に、なのはは顔を上げた。
「どういうことですか?」
「気づかない?
よく考えてみなさいよ」
尋ねるティアナに対し、ライカは楽しそうに告げた。
「アンタ達は意識してないみたいだから気づいてないんだろうけど、ここって、外から見た感じ――」
「“本局派”が仕切ってる“地上部隊”なのよ」
「おいしー♪」
「でしょ?
あそこのたこ焼き屋さん、ミッドの人なのにまるで地球のヤツみたいなたこ焼きを作ってくれるのよねー」
クラナガン市街の一角――アーケード内に設置された休憩スペースで、知佳は先ほど立ち寄った屋台で買ったたこ焼きに舌鼓を打つかがみにそう答えた。
「すみません、知佳さん。
私の“お遣い”に付き合ってもらっただけじゃなくて、おごってもらったりして……」
「いーの、いーの。
まんざら知らない仲じゃないんだし♪」
申し訳なさそうに注げる鏡に答えると、知佳は逆に彼女に尋ねた。
「けど……ギガントボムのところに何の用だったの?」
「えっと……
知佳さん、私達が覚醒した時のことを覚えてますか?」
「ん……まぁ」
コソコソ話していてはそれこそ目立つ――声量こそ最低限に抑えてはいるが、それでも平然と聞き返すかがみに、知佳はそううなずいてみせる。
「あの時、ギガントボムが預かっていたトランステクターは5台。
で、私達が使っているのはそのうちの3台……」
「2台余ってるね。
……じゃあ、用件はその2台について?」
「はい。
スカイクェイクがあの2台のゴッドマスター探しを始めたいらしくって……そのための参考に、現時点での最新分析データをもらいに行ってたんです」
「なるほどね」
かがみの言葉に知佳がうなずき――
「――――あれ?」
ふと、頭上のガラス天井越しに見える空を何かが横切ったような気がした。
「何? 今の……」
同様に気づいたかがみもまた頭上を見上げ――
二人の意識はそこで途切れた。
「……ありがとうございました」
一通り話を聞き終えると、なのはを連れたライカは訪れていた住宅を後にした。
「これで、まだ見つかってない被害者の家族全員に話を聞いたワケだけど……」
「さらわれるような兆候のあった人、いませんでしたね……」
つぶやき、息をつくライカの言葉に、なのはは視線を落としてそう付け加える。
「みんなで出て行って隊舎を空けてもらうワケには行かない」というはやての判断から、今回同行している隊長格はなのはのみ――スバル以下フォワード陣はリインの仕切りで発見、保護された被害者への聞き込みに向かってもらった。マスターコンボイやジェットガンナーもそちらに同行している形だ。
「けど……今の奥さん、すごく心配そうでした。
他の被害者のご家族の皆さんも……早く、何とかしてあげたいですね」
「そうね」
告げるなのはにライカがうなずき、とりあえず合流地点に指定していた近くの公園へ。そこには、すでにスバル達が到着してこちらを待っていた。
「あ、なのはさん、ライカさん」
「どうでした?」
「ぜんぜんダメ。
そっちは?」
《こっちもダメですぅ》
エリオやキャロに聞き返すライカに答え、リインは肩を落としてみせる。
「みんながみんな、行方不明になってた間は気を失ってたみたいに記憶がないって……」
「何か、記憶に干渉するような魔法でもかけられたのかな?」
「ありえない話じゃないけど……“記憶への干渉”なんて高等魔法、使える人がどれだけいるか……」
スバルやアスカの話になのはがつぶやくと、
「ただ……」
不意に、ティアナが口を開いた。
「話を聞いた人達の中で、結構な数の人が気になる証言をしてるんです」
「気になる証言……?」
「そうだ」
聞き返すなのはに答えたのはジェットガンナーだった。そのまま証言の内容を告げる。
「『眠っている間に、誰かに頭の中をのぞかれているような気がしていた』と……」
「え…………?」
その言葉に声を上げたのは、アスカに同行していたスピードダイヤル以下3体のリアルギアを労っていたライカだった。
「『頭の中を』……『のぞく』……
……まさか……」
「…………?
ライカ・グラン・光凰院……?」
真剣な表情でつぶやくライカに、マスターコンボイが眉をひそめ――と、その時、なのはの元に通信が入った。
《なのは、聞こえる!?》
「フェイトちゃん……?」
《今、新たに通報があったんだ――今なのは達がいる、すぐそばのアーケードで、また集団神隠しが!》
「えぇっ!?」
そのフェイトの言葉に、スバルが驚きの声を上げ――
「わかったわ。
すぐに現場に向かうから」
そんなスバルをよそに、ライカはあっさりとそう告げた。
「ここ、か……」
現場を封鎖、保存していた所轄の局員に通してもらい、なのは達はアーケード内へ――人っ子ひとりいない周囲を見回し、なのははポツリ、とつぶやいた。
マスターコンボイやジェットガンナーの姿はない。二人には犯人が未だ中に潜んでいる可能性に備え、アーケードの外で目を光らせてもらっている。
「こんな昼間に、ここにいた人達が全員……?」
「いったい、どうやって……?」
同じく周囲を見回し、キャロやエリオがつぶやくのを聞き、ティアナはレッコウを起動したアスカへと向き直り、
「アスカさん、どうですか?」
「魔力の残留反応はないわね……
魔法による現象じゃないのは確かね」
「そう、ですか……」
返ってきた芳しくない答えにティアナが息をつくと、
「けど……手がかりがまったくないワケじゃないわ」
周囲の店を見回っていたライカが、戻ってきてそう告げる。
「店の中、商品の陳列がほとんど乱れていない――どの店も、商品がパラパラと落ちてる、その程度。
事態に対して、パニックが起きなかった証拠よ」
「どういうことでしょうか……?」
「考えられることはいくつかあるね」
首をひねるキャロに答えるのはなのはだ。
「方法はわからないけど、範囲内の全員を一瞬で連れ去ったか……」
「一瞬で全員を行動不能に追い込んで、その上で連れ去った、か……」
付け加えるティアナになのはがうなずいた、その時――
「…………あ、あれ……?」
いきなり視界が歪んだ――突然襲ってきためまいに、なのはは思わず額を押さえてよろめいた。
懸命に保とうとする視界の中、スバル達やフリードが次々に意識を失い、倒れていくのが見えて――なのはもそこまでが限界だった。すべての思考が停止し、その場に崩れ落ちる。
「……こ、これって……!?」
そんな中、ライカはただひとり、かろうじて意識を保っていた――力が抜け、その場にひざまずくが、そこで何とか踏みとどまる。
しかし――異変は容赦なく彼女に襲いかかった。意識には霧がかかり、もはや倒れるのは時間の問題だ。
「……やっぱり……!
この事件の……裏に、いるのは……!」
結局、ライカも最後まで耐え切ることはできなかった。その場に倒れ、意識を失ったのを確認し、それはその場に姿を現した。
漆黒のボディに鳥のようなデザインの可変翼――先日、夜のクラナガン上空で管理局の魔導師達を迎え撃った、あのトランスフォーマーである。
累々と横たわるなのは達を見下ろし、静かに告げる。
「さぁ……」
「お前達の心を見せてみろ」
ティアナ | 「油断したわ……! みんなそろって眠らされちゃうなんて……」 |
スバル | 「う〜ん…… もぉ食べられないよぉ……」 |
ティアナ | 「こっちはこっちで、お約束な寝言を……」 |
キャロ | 「もう食べられません……」 |
ティアナ | 「って、こっちも…… ま、スバルに比べればまだかわいげが……」 |
キャロ | 「……とは言わせませんよ、フフフ……♪」 |
ティアナ | 「………………(怖) と、とにかく! 次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第28話『受け継がれる想い 〜炸裂!トライアングルスパルタン〜』に、ゴッド、オン!」 |
スバル | 「食べられないよぉ……」 |
キャロ | 「許しませんよ、フフフ……♪」 |
(初版:2008/10/04)