「ち、ちょっと待って!」
「待とうと待つまいと変わりはせぬ。
拙者は、まだ機動六課に合流する意思はござらぬ」
思わず声を上げたフェイトに対し、シャープエッジはキッパリとそう答えた。
行き違いから多少の交戦はあったものの、フェイト達機動六課一行は無事アニマトロスでAI教育を始めとした最終調整を行なっていたトランスデバイス2番機、“GLX-02 シャープエッジ”と合流。彼らの仮説宿舎で詳しい事情説明を行なったのだが――当のシャープエッジは合流を拒否、冒頭のやり取りに至ったワケである。
「どうしてですか!?
あなた達GLXナンバーのトランスデバイスは、スバル達機動六課のゴッドマスターが試験運用を行う予定になっていたはずです。
なのに、どうして……!?」
「まだ、拙者はこの地ですべきことを残しているからでござる」
思わず立ち上がり、声を上げるフェイトだったが、シャープエッジは落ち着いた態度でそう答える。
「それが片づくまで、拙者は機動六課に合流するつもりも、この地を離れるつもりもござらぬ。あきらめるのでござるな」
そう言い放つと、シャープエッジは立ち上がって応接室の出入り口、トランスフォーマー用のそれへと向かう。
「待って! 話はまだ――」
「終わりでござるよ」
呼び止めるフェイトだが、シャープエッジはキッパリとそう答えた。
「なんと言われようと、拙者の選択が変わることは――」
「じゃあさ、代わりに質問、いいかな?」
シャープエッジの言葉に割り込んだのはアスカだ。そのままシャープエッジに尋ねる。
「キミ、さっき『“まだ”合流するつもりはない』って言ったよね?
ってことは、今キミが抱えてる“すべきこと”ってヤツが片づいたら、キミは六課に合流してくれる――ってことでいいのかな?」
「……いかにも。
しかし、手伝おうとしても、終わるのを待とうとしてもムダでござるよ。
手伝ってどうにかなるものでも、少し待ったぐらいで解決するものでもござらんからな」
そう答えると、シャープエッジは今度こそ応接室を出て行き――
「――どういうことなの? すず姉」
スバルが尋ねたのは、シャープエッジの訓練を担当している水隠鈴香――“水”の属性を持つブレイカーでランクは“ノーマル”。魔導師ランクで言うならばAAA+ランクに相当し、“Bネット”では救難部・機動医療隊と技術部・技術開発局、二つの
隊の隊長を兼務している。
そして、ライカと同じくあの柾木ジュンイチの10年前のチームメイト――スバルともその縁からの知り合いなのである。
そんな彼女は、スバルの問いにしばし考え、
「…………そうですね。
シャープエッジは話したがっていませんでしたが、みなさんも知っておいた方がいいでしょう」
言って、鈴香は立ち上がるとフェイト達に告げた。
「ついてきてください。
シャープエッジの言う“すべきこと”――それを、これから見に行きましょう」
第30話
“優しさ”という“強さ”
〜一閃、シャープコンボイ!〜
「………………」
仮説宿舎を後にして、シャープエッジはひとりジャングルの中を歩いていた。
その手には、宿舎の食糧庫から持ち出し、細切れにした肉を入れたカゴを携えている。
そんなシャープエッジがやってきたのは、頭上高くそびえ立つ岩山だった。
「――――っ!」
一足飛びに跳躍、岩壁の中腹にはり出した足場へと跳び上がる。そして――
「今日は遅くなってしまったでござるな。
ほら、食事でござるよ」
「ピィッ!」
「ピピッ!」
告げるシャープエッジに元気な声で答えるのは、二羽のヒナ鳥(と言ってもすでにキャロと同じくらいの体格があるのだが)だった。目の前にひざまずき、シャープエッジはヒナ鳥達に肉を与えていく――
〈こらこら、そうあわててはダメでござる。
たくさんあるから、落ちついて食べるでござるよ〉
「…………と、いうワケです」
そんなシャープエッジの様子は、すでにフェイト達の知るところとなっていた。ロングビューが望遠で撮影、スピードダイヤルが画像を補正し、スパイショットによって投影――リアルギア3名の連係プレーによって映し出されたその映像を前にして、鈴香はフェイト達にそう告げた。
「そうか……
あの子達の世話をしたいから、『六課には合流できない』なんて言い出したんだね」
「なーるほど。
そりゃ確かに、あたし達が手伝ったところでどうしようもないし、少し待ったくらいじゃ解決しないわね」
「えぇ」
映像を前につぶやくフェイトとアスカ、年長組二人の言葉に、鈴香は小さくうなずいてみせる。
「なんだ……
いきなり襲ってきたし、キツイ人だと思ってたけど……」
「けっこう、いい人ですね」
スバルの言葉にそう同意するエリオだったが、
「でも、それじゃ困るのよ。
あたし達は、シャープエッジを六課に連れていくのが役目なんだから」
そう口をはさむのはティアナだった。潜んでいた茂みから出て、岩山の直下へと向かう。
当然、シャープエッジはすぐに気づいた。ティアナや、彼女を追ってきたフェイト達の前へと跳び下りてくる。
「……ここを教えたのは師でござるか?」
「まぁね。
あの子達の世話のためにここに残りたがってることも聞いたわよ」
シャープエッジに答え、ティアナは岩山の中腹のヒナ鳥の巣へと視線を向ける。
「けど、あの子達を育てたいなら、方法ならいくらでもあるんじゃないの?
直接育てるのが難しくても、保護してもらうとか……」
そうシャープエッジに告げるティアナだったが、
「それではダメなのでござるよ」
ティアナの提案に対し、シャープエッジは首を左右に振ってそう答えた。
「あのヒナ鳥達はこの星で生まれ、この星で育ち、この星の空へと巣立っていく――それが本来あるべき流れでござる。
拙者達の勝手な想いでその流れを捻じ曲げるのは、たとえそれが善意からのものであろうと、このアニマトロスの自然に反する行いではござらぬか?」
「そうは言うけど……」
「わかってくだされ」
言葉をにごすティアナに対し、シャープエッジはひざまずき、頭を垂れた。
「お主達があの子達を想って保護を申し出てくださったことは感謝いたす。
しかし、あの子達は可能な限り自然な環境の中で育て、巣立たせてあげたいのでござる」
頭を下げてまでそんなことを言われては、ティアナとしても引き下がるしかない。渋い顔をするティアナにもう一度頭を下げ、シャープエッジは一足先に宿舎へと引き上げていった。
そんなやり取りを経て日は沈み――
〈……そうか。
シャープエッジは合流を拒んだか……〉
「はい……」
宿舎の設備を借り、すでにアニマトロス神殿のギガストーム達には報告済み――次いで報告するのは六課の本部隊舎だ。一通りの経過報告を受け、展開されたウィンドウ画面の中でつぶやくイクトに、フェイトは沈痛な面持ちでうなずいた。
「軽く話しただけだけど……本気なのは伝わってきた。
私達が縄張りに入っただけで、あの子達を守ろうと過剰に反応して襲ってきた――そのことから考えても、すごくあの子達のことを大切に想ってるんだと思う……」
〈だからこそ譲れない、か……
エリオやキャロの保護者であるお前としては、どうしても共感してしまうか〉
「はい……」
イクトに対して再びうなずくフェイトだったが、彼女にはもうひとつ、引っかかりを感じることがあった。
〈……どうした?
何か、他にも気になることでも?〉
「……はい。
シャープエッジは、あの子達のことをすごく大切に想ってます。それは間違いありません。
でも……それと、あの子達を“あそこで”育てようと思うことはイコールじゃないと思うんです」
〈なるほど……
確かに、そのヒナ鳥を大切に思うだけならば、そんなガケで育てることにこだわる理由はない。ランスターの言う通り保護してもらうのもひとつの手だし、ヤツがアニマトロスで育てるにしても、もっと安全な場所に巣を移すことも選べたはずだ。
その場所、その巣でヒナ鳥を育てる――そのことにこだわらせる“何か”があるということか〉
「やっぱり、イクトさんもそう思いますか……」
イクトの言葉につぶやき――フェイトはふと思い立ち、尋ねた。
「ところで……なのはや、他のみんなは?
みんなの意見も聞いてみたいんですけど」
〈……あー、そうか……〉
とたん――イクトは顔をしかめた。どこかためらうような様子を見せた後、フェイトに答える。
〈……隊長格一同、高町の手当てにかかりきりだ〉
「て…………っ!?
な、なのはに何かあったんですか!? 大丈夫なんですか!?」
イクトの言葉に、フェイトの顔から血の気が引いた――あわててウィンドウ上のイクトに詰め寄り、尋ねる。
〈心配するな。
お前の考えているような悪い事態にはなっていない〉
しかし、イクトはそんなフェイトをなだめるようにそう告げた。ため息をつき、“真相”を告げる。
〈……シップを貼るところが多すぎて、シャマルだけだと大仕事になるんだ〉
「なのは……また全身筋肉痛なんだ……」
〈隊長格以外では、光凰院は備蓄の尽きたシップの買い出しに出て、リインフォースUが彼女の道案内。
ちなみにシップ代は高町の来月の給料から引かれるそうだ〉
うめくフェイトにイクトがダメ出しの報告をした、その時――
「フェ〜イトちゃん♪」
「………………?」
不意にかけられた声に振り向くと、風呂桶に入浴セット一式を抱えたアスカが室内をのぞき込んできていた。
「あぁ、お風呂?」
「うん。
いやー、さすがに火山国ならぬ火山星アニマトロス。こんな湿地帯にも温泉がわいてるなんて、お姉さんビックリだよー♪」
フェイトの言葉に笑顔でうなずき――アスカはそんなフェイトに対して続けた。
「そんなワケで、フェイトちゃんを呼びに来たんだけどさ――」
「…………?
『けど』……何?」
尋ねるフェイトに対し、アスカは彼女に対して聞き返した。
「キャロちゃんとフリード知らない?
さっきから姿が見えないんだけど」
「……キャロ殿が?」
〈そうなんです。
シャープエッジ、今外でしょう? 見ていませんか?〉
「いえ……」
キャロの行方に対する問い合わせは彼の元にも――鈴香に答え、シャープエッジは周囲を見回した。
「では、拙者の方でも少し探して……っと……?」
〈シャープエッジ……?〉
「しばしお待ちを」
鈴香にそう答えると、“それ”に気づいたシャープエッジは茂みを抜けて――
「キャロ殿、そこで何をしているでござるか?」
「あ、シャープエッジさん!」
そこにいたのはキャロ――フリードを抱きかかえ、シャープエッジに対して笑顔を見せる。
「やっぱり、この近くにいたんですね」
「…………?
拙者に用があったのでござるか?」
キャロの言葉に首をかしげると、シャープエッジは保留していた通信回線を開き直し、
「こちらシャープエッジ。キャロ殿とフリードが、たった今拙者のところに到着いたした。
拙者に用があったようでござる――用が済んだら、宿舎の方へ送り届けるでござる」
〈そう……
よろしくね、シャープエッジ〉
「心得た」
鈴香に答えると、通信を切ったシャープエッジはキャロへと向き直り、
「それで……キャロ殿。
拙者を探してここまで来た、その用件は何でござるかな?」
「あ、えっと……
お昼の話で、少し気になることがあって……」
そうシャープエッジに答えると、キャロはヒナ鳥達の巣を見上げ、
「シャープエッジさん……さっき言ってましたよね? 『わたし達の勝手で自然の流れをねじ曲げるのは、アニマトロスの自然に反する行いだ』って……
だから、シャープエッジさんはあの子達を自然のままで育てようとしてるけど……」
「シャープエッジさんが育てるのも、『自然の流れ』とは言えないんじゃないんですか?」
「そっか……
シャープエッジの話をそのまま鵜呑みにしてたけど、言われてみれば、変な話だよね」
「あたしも、キャロちゃんにツッコまれて初めて気づいたんだけどね。
キャロちゃんがシャープエッジのところに行った、ってことは、多分そのことを聞きに行ったんじゃないかな?」
キャロの居場所も確認し、入浴は彼女が戻ってからみんなで、ということになった――つぶやくスバルに答え、アスカは彼女に鈴香のいれてくれた紅茶が注がれたティーカップを手渡した。
「鈴香さん、何か知りませんか?」
「知ってますよ」
尋ねるフェイトに対し、鈴香はあっさりと答えた。
「みなさんは不思議に思わなかったんですか?
あの子達を世話しているシャープエッジだとしたら――あの子達の親鳥は、いったいどこにいるんでしょうね?」
「そういえば……」
鈴香の言葉にエリオが考え込むと、そのとなりでティアナが鈴香に尋ねた。
「ひょっとして、シャープエッジがそのことに関わってるんですか?」
「ご名答。その通りです」
ティアナに答えると、鈴香は視線を落とし、一同に告げた。
「今ティアナさんが指摘したように、シャープエッジはあの子達の親鳥と関わりがあります。
しかも……かなり直接的なところで」
「キャロ殿は、あのヒナ鳥達の種の生態についてはご存知でござるか?」
「いえ……この星の固有種については、ちょっと……」
「やはりでござるか……」
キャロの答えにうなずくと、シャープエッジは息をつき、
「実は、彼らの種は今でこそあのサイズでござるが、成長すると大型トランスフォーマーほどの大きさになり、拙者達のような中級トランスフォーマーであれば、むしろ襲われる側になることもあるような強大な種なのでござるよ。
しかし、そんな強大な種も、子供が生まれれば親となる。その力は、子供のためにのみ使われるようになる……」
「ひょっとして……襲われたんですか?」
尋ねるキャロにうなずき、シャープエッジは続ける。
「拙者がこの地を訪れたのはほんの偶然でござった。
しかし……彼らにとってそんなことは関係ござらん。あの巣に不用意に近づいた拙者に対し、容赦なく襲いかかってきた……
その強大な力を前にしては、拙者も死にもの狂いで抵抗するしかなく……」
そこから先は容易に想像がついた――あえて言葉にすることはせず、キャロは無言でシャープエッジの話に耳を傾ける。
「拙者があのヒナ鳥達に――親鳥が襲いかかってきた本当の理由に気づいた時には、すでに親鳥は……
本来ならば天寿をまっとうできたかもしれぬ、あのヒナ鳥を無事巣立たせてやることもできたかもしれぬ命――しかしそれは、アニマトロスの外からやってきた、“異物”である拙者によって失われてしまった。
あるべき自然の姿に欠落を生じさせてしまった罪――その罪を、拙者は生じた欠落を埋めることでつぐなうと決めたのでござる」
言って、シャープエッジはヒナ鳥の巣を見上げた。
「拙者がキャロ殿達ゴッドマスターのために作られた存在であることは重々承知しているでござるが……それでも、拙者はあのヒナ鳥を放ってはおけぬ。
どうか今しばらくの猶予を……せめて、ヒナ鳥達が巣立ちの時を迎えるまで、待ってはもらえぬでござるか?」
「そ、それは……みんなと相談してみないと……」
シャープエッジの頼みに戸惑い、キャロは思わず視線を落とし――
……ォォォォォン……
「…………え?」
遠く――と言ってもさほど離れていないところから、獣の咆哮のような声が聞こえてきた。
「……どうやら、また新たに何者かが侵入してきたようでござるな」
「し、シャープエッジさん!?
まさか、迎え撃つつもりですか!?」
「当然でござるよ」
まさか、また自分達の時のように攻撃をしかけ、追い払うつもりなのか――あわてて声を上げるキャロだったが、そんなキャロの懸念をシャープエッジはあっさりと肯定してしまう。
「相手はただの野生動物みたいじゃないですか!
もしかしたら、ただ通り過ぎるだけかも――」
「キャロ殿も、自然に詳しいのであれば知っているでござろう。
野生の獣の反応速度は、拙者達知性体の常識をはるかに超える――ヤツらが動いた時には、すべてが手遅れになっていてもおかしくはないのでござるよ」
「それは……そうですけど……」
思わず口ごもるキャロだったが、シャープエッジはそんな彼女にかまわずきびすを返し、
「拙者は侵入者の元へ行く。
退けばそれで良し。退かぬなら……討つ」
「ま、待ってください、シャープエッジさん!」
あわてて声を上げるキャロだったが、シャープエッジは跳躍、近くの林を飛び越えると空中でビーストモードへとトランスフォーム、木々の向こうの川の中へと飛び込んでいってしまった。
「ど、どうしよう……!
とにかく、フェイトさんに知らせなきゃ!」
フリードと共に取り残され、キャロは急いでフェイトと連絡をとろうとするが、
「……そうか、ケリュケイオンは……!」
ケリュケイオンに限らず、みんなのデバイスはギガストームに預けたままだ。デバイスの補助なしでの念話にも距離がありすぎるため、実質現状でフェイト達と連絡を取る手段はない。
ならば――
「……わたしが、やるしかない……!」
「あやつでござるか……」
見つけた“侵入者”は、大型トランスフォーマーよりもさらに一回り巨大な、地球のクマを思わせる肉食獣だった――水の中から顔を出し、ビーストモードのシャープエッジは小声でつぶやいた。
少なくとも、能力面ではこちらをはるかに上回る相手だ――正直、勝てる要素が小回りくらいしか思いつかないが――
(肉食というだけでも、あの子達に対しては大きな脅威となる――
討つのはムリでも、せめてこの地より去らねば……!)
「先手必勝!
シャープエッジ、トランスフォーム!」
決断と同時、シャープエッジは水上へとその身を躍らせた。ロボットモードへとトランスフォームし、巨大クマへとサーベルを突き立てて――
「……通らぬ……!?」
刃は確かに目標をとらえた。しかし軽い――筋肉の鎧が自らの刃を押し返すのを手応えから感じ、シャープエッジが顔をしかめ――
「グワウッ!」
それゆえに反応が遅れた。身をひるがえした巨大クマが、シャープエッジを大地に叩きつける!
「シャープエッジさん!」
フリードと共に懸命にジャングルの中を駆け抜け、キャロがその場にたどり着いたのは、ちょうどシャープエッジが巨大クマの一撃を受けた瞬間だった――土煙を巻き上げ、シャープエッジが大地に叩きつけられる光景を前に、キャロが思わず声を上げる。
「も、問題ないでござる……!」
そんなキャロに答え、立ち上がるシャープエッジだが、巨大クマは容赦なく追撃を放った。振り下ろした前足で、シャープエッジを押しつぶすかのように大地に叩き込む。
たった2回の攻撃でシャープエッジを打ちのめす巨大クマ――しかし、目の前で大声を上げたキャロに気づいていないワケではなかった。シャープエッジという抵抗を排除し、ゆっくりとキャロに向けて前足を振り上げる。
「きゅくるーっ!」
対し、巨大クマに向けて火球を吐き放つフリードだが、力を解放していない彼の火球など、相手の大きさからすれば豆鉄砲のようなものだ。かまわず巨大クマはキャロに向けて前足を振り下ろし――
消えた。
一瞬にして、キャロとフリードの姿がその場から消えた。巨大クマの一撃は何もとらえず、ただ大地だけを打ち砕き――
「生きているな?」
淡々とキャロに対して確認し――彼はキャロとフリードを大地に下ろした。
フリードは完全に目を回しているが、キャロは自分を救った者が何者か正確に理解していた。呆然とその名をつぶやく。
「ぶ、ブレイン、ジャッカーさん……!?」
しかし、ブレインジャッカーはかまわない。キャロとフリードをかばうように巨大クマへと向き直り、
「この女は私の観察対象のひとりだ。
死なれては観察ができなくなる。余計な手出しはやめてもらおうか」
あくまで淡々と告げるが、巨大クマにその言葉が通じるはずもなかった。咆哮し、巨大クマはブレインジャッカーへと右腕を振り下ろし――
「言ったはずだぞ。
『手出しはするな』と」
左へ一歩。それだけでブレインジャッカーは巨大クマの一撃をかわした。目の前に叩きつけられた巨大クマの腕を見ながら静かに告げる。
そんなブレインジャッカーに向け、巨大クマはその牙でかみつきにかかるが――
「ムダだ。
獣と言えど脳はある――どれだけ原始的であろうと、そこに思考がある限り、私はそれを読み取ることができる」
そんな巨大クマの思考をも、ブレインジャッカーは読みきっていた。巨大クマの間合いのギリギリ外側で巨大クマが虚空をかむのを見届けるとその牙の一本に触れ、
「スタン、パルサー」
その手を通じ、巨大クマの牙に高圧電流を流し込んだ。敏感な口腔内に強烈な電流を流し込まれ、巨大クマは大地を転がり、悶絶する。
「……終わりだ」
そんな巨大クマに対し、ブレインジャッカーはそう言い放つと右手を頭上にかざし、手刀を覆うかのように光刃を生み出す。
殺気はおろか、他の一切の感情のこもらぬ、まさしく作業としての動き。そのまま大地に倒れ伏す巨大クマの顔面めがけて振り下ろし――
「やめてください!」
止めた。
背後から上がった、キャロの叫びを受けて。
「……なぜ止める?
こいつはお前を襲った敵のはず。助ける義理はないだろう」
「関係ないですよ!」
ブレインジャッカーに言い返すと、キャロは彼の足元に駆け寄り、
「もう勝負はついてるじゃないですか!
何も、命までとらなくたって……!」
「だが敵だ」
「敵じゃありません!」
淡々と言い切るブレインジャッカーに対し、キャロは彼女にしては珍しく強い口調で言い放った。すぐに巨大クマへと向き直り、
「大丈夫……大丈夫だから……」
相手の巨体に気圧されそうになるが、それでも巨大クマへと優しく呼びかけ、電流を流し込まれた牙に治癒魔法をかけてやる。
そんなキャロの行動を、ブレインジャッカーは無言でながめていたが、
「よ、よすでござる……!」
背後から声が上がった――振り向くと、巨大クマに打ちのめされたシャープエッジがよろめきながらも身を起こしたところだった。
「相手は凶暴な獣……傷が癒えれば、キャロ殿を……!」
「……大丈夫です」
しかし、シャープエッジの呼びかけに対し、キャロはハッキリとそう答えた。
「野生の獣は、確かに生きるために人を襲います……でも、それはあくまで、自分が生きるためでしかありません。
不必要な戦いなんかしない……自分に向かってこない相手に、獣は牙をむいたりしません」
「……拙者がそやつの攻撃を受けたのは、拙者がそやつに刃を向けたから、ということでござるか……」
つぶやくシャープエッジに対し、キャロは治癒魔法をかけ続けながらうなずいてみせる。
そんなキャロの治癒魔法の効果で、電流で火傷を負っていた巨大クマの歯ぐきはみるみるうちに癒えていく。やがてその瞳がゆっくりと開かれる。
ブレインジャッカーの電流による身体のしびれも回復し、わずかに身じろぎした巨大クマの姿に思わずシャープエッジが身がまえるが――
「……ガウ……」
「ひゃあっ!」
巨大クマは、まるで親しみを込めるかのようにキャロの顔をなめ上げた。自分くらいなら軽く丸呑みにできそうな巨大な口から伸びる舌に思い切りなめられ、キャロはたまらず
しりもちをついてしまう。
「……本当に、大丈夫なのでござるか……?」
「問題ない。
対象の思考に、怒りや殺意といった感情は見られない。
彼女の治癒魔法に対する恩義か、それとも……」
そのままパクリと食べられはしないか――不安に駆られ、オロオロしながらつぶやくシャープエッジだが、ブレインジャッカーは淡々とそう答える。
確かに、巨大クマにもうキャロ達を襲う意思はなかった。直接交戦したシャープエッジやブレインジャッカーに対しては鋭い視線を向けるが、それでもゆっくりと立ち上がると、こちらに背を向け、立ち去っていく。
と――その後ろ姿を見送り、シャープエッジは小さく息をつき、
「拙者は、ビーストタイプのトランスデバイス……野生を知るために、AIの最終教育の場をこのアニマトロスに定めた……
しかし、拙者は野生というものの、ほんのうわべだけしか知らないでいたのでござるな……」
ただ敵と戦うだけが野生ではない――自分の行為が野生とはほど遠いことを知り、シャープエッジは去っていく巨大クマの後ろ姿を見送りながらつぶやくが、
「……理解できない。
ついさっきまで襲ってきた相手だ――なぜ守れる? なぜ分かり合うことができる?」
一方で、ブレインジャッカーは巨大クマを癒し、その心を開かせたキャロやそれに応じた巨大クマの想いを理解できない。首をかしげてつぶやいて――
「――――――?」
何かに気づいた。キャロ達に背を向け、虚空をにらみつける。
「…………どうしたでござるか?」
「多数の自動機械がこちらに向かってきている」
尋ねるシャープエッジにブレインジャッカーが答えるのと同時、視線の先の空に多数の飛行物体が見えてくる。
あれは――
「ガジェット!?
どうしてアニマトロスに!?」
「そうか……あれがガジェットドローンか……
進路はまちがいなくこちらに向かってきている。このままここにいれば、接触は避けられまい」
現れたのは意外な相手――思わず声を上げるキャロの言葉に事態を把握し、ブレインジャッカーは納得してうなずき、
「……キャロ殿」
一方で、シャープエッジは立ち上がり、キャロに声をかけた。
「頼むでござる。
拙者と共に、戦ってほしい」
「私と……?」
思わず聞き返すキャロに対し、シャープエッジは彼女に対し正面からうなずいてみせる。
「先ほどのことで、思い知らされたでござる。
拙者は、何もわかってはいなかった……表面的な、見た目だけの野生を知っただけで、その本質までも理解した気になっていた……
その目を覚ましてくれたのはキャロ殿でござる」
言って、シャープエッジはキャロに対してひざまずき、
「このシャープエッジ、伏してお願いいたす。
キャロ殿には拙者のパートナー……いや、主となり、拙者と共に戦っていただきたい」
「ちょっ、し、シャープエッジさん!?
そんな、頭を上げてください!」
頭を下げるシャープエッジに対し、キャロはあわてて声を上げ――
「どうでもいいが、あと少しで戦闘可能距離に入るんだが」
『………………』
傍らで一部始終を見物していたブレインジャッカーの言葉に、二人は思わず沈黙した。
「……え、えっと……シャープエッジさん。
フェイトさんや、鈴香さんにガジェットのことを報告してもらえないですか?」
「心配無用。
すでに、電文にて連絡は入れてあるでござる」
気を取り直し、告げるキャロに答えると、シャープエッジはその場に立ち上がるとサーベルを抜き放ち、
「しかし、ご安心を!
拙者がいる限り、キャロ殿に――いや、姫には指一本触れさせぬでござる!」
「ひ、姫!?」
「拙者に万事お任せあれ!
姫はここで吉報をお待ちくだされ!」
シャープエッジの言葉に思わず声を上げるが――そんなキャロにかまわず、シャープエッジは地を蹴り、ガジェット群へと突撃していった。
「ガジェットが出たって言われても……」
「デバイスのないあたし達じゃ、どうにもならないわよね……」
報せを受けたものの、魔法戦、それも対ガジェット戦のできない今の自分達はどうすることもできない。「シャープエッジの救援に向かう」と現場に向かった鈴香を見送り、エリオとティアナはため息をついてつぶやいて――
「うぅ、キャロ、大丈夫かな……?
やっぱり私も行った方がいいかな……?」
「はーい、そっちは少し落ち着きましょうねー」
キャロの身を案じ、オロオロしながらつぶやくフェイトに告げ、アスカは彼女をイスに座らせる。
「まったく……心配しすぎだよ、フェイトちゃんは。
鈴香さんが向かったんだから、キャロちゃんは絶対大丈夫!」
「う、うん……」
「まぁ、鈴香さんが着く頃には全部終わってるかもしれないけどね――」
言って、アスカは宿舎に備えつけの端末――そこに表示されたレーダー画面に映る光点の動きを視線で追いながら続ける。
「なんせ、“強力な助っ人くん”が、鈴香さんよりも先に到着しそうだからね」
「おぉぉぉぉぉっ!」
咆哮し、シャープエッジの振るったサーベルが上空から襲いかかってきたガジェット対TFU型を両断し、返す刀で背後に迫った対TFT型を叩き斬る。
そんな彼の脇を抜け、別のガジェットがキャロの方へと向かい――
「無謀にもほどがあるな」
しかし、その先にはブレインジャッカーが控えていた。襲ってくるガジェット群にその拳を、蹴りを装甲の継ぎ目に的確に叩き込み、次々に叩き壊していく。
二人の活躍により、ガジェット達は次々に数を減らしていくが――
「………………む?」
先に気づいたのはシャープエッジだった。背後から襲いかかってきたベルト状のアームをかわし、飛びのいた先で対TFV型の群れと対峙する。
「大型タイプ……!
データでは見ていたでござるが、これほどの数をそろえてくるとは……」
うめき、サーベルをかまえるシャープエッジだったが、そんな彼に向け、ガジェット達は一斉に触手を伸ばし、叩きつけてくる。
対するシャープエッジもそれらの触手を迎撃、次々に斬り落としていき――同時、キャロの声が上がった。
「シャープエッジさん! 後ろ!」
「――――――っ!」
V型の一斉攻撃はオトリだった。背後に対TFU型が回り込み、シャープエッジを狙い――
「オメガ!」
〈Yes, My Boss!〉
対TFU型が打ち砕かれた。起動したオメガで対TFU型を力任せに粉砕し、マスターコンボイがシャープエッジの背後に降り立ち、
「ジェットショット!」
さらにジェットガンナーも――上空でジェットショットを連射、他の対TFU型を迎撃する。
「兄さん! ジェットガンナーさんも!」
「まったく……ガジェット出現の報せを受けて来てみれば、ずいぶんと珍しい取り合わせで戦っているな」
思わず声を上げるキャロに答え、マスターコンボイはシャープエッジとブレインジャッカーを交互に見比べる。
と、そんなマスターコンボイに対し、シャープエッジが一礼し、
「そなたがマスターコンボイでござるか。
拙者はシャープエッジ。今まで姫を守っていただき、感謝いたす――おかげで、拙者は姫とめぐり合うことができた」
「『姫』……?」
「あ、えっと、それは……」
シャープエッジの言葉に首をかしげるマスターコンボイにキャロがあわてて弁明の声を上げるが、
「貴様がブレインジャッカーか。
先日はなのはやティアナが世話になったようだな」
当のマスターコンボイはあっさりとブレインジャッカーに興味を移していた。振り向き、オメガの切っ先を向けて鋭く言い放つ。
「それでいて今回はこちらの手助けか……どういう風の吹き回しだ?」
「こちらの勝手だ」
尋ねるジェットガンナーにあっさりと言い放つと、ブレインジャッカーはマスターコンボイに背を向け、
「それより、ガジェットはまだまだ残っているぞ」
「わかっている」
告げるブレインジャッカーの言葉に口をとがらせ、マスターコンボイはキャロへと向き直り、
「キャロ・ル・ルシエ!」
「はい! ゴッドオンですね!?」
呼びかけるマスターコンボイにキャロが笑顔でうなずいて――
「ちょっと待つでござる!」
そんな二人の間に割って入ったのはシャープエッジだ。
「ゴッドオンということは何でござるか!? そなたと姫が一体化でござるか!?」
「そうだ。
まさか不満だとでも言うつもりか?」
「当然でござる!
姫は拙者が守るのでござる!」
「まったく……『自分が』『自分が』とこだわりすぎだな、貴様は」
くってかかるシャープエッジに対し、マスターコンボイはため息まじりにそううめき、
「いいだろう。
それなら、間を取るとしようじゃないか」
「間を……?」
マスターコンボイの言葉に、シャープエッジは首をかしげ――
「…………あぁっ!」
先にマスターコンボイの意図に気づき、声を上げたのはキャロだった。
「ゴッドリンクですか!?」
「こいつもGLXナンバーだろう。システム上は問題ないはずだ」
言って、マスターコンボイはシャープエッジへと向き直り、
「シャープエッジ。これなら貴様もキャロ・ル・ルシエと共に戦える。悪い話ではなかろう?」
「むぅ……」
マスターコンボイの言葉に、シャープエッジはまだ納得いかないのか、しばし唸り声を上げていたが、
「あまり自分ひとりで背負い込むな」
そんなシャープエッジに、マスターコンボイはため息まじりにそう告げた。
「キャロ・ル・ルシエを始めとしたフォワードメンバー。隊長格にGLXナンバーの兄弟機達――仲間達には不自由してないんだ。
貴様ひとりで戦うならまだしも、今はオレ達がいるんだ。少しはその力をあてにすればいいだろうが」
言って、マスターコンボイは肩をすくめ、
「仲間と共に戦う――その力はあなどれんぞ。
何しろ、なのは達は昔、その絆の力で破壊大帝だった頃のオレを幾度となく退けてきたんだからな」
かつてその力を味わい、そして今その力を身につけようとしているマスターコンボイならではの実感のこもった言葉に、シャープエッジはしばし黙考し、
「……仕方ないでござるな。
その手で手打ちとするでござる」
「やれやれ、どこまでも固いヤツだな、お前は。素直に『わかった』と言えんのか?」
「マスターコンボイも同じ状況なら言わない可能性は86%」
「うるさいぞ外野っ!」
頭上で対TFU型を相手にしているジェットガンナーに言い放ち、マスターコンボイは息をつき、
「だが、話がまとまったならそれで十分だ。
やるぞ、キャロ・ル・ルシエ!」
「はい!」
『ゴッド――オン!』
その瞬間――キャロの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてキャロの姿を形作り――そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したキャロの意識だ。
〈Water form!〉
トランステクターのメインシステムが告げ、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのように桃色に変化していく。
そして――マスターコンボイの手の中で、オメガが握りを長く伸ばし、ランサーモードへとその形を変えるとさらに変形、両刃の刃が峰を境に二つに分かれると、刃を内側に向けるようにそれぞれの刃が回転、ワンドモードへと変形する。
大剣から魔杖へと姿を変えたオメガをかまえ、ひとつとなったキャロとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
《双つの絆をひとつに重ね!》
「みんなを守る優しき水面!」
「《マスターコンボイ――Stand by Ready!》」
「《マスター、コンボイ!》」
キャロとマスターコンボイの叫びが響き、大きく跳躍したその背中のバックパックが起き上がると、折りたたんだ左腕を空いたスペースに折り込ませ、
「シャープエッジ!」
次いでシャープエッジが叫び、ビーストモードへとトランスフォーム。喉元にあたる部分に合体用のジョイントを露出させる。
そして、両者が交錯し――
『《ゴッド、リンク》!』
3人の叫びと共に、折りたたまれたマスターコンボイの左腕に代わりシャープエッジが合体する!
右手にワンドモードのオメガを握りしめ、合体したシャープエッジの尾びれを刃とした左腕をかまえ、3人が高らかに名乗りを上げる。
その名は――
『《シャープ、コンボイ!》』
「これがゴッドリンクでござるか……
なるほど、悪くないでござるな」
《そうかそうか。それはよかったな》
ゴッドリンクによって誕生した新たな形態、シャープコンボイ――合体した自らの状態を実感し、つぶやくシャープエッジにシャープコンボイは“裏”側からそう告げる。
《とにかく、今は敵の迎撃だ。
シャープエッジ。貴様はキャロ・ル・ルシエの動きのフォローに回れ》
「言われずとも!
思い切りいくでござるよ、姫!」
「はい!」
シャープコンボイとシャープエッジ、二人の言葉にキャロがうなずき――同時、ガジェット群が一斉に彼らに向けて襲いかかる!
だが――
「させません!」
キャロがワンドモードのオメガを振るい――近くの川から水竜巻が巻き起こり、先陣を切って突っ込んで来た対TFT型を押し流す!
そして――
「姫! 近接戦でござる!」
「はい!
テールカッター!」
難を逃れて飛び込んできたガジェットにはシャープエッジのサポートの元近接戦――左腕に合体したシャープエッジ、その尾びれを刃として振るい、次々に斬り捨てていく。
「ほう……大したものだ。
生身では小柄な、しかもバックス担当の小娘のはずが、いい動きをする」
「当然だ」
その動きは、ゴッドオン状態であること、シャープエッジのサポートがあるということを考慮してもかなりの切れを見せている――上空で感心するブレインジャッカーにはジェットガンナーが答える。
「日頃から、彼女はお世辞にも運動向きとは言えないデザインのバリアジャケットで、前衛のサポートのために走り回っているのだ。
彼女の身体能力は、決してティアナ・ランスター二等陸士を始めとした他のフォワードメンバーに劣っているワケではないのだ」
「続けていきます!」
間合いの中のガジェット群を壊滅させ、いよいよ今回の主力である対TFV型の群れと対決――水竜巻を操り、先制攻撃を仕掛けるキャロだったが、ガジェット群もAMFを展開。水竜巻のコントロールを無効化し、結合を解かれた水竜巻はただの水となってガジェットの周りにぶちまけられる。
「解かれた……!?」
《AMFか!》
「これがAMF……
目にするのは初めてでござるが、なかなかに厄介でござるな……!」
キャロとシャープコンボイ、そしてシャープエッジが口々につぶやき――襲いかかるガジェット群の触手をかわし、
「やはり、ここは接近戦でござるか……姫!」
「はい!」
シャープエッジに答え、キャロはガジェット群に向けて地を蹴り、突撃する!
対し、ガジェット達も触手で応戦するが――
「ぬるいぬるい!
拙者が力添えした姫に、そのような攻撃など!」
シャープエッジが告げると同時――そのすべてがキャロの振るったテールカッターによって断ち切られる。
そして、ガジェット群の懐に飛び込むとテールカッターを振るい、次々にガジェットを粉砕していく。
《一気に決めるぞ、キャロ・ル・ルシエ、シャープエッジ!》
「承知!」
「はい!」
『《フォースチップ、イグニッション!》』
シャープコンボイとキャロ、そしてシャープエッジの叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、シャープコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
それに伴い、シャープコンボイの両足と右肩、そして左腕に合体したシャープエッジの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
そう告げるのはシャープコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
Final break Stand by Ready!〉
再び制御OSが告げる中、キャロはワンドモードのオメガをかまえ、
「いっけぇっ!」
ガジェット群の頭上に投げつけた。と、オメガは上空で制し、頭上からフォースチップによって強化された魔力を放つとガジェット群の周囲に巨大な水竜巻が発生、AMFをものともせずその動きを封じ込める。
そして、キャロは空いた右腕でシャープコンボイの左手首――テールカッターの根元をつかみ、
「シャープセイバー、抜刀!」
シャープエッジの言葉と同時、テールカッターから彼の背骨にあたるフレームを経て鼻先のノコギリに至るまでが一気に引き抜かれた。それ自体が巨大な一振りの刃となる。
抜き放ったシャープセイバーをかまえ、キャロは動きを封じられたガジェット群へと突っ込み――
「氷結――」
《破砕!》
「アイスバーグ、スラッシュ!」
真横に振るった刃を、拘束していた水竜巻ごとガジェット群に向けて叩きつけた――同時、刃に込められていた“水”属性の魔力が凍結効果を発動。水竜巻もろともガジェット群を氷づけにしてしまう!
そして、キャロは氷づけになったガジェット群へとシャープセイバーを軽く振るい、
『《成、敗》』
静かに告げ、軽く叩いただけで氷塊は粉々に砕け散り――それに伴い、完全に凍結していたガジェット群もまた、粉々に砕けてその機能を停止した。
「……ここであったことは大体理解しました。
出番がなくて少々不完全燃焼ですけど……皆さん無事で何よりです」
現場に着いた時には、すでにすべてが終わった後だった――キャロから一通りの報告を受け、鈴香は息をついてそう告げた。
「シャープエッジ、大丈夫ですか?」
「現在、稼動効率75%。問題ござらん」
尋ねる鈴香に答えると、シャープエッジはキャロに対して目配せする。
一瞬の戸惑いの後、その意図を理解したキャロがうなずくのを確認すると、シャープエッジは再び鈴香へと視線を戻し、
「師よ、お願いでござる。
拙者が機動六課に赴く際、あのヒナ鳥達も保護することはできぬでござろうか?」
「あら、どういう心境の変化かしら?」
「大したことではござらぬよ。
ただ、自らの未熟を思い知っただけでござる」
どこか楽しげに聞き返す鈴香に対し、シャープエッジはキャロへと視線を向ける。
「拙者はあのヒナ鳥達の親を奪い、それが故に親鳥の代わりを務めようとこれまでがんばってきた……
しかし、あの子達に対し、必ずしも親であることに、アニマトロスの自然の中で育てることにこだわる必要はなかったのでござる。
キャロ殿は身をもって示してくれた――獰猛な獣ですら、愛情をもって、心を開き接する者には自らも多大な愛情をもって応えると。
あの子達に真に必要なのは、“親”というつながりでもアニマトロスの自然という環境でもない。そうした心を開いてくれる相手――愛情を注いでくれる存在だったのでござる」
「そうね」
シャープエッジの言葉にうなずき、鈴香は優しげに微笑んでみせる。
「『家族のつながりとは、血でつながるものではない』――かつてジュンイチさんが言っていたそうです。
最初は親鳥を殺してしまった贖罪だったかもしれない――けど、彼らに惜しみない愛情を注いできたのはシャープエッジ、紛れもないあなたなんです。
あなたは、十分に親としての資格がある――アニマトロスにいても機動六課にいても、立派にあの子達を育てていけるはずよ」
「かたじけない」
鈴香の言葉に一礼し、シャープエッジはキャロへと向き直るとその場にひざまずき、
「拙者はまだ、多くのことを学ばなければならぬようでござる。
そして、それはひとりでは決して学べぬものでもあるようでござる。
姫――今後とも、よろしくお願い致します」
「はい♪
…………あ、でも、『姫』っていうのは、できればやめてもらえると……」
「いや、姫に対してそのようなことはできぬでござる」
「だ、だから……」
キッパリと答えるシャープエッジと半分涙目のキャロ、二人を見比べながらマスターコンボイは背後に視線を向け、
「オレの義妹を名乗り始めたと思ったら今度は“姫”か……
いったいどこまでいくのかね、あの小娘は」
「……なぜそれをオレに聞く」
マスターコンボイから投げかけられた話題に、ブレインジャッカーは淡々と聞き返した。
「まさか貴様がここにいるとは思わなかったぞ。
先日ティアナ達とやり合って以来、事件も起こしていないようだし……まさか、六課のヤツらをつけて来ていたのか?」
「……貴様らが知る必要はない」
「いや、あるな」
ぶっきらぼうに答えるブレインジャッカーに答えるのはジェットガンナーだった。
「事件を起こさなくなったとはいえ、お前は未だ、連続集団神隠し事件の容疑者のままだ。
お前が我々の周りに現れるというのなら、我々はお前を逮捕しなければならない」
「…………好きにしろ。
だが、私も“答え”を得るまで捕まるワケにはいかない」
そう答えると、ブレインジャッカーは上空に飛び立ち、
「私は“答え”を求め続ける。
その中で道が重なれば、また会うこともあるだろう」
「――待て!」
ジェットガンナーが制止の声を上げるが――ブレインジャッカーはそのまま飛び去っていってしまった。
「……追わないんですか?」
「今回は、な」
尋ねるキャロに答え、マスターコンボイは迷わずそう答えた。
「今回は貴様を救われた借りがある。
それに、もう事件を起こすつもりもないようだし、放っておいても害はあるまい――後は過去の罪を償わせるために捕まえるだけだ」
告げて――マスターコンボイは不意に視線を落とした。キャロ達に気取られぬよう、心の中でつぶやく。
(過去の罪の償い、か……
そういう意味では、オレはヤツの歩むべき道を先に歩いているのかも知れんな……)
「このアニマトロスでの訓練をよくぞ耐え切った!
オレ様としても鼻が高いぞ! ハッハッハッ!」
((いや、何もしてない人に言われても……))
それは全員の一致した意見――目の前で高笑いしてみせるギガストームの言葉に、フェイト以下六課の一同は心の中で声をハモらせる。
ヒナ鳥達の六課での保護は、はやてによって快く承諾された――シャープエッジの合流も正式なものとなり、帰還する六課メンバーの見送りに現れたのだ。
「シャープエッジも、ここで真に学ぶべきことを見出したようだしな。
野生というものは、ただ強いだけでは生きてはいけない。フレイムコンボイ達がテラシェーバー達を連れていたように――そしてオレ達アニマトロス・デストロン、すなわちバンディットロンでさえチームで動いていたように、オレ達は仲間と共に困難に立ち向かうことでさらなる強さを勝ち得ていく。
力と信頼の共存こそが“野生”という強さにつながる――“野性の果てに高みあり”。それがアニマトロスの教義だ」
「シャープエッジの件についてもノータッチだろうに……」
「アニマトロスでのAI教育を許可しただけじゃないか」
続くギガストームの言葉にも、背後のブレイズリンクスやファングウルフからツッコミが飛ぶ。せっかくいいコトを言っているのにすべてが台無しである。
と――そんな彼女達のもとへ新たに合流してきた人物がひとり。
「じゃあ、行きましょうか」
「あれ、すず姉……?」
「あら、どうしたの? スバル。
そんなハトが豆鉄砲をくらったみたいな顔をして」
鈴香だ――思わず声を上げるスバルに対し、荷物を詰めたバッグを手に提げた鈴香は笑顔で首をかしげてみせる。
「まさか、私が同行するのが不満だとか?」
「そ、そんなのじゃないですよ!
ただ、一緒に帰るとは思ってなくて……てっきり、“Bネット”の方に戻るものだと……」
「あぁ、そういうこと」
スバルの答えに納得し、鈴香はクスリと笑みをもらし、
「確かに、シャープエッジがここでの教育を終えたからには御役御免ですけど……だからって『ハイ、そうですか』ってワケにもいかないでしょう?」
「そうだよ、スバル。
心があって、自分でも動けるけど、シャープエッジはデバイスなんだから……運用の申し送りとか、引き継ぎ作業もいろいろあるんだよ」
「あ、なるほど……」
鈴香とフェイトの言葉に、スバルは状況を理解して引き下がり――フェイトは改めて一同に告げた。
「それじゃあ、六課に帰るよ、みんな」
『はいっ!』
「…………ようやくこの星を去るか……」
そんなフェイト達の様子を離れたところの岩山から望遠で眺めながら、ブレインジャッカーは静かにつぶやいた。
「これで残るトランスデバイスは2体……
アニマトロスにシャープエッジがいたということは、残るはスピーディアとギガロニアか……」
自分に対する対策としてトランスデバイスを集められているというのに、ブレインジャッカーは少しも危機感を抱いてはいなかった。まるで他人事のような口調でそうつぶやき――
「……しかし、あのガジェットドローン……」
その一方でデータを読み出したのは、このアニマトロスで交戦したガジェットのこと――右手を開き、そこに握られていたガジェットのAIチップへと視線を落とす。
「記録されていたデータがダミーでないなら、今回のヤツらのターゲットは……
こちらも、何かしら手を打っておく必要があるな」
つぶやき、ブレインジャッカーはきびすを返した。神殿に背を向け、
「オレはこんなところで止まるワケにはいかない。
心とは何か――この答えを得る、その日まで……」
そして――最後にチラリと神殿を一瞥し、ブレインジャッカーはアニマトロスの大空へと飛び立った。
キャロ | 「ブレインジャッカーさん、いきなり現れたけど……」 |
ティアナ | 「よくよく考えてみたら、どうやってアニマトロスまで来たのかしらね?」 |
スバル | 「はいはーいっ! ズバリ、普通に飛んできたとか!」 |
ティアナ | 「そもそも次元世界自体が違うのにどうやって飛んでくるってのよ!?」 |
エリオ | 「普通にスペースブリッジを通ってきたんじゃないでしょうか……」 |
アスカ | 「そんなトコなんじゃないの?」 |
キャロ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第31話『鮫竜激突〜シャーク・ウィズ・ドラゴン〜』に――」 |
5人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2008/10/25)