機動六課、本部隊舎裏――

「ウミー? カイー?
 どこに行ったでござるかー?」
 自分の六課合流に伴い保護された2羽のヒナ鳥――“ウミ”“カイ”と名づけられた彼らを探し、シャープエッジは林の中を歩いていた。
 そのとなりには、晴れて彼のパートナーとなったキャロの姿も。フリードと共に、シャープエッジに同行してヒナ鳥達を探す。
「二人とも、どこー?
 お昼ごはんだよー?」
「ピピッ!」
「ピィ!」
 そんなキャロの言葉が届いたのか、ヒナ鳥達は近くの茂みの中から姿を現した。広い林の中に放されたからか、まだ飛べないものの元気一杯の彼らは翼をパタパタと羽ばたかせながらキャロやシャープエッジの元へと駆けてくる。
「ほら、たくさん食べるでござるよ」
 TF用に大きく作られたバケツを足元に下ろし、両手で丁寧に、一切れずつ肉を取り出すシャープエッジに対し、ヒナ鳥達は歓喜の声を挙げ、元気にピョンピョンと飛び跳ねる。
 アニマトロスにいた頃は巣の中だけが自分達の世界だったウミとカイがの変わりよう。やはり六課に合流したのは間違いではなかったか――この六課隊舎に正式に引っ越してまだそれほどの時間は経っていないが、シャープエッジはそう実感して笑みをこぼす。
 その後はシャープエッジがウミに、キャロがカイに、分担して肉を与えていく。
 そんな中、バケツの縁にとまっていたフリードが中の肉へと口を近づけて――次の瞬間、衝撃音が響いた。
「……死を覚悟したことはあるでござるか?」
 シャープエッジの刃がフリードのすぐ目の前の空間を貫いたのだ――ノコギリ状の刃を備えた刃はバケツの壁を貫き、そのまま大地に突き刺さる。
「この肉はすべてウミとカイのためのもの。
 お主にやる肉など一切れもござらん」
「し、シャープエッジさん……なにもそこまで……」
「一度許せば後に尾を引くでござる。
 姫、どうぞこの場はご理解くだされ」
 行動は過激でも、言っていること自体は正論だ。過剰すぎる彼の反応については後で言及すればいいと自らを納得させつつ、キャロは一連の事態の“原因”たるフリードに注意の声を向ける。
「ダメだよ、フリード。つまみ食いなんかしちゃ」
「きゅくぅ〜……」
「フリードの分は食堂で用意してもらってあるから、今はガマンしよう。ね?」
「…………きゅう」
 キャロの言葉に、フリードは力なくうつむいて――そんなフリードの姿に、キャロは息をついてシャープエッジへと向き直り、
「それじゃあ、ここは任せていいですか?
 フリードが待ちきれないみたいですから……」
「えぇ。お気になさらず、姫はお先に食事をおとりくだされ」
「は、はい……」
 うやうやしく一礼するシャープエッジに若干恐縮しつつ、キャロはフリードを連れてその場を後にする――

 

 この時、キャロはひとつだけミスを犯した。
 

 “喧嘩両成敗”――この時、彼女はウミとカイの肉を横取りしようとしたフリードだけでなく、彼に刃を向けたシャープエッジにも注意の声を上げるべきだったのだ。
 

 そして――

 

 このことが元となって新たなトラブルが巻き起こるまで、それほど時間を必要としなかった。

 

 


 

第31話

鮫竜こうりゅう激突
〜シャーク・ウィズ・ドラゴン〜

 


 

 

「…………重さが足りないのよね」
 昼休みも終わり、前線メンバーは訓練へ――スバル達がなのはやイクト、フェイトから指導を受けているのを眺めながら、ライカはポツリとつぶやいて――
「そんなことないんじゃない?
 こないだもティアナと二人で、モノスゴイ顔して風呂場の体重計にらみつけてたじゃない」
「誰が体重の話をしてるか」
 となりでつぶやくアリシアの頭を、ライカは取り出したハリセンでひっぱたいた。
「そうじゃなくて、“実働教導”のことよ」
「あぁ、ライカさんの教導の話?」
 はたかれた後頭部をさすりつつ、アリシアはライカの言葉に納得し――
「教導がどうかしたんですか?」
 そこに現れ、ライカに尋ねるのはフェイトだ。
「フェイト……?
 何? 休憩? キャロちゃんはどうしたの?」
「今は水隠さんが“水”系の魔法を教えてくれてます。
 こればっかりは、“雷”属性の私にはできないことですから……」
「それならエリオ……って、あの子はスバルと二人してイクトにノされてるか」
 思い出しながらそうつぶやき――ライカはクスリと笑みを浮かべ、フェイトに告げた。
「ってゆーか……鈴香のこと、やっぱり名前で呼ばないんだ」
「はい……
 同じ名前の友達がいるから、どうも、混同しそうになって……」
 ライカの問いに苦笑しながらそう答え、フェイトは改めて先ほどの問いを繰り返した。
「それで……何の話をしてたんですか?」
「あぁ、“実働教導”で扱う事件、軽いのが続いてるなー、と思ってね」
 答えて、ライカは目の前に展開したウィンドウにデータを表示する。
 今までこなしてきた“実働教導”の記録である。
「シャープエッジをアニマトロスから連れて帰ってきてからの実働教導、やった仕事といえばスバルとティアナがやった万引き常習犯の摘発にエリオくんとキャロちゃんがやったペットの捜索……」
「あとはアスカのやった、集団で恐喝をしてた不良グループの補導、ですか……」
 付け加えるフェイトの言葉にうなずき、ライカは続ける。
「ぶっちゃけ、機動課が本来出張るような大きな事件には出くわしてないのよね、今のところ。
 このまま軽い事件ばっかり扱ってても、あの子達の成長には遠いかなー、と思ってさ」
「じゃあ……ライカさんはどのくらいのレベルの事件を扱いたいんですか?」
「んー、難しい質問ねぇ……事件なんて、起きないのが一番なんだから」
 逆に尋ねるフェイトに答え、ライカは深々とため息をつく。
「けど、『起きないのが一番だから』って、備えをしなくていいワケじゃない。
 事件に備えるために事件を知ることが求められ、事件を知るために事件が求められる――イヤな循環よね」
 そう告げるライカの視線は少しばかり寂しそうで――そんな彼女の意図を汲み取り、フェイトは彼女に告げた。
「いつか……断ち切れるといいですね、その循環」
「ぶった斬ってやりたいわよねー、私達の代で」
「だね」
 フェイトの言葉にライカやアリシアもうなずき――
「…………ん?」
 ライカは、視界のすみでウィンドウ画面に変化が起きたのに気づいた。
「……どうしたんですか?」
「どうやら、新しく情報が入ったみたいね――リアルタイム更新に設定してあるのよ、このリスト」
 尋ねるアリシアに答え、ライカは新たに加わったその事件のデータに目を通し――なのはへと通信をつなぎ、
「なのはちゃん、訓練、キリのいいところで切り上げてくれる?
 ちょっと、実働訓練に使えそうな荒事が舞い込んできたみたいだから」
 

「連続……」
「通り魔強盗……か?」
「そ。
 あちこちの所轄にまたがってやらかしてくれてるみたいでね……それぞれの隊が縄張り意識むき出しでにらみ合って捜査が滞ってるもんだから、所轄に縛られずに動ける武装隊に話が回ってきてたのよ」
 機動六課・作戦指令室――思わず聞き返すジャックプライムとビッグコンボイに答え、ライカは端末を操作しながら説明を始める。
「事件の内容は……何度かニュースで報道されてるから、ある程度は知ってるでしょ?」
「えっと……あたしがこないだツブした、不良グループみたいな連中がやらかしてるのよね?
 確か、魔導師崩れだとか何とか」
 聞き返すのはアスカだ。ニュースの内容を思い出しながら続ける。
「会社帰りのサラリーマンが一晩ひとり、週二人〜3人のペースでやられてるとか……夕べもやられたって今朝のニュースで言ってたわね。
 一昔前のオヤジ狩りじゃあるまいし、ガキのやることはいつの時代も変わらないわね」
「あ、アスカ……
 エリオやキャロもいるのに、子供を悪く言うような言い方は……」
「少なくとも『変わらない』ってのは逆の意味で該当するわよ、そこの二人も。
 昔から変わらない、絵に描いたような“いい子”じゃない」
 顔をしかめるフェイトにあっさりと答えると、アスカはキャロの頭をなでてやり、
「特にキャロちゃんは、昔のあたしみたいなカワイイ女の子だしねー♪」
「……さて、純真な子供が自分にソックリ、などと身の程知らずなことをほざいてるバカはほっといて」
「こらーっ! マスターコンボイ、どういう意味!?」
 アスカから抗議の声が上がるが、かまわずマスターコンボイはライカへと向き直り、
「この事件の捜査が今回の“実働教導”か?」
「そういうこと。
 前に起きてた分の事件の資料は各所轄から引き継ぎをお願いしてるから、それを元に捜査してもらうわ」
 ライカが答えると、一足先にプリントアウトしてあった、すでに届いていた分の捜査資料に目を通していたフェイトが口を開いた。
「犯人の指紋……夕べの事件で少しだけど取れてるんだね。
 “前”がないか、現在照会中か……」
「若い子達ってのはわかってるんです。
 だったら指紋のデータも限られてくる――そう時間はかからないでしょうね」
 鈴香がそう答えると、端末に向かっていたシャリオが口を開いた。
「……あ、ちょうど照合結果が回ってきました。
 やっぱり“前”があったみたいですね」
「シャーリー、モニターに出してくれるかな?」
「はい」
 はやてに答え、シャリオがメインモニターに映し出したのは、少しガラの悪い少年の顔写真とそのデータだった。
「ルード・コルムス……2年前に自動車窃盗で補導。
 未成年、初犯ということで、この時は不起訴に終わっています」
「やれやれ。不起訴で終わらせるからこうしてまたやらかすんだろうが。
 軽くてもいいから、キッチリと罰を与えればいいものを……少なくともオレならやる」
 シャリオの説明にため息をつき、イクトがモニターに映る顔写真へと視線を向けると、
「ともかく、この悪ガキが今回のターゲットでござるな!?」
 意気揚々と進み出てそんなことを言い出すのはシャープエッジだ。
「彼だけではない。
 連続通り魔強盗はグループ犯だという情報がある」
「しかし、この者を捕らえれば残りの者についても情報が入るでござろう?」
 冷静に告げるジェットガンナーに答えると、シャープエッジはキャロの前にひざまずき、
「拙者にお任せくだされ、姫!
 このシャープエッジ、全力をもってこの事件を解決してみせるでござる!」
「あ、あの、だから『姫』っていうのは……」
 どこまでも自分のことを持ち上げるシャープエッジに、キャロは若干照れ気味にそう声を上げ――そんな二人のやり取りをガマンできなかった者がいた。
「きゅくる〜っ!」
 声を上げ、シャープエッジの目の前に飛び出してきたのはフリードだ。キャロとシャープエッジの間をさえぎるように滞空し、シャープエッジをにらみつける。
「ふ、フリード!?」
「きゅぅっ!」
 いきなりどうしたというのか――突然の行動に驚き、声を上げるキャロにかまわず、フリードはシャープエッジに対し威嚇の声を上げる。
「フリード! ダメ! やめなさい!」
 制止しようとするキャロの声も届かない。敵意をむき出しに、フリードはシャープエッジに向けて声を上げ続ける。
 しかも――
「……何かは知らぬでござるが、どうやらケンカを売られているようでござるな」
「って、シャープエッジさんも!
 そんな『売り言葉に買い言葉』みたいなコト言わないでくださいよ!」
「そうだよ!
 シャープエッジもフリードも落ち着いて!」
 シャープエッジまでもがフリードの敵意に対し“ヤる気”を見せてくれる始末。エリオも加わってなんとかなだめようとするが、二人が矛を収める様子はない。
「一体どうしちゃったの? フリードってば……」
「オレに聞かれても困る」
 一方、ワケがわからないのが周りの面々――首をかしげるスバルだが、ずっと彼を育ててきたキャロでさえこんなフリードを見るのは初めてなのだ。まだ数ヶ月単位の付き合いでしかない彼女達では原因に思い当たらなくてもムリのない話だ。マスターコンボイもまた、困惑気味にスバルに答えるが――
「……なるほど」
 そんな中、理由に思い当たった人物がいた――息をつき、イクトはひとり肩をすくめた。
「嫉妬……だろうな」
「でしょうね」
 彼女も思い至っていたらしい――イクトの言葉にうなずき、ライカもまたため息をつく。
「嫉妬、か……?
 チビ竜が、シャープエッジに?」
「言っておくが、恋愛感情ではないからな」
「いや、それはわかりますけど……」
 マスターコンボイに付け加えるイクトにスバルが答えると、そんな彼女達の傍らから鈴香が説明する。
「聞くところによると、フリードはキャロちゃんが卵からかえし、育ててきた竜なんだそうです。
 つまり、キャロちゃんはフリードの親も同然ですから……」
「なるほど……
 フリードにとって、シャープエッジは母親を奪った敵みたいなものなんですね」
 鈴香の説明に納得したシャリオの言葉にイクトがうなずくと、
「二人ともキャロを慕って、キャロのために尽くすのがその存在意義みたいに考えてるからねー。
 しかも、使役竜と人格デバイス、どっちも肉食動物系――とことんかぶってるところからくる、近親憎悪みたいなものも対抗意識にターボをかけてんじゃないかしら」
「難しい問題やねー」
 ライカの言葉に苦笑し、はやてはうんうんとうなずき、
「フリードもシャープエッジも、『キャロのために』って一生懸命すぎるんよね。日頃の言動見てても。
 キャロのために突っ走って、問題とか起こさせぇへんとえぇけど……」
 はやてがつぶやく、その背後では――

「……ねぇ、ティアナ。
 私、耳から血が出てない? なんかすっごく痛いんだけど」
「奇遇ですね、なのはさん。実はあたしも……」

 “一生懸命すぎて問題を起こしたことのある2名なのはとティアナ”が、耳を押さえてそんな会話を交わしていた。

 

 結局、フリードとシャープエッジの関係の修復はかなわなかったが、だからと言ってやるべきことを保留のままにはしておけない。不安要素を遺したまま、なのは達は各所轄から引き継いできた捜査資料を元に操作に取り掛かった。
 聞き込みについては、比較的年齢層が上で話術の期待できるスターズ分隊がライカ、アリシアと共に担当。一方、捜査線上に浮かんだルード・コルムスとの接触はライトニング分隊とアスカ、鈴香が担当することになった。
 分担も決まり、それぞれに捜査のためにクラナガンの市街へと繰り出したワケだが――

(……お、重い……!)
(空気が重い……!)
 いつもは家族同然の面々で構成され、和気あいあいとしたライトニング分隊だが、今は若干2名のために冷戦状態――シャープエッジとフリードの間に飛び交うプレッシャーのとばっちりを受け、アスカと鈴香は内心でつぶやく。
《ちょっ、フェイトちゃん、ジャックプライム、なんとかならないの?》
《なまじ爆発しない分、逆にプレッシャーがジワジワとまとわりついてきて辛いんですけど》
《な、なんとかしたいけど……》
《できればとっくにやってるよぉ……》
 助けを求め、念話で年少組の保護者達に告げるアスカと鈴香だが、フェイトや、彼女のパートナーであり同じくキャロ達の保護者を務めるジャックプライムの答えも芳しくない。
 二人にとっても、こんなフリードのかんしゃくは初めてで、正直困惑を隠しきれない。むしろ以前に度々見られた“竜魂召喚”時の暴走の方がまだマシだと思えるくらいだ。
 と――
「あー、フェイトさん」
 なんとかしたいと思っていたのは彼も同じだったのか、エリオが場の空気を無視した明るめの声で呼びかけてきた。目の前のアパートを指さし、尋ねる。
「ここなんですよね?
 犯人のひとりだと思われてる、えっと……ルードさんの住んでるアパートって」
「そ、そうだね。
 最初は私と水隠さんで話を聞いてみるから、エリオとキャロは話し方とか、いろんなところに目を配って、勉強できそうなところは覚えておいてね。
 シャープエッジとジャックプライムは外で待機。トランスフォーマーが入るには、このアパートは少し小さいから」
「どう見ても人間専用だし、仕方ないよねー。
 OK。待ってるよ――シャープエッジもいいよね?」
「……そうするしかないでござるな」
 そんなエリオの意図に乗り、フェイトとジャックプライムはシャープエッジに外で待つように持ちかけた。シャープエッジがうなずくのを確認し、フェイト達はアパートの2階に上がり、目的の部屋に向かう。
「ねぇ、フリード……本当にどうしちゃったの?
 シャープエッジさんと仲良くしないとダメだよ」
「ぎゅっ」
 キャロに気を遣わせるには難しい問題だ、と、フェイトはフリードのかんしゃくの原因が嫉妬であることを教えるのを渋った――結果、原因に思い至らないままフリードをたしなめるキャロだが、そんな本質を捉えていない言葉ではフリードの心には届かない。フリードはキャロに対してもそっぽを向いてしまう。
《……ねぇ、フェイトちゃん。
 やっぱり、キャロちゃんに原因教えてあげた方がよくない?》
《でも……》
 念話で尋ねるアスカにフェイトが眉をひそめると、
「………………っ」
 気づき、先頭を歩いていた鈴香が足を止めた。
「水隠さん……?」
 いきなりどうしたのか――フェイトが不思議そうに声をかけると、
「…………フェイトさん」
 そうフェイトにかけられたキャロの声は真剣なものだった。見れば、フリードもまたそっぽを向くのをやめてキャロと同じ方向に視線を向けている。
「……ルードさんの部屋、奥から2件目ですよね?」
「そうだよ。
 けど、どうして?」
「………………」
 聞き返すフェイトに対し、キャロはくんくんと鼻を鳴らし、
「……血の匂いがします」
「――――――っ!?」
 さすがは自然の中で育っただけのことはある。こうした匂いには敏感だ――が、キャロの言葉が事実なら賞賛している場合ではない。フェイトはすぐに表情を引き締め、鈴香、アスカと共に目的の部屋に向かう。
 扉にカギはかかっていなかった。一瞬の沈黙の後、勢いよく扉を開け放ち――
「――――っ!
 大丈夫ですか!?」
 声を上げ、鈴香が部屋の中に飛び込む――が、半死半生の状態で血だまりの中に倒れていたルード・コルムスはそんな彼女に応えることができず、そのまま意識を失ってしまった。
 

「……状態は、楽観視できませんね。
 すぐにヒーリングをかけましたが、出血が多すぎて……」
〈そっか……〉
 事態に気づいてからの行動は素早かった。鈴香が治療、フェイトが通報、アスカが犯人の逃亡の可能性を考えて周辺をサーチし――駆けつけた救急車にルード・コルムスを引き渡し、報告する鈴香にウィンドウ画面に映るはやては苦い顔でうなずいてみせる。
「ただ……出血や傷の具合から考えて、彼が襲撃を受けてから、そんなに時間は経っていなかったと思う。
 すぐにアスカにサーチしてもらったけど、そっちにはヒットしなかった」
〈アスカのサーチから逃げおおせられるくらい素早いのか、ステルス系の魔法で隠れたか……そんなところやろうね〉
 付け加えるフェイトにうなずき、はやてもまたウィンドウ画面の向こうで腕組みして考え込む。
「けど、一体誰が……?
 ひょっとして、連続通り魔強盗団の仲間割れとか」
「決めつけるにはまだ早いですよ」
 フェイトのとなりでつぶやくジャックプライムを鈴香がたしなめると、
「フェイトちゃん!」
 報せを受けたスターズ組が合流――なのはを先頭に、ビークルモードで到着したマスターコンボイの車内から飛び出してくる。
「襲われた人は?」
「意識不明。
 助かったとしても、詳しい話はしばらく聞けそうにないね……」
 尋ねるなのはに答え、フェイトは逆に彼女に尋ねた。
「それで……そっちは?」
「ルードくんについていろいろ聞けたよ。
 ただね……」
 答えるのはアリシアだが――その表情は芳しくない。
「彼の周辺を洗ってて、気になる話を聞いたのよ」
「気になる話……ですか?」
 口をはさんでくる鈴香にうなずき、アリシアは続けた。
「なんかね……あたし達以外にも、通り魔強盗団を探してる連中がいたらしいのよ」
「ボク達の前に捜査してた、所轄の捜査官の人達じゃないんですか?」
「それがそうでもないらしいのよ」
 聞き返すエリオにもアリシアは難しい顔でそう答え、ティアナが話を引き継いでフェイトに説明する。
「外見的な特徴はまちまちだったので、彼らを探していた人は複数いると思われるんですけど……共通していたのが、ガラの悪い男で、まるでヤクザみたいだった、って……」
「ヤクザ風、ねぇ……」
 ティアナの話につぶやくと、ジャックプライムは顔を上げ、ロボットモードにトランスフォームして話の輪に加わってきたマスターコンボイに尋ねた。
「マスターコンボイ、キミの意見は?」
「結論を出すには根拠が少なすぎる。
 だが――通り魔強盗団の連中は、相当にトンデモナイ地雷を踏んでしまったのかもしれないな」
「地雷、か……
 通り魔強盗団の被害者達を、一度すべて洗い直す必要があるかもね」
 マスターコンボイの言葉にフェイトがつぶやくと、
「それに……強盗団の行方も、急いで探す必要があるな」
 そう口をはさんできたのはジェットガンナーだった。
「ルード・コルムスがそこまでやられたのだ。
 ヘタをすれば……」
 

「残りの強盗団全員が、皆殺しにされかねない」

 

 とはいえ、時間というものは有限だ。日も沈み、人々の生活がその日を終えようとしている時間帯では外で聞き込みを行なってもたかが知れている。夜間の捜査は交代部隊のシグナム達に任せ、自分達はまた明日聞き込みを行なおう、ということで、本日の捜査は終わりを告げた。
 解散し、なのは達は各自明日に備えて休息を取り――
「………………あら?」
 入浴を終え、自室に戻ろうとした鈴香が、自販機コーナーに人影を見つけた。
 すっかり冷めてしまったホットココアの注がれた紙コップをじっと見つめ、うつむいているのは――
「…………キャロちゃん?」
 

「フリードは寝たの?」
「はい。
 さっき、ようやく……」
 冷めてしまっていたキャロのホットココアを買い直してやり、尋ねる鈴香にキャロはうなずいてそう答えた。
 しかし、その表情は決して明るいものではなく――だから、鈴香は努めて優しげな声色でキャロに尋ねた。
「やっぱり……気になりますか? 今日のフリードの様子が」
「…………はい」
 力なく、しかしハッキリとキャロはうなずいた。
「暴走以外で、あんなに言うことを聞かないフリードは初めてで……
 どうして、シャープエッジさんにあんなに突っかかるのか……」
 ポツポツとつぶやくように告げるキャロの言葉に、鈴香は小さく息をつき、
「……不安、なんでしょ?
 今まで、ずっと普通に話せていたフリードが、何を考えてるかわからなくって……違う?」
 その言葉に、キャロは無言でうなずいてみせる――そんなキャロの頭を、鈴香は優しくなでてやり、
「そうですね……それまでできていたことが、急にできなくなっちゃったんですから、その不安もしょうがないですね。
 でも……」
 優しげに、しかしハッキリと、言い聞かせるように鈴香は告げた。
「それは、別に特別おかしなことじゃない。
 キャロちゃんは、大切なことを見落としていた――そのことが、目に見える形で現れただけなんですよ」
「大切な、コト……?」
 聞き返すキャロにうなずき、鈴香は告げた。
「ひとりだけ……知ってるんです。
 キャロちゃんに、近い力を持ってる人を」
「え…………?
 鈴香さん、召喚師を知ってるんですか?」
「あぁ、キャロちゃんのメインはそっちでしたね。
 今のセリフだとそう聞こえちゃいますか」
 聞き返すキャロに、鈴香は思わず苦笑して、
「私が知ってるのは、召喚師じゃなくて……“獣と話せる人”の方ですよ」
 

「キャロちゃーん?」
 もう時間も遅く、消灯間近――もう寝ている人もいる可能性を考えると大声で名を呼ぶワケにもいかず、アスカはキャロの姿を探して隊舎の中を歩き回っていた。
「キャロ、どこに行ったんだろ……」
 フェイトも一緒だ――アスカと二人で暮らす居室にいつまでも戻ってこないキャロを心配し、不安げにつぶやくと、
「あれ?
 二人してどうしたの?」
「あぁ、ライカさん。
 キャロを見ませんでしたか?」
 そこへ通りかかったのはライカだ――フェイトが駆け寄り、彼女に尋ねる。
「キャロちゃんがどうしたの?」
「いつまで経っても部屋に戻ってこないの。
 いくらもう寝ちゃってるからって、フリードも連れずに、どこ行ったんだか……」
 聞き返すライカにはアスカが端的に説明する――しかし、その説明でライカには十分だった。「あぁ」と納得し、答える。
「キャロちゃんなら、レクルームで鈴香と話してたわよ」
「鈴香さんと……?」
「うん。
 フリードのこと、相談してるみたいだったわよ」
 首をかしげるアスカにライカがうなずくと、フェイトはため息をつき、
「キャロったら……
 相談なら、私がいつでも……」
「あはは、妬かない妬かない」
 母親代わりなのに、相談してもらえないのが寂しいのだろう。どこか寂しげにつぶやくフェイトの肩を、ライカは笑いながらポンポンと叩いて告げる。
「いいのよ。今回は。
 適材適所――偶然の産物だろうけど、キャロちゃんが相談したのは、今六課にいるメンバーの中で、今回の問題を相談するのに一番適任な相手なんだから」
「水隠さんが……?」
「うん」
 あっさりとライカはうなずいてみせた。
「鈴香にすっごく近しい人にいるのよ。
 キャロちゃんがフリードと話せるみたいに、獣と話せる人が」
「近しい……?
 ご兄弟や親御さんですか?」
「惜しいわね。
 “家族”って意味じゃ正解だけど、びみょーに外してるわ」
 尋ねるフェイトに答え、ライカはため息まじりに告げた。
「旦那さんよ」
「あぁ、旦那さんで……す、か……」
 言いかけ――フェイトの動きが止まった。
 しばし今のライカの言葉を反芻し――
「――『旦那さん』!?
 水隠さん、結婚してらっしゃったんですか!?」
「……ま、せっかくの結婚指輪も、神棚に飾るくらい後生大事にしててちっとも身につけないからねー。わからなくてもムリはないんだけど」
 苦笑まじりにそう答え、ライカは肩をすくめてみせた。
 

「私の夫は、私と同じブレイカーなんです」
 そんな説明を前置きにして、鈴香はキャロに対して静かに語り始めた。
「ランクはイクトさんと同じ“マスター”ランク。属性は“獣”……確かミッドやベルカの魔法にはない属性でしたね?」
「はい……
 あの、“獣”ってことは……」
「キャロちゃんの考えている通りです。
 “獣”属性、それはすなわち、獣を使役し、また獣の力をその身に宿すことのできる、“獣使いビーストマスター”であることを示します。
 つまり――キャロちゃんが竜であるフリードと話せるように、彼も、獣達と会話することができるんです」
 聞き返すキャロにそう答え、鈴香は優しげに微笑んでみせる。
「だから、あの人はいろいろな獣達と話せて、その力をいろいろなことに役立ててきました。
 とても便利な力だって、最初は私も思ってたんですけど……あの人は言ってました。
 『言葉を交わせることと、心を通わせることは違う』と……」
「言葉……心……」
 反芻するキャロにうなずき、鈴香は続ける。
「あの人も、キャロちゃんも、獣や竜と会話できるだけ。決して、彼らの心を理解できるワケじゃないんです。
 そういうのはむしろ、思考リンクシステムを持つブレインジャッカーの領分じゃないですか」
「あ………………」
 その鈴香の指摘に、キャロは思わず声を上げた。
 言われてみれば確かにそうだ――自分は確かにフリードと話すことができる。しかし、彼の考えのすべてを把握しているワケではないのだ。
 なのに、自分はフリードと話すことができるから、と、彼のことをすべて理解したように思っていたのではないか――だから、フリードが今回自分の理解の外の行動を取ったことに困惑を隠せなかったのではないだろうか。
「キャロちゃんの、竜と意思を疎通できるその能力は、とても素晴らしいものだと思います。
 けど……キャロちゃん以外、同じことができる人間が周りにいなかった――だから気づけなかったんです。
 自分が、どのくらいフリードと心を通わせることができるのかを」
「…………そう、かも知れませんね……」
 鈴香の言葉に、キャロはうつむき、そう答えた。
「わたしは……フリードのことをほんの少しだけしかわかってなかったんですね。
 フリード自身がどんな風にわたし達のことを考えてるのか……フリードの言葉がわかるからって、それで満足して……ぜんぜん考えようとしていなかった……」
 言葉にすればするほど、自分の浅はかさが思い知らされる――つぶやくうち、キャロの目に涙があふれ――
「はい、おめでとうございます♪」
 そんなキャロの頭をなでてやり、鈴香は笑顔でそう告げた。
「お、おめでとう……ですか?」
「えぇ♪
 キャロちゃん、今自分の欠点にひとつ気づけたじゃないですか。
 治すべき改善点が見つかったんです――上を目指す立場の人間として、こんなにうれしいことはないじゃないですか」
 思わず聞き返すキャロに、鈴香は笑顔でそう答える。
「今よりもさらに上の自分になるために、自分の至らないところを理解することは絶対に必要なことです。
 そして、キャロちゃんはそれができた――なら、次にキャロちゃんがすることは決まってる。違いますか?」
「……そう、ですね」
 鈴香に答え、顔を上げたキャロの顔には笑顔が戻っていた。
「明日……時間を作って、フリードと話してみます。
 今まで知らなかったフリードのこと、伝わってなかったわたしのこと……いろいろと」
「そうですね♪」
 

 しかし――そんなキャロの決意が形になるのを待たず、事件は次の段階へと動きを見せた。
 

「ハイブ・キューブ……8件目の被害者ですが、不審な点が見つかりました」
 翌日、早朝――出勤してきたばかりのはやてを捕まえ、交代部隊を使って捜査にあたっていたシグナムはそう報告した。
「不審な点……?」
「はい」
 うなずくシグナムのとなりで、ヴィータが手元の捜査メモを見ながら報告する。
「コイツ、次元世界間の輸入関係のちっこい会社をやってんだけどさ……開業資金に、って銀行から借りた金、たった数年で返してんだよ」
「その輸入会社の稼ぎ……というワケじゃないのか?」
「違う違う。
 ヤツの会社、そんなに稼いでないぜ、どう見ても」
 聞き返すビッグコンボイにはビクトリーレオが答える。
「お金の出所は?」
「それもハッキリしません。
 いくつかの会社から、金額もサイクルもバラバラに振り込まれています。
 しかし、これらの会社が、すべて同一の存在によるダミー会社だとしたら……」
 シグナムがはやてに答えると、スターセイバーが改めてはやてに告げる。
「もし我々の推理が正しければ……ハイブ・キューブは、何か違法なものも一緒に輸入したのではないでしょうか?」
《違法なもの……ですか?》
「いろいろ考えられるなー。
 麻薬に質量兵器……そして“古代遺物ロストロギア”……
 ルードを襲った連中は、さしづめ奪われた“古代遺物ロストロギア”を取り返そうとする、密輸シンジケートの鉄砲玉ってところやろうね」
 つぶやくリインにはやてが答えると、
「はやてちゃん、ちょっといい?」
 そんなはやて達のいる部隊長室をのぞき込み、なのはが声をかけてきた。

「この子が?」
「はい。
 隊舎の前に集まって、聞き込みに出ようとしてたところに、話しかけてきて……」
「なんか、あたし達が連続通り魔強盗団について捜査してるって聞いてきたみたいで……」
 なのはに案内され、やってきたオフィスには見知らぬ少年がひとり――尋ねるはやてに、スバルとティアナがそう答える。
 フェイト以下ライトニング分隊や鈴香、アスカの姿はない――なのは達とは別に一足先に聞き込みに出てしまったため、入れ違いになったのだ。
「何か知っとるんやろ?
 捜査に当たってて、今この隊舎にいる主だったメンバーはコレで全員や――説明してくれるかな?」
「はい……」
 はやてにうなずく形で、少年は静かに語り始めた。
 

「じゃあ……その子の友達が、通り魔強盗団だったの?」
〈せや。
 ハイブから“古代遺物ロストロギア”を奪って、いい気になった連中から誘われて、怖くなって駆け込んできたらしいわ〉
 はやて達が得た証言は、すぐにフェイト達にも伝えられた――聞き返すフェイトに対し、はやてがウィンドウ画面の向こうで答える。
「それで……そのハイブ・キューブという者は?」
〈当然、すぐにしょっぴいたわ〉
 シャープエッジに答えるはやてだが、その表情は苦虫をかみつぶしたかのようで――
〈で、シグナムが尋問してくれたんやけど……とんでもないことがわかったわ〉
「とんでもないこと……?」
〈通り魔強盗団が奪ったっちゅう“古代遺物ロストロギア”やけど……〉
 ジャックプライムに答え、はやてがウィンドウに表示した“古代遺物ロストロギア”のデータ――その内容を見たフェイトの顔から血の気が引いた。
 今までに何度も目にした品だったからだ――半ば呆然とその名をつぶやく。
「……“レリック”……!?」
〈大々的に運べば目立つと考えて、ハイブ自身が取引現場に運ぶ途中、通り魔強盗団に奪われたらしいんよ。
 つまり、今“レリック”は通り魔強盗団が持ってるワケで……〉
「大変だ……
 すぐに回収しに行かないと!」
 答えるはやての言葉に、ジャックプライムはあわてて声を上げた。
「それって、ヘタしたら通り魔強盗の子達は密輸シンジケートだけじゃなくて、“レリック”に引き寄せられたガジェットにも襲われるってことじゃないか!」
「えぇっ!?」
 エリオが思わず声を上げる傍らで、アスカはあわててはやてに告げた。
「はやてちゃん! 連中の潜伏先、すぐにそのタレ込みしてくれた子から聞き出して!」
〈だいじょーぶ! とっくに聞き出してある!
 今からデータを送るから、みんなは一足先に向かって!〉
 

 少年達は逃げていた。
 再開発地区に逃げ込み、隠れ家にしていた廃屋も、集まってきたガラの悪い連中に踏み込まれた。
 あわてて逃げ出し、その場は難を逃れたが――そんな彼らの前に現れたのは、カプセル錠剤のような形状の機械兵器、ガジェットドローンだった。
 しかもかなりの数だ。軽くかじった程度とはいえ、頼みにしていた自分達の魔法がまったく通用せず、彼らはさらなる危機にされされていた。
 しかし、そんな彼らの逃走劇にも終幕が近づいてきた。行く手にもガジェット群が現れ、完全に包囲されてしまう。
 先頭のガジェットのビーム砲に光が生まれ――
「バルディッシュ!」
〈Falcon lancer, shoot!〉
 フェイトの指示でバルディッシュが射撃――放たれた金色の魔力弾が、AMFをものともしないでガジェットを撃ち貫く。
「退け、痴れ者が!」
「ストラーダ!」
 さらに、シャープエッジとエリオも乱入。瞬く間にガジェットの包囲陣を崩し、残りのガジェット達と対峙する。
「ったく、懸念的中ね……!
 ガジェット達も出てくるなんて、最悪のケースじゃないの!」
 最後に到着するのはアスカと鈴香、そしてフリードを連れたキャロだった。先頭で駆けてきたアスカが思わずうめき――
「そしてアンタ達も逃げない!」
〈Elment-Install!
 “HOLD”!〉

 この混乱にかこつけて逃げようとしていた、通り魔強盗の犯人である少年達を素早く拘束――レッコウから放った魔力の鎖が彼らにからみつき、動きを止める。
「アンタ達が余計なことしでかしてくれたおかげでこんなことになってるんだからね! わかってる!?
 きっちり罪を償ってもらうから、しばらくそこで覚悟キメてなさい!」
 言い放ち、アスカはガジェットに対してレッコウをかまえるが、
「チェストォッ! でござる!」
 アスカのレッコウが振るわれることはなかった――それよりも早く、シャープエッジの刃が対峙していたガジェットを粉砕したからだ。
「皆の出る幕などないでござる!
 このシャープエッジ! 姫に危害を加えんとする輩は1体残らず打ち倒してみせるでござる!」
 キャロを守るようにガジェットの前に立ちはだかり、言い放つシャープエッジだが――
「きゅくる〜っ!」
 そんなシャープエッジの姿に黙っていられないのがフリードだ。ブラストフレアを吐き放ち、近場のガジェットを攻撃。召喚前の火力ではAMFによって直撃には至らないものの、それでも数体を後退させることに成功する。
「ジャマをするなでござる!
 こやつらは拙者の獲物でござる!」
「きゅきゅぅっ!」
 乱入してきたフリードに鋭く言い放つシャープエッジだが、フリードもまた譲らない。両者は火花を散らしてにらみ合い――
『――――――っ!?』
 同時に気づいてその場から離脱――飛来したガジェットのビームを回避する。
「ジャマするなでござる!」
 咆哮し、振るったサーベルの一撃でガジェットの1体を斬り捨てるシャープエッジだが――
「きゅくぅっ!」
「――って、どわぁっ!?」
 そんな彼の背後からフリードが炎を吐き放った。あわててシャープエッジがかわし、火球はその先にいたガジェットを直撃する。
「フリード! 今拙者もろとも狙ったでござるな!?
 狙ったでござろう! 正直に言うでござるよ!」
「きゅ〜ん」
 フリードに詰め寄るシャープエッジだが、フリードはぷいっとそっぽを向いてしまい答えようとはしない。そこへさらに別のガジェットが迫り――
「ジャマでござるよ!」
 シャープエッジはすかさずそのガジェットをサーベルで刺し貫いた。そのまま振り回して投げ飛ばし――
「きゅくぅっ!?」
 投げ飛ばされた先にはフリードがいた。あわててかわしたその先にガジェットは墜落。火花を散らして沈黙する。
「ぎゅう〜……!」
「何でござるか?
 よもや拙者がわざとやったとでも言うつもりでござるか?」
 にらみつけるフリードに対し、シャープエッジはさっきのお返しとばかりに不敵な笑みと共に答える。
「ち、ちょっと、二人とも!
 こんな時にケンカしてる場合じゃ……!」
 もはやお互いに意地を張り合って引くに引けない状態だ。さすがにフェイトが両者を諌めようと口を開き――
 

「二人ともやめて!」
 

 大声で放たれた一言がフリードとシャープエッジの動きを止めた。
「二人とも……今はそんなことしてる場合じゃないんだよ……!」
「ひ、姫……!?」
「きゅう……!?」
 小さく肩を震わせ、告げるキャロに対し、シャープエッジもフリードも思わず後ずさりし、恐る恐る声をかける。
「シャープエッジさんが合流して、みんなでがんばっていきたいのに……どうして二人ともケンカするの……?
 せっかく一緒に戦えるんだよ。力を合わせてがんばろうよ……」
「す、すまぬでござる……
 姫を守ろう、守ろうとはやるあまり……」
「きゅう……」
 今にも泣き出しそうなキャロの姿に、さすがにシャープエッジとフリードは矛を収め、頭を下げるしかない。
「フリードと……仲良くしてくれますか?」
「するする! するでござる!」
「フリードは?」
「きゅくるぅ〜っ!」
 尋ねるキャロの言葉に、シャープエッジやフリードはコクコクとうなずいて――
「話がまとまったんなら、早く戦列に戻って欲しいんですけどねぇ、そこの人達!」
 そんなキャロ達に向けて声を上げるのは、エリオと共にガジェットと交戦しているアスカだ――見れば、いつの間にかガジェット群の中にはV型が混じり始めており、上空のフェイトの元にもU型が次々に飛来している。フェイトほどの実力ならば苦戦するような相手でもないが、時間差で次々に飛来され、なかなか数を減らせないでいる。
 理由は言うまでもなく、アスカが縛り上げた通り魔強盗の少年達が持つ“レリック”――その奪取のため、近くに潜伏していたガジェット達が際限なく呼び寄せられてしまっているのだ。
「キャロ、急いで封印して!
 “レリック”の魔力を抑えられれば、その魔力を辿ってガジェット達が集まってくることもなくなる!」
「はい!」
 上空で戦うフェイトに答え、キャロは急いで“レリック”へと走る。そんな彼女にガジェットが狙いを定め――
「きゅぅっ!」
 そんなガジェットの前をフリードが駆け抜けた。一瞬ガジェットの注意がフリードに向き――
「どこを見ているでござるか!」
 シャープエッジはそのスキを見逃さなかった。一瞬にしてガジェットを両断、破壊する。
「……そうでござるな。
 拙者もフリードも、共に姫を慕い、守る者……志を同じくする者同士、いがみ合っても意味はなかったでござるな」
「きゅくぅっ!」
 シャープエッジの言葉に、フリードも彼の方に舞い降りてうなずいてみせる――うなずき返し、シャープエッジはキャロに告げた。
「姫! フリードの力の解放を!
 拙者とフリード、姫の望む通り力を合わせて姫をお守りいたす!」
「はい!」
 うなずき、キャロは自らの足元に召喚魔法陣を展開し、
「フリード――竜魂召喚!」
「ギュグァアァァァァァッ!」
 キャロの召喚によってフリードが真の力を解放。白き飛竜となって“レリック”を確保したキャロを背中に保護するとシャープエッジの両肩をつかみ、上空へと飛び立つ。
「拙者とフリードがいる限り、姫には指一本触れさせぬ!
 手間などかけぬ――この一撃で、一掃されるでござるよ!」

『フォースチップ、イグニッション!』
 キャロとシャープエッジの咆哮が響き――彼女達の元にアニマトロスのフォースチップが飛来した。そのままシャープエッジの背中のチップスロットへと飛び込んでいき、
「排熱システムフル稼働!
 フルドライブモード、起動でござる!」
 シャープエッジが告げ――彼の四肢や両翼の排熱デバイスがより強烈に体内の熱を排出。同時、フォースチップのエネルギーがシャープエッジの全身を駆け巡り、さらに彼をつかんでいるフリードにも供給されていく。
 そして、フリードがブラストレイを発射。それだけでも十分に強力な火炎がガジェットを次々に破壊していく。
 しかし、そんな中V型はさすがに耐えしのぐ。AMFを強化してフリードの炎に対抗するが――
「炎がダメなら、氷でござる!」
 今度はシャープエッジが動く。“水”属性の“力”が彼のサーベルの刀身に収束され、
「凍てつくでござる!
 氷結、旋風!」
 サーベルを振るい、“力”を解き放つ――放たれた凍気の渦が生き残っていたガジェット達を呑み込み、瞬く間に凍りつかせていく。
 フリードの炎で熱せられていたところにこれはキツイ。熱膨張を起こしていた装甲は急激な冷却によって次々にひび割れていき――
「今だよ、フリード! シャープエッジさん!」
「ギュグァアァッ!」
「心得たでござる!」
 フリードの背の上で告げるキャロにフリードとシャープエッジが答え――掲げたシャープエッジの刃をフリードがくわえた。次いで両足を放し、フリードのくわえたサーベルのみで宙にぶら下がるシャープエッジを振り回し――
「氷結――!」
「一蹴!」

『アイスバーグ、ブレイク!』

 ガジェット群に向けてシャープエッジを投げ飛ばした。勢いよく突っ込んだシャープエッジが、その勢いのまま空中で回転。放たれた回し蹴りがガジェット群を薙ぎ払うように粉砕する!
 そして、シャープエッジが大地をすべり、体勢を立て直し、
『成、敗』
 キャロとシャープエッジの言葉と同時、粉砕されたガジェットの各部が爆発、完全にその機能を停止し、沈黙した。
 

「ま、最初はどうなることかと思ったけど、うまいことまとまってくれて何よりやね」
 事件も騒動も一件落着――息をつき、はやては部隊長室の窓から外を見ながらそうつぶやいた。
「予想外の“レリック”回収に密輸シンジケートの摘発。本命だった連続通り魔事件も無事犯人逮捕――重傷だったルードも一命を取り留めたそうだしな。
 オマケにフリードとシャープエッジの不仲も解消……終わってみれば、ある意味最高の終わり方かもしれんな」
 となりで同意し、イクトもまたはやての見ているのと同じものへと視線を向ける。
 林の中で、仲良くウミとカイにエサをやるキャロ、シャープエッジ、そしてフリード――さらにはスバル達やなのは達も加わり、和気あいあいといった空気が展開されている。
「貴様は加わらんのか?」
「わかっとらんなー、イクトさん。
 輪の中に入るだけやない――外からみんなが楽しくやってる光景を見るのも、なかなかにオツなもんなんよ」
 尋ねるイクトにはやてが笑いながら答えると、
「はやてさん、イクトさん」
 かけられた声に振り向くと、そこには荷物を詰めたバッグを提げた鈴香が立っていた。
「なんだ、もう“Bネット”に戻るのか?」
「もっとゆっくりしてってもえぇんですよ」
「もう、シャープエッジも安心してお預けできそうですからね。
 ご厚意とはいえ、いつまでも長居するワケにもいきませんし……」
 イクトとはやての言葉に、鈴香はそう答えると思わず苦笑し、
「それに、そろそろ帰ってあげないと、夫が泣きますし」
「貴様にベタ惚れだからな、アイツは……」
 鈴香の“夫”とはイクト自身も何度も戦ってきた間柄だ。彼の人となりを思い出し、イクトは思わず苦笑し――

「いい加減にするでござるよ、フリード!」

『………………?』
 聞こえてきたのはシャープエッジの鋭い声――眉をひそめ、はやて達が窓の外を見下ろすと、シャープエッジとフリードがにらみ合っていて――
「拙者がウミとカイの分の肉を分けてあげると言っているのでござる!
 何ゆえにそうも拒むのでござるか!?」
「きゅくぅ〜っ!」
 言いながら肉を差し出すシャープエッジだが、フリードはそんな彼の肉を奪い取るとウミやカイに与えてしまう。
 どうやら、シャープエッジは以前つまみ食いしようとしたフリードに気を遣い、そのフリードは仲良くなったシャープエッジが育てているウミやカイに世話を焼きたいらしい。互いの気遣いがものの見事にすれ違っている形である。
「上等でござる!
 こうなれば、力ずくでもお主にこの肉を味わってもらうでござる!」
「きゅくるぅ〜っ!」
 完全にムキになり、言い放つシャープエッジと受けて立つフリード――その様子にため息をつき、イクトは鈴香に尋ねた。
「…………安心して、預けられそうか?」
「……聞かないでください」
 鈴香は心の底からそう答えた。


次回予告
 
シャープエッジ 「師が帰られてしまったか……
 彼女の整備は的確で、拙者としては健康管理の面で助かっていたのでござるが……」
シャリオ 「ご心配なく!」
シャープエッジ 「シャーリー殿?」
シャリオ 「トランスデバイスのみんなの身体も、私がバッチリ手入れしてあげます!
 えぇ、それはもうスミからスミまで、うふふふふ……♪」
シャープエッジ 「こ、怖いでござるよ、シャーリー殿!?
 一体何されるでござるか!?」
ジェットガンナー 「大丈夫だ、シャープエッジ。
 慣れればどうということはない……そう、慣れることができれば……!」
シャープエッジ 「何でそんな必死に自分自身に言い聞かせてるでござるか!?」
シャリオ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第32話『一日親方〜フォワード部隊の土建屋体験記〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/11/01)