「アイゼンアンカー! アイゼンアンカー!」
 懸命に呼びかけるジーナだが、機能を停止させているアイゼンアンカーが答えることはない。
 はやて以下機動六課の面々がギガロニアに到着、成り行きからビル建築の支援要員として借り出されてから一夜が明けて――作業から抜け出して姿を消していたアイゼンアンカーが中破した状態で海上を漂っているのが発見されたのだ。
 報せを受け、あわてて現場に向かったはやて達六課メンバーやジーナが見たのは、今まさに海中から引き上げられようとしているアイゼンアンカーの姿で――冒頭のやり取りに至る。
「アイゼンアンカー! しっかりして!
 一体、何があったんですか!?」
 しかし、ジーナがいくら呼びかけても防波堤に引き上げられたアイゼンアンカーの返事はなく――
「まさか……アイゼンアンカー!」
「落ち着け、ジーナ・ハイングラム」
 さすがに動揺を隠し切れず、顔面蒼白になって声を上げるジーナに対し、マスターコンボイは落ちついた様子で待ったをかけた。
「動揺しすぎだ。冷静になれ。
 中枢システムに深刻な破壊はない。単にAIが機能停止しているだけだ――おそらく、原因は攻撃のダメージによるショックといったところか」
「そ、そうですか……」
 マスターコンボイの言葉に安堵し、ジーナは息をつくと、アイゼンアンカーの回収の指揮にあたっていたガードシェルに告げる。
「ガードシェル。アイゼンアンカーの救急搬送をお願いします。
 私は一足先にメトロタイタンと合流して、彼の治療の手配を済ませます」
「わかった」
 ガードシェルがうなずくのを確認し、ジーナははやて達へと向き直り、
「みなさんはスペースブリッジポートへ向かってもらえますか?
 私が呼ぶ“助っ人”の出迎えをお願いしたいので」
「助っ人……ですか?」
「恥ずかしながら、一口に『エンジニア』と言っても、私はソフトウェア専門ですから。
 マスターコンボイの診断が正しければ、AIそのものは無事ということですからすぐに復旧できると思うんですけど、ハードウェア――この場合はアイゼンアンカーのボディになるんですけど、そちら方面は、どうしても他の人に頼るしかないんです。
 だから……」
 聞き返すはやてに答え、ジーナは告げた。
 

「生みの親に、来てもらいます」

 

 


 

第33話

巨人の星の太公望
〜突貫・アンカーコンボイ〜

 


 

 

「それで……アイゼンアンカーの容態は?
 ジーナちゃんからの連絡じゃ『ボディが機能不能』ってところまでしか聞いてないんだけど」
「中枢部こそ無事だがメインフレームはほぼ全壊。手足の破壊の衝撃がボディ部分のフレームにまで伝播でんぱんしたようだ」
 ジーナによって“助っ人”として呼ばれたのは、六課でもすっかり馴染みとなった、ジェットガンナー達を生み出した張本人――対面するなり現状を尋ねる霞澄の問いに、はやて達と共に彼女を出迎えたビッグコンボイは淡々と事実を伝えていく。
「AIはチップそのものは無事だが、破損の影響で動力が届かず、プログラムは完全に停止――要塞モードのメトロタイタンの体内ラボで、現在ジーナ・ハイングラムが再起動に取りかかっている」
「そう……」
 マスターコンボイの言葉に息をつき、霞澄は振り向き、“もうひとりの助っ人”に声をかけた。
「想定してた中でも最悪に近い状態ね……
 シャーリーちゃん、けっこう大変な作業になると思うけど、お手伝いよろしくね♪」
「もちろんです!」
 霞澄の言葉にうなずくのは、霞澄からの要請で同行してきた機動六課のデバイスマイスター、シャリオ・フィニーノだが――
「――それは、えぇんですけど……」
 むしろ気になることは別にあった。はやては二人のやり取りに割り込む形で声をかけ、尋ねる。
「霞澄さん、その、後ろのトレーラーに積んであるドデカイ荷物なんですけど……?」
 そう――スペースブリッジを使ってギガロニアにやってきた霞澄達は、大掛かりな荷物を積んだ巨大なトレーラーでやってきたのだ。
「あぁ、トレーラー?
 大丈夫。私、これでも大特免許持ってるから♪」
「いや、免許の問題じゃなくて……」
 霞澄の脳内でははやての問いを「こんなトレーラーを運転できる免許を持っているのか?」と解釈したようだ。あっさりと答える霞澄に答え、霞澄は改めて問いを重ねる。
「こんな大きなトレーラーで、一体何持ってきたんですか?」
「そんなの決まってるでしょ」
 あっさりと霞澄は答えた。
「“いいモノ”よ♪」
 

「ジーナ」
「あぁ、霞澄さん……お疲れさまです」
 ビークルモードとなりはやて達を乗せたマスターコンボイの先導で、要塞モードにトランスフォームしジーナに体内のラボを提供しているメトロタイタンの元に到着。ラボで大破したアイゼンアンカーのボディを前に作業に没頭していたジーナは、声をかけてきた霞澄に気づき、声を上げる。
 と、霞澄の後ろに控えていたシャリオがジーナの前に進み出て、
「ジーナ・ハイングラムさんですね?
 機動六課、デバイスメンテ担当のシャリオ・フィニーノ一等陸士です」
「そう。あなたが六課のデバイスマイスターの……
 来てくれてありがとうございます」
 自己紹介するシャリオに応え、ジーナは彼女と握手を交わす――二人のやりとりが落ち着くのを待って、霞澄はジーナに声をかける。
「それで……アイゼンアンカーは?」
「あぁ、彼なら……」
 霞澄の問いにジーナが答えかけた、その時――
「ここですよー、創主サマ♪」
「え…………?
 この声、アイゼンアンカー!?」
 答えた声は、今まさに重傷で手当てを待つ状態のはずのアイゼンアンカーのもの――驚き、スバルが声のした方向へと振り向き――
「…………誰?」
「予想通りの反応をアリガトウ」
 そこにいたのは1体の人間大トランスフォーマーマイクロンだった。しかし、思わず首をかしげるスバルに答えるその声は間違いなくアイゼンアンカーのもので――
「……なるほど。
 AIだけをこのボディに移したのか」
「その通りです」
 納得し、つぶやくマスターコンボイに対し、ジーナは満足げにうなずいてみせる。
「幸い、と言うべきか、アイゼンアンカーの本体はあの破壊されたボディじゃない――1枚のAIチップこそがアイゼンアンカー自身なんです。
 だから、AIさえ復旧してしまえば、こうして別のボディに移すことですぐにでも活動が可能になるんです」
「と言っても、慣れないボディはちょっとしっくり来ませんけどねー」
 説明するジーナのとなりで、アイゼンアンカーはそう答えて肩をすくめる。
「まぁ、いくら無事だったと言っても、このボディではトランスデバイスとしての本来の役割を果たすことなんて夢のまた夢ですからね。
 だから、霞澄さんにはその“対策”をお願いしたんです」
「『対策』……?
 ひょっとして……それがあの、トレーラーで運んできたでっかい荷物ですか?」
「そ♪」
 聞き返すはやてにうなずき、霞澄がジーナから説明を引き継いで話し始める。
「実は、アイゼンアンカーにはもうひとつ、別のボディが存在してね。。
 アイゼンアンカーの開発は、第一世代トランスデバイスの出発点ってコトもあって、ちょっといろいろ試行錯誤してね……最後まで今のボディと採用を競って、試作までして比較したモデルがあったのよ。
 結局は整備の手間の問題で落選したんだけど……もったいないから、以後の開発の参考用に解体せずにキープしてたのが幸いしたわ。ジーナちゃんから連絡を受けた時、すぐにAIをこっちに移植した方が早いと判断して……さっそくトレーラーに積み込んで持ってきた、ってワケ。
 このボディなら、元々アイゼンアンカー用に作ってたこともあるし、機体仕様に関するプログラムのリマッチングだけで復活させられるわ」
「そうですか……
 一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなりそうやね」
 霞澄の言葉に安堵し、はやてが息をついてつぶやくと、
「じゃ、その辺の準備はお願いしますねー♪」
「って、アイゼンアンカー!?」
 よりによって一番の当事者が現状を放り出してくれた。あっさり言ってその場を立ち去ろうとするアイゼンアンカーに対し、エリオがあわてて声を上げる。
「ダメだよ! まだおとなしくしてないと!
 そのマイクロンのボディにも、まだ馴染んでないんでしょ!?」
「だからここで調整を受けろ、って?
 ヤだよ。そっちの方がめんどくさいし」
「めん……っ!?」
 よりにもよって『めんどくさい』――何の迷いもなくそんなことを言い放つアイゼンアンカーの言葉に、ティアナは思わず言葉を詰まらせた。
「アンタねぇ、そんな理由で――」
「ボクにとっては十分な理由だよ。
 じゃ、ボクはこれで♪」
「ちょっ、待ちなさい、アイゼンアンカー!」
 ティアナが制止の声を上げるが、アイゼンアンカーはかまわずクレーン車のミニチュア版といった感じのビークルモードにトランスフォーム。その場を走り去っていってしまった。
「霞澄さん!
 いいんですか!? あんな物言いを許して!」
「んー、いいんじゃないかな?」
 創造主の彼女の言うことなら聞くかもしれない――アイゼンアンカーの不遜な物言いに憤慨したティアナが声を上げるが、対する霞澄の答えはあっさりしたものだった。
「どーせ、こっちのボディの調整が終わってAIとのリマッチング作業に入るまで、あの子がいたって何も出来ないんだから。その時になってから連れ戻せば十分よ。
 それより……」
 そうティアナに告げると、霞澄ははやてへと向き直り、
「アイゼンアンカーをあんなにした相手……まだわかってないんでしょ?
 そっちの方が、むしろ警戒すべきだと思うんだけど」
「そう……ですね……」
 アイゼンアンカーを放っておけないという気持ちもあるが、確かに霞澄の言う通り、彼を襲った相手をこのまま放置しておくワケにもいかない。しぶしぶうなずくと、はやては改めて一同に告げる。
「ほんなら、みんなは手分けして、アイゼンアンカー襲撃についての捜査に取りかかってくれへんかな?」
「わざわざ調べるより、襲われた他当人に聞けばいいじゃないですか」
 指示するはやてにそう口をはさむのはティアナだ。
「アイゼンアンカーを直接問いただせば……」
「あの様子で、素直に答えてくれると思う?」
「…………ですね」
《きっと適当にはぐらかされて終わりですよ。
 それなら、彼の周りから攻めていって、証言を集めた方が早いです。
 襲われた本人の視点よりも、客観的な視点の方が余計な先入観もないですし》
 納得するティアナに補足するリインにうなずくと、はやては改めて一同に告げる。
「じゃ、ティアナも納得してくれたところで、さっそく捜査開始や。
 相手がドコのダレか、何が目的で、それがどうしてアイゼンアンカーを襲うことにつながったのか……わからんことが多すぎて、大変やと思うけど、お願いな」
『了解!』
 はやての言葉にうなずき、スバル達は出口へ向かう――が、
「…………あの……」
 そんな彼女達に対し、エリオは少し申し訳なさそうに手を挙げた。
 

「♪まき餌タップリ群がる魚♪
 ♪ぶっ込めはぁりにエサつけて〜♪」
 はやて達の元を辞し、向かうのはいつもの場所――のん気に鼻唄を口ずさみながら、アイゼンアンカーは背中のクレーンアームを取り外すと釣竿としてフックにエサを括りつけると海に向かって勢いよく放る。
 そのままその場に座り込み、反応を待つこと数分――不意に彼の頭上に影が落ちた。
 一瞬、はやて以下六課の飛行可能メンバーが自分を連れ戻しに来たのかと思ったが――
「…………どういうつもりだ?」
 そう告げる声は彼らの中の誰のものでもなく――顔を上げ、アイゼンアンカーは不思議そうに尋ねる。
「これはこれは。
 あちこちでアレコレやらかしてる人が、オレなんかに何の用かな――お兄様?」
「…………私は『お兄様』ではない」
 告げるアイゼンアンカーの言葉にしばし首をひねった後、“お兄様”は――ブレインジャッカーは淡々とそう訂正した。
 

「アイゼンアンカーのことだから、きっとまたあそこに……!」
 一方、エリオもまた、アイゼンアンカーの姿を求めて例の防波堤に向かっていた。
 霞澄やティアナに対し「めんどくさい」とまで言い切って関与を嫌がったアイゼンアンカーだったが――そこまで言い切っているからこそ逆に違和感がある。
 何しろ後ひとつ何かが違っていれば命を落としていたところなのだ。そこまでやられていながら「めんどくさい」などと言う理由で片付けることが果たしてできるだろうか――少なくとも自分はムリだ。
 だからこそ、アイゼンアンカーの態度に納得が出来ない。真意を問いただしたくて、はやての許可を得てアイゼンアンカーを探しに来たのだが――
「…………って、あれは……?」
 そこには、アイゼンアンカーの他、知った顔がいるのに気づいた。
「ブレイン、ジャッカー……!?」
 

「記録を見たよ。
 最近、ボクらの就職先にちょっかい出してくれてるみたいじゃない」
「『就職先』……機動六課のことか」
「そーそー。
 まったく、面倒くさいことをしてくれるね、ホント」
「……貴様に言われたくはない」
 ブレインジャッカーに視線を向けることなく、アイゼンアンカーは平然と答えてみせる――対し、ブレインジャッカーはため息まじりにそう切り返した。
「貴様は何を考えている?
 そんな小さなボディに入らなければならないような目にあっておきながら、なぜ同じ事を続ける?
 もはや、事態は貴様ひとりの手には負えまい。この星に来ている機動六課のヤツらなり、ギガロニアのトランスフォーマー達なり、あてにできる戦力はいくらでもあるはずだ。
 なのに、なぜ相変わらずひとりで監視を続けている?」
 そう尋ねるブレインジャッカーに対し、アイゼンアンカーはキッパリと答えた。
「めんどくさいから」
「『めんどくさい』……?」
「ん。めんどくさいから」
 あっさりとアイゼンアンカーはうなずいた。
「発言の意味が理解できない。
 ヤツらを頼れば、事態を収拾するための人手は大きく増える。その方が労せずに解決するはずだ。
 こうして誰にも頼らずにひとりで監視を続けることの方がよほど面倒ではないのか?」
「その辺りはほら、価値観の違いってヤツ?」
「その程度の表現で片づけられる問題ではあるまい」
 アイゼンアンカーのその態度は、感情に乏しいブレインジャッカーにとっても扱いづらいもののようだ。無表情がデフォルトである彼にしては珍しくため息をつき、うめくように告げる。
「今回お前を襲ってきた相手――そのことから予測すれば、お前もすでにわかっているはずだ。
 お前が監視しているモノが何なのか」
「まぁね」
 そう答えると、アイゼンアンカーは不意に釣り針クレーンのフックを引き上げた。そのまま無造作にロッドを振るうと、フックを背後に飛ばし――
「ぅわぁっ!?」
「はい、大物ゲット♪」
 フックにえり首を引っかけられ、まるで吊り上げられるように引き寄せられたのはエリオだった――勢いよく引き寄せられ、、放物線を描いた末目の前でしりもちをついたエリオの姿に、アイゼンアンカーはのん気にそう声をかける。
「盗み聞きとは、あまりいいシュミしてるとは言えないね」
「え、えっと……」
「そう言うな、1番機」
 アイゼンアンカーに対し答えに窮するエリオに助け舟を出したのはブレインジャッカーだ。
「手配犯の私がここにいたんだ。声をかけづらくても仕方あるまい」
「一応、自分が手配犯だって自覚はあるんだ」
「現実から目を背けても意味はない」
「そりゃそーだけどね」
 あっさりと返ってきた答えに肩をすくめ、アイゼンアンカーが苦笑すると、
「あ、あの……」
 そんな二人のやり取りに対し、エリオはおずおずと口をはさんできた。
「えっと……ブレインジャッカーがいることについては、アニマトロスでキャロが助けてもらったこともあるから、不思議には思わないけど……」
「だそうだよ、ブレインジャッカー。
 もうすっかり『どうせいるだろう』的な扱いじゃないか」
「どうでもいい」
「あらら、おもしろくないなー」
「あ、あの、えっと……」
 ちょっとでも油断するとあっという間に会話から置き去りにされそうだ――ひょうひょうと告げるアイゼンアンカーとブレインジャッカーのやり取りに、エリオは若干圧倒されながらも声を上げる。
「そんなことより、さっきの話だけど……」
「あぁ、そのこと?
 気にしなくてもいいよ。大したことないから♪」
「十分に『大したこと』だし気になるよ!」
 変わらぬ態度のアイゼンアンカーだが、エリオはいたって真剣だ。
「アイゼンアンカー、何を見張ってるの!?
 それに、襲撃犯に心当たりがあるの!?」
「……やっぱりこうなったか……
 これがめんどくさかったから、誰にも何も言いたくなかったのに」
「マジメに答えてよ!」
 肩をすくめるアイゼンアンカーに、エリオはマジメな顔で鋭く告げる。
「まったく、めんどくさいなー……」
 その強いまなざしは、ここではぐらかしても食らいついてくるであろうことを容易に想像させた――ため息をつき、アイゼンアンカーは頭をかきながらつぶやいて――
「何なら、オレが知っている限りを明かしてやろうか?」
「え…………?」
「ちょっとちょっと、勝手なことしないでくれるかな?」
 唐突に口を開いたのはブレインジャッカーだった。意外な人物からの申し出に、困惑するエリオのとなりでアイゼンアンカーは不満げに声を上げる。
「アンタ、コイツらとは追って追われての立場でしょ? なんでそんなことを言い出すのさ?」
「貴様の態度に納得がいかないからだ。
 だから、貴様の思考を読み取って真意を見せてもらった」
「それでバラすっての? 嫌がらせだね、完全に!」
「その通りだ」
「しかも認めた!?」
「言っただろう。『現実から目を背けても意味はない』と」
「そりゃ言ってたけどね!?」
 声を上げるアイゼンアンカーにかまわず、ブレインジャッカーはエリオへと向き直り、
「どうする?
 手配犯の私の話を信じるか――そもそも、手配犯である私と情報を取引することが、貴様に選べるか?」
「………………っ」
 その言葉に、エリオの顔に迷いが走り――アイゼンアンカーは気づいた。
(試してる……ってことか)
 マジメなエリオの性格を考えれば、犯罪者は逮捕すべき相手であり、そんな相手と取引というのは抵抗感を抱かずにはいられないはずだ。
 そんなエリオに対し、ブレインジャッカーは“連続集団神隠し事件”の容疑者という立場とアイゼンアンカーから読み取った情報を利用し、“エリオの立場”と“事件の解決”を天秤にかけたのだ。
 これでエリオが取引に応じるにせよ断るにせよ、エリオの心は大きく動くことになる――ブレインジャッカーの狙いは、そんなエリオの心の動きを“観察”することだったのだ。
 そんなブレインジャッカーに対し、エリオの答えは――
 

「エリオ、大丈夫かなぁ……?」
「あまりあてにはできないかもな」
 アイゼンアンカーの襲撃犯に対する捜査の上、メトロタイタンの体内に設置した指揮所――頬杖をついてつぶやくはやてに対し、メトロタイタンは気休めもなしにそう言い切った。
「このギガロニアでサボり倒しているうちに、ヤツもずいぶんと口が達者になったようだからな。
 素直そうなあのチビスケでは、手玉に取られても文句は言えまい」
《そう言われてみれば……エリオには、ちょっと相性の悪い相手かもですぅ……》
「せやねぇ……」
 メトロタイタンの言葉に思わず納得するリインの言葉に、はやては思わずため息をついて――
〈八神部隊長!〉
 そんな彼女の元に、スバルから通信が入った。

「今、聞き込みをしている中でちょっと気になる話を聞いたんです」
〈『気になる』……?
 何かあったん?〉
 ビークルモードの戦闘指揮車、そのコンテナを開き指揮所形態にトランスフォームしたマスターコンボイに端末を借りて告げるスバルの言葉にはやてが聞き返すと、ちょうど聞き込みを終えたティアナが戻ってきた。
「八神部隊長、ティアナです。
 どうも、エリオのカンが大当たりだったみたいです」
〈エリオの……?〉
「あの、『アイゼンアンカーはワザとあそこでサボってるのかもしれない』って言ってたアレですよ」
 聞き返すはやてに答え、ティアナは聞き込みによって得られた情報を伝えていく。
「聞き込んだ話の内容によると、少し前にこの辺りから見渡せる海上に、“隕石のような何か”が落下したらしいんですけど……どうもその時期が、ジーナさんから聞いたアイゼンアンカーにサボり癖がつき始めた頃と一致するんですよ」
〈つまり……その“落下物”とやらが、アイゼンアンカーの今の行動と関係がある……?〉
「その可能性はきわめて高い」
 つぶやくはやてに答えるのはジェットガンナーだ。
「今、目撃したトランスフォーマーの映像記録をコピーしてもらった。
 そちらに転送する――確認してみてほしい」

「……あー、来た来た。これやね?」
《さっそく再生です!》
 転送されたという映像データはすぐに届いた――つぶやくはやてにリインが応える形で、二人はすぐに映像に目を通し――
「《………………あれ?》」
 違和感にはすぐに気づいた。二人でそろって首をかしげ、もう一度映像を再生してみる。
「……やっぱりや。
 なんか、モノが異様に小さいな」
《詳しく解析してみるです!》
 つぶやくはやてのとなりで、リインは映像の解析を開始し――
《落下物はだいたい50cm四方で厚さは約30cm……
 周囲の熱量からして大気圏外から重力に捕まって落下してきたみたいですけど、それにしては小さいです……
 映像の最初から最後までてってーてきにクライマッ……じゃなくて、サイズも変わってませんし……》
「大気圏突入の熱に耐えた、ってことか……」
 リインの言葉に、はやては腕組みしてつぶやき――
「――って、ちょっと待ていっ!」
 気づいた。今まで“その可能性”に思い至れなかった自分に渾身の力でツッコミを入れつつ、はやては新たに通信回線を開き、
「機動六課派遣隊、八神はやてから機動六課本部隊舎へ!
 ちょう、シグナムを出してもらえる!?」
 

「どうする?
 手配犯の私の話を信じるか――そもそも、手配犯である私と情報を取引することが、貴様に選べるか?」
「………………っ」
 告げるブレインジャッカーの言葉に、エリオの顔に迷いが走る。
 エリオも、ブレインジャッカーも、アイゼンアンカーも――その場の誰もが言葉を発しない中、しばしの時が流れ――
「……いいよ、教えてくれなくても」
 エリオは静かに、しかし迷いなくそう答えてみせた。
「……心に動きはなし、か……
 本当に迷いがないらしいな。観察のしがいがない」
 そんなエリオの答えに、ブレインジャッカーはため息をつき、
「……理由を聞こうか」
「心を読んでわかってるんじゃないの?」
「直接貴様の口から聞かせてもらおうと考えて、まだ読んではいない」
「それで、ウソかどうか……ウソならその心の動きを読む、ってワケ?」
「黙っていろ」
 口をはさむアイゼンアンカーに言い放つと、ブレインジャッカーは改めてエリオへと向き直り、
「さて、聞かせてもらおう。
 なぜ、私の提案を蹴った?――やはり、犯罪者との取引はできんか?」
「ううん……そういうことじゃない」
 しかし、尋ねるブレインジャッカーの問いに、エリオはキッパリと否定の声を上げた。
「ならばなぜだ?」
「決まってる。
 ボクが、心を読まれたくないからだよ」
 そう答えるエリオの言葉に迷いはなかった。
「ボクは、ボクの心を読まれるっていうのは、正直いい気分がしない。
 自分の、知られたくない部分まで見られるような気がして……」
 そこで一度言葉を区切り、エリオはブレインジャッカーに告げた。
「だから――」
 

「きっと、アイゼンアンカーもそうだと思ったんだ」
 

「え………………?」
「アイゼンアンカーが嫌がるようなことをしてまで、ボクはアイゼンアンカーのことを知ろうとは思わない」
 ここで自分の名前が出てくるとは思っていなかった――意外と言えば意外な答えにアイゼンアンカーが声を上げるが、エリオはかまわずそう続ける。
「だから、ブレインジャッカーに心を読んでもらってまで、アイゼンアンカーの本音を知りたいとは思わない。
 これで、満足かな?」
「…………なるほどな」
 告げるエリオの言葉に、ブレインジャッカーは静かにうなずいた。
「まさか、そういう答えで来るとは思っていなかった。
 お前達のその心、やはり興味深い」
「……なんだか、ほめられてる気がしないんだけど」
「ほめているんだがな、私は」
 複雑な表情でうめくエリオにブレインジャッカーが答えると、
「…………あー、もう、やめやめ!」
 そんな二人に割って入る形で、アイゼンアンカーは苛立ちもあらわに声を上げた。
「まったく、やってられないよ。
 ブレインジャッカーはボクの思考の中身を対価にして、エリオはそれに対して『いらない』?
 ボクって何なワケ? エサ? しかも獲物にそっぽ向かれるような粗末なエサ?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
 アイゼンアンカーの言葉に、エリオはあわてて弁明の声を上げ――
「待て」
 そんな二人のやり取りを、ブレインジャッカーが断ち切った。
「何なのさ?
 元はと言えば、ボクの考えをエサにしたキミが事態の元凶でしょうg――」
 しかし、アイゼンアンカーがその言葉を最後まで続けることはできなかった。
 彼の言葉をさえぎるかのように、突然防波堤から見渡せる海上、沖の方で爆音と共に水柱が立ち上ったからだ。
「な、何っ!?」
「まさか……!?」
 驚くエリオとアイゼンアンカーの視線の先で新たな爆発が起きた。立ち上った水柱の中で何かが跳ね上げられるのが見えて――次の瞬間、それは巨大な錐のようなものに貫かれ、爆発、四散した。
 やられた側は一瞬のことで把握できなかったが、やった側はそのままの勢いで海上に姿を見せ――
「あれは、ランページ!?」
 間違いない。今“何か”を破壊したのは、ユニクロン軍のランページだ。驚き、エリオが声を挙げ――気づいた。
「まさか、アイゼンアンカーがやられた相手って……!」
「……もう隠してたってしょうがないか……
 そーだよ。アイツだよ」
 尋ねるエリオに答え、アイゼンアンカーは苛立たしげに釣竿代わりにしていた自分のクレーンアームを振るう。
「ったく、めんどくさいことになるのがイヤで黙ってたのに、何であぁも目立つマネしてくれるかな……!」
「め、めんどくさいって……!」
 この期に及んでまだ「めんどくさい」などという言葉を持ち出すアイゼンアンカーの言葉に、さすがのエリオもムッとして抗議の声を上げた。
「そんなこと言ってる場合ですか!?
 ランページって言ったら、10年前にこっちの宇宙を滅ぼしかけた、あのユニクロンの部下だったヤツですよ!
 そんな相手にやられて、しかもまだこの辺りにいたっていうのに、『めんどくさい』だなんて……!」
「その辺の説明、めんどくさいからカット!」
 そうエリオに言い放ち、アイゼンアンカーは海上での戦闘の光景に視線を向ける。
「それより、今確認しなきゃならないのは別のことでしょ。
 いったいどこの誰がランページと……!?」
「あ……そういえば……」
 水中戦ならばシャープエッジやウォーターフォームとなったマスターコンボイとキャロ、または両者の合体したシャープコンボイが六課の戦力として挙がるが――キャロがいる以上、ランページを見つけてもみんなに連絡しない、ということはないだろう。
 つまり、ランページが相対しているのはそれ以外の何者か、ということになるが――
「………………“アレ”のお仲間、というのがもっとも可能性が高いのではないか?」
 だが、そんな二人に対する“解答”はブレインジャッカーが一足先に発見した。頭上を見上げる彼に続き、エリオとアイゼンアンカーも頭上を見上げ――そんな彼らの頭上を、多数の飛翔体が駆け抜けた。
 海上の戦場に突撃し、爆雷に寄ってランページに攻撃を仕掛けているのは――
「こ、今度はガジェット!?」
 上空を飛び回っているのはガジェットU型だ――思わずエリオが声を上げると、
「あー、もうっ! 最悪じゃないか……!」
 そのとなりで、アイゼンアンカーは思わず頭を抱えていた。
「こうなる前にケリをつけたかったのに、全部おじゃんじゃないか……!」
「え………………?
 アイゼンアンカー、それって、どういうこと……?」
 うめくアイゼンアンカーの言葉に、エリオが思わず声を上げ――
「……やっぱり、気づいてたんやね」
 そう告げる声はエリオ達の背後から。彼らが振り向いた先で、彼女は――
「あそこに落ちたんが、“レリック”やった、って……」
 ジーナや霞澄達を連れたはやては、アイゼンアンカーをしっかりと見据えてそう告げた。
 

〈水中は頼んだわよ、マスターコンボイ、キャロ、シャープエッジ!
 あたし達は上空のU型を片付ける!〉
《わかっている!》
「任せてください!」
 おそらくはスバルと共にジェットガンナーの背に乗って現場に向かっている最中だろう――ティアナからの通信にウォーターフォームへとゴッドオンしたマスターコンボイとキャロが応え、
「拙者にお任せあれ!
 姫に近づく者には容赦しないでござる!」
 ビーストモードのシャープエッジが先行。ランページの放つ魚雷をかわしているガジェットと思われる機影に向けて襲いかかる。
「まずは1機!」
 咆哮と共に鼻先の刃を突き出し、ガジェットを貫かんとするが――
「――――何っ!?」
 ガジェットはあっさりとかわし、逆にシャープエッジを体当たりで弾き飛ばす!
「バカな……!?
 サメ型の拙者よりも速い……!?」
 うめき、ロボットモードにトランスフォームして体勢を立て直したシャープエッジがうめく周りで、ガジェット群は信じられないスピードで駆け回っている。
 その正体は――
「U型、でござるか……!?
 しかし、ヤツらは空戦用……いや、空力の関係で抵抗を減らしたボディを活かし、水中用に改造したタイプでござるか……!」
 そう。それは水中での稼動を前提にカスタマイスされた対TFタイプのU型改――シャープエッジの剣の間合いの外から、一斉に魚雷で攻撃を仕掛けてくる。
「シャープエッジ!」
《マズイぞ!
 あの様子……水中で“自分より速い相手”と戦うことに慣れていない!》
 声を上げるキャロにマスターコンボイが告げ、二人はシャープエッジの援護に向かおうとするが、
「貴様の相手はワシじゃあっ!」
 二人の前にはランページが立ちふさがった。素早く正面に回り込み、こちらの胸板を思い切り蹴り飛ばす――ダメージを狙ったものではなく、こちらの姿勢を崩すことを目的とした蹴りだ。
「あのブリキ人形相手に、攻撃が当たらなくてムシャクシャしとったんじゃ!
 こっちのウサばらしに、付き合ってもらうからのぉ!」
《お断りだ――そんなもの!》
「ジャマしないでください!」
 ランページに言い返し、水竜巻を放つキャロとマスターコンボイだが、
「バカと魚雷は、使いようじゃあっ!」
 言い放ち、ランページの放った魚雷が炸裂し、水の流れをかき乱して水竜巻を撃ち砕く!
 

「アイゼンアンカーは、目撃していたのよ。
 密輸のためにこっちの宇宙を――ギガロニアの衛星軌道上を経由していた密輸船、トラブルを起こしていたその船から誤ってこぼれ、ギガロニアに落下した“レリック”を。
 その密輸業者、ついこないだシグちゃんがとっ捕まえてくれててね――はやてちゃんの命令で取り急ぎ、その辺りの証言だけゲロってもらったわ」
 突然会話の中に浮上してきた“レリック”の名――驚くエリオに対し、はやてと共にこの場に現れた霞澄はそう説明する。
 その後に続くのはジーナとシャリオだ。
「けど、それに対して、アイゼンアンカーはひとりで対応することにした……」
「仕事をサボって釣りをするフリをして、“レリック”の落ちた海域を監視。そして――」
 と、その言葉に伴い背後の海面が盛り上がった――海中にもぐっていたビッグコンボイが浮上してきたのだ。
「……そして、釣りをするフリをして、釣り針を装って海中に垂らした多目的作業アームで“レリック”の元まで牽引ケーブルを敷設、人知れず回収しようとした……」
 言って、ビッグコンボイが放り出したのはアイゼンアンカーが海中に敷設していたと思われるケーブルだ。
「ここを監視や作業の場に選んだのは、万一“レリック”を狙ってくるヤツらが現れた時に、自分の存在をオトリとして使うため。
 せやけど、“古代遺物ロストロギア”を集めているユニクロン一派――ランページが“レリック”を狙ってアイゼンアンカーの予測よりも早く現れてしまった。
 結果、アイゼンアンカーはヤツに敗れて重傷。回収が遅れている間にガジェットまで“レリック”を狙って現れた――訂正はある?」
「…………ないよ。
 強いて言うなら、“古代遺物ロストロギア”だとは思ってたけど、まさかそのものズバリ“レリック”だとは思ってなかった――ってところかな?」
 締めくくり、確認するはやてに対して、アイゼンアンカーはあっさりと両手を挙げて降参を示した。
「なぜだ?
 どうして、全部ひとりでやろうとした?
 ガードシェルやメトロタイタンはかつてプラネットフォースという形で“古代遺物ロストロギア”と関わりを持っている――事情を話せば、力を貸してくれたはずだ」
「何度も言ってるでしょう?
 “めんどくさいから”ですよ」
 尋ねるビッグコンボイだが――アイゼンアンカーはあっさりといつもの口癖を持ち出した。
「『めんどくさい』って、まだそんな……!」
「だってそうでしょ?」
 思わず声を上げるエリオだが、アイゼンアンカーはかまわず続ける。
「あの人達の仕事はこの星でビルを建て、この星の建築技術を高め、発展させていくこと。
 そして“レリック”の回収は、六課配属予定のボクの仕事。
 それぞれがそれぞれの仕事をすればいい――その垣根を飛び越えたり取っ払ったり、そんなのめんどくさくてしょうがないでしょ?
 それに――」
 言って、アイゼンアンカーは防波堤から見える、ギガロニアの海沿いの街並みへと視線を向けた。
「まがりなりにもこの星で教育を受けてきた――だからわかるんだ。
 この星のトランスフォーマー達は、この星に生まれた人達も外から来た人達も、建築がすごく大好きで……作り上げた建造物にすごい愛着を持ってる。
 戦闘装備を持ってようがサイバトロンの軍人だろうが関係ない――そんなヤツらを戦いに巻き込むのはめんどくさいんだよ。
 手間とかそういうのじゃなくて……主にボクの精神的に」
 そう告げるアイゼンアンカーの視線に、いつものふざけた様子はなかった。
 とても優しい、いつくしむような眼差し――本当にギガロニアと言う星とそこで建築に励む者達を大切に感じているのがわかる。
 だが――アイゼンアンカーはすぐにその視線を伏せた。いつものひょうひょうとした雰囲気を蘇らせ、釣竿代わりのクレーンアームを肩に担ぎ、
「だからさ……あーゆーヤツをほっとくのも、正直めんどくさいんだよね。
 でもって、退治を他の人任せにしてるのもめんどくさい」
「って、まさか戦うつもり!?
 忘れたの!? アイゼンアンカーの今の身体は……」
「いつものボディと今のマイクロンボディ、これだけ違えばさすがに忘れてないって」
 声を上げるエリオに応えると、アイゼンアンカーは肩をすくめ、
「だからって……何もしないことを肯定する理由になんかならないでしょ?
 めんどくさいからヤなんだよ――そういう、できるかできないか、そんなのを考えてやることを決めるのって。
 だから行く。めんどくさいのはイヤだから。
 それに――」
 迷いなく言い切り、アイゼンアンカーははやて達――正確にはその周りの霞澄達――へと向き直り、
「ここに来てるってことは、作業、終わったんでしょ?」
「ご名答♪
 でなきゃ、そんなちっこい身体で行こうとしてるキミを止めないはずがないでしょ?」
 あっさりと答え――霞澄は告げた。
「完成してるわよ――アイゼンアンカーの新ボディ♪」
 

「《マスター、コンボイ!》」
 キャロとマスターコンボイの叫びが響き、大きく跳躍したその背中のバックパックが起き上がると、折りたたんだ左腕を空いたスペースに折り込ませ、
「シャープエッジ!」
 次いでシャープエッジが叫び、ビーストモードへとトランスフォーム。喉元にあたる部分に合体用のジョイントを露出させる。
 そして、両者が交錯し――
『《ゴッド、リンク》!』
 3人の叫びと共に、折りたたまれたマスターコンボイの左腕に代わりシャープエッジが合体する!
 右手にワンドモードのオメガを握りしめ、合体したシャープエッジの尾びれを刃とした左腕をかまえ、3人が高らかに名乗りを上げる。
『《シャープ、コンボイ!》』

《一気に行くぞ!》
「はい!」
「承知!」
 告げるシャープコンボイにキャロとシャープエッジが答え、彼らの周囲の海水が渦を巻き――
『《スプラッシュ、トルネード!》』
 巨大な水竜巻が発生、周囲のガジェットU型改やランページ配下のシャークトロン達を巻き込み、強烈な水流で引きちぎり、まとめて爆砕する!
「ちょっ! マップ兵器で一撃かいっ!
 もーちょっと戦いに花を彩ろうとか思わんか!?」
《一番そういうのに縁がなさそうなヤツが!》
 うめくランページにそう答え、シャープコンボイは一気に肉迫、テールカッターでランページを弾き飛ばす!
「く……っ!
 んならぁっ!」
 それでも、相手は生まれながらの水中タイプ。体勢を立て直し、ランページはシャープコンボイをにらみ返し――
「――って、何じゃあっ!?」
 突然その身体に何かが巻きついた。
 強靭なワイヤーだ。そして――
「どぅわぁっ!?」
 ランページが勢いよく引っ張られた。ワイヤーに導かれるまま、海上に放り出され、一気に陸地に向かって飛ぶ。
「何じゃあっ!?」
 声を上げ、大地に叩きつけられたランページがうめくと、
「ボクらだよ♪」
 身を起こすランページにそう告げたのはアイゼンアンカーだ。
 しかし、彼の身体はマイクロンボディのまま。今ランページを引き上げたのも、彼が仁王立ちしているその足元――かつてのボディとは別の、青色のクレーン型ビークルの仕業である。
 しかも、ビークルは1台だけではない。もう1台、緑色のクレーン型ビークルが並び立っていて――
「それじゃ――新ボディのおひろめだ!
 トランスフォーム!」
 アイゼンアンカーの言葉に従い、2台の、クレーン型ビークルがトランスフォーム。車体内側を併せるように合体すると人型のボディと両足が完成。さらにそこから外側に運転席部が倒れ、内側から腕が展開される。
 そして――
「ヘッド、オン!」
 咆哮し、頭部ユニットへとトランスフォームしたアイゼンアンカーが完成したボディに合体。力が全身にみなぎると分離したクレーンアームを両手に装備する。
「全システム、正常機動を確認!
 アイゼンアンカー、TRツインロッド!」
「何がツインロッドじゃ!
 2本とも叩き折ったるわい!」
 トランスフォームを完了し、名乗りを上げるアイゼンアンカーに言い返すと、ランページは彼に向けてハサミを繰り出し――
「そんなハサミで、届くと思ってるワケ!?
 アンカーロッド!」
 アイゼンアンカーはあっさりと反撃。2本のロッドを合体させると一振りの棍棒“アンカーロッド”に変化させ、ランページを間合いの外から打ち据える!
 そこへさらに一撃。ランページが防波堤の上を転がるのを見送り――アイゼンアンカーは不意にかまえを解いた。その場でクルリと振り向き、
「キャロちゃん、シャープコンボイ、ちょっと上がってきて♪
 でもってエリオと交代♪」
 そう告げた相手は、突然連れ去られたランページを追ってきたシャープコンボイや彼にゴッドオンしているキャロだ。
「え? エリオくんと……?」
《サンダーフォームか?
 しかし、なぜ今さら……?》
 尋ねるキャロとシャープコンボイだったが――アイゼンアンカーはあっさりと答えた。
「ガジェットは烏合の衆で、シャークトロンはランページのコントロール。
 めんどくさいからさっさと終わらせたいんだよね――そのために、コントロール役はさっさとツブさないと♪」
「け、けど、何でボクが……?」
「あーあー、そういうこと聞く?」
 なぜ自分が指名されるのか――困惑するエリオにも、アイゼンアンカーはひょうひょうとした態度のまま答えた。
「ブレインジャッカー相手に、『ボクが嫌がることはしない』なんてタンカきったのはキミだよ?
 と、ゆーワケでボクはキミをパートナーに決めさせてもらったんだよ♪
 ちなみに再検討はしないからね。めんどくさいから♪」
 言って、アイゼンアンカーはロッドを振り上げ――
「よそ見しておしゃべりとは、よゆヴじゃばっ!?」
 振り下ろした。体勢を立て直したランページの脳天をブッ叩き、改めてエリオに告げる。
「説明は以上。
 わかったら、さっさとゴッドオンしてよね♪」
「う、うん!」
 アイゼンアンカーの言葉にうなずくと、エリオはきびすを返し、キャロとのゴッドオンを解いたマスターコンボイへと走る。
「エリオくん、しっかりね!」
「うん!」
 声をかけるキャロにうなずくと、エリオはマスターコンボイと顔を見合わせ、咆哮する。
『ゴッドオン!』

「《マスター、コンボイ!》」
 エリオとマスターコンボイの叫びが響き、大きく跳躍したその両足がビークルモードのそれに変形。そのまま背後に折りたたまれ、バックパックをカバーする形で固定される。
「アイゼン、アンカー!」
 次いでアイゼンアンカーが叫んで分離。運転席側をジョイントとして合体していた2台のビークルは今度は車体後尾をジョイントとして合体。小型クレーンにトランスフォームしたアイゼンアンカー自身は背面側に合体し、起き上がった運転席部分を爪先とした下半身へと変形する。
 そして、両者が交錯し――
『《ゴッド、リンク》!』
 3人の叫びと共に、折りたたまれたマスターコンボイの下半身に代わりアイゼンアンカーが合体する!
 右手にランサーモードのオメガを握りしめ、左手には2本のクレーンアームが連結された大槍をかまえ、3人が高らかに名乗りを上げる。
 その名は――

 

『《アンカァァァァァッ、コンボイ!》』

 

 

「ち、ちょっと待てや!
 ただでさえ有利な状況でさらに合体まで、って、明らかにやりすぎじゃ!」
「知らないなー、そんなことは♪」
 あわてるランページだが、アンカーコンボイに合体しているアイゼンアンカーはあっさりとそう答える
「めんどくさいからさっさと終わらせる――さっきから言ってるでしょ?
 だから最大戦力でブッ飛ばす――何か問題でも?」
「ブッ飛ばされるこっちは大迷惑じゃあっ!」
 言い返し、ヤケクソ気味にアンカーコンボイに襲いかかるランページだったが、
「そんなの!」
《甘い!》
 エリオとアンカーコンボイが対応した。エリオの操作でオメガが、アンカーコンボイの操作でアームロッドが振るわれ、ランページを立て続けに打ち据え、弾き飛ばす!
「あ、あかん! 退却じゃ!」
 うめき、あわてて撤退しようとするランページだったが――
「おっと、そうはさせへんで」
「貴様にはいろいろと証言してもらわなくてはな」
 その前にははやてとビッグコンボイが立ちふさがり、ランページの退路を完全に断ってしまう。
 だが――
「フンッ、後ろふさいだだけで、逃げ道ふさいだつもりか!」
 ランページは迷わず海へと飛び込んだ。そのまま海中からの逃亡を図るが、
「アイゼンアンカー! 逃げるよ!?」
「問題はないよ。
 ロッドを使えばいいんじゃないかな?」
 あわてるエリオだが、アイゼンアンカーは冷静だ。彼の指示でエリオはオメガを大地に突き立てると左手のアンカーロッドを両手でかまえ、
「いっ、けぇっ!」
 思い切り振るった。飛び出したフックは海中を逃げるランページに追いつくと海中に没し、そのままランページの身体にからみつく!
「せーっ、のっ!」
 そして、エリオはロッドを一気に引き寄せた。勢いよくウィンチがまかれ、ランページは彼らの前まで連れ戻されてしまう。
「ゴメンねー♪
 ボク的には逃げてもいいんだけどさ……それならせめて、しばらく出てこれないくらいにはやられてもらわないとね。
 また出てこれても面倒だから♪」
 明るい口調で物騒極まりないことを言い出すのはアイゼンアンカーだ。再びオメガを手に取り、アンカーコンボイは悠然と彼に向けて歩を進める。
「ぐ…………っ!
 こうなったら、何が何でも強行突破じゃあっ!」
 もはや多少の被害は覚悟してでも突破しなれば――意を決し、ムリヤリ脱出の道を切り開こうとしたランページはアンカーコンボイに向けてミサイルを撃ち放つが、
「そんなもの!」
 アンカーコンボイには通じない。エリオの振るったオメガが雷光を放ち、ミサイルをまとめて薙ぎ払う!

《フォースチップ、イグニッション!》』
 アンカーコンボイとエリオ、そしてアイゼンアンカーの叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、アンカーコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、アンカーコンボイの両足と右肩、そして下半身となったアイゼンアンカーの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そう告げるのはアンカーコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 再び制御OSが告げる中、エリオはアンカーロッドをかまえ、
「いっけぇっ!」
 ランページに向けて投げつけた。と、アンカーロッドは途中で二つに分割、ランページの左右に突き刺さるとフォースチップによって強化された魔力を放 ち、電撃のフィールドを展開してその動きを封じ込める。
 そして、エリオは両手でオメガを握りしめ、流し込んだ魔力によって刃が雷光を放ち始め、電気によって熱された刃が真紅に染まっていく。
「いっ、けぇっ!」
 気合と共に一気に跳躍。エリオは動きを封じられたランページへと突っ込み――
「雷光――」
《溶断!》

「アンカー、サンダーフレア!」

  すれ違いざまに、横薙ぎに振るったオメガの刃をランページに向けて叩きつけた――同時、刃を通じて叩き込まれた新たな魔力を起爆剤とし、拘束フィールド内でくすぶっていた魔力エネルギーが炸裂、強大な魔力の奔流となってフィールドの内部で荒れ狂い、爆裂する!
 全身を焼かれ、ランページはゆっくりとその場に崩れ落ち――
《撃破――》
『確認!』

 エリオとアンカーコンボイ、そしてアイゼンアンカーの言葉と同時、絶叫と共に巻き起こる大爆発――周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、ランページは天高く吹き飛ばされていった。

「…………アンカーコンボイ、か……
 また、新たな力を得たワケか……」
 その光景を上空から見つめ、ブレインジャッカーは静かにうなずいた。
「より学習するごとに、新たな力を勝ち得ていく……
 心とは、実に興味が尽きないな」
 ひとりつぶやき、ブレインジャッカーは背中のスラスターの推力を挙げた。身体が浮き上がっていくのを感じながら眼下のアンカーコンボイや空戦ガジェットを蹴散らし終え、合流してくるティアナ達へともう一度視線を向ける。
「…………だが、お前達は何もわかってはいない。
 GLXナンバーの存在理由も、お前達が本当に立ち向かっている相手が何者なのか……
 その真実を知った時、お前達がどう心を動かすのか、楽しみにさせてもらおうか」
 そうつぶやき、ブレインジャッカーはビークルモードのジェット機へとトランスフォームし、その場から飛び去っていった。
 

「みなさん、お世話になりました」
 海中に落下していた“レリック”もシャープエッジによって回収、リインが封印――あわただしかったギガロニア滞在も今日で終了。はやて達と共に機動六課に出向くこととなり、ジーナはスペースブリッジまで見送りに来てくれたガードシェルやメトロタイタンに向けて一礼し――
「お世話以上にご迷惑をおかけしましたー♪」
 となりで軽口を叩くマイクロンボディのアイゼンアンカーにはハリセン一閃。背後ではやてが感嘆の声を上げているがとりあえずスルーだ。
「やれやれ、ようやく帰れるな……」
「まったく、今回は散々だったわね。
 前半はビル工事の手伝い、後半は聞きこみ捜査……戦闘になっても空戦ガジェットがほんの少し……」
「なんていうか……こう、不完全燃焼?」
 一方、大きな動きのなかった今回の派遣は行動派の多いスターズ組には物足りなかったようだ。疲れは見せているが、どこか動き足りない、といった様子でうめくマスターコンボイやティアナにスバルが尋ねると、
「確かに、今回は滞在期間も短かったおかげで、こちらとしてもあまり多くを伝えられなかったな」
 そんな彼女達に、メトロタイタンは肩をすくめながら告げる。
「だが……心配はいらん。
 ギガロニアのトランスフォーマーの心意気は、オレ達も気づかない間にアイゼンアンカーがしっかりと受け継いでいてくれたようだ」
『え………………?』
 その言葉に、一同の視線がアイゼンアンカーに集まる――当のアイゼンアンカーすら困惑している中、メトロタイタンは続ける。
「今回の一連の騒動、アイゼンアンカーの単独行動は“戦士”である以前に“建築家”であるオレ達を巻き込みたくはない、という考えからのものだった。
 こいつはこいつなりに、建築を尊ぶギガロニアの精神を守ろうとしたんだ」
 メトロタイタンの言葉に、アイゼンアンカーは困ったように頭をかきながらそっぽを向く――いつもの態度が態度なだけに、照れているのが明確にわかる。
 しかし――そんなアイゼンアンカーに対し、メトロタイタンはさとすように続けた。
「だがな、アイゼンアンカー。
 様々な苦労の末に作り上げたものだからこそ守りたいと思い、そのために強くなる――それがギガロニアのトランスフォーマーが強さを求め、戦う理由だ。
 そしてそれは、何も建築に限ったものではない。自分達が作り上げたもの、育て上げたものだからこそ守りたいという心は、何を作る上でも常に付きまとうものだ」
「自分の作ったものは自分で守る……ってことですか?」
「まぁ、そんなところだ。
 オレ達のためを思って行動したのはいいが、その一点を見落とし、オレ達を現場から遠ざけようとしたのは減点だな」
 聞き返すアイゼンアンカーにガードシェルが答えると、メトロタイタンは一同を見渡し、
「創造者であるからこそ、戦士として高みを目指す――“創造の果てに高みあり”。それがギガロニアのトランスフォーマーの矜持。
 今回は表し方を間違ったが、今回の行動はお前がそれを確かに受け継いでいる証でもある――その力を機動六課で存分に振るい、受け継げる者達に伝えてやるんだ」
 そう締めくくるメトロタイタンだったが――アイゼンアンカーはキッパリと切り返した。
「ヤですよ、めんどくさい」
「って、そこでそう返す!?」
「当たり前でしょ」
 思わず声を上げるスバルに対し、アイゼンアンカーはあっさりとそう答えた。
「根無し草だった今までと違って、ボクはエリオのパートナートランスデバイスになったんだよ。
 つまりボクの力はそれすなわちエリオの力。エリオ以外のヤツのためになんて、これっぽっちも使ってやるつもりはないよ。だってめんどくさいし」
「めん……って、もう仕事サボるフリはしなくてもいいんだよ!?」
「なんだか、サボるフリをしてる間に、ホントにサボり癖がついちゃったみたいねー……」
 思わずツッコみの声を上げるシャリオのとなりで、アスカは思わずため息をつき、アイゼンアンカーに尋ねた。
「じゃあ、エリオくんが『あの人を助けて』『この人を手伝って』って言い出したら?」
「全力で助けて手伝うに決まってるじゃないか。
 だってエリオが望んでること、ってコトでしょ? そのシチュだと」
《うっわー、やり辛そう! すっごくやり辛そうですよ、この人!》
「見事なまでに自分の立場と役目に凝り固まってるなー……」
 アスカの問いにキッパリと答えるアイゼンアンカーの言葉に、思わず声を上げるリインのとなりではやてがうめく――繰り広げられる一連のやり取りを前に、ティアナはエリオの方をポンッ、と叩き、
「エリオ……アイツの舵取りよろしく」
「が、がんばってみます!」
 悪いヤツではないのだが、あの性格が相手では苦労そうだ。ティアナの言葉に自身に気合を入れるエリオだったが――わずかにため息をついたのは、マスターコンボイによってしっかりと目撃されていたのだった。


次回予告
 
エリオ 「アイゼンアンカーの新しいボディ、ぜんぶクレーン型なんだね」
アイゼンアンカー 「まぁね」
エリオ 「他にもなかったのかな? ビークルのモチーフ」
アイゼンアンカー 「言われてみれば……
 ダンプカーとかミキサー車とか、建機ビークルは他にもありそうなものだけど」
霞澄 「あったわよ」
アイゼンアンカー 「ホントに!?」
霞澄 「うん。
 バキュームカーが」
エリオ 「建機じゃないですよソレ!?」
アイゼンアンカー 「良かった……クレーン車に決まって、ほんっとーによかった……!」
霞澄 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第34話『怠け者の流儀〜“面倒臭さ”と“全力”と〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/11/15)