「…………っと、こんな感じでしょうか」
「をを……」
一連の作業を終え、息をつくジーナのとなりで、シャリオは思わず感嘆の声を上げた。
「すごいですね……
少しルーチンをいじっただけなのに、プログラムの容量が80%まで減らせるなんて……
それに、ウィングロードのサポートプログラムも、こんな整った形に……」
「大したことじゃありませんよ。
容量を絞ったのも単に処理をまとめただけですし、ウィングロードのプログラムだって、元々あなたの作ったサポートプログラムを雛形にしたからこそのものなんですから」
しきりに感心するシャリオの言葉に照れたようだ。わずかに頬を染めてジーナはそう答えるが、すっかり彼女の技術にほれ込んでしまったシャリオの賛辞は止まらない。
「さすが、“Bネット”の高度情報処理責任者……
霞澄さんが頼りにするだけのことはありますね」
「そんなことないですよ」
「またまた、謙遜しちゃってますねー。
霞澄さんから聞いてますよー。108世界じゃ有名な“善玉ハッカー”だったそうじゃないですか」
「う゛ぅっ……霞澄さん、そんなことまで話しちゃってるんですか……?」
シャリオの言葉に思わず肩を落とし、ジーナは今現在部隊長室ではやてと情報交換(という名の井戸端会議)をしているであろう霞澄に心の中で呪詛を贈る。
「なんでも、向こうの世界ではいくつものネットワーク犯罪の摘発に協力してきたとか!
通り名は……そうそう、“大地母神”って言うんですよね!?」
「まぁ……間違っては、いないんですけど……そう面と向かって言われると、どうも恥ずかしくてかないませんね。
でもね……」
そうシャリオの言葉に苦笑し、ジーナはデスクに頬杖をついて告げた。
「それでも、上には上がいるんですよ。
私達の世代には、本当の……正真正銘の“電脳の支配者”がいたんですから」
「そうなんですか?」
「えぇ」
シャリオにそう答えると、ジーナはクスリと笑みを浮かべ、
「どこまで腕をみがいても、より上を目指すことができる以上、より上にたどり着いている人は必ずいる……
お互い、いつまでも慢心することなく“挑戦者”でいたいものですね」
「はい!」
第34話
怠け者の流儀
〜“面倒臭さ”と“全力”と〜
「………………?
マスターコンボイさん……?」
訓練の合間の休憩時間――呼吸を整え、前衛同士エリオとストレッチをしながら休憩明けに備えていたスバルは、空間キーボードを展開し、ウィンドウ画面とにらめっこをしているマスターコンボイに気づいた。
何やらいくつものデータに目を通し、時折素早く入力している――首をかしげ、尋ねる。
「何してるんですか?」
「まさか、ゲームじゃないでしょうね?」
「ゲーム、か……」
スバルの問いや、口をはさんでくるティアナの言葉に、マスターコンボイはしばし考え、
「まぁ、正解と言えば正解だが、違うと言えば違うな……」
「…………どういうことですか……?」
ほとんど息も絶え絶えといった様子だが、それでも会話に加わってくるのはイクトにしごかれ、体力の極限領域に突入しているなのはだ――そんな状態でも乱入してくる根性にある意味感動を覚えつつ、しかし決して助けることはせず、マスターコンボイはあっさりと答えた。
「株だ」
「カブ……?」
「スバル・ナカジマ――言っておくが野菜のカブではないからな」
「…………わ、わかってますよ!」
「だったら今の“間”は何だ……」
スバルの弁明に思わずマスターコンボイがうめき――
「そっちはそっちで、カン違い以前に意味がわかってないみたいね」
しきりに首をかしげているエリオとキャロの姿に、ティアナは軽くため息をつく。
「二人とも、マスターコンボイが言っているのは株式投資のことだ」
「かぶしき……?」
「とうし……?」
「あー、ジェットガンナー。それだけじゃ説明になってないわよ。
二人とも、株式投資っていうのはね……」
説明するジェットガンナーだが、正式名称だけ言われても経済に疎い年頃の二人はピンとこない――苦笑し、ライカは二人に説明してやる。
「しかし……マスターコンボイ殿。何を思って株式投資など?」
「大したことじゃないさ。
一応、オレも管理局の依頼、という形でここにいるからな――ちゃんと給料も支払われているのだが、今までそんなものをもらったことがないから、どう使ったらいいものか皆目見当がつかん。
それで……何の気なしにネットワークのニュースを見ていた時に、経済欄を見て興味を持ってな。
売買注文を出すだけならこうして訓練の合間にもできる。気を紛らわすにはちょうどいい」
「けど……株ってうまくやらないと損しちゃうって聞きますよ。
マスターコンボイさんは大丈夫なんですか?」
「確かに、リスクも大きいな……
特に先日、相場全体がハデに株価を下げたからな、大きく損失を出してしまった。
現在値はこんなもんだ」
尋ねるスバルに答え、マスターコンボイは自分のウィンドウのデータを各自に転送した。展開されたウィンドウに表示された数値は――
「……マスターコンボイさん」
「どうした?」
口を開いたのはなのはだった。声をかけられ、マスターコンボイは聞き返し――その場の全員が声をそろえてツッコんだ。
『「大きな損失」を出してこの額ですか!?』
「そうだが?」
あっさりと答えるマスターコンボイだが、なのは達の驚きもムリはない。
何しろ、今現在で数百万単位の資産を築き上げているのだから。これで「大きな損失」が出た後だというのだから、元の資産がどのくらいだったのか、考えるだけでイヤになりそうだ。
「私達がこの10年で管理局の給料から積み立ててきたお金、全部合わせたって届かないよ、こんな額……」
「比較する以前に前提条件が違う。
お前らは生活のためにそれなりに金を使うが、オレは最初から隊舎暮らしだったおかげでそれがない。毎月の給料を全額突っ込んで的確に運用すれば、数ヶ月でこのくらいの額には届く。
それに、これを事実の通り金と思うからそういう反応になるんだ。ここまでの額になると、ゲームのスコアか何か、くらいに考えていないと、金に疎いオレですら金銭感覚がおかしくな……」
うめくなのはにマスターコンボイが答え――不意にその動きが止まった。顔を上げ、林の向こうへと視線を向ける。
不思議に思い、スバル達もそちらへと視線を向けると、木々の間からこちらに向かってくるヴィータとビクトリーレオの姿が見えてきた。
しかし、その姿はどことなく疲れが見え隠れしていて――なんとなく確信して、なのはは尋ねた。
「ひょっとして……逃げられちゃった? アイゼンアンカーに」
「あぁ……
見事にサボってどっか行っちまったよ」
うなずき、ヴィータは深々とため息をつく。
「ったく、何考えてんだ、アイツ……
エリオと組む訓練だとえらくマジメなクセして、個別訓練になったとたんにコレだ……」
「つくづく、エリオがからまないとやる気ゼロだよねー……」
「す、すみません……」
「いや、エリオは悪くないから」
ビクトリーレオやスバルの言葉に思わず謝るエリオに対し、ティアナはそう答えるとジェットガンナーに向き直り、
「ジェットガンナー的にはどうなのよ? 同じトランスデバイスとして」
「キミ達人間の“人のフリ見て我がフリ直せ”という格言からすれば、我々も強くは言えないのだろうな。
私とて、マスターを第一とするデバイスだ。その他の者が二の次になるのは、ある意味で当然のことと言える。
例えるならば、私の態度を極端にしていくと、シャープエッジを経てアイゼンアンカーのそれへと至るだろう」
「なぜそこで拙者の名前が出るでござるか!?
拙者を兄上と一緒にしないでほしいでござるよ!」
「……コイツはコイツで自覚症状ゼロかよ……」
いつも極端なほどに“キャロ至上主義者”を貫いているヤツが何を今さら――ジェットガンナーに反論するシャープエッジの言葉にヴィータが呆れてつぶやいた、その時――隊舎の方で警報が響いた。
ただし、その警報の種類は――
「三級警戒態勢……?」
「確か……近隣部隊からの応援要請だよね?
また珍しいのが鳴ったなぁ……」
最近はライカの“実働教導”によってそれなりによその隊の抱える事件の捜査に協力している機動六課だが、それでも“レリック専門”をうたう手前、他部隊からの応援要請はほとんどない――予想だにしなかった警報になのはとアスカが首をかしげていると、
〈みんな、警報は聞こえとるな?〉
空間にウィンドウが開き、現れたはやてが一同にそう尋ねる。
〈今、港湾地区で大型ワークローダーが暴走しとるっていう通報があった〉
「港湾地区……?
すぐ近くだな」
「ひょっとして、それで六課に応援要請が?」
つぶやくマスターコンボイのとなりで聞き返すヴィータに、はやては真剣な表情でうなずいてみせる。
〈ワークローダーには操縦してた作業員が脱出できずに閉じ込められてるらしい。
作業員を救出して、ワークローダーを停止――不可能なようなら破壊して〉
「了解。
みんな、行くよ!」
『はい!』
はやての言葉に応えたなのはの言葉に、スバル達は元気にうなずき――
「あ、あの……」
そんななのはに対し、エリオは申し訳なさそうに手を挙げた。
「アイゼンアンカーは……?」
「んー、できれば一緒に来て欲しいけど……ヴィータちゃんでも逃げられちゃうとなると……」
エリオの問いになのはがそうつぶやくと、
〈ん? アイゼンアンカーやったら大丈夫や〉
二人のやり取りを前に、はやては苦笑まじりにそう告げた。
〈だって……〉
〈もう、現場に向かっとるし〉
「マスターのためならえんやこら〜っ、と!
ツインロッド、トランスフォーム!」
咆哮し、アイゼンアンカーは自分が乗ってきた青いタイプと追走してきた緑のタイプ、2台のクレーン型ビークルをトランスフォームさせた。合体し、大柄なボディとなったそれに向けて跳び、頭部へとトランスフォームして合体すると暴走し、暴れ回る人型ワークローダーの前に着地した。
相手はゆうに10m以上のサイズがある大型タイプ――しかし、アイゼンアンカーに動じる様子はない。
「まったく、ウチのお膝元で騒ぎを起こさないでよね。
そのたびにエリオが他のみんなと一緒に駆り出されるんだから。まったく、めんどくさいったらありゃしないよ」
むしろ本当に面倒くさそうに告げると、アイゼンアンカーはクレーンアームを分離させ、連結してアンカーロッドへと合体する。
しかし、そんなアイゼンアンカーのボヤきも、暴走するワークローダーには通じない。むしろ新たな獲物を見つけたとばかりにアイゼンアンカーに向けて襲いかかるが、
「人の話は聞いてよね――めんどくさいから!」
アイゼンアンカーはあっさりとその突撃をかわし、ついでにアンカーロッドでワークローダーの足を引っかけて転ばせる。
しかし――ワークローダーは動じない。すぐに立ち上がるとアイゼンアンカーへと向き直る。
「やれやれ、やっぱりこの程度じゃ止まらないか……
めんどくさいねー、つくづく」
対し、アイゼンアンカーはあくまで余裕だ。ため息まじりにつぶやくとアンカーロッドをかまえ――
「クロスファイア――」
「あ、援軍」
聞こえてきたのはティアナの声。機動六課前線メンバーの到着をその声で察したアイゼンアンカーはのん気につぶやいて――
「シュート!」
「んどわぁっ!?」
“自分に向けて”撃ち放たれた魔力弾を、アイゼンアンカーはあわてて回避する。
「いきなり何するのさ!? めんどくさいなー!」
「っさいっ!
そっちこそ、何サボったと思ったら先走ってんのよ!」
抗議の声を上げるアイゼンアンカーに対し、ティアナは力いっぱい反論してクロスミラージュの銃口を向け――
「アイゼン!」
〈Schwalben Fliegen!〉
「ってこっちもぉっ!?」
上空から新たな魔力弾が飛来した。こちらも横っ飛びにかわし、アイゼンアンカーは上空でグラーフアイゼンをかまえるヴィータを見上げる。
「ちょっとちょっと! そっちもご立腹!?」
「たりめーだ!
完全に逃げられたと思ったらあっさりと現場に復帰しやがって!
本気になって追い回したこっちの立場はどーなんだよ!」
ヴィータがアイゼンアンカーに言い返し、ティアナが再び抗議を引き継ぐ。
「こっちはアンタに振り回されてさんざんなのよ!
マジメにやるのかやらないのか、どっちかにしなさいよ!」
「失礼な!
ちゃんとマジメにやってるよ! エリオに関することだけ!」
「他もやれぇぇぇぇぇっ!」
いたって真剣に即答するアイゼンアンカーの言葉に、ヴィータは天を仰いで絶叫し――
「3人とも、その話は後!」
そのスキに襲いかかってきたワークローダーには桃色の魔力弾が襲いかかった。牽制、後退させ、なのはは一同の前に舞い降りてくる。
「けど、アイゼンアンカー。ティアナやヴィータちゃんほど怒ってないけど、さすがに私もちょっと今の状態は見過ごせないかな?
エリオが第一なのはわかるけど……」
「『他の子達にも気を遣え』、ですか?
遣ってますよ、ちゃんと――だからエリオ以外には寄り付かないんじゃないですか。怒らせるから」
「いや、そもそも怒らせない努力をしようよ!?」
「なのは! 貴様もそいつのノリに付き合うな!」
「来ますよ!」
あっさりと答えるアイゼンアンカーになのはがツッコむ――いともたやすくアイゼンアンカーのノリに流されてしまったなのはにマスターコンボイとスバルが告げ、一同は勢いよく突進してきたワークローダーの巨体をかわす。
「くそっ! デカイ図体で好き勝手しやがって!
その上作業員が閉じ込められてちゃ、大技も使えねぇ!」
うめき、グラーフアイゼンをかまえるヴィータだが、今彼女自身が告げた通り、現状ではうかつな手出しができないのも事実だ。
「なんとか動きを止めて、作業員の人を助けないと……!
みんな、下がって――リミッター付きであれだけ大きい相手だとちょっと大変かもだけど、なんとかバインドで止めてみる!」
とにかく動きを止めなければ始まらない。一同に告げて、なのははレイジングハートをかまえ――
『待て待て待てぇっ!』
突然の声が乱入してきた。何事かと振り向くと、こちらに向かってくる影が二つ。
その正体は――
「アームバレット!?」
「ガスケット!?」
「そう――その通り!
『そーいやこいつら最近見てなかったなー』とか思ってたみなさん、お待たせしました! スピーディア暴走コンビ、華麗に現場復帰だぁっ!」
驚き、声を上げるティアナやビクトリーレオの声に、アームバレット共に乱入してきたガスケットは高らかに名乗りを上げる。
「パンピーの避難が終わってお仕事終了! 乱入しても問題ないんだな!
久々に暴れてやるんだな!」
「動きを止めればいいんだろ!
オレ達だってやる時ゃやるってところを見せてやる!
マスターコンボイ様! オレ達の活躍、見ててくださいねー♪」
口々に告げ、アームバレットとガスケットはビークルモードのままワークローダーへと突撃する。
当然、そんな彼らを放っておく理由などワークローダーにはない。一撃で踏みつぶすべく、二人に向けて右足を振り上げるが――
『トランスフォーム!』
アームバレットとガスケットはロボットモードにトランスフォーム。ワークローダーの足が振り下ろされるよりも速く背後に回り込み、
『ヒザ、かっくんっ!』
巨体を支えている左足、そのヒザに後ろから蹴りを叩き込んだ。支えを失い、ワークローダーがバランスを崩し――
「ををっ! ホントに崩した!」
「あの二人がちゃんと役に立った!?」
『現役バリバリなのに何この言われよう!?』
二人の成果に思わず声を上げるヴィータとアスカの言葉に、ガスケット達は思わずツッコミを入れる。
「あんなぁ! オレ達ゃ実力でスカウトされて六課にいるんだぞ!」
「なんでそんな風に言われなきゃならないんだな!?」
「あ、あー、ゴメンゴメン……」
ガスケット達の抗議に対し、アスカは思わず謝って――
「………………あ」
気づいた。
少し状況を整理してみよう。
アームバレットとガスケットは暴走ワークローダーの姿勢を崩すために、背後から“ヒザかっくん”を敢行した。
そして今まさに、ワークローダーは二人の目論見通り姿勢を崩し、倒れようとしている。
さて、ここで思い返してほしい。
“ヒザかっくん”はかなりポピュラーな部類のイタズラだ。多くの者がやられたことがあるはずだが――“その時、やられた者はどちらに倒れるか?”
その答えは――
すぐに出た。
『ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?』
『………………あ』
ヒザから姿勢を崩され、ワークローダーの巨体はガスケット達の真上に倒れ込んできた。悲鳴と共にその巨体の下敷きになった二人の姿に、なのは達は思わず間の抜けた声を上げる。
しかも、ワークローダーはあっさりと体勢を立て直して立ち上がる――ガスケット達は完全にムダ骨である。
「まったく、少しほめたらすぐコレだ!」
「やっぱり、私が取り押さえるしか!」
うめくマスターコンボイに答えるようになのはが告げて――
「あー、ちょっと待って。
あのコクピットの中の作業員を何とかすればいいんですよね?」
そう尋ねたのはアイゼンアンカーだ。
「ちょっと荒っぽいですけど……プランならひとつ」
「ホントなの、アイゼンアンカー?」
「ボクの方が先に着いてたんですよ――みんなより考える時間があったんだから当然でしょ?」
思わず聞き返すエリオに答えると、アイゼンアンカーは突然アンカーロッドを大地に突き立てた。右足側面の装甲を開くと、その中のツールボックスをあさり、
「……メガホン?」
キャロがつぶやいた通り、アイゼンアンカーが取り出したのは非動力式の拡声器――すなわちメガホンだった。口元に持っていき、おもむろに声を張り上げる。
「あーあー、その暴走ワークローダーに閉じ込められてる運の悪い作業員に告ぐ! 死にたくないなら、今すぐ座席の下にもぐりなさーい!
……はい、アスカちゃん、確認ヨロシク♪」
「え? あ、うん!
ロングビュー、ツールフォーム!」
いきなり話題を振られ、アスカは自らのパートナーであるリアルギアの1体、ロングビューに指示を下した。ツール形態である双眼鏡にトランスフォームした彼を手に取り、アイゼンアンカーの呼びかけの届いた作業員がワークローダーのコクピットで座席の中にもぐりこむのを確認する。
「……うん、もぐったよ」
「了解♪」
アスカの答えに満足げにうなずくと、アイゼンアンカーはアンカーロッドをかまえ、
「じゃ……みんなは手ェ出さないでよ、めんどくさいから!」
告げると同時に地を蹴り、ワークローダーに突撃した。ワークローダーが作業用アームを振るうが、あっさりとかわして背後に回り込み、
「まずは――フタを取っ払おうかね!」
横薙ぎにアンカーロッドを振るい、ピンポイントでコックピットの屋根だけを吹き飛ばした――作業員を座席の下にもぐらせたのは、この一撃に巻き込まないためだったのだ。
そして――
「さぁて、さっさと釣り上げようか!」
ヘッドオンしているアイゼンアンカー本体――後ろ髪のように後方に垂らしていたクレーンアームからフックを放った。フックはワークローダーのコクピットに飛び込み、作業員の上着、そのえり首を引っかけると一気に機外に放り出す!
作業員は巻き戻されるフックに引っ張られてアイゼンアンカーの下に――その身体をキャッチし、アイゼンアンカーは素早く後退、なのは達のところまで戻ってくる。
「ま、こんなもんかな?」
「ほ、ホントにひとりで何とかしちまいやがった……」
あっさりとつぶやくアイゼンアンカーにヴィータが呆然とつぶやくと、
「なら、後はあのデカブツの処分だけか」
気を取り直し、マスターコンボイはそうつぶやいてオメガを軽く振るってみせる。
「スバル・ナカジマ!
久々にウィンドフォームでいくぞ!」
「はい!」
『ゴッド――オン!』
その瞬間――スバルの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてスバルの姿を形作り――そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したスバルの意識だ。
〈Wind form!〉
トランステクターのメインシステムが告げ、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのように空色に変化していく。
それに伴い、オメガが分離――巨大な両刃の剣が真ん中から別れ、両腕の甲に合体。両腕と一体化した可動式のブレードとなる。
両腕に装着されたオメガをかまえ、ひとつとなったスバルとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
《双つの絆をひとつに重ね!》
「勇気の魔法でみんなを守る!」
「《マスターコンボイ――Stand by Ready!》」
「《フォースチップ、イグニッション!》」
スバルとマスターコンボイの咆哮が交錯し――二人のもとにセイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、マスターコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
それに伴い、マスターコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
二人に告げるのはトランステクターのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
Final break Stand by Ready!〉
強烈なエネルギーが周囲で渦巻く中、制御OSが告げる――身がまえた二人の目の前に環状魔法陣が展開され、その中央、そして同時に右拳にも魔力スフィアが形成される。
そして、右腕のエネルギー加速リング“アクセルギア”が装着されたオメガのブレードもろとも高速回転、発生したエネルギーが右拳のスフィアにまとわりつき、その周囲で渦を巻いていく。
そして、スバルは右拳を大きく振りかぶり――
《猛撃――》
「必倒ぉっ!」
「《ディバイン、テンペスト!》」
右拳を環状魔法陣中央のスフィアに叩きつけた。二つのスフィアの魔力エネルギーが炸裂、強大な魔力の奔流となってワークローダーに襲いかかり――爆裂する!
爆煙の中、ワークローダーはゆっくりと大地へと崩れ落ち――
「二人の拳に――」
《撃ち砕けぬものなし!》
スバルとマスターコンボイの言葉と同時、絶叫と共に巻き起こる大爆発――周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、ワークローダーは完全に大破し、沈黙した。
「……目標の完全沈黙を確認。
ミッションの完了を確認しました」
「うん、ありがとう」
報告するジェットガンナーの言葉にうなずくと、なのはは作業員を抱えたアイゼンアンカーのもとへと舞い降り、
「アイゼンアンカー、その人は?」
「気を失ってるだけっスよ。
それより……」
答えて――アイゼンアンカーはふと動きを止めた。スバルとマスターコンボイによって破壊され、沈黙したワークローダーの残骸へと視線を向ける。
「…………アイゼンアンカー?」
「あぁ、なんでもないよ、エリオ。
それより、なのはさん――この人、受け取っちゃくれませんかね? このまま面倒見てるのめんどくさいんですけど」
尋ねるエリオに答え、アイゼンアンカーがなのはに尋ねた、その時――
〈なのはちゃん!〉
突然ウィンドウが開き、あわてた様子のはやてが姿を現した。
「どうしたの? はやてちゃん。
暴走ワークローダーならもう……」
〈その暴走ワークローダーがまた出たんよ!〉
尋ねるなのはを制するように、はやてはそう彼女に答えた。
〈今度は臨海倉庫地区! 所轄も向かっとるけど、なのはちゃん達も!〉
「うん。わかった。
みんな、行くよ!」
はやての言葉になのはが一同に告げ――
「あー、ボクはパスねー♪」
「って、アイゼンアンカー!?」
手当てのためにキャロに作業員を引き渡したアイゼンアンカーがそんなことを言い出した――思わずエリオが声を上げるが、かまわずクルリと背を向けて、
「1体だけならともかく、連チャンなんてめんどくさいよ。
ボクがやった“助け方”、見てたんならやり方わかるでしょ?――後はヨロシクお願いしまーす♪
トランスフォーム!」
「ちょっ、アイゼンアンカー!」
あわてて制止の声を上げるなのはだが、アイゼンアンカーは合体状態を解除、その場を立ち去るべくクレーン型ビークルに乗り込んでしまう。
「ま、待ってよ! アイゼンアンカー!
……すみません、なのはさん。ボク、なんとか連れ戻してみます!」
「うん……エリオ、お願いね」
アイゼンアンカーの説得を申し出たエリオに、なのはも許可を下した――スバル達にも一礼し、エリオはアイゼンアンカーのビークルへと走るが、なんとか発車直前に乗り込めたものの、アイゼンアンカーはそのままビークルを発車させ、その場を走り去ってしまう。
「エリオくん……」
「……まぁ、アイゼンアンカーのことはエリオに任せるしかないね。
“エリオのためなら”って公言してる子だし、きっとエリオの言うことなら聞いてくれるよ」
エリオとアイゼンアンカーを見送り、不安げにつぶやくキャロをなだめると、なのはは改めて一同を見回し、
「それじゃあ、私達は新しく現れた暴走ワークローダーの対処だよ。
今度こそきっちり終わらせるよ!」
『了解!』
「アイゼンアンカー、車を戻して!」
なんとかアイゼンアンカーの乗るビークルに乗り込んだものの、ビークルモードで運転席に合体し、コントロールしているアイゼンアンカーはかまわずビークルを発車させた。助手席に座り直し、エリオはシートベルトを締めながらアイゼンアンカーに呼びかける。
が――そんなエリオに対して、アイゼンアンカーはあっさりと聞き返した。
「どうして?」
「ど、どうして、って……また暴走ワークローダーが出たのに……!」
「うん。出たね」
「だったら――」
あっさり答えたアイゼンアンカーに、エリオは言葉を重ねて――
「でもって……まだ出るよ、たぶん」
「え………………?」
続けられたアイゼンアンカーの言葉に、エリオは思わず言葉を呑み込んだ。
「ど、どういうこと……?
『まだ出る』って……あの暴走ワークローダーが?」
「うん。まだ出るだろうね」
やはりアイゼンアンカーはあっさりと答える。
「理由とか聞かないでよ。
説明するの、めんどくさいからさ」
そうエリオに告げて――アイゼンアンカーはビークルを加速させた。
結果として、アイゼンアンカーのその予測は的中した。
2体目の暴走ワークローダーをなのは達は難なく制圧したのだが――そこに新たな暴走ワークローダー出現の報せが入ったのだ。
しかも1ヶ所や2ヶ所ではなく街の各所、ワークローダーが置かれている様々な場所で立て続けに暴走が始まったと言うのだ。
結局、そのすべてを蹴散らしたなのは達が帰還した時には日もすっかり沈んでいて――
エリオとアイゼンアンカーは戻ってきていなかった。
「えっと……じゃあ、エリオのことも気になるけど、今日の事件のおさらいだけやっとこうか」
未だ戻らないエリオのことは気になるが、アイゼンアンカーと一緒ならとりあえず身の危険は心配あるまい――そう判断し、はやては一同を指令室に集めてそう切り出した。
「最終的に、暴走したワークローダーは8台。
そのどれも、みんなががんばってくれたおかげで無事制圧することができたんやけど……」
「問題は、どうしてこんな立て続けに暴走が起きたのか、だよね……」
となりでつぶやくなのはの言葉に、はやては静かにうなずいてみせる。
「あと、暴走したワークローダーにはある共通点があった。
みんなが実際現場で見たとおり、タイプはいろいろおったんやけど……暴走したワークローダーは、どれも同じメーカーの製品なんよ。
しかも、ごく最近発表された、新作のOSを積んどる」
「じゃあ、そのOSに問題があったんじゃないんですか?」
《それはないと思うです。
もしOSに欠陥があったとしても、こうも同時多発的に暴走を起こしたことに説明がつかないです》
はやてに聞き返すティアナにリインが答えると、
「それから、気になることはもうひとつ」
そう割り込んできたのはマスターコンボイだ。
「やり合ってみてわかったが、あの暴走ワークローダー……妙に動きがよかった。
きわめて素人臭くはあったが、少なくとも“プログラムの暴走”による動きじゃなかった」
「どういうこと?
暴走ワークローダーに乗ってた人は、コントロールを完全に受け付けなくなってたって証言してるんだよ?
口裏合わせしてるとしても、乗ってた人達同士の接点はないし……」
「だから気になるんだろうが」
口をはさんでくるスバルにマスターコンボイが答えると、
「んー、ちょっといいかな?」
指令室の入り口からひょっこり顔を出してきたのはアリシアだ。
「あぁ、アリシアちゃん。
残骸の解析結果、出たの?」
「ハードウェア的な部分はね。
ソフトウェアの方は、今シャーリーとジーナさんが解析してくれてる」
尋ねるなのはに答えると、アリシアははやてへと向き直り、報告する。
「とりあえず、ハードウェア的には異常はなかったよ。
もし証言の通りコントロールを失っていたんだとしても、それは機械の故障じゃない」
「つまり、異常があるとしたらソフトウェアの方……
ジーナさんやシャーリーがOSの解析を終わらせるのを待つしかない、か……」
報告の内容にため息をつき、はやてがそうつぶやき――
「ただ……おかしなことがひとつだけ」
そんなはやてに対し、アリシアはそう付け加えた。
「今言ったとおり、ワークローダーの機械自体に異常はなかった。
けど……操縦する作業員さんが上司の人達と通信でやり取りするための通信システムが、異様なくらい電波感度のいいものが使われてたの」
「どういうことなん?」
「通信によって現場監督さんが操縦者とやりとりするだけなら、そんな電波感度のいいアンテナはいらないでしょ――同じ現場、すぐ近くにいるんだから。
けど、あのメーカーの重機につけられていた通信システムは、明らかに過剰なくらいの電波感度のものが使われていた……」
そうはやてに答えると、アリシアは息をつき、
「一応メーカーにも問い合わせてみて聞いた話だと、あれは標準の仕様らしいんだけどね。壁越しでも通信を確実にするためのアプリケーションがOSの中にあって、そのアプリケーションを動かすためにそれだけの感度の通信システムが必要なんだ、って言ってたけど……結果として、あのワークローダーの通信可能距離は飛躍的に拡大された。
そう……“現場から離れたところからでも電波を届かせられるくらいに”」
「では、ワークローダーの暴走は……」
「うん」
声を上げるジェットガンナーにうなずき、アリシアは告げた。
「“第三者が通信システムを介してシステムに侵入してワークローダーを乗っ取り、暴れさせた”……
これが、あたしやジーナさん、シャーリーの共通見解で――」
「――そして、その見解は大正解でした」
付け加えられた声はOSを解析していたはずの“彼女”のもの――自分へと振り向く一同にかまわず、ジーナはシャリオと共に指令室に姿を見せた。
「本来なら外部からの侵入を防ぐはずのファイヤーウォールに、巧妙に隠されたセキュリティホールが確認されました。
特定の操作をした者だけが侵入できる仕組みで……おそらく、犯人はこのセキュリティホールからワークローダーのシステムに侵入し、コントロールを奪っていたんだと思われます」
「ってことは……このOS自体が、最初からハッキングを想定されていた……?」
「そういうことになります」
つぶやくフェイトにシャリオがうなずくと、
「となると、怪しいんはそのOSの開発者、っちゅうワケやね」
思考をめぐらせながらそうつぶやき、はやてはシャリオに、ジーナに尋ねた。
「OSの開発者はわかってるん?」
「はい。
OSのセキュリティホールに気づいた時に、真っ先にメーカーに問い合わせました。
ただ……」
「じゃあ、ワークローダーが暴走したのは……」
「そういうこと。
誰かがワークローダーのシステムにハッキングして、コントロールを奪って暴れさせた――ボクはそうにらんでる」
尋ねるエリオに対し、アイゼンアンカーはそう答えた。
「けど……なんでそうだって思ったの?」
「ちょっと考えればすぐにわかるよ。
だって、単に暴走してるにしては歩き回ったり攻撃してきたり、倒れてもちゃんと起き上がったり……行動がいちいち知的生命くさかったじゃないか。誰かのコントロール下にあるっていうのは間違いなかった。
その上、使われてる通信システムはやたらと感度のいい長距離通信タイプ――システムへの侵入は容易いって気づいたら、ハッキングの可能性にたどり着くのは簡単だったよ」
エリオに答えると、アイゼンアンカーはビークルを路肩に寄せ、停車させた。コンソールに表示されたデータを確認すると、車外に見える廃工場へとクレーンアームを――その先端に備え付けられたセンサーを向ける。
「……ハッキングに使われたと思われる電波の発信源はここか……
さっそく、中を改めさせてもらうとしようじゃないか」
「ホントに、ボクらだけで行くの?」
告げるアイゼンアンカーの言葉に、エリオはどこか言いづらそうに尋ねた。
「せめて、みんなに連絡を取ってからでも……
もし、これがホントに誰かが狙ってやった犯罪だとしたら……」
仮にここが犯人達のアジトで、犯人達が何らかの抵抗を示した場合、自分達だけでは――不安を抱き、尋ねるエリオだったが、
「まだいらないよ」
アイゼンアンカーは、そんなエリオの懸念をたやすく両断してくれた。
「ボクらはまだ、あの暴走の裏に何があるのか――その答えを予想して、その証拠と思われるものを追いかけてここまできた、ただそれだけの段階。まだその推理が確かなものかどうかもハッキリしてないんだよ。
そんな手前の段階から、いちいち説明なんてしてられないよ、めんどくさい――報告するならキチンと裏を取ってからだよ」
あっさりと告げると運転席から分離して車外に飛び出し、ロボットモードにトランスフォームするアイゼンアンカーの姿を、エリオは複雑な表情で見つめる。
(なんて言うか……よくわかんないんだよなぁ……)
何かにつけて二言目には「めんどくさい」。厄介ごとを徹底して嫌い、少しでも事態がややこしくなればすぐにさじを投げる――それが日頃見かけるアイゼンアンカーの姿だ。
ところが、今はどうだ。最初こそ「めんどくさい」と言って別れたものの、それ以降はむしろ精力的に捜査に動いている。
どちらが本物のアイゼンアンカーなのか――ため息をつき、アイゼンアンカーに呼ばれたエリオは彼の後に続いて廃工場へと向かう。
「お邪魔しまーす♪」
「ち、ちょっと、アイゼンアンカー……!」
のん気に告げると、アイゼンアンカーは鋼鉄製の大扉を力任せに開けて堂々と中に――あわててエリオは彼に声をかける。
「もし犯人がいたらどうするの?
もっと静かに入らなきゃ……」
「じゃあエリオは、あの大扉を音もなく開け閉めできるっての?」
「そ、それは……」
「それに、もしここが本当に犯人のアジトなら、ボクらの侵入なんかとっくにバレてるよ――元々仕込んであった可能性があるとはいえ、ワークローダーにハッキングをしかけるようなヤツなんだ。ここに備え付けのセキュリティを再利用するくらいワケないはずだからね。
どうせ気づかれてるんだから、隠れて侵入するなんてムダムダ。めんどくさいよ」
口ごもるエリオにアイゼンアンカーがそう答えると、
「よくわかってるじゃないか!」
「――――――っ!」
突然の声がアイゼンアンカーに賛辞を送る――とっさにエリオが身がまえると同時、倉庫内の明かりが点灯していき――
「腐った企業に味方する管理局の犬にしては、なかなか頭が回るじゃないか」
そこには暴走したものと同じモデルのワークローダーが3台――その中央の1台のコクピットに座る男が、二人に対して改めてそう告げた。
「やめてる……?」
「正確には『やめさせられてる』んですけどね」
聞き返すはやてに対し、ジーナは軽く肩をすくめてそう答える。
「数ヶ月前に、会社を解雇されてるんです。
とても優秀な人だったらしいんですけど、それを鼻にかけるところがあったらしくて……
解雇もかなり前から言われていたのに、結局解雇されてしばらく経った頃まで何度も社長に直談判しようと会社の受付に突撃してたみたいです」
「なるほどなー」
告げるシャリオの言葉に、はやては大きく伸びをしてビッグコンボイに声をかけた。
「何となく、見えてきたなー、動機が」
「だな」
「つまり、あなたは自分を解雇した会社に復讐するために……」
「そういうことだ。
最後の仕事として任されていたワークローダーのOSに細工して、いつでもハッキングできるようにしておいた。
会社の作ったワークローダーを暴走に見せかけて暴れさせて、会社の評判を落としてやろうってな!」
舞台は戻って廃工場――確認するエリオの言葉に、男は嬉々としてそう答える。
「オレみたいな天才を追い出すようなバカな会社にはお似合いの天罰さ!」
「うっわー、自分で自分のことを『天才』だなんて言う人を初めて見たよ」
男の言葉にあっさりと言い放ち、アイゼンアンカーは大げさに肩をすくめてみせる。
「キミのせいでこっちは余計な事件捜査までさせられて、いい迷惑だってのにさ。
まったく、めんどくさいことしてくれるよ」
「そんなこと知るか!」
アイゼンアンカーの言葉に男が言い返し、彼の操るワークローダーの一団が彼らに向けて一歩を踏み出す。
「オレは、オレを認めなかった会社に復讐してやるんだ!
めんどくさいって言うなら、ジャマするな!」
「あ、アイゼンアンカー……!」
奇しくも自分の心配した通りの展開だ。自分達の戦力の不利を察し、アイゼンアンカーに声をかけるエリオだったが、
「悪いけど、ジャマするよ」
そんなエリオの不安をよそに、アイゼンアンカーはあっさりと言い放った。
「そうやってアンタが事件を起こすたびにこっちは駆り出されるんだよ。めんどくさいったらないよ。
だから……ここでその“めんどくさいこと”の根っこをツブさせてもらうよ」
「できるものなら、やってみろ!」
男が言い放ち、ワークローダーが一斉にアイゼンアンカーとエリオに襲いかかり――
「させないよ!
ブルーアンカー! グリーンアンカー!」
アイゼンアンカーが吼えると同時――彼のクレーン型ビークル2台が廃工場へと突入、ワークローダーを弾き飛ばす!
「なんやて!?
アイゼンアンカーが!?」
〈はい!
今回の事件の犯人を見つけたんですけど、抵抗されて……今交戦してます!〉
一連の流れは、彼によってすぐに六課へと伝えられた。声を上げるはやてに対し、エリオは展開されたウィンドウの向こうでそう答える。
「まったく、ムチャするんやから……!
エリオ! こっちも犯人の目星をつけて、なのはちゃん達が今犯人確保に出てったところやったんよ――すぐにそっちに向かわせるから、なんとかもたせて!」
〈は、はい!〉
はやてに答えて、エリオは通信を切る――すぐになのはに事の次第を伝えると、はやては深々とため息をついた。
「アイゼンアンカーにも困ったもんやなー。
捜査はチームワークやっちゅーのに、その辺まとめてガン無視やんか」
《ですよねー》
はやての言葉にリインが同意すると、
「仕方ありませんよ」
二人にそう答えるのはジーナだ。
「あの子にとって、チームワークは何よりめんどくさいものですから」
「そういうワケにもいきませんよ。
今みたいな『みんなのことなんかどうでもいい』みたいな態度取られてたら、もめごとの元にしかなりませんし……」
ジーナの言葉にはやてが肩をすくめて答えると、
「あ、ひとつ訂正、いいですか?」
そんな彼女に対し、ジーナは人さし指をピッ、と立てて告げた。
「あの子にとって、人付き合いっていうのは『みんなのことなんかどうでもいい』からめんどくさいんじゃないんです。
むしろその逆――『どうでもよくない』から、めんどくさいんですよ♪」
「………………?
どういう意味ですか?」
「そこから先は、本人に聞いた方がいいかもしれませんね」
はやてにそう答え、ジーナは手近な端末を立ち上げ、
「ちょうどいいですから、援護してあげるついでに音声も拾っちゃいましょう。
たぶん、シチュエーション的にエリオくんには本音をバラしちゃいそうな展開ですし」
「《………………?》」
つぶやくジーナの言葉に、はやてとリインは思わず顔を見合わせる。
アイゼンアンカーの本音、というのも気になるが――より気になったことの方をはやては尋ねた。
「…………援護……ですか?」
「はい♪
なのはちゃん達も向かってますけど……彼女達の参戦はアイゼンアンカーにとって“めんどくさいこと”にあたりますからね。なのはちゃん達には悪いですけど、出番、奪っちゃいます♪」
《って、こんなところからどうするんですか?》
尋ねるリインだったが――ジーナが答えるよりも早く、シャリオが彼女の真意に気づいた。
「まさか……ジーナさん!?」
「あ、シャーリーちゃんはわかったみたいね。
そう……」
「“大地母神”の限定復活戦です♪」
「く――――っ!」
振り下ろされるのは強烈無比な一撃――1台目のワークローダーの振り下ろした作業用アームを、エリオを肩に乗せたアイゼンアンカーは素早くかわし、続く2台目の放った破砕用ハンマーもアンカーロッドで受け流す。
「アイゼンアンカー! やっぱり不利だよ!
なのはさん達が来るまで注意を引きつけて、そこから反撃しよう!」
むしろそれがセオリーだ――アイゼンアンカーに提案するエリオだったが、
「ヤだよ、めんどくさい」
「って、むしろ今の状況の方がめんどくさくない!?」
予想通り即答してくれた。アイゼンアンカーの言葉に、エリオは力いっぱい言い返す。
だが――
「今の状況? ぜーんぜん♪」
そんなエリオに対し、アイゼンアンカーはあっさりと答えた。
「こんなの“めんどくさい”内に入らないよ♪
だって――」
「アイゼンアンカー、エリオくんを連れ出したまま帰ってこないと思ったら……!」
「まさか、ひとりで事件の捜査をしてたなんて……!」
はやてから報せを受け、なのは達も現場の廃工場へと急行中――ビークルモードで街中を駆け抜けるマスターコンボイのライドスペースで、アスカとスバルは焦りもあらわにつぶやいた。
「ったく、ひとりでやるのはいいけど、それにエリオまで巻き込むんじゃないわよ……
どこまで勝手なのよ、アイツは!」
「いや、ひとりでも勝手やられたら困るんだけどなー……」
苛立ちによるものか、ジェットガンナーのライドスペースでうめくティアナの文句も微妙に的外れ――思わず苦笑し、なのはがツッコミを入れると、
〈アイゼンアンカー! やっぱり不利だよ!
なのはさん達が来るまで注意を引きつけて、そこから反撃しよう!〉
〈ヤだよ、めんどくさい〉
突然通信がONになったと思ったら、現場で戦っているであろうエリオとアイゼンアンカーの会話が聞こえてきた。
ジーナによる中継である。
〈って、むしろ今の状況の方がめんどくさくない!?〉
〈今の状況? ぜーんぜん♪
こんなの“めんどくさい”内に入らないよ♪
だって――〉
そして、アイゼンアンカーは告げた。
〈ボクら以外、仲間の誰もめんどくさいことになってないじゃない〉
「え………………?」
「みんなに“めんどくさい”ことを背負わせちゃう――そっちの方がよっぽどめんどくさいでしょ」
予想外の言葉が返ってきた――声を上げるエリオに対し、アイゼンアンカーはそれが当然であるかのように平然と言葉を重ねる。
「ボク、めんどくさいのが大嫌いだからね――けど、ボクほどじゃないってだけで、それはみんなも同じでしょ?
だから……」
言って、アイゼンアンカーはアンカーロッドをかまえ直し、
「ボクだけじゃない――他の誰にも、めんどうくさいことを背負わせない。
人一倍面倒嫌いのボクに集めることで、全力でその面倒事を排除する――それがボクの、怠け者としての流儀だよ」
「アイゼンアンカー……」
正直、彼のこの理屈は予想外だった。彼はただ面倒事を嫌っている、そのためにみんなとの関わりをわずらわしく思っている――そう思っていた。
しかし事実は違った――彼が真に嫌っていたのは“自分に降りかかる面倒事”ではなく、“自分以外の仲間に降りかかる面倒事”だったのだ。
今まで見えなかったアイゼンアンカーの本音を前に、エリオは思わず言葉を失い――しかし、そんなことは犯人側にはどうでもいいことだった。犯人の男に操られたワークローダーが2台、二人に向けて襲いかかる!
「アイゼンアンカー!」
「わかってるよ!
まったく、めんどくさいなー!」
エリオに答え、アイゼンアンカーも迎撃すべくアンカーロッドをかまえ――
止まった。
『え………………?』
今まさに自分達に襲いかかろうとしていたワークローダー2台が突然動きを停止した。突進の勢いまでは殺しきれず、勢い余って大地に突っ込むのを見て、エリオとアイゼンアンカーは思わず声を上げ――
〈なんとか間に合ったみたいですね〉
二人の目の前にウィンドウを展開し、ジーナが彼らにそう告げた。
「じ、ジーナさん……?
一体、何を……?」
どうやら、この変化は彼女によるものらしい――思わずエリオが声を上げると、
「なるほど……
逆ハッキングですか」
ひとり状況を察し、アイゼンアンカーは納得してうなずいた。
「どういうこと、アイゼンアンカー?」
「つまり……」
〈つまり、ハッキングして奪われたワークローダーを、私がさらにハッキングで奪い返したんですよ♪〉
エリオの問いに説明しようとするアイゼンアンカーだが、それよりも早く“逆ハッキング”を仕掛けた張本人が説明してくれた。満面の笑顔で、ジーナはエリオにそう告げる。
「ば、バカな……!?」
一方、たまったものではないのが犯人の方だ。ジーナによる再度のハッキングという事実に、自分の乗るワークローダーのコクピットで頭を抱える。
「オレのハッキングをさらにハッキングし返したっていうのか!?
そんなこと、できるはずがない! できるはずが……!」
〈それができるから、“Bネット”で高度情報処理管理官なんてやってられるんですよ♪〉
「な………………っ!?」
そんな犯人のプライドを、ジーナは満面の笑みで粉砕してくれた。そのままエリオとアイゼンアンカーへと向き直り、
〈さぁ、これでジャマ者はいなくなりましたよ!〉
〈エリオ、アイゼンアンカー、犯人確保や!〉
「はい!」
「了解!」
「じ、冗談じゃない!」
ジーナとはやてに答えるエリオ達の言葉に、犯人はあわてて逃げ出そうとするが――
「逃げんな!
エリオは退路を断って!」
アイゼンアンカーはエリオを下ろすと一足飛びに跳躍。犯人の乗るワークローダーの前に着地し逃げ道をふさぐ。
そして、背を向けた状態から犯人へと向き直り、告げる。
「お前さぁ……」
「めんどくさいから、さっさとやられてくれる?」
「ば…………っ!
バカ、に、するなぁっ!」
余裕の態度と共に告げるアイゼンアンカーの姿に、犯人の男は完全に逆上した。怒りと共にワークローダーを突撃させるが、
「そんな考えなしの突進で!」
アイゼンアンカーはアンカーロッドを振るい、突進をかわしてすれ違った瞬間にその右腕を打ち砕く!
さらに、振り向きざまにフックを放った。ワークローダーの左足に巻きつき、引き寄せようとする――ワークローダー自身の突進の勢いもあり、左足はねじ切られ、ワークローダーはまともにバランスを崩して転倒する。
「さーて、そろそろ最後の仕上げかな♪」
言って、アイゼンアンカーはアンカーロッドをかまえ直し、
「エリオ!
フォースチップ、いくよ!」
「うん!」
『フォースチップ、イグニッション!』
エリオとアイゼンアンカーの咆哮が響き――彼らの元にギガロニアのフォースチップが飛来した。そのままアイゼンアンカーの右肩のチップスロットに飛び込んでいき、
「排熱システム、全開稼動!
フルドライブモード起動! 釣り上げ準備、スタンバイ!」
アイゼンアンカーが告げ――彼の四肢や両肩の排熱デバイスがより強烈に体内の熱を排出。同時、フォースチップのエネルギーがアイゼンアンカーの全身を駆け巡っていく。
そして――
「いっ、けぇっ!」
アイゼンアンカーが咆哮し、アンカーロッドからフックを放つ――放たれたフックはワークローダーの身体に巻きつき、
「フィーッシュ!」
勢いよくロッドを引いたアイゼンアンカー、フォースチップによって高められたそのパワーに負けたワークローダーの巨体が頭上高く放り投げられる!
そして、空中でワークローダーをフックから解放。フックを引き戻したアンカーロッドを後方に思い切り振りかぶり――
『キャッチ――アンド、リリース!
アイゼン、ホームラン!』
落下してきたワークローダーを、野球のフルスイングの要領で思い切りブッ飛ばす!
放物線などという生易しいレベルではなく、一直線にブッ飛ばされたワークローダーはそのまま廃工場の壁に激突した。壁を貫き、激突の衝撃で失速したその巨体が壁の向こう側に倒れ込み――
『撃破――確認!』
アイゼンアンカーとエリオの勝ち鬨と共に、ワークローダーの動力部が火を吹いて沈黙した。
「なんて言うか……今回は最初から最後までずーっと好き勝手だったね」
「そーですねー♪」
アイゼンアンカーの一撃を受けて中破、沈黙したワークローダーから犯人の男を引きずり出し、所轄の陸上警備隊に引き渡す――連行されていく犯人を見送りながら、ジト目でこちらを見上げるなのはに対し、アイゼンアンカーはツインロッドに合体したまま平然と答える。
「ま、おかげで事件も解決したんですからいいじゃないっスか♪
結果オーライ、ってヤツで♪」
「そういうワケにもいかないよ。
前線でそんな勝手なことをされて、もしみんなが危険な目にあったらどうするの?」
面倒事が片付いてスッキリしたのか、あくまで上機嫌のアイゼンアンカーだが、なのはの苦言は続く。
「そんなワケで、前線の責任者として、アイゼンアンカーには罰与えなきゃいけないと思うんだけど」
「そ、そんな、なのはさん!」
告げるなのはの言葉に、エリオは思わず声を上げた。
今の戦闘で、自分はアイゼンアンカーの「みんなに面倒事を背負わせたくない」というアイゼンアンカーの本音を聞いてしまっている。あの本音がある以上、アイゼンアンカーが悪いとは思いたくないのだが――
「じゃあ、罰を言い渡します」
しかし、なのははそんなエリオにかまわずアイゼンアンカーに告げた。
「今後、訓練のサボタージュは禁止。
ちゃんとみんなの訓練に付き合って――」
「みんなを面倒事から守れる強さを、きちんと身につけること」
「…………あ、あれ?
なのはさん、それじゃ……」
「私達も聞いちゃったからね、アイゼンアンカーの本音。
アイゼンアンカーも、みんなのことを思っての単独行動だったんだしね――あんなの聞かされたら、一方的にアイゼンアンカーが悪い、なんて言えないよ。
だから、怒らない代わりに、責任を持ってその想いを貫くための力を身につけてもらいます」
結果からすればほぼ今まで通り。ないに等しい罰則で――思わず声を上げるエリオに、なのはは苦笑まじりに肩をすくめてみせる。
「そういうワケだから、明日からしっかりね、アイゼンアン……カー……」
言いながら、改めてアイゼンアンカーへと振り向くなのはだが――すでにそこにアイゼンアンカーの姿はなく、
「さーて、事件も解決したし、釣り釣り♪」
「って、こらーっ! 待ちなさーい!」
あわててなのはが声を上げるが、アイゼンアンカーはさっさと分離し、ビークルモードとなってその場から走り去っていってしまった。
「きちんと罰、与えた方が良かったんじゃないか?」
「……それについては、どうかノーコメントってことで……」
処分が甘かったのではないか――ほぼ他人事で状況を楽しみながら、笑いながら尋ねるマスターコンボイになのはは答えて――
「………………あれ?」
ふと声を上げたのはスバルだった。
「ねぇ、みんな。
何か忘れてる気がしない?」
「何か…………?」
「何か放置しているものでもあっただろうか?」
尋ねるスバルの問いに、ティアナとジェットガンナーが首をかしげ、他のみんなも含めた一同で考え込み――
『………………あ』
思い出した。
「ぅおーい……誰かぁ……」
「オイラ達、放置なんだなぁ……」
最初のワークローダー暴走現場――バランスを崩したワークローダーの下敷きになり、そのまま忘れ去られていたガスケットとアームバレットが回収されたのは、それから30分後のことだった。
ガスケット | 「よぅ、みんな元気か!? 久々登場、ガスケット様だ! ったく、何だよ何だよ! せっかく今回の話で再登場したってのに、またオチ担当かよ!」 |
はやて | 「あかんよー、そんなこと言うたら」 |
ガスケット | 「だってよぉ……」 |
はやて | 「ほら、あっち」 |
ガスケット | 「………………?」 |
シグナルランサー | 「出られてるヤツらなんてまだいい方さ。 オレなんて、オレなんて……!」 |
はやて | 「彼よりはマシなんやし」 |
ガスケット | 「お前も……時たまサラッとキツイよな……」 |
はやて | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第35話『“二人”と“双人”〜最後のGLXナンバー〜』に――」 |
3人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2008/11/22)