その日、マスターコンボイが廊下で彼の姿を見かけたのは、彼が意外な人物と話しているところだった。
 何枚か書類を渡され、さらに二言、三言ほど何かを言われた後、その人物はその場を後にして――眉をひそめ、マスターコンボイは彼に声をかけた。
「グリフィス・ロウランと一緒とは、珍しい光景だな――炎皇寺往人」
「マスターコンボイか……」
 声をかけてきたヒューマンフォームのマスターコンボイに対し、イクトは今しがたグリフィスから受け取った書類に視線を落とし、
「別に、対したことじゃないさ。
 ただ……昨日消灯ギリギリまでかかって仕上げた経費精算の書類の再提出をくらっただけだ」
「またか」
 彼にしては珍しく、涙ながらに告げるイクトに対し、マスターコンボイは鋭くツッコミを入れる。
「これで何度目だ?
 いいかげん、端末の扱いを覚えろ」
 “方向音痴”、“異性への免疫のなさ”、“動物に無条件で嫌われる”――意外と数多く並ぶ彼の弱点のひとつ、“機械音痴”に阻まれ、未だにイクトは端末での報告書の提出がスマートにいかない。端末の故障など日常茶飯事。仮に故障を起こさずに仕上がったとしても、誤変換の嵐でほぼ確実に再提出の憂き目にあうのだ。
「まぁ、オレのことは置いておくとして……」
「置いておいてもいいが、グリフィス・ロウランの説教をオフィスで受けるのは前回を最後にしろ。なのは達のジャマになる」
 その一言で再びイクトの動きが止まる――が、なんとか再起動し、イクトは続ける。
「そ、それより……貴様が自分から声をかけてくるというのも珍しいな。
 何か用か?」
「あぁ」
 あっさりとマスターコンボイはうなずいた。
「貴様に、少しばかり頼みがある」
「頼み……だと?」
「あぁ」
 たいていのことは独力で何とかするマスターコンボイが“頼みごと”とは珍しい。思わず聞き返すイクトだったが、マスターコンボイはハッキリとうなずいて――
「マスターコンボイさん!
 これから自主トレなんだけど、一緒にやろーっ!」
「…………“アレ”をなんとかしてくれ」
 何やら異様にも見えるハイテンションと共に駆けてきたスバルを背中越しに指さし、マスターコンボイは「もううんざりだ」と言わんばかりにため息をついた。

 

 


 

第35話

“二人”と“双人ふたり
〜最後のGLXナンバー〜

 


 

 

「スバルの様子が?」
「あぁ。
 言われて初めて気づいたオレもたいがいだが……最近、どうも彼女がマスターコンボイに付きまとっていることが増えてきているだろ」
 各自の訓練データを書類にまとめていた手を止め、聞き返すなのはに対し、イクトは先ほどグリフィスから再提出を言い渡された書類の誤変換をチェックしながらそう答えた。
「貴様は気づかなかったか?」
「うーん……あまりティアナと一緒にいなくなったなー、とは思ってたけど……
 それに、マスターコンボイさんにはむしろティアナの方がベッタリだ、っていう印象もあったし」
「確かに、和解してからというもの、彼女のマスターコンボイへのベタつきぶりはすさまじかったな……ヤツがヒューマンフォームでいる時限定ではあったが。
 今にして思えば、そっちの印象が強くて、ある種のカモフラージュとして働いてしまったのかもしれないな」
 なのはの言葉にため息をつき、イクトは書類上に新たに見つけた誤変換に赤ペンで印をつける――すでに印の数が20を超えている点は意識の中からしめ出しながら。
「で……だ。
 状況がわかったところで、原因に思い当たるフシはあるか?」
「うーん……」
 尋ねるイクトの問いに、なのはは少し思考をめぐらせ、
「……イクトさんは、どう思ってるんですか?」
「答えが出ないからと相手に話題を振るのは感心しないな」
「にゃはは……」
 あっさりとこちらの心中を見透かされ、なのはは思わず苦笑を浮かべた。
「だって、スバルとはイクトさんの方が付き合い長いじゃないですか。
 そのイクトさんにわからないものが私にわかるワケないじゃないですか」
「少し誤解があるようだな。
 知り合った当時、オレはヤツの“義兄”兼“師匠”である柾木と敵対関係にあったんだぞ――確かに利害の一致から共闘することは多かったが、それほどスバルと付き合いがあったワケじゃない」
「そうですか?
 六課に合流してくれた頃、はやてちゃんに言われてフルネーム呼びをやめてくれた時、真っ先に名前呼びが定着したの、スバルとかアリシアちゃんとか、当時から顔見知りだった人ばっかりじゃないですか。
 それだけ、心を許してるってことでしょう?」
「……自分の未熟は見落としていたクセに、そういうところはよく見ているな、貴様……」
 痛いところを突いてくるなのはに同じく痛いところを突いたイヤミで反撃を試みつつ、イクトは軽くため息をつく。
「まぁ、正直に言えば見当はつく」
「何ですか?」
「んー……」
 なのはの言葉に、イクトはその口元にわずかな笑みを浮かべる――その顔を見て、なのははなんとなく確信した。
 彼にしては珍しく、何か意地の悪いことを考えている――なぜなら、いつもはクールなのにたまにウソつきでいぢわるな自分の兄が、何かを企んでいる時に浮かべる笑みにソックリだったから。
「何か企んでます?」
「いや」
 ここはあえて直球ストレート――尋ねるなのはだが、イクトはあっさりとそう否定し、
「お前にどうこう、とは考えてないさ」
 別のヤツに仕掛けるだけだ、と素直に納得しかねる方向に答えを向ける。
 この人、たまにこういうところがあるんだよなー。明らかにいつもと違うし、スバルの“お師匠様”の影響かなー?――そんなことを考えながら、なのはがいさめようと口を開き――
「ねーねー、一緒に自主トレしよーよぉ!」
「断る。
 まだ提出しなければならない書類が残ってるんだ」
 そんな会話がオフィスの入り口から聞こえてきた。
 見れば、そこにいたのはくだんの二人――ヒューマンフォームのマスターコンボイがスバルと押し問答をしながらやってきたところだった。
「二人とも。勤務時間中のオフィスじゃ静かにね」
「あ……
 す、すみません……」
「…………オレも怒られるのか?」
 なのはにたしなめられ、思わず謝るスバルのとなりで同じくたしなめる側だったマスターコンボイが思わずうめき――
「ずいぶんと、マスターコンボイにご執心のようだな」
 そんな二人に――と言うより、スバルに向けてイクトが声をかけた。
 もちろん、例の“イタズラっ子予備軍”的な笑みのままで。
「他にも、一緒にすごしても支障のないヤツらはいるだろうに」
「だって、ティアもエリオもキャロも、みんなそれぞれのトランスデバイスとの連携訓練ばっかりなんだよ。
 アスカさんはアスカさんでアリシアさんとデータ分析やってて訓練に出てきてくれないし……」
 ごにょごにょと言葉をにごしながら、スバルはイクトにそう答え――なんとなく、なのははピンときた。
 同時に気づくのはイクトの狙い――“そのこと”でスバルをからかうつもりなのだと思い至り、先にスバルに指摘しようとするが、彼女の行動はすでに手遅れだった。それよりも早くイクトが口を開く。
「そうかそうか。
 お前はトランスデバイスのパートナーがいないからな――やはり仲間外れはさびしいか」
「さ………………っ!?
 そ、そんなことないですよ! さびしいなんて!」
 イクトの言葉に対して、あわてて両手を振りながら答えるスバルだが、その顔は図星を突かれて真っ赤だ。
 ごまかしているのが明らかにわかる。良くも悪くもウソがつけない子だと、なのはは改めて実感せずにはいられない。
 しかし、なぜスバルがマスターコンボイにベッタリなのか、その理由がわかった――ティアナに引き続き、キャロ、エリオと新人達が次々にトランスデバイスのパートナーを得てきたことが、スバルに“自分だけがトランスデバイスを得ていない”という疎外感を与えてしまったのだろう。そんな想いが最初にゴッドオンのパートナーとなったマスターコンボイに向いたとすればここ最近の行動も納得がいく。
 と――
「ほほぉ、これはこれは。
 スバルがツンデレやなんて、珍しい光景やねー♪」
 新たな声はやたらと上機嫌――いつから見ていたのか、真っ赤になって照れるスバルの姿にニヤニヤと笑みを浮かべ、乱入してきたのははやてである。
 男がしたなら下卑たものにしか見えないその笑顔も、女性はやてがするとなぜかそう見えないから不思議だ。女性ならではの役得か……あぁ、だから誰もコイツが“もみ魔”(byアリサ)になるのを止められなかったのか――などとイクトが内心で納得していると、
「いつも部隊長室か指令室に引きこもっている貴様が何の用だ?」
 そんなことを考えるような思考は彼にはなかった。突然乱入してきたはやてに対し、マスターコンボイは冷静にそう尋ねる。
「引きこもり、ってひどいなー、マスターコンボイ。
 私だって好きで部隊長室にカンヅメになってるワケじゃないんよ――そうでもせんと書類をさばききれへんのよ」
「だからこそ、そんなお前がオフィスまで出てくるほどの用事が思いつかないんだと思うが」
 彼の言葉が冗談だということはわかる。こちらも冗談まじりに口をとがらせるはやてだが、そんな彼女にはイクトのツッコミが飛ぶ。
「ギガロニアで筋肉痛になった時にもらったシップ薬が尽きたか? それなら行くべきはここではなく医務室だぞ」
「失礼な。
 あの時の筋肉痛ならとっくに完治しとるよ――なのはちゃんと違って」
「何でそこで私の名前が出てくるかな!?」
 イクトとはやてのやり取りに思わずなのはが声を上げ――
「話の腰を折るな、お前ら」
 一瞬にして話を脱線させたなのは達に対し、マスターコンボイは多分に怒気の込められた視線を向ける。
「こっちはここ最近いろいろあってストレスが溜まっているからな――これ以上こっちの邪魔をするようなら、物理的な排除も辞さんぞ」
「だ、ダメですよ、マスターコンボイさん!」
 もう今にもヒューマンフォームからロボットフォームに戻りそうな勢いのマスターコンボイに対し、スバルはあわてて声を上げた。
「なのはさん達とケンカなんてダメですよ!
 排除するなら、なのはさん達じゃなくてストレスの原因の方ですよ!」
「もっともな言い分だが、その理屈だと真っ先に排除されるのは貴様だぞ」
「なんで!?」
〈Hound Shooter!〉
 思わず反論しようとしたスバル、その原因となるツッコミを放ったイクト、先ほど茶化したはやてやそれに反応したなのは――話の腰を折りまくった一同の眼前を青紫色の光弾が駆け抜けた。ボゴッ!と鈍い音を立て、非炸裂モードに設定された魔力弾は壁に拳大の穴を開け、その中で霧散していく。
 思わず全員が硬直――弾道を視線で辿ると、大剣を手に有無を言わさぬプレッシャーを放つ少年の姿があった。
「貴様ら……いい加減に話を進めなければ、全員そのムダな元気を暴走させてやるぞ」
〈Energy Stampede――Stand by!〉
『Yes,ser!』
 本当にいつでも放てるよう、チャージを始めたのは生命力の強制暴走を引き起こす彼の必殺の魔法のひとつ――ヒューマンフォームのまま、静かに、だがハッキリと告げるマスターコンボイの言葉に、一同は居住まいを正して声をそろえる。
「え、えーっと……
 スバルは、自分だけトランスデバイスのパートナーがおらへんのがさびしいんやろ?」
「だ、だから、そういうのじゃ、ないですよ……」
 はやての言葉に、スバルは口をとがらせて否定の声を上げる――マスターコンボイのプレッシャーに圧され、多分に力のない反論ではあったが。
 だが、そんなスバルの言葉にはやてはニヤリと笑みを浮かべるとマスターコンボイへと視線を向け、
「そっか。スバルは別にさびしないんか。
 ほな、今度はスバルは事件に備えてこっちで待機しててもらおうかな――マスターコンボイもええよね?」
「『今度』……?」
 突然話題を振られ、困惑したマスターコンボイからプレッシャーが消える――ホッと安堵の息をつき、なのはははやてに向けて口を開く。
「『今度』って……
 ひょっとして、本決まり?」
「うん。
 もう2回もやっとれば業務調整も手馴れたもんや――すんなり決まったで」
「おい待て。話が見えん」
 はやてがなのはに答えるのを前に、マスターコンボイが説明を要求する――そのとなりでスバルもまた首をひねっているのを見て苦笑しつつ、一足先に会話の裏側を読み取ったイクトがはやてに確認する。
「つまり、次のトランスデバイスを迎えに行く手はずが整ったんだな?」
「せや。
 そのことを、とりあえずなのはちゃんに知らせておこうと思ってここに来たんよ」
「えぇっ!?
 次のトランスデバイスですか!?」
 告げるイクトや答えるはやてのその言葉に、真っ先に顔を輝かせたのはやはりスバルだった。はやてに詰め寄り、興奮もあらわに告げる。
「行く行く! 行きます!
 ってゆーか行かせてください! 絶対に!」
「あー、はいはい。わかっとるから。
 とりあえず、今みんなに招集をかけたから、詳しい話はみんながそろってからや」
 ものすごい勢いで詰め寄ってくるスバルをうまくかわし、はやてが彼女を落ち着かせていると、
「新たなトランスデバイスか……
 となれば、オレも無関係ではないな」
「せやね。
 マスターコンボイの場合、トランスデバイスはすなわちゴッドリンクの相手でもある――他人事やあらへんもんね」
 すっかり機嫌を直したマスターコンボイの言葉に、はやては笑みを浮かべてそう答える。
 と――続いてはやてに声をかけるのはなのはだ。
「ねぇ、はやてちゃん。
 新しいトランスデバイスの居場所って、まさか……」
「たぶん、なのはちゃんの想像の通りや。
 ジェットガンナーが本来教導を受けるはずやった地球。
 シャープエッジが子育てしとったのはアニマトロスで、アイゼンアンカーがサボっとったのがギガロニア。
 となれば、次は当然……」
「スピーディア、だね」
 つぶやくなのはにはやてがうなずいた、その時――
「あのぉ……」
 新たな声がその場に投げかけられた。
「すみません……
 八神二佐、ごぶさたしてます……」
 そう言って、オフィスにやってきたのは――
「ギン姉!?」
 そう。スバルが驚いた通り、そこに現れたのは彼女の姉、ギンガだった。
「どうしたの? ギン姉」
「ほら、私も、今度捜査協力で六課に合流するでしょう?
 その関係で、必要書類の提出に来たんだけど……」
 駆け寄ってくるスバルの問いにギンガが答えると、
「久しいな、ギンガ・ナカジマ」
「イクトさん!
 お久しぶりです!」
 声をかけてきたイクトに対しても、ギンガは笑顔で一礼する。
「スバルからのメールで知りました。
 六課の臨時教官をされているとか」
「光凰院もいるぞ。
 今の時間なら、シャリオの元でデバイスについて教わっているはずだ」
 ギンガの言葉にイクトが答えると、
「……あ、そうだ」
 ふと思い立ち、スバルははやてに声をかけた。
「八神部隊長、ギン姉も一緒に行っちゃダメですか? スピーディア」
「え? スバル?」
「あー、それもおもしろそうかもな。
 待ってな、今ナカジマ三佐に問い合わせしてみるわ」
「八神二佐まで!?」
 スバルの提案に思わず声を上げるギンガだが、その一方ではやてもノリノリでゲンヤにメールを打ち始める。
 さらに――
「そうだね。
 ちょうどいいから、正式合流に先駆けて、お試し勤務、やってみようか」
 なのはまでもがそんなことを言い出した。
「い、いいんですか?」
「というより、やっといた方がいいよ、実際。
 ウチの部隊、クセのある人の人口比率が最近うなぎのぼりでね……該当する人達、みんなしてこっちの予想の斜め上を突っ走る子達ばっかりだから、今から少しでも慣れておいた方がいいんだよ」
「まったく、困ったものだな」
「言っておきますけど、マスターコンボイさんがその筆頭ですからね」
 苦笑まじりに答える言葉に肩をすくめるのはマスターコンボイ――ため息をつき、なのはは彼にツッコミを入れる。
「いい加減、個人訓練を自主トレでこっそりやるの、やめてくれませんか?
 私としては、立場上だけの話とはいえ、マスターコンボイさんの教導も担当してる、って形になってるんですから、マスターコンボイさんの訓練データがチーム戦だけに偏ってる現状は報告の関係上ひじょ〜に困るんですけど」
「だったら現場を押さえてそこでデータを取ればいいだろう。いつかみたいに夜間にこっそりやっているワケじゃないんだからな。
 もっとも、そう簡単に見つかってやるつもりもないがな」
「言ってくれますね……」
「あぁ、言ってやるとも」
『フッフッフッ……』
「え、えっと……?」
「あー、ギン姉、大丈夫だよ」
「せやせや」
 にらみ合い、プレッシャーをガンガン飛ばし合うなのはとマスターコンボイ――気圧され、思わず後ずさりするギンガだったが、
「なんせ、10年前には殺し合いまでした二人やからね――スバルからのメールでも知っとるやろうけど、つい最近もティアナを巡ってガチでバトったばっかやし。
 この程度のにらみ合いはまだかわいいもんや」
「は、はぁ……」
 はやての言葉に、ギンガは思わず“そちら”に視線を向けて――
「……言いたいことはわかる。
 だが、そこでオレを見るな」
 そういえばこの人も自分達の義兄と殺し合いを繰り返して仲良くなったんだっけ――そんな思いを存分に視線に込めてこちらを見つめるギンガに、イクトはため息まじりに言い放つ。
 と、その時――

 ――ちゃっちゃかちゃかちゃか、ちゃっちゃっ、ぴっ♪――

 はやての携帯端末が着メロを鳴らした。
「“笑点”のテーマ……?
 それ、霞澄おばさまのお気に入りの着メロですよね?」
「うん。おそろいや♪」
 つぶやくギンガに答え、はやては届いたメールに目を通し、
「……喜びや、ギンガ」
 笑顔でギンガに“結論”を告げた。
「ゲンヤさんのお墨付きをもらったで。
 スピーディア行き、決定や♪」
 

「最近、機動六課があちこち出かけているようだな」
「あぁ。
 ミッドチルダ内だけでもあちこちの事件に首を突っ込んでいるようだし、アニマトロスやギガロニアにも出向いている」
 根城にしているアジトの一室――声をかけてきたジェノスクリームの言葉に、ショックフリートはまさに今現在収集しているデータをまとめながらそう答えた。
「しかも連中、新たな仲間を次々に増やしている。
 ほっとくと、なかなか厄介なことになりそうだな」
 傍らで資材の箱に腰を下ろし、刃にもなっているローターの手入れをしながらそう告げるのはブラックアウトだ。
 しかし、そんな彼の言葉に対し、ジェノスクリームは余裕の笑みと共に答えた。
「だが、付け入るスキはある。
 ヤツらも、拠点を空にするワケにはいかんからな――余所の星に出向く際、同行している隊長格はたいていひとりだ。
 こいつはチャンスだと思わないか?」
「……なるほどな」
 彼の言いたいことに思い至り、ブラックアウトもまた笑みを浮かべる――ビーストモードのその口元に笑みを浮かべ、ジェノスクリームは告げた。
「ショックフリート。機動六課の動きに目を光らせろ。
 ブラックアウトはオレと共に出撃準備だ。レッケージ達にも声をかけに行くぞ」
「なら……」
「あぁ。
 久々に、こっちも本気で動くぞ」
 ブラックアウトの言葉にうなずき、ジェノスクリームはショックフリートの手元のウィンドウに視線を向け、
「今度こそ、オレ達はゴッドマスターを手に入れる」
 そう告げるジェノスクリームが見つめるのは、データの中に表示された一枚の写真だった。
 そこに映るのは――
 

「特に――この小娘はな」

 

 スバルだった。

 

 

 そんな企みが進行している一方で、スバル達は一路スピーディアへと旅立った。
 今回も同行する隊長格はひとり。誰がついてきたかと言えば――

「この私は10年待ったのだ……
 スピーディアよ、私は帰ってきたぁ――――っ!」

 アニメ大好き、燃えも萌えもぜんぜんオーケーなこのお方。一面に広がるスピーディアの荒野を突き抜ける、巨大なハイウェイのド真ん中でアリシアは高らかに声を上げ――

《『帰ってきた』って、アリシアちゃんはスピーディアに来たことないですよぉ》
「リインちゃんもね」

 リインとアスカの鋭い多段ツッコミが飛んだ。

 

「ここがスピーディアでござるか……」
「見渡す限り荒野とハイウェイばかりですね……」
 と言っても、多くの車型トランスフォーマーが行き交うスピーディアのハイウェイの真ん中になどいつまでもいられるものではなく、すぐに側道に移動――周囲を見渡し、シャープエッジとキャロが正直な感想をもらす。
「けど……肝心のトランスデバイスはどこに……?」
「探してみるしかないんじゃないか?」
 つぶやくティアナにジェットガンナーが答えると、
「………………?
 どうしたんですか? リイン曹長。
 なんか、さっきからキョロキョロしてますけど」
《え?
 な、なんでもないですよ、アハハ……》
 しきりに辺りを見回しているその姿に首をかしげたエリオの問いに、リインはロコツにあわてながらそう答える。
「なんでもない、って……」
「なんだか、そわそわしてますよね?」
《そ、そうですか?
 ホントに何でもないんですよ、なんでも……》
 エリオとキャロに答えるリインだったが――なんでもないはずがない。
 何しろ、そうなる“理由”がちゃんとあるのだから――笑顔で二人をごまかしながら、リインはその“理由”を思い返していた。
 

「あぁ、リインちゃん、ちょっと」
《………………?
 どうしたですか? ライカさん》
 突然声をかけられたのは、スピーディア行きの準備を終えて、集合場所であるヘリポートに向かう途中のこと――振り向き、リインは廊下の向こうからやってきたライカに聞き返した。
《私、もう行かないといけないんですけど……》
「そのスピーディア行きのことで、ちょっと頼みがあるんだけど……」
《頼み……?
 いいですよ。リインにできることなら、ドーンとがんばっちゃうです!》
「そう?」
 胸を叩いて宣言するリインに、ライカは笑顔でうなずいてみせた。
「そう言ってくれると助かるわ。
 今から頼むことができるのは、リインちゃんだけだから……」
 そして、ライカは“頼み”の内容を告げて――
 

 リインは心の底から安請け合いを後悔した。

 

(うぅ……引き受けるんじゃなかったですぅ。
 けど、ライカさんの言う通り、こういう役はヴィータちゃん達には頼めないですし……)
 ライカの“頼み”がまさに適材適所であることは否定のしようがないが――それでも尻込みせずにはいられない。ムチャを引き受けてしまった後悔と期待には応えなければという責任感がせめぎ合い、リインは内心で考え込み――
「ホント、どうしちゃったんですか? リイン曹長」
「どう見ても、なんでもない、って様子じゃないですよ」
《だ、だから、リインは何でもないですよぉ》
 ついにはスバルやティアナまで――会話に加わる二人の言葉に、リインはますます追い詰められていく。
《リインはただ、ライカさんからの頼みごとが……》
「ライ姉の?」
《あ…………
 な、なんでもないです! 今のなしですぅ!》
 ついにはポロリと隠し事の片鱗をもらしてしまう始末――首をかしげるスバルに、リインは必死に弁明の声を上げ――
 

 消えた。
 

「………………え?」
 突然、すぐ脇の車線を一台の車が駆け抜けたと思ったその瞬間、リインの姿が視界から消えた――スバルが思わず声を上げ、駆け抜けていった車の方へと視線を向けると、
《あ〜〜〜〜れ〜〜〜〜っ!》
「り。リイン曹長!?」
 見れば、走り去る大型トレーラー型のビークルの運転席から網が伸びており、リインがその中に捕まっているではないか――ギンガが声を上げるその間にも、両者の距離はグングンと開いていく。
「ど、どうしよう、ティアちゃん!」
「どう、って、追いかけるしかないですよ!」
 あわてるアスカにティアナが答えると、
「こら、待てぇっ!」
「あ、こら、スバル!」
 まさに“考えるよりも先に身体が動き出す”典型――すぐさまバリアジャケットを装着、スバルはティアナが制止するのもかまわずマッハキャリバーで猛ダッシュ。トレーラーの後を追って走り出す。
「大丈夫! 私がフォローするから!」
 すかさずスバルの後を追うのは自身のデバイスを起動、ローラーブーツとリボルバーナックルを装着したギンガだ。
「頼みます!
 ったく、あのバカ!」
 ギンガにスバルを任せる一方、もう後姿も見えやしないスバルに対して思わずそう毒づくと、ティアナはジェットガンナーへと向き直り、
「ジェットガンナー! あたし達は空から追うわよ!」
「了解だ。
 トランスフォーム!」
 答え、ジェットガンナーはすぐさまビークルモードへとトランスフォーム。ティアナを乗せてスピーディアの空へと飛び立っていく。
「アイゼンアンカー! ボクらも!」
「エリオくん! わたしも!」
「拙者も同行させてもらいたいでござる。
 川がないのでは拙者は泳いで追うこともできぬでござる」
「はいはい。
 まったく、めんどくさいなー、もう」
 そして、エリオやキャロ、シャープエッジも――仕方ない、とばかりにアイゼンアンカーは自分のクレーン型ビークル“ブルーアンカー”と“グリーンガンナー”を起動。自分とエリオがブルーアンカーの、キャロがグリーンアンカーの運転席に乗り込み、シャープエッジがグリーンアンカーの荷台によじ登ってトレーラーの追跡に取り掛かる。
 そして、マスターコンボイもオメガを起動。燃費を意識し、ヒューマンフォームのまま上空に飛び立ち――
「……とりあえずは、予定通りかな?」
「リインちゃんがボロを出しかけた時は、どうなることかと思ったけどねー。
 スピードダイヤル、ツールフォーム!」
 つぶやくアリシアに答えると、アスカは携帯電話にトランスフォームしたロングビューを手にするといずこかへとダイヤルし、
「…………あ、もしもし?
 ……ピンポーン♪ カワイイカワイイお姉ちゃんですよー♪
 ………………うん。スバル達、みんな予定通りにそっちに行ったから。うん、うん……
 じゃ、よろくね♪」
 そして、通話を終えるとアスカはアリシアへと振り返り、
「お迎え、すぐに来るってさ」
「そ」
 あっさりとうなずくと、アリシアはスバル達の走り去っていった方向へと視線を向けた。
「じゃ、私達はのんびり追いかけるとしましょうか♪」
 

「…………見えた!」
 マッハキャリバーでスピーディアのハイウェイを駆け抜け、やってきたのは都市型コースの真っ只中――ここに至り、スバルはようやく目標のトレーラーを視界に捉えた。
《助けてくださいですぅ〜っ!》
 リインは未だ網に囚われ、トレーラーの窓の外にぶら下がっている――魔法で脱出すればいいと思うのだが、あの網に何かしらの妨害効果が働いているのだろうか?
 と――
「こら、スバル!」
 背後から聞こえるのは姉の声――振り向くと、ギンガが愛用のローラーブーツのタイヤを唸らせ、こちらに追いついてきたところだった。
「あ、ギン姉……」
「まったく、ひとりで飛び出して……
 そういうところは、昔からちっとも成長しないわね」
 声を上げるスバルに対し、ギンガはため息まじりに彼女のとなりに並び立つ。
 と――そんな彼女に新たな声が届いた。
《スバル!》
「ティア?」
《アンタねぇ、ひとりで突っ走るんじゃないわよ!》
「ご、ゴメン……
 今、ギン姉にも言われた……」
 ティアナに叱られ、走り続けそのままでシュンとなるスバルに、ギンガは思わず苦笑する。
「それで……ティア、そっちは?
 あたしは、リイン曹長を捕まえたトレーラーを見つけたけど」
《ホントに!?
 こっちはダメ。都市型コースに入られてから、上空からは完全に死角になってる》
〈監視カメラに侵入し、大体の位置はつかめるが、我々の手で確保するのは難しそうだ〉
 尋ねるスバルに、ティアナは舌打ちまじりに答える――無線で付け加えるジェットガンナーの報告も芳しくない。
「エリオ、キャロ、そっちは!?」
〈だ、ダメです……!
 こんな曲がりくねった道、アイゼンアンカーのビークルが立ち往生しちゃって……〉
〈今、ビークルを降りて走って追ってますけど、私達のスピードじゃ……〉
「あー、それじゃキツいよね……」
 完全にバックス担当のキャロは体さばきこそ自分達に負けていないが、移動力という意味では新人フォワードの中ではもっとも恵まれていない。
 そしてエリオもスピードこそあるが、突撃に特化した彼の機動は直線的で、入り組んだこの都市型コースの中では自慢のスピードを存分に発揮することができない。
「アスカさん達とはさっきから連絡がつかないし……」
「私達でなんとかするしかないみたいね」
 ため息をつくスバルに、ギンガは静かに息をつき、
「スバル、私達であのトレーラーを止めるわよ。
 それがムリなら、この都市型コースを出るまできっちり喰らいついて、出たところで……」
「ティアやジェットガンナーとのはさみ撃ちだね! 了解っ!」
 ギンガの言葉にうなずき、スバルは一気に加速し、トレーラーの追跡を再開する。
 しかし、トレーラーも負けてはいない。サイズ的には立ち往生したアイゼンアンカーのビークル2台とさほど変わらないはずなのに、そこは地元の強みか、的確に曲がりくねったコースを駆け抜けていく。空間的にもスピード的にも余裕のあるスバルとギンガだが、両者の差は一向に縮まる様子がない。
「く…………っ!
 このままじゃ……!」
 何か状況をひっくり返すものがなければ、いつまで経ってもジリ貧だ――さすがに焦りを感じ、スバルがうめくと、
「スバル、あれ!」
 行く手に見えてきた“それ”に気づき、ギンガが声を上げた。
 トレーラーは下り坂のストレートに入り、都市型コースの出口に向かっている――そして、その出口のすぐ手前には巨大なゲートが設置されている。
 来る前にチェックしたスピーディアの資料で見た。あれは――
「私的レース用の……ゴールゲート!?」
「いけない……!
 あそこを先に通過されたら、たとえ追いついても!」
 スバルとギンガが思わず声を上げる――別にレースをしているワケではない、と言えばそうなのだが、この星ではそういうワケにもいかない。
 レースの結果がもっとも重要な交渉手段として確立しているこの星では、先にゴールを駆け抜けるということはすべてに通じる免罪符だと言っても過言ではない。あそこを先に通過されては、その後で犯人を確保したとしても相手が「レースだった」と主張すればこちらに追求する術はなくなってしまう。
 実際、なのは達も10年前にこのルールでプラネットフォースの入手を阻まれ、最終的にはこの星の現プラネットリーダー、ニトロコンボイをレースで打ち破ることでようやくプラネットフォースを手にすることができたくらいなのだ。
 つまり、このホームストレートであのトレーラーの前に回り込む以外に、リインを助け出す方法はない、ということになる。スバルはとっさに思考をめぐらせる。
 最終的な智略はティアナの専門分野だが、こういう切羽詰った状態での臨機応変さや隠された事象に対する“気づき”はスバルの方が上だ。自分達にできることの中で有効なものを素早くリストアップし――
「ギン姉!」
 叫ぶと同時にわずかに減速。ギンガのとなりまで下がると左手で彼女の右手をつかみ、
“投げて”!」
「え………………?」
 いきなりの一言に一瞬呆けてしまうが――ギンガはすぐに彼女の狙いに気づいた。
「…………OK!」
 うなずき、ギンガはスバルの手を握ったまま身をひるがえした。遠心力によってスバルの身体が振り回され――
「いっ、けぇっ!」
 投げ飛ばした。スバルの要求通り――トレーラーの行く先に。
(ディバインバスターは使えない――リイン曹長を巻き込んじゃう。
 並みの打撃じゃ、あのトレーラーは止められない――)
 着地し、両足でブレーキをかける間も、スバルの思考は続く。
(あれを止められるとしたら……これだけ!)
 結論が出ると同時、スバルは身がまえて目の前に環状魔法陣を展開。その中心に魔力スフィアを発生させる。
 ディバインバスターの体勢に見えるが――その術式はディバインバスターのそれとは違う。
(“師匠”との修行の中で、“師匠”が考えてくれた……まだ名前も決まってない、あたしだけの魔法……
 結局、ディバインバスターを覚えたかったあたしのワガママに“師匠”が付き合ってくれたせいで、制御が不安定なままだけど……!)
「これなら――止められる!」
 決意と共に、スバルは拳を大きく右後方に引き――その拳に魔力スフィアが追従、彼女の拳を包み込む。
 そして、スバルはどっしりと腰を落とし、迫り来るトレーラーに向けて拳を繰り出し――

 

 

「そこまでだ」

 

 

 止められた。

 

 

 スバルが拳を放つよりも早く――突如飛び込んできた巨大な何かがトレーラーを受け止めたのだ。
 同時、トレーラーもまたブレーキをかけた。轟音と共にその巨体はみるみるうちに速度を落とし、やがてスバルの目の前で完全に停止した。
「え? え…………?」
 いきなりの乱入と事態の静止――思考がついていけず、スバルが思わず声を上げると、
「すまんな。
 オレの部下に、そんなシャレにならない一撃を叩き込まないでくれるか――スバル」
「えぇっ!?」
 いきなり乱入者が自分の名を呼んだ――スバルが驚き、目を見開くと、
「スバル、大丈夫――って!?」
 追いついてきたギンガもまた、乱入者の姿を見て驚きの声を上げた。
 しかし、彼女の驚きはスバルのそれとは違った。
 彼女の驚きは、乱入者の正体に気づいたからこそのものであって――呆然と、その名をつぶやく。
「オーバー……ロードさん……!?」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
「そこまで驚かれると複雑だな」
 ギンガの告げた名に大声を上げるスバルに対し、乱入者は――このスピーディアの大帝、爆走大帝オーバーロードは思わずため息をつく。
「じゃ、じゃあ、このトレーラーさんって……」
 そして、同時にスバルは“リイン誘拐犯”の正体にも思い至った。そんな彼女の前で、トレーラーはロボットモードへとトランスフォームし、
「今の今まで気づかれないとは、ペンキまで被った変装した甲斐があったな」
 ようやく乾いたペンキがペリペリと装甲からはがれていくのを見下ろしながらつぶやくのは、オーバーロードの側近、暴走参謀メナゾールだ。
 そして――
《少し生乾きだったですぅ……》
 彼に解放してもらったリインの頬には、青色のペンキがしっかりと付着していた。

 

「じゃあ……リイン曹長がさらわれたのは……」
「曹長もグルの、狂言誘拐……?」
《ごめんなさいですぅ……》
 あの後、ティアナ達やエリオ達も無事合流――事情を聞かされ、つぶやくエリオやティアナに対し、リインはメナゾールの装甲にこびりついているペンキの残滓をペリペリとはがしていた手を止め、申し訳なさそうに頭を下げた。
「あぁ、リイン曹長が悪いワケじゃないですよ。
 むしろ、悪いのはそれを仕組んだ誰かさんであって」
 言って、ティアナが軽く抗議の念を視線に込めて見やるのはオーバーロードだ。
 だが――
「残念ながら、オレ達も頼まれて動いただけだぞ」
 そんな彼女の意に反し、オーバーロードは肩をすくめてそう答える。
「今回の“首謀者”は……
 ……お、どうやら当人のお出ましのようだ」
 気づき、顔を上げたオーバーロードの視線を追っていくと、こちらに向けて1台の車が走ってくるのが見えた。
 しかし、それは――
「トランスフォーマーじゃ、なさそうだな……」
「うん……
 ミッドのスポーツカー……フェイトさんの車と、同じ車種だよ」
 それはトランスフォーマーの星であるスピーディアには珍しいものだった。つぶやくアイゼンアンカーのとなりでエリオが首をかしげていると、車は一同の前で停車し――
「みんな、お疲れー♪」
「ドリンク作ってきたよー♪」
「アリシアさん!? アスカさん!?」
 その後部座席からはウォータージャグを抱えたアスカとコップ一式を持ったアリシアが出てきた。意外な人物の登場に、ティアナは思わず驚きの声を上げる。
「まさか、今回のことって、二人が……?」
「んー、違う違う。
 “言いだしっぺ”さんがライカさんに言付けて、それをライカさんがあたし達に伝えただけ」
 尋ねるキャロにアスカが答えると、
「そーそー。犯人はこのわ・た・し♪
 二人は今回対象外だったからねー♪ 差し入れ作るの手伝ってもらってたの♪」
 その言葉と同時、運転席の扉が開き、彼女は姿を現した。
 年の頃はなのは達とほぼ同じか。カジュアルな服装に身を包み、後ろでポニーテールでまとめた金髪を腰まで垂らした少女である。彼女は真っ先にスバルやギンガに視線を向け、
「やふー♪
 スバル、ギンガ、久しぶり♪」
「ファイさん!」
「ファイ姉!」
 笑顔で声をかけてきた少女に対し、ギンガとスバルは驚きよりも再会の喜びが先立った声を上げる。
「そっか……
 ライ姉、すず姉、ジー姉ときてたんだから、4人目にファイ姉が来るって予測できたんだよね……」
「はっはっはっ、まだまだ発想力が足りないよー、スバル♪
 お兄ちゃんからの教えを活かせるようになるのはまだまだ先かなー?」
「あぅ……」
「ほらほら、それより私の紹介♪」
「あ、うん!」
 少女の言葉にシュンとなるものの――続けて告げられた言葉に我に返ると、スバルはティアナ達へと向き直り、少女を紹介する。
「“風”属性で“ノーマル”ランクのブレイカー、ファイ・エアルソウルさん! 通称ファイ姉!」
「どもー♪
 ただいまご紹介に預かりました、ファイ・エアルソウルでーす♪」
 スバルの紹介に笑顔を見せ、ファイは軽く敬礼してそう名乗る――そんな彼女に、ティアナが代表して尋ねる。
「あの、ファイさん……
 ファイさんが、4人目のトランスデバイスの教導を?」
「うん。そだよー。
 おかげで本来のお仕事もお休みだよー……ま、こっちも楽しいからいいんだけど♪」
「『本来のお仕事』……ひょっとして、ファイさんも“Bネット”に?」
「まぁね。
 私達“瘴魔大戦”に参加したブレイカーはそろいもそろって現場叩き上げの粒ぞろいだからねー。みんな“Bネット”でがんばってるよ。
 ジーナお姉ちゃんは情報部でしょ、鈴香お姉ちゃんが救難部と技術部、ライカお姉ちゃんとイクトお兄ちゃん達が機動部……」
 エリオの問いにそう答えながら、ファイは指折り数えて今まで出逢ってきたブレイカーの面々を列挙していく。
「で、私の所属は捜査部。
 一応、特別捜査官さんの資格を持ってたりするんで、今は広域対応の特別捜査隊で隊長さんなんかやらせてもらってます♪」
「と、特別捜査隊!?」
 あっさりと告げられたファイの言葉に、ティアナは思わず声を上げた。
 だが、それもムリはない――特別捜査官、それは管理局で言うならば執務官にあたる。執務官志望のティアナにとっては、所属する組織こそ違っても目指すべき目標であることには違いない。
 見れば、ティアナと同じ執務官志望であるフェイトを保護者とするエリオやキャロも、ファイに対し羨望に近いまなざしを向けている。
「それって、すごいエリートってことじゃないですか!?」
「そ、そんな大したものじゃないよ」
 感嘆の声を上げるティアナに、ファイはため息をついて肩を落とし、
「特別捜査隊って言えば聞こえはいいけど、本質的には広域捜査のために機動性を重視した少数部隊だもん。当然そのせいで規模は小さいし、けっこうどうにもならない事件って多くて、よくライカお姉ちゃん達に助けてもらっちゃってるし……」
「た、大変なんでござるな……」
 その口からもれ出てくるのは明らかに歳不相応な職場のグチ……一気にテンションのなえたファイの様子に、シャープエッジは思わず一歩引きながらうめく。
「まぁ、一応お仕事自体は楽しいんだけど……そんな忙しいトコだから当然、下の子達の教育なんかしたことないし……
 ぶっちゃけ、今教えてる子が初めての教え子だったりするワケで……」
「『今』……?
 まさか、GLXナンバーのトランスデバイスか?」
 ようやく話題が本来の用件に戻ってきた――尋ねるジェットガンナーに、ファイはため息まじりにうなずいてみせる。
「ファイ姉、あたし達、その子を迎えに来たんだけど」
「っと、そうだったね。
 ライカお姉ちゃんから話は聞いてるよ」
 スバルの言葉に、ファイもすぐに“仕事モード”に復帰した。気を取り直してそう答えると、スバルとギンガの肩をポンと叩き、
「それじゃ、二人とも。
 案内してあげるから、今から迎えに行こうか♪」
「え…………?」
「私達……二人、ですか?」
 その言葉に戸惑いの声を上げたのは当の二人だ。不思議そうにスバルはティアナ達へと視線を向け、
「あの、ティア達は……?」
「んー?
 あぁ、そういえば言ってなかったね」
 スバルの問いに、ファイはようやくそのことに思い至った。ティアナ達の方に向き直ると、笑顔で告げる。
「ゴメンね、みんな。
 ティアちゃんもエリオくんもキャロちゃんも、ウチの子のパートナーとしては不合格かな。
 もうジェットガンナー達のパートナーになってるみたいだし、ここはあきらめてくれないかな?」
「ち、ちょっと待ってください!」
 その言葉に、思わず反論の声を上げたのはティアナだ。
「そりゃ、あたし達にはジェットガンナーがいます。今さら『パートナーになってくれ』と言われても、辞退する気ではいましたけど……それでも、いきなり『不合格』なんて、納得できません!」
「『いきなり』じゃないよ」
 しかし、ファイは落ち着いた様子でそう答えた。
「ちゃんと、みんなの適正は見させてもらった――その上で判断した結果だよ。
 そのために、わざわざオーバーロード達に頼んで仕組ませてもらったんだし」
「え…………?
 じゃあ、さっきの狂言誘拐って……」
「そ。
 アレは、みんなの適正を見させてもらうための、言ってみれば抜き打ちテストだったんだよ。
 黙ってたのはゴメンねー。みんなの地の力が知りたかったから――テストだって事前に教えちゃうと、変なプレッシャーがかかりかねないでしょ?」
 気づいたエリオに答えると、ファイは改めて一同を見渡し、
「で、結果はさっき言った通り。
 最初から空を飛んだティアちゃんとジェットガンナー、マスターコンボイは論外ね――ウチの子、陸戦型だから。『飛べるから』って安易に飛んじゃう子には用はありませーん。
 キャロちゃんはスピード不足。あの子と組んでもずっとライドスペースでお留守番決定だよ。
 エリオくんは小回りが利かないのが問題だね。だからパス。
 そんなワケで、テスト結果としては最後までメナゾールについて行けたスバルとギンガ。この二人だけが合格、ってことで。
 だけど……」
 言って、ファイはスバルへと向き直り――
「えいっ」
「いたっ」
 スバルの脳天に軽く手刀を振り下ろした。
「スバルは合格ラインギリギリまで減点。
 最後の技、私も知ってるけど……確かまだ未完成だよね? いくら状況からしてベストだからって、そういう技をポンポン使うのは、あまり感心しないな。
 “お師匠様”兼“お義兄ちゃん”だって、試しなしのぶっつけ本番、ってのはあっても、未完成の技は絶対に使ったりしなかったでしょ?」
「ご、ごめんなさい……」
 思わずシュンとなってスバルが謝ると、
「だが、悪かったのは手段だけだ。
 貴様のその決断は、決して間違ってはいない」
 そうスバルをフォローし、今度はオーバーロードが一同に告げる。
「貴様らも知ってのとおり、この星はレースの勝敗が最も強いプライオリティを持つ。
 レースに勝つことに必要なのは並み居るライバルをかき分け、トップへと飛び出す突破力……しかしそれは、単純なスピードや突撃能力ではない。確実に走り抜く走破力と機動性、そしてどんな困難も撃ち貫く強い意思……
 メナゾールとて本職はバトルレーサーではあるが正統派レーサーとしても優秀だ。そのメナゾールについていき、しかもその巨体を止めるために臆することなく立ち向かおうとしたスバルとギンガにはそれがある。
 “突破の果てに高みあり”――仲間のために先陣を切り、駆けるべき道を切り開くスピーディアのこの教え、忘れるなよ」
『はい!』
 オーバーロードの言葉に、スバルとギンガが居住まいを正して答える――と、キャロが首をかしげてファイに尋ねた。
「でも……だからって、スバルさん達だけで行くこともないんじゃないですか?
 私達みんなで迎えに行けば……」
「んー、確かに、みんなも一緒に戦うことになるワケだし、顔見せは早い方がいいんだけど……」
 そして、ファイは少し困ったように苦笑し、告げた。
「今から行くところ、あまり大勢でおしかけるとあの子が嫌がるから」
 

 そんなやり取りの結果、スバルとギンガはファイの案内の元、ビークルモードとなったマスターコンボイに乗ってGLXナンバー最後のひとりのもとへと向かった。
 彼女が案内したのは、今しがたファイの“テスト”が行なわれた都市型コースから少し離れた、とあるハイウェイの一角。
 しかし、そこに広がる光景は――

「これって……」
「花畑……だよね……?」
 辺り一面の荒野の中、そこだけ世界が変わったかのように咲き誇る花々――ハイウェイの脇に広がる花畑を前に、マスターコンボイから降り、ハイウェイの側道から見下ろすスバルとギンガは思わず顔を見合わせる。
 そのとなりに降車したファイが加わり、マスターコンボイもロボットモードにトランスフォーム――ハイウェイから降り、近くまで行ってみると、
「…………あれ? 誰かいる……」
 最初に気づいたのはスバル――花畑の中で何か作業をしているトランスフォーマーの姿を見つけ、声を上げる。
「もしかして、あの子が……?」
「うん。
 ロードナックル!」
「んー?」
 ギンガに答え、名を呼ぶファイの言葉に、ロードナックルと呼ばれたトランスフォーマーは顔を上げ、
「あ、ファイ〜♪」
 その表情が輝いた。無邪気に喜びの声を上げると、花を踏まないようその間を器用にすり足で抜けて花畑から出てくる。
「どうしたの? ファイ?」
「うん。
 キミのパートナーになる子達が来たから、紹介にね」
「あ、そうなの?」
 言って、彼は右目に単眼式のゴーグルを装着したその目でスバルとギンガへと視線を向け、
「二人とも、ようこそ!
 “GLX-03”、ロードナックルだよ! よろしく!」
「よ、よろしく……」
 性格は元気な子供、といったところだが――格闘戦向きのガッシリとした体格からは明らかに不釣合いに思えてならない。どこか戸惑いがちにスバルがうなずくと、となりのギンガが花畑へと視線を向け、
「ところで……あの花畑はロードナックルが?」
「うん。そうだよ!」
 満面の笑顔でロードナックルはうなずいた。
「お花ってすごいよねー。ちょっとお世話してあげるだけで、こんな荒野でも咲けるんだから。
 それにすっごくきれいだし!」
「そうなんだ……
 お花が好きだなんて、まるでアニマトロス育ちのシャープエッジみたいだね」
「いや、ヤツにそういう感性はあるまい。
 ヤツにとっては、自然とはすなわち生きるための戦いの相手だろうからな」
「むしろ、自然に乏しいスピーディアで育ったからこその感性なのかもね」
 つぶやくスバルにマスターコンボイとギンガが答えると、ロードナックルはマスターコンボイへと視線を向け、
「このおじさんは?」
「おじ…………っ!?」
「あ、固まった」
「最近キャロ達からの“お兄ちゃん”呼ばわりに慣らされてたからねぇ……」
 思わず硬直するマスターコンボイの言葉にファイが、そしてスバルがつぶやき――
《おいおい!
 オレにも名乗らせろよ!》
「え………………?」
 新たな声が聞こえてきた――思わずギンガが周囲を見回すと、
《おい、姉ちゃん。
 こっちだ、こっち》
 今度は声の方向が特定できた――見ると、ロードナックルの右肩に備え付けられた小型の液晶モニターに、二頭身にディフォルメされたロードナックルの姿が映し出されている。
「えっと……キミは……?」
「あ、ちょっと待ってね。
 今“代わる”から」
 首をかしげるスバルに答えると、ロードナックルは自分の頭部のスイッチを入れた。それに伴い、右目のゴーグルがメット内に引っ込み、代わりに左目がゴーグルに覆われ――
「んっ、んーっ!
 やっと出てこられたぜ!」
 その態度が豹変した。身体をほぐすように大きく伸びをするその態度や声は、つい先ほどロードナックルの右肩に表示されたSDロードナックルのもので――
《もう、クロちゃん、名乗るんじゃなかったの?》
「うるせぇ、シロ!
 今日はずっとお前に身体使わせてたんだ――おかげでずっと畑仕事であちこちの関節がガチガチになってるじゃねぇか。少しはほぐさせろ。
 それと『クロちゃん』はやめろっつってんだろうが!」
 左肩の液晶モニターに表示されたSDロードナックルが、さっきまでの彼の態度と声でそう告げた。その言葉に、今のロードナックルは乱暴な口調でそう答える。
「え? え?
 どういうこと……?」
 突然のロードナックルの豹変に、スバルはついていけずに声を上げ――
「なるほど。
 コイツのパートナーに二人も候補を連れてきたのはそういうことか」
 一足先にマスターコンボイが気づいた。ファイへと視線を向け、尋ねる。
「ファイ・エアルソウル……
 こいつら、多重人格なんだろう?」
「そういうこと♪
 ロードナックルは二つの人格を持つ二重人格トランスフォーマー。しかも、その性格が見ての通り正反対。
 ここまで性格が違うと、ひとりのパートナーが人格に応じて付き合い方を替える、っていうのも負担になっちゃうでしょ? だから、それぞれの性格に応じて、二人のパートナーを持ってもらおうと思ってたの」
 答えて、ファイは軽く肩をすくめてみせる。
「ちなみに、今表に出てきてるのがクロちゃん。さっきまでのがシロちゃん」
「く、クロにシロって、犬じゃあるまいし……」
「仕方ないじゃない。
 当人達が自分で考えた名前なんだから」
「自分達でつけた名前なのか……」
 ギンガに答えるファイの言葉にマスターコンボイがうめき――その上で、一番の根本的な疑問を尋ねた。
「しかし……なぜ多重人格などに?」
「あー、それなんだけどね……」
 その問いに、ファイの表情が一瞬こわばった――しばしためらい、頭をかいていたが、
「えっと……マスターコンボイ。
 “デュアルコアCPU”って、わかる?」
 

「えっと……確か、パソコンのCPUの分類のひとつですよね?
 ひとつのCPUに、二つの演算コアが搭載されていて、それによって演算効率を上げる、っていう……」
 一方、待機しているティアナ達の方でも同じ会話が繰り広げられていた――自分の知識の中から回答を引っ張り出し、ティアナはウィンドウに映る霞澄に向けてそう答える。
 オーバーロードからロードナックルが多重人格であることを知らされ、ティアナはすぐに詳しい事情を聞こうと開発者である霞澄に連絡を取った。そして、その理由を尋ねたエリオに対し、霞澄はファイと同じ質問を投げかけたのだ。
「けど……それがどうかしたんですか?」
〈実は……ロードナックルに使われてるAIチップも、それと同じデュアルコアなの。
 今ティアナが答えた通り、演算能力、つまり処理能力を引き上げるのが目的だったんだけど……〉
 ティアナに答え、霞澄はそこで言葉をにごし――笑顔で告げた。
〈そのコアひとつひとつに人格が宿っちゃった。てへ♪〉
「『てへ♪』じゃないですよ!」
 ティアナは全力でツッコんだ。
 

「つまり、ひとつのAIに二つの人格……
 しかも、人格部分以外は共通のプログラムで動いているから……」
「そう。
 分離もさせられなくて、あぁして“それ用”に対応させたボディに搭載するしかなかったの」
 確認するギンガに対し、ファイは苦笑まじりにそう答える。
 一方、当のロードナックルは――
「へぇ……クロくんの方がお兄ちゃんなんだ」
「まぁ、オレの方が人格の発現が早かったからな」
 “クロ”の人格がスバルと談笑中――自分の方が(概念上ではあるが)年上なのだと知り、うなずくスバルにロードナックル・クロは頭をかきながらそう答える。
「お兄ちゃんとしてはどうなの? シロちゃんのことは」
「んー、ちょっと覇気がねぇんだよなぁ。
 趣味がガーデニング、っつーのもなぁ……もっとスピーディアのトランスフォーマーらしく、豪快にガーッ! と走り回ることも楽しんでもらいたいんだけどな」
「あー、いいよねー、思いっきり走るのって♪」
《あ、あうあうあう……》
 答えるロードナックル・クロと相槌を打つスバル、二人のやり取りにシロは左肩の液晶ディスプレイの中で萎縮して――
「でも……素直でいいヤツだぜ。
 戦いとか荒事はオレが引き受けてやればいいんだし、コイツにはのびのび育ってもらいてぇな、兄貴としちゃ」
「へー。
 だってさ、シロちゃん。いいお兄ちゃんでよかったねー♪」
《うぅ〜〜〜〜〜〜っ!》
 そこへ二人から更なる追い討ち――シロの萎縮した映像がさらに真っ赤に染まっていく。
「ほらほら、二人ともそのくらいで。
 シロくんが困ってるじゃない」
 そんな光景に苦笑し、助け舟を出すのはギンガだ。
「シロくん、ゴメンね。
 たまにイタズラっ子な妹で」
《うぇ〜ん、ギンガお姉ちゃぁ〜ん!》
 なぐさめてくれるギンガに対し、シロは思わず歓喜の涙を流す――もちろん映像の中でだが。
 と――
「で? どうするんだ? これから」
 そう尋ねるのはマスターコンボイだ。
「どうするって?」
「オレ達が何のためにスピーディアに来たのか――その辺りを理解しているのか、と聞いているんだ」
 聞き返すスバルにマスターコンボイが答え――ようやくスバルはそのことを思い出した。
「そっか……
 あたし達、ロードナックルを機動六課に連れ帰るために来たんだっけ……」
「あー、そういや、そーゆー話だったっけな」
 やはり事前に話は来ていたらしい。納得してうなずくロードナックル・クロだったが――
《えぇ〜っ!?
 ここから出てっちゃうの、ボクら!?》
 対し、驚きの声を上げるのはシロである。
《ヤダヤだ! 絶対ヤだ!
 ボクがいなくなったら、ここのお花はどうなるの!?》
「だから、オレは反対だったんだ……
 ここでは育て方を勉強するだけにしておいて、本格的にやるのは機動六課に配属されてからにしろって言ってただろうが……」
 弟の言葉にため息をつき、ロードナックル・クロは彼の大事にしている花畑に視線を向ける。
「なのに、ここまで本格的に造成しやがって……」
「そんなにすごいの?」
 尋ねるスバルには無言で“答え”を指し示すことで答える――見れば、ハイウェイの下まで水道が引かれ、そこから伸びた、長期設置を念頭に置いた丈夫なホースが花壇の中に続いている――時折水しぶきが挙がるのを見ると、園芸用のスプリンクラーまで設置されているようだ。
「な、なんていうか……本格的だね」
「これがなきゃ、花を六課の敷地に移植するっつー手も使えたんだがなぁ……これだけやられちまったら、撤収も一苦労だぜ」
 思わず呆れるギンガにロードナックル・クロが答え――

 

「――――――危ない!」

 

 鋭い声はファイのものだった。素早く一同の前に飛び出すと同時、右手にものすごい勢いで空気が圧縮されていき――解き放たれた。ファイの“力”を帯びた旋風が防壁となり、飛来した多数の光の塊を弾き飛ばす!
「誰!?」
 防壁を解除し、ファイは攻撃の主の姿を探し――
「――――かくれんぼは、そこまでだ!」
 マスターコンボイがオメガを振るった。放たれた魔力弾が空中を駆け抜けるが――光の弾丸は目標を捕らえず、空間に溶け込んでそこに浮かぶショックフリートの分体を貫く。
「なるほど……空間に溶け込む力を持つ貴様なら、オレ達の気配察知もスルーできる、か……」
「そういうことだ」
 言って、ショックフリートは空間のあちこちに散った分体を統合。実体化する。
 そして――
「何だよ、ショックフリート。奇襲失敗か?」
「元々成功するとは思っていない」
 となりに舞い降りてきて、ビークルモードの軍用ヘリからロボットモードにトランスフォームしたのはブラックアウトだ。淡々と答え、ショックフリートはスバル達に向けて手にしたランチャーをかまえる。
「性懲りもなく、またこいつらを狙ってきたか……」
「当然だ。
 我々の狙いはゴッドマスターと“レリック”――その戦略目標に変わりはない」
 マスターコンボイにそう答えると、ショックフリートは笑みを浮かべ、
「それに……そこの二人は少し事情が特別だしな」
「どういうこと!?」
「知りたくば、オレ達についてくるんだな」
「させねぇよ」
 聞き返すスバルに答えるブラックアウトにはロードナックル・クロが答えた。
「この二人はオレとシロのパートナーなんだ。渡しゃしねぇよ!」
《帰れ帰れーっ!》
「言ってくれるな、ひよっこが!」
《ぴぃっ!》
「……お前は下がってろ。プログラムの奥にでも」
 ブラックアウトににらまれ、映像の中ですくみ上がるシロ――ため息をつき、ロードナックル・クロはそう告げて拳をかまえる。
「とにかくだ。お前らにスバルやギンガの姐さんは渡せねぇよ。
 二人の“事情”については、力ずくで聞き出してやるとしようか」
「同感だな」
 ロードナックル・クロの言葉に同意し、マスターコンボイもまたオメガをかまえる。
 そして、スバルとギンガもバリアジャケットを装着、一同は上空のディセプティコン2名に向けてかまえ――
 

 花畑が吹き飛んだ。
 

 突然飛来した閃光が、轟音と共に花畑を薙ぎ払ったのだ。
《え………………?》
 一瞬、何が起きたかわからなかった――思考が、ロジックが停止し、シロは呆然と声を上げ――
「さっきの会話、聞かせてもらったぞ」
 言って、そいつはガケの上から跳び下りてきた。
「コイツが気になって、ここから離れられないらしいな」
 続いて仲間達が次々に跳び下りてくるが、かまわず続ける。
「だから、オレがキレイさっぱり掃除してやったんだ。感謝してもらおうか」
 背後にはロボットモードのバリケード、ブロウル、ボーンクラッシャー、レッケージ――ディセプティコン陸戦メンバーを従え、ビーストモードのジェノスクリームはその口元に獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 スピーディアの空に、暗雲が立ち込めようとしていた。


次回予告
 
シロ 「あぁぁぁぁっ! ボクの花壇がぁっ!」
ジェノスクリーム 「どうだ? きれいさっぱり片付けてやったぞ」
シロ 「…………ぅ……ぅえ……」
ジェノスクリーム 「………………?
 おい、どうした?」
シロ 「……ぅわぁぁぁぁぁんっ!
 ボクの花壇、壊されたぁぁぁぁぁっ!」
ジェノスクリーム 「え゛!? あ、おいっ!?」
シロ 「びえぇぇぇぇぇんっ!」
ジェノスクリーム 「あー、もうっ! 泣くな!
 お菓子買ってやるから!」
シロ 「…………ひっく、ひっく……ホント?」
ジェノスクリーム 「ホント! ホントだ! だから泣くな!」
シロ 「…………うん!」
マスターコンボイ 「さすがのヤツも……泣く子には勝てんか……」
ジェノスクリーム 「うるさいっ!」
シロ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第36話『みんなでとことん!〜爆走・ナックルコンボイ〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/11/29)
(第2版:2008/12/04)
(一部加筆修正)