「……アリシアちゃん達、今頃ロードナックルと合流してる頃やね」
「そうだな」
 珍しく書類仕事も一段落。今度こそ暇つぶしにオフィスに顔を出してつぶやくはやてのつぶやきに、イクトは彼女に視線を向けることもなくそう答えた。
「これでGLXナンバーも全員そろうし、ブレインジャッカーにも対抗できる。
 もちろん、みんなの戦力自体もグーンと上がるしな」
「そうだね。
 教導のしがいがあるよ」
 一方、はやての言葉に笑顔でうなずくのはなのはである。
「イクトさんも、たまには私達だけじゃなくてスバル達の教導もしてみたら?」
「なんだ、アイツらを人身御供にオレの訓練から合法的に離脱するつもりか?」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「冗談だ。
 貴様がそんな人間でないことぐらい、すでに熟知している」
 あわてるなのはの言葉に、やはり視線を合わせることなくイクトは笑みを浮かべて――
「あんなぁ、イクトさん」
 そんなイクトに、はやてはおもむろに声をかけた。
「前々から、言おう言おうと思っとったんやけど……」
「何だ?」
 やはりこちらに視線を向けずに応じるイクトに対し、はやては息をつき――
「キーボード打つ時の、その蟷螂拳とうろうけんだか蛇拳じゃけんだかみたいなかまえ、なんとかならへん?
 もうネタにしかならんのやけど」
「……放っておいてくれ」
 機械音痴の彼にとっては、端末のキーボードの配列を覚えるのも一苦労――視界の確保のためか両手を顔とほぼ同じ高さまで上げていることから、はやての言う通り某拳法を思わせるかまえとなっているイクトは本当に恥ずかしそうにそう答えた。

 

 スピーディアで、とんでもなく厄介な問題が浮上しようとしていることに、気づかないまま――

 

 


 

第36話

みんなでとことん!
〜爆走・ナックルコンボイ〜

 


 

 

「そんな……!」
「シロちゃんの、花畑が……!」
 突如現れたのは自分達と敵対する勢力のひとつ、ディセプティコン――しかし、その一撃は自分達ではなく、知り合ったばかりの“仲間”が大切にしていた花畑を一撃で消し炭に変えた。目の前で獰猛な笑みを浮かべるその一撃の主、ジェノスクリームを前に、ファイとスバルはとっさに身がまえながらそううめいた。
「てめぇ……!
 よくもシロが大事にしてた花を!」
 そんな二人よりも激しい怒りに震えるのは、その花々を大切にしていた者の“兄”――自分の“内側”で弟が絶句しているのを感じつつ、声を荒げるロードナックル・クロだったが、
「花、か……」
 対するジェノスクリームはあくまで余裕だ。見るものに恐怖を植えつけるかのような獰猛な笑みをますます深くすると、眼下に視線を落とした。
 そこには、爆風で飛ばされてきた花が一輪。チロチロと茎の部分を燃やす炎によって新たな彩りを与えられたそれは、普段のそれとは違った美しさを見せていて――
「…………フンッ」
 それを、ジェノスクリームは迷うことなく踏みつぶした。
「それが何だというんだ。
 たかだか1年かそこらの命。吹き飛ばそうが踏みつぶそうが、たいした違いはあるまい。
 こんなやわな命、いくらでも替えは利く――何なら、代わりの花の種でも手に入れてきてやろうか?」
「……あなたという人は……!」
 告げるジェノスクリームの言葉に、いつもは柔和なギンガの表情が鋭く研ぎ澄まされる。
「代わりなんかない……シロくんが大切にしていた花は、あの花しかないんですよ!
 それをあなたは……!」
「貴様らがどう思おうと、オレにとっては“その程度”なんだ。どうこう言われようが……
 ……いや、やめよう。貴様らと価値観の違いを論じるつもりはないんだよ、こっちは」
 ギンガに答えかけ、気を取り直したジェノスクリームのその言葉を合図に、彼の背後に控えていたレッケージ達が、そしてスバル達の背後で退路を抑えていたブラックアウトとショックフリートが戦闘態勢に入る。
「やれやれ。多勢に無勢か……」
「みんなの助けが必要? マスターコンボイ」
「バカを言え」
 数の上では確かに厳しいが、それと有利・不利はイコールではない――尋ねるファイにそう答え、マスターコンボイは腰のツールボックスから射出されたデバイスカードを手にし、
「目覚めろ。
 “終末の黒竜”――オメガ!」
〈Yes, My Boss!
 Combat-System start!〉

 彼の言葉に待機状態の相棒が応えた。瞬間、光と共にデバイスカードは愛刀オメガへと姿を変える。
 そして、スバルもマッハキャリバーとリボルバーナックルを起動。ギンガもまたバリアジャケットを起動し、スバルのそれと対になる左手用のリボルバーナックルとかつてスバルが使っていたものと同じデザインのローラーブーツを装着する。
「オレもやるぜ!
 シロの花畑と同じようにブッ飛ばしてやるぜ!」
 中でもやる気に満ち溢れるのがロードナックル・クロだ。両の拳を打ち合わせ、怒りもあらわに言い放つ。
 そんな彼を前に、ディセプティコン一同も戦闘意欲をみなぎらせる中、ロードナックル・クロは一歩を踏み出――
「……って、あれ?」
 ――そうとしたところで異変に気づいた。
「どうしたの? クロ」
「そ、それが……」
 いざ戦闘開始、というところで間の抜けた声を上げられてはたまらない。尋ねるファイに対し、ロードナックル・クロは困惑もあらわに自分の足を見下ろした。
 そして告げるのは、衝撃の一言――
「両足が……動かねぇ……!?」
「えぇっ!?」
 よりにもよってこんな時に――うめくロードナックル・クロの言葉に、スバルが驚きの声を上げると、
「へっ、整備不良かよ!?」
「それでもこっちは遠慮しないぜ!」
 そんなロードナックル・クロに対し、ボーンクラッシャーとバリケードが襲いかかる!
「ち、ちょっとタンマ! ストップ!」
 さすがにこの状況ではまともに戦えない。あわてて制止の声を上げるロードナックル・クロだったが、
「――って、腕まで!?」
 “ストップ”のジェスチャーをしようとした両腕が力を失った。ダラリと垂れ下がった自らの両腕に、ロードナックル・クロは悲鳴に近い叫び声を上げる。
「おい、シロ!
 どーなってやがる!?」
 自らと身体を共有する弟へと呼びかけ――ロードナックル・クロは気づいた。
 先ほどから弟の――シロの反応がない。
 ショックを受けて沈黙しているのかとも思ったが、“そういうの”とはどこか違う――
(――――って、まさか!?)
 と、そこまで考え、ロードナックル・クロはある可能性に気づいた。
 だが、そんな彼に向け、先行したバリケードが一撃を放ち――

 

 

 

 

「うるさいよ」

 

 

 

 

 兄から身体のコントロールを奪い取ったロードナックル・シロが、バリケードの顔面に拳を叩き込んだ。

 

「ぐぁはぁあぁっ!?」
 動けないと思っていたところにいきなりの一撃――まともに拳を受け、バリケードの身体は真後ろに弾き返された。後続のボーンクラッシャーもそれに巻き込まれ、そのまま二人は近くのハイウェイの支柱に激突する。
 強烈な衝撃は二人のボディ、人間で言うところの背骨のフレームを一瞬にしてへし折った――身体のバランスをねじ曲げられ、立ち上がることもできずにバタつく二人にかまわず、ロードナックル・シロはゆっくりとジェノスクリームへと向き直った。
「次は……キミ?」
 ジェノスクリームを指さし、静かに尋ねるが――ロードナックル・シロのその声には一切の感情が感じられない。
「……ジェノスクリーム」
「あぁ」
 そして、その異常性には相手もまた気づいていた。耳打ちしてくるレッケージに、ジェノスクリームは静かにうなずき――
「二人を倒した程度で、調子に乗るな!」
「――――っ!
 っの、バカ!」
 気づいた者もいれば、気づかない者もいた――かまわず突撃するブロウルの姿に、レッケージは思わず声を上げる。
「下がれ、ブロウル! 今のヤツは異常だ!」
 しかし、制止の声は届かない。ブロウルはかまわずロードナックル・シロへとつかみかかるが、
「……それで?」
 しかし、ブロウルは目標を捕らえることはできなかった。ロードナックル・シロは簡単な――しかしムダのないステップでブロウルの両腕をかいくぐり、背後に回り込む。
 そして、ブロウルがこちらに振り向く前に一撃――背中に叩きつけられた拳の衝撃に、ブロウルは悠に数メートルの距離を吹き飛ばされる。
「な、何……?
 どうしちゃったの? シロちゃん……!?」
 淡々と、まるで機械が作業を行なうかのように3体のディセプティコンが叩き伏せられた――突然のロードナックル・シロの豹変に、スバルが呆然とつぶやくと、
「……怒りだ」
 そんな彼女に答えたのはマスターコンボイだ。
「大事な花畑を吹き飛ばされたのが相当頭にきたんだろうな――今のヤツは、その張本人とその仲間達を同じ目にあわせることしか考えられなくなっている。
 それだけならまだいいが……限界を超えた怒りがヤツの思考レベルを引き下げたことで、ヤツのAIの情報処理に余裕が生まれてしまった。
 それが戦闘プログラムの演算能力を逆に引き上げてしまい……結果、経験値で上回るはずのディセプティコンすら打ち倒すほどの戦闘力をヤツに与えてしまった……」
「そんな……!」
 マスターコンボイの言葉に、スバルは倒れたブロウルへと歩み寄るロードナックル・シロへと視線を戻し――
(しかし……)
 そんな彼女のとなりで、マスターコンボイもロードナックル・シロへと視線を向けた。
 しかし、彼の視線に宿るのは彼の身を案じる心ではなく――
(ヤツのあの動き……どこかで見覚えが……)
 怒りで完全に理性の吹き飛んだロードナックル・シロの動きに何かがダブって見える。
 このスピーディアで教導を受けていた彼のこと。オーバーロードの動きかとも思ったが、彼の動きとは明らかに違う。
 自分の記憶にうっすらと残るその動き。一体どこで見たというのか――思考をめぐらせるマスターコンボイだったが、その答えが出ることはなかった。
 

「痛い?
 でもね……キミ達が吹き飛ばしたあのお花達の痛みは、こんなもんじゃなかったんだよ?」
 自分が打ち倒したブロウルを胸倉をつかんで引き起こし、ロードナックル・シロは淡々と言い放つ。
 その声にも、その瞳にも、やはり感情は宿っていなくて――
「ただ、あの子達はあそこで咲いていただけなのに……それを、キミ達は!」
 怒りに導かれるまま、ロードナックル・シロはブロウルの巨体をつかみ、全身のバネを総動員して振り回した。勢いのままに投げ飛ばし――ビークルモードにトランスフォームし、その機動性で背後に回り込もうとしていたブラックアウトに向けて投げつける!
「ちぃっ!」
 しかし、ブラックアウトもロードナックル・シロへの不意打ちを狙っていたワケではなかった。ロボットモードへとトランスフォームし、投げ飛ばされたブロウルを受け止め、そのまま彼をロードナックル・シロのもとから遠ざける。
 見れば、バリケードとボーンクラッシャーもレッケージによって回収されている。
《アイツら、敵を倒すことよりも仲間の無事を優先しやがった……くそっ、これじゃ、どっちが悪者かわかりゃしねぇ!
 おい、シロ、落ち着け! 頭を冷やせ!》
 一方、クロは怒りのままに暴れ回る弟を止めようと懸命の説得を試みていた。右肩のモニターから呼びかけるが――届かない。あっさりと無視し、ロードナックル・シロはジェノスクリームへと歩を進める。
「なんてヤツだ……
 バリケード達ならともかく、重量級のブロウルまで殴り飛ばすとは、まるで台風だな……」
「やれやれ。
 軽い挑発のつもりが、どうやらとんでもない暴れ馬を叩き落としてしまったようだな」
 バリケード達を抱え、うめくレッケージの言葉に、ジェノスクリームもまた苦々しげにそううめき、
「……だが、これは同時に思わぬ収穫でもある」
 つぶやき――ジェノスクリームの口元にあの獰猛な笑みがよみがえった。
「一度退くぞ。
 場を仕切り直し、今一度しかける」
「それが妥当だな」
「――――――っ!
 逃げる気!?」
 ジェノスクリームの言葉にレッケージがうなずく――その言葉に、ロードナックル・シロがとっさに地を蹴るが、一瞬早くジェノスクリームはその場を離れ、放たれた拳を回避する。
「待てーっ! 逃げるなぁっ!」
 なおもその後を追うロードナックル・シロだったが、その足元に向けてジェノスクリームは背中の二連装キャノンを撃ち放った。足元で爆発が巻き起こり、ロードナックル ・シロが思わず足を止めている間に、ディセプティコンの面々は打ち倒された仲間達を抱えて手際よく離脱していく。
「……追いかける?」
「やめておけ」
 尋ねるファイに対し、マスターコンボイはオメガを待機状態のデバイスカードに戻しながらそう答えた。
「予想外のチビスケの暴走は確かにヤツらにダメージを与えたが……同時にこっちにとっても予想外だったんだ。
 不確定要素のあるまま、追撃するのはリスクが大きい」
「そうですね……」
 マスターコンボイの冷静な判断に同意し、ギンガは息をつき――しかし、事態は決して終息を見たワケではなかった。
「……逃げるなよ……!」
 ロードナックル・シロだ――巻き起こる土煙の中、それまで見せていた彼の姿からは想像もつかない、怒りと憎しみに満ちた低い声をもらす。
「……逃げるなよ……!
 これだけのことをしておいて……逃げるなよぉっ!」
「待て、ロードナックル!」
「ち、ちょっと、シロちゃん!?」
 今まさに駆け出そうとしたロードナックル・シロの肩を、マスターコンボイがあわててつかむ――スバルも、彼の前に回り込んで制止の声を上げる。
「もういい! もういいから!
 アイツらはやっつけたの! だからもういいの!」
「よくないよ!
 アイツら、あの子達を……!」
 スバルに答え、ロードナックル・シロは一瞬だけ花畑“だった場所”に視線を向けた。
「アイツらも、同じ目に合わせてやるんだ!
 だから、どいてよ!」
「どけるか! そんなことを宣言されて!」
「落ち着きなさい、シロ!」
「シロくん、やめて!」
 ロードナックル・シロに答え、マスターコンボイは彼をしっかりと押さえ込む――ファイやギンガも説得に加わるが、それでもロードナックル・シロが落ち着く様子はない。
「いいかげんにしろ!
 言葉で止まらんのなら、力ずくで止めるぞ!」
「放してよ!」
 マスターコンボイに言い返し、ロードナックル・シロは彼の手を振りほどこうと両腕を振り回し――

 

 

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 

 

 

 鈍い音と共に――悲鳴が響いた。
「え………………?」
 まったく意図していないタイミングでその手に伝わってきた手応えに、ロードナックル・シロは怒りも忘れて“そちら”へと振り向き――
「ぎ、ギン姉、大丈夫!?」
「う、うん……
 私なら大丈夫だから……」
 あわてて駆け寄るスバルに、ギンガは身を起こしながらそう答える――しかし、彼女の頬を伝う赤い筋に気づき、スバルはさらに声を上げる。
「ぎ、ギン姉! 血!」
「血…………?
 ……あぁ、大したことないわ。今ので軽く切っちゃったみたいね……」
 大あわてのスバルをなだめ、ギンガは彼女の頭をなでてやり――
「…………ぁ……」
 かすれた声が聞こえた。
「……ぼ、ボク……が……」
 ロードナックル・シロだ――怒りが完全に霧散し、呆然とこちらを見下ろしている。
 その視線はギンガの額から流れる血の筋を捉えて放さない。もし彼が人間であったなら、今まさに顔面蒼白となっていただろう。
「……ボクが……ギンガお姉ちゃんを……」
 衝撃はさらにその深さを増し、歯をガチガチとかみ合わせながらつぶやくロードナックル・シロ――さすがにさっきまでとは別の意味で異常だと気づいたギンガはあわてて声をかける。
「し、シロくん……?」
「………………っ!?」
 大丈夫だから、心配しないで――そんな想いを込め、そしてこれからそれを言葉にして告げようと、ギンガはただそれだけのために声をかけたにすぎない。
 しかし、そんな彼女の声も、このタイミングでは最悪の結果しかもたらさなかった。声をかけたギンガを前に、ロードナックル・シロはビクリと肩を震わせて後ずさりし――
「……ボク……ボク……!
 …………トランスフォーム!」
「え!?
 シロくん!?」
 ついに感情が(先ほどの暴走とは違う形で)爆発した。ロードナックル・シロは前輪の間隔が極端に短い、3輪ビークルに近いデザインのスポーツビークルにトランスフォームすると、驚くギンガにもかまわず、泣きながらその場を走り去っていってしまった。
 

「……はい、これでよし、と」
 本当にギンガの額の傷は“軽く切っただけ”だった――スバル提供による“柾木家秘伝の傷薬(止血効果有)”で止血した上に絆創膏をはり、さらに髪がジャマして絆創膏がはがれないよう包帯で固定するとアリシアは満足げにうなずいた。
「ゴメンね、なんか大げさな見た目になっちゃった。
 シロちゃん、これを見てまた大騒ぎしなきゃいいけど」
「い、いえ……その辺りは、今度こそちゃんとフォローしますから……」
 苦笑するアリシアの言葉に、ギンガはあわててフォローの声を上げる――先ほど追い詰めてしまったのを反省しているのか、さりげなく「今度こそ」の辺りを強調しながら。
「それに……」
 しかし、今は現状は“それ以前の段階”だ――つぶやき、ギンガは“そちら”へと視線を向け、
「シロちゃーん!」
「怒ってないから、出てきてーっ!」
「……まずは、あの子を外に連れ出さないことには始まりませんから」
「………………そだね」
 一同が前にしているのは、ロードナックルやファイが宿舎にしていたとあるガレージ――厳重に戸締りされたシャッターの前でキャロやスバルが呼びかけるのを前にして、アリシアはギンガの言葉にため息まじりにうなずいた。
 

「ゴメン……あんまり急だったもんだから、止められなかったわ」
「なんか、事情もわかんないまま閉じこもっちゃって……」
「あー、いーよいーよ。
 私達もそっちへの連絡が遅れちゃった責任があるし……こんなの予想できたら神だよ、神」
 突然戻ってきたロードナックル・シロがガレージに閉じこもってしまうのを止められなかったことを謝罪する二人――アスカとティアナに対し、ファイはため息まじりにそう答える。
 ディセプティコンの出現に気づき、出遅れたことを悔やみながら今からでも救援に向かおうとしていたアスカ達の元に、突然ロードナックル・シロが泣きながら戻ってきた。
 ロードナックル・シロとは事実上の初対面となり、戸惑うティアナ達を尻目に、ロードナックル・シロはガレージへと駆け込むなりシャッターを乱暴に下ろして――現在の状態となるのに5分もかからなかった。そんなところへ、逃げ出したロードナックル・シロを追ってきたスバル達が追いついてきて、現在に至る。
 と、彼女達のもとにスピードダイヤルやロングビュー、スパイショット――侵入口を探しに行ってもらっていたリアルギアの3人が戻ってきた。電子音声で結果を伝え――
「……そっか。ダメだったか……」
 その結果は芳しいものではなかった。ため息をつき、アスカはファイ達に向けて肩をすくめて見せる。
「ホント、実に見事な引きこもりっぷりだよねー」
「うぅっ、我が教え子がご迷惑をおかけしております……」
 今のところ、こちらの呼びかけは功を奏していない。ガレージの扉はしっかりと閉じられたまま、中からは何の反応も見られない。 つぶやくアリシアの言葉に、ファイは申し訳なさそうに頭を下げるしかない。
「ガレージ内の変化、検出できず」
「んー……このまま外から呼びかけるだけでは、埒があかぬでござるな」
「まったく、めんどくさいなー……」
 GLXナンバーの3名も、弟(兄)のこの行動には困惑を隠しきれない。ジェットガンナーやシャープエッジの言葉に、アイゼンアンカーはため息まじりに肩をすくめて――
「だったら、もう強行突入しかあるまい」
 そう告げたのはオーバーロードだった。彼の言葉を合図に、メナゾールはガレージに向けて一歩進み出る。
「ったく、まだガキのクセに、全部ひとりで背負い込むんじゃねぇってんだ」
 愚痴をこぼしながら、メナゾールはガレージのシャッターに手をかけて――
「………………」
 止まった。
「………………?
 どうしたの? メナゾールさん?」
 不思議に思い、スバルもまたシャッターに手をかけ――
「……ストップ」
 そんな彼女の手を止めたのは、真剣な表情をしたアスカだ。
 一体何が起きているのか、答えを求めてティアナは口を開きかけ――
「ぅわっちゃあぁっ!?」
 固まっていたメナゾールが動いた。悲鳴を上げ、シャッターにかけていた手を放す。
「あち! あちっ! あちちっ!
 な、何だよコレ!? メチャクチャ熱されてるぞ、このシャッター!」
「え………………?」
 あわてて手を振り、骨の髄まで叩き困れた強烈な熱を冷ましながら声を上げるメナゾールの言葉に、アリシアは思わず首をかしげた。ウォータージャグからスポーツドリンクを一杯コップに注ぐとシャッターに向けてぶちまけて――

 ――ジュッ! と音を立て、スポーツドリンクは一瞬にして蒸発してくれた。

「…………マジ?」
「現実を直視しようね、ティアちゃん」
 思わずうめくティアナにそう告げると、アスカはシャッターに向けて軽く手をかざし――何らかのシールド効果によって放射熱が抑えられているのに気づいて顔をしかめた。
 これではメナゾールのように何の警戒もなくシャッターに手をかけ、火傷することになるのは明白だ。彼のようなトランスフォーマーならともかく、自分達のような生身の人間達が触れたらそれこそ大変なことになる。
 相手を寄せ付けない、それだけのワナと考えるにはあまりにも度が過ぎている――こちらにヒーリング術者のキャロがいることを見越してのことだとしても明らかに容赦がない仕掛けだ。
「…………本気を見せた、ってところかな……?」
 中途半端に抵抗するより、最初から徹底的に抵抗し、ハッキリと自分の拒絶の意志を見せつける――ロードナックル・シロがこのワナに込めた意図を読み取り、アスカはため息まじりにつぶやいて――
「だからと言って、このままでいいというワケではないでござる」
 そう彼女に答え、シャープエッジが一歩前に出た。シャッターではなく、脇の通用口へと向かうと、カメラアイに仕込まれた温度センサでドアノブが熱されていないことを確認する。
「……いざ!」
 どうやら、メナゾールの二の舞になることは避けられそうだ。意を決して、シャープエッジは扉を開け放ち――
 

 何かが視界を覆い――次の瞬間、シャープエッジの意識は強制的にシャットダウンされた。

 

 

《…………大丈夫ですか? シャープエッジ》
「……きゅう……」
 額に冷や汗を流し、尋ねるリインに対し、完全に目を回しているシャープエッジは返答もままならない。
 あの瞬間――扉を開け放ったシャープエッジを待っていたのは、強烈なバネによって振り回された棍棒だった。扉を開けると同時に留め金が外れ、一撃を見舞う仕組みになっていたのだ。
 それは、シャッターと同じワナがないからと油断していたシャープエッジの顔面をまともに痛打した。吹っ飛ぶ彼が描いた放物線は「芸術」と言ってもいいほど美しい ものだったが、そんなものは彼の身に起きた悲劇を彩るだけで何の意味もない。
「やってくれるね、我が弟ながら」
「本気で我々を拒絶するつもりのようだな」
 自分達の稼動歴の短さを知っているからこそ、実力行使しか自分達に打つ手がないのも理解しているが、これでは――目を回しているシャープエッジの姿にそうつぶやき、アイゼンアンカーとジェットガンナーも肩をすくめるしかない。
「さて、どうしたものかしらねー、この“ホームアローン”状態」
 突入を試みた2名が入り口の扉の時点でいきなりリタイア――こんな有様では中に入ったとしてもさらなるワナが待ちかまえていると思っていいだろう。もはや要塞と言っても差し支えないガレージを前に、アスカは思わずため息をつく。
(もう、あたしがさっさと突破しちゃおっかな……
 それか、スバルやギンガ……柾木流御用達のトラップスキル、ちゃんと叩き込まれてるはずだし……)
「……けど、肝心のシロちゃんが吹っ切ってくれなきゃ、どうしようもないんだよねぇ……」
 思考の後半は声に出し、アスカはガレージへと視線を向ける。
 と――
「こうなったら、もはやオレの出番のようだな」
 言って、前に出たのはオーバーロードだ。
「このスピーディアを統べる爆走大帝の名にかけて、ロードナックルをこの場に引きずり出してやる!」
「“爆走”は現状において役に立たないと思われるが」
 ジェットガンナーの冷ややかなツッコみはとりあえずスルーしておく――意を決し、オーバーロードはガレージの通用口、そのドアノブに手をかけた。
 意識を集中、しばしの緊張の後、扉を開け放ち――再装填そうてんされる仕掛けになっていたのか、再び襲いくる棍棒を素早く回避する。
「フッ、こんな程度のワナで、オレを止められるとでも思っていたのか?」
 余裕の笑みを浮かべ、オーバーロードはさらに一歩踏み出して――

 ばしゃあっ! と音を立て、頭上からペンキがぶちまけられた。

「………………」
「……お、オーバーロード、さん……?」
 色とりどりのペンキをぶちまけられ、オーバーライドの巨体は非常にカラフルに染め抜かれている――静かに肩を震わせるその後ろ姿に、ティアナはガレージの外から恐る恐る声をかけて――
「……上等だ、あのガキ!
 引きずり出して説教だ! 覚悟しろぉっ!」
 怒りに震えるオーバーロードが咆哮した。もはやワナがあろうとかまうものかといった勢いでガレージの2階の居住スペースを目指して一歩を踏み出し――
「――ぬがっ!?」
 足元に張られていたワイヤーに足を取られ、転倒した。
 

「んー、まさにホームアローン……」
「いや、そんなのん気な……」
 ガレージの中からは、今まさに現在進行形でトラップの突破を試みているオーバーロードの巻き起こす轟音が響いてくる――心の底から納得しながらつぶやくアスカの言葉に、ティアナはげんなりと肩を落としてツッコミを入れた。
「いいんですか?
 ロードナックルのこと、オーバーロードさんに任せきりで……」
「うーん……よかないんだろうけどさ……」
 本来ならば自分達の問題なのだ。協力者とはいえ、部隊の外の存在であるオーバーロードに任せておいていいのか――その点を指摘するティアナに、アスカは頭をかきながらため息をつく。
「けど……正直、あたし達があのトラップの巣窟を突破しようと思ったら、間違いなくガレージそのものをブッ飛ばすことになるよ」
「でもって、それはあたし以下、六課の誇る隊長陣でも同じだと思う――誰が行ってもね。
 だって、みんながみんな、対トラップ戦の経験値なんてほとんどないんだから」
 アスカの言葉に付け加えるのはアリシアだ――その言葉に、ティアナの脳裏で桃色の光の奔流がガレージを粉々に吹き飛ばす光景がやたらとリアルにイメージされたがそれはともかく。
「だから、ワナをものともしないで、且つ建物を吹っ飛ばすようなこともなく、程よい感じで突撃できるオーバーロードにお願いするのが、現状では一番妥当な方法ってワケ。
 “自分達の問題だから自分達の手で”――ティアのその考え方自体は間違ってないよ。それが一番、自分達の成長につながるんだしね。
 けど、だからって他の人達の手助けの手をはねのけるのもまた違う。頼れ、とは言わないけど、手伝ってくれる分には、お願いしてもいいんじゃない?」
「そ、それは……まぁ……」
 アリシアの言葉に、ティアナは未だ納得しかねる部分はあるもののそううなずいて――

「言葉だけ聞けば奇麗事でも、貴様らの場合本心から言っているのだから始末が悪いな」

「………………っ!?」
 突然の声は頭上から――あわててティアナが見上げると、そこにはもはや出張時には定番の顔合わせとなるブレインジャッカーの姿があった。
「零番機!」
「性懲りもなく現れたでござるか!」
 毎回毎回、まさに神出鬼没――すぐさま身がまえ、ジェットガンナーとシャープエッジが声を上げるが、
「それにしても……」
 そんな二人にはかまわず、ブレインジャッカーは轟音の響くガレージへと視線を向けた。そのまま、淡々と告げる。
「あの大帝……ずいぶんとムダなことをしているようだな」
「む、ムダって……
 そんなことないよ! 今、オーバーロードさんはシロくんを……」
「それがムダだと言っている」
 思わず反論の声を上げたエリオに対し、ブレインジャッカーは淡々とそう告げた。
「ここでムダなことをしている貴様らよりも、やるべきことをやるためにこの場を離れた3人の方が、よほど有意義な時間の使い方をしている」
「『3人』……?」
 ブレインジャッカーの言葉に思わず眉をひそめ――ティアナは気づいた。
「そういえば……スバルとギンガさんは!?」
「兄さんも、いない……?」
 そう。いつの間にか、その場からナカジマ姉妹とマスターコンボイの姿がない。周囲を見回し、ティアナとキャロが疑問の声を上げて――
「…………あれ?」
 ふとエリオがそれに気づいた。
「音が……止んだ……?」
『え………………?』
 その言葉にティアナ達が振り向くと、確かにガレージから響いていた轟音が止んでいる――不思議に思っていると、
「あのさぁ……」
 不意にガレージのシャッターが開いた――その向こう側からオーバーロードは“ひとりで”姿を現した。
 先ほどのペンキに加えて土砂や枯れ葉も全身にぶちまけられ、野戦カモフラージュもビックリな姿に変貌しているが――そんなことよりも、彼が連れ出しに行っていた張本人の姿がないのはどういうことだろうか。首をかしげる一同に対し、オーバーロードはため息まじりに尋ねた。
「せっかく苦労して突入してみたら……」
 

「もぬけの空って、どう思う?」
 

「も、もぬけの空、って……?」
「まさか、いなかったんですか?」
 オーバーロードの言葉に、アイゼンアンカーとキャロが思わず声を上げ――
「……そうか。
 ブレインジャッカーが言ってたのって……」
 その一方で、アスカはブレインジャッカーへと振り向いて――対し、ブレインジャッカーはあっさりと告げた。
「言っただろう?
 連れ出すべき本人がすでに逃げ出しているのに――『突入してもムダだ』と」

 

「…………はぁ……」
 徹底的に仕掛けられたワナはすべて、自分から意識をそらすためのオトリ――裏手からガレージを脱出、荒野の一角の岩山に身を隠し、両足を抱えて座り込んでいるロードナックル・シロはひとりため息をついた。
 ――いや、正確には“ひとり”ではない。
《なぁ……どーすんだよ?》
「………………」
 自分の右肩のモニターの中から尋ねる“兄”――クロの言葉にも、ロードナックル・シロは答えない。ただ無言で自分のヒザを抱え込む。
 無反応なのは自分のしでかしたことに対し自責の念に駆られているから――ではない。そんな段階はとうの昔に通過している。
 むしろ、AIの演算要領が圧迫されるほど自分に対する叱責を繰り返した結果、処理がパンクし、完全な無思考状態に陥っている――ため息も、クロの言葉にヒザを抱え込んだのも、単に反射的なものでしかない。
 人格が芽生えてからこっち、ずっと共にいた自分の声すら届かない。これは相当に重症だ――モニターの中で、クロは心の底からため息をつく。
 クロの思いつく限り、今の彼にメッセージを届けることができるのは――
「……シロくん」
「………………っ!」
 当事者だけだ――声をかけてきたギンガに対し、ロードナックル・シロはビクリと肩を震わせた。
 見れば、スバルや、彼女達をここまで連れてきたであろうマスターコンボイも彼女の後ろに控えていて――
《姐さん……? それに、スバル嬢ちゃんに、マスターコンボイ……
 どうしてここが?》
「今のシロちゃんにとって、一番恐れてるのはギン姉との接触だもん。
 なのに、居場所が丸わかりな引きこもり、なんて、ちょっと不自然だと思ったんだよ。だって追いかけてくるのは確実なんだから」
「だから気づけたんの。
 シロくんにとって一番確実なのは私達の前から逃げること――だけど、普通に逃げたんじゃ、私達は確実にその後を追う。
 確実に逃げ切るためには、少なくとも私達の追撃を出遅れさせることが最低限必要になる。そのためにはどうするか――そんなところにあの引きこもりだもの。やり口のハデさといい、『あぁ、オトリのつもりなんだな』ってすぐにわかったのよ」
「それについてはオレからもひとつ疑問がある」
 クロに答えるスバルとギンガに対し、背後に控えていたマスターコンボイはそう口を開いた。
「この状況、ヤツが逃げ出す方が自然なことや、逃げ出すためにこちらの追撃を鈍らせることが必要なことはわかる。あの過剰な引きこもりが不自然だったことも。
 だが、これらの要素を“オトリ”という要素で結びつけた、その根拠がわからない。
 ロードナックルと出会ったばかりである以上、ヤツの性格を見越してのこととは思えない――何らかの要素による連想と見たが?」
 そんなマスターコンボイ疑問に対し、スバルとギンガは声をそろえて答えた。
『師匠(ジュンイチさん)が好きそうな手だから』
「………………よくわかった」
 それで「わかる」というのもどうかと思うが――彼については第三者の証言でしか知らないマスターコンボイですら納得してしまうような、正体不明の説得力がその回答には込められていた。
 リアクションに困り、マスターコンボイが首肯しながらため息をついた、その時――
「――――――っ!」
 そんな彼らのやり取りをスキと見たか、ロードナックル・シロはまるでバネ仕掛けのように跳ね起きた。スバル達に背を向け、全力で駆け出して――
「オメガ」
〈Bind Wall!〉
「ふぎゃっ!?」
 その眼前で、紫色に輝く鎖が視界一杯に駆け巡った――マスターコンボイがバインドの魔力チェーンを用いて編み上げた壁に、ロードナックル・シロは顔面から激突。さらにバインド効果によって壁面にはりつけになってしまう。
「は、放してよ! 放してったら!」
「あぁ、放してやるさ」
 必死に抵抗するロードナックル・シロに対し、マスターコンボイはあっさりと答えた。瞬間、本当にバインドは消滅し、ロードナックル・シロは再び逃げ出そうと地を蹴って――
「……バインドからは、な」
 彼のそんな行動など予測の内――言って、マスターコンボイはそのえり首を捕まえた。
「悪いが、こちらは放してやれないな。
 ここで逃がそうものなら、オレが怒られてしまうからな」
 なおも逃れようと四肢をジタバタさせるロードナックルに対し、マスターコンボイはため息まじりにそう告げて――
 

「…………シロくん」
 

 静かに声がかけられた。
 その声の主はもちろん――
「ギンガ……お姉ちゃん……」
 事ここに至り、ようやく彼も観念したらしい。ギンガを前に動きを止めるロードナックル・シロの姿に、マスターコンボイは無言で彼をギンガの前に降ろしてやる。
「あ、あの……ボク、ボク……!」
 彼も決して反省していないワケではない。逆に、罪の意識が強すぎるからこそ逃げ出してしまったのだ――ギンガに対し、ロードナックル・シロは謝罪もままならず、困惑もあらわに視線を泳がせて――
「怒ってないよ、シロくん」
 そんなシロに対し、ギンガは優しく微笑んでそう答えた。
「シロくんは悪くない。
 悪いのはシロくんの花畑を吹き飛ばしたディセプティコンだし、私がケガしちゃったのだって、私がシロくんの拳をかわせなかったのが原因なんだから……
 ……って言っても、シロくんは納得してないよね、その様子だと」
 そもそも、それで納得できるような性格なら、自分を責めてここまで暴走することもなかったはずだ――ギンガの言葉に、ロードナックル・シロは思わず身をすくめて――
「だから――」
 そう告げると同時、ギンガは地を蹴った。鋭い動きで、一瞬にしてロードナックル・シロとの間の距離を詰めて――その顔面に、瞬間的に装着したリボルバーナックルによる左拳を叩き込む!
「にゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 落ち込んでいたところに完全な不意打ち。回避など夢のまた夢――まともにくらい、ゴロゴロと地面を転がった挙句近くの岩塊に突っ込んだロードナックル・シロだったが、そんな彼の前に、ギンガはすぐに追いついてきた。
 追撃が来るのかとすぐに身体をすくめるロードナックル・シロだったが、
「これでおあいこ」
 対し、ギンガはそんなロードナックル・シロの脇の岩の上に降り立つと、彼に対して手を差しのべた。
「だから――もう言いっこなしにしよう。ね?」
「ギンガ、お姉ちゃん……!」
 その言葉に、ロードナックル・シロの声がさっきまでとは違った意味で詰まった。うつむき、肩を震わせる。
 岩の上に立つ彼女の方が見下ろす形だ。ギンガからは彼の表情は見えなかったが――彼の中で、今どんな感情が渦巻いているのか、容易に推し量ることができた。
 だから――
「…………ごめん、なさい……!
 ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「……ん…………」
 何度も謝るロードナックル・シロを――人間であったなら、きっと大泣きしていたであろう彼の頭を、ギンガは彼が落ち着くまでずっとなで続けてあげた。
 

「……もう、大丈夫?」
「……うん……」
 たっぷり20分以上は泣いただろうか――ようやく落ち着きを取り戻したロードナックル・シロは、尋ねるギンガにそううなずいて見せた。
「じゃあ、みんなにも謝りに行かないとね。
 今頃、心配してるだろうし……“いろんな目にあってる”だろうし……」
「……う、うん……」
 思えば、ガレージに仕掛けたトラップの数々がそのままだ――実際にはオーバーロードがほとんど引き受けてくれた形だが、そのことを知らないギンガに指摘されたロードナックル・シロはまた先ほどのように視線を落としてしまう。
「……謝るのが、怖い?
 大丈夫。私に謝れたんだもの。きっとみんなにだって……」
「ううん、そうじゃなくて……」
 ギンガの言葉に、ロードナックルは自分の右手に視線を落とした。
「ボク……あの時……アイツらが許せなくて、無我夢中で……
 そのせいで、ギンガお姉ちゃんまで殴っちゃって……」
「だから、その話はもう謝ったんだから……」
「けど、またやるかもしれない!」
 フォローしようとしたギンガの言葉を、ロードナックル・シロは彼にして珍しく鋭い口調で言い放った。
「またアイツらと出会ったら、ボク、落ち着いていられる自信なんかない……!
 それに……アイツらじゃなくても、別の誰かでも……今回みたいなことをされたら、その時はまた……!」
「…………怖いのか?
 自分の力が――いや、その力を、怒りのままに振るってしまった自分が、か」
 口をはさんでくるのは、ギンガと彼のやり取りを黙って見守っていたマスターコンボイだ――投げかけられた問いに、ロードナックル・シロは無言でうなずいて――
「大丈夫だよ」
 ギンガの立つそれとは反対側の岩によじ登り、スバルはロードナックル・シロの頭をなでてやる。
「あのね、シロちゃん。
 前に……師匠が言ってたことなんだけど……」
 

「怖がれ……ですか……?」
「そ。
 怖がれ」
 自分もスバルも、さんざんに打ちのめされ、今や息も絶え絶えの状態だ――息を切らせ、それでも聞き返してくるギンガに対し、ジュンイチはあっさりとうなずいてみせた。
 自分の腕の中のアリシア――と言ってもロマンチックな雰囲気などカケラもなく、おもしろ半分で訓練に付き合った結果、関節技をしっかりと極められて必死に地面をタップしているのだが――にかまわず、続ける。
「敵を怖がれ、っつーんじゃねぇぞ。
 死ぬのを怖がるのは当然。今さら言うまでもねぇ――それがあるから人間、『生きて帰ろう』っつー気になるんだからな。
 オレが言ってるのは、別の要素――」
 

「“自分の力”を怖がれ」
 

「自分の……?」
「力を……?」
 ジュンイチの意外とも言える言葉に、スバルとギンガは思わず聞き返す――アリシアも一瞬眉をひそめるが、すぐに極められたままの右肩の痛みに再び悲鳴を上げる。
「力ってのは残酷なもんだ……何をするにしても、その過程には必ず“破壊”っつープロセスをはさむ。
 何かをブッ壊して、誰かを傷つける――その先にいい結果が待っているとしても、その一点は決して覆らない。
 だからこそ、力を振るう者は、その力の扱いに細心の注意を払わなきゃならねぇ。でないと……目的のものをブッ壊すついでに、壊しちゃいけない大事なモンまでブッ壊しちまう。
 ……昔の、オレみたいにな……」
『…………っ……』
 告げるジュンイチの視線に一瞬だけまじった哀しみを、ギンガもスバルも見逃さなかった――彼の“過去”については知らされている手前、こういった顔をされてはどうしても意識せずにはいられない。
 しかし、悲しみの露出は一瞬だけ――すぐに気を取り直して、ジュンイチは告げた。
「だから、そうならないために、“自分の力で相手を傷つけること”ってのは常に怖がってなきゃならねぇ。
 相手に対して自分の力を振るうことに対する、戒めとして、な」
 そうジュンイチが告げた、その時――
「そう、思うんなら……関節極めたまんましゃべるなぁっ!」
 咆哮と共にジュンイチを跳ねのけ、アリシアはその場に跳ね起きた。もう“素手オンリー”のルールは終了だとでも言わんばかりにロンギヌスを起動、その穂先をジュンイチの眼前に突きつける。
「そりゃね、たまには身体を動かそうかなー♪ 的なノリで安易に組み手を申し出たあたしもあたしだよ!?
 でもね、それがたまの休みにデートでもどうかと思って誘いに来た子に対する対応!?」
「で、デート!?」
 アリシアの言葉に、ギンガが思わず声を上げるが――
「デート……?」
 一方で、ジュンイチはアリシアの言葉に眉をひそめた。彼女の告げた、その内容を頭の中でじっくりと整理して――
「――アリシア!」
 一瞬にしてロンギヌスの穂先から逃れたジュンイチは、気づけばアリシアの両肩をしっかりとつかまえていた。いきなり接近され、アリシアの鼓動が跳ね上がるが、ジュンイチはきわめて真剣な表情で告げた。
「オレは別にイヤじゃねぇが――これだけは言っておく」
「な、何……?」

 

「ゲンヤさん誘うなら気合入れろよ。
 今でもクイントさんのこと想ってんだから、あの人」

 

「何でそっちに発想が行くかな、アンタって人わぁぁぁぁぁっ!」
 アリシアの絶叫が響き渡るが――
 

 “響き渡るだけ”で終わったのは言うまでもない。

 

「……あー、なんか余計なことまで思い出しちゃったけど……
 と、とにかく! そうやって怖がれるんなら、シロちゃんはきっと大丈夫!
 シロちゃんの持ってる力、きっと正しく使えるよ!」
「そ、そうかな……?」
「うん! 大丈夫!」
 まだ不安げなロードナックル・シロに対し、スバルは笑顔でうなずいてみせる。
「もし、シロちゃんひとりじゃ自分の力を抑えられなくても、その時はあたしがいる! ギン姉もいる!
 それに……クロちゃんも、ね!」
《こ、こら!
 お前まで『クロちゃん』呼ばわりかよ!?》
 話を振られてあわてるのは、自分では説得のかなわなかった弟をスバル達に託していたクロだ。
「もちろん、マスターコンボイさんや、六課のみんなもいる。
 シロちゃんはひとりじゃない――だから、絶対、ぜぇったい大丈夫!」
「…………うん!」
 スバルの言葉に、ロードナックルの顔に今度こそ笑顔が戻った。スバルに対し、満面の笑みでうなずいて――

 

「そいつぁ良かったな」

 

 例の獰猛な笑みを浮かべ、ブラックアウトを引き連れたジェノスクリームがその場に降り立った。

 

 

「フォースチップ、イグニッション!」
 咆哮し、オーバーロードは背中のチップイスロットにフォースチップをイグニッション。その右腕にあふれた光が凝縮、実体化し、光り輝くエネルゴンの刃が生み出される。
「エネルゴン、クレイモア!」
 咆哮と共に斬りかかるが――目標を薙ぎ払うことはなかった。空間に溶け込んだショックフリートの非実体のひとつを虚しくすり抜けるだけだ。
「ヴァリアブル、シュート!」
「ジェットショット!」
 一方、フォワード一同はレッケージと交戦中――エリオに迫ったレッケージに対してティアナとジェットガンナーの援護射撃が襲いかかり、
「ウチのマスターに何するんだ、めんどくさい!」
 二人の魔力弾をガードしたレッケージを、ツインロッド形態に合体したアイゼンアンカーがアンカーロッドで弾き飛ばす。そして――
「エリオ殿から離れるでござる!」
 さらにシャープエッジが追撃をかけた。彼のサーベルを左手のブレードで受け止めたレッケージは右手のブレードで反撃に出るが、シャープエッジもまた素早く後方に跳んで場を仕切り直す。
「エリオくん、大丈夫!?」
「は、はい……」
 そして、エリオを助け起こすのはキャロだ――本来の姿に戻ったフリードと共に、改めてレッケージと対峙する。
「マズイね……
 話に聞いた限りだと、シロちゃんにやられなかったディセプティコンは後二人……」
「ジェノスクリームと、ブラックアウトですね……」
 間違いなく、スバル達の元に向かったと思っていいだろう――答えを返すティアナにうなずき、アスカはレッコウをかまえた。
「どうする? アリシアちゃん。
 フォローに行くなら、援護するけど」
「んー、いらないんじゃないかな?」
 尋ねるファイに対し、アリシアは油断なくロンギヌスをかまえる一方であっさりと答えた。
「向こうにはマスターコンボイもいるんだもん。ゴッドオンしたスバルは強いよー。
 それにギンガだっている。ひょっとしたら……」
「……そうだね」
 アリシアの言葉に同意し、ファイは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「スバルと、ギンガと、マスターコンボイ……
 今のあの子達なら、きっと、シロも一緒に戦える……!」
 

「助けは期待するなよ。
 ショックフリートの“空間潜航”は相手のかく乱と足止めに一番効果を発揮する――仲間は当分、こっちにはこられないぜ」
「心配するな。最初から期待などしていない」
 告げるジェノスクリームに対し、マスターコンボイはあっさりとそう答え、オメガをかまえた。
《おい、シロ! オレに代われ!》
「ううん。
 クロちゃん、ボクにも、戦わせて」
 一方、交代を提案するクロだったが、対するロードナックル・シロは首を左右に振ってそう答えた。
「ギンガお姉ちゃんは、こんなボクを許してくれた……
 スバルは、ボクの力は大丈夫だって言ってくれた……
 二人のために、ここはボクが戦いたい!」
《よっしゃ! よく言った!
 そういうことなら、思う存分やってやろうぜ、オレ達二人で!》
「うん!
 ありがと、クロちゃん!」
 許可してくれた兄に謝辞を伝え、ロードナックル・クロは両の拳を握りしめてかまえを取る。
「よぅし!
 あたし達みんなで、アイツらをブッ飛ばすよ!」
「ディセプティコン、破壊参謀ジェノスクリーム! 航空参謀ブラックアウト!
 あなた達二人を逮捕します!」
「やれるものなら、やってみろ!」
 スバルとギンガもまた意気揚々とかまえるが、そんな二人に言い返すと同時、ジェノスクリームが背中の二連装キャノンを発砲。一同は散開して回避する。
「マスターコンボイさん、ゴッドオンを!」
「させるか!」
 現状、一番の戦力になるのは自分達二人のゴッドオンであることは疑う余地はない――マスターコンボイの元に走ろうとするスバルだが、そんな彼女の足をブラックアウトによる上空からの爆撃が阻む。
「く…………っ!
 ジャマ、するなぁっ!」
〈Wing Road!〉
 スバルのその言葉と同時、彼女の意図を汲み取ったマッハキャリバーがウィングロードを展開。空中に描き出された道を、スバルは勢いよく駆け抜けていき――
「させないと、言っている!」
 その進路上に飛び乗ってきたのはジェノスクリームだ。入れ代わりにブラックアウトがギンガやマスターコンボイ達の元に向かうのを尻目にロボットモードにトランスフォーム、飛び込んできたスバルのリボルバーナックルを受け止める。
「そういえば、さっき言ってたよね……『あたしとギン姉は特別だ』って!
 どういう意味か……答えてもらうよ!」
「素直に答えるとでも、思っているのか!?」
 言い返すと同時、ジェノスクリームがスバルを弾き返す――ウィングロードの上で体勢を立て直し、スバルは再びジェノスクリームに向けて地を蹴った。
 その実、自分達だけが“特別”と言われるだけの――現在確認されているゴッドマスター達の中で、自分とギンガだけに存在する“共通点”にはここの辺りがある。拳と共に、その疑問を叩きつける。
「それは……あたしとギン姉の“身体のこと”!?」
 断片ではあるが、もし“そう”ならこれだけの表現で十分に事足りる。ガードしたジェノスクリームの腕に立て続けにマッハキャリバーで蹴りを叩き込み、スバルは答えを待ち――
「そんな“今さら”なことに興味はない!」
「え――――――?」
 ジェノスクリームはあっさりと否定の声を放った。一瞬眉をひそめ、動きが止まるが――すぐに身体が動いた。一瞬の後にジェノスクリームが放ったビームをかわして間合いを取る。
 今、ジェノスクリームは「今さら」と言った――すなわち、自分達の“身体のこと”は周知の上だが、彼らにとっては「どうでもいい」レベルでしかないということだ。
 だとしたら、自分達が「特別だ」と言われる理由は他にあるのだろうが――正直な話、“身体のこと”以外にスバルにはそんな心当たりなどありはしない。
 だが、そんな彼女の疑問に対し、ジェノスクリームは彼女の目の前でビーストモードにトランスフォームし、
「そうだな……ひとつだけ答えてやるとするなら……」
 そう告げて――笑みを浮かべ、その事実を告げる。
 

「恨むなら、貴様らの“義兄”を恨め」
 

「え………………?」
 その言葉に、スバルの思考は完全に停止――そんな彼女のスキを、ジェノスクリームは見逃すつもりはなかった。
 だが――まだ仕掛けない。さらに決定的なスキをつくるべく、もう一度だけ、爆弾を投下する。
「それだけのことを、ヤツはしている。
 何しろ――」
 

「ヤツは、我らが“主”の仇なのだから」
 

「かた――――っ!?
 どういうこと!? それ!」
 ジェノスクリームから告げられたさらなる“事実”に、スバルは思わず声を上げ――
「それ以上は――言えないな!」
 再び火を吹く二連装キャノン――とっさにプロテクションで受け止めるスバルだったが――
「フォースチップ、イグニッション!」
「――――――っ!」
 そのスキにフォースチップをイグニッション、周辺のエネルギーの残滓を収束していくジェノスクリームの姿に、スバルの表情がこわばった。
(回避――!
 ――ダメ、間に合わな――)
「ジェノサイド、バスター!」
 とっさに動こうとして――しかし間に合わなかったスバルに対し、ジェノスクリームは迷わず一撃を解き放った。必殺の一撃はスバルのプロテクションをいともたやすく粉砕し、彼女を吹き飛ばす!

「――スバル!?」
「直撃か!?」
 ジェノサイドバスターを受け、吹き飛ばされるスバルの姿に、ギンガとマスターコンボイは思わず声を上げた。急ぎフォローに向かおうとするが、
「そうはさせるか!」
 ブラックアウトがそれを阻んだ。エネルギーミサイルで上空から爆撃、二人の足を完全に止めてしまう。
「マスターコンボイ! 確かに貴様は強い!
 だがな――そいつはパートナーとのゴッドオンがあって初めて発揮される! あの小娘と分断された時点で、貴様は終わりだったんだよ!」
 飛べないマスターコンボイに反撃の術はない。スバルとゴッドオンしていればウィングロードという手もあった(実際リニアレール戦で対峙した時はそれが原因で不覚を取ったようなものだ)が、今はそれも使えない。勝ち誇って告げるブラックアウトだったが、
「……マスターコンボイさん」
 勝ち誇るブラックアウトの言葉に気分を害したか、明らかに不機嫌な声色でギンガはマスターコンボイに声をかけた。
「スバルを助けに行きます。
 協力してください」
「言われるまでもなくヤツのフォローには行かせてもらうつもりだが……手はあるのか?
 もっとも、なくてもやれないことはないがな」
 たとえギンガに手がなくても、こちらにはいくらでもギンガのフォローをしてやれる、それを可能とする実戦経験がある――自信に満ちた笑みと共に告げるマスターコンボイだったが、
「ありますよ」
 対し、ギンガはあっさりとそう告げて――続けられた言葉に、マスターコンボイは眉をひそめることになる。
「ぶっつけ本番になりますけど……スバルにできたことなら、私もマスターコンボイさんとできるはずですから」
「………………?」
 何ができるというのか――ギンガの言葉の真意を探り、マスターコンボイは思考をめぐらせ――気づいた。

 “レリック”だけでなくゴッドマスターをも付け狙うディセプティコンが、今回スバル達だけでなくギンガも狙っているような言動を見せていること――
 先ほどのスバルの「自分達の“身体”のこと」という発言から、彼女達姉妹だけの何らかの共通点があると推察されること――

 この二つを結び付けられる要素があるとしたら――
「…………なるほどな」
 おそらくは自分の考えたとおりだろう。これが実現すれば“おもしろいこと”になりそうだ――口元に笑みを浮かべ、マスターコンボイはギンガの提案に乗ることにした。
「いいだろう。貴様の考えで行くぞ。
 その代わり、無様な戦いをしたら承知しないからな」
「えぇ!」

『ゴッド――オン!』
 その瞬間――ギンガの身体が光に包まれた。その姿を確認できないほど強く輝くその光は、やがてギンガの姿を形作り――そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、その身体に重なり、溶け込んでいく。
 同時、マスターコンボイの意識が身体の奥底へともぐり込んだ。代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化したギンガの意識だ。
〈Storm form!〉
 トランステクターのメインシステムが告げ、マスターメガトロンのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのように藍色に変化していく。
 それに伴い、オメガが分離――巨大な両刃の剣が真ん中から別れ、両腕の甲に合体。両腕と一体化した可動式のブレードとなる。
 両腕に装着されたオメガをかまえ、ひとつとなったギンガとマスターコンボイ、二人が高らかに名乗りを挙げる。
《双つの絆をひとつに重ね!》
「想いの魔法を拳に込めて!」

「《マスターコンボイ――Stand by Ready!》」

「ほぉ……ゴッドオンしたか……」
「……驚きませんね。
 この状況で強行した私が言うのも何ですけど……やっぱり、私にもゴッドオンが可能だっていう、確かな根拠があったみたいですね」
 初披露となるマスターコンボイの新ゴッドオンフォーム――スバルと同じ“風”属性を体現する“ストームフォーム”を前にしても、相手に驚きは見られなかった。上空でうなずくブラックアウトに対し、ギンガは“その裏”を見通してそうつぶやいた。
《さて、どうする?
 スバル・ナカジマならウィングロードで突撃、というところだが……》
「前にそれでアイツを叩き落としてるんでしょう?
 対策立てられてますよ、絶対」
 尋ねるマスターコンボイにそう答えると、ギンガはブラックアウトをにらみつけ、
「だから……私は“跳ぶ”ことにしたいんですけど。
 得意ですよね? そういう戦い方」
《了解だ。
 足場はオレが用意してやる――思い切りやれ》
「はい!」
 役割分担完了――マスターコンボイの言葉にうなずき、ギンガは地を蹴り、
「《レッグダッシャー、アクティブ!》」
 レッグダッシャーを起動、二人は勢いよくブラックアウトに向けて走る――もちろんレッグダッシャーの操作はギンガに一任だ。
「はっ! 飛べないクセに悪あがきか!?」
 対し、余裕で上空からの爆撃に入るブラックアウトだが、ギンガはそれをなめらかな機動でかわしていき、
「いきます!」
《レッグダッシャー、インアクティブ!
 フローターフィールド――多重展開!》
 跳躍――マスターコンボイがレッグダッシャーを収納し、フローターフィールドを周囲の空間に多数展開。ギンガはその上を飛び移り、ブラックアウトへと襲いかかる!
「なめるな!
 足場を得たぐらいで!」
 対し、ブラックアウトも負けてはいない。迫ってくるギンガとマスターコンボイに対し、横滑りの機動で背後に回り込もうとするが、
「――――っ!?
 フロートが……!?」
 周囲にばらまかれた二人のフロートがその動きを阻んだ。背後のフロートに背中をぶつけ、ブラックアウトは動きを止めてしまい――
「油断しましたね。
 そのおごりが――あなたを殺すんですよ!」
 そのスキをのがさず、ギンガがブラックアウトを殴り飛ばす!
 

「スバルに――手ぇ出すなぁ!」
「のわぁっ!?」
 そして、スバルをジェノサイドバスターで吹き飛ばしたジェノスクリームを蹴り飛ばしたのはロードナックル・シロ――ブラックアウトの注意がギンガ達に向いたスキに、スバルの救援に向かっていたのだ。
「し、シロちゃん……!」
《オレだっているぜ!》
「スバル、ボク達も一緒に戦うよ!」
 うめき、ウィングロードの上で身を起こすスバルにクロと共に答えると、ロードナックル・シロはジェノスクリームに向けて正対する。
「チッ、またお前か……
 怒りにかられて仲間と衝突する展開を期待していたんだがな……」
「残念でした……!
 ギン姉のお姉ちゃんパワーを甘く見たのが、失敗だったね……!」
 うめくジェノスクリームに答え、スバルはロードナックル・シロと並び立ち、
「シロちゃん、クロちゃん……
 一緒に戦おう!」
「うん!
 ……って、言いたいところだけど……スバルは休んでた方がいいよ」
《そーそー。
 さっきの一発、そうとう効いてるだろ》
 告げるスバルにそう答え、ロードナックル・シロとクロは彼女を下がらせるとジェノスクリームへと向き直り、
「……ごめんなさい!」
「何…………?」
 ジェノスクリームに向けて頭を下げた。ジェノスクリームが眉をひそめる中、彼の人格が交代。ロードナックル・クロがジェノスクリームに向けて言い放つ。
「これから、てめぇブッ飛ばすからだよ!」
「なめるな、小僧が!」
 言い返し、ジェノスクリームがロードナックル・クロに襲いかかり――
「ボディが――」
 ロードナックル・クロは恐れることなくその懐に飛び込んだ。牙が虚空をかむジェノスクリームの下で拳を握りしめ――
《お留守だよ!》
 ショートアッパーを、ジェノスクリームの腹に叩き込む!

「ぐわぁっ!?」
 正面から殴り飛ばされ、吹っ飛ばされた先でさらにフローターに激突――ギンガとマスターコンボイに打ちのめされ、ブラックアウトは落下先のフロートに叩きつけられた。
「スバルとシロくん達も心配ですし……さっさと終わらせますか」
《だな》
「なめるなぁっ!」
 ギンガとマスターコンボイの会話に激昂し、ブラックアウトは二人に向けて地を蹴って――
「安い挑発にのっておいて――」
《「なめるな」とは、ムリな話だ!》
 そんなブラックアウトの動きなど、ギンガ達にはお見通しだった。あっさりとカウンターの拳を受けて弾き飛ばされる!

「《フォースチップ、イグニッション!》」
 ギンガとマスターコンボイの咆哮が交錯し――二人のもとにセイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、マスターコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、マスターコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 二人に告げるのはトランステクターのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 強烈なエネルギーが周囲で渦巻く中、制御OSが告げる――身がまえた二人の目の前に環状魔法陣が展開され、その中央、そして同時に左拳にも魔力スフィアが形成される。
 そして、左腕のエネルギー加速リング“アクセルギア”が装着されたオメガのブレードもろとも高速回転、発生したエネルギーが左拳のスフィアにまとわりつき、その周囲で渦を巻いていく。
 しかも、それで終わりではない。アクセルギアによって高められた魔力がその渦に加わり、より強烈な熱量を伴った光の渦へと変質していく。
 そして、ギンガは左拳を大きく振りかぶり――
《爆熱――》
「必倒ぉっ!」

「《カラミティ、テンペスト!》」

 左拳を環状魔法陣中央のスフィアに叩きつけた。二つのスフィアの魔力エネルギーが炸裂、強大な魔力の奔流となってブラックアウトに襲いかかり――爆裂する!
 爆煙の中、ブラックアウトはゆっくりと大地へと崩れ落ち――
「鉄拳――」
《制裁!》

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」
 ギンガとマスターコンボイの言葉と同時、絶叫と共に巻き起こる大爆発――周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、ブラックアウトは天高く吹き飛ばされていった。

「いっけぇっ!」
「ちぃっ! このガキが!」
 今“表”に出ているのはシロの方――突撃してくるその姿に、ビーストモードのジェノスクリームはカウンターとばかりに尻尾を振るうが、
「そんなのあたんないよー!」
 ロードナックル・シロには当たらない。元気に跳躍してその攻撃をかわすと、
「いっけぇっ!」
 左ストレート一発。跳躍の勢いも存分に込めた一撃を受け、ジェノスクリームは思わずたたらを踏む。
 そんな彼にかまわず、ロードナックルの主人格が再び交代し、
「今度はオレだぁっ!」
 再び突っ込んだロードナックル・クロが、強烈な右フックでジェノスクリームを眼下に走るウィングロードに叩き落とす!
 二つの人格からくる二つのリズム、そしてクロが右利き、シロが左利きであることからくる左右のスイッチ――変幻自在とも言うべきロードナックルの動きに、ジェノスクリームは完全に翻弄されていた。
 こちらを行動不能にできるだけの打撃力がないのが幸いだ。もしこの動きに必殺の力が加われば、それこそ手がつけられなくなる――身を起こし、ジェノスクリームが新たな脅威に歯がみしていると、
「スバル! クロくん!」
《待たせたな――真打登場だ!》
 さらに、ブラックアウトを撃墜したギンガとマスターコンボイまでもが二人に合流してくる。
「ギン姉!
 ゴッドオンできたの!?」
「えぇ。
 試しにやってみたら、ね」
 “自分と同じ”だし、ひょっとしたらと思ってはいたが、それは姉も同じだったということか――驚くスバルの言葉に、ギンガは笑顔でうなずいてみせる。
「くそっ、全員集合というワケか……!」
「天罰だよ!
 シロちゃんの花畑を吹っ飛ばしたこと、許したワケじゃないんだから!」
 うめき、下方のそれから自分達の目の前のウィングロードまで飛び上がってくるジェノスクリームにスバルが言い返すと、
「スバル」
 声をかけ――ギンガがゴッドオンを解除した。スバルのとなりに着地し、
「フィニッシュは、スバルが決めなさい」
「え…………? いいの?」
 ジェノスクリームの所業に頭にきているのはギンガも同じなのではないのか――思わず聞き返すスバルだが、ギンガは優しくうなずいてみせる。
「……ようし!
 クロちゃん、シロちゃん、どっちが行く!?」
「オレがいくぜ!
 シロをさんざん悩ませてくれた礼、たっぷり返してやらねぇとな!」
 威勢良くスバルに答えるのはロードナックル・クロだ――うなずき、二人はマスターコンボイに視線を向ける。
 そこに込められた思いに気づかないマスターコンボイではない。不敵な笑みを浮かべ、二人に応える。
「そうだな……やってやるか。
 ゴッドオンからゴッドリンク、一気にいくぞ!」
『了解!』

「《マスター、コンボイ!》」
 スバルとマスターコンボイの叫びが響き、大きく跳躍した彼の右腕からアームブレードモードのオメガが分離、肩アーマー内に収納、露出している部分の腕の装甲の一角が開き、中から合体用のジョイントが現れる。
「ロード、ナックル!」
 次いでロードナックル・クロが叫んでビークルモードにトランスフォーム。車体脇のアームに導かれる形で後輪が前輪側に移動、前輪を含めた4つのタイヤが整列し、車体後尾には合体用のジョイントが露出する。
 そして、両者が交錯し――
『《ゴッド、リンク》!』
 3人の叫びと共に、マスターコンボイの右肩に連結する形で、右腕に変形したロードナックル・クロが合体する!
 左手にブレードモードに戻ったオメガを握りしめ、拳が異様に巨大な右腕を振るい、3人が高らかに名乗りを上げる。
 その名は――

 

『《ナックル、コンボイ!》』

 

「ちょっ、待て! なんだ、その異様な拳!?」
 ゴッドリンクを遂げ、巨大な拳をブンブンと振り回すナックルコンボイ――スバル達の姿に、ジェノスクリームはあわてて声を上げた。
「いや、もう拳じゃないだろ! 鈍器じゃないか、そこまでいくと!」
「まぁ、スポーツビークルのタイヤ4つが整列してるんだしねー」
《確かに「鈍器」と言っても差し支えないか》
「く…………そぉっ!」
 あっさりとスバルとナックルコンボイは答えてくれる。見るからに凶悪なその拳に殴られてはたまらないと、ジェノスクリームはツッコミから一転、攻勢に出た。スバルがその右拳をかまえるよりも速く突撃し――
「まー、少し重いけど、これはこれで便利だね」
「だなー」
 スバルとロードナックル・クロが告げ、身をひるがえし――
《拳に注意が向いて、左手のオメガが忘れられるからな!》
 ナックルコンボイの言葉と同時、振り抜かれたオメガがジェノスクリームにカウンターをお見舞いする!
 そして――
「こん、のぉっ!」
「がはぁっ!?」
 今度こそ新たな拳のお披露目――体勢を崩したジェノスクリームに“鈍器”とまで揶揄された拳が直撃。吹っ飛ばされたジェノスクリームはその先のウィングロードすら粉砕して大地に突っ込む!
「くっ、くそぉ……!」
 それでも、ジェノスクリームは耐え切った――うめき、なんとかその場に身を起こすが、その眼前に新たな空色の帯が駆け抜け――
「逃がす、もんかぁっ!」
 ウィングロードを追加展開したスバルは一気にジェノスクリームの前まで駆けてきた。渾身の力で振るった拳が、ジェノスクリームのアゴをばかげた勢いで跳ね上げる!
 もんどりうって大地に倒れるジェノスクリームにさらに追撃――地面スレスレ、どころか完全に地面を削りながら振り上げられた拳が、ジェノスクリームをまともにはね飛ばす!
「スバル! そろそろチェッカーフラッグといこうか!」
「うん!
 ナックルコンボイさんも、いいよね!?」
《当然だ!》
 ロードナックル・クロの言葉に同意、確認するスバルにナックルコンボイもまたやる気を見せる。
 そして、スバルは身を起こすジェノスクリームに向けて拳をかまえ、
「いくよ、ジェノスクリーム……
 これが、あたし達の……」

『《4人で見せる、全力全開!》』
 

《フォースチップ、イグニッション!》』
 ナックルコンボイとスバル、そしてロードナックル・クロの叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、ナックルコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、ナックルコンボイの両足と右肩、そして右腕となったロードナックルの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そう告げるのはナックルコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 再び制御OSが告げる中、スバルは右拳をかまえ、
「いっけぇっ!」
 思い切り地を蹴った。レッグダッシャーのホイールが唸りを上げ、一直線にジェノスクリームへと突っ込んでいく。
 そして――
「鉄拳――」
《爆走!》

「マグナム、テンペスト!」

 渾身の力で、その右拳をに向けて叩きつけ――はね飛ばす!
 すぐ脇を駆け抜け、急停止したスバル達の背後で、大地に叩きつけられたジェノスクリームはなんとか身を起こすが――
『みんなの拳に――』
《撃ち砕けぬものなし!》

 スバルとナックルコンボイ、そしてロードナックル・クロの言葉と同時、絶叫と共に巻き起こる大爆発――周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、ジェノスクリームは空の彼方まで吹き飛ばされていった。

 

「く…………っ!」
 その顔に浮かぶのは、戦闘開始時とはまるで正反対の焦り――うめき、ショックフリートは再度攻撃を試みるべく実体化するが、
「……そこか」
 ブレインジャッカーは見事に反応してみせた。ショックフリートが実体化すると同時、その顔面に向けて右腕の魔力砲から魔力弾をお見舞いする。
「くっ、どういうことだ……!?
 なぜ、ヤツの攻撃がこうも……!?」
「簡単な話だ」
 再び空間にもぐり込み、うめくショックフリートに対し、ブレインジャッカーは淡々と答えた。
「さすがの貴様も、攻撃する時は実体化しなければならない。
 だから私は、その実体化の瞬間に合わせて攻撃しているだけだ」
 わざわざこちらが思考を読んで実体化の位置とタイミングを測っているところまで教えるつもりはない――警戒を強めるショックフリートにかまわず、ブレインジャッカーは眼下を見下ろした。
 地上の戦いはレッケージの防戦一方――ティアナ達機動六課フォワード+αを相手に互角以上の戦いを繰り広げ、ディセプティコン・フォワード部隊の実力を見せ付けたレッケージだったが、ブレインジャッカーがショックフリートを引き受け、オーバーロードが加勢に加わったことで完全に劣勢に立たされていた。それでも撃墜されずにいるのは大したものだが。
 と――――
「…………何?」
 空間に潜航したまま、ショックフリートが声を上げた。
 どうやら、誰かから通信を受けたらしい。そのまま二言三言言葉を交わし――
「…………助かった、というべきだろうな……
 状況終了だ。今回は引き上げさせてもらう」
「何………………?」
 思わずブレインジャッカーが聞き返そうとするが――それよりも早くショックフリートは動いた。空間に溶け込んだ分体の数を増やして視覚的なかく乱をかけたかと思うと、ちょうどティアナ達から間合いを取ったレッケージのすぐ脇に出現する。
「退くぞ。
 ジェノスクリームとブラックアウトがしくじった」
「了解だ」
「逃がすもんですか!」
 告げるショックフリートとうなずくレッケージ、二人のやり取りにティアナがクロスミラージュの引き金を引く――が、放たれた魔力弾が届くよりも早く、ショックフリートとレッケージは空間に溶け込んでその姿を消していった。
「…………終わったか」
 では自分も引き上げるか――そう思い、きびすを返したブレインジャッカーだったが、
「――――――っ!?」
 気づいた。唐突に感じ取ったその思念に気づき、飛び去ろうと思った反対方向へと視線を向ける。
「…………今の思念は……
 まさか……」
 

 思念の気配はすぐに消えてしまったが、位置は記憶している――気配の主を探し、ブレインジャッカーは未だ晴れる気配のないスピーディアの雲海の中を飛行していた。
「この辺りのはずだが……」
 そして、目的地へと到着――つぶやき、ブレインジャッカーが動きを止めて周囲を見回すと、
「……やっと来やがったか」
 そう告げて、彼は雲の切れ間から姿を現した。
「オレ自身とは初対面だし……『初めまして』でいいのかな?」
「スバル・ナカジマ達の記憶で、常に貴様の姿を見てきた――今さらどうでもいい」
 告げられた言葉に対し、ぶっきらぼうにそう答え――ブレインジャッカーは尋ねた。
「それよりも……答えてもらおうか。
 私を呼ぶ思念をガンガンに飛ばし、対面を望んだ理由を」
「理由、ねぇ……?」
「とぼけるな。
 ゴッドアイズの二人の思考を読んだが――二人は“計画”の全体像のほんの一部しか知らなかった。
 六課に人を送り込み、カイザーズを裏で動かし、貴様は何を考えている?」
「そいつぁ言えないね。
 お前、ここんトコ六課のヤツらにちょっかい出してるからな――口を滑らせたらたまったもんじゃねぇ」
 告げるブレインジャッカーにあっさりと答えるが――彼はふと思い返した。
「…………いや、いいか、教えても。
 別に意味ないし」
「何…………?
 どういうことだ?」
「簡単な話だよ」
 聞き返すブレインジャッカーに対し、彼はそう答え――次の瞬間、その全身が炎に包まれた。
 その炎の中から――彼はブレインジャッカーに告げた。
「教えたって、お前がそのことをスバル達に告げることはねぇ」

 

 

 

 

「ここで、消し炭になるお前には不可能だからな」


次回予告
 
スバル 「ところでシロちゃん。
 あのトラップって、自分で仕掛けたの?」
シロ 「うん!」
ティアナ 「あの短時間であれだけのトラップ……とんでもないお子様ね……
 一体誰に習ったのよ?」
シロ 「んー? 習ってないよ?」
スバル 「独学ってこと?」
シロ 「データに入ってたよ、作り方。
 なんか『made in Junichi-Masaki』ってサインが入ってたけど」
スバル 「“師匠”ブランド!?」
ティアナ 「アンタの師匠はなんてデータ入れさせてんのよ!?」
シロ 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第37話『大切なこと〜信じる想いを拳に込めて〜』に――」
3人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/12/06)