「ぐぁ………………っ!」
攻防は一瞬――完全に決まったと思われたカウンターを紙一重で回避され、逆に腹部に強烈な蹴りを叩き込まれたブレインジャッカーは後方に大きく弾き飛ばされた。
すぐに体勢を立て直し、追撃に対して再度のカウンターを試みるが――
「ずぁりゃあっ!」
“彼”には届かない――横薙ぎに振るわれた拳はたやすくかわされ、逆に炎をまとった拳がブレインジャッカーのアゴを勢いよく打ち上げ――
「こいつぁ――オマケ!」
さらに“彼”は身をひるがえして蹴りを一発。胸部を痛打され、ブレインジャッカーは踏んばりも利かずに弾き飛ばされる。
「く…………っ!」
このままでは反撃すらままならないままに押し切られる――ムリにその場に留まろうとはせず、ブレインジャッカーは蹴り飛ばされた勢いを利用し、相手との距離をとる。
そして――
「それで全力?」
今しがた自分の起こした炎が消えていく中、柾木ジュンイチは余裕の笑顔と共にそう尋ねた。
第37話
大切なこと
〜信じる想いを拳に込めて〜
「全力だとしたら拍子抜けだな。
母さんの仕込んだスペックをカケラも引き出せてない。お粗末にも程がある」
「く………………っ!」
彼には悪いが、自分は手を抜いてなどいない――肩をすくめるジュンイチを前に、ブレインジャッカーは再び彼に対する警戒レベルをさらに一段階引き上げる。
“装重甲”を着装しているが、あくまでその目的は飛行のためのもの。そして愛刀である霊木刀“紅夜叉丸”は腰に差したまま――徒手空拳と自身の能力“熱エネルギー制御”によって巻き起こされる炎だけでこちらを圧倒してくるジュンイチの戦闘力に、ブレインジャッカーは正直舌を巻くしかない。
それに、彼を困惑させているのはそれだけではなかった。
(ヤツの思考が、読めない……!?)
そう。それこそが苦戦の一番の理由――どれだけ思考を読もうとしても、ノイズのような情報が返ってくるばかりで、まったく思考を読み取ることができない。
(なぜだ……!?
なぜ彼の……)
「心が読めないのか、か?」
「――――――っ!?」
ジュンイチのその言葉に、ブレインジャッカーは思わず目を見開いた。
いつも相手の思考を読み、その心を言い当ててきた自分が逆に言い当てられた――これではいつもと立場が反対ではないか。
「どうして読まれたか、わからないって顔だな」
しかし、ジュンイチはかまわず爆天剣をかまえ、
「簡単な話だよ。
単に――『そう思ってるだろう』って推理しただけさ!」
瞬間的に間合いを詰め、叩きつけられた一撃がブレインジャッカーを弾き飛ばす。
「思考が読めない程度で動き鈍らせてんじゃねぇよ。
リンクシステムに頼りすぎだ!」
さらに、そのまま吹っ飛ぶブレインジャッカーに追いついて追撃――解き放った炎がブレインジャッカーを呑み込み、吹き飛ばす!
体勢を立て直すこともままならず、ブレインジャッカーは大地に叩きつけられる――ゆっくりとその頭上に舞い降り、ジュンイチは爆天剣の切っ先をブレインジャッカーに向ける。
「さて、そろそろ終わりかな?」
「…………貴様……なぜオレを狙う?」
淡々と決着を揶揄するジュンイチの言葉に、ブレインジャッカーは静かに尋ねた。
「GLXナンバーの開発発案者のひとりとしての責任か?」
「ンなコトぁ知ったこっちゃねぇよ」
だが、ジュンイチはあっさりと彼の仮説を否定した。
「お前が六課にちょっかい出してるの、正直言って迷惑なんだよね。
オレだって“計画”がある。イレギュラーは、早々に排除しとかないとな。
だから――」
告げると同時――ジュンイチの全身から放たれるプレッシャーが数段強さを増す。
「つぶれてもらうぜ、てめぇには」
先ほどまでとは一変、冷淡に言い放つジュンイチの姿に、ブレインジャッカーは彼の本気を感じ取って身体をこわばらせる。
(これが……思考リンクなしで、ダイレクトに味わうプレッシャーと言うヤツか……)
どこか冷静な部分の残る思考でそんなことを考えるブレインジャッカーの前で、ジュンイチはその身にまとう炎の勢いを強めていく。
「終わりだぜ、ブレインジャッカー」
言いながら、爆天剣の刃を頭上高く掲げ――
「お前は、ここでオレに破壊される」
そして――告げる。
「お前の求める、“答え”にたどり着けないままに」
「――――――っ!」
それは、ブレインジャッカーが彼らの元を離れてまで追い求めるもの――ジュンイチのその一言は、ブレインジャッカーに衝撃を与えるには十分過ぎるインパクトを持っていた。
(そうだ……
私は、人の心を知るためにこの道を選んだんだ……!)
プログラムによって思考していた彼の中で、何かが静かにざわめき始める。
(創主達と敵対し、追われる身となってまで……!)
本人も気づかぬうちに、その拳が力強く握り込まれる。
(そこまでして求めた“答え”……必ずたどり着いてみせる)
特別、新たなシステムを稼動させたワケではない――しかし、それでも自分の出力が上がっていくのがハッキリとわかる。
(その前に――)
「こんなところで……」
「終わるワケにはいかんのだ!」
「――――――っ!?」
突然のブレインジャッカーの咆哮と同時――その姿がかき消えた。瞬時に身をひるがえし、ジュンイチは背後に回り込んでいたブレインジャッカーの拳を受け止める。
「コイツ……急に動きが!?」
うめき、ブレインジャッカーを弾き飛ばすジュンイチだったが――
「押し切る!」
ブレインジャッカーも負けてはいない。体勢を立て直すと同時にジュンイチへと再突撃。次々に打撃や両腕の光刃を繰り出し、ジュンイチに反撃のスキを与えない。そして――
「これで――!」
「――終わるのはそっち!」
一気にフィニッシュに行ったブレインジャッカーにジュンイチが言い返す――トドメを焦り、大振りとなったブレインジャッカーの光刃をかわし、背後に回り込み――
「やはりそう来たか」
「――――――っ!?」
気づくが――対応は間に合わなかった。ブレインジャッカーはたたんでいた翼を開く勢いでジュンイチの腹部を痛打。直撃を受け、動きの鈍ったジュンイチを眼下の大地に叩き落とす!
「悪いな。
私にも目的がある――貴様に殺されるのは、御免こうむる」
ジュンイチは大地に突っ込み、砕けた岩の破片の中に埋まってしまう――静かに告げるブレインジャッカーだが、ジュンイチからの反応はない。
「私が貴様の“計画”にとってイレギュラーだろうと知ったことか。
私は私の道を行く。貴様にも、誰にも、ジャマはさせない」
淡々と言い放ち――ブレインジャッカーはその場に背を向け、飛び去っていった。
《…………行ったわよ》
「っ、てぇ……!」
通信が入り、展開されたウィンドウに映るのは長年手助けしてきてくれた“助手”の姿――イレイン・ナカジマの言葉に、ジュンイチは頭上にのしかかってきていた岩をどかして地上に姿を現した。
「くっそぉ……!
あんにゃろ、殺っちゃマズイから手ェ抜いてやってるってのに、気づきもしねぇでブッ飛ばしやがって……!」
《ずいぶんハデにやられたわねぇ……大丈夫?》
「これが大丈夫に見えるんなら医者行け、医者。具体的には精神科」
《眼科じゃないんだ……》
どの道自動人形である自分には関係ないのだが――苦笑し、イレインはジュンイチに告げた。
《ともかく……これで今回のミッションは完了ね》
「あぁ。
思いっきり追い込んで、思いっきりプレッシャーかけて……絶体絶命って状況に放り込むことで、今まで淡々と物事を捉えてきたアイツのAIに“生きることへの執念”ってヤツを植えつける。
これでアイツも、“生き抜くための悪あがき”ってヤツを覚えたろ」
そうイレインに答え、岩の下敷きになっていた“紅夜叉丸”を探し出して腰の帯の間に差し込む。
「これから、戦いはどんどん激しくなるからな……そのくらいのハングリーさがないと、到底生き残れねぇ」
つぶやいて――ジュンイチはブレインジャッカーの飛び去っていった方向へと視線を向けた。
「ヤツはもう、イレギュラーなんかじゃねぇ。
とっくに、ヤツの介入も想定した形にミッションプランは修正済みだしな。
だからこそ……」
「アイツにも、しっかり育ってもらわないとな」
「ジュンイチさんが……」
《ジェノスクリーム達のマスターさんの、仇ですか……?》
「はい……」
機動六課、部隊長室――はやてとリインの前に姉と共に整列し、スバルはどこか不安げにうなずいた。
「スピーディアで、ジェノスクリームが言ってたんです。
『お前の兄は、自分達の主の仇だ』って……」
「なるほどなー……
ディセプティコンがしょっちゅうウチにちょっかいを出してくるのは、そういう理由があったんか……」
《ディセプティコンは 自分達の戦力にするためにゴッドマスターさんを探してますからねー。
その条件に当てはまるスバルやギンガを捕まえれば、自分達の戦力も上がるし、同時にジュンイチさんへの仕返しにもなる、ですか……》
はやての言葉に、リインが腕組みして考え込み――顔を上げ、スバルとギンガに尋ねる。
《スバルとギンガは、その“マスターさん”に心当たりはないんですか?》
「えっと……」
その問いに、困った顔をして答えるのはギンガだ。
「正直……思い当たりません。
というより……思い当たりすぎて、誰がそうなのか……」
「あの人、いろんなところから恨み買いまくっとるからなー……敵味方問わず」
ある意味予想できていた回答だ――ギンガの言葉に苦笑し、はやては改めて息をつく。
「仇……ということは、すでにその人は亡くなっている可能性が高いですよね……
その上で、仇を討とうとする人が現れるくらいには人付き合いのあった可能性のある人達となると……」
「“擬装の一族”とかはどう? 生き残りがいたとか」
「それはないやろな」
ギンガに尋ねるスバルに、はやては迷わず断言した。
「その後の調査でも、あの時倒した“擬装の一族”が全員やったことは確認済みや。
せやなかったら……クスカの命を奪ったジュンイチさんが、あそこまで背負い込むとは思えへんし」
「そう……ですね……」
“擬装の一族”最後のひとり、クスカの命を奪った――すなわち“擬装の一族”を絶滅に追いやったことは、今でもジュンイチの中にしこりとして残っている――はやての指摘でそのことを思い出し、スバルは神妙な面持ちでうなずいてみせる。
「それに、もし本当に“擬装の一族”やとしたら、ジェノスクリーム達が単なるトランスフォーマーっちゅうのもおかしな話や。
“擬装の一族”はその成り立ちから、管理局やミッドチルダのトランスフォーマーに深い恨みがあった。その彼らが、しもべという形でもトランスフォーマーをそばに置くとは、ちょっと考えられへんな。
せやから、“擬装の一族”っちゅう線は、読みから外した方がえぇやろな」
そして、はやては深々とため息をつき、
「まぁ、この件については追々調査していこか。
焦って結論を出してもいいコトないし」
言いながら、はやてはイスから立ち上がり、窓の外に広がるミッドチルダの青空へと視線を向けた。
「まったく……あの人は、その場におらんくてもトラブルの種を運んでくるんやから、困ったもんやね……」
そんなやり取りから数日が過ぎて――
「待てぇぇぇぇぇっ!」
声を上げ、スバルは男を追って住宅街を駆け抜けていた。
と言っても、いつもは両足に装着しているマッハキャリバーは待機状態。小回りが要求される住宅街での追跡である点を考慮し、バリアジャケットとリボルバーナックルのみの装備だ。
ウィングロードによる頭上からの追跡、という手もあるが――それだと男の真後ろががら空きになる。その場でUターンなどされてはたまらないので自重する。
そして――
「そこまでよ!」
逃げる男の前に立ちふさがったのはティアナ――路地を抜けて先回りしていたのだ。
さらに、エリオやキャロ、ヒューマンフォームのマスターコンボイもまた、別々の路地から男を包囲し――
「観念するんだな」
「質量銃器の不法所持で逮捕します!」
最後に加わったのは、陸士108部隊所属の二人――機動六課への出向が決まっているギンガ・ナカジマ陸曹とラッド・カルタス二等陸尉だった。
無事ロードナックルも合流し、GLXナンバーが勢ぞろいした機動六課――ここにきて、はやてとライカは108部隊での実働教導を提案した。
ギンガだけでなく、共に機動六課に出向となるカルタスにも、合流に先駆けて六課のメンバーとの任務に慣れてもらおうというのがその目的だが、そこにはスピーディアでロードナックルの第二人格“シロ”の説得に一役買ってくれたギンガへの恩返しの意味も含まれているのは明らかだった――108部隊の長であるゲンヤも快く承知し、すぐにスバル達は108部隊に合流した。
そして、初めての本格的な共同任務となったのが今回の事件。違法に出回った質量“銃器”――すなわち、拳銃の不法所持の摘発である。
〈こちらスターズ4。
被疑者を追い込みました〉
「こちらスターズ1、了解。
自傷事故のないように、十分に注意してね」
同時刻、108部隊隊舎――“たまには現場じゃなくて、後方での指揮もやってみるか?”というイクトの発案により、指揮所での指揮を任されたなのははティアナからの通信にそう答えた。
「うぅ……姫達、大丈夫でござろうか……」
「確かに。
ティアナ・ランスター二等陸士達は、対人戦における対銃器の実戦は初めてだからな」
「うーん……一応、教えるべきところは教えてあるけど……」
一方、住宅街での追跡は彼らにとっては手狭だから、と今回の摘発から外されたGLXナンバー一同は、相棒の安否にハラハラしどおしだった。つぶやくシャープエッジやジェットガンナーの言葉に、なのはもまた息をついて答えるが、
「だが、貴様に“その経験”が少ないために、素人が銃を持った場合のケースを十分に教えられていない……不安要素があるとすればそこだな」
「ですね……
私のしてきた任務は、もっぱら魔法戦が中心でしたから……」
不安げにこちらに答えるなのはの言葉に、口をはさんだイクトはうなずきながら現場の中継を映し出しているメインモニターに視線を戻した。
「まぁ、ギンガやカルタスがうまくフォローしてくれるのを、期待するしかないが……」
そして、不安なのは彼も同じ――つぶやき、この指令室の主であるゲンヤもまた、スバル達の身を案じてため息をついた。
「くっ…………くそぉっ!
来るなぁっ!」
一方、現場では包囲された犯人の緊張がピークに達していた。隠し持っていた銃を取り出し、正面に立つティアナに向ける。
「これ以上、一歩でも近づいたら……撃つぞ……撃つぞぉっ!」
さらに、銃口はスバルやエリオにも――怯え、視界に入った者に次々に銃口を向けながら、犯人は震える声で言い放ち――
「撃ってみろよ」
「ちょっ……マスターコンボイさん!?」
あっさりと言い放ったマスターコンボイに、ギンガは思わず声を上げた。
「貴様のような素人の銃弾、まぐれでもない限りそうそう当たるものか。
だいたい、こちらは貴様よりもよほどタチの悪いヤツらを日常的に相手にしてるんだ。この程度でいちいち怯えていたんじゃ、仕事にならないんだよ」
しかし、マスターコンボイはかまわない。ブレードモードのオメガを手に、犯人に対してプレッシャーをかける。
「そういうワケだ。撃ちたければ遠慮なく撃ってこい。
だが……引き金を引いた瞬間、貴様の罪状は“質量銃器不法所持”から“殺人未遂”に跳ね上がる。
当然、こちらも“それ相応”の対応をさせてもらうからそのつもりで撃つがいい」
「そ、そういうコトだから、銃を下ろしなさい!
あたしらはともかく、その人はホントにやるわよ! 冗談抜きで!」
もし犯人が引き金を引けば、その瞬間、宣言どおりマスターコンボイは犯人を全力で叩きに行くだろう――マスターコンボイよりもむしろ犯人の身を案じ、ティアナはあわてて犯人に呼びかける。
対し、犯人は観念したのか、弱々しく銃をかまえた手を下ろしていく。説得が届いたかと安堵するティアナだったが――それがまずかった。
「……今だぁっ!」
犯人が銃を下ろしたのをスキと見て、スバルが犯人に向けて突撃をかけたのだ。
「ちょっ、この――」
バカスバル――そう放たれかけたティアナの叱責は間に合わなかった。
突然のスバルの突撃に刺激された犯人は反射的に彼女へと銃口を向けて――
「……まったく、肝を冷やしてくれるわね」
結局、犯人の銃弾がスバルを襲うことはなかった――彼女の無事に安堵しつつ、第二射よりも早く犯人を取り押さえたギンガは、その場にへたり込んでいるスバルを見ながらため息まじりにそうつぶやいた。
銃弾はスバルの脇を駆け抜け、背後の消火栓に突き刺さった――開いた穴から勢いよく水を噴出させている消火栓を尻目に、あわてて駆け寄ってきたエリオやキャロに支えられたスバルは乾いた笑いを浮かべている。
そして、マスターコンボイもまたため息をひとつ――ティアナがスバルにツッコミ気味のドロップキックをお見舞いするのをどこか他人事のように眺めつつ、なのはに向けて通信する。
「こちらスターズα。
被疑者、無事確保。銃器も押収した。
こちらもケガ人はなし、だ」
〈お疲れさまです。
それから……〉
マスターコンボイの言葉になのはがうなずいて――彼女と通信を交代したイクトが付け加えた。
〈スターズ3に伝言だ。
『帰ったら反省点のおさらいだ』とな〉
「…………了解だ」
その晩――
「それでは、第一世代GLXナンバーの全員集合と、ギンガ・ナカジマ陸曹とラッド・カルタス二等陸尉の六課正式合流の日取り決定を祝して!」
『かんぱーい!』
はやての告げる音頭の声に一同が答え、ドリンクがなみなみと注がれたグラスを掲げる――
事件も無事解決し、なのは達はその日の勤務を終えたはやて達六課居残り組と合流。ジェットガンナー以下全員集合を果たした第一世代GLXナンバー4人と六課に合流する日程が正式に決定したギンガとカルタス、計6名の歓迎会を108部隊隊舎に程近い焼き鳥屋で開いていた。
もちろん、酒を用意しているのはゲンヤを筆頭とした二十歳以上の面々のみで残りのメンツはジュースだが。
そんな中――
「こってりしぼられたみたいね」
「う、うん……」
こういう場では真っ先にはしゃぎそうな人物のテンションが低い――告げるティアナの言葉に、今にも頭から蒸気を吹き出しそうな様子のスバルはこめかみの辺りをトントンと叩きながら答えた。
今回の摘発で先走ってしまったスバルは、帰還後イクトから呼び出しを受けた――「スバルなりに確保の好機と判断した上での行動だったのだから」と叱られるようなことはなかったが、代わりに「再発防止のために」と今回のようなケースに対する対処法をなのはとイクトの二人がかりでみっちりとレクチャーされた。おかげで若干知恵熱気味で、テンションもイマイチ上がらない。
「大丈夫? スバル」
《けっこうな量を教え込まれてたみたいだな》
「うん、大丈夫。
心配してくれて、ありがと……」
同席するロードナックル・シロと彼の別人格“クロ”――最近始めた店なのか、トランスフォーマーの入店にも対応しているのがこの店が歓迎会の会場になった最大の理由だった――の言葉にスバルが答えると、
「自業自得よ。
まったく、ムチャするんだから……話を聞いた時にはゾッとしたわよ」
一方、そんなスバルにため息まじりに告げるのはライカである。
「ただの質量銃器不法所持を発砲事件にまで発展させてくれちゃって……万が一弾が当たってたらどうするつもりだったの?
スバル達のバリアジャケットは魔法戦を想定したセッティングなんだよ。銃弾が相手じゃ、致命傷まではいかなくたって……」
「で、でも、マスターコンボイさんが『そんなの当たらない』って……痛っ!?」
言いかけたスバルの後頭部が突然はたかれた――振り向けば、ちょうど今しがた話題に挙げたマスターコンボイの姿があった。
「何だ? オレが悪いのか? 悪いのはオレか――あだっ!?」
「お前が悪い」
スバルにからむマスターコンボイの頭をテーブル備え付けのメニューではたいて告げるのはイクトだ。なのはもまた、口をとがらせてマスターコンボイに告げる。
「切羽詰ってる犯人を相手に『撃ってみろ、撃ってみろ』って……
挑発はマスターコンボイさんの得意戦法のひとつだから、とやかく言うつもりはないけど……できれば、スバル達が鵜呑みにしないような挑発のし方をしてくださいよ」
「そ、それはそうだがな……」
イクトはともかく、なのはに対しては頭が上がらないのは相変わらず――彼女の言葉に、マスターコンボイはあわてて弁明の声を上げた。
「ヤツはもう、あの段階で恐怖の方が勝っていたんだぞ。
あの場は、うかつに突撃しないで口先三寸で追い込むのが妥当と判断したからこそ……」
「それで、スバルが鵜呑みにして突撃してたら世話ねぇな」
「ぐ………………」
口をはさんできたヴィータの言葉に、マスターコンボイはぐぅの音も出ずに黙り込むしかない。
《マスターコンボイさんの負けです♪》
「……うるさい」
リインの言葉に口をとがらせ、マスターコンボイはコップに注がれた麦茶を飲み干す――そんなマスターコンボイに苦笑しつつ、ファイはスバルに告げた。
「スバル。
とりあえず……108部隊にいる間は、バリアジャケットに防弾層を2層追加ね」
「に……2層もっ!?
そんな、機動が重くなっちゃうよ!」
「いいからやんなさい。
弾に当たるよりいいでしょ」
思わずファイに反論するスバルだが、そんな彼女にはライカが答えた。
「世の中には、“こういうの”もあるんだからね」
言って、ライカが指で弾いてよこしたのは――
「銃弾……」
「……の、レプリカだね?」
「教材用のね」
それをつまんでつぶやくスバルや、となりから(と言っても体格差からほとんど真上からだが)のぞき込んできたロードナックル・シロの言葉に、ライカはあっさりとそう答える。
「第108管理外世界で開発された、対能力者用のフィールド貫通弾、通称“フォースキラー”」
「“力の破壊者”か……ずいぶんとストレートな名前だな」
「そういうもんでしょ。
ブレイカーの力場に対抗することを目的にした弾丸だからね。断言してもいいけど、並の魔導師の力場くらいなら余裕で抜ける――なのはちゃんが相手でも、少なくとも力場は抜けると思うよ。抜いたところで失速して本人には届かないだろうけど。
そのくらい“力場を抜くこと”に特化させた弾丸なのよ、コレ」
シグナムに答え、ライカはスバルから銃弾のレプリカを返してもらい、
「幸い、こっちの世界にはこーゆーのはないみたいだけどねー。それでも、代わりになるようなものがないとも言い切れないのよ。
陸上警備隊の扱う事件で戦闘になった場合、今回みたいな非魔導師戦が主になるんだから、用心しとくに越したことはないでしょ」
「……うーん……」
ライカの言葉に、スバルはまだ納得がいっていないようだ。「確かに撃たれたくないなぁ……でも、防弾層を追加したらジャケットが重くなるし……」などとつぶやいているその姿を前に、ライカとなのはは顔を見合わせて苦笑して――
「はい、上がったよー♪」
「はーい!」
まだ若い店主の言葉に、これまたまだ若い女性店員が答える――そして、一同の前に出されたのは皿いっぱいに盛りつけられた焼き鳥の山だった。
「サービスです。
スバルちゃんとティアナちゃんには、前にお世話になったんで」
「……そーなん?」
「はい!」
店長の言葉に聞き返すはやてに熟考モードから復帰、スバルはうなずくと店主と女性店員をはやて達に紹介する。
「店長のデュオさんと、その婚約者のウィズさん!」
「こ、婚約って……まだそこまでいってないよ、スバルちゃん!」
「でも、いずれは結婚するんですよねー♪」
スバルの言葉に顔を赤くするウィズに対し、スバルは笑顔でそう答える。
「えっと……スバルさんとティアさんの二人と知り合い……ってことは、二人の前の部隊で?」
「そ。
二人は、ビル火災の現場であたしとスバルが救助した要救助者だったの。
で、その縁で付き合い始めて……」
「つまり、あたしとティアがキューピッドさん!」
尋ねるエリオにティアナが答え、スバルが捕捉――ティアナから「恥ずかしい言い方するんじゃないわよ!」とツッコミが飛ぶが、その辺りはいつものことなのでスルーだ。
「“吊り橋効果”というヤツじゃないのか?
火災現場という極限状態での緊張を恋愛感情と誤認した、とか」
「もう……イクトさん、そういう野暮は言いっこなしですよ。
たとえ始まりがそうでも、ここまでお付き合いが進めば想いは本物ですよ、きっと」
焼き鳥をかじりながら口をはさむイクトをフェイトがたしなめた、その時――
「………………ん?」
突然ゲンヤが顔をしかめた――懐に手を突っ込むと、マナーモードのまま振動で着信を告げている携帯端末を取り出す。
見れば、カルタスやギンガの端末にも着信が来ていて――
「108部隊の3人に同時に連絡……管轄で事件か?」
「わからん。
今確認を取る」
イクトに答え、ゲンヤは端末に応答、二言、三言言葉を交わし――
「……わかった。
なら、オレが直接現場で指揮を執る」
「やはりか……」
「すまないな。
お前らはお前らで楽しんでくれ」
どうやら読みは正解だったようだ。うめくイクトに謝罪し、ゲンヤはギンガ、カルタスと共に席を立つ。
「手伝いましょうか?」
「いや、いい」
本部居残り組の自分はともかく、スバル達は108部隊に出向している状態だ。助勢を申し出るはやてだが、ゲンヤはあっさりとそう答えた。
「と、いうより……コイツらをつき合わすのは、まだちょっと、な……」
言って、ゲンヤはどこか気まずそうにスバル達に視線を向けて――その態度に、マスターコンボイは彼の意図を察した。
「なるほど。
つまりそれは、スバル・ナカジマ達に関わらせるには少しばかり“重い”事件……重犯罪の類か。
そのためらいようからすると、殺し、次点で強盗致死傷、といったところか?」
「おいおい。見抜くのはいいが、人が言いにくそうにしてるのをそのものズバリ言い切るんじゃねぇよ」
「悪いが性分でな」
うめくゲンヤに答え、マスターコンボイは息をつき、
「確かに、それはこいつらには少しばかり早いかもな」
「だ、大丈夫ですよ、マスターコンボイさん!」
「新人って言っても、あたし達だって管理局の一員よ。“そういう時”が来る覚悟くらい……」
「“向こう”はできているようには見えんのだがな」
反論するスバルとティアナに言って、マスターコンボイが視線で示したのは、殺人事件の可能性を示唆されて不安げにしているエリオやキャロだ。
確かに、“フェイトの力になりたい”と機動六課を志願してきた二人は、その動機や年頃のせいもあってそういった事態に直面することを覚悟していたとは考えづらい。マスターコンボイの指摘に、スバルとティアナは思わず顔を見合わせる。
「……そうだね。
みんなには少し、こういうのは早いかもね」
「今回は、ゲンヤさん達にお願いしようか」
そして、それは隊長陣も同意見のようだ。なのはやフェイトの提案に、ヴィータやシグナムからも反論の声は出てこずに――
「……そういうことなら、ますます出向かせてもらいたいな」
そんな中、イクトはあっさりと告げて立ち上がった。
「い、イクトさん……
エリオやキャロにはまだ……」
「こいつらも管理局の一員だぞ――スバルやランスターの言ったとおりにな。
事件は待ってくれないんだ。早いも遅いもあるものか」
あわてて制止の声を上げるフェイトだが、イクトはあっさりとそう答える。
「とはいえ……安心しろ。オレも直接“仏”と対面させるつもりはないさ。
いかに“ご対面”には早くても、現場検証の手伝いやその後の捜査には問題あるまい」
「そ、それは……まぁ……」
「それに……本来の任務である“レリック”がらみの件に関しても、今後そういう事態に……死体と出くわすケースがないとも限らない。
今のうちに、現場の空気に触れておくことは、決してマイナスにはならないだろう」
なおも不満げなフェイトに答えると、イクトはデュオへと向き直り、告げた。
「店長、勘定を頼む」
「じゃあ、スバル達は周辺の聞き込み、お願いね」
「ティアナとジェットガンナーは、私やジャックプライムと一緒に先行してた所轄の人達から状況の申し送りを受けるから」
『了解!』
指示を下すのは実働教導の主任であるライカと六課捜査主任のフェイト――二人の言葉にスバル達が元気にうなずき、それぞれに散っていく。
それを見届けると、なのはは実際の犯行現場であるマンションの一室へ――先に現場に入り、死体と対面していたイクトに合流した。
「イクトさん、どうですか?」
「……凶器は、これだろうな」
なのはに答え、イクトが指し示したのは、被害者の男の脇に散っていたワインの瓶の破片である。
「このワインボトルで、被害者の頭を一撃……傷については、現場検証の手前ここでは詳しく調べられないが、見た目の深さから見ても、ほぼ即死と見ていいだろう」
「はぁ……見ただけでそこまでわかるんですか……」
スラスラと説明するイクトに対し、なのはは思わず感嘆の声を上げ――
「………………ん?」
その傍らで、捜査員の現場検証を見守っていたゲンヤが、新たにやってきた捜査員に気づいた。
「なんだ、お前らが来たのか」
「あぁ、ナカジマ三佐。お久しぶりです」
どうやら知り合いらしい。捜査員が応えるとゲンヤはイクト達に捜査員を紹介する。
「紹介しよう。
地上本部捜査三課、空き巣検挙率でミッド一に輝いたこともある、スィフト主任だ」
「空き巣……?」
ゲンヤの言葉に、近くで物色された形跡のあるタンスをサーチしていたマスターコンボイは眉をひそめて立ち上がった。
「地上本部は、この件を空き巣の仕業と見ているのか?
そいつは、少し早計だと思うのだが」
「それを確かめて来い、とのことだったんだが……その必要はなかったな。
侵入の仕方といい物色の仕方といい、プロの仕業だ。
前科者リストをあたれば、すぐにでも犯人が浮かぶはずだ」
「待て待て。
今言っただろうが。今の段階で決め付けるのは早計だと」
「素人が口をはさまないでもらいたいな。
オレは空き巣窃盗一筋で30年のプロだ。そのオレが言ってるんだ。間違いない」
反論の声を上げるマスターコンボイに、スィフトはあっさりと言い放った。そのまま前科者リストをあたるべく現場を後にする。
「ちょっと待て!
このオレを捕まえて素人だと!?」
「ちょっ、マスターコンボイさん、落ち着いて!」
そんなスィフトに対し、怒り心頭なのが“素人”呼ばわりされたマスターコンボイだ。ムキになって後を追おうとする彼をなのはが止めるが、彼女の腕力で止められる相手ではない。体格で優るなのはをズルズルと引きずりながらマスターコンボイはマンションから出るが、すでにスィフトは部下の捜査員と共にパトカーで走り去った後であった。
「チッ、逃がしたか……」
「逃が……って、物騒なこと言わないの。
結果で見返せばいいじゃないですか」
舌打ちするマスターコンボイを何とかなだめようとするなのはだったが、
「…………?
マスターコンボイさん?」
「何ナニ? どしたのー?」
二人に気づき、駆け寄ってきたのはスバルとロードナックル・シロだ。そんな二人を前に、マスターコンボイは深々と息をつき、
「………………とりあえず、何も言わずに1発殴らせろ」
『いきなり何事!?』
行き場のない怒りに燃えるマスターコンボイの“八つ当たり宣言”に、スバル達二人の声が唱和した。
明けて翌朝――
「じゃあ……ティアナ、報告をお願い」
「はい」
108部隊に設置された捜査本部――フェイトの進行に、ティアナは立ち上がると一同に対し自分の受けた報告を伝達する。
「死亡推定時刻は、昨日の午前10時から11時までの間。
凶器は、イクトさんの見立て通り赤ワインのボトル――頭骨が陥没しており、ほぼ即死だったと考えられます」
「被害者の周辺もあの場で可能な限り聞き込んでみたが、勤務態度は良好。人間関係にも問題はなく、今のところ、怨恨の線は浮かんでいない」
ティアナの、そして付け加えるジェットガンナーの言葉にフェイトがうなずくと、続いてアスカが報告する。
「それと……部屋の環境を調べた結果だけど、表通りからは完全に死角になってるね。
部屋も物色されてたし……捜査三課は、相変わらず空き巣の線で追ってるみたい」
「えっと……つまり、昼間は誰もいないと思って盗みに入ったけど――そこには被害者の人がいて……」
「あわてた犯人が、手近にあった凶器のワインボトルで一撃、でござるか?」
「少なくとも、捜査三課はそう見てるみたい」
尋ねるキャロとシャープエッジにアスカが答えると、
「……まぁ、確かに順当な推理だが……」
どこか釈然としない様子で口を開くのはマスターコンボイだ。
「『だが』……何ですか?」
「あのスィフトとかいう捜査官の読みどおり、というのがな……」
「まったく……」
憮然としたままギンガに応えるマスターコンボイに、なのはは軽くため息をつき、
「まだ怒ってるんですか? “素人”呼ばわりされたこと」
「当然だ」
尋ねるなのはに、マスターコンボイは口をとがらせて答える――そんなマスターコンボイの態度に肩をすくめると、ゲンヤは一同を見回し、告げた。
「とりあえず、空き巣の前科があり、且つ現場周辺にある程度土地勘のある人物を、捜査三課がリストアップしてくれた。
全部で53名――オレ達は、手分けしてこの53名のアリバイ捜査だ」
「はーい」
ゲンヤの言葉に、スバルは元気に返事しながらリストに目を通していき――
「――って、えぇっ!?」
その視線がリストの中ほどに達したとこで、スバルは驚きの声を上げていた。
「ど、どうしたの? スバル」
「こ、これ……」
尋ねるティアナに答え、スバルは問題の名前を指さした。
そこに記されていた名前は――
「“デュオ・マウント”……!?」
「って、夕べの焼き鳥屋の?」
ティアナの言葉に思わず声を上げたライカに、スバルは青ざめた表情のままうなずいてみせる。
そう。そこに記されていたのは確かに昨夜歓迎会の部隊となった焼き鳥屋の店主、デュオだった。記録によれば、7年前に空き巣の容疑で一度起訴されている。
「で、でも、デュオさんじゃないですよね。
デュオさん、誠実で、優しくて……人殺しなんかできる人じゃないよ。
なのに、前科があるからって……」
しかし、デュオが今回の殺人事件の犯人などとは信じられない――あわてて弁護の声を上げるスバルだったが、
「…………スバル」
そんなスバルに対して口を開いたのは、これまで沈黙を守っていたファイだった。いつになく真剣な目でスバルを見返し、告げる。
「スバル……
今回の捜査からは、外れようか」
「え………………?」
「ちょっ、ファイさん!?」
あわててなのはが声を上げるが、それを制してファイはスバルに告げる。
「私達の今回のお仕事は、殺人事件の容疑者の捜査――今説明したばかりじゃない。
知り合いだから、優しくしてもらってるから……そんな理由で、犯人かもしれない人をかばう子がいても、捜査の現場が混乱するだけだもの」
《け、けど……もしその容疑者が犯人じゃなかったらどーすんだよ?
そんな時に、容疑者の無実を証明してやるのも、オレ達の仕事なんじゃないのかよ?》
「それは、その人が犯人じゃない、っていう確かな根拠ができてからでいいの。
でも、スバルにはそれがない……ただ感情でデュオさんをかばってるだけ」
スバルをフォローしようとしたクロに対してもそう言い放ち、ファイは改めてスバルに告げた。
「いい? スバル。
容疑者、っていうのはね、犯人の可能性があるから、容疑者なんだよ。
そして……容疑者である限り、疑い続けなきゃいけないのが、私達のお仕事なんだよ」
その言葉に――スバルはじっとうつむき、答えることができなかった。
「昨日の午前中……ですか?」
「はい」
「どこで何をしていたか、教えてもらえませんか?」
聞き返すデュオに対し、エリオとキャロは極力穏やかな口調でそう問いを重ねる。
さすがにスバルに直接当たらせるのは酷だろう。かと言って、彼女と同じくデュオと親しくしていたティアナも同様だろう――そう判断したなのはは、フォワード部隊の面々を一緒にデュオの元へと向かわせた。尋ねるのが子供であるエリオやキャロなら、デュオもそう厳しい態度は取るまいという甘い計算もあったのだが――
「……家で、寝てましたけど……夜の遅い商売ですから」
「それを証明できる人はいない?
例の婚約者の子とか、一緒じゃなかったの?」
「いえ……ずっとひとりで……」
アスカに答えて――デュオは顔を上げ、彼女に聞き返した。
「……ひょっとして、疑われてるんですか?」
「残念ながら、捜査の主導部隊がデュオさんを容疑者リストに上げちゃってね。
理由は……わかるよね?」
逆に切り返したアスカの言葉に、デュオは力なくうつむき、うなずいてみせる。
「で、でも、あたし達はデュオさんが犯人だとか、そんなことは……」
「いいよ、スバルちゃん」
あわてて弁明の声を上げたスバルに対し、デュオは静かにそう告げた。
「今に始まったことじゃない……
近所で空き巣がある度に、何度も局員がオレの所に来るんだからさ」
「そんな……!」
どこか自嘲気味なデュオの言葉に、なおも口を開きかかるスバルだったが、
『容疑者、っていうのはね、犯人の可能性があるから、容疑者なんだよ』
ファイの言葉が脳裏によみがえり、そこから先の言葉が続かない――そんな彼女に対し、デュオは背を向け、告げた。
「もういいだろ。
仕込みで忙しいんだ。帰ってくれ」
「け、けど……!」
「もう一度言う。
帰ってくれ……スバルちゃん」
その言葉に、スバルは完全に言葉を失い――そんな彼女の姿に、ロードナックル・シロは右肩のディスプレイに映し出された兄の映像と顔を見合わせた。
「そうか……結局ダメだったか……」
「はい……
スバルも、すっかり落ち込んじゃって……」
108部隊に戻り、結果の報告――息をつくカルタスの言葉に、ティアナはため息まじりにそう答えた。
当のスバルの姿はここにはない――ファイから、そしてデュオからも突き放されて完全に意気消沈。さすがに見かねたなのはが休みを取らせたのだ。
「スバルさん……これからどうなっちゃうんでしょうか……?」
「さぁね」
いつぞやのティアナの一件の時よりもさらにひどい、あんなに元気のないスバルを見るのは初めてだ――不安になってつぶやくエリオに対し、アイゼンアンカーはあっさりと答えた。
「ボクに言えるのは……」
言いながら、アイゼンアンカーは隊員オフィスに面した部隊長室への扉へと視線を向け、
「まためんどくさいことになりそうだ、ってことぐらいかな」
「私は、スバルを捜査から外すべきだと思う」
「オレは、そうは思わない」
108部隊、部隊長室――デスクに座るゲンヤを前に、告げるファイのとなりでマスターコンボイはすかさず自分の意見を差し込んでくる。
デュオを信じるスバルを危惧するファイがスバルを捜査から外すよう進言すべくゲンヤの元に向かったのだが、そんな彼女にマスターコンボイが異を唱えたのだ――周りでは、そんな彼らの後を追ってきたなのは達がハラハラしながら事の推移を見守っている。
「今のあの子は私情に引きずられすぎてる。
マスターコンボイだってそれはわかってるでしょ?」
「わかってる。
だがオレは、それが悪いことだとは思わない」
こちらをにらみつけてくるファイに対し、マスターコンボイはあっさりとそう答える。
「オレだって、今の盲目的にデュオを信じるスバル・ナカジマの姿が正しいとは思っていない。
だが……ヤツの人を信じる心は、ヤツの力の原点だ。だからオレは、ヤツのデュオを信じる姿勢を否定するワケにはいかない」
彼女が自分を信じてくれる――実際、それが自分とスバルとのゴッドオンの原点だ。かつて暴走リニアレールを舞台とした初任務の際、自分を信じ、「一緒に戦いたい」と言い切った彼女の想いを知るからこそ、マスターコンボイはそのことを誰よりも強く実感していた。
「貴様とて、カンのようなもので犯人の目星がつくことがあるだろう。そういうのも、感情で動いているようなものだろう。
スバル・ナカジマにも、そういうカンが働いたのかもしれないだろうが」
「あの子は捜査活動の経験がなさすぎる――カンに頼れるレベルじゃないよ。
スバルは元々レスキュー隊勤務だったし、目指してる魔導師としてのスタイルも戦闘系。執務官志望のフェイトちゃんやティアちゃんと違って、あの子は捜査官じゃないんだよ」
「あー、はいはい。そこまで」
このままでは無限に論争を繰り広げかねない。平行線を辿る二人のやり取りに、ライカはゲンヤの傍らからため息まじりに乱入した。
「二人にこのまま話させたらキリないから、もうさっさと実働教導主任としての私の判断を伝えるわよ。
捜査体制はこのまま……スバルは捜査から外さない。
ちなみに、これはフェイトとも話し合った上での結論だから、異議は認めないわよ」
「ライカお姉ちゃん!」
「代わりに、ギンガかカルタスさんをつける――現役の本職捜査官をつけるのよ。これで文句ないでしょ?」
思わず声を上げるファイを制し、ライカはそう告げる。
「管理局だって、いつもいつも希望通りの職場に就かせてあげられるワケじゃない。スバルに限らず、みんなが今後捜査課にいかないって保障はどこにもないのよ」
そして、ライカはファイに告げた。
「スバルが捜査官じゃない、って言ったよね?
だったら……私達で捜査官にしてやればいい。
ファイ……現役の特別捜査官として、あの子を捜査官にしてあげて」
「…………わかったよ。
そこまで言われちゃ、先輩捜査官として引き受けるしかないじゃない」
ライカに真剣な表情と共に言われて――ついにファイが折れた。ため息まじりに肩をすくめ、
「けど……そういうのは、むしろ“六課の特別捜査官さん”のお仕事だと思うんだけど」
「まぁ、あの子は部隊長業務で忙しいんだし……そのあたりは汲んであげましょ」
同時刻、機動六課・本部庁舎――
「へくちっ!」
《はやてちゃん、風邪ですかー?》
「うーん……熱はないと思うんやけどなー……」
部隊長室で、はやてがくしゃみしてリインから心配されていた。
その頃、スバルの元にも訪問者の姿があった。
「…………スバル?」
「あ、ギン姉……」
ギンガだ。落ち込むスバルの姿を見かねて、一足先に外来宿舎に引き上げたスバルを追ってきたのだ。
「やっぱり……不安?
デュオさん、アリバイもないし……」
「…………うん……」
大好きな姉の言葉にも、スバルの声に元気が戻ることはない――ベッドの中央でヒザを抱え、力なくうなずくスバルの姿に、ギンガは息をつき、
「……ねぇ、スバル……
ジュンイチさん、こういう事件捜査の時、どうしてたっけ?」
「え………………?」
ギンガの言葉に、スバルは記憶の中の師、ジュンイチの姿を脳裏に描き出した。
思い出されるのは、どんな時でも自信たっぷりで、まっすぐに突き進むジュンイチの姿――そんなスバルに対し、ギンガは告げた。
「ジュンイチさんだって、読み違えることがゼロじゃない。
見落としていた事実が明らかになったとたん、それまで正しいと思ってた仮説が崩れたこともあった。
けどね……ジュンイチさんは、そういう、自分の考えが間違ってたってハッキリするその時まで、絶対に自分の意見を曲げたりはしなかったでしょう?」
「…………うん……」
うなずくスバルに対し、ギンガは優しく、諭すように続ける。
「事件を捜査して、犯人を逮捕する……私達の事件は、捕らえた犯人にちゃんとした裁きを与えて、再出発してもらうためのものだけど……同時に、犯人の運命を大きく変えてしまうのも事実なの。
だからこそ、ジュンイチさんは自分の意見をずっと信じ続けるの。
『たとえ相手が悪党だろうが、人の運命を大きく変える問題を、迷いの混じった適当な想いで扱いたくないから』って……
だからジュンイチさんは、自分の目と、耳と、足を信じて、ひたすらに進み続けた……私は、それが捜査の一番の基本なんだと思う。
捜査、っていうのは、後悔しちゃいけない……正しいか間違ってるか、それがハッキリするまで、自分の目を信じて、ただひたすらに突き進んでいくしかないんだよ」
言って、ギンガはスバルの頭をなでてやり、
「スバルは、デュオさんの無実を信じてるんでしょう?
だったら……デュオさんが無実だっていうことを、捜査の中で証明すればいいじゃない」
「………………」
その言葉に、その手に、スバルはしばし無言で身を任せていたが、
「…………うん。そうだね。
あたし、やるよ、ギン姉!」
ようやく彼女に元気が戻った。立ち上がり、ギンガに告げる。
「デュオさんは絶対に無実だもん!
だから……あたしはそれを信じて、貫き通す!」
「うん。
その意気だよ、スバル!」
ようやく元気を取り戻したスバルに、ギンガもまた笑顔で答える――
――しかし、事態は着実に悪い方向へと進んでいた。
「事件当日、アリバイのなかったものは13名。
その内、過去の侵入方法や物色方法と照らし合わせた結果、そのリストに示された8名を重要参考人とします。
それぞれ、みなさんであたってください」
「やれやれ、三佐を前に仕切ること仕切ること。めんどくさいねー」
翌日、朝一で108部隊を訪れたスィフトの言葉にアイゼンアンカーが軽口を叩く――スィフトににらまれるが、相変わらずとこ吹く風だ。
しかし、そんな彼らの会話もスバルの耳には入らない。
なぜなら――
「そんな…………!」
そのリストの最後の方には、昨日「信じる」と決めたばかりのデュオの名がハッキリと記されていたのだから。
「またですか……」
「そう言うな。
こっちだって、情報が少しでも必要なんだ」
「お願いします。事件解決に協力してください」
そして再び訪れた焼き鳥屋――ため息をつくデュオに対し、冷静に答えるマスターコンボイのとなりでギンガが頭を下げる。
交渉を買って出たマスターコンボイを、フォワード陣一同は一様に不安げに見守っている――そんな中、スバルの視線には昨日にはなかったものが込められていた。
“デュオは犯人ではない”――そう強く信じる想いだ。誰の仕業かは知らないが、持ち直してくれたようで安堵しつつ、マスターコンボイは言葉を重ねる。
「オレにとって、前科のあるなしはどうでもいい。
オレ達が知りたいのは、あくまで今回の事件の犯人だ。貴様が犯人でないならないで、オレ達は一向にかまわない」
マスターコンボイのその言葉に、デュオは静かに視線を落とし――
「困るな、容疑者なんか信じちゃ。
そんな手ぬるいやり方じゃ、いつまでたってもホシはあげられんぞ」
いきなりの乱入者――振り向けば、スィフトが部下と共に入店してきたところだった。
「久しぶりだな、デュオ」
「…………?
知り合いかよ?」
「記録をちゃんと見なさいよ。
7年前にデュオさんを逮捕したのは、スィフト捜査官なのよ」
眉をひそめるマスターコンボイの前を悠々と抜け、迷わずデュオの元に向かうスィフトの言葉に、ロードナックル・クロが首をかしげる――ティアナが答える中、スィフトはデュオに告げた。
「先日の殺し……」
「あれは、お前の仕業だな?」
「違う!」
「オレの目はごまかせんぞ」
すかさず否定の声を上げるデュオだが、スィフトは冷たく言い放つ。
「空き巣ってのは、ひとりひとり部屋の荒らし方が違うんだ。
オレは、お前のクセも全部覚えてるぞ」
「ちょっと待ってください。
まだ彼は容疑者のはずです。まだアリバイの裏づけも済んでないっていうのに、いきなり犯人扱いなんて……」
最初からデュオを犯人と決めつけているかのようなスィフトの言葉に、さすがにギンガが口をはさむ――が、スィフトはそんな彼女を見下すような目で一瞥しただけで、かまわず厨房へと向かう。
「それに、アリバイの裏づけは108部隊に一任したのではなかったのか?」
「ここは拙者達に任せ、引き上げてはもらえぬでござるか?」
「そーそー、めんどくさいからさー」
《帰れ帰れーっ!》
スィフトの強行姿勢に不満なのは彼らも同じ――ジェットガンナー、シャープエッジ、アイゼンアンカー、そしてロードナックル・クロの左肩のディスプレイに映るシロが口々に告げるが――
「……何だ、こりゃ?」
厨房に入ったとたん、スィフトは何かを見つけた。手に取り、デュオに尋ねる。
「この軍手……紫色の染みがついてるぞ」
「紫色……?
――ワインの色!?」
思わず声を上げるスバルにかまわず、スィフトはデュオに尋ねる。
「どういうことだ、デュオ?
この店では、見たところワインは扱っていないようだが」
「そんな染み、オレは知らない!」
「まぁいい。鑑識に回せば済む話だ。
話は、署でじっくり聞かせてもらおうか」
答えるデュオだが、スィフトの目は完全に彼が犯人だと決めつけている。そんな彼の言葉に、デュオはしばし視線を落とし――
「――――くっ!」
突然イスを蹴って立ち上がった。スィフトの部下を突き飛ばし、そのまま店を飛び出していく!
「ちょっ、デュオさん!?」
まさか、本当にデュオが犯人なのか――あわててギンガが彼を追い、その後にスバル達が続くのを、スィフトは静かに見送っていたが――
「……困るな、容疑者なんか逃がしちゃ。
そんな手ぬるいやり方じゃ、いつまでたってもホシはあげられんぞ」
先ほどの彼の言葉を真似て、ひとり残っていたマスターコンボイはスィフトに向けてそう告げた。
「ずいぶんとお粗末な展開じゃないか、“空き巣検挙率ナンバー1”殿?」
「イヤミのつもりか?」
「いや、違うな。
……“つもり”じゃなくて、実際にイヤミだ」
スィフトの言葉にマスターコンボイはあっさりと答えた。両者の間で見えない火花が散り――
「ま、マスターコンボイさん!」
外に飛び出したはずのスバルが、あわてて店内に飛び込んできた。
「どうした? ヤツは確保できたのか?」
「そ、それが……」
尋ねるマスターコンボイの言葉に、スバルは息を切らせて答えた。
「なんか、ヘンなヤツが!」
『――――――っ!?』
108部隊の捜査本部――同時に“それ”を感じ取り、ライカとファイはイスを蹴飛ばして立ち上がった。
「…………どうしたんですか?」
首をかしげて尋ねるカルタスに答える余裕などなかった。驚愕で完全に思考が停止している中、ライカはなんとか言葉をしぼり出す。
「どういうことよ……!?
なんで――ミッドに“ヤツら”が出てくるの!?」
「こんっ、のぉっ!」
咆哮と共に発砲、ティアナがクロスミラージュから放った魔力弾が目標に迫る――しかし、目標に直撃するかと思われた瞬間、その正面に展開されていた不可視のフィールドに衝突、爆発する。
AMFとは別種の防御――しかし、自分達のそれよりもはるかに強力な防壁を前に、ティアナは苦々しく舌打ちしてクロスミラージュをかまえる。
“それ”は人型ではあったが、明らかに人ではなかった――全身を魚のヒレを思わせる意匠の生体装甲で包んだ、まさに魚人と形容するに相応しい姿の怪人である。
「何なのよ、コイツ……!」
「デュオ・マウントを逃がすつもりか……?」
うめくティアナのとなりで、ジェットガンナーもまた油断なくかまえてつぶやく――エリオとアイゼンアンカー、キャロとフリードとシャープエッジ、そしてアスカやギンガも怪人を包囲したまま警戒を強め――
「こん、のぉぉぉぉぉっ!」
そんな中、突撃するのがロードナックル・クロだ――猛烈なダッシュで一気に間合いを詰め、拳を繰り出すが、怪人の防壁に阻まれ、本人に届くことはない。
そして――
「ぅわぁっ!?」
怪人が無言で右手を振るうと、突然空中に水竜巻が発生した。至近距離からロードナックルの腹を痛打し、弾き飛ばす!
「クロくん、大丈夫!?」
「あ、あぁ……!」
あわてて駆け寄るギンガに答え、ロードナックル・クロはすぐに身を起こし、再び怪人と対峙する。
「あの防壁を何とかしないと、どうしようもないぜ……!」
《クロちゃんのパワーにも耐えて、しかも全方位展開だもんねー》
「えぇ……」
うめくロードナックル・クロやシロに答え、ギンガは怪人をにらみつける。
「…………けど……」
しかし――ギンガの脳裏には、目の前の怪人に対する疑問が渦巻いていた。
(なんだろう……?
あの怪人のフィールド……どこかで見覚えが……)
得体の知れない疑問が頭の中から離れない。そんなギンガの前で、怪人は自らの周囲に水竜巻を生み出し――
「やれやれ……
こんなカオスな事態を解決させてしまおうなど、相変わらず司法の尖兵という連中は無粋にもほどがありますね」
その様子を、その男はビルの屋上から見下ろしていた。
全身にマントをまとって全身像はつかめない――フードの下にのぞくメガネがわずかに光を反射する。
「しかし、あいさつ代わりに差し向けた戦力でこの手こずりよう……魔導師と言っても、この程度ですか。
彼らが弱いのか、今回の素材がいいのか、正直判断に苦しみますが……」
自信に満ちた口調でつぶやき、彼はマントをひるがえしてその場に背を向ける。
「せいぜい生き残ってもらうことを期待しましょうか……」
「あの“裏切り者”への宣戦布告……伝えてもらわなければなりませんからね」
シロ | 「なんか、今回の話はとっても刑事ドラマみたいねー」 |
マスターコンボイ | 「まぁ……管理局の普段の仕事がそれに近いから、そのものズバリと言ってしまえばそうなんだが……」 |
シロ | 「カッコイイよねー♪ 『お前には黙秘権がある! 弁護士を呼ぶ権利がある! この紋所が目に入らぬかーっ!?』」 |
マスターコンボイ | 「ちょっと待て! 最後のひとつで明らかに踏み外したぞ、貴様っ!?」 |
シロ | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第38話『その想い、貫いて〜爆闘・ナックルコンボイ〜』に――」 |
2人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2008/12/13)