「ぅわぁっ!?」
 流れる水は変幻自在の鈍器となって襲いくる――ガードの上から思い切り弾き飛ばされ、エリオは勢いよく宙を舞い――
「おっと!」
 そんな彼を助けたのはアイゼンアンカーTR――アンカーロッドからフックを飛ばし、宙を舞うエリオのエリ首に引っかけて彼を回収。引き戻された彼の身体はその進路上にいたティアナが抱きとめる。
「大丈夫? エリオ」
「あ、はい……
 大丈夫です」
 尋ねるティアナに答え、エリオは自らを吹っ飛ばした水流、それを生み出した“張本人”をにらみつけた。
 魚人を思わせる容貌の怪人――その周囲には、彼が生み出し、操っている水が帯となって駆け巡っている。エリオを弾き飛ばしたのも、この“防衛ライン”の防御反応だったのだ。
 “偶発的空き巣殺人事件(仮称)”の捜査中、容疑者に挙がったスバルとティアナの知人デュオ・マウントが突如逃亡。追跡に向かったところ、この怪人が立ちふさがったのだ。
 一方、怪人は相変わらずの無言――しかしこちらに無関心というワケではなく、少しでもスキがあれば防衛ラインを形成している水の帯を自らが操り、ムチのように振るって攻撃を仕掛けてくる。
「まったく、何が目的なのよ、コイツ……」
「普通に考えれば、デュオさんを逃がそうとしてる、ってところなんでしょうけど……」
「問題は『何で逃がそうとしてるか』ね……」
 となりでつぶやくエリオに答え、ティアナはクロスミラージュをかまえる。
「まぁ、それもアイツをブッ倒せば済む話か……」
「問題ない。
 立派な公務執行妨害――逮捕するための法的根拠は十分だ」
 つぶやくティアナに答え、ジェットガンナーもまたジェットショットの銃口を怪人に向ける。
 対し、怪人に動きはない――今までどおり、ただ周囲に水の帯を漂わせたまま、静かにこちらの動きを観察している。
「平然としたものでござるな……
 拙者達の本気モードを前にしても、警戒するに当たらぬでござるか!」
 そんな怪人の態度に「なめられている」と感じ、腹を立てるシャープエッジだが、そんな彼の言葉にも怪人がその態度を改めることはない。
「……上等だ……!
 今度こそブッ飛ばしてやる!」
《やっちゃえ! クロちゃん!》
 先ほど拳を止められたことも何のその。闘志をみなぎらせるロードナックル・クロにシロが声援を送る――迷わず地を蹴り、怪人へと突撃する。
「今度こそ――ブッ飛べぇ!」
 咆哮と同時、ロードナックル・クロが拳を繰り出し――轟音は怪人の手前の空間から。やはり防壁によってロードナックル・クロの拳は止められてしまう。
 そして、怪人が反撃とばかりに放たれた水の帯の打撃をかわし、ロードナックル・クロは間合いを取って場を仕切り直す。
「くそっ、やっぱりダメか!」
《クロちゃん、代わって!
 ボクがやってみるよ!》
 うめくロードナックル・クロに交代を申し出るシロだったが、
「いや、このままいく!」
 その申し出に対し、ロードナックル・クロはキッパリとそう言い放った。
《け、けど、今のままじゃまた攻撃止められちゃうよ!
 スピーディアの時みたいに入れ代わりながら戦えば、きっと……!》
「いいんだよ、このままで!
 お前の出番は今回ナシだ!」
 そうシロに答えると同時、ロードナックルは再び怪人に突撃。上方から体重を存分に込めた拳を打ち落とす。
 当然、それも怪人の防壁によって止められてしまうが――
「それなら――これでどうだ!」
 一発でダメなら二発、三発――ロードナックル・クロは防壁の上からさらに拳を連発。立て続けに、力任せの打撃を防壁に叩きつける。
 コレにはさすがの怪人の防壁も歪み、それまで淡々としていた怪人が初めて顔をしかめる。
「オラオラ、どうした!
 さっきまでの余裕がねぇな、おい!」
 そんな怪人に対し「いける」と感じ、ロードナックル・クロが言い放ち――
「――――危ない、クロ!」
「――――――っ!?」
 ティアナの警告は間に合わない――とっさに身をひねるが、怪人の操る水の帯、いつの間にか死角に回り込んでいたそれがロードナックル・クロをはね飛ばす!
 さらに、怪人はロードナックル・クロに向けて手を振るう――水の帯からさらに伸びた無数の水の槍が、ロードナックル・クロの四肢に突き刺さり、空中にはりつけにしてしまう。
「く、クロちゃん!? クロちゃん!」
 クロの自我プログラムが今の衝撃でフリーズしたのか――彼の思考が停止したことで“表”に出たロードナックル・シロが呼びかけるが、クロからの返事はない。
「クロさん! シロちゃん!
 フリード!」
「きゅくーっ!」
 ロードナックル・シロ、そしてクロの危機に、キャロの指示を受けたフリードが火球を放つが、別の水の帯と衝突。水蒸気を上げながら相殺されてしまう。
 そんな彼らの前で、怪人の操る水の帯のひとつが一際大きな水の槍へと変化した。怪人の操作でロードナックル・シロに向けて狙いを定める。
「ちょっ、ちょっと!? 待ってよ!?
 まさか、それでボクを刺すつもりじゃないよね!?」
 あんなもので貫かれたら機能停止どころでは済まない――思わず声を上げるロードナックル・シロだったが、怪人は相変わらず彼に狙いを定め続ける。
「ロードナックル!」
 完全に詰まれた。彼ひとりでの脱出は不可能――とっさにジェットショットを乱射し、救出しようとするジェットガンナーだが、彼の放った擬似魔力弾もすべて怪人の水の帯に弾かれてしまう。
「やだ……! やめてよ……! やめてったら!」
 恐怖にかられ、何とか脱出しようとするロードナックル・シロ――その時、ティアナはハッキリと見た。
 それまで無表情だった怪人の、人のそれとは明らかに形の違う口元に、ハッキリと笑みが浮かぶのを。
「マズイよ、ギンガちゃん!」
「わかってます!」
 このままではロードナックル・シロが危ない――アスカの言葉に答え、彼女と共に地を蹴り、突撃するアスカとギンガだが、怪人の振るった水の帯がその足元を薙ぎ払い、
「きゃあっ!?」
 さらにアスカにはもう一撃。放たれた一撃をとっさにレッコウで受け止めるが、強烈な衝撃はガードの上から彼女を弾き飛ばしてしまう。
 そして、怪人は改めてロードナックル・シロへと向き直った。水の槍を彼に突き立てるべく、勢いをつけようと静かに引き戻し――

 

 

 撃ち砕かれた。
 

 突然飛来した光弾が、それまでいくらみんなの攻撃を受けてもビクともしなかった水の帯を撃ち砕いたのだ。
 さらに、今度は強烈な突風が巻き起こり、その中から生み出された真空の刃が飛来した。ロードナックル・シロを空中に縫いとめている水の槍を破壊し、彼の身体を解放する。
 拘束から解かれ、ロードナックル・シロの身体が空中に投げ出され――直下に発生した風の渦が彼の身体を受け止めた。そのまま怪人から引き離すように移動していき――
 

「ウチの後輩連中に好き勝手やってくれたみたいね」
「ちょっとばかり、オシオキが必要かな?」
 

 そう告げながら――ライカとファイは怪人の前に降り立った。

 

 


 

第38話

その想い、貫いて
〜爆闘・ナックルコンボイ〜

 


 

 

「ら、ライカさん、ファイさん……!?」
「なんとか、間に合ったみたいね」
 ロードナックル・シロの絶体絶命の危機を救ったのは、108部隊の捜査本部に残っていたはずの二人――思わずその名をつぶやくティアナに対し、ライカは安堵の息をつき、
「大丈夫? シロちゃん」
「……ぅわぁぁぁぁぁんっ! ファイお姉ちゃぁんっ!」
 尋ねるファイに対し、彼女に回収してもらったロードナックル・シロは思わず泣き出してしまう――今まさに破壊ころされようとしていたところだったのだ。その恐怖はまだ人格年齢の幼い彼に耐えられるものではなかったのだろう。
 一方、怪人は突然の乱入者を前に警戒を強めていた。それまで無造作に佇んでいたのが、明らかに腰を落としたかまえへと変わり、周りの水の帯の数も増やしていく。
 だが、ライカは反対に落ち着いたものだ。泣きじゃくるロードナックルをあやす役はファイに任せ、怪人に対し堂々と正対する。
「おーおー、警戒しちゃってること……ま、当然っちゃ当然なんだけど。
 けどね……」
 

「こっちにばっか注意向けすぎ」
 

 そのライカの言葉と同時、轟音が響いた。
 真上から飛び込んできた、ウィンドフォームのマスターコンボイの拳が、怪人を防壁もろとも地中に叩き込んだのだ。
「ティア、お待たせ!」
「ったく、遅いのよ!」
 こちらのすぐそばまで後退し、告げるのはマスターコンボイにゴッドオンしているスバルだ――ティアナが彼女にそう言い返すと、
《おしゃべりは後にしろ》
 “裏”側に引っ込んでいたマスターコンボイがそんな二人に告げた。
《どうやら……まだまだ終わりそうにはなさそうだ》
「え…………?」
 マスターコンボイの言葉に、スバルは思わず声を上げ――そんな彼女達の目の前で、怪人は多少ふらつきながらもゆっくりと身を起こした。
「バ、バカな……!?」
「スバルさんと兄さんのパンチをまともに受けて、脳震盪だけだなんて……!?」
《ヤツの防壁で衝撃を殺されたんだ――それも半分以上もな。
 まったく、強固な上に衝撃の吸収性にも優れるとは、憎らしい防壁だことだ》
 効いてはいるようだが、撃破にはほど遠い――思わず声を上げるシャープエッジとキャロに答え、マスターコンボイはあからさまに舌打ちしてみせる。
 一方、怪人はそんな彼らには目もくれず、対峙するライカやロードナックル・シロをあやしているファイにのみ警戒の視線を向けている。
「今の一撃を喰らっといて、ライカさん達以外はあくまで無視……?
 ナメてくれるじゃないの」
 そんな怪人の態度に機嫌を損ね、ティアナが眉をひそめてそううめくと、
「………………」
 怪人は無言で水の帯の動きを加速させた。水竜巻と化したそれは怪人の姿を覆い隠し――それか゜収まった時、怪人の姿はその場から消え失せていた。
「……逃げ、た……?」
《違う》
 つぶやくスバルに対し、マスターコンボイはハッキリとそう答えた。
《用事が済んだ、ということだろう。
 こちらの足止めをするには、十分すぎる戦闘時間だ》
「それって、まさか……」
 マスターコンボイの言葉に、アスカは思わず眉をひそめた。
「やっぱり、アイツはデュオさんを逃がすためにあたし達を襲った……ってこと?」
「まさか、アイツ、事件と何か関係が……?」
 そのアスカの言葉に、スバルはしばし思考をめぐらせて――
「……まさか、アイツが事件の真犯人!?」
「いや、それはないでしょ」
 すかさずスバルにツッコむのはティアナだ。
「真犯人だっていうなら、何でデュオさん逃がすのよ? そのまま捕まえてもらえばいいのに」
「あ、そっか……」
「ついでに、『実はデュオさんが犯人で、ヤツはそれをかばってる』って説も却下ね。
 アイツらが人間相手におとなしく従ってるような連中だとは思えないもの」
 ティアナの言葉に思わず納得するスバルに、ファイがさらにそう付け加える。
「アイツらにとって、犯人が誰か、なんてことは関係ない。
 望むのは、今の状態が続くこと……そのためにデュオさんを逃がして、状況の混乱を図った……そんなトコでしょ」
「どういうことっスか? マスター・ファイ」
 告げるファイに尋ねるのはアイゼンアンカーだ。そのとなりで、シャープエッジも彼女に疑問を投げかける。
「それで、一体ヤツにどんな得があるのでござるか?
 それに、今の言動では、まるで……」
「うん。
 よーく知ってるよ。ヤツの……というか、“ヤツみたいな存在”のことは」
 あっさりとファイはうなずき、告げた。
「“天敵”同士なのよ、お互いにね」
 

「何なんだ? 一体……」
 逃亡したデュオ・マウントの店にひとり残り、彼の追跡の指示を一通り無線で出し終えて、スィフトは思わずつぶやいた。
 突然マスターコンボイを呼びに来たスバルの告げた“怪人”の存在――それは、自分達とは別の存在がこの事件に介入してきていることを示していた。
「何者で、何が目的で……?
 まさか……」
 彼らの正体はもちろん、その目的も気になる――ふとイヤな予感を感じ、スィフトがつぶやくと、
「その通り」
 言って――彼の前にマントを身にまとい、フードを目深にかぶった男が姿を現した。
「何者だ!?」
「おっと、落ち着いてください。
 私はあなたと事をかまえるつもりはありませんから」
 とっさに身がまえるスィフトに対し、男はあっさりとそう答えた。
「話を戻しましょう。
 例の怪人ですが……私が差し向けたものです」
 そう告げて、男はフードの下でメガネの位置を直した。レンズがわずかに光を反射する中、続ける。
「そして……あなたが今推察したとおり、“事件の真相”も、すでに把握しています」
「………………っ!」
「だから、そう警戒しないでください。
 私達は、そのことであなたをどうこうするつもりはありませんから」
 息を呑み、表情を鋭くするスィフトを落ち着かせるように、男は努めて穏やかな声でそう告げる。
「私達はあなたの味方です。
 殺人犯デュオ・マウントをあなたが逮捕できるよう、この私が影ながら取り計らって差し上げようと思いましてね」
「では、なぜヤツを逃がした?」
「それにも理由があります」
 尋ねるスィフトに対し、男はあっさりとそう答えた。
「こちらのちょっとした事情から、彼については可能な限り時間をかけ、じっくりと追い込んだ上で逮捕していただきたいのです」
「どういうつもりだ?
 ヤツに何か、恨みでもあるのか?」
「いえいえ、とんでもない。
 あのような木っ端に、興味などありませんよ」
 スィフトの言葉に、男は静かにそう答えた。
「私の望みはただ、この混沌とした状況が、少しでも長く続いてくれること――それだけなのです。
 あなたとしては、デュオを犯人として逮捕できればそれでいい――表面上は逮捕を急ぐ姿を見せなければならないでしょうが、私達に従い、少しでも時間を多くかけていただければ、私達が彼を逮捕して差し上げましょう。
 さぁ……どうします?」
 改めて意思を問う男の言葉に対し、スィフトは――
「…………いいだろう。
 それで、確実にデュオを逮捕できるのなら、貴様の提案に乗ろう」
 静かに、ハッキリとうなずいた。
 

《…………ん……》
 彼の意識が覚醒し、サンドノイズで満ちていた右肩の液晶画面が復活するとディフォルメされた彼の姿が映し出される――AIプログラムの再起動が完了し、クロは映像の中で気だるそうに頭を振った。
 108部隊の格納庫――その一角でのことである。周りでは、スバルやギンガを始め、機動六課の面々やゲンヤ、カルタスも顔をそろえている。
《くっそぉ……!
 あんにゃろ、思いっきりやってくれやがって……!》
 どうやら、自分が例の怪人にやられたことは正しく把握できているらしい。苛立ちもあらわに、クロは自分を打ち倒してくれた怪人に対してそう毒づいて――
《シロちゃぁーんっ!》
《って、どわぁっ!?》
 左の液晶画面から飛び込んできた(あくまで外側からの見た目だが)シロがクロに飛びついてきた。いきなりのことに驚き、クロはあわててシロを引きはがし、
《し、シロ!?
 なんでてめぇまで“裏”側にいるんだよ!?》
《……ひっく、ひっく……!
 よかった、無事でぇ……!》
《って、聞いてやがらねぇし……》
 尋ねるが、弟は自分の無事に安堵し、泣きじゃくるばかり――映像の中でクロが思わずため息をつくと、
「ボディが修理中だからね……念のため、二人のAIからボディへの意思伝達系統をカットさせてもらってるの」
 そう答えたのは、今回の事態に対し急きょ機動六課から呼び出されたシャリオである。
「でもよかった。プログラムに破損がなくて……
 ボディの方も、修理にはそんなにかからない――たぶん明日には、交換したパーツの慣らしに入れると思うよ」
《そっか……
 サンキュな、シャリオ》
「いいのよ。これが私の仕事なんだから」
 礼を言うクロにシャリオが答えるのを、ライカはしばし暖かく見守っていたが、
「……おい、光凰院」
 呼び出されたのはシャリオの他にもうひとり――息をつき、イクトは真剣な表情で彼女に声をかけた。
「通信で言っていたこと……本当なのか?」
「アンタだって、気配は感じてたでしょう?」
「まぁ、な……」
 あっさりと返すライカの言葉に、イクトは難しい顔をして頭をかく。
「やっぱり……複雑?」
「当然だ」
 横から尋ねるファイにイクトが答えると、そんな彼らにおずおずとエリオが声をかけてきた。
「えっと……兄さん、ライカさん。
 何の話ですか?」
「さっき、お前達が遭遇した敵の話だ」
 イクトのその言葉に、場の空気が引き締まる――誰もが次の言葉を待つ中、ゲンヤは静かに口を開いた。
「その様子……お前らの関係者と見ていいのか?」
「えぇ」
 答えて、ライカは視線でイクトを促す――それを受け、イクトは息をつき、告げた。
「今回、スバル達の前に立ちふさがったのは――“瘴魔”だ」
「瘴魔……?」
「10年前……師匠やライ姉達が戦ってた相手です」
 聞きなれない名前に眉をひそめるなのはにはスバルが答えた。
「つまり、第108管理外世界の存在、ってこと?」
「はい……
 何でこっちにいるのかは、わかりませんけど……」
 尋ねるフェイトにスバルがうなずくと、ライカが瘴魔についての説明を始めた。
「とりあえず触り程度に説明すると、瘴魔ってのは能力の強さによって段階的に形態が変わるの。
 生まれる際に媒介とした存在そのままの姿をして、自我レベルも低い“下級瘴魔”と、人間と変わらないレベルまで自我が発達して、形態もより人間的に洗練された“瘴魔獣”……」
「あの怪人はほとんど人型だった……瘴魔獣ってことですね?」
「だったら、まだ話は簡単だったんだけどねぇ……」
 尋ねるティアナの問いに、ライカはため息まじりに肩をすくめて見せる。
「あたし達はブレイカーとしての感覚で感じ取っただけだけど……アイツの出力はあたし達が今まで見てきた瘴魔獣クラスを明らかに上回っていた。
 10年前の“瘴魔大戦”で戦った、瘴魔獣がさらに強力に進化した存在――ハイパー瘴魔獣。それがあの怪人の正体と見ていいわ」
「そんな厄介な相手が……?」
「まぁ、さっきは相手が瘴魔獣だって知らなかったから不覚をとったけど、十分に対策を立ててから挑めば、今のスバル達のチーム戦力なら勝てない相手じゃないんだけどね――それでもしこたま手こずるとは思うけど」
 思わずうめくなのはの不安をなだめるかのように、ライカは彼女にそう答え――
「……ちょっと待ってください!」
 突然声を上げたのはエリオだった。イクトへと向き直り、
「確か……兄さんの能力者としての分類名って……」
 その言葉に、気づいた一同が思わず息を呑む――それを受け、イクトは自ら告げた。
「そうだ。
 オレは“瘴魔”神将。つまり……」

 

「10年前に瘴魔を率いていた、そしてハイパー瘴魔獣を生み出せる唯一の存在……そのひとりだ」

 

「イクトさんが……瘴魔の……!?」
 よく考えればすぐに気づけた事実。身内であることが目を曇らせたか――デュオをかばったスバルのことを叱れないと自分に対して毒づきながら、フェイトは思わず視線を落とした。
「け、けど、イクトさんは今はあたし達の仲間です!
 師匠と一緒に、いろんな事件を戦ってきた……」
「余計なフォローはいい」
 そんなフェイトの姿にあわててイクトをかばおうとしたスバルを止め、イクトは一同を見回し、
「今重要なのは、瘴魔であるからこそ、逆にヤツらの行動が読める、という点だ。
 おそらく、ヤツらは今回の事件の真相にはからんではいまい――瘴魔獣は人の怒りや恐怖のような、いわゆる“負の感情”をエネルギー源にしているからな。周りに他の人間がいる状況ならともかく、たったひとりの相手を殺す理由がない。空き巣ともなればなおさらだ」
「つまり、あの瘴魔獣……あ、ハイパー瘴魔獣ですか。彼(?)はこの一件を利用して、何らかの形でその“負の感情”をデュオさんから得ようとしてる……ってことですか?」
「そう考えていいだろう。
 ターゲットがたったひとり、というのが少し引っかかるが……それも根拠に心当たりがないワケじゃない」
 フェイトの問いにイクトが答えると、
「そちらについては、話が見えてきたな」
 口を開いたのは、それまで沈黙を保っていたマスターコンボイだ。
「ヤツにとっては、デュオ・マウントが犯人として追われ、焦りや不安にとらわれている今の状況がもっとも都合のいい状態だ、ということだな?
 なら、この事件を追っていけば、いずれまたあのハイパー瘴魔獣とぶつかることになる……さっきの借りを返すとすればそこか」
「そういうことだ。
 今回の事件の解決――それが、ハイパー瘴魔獣の件も含め、今来ている事態を解決する一番の近道になる」
「やれやれ、ようやく話が本筋に戻ってきたか」
「すまないな。オレ達の過去の因縁が話をややこしくしてしまったようだ」
 ようやく事件捜査の話に入れる――息をつくゲンヤに対して肩をすくめ、イクトは苦笑まじりに謝罪する。
 二人の会話にスバルが今までとは別の意味で表情を曇らせるのには気づいたが、なのははゲンヤへと事件の捜査状況について確認することにした。
 真っ先に尋ねるのは、デュオの容疑の決定的な根拠となった証拠品について――
「それで……軍手の染みの方は?」
「残念ながら……犯行に使われたものと同じワインによる染みだった」
 答えるゲンヤの言葉に、後ろで聞いているスバルの表情がますます曇る――それでも、ゲンヤは努めて冷静に一同に告げた。
「こうなった以上、デュオ・マウントを本件の重要参考人とする動きは避けられねぇだろう。
 発見と逮捕に、全力を挙げて――」
「待って!」
 しかし、そんなゲンヤの言葉を差し止めたのはスバルだった。
「あたしは……やっぱり納得できない」
「スバル……気持ちはわかるけど……」
「あたし、見たんです!」
 言いかけたなのはに対し、スバルはハッキリと答える。
「あれが、事件の夜、デュオさんが使ってた軍手なのは間違いありません。話してた時に、あの軍手についてたのと同じ焦げ目がついてたのが見えました……
 けど、その時、あんな紫色の染みはなかったんです!」
 その言葉に、なのはとマスターコンボイは思わず顔を見合わせて――
「……スバル」
 そんなスバルに対し、フェイトは静かに声をかけた。
「それは……デュオさんをかばいたくて言ってるの?
 それとも、管理局の一員として、今回の事件の捜査に加わる者として、ちゃんと責任を持って言ってる?」
「そ、それは……」
 尋ねるフェイトの問いに、スバルは思わず口ごもり――そんな彼女の視界にギンガの姿が入った瞬間、彼女に言われたことが脳裏によみがえった。

『捜査、っていうのは、後悔しちゃいけない……正しいか間違ってるか、それがハッキリするまで、自分の目を信じて、ただひたすらに突き進んでいくしかないんだよ』

 その言葉を思い出した瞬間――スバルの答えは決まった。しっかりと自分の記憶を確かめ、告げる。
「……ちゃんと、捜査員として、自分の目に責任を持って、言ってます」
「……あたしも……スバルが“見た”って言ってるなら、確かだと思います。
 この子、それを活かせるかどうかはともかく、一度見たものはかなり正確に覚えてますし、ちょっとやそっとじゃ忘れませんから」
「……そうなんだ……」
 スバルや、彼女に同意するティアナの言葉にフェイトが納得し――
「……スバルじゃないけど、私も引っかかる部分はあるんだよね」
 口をはさんできたのはライカだった。
「問題の、証拠とされた軍手だけど……なんでデュオさんはそんなものをお店で使ってたんだろうね?
 殺害の証拠になっちゃうものなのに……なんかおかしくない?」
「そういえば……
 事件の予想発生時間は午前中、デュオさんに疑いがかかったのが翌日……」
「それまでの間に、隠したり捨てたり燃やしたり……手を打つ時間はいくらでもあったはずですよね?」
「けど、だとしたらどうしてデュオさんは逃げ出しちゃったのかな……?」
 ライカの言葉にアスカやエリオ、キャロもまた違和感に気づき、口々につぶやく。
 と――
「じゃあ……調べ直そっか」
 静かにそう告げたのはファイだった。
「みんな、気になることがあるんでしょ?
 だったら、その辺ハッキリさせなきゃ……そのためにも、もう一度、一から事件を洗い直してみよう」
「ファイ姉……?
 デュオさんのことを疑ってたんじゃ……」
 あれほどデュオに疑いの目を向けていたのに――いきなり再捜査を提案したファイに思わず尋ねるスバルだが、
「疑ってないよ――最初からね」
 対するファイはあっさりとそう答えた。
「私はただ、あの人が容疑者である、犯人かもしれない――その事実と向き合ってただけ。デュオさん個人をどうこうなんて思ってないし、思っちゃいけない。
 そんな中、スバルの今の発言がきっかけで疑問が生まれた……だからその疑問も一緒に追及する。
 『事件が解決するその時まで、あらゆる可能性を想定して、あらゆる疑問を放置しない』――それが、事件捜査の心得だよ」
 ファイの言葉に、スバルの表情に笑顔が戻る――それを受け、ライカはゲンヤに告げた。
「ゲンヤさん。
 ファイの言う通り……もう一回調べ直した方が良くない?」
「だな。
 オレ達は今回捜査三課の要請で動いてるが、捜査三課じゃない。“空き巣による犯行”と決めつける理由はどこにもねぇ」
 うなずき、ゲンヤは改めて一同に決定を伝える。
「合同捜査に協力しつつ、同時に事件の洗い直しだ。
 スバル。今までの倍忙しくなるが――自分が言い出したことだ。きっちり筋は通せ」
「うん!」
 

「……カギはかかってたんですよね……」
「そのようだ。マンションのオートロックの記録から考えても間違いはない。
 犯人はおそらく、こちらの窓から侵入したのだろう」
 翌朝、再捜査が決定したスバル達フォワード陣はなのはの指揮で再び現場へ――現場となった部屋の鍵を確認し、リビングに戻ってきたキャロの言葉に、窓の外の空中に浮かび、ベランダの痕跡をスキャンしていたジェットガンナーがそう答える。
 ちなみに、ロードナックル兄弟は修理後のパーツの慣らしで合流が遅れ、アイゼンアンカーやシャープエッジは真下の地上で遺留品の捜索や周辺住民への再度の聞き込みに回ってもらっている。
「ねぇねぇ、ギン姉。
 これって、“現場百回”ってヤツだよね?」
「そう。
 迷った時は現場に戻る――今までに知った事件の状況の確認にもなるし、前には気づかなかった見落としもあり得るからね」
 一緒に戸棚を調べ直しながら、ギンガはスバルの問いに答える――と、不意にマスターコンボイがスバルに声をかけてきた。
「スバル・ナカジマ」
「はい?」
 呼ばれ、駆けてくるスバルに対し、マスターコンボイは一言。
「殴らせろ」
「また八つ当たりですか!?」

 先日、スィフトの言葉に腹を立てた際、自分やロードナックル・シロに八つ当たりをしようとした“前科”がある――マスターコンボイの言葉に、あわてて頭を抱えるスバルだったが、
「違う違う。
 現場を再現してみるから、被害者役をやれと言っているんだ――オレが犯人役をやる」
「や、ヤですよ!
 それ、私がマスターコンボイさんに殴られるってことじゃないですか!?
 言いだしっぺなんだから、マスターコンボイさんが被害者役をやってくださいよ!」
「オレだってイヤに決まってるだろうが、殴られる役なんぞ!」
 マスターコンボイがすかさず言い返し、二人はしばしにらみ合い――
「じゃんけん、ぽんっ!」
「ぽ、ぽんっ!?」
 スバルは素早くじゃんけんに移行。マスターコンボイも思わず反応してしまい――
 

 スバルの“パー”が、マスターコンボイの“グー”に勝敗を宣告していた。
 

「やったーっ!
 負けたマスターコンボイさんが被害者役〜♪」
「ち、ちょっと待て! 今のは不意打ちだろうが!」
 形はどうあれ、じゃんけんに勝利したスバルにマスターコンボイが抗議の声を上げ――
「あー、もう。
 バカやるくらいなら私が決めるよ――マスターコンボイさんが被害者役で決定!」
 そんな二人をなだめつつ、役割を割り振って論争に決着をつけるのはなのはだ。
「じゃあ、ワインボトル、取ってきますね」
「あー、ちょい待ち、エリオくん」
 言って、きびすを返したエリオだが――そんな彼にアスカが声をかけた。
「一応聞くけど……どこからワイン調達してくるつもり?」
「えっと……ここのワインセラーから――痛っ!?」
「おバカ。現場のもの動かしちゃダメでしょーが」
 エリオの脳天にツッコミの手刀をお見舞いし、アスカは自分の懐から取り出した財布をエリオに投げ渡し、
「はい、これで買ってきなさい」
「おぉー、アスカちゃん、太っ腹♪」
 なのはがパチパチと拍手する中、エリオはパタパタと部屋を出て行き――不意に戻ってきた。アスカに向けて尋ねる。
「あの、領収書の名前はどうします?」
「部隊名とあたしの名前でいーよー。
 『機動六課(アスカ・アサギ)』で」
「はい!」
 うなずき、エリオが今度こそ部屋を出て行くのを見送り――アスカはなのはに対して肩をすくめ、
「なんか、しっかりしてるよねー、いつもながら。
 フェイトちゃんトコの子ってのはともかく、イクトさんやマスターコンボイの弟くんにしとくにはもったいなくない?」
「あ、あはは……」
 危うく一瞬うなずきかけた――アスカの言葉に、なのはは思わず乾いた笑いをもらす。
 と――キャロが不意に首をかしげた。なのはへと向き直り、尋ねる。
「ところで……そのイクト兄さんは?
 今朝早く、フェイトさんと出て行ったみたいですけど……」
「んー、昨日のハイパー瘴魔獣のことで、なんだか気になることがあるみたい。
 フェイトちゃんはその付き添い。なんだか、イクトさんの様子、かなり深刻そうだったから……」
 答えて、なのははライカへと視線を向ける――ちゃんと二人の会話にも耳をかたむけていたライカは、いきなり振られた話に戸惑うこともなく話題を引き継ぐ。
「本来、このミッドチルダで瘴魔獣クラスの瘴魔が自然発生することなんてありえないの――下級瘴魔ですらムリね。
 そんな瘴魔獣が――しかもハイパー瘴魔獣が現れた。つまり……」
「こちらで生み出したか、第108管理外世界で生み出したものを連れてきたか……いずれにせよ、何者かによる、人為的な関与がある、ってことですよね?」
 口をはさむティアナに、ライカは真剣な表情でうなずいてみせる。
「えっと……ハイパー瘴魔獣って、イクトさんみたいな瘴魔神将しか生み出せないんですよね?
 だったら、イクトさんとは別の神将がいるってことじゃ……」
「んー、確かに順当な推理であるけれども、ね……」
 なのはのその仮説に対し、ライカは難しい顔をして考え込む。
「問題はアイツの属性よ。
 魚がベースだったみたいだから、“水”属性と考えていいけど……あたし達の知らない、未知の神将が存在しない限り、その属性のハイパー瘴魔獣が現れることはあり得ないのよ」
「どういうことですか?」
「簡単な話よ」
 聞き返すなのはに答え、ライカは息をつき、
「あたし達の知ってる、“水”の瘴魔神将は……」
 そう前置きし――告げた。
 

「10年前、イクトに殺されてるんだから」
 

「………………っ」
 イクトが殺した――ハッキリとライカから示されたその事実に、なのはは思わず息を呑んだ。
 彼が10年前、故郷の世界で瘴魔に与し、人類と敵対する側にいたことは昨夜聞いたばかりだ。となれば当然殺人の経歴があってもおかしくはないが――やはりハッキリと言われては衝撃はどうしても隠せない。しかも、それが彼自身と同じ瘴魔神将ともなればなおさらだ。
 見れば、ティアナやキャロも微妙な表情を浮かべている――対して、真剣な表情ではあるが動揺が見られないのはスバル達古くから付き合いのある面々。おそらくは当人か周りの人間から聞かされていたのだろう。
「詳しい話は、説明するとけっこうえげつないことを話す羽目になるから割愛するけど……その時、イクトとそいつは方針の違いから対立していた。
 その結果、戦場で二人は敵対して……」
 そこから先は言わなくてもわかるだろう。ライカはそこで息をつき、なのは達に告げた。
「とりあえずわかっておいてほしいのは、アイツはそのことをずっと気にしてるってこと。
 戦場でのことだったとはいえ……非人道的な作戦を展開した向こうが悪いとはいえ、数少ない自分の同胞を殺した――そのことに、アイツはずっと責任を感じてる。
 そのことだけは、わかっておいてあげてね」
「…………はい……」
 締めくくるライカの言葉に、なのはは複雑な表情でうなずいて――
〈あのー……アスカさん〉
 突然、エリオからアスカへと通信が入った。
「どしたの? エリオくん」
〈いえ……実は、できるだけ忠実に再現した方がいいかな、と思って、凶器に使われたのと同じワインを買おうと思ったんですけど……〉
 尋ねるアスカにそう答え――エリオは冷や汗まじりにその事実を告げた。

 

〈同じ銘柄のワイン、100万以上するそうです〉

 

『………………は?』

 

 

《…………ねぇ、クロちゃん……》
「ん?」
 108部隊、隊舎裏グラウンド――シロが不安げに尋ねてきたのは、シャリオの交換してくれたパーツの慣らしのために行なっていたシャドーボクシングも一区切りつき、だいぶパーツも馴染んできた時のことだった。何の気なしにロードナックル・クロは聞き返し――
《……あの時……どうして、ボクに戦わせてくれなかったの?》
「………………っ」
 その問いに、思わず動きを止めた。
「……なんで、そんなことを聞くんだよ?」
《だって、おかしいよ。
 ボクら二人で力を合わせた方が、絶対上手く戦えたはずじゃないか。
 なのに、クロちゃんは……》
「……どうってことぁねぇよ。
 そっちの方がいいって思ったからそうしただけだ」
《じゃあ、次はボクも戦う!
 クロちゃんだけで戦ってダメだったんだもん! それなら――》
「ダメだ」
 言いかけたシロだったが、ロードナックル・クロは迷わず言い放った。
「ヤツは、オレがこの手でブッ飛ばす」
《どうしてさ!?》
「やられっぱなしで引っ込んでろってのかよ?
 あの鼻っ柱に一発ぶち込んでやらなきゃ、気がすまないんだよ」
 あくまで譲ってくれるつもりはないらしい。声を上げるシロに対し、そう答えるロードナックル・クロだったが――
《…………ウソ》
 シロは静かにそう言い切った。
《クロちゃん、ウソついてる。
 ボクをアイツと戦わせないようにしてるじゃないか》
「……なんで、ンなこと言えるんだよ」
《だって、わかるもん!
 ボクらの心は、コアこそ別でも、同じAIチップの中で、同じプログラムを使って考えてる……だからわかっちゃうんだもん!
 クロちゃん、ボクを戦わせないようにしてる! そのために、ボクを“表”に出さないように戦おうとしてる!》
 尋ねるロードナックル・クロだが、シロは力いっぱいそうまくし立てる。
《ボク、何か悪いことした!? したなら言ってよ! 直すから!》
「そういうんじゃねぇよ」
《じゃあ、なんで!?
 イヤなの!? ボクと一緒に戦うのが! ボクのこと、嫌いになっちゃったの!?》
「ンなワケねぇだろうが!」
 必死なシロの言葉に、ついにロードナックル・クロも声を荒げて言い返した。
「お前はオレの弟だぞ!
 他のGLXナンバーのヤツらとは形は違うけど……一緒に戦う、兄弟なんだぞ! 嫌いになんかなれるかよ!」
《じゃあ、どうして!?》
「弟を、あんなヤバイのと戦わせられるか!」
 問いを重ねるシロに対し、ロードナックル・クロはキッパリと言い切った。
「スピーディアで戦ったディセプティコンや、データで確認したガジェットとは違う……アイツらは今までの敵とは存在のあり方そのものが違うんだ。
 そんなワケのわからない敵を相手に、うかつにお前を出せるかよ!」
 そこまで言い切り――ロードナックル・クロは息を整えた。
「…………だから、アイツとの戦いではお前は出さない。
 オレがひとりでブッ倒す――いいな?」
《でも……》
「デモもストライキもねぇよ。いいから下がってろ」
 なおも言いかけるシロに対し、ロードナックル・クロはそう言い放ち――
「それは違うよ、クロくん」
 そんな彼に、姿を見せたシャリオは優しくそう告げた。
 

〈つまり……ガイシャの持ってたワインは、どれもコレも高級ワインだったってのか?〉
「はい」
 指揮車モードのマスターコンボイに乗り込み、トランスデバイス達を引き連れて移動中――通信モニターの向こうで尋ねるゲンヤに、なのははそううなずいてみせた。
「一番安いもので30万……他にも、ブランド物で、オーダーメイドの高級スーツが十数着……」
「どう考えても、普通の会社員の給料でそろえられるシロモノじゃないよ、アレ」
〈ふむ……〉
 なのはとアスカの言葉にゲンヤは腕組みして考え込み、
〈そいつぁ、つまり……ガイシャには、会社員とは別の顔があった、ってことか?〉
「だと思います。
 私達は、これから恋人だっていう、第一発見者のところに行ってみようと思ってます」
 ゲンヤの問いになのはが答えると、今度はギンガが彼に尋ねた。
「それで……そちらの状況には何か進展が?」
〈あぁ……
 南エリアで局員がデュオ・マウントを発見したんだが……局員に怪我を負わせて、逃走したようだ〉
「そんな……!」
 進展はあった。ただし悪い方向に――ゲンヤの言葉にスバルが声を上げると、
「……マスターコンボイ、ちょっと停めてくれる?」
 突然ファイがマスターコンボイに告げた。指示通り、マスターコンボイが路肩に停車するとなのはやギンガと二言三言確認を交わした上でスバル達へと向き直り、
「ここからは別行動。
 私となのはちゃん、ギンガはこれから婚約者の人から事情を聞きに行くから、みんなは戻って、もう一度過去の記録を調べ直してみて」
「え? でも……」
「空き巣の手口のことじゃないよ」
 過去の記録を元にして、スィフトはデュオを犯人と判断したのではなかったのか――尋ねかけたスバルに答えたのはなのはだ。
「前の事件の時、デュオさんと局との間で何かがあったはず……でなきゃ、無実の人間がこうも必死になって逃げるはずがないよ」
「トランスデバイスのみんなはデータベースで検索をお願い。
 ただし、スバル達は紙面で残してある調書を――それも、地上本部まで行って、一番の原本を直接調べてみて」
「え? 何で……?
 データベースで調べるだけで十分なんじゃ……」
「んー、普通ならそうなんだけどね」
 なのはに付け加えたギンガに対し、思わず聞き返すティアナだったが――ファイは肩をすくめてそう答えた。
「これについては、みんなの“お勉強”のためだね」
 

 その言葉の意図するところは気になったが、まずは行動――スバル達は、指示されたとおりに地上本部に向かうと、さっそく過去の記録を調べ始めた。
 しかし――
「…………これも違う……
 あー、もう、またハズレだよぉ……」
「調書、全部発生した時期と事件の通称でファイリングされてますからねぇ……デュオさんの名前で調べられればいいんですけど……」
 こちらは思い通りにはいかなかった。目星をつけたものの見事に狙いを外した調書のファイル、それが積み上がってできた山に半ば埋もれながら、スバルとエリオはそうつぶやいてため息をついた。
「ねぇ、ティア。
 ジェットガンナー達の方はもう終わってるんだよね?」
「まぁね……
 さっき、クロスミラージュの方にデータが届いたわよ」
 尋ねるスバルにティアナが答えると、
「きゃあっ!?」
「きゅうっ!?」
 突然、キャロとフリードの悲鳴が聞こえてきた。
 あわててそちらに向かってみれば、そこには床にファイルをぶちまけてしまったキャロの姿――ファイルのすき間からフリードの翼がのぞいているところを見ると、どうやらフリードはこのファイルの崩落に巻き込まれてしまったようだ。
「ちょっと、キャロちゃん、大丈夫!?
 もう……ムリしてこんなにたくさん、一度に運ぼうとしたらダメじゃない」
「す、すみません……」
 すぐにキャロに駆け寄り、ファイルを集めるのを手伝ってあげるアスカに対し、キャロは謝りながら手近なファイルに手を伸ばし――彼女やアスカが手に取るよりも早く、そのファイルが別の手によって取り上げられた。
 その手の正体は――
「手伝おっか?」
「る、ルキノさん……?」
 いつもは六課隊舎の指令室でシャリオと共にオペレータを務めている彼女がなぜ――いきなり現れたルキノの姿に、スバルは思わず首をかしげる。
「どうして、ここに?」
「隊員がどこにいるのかを把握するのも、オペレータの役目だから♪」
 尋ねるエリオにアルトが答えると、ルキノは軽く肩をすくめて、
「……なんてね。ホントはライカさんから八神部隊長に協力要請があったの。
 『手伝ってあげて』ってね」
 言って、ルキノはまた一冊、別のファイルを拾い上げ、
「じゃあ、さっそく手伝うね。
 過去の調書の調べ方のコツ、しっかり伝授してあげるよ」
『はいっ!』


「みんな、ここでの調べごとの大変さがわかってないよねー。
 データを検索して引っ張るのとはワケが違うんだから」
「ホントだよねー。
 無限書庫とか大学の資料室とかの方が、まだ整理されてるよ」
 ルキノの参加によって、調査のペースは大幅に改善――今しがた書架から持ち出してきた調書のファイルに目を通し、つぶやくルキノにアスカは思わず同意する。
 のどが渇いてきたが、さすがに場所が場所なので飲食は禁止だ。とりあえず休憩にしてジュースでも飲もうかと、アスカは立ち上がって一同に声をかけようと口を開き――
「………………あれ?」
 スバルがそれに気づいたのは、ちょうどその時だった。
「見つけたの?」
「うん。
 でも……」
 尋ねるアスカにうなずくと、スバルはとなりのティアナに手にした調書のファイルを見せ、
「……ねぇ、ティア。
 これ、おかしくない?」
「どれどれ……?」
 スバルの問いに、ティアナは彼女の見ていた調書に目を通し、
「……ホントだ。調書だと16件の犯行について追求されてるのに、結局起訴してるのは1件だけね。
 起訴したとたん、残りの15件はほったらかしになってる……」
 つぶやき、ティアナはジェットガンナー達が検索して来てくれたデータベースの方の情報にも目を通し、
「……やっぱりだ。不起訴に終わってる事件については、データベースの方には載ってない。
 ファイさんが言ってたのはこのことだったのね……データベースの方は、データ量の軽減のために余分な情報は極力載せない。データベースだけで検索かけてたら、このことには気づけなかったわよ」
「でも……これ、どういうことですか?」
 つぶやくティアナの横から調書をのぞき込み、キャロが彼女に尋ねると、
「……デュオさんを起訴することさえできれば、他はどうでもよかった、ってことじゃない?」
 そう答えたのはアスカだった。
「検挙率を上げたくて、ムリヤリに自供を迫ったのかもしれないね、それ」
「そういえば……さっき、ここに来るついでに捜査課の同期からも話を聞いてきたんだけど……スィフト捜査官、バリバリの現場人間らしいのよ」
 アスカの言葉に、ルキノがそう食いついてきた。
「なんか、その子の話によると、家庭とか人間関係とかそっちのけで、事件事件の人で……
 事件解決……というより、犯人を逮捕できるなら、多少強引な取調べも辞さない人だ、って……」
「……なんとなく、話が見えてきたわね……」
 つぶやき、ティアナは腕組みして思考をめぐらせる。
「きっと……デュオさん、取調べの時、スィフト捜査官からかなり強引に追求されたんじゃないかしら。
 ……ううん、それどころか、事件解決を焦るあまりムリヤリ自白させてたとしたら……」
「そ、それって冤罪じゃないですか!」
 思わず声を上げるエリオに、ティアナは深刻な表情でうなずいた。
「今回も同じように、ムリヤリ殺人犯にされちゃうかも……そう思って逃げたのかも……」
 その言葉に、一同は深刻な表情でうなずいて――
〈みんな、聞こえる?〉
 そこへ、なのはから通信が入った。
 

「イクトさん、どこへ……?」
「ここだ」
 市街に出て、真っ先に向かったのは手近な範囲でもっとも高いビルの屋上――尋ねるフェイトに、イクトはあっさりとそう答えた。
ハイパー瘴魔獣は瘴魔神将しか生み出せない……逆に言えば、今回の件には、間違いなくオレ以外の瘴魔神将がからんでいる、ということだ」
「はい」
「当然、神将を努めるからにはそれ相応の実力者のはず――そんなヤツが、同じ神将であるオレのことを見落とすとは思えない。
 明らかに、オレが六課と行動を共にしていることを見越した上での干渉と考えていいだろう」
「つまり……自分をおとりにしている、ということですか?」
 尋ねるフェイトに、イクトはあっさりとうなずいた。
「現状でこうして目立つ場所に出てくれば、それは明らかに誘い――向こうもオレに用があるのならあえてその思惑に乗ってくるはずだ。
 しかも――」
 

「それがかつての知人であればなおさら……ですね?」
 

「――――――っ!?」
 声は唐突に頭上から――あわてて身がまえ、フェイトは声の主の姿を見上げた。
 その全身はマントに覆われ、容姿を確かめることはできないが――
(今……私に一切気づかれずに……!?)
 むしろ警戒すべきはそこ――自分にほんのわずかの気配も感じ取らせずにここまで接近を許したことから相手の実力を垣間見て、フェイトの背筋を寒気が走る。
「久しぶりですね、イクト」
「やはり貴様だったか……」
 しかし、そんな彼のことをイクトはよく知っていた。告げる彼の言葉に、落ち着いた様子でそう答える。
「あまり考えたくはなかったな。
 貴様がまだ生きていて、しかもこのミッドチルダに現れるとは」
「イクトさん……
 知り合いなんですか?」
 男に対する警戒を解かぬまま尋ねるフェイトだが、そんな彼女の姿に男は笑って、
「おやおや、これはこれは。
 この私としたことが、自己紹介を忘れていましたか」
 言って、男はマントのフードを外し――その下の素顔を見たフェイトは思わず息を呑んだ。
 何しろ、男の顔面の左半分がケロイド状の火傷痕に覆われているのだから。
「驚きましたか?
 文句なら、そこのイクト氏に言ってくださいね――何しろ、私の顔をこのようにし、あげくその命を奪ったのは彼なのですから」
「え………………っ!?」
 男の言葉に、フェイトは思わずイクトへと振り向く――が、当のイクトは渋い顔で男をにらみ返し、
「性格が悪いのは相変わらずだな。
 あまりテスタロッサを怖がらせないでくれるか? 戦闘状況下以外では意外に臆病なんだぞ、こいつは」
「そ、そんなことないですよ!」
 イクトの言葉に、フェイトはあわてて弁明の声を上げる――が、男は笑いながらそれを受け流し、
「まぁ、いいでしょう。
 改めまして、お嬢さん――私の名はザイン。
 称号は“幻水”――その称号の通り、“水”の瘴魔神将です」
「じゃあ、あなたがあのハイパー瘴魔獣を……!」
 男――ザインの言葉に、フェイトの視線が研ぎ澄まされた。バルディッシュを握る手に力を込め――
「やめておけ」
 そんな彼女の手をつかみ、イクトは静かに彼女を制止した。
ハイパー瘴魔獣を連れていない――市街のどこかに潜伏させているのだろう。
 エリオやキャロにあんな怪物を差し向けられて、心中穏やかじゃないのはわかるが……今は手を出すな」
 こちらから手を出して、そのスキにハイパー瘴魔獣を市街で暴れさせられては元も子もない――告げるイクトの言葉に、フェイトも納得して刃を収める。
「フフフ……懸命ですね」
「ここで貴様に手を出すことに利はないからな」
 笑みを浮かべるザインに答え、イクトは彼に尋ねた。
「それより、こちらは貴様に聞きたいことが多くてな――答えてもらうぞ」
「ふむ……
 差しずめ、『死んだはずの私がどうして生きているのか?』そして『ミッドチルダに現れたその目的』『ここに現れた理由』といったところですか……」
 イクトの言葉に、ザインはしばし腕組みをして思考をめぐらせ、
「……残念ながら、どの疑問にもお答えすることはできませんね」
「どういうこと!?」
「まずひとつめ。
 私が今こうして生きている理由ですが……気がついたらこの状態でしたからね。経緯などわかろうはずもありません」
 聞き返すフェイトに答え、ザインは軽く肩をすくめてみせる。
「そして二つ目。
 今さら、言うまでもないことですのでね……言う必要がありません」
「言う必要が、ない……!?」
「なるほどな」
 ザインの言葉に眉をひそめるフェイトだが、イクトにはそれだけの説明で十分だったようだ。苦虫をかみつぶしたかのような顔でうめく。
「このミッドチルダで、瘴魔軍を再建するつもりか」
「ご明察」
「な…………っ!?」
 告げるイクトとあっさりとうなずくザイン、二人の言葉に、フェイトは思わず言葉を失った。
「私達の生まれた世界の瘴魔は、あなた達のせいですっかり勢力を削がれてしまいましたからね。
 そんな折、あなた達の動きから異世界の存在を――すなわち、このミッドチルダの存在を知ったのですよ」
「なるほどな。
 この世界は、“瘴魔大戦”を経たオレ達の世界と違い、瘴魔対策が行なわれていない――この世界で軍勢を作り出せば、掌握はたやすいと踏んだか」
「こ、このミッドチルダで、瘴魔の軍勢を……!?」
 もしそうなれば、とてつもない脅威になる――ザインとイクトの会話に、フェイトの頬を冷や汗が伝い――
「手出しは無用ですよ、お嬢さん。
 ハイパー瘴魔獣を市街に潜伏させているのをお忘れですか?――いわば、街そのものを人質に取られていることをお忘れなく」
「く………………っ!」
 先手を打ったザインの言葉に、フェイトは歯がみして引き下がるしかない。
「そして、三つ目。あなた達の前に現れた理由ですが、これも言うまでもないでしょう。
 イクト、あなたならすでに想像がついているのでしょう?」
 そんな彼女の悔しがる姿に笑みを浮かべつつ、ザインはそう前置きし――イクトに告げた。
「では、改めて言いましょう。
 イクト……」
 

「再び瘴魔の将となりなさい」
 

「………………っ!?」
「……やはり、オレを瘴魔軍に連れ戻しに来たか」
「そう受け取ってもらって結構です」
 思わず言葉を失うフェイトのとなりで、冷静に尋ねるイクトにザインはそう答える。
「あなたがどんなつもりで彼女達と行動を共にしているのかは知りませんが……あなたは瘴魔に属する者。人間などとは決して相容れない存在なんですよ。
 そのことは、あなたもわかっているはずだ」
「………………」
 ザインの言葉に、イクトは静かに黙したまま答えない。
「私と一緒に来るんです、イクト。
 瘴魔神将のあなたは、そこにいるべきではない」
 そんなイクトに対し、ザインは改めてそう告げて――
「……言いたいことは、それだけですか?」
 そんなザインに対し、フェイトはイクトを守るかのように彼の前に進み出た。
「あなたが、どんなつもりでイクトさんを迎えに来たのかは知りませんが……イクトさんがどんな人間か、私も短い間ですけど実際に行動を共にしてわかってきたつもりです。
 イクトさんは、決して人間を滅ぼす側にいられる人じゃありません。エリオやキャロに対する態度を見ていてもわかる――とても優しい人です。
 そんな人を、あなたのような人には渡せません!」
 咆哮と共に、フェイトは今度こそバルディッシュをかまえ、生み出した光の刃をザインに向ける。
「やれやれ。可憐な見た目とは裏腹に物騒なお嬢さんだことだ。
 そんなに警戒せずとも、今すぐというつもりはありませんよ――どうせ、今日は単なる顔見せのつもりでしかありませんでしたし」
 そんなフェイトに告げると同時――ザインの形が崩れた。無力な水に変わり、フェイト達の目の前にぶちまけられる。
「こ、これは……!?」
「水を凝固させた分身体……ヤツの得意技のひとつだ」
 うめくフェイトにイクトが答えると、
《今日のところは、これで退かせていただくとしましょう》
 そんなイクトとフェイトに対し、ザインは念話でメッセージを伝えてきた。
《ですが……イクト、覚えておきなさい。
 あなたは、どこにいようとも“炎”の瘴魔神将、“炎滅のイクト”である、ということを》
 その言葉と同時、念話の回線は断ち切られ――イクトは息をついてつぶやいた。
「……わかっている……
 そんなことは……10年前から、ずっとな……」
 まるで自分自身に言い聞かせるかのようにつぶやいて――しかし、そのせいで気づけなかった。
 そんな自分のことを、フェイトが不安と共に見つめていたことに――
 

「こんなところに呼び出して、何のつもりだ?」
「お話があるんです。
 捜査本部ではなく――スィフトさんおひとりだけに」
 なのはの指定した合流ポイントは郊外を走るハイウェイの高架下――スバル達が駆けつけてみれば、そこにはスィフトも呼び出されていた。尋ねるスィフトに対し、ギンガは静かにそう告げた。
「スィフト捜査官。あなたの言ったとおり、犯人はプロでした。
 デュオさんよりも、多くの修羅場をくぐってきた、プロ中のプロ……」
「どういうことだ?」
「犯人はデュオ・マウントさんじゃない……そう言ってるんです」
 聞き返すスィフトにはファイが答えた。
「今回の殺人事件は、空き巣犯が被害者と鉢合わせしてしまったことから偶然に起きた悲劇……なんかじゃなかった。
 れっきとした……怨恨から来た、殺人だったんですよ」
「………………」
 その言葉に、スィフトの眉がわずかに動く――かまわず、ファイは続ける。
「犯人は被害者を恨んでいた人物。だから、怨恨殺人という前提で被害者の身辺を徹底的に捜査されれば、いずれは自分に疑いの目が向いてくる……
 そこで犯人は、捜査の目をそらすために、プロの空き巣犯の犯行に見せかけたんですよ」
「バカな……
 我々捜査三課は空き巣捜査のプロ集団だ! そんなにわか仕込みの偽装工作が、見破れないはずが――」
「ギンガ・ナカジマが言ったことを聞いていなかったようだな」
 今度はマスターコンボイが口をはさんできた。
「彼女は最初に言ったはずだ。『相手もプロだった』とな。
 どんな空き巣の常習犯よりもその手口に精通し、常にその上を行っていた人物なら、捜査三課の目をごまかせるほどの偽装工作は十分に可能だ。
 さらに、犯人は最後の駄目押しとして、容疑者のひとりに罪を着せようとした……そこで、犯行に使われたものと同じワインを、わざわざ事件の後に購入した。
 そして、そのワインを仕込んだ何かを、ヤツの店を訪れる際に携行しておき、スキをみて何かに垂らせば、立派な“証拠品”の出来上がり、というワケだ」
「なるほど、な……」
 マスターコンボイの言葉に、スィフトは呆れて肩をすくめて見せた。
「だいたい、これが怨恨だというのなら、動機は何なんだ?
 根拠もないのに、苦しい推測ばかり――」
「動機ならあるぜ」
 そう答えたのは、なのは達でも、マスターコンボイでも、スバル達の誰かでもなかった。
 カルタスを傍らに控えさせ、現れたのは――
「父、さん……?」
「『貴様らが気になる』と年がいもなくごねてくれたんでな。『それなら』とラッド・カルタスを補佐にして、少しばかり動いてもらったのさ」
 突然の父親登場――現れたゲンヤの姿に声を上げるスバルに、マスターコンボイはあっさりとそう答えた。そんなスバル達の前で、ゲンヤはスィフトに告げる。
「被害者には会社員とは別の顔があってな。
 夜は歓楽街でホストのバイトをしていたらしい――第一発見者だって言う恋人は、そこの常連だったんだよ。
 で、そのホストクラブから、話を聞いてきた」
 スィフトの反応はない。かまわずゲンヤは続ける。
「サラ金に借金までしてヤツに貢いだのに、捨てられて……自殺未遂をした女性がいた。
 彼女の名は、ミランダ・“スィフト”……アンタの女房だな?」
「もう、これ以上グダグダ説明する必要もあるまい」
 言って、マスターコンボイはまっすぐにスィフトを見据え、言い放つ。
「今回の事件の真犯人は……貴様だ」
 その言葉に、スィフトからの返事はない。
 しばし、誰も言葉を発せられず――やがて、スィフトは静かに尋ねた。
「……いつから、私が怪しいと思い始めていたんだ?」
「きっかけは、スバル・ナカジマが軍手の件を持ち出した時だ。
 だが……思い返せば、おかしいと思うべき違和感はそれ以前にもあった。
 すっかり見落としていた。オレもまだまだ未熟だということだな」
 肩をすくめてそう答え、マスターコンボイはスィフトに対して続ける。
「違和感を感じたのは、貴様が例の証拠の軍手を見つけた時だ。
 あの時、貴様はオレ達とほぼ同時に店へとやってきた。
 だが、デュオ・マウントの名前はリストの後方――スバル・ナカジマの知り合いだったから真っ先に向かったオレ達と違い、貴様が真っ先に駆けつけてくる理由はない。そこがまず不自然だ。
 それに、だ……あの時、貴様は迷わず厨房に入った。
 まぁ、それ自体は特におかしいところはない。様々な器具が置かれている厨房は、証拠になりそうなものを隠しておくにはうってつけの場所だからな。
 だが……そこから間をおかずに軍手を見つけたのは失敗だったな。
 軍手は焼き鳥を炭火で焼く際、手を保護するために着用する――当然、それを外し、放置するのは炭火焼のスタンドの周りが一番機会が多いし、実際貴様もスタンドのすぐそばで軍手を見つけている。
 つまり……貴様は厨房に入ってから、厨房の中ほどにあるスタンドを迷わず目指したことになる。手前から調べるでも、奥から調べるでもなく、迷わず真ん中に向かったんだよ。
 早く決定的な状況に持っていこうと、焦りすぎたな」
 その言葉に、スィフトは静かに視線を伏せる――その態度が、何よりもマスターコンボイの言葉を肯定していた。
「貴様は確かに、空き巣捜査のプロだ。
 だが……オレ達も言えた義理ではないが、殺人事件の捜査はプロではなかった。それが貴様の敗因だよ」
 マスターコンボイが締めくくり、場に再び沈黙が落ちる――やがて、スィフトは静かに語り始めた。
「あの男はな……最低なヤツだった。
 ひとりの女の一生をメチャクチャにしておきながら、平然と笑っていた……それどころか、家内が買って貢いだあのワインをヒラヒラさせて、『奥さんからもらったワイン飲みます?』なんて言いやがったんだ……!」
「だからって……!」
「待ちなよ。
 ここでそんなこと言ったって始まらないでしょ」
 殺すことはないじゃないか――言いかけたジェットガンナーを止めたのはアイゼンアンカーだった。彼としてもこの状況でダレている気にはならないのか、マジメな顔でスィフトに告げる。
「もう、終わりっスよ。
 自首してください……あんたにはもう、それしかないはずだ」
「それは……」
 アイゼンアンカーの言葉に、スィフトは静かにつぶやき――
「――――――っ!?
 みんな、防御!」
 なのはの言葉に全員が反応した――スバル達はとっさにバリアジャケットを装着、飛来した水の帯をガードする。
 そして、彼女達の前に、再び怪人――瘴魔獣が現れた。スィフトを守るように、なのは達と対峙する。
「フンッ、今度はそう来たか……
 しかも殺気が尋常じゃないな。目的は口封じといったところか」
 すぐさまロボットフォームへと変身、オメガを起動して告げるマスターコンボイに対し、瘴魔獣はやはり答えない――かと思われたが、
〈まぁ、そんなところですよ〉
 突然、先ほどの戦闘では終始無言だった瘴魔獣が言葉を発した。
 しかし、それは目の前の瘴魔獣の声というには少しばかり人工的な響きが混じっていて――
「誰かが……彼の口を使って言葉を伝えている……?」
〈これはこれは。
 理解が早くて助かりますよ――説明の手間が省けますからね。〉
 つぶやくなのはに対し、瘴魔獣を介してメッセージを伝えている者は楽しそうな声色でそう答えた。
〈自己紹介がまだでしたね。
 私は“水”の瘴魔神将、“幻水のザイン”と申します。
 以後、お見知りおきを〉
「フンッ、見知って欲しければ直接出てくるんだな。コソコソしていないで」
〈おやおや、これは手厳しい〉
 告げるマスターコンボイの言葉に、ザインの声はそれでも楽しそうにそう答える。
〈まぁ、今回私が暗躍した目的については、イクト氏からある程度は聞いているでしょう?
 私としては、今回の状況が少しでも長く続いてくれことが望ましいのでね……ここであなた達に真相が暴かれてしまったのは、非常に都合が悪いのです。
 しかし、自首を勧めたところを見ると、幸いまだ上には報告していないご様子。ですから……〉
「犯人であるスィフト以外、全員の口をふさげば元通り、でござるか……」
〈その通り〉
 シャープエッジにザインが答えると、それに応じて瘴魔獣が周囲に水の帯を発生させる。
〈さぁ、今のうちに下がってください。
 デュオ・マウントを追わなければならないのでしょう?〉
「あ、あぁ……」
「待て!」
 ザインに答え、スィフトはきびすを返す――ジェットガンナーが追おうとするが、そんな彼の足元を、瘴魔獣の水の帯が叩く。
〈行かせませんよ。
 彼には、まだまだデュオ・マウントを追い込んでいただかなければなりませんからね〉
「ふざけないで!
 無実のデュオさんを犯人に仕立てて……!」
 ザインに言い返し、なのははレイジングハートをかまえて――
「なのはさん達は、スィフト捜査官を追ってください!」
 言って、先頭に立って瘴魔獣と対峙するのはギンガだ。
「今大事なのは、スィフトさんの身柄を押さえて、デュオさんの無実を確かなものにすることです!
 だから、行ってください!」
「ギン姉!」
「スバル――デュオさんを助けたいんでしょう!?
 なら、早く!」
 思わず声を上げるスバルにも、ギンガはそう告げる――その言葉に、スバルはしばしためらいを見せていたが、
「…………うん!
 ギン姉、ここはお願い!」
 決断した。きびすを返し、スィフトを追うなのは達の後に続く。
 だが――
「オレはこっち側だな」
 残ったのがひとり――言って、マスターコンボイはオメガを手にギンガと並び立つ。
「大丈夫ですか?
 ロボットフォームで戦うには小さすぎる相手ですけど……やり辛くないですか?」
「心配するな。
 10年前、なのはと戦って慣れてる」
 尋ねるギンガにそう答えるマスターコンボイだったが、
〈…………ふむ……〉
 対し、ザインは瘴魔獣を通じ、こちらをしばし観察し――
〈……まぁ、いいでしょう。
 どうやら今回はこのままスィフト氏を確保されてしまいそうですし……その“対価”をこちらからいただくとしますか〉
 その言葉と同時、瘴魔獣の身体に変化が起きた。
 全身の筋肉が肥大し、体格がみるみるうちに巨大化――あっという間にロボットフォームのマスターコンボイと同程度の体格まで巨大化してしまう。
〈その瘴魔獣は差し上げます。
 せいぜい、思い切り叩きつぶして差し上げてください〉
「よくも言う。
 今回の件をあきらめる“対価”――つまり捨て駒にして、戦闘データでもとるつもりだろうに……」
「なら、手を抜いて戦います?」
「その必要もあるまい」
 尋ねるギンガに対し、マスターコンボイはあっさりと答えた。
「むしろ逆だ――全力で、データを取る間もなく叩きつぶしてやる」
「了解です!」
 マスターコンボイに答え、ギンガはバリアジャケットを装着、リボルバーナックルをかまえ――
 

「《ちょぉっと待ったぁっ!》」
 

 突然の咆哮が響いた――同時、巨大な影が瘴魔獣に向けて飛び出して――
「いっ!」
《けぇぇぇぇぇっ!》
 飛び込んできたロードナックル・クロがシロと共に放ったドロップキックが直撃。不意を突かれた瘴魔獣がはね飛ばされ――
「《みぎゃあぁぁぁぁぁっ!》」
「着地が甘いか……」
「勢い任せにドロップキックなんかするから……」
 当のロードナックル・クロは着地に失敗、頭から地面に突っ込んだ――盛大に地面を転がるその姿に、マスターコンボイとギンガはため息まじりにうめくしかない。
「な、なんのこれしき!」
《負けないぞーっ!》
 しかし、ロードナックル・クロもシロもこの程度ではへこたれなかった。すぐに立ち上がり、瘴魔獣と対峙する。
「状況はみんながモニターしててくれたおかげで把握済み!」
《コイツをやっつければいいんだよね!? 一気にやっちゃおう!》
「そ、それはいいけど……」
「ずいぶんと、テンションが高くないか?」
《うん!》
 やけに元気な二人の姿に、ギンガもマスターコンボイも戸惑いを隠せない――思わず尋ねる二人に、シロは元気にうなずいた。
《いろいろ吹っ切れちゃってねー♪
 もう、テンション上がっちゃって上がっちゃって♪》
 そう答えて――シロは先ほどのシャリオとのやり取りを思い出した。
 

「『違う』……?」
 突然現れ、自分がシロを守るために強い相手を引き受けようとしていることに異を唱えたシャリオ――彼女の意図が見えず、ロードナックル・クロは思わず首をかしげた。
「何が違うってんだよ?
 弟を守るのは兄貴の務めだろうが」
「んー、それはそうなんだけどね……」
 確かにロードナックル・クロの言っていることは間違ってはいないが――思わず息をつき、シャリオは彼に告げた。
「でもね、キミとシロちゃんの場合は少し特殊じゃない。
 ボディも、AIチップ本体も、プログラムも二人で共通のものを使ってる――二人は文字通りの一心同体なんだよ
 つまり、二人はいつでも一緒――どれだけキミがシロちゃんを守ろうとしても、キミが危険にさらされれば、同時にシロちゃんも危険にさらされちゃう。
 実際、昨日の戦いがそうだったでしょう?」
「むむっ…………」
 確かに、昨日は自分が敗れたことで、同じボディに宿るシロまで危険にさらされた――シャリオからそのことを指摘され、ロードナックル・クロは反論を封じ込められてしまう。
「……じ、じゃあ、どうすりゃいいんだよ?
 どうすれば、シロを守れるんだよ?」
「その前に、もうひとつ確認ね」
 尋ねるロードナックル・クロに答えると、シャリオは彼の左肩の液晶モニタに映るシロへと視線を向け、
「クロくんは、シロちゃんを守りたい。だから、シロちゃんに代わって、戦いの危険な部分を引き受けようとしたけど……」
 

「それは、シロちゃんも同じなんじゃないかな?」
 

「え…………?」
 その言葉に、ロードナックル・クロの動きが止まる――だが、シャリオはかまわずシロへと尋ねる。
「ねぇ、シロちゃん。
 シロちゃんも、クロくんには危ない思いはしてほしくないのよね?」
《うん!》
 笑顔でシロがうなずくのを受け、シャリオはロードナックル・クロへと視線を戻し、
「結局、二人とも、同じ思いだったの。
 相手に危険な目にあってほしくない。だから守りたい――相手を思いやるからこそ、相手を下がらせようとして、その結果相手とぶつかって……その影響が、性能にも出ちゃったのよ、きっと」
「相手を思いやるからこそ……」
《逆に、ぶつかっちゃった、か……》
「せっかく、いつも一緒にいられる兄弟なんだもの。
 どうせなら、戦う時も一緒にいようよ――実際、スピーディアでもそうして戦ってたんでしょう?」
 つぶやく二人にそう告げて――シャリオは息をつき、
「そして……他のみんなとも。
 みんなで力を合わせて戦えば、昨日勝てなかった瘴魔獣にもきっと勝てるよ」
「…………そうだな」
 その言葉に、張り詰めていたロードナックル・クロの表情に笑顔が戻った――左肩に映るシロに向けて告げる。
「やるか、シロ!」
《うん!》
 

「みんなで力を合わせて……」
《アイツをやっつける!》
 シャリオの言葉を思い出し、やる気充填――瘴魔獣に対し拳を握りしめ、ロードナックル・クロとシロが力強く宣言する。
「何してんだ、マスターコンボイ! ギンガの姐さん!
 ゴッドリンクだ! 一気に決めるぜ!」
「お、おぅ!
 ギンガ・ナカジマ!」
「は、はい!」
 ロードナックル・クロの言葉に、すっかり主導権を持っていかれたマスターコンボイとギンガは戸惑いながらも呼吸を合わせ、
『ゴッド、オン!』
 咆哮と共にゴッドオン。ストームフォームとなってロードナックル・クロと並び立つ。
「よっしゃ! オレ達もいくぜ!
 ギンガの姐さんと合わせるにゃ――」
 そして、ロードナックル兄弟もスタンバイ――言って、クロは“裏”側に引っ込んで――
「同じ左利きの、ボクだよね!
 ロードナックル・シロ、いっきまーす!」
 代わりに“表”に出てきたシロが力強く名乗りを上げる!
 

「《マスター、コンボイ!》」
 ギンガとマスターコンボイの叫びが響き、大きく跳躍した彼の左腕からアームブレードモードのオメガが分離、肩アーマー内に収納、露出している部分の腕の装甲の一角が開き、中から合体用のジョイントが現れる。
「ロード、ナックル!」
 次いでロードナックル・シロが叫んでビークルモードにトランスフォーム。車体脇のアームに導かれる形で後輪が前輪側に移動、前輪を含めた4つのタイヤが整列し、車体後尾には合体用のジョイントが露出する。
 そして、両者が交錯し――
『《ゴッド、リンク》!』
 3人の叫びと共に、マスターコンボイの左肩に連結する形で、左腕に変形したロードナックル・シロが合体する!
 右手にブレードモードに戻ったオメガを握りしめ、拳が異様に巨大な左腕を振るい、3人が高らかに名乗りを上げる。
『《ナックル、コンボイ!》』
 

「すごい……!
 私達の利き手に合わせて、ゴッドリンクも左右入れ替えられるんだ……」
「そういうこと!
 お姉ちゃん! 思いっきりやっちゃってオッケイだよ!」
 スバルのゴッドオン時とは違い、ロードナックル・シロが左手に合体した“もうひとつのナックルコンボイ”――つぶやくギンガに、ロードナックル・シロは相変わらずのハイテンションで答える。
《なら、リクエストどおり思う存分暴れてやろうじゃないか!》
《おぅともよ!
 ダイナミックにクライマックスに、キバっていこうぜ!》
「はい!」
 ナックルコンボイやクロにも後押しされ、ギンガは巨大な左拳を握りしめ――
「――いきます!
 レッグダッシャー、アクティブ!」
 地を蹴り、起動したレッグダッシャーで一気に加速、瘴魔獣に対し、全体重を込めた拳を繰り出す。
 当然、防壁と生み出した水の帯で防御しようとする瘴魔獣だが――止められない。重量の問題だけでは決して説明のつかない“重さ”を宿したギンガの拳は、瘴魔獣の防御をたやすく粉砕、本体を直接ブッ飛ばす!
「防御が破れた――ナックルコンボイさん!」
《わかっている!
 少し代わるぞ――ギンガ・ナカジマ!」
 言うと同時“表裏”交代――ギンガに代わって“表”に出てきたマスターコンボイが右手のオメガで瘴魔獣を思い切り斬りつけ、
「こっちはボクと――」
《オレからだ!》
 ロードナックル兄弟が脚部をコントロール。瘴魔獣の顔面をレッグダッシャーを展開したまま力いっぱい踏みつけ――さらにそこからタイヤを思い切り高速回転。瘴魔獣の顔面を勢いよく引っかき、弾き飛ばす!
「よぅし!
 あのザインとか言うヤツにデータをくれてやるつもりはない――時間はかけん、一気に決めるぞ!》
《はい!」
 言って、マスターコンボイは再び“裏”側へ――主導権を譲り受けたギンガが、レッグダッシャーで一気に加速して瘴魔獣との最適な間合いをとり、
「一気にいくよ――ホームストレート!」

《フォースチップ、イグニッション!》』
 ナックルコンボイとギンガ、そしてロードナックル・シロの叫びが交錯し――セイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、ナックルコンボイのバックパックのチップスロットに飛び込んでいく。
 それに伴い、ナックルコンボイの両足と右肩、そして左腕に合体したロードナックル・シロの装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。
〈Full drive mode, set up!〉
 そう告げるのはナックルコンボイのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡った。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出する。
〈Charge up!
 Final break Stand by Ready!〉

 再び制御OSが告げる中、ギンガは左拳をかまえ、
「いっけぇっ!」
 思い切り地を蹴った。レッグダッシャーのホイールが唸りを上げ、一直線に瘴魔獣へと突っ込んでいく。
 そして――
「爆熱――」
《疾走!》

「ナックル、グランド、ストーム!」

 渾身の力で、その左拳をに向けて叩きつけ――はね飛ばす!
 すぐ脇を駆け抜け、急停止したギンガ達の背後で、大地に叩きつけられた瘴魔獣はなんとか身を起こすが――
『鉄拳――』
《制裁!》

 ギンガとナックルコンボイ、そしてロードナックル・シロの言葉と同時、巻き起こる大爆発――周囲でくすぶっていた残留エネルギーが大爆発を起こし、瘴魔獣はバラバラに四散し、消滅していった。
 

「そこまでだ!」
「逃げ場はないわよ!」
 一方、魔導師でもないスィフトがなのははもちろん、フォワードチームから逃げ切れるはずもなかった――空から回り込み、退路を立ったジェットガンナーとティアナがスィフトに向けて言い放つ。
 そして、なのはを始めスバルやエリオ達、ゲンヤやカルタスも追いついてきてスィフトを包囲する――もはや完全に“詰み”である。
「もう、逃げられません。
 自首してください!」
 スイフトに対してレイジングハートをかまえ、なのはが告げるが――
「それは……できないな……!」
 しかし、まだ終わりではなかった――答えると同時、スィフトは懐から抜き放った拳銃をなのはに向けてかまえる!
「……私の防壁、固いですよ。
 そんな拳銃じゃ……!」
「わかってるさ。
 だがね……それでも、あがかなければならないんだよ……!」
 残念ながら、非魔導師であるスィフトとなのはとの戦力差は歴然としている。告げるなのはだが、スィフトもまた下がらない。
「あんな男のために、すべてを失うワケにはいかないんだよ……!」
「そんなの、間違ってます!」
「必死に生きてる無実の人に罪をなすりつけて!
 アンタ、それでも管理局の捜査官なの!?」
「捜査官だよ!」
 反論するエリオやティアナにも、スィフトは毅然と答えた。
「管理局の、現場叩き上げの、30年勤続のベテラン捜査官だよ……!
 だから、あんなクズがのうのうとしているのが許せなかったんじゃないか!」
 それはきっと、彼の本心からの叫び――悲痛なスィフトの言葉、そこに込められた気迫に、スバル達は彼の“本気”を感じ取り――
「……なら撃てよ」
「父さん!?」
 言い放ったのはゲンヤだった――スバルが思わず声を上げるが、かまわずスィフトと対峙する。
「撃てるものなら撃ってみろ。
 でも、お前の弾なんか当たらねぇ……いや、違うな……
 当たって、やれねぇ……お前の弾に、当たってやるワケにはいかねぇ」
 言って、ゲンヤはスィフトに向けて一歩を踏み出した。
「お前やオレみてぇな非魔導師の局員に、そういう質量銃器の使用が許可されてるのはどうしてだ?
 オレ達でも、誰かを守れるように……犯罪者に立ち向かえるように……そういうことのためにじゃねぇのかよ?
 その銃は、誰かを守るためのものだ。大切なものを守るためのものだ。
 誰かを傷つけるためのものじゃねぇ……そんな銃から放たれる弾に、当たってやるワケにはいかねぇよ」
 ゲンヤの目は固い決意に満ちている――彼もまた本気であることを感じ、引き金にかけられたスィフトの指が迷いで震える。
「銃を下ろしてくれ……スィフト捜査官」
「まだ……オレを捜査官と呼ぶのか……」
「当たり前だ。
 アンタは捜査官だ。殺人犯なんかじゃない――検挙率ナンバーワンになるくらい、情熱と誇りを持って、ン十年もがんばってきた、捜査三課の捜査官じゃないか!」
 ハッキリと「お前は捜査官だ」と言い切るゲンヤの言葉に、スィフトは思わず息を呑んだ。
「そんなアンタに、仲間を……同じ管理局の仲間を撃たせたくない。
 頼む。銃を下ろしてくれ」
 改めて告げるゲンヤに対し、スィフトは引き金を引くことができず、しかし銃を下ろすこともできず、ただその場に立ち尽くす。
 しかし、ゲンヤの言葉は、確かに彼の心に届いていた。スィフトの中でさまざまな感情がせめぎ会う中、極限状態に陥った彼は思わずゲンヤに銃口を向け――
「ダメぇっ!」
 気づけば、スバルはスィフトに向けて飛び出していた。ゲンヤを守ろうと彼に飛びつき、拳銃を押さえ――

 

 

 銃声が響いた。

 

 

『――――――っ!?』
 もみ合った結果ほぼ零距離、魔力障壁内からの発砲――強烈な衝撃を受け、スバルは思わず引き金を引いてしまったスィフトの前からはね飛ばされ、大地に倒れ込む!
「――――スバル!」
「す、スバル!?」
 一瞬の硬直の後、真っ先に動いたのはティアナ――ついでなのはが、そしてエリオやキャロ、アスカ、ファイ……呆然とその場にへたり込むスィフトを除く一同が、あわててスバルの元へと駆け寄っていく。
「スバル! しっかりしなさいよ!
 目ぇ開けなさいってば!」
「ティアナ、動かさないで!
 キャロ、すぐに応急処置を!」
「は、はい!」
 スバルを揺り起こそうとするティアナを制したなのはの言葉に、キャロはあわててスバルの元へと駆け寄り――

 

 

「……だ、大丈夫です……!」
 

 その一言は、紛れもなくスバル自身から告げられたものだった。
「す、スバル……!?
 大丈夫、なの……!?」
「な、なんとか……!」
 ティアナに答えると、スバルはファイへと視線を向け、
「先生の言いつけって、やっぱり正しいから言ってくれるんですよね……」
「え………………?」
 スバルの言葉に、ファイは一瞬目を丸くして――先日の宴会の時、スバルに告げたことを思い出した。

『スバル。
 とりあえず……108部隊こっち
にいる間は、バリアジャケットに防弾層を2層追加ね』

「じゃあ、もしかして……」
「はい……!」
 ファイに答えると、スバルはバリアジャケットの裏に手を突っ込んで――そこで止められていた銃弾をつまみ取った。
「ちゃんと、防弾層、追加してましたよ……! 教官命令でしたから……!」
「…………よ、よかった……」
 スバルのその言葉に、なのはは安心してその場にへたり込み――安堵の息をつき、ゲンヤはスィフトの元へと歩み寄り、
「……ウチの娘を撃ちやがって……
 そのことは許せねぇが……あえて言うぜ」
 そこで一呼吸おいて――ゲンヤは告げた。
「……よかったじゃねぇか。
 管理局の仲間、撃ち殺さねぇですんだぞ」
「………………」
 無事だったとはいえ、娘を撃たれてなおそこまで言ってのけるゲンヤ――そんな彼に対し、スィフトは――
「…………すまない……」
 ただ静かに、頭を下げたのだった。
 

「…………スバル、大丈夫やて。
 むしろその後の、ティアナからのツッコミのダメージやなのはちゃんからのお説教の精神ダメージの方がキツかったぐらいやて」
「まったく……心配させやがって」
 機動六課本部――報告を受け、告げるはやての言葉に、ヴィータはようやく安堵の笑みを浮かべた。
「こりゃ、帰ってきたら説教だな」
「ほどほどにしてやれよ。
 無事デュオ・マウントも出頭してくれたし、逃げる時の局員への障害も不起訴で落ち着く気配……せっかく丸く収まりそうなところに角を立てるのも無粋だろう?」
 そうヴィータに告げ、シグナムははやてと向き直り、
「しかし……炎皇寺と同じ瘴魔神将が、敵として現れるとは……
 今後は、我々もまた気合を入れてかからなければなりませんね」
「せやね……」
 シグナムに答えると、はやてはデスクの傍らに置かれたそれへと視線を向けた。
 自身のデバイス“夜天の魔導書”に。
(かつてイクトさんが倒したはずの瘴魔神将が、再びあの人の前に、か……)
「……結局、誰も過去からは逃げられへん、ちゅうことかな……」
 

 シグナムの言ったとおり、スィフトの自首を知ったデュオはその後すぐに管理局へと出頭した。
 一連の事態に対する事情聴取も滞りなく終了し、無事釈放――見送りを申し出たなのはとファイに連れられ、デュオはようやく自分の店へと帰ってくることができたのだが――

「…………なんで……?」
 デュオが呆然とそうつぶやいたのもムリはない。
 何しろ、自分が逃亡し、誰も管理する者のいなかったはずの自分の店が、ちゃんとのれんまでかけられて営業しているのだから。
 だが――
「何日も店閉めてたら、お客さん逃げちゃうでしょう?
 局の職務にはないけど、六課流のアフターケアです♪」
 なのははこのことを把握していた。笑顔でデュオにそう答えると、
「じゃあ、店の前の掃除しちゃいますね、店長代理〜♪」
「ちょっ、待ちなさい!
 アンタだけにやらすと、またあちこちはき残しが出るんだから!」
「もめるな、二人とも」
「そうそう。
 さっさとやっちまおうぜー♪」
 掃除道具を手に店の中から出てきたのはスバルとティアナだ――先に外に出ていたジェットガンナーやロードナックル・クロが高いところの掃除を始めている中、自分達も店の前の掃き掃除を始める。
 しかし、デュオが気になったことは彼女達がここで働いていることではなく――
「店長“代理”……?」
 一体誰が店を維持してくれたのか――思わず首をかしげるデュオだったが、そんな彼に気づいたスバルとティアナは、デュオに対し「中に入って」とジェスチャーで伝えてくる。
 不思議に思いながら、デュオが店の中に入ると、そこにいたのは――
「あぁ、スバルちゃん、ティアナちゃん、後で買ってきて欲しいものが……」
 言いながら、彼女は焼き鳥の仕込をしていた手を止めて振り向き――デュオの姿に気づいた。当のデュオもまた、そんな彼女の姿に思わずその名をつぶやいた。
「…………ウィズ……?」
「…………お帰りなさい」
 そう。
 事件の中で、デュオがスィフトから濡れ衣を着せられて逃亡したのを受け、すぐにマスターコンボイは彼女にそのことを知らせたのだ。
 「彼の無実は必ず晴らす」――そう告げられ、彼女は彼のために店を維持しつつ、その帰りを待っていたのである。
 そんな彼女に対し、デュオは静かに息をつき――
「…………ただいま」
 精一杯の笑顔で、彼女にそう応えた。
 

「……なんとか、丸く収まったみたいだね」
「ホント、一時はどうなることかと思ったけどなー」
 そんな二人の様子を店の入り口からデバガメしているのが若干2名――二人が元通りの生活に戻れたことに安堵し、スバルの言葉にロードナックル・クロが答え――
「はいはい、アンタ達はこっち」
「私には良くわからないが、こういう時は二人きりにしてやるのが情けなのだろう?」
 そんな二人を店の入り口から引きはがすのはティアナとジェットガンナーだ。
「えー? でも気になるよー。
 ねぇ、クロちゃん?」
「だよなぁ?」
 しかし、スバル達は中の二人の様子が気になって仕方ないようだ。ティアナやジェットガンナーに対し、顔を見合わせて不満を示し――
「はいはい。
 そんなに気になるんだったら、いっそずっと観察してる?」
 そんなスバル達に対し、苦笑まじりに告げるのはファイだ。
「二人とも、いっそここに就職しちゃいなさいよ。
 ある意味、魔導師よりも合ってるかもよ」
「ちょっ、ファイ姉!?」
「あー、なんか似合いそうだねー」
「な、なのはさんまで!」
 なのはにまで賛成されてしまい、思わず声を上げるスバルだが、二人はそのままティアナ達に声をかけ、いそいそと帰り支度を始める。
「く、クロちゃんとシロちゃんも何か言ってよ!」
「んー、オレは別に、お前の決めたことに従うだけだけど?」
《ボクら、スバルとギンガお姉ちゃんのデバイスだもんねー?》
「そ、そんな無責任な!?
 ――って、なのはさん、待ってくださいよぉっ!」
 援護を期待したはずのロードナックル兄弟の答えはなんとも投げやり。あわててスバルはなのはの元へと駆けていく――
 

「………………」
 そんなスバル達の様子を、イクトは上空から無言で眺めていた。
 しかし、平穏を取り戻したデュオ達の幸せを喜ぶなのは達とは違い、その表情は暗い。

『私と一緒に来るんです、イクト。
 瘴魔神将のあなたは、そこにいるべきではない』

 事件の中で対峙した、ザインから言われたことが脳裏から離れない。
「…………わかっているさ、そのくらい……」
 吐き捨てるようにつぶやき、イクトは静かに息をつく。
「オレは10年前、瘴魔神将として人類と敵対した……そんなオレが、管理局のような組織に身を置くことなど、本来ならば許されることではあるまい。
 だが……」
 つぶやく彼が思い浮かべるのは、スバルやエリオ、キャロの笑顔――
「……こんなオレでも、必要としてくれるヤツはいる……」

 

 

「オレは、一体……どちらにいるべき人間なんだろうな……」


次回予告
 
スバル 「あー、お腹すいた!
 ねぇ、事件も解決したし、何か食べに行こうよ!
 エリオとキャロは何が食べたい?」
キャロ 「あの……お刺身が食べたいです」
エリオ 「ボクは焼き魚定食で」
スバル 「じゃあ、あたしは煮魚にしようかなー?」
ティアナ 「アンタ達……魚型瘴魔獣あんなのと戦った後でよく魚なんか食べられるわね……」
キャロ 「シャープエッジさんは何にします?」
シャープエッジ 「では、拙者はフカヒレ定食で」
ティアナ 「共食い!?」
スバル 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第39話『みんながいるから〜Lightning Heart〜』に――」
5人 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/12/20)