それは、決して忘れられない記憶――

 

「…………やはり、こうなりますか……」
「当然だ。
 貴様はそれだけのことをしたのだ」
 燃え盛る炎の中、イクトは傷だらけのザインに対し淡々とそう告げた。
「貴様の言う通り、人と瘴魔は決して相容れない存在だが――同時に、瘴魔は人なくしては存在すら許されない種族だ。
 ゆえに、真に瘴魔の利益を考えるのなら、人類抹殺など言語道断」
「だから、あなたは目指すのですか? 人と、瘴魔の共存を……」
「決して相容れない以上、戦い合うことは避けられまい。
 しかし……滅ぼし合っては意味がなかろう。
 貴様なら、わかっていると思っていたのだがな……」
「わかっていたのなら、“こんなこと”はしないと思いませんか?」
「…………そうだな」
 ザインの言葉にうなずき、イクトは自らの愛刀“凱竜剣”を掲げる。
「イクト……ひとつだけ忠告しておきましょう。
 義を貫くことは実に結構。あなたは本当に誇り高き神将だ。
 せいぜい、その誇りが命取りとならぬよう、注意することです」
「…………言われるまでもない」
 答えると同時――

 

 

 イクトは粛清の刃を振り下ろした。

 

 それは今から、ほんの数年前の出来事――

 

 


 

第39話

みんながいるから
〜Lightning Heart〜

 


 

 

「………………っ」
 らしくもなく、“すべきではない時”に――かつての記憶に引きずられ、よそにそれていた意識を引き戻し、イクトは周囲の様子を確認した。
 機動六課訓練スペース、山岳地帯(緑少なめ)に設定されたバトルフィールドのあちこちからは幾筋も煙が上がっている。
 その根元で燃えるのは青色の炎――自分の放ったものに間違いはなさそうだ。
 そこまで確認し――自分が今“何をしていたか”を思い出した。眼下を見渡し、そこに予想通りの面々が予想通りの姿になっているのを発見した。
 静かに降下、着地すると、言うべき言葉を脳内で検索し――告げる。
「………………すまん。
 手加減を誤った……………………生きてるか?」
「思いっきり死にかけたわ、このバカタレ!」
 過去の記憶に気をとられ、思考を停止させた彼の反応は無意識下の本能レベル――意識しての手加減などなく、全力で放たれたカウンターで自慢のジャケットを黒コゲにされたヴィータは、 同じくノされたなのは達の輪の中からイクトに対し全力でツッコんだ。
 

「…………やれやれ、だな」
 隊長格一同が壊滅状態となり、午前の訓練はなし崩しに中止となった――レクルームのソファに腰かけて一息つき、マスターコンボイは何の気なしに天井を見上げた。
 幸いなのは達のダメージも軽く、夕方には復帰できるとのこと。無意識の反応で手加減の一切排除されたイクトを相手にこの程度ですんだのはまさに彼女達の実力があってこそなのだが――いずれにせよ今現在ヒマなのは否めない。
 書類仕事も残っていないし、自主トレなぞしようものならスバルやシロがくっついてくるのは火を見るより明らかだ。さてどうしたものかと考えていると、
「あぁ、マスターコンボイ様。
 ここにいたんスね」
 現れたのは彼と同じくヒューマンフォームのブリッツクラッカーだ――自分と違ってちゃんと年頃相応の青年の姿をしているブリッツクラッカーに、子供の姿で設定されてしまった身として軽く嫉妬の殺意に燃えたりもするが、気を取り直して声をかける。
「なんだ、ブリッツクラッカーか。
 相方共々、しばらく姿を見ていなかったが……また炎皇寺往人の依頼で動いていたのか?」
「それもありましたけど……ちょっと、“店”の方にも」
「店……?
 あぁ、セイバートロン星の“翠屋”か」
「えぇ。
 一応、真一郎と小鳥に任せてますけど、だからって任せっぱなし、ってのも悪いっスからね」
 答えて、ブリッツクラッカーはマスターコンボイのとなりに腰かけ、
「で、今名前が挙がったイクトっスけど……何かあったんスか?
 さっき部隊長室の方に行くのを見かけたんスけど……なんかえらく覇気がなかったっスよ?」
「少し、な」
 ブリッツクラッカーに答え、マスターコンボイは息をつき、
「なんでも、昔の仲間に会ったらしい」
「仲間……?
 “Bネット”のっスか?」
「瘴魔時代の、だ。
 確か……ザインといったか」
「ざっ、ザイン!?」
 あっさりと答えたマスターコンボイの言葉に、ブリッツクラッカーは思わず立ち上がり、声を上げた。
「何だ、知ってるのか?」
「え、えぇ……オレやアリシアは、イクトやジュンイチとは“瘴魔大戦”中からの付き合いっスから。
 とはいえ、アイツらがオレ達を巻き込むのを渋ってたんで、実際のところについてはアイツらの証言でしか知りませんけど……」
 マスターコンボイに答えると、ブリッツクラッカーは呼吸を整えながら座り直し、
「けど……ザインについちゃ、あまりいい話は聞かなかったっスね――ジュンイチはもちろん、同僚だったはずのイクトからも。
 何でも、一時的に戦線から離脱して、戻ってきたばかりだったジュンイチの戦力を測るために、仲間の神将のひとりを捨て駒にしたこともあったとかで……」
「なるほど。
 それは確かに、あの男が嫌いそうな話だな」
 自分も嫌いな類の話だ。ブリッツクラッカーの話に眉をひそめつつ、それでも納得したマスターコンボイはそうつぶやき、
「……しかし、それでも“古巣の仲間”として義理を捨てきれないのも、またヤツらしい。
 その仲間からの誘いともなれば、心が揺らいで当然か」
「『誘われた』……って、ザインにっスか!?」
 またもや驚くブリッツクラッカーにうなずき、マスターコンボイは天井の一角――その視線の先、天井と何枚かの壁を隔てた先にあるはずの部隊長室へと視線を向けた。
「さて……
 “昔の仲間”か“今の仲間”か……ヤツが選ぶのは、果たしてどちらだろうな……?」
 

「……なのはちゃんとフェイトちゃん、ジャックプライムが目ェ回して、シグナムとスターセイバーが完全沈黙。撃墜を免れたヴィータとビクトリーレオも続行不能……
 ずいぶんと、ハデにやらかしてくれたみたいやね」
「………………すまん」
 「返す言葉もない」とはまさにこのこと――部隊長室でデスクに座り、報告書(第17版)に目を通しながら告げるはやてに対し、イクトは心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「しっかし、なのはちゃん達が総出でかかっていって、戦闘時間たった91秒……まさか秒殺を免れるだけで精一杯とはなぁ。
 相変わらずのバケモノっぷりやね」
「自慢にはならんさ。ヤツらはリミッターをかけたままだったんだからな。
 単に、ヤツらが“リミッターの有無”というハンデを克服するにはまだ足りなかった、それだけの話だ」
 苦笑するはやてに答えると、イクトは深々と息をつき、
「それに……『バケモノ』と言うなら、むしろ柾木だろうが……」
「………………っ」
 イクトの挙げた名前に、はやての表情が思わずこわばる――そのことに気づき、イクトはあわてて頭を下げ、
「すまん。失言だった。
 他人を――しかも柾木を引き合いに出すあたり、オレ自身そうとうキテるみたいだ」
「みたいやね」
 責められたことに対し他人を持ち出すなど、誠実な彼らしからぬ行動だ――謝罪するイクトにはやてが答えると、傍らからビッグコンボイが彼に尋ねる。
「やはり……気になるか?
 先日遭遇した、貴様のかつての仲間だという……」
「……気にならない……と言えばウソになるな」
 そう答え、イクトはきびすを返し、二人に対して背を向ける――この話を長々と続けるつもりはないらしい。
「とりあえず、今日はおとなしくしていろ。
 スバル達の教導は、ライカやアリシアに任せておけばいい」
「…………わかった」
 ビッグコンボイにそう答え、イクトは部隊長室を後にすると自分のデスクに出しっぱなしの事務用品を片付けようとオフィスに向かい――
「あぁ、イクトさん」
 何か用があったのだろうか、そこにはグリフィスの姿があった。
「八神部隊長への報告、終わったんですか?」
「あぁ。
 “報告書”という名の反省文を提出してきたところだ」
 自嘲気味にそう答えるイクトの覇気のなさに、グリフィスも思わず眉をひそめ、
「そうとう参ってますね、イクトさん」
「まぁ、な……
 確かにザインのことは重大な問題だが、それに気をとられてなのは達への手加減を忘れてしまった。アイツらの教官として、あまりにも大きく、お粗末な失態だ」
 グリフィスに答え、イクトは自分のデスクに腰を下ろし、
「我ながら、自分の精神がこんなにもろかったとは驚きだな」
「そうですね……」
 そんなイクトの言葉に、グリフィスは同意しながら手にしたバインダーを開き、
「でも、テンションが下がっていても書類仕事はできますよね? 境遇には同情しますけど、出すべき書類はちゃんと出してください。
 領収書の清算書類、やり直しです」
 言って、イクトの前に問題の書類を出し、グリフィスは忙しそうにオフィスを出て行ってしまった。
「…………傷口に塩塗るかね?」
 思わぬところからの追い討ちに顔をしかめ、イクトは目の前の書類を手に取って――突然、通信端末がコール音を立てた。
 見回すが、ライトニング分隊のオフィスにいるのは現在自分だけ――出るしかないようだ。
「……はい、機動六課ライトニング分隊」
 正直、無視したい気分ではあったがそういうワケにもいかない。観念し、イクトは端末に応答し――相手の名乗りに眉をひそめた。
「…………人事部が、ウチにいったい何の用だ?」
 

 そんなやり取りから少しして――
「あー、ついさっきオレのミスでぶちのめしてしまったヤツらに対して、こんなことは正直言いたくないんだがな……」
 呼び集めたのははやてを始めとした、先刻の撃墜から復活した機動六課隊長格ご一同――その場に居合わせたマスターコンボイも同席しているが、とりあえず彼のことは後回しだ。イクトは彼女達を前にして、申し訳なさそうにそう切り出した。
 その申し訳なさは、先ほどなのは達を容赦なく撃墜してしまったからか、はたまたこれから話す事実によるものか――ともかく、意を決してイクトは口を開いた。
「先ほど、人事部から連絡があった。
 その内容、一言で言ってしまえば……苦情だ」
「苦情……?」
「何かあったん?
 文句言ってきとんのは人事部やね……まさか、六課でオーバーSランク大量保有しとる件? いくらリミッターかけとるとは言っても、オーバーSランクのなのはちゃん達をウチで独占してるんは事実やし……」
「そうじゃない」
 首をかしげるジャックプライムのとなりで尋ねるはやての仮説を、イクトはあっさりと否定した。
「わかりやすく言ってやろう。
 お前ら……」

 

「休まなさすぎだ」

 

『………………は?』
 その言葉に、イクトを除く全員が思わず間の抜けた声を上げた。
「休まなさすぎ……って、それだけ?」
「別に、そんな深刻になるようなことでもねぇだろ。
 あたしらだってお盆とか年末年始はちゃんと休んでるし、昔のケガのことがあるから、なのはだってちゃんと機会を見て休ませてるし」
「あぁ、そうらしいな」
 顔を見合わせるはやてとヴィータの言葉に、イクトは静かにうなずいて、
「だが……それだけだ。
 必要最小限の範囲でしか休みを取っていないから、一年間に取得する有給の日数に対し、お前らの消化する休暇の日数はあまりにも少ない」
「別に問題はないのではないか?
 私達とて必要な休みは取っているし、別に休まなければならないほど疲弊しているワケでもない」
 「この程度で疲れていてはベルカの騎士の名折れだからな」と付け加えるシグナムに対し、イクトはため息をつき、
「確かに、お前らはそれでいいかもしれん。
 しかし、それでは困るヤツらもいるんだ」
「どういうことですか?」
「お前らがあまりにも休暇を消化しないから、向こうの厚生関係が上からにらまれてるんだ。
 『休みをちゃんと取らせていないんじゃないか』とな」
 なのはに答え、イクトは懐から連絡を受けた時にとったメモを取り出し、
「ちなみに……連中の話によれば、貴様ら全員、局員の“休暇の未消化ワーストランキング(厚生部独自集計)”のトップ100にランクインしているそうだ」
「マヂでか!?」
「まぢだ」
 驚くビクトリーレオにうなずき、イクトはメモに視線を落とし、
「とりあえず、機動六課内のワースト3を発表するぞ。
 第3位……同率でシグナム・高町とヴィータ・ハラオウン」
「あ、あたしらか!?」
「確かに、お前らは比較的休暇を消化している方だ。
 だが……貴様ら、六課に参加する以前、休日の度に『自主トレだ』と言ってよその部隊の訓練支援に出向いていたそうじゃないか。休暇の代わりに代休がかなり溜まっているそうだ」
 思わず声を上げるヴィータに答え、イクトはギロリとなのはをにらみつけ、
「第2位。高町なのは。
 先ほどヴィータが言った通り、周りが気を遣って休ませているようだが、それでもこの順位とはな。
 どうやら、周りが薦めた休み以外は一切消化していないらしいな、貴様」
「あ、あはは……」
 イクトの視線に耐え切れず、なのはは思わず視線を泳がせつつ乾いた笑い声を上げて――
「……って、ちょっと待って」
 そんな彼らのやり取りに、フェイトが口をはさんできた。
「一番休まないなのはが2位ってことは……1位は誰なんですか?
 なのは以外でそんなに休まない人なんて、ちょっと想像つかないんですけど」
「だろうな」
 フェイトの言葉に、イクトは心の底からため息をつく。
「誰なんですか? 1位の人。
 はやて? それともアリシア?」
 尋ねるフェイトに対し、イクトはあっさりと答えた。

 

「お前だ」

 

「………………はい?」
「いや、だからお前だ」
 告げられた一言に停止。しばしの沈黙の後に間の抜けた声を上げるフェイトに対し、イクトは改めてそう答えた。
「……まさかとは思っていたが、どうやら本気で自覚がなかったようだな。
 貴様、休みを取ったのがいつか、何回か前までよくよく思い返してみろ」
 告げるイクトの言葉に、フェイトはしばし自分の脳内で記憶の糸を手繰り寄せ――
「…………あぁぁぁぁぁっ!
 そういえば私、なのはに休ませるばっかりで自分の休みを使ってない!」
「ふ、フェイト……」
 ようやく自覚したらしい。頭を抱えて声を上げるフェイトの姿に、姉であるアリシアも思わず苦笑する。
「フッ、まったく、自分の休みの管理もできないとは情けない」
「貴様が言うなワースト3位その1」
 そんなフェイトに告げるシグナムにツッコむと、イクトは改めて一同を見回し、
「とにかく、だ。
 そんなワケで、人事部の方が『お前らに休みを取らせろ』と泣きついてきたんだ。
 まったく、なんで六課の正規隊員でないオレが泣きつかれなければならないんだか……」
「正規隊員が誰も休もうとしないからだろう?」
「それは言うな。あまりにもリアルすぎる。
 第一、それを言うなら貴様も十分に同類だ」
 ツッコむスターセイバーにイクトが答えると、マスターコンボイが口を開いた。
「つまり、こいつらに休みを取らせる、というのが、この召集の理由か?」
「んー、まぁ、確かにみんなここんトコ訓練とか捜査とかで忙しかったしな。
 スバル達の手前、一度ここで小休止入れるんも悪くないかもな」
「そういうことだ」
 マスターコンボイの言葉に納得するはやてにイクトがうなずくと、
「あー、ちょっといいか?」
 手を挙げ、口をはさんできたのはビッグコンボイだ。
「はやて達に休みを取らせる――それ自体は賛成だ。
 だが……そういうことなら、オレからもひとつ提案がある」

 

 それから数日――
 

「……なんで、こんなことになったんだ……?」
 時刻は午前8時5分前――本部庁舎の前で、イクトは本気で首をかしげていた。
 人事部から相談を受け、はやて達に休暇を取るよう薦めたイクトに対してビッグコンボイがもちかけた“提案”――それは、イクトにもまた、休みを取らせてはどうか、というものだったのだ。
 「休ませてほしい」と言われたのははやて達であって自分ではない。なのにどうして自分が――思わず首をかしげたイクトであったが、よくよく考えてみれば、ザインのことで頭を悩ませるあまり、なのは達を「つい」で撃墜してしまうという失態を演じたばかりだ。頭を冷やす、という意味ではビッグコンボイの提案は妥当なものといえた。
 そんなワケで最終的にはイクトも同意。休みを取ることにしたのだが――
「それならそれで、オレは好きにすごさせてもらうまでだ。
 何を思って、ヤツと組ませたのか……」
 そう。本日の休み、彼はひとりですごすワケではない。こうして本部庁舎の前でヒマを持て余しているのも、“相方”の準備が整うのを待ってのことだ。
 そして――
「お、お待たせしました……」
 ようやく“相方”のご到着――息を切らせ、カジュアルな私服に身を包んだフェイトが女性用隊舎の方から駆けてきた。
 

「………………?」
 そろそろ、イクト達は出かけた頃か――そんなことを考えながら本部庁舎の中を歩いていたマスターコンボイは、指令室の中が妙に緊迫しているのを気配で感じ取った。
 出動がかかったにしては自分達に声がかからないのはおかしい。不思議に思ってのぞき込み――眉をひそめ、尋ねる。
「……八神はやて。
 一体何を監視している?」
「見てわからへん?」
「理解はできる。
 だが、今のこの状況でそれをやる理由が思い当たらん」
 あっさりと返すはやてに答え、マスターコンボイは指令室のメインモニターへと視線を移し、
「一体、何がどうなったら、炎皇寺往人とフェイト・T・高町を監視することになるんだ?」
「だって、気になるじゃないですか」
 そうマスターコンボイに答えるのは、いつもは医務室を縄張りとしていて指令室など寄り付きもしないシャマルである。
「『気になる』? 何が?
 今回の休みの目的は炎皇寺往人の気晴らしとフェイト・T・高町の山のように溜まりまくった休暇の処理だろう?」
「もう、わかってないですねー、マスターコンボイさんは」
 首をかしげるマスターコンボイに、シャリオはコンソールを操作し――メインモニターの片隅に“REC”の3文字が赤く表示された。
「二人に共通するものが何かわかりますか?」
「『共通するもの』……?
 戦闘スタイルは違うし……属性……これも違うな。フェイト・T・高町は“雷”で炎皇寺往人は“炎”だ。
 というか、“炎”属性でさらに名前にも『炎』の文字があるのはハマリ役すぎるだろう。そうは思わんか?」
「いや、それは私に聞かれても……」
 マスターコンボイの言葉に苦笑し、シャリオは続ける。
「わかりませんか?
 フェイトさんは親代わりで、イクトさんはお兄さん代わり……二人とも、エリオとキャロの保護者じゃないですか」
「あぁ、なるほど」
 シャリオの言葉に、マスターコンボイはようやく納得した。
「確かに、同じ“兄代わり”でも、本質がトランスフォーマーのオレよりは炎皇寺往人の方がフェイト・T・高町との距離は近い。
 これを機に、二人にそのことで話をする機会を設けてやった、というワケか」
 つぶやき――それでも尋ねる。
「しかし、だからと言って二人を監視することにつながる理由があるとは思えないんだが?」
「そんなの決まっとる!」
 自信タップリにはやては胸を張った。
「二人の関係の行く末に興味津々や!」
「つまりはただのデバガメか」
 ため息をつくが――はやて以下ロングアーチ女性陣はノリノリで手を引く様子はない。
 チラリと視線を向けるが、グリフィスやシグナルランサーも処置なしといった様子で肩をすくめて見せるのみ。すでに彼らによる制止は失敗に終わった後らしい。
「あ、動き出しましたよ!」
「こちら“豆狸”!
 “二輪”! “三輪”! バッチリ追跡するんやで!」
〈あらほらさっさ〜♪〉
〈お任せなんだな!〉
 どうやら自分の“元部下”も加わっているらしい――無線から聞こえるガスケットとアームバレットの声に、マスターコンボイはため息まじりに指令室を後にして――
「…………さて、と」
 クルリときびすを返し、訓練場へと足を向けた。
 

 一方、休日を共に過ごすことになり、クラナガン市街に繰り出したイクトとフェイトだが――
『………………』
 いきなり沈黙が二人の間を支配していた。
 別に、二人でいるのが気まずというワケではない。二人を沈黙させているのはもっと単純なことで――
『……どこに行こうか……?』
 そう。
 フェイトといいイクトといい、二人とも“異性と出かける”という経験があまりにも足りない――その上ここしばらく娯楽に触れる機会もなかったため流行にも疎い。そのため、「遊びに行く」と言ってもどこへ行けばいいのか、皆目見当もつかないのが実情なのだ。
 ここで困り果てるのがイクトだけなら「イクトさん、情けないなー」的な展開となり、逆なら逆でイクトがリードしてやれる。いずれにせよ何かしらの形で事態が動くところなのだろうが、二人そろってこの有様ではそれどころではない。
 結果、すでに5分以上も街角のベンチに座って時間をつぶす状況が続いており――
「……とりあえず、喫茶店でプランを練るか」
「ですね」
 それがお互いに精一杯の提案だった。
 

「なんやなんや、二人して情けないなー」
 その様子を。尾行役に抜擢したアームバレット、ガスケットの二人からの中継でながめつつ、はやては思わずため息をついた。
「イクトさんはともかく、フェイトさんはもう少しこういう時の対処とかわかる人だと思ってましたけど……」
「せやね……私としてもこれは盲点やった」
 首をかしげるアルトに答え、はやてはシャリオの淹れてくれたコーヒーをすすり、
「昔はよく一緒に遊びに出てたからなー。少しは息抜きも心得とるやろうと思っとったけど……よくよく考えてみたら、全部私ら女の子組だけの外出やったわ。
 男の子と遊びに出た経験なんかないからなー……耐性なくてある意味当然や」
「しかもそれはイクトさんも同じ……そりゃ会話止まりますね……」
 ルキノの言葉にうなずくと、はやては静かに息をつき、
「いずれにせよ、今のままやったららちがあかん。
 何かしら状況が動かんと、いつまで経ってもこのまんまやで」

〈こりゃ、私監修のラブイベントのひとつも投入してやらんとあかんかな?〉
「お、なんかおもしろそうだなー♪」
「乗ったんだな!」
 指令室からのはやての言葉に同意するのはイクト達を尾行している二人――ノリノリの様子で、ガスケットとアームバレットは小声で彼女に同意する。
 今のところ、イクトもフェイトもこちらに気づいた様子はない。いつもならとうの昔に気づいているのだろうが、二人とも極度の緊張状態で周囲の気配にまで意識を向ける余裕はないようだ。
「まったく、イクトの旦那もフェイトももろいもんだぜ。
 ただ一緒にいるだけで完全にゆでダコ状態じゃねぇか」
「あれじゃ、オイラ達の方がまだテクニシャンなんだな」
 テクニシャン以前に“そういう状況”に至る可能性がそもそもないのによくも言う――などとツッコんでくれる人物は残念ながらその場にはいない。好き勝手に言っている二人だが――
 

「ふーん、そうなんだ……」
 

『………………』
 背後からかかった声に、二人は思わず動きを止めた。
 だが、ここで声を上げればイクト達に気取られる。懸命に驚きの声をこらえ、二人は声のした方へと振り向いて――
「だったら、その『テクニシャン』の腕前、向こうで存分に見せてもらおうかな?」
「…………“お話”の後で見せる余裕が残ってたら、だけど」
 言って、ガシャンと音を立てて肩に担ぐのはそれぞれの相棒――「こんなところでデバイスなんか起動すんなよ」というツッコミを心の奥に封じ込めるガスケットとアームバレットに対し、ロンギヌスとレッコウをスタンバイしたアリシアとアスカは笑顔でそう告げた。
 

「に、“二輪”と“三輪”、確保されました!」
「何やて!?」
 イクト達にこちらをうかがう余裕がないのをいいことに、のんびり監視していたところに突然の急報――シャリオの言葉に、はやては思わず声を上げた。
「確保したのは、ゴッドアイズ1、2!」
「アリシアちゃんとアスカちゃん!?
 どういうことや!? なんで二人があんなところに!?」
 さらに続くシャリオからの報告はまたしても意外なものだった。はやてはシートから腰を浮かせて驚愕するが、
「確か、今日はアリシアちゃんとアスカちゃんはマンツーマンの訓練のはず……って!?」
 そこまで考え――気づく。
 訓練に励んでいた二人が事態に気づいて動いたとなれば、当然その訓練を仕切る立場にある人物にも話が行っているワケで――しかし、その可能性をシャリオ達に警告する間もなく、指令室の扉が爆音と共に吹き飛んだ。
 そして――
 

「は、や、て、ちゃぁ〜ん♪
 一体何してるのかなぁ〜?」
「仕事もしないで楽しそうにしてる元気があるなら、たまには訓練でもして汗流そうか?」
 

 “管理局の白い悪魔”と“Bネットの赤い雷神”――それぞれの組織でエースを務める二人による“手入れ”が始まった。

 

「……ストーカーは滅びたか」
 本部庁舎――具体的には指令室――で巻き起こった“力”の炸裂を感じ取り、その場を辞したなのは達の代理としてスバル達の模擬戦相手を務めていたマスターコンボイは、オメガを片手に静かにそうつぶやいた。
「い、いいのかしらね……?
 なんか、ハデにやっちゃってるみたいなんだけど……」
「まぁ、普通の部隊なら間違いなく始末書ものだろうが……いろんな意味でウチは特殊だからな。
 “実験部隊”という名目が免罪符として存分に活躍してくれることだろうさ」
 思わずうめくティアナに答えると、マスターコンボイは悪びれることもなく肩をすくめてみせる。「壊した扉はライカが直すだろうしな」とも付け加えつつ。
「けど……珍しいな。
 マスターコンボイがこんなめんどくさいことに気を遣うってのも」
「少なくとも、炎皇寺往人の調子が戻ってくれなければ、また先日のような事態にもなりかねん。
 ヤツに存分に気晴らししてもらうためにも、余計なジャマは極力排除する必要がある」
「そのための“オシオキ”には、ちょっと投入戦力が過剰な気もするんだけどねー」
 アイゼンアンカーに答えるマスターコンボイの言葉に、ロードナックル・シロは苦笑まじりに本部庁舎へと視線を向ける。
「ともあれ、これでジャマ者は排除した。
 後は、あの二人次第ということだ」
「じ、ジャマ者って……」
 思わずうめくキャロだったが、マスターコンボイはかまわず湾をはさんだ反対側に広がるクラナガン市街へと視線を向けた。


「………………?」
「どうしました?」
「いや……
 おそらくは気のせいだろう」
 取りあえずは場を仕切り直そうと入った喫茶店――ふと外に視線を向けたその姿に首をかしげるフェイトだったが、イクトはあっさりとそう答えて目の前のコーヒーに視線を落とした。
(そうだな。
 ゴッドアイズの二人がこんなところにいるはずがない――気のせいだろう)
 ガスケット達の尾行に気づいていなかったイクトは、マスターコンボイの“密告”によりアリシアとアスカが二人を連れ戻しに来たことにも気づけない――頭の中で“問題なし”と判断し、イクトはコーヒーをすすり――
「でも……これからどうしましょうか……」
「むぅ……」
 結局話題はそこで止まる――フェイトの言葉に眉をひそめ、イクトは動きを止めた。
 喫茶店に入り早30分――遊びに出てきていたはずの二人は未だに行き先も決められず、ここで足踏みしている状態が続いている。
「とりあえず、せっかくもらえた休みなのだから、有意義に使いたいところなのだが……」
 このままでは一日ここで過ごすことにもなりかねない。休みをくれたはやて達の手前、ムダにはしたくないのだが――そんなことをイクトが考えていると、
「あ、そういえば……」
 不意に、フェイトが何かを思い出した。肩から提げていたバッグの中をしばし探り、
「前に、はやてがこんなものをくれたんですけど……」
 言って、フェイトが取り出したものを見て、イクトは思わずため息をついた。
「映画のチケットか……
 そんなものがあるなら、早く思い出してもらいたかったな」
「す、すみません……」
 

「まったく、部隊長が率先して何やってるのよ……」
「しかもシャーリー達まで……
 みんなも、はやてちゃんがこーゆーこと始めたら、止めてくれなくちゃ……」
 はやてを始めとし、フェイト達の外出をデバガメしていた面々は全員指令室の床に正座してお説教中――告げて、ライカとなのはは思わずため息をつく。
「二人にゆっくりしてもらおう、って休みを取らせたのに、それを監視してどうするのよ……
 他にも何かやらかしてないでしょうね?」
「……あ、あはははは……」
 これ以上火種をばらまいていてほしくはない。半眼で尋ねるライカだが――はやてはプイと視線を逸らし、乾いた笑い声でごまかしにかかってくれる。
「何かしたの? はやてちゃん」
「と、特にアレなことはしとらへんよ!?
 ただ……今回のことがあるよりももっと前に、フェイトちゃんに映画のファミリーチケットを渡してたんを思い出したくらいで……」
「なら、なんでそんなに笑顔が引きつってるのよ?」
 なのはに答えるはやてにライカが尋ねると、彼女は気まずそうに答えた。
「いや……もし今回の“お出かけ”中にフェイトちゃんがそのこと思い出したらアウトやなー? と思って」
「どういうことよ?
 アンタ、フェイトちゃんに何の映画のチケットを渡したってのよ?」
「えっと……悪い映画やないんやけど……」
 ライカに答え、はやては告げた。
「たぶん……今のイクトさんには最大級の“地雷”やと思うから……」

 

 

 しかし、そんな彼女達の懸念は現実のものとなっていた。

 

「………………むぅ……」
 映画を見終わり、二人で外へ――しかし、イクトの眉間にはこれ以上ないくらいにしわがよっていた。
 となりで彼を気遣うフェイトも「やっちゃった」と後悔する気持ちがありありと浮かんでいる。
「す、すみません……
 あぁいう話だなんて、知らなくて……」
「貴様は気にするな。
 オレが勝手に気にしているだけだ」
 フェイトの言葉に答え、イクトは深々とため息をつく。
 別に、映画がつまらなかったワケではない。むしろ良作と言っていい出来の映画だった。
 ただし――
「血のつながらない家族の、絆の物語か……」
 そう。
 血のつながらない者同士が、ひょんなことから家族としてさまざまな困難を乗り越えていく中で絆を深め合っていく――それが今見た映画の物語だった。
 デザイナーを夢見る主人公のもとに、ひょんなことから転がり込んできた少女と、二人の子供達――紆余曲折を経て、彼らは“家族”としてひとつ屋根の下で暮らしていくことになる。
 何気ない日常やトラブルの中で、時に助け合い、時にはケンカをしながらもお互いを知り合い、本物の家族にも負けない絆を築いていく主人公達。
 しかし、そんな新たな生活に喜びを見出し始めた主人公に対し、突然ヘッドハンティングの話が持ち上がる。
 それは、主人公がかねてから目標にしていたデザイナーとしてのスカウト――しかし、新たな勤め先ははるか遠方。母親役の少女は地元で仕事を持っている。子供達も通い始めた学校にようやく慣れてきたばかりで、安易に連れて行くワケにもいかない。
 夢か、家族か――悩み続ける主人公に対し、他の家族達は彼に夢をつかんでもらうことを選び、笑顔で送り出す。
 そして主人公は、遠方の地で夢を叶え、同時に残してきた家族をずっと想い続ける――そんな彼の元に届く“家族”からの近況を伝える手紙。
 「血がつながっていなくても、離れていても、自分達は家族だ」――そんな主人公の独白と共に、映画はエンドロールを迎えていた。
 最後に“家族”との絆を再確認したハッピーエンドとも、夢のために“家族”と離れるという道を選んでしまったバッドエンドとも取れる、“観客にそれぞれ答えを考えさせる”内容――だが、それだけにこの映画はイクトに対し真っ向から現実を突きつけていた。
「イクトさん……大丈夫ですか?」
「心配ない――何度も言っているだろう?」
 気遣い、尋ねるフェイトに答えるイクトだが、その表情は明らかに固い。
「そんな顔でそんなこと言われても……信じられませんよ。
 本当にすみません。ザインのことで悩んでいるところに、こんな映画……」
「そういうことを言うな。
 話自体はいい映画だったじゃないか――単に、オレが見るにはタイミングが悪かっただけだ」
 改めて頭を下げるフェイトに答えるイクトだったが、フェイトもまた譲らない。
「けど……
 “血のつながらない家族”って、私達とエリオとキャロの関係にピッタリ当てはまっちゃいますし……」
「そうでもないだろう。
 少なくとも、オレは“夢を追う好青年”なんてガラじゃない。
 それどころか……」
 言いかけ――イクトはそこから先の言葉を呑み込んだ。あまりにも、この場で言うべきではない内容だったから。
 しかし――フェイトはそんな彼の態度を見逃さなかった。
「『それどころか』……何ですか?
 元瘴魔軍で……『むしろ“夢を壊す側”だった』とでも言うつもりだったんじゃないんですか?」
「……時折、すさまじく容赦がないな、貴様は」
「イクトさんが素直になってくれないからじゃないですか」
 自分の意図を見透かされ、眉をひそめるイクトにフェイトは少しばかりムッとしながらそう答える。
「心配が過剰なんだ、貴様は。
 そんなに気を遣わなくても、今さら瘴魔に戻るつもりなんかないさ。
 ザインの思惑になど乗ったら、どんな惨事が引き起こされるかわかったものじゃないからな」
 そんなフェイトを安心させようと、言葉を選びながら告げるイクトだったが――
「でも……」
 そんなイクトの言葉の裏に隠されたものに、フェイトは気づいていた――あっさりとその“真意”を言い当てる。
「六課からは、出て行こうと思ってる」
「………………っ」
「やっぱり……そうなんですね……」
 息を呑んだイクトの姿が何よりの答え――視線を落とし、フェイトはイクトに告げた。
「ザインが本格的に動き出して、管理局との対立が表面化すれば、彼と同じ神将であるイクトさんを招き入れている六課の立場は確実に悪くなる……
 そうなる前に、自分から六課と距離を置こう、そんなところなんじゃないんですか? イクトさんの考えっていうのは」
「…………まったく。
 執務官を目指しているのはダテではないということか……大した慧眼だ」
 フェイトの指摘に、イクトはついに白旗を揚げた。息をつき、シネコンのロビーのイスに腰かけると、フェイトが対面に座るのを待って口を開いた。
「オレと違い、戦闘タイプではないザインの戦闘能力は、出力こそオレに匹敵するが、それ以外はハッキリ言ってお前達より下だ。それどころか、スバル達でも現行のチーム編成で挑めば十分に撃退できる、その程度の戦闘能力しかない。
 しかし……ヤツにとって真に怖いのは、むしろ頭脳面の方だ。どんな策を持ち出してくるか、悔しいがオレ程度の頭では予測もつかん。
 それも、ヤツは戦術レベルではなく戦略レベルで智略を張り巡らせる――軍事色が強いと言っても主に次元犯罪者を相手にしている時空管理局にとって、ザインはまさに最悪の相手と言ってもいい。
 間違いなく、ザインの復活は管理局に対する大きな脅威になる――そうなれば、同じ神将であるオレがどんな目で見られるか、想像できないワケではあるまい」
「け、けど……」
 イクトの言葉に、フェイトは思わず言葉をにごすが、
「……でも、それじゃあ、エリオやキャロはどうなるんですか?
 二人にとって、イクトさんは頼れる“お兄ちゃん”のひとりなんです。そんなイクトさんがいなくなれば、二人だって悲しみます!」
「わかっている。
 だが……二人に対しても、オレは何もしてやれないかもしれない」
 フェイトの言葉にうなずき――それでもイクトは視線を落として付け加えた。
「ルシエの里とモンディアル夫妻の件……二人も、いずれはその事実と向き合うことになるだろう。
 だが……そんな二人に、オレはいったい何をしてやれる? オレはむしろ、“そんな悲劇を作り出す側”にいたんだぞ」
「でも、それはマスターコンボイだって……」
「ヤツは単に“力”を求める求道者でしかない。
 宇宙を滅ぼしかけたのも単なる結果論――明確に滅亡を目指した瘴魔とは違う」
 エリオ達の“もうひとりの兄”を引き合いに出したフェイトの言葉も今の彼には届かない――答え、イクトは自らの右手に視線を落とし、
「そんなオレが二人の“兄”でいてもいいのか……
 オレのような、かつて“力”の使い道を誤った男が……もしもの時に、アイツらを支えてやれるのか……
 今のオレには……その疑問に明確な答えを出すことが出来ない」
 告げて、黙り込むイクトの姿に、フェイトは静かに息をつき、
「……それでも、二人には……イクトさんが必要だと思います」
 落ち着いた口調で、イクトに対してハッキリと告げた。
「キャロも、“二人のお兄さん”のことが本当に大好きみたいですし……エリオなんかは、イクトさんを本当に尊敬してるんです。
 『イクトさんみたいになりたい』って、毎日の訓練も本当に楽しそうで……」
 イクトからの答えはない――かまわず、フェイトは続ける。
「知ってますか?
 エリオが……私達によって保護された時のこと」
「あぁ。
 ヤツが研究対象として囚われていた施設が何者かの襲撃を受け壊滅。難を逃れていたエリオ達を、貴様が率いる捜査隊が保護したんだろう?」
「あ、そういうことじゃなくて……」
 答えるイクトに対し、フェイトは手をパタパタと振って否定を示した。
「私が言いたいのは……」
 

「その頃の、エリオ自身の様子のことです」

 

「そーいえばさ」
 今日の訓練は午前で終わり。後は書類関係を片付けてオフシフトという流れになっている――そろって昼食の席を囲み、スバルはそう切り出した。
 彼女達が利用しているのは食堂の人間・トランスフォーマー共用のテーブル――人間側とトランスフォーマー側、互いに向かい合う形で共に食事が取れるようになっている彼ら御用達のテーブルであり、対面側にはアイゼンアンカー以下GLXナンバー4名もきちんと同席している。と言っても食事は卓上のコネクタにケーブルをつなげてのエネルゴンの補給という味気ないものだが。
 ともあれ、いきなり何事かと一同が注目する中、スバルは続ける。
「キャロも最近、エリオとすっかり仲良しだよね。
 なんか、その縁でアイゼンアンカーとシャープエッジも仲良しさんみたいだし」
「はい。
 お話しすることいっぱいありますねー」
「へぇ、たとえば?」
 答えるキャロにそう聞き返すのはティアナだ。
「やっぱり、フェイトさんのこととか……今まで過ごしてきた場所の話とかは、シャープエッジさんとかともよくしますし。
 4人そろえば、もう一晩中でもお話できますよ!」
「話題には事欠かないわけだな」
《ボクらも、スバルとよくそういう話するよー♪》
 可愛く拳を握りしめ、力説するキャロの姿にロードナックル・クロやシロが笑いながら同意し、
「アイゼンアンカー達も似たようなもんだけど、兄妹が離れて暮らしてたようなもんなんだもんねぇ。
 そりゃ、話す事はたくさんあるわよね」
 納得してうなずくのはティアナだ――アリシアと共にガスケット達を“狩り”に向かったアスカが聞いたら本気でうらやましがるんだろうなー、などとも考えるが口には出さない。
 と――
「しかし……なぜ二人は六課に来るまで会う機会がなかったのだ?」
 不意に首をかしげ、ジェットガンナーがそんな疑問をもらした。
「フェイト・T・高町一等海尉相当官の行動パターンからシミュレーションする限り、すぐにでも二人を引き合わせて仲良くさせようと考えそうなものだが」
「そういえば……拙者や兄君もその辺りのことは聞かされておらぬでござるな」
「何か理由でもあったの?」
「ええとですね……」
 ジェットガンナーの言葉に同意し、尋ねるシャープエッジやアイゼンアンカーに対し、キャロはしばし記憶の糸をたぐり寄せ、
「ちょっと長くなっちゃうんですが、わたしとエリオ君との出自とか、そういうのと関係があって……」
 

「当時の、エリオの様子……?」
「はい……」
 聞き返すイクトに対し、フェイトは少しためらいがちにうなずいてみせた。
「今でこそあぁやって笑ってくれてますけど……最初は、ちょっといろいろなことが重なって、ぜんぜん笑ってくれなかったんですよ」
「『最初』……ヤツが保護されたばかりの頃か」
「はい。
 研究施設が何者かに襲撃されて……私達が駆けつけた時には、エリオ達被験者達が無事に助け出されていて……それを私達が保護したんですけど……」
 聞き返すイクトに答え、フェイトは少し寂しそうに視線をさまよわせ、
「“プロジェクトF”の技術で生み出されて、実の親だと思っていた人に捨てられて……
 その上、『保護された』と思っていた管理局の施設は、局の名を隠れみのにした、人造魔導師の研究施設……」
「人を信じられなくなるのも、ある意味当然といったところか……」
「はい。
 保護した直後は、みんな本当に心も身体もボロボロで……けど、医療センターの治療で、だいたいの子はすぐに回復してくれました。
 でも……エリオは違ったんです。
 なんて言うか……局に対する不信だけじゃ説明のつかない、警戒心みたいなものをずっと持ってて……誰の言うことも聞いてくれなくて……」
「警戒心、か……?」
「はい……
 誰の力も借りない、ひとりでいい……そんな強い意志が、あの子の中にあって……それが、管理局への不信と重なって、ずっと私達を拒絶していたんです……
 そのせいで、脱走未遂みたいなことも何回も繰り返して……」
 

「そんなでしたから、その医療施設にもいられなくなりそうになっちゃって……」
 語り部はキャロからエリオに――保護されたばかりの頃を思い返しながら、エリオはスバル達やマスターコンボイ、GLXナンバーの面々に当時の様子を語っていた。
「今考えれば、ほんとバカだったんですけど。
 ボクを助けた人が言ってたんです。『“あきらめ”ってのは、死ぬほどがんばって、それでもどうすることもできなかったヤツにだけ許される救いだ。がんばりもあがきもしないでンなことほざくんなら、そいつぁ“あきらめ”じゃねぇ。逃げてるだけだ』って……
 だから……あきらめないで、がんばろうって、思ってたのに……
 でも、あの時は、とにかく管理局が信用できなくて……管理局なんかに頼れない、自分の力で生きていくんだ、って、つまらない意地を張っちゃって……」
「その人の教えが、悪い方向に働いちゃってたワケだね」
「はい。恥ずかしながら……」
 スバルの言葉に苦笑し、エリオは続ける。
「だけど、報告を受けたフェイトさんが……まだ、“ボク達を保護してくれた人”ってだけだった、本当ならボクのことなんて、無視しても良かったはずのフェイトさんが会いに来てくれて……」
 

「エリオ。
 ダメだよ、あんまり暴れちゃ」
「うるさいよ……
 あんたの言うことなんか知るか!」
 “力”のままに雷撃をまき散らし、暴れ回るだけの毎日――そんなエリオの前に現れたフェイトだったが、エリオは彼女を真っ向から拒絶した。
「関係ないだろ、あんたには!」
「関係なくないよ。
 私はエリオに幸せになってほしくてここに連れてきたんだから」
「そんなの頼んでない!」
 答えるフェイトにも、エリオは荒々しく言い放つ。
「あそこは、管理局の施設だった……管理局がボクをあんな目にあわせたんだ!
 あんただって、ほんとはボクの心配なんかしてないんだろ!? どうでもいいくせに!」
「どうでもよくなんかないよ」
 しかし、フェイトも下がらない。根気よくエリオに呼びかけ続ける。
「私は、本当にエリオに……」
 言いながら、フェイトはエリオに向けて手を伸ばし――
「さわんなぁっ!」
 だが、それもエリオにとっては自分に危害を向ける手にしか見えなかった。咆哮と共に、懇親の雷撃をフェイトに向けて叩きつけ――
 

「ね、エリオ」
 

 雷撃の余波が床のあちこちを焼き、白煙が立ち上る中、フェイトはエリオの手を優しく握りしめた。
 エリオの雷撃で傷ついた、自らの手で。
「…………ぁ……」
 自らが傷つくのにもかまわず手を差しのべてくれた――それはエリオに彼女の“本気”を伝えるには十分すぎた。目を見開くエリオに対し、フェイトは優しく言葉を紡ぐ。
「エリオが今悲しい気持ちも、許せない気持ちも――信じられない気持ちも、私、きっと全部はわかってあげられない。
 だけど……少しでも、わかってあげたい。
 悲しい気持ちを分け合いたいって、信じられないなら、信じてもらえるようになりたいって、そう思う」
「………………」
「私もね、エリオと同じだったんだ。
 一番大好きだった人に『いらない子だ』って言われて……『失敗作だ』って言われて……寂しくて、悲しくて、死んじゃいそうだった。
 だけど……」
 そこで一度言葉を切り――フェイトはエリオを優しく抱きしめた。
「悲しいのは、ずっと永遠になんて続かないから。
 楽しいことやうれしいこと……探していけば絶対に見つかるから。私も、探すの手伝うから……
 だからね、お願い。
 悲しい気持ちで、人を傷つけたりしないで」
 言って、自分の涙をぬぐうフェイトに対し、エリオは無言で視線を落とし――やがて、ポツリ、とつぶやくように告げた。
「……………………
 …………ごめん、なさい……」
 それは、実に久方ぶりに口にする、心からの謝罪の言葉だった。
 

「それで、正式に保護責任者候補に名乗り出てくれて……本当に、ずっといろんな面倒を見てくれたんです」
 あの日、あの場所であったことを一通り放し終え、エリオはそこで一息間をおいた。
「会いに来てくれるたびにいつもニコニコして、うれしそうで……いろんなことを教えてくれて……遊んでくれて……
 なのにワガママを言ったりもして……たくさん心配をかけて、優しくしてもらえて……それがどれくらい幸せだったのか、最近になって、やっとわかってきて……」
「わたしも、そんな感じかな……
 フェイトさん、本当に優しくしてくれたんです」
「うん」
 となりで同意するキャロに、エリオもまた笑顔でうなずいてみせる。
「そんなわたし達でしたので、会わせるタイミングはフェイトさんが本当に気を遣って考えてくれたみたいなんですが、ボクもキャロも、機動六課に志願しちゃって、それで今みたいな感じで……」
 言って、顔を見合わせたエリオとキャロはスバル達へと視線を戻し――
『って、えぇっ!?』
 驚きの声を上げた。
 だが、それもムリはない――何しろ、スバル達は涙ぐむわ、アイゼンアンカー達も感慨深げに仕切りにうなずいているわで、そろいもそろって感涙モードに爆入しているのだから。
「あ、あわわ……み、みなさん!?」
「ボクら、何かマズイことを!?」
「い、いや、何でもないから安心しろ……
 ただ、いい話だなー、と。思いっきりキたぜ、今の話」
 あわてるキャロやエリオに答えるのはロードナックル・クロだ。トランスデバイスである彼に涙腺はないが、それでも感動という感情はある。目頭が熱くなってきたのを感じながらその目元を押さえている。見れば、左肩のモニタに映るシロに至ってはもはや感激のあまり泣き出す寸前だ。
「あんたらも、がんばってきたんじゃない……!」
「フェイトさんもエリオもキャロも、みんな優しいよねぇ……!」
「拙者、感激いたした!
 エリオ殿も姫も、実によき方にめぐり会えたのでござるな!」
「え、えっと、えっと……」
 ティアナやスバル、シャープエッジも同様の様子だ――口々に告げる3人に、キャロは完全に動揺してしまい、
「に、兄さん、なんとかしてくれませんか!?」
 結局、頼れる“兄”に話を振った。言いながらマスターコンボイへと振り向いて――
「って、兄さんまで!?」
「そ、そんなことはないぞ……!
 泣いてなんかない。泣いてなんか……!」
「だったらなんで視線をそらして肩を震わせてるんですか!?
 それ、笑いをこらえてる震え方じゃないですよね!? 泣いてますよね!?」
 マスターコンボイもまた、熱くなってきた目頭の熱をこらえるのに必死――思わずごまかそうとする彼に、キャロは思わず声を上げる。
「と……とりあえず、ボクらが会ったことがなかったのは、そんな理由で……」
「わたし達が、そんな感じの子供だったから、って……」
 これはもう、話を進めるのが一番の解決策かもしれない――涙ぐむ一同に対し、エリオやキャロは取り繕うようにそう告げる。
「だけど、スバルさんやティアさんに教わったとおり、キャロともちゃんと話が出来るようになりましたし……そのおかげで、アイゼンアンカーとも、なんとかうまくやっていけてます。
 それに、イクト兄さんのおかげで、目標みたいなものも、少しずつだけど見えてきて……」
「二人で……今はシャープエッジさんやアイゼンアンカーも入れて4人で、六課のフォワードとして、ライトニングコンビとして、皆さんやイクト兄さん……フェイトさんに心配や迷惑をかけないように、がんばっていこうって……」
「心配するな! 二人とも!」
《二人ともちゃんとがんばれてるよ!》
「あわわ……」
「ありがとうございます……」
 力説するロードナックル兄弟のハイテンションぶりに、エリオとキャロは戸惑いながらも頭を下げて――
《…………ねぇ、ティア……》
《何よ?》
 そんな彼らの傍らで、スバルはティアナに念話で呼びかけた。
《こんなに大事な話教えてもらっちゃったし……あたしも教えちゃっていいかな?
 自分のこと……いろんなこと……》
《………………っ》
 スバルの提案に、ティアナは思わず答えに迷い――
《やめておけ》
 そう答えたのは、まだひとりだけ感動モードから立ち直りきれていないマスターコンボイである。
《あの二人のケースは過去形だが、貴様は現在進行形だろうが。
 それに、そのことを話すと言うことは、同時にギンガ・ナカジマについても話すことになるし、下手をすればそこから貴様の“師匠”のことについても話が波及しかねん。
 “師匠”については仕方がないにしても、少なくともギンガ・ナカジマが同席する機会が来るまで、避けておくのが懸命だ》
《あたしも同感。
 アンタも、そう考えてるからクロやシロにも話してないんでしょ?
 話せるタイミングはきっとあるわよ。もうしばらく、おとなしくしときなさい》
《ん……》
 マスターコンボイとティアナの言葉にうなずいて――スバルはふと疑問を抱いた。
《……って、何でマスターコンボイさんが知ってるの!?》
《前に、偶発的に貴様の記憶が無意識下に流れ込んできたことがある。その時にな。
 おそらくはゴッドオンの影響だろう……そう考えると、貴様の方にもオレの記憶が流入したと思うんだが?》
《……うーん……》
 答えるマスターコンボイの言葉に、スバルは自らの記憶の糸をたぐり寄せ――
《………………あ》
《……待て。
 なぜそこで赤くなる?》
 その動きが止まった。みるみるうちに顔を赤くするスバルに対し、マスターコンボイは思わず尋ねる。
《貴様、一体オレの記憶の中の何を見た?》
《な、なんでもないですよ!?
 なのはさんとの“戦役”時代の思い出の数々なんて、これっぽっちも見てませんよ!?》
《よし。わかった。
 あとで貴様のその記憶を消し飛ばせないか試してみよう――とりあえず物理的に》
《えぇぇぇぇぇっ!?》
 思わず焦るスバルだが、もちろん冗談に決まっている――あわてる彼女を軽くあしらいつつ、マスターコンボイは胸中でつぶやいた。
(こんな気分のいいヤツらに好かれているんだ……
 適当な結論に逃げるならただでは置かんぞ、炎皇寺往人……)
 

「そんなことがな……」
「はい……」
 一方、こちらは映画館(のロビー)の二人――話を聞き終え、うなずくイクトにフェイトもまたうなずき返してみせた。
「あの二人が今みたいに心から笑えるようになったのって、本当にごく最近の話なんです。
 そして……その理由の中で、イクトさんや、マスターコンボイ……“お兄さん達”の存在がかなり大きいんです」
「そんなことはないだろう。
 オレも、マスターコンボイも、自分達にできることしかしていないんだ。特別なことなどしていないのに……」
「そんなことないです!」
 答えるイクトに対し、フェイトは思わず力強く反論していた。
「あの子達、一緒に食事をしたりすると、いつも二人の話ばかりするんです。
 『今日はイクト兄さんにこんなことを教えてもらった』『兄さんとこんなことをした』……本当に楽しそうに話すんですよ。
 正直、うらやましいくらいに……」
「むぅ…………」
 そんなフェイトに強く反論もできず、イクトは困ったように視線を逸らして頭をかく。
「あの子達にとっては、二人は“元破壊大帝”や“元瘴魔軍”じゃない――とても大切な“お兄さん”なんです。
 マスターコンボイのことも、イクトさんのことも、とても大好きで……二人がいるから、あの子達の今の笑顔があるんだ、って、本当にそう思うんです。
 だから……」
 言って、フェイトはイクトに対して頭を下げ、
「お願いします。
 これからも……二人の“お兄さん”でいてあげてください」
「………………」
 そんなフェイトの言葉に、イクトは無言で視線を伏せた。
 “元瘴魔軍”“かつての人類の仇敵”――自分がそういった存在であることは否定のできない、厳然たる事実だ。
 しかし――それでも、フェイトはそんな自分が必要だと言っている。
 エリオやキャロもまた、自分を“兄”として必要としてくれている。
 そんな彼女達の想いを代表してぶつけてくるフェイトに対し、イクトは静かに息をつき、
「…………マスターコンボイとまとめてセットなのか? オレは」
「え…………?」
「オレはオレ、マスターコンボイはマスターコンボイ。
 まとめて扱われるのは、オレにとってもマスターコンボイにとっても無礼だとは考えないのか?」
「あ、いや、それは……」
 イクトの指摘に対し、フェイトはあわててフォローの言葉を探し――
「…………冗談だ」
 そんなフェイトの頭を軽くなでてやり、イクトは口元に優しげな笑みを浮かべた。
「確かに、オレはかつての瘴魔軍の筆頭瘴魔神将にして、人類を滅ぼそうとした男だ。その罪を否定することは許されない。
 だが……だからと言って、今のオレが過去のオレに立ち返る必要もない――それでは、過去のオレが犯した過ちをまた繰り返すだけだ。
 過去の罪にこだわり、オレはオレを必要としている者達の想いを危うく裏切るところだった。
 エリオやキャロのような、オレを必要としてくれるみんながいたから……そしてそれを貴様が教えてくれたおかげで、本当にすべきことに気づくことができた。礼を言う」
「じゃあ……」
「あぁ」
 声を上げるフェイトと正面から向き合い、イクトはハッキリとうなずいてみせた。
「過去から逃げることはできない――だから、オレは過去と向き合おう。
 だが、それは新たにザインが作る瘴魔軍の中で、ではなく――機動六課で、だ。
 かつて瘴魔軍の将として世界を滅ぼしかけた罪――同じ災厄の繰り返しを阻むことで償おう」
「イクトさん……!」
 力強く自らの決意を口にするイクトに対し、フェイトは思わず彼の手を取って、
「ありがとうございます! 本当に……!」
「あ、あぁ……」
 自分の手を握るフェイトの手は、いつもバルディッシュを手に戦いに赴いているとは思えないほど柔らかで――思わず顔を赤くするイクトだったが、
「……だ、だがな、テスタロッサ」
「はい?――痛っ!?」
 それでも、努めて冷静にイクトは続ける――思わず顔を上げたフェイトだったが、そんな彼女の額をイクトのデコピンが痛打する。
「貴様も貴様で、ひとつ肝心なことを忘れている」
「え? え…………?」
「『オレ達がエリオとキャロにとって大切な存在』だと?
 まさかとは思うが……貴様、自分のことを失念してはいまいな?」
「あ………………」
 本気で忘れていたらしい。デコピンを受けた額を押さえたまま間の抜けた声を上げるフェイトの姿に、イクトは思わず苦笑し、
「確かにオレ達はあの二人の“兄”だ。貴様がそうだと言うのなら、オレ達の存在はあの二人の中でかなり大きいのだろう。
 だがな――ヤツらにとって、もっとも身近な“家族”は間違いなく貴様だ。
 事この話題に関しては、オレ達はただ貴様の後に続いているだけの後輩だ――自信を持って、胸を張ってヤツらの“家族”でいてやれ」
「…………はい!」
「うむ。いい返事だ」
 笑顔でうなずくフェイトに、イクトもまた笑顔で答えるときびすを返し、
「腹がすいたな。
 どこかで軽く食事をとって帰るか」
「はい!」
 

 紆余曲折あったものの、こうしてイクトは無事復活。
 フェイトにとっても有意義な休日となり、二人は意気揚々と六課へと帰隊した。

 

 そう。帰隊した。

 

 帰隊した、のだが……

 

 

「……ひとつ聞こう。
 なぜオレ達二人は、主要メンバーの勢ぞろいした指令室に呼び出されているんだ?」
「わからへん?」
「うん。さっぱり……」
 そこにはロングアーチ一同はもちろん、隊長格一同にスバル達フォワード陣――尋ねるイクトに聞き返すはやてだが、そんな彼女にはフェイトが答える。
「あんな、イクトさん。
 今日、二人は一緒になってお出かけしたワケやん?」
「あぁ」
「で、行く前はふさぎ込んでたイクトさんが、イヤに晴れ晴れとした顔で戻ってきた。
 しかも、なんかフェイトちゃんもうれしそうやし……何かあったと思うのが普通やん?」
「まぁ、な。
 実際、吹っ切れるきっかけはあったんだしな」
「それや!」
 答えるイクトに対し、はやては人さし指をびしっ! と突きつけ、
「さーさー、何があったのか、キリキリ吐いてもらおうやないの!」
「黙秘は許しませんよ、二人とも!」
「えっ? えっ!? えぇっ!?」
 詰め寄るはやてや彼女に続くシャリオに対し、フェイトは思わず後ずさりして、
「別に、お前らの考えているような展開はないぞ?」
「ウソ! ウソですよね!?
 正直に答えてください! でないと、このシャマル印の自白剤が火を吹きますよ!」
「いや、薬が火を吹いたらマズイだろ……」
 せっかく答えてもあっけなく否定された――怪しげなアンプルを片手に告げるシャマルに対し、イクトはため息まじりにツッコミを入れる。
「………………なのは……」
「えっと……ごめん」
「さすがにこれだけ集まっちゃうと、力ずくで止めるワケにも行かないでしょ……」
 一方、今回裏で騒動の鎮圧に動いていた面々は渋い顔――責めるような視線を向けるマスターコンボイに対し、なのはとライカは肩をすくめてそう答える。
「ホントに、何もなかったんですか?」
「だから、ないと言っているだろう。
 単に、同じ“エリオとキャロの家族”として、腹を割って話し合って……その過程で吹っ切れた、それだけだ」
「なんや、つまらんなー」
 やはり興味は隠し切れないのか、尋ねるスバルに答えるイクトの言葉に、はやては本気でつまらなさそうにため息をついた。
「せっかくのお休みなんやし、二人の仲が急接近、くらいの展開は期待しとったんやけど……」
「そんなに都合よく行くワケがないだろう。
 オレとテスタロッサは、機動六課の大半のメンバーと同じく、つい先日知り合ったばかりなんだぞ――そんなすぐに関係が進展してたまるものか」
「せやかて……」
 イクトの言葉に、はやては不満そうに口をとがらせ、
「私やなのはちゃん、アリシアちゃんが名前呼びなのに対して、フェイトちゃんだけ『テスタロッサ』ってミドルネーム呼びやん。
 それが、なんか周りからは一線引いてるように見えてまうんよ」
「だったらシグナムはどうなる? ヤツとて“テスタロッサ”と呼んでるだろうが」
「まぁ、シグナムはフェイトちゃんがテスタロッサ姓やった頃からそう呼んでるからなー……年季が入ってる分、そっちの呼び方の方がしっくりくるんよ。
 せやけど……イクトさんは違うやろ? さっき、自分で『付き合いが浅い』って言ってたもんなー」
「むぅ…………」
 はやての言うことにも一理ある――思わずうめくが、なんだかここで同意するのも負けた気がする。イクトはそれでも懸命の反論を試みる。
「し、しかしだな、当人にも呼ばれたい呼び方というものがあるだろう。
 同姓の知り合いが多く、名前で呼ばなければ混同してしまう貴様らは仕方ないが、オレとしては軽々しく名前で呼ぶのは……」
「だそうだけど……どうなの? フェイト的には」
「え?
 えっと……」
 そう当人に尋ねるのはアリシアだ――話を振られ、フェイトはしばし視線を泳がせていたが、
「わ、私も、その……
 名前では……呼んで欲しいかも……」
「ほらな? フェイトちゃんもこう言ってるんやし!」
(テスタロッサぁぁぁぁぁっ!)
 一緒に責められていたはずの“相方”にまで裏切られた。意気揚々と詰め寄ってくるはやてを軽くスルーし、イクトは脳裏で彼女に対して抗議の叫び声を上げる。
「ほらほら、イクトさん!
 名前で呼んであげるだけなんよ! せめてそれくらいの関係の進展はしてあげてもえぇやんか!」
「むぐ…………っ」
 はやてに詰め寄られ、イクトは思わず助けを求めて視線をさまよわせるが――むしろ興味津々の様子だ。
 今回は制止側だったはずのなのは達でさえ、さすがにこの展開には興味を隠し切れないようだ――正直、助けは期待できそうにない。
 四面楚歌とはこういうことか――などと関係ないこともチラリと考えるが、それで情況が好転するワケがない。
 もはや、あきらめるしかないのか――周りにとっては割とどうでもいい敗北感を抱きつつ、イクトはフェイトへと向き直り、
「……あー、なんだ……」
「はい」
 心なしか、フェイトも緊張している気がする――そんな彼女を前に、イクトは息を整え――
「……えっと……
 …………その……
 ………………あー……
 ……………………」
 何とか名前を予防とするものの、言葉が続かず――とうとう完全に沈黙。イクトは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
 一同が固唾を呑んで見守る中、無限とも一瞬とも思える沈黙が続く。
 そして、イクトは意を決して顔を上げ――
「がふっ!?」
 いきなり血を吐いてひっくり返った。
「吐血!?」
「いや、違う!」
 思わず声を上げるスバルだが、何が起きたのかを敏感に察したブリッツクラッカーが否定の声を上げる。
「このバカ、緊張のあまりいきなり舌かみやがった!」
「って、まだ一言も発してないですよ!? どれだけ緊張してるんですか!?」
「あわわ、イクトさーんっ!?」
 ブリッツクラッカーの言葉にティアナが声を上げ、フェイトがあわててイクトに駆け寄る――

 

 

 そんな、平和な一日が終わろうとしている、ちょうど同じ頃――

 

「…………貴様……っ!」
 突然現れた来訪者を前に、ジェノスクリームは思わず顔をしかめた。
 ひとりのトランスフォーマーだ――全体的に細身だが、体躯としては自分達に決して劣っていない。単に背中の翼で飛翔するため、ボディをスマートに仕上げただけの話だ。
 彼については、別に知らない顔ではない。
 しかし――あまりいい感情を持っていない相手であることも確かだ。うめくように声をかける。
「どういうつもりだ。
 今頃になってノコノコと……!」
「『どういうつもり』だと?
 そいつぁこっちのセリフだぜ……前に『十分な準備が整うまでは行動を起こさない』って言ってたのはてめぇだろうが。
 なのに、いざ動き出してみたら、連戦連敗だっていう話じゃねぇか」
 うめくジェノスクリームに答え、彼は自信に満ちた笑みをその口元に浮かべた。
「てめぇらがそんなザマだから、手伝いに来てやったんじゃねぇか。
 むしろ感謝してもらいたいもんだね」
 言って、彼はジェノスクリームに対し自信タップリに言い放った。
「次はオレが出る――オレのやり口の方が正しかったって、思い知らせてやるぜ。
 次回は――」
 

「斬空参謀、ジェノスラッシャー様の表舞台デビュー戦だぜ!」


次回予告
 
はやて 「なーなー、ホントにイクトさんと何にもなかったん?」
フェイト 「な、ないよ、ホントに……」
はやて 「惜しいなー。
 これで、フェイトちゃんにもめでたく彼氏が出来るかと思ったんやけど……」
フェイト 「か、彼氏!?」
ガスケット 「あのさぁ……ひとついいか?」
はやて 「何や?」
ガスケット 「偉そうにそんなこと言ってるけどさぁ」
アームバレット 「フェイトに対してそういうこと言う前に、自分の心配をした方がいいんだn――」
   
  (以下、惨劇)
   
はやて 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜
 第40話『運命さだめ、動き出すとき〜機動六課のある休日〜』に――」
はやて&フェイト 『ゴッド、オン!』

 

(初版:2008/12/27)