ミッドチルダ首都・クラナガンで各勢力が入り乱れての大混戦が続いている一方、なのは達の故郷である第97管理外世界の地球、東京では――
「こん、のぉぉぉぉぉっ!」
気合一発、ブロードキャストの投げ飛ばしたのは久々の登場となるユニクロン軍の簡易量産型TF、シャークトロン――豪快に宙を舞ったその巨体はふっ飛んだ先で“お仲間”に激突、大破する。
「チャクラムビースト!」
続けて投げ飛ばすのは光学ディスクを思わせる光沢を放つチャクラムが数枚――と、それらは空中で形が崩れ、ワシやライオン、人型に変形して他のシャークトロン達に襲いかかる。
武器としてもサポート要員としても使えるブロードキャストの支援メカ“チャクラムビースト”である。
「ったく、こなた達のいないところを狙ってくるなんざ、やることが汚すぎるんだよ。
どーせ狙いはアイツらの確保してる“レリック”なんだろうけどさ」
苦笑まじりにかまえ直し、ブロードキャストはそうつぶやき――
〈ブロードキャスト!〉
そんな彼に通信してきた者がいた。
「状況はどうだ?」
〈悪くないな。
この程度なら押し切れるし――所轄のトランスフォーマーの連中も向かってきてる。
お前が来なくても、何とかなりそうだぜ〉
自らの拠点からブロードキャストに問いかけるのはスカイクェイクだ――対し、ブロードキャストはあっさりとそう答える。
「なら、こちらが出向くまでもない、か……
あまり早く出向いて、手際のよさからこちらの動きを怪しまれるのを避けたかったがための措置だったが……時間稼ぎを任せたのが貴様でよかった」
〈いいってことよ!〉
「オレとしても、あの嬢ちゃん達には借りを返しておきたかったしな――いい機会だぜ!」
スカイクェイクに答え、ブロードキャストは不敵な笑みを浮かべながら目の前のシャークトロン部隊と対峙する――彼が言っているのは、こなたが偶然ゴッドマスターに覚醒し、ユニクロン軍と戦った最初の戦闘の時のことだ。
あの時、自分はノイズメイズに苦戦を強いられ、結果としてこなた達を巻き込んでしまった。さらに言えば、あの戦闘は直後に覚醒したこなたによって、結果的にこちらが助けられた形でもある――それなりに負い目を感じていたブロードキャストにとっては、面目躍如の絶好の機会なのだ。
「さぁ来いっ!
帰ってくるこなた達への自慢話のためにも――もーちょっと撃墜数を稼がせてもらうぜ!」
言って、ブロードキャストは改めてかまえ直し――直後、“彼の後方で”爆発が起きる!
「何だ!?」
声を上げて振り向き――ブロードキャストはそこに新たに姿を現したシャークトロン部隊の姿を見た。増援か伏兵かは知らないが――
「くそっ、まだいたのかよ!」
いずれにせよ即時対応が必須――すぐに迎撃に向かおうとするブロードキャストだったが、そんな彼に向け、先に対峙していたシャークトロン達が一斉に襲いかかる!
第44話
凶刃、煌く
〜突撃! ブレード・ライアット〜
「くらえぇっ!」
「フンッ」
一見すると最小限の動きで回避しているように見えるが、実際は違う。紙一重の回避でなければ、放たれる攻撃の隙間をかいくぐることができないのだ――ブラックアウトのエネルギーミサイルをかわしながら身をひねり、イクトは縦横無尽に飛び回るブラックアウトへと炎を解き放つ。
が、ブラックアウトも空中戦の猛者。そう簡単には当たってくれない――すべるように空中を駆け抜け、ムダのない機動で炎の影響圏から離脱する。
イクトもイクトで、地上でも空中でも機動戦は苦手分野だ。海鳴でノイズメイズ達と戦った時のように相手が近接戦を仕掛けてきてくれれば、むしろこちらの独壇場に持ち込めるのだが、ブラックアウトもそのことに気づいているのか、エネルギーミサイルとプラズマ砲でこちらの間合いの外から執拗にヒット・アンド・アウェイを繰り返してくる。
“こちらも砲撃で撃ち落とす”という選択肢は却下。能力的には広域型に分類されるイクトは“狙って撃つ”という類の攻撃がどうも苦手だ。
いや、『できない』と言い切ってもいい――意識して狙って撃ち、まともに当たったことなど数えるほどしかない。むしろ“とっさの反応”によって放つ本能的な砲撃の方が命中率が高いぐらいだ。
もういっそ、周りの空間もろとも焼き尽くしてやろうか――などと物騒なことをイクトがチラリと考えた、その時――
――――――
「――――――っ!?」
彼の、瘴魔神将としての感覚がその“力”の気配をとらえた。
「……この“力”……まさか!?
よりによって――なんてタイミングで現れる!」
その“力”の気配の主は、ある意味“もっともこの場に現れてほしくなかった相手”のもの――舌打ちまじりにうめくが、目の前の相手を何とかしなければ対応のしようがない。意識を切り換え、イクトは今度こそブラックアウトを叩き落とすべく“力”の収束を始めた。
「オォォォォォッ!」
咆哮と共に、渾身の力でオメガを振り下ろす――が、
「当たるかよ!?」
ジェノスラッシャーはビーストモードである翼竜形態でその斬撃をヒラリとかわし、
「どぉりゃあっ!」
そこへペイロードが飛び込んできた。狙いを外したマスターコンボイを、体当たりで弾き飛ばす!
「ぐぅ…………っ!」
「マスターコンボイさん!」
倒れることは何とか避けたものの、それでも大きく押し戻される――うめくマスターコンボイの姿に思わず声を上げ、スバルは彼の援護に向かおうと駆け出して――
「すとぉっぷ!」
「ぐえっ!?」
そんな彼女のバリアジャケット、腰のベルト部分を捕まえて引き止めるのはこなただ。
腹に突然の圧力を受け、女の子らしからぬ悲鳴を上げてしまったスバルは振り向いて抗議の声を上げようと口を開き――
次の瞬間、スバルが駆け抜けようとしていたその場を、地下からの閃光が撃ち貫いた。
「え、えぇっ!?」
あのまま突撃していたらあの閃光に吹き飛ばされていた――いきなりの一撃にスバルが驚きの声を上げると、
「まったく……地下から熱源がハッキリ検出されてたでしょ。
そっちのキャリバーくんも、ちゃんとマスターを止めなきゃダメじゃない」
「うぅっ……ゴメン」
〈It's sorry.〉
こなたの言葉に、スバルとマッハキャリバーが思わず謝罪すると、
〈It is in the master as it says.〉
そんな二人に告げるのはこなたの足に装着されたマグナムキャリバーだが――
〈Be more careful of the neighborhood.
Whether or not it is foolish you.〉
「なんかすっごく口が悪いんだけど!?」
「あー、気にしなくてもいいよ。
これがこの子の素だから♪」
〈It isn't stopped at this time that the master crashed if not dark.〉
続いて放たれたのは容赦のない毒舌だった。マグナムキャリバーの言葉に思わず声を上げるスバルだが、こなた達は主従そろってあっけらかんとそう答え――
「ゥオォラァッ!」
咆哮と共に撃ち抜かれた地面が砕け散り――砲撃の主が姿を現した。
先ほどの地下での戦いの際、ヴィータ、ビクトリーレオ、リインの3人にノされたまま放置されていたジェノスクリームだ。ビーストモードの恐竜形態で姿を見せ、スバル達をにらみつける。
「貴様ら……よくもやってくれたな!
お返しはキッチリさせてもらう――フォースチップ、イグニッション!」
咆哮し、ジェノスクリームは背中のキャノン砲の基部に備えられたチップスロットにフォースチップをイグニッション。大きくのけぞって口腔内にエネルギーをチャージし――
『だらっしゃぁあぁっ!』
威勢のいいかけ声と同時、スバル達の背後に積み上がっていたハイウェイの残骸が吹き飛んだ。
そして――
「よっしゃあっ! 地上だ!」
「やっと出てこれたな!」
「まったく、ひどい目にあったものだ……」
姿を現したのはノイズメイズ、ランページ、サウンドウェーブ――地下でライカに敗れた彼らもまた、戦線に復帰すべく地上に舞い戻ってきたのだ。
「ノイズメイズ達まで!?」
「はさみ撃ち!?
あー、もうっ! スバル止めた後にさっさと下がれば良かったーっ!」
驚くスバルのとなりでこなたが頭を抱えて声を上げ――
「散りなさい!」
そんな二人に呼びかける声があった。
「散開するの! 早く!」
『………………っ!』
上空から二人に指示を下すのはライカだ。その意図を察し、スバルとこなたは左右に跳躍し――
「ジェノサイドぉ! バスタァァァァァッ!」
『どわぁぁぁぁぁっ!?』
スバルとこなたを狙った閃光は狙いを外れ――その先に顔をそろえていたノイズメイズ達に襲いかかった。あわてて散開する3人の間を、破壊の閃光が駆け抜ける。
「てめぇ……!
いきなり何しやがる!」
「うるさい!
貴様らこそジャマだ! 失せろ!」
「失せてたまるかいっ!
こっちもアイツらに用があるんじゃいっ!」
ノイズメイズの抗議に言い返し、ジェノスクリームはジェノスラッシャーと合流――そこへさらに言い返すと、ランページはスバル達と合流するヴィータ達――正確にはその中のひとり、エリオの抱えている“レリック”のケースを指さした。
思わずスバル達が身がまえるが――そんな彼女達への警戒も怠らず、それでもノイズメイズ達とジェノスクリーム達、両者は火花を散らしてにらみ合う。
「どうやら、お互い狙いはあの“レリック”みたいだn――」
「だけではあるまい」
先手を打とうと口を開いたのはジェノスクリーム――しかし、そんな彼のさらに先手を打ってきたのはサウンドウェーブだった。
「さっきの砲撃――ジェノサイドバスターか? 粒子の収束が不自然に抑えられていた――死なない程度に威力を絞っただろ。
つまり、貴様らにとっては、あの小娘達を殺してはならない理由がある――だとすればそれは何か?
大方、貴様らはあの小娘達もターゲットとしている……そんなところか」
「よく見てたじゃねぇか……あわててオレのジェノサイドバスターから逃げ出したクセに」
「これでもこのメンバーの中では頭脳面担当なのでな」
不敵な笑みを浮かべるジェノスクリームに対し、サウンドウェーブもまた自信に満ちた答えを返す――背後で“非”頭脳面担当にカウントされたノイズメイズとランページが抗議の声を上げているがとりあえずスルーしておく。
「そこまで気づけば後の推理はすんなり進む。
アイツら……その中でも新人どもはそろいもそろってゴッドマスターのようだ――狙う理由があるとすればおそらくはそれ。
まだ実力が伸びてきておらず、比較的捕獲の容易なヤツらを捕らえ、自分達の戦力に仕立て上げる……違うか?」
「……そこまで考え、貴様らはどうするつもりだ?」
「決まっている」
今度はジェノスラッシャーが尋ねる――答え、サウンドウェーブはスバル達へと視線を向けた。
「貴様らの予備戦力にヤツらをくれてやるのは気に食わん。
つぶさせてもらうぞ――貴様らがヤツらを手に入れる前にな!」
「ようするに、いつものノリで倒しに行けってことだな!」
「そういうことなら簡単じゃ!
今までいいようにやられてた分、まとめて仕返ししちゃらぁっ!」
サウンドウェーブの宣言に、話に割り込めず、先ほどの抗議もスルーされてふてくされていたノイズメイズとランページのやる気のゲージが一気に跳ね上がった。それぞれの獲物を手に、スバル達に対し戦闘態勢に入る。
「…………だ、そうだぜ。
どうする? ジェノスクリーム」
「決まっている」
一方、ジェノスラッシャーの問いに答え、ジェノスクリームは尻尾で地面を景気よく叩き、
「つぶし合いを待ってかっさらう――などということはせん。
この戦い、簡単に決着、とはいくまいが、おそらく崩れる時は一気に崩れる……のん気に後方で高みの見物をしていては、おいしいところを持っていかれることになる」
「だな。
オレ達も乱入して、その“崩れ”とやらをとっとと起こすとするか!」
ジェノスクリームに答えると同時に羽ばたき、ジェノスラッシャーは改めて空へと舞い上がった。
「あー、やっぱ、両方こっちに向かってきやがるか……!」
「仕方ないだろ。
『敵の敵は味方』とは、簡単にはいかないさ」
「だよねー。
何しろ、アイツらの狙いは今全部私達のところに集まってるワケだし――“レリック”もゴッドマスターも」
共にこちらに向けて戦闘態勢に入るディセプティコン二大提督とユニクロン軍三大戦士――舌打ちするヴィータやビクトリーレオに、こなたは肩をすくめてそう答える。
「ど、どうしましょう、ヴィータ副隊長……」
「やるしかねぇだろ。
うまいこと、アイツらがつぶし合う展開に持っていければいいんだけどな……」
思わず不安を露わにして尋ねるエリオに答え、ヴィータはグラーフアイゼンをかまえ――
――――――
『――――――っ!?』
若干名の感覚に“それ”が届いた。ヴィータが、ライカが、こなたが――そしてスバルが唐突に顔を上げた。
「ヴィータ、感じた!?」
「たりめーだ。
あたしだって、“擬装の一族事件”の時にアイツから“力”の読み方は教わってんだ――もっとも、まだ探索ぐらいしかできねぇけどな」
尋ねるライカにそう答え、ヴィータはこなたやスバルにも視線を向け、
「お前らも感じたみたいだな」
「あー……あたしは、師匠からみっちり感知は教わりましたから……」
「私についてはノーコメント。
とりあえず……ちゃんと気づいた、ってことは答えとく」
スバルとこなたの言葉にうなずき、ヴィータは改めて敵対する二大勢力に視線を戻した。
「どうやら……多少ムチャやってでもさっさと片付けなきゃならなくなっちまったな……」
気合を入れ直し、グラーフアイゼンを握る手に力を込める。
「“向こう”が片付く前に勝負を決めねぇと……」
「あのバーサーカー、間違いなく敵主力の集まってる“ここ”に来るぞ」
「お、お前は……?」
突然現れ、自分を狙ったハンマーを弾き飛ばしたのはひとりの男――突然乱入してきたその男の背中を見つめ、アイアンハイドにゴッドオンしたままのディエチはしぼり出すように声を上げた。
以前、データでその姿を見たことがある――かつて姉の片目を奪った男、その関係者だ。呆然とその名を口にする。
「ブレード……!?」
しかし、そんなディエチのつぶやきは相手の耳には届かない。男――ブレードは身の丈ほどもある大剣を肩に担いでブラジオンと対峙している。
「貴様……たかが人間が、オレと戦おうってのか?」
「あ? 『戦う』?」
一方、ブラジオンもまたブレードの姿を前に首をかしげてそう尋ねるが――当のブレードはそんな彼の言葉に眉をひそめた。
「てめぇ、さっきオレの言ってたことを聞いてなかったのかよ?
誰が『戦い』なんて甘っちょろい言葉でくくれるレベルでバトるかよ?」
そう言うと、肩に担いだ大剣を片手で軽々と振り回し、切っ先をブラジオンに突きつけて告げる。
「オレはな……“殺し合い”をしに来たっつったろうが」
「フンッ、身の程知らずが……」
告げるブレードの言葉や彼の余裕の態度に気分を害したか、ブラジオンは自らの手に握られた、ビークルモード時の砲塔が変形したハンマーを振り上げた。
「いいだろう。そこまで言うのなら……望みどおり、この一撃であの世に送ってやる!」
咆哮と共に、ブレードに向けて力いっぱい振り下ろし――
「そいつぁ――困るな!」
ブレードもまた真っ向から対抗した。右手の大剣――日本刀を媒介にした斬馬刀型精霊器“斬天刀”を思い切り振るい、ブラジオンのハンマーを真っ向から打ち返す!
「せっかくの戦いだ!
思いっきり味わっていこうじゃねぇか!」
その体格差からは信じられないほどの衝撃にたたらを踏むブラジオンに言い放ち――ブレードは左手に着けた腕時計型の端末ツール“ブレイカーブレス”をかまえた。
全身から“力”をあふれさせつつ、咆哮する。
「ブレイク、アァップ!」
ブレードが叫ぶと同時、彼の左手のブレイカーブレスから光が放たれ、それはブレードを包み込むと物質化、鋼の獅子を形作る。
そして――次の瞬間、それが粉々に粉砕され、中から漆黒の鎧に身を包んだブレードが姿を現した。
右手に握る斬天刀を掲げ、高らかに名乗りを上げる。
「さぁ、殺し合いの時間だぜ。
“ブレード・ライアット”、発進だ!」
「何だ?
一体何事だ? これは」
「本局・遺失物捜査部、機動六課の戦闘、そのリアルタイム映像です」
時空管理局、ミッドチルダ地上本部――その最上階の展望室で、モニターに映し出された数々の戦闘の映像を前にしたレジアス・ゲイズに対し、娘であり彼の秘書官を務めるオーリス・ケイズは淡々とそう説明した。
「交戦している相手は、かねてから報告のあったAMF装備のアンノウン、“瘴魔”と呼ばれる異質生命体――及び犯罪者トランスフォーマー集団“ディセプティコン”、そしてユニクロン軍の残党。
対し、六課側は隊長格を含め総力で対抗――部隊長の魔導師ランクは、総合SS」
「地上部隊にSSだと!?
聞いておらんぞ!」
「所属は本局ですから」
地上本部、そのトップではないとはいえ、前線を統括する責任者である自分が何も知らされていないとは――思わず声を上げるレジアスだが、オーリスはやはり冷静にそう答える。
「後見人と部隊長は?」
「後見人の筆頭は、本局・次元航行部隊提督、クロノ・ハラオウン提督と、リンディ・ハラオウン統括官。
ミッドチルダ・サイバトロン司令官ザラックコンボイとセイバートロン・サイバトロン司令官代行スタースクリーム。
そして、聖王教会の騎士、カリム・グラシア殿になります」
「…………チッ。
英雄気取りの青二才どもか……」
10年前の“GBH戦役”の立役者達と聖王教会の騎士達のトップ――目の前にオーリスが展開したウィンドウに映し出された“後見人”達の姿に、レジアスは苛立ちも露わにそううめき――
「部隊長は、八神はやて二等陸佐です」
「八神はやて……?
……あの八神はやてか!」
続くオーリスの言葉に、レジアスの表情は明らかな嫌悪を表した。
「“闇の書”事件の、八神はやて……!
中規模次元侵食事件の根源にして、あのギル・グレアムの被保護者……
さらには、“擬装の一族事件”では“擬装の一族”どもの保護を画策したと聞く――どいつもこいつも犯罪者ではないか!」
「しかし、八神二佐らの執行猶予期間は、すでに過ぎていますし、グレアム提督の件は、その後の“GBH戦役”での貢献をもって、不問ということになっています。
“擬装の一族事件”においても、最終的にはその主要メンバーの大半を彼女達が撃墜しています。
ですから――」
「同じことだ!」
告げるオーリスの言葉にも、レジアスは乱暴にそう答えた。
「犯した罪が消えるものか!」
「………………っ!」
言い放つレジアスのその言葉に、オーリスは彼の背後で密かにため息をついた。
レジアスのことは父としても、上官としても尊敬しているが――そんな彼女から見ても、この一点だけはどうもいただけない。この、罪を償った者であろうと犯罪者であれば情け容赦のない“過剰すぎる正義感”さえ鳴りをひそめてくれれば、文句のつけようのない人物なのだが……
「…………問題発言です。
公式の場では、お控えください」
「わかっている」
部下として最低限の注意を促すオーリスに答えると、レジアスは息をつき、
「忌々しい……
次元航行部隊の連中はいつもそうだ。危険要素を軽視しすぎる」
「“あの”柾木ジュンイチの助力を幾度となく受けてきた我々地上部隊も、人のことは言えないのでは?」
「私は認めていない!」
いさめるように告げるオーリスだが、彼女の挙げた名はレジアスにとってまさに“最大級の地雷”だった――落ち着くどころかさらに苛立ちを強め、レジアスはオーリスに言い放つ。
「ヤツのせいで、我々が何度煮え湯を飲まされたか!
それに、あの男もこの八神はやてとは懇意にしていると聞く――結局は本局派ではないか!!」
そう怒鳴り散らすと、レジアスは深々と息をつき、改めてオーリスに告げた。
「……近々、お前が直接査察に入れ。
何かひとつでも問題点や失態を見つけたら、即部隊長の査問だ」
「はっ」
「平和ボケの教会連中を叩き、あの柾木ジュンイチの鼻っ柱をへし折る、いい材料になるかもしれんからな」
敬礼し、応じるオーリスにレジアスが付け加え――そんな彼を残し、オーリスは静かに展望室を後にした。
「ぅおぉぉぉぉらぁっ!」
咆哮と共に、ブラジオンは横薙ぎにハンマーを振るい――ブレードを真っ向からブッ飛ばした。ガードもろとも弾き飛ばされ、ブレードの身体は吹っ飛んだ先の廃ビルに叩き込まれる。
「フンッ、いくらパワーがあろうと所詮は人間!
オレの打撃そのものは止められても、そこからの踏ん張りが利かんようだな!」
そんなブレードの後を追い、ブラジオンは廃ビルへと突撃――屋上にハンマーを叩きつけ、崩れた天井の重量も負荷した一撃が廃ビルそのものを叩き崩す!
「す、すごい……!」
その戦いは、完全に置いてきぼりを喰う形となったディエチをも圧倒させていた。別に付き合う義理もないのだから逃げてしまえばいいのだが、そんなことも考えさせないほど、ディエチは目の前の戦いに釘付けになっていた。
戦いは一見するとブラジオンの一方的な攻撃が続いているように見える。実際、ブラジオンの力任せの打撃に、ブレードは成すすべなくあちこちのビルに叩き込まれている。
しかし――
「ずぁらぁっ!」
まただ――自分の上に覆いかぶさっていたガレキを吹き飛ばし、飛び出してきたブレードがブラジオンへと斬りかかる!
しかも、その身体はそれほどダメージを受けていない。何らかの方法で衝撃を殺しているのか、それとも――
「…………いや、それはないか」
一瞬、「そもそも効いていないのでは?」と考えてしまったが――“自分達のような存在”ならいざ知らず、かつて閲覧したデータによれば彼は肉体そのものはいたって普通の人間とのことだった。ただの人間が、あの衝撃に耐えられるはずがない。
自分の中に浮かんだ仮説をバカな考えだと否定し、ディエチは再び目の前の戦いに意識を戻した。
「オラオラオラオラァッ!」
咆哮し、ブレードは力任せに右手の斬天刀を振るう――だが、セオリーも何もない、大振りの斬撃などはるかに巨大な体躯を持つブラジオンでも回避はたやすい。
あっさりとそれをかわし、逆にハンマーを振るう――ブラジオンの放った一撃はブレードをいともたやすく弾き飛ばした。放物線どころか直線の軌道を描き、ブレードはまたしても廃ビルの中に叩き込まれた。
「フンッ、さすがに死んだか……」
今回は文句なしの直撃だ。崩れ落ちるガレキの下に埋まったブレードの死を確信し、ハンマーを肩に担いだブラジオンはその目の前まで歩み寄りながらそうつぶやいて――
「誰が死んだって?」
「――――――っ!?」
平然と放たれた声に、半ば反射的に後方へと跳び――次の瞬間、ガレキの中から飛び出してきたブレードが斬天刀を一閃。ブラジオンの鼻先数センチのところを刃が空を斬り裂いて振り抜かれる。
「――フンッ! 驚かせおって!
せっかくの奇襲も、当たらなければ!」
危ないところだったが、すんでのところでかわせた――ブレードに言い放ち、その場になんとか踏みとどまったブラジオンはカウンターの一撃を叩き込むべく、一歩前方へと踏み出して――
弾き飛ばされた。
振り抜いた斬天刀の巨大な刃――それをまるで、振り下ろした動きを逆再生するように再び振り上げたブレードによって。
刃を返しもしないでそのまま振り上げたため、峰打ちの形ではあるが、それでもブレードの一撃はブラジオンを容赦なく弾き飛ばした。アッパーカットにも似た軌道でアゴを打ち上げられたブラジオンは大きく上方へと吹っ飛ばされ、やがて近くの廃ビルの屋上へと墜落した。
その衝撃で廃ビルが崩壊する中、ブレードは斬天刀を肩に担ぎ――
「………………チッ」
舌打ちした。
「ったく……変なタイミングで突っ込んでくるんじゃねぇよ。
おかげで、“振り上げるところに”かち合っちまったじゃねぇか」
「…………え……っ!?」
吐き捨てるように告げるブレードの言葉に、ディエチは思わず自分の耳を疑った。
ブレードの言葉の通りなら、“ただ振り上げただけの動き”で、ブラジオンを吹っ飛ばしたことになる――斬るつもりのなかった動きでそうなら、直撃すればどれほどの破壊力を生み出すというのか。
もちろん、単なる強がり、ハッタリという可能性もないワケではないが、それならばもっと言いようはある。今告げたようなトンデモ理論を振りかざす必要はまったくないだろうし――何より本人が本気で不満そうだ。残念ながら彼の言葉は事実と受け止めるしかないだろう。
「おい、どうした?
もうくたばったのか?――冗談じゃねぇぞ」
そんなディエチの困惑などまったく意に介さず、ブレードはブラジオンが突っ込み、崩壊した廃ビルの残骸へと歩を進める。
「せっかく身体も温まってきたのに、もう終わりなんて拍子抜けもいいトコじゃねぇか。
どうせだ。死ぬんならオレに斬られて死にやがれ!」
「……どっちにしても待つのは死なんだ……」
ムチャクチャなことを言い出すブレードにディエチが思わずつぶやいた、その時――
「誰が……死んだだと!?」
咆哮と同時――閃光があふれ出した。ガレキを吹き飛ばして放たれた熱線が、ブレードを飲み込み、吹き飛ばす!
そして――
「さっきの貴様のセリフ、そのまま返すぞ。
心配しなくてもこちらは平気だ――上に積もったガレキがジャマで、出てくるのが遅れたがな」
そう言って、ブラジオンはガレキの吹き飛んだ後から姿を現した。
その手に握られたハンマーは、グリップ側をブレードのいた地点に向けた形でかまえられている――ビークルモード時に砲塔として使われるそれを、そのままの目的に使用したのだろう。
「ロボットモードでハンマーとして使うからと言って、本来の機能が失われるワケではない――油断したな、人間」
熱線が駆け抜け、もうもうと立ち込める黒煙の中、ブラジオンは砲塔を再びハンマーとしてかまえながらそう告げる。
そして、そのままディエチへと向き直り、
「さて、ジャマ者は片づいた。
次は貴様だ」
「く………………っ!」
告げるブラジオンの言葉に、ディエチは思わず身がまえて――
「…………『人間』か……」
その言葉は爆煙の向こうから――驚愕し、振り向くブラジオンに向け、声は煙の中から平然と続ける。
「そーいや、お前にゃまだ名乗ってなかったっけな。
そいつぁ悪いことをしたぜ」
手にした大剣を無造作に一閃。黒煙を吹き飛ばしつつ、再びブラジオンの前に立ち――
「ランクは“マスター”、属性は“剣”。
“Bネット”機動部、独立機動部隊“第三の牙”――ブレードだ」
ごくごく平然とそう名乗りを上げるブレードだったが、そんなブレードの名乗りに返答を返す余裕など、ブラジオンにはなかった。
「バカな……!?
直撃だったはずだぞ……!?」
そう。自分がガレキの中から放った砲撃は、間違いなくブレードを直撃した。
しかも、かなりの至近距離。たとえ防御に優れたオーバーSランク魔導師であろうと、この条件でくらえばタダではすまない――それほどの砲撃だったのだ。
そんな砲撃を、ブレードは何の防御もなくまともにくらった。普通なら大ケガどころか死んでいてもおかしくない。
しかし、それでもブレードは健在だ――さすがに無傷とまではいかなかったらしく、あちこちからばかげた三流ホラーのように血を垂れ流しているが、物腰自体は平然としており、口元には笑みまで浮かんでいる。
明らかにダメージを負っている形跡があるのに、そのダメージが見られない――困惑しているのはディエチもまた同じだった。注意深く彼の姿を観察するうち、あることに気づいた。
おそらくは爆発の際に吹き飛んだガレキで切ったのだろう。腕に刻まれた、深々と切り裂かれた裂傷――そこからダラダラとあふれ出ていた血が、みるみるうちにその勢いを弱めていき――やがて完全に出血が止まった。
これは――
「傷が……勝手に治ってる……!?」
「あぁ、そうだ」
思わずつぶやくディエチだが、ブレードはあっさりとそれを肯定した。
「オレの力場の特性は“超速回復”――オレ自身の治癒能力を限界まで引き上げて、たいていの傷はあっさり治しちまうんだよ」
言って、ブレードはブラジオンへと視線を戻し、
「そういうワケだ。
この特性を持つオレに勝つにゃ、生半可な攻撃じゃムリだぜ――“殺すつもりでかかって来い”ってのはそういうことだ」
「そのようだな。
ならばここからは――」
告げるブレードに答え、ブラジオンは自らのハンマーを頭上高く掲げ――
「本気で、いかせてもらおうか!」
渾身の力を持って振り下ろし――ブレードの飛びのいたその場の地面を粉々に粉砕する!
対し、ブレードは砕け散る地面の破片に紛れ、ブラジオンの背後へと回り込もうとするが――
「見え見えだ!」
ブラジオンはその動きを読んでいた。ハンマーを持ち上げることもせずそのまま横薙ぎに振るい、回り込もうとしていたブレードを弾き飛ばす!
そのままハンマーを振り抜く勢いでブレードの方へと振り向くと、ブラジオンは地を蹴り、ブレードとの距離を詰めると間髪入れずに追撃のハンマーを繰り出す。
そんなブラジオンに対し、ブレードは斬天刀で受け止めようとするが――ブラジオンはそんな彼をガード上から殴り飛ばし、廃ビルの中へと叩き込む!
「どうしたどうした!?
回復力が高いだけで、後はヘタレか!?」
防戦一方のブレードに言い放ち、ブラジオンはさらに追撃を加えるべく地を蹴り――
「――心配、すんな!」
ガレキの中から飛び出してきたブレードが斬天刀を勢いよく振り下ろしてきた。とっさに身をひねったブラジオンの目の前で、大地に深々と傷を刻む。
「すぐにてめぇをぶった斬ってやるから、安心してかかってきやがれ!」
「斬られるのは御免だが――かかって来いというのには賛成だ!」
ブレードに言い返し、ブラジオンはハンマーで一撃、再びブレードを吹っ飛ばす。
「くそっ、うっとうしいハンマーだな……
ブッ叩きに来るたびに、人のことをまるで野球かテニスのボールみたいにポンポンとブッ飛ばしやがって。おかけでちっとも斬り合えやしねぇ」
「まったくだな……
こちらもポンポン飛ばれては狙いにくくてしょうがない」
なんとか体勢を立て直して着地し、うめくブレードにそう答え、ブラジオンは自らのハンマーをかまえ直し、
「まぁ、いい。
貴様がオレに手も足も出ないのは変わらん――このまま、一気に叩きつぶしてくれる!」
言い放ち、ブラジオンは再びブレードに向けて一歩を踏み出し――
「『手も足も出ない』だと……?」
「………………っ!?」
ブレードがつぶやいた瞬間、得体の知れない寒気がブラジオンの背筋を駆け抜けた。思わず足を止め、ブレードから距離を取る。
だが――そんな彼の警戒も、ブレードはまったく気にしていない。斬天刀を肩に担ぎ、飛びのいたブラジオンへと改めて向き直る。
「てめぇ……さっきオレが言ったことを聞いてなかったのかよ?
言ったはずだぜ――『ようやく身体が温まってきた』ってな」
告げながら、ブレードは一歩前へ――気づけば、ブラジオンもまた同様に一歩、ただしこちらは後方に踏み出していた。
「これからが本番だってぇのに、ちょっと斬り合ったぐらいで勝手に相手の実力を決めつけてんじゃねぇよ」
ただ佇んでいるだけ――しかし、ただそれだけのはずなのに、今のブレードは見るものすべてを圧倒するプレッシャーを周囲にまき散らしていた。真っ向から対峙するブラジオンだけでなく、ディエチもまた、知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでいた。
「オレが強いか弱いか、そんなのは――」
そして、ブレードは前方へと重心を傾けた。軽く踏み出していた左足に体重を預け――
「この殺し合いの後で――生きてたら考えな!」
言い放つと同時、ブラジオンに向けて大きく跳躍した。一瞬にして間合いを詰め、ブラジオンの真上から、彼がガードのためにかまえたハンマーへと右手で振り回した斬天刀を叩きつける!
「ぐぅ………………っ!」
その衝撃は、先ほどまでとは明らかに違う――うめくブラジオンに対し、ブレードはそのまま空中で身をひるがえし、立て続けに斬撃を叩き込む!
「な、なんだ、これは……!?
速い上に……重い……!」
踏ん張りの利かないはずの空中で、なんという威力の斬撃を放つのか――自分を大地に釘付けにしているブレードの連続斬撃に、ブラジオンはガードを固めたまま戦慄する。
「…………だが!」
しかし、こちらも負けるワケにはいかない。ブレードの斬撃の間断をつき、ブラジオンは彼を弾き飛ばすが――
「あめぇっ!」
そんなブラジオンに向けて、ブレードはふっ飛びながらも斬天刀を振るった。間合いの中に何も捉えていないその一撃は虚しく宙を薙ぐが――その軌道から多数の光の刃が放たれた。一斉にブラジオンへと飛翔し、とっさにガードを固めたブラジオンをガードの上から吹っ飛ばす!
「な…………っ!?
貴様、こんな技を隠して……!?」
「別に隠してたワケじゃねぇさ!」
うめくブラジオンに答えると、ブレードは着地と同時に再びブラジオンに向けて地を蹴り、
「こいつで斬るより――直接ぶった斬る方が好みなんだよ!」
再度の斬撃が、ブラジオンを真っ向から弾き飛ばす!
「何だ、コイツ……!
人間の身で、オレをパワーで上回る、だと……!?」
うめき、ブラジオンはなんとか態勢を立て直して踏みとどまり、
「あぁ。
確かにオレぁ人間だ」
そんなブラジオンを追い、ブレードはすさまじいスピードで突撃をかける。そして――
「けどな――オレがブレイカーだってことを、忘れてねぇか!?」
真上から斬りつけたブレードの斬撃を、ブラジオンはなんとかハンマーで受け止める。
「ひとつ、教えといてやる。
同じブレイカーでも、能力特性によって発揮される力のあり方は千差万別――けどな、それでもだいたいの傾向、ってヤツはある」
互いの獲物をぶつけ合ったまま、両者一歩も退かない――ブレードの斬撃をブラジオンが受け止め、つばぜり合いの体勢になったその状態から、ブレードは笑みを浮かべてブラジオンに告げる。
「オレぁ近接戦闘系のブレイカーでな――特殊効果系の能力は超回復しかねぇが、その分身体強化の効率が段違いなんだ。
マスター・ランクの近接系――その身体強化率を、なめんじゃねぇ!」
咆哮し――ブレードはブラジオンを“押し返した”。体躯ではるかに優るはずのブラジオンが、力任せに押し戻されてたたらを踏み――
「…………そろそろ、か……」
そんなブラジオンの姿に、ブレードは満足げにうなずいた。
「『そろそろ』だと……?」
「あぁ。
そろそろだ」
思わず聞き返すブラジオンに答えると、ブレードは斬天刀を軽く一閃――しかし、その“軽く”振っただけの刃は、巻き起こった余波だけで周囲のガレキを粉々に吹き飛ばしてしまう。
「身体が温まってきて、ようやく剣に力が入ってきた……」
言って、ブレードはブラジオンへと斬天刀の切っ先を向け、
「待たせて済まなかったな。
そろそろ、本番を始められそうだ」
「………………っ!」
ブレードのその言葉に、ブラジオンは思わず息を呑んだ。
(これからが『本番』だと……!?
冗談じゃない!)
戦士として磨き上げられた自分の本能が告げている――ブレードの言葉は決してハッタリではないと。
そして――『本番』ではなかった“今までのブレード”に、自分の力がいともたやすく上回られていた事実も。
「そんじゃ……いくぜ」
「ぐ………………っ!」
獰猛な、それでいて本当に楽しそうな笑みで告げるブレードの姿に、ブラジオンは思わず一歩後ずさりし――その動きを合図にしたか、ブレードが彼に向けて一直線に突撃する!
「く…………っ、そぉぉぉぉぉっ!」
その反応は半分以上が恐怖によるもの――戦慄と共に、ブラジオンはブレードに向けてハンマーを振り下ろし――
「ぅおぉらぁっ!」
ブレードの刃は、自らに迫るハンマーもろともブラジオンの身体を両断していた。
「…………フンッ」
つぶやき、ブレードは振り下ろした斬天刀を引き戻し、肩に担いだ。「やれやれ」といった感じにため息をつき――
「ま、こんなもんか」
あっさりと告げると同時――両断されたブラジオンの身体は脳天から真っ二つに別れた。
そのままゆっくりと外側に倒れ――爆発、四散。巻き起こる炎の中、ブレードはクルリと振り向いて――
「…………さて。
てめぇはどうする?」
「………………っ!」
あっさりと投げかけられたブレードの問いに、ディエチは思わず身がまえた。
ゴッドオンした自分の方が体躯で優っているはずなのに――まるで巨人を相手にしているかのような錯覚すら覚える。ブレードと対峙したまま、ディエチは内心で息を呑み――
「…………チッ」
不意に、ブレードはつまらなさそうに舌を鳴らした。かまえを解き、斬天刀を肩に担いで告げる。
「どうやら、てめぇと殺り合っても楽しくなさそうだな」
「え…………?」
「てめぇとやる気はねぇ、ってことだよ」
意外な発言に間の抜けた声を上げるディエチに、ブレードはあっさりとそう答える。
「そんなワケだから、次に行かせてもらうぜ、オレぁ」
「ま、待て!」
言いながらクルリとこちらに背を向け、そのまま本当に立ち去ろうとしたブレードの姿に、ディエチは思わず声を上げていた。
「…………何だよ?」
「どういうつもりだ……?
『私とやってもつまらない』だと……!? 私を、バカにするつもりか!?」
振り向き、尋ねるブレードに対し、ディエチは半ばムキになりながらそう言い放つ。
だが、彼女の怒りもある意味では当然と言えよう。別に、彼のように戦いが大好きというワケでも、姉トーレのように戦士としての矜持があるワケでもないが――それでも、彼女とて自分の能力に対してはそれなりのプライドがあるのだ。
それを捕まえて“つまらない”などと言われれば、その気がなくても腹が立つというものだ。
一方、そんな彼女の言葉に対し、ブレードはその意味を吟味するようにしばし首をかしげていたが、
「……つまり……オレにとって、てめぇが楽しめる相手じゃねぇ、っつーのが納得できねぇワケだ」
「微妙に違う気がするけど……大筋はそうだよ」
丁寧に答えながらも、その視線はブレードを相手にいつでも戦闘を始められる程度には緊張している――そんなディエチを、ブレードはしばし観察し、
「…………ハンッ」
「笑った!?
今鼻で笑ったよね!?」
ディエチを見下すような態度はむしろ悪化した。あからさまに鼻先で笑い飛ばして見せたブレードに、ディエチは思わず声を上げ――
「笑われて当然だ、このド素人が」
そんなディエチに対し、ブレードはあっさりと言い放った。
「素人!?
私だって、それなりに――」
「戦ってきたんだろうな。そりゃ見りゃわかる」
反論しかけたディエチだったが、ブレードはそんなディエチをあっさりと制し、
「だがな――戦いを楽しむことに関しちゃ素人だ」
「………………っ」
ブレードの言葉に、ディエチは思わず言葉を呑み込んだ。
先ほども触れたが、確かに自分は彼のように戦いを楽しむ感覚は持ち合わせていない――そういう意味では彼の言う“素人”という指摘も間違ってはいないのだが、だからと言って素直にうなずきかねるのもまた事実だ。
したがって、ディエチの困惑も無理からぬことではあるのだが――そんな事情など知ったことじゃないのがブレードだ。斬天刀を肩に担いでディエチに告げる。
「オレにとって重要なのは、戦いの勝ち負けじゃねぇ。
要は“楽しく戦えるかどうか”――いくら相手が強かろうが、楽しく戦えねぇなら用はねぇ。
逆に言うなら、どれだけ圧倒的な力でボコボコにされようが、それが“楽しめる戦い”だったなら、オレにとっちゃ何の問題もねぇのさ。
ここまで言えばわかったろ。てめぇがオレに相手にされない、その理由がよ」
「つまり……私はあなたにとって、“楽しく戦える相手”じゃない……」
「そういうこった」
つぶやくディエチに対し、ブレードは満足げにうなずいてみせた。
「見たところ、てめぇは完全砲撃型だろ――さっきのブラジオンみてぇな遠近両対応じゃなく、完全に砲撃一辺倒の、な。
そーゆーのとやっても、あんまり楽しくねぇんだよ。距離をとってバンバン撃ってくるばっかりで、ちっとも斬り合いができやしねぇ――だからお呼びじゃねぇんだよ、てめぇはさ」
言い放ち、「話は終わりだ」とばかりにブレードはきびすを返し――
「…………理解、出来ないね」
そんなブレードの背中に、ディエチは言葉を投げかけた。再び振り向く彼に対し、続ける。
「戦いは、何かを得るためにするもの――少なくとも私達にとってはそう。
ドクターが望むものを手に入れるために私達は戦い、ドクターの望むものを手に入れる。
そこに、“戦いを楽しむ”なんて感情をはさむ余地は、私達――少なくとも私にはない」
戦士として誇り高い姉達ならば、まだ理解のできた感覚かもしれないが――そんなことを考えながら告げるディエチだったが、
「別にそれでもいいさ」
対し、ブレードはあっさりとそう答えた。
「戦う理由なんて人それぞれ。オレぁ楽しく戦えそうなヤツなら誰にだってケンカを売るが、相手にまでその感覚を押し付けるつもりはねぇよ」
「だとしても……あなたの“楽しみ”はリスクが大きすぎる」
告げるブレードだったが、ディエチは務めて冷静にそう告げる。
「戦う以上は常に命を賭ける――遊びのチップにしては、対価が高すぎるとは思わないのかな?」
「思わねぇな。
命を対価にするからこそ、極限の戦いを楽しむことができる」
「なら……どんな結果になろうと、あなたに後悔はないの?
たとえ、それで命を落とすことになっても」
「あぁ」
ディエチの言葉にうなずき――ブレードは初めてその口元から笑みを消した。
それは、自分にとってもないがしろにするワケにはいかない話だったから――彼女と真っすぐに正対し、ハッキリと自分の“覚悟”を口にする。
「後悔しねぇさ。
たとえ、それで命を落とすことになっても」
「………………っ」
ハッキリと告げられた“覚悟”を前にして、ディエチは完全に沈黙――そんな彼女を前に息をつき、顔を上げた時には、すでにブレードはいつもの彼に戻っていた。
「ま、そんなワケだ。
納得できねぇなら別にいい。オレに戦いをシカトされたのが許せねぇなら恨んでくれて結構だ。
オレが間違ってるっつーなら、てめぇの力でオレのやり方を正してみせろ」
いつもの不敵な笑みと共に告げ、ブレードは今度こそディエチに背を向け――
「ただし――」
不意に足を止め、ディエチに向けて付け加えた。
「オレを楽しめる戦いができねぇようなら、次回もシカトされると思っとけよ」
「…………『たとえ命を落としても』か……」
すでに、ブレードは次の戦場を求めて立ち去った後――誰もいなくなったその場で、ゴッドオンを解いて大地に降り立ったディエチは静かにそうつぶやいた。
立ち去る彼の背後に一撃を叩き込むことも、逃がさず戦いを挑むこともできた。しかし――そうする気にはどうしてもなれなかった。
なぜなら――
「……実力よりも、器で負け、かな……」
思い知らされてしまったから。
自分と彼の“器”の差――自らの意志で、ただ純粋に闘争を楽しむことのみに全身全霊を注ぐ彼と、“使命のために”とというだけの想いで、ただ言われるがままに黙々とミッションをこなす自分との違いを。
だが――不思議と、悔しさも怒りもわいてはこなかった。
「……いいよ。やってあげようじゃないか……」
代わりにわいてくるのは初めて感じる高揚感――知らず知らずのうちに、ディエチはかすかに笑みを浮かべ、力強く拳を握りしめていた。
「次に戦う時は……存分に楽しませてあげるよ。
しかたないよね……でなきゃ、そもそも相手にすらされないって言うんじゃ」
ディエチに、その感情を表現する言葉は思い当たらない――彼女と同じ戦闘タイプの姉達なら、おそらく口をそろえて同じ言葉を口にするだろうが。
その感情とは――
彼女が初めて感じる、純粋な闘志だった。
「おぉらぁっ!」
「ぅわっとぉっ!?」
咆哮と共に飛び込んできたその巨体を、こなたは身軽な動きでかわすが――間髪入れずに放たれた一撃が彼女を捉えた。襲いかかってきたジェノスクリームの尾に弾き飛ばされ、こなたは勢いよく地面に叩きつけられる。
「こなたさん!」
そんなこなたに、近くにいたエリオがあわてて駆け寄るが、
「貴様は、オレが相手をしてやるぜ!」
「ぅわぁっ!?」
ワープで飛び込んできたノイズメイズがミサイルを乱射。素早い動きで直撃を許しはしないものの、強力な間接攻撃を持たないエリオは防戦一方。回避に徹するしかない。
「エリオくん!」
「スバル――フォローお願い!」
「うん!
ウィング、ロード!」
苦戦するエリオの姿に、キャロが思わず声を上げる――すぐに指示を下したティアナの言葉にスバルが走る。発生したウィングロードの上を駆け抜け、ノイズメイズを狙うが、
「そうはさせるかっ!
往生せんかい!」
「ぅひゃあっ!?」
キャロやティアナと対峙していたランページが妨害に動いた。彼の放ったミサイルがウィングロードを破壊。足場を失ったスバルの攻撃はノイズメイズには届かず、宙に投げ出されたスバルはなんとか着地、それでもエリオやこなたとの合流に成功する。
そんな彼女達をさらに狙うランページだが――
「させるか!」
「ちぃっ!
ジャマをするなぁっ!」
それを阻んだのはマスターコンボイだ。オメガで斬りかかり、ランページはそれをかわすと逆にマスターコンボイに向けてミサイルをばらまいてくる。
それを軽快なフットワークでかわしていくマスターコンボイだったが、
「オレだって、いるんだぜ!」
ランページのミサイルに意識が向いたスキを狙ってきたのはペイロードだ。背後からマスターコンボイへと殴りかかる彼に対し、マスターコンボイもそれをオメガで受け止めた。そのままパワーで押しに来るペイロードの反応を利用、自ら弾き飛ばされることで距離を取って着地する。
《ヴィータちゃん、マズイです!
スバル達が!》
「分断されちまってる……!
ジャマすんじゃねぇよ、てめぇら!」
「さっさとどけぇ!」
一方、リインの言葉に、ヴィータとビクトリーレオが動く――スバル達を援護する上での障害を排除すべく、次々に目の前の敵に襲いかかるが、
「なめるな!」
サウンドウェーブはそれをあっさりと回避。胸部から射出したサポートビースト“キラーコンドル”とのコンビネーションで彼女達を空中に引きとめ、
「ジャマなのはあんたもよ!」
「それセリフ、そっくり返すぜ!」
苦戦しているのは彼女もだ。全身の精霊力砲を斉射するライカだが、ジェノスクリームはそのすべてを高速で飛び回り、かわしていく。
「3人とも、大丈夫!?」
「うん!」
「はい!」
「はーい♪」
上空の主力メンバーが足止めを受けている中、スバル達に合流するのはギンガだ――尋ねる彼女の問いに、スバル、こなた、エリオの3人はそれぞれにうなずき、4人で背中を預け合う形でジェノスクリームやノイズメイズと対峙する。
「フンッ、相変わらずよくねばるな」
「ったく、しぶといヤツだぜ」
「とーぜん!
まだまだいけるよ、私達は!」
「お前達になんか、“レリック”は絶対に渡さない!」
口々につぶやくジェノスクリームやノイズメイズにこなたとスバルが答え、彼女達4人はそれぞれかまえて――
〈Load cartridge!〉
『――――――っ!?』
緊張から仮初の静寂に支配されたその場に聞こえてきたのは、カートリッジをロードしたデバイスの電子メッセージ――しかし、その言葉に、スバル達もノイズメイズもジェノスクリームも、皆一様に驚愕し、動きを止めた。
なぜなら、その音声は彼らの持つデバイスのうち、どれが発したものでもない――明らかに戦場の外から聞こえたものだったから。
「誰だ!?
誰かいやがるのか!?」
どの勢力にとっても、完全に認識の外、未知の存在がこの近くにひそんでいる――あわてるジェノスラッシャーの言葉はその場の全員の心の代弁でもあった。スバル達だけでなく、周りで戦っていたティアナ達もまた、周囲に対して警戒を強める。
しばし、敵も味方も沈黙したまま時は過ぎ――
「――――――っ!?
後ろだ、ペイロード!」
気づいたジェノスラッシャーが声を上げるが――すでにそれは遅かった。
「ぐわぁっ!?」
一撃はペイロードの背中をとらえた――深々と背中を斬られ、ペイロードはその場に崩れ落ち――そんな彼の向こう側から、小さな影が飛び出してくる!
今度の狙いはノイズメイズだ。手にした大鎌を振り下ろすが、
「にゃろうっ!」
その存在を視界に捉えていたノイズメイズの反応の方が速い。ブラインドアローの先端に生み出した光刃で影の振るった大鎌の刃を受け止め、弾き返す!
それでも、影は難なく体勢を立て直して着地――ちょうどスバル達の目の前に着地すると、その影は静かにその場に立ち上がった。
長く伸ばした青色の髪を首の後ろで無造作にまとめ、緑色の瞳を持つ、エリオ達より少し年下、といった年頃の少女――彼女達は知る由もないが、その少女はまさに、サードアベニューでスバル達から現場検証を引き継いだ局員の前に現れた、あの少女だった。
だが、その服装は先ほど局員と対峙していた時の、ごくごく普通の女の子の服装ではなく――漆黒の、着物を思わせるデザインのバリアジャケットに変わっていた。今しがたペイロードに重傷を負わせた大鎌を両手でかまえる。
一同がいきなり現れた少女に注目する――そんな中、スバルやギンガがもっとも注目したのは、彼女が“両手に着けているもの”だった。
頑強さをイメージさせる意匠、手首に当たる位置に備えられた、エネルギー加速リング。
そう、それはまるで――
「リボルバー……!?」
「ナックル……!?」
多少仕様は違うようだが、自分達がそれぞれの手に着けているものとほとんど同じそれを両手に装着し、その手で大鎌を握った少女は、スバル達をかばうように正面に位置していたジェノスクリームと対峙する。
頭上でブンブンと大鎌を振り回した後、まっすぐにかまえ、言い放つ。
「いぢめるな……」
「お姉ちゃん達を、いぢめるな!」
こなた | 「はいはーい! 今回の話も終わったところで問題です!」 |
ギンガ | 「最後に現れた女の子! 彼女が言うところの“お姉ちゃん”とはいったい誰のことでしょう!?」 |
スバル | 「1.こなた 2.あたしとギン姉 3.エリオくん」 |
エリオ | 「ちょっと待ってっ! なんでボクも“お姉ちゃん”に含まれてるんですか!?」 |
スバル | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第45話『無垢なる狂気〜凶襲、サイザーギルティオン〜』に――」 |
4人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2009/01/31)