機動六課の面々にとって激動の一日が終わり、夕闇の迫る頃、陸士108部隊本部隊舎にて――
「…………な……!?」
目の前の光景に対し、ゲンヤ・ナカジマは困惑もあらわに声を上げた。
“彼”と面識があったワケではないが、知らない顔でもなかった――だが、なぜここに現れるのかが理解できない。震えそうになる声を何とか落ち着けつつ、尋ねる。
「どういうつもりだ?
お尋ね者のはずのてめぇが、何を思ってここに現れたんだよ?――ブレインジャッカー」
「用があるからだ」
尋ねるゲンヤだったが――対し、ホクトを丁寧に抱きかかえたブレインジャッカーはそんな彼の問いをバッサリと斬り捨てた。
突然、こちらに向けて飛翔してくる反応があると聞き、警戒態勢を引き上げて待ち受けていたのだが――そんな彼の前に現れたのは、ホクトを連れてなのは達の前から飛び去ったブレインジャッカーだったのだ。
「『用がある』……?
オレ達に、か?」
「貴様らに用はない」
問いを重ねるゲンヤだが、ブレインジャッカーは容赦なく言い放つ。
「ここに来れば、ヤツが現れると踏んだまでだ」
「ヤツ……?」
ブレインジャッカーの言葉に、ゲンヤの傍らでカルタスが首をかしげると、
「なるほど、よくわかってらっしゃる」
『………………っ!?』
唐突に上がった声に、ゲンヤ以下108部隊の面々の表情がこわばった。
その声に覚えがあり――ブレインジャッカーと同様、今この場に現れるなどとは夢にも思わなかった人物の声だったからだ。
「確かに、ゲンヤのオッサンがいるココが、管理局の中じゃ一番オレとの接点が強いもんな。
いろんなヤツの思考をのぞいてるだけのことはある――的確な判断だ」
言って、木々の間の暗がりから姿を見せ――彼を前にして、ゲンヤは思わず声を上げた。
「…………ジュンイチ……!?」
「やふー♪
オッサン、それにみんなも、元気してたかー?」
しかし、彼はまったく気にしない――呆然とするゲンヤに対し、ジュンイチはシュタッ、と手を挙げ、軽いノリの笑顔と共にそうあいさつした。
第48話
交錯する“道”
〜つながる絆、つなげられた絆〜
「とりあえずはホクトの“処置”が先決だ」――そう提案するなり、ジュンイチはブレインジャッカーを連れ、我が物顔で隊舎へと向かった。
そして今――あわてて後を追ったゲンヤによって通された医務室で、ジュンイチは薄く苦悶の表情を浮かべているホクトの症状を診ていた。
陸士108部隊の隊舎は比較的古く、ヒューマンフォームを持たないトランスフォーマーが中まで入ることはできない――ブレインジャッカーは裏庭に回り、窓の外からジュンイチの様子を見守っている。
「……どうだ?」
「とりあえず、命に別状はないよ」
そのブレインジャッカーが外から投げかけた問いに、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「もっとも――倒れたそのまま、何の処置もしてなかったら命のあるなしとは別のところでヤバかったかもだけどね。死にはしないけど地獄の苦しみ、ってトコだったろうな。ヘタすりゃあまりの痛みで発狂してた可能性すらある。
さすがはキャロのヒーリング。オレとは偉い違いだな――昔アイツのクソ黒竜に殺されかかって、治してもらった時とはダンチに腕を上げてやがる」
「…………今の発言にいろいろとツッコみたいところがあるんだが……とりあえず後にしてやる。早く治してやれ」
「ありがと♪
とはいえ……」
ゲンヤの言葉に肩をすくめると、ジュンイチは軽くホクトの額をなでてやる。
と――とたんにホクトに変化が現れた。苦悶の表情がたちまちやわらぎ、安らかな寝息を立て始める。
「これで終わりなんだけどね♪」
「…………何したんだ? お前……」
あっさりと告げるジュンイチだったが、ゲンヤは眉をひそめるしかない。
確かにジュンイチもヒーリングを使えないワケではないが――今の行動から彼がそれを行使した様子は見られない。
したがって、ジュンイチが何をしたか、ゲンヤが疑問に思うのも当然なのだが――
「なるほど。
可能性の問題から、貴様なら、と考えて連れてきたが……やはりか」
「まぁね。
オレにあてがったのは正解だ――今この時点で“これ”ができるのは、管理局の管轄内にはオレしかいないからな」
そんなゲンヤにかまわず、ジュンイチは告げるブレインジャッカーに平然とそう答える。
「とはいえ、今のままじゃ目を離すワケにはいかないかな?
コイツ、スバル達に手ェ出したディセプティコン相手にマジKILLモード入ったんだろ? ほっといたらまた同じこと繰り返して、暴走させるに決まってる」
「それをさせる貴様ではあるまい」
「あ、わかる?
っかしいなぁ、お前はオレの頭ン中のぞけねぇはずだけど……」
「日ごろの行いを考えれば、可能性のひとつとしてシミュレートすることはたやすい」
「あ、さよで」
「おいおい、待て待て」
なおもかまわず話を続ける二人に対し、ゲンヤはさすがに待ったをかけた。
「二人だけで納得してんじゃねぇよ。
お前ら……この嬢ちゃんについて、何を知ってるっていうんだ?」
「ンなの簡単だよ」
尋ねるゲンヤに対し、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「この子の遺伝子情報、検査してみなよ――そうすれば答えは出る。
とりあえず……検査官としてはマリーさんをご指名ね♪」
「アテンザを……?」
ジュンイチが上げた名前にますます眉をひそめるゲンヤだったが――
「………………って!?」
ある可能性に気づき、思わず声を上げた。
彼女と“自分達”との関係の成り立ちを踏まえた上で、彼がわざわざ彼女を指名する理由があるとすれば――
「おい……まさか……」
思わず声を上げるゲンヤだったが――そんな彼にジュンイチはあっさりと告げた。
「それを、マリーさんに確かめてもらおう、ってコトだよ♪」
「…………すまん」
「むー……」
思わず頭を下げるスカイクェイクだが、目の前のこなたはあからさまに不満げな様子で冷たい視線を投げかけてくる。
彼女達の本拠地――その指令室でのことだ。周りにはかがみ達やイリヤ、美遊も控えているが、そろいもそろって傍観を決め込んでいる。
「…………ほんっとーにすまん。
小早川ゆたかに貴様とのつながりを知られたのは、全面的にオレの失態だ」
「だよねー。
スカイクェイクさんが口を滑らせなかったら、ゆーちゃん達は“偶然シャークトロンに襲われた子”で終わってたのにねー」
あらためて謝るスカイクェイクの言葉に、こなたはぷいとそっぽを向いてそう答え――
「あ、あの……スカイクェイクさん」
そんな二人の間に遠慮がちに割り込んできたのは、二人の間で話題に上っていたゆたか本人である。
その傍らには、昼間襲われたばかりの彼女を気遣ったみなみやひよりも――二人に「大丈夫だから」とジェスチャーで伝えると、スカイクェイクに告げる。
「大丈夫ですよ。
お姉ちゃんがこういう怒り方をする時は、本気じゃなくてただ便乗してからかってるだけですから」
「むー、ゆーちゃん、なんであっさりバラしちゃうかなぁ?」
ゆたかの言葉に、こなたはあっさりと剣呑な空気を引っ込めた。ゆたかに対してぷぅと頬をふくらませ――
「はいはい、おバカをやるのはそこまでね」
もう頃合だ、とばかりにそんなこなたの頭を軽くはたいてたしなめると、かがみはスカイクェイクへと向き直り、
「まぁ、私はとやかく言うつもりはないけど……こうなっちゃった以上、フォローはしっかりしてよね。
それでなくても、昼間襲われてるんだし……ゆたかちゃんが身体弱いのは、こなたから聞いて知ってるでしょ?」
「そーだそーだ! 責任とれー!」
「わかっている。
オレとて、このまま無責任に放り出すつもりはないさ」
かがみと、彼女に便乗して再び追及の声を上げるこなたに答えると、スカイクェイクはゆたかの前にひざまずき、
「小早川ゆたか。田村ひより、岩崎みなみ。
貴様らはこなた達の家族であり、友人だ。『心配するな』と言ってもムリというものだろう――違うか?」
「…………はい」
代表してうなずくゆたかに対し、スカイクェイクはその頭を大きなその手で優しくなでてやり、
「だからこそ、オレは貴様らに『心配するな』とは言えん。
付き合いが浅い以上、『オレが守る』と言っても信用はできまい。
オレにできるのは……貴様らに、こなた達を見守ることのできる場を、提供することだけだ」
「それは……私達に、自分達の目で判断しろ、ということですか?」
「まさしくその通り――いや、『そうしてもらうしかない』と言った方が正確か」
尋ねるみなみに答え、スカイクェイクはその場に立ち上がり、
「この基地への、貴様らの自由な立ち入りを許可しよう。
急がなくてもいい。貴様ら自身のその目で、今起きていることを見極め――自分達の目で答えを出してほしい」
「いいんですか?
皆さんのジャマになったりしたりは……」
「ジャマになる、と言うなら、事態を知ってしまった貴様が家で心配のあまり倒れる、というケースの方がむしろあてはまると思うのだがな」
思わず聞き返すゆたかだったが、スカイクェイクは冗談まじりにそう答える。
「そういった事態を防ぐ、という意味でも、この提案はこちらにも十分な利がある。気遣いは無用だ」
言って、スカイクェイクは立ち上がるとこなたへと向き直り、
「こんなところでいいか?
これ以上は望めない――むしろ反則スレスレ、境界線上をアウト側に限りなくかたむいた破格待遇だと自負するんだが」
「んー、私としては文句のつけようがないかなー?」
スカイクェイクの問いに対し、こなたは特に気にすることもなくそう答えた。
ここは自分達が拠点としている、言わば対ユニクロン軍、対“レリック事件”における、カイザーズの本陣、最重要拠点だ――最前線ではないとはいえ、そこにゆたかを招き入れることは、すなわちそれだけ戦いに近づけることに他ならない。
それでもこなたが「文句のつけようもない」と言い切るのには、ちゃんとした理由がある。
この基地が未だどの勢力にも――管理局やサイバトロンに対してすらも――発見されていないこと。
そして――
「ここにいれば、常駐してるアルテミスにゆーちゃんを見ててもらえるからねー。
アルテミスなら治療の腕も保証済み。いつも見ててくれるみなみちゃんと併せて、これ以上安心できる組み合わせはないよ」
「そういえばそうだねー♪」
「ま、確かにね……」
笑顔でこなたに同意するつかさのとなりで、かがみもため息まじりに同意する――その一方で「あてにされてないんだなー、おじさんは」とこなたの父、泉そうじろうに同情の念を抱いたりもしたがそれはさておき。
「さて、なら話がまとまったところで……本題だ。“ミッション”の結末について聞こうか」
「あ、はい……」
スカイクェイクに言われ、前に出るのはイリヤや美遊と共に一歩下がって今のやり取りを見守っていたみゆきである。“その時”その場にいなかったイリヤ達に代わり、戦闘後の顛末を報告する。
「とりあえず……泉さんが機動六課のスバルさんと同門だと判明したことと、そのことからスバルさんが私達を弁護してくれたおかげで、“敵対の意思なし”として即時任意同行、という事態にはなりませんでした。
ただ……後で改めて、機動六課でこちらのことを報告する、ということに……」
「……まぁ、それについては問題はない。
普通ならそのまま連行されてもおかしくなかったところだ。こうしてすんなり帰してもらえたことを素直に喜ぶべきだし、“計画”の上でも予測されていたこと。十分に許容範囲内だ」
みゆきの言葉に満足げにうなずき、スカイクェイクは今度は自分から尋ねた。
「それで……先行報告にあった、ホクトという少女については?」
「見た感じでの予想になるけど……たぶん機動六課の子達にとってもイレギュラーだったと思うよ。本気で驚いてたもん」
話題に上るのは、今回のミッションにおいて最大のイレギュラーとも言えたホクトのこと――肩をすくめて答えるのは、直接彼女の参戦に立ち会ったこなたである。
「ホントならいろいろ聞いてみたかったけど、ブレインジャッカーが連れてっちゃったし……」
「まぁ、ヤツが何かしらの目的があって連れ去ったと言うのなら、彼女のことは心配しなくてもいいだろう」
ブレインジャッカーの介入さえなければ、何かしら聞き出せたかもしれないが――ため息をつくこなたに答えると、スカイクェイクはもっとも気になっていた“あること”をこなたに問いただした。
「それで……ホクトは、確かにスバルやギンガのことを『お姉ちゃん』と呼んだんだな?」
「うん。
『お姉ちゃんっていうのは誰のこと?』って聞かれたのにちゃんと答えてたから、間違いないよ」
「ふむ…………」
答えるこなたの言葉に、スカイクェイクはしばしの間思考をめぐらせる。
(あの二人の“妹”を自称する、か……
それはつまり、彼女達が“どういう存在か”を正しく理解している、ということか……)
そこまではわかる――しかし、逆に言えばそれ以上はわからない、ということでもある。どうしたものかとスカイクェイクは内心でため息をつき――
「ま、その辺はそのうちわかるんじゃない?
スバル達に執着してるし、またあの子達の前に出てくるでしょ」
あっさりとそう答えると、こなたはゆたか達へと向き直り、
「じゃ、今はミッションのことは忘れて、ゆーちゃん達にこの基地を案内してあげるとしましょーか!」
「え?
いいの? お姉ちゃん」
「いーのいーの♪」
思わず聞き返すゆたかにこなたが答えると、
「はいはいはーい!
ぜひとも案内をお願いするっス!」
「お♪ さすが、ひよりんはわかってるねー♪」
『基地の案内』と聞き、テンションを上げつつ手を上げるのは、元々こなたと同じ“アキバ系”であるひよりだ。“同志”の了解を得て、こなたは満足げにうなずいて――
「……待て、こなた」
そんなこなたを、スカイクェイクは落ちついた様子で呼び止めた。
「何ナニ? ダメなの?
これから出入りすることになるんだから、どの道案内は必要でしょ? ノリが悪いなー」
「別に案内がダメだというつもりはないさ。
……それと、悪かったな、ノリが悪くて」
こなたに答え――口をとがらせて付け加えると、スカイクェイクは笑みを浮かべ、
「だが……ここのことを紹介するなら、まずはこの基地が“どこにあるのか”を説明すべきじゃないか?
何しろ、彼女達はオレの転送魔法でここに来たんだからな――ここが“どこ”かを知らないままだ」
「あ、そーゆーことか♪
それならそれで大歓迎♪」
スカイクェイクの言葉に彼の意図を察すると、こなたはむしろ彼の思惑に乗ってきた。嬉々として目的の端末へと向かい、タッチパネルを慣れた手つきで操作していく。
と――周囲の壁に変化が起きた。
光の筋が走り、開かれていく――周囲すべてが壁だと思われていたが、実際は隔壁の閉じられた強化ガラス製の窓であり、それがこなたの操作で開かれ、外から光を取り入れ始めたのだ。
低く、重厚な機械音と共に、隔壁は外の様子が視認できるほどにまで開かれて――
『………………っ!?』
そこに広がる光景に、ゆたか達は思わず息を呑んだ。真っ先にはしゃぎそうなひよりですら、予想だにしなかったこの光景に言葉を失っている。
そんなゆたか達の姿に、ドッキリ大成功、とばかりに笑みを浮かべたこなたは改めて告げた。
「ゆーちゃん、岩崎さん、ひよりん♪
ようこそ――」
「天空城砦“クラウドキャッスル”へ♪」
明けて翌日――
「昨日は、出撃後の報告関係でバタバタしてそれどころじゃなかったからな……改めて紹介しよう。
“Bネット”機動部、独立機動部隊“第三の牙”――ブレードだ」
すでに顔見知りの者達、そしてフォワードチーム以下初対面の面々を加えた機動六課の主要メンバーを前に、イクトはそうブレードのことを紹介した。
そう、紹介したのだが――
「ふわぁ〜ぁ……」
「まったく、自分のことだと言うのに、この男は相変わらず……!」
当のブレードはいかにも「オレには関係ありません」的なオーラをまとい、アクビまでかましている――イクトが思わず額を押さえてうめくが、それすらも気にする様子はない。
「ブレード。今は貴様の話をしているんだぞ。
しかも、“Bネット”機動部の第三席としての貴様の話を、だ――少しはしゃんとしろ。しゃんと」
「知るかよ。
オレのことを知ってるヤツならゴロゴロしてんだ。そいつらに好きに語らせろ」
「それをやると、おもしろがってあることないこと吹聴するヤツがいると思うんだが」
「周りにどう思われようが知ったことか」
「あぁもう、この男は……」
つくづく戦い以外のことには興味を示さない男だ――取りつく島もないブレードの答えに、イクトはため息をつき、
「……とりあえず……アリシア。
ブレード自身のご要望だ――せいぜいおもしろおかしく説明してやれ」
「はーい♪」
イクトの言葉に元気にうなずくと、アリシアは一同の前に出てくるとブレードを紹介する。
「ブレードさんは、ライカさん達と同じブレイカーで……ランクはライカさんよりも上、イクトさんと同じ“マスター”ランク。
スバルんトコの“師匠”とも同ランク……って言えば、そのすごさはわかるかな?」
『………………』
アリシアのその言葉に、一同の脳裏に浮かぶのは“黒き暴君”によってもたらされた数々の“武勇伝”――実に微妙な表情で沈黙した一同の姿に、スバルを始めとした“実情”を知る面々はなんとも微妙な感じで苦笑する。
一方、そんな周りのリアクションはアリシアをますます調子づかせた。ニッコリと笑い、“説明”を続ける。
「属性は“剣”。ミッド式やベルカ式にはない属性だから、みんなにとっては馴染みは薄いかもね――まぁ、わかりやすく言うと、媒体を問わずとにかく“斬る”って一点に特化した属性、と思っておけばだいたい正解。
まぁ、能力については追々実際に見て理解してもらうとして……」
むしろ今までは前哨戦。ここからが“本番”だ――笑みを深め、アリシアは一同を見回し、
「一番重要なのは、ブレードさん自身の方かな?
何しろ……シグナム以上のバトルマニアだから♪」
その言葉に、一同は思わず視線を動かす――が、本来ならばここで注目されるはずのシグナムは残念ながらここにはいない。
「強い相手となれば誰彼かまわず。老若男女、どころか敵味方もぶっちぎりに無視してケンカをふっかけるもんだから、犯罪者はもちろん、局員にも“被害者”はゴロゴロしてるんだよねー。
当然、そんなだから作戦も何もあったもんじゃない――演習、実戦を問わずにこの人の介入でメチャメチャになった戦闘は数知れず。おかげでついたあだ名が“作戦殺し”……」
「ど、どれだけデタラメなんですか……」
「その“デタラメ”を押し通せちゃうくらい、強いんだよ」
思わずうめくティアナに、スバルは彼女のとなりでため息をつきながらそう答える――肩をすくめてうなずき、アリシアは続ける。
「とにかく速いしとにかく重いし、オマケに訓練なんか一切せずに経験だけで磨いてきた剣だから剣術の基礎もクソもなくてとにかく読みづらいし……
飛べないハンデがあるってのに、“Bネット”の独立機動部隊に席を置いてるのはダテじゃないんだよ」
「と、飛べないんですか!?」
「空戦適性、ないんですか……!?」
「おう、飛べないぜ、オレは」
思わず本人に問いかけるのはエリオとキャロだ――自分に直接聞かれたためか、ブレードは面倒くさがることもなくあっさりとそう答えた。
「ついでに言やぁ、精霊術……お前らで言うところの魔法も、自分じゃ一切使えねぇ。
第108管理外世界とミッドとの行き来だって、管理局から借りた転送端末に全面的に世話になってるしな。
できるのは全部、ブレイカーとして元々持ってる能力や、斬天刀の持ってる特殊能力だけだ」
付け加えたブレードの言葉に、一同は思わず顔を見合わせる――そんな困惑気味の一同に、ブレードは軽くため息をつき、
「……なんか、納得いかねぇみてぇだから言っとくがな――オレぁ、別にそれを不便と思ったことぁねぇぜ。
実際、特に不自由してるワケじゃねぇしな」
そうブレードが答えた、その時――
「ブレードさんっ!」
突然、新たな声が割って入ってきた。
振り向くと、オフィスの入り口にはここまで全力で走ってきたのか、息を切らせ、肩を大きく上下させている“彼女”の姿――その登場に特に驚くこともなく、ブレードは“彼女”に告げた。
「…………おい、シャマル。
戦いでもねぇってのに、建物内で走るのは感心しねぇな――“廊下は走るな”って、学校で言われなかったか?」
「いえ、私は学校には通ってませんから……って、そうじゃなくて!」
ブレードの言葉にキレイなノリツッコミを返し――シャマルはブレードへと駆け寄り、
「今までどこで何してたんですか!?
そりゃ、六課のコトでバタバタしてたから、連絡を取ってるヒマがありませんでしたけど……ぜんぜん連絡が取れなくて、心配してたんですよ!」
「…………あぁ、すまん。
連絡取ろうにも……端末、“Bネット”の下宿に忘れちまってたからからな」
「えぇ、そうでしょうね。
下宿を訪ねてもいなくて、ダメもとで連絡を取ってみたら部屋で虚しく着メロが流れ始めた時にはいろいろな意味で絶望しましたよ!」
「でもよぉ、だったら夕べにでも顔出せばよかったじゃねぇか。
っつーか、いつものてめぇなら問答無用で突貫してくるだろうに。珍しいこともあるもんだ」
「フォートレスから出張調査の報告を受けてたんですよ!
私だって、それがなければ、それがなければ……!」
悪びれることもなく答えるブレードの言葉に、シャマルは早くも涙目だ――さすがにこれには困惑し、スバルはアリシアに尋ねた。
「えっと……アリシアさん。
さすがにこれはあたしもよくわからないんですけど……二人は一体、どういったご関係で?
なんか、微妙にピンク色な空気が漂ってるんですけど……主にシャマル先生から」
「あ、そっか。
スバルはブレードさんとは知り合いだったけど、シャマルとは六課で会うまで面識がなかったから、知らなくてもムリはないんだよね」
尋ねるスバルにそう納得すると、アリシアはあっさりとその事実を告げた。
「“ホの字”なのよ。
シャマルが、ブレードさんに」
「へぇ、そうなんですか。
シャマル先生が、ブレードさんに……」
アリシアの言葉に、疑問の氷解したティアナがうんうんとうなずいて――動きを止めた。
初対面組が一様に顔を見合わせて――
「ほらー、カイ〜、ウミ〜、ご飯だよー♪」
《たっぷり持ってきてやったから、さっさと出てこーい!》
その頃、トランスデバイスの面々の姿は隊舎の中庭にあった――上機嫌で肉の入ったバケツを掲げ、ロードナックル・シロとクロはシャープエッジが世話をしている巨鳥のヒナ、カイとウミの姿を探していた。
そんな彼らの後ろに、シャープエッジ以下残りのトランスデバイス達も続いているが――
「早く食べなければ肉の質が落ちる。すぐに姿を見せてほしい」
「さっさと食べてよねー、エサやりなんかめんどくさいからさ」
「って、なんでそう、興が削がれるようなことを言うのでござるか……?」
この二人は相変わらず――マジメに空気を読み違えるジェットガンナーと面倒くささ全開のアイゼンアンカーの言葉に、シャープエッジは思わずため息をつく。
「ピィッ!」
「ピピッピッ!」
「おぉ、そこにいたでござるか」
だが、結果としてそんな彼らのやり取りがヒナ鳥達の気を引いたらしい。姿を見せたウミとカイの姿に、シャープエッジは笑顔で振り向いて――
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
そんな彼らを慄かせるほどの勢いを宿したスバル達の驚きの叫びは、六課隊舎だけでなく、その敷地全体を揺るがしたのだった。
機動六課をそんな衝撃が駆け抜けている一方、幸運にもその騒ぎをやり過ごした“彼女”達はと言うと――
「……すみません、シグナムさん。
わざわざついて来てもらっちゃって……」
「なに、向こうにはシスター・シャッハがいらっしゃるんだ。
私が仲介した方が話が早いだろう」
助手席に座り、頭を下げるなのはの言葉に、運転席に座るシグナムは彼女なりの笑顔と共にそう答え、
「……それに、マスターコンボイさん達も……」
「出かける時にも言ったはずだぞ――『気にするな』とな。
貴様らのワガママに付き合わされるならともかく、仕事であればとやかく言うつもりはない」
「そーそー♪
あたし達は、あたし達なりに理由があって来てるんだから♪」
続けて声をかけるなのはに、ビークルモードである戦闘指揮車の車内に二人を乗せてハイウェイを走るマスターコンボイや後部の指揮所スペースでシートに腰かけているアスカはあっさりとそう答える。
「それに、オレもあのヴィヴィオという少女に一度会ってみようと思っていたところだ」
「マスターコンボイさんも?」
思わず聞き返すなのはだったが、マスターコンボイは気にする様子もなく話を続ける。
「あの少女――ブレインジャッカーがこちらに託したのだろう? それはつまり、ヤツが興味を示すような、オレ達とは違う“何か”がある、ということだ。
それに、小娘が“レリック”を携えていたのも気にかかる……興味がないと言えばウソになる」
「なるほど、そういうことか」
あくまで「事件の関係者として」か――ある意味マスターコンボイらしい答えに苦笑すると、シグナムは表情を引き締めてなのはに尋ねた。
「しかし……検査が済んで、何かしらの白黒がついたとして……
……あの子は、どうなるのだろうな?」
「………………」
それは、できれば考えたくはない――しかし避けては通れない話だ。息をつき、なのはは静かにシグナムに答えた。
「……当面は、六課か教会で預かるしかないでしょうね……
受け入れ先を探すにしても、長期の安全確認がとれてからでないと……」
「…………それについては、貴様らに一任するしかないな。
正直、オレ達では不向きもいいところだ」
「はい」
「あたしの方でも、ちょっと心当たりをあたってみるよ――そもそも、あたしがここにいるのは、そのことをシスター・シャッハと話すためなワケだし。
護衛と保護をまとめてできるようなトコも、“Bネット”を通せばいくつか候補は出てくると思うからね」
マスターコンボイの言葉になのはがうなずき、アスカも手を挙げてそう告げた、その時――
「………………む?」
突然、マスターコンボイが何かに気づいた。
「マスターコンボイさん?」
「……シャッハ・ヌエラからの緊急通信だ。
つなぐぞ」
なのはに答え、マスターコンボイが彼女達の前にウィンドウを展開し――そこに、あわてた様子のシャッハの姿が映し出された。
〈騎士シグナム!
聖王教会、シャッハ・ヌエラです!〉
「どうされました?」
名前を呼ばれたのは彼女だ――シグナムが応答すると、シャッハは切羽詰った様子で答えた。
〈すみません。
こちらで不手際がありまして……検査の合間に、“あの子”が姿を消してしまいました!〉
『………………っ!?』
シャッハの言う“あの子”というのが誰を指しているのか、この状況では推理するまでもない――「ヴィヴィオが消えた」というその報せに、なのは達は思わず顔を見合わせた。
「申し訳ありません!」
「ホントに『申し訳ありません』だよ、もう……」
聖王教会お抱えの病院に到着するなり、玄関からシャッハが飛び出してきた――頭を下げる彼女に答えると、アスカはすぐにレッコウを起動してサーチモードへ。ヴィヴィオの捜索を開始する。
さらにスピードダイヤルにロングビュー、スパイショットを整列させるとヴィヴィオの外見データを転送し、手早く捜索を指示していく――そんなアスカに代わり、なのははシャッハに状況を尋ねた。
「それで……状況はどうなっていますか?」
「はい……特別病棟とその周辺の封鎖と避難は済んでいます。
今のところ、飛行や転移、侵入者の反応は見つかっていません」
「普通に歩いて出て行った、という可能性はないか?」
そう口をはさむのはマスターコンボイだ。
「貴様ら、魔法や科学技術に慣れすぎていて、たまにそういうアナログ方向に盲点を作っているフシがあるからな……どうせ、姿を見失ったのもそのあたりからだろう?」
「そ、そんなことはありません!」
マスターコンボイの指摘に思わず言い返すシャッハだが――
「本当に『そんなことはない』のなら、どうして視線をこちらに合わせようとしない?」
「こ、これは……そ、そう! 周囲を探っているからです!」
「………………図星なんだ……」
マスターコンボイの言葉に、シャッハはぷいとそっぽを向いたまま答える――リアルギア達を送り出し、戻ってきたアスカのツッコミにコホンと咳払いしてその場をごまかし、
「とにかく……歩いて出て行ったとしても、ゲートのセンサーに引っかかるはずです。
この病院からは出ていない……それだけは確かです」
「なら、手分けして探しましょう」
シャッハの説明に気を取り直し、なのはは一同を見回してそう告げる。
「シグナム副隊長、マスターコンボイさん」
「はっ」
「やれやれ……仕方ないな」
対外的な場のため、副隊長として答礼するシグナムと肩をすくめるマスターコンボイ――それぞれに同意を示すと、一同はヴィヴィオを探して病院の各所に散っていく。
と――
「なのはちゃん、なのはちゃん」
ちょいちょいっ、と手招きし、アスカがなのはを呼び止めた。
「どうしたの?」
「いやね……」
駆け寄ってくるなのはに答えると、アスカはなのはにそれをポンと手渡した。
彼女の財布だ――意図が読めず、首をかしげるなのはに対し、アスカは笑顔で告げた。
「ちょっと……調達してきてほしいものがあってね♪」
「検査の結果……一応、危険反応は出なかったのですよね?」
「えぇ……
魔力量は、それなりに高い数値を示していましたが……それでも、普通の子供としては、という範囲での話で……」
二人でヴィヴィオを探して廊下を歩きながら、シャッハはシグナムの問いにそう答えた。
「しかし、それでも……」
「はい……」
だが、それもシグナムを安心させるには至らない――彼女の言葉に、シャッハはうなずき、目を伏せた。
「悲しいことですが……人造生命体なのは、間違いありません。
どんな潜在的な危険を持っているか……」
「えっと……」
アスカから頼まれた“お遣い”に最初は戸惑ったものの、内容を聞いて「なるほど」と納得――手早く済ませ、ヴィヴィオの探索に戻ったなのはは、現在中庭を探し回っていた。
と――
「あれ……?」
そんな彼女の視界のすみで、わずかに茂みが揺れた。
そして――
「…………こんなところにいたんだ……」
なのはの予想――と言うより願い――の通り、茂みの向こうからヴィヴィオが姿を現した。
「………………?」
なんとなく、本当になんとなく外に向けた視線の先で、シャッハはなのはの姿を中庭に発見した。
と――その時、なのはの前に姿を現したのは、自分達が今まさに探していたヴィヴィオだ。
「あれは……!?」
同時、シャッハの中で警戒レベルが跳ね上がる――先ほどシグナムにも話したが、彼女の検査がまだすべて終わっていない以上、何があるかわからない。彼女にその気がなくても、彼女の中に他者を傷つけかねない要因が眠っていないとは決して言い切れないのだ。
だからこそ――彼女の行動は早かった。
「逆巻け――ヴィンデルシャフト!」
叫び、リングで留めた2枚のデバイスカードを起動――動きやすいように上半身を薄着でまとめた騎士服に服装を切り替えると、トンファーに酷似した形状の、ただし打撃部にあたる部分は短めの太刀に置き換えられた愛用のデバイスを両手に握る。
そのまま、窓から飛び出すと一足飛びになのはの元へ――彼女の前に降り立つと、ヴィヴィオに向けてヴィンデルシャフトをかまえる。
「し、シスター、シャッハ!?」
「下がって!」
思わず声を上げるなのはに鋭く告げると、シャッハはヴィヴィオに向けて一歩踏み出す。
「…………ひ……っ」
そんな彼女の気迫に、思わずヴィヴィオも後ずさりする――が、シャッハはかまわない。警戒を解かず、さらに一歩踏み出して――
「あーちゃんスイぃ〜ングっ!」
カッ飛ばされた。
ゴルフのスイングの要領で思い切りレッコウを非殺傷モードで振り上げたアスカによって。
「パカーンッ!」などという擬音が聞こえてきそうな感じで宙を舞ったシャッハはそのまま近くの並木へと落下――枝に引っかかり、逆さ吊りになった彼女の目の前に、アスカはズビシッ!と人さし指を突きつけ、
「ったく、何いきなり全開戦闘態勢でちみっ子おどしてるかなぁ、この武闘派シスターさんはっ!
こんな小さな子を相手にデバイス向けたりしたら、怖がるに決まってるでしょーが!」
「貴様が言うな、貴様が……」
ため息まじりにアスカにツッコみ、追いついてくるのは、彼女と共にヴィヴィオの姿を探していたマスターコンボイである。ヒューマンフォームのまま難なく彼女の手からレッコウを取り上げると、彼の意図を察したレッコウは自らの意志でウェイトモードに戻る。
マスターコンボイからそれを返してもらうと、アスカは今までのやり取りに対し特に気にする様子もなく懐にデバイスカードをしまいながらなのはへと向き直り、
「で……なのはちゃん。
“お遣い”は終わってる?」
「あ、はい……」
「じゃ、後はなのはちゃんの出番。よろしくねー♪」
うなずくなのはに答えると、アスカはマスターコンボイと共にシャッハの“回収”にとりかかる――そんな彼女達をその身でヴィヴィオの視界からさりげなく隠しつつ、なのははヴィヴィオの前にしゃがみ込み、
「ごめんね。
いきなりコレじゃ、ビックリしたよね……」
言って、なのはは懐から先ほど入手してきたそれを取り出した。
アスカに言われて買ってきた、ウサギのぬいぐるみ――もちろんヴィヴィオのために買ってきたものである。
子供とはえてして目の前のものに興味をとられやすい――あからさまなご機嫌取りと言えなくもないが、効果があるのもまた事実。ぬいぐるみを素直に受け取り、抱きしめるヴィヴィオに対し、なのはは笑顔で名を名乗った。
「初めまして……かな?
高町なのは、っていいます――キミのお名前は? 言える?」
「…………ヴィヴィオ」
「ヴィヴィオ……いいね。かわいい名前だ」
答えるヴィヴィオに笑顔でうなずき、なのはは問いを重ねる。
「ヴィヴィオ……みんな、ヴィヴィオがいなくなっちゃって、心配してたんだよ。
どうしていなくなっちゃったのかな? どこかに行きたかった?」
その言葉に、ヴィヴィオはうつむき――
「…………ママ……いないの……」
「………………っ」
消え入るような小声で告げられた言葉に、なのはは思わず息を呑んだ。
彼女の出生――人造生命体であることを知っているからこそ。彼女に“ママ”がいないと知っているからこそ。
だが――そんなことはおくびにも出さず、なのははヴィヴィオの頭をなでてやり、
「……そうか。それは大変だね。
じゃあ、一緒に探そうか?」
そんななのはの言葉に、ヴィヴィオは――
「………………うん」
泣きそうなままではあったが、ハッキリとうなずいてみせた。
「臨時査察……?」
「機動六課の、か?」
「せや」
思わず眉をひそめるフェイトとイクトに対し、はやてはため息まじりにうなずいてみせた。
「地上本部の方で、そういう動きがあるんやって」
「地上本部の査察は、かなり厳しいってウワサだよ」
「いや、それ以前の問題だろう。
本来“身内”本局からの査察でもツッコまれそうなくらいに、ツッコみどころが満載じゃないか、今のウチの部隊編成は」
何しろ自分やライカのような外部の、しかも魔導師ランクに換算すると間違いなくオーバー/ニアSランクに該当する戦力が平然と外部協力扱いで居座ることができているのだから――そんなことを言外に告げるイクトの指摘に、はやてもフェイトも苦笑するしかない。
とりあえずリンディ達が正規のルートで手続きを済ませてくれているため、法的には何の問題もないのだが、そのことを指摘されると弱いのも事実だ。査察が事実だとしたら、何かしらごまかす手段を用意しておきたいところだ。
「今配置やシフトの変更命令が出たりしたら……正直な話、致命的だぞ」
「うん……
なんとか、乗り切らんと……」
イクトの言葉にはやてが深刻な表情でうなずくと、
「ねぇ、はやて……」
そんなはやてに、フェイトが声をかけてきた。
「これ、査察対策にも関係してくるんだけど、そろそろ聞いてもいいかな?……“六課設立の本当の理由”」
「…………『本当の理由』?」
フェイトの言葉に、イクトは思わず首をかしげる――が、その一方で、はやては静かにうなずき、
「……せやね。
フェイトちゃんやなのはちゃん……イクトさん達も、知っといた方がいいかもしれへんね。
とりあえず、今日の“顔合わせ”が済んだら、聖王教会本部――カリムのところに報告に行くんよ。昨日の出動のことや、カイザーズのこと、フォートレスの“調査”の報告とかでね。
クロノくんも来るし……そこでまとめて話すよ」
「うん。
なのは、もう戻ってるかな……?」
はやての言葉にうなずくと、フェイトはなのはに今の話を伝えるべく通信回線を開き――
《びえぇぇぇぇぇんっ!》
真っ先に彼女達の耳を叩いたのは、甲高い泣き声だった。
見れば、なのはの腰にはヴィヴィオがすがりついて大泣きの真っ最中――周りのスバル達も、どうすればいいのかわからずにオロオロしている状態だ。
《行っちゃヤだぁぁぁぁぁっ!》
《あぁ……ほら、泣かないで……》
どうやら、ヴィヴィオはなのはと離れるのがイヤで泣いているようだが、そもそもどうして今の現状が出来上がったのかが理解できない。懸命にヴィヴィオをあやしており、それどころではなさそうななのはを避け、はやては壁際でのん気に傍観に徹しているアスカにウィンドウを寄せ、尋ねる。
「…………どないしたん?」
《あぁ、はやてちゃん。
なのはちゃんに懐いちゃってね……仕方なく連れて帰ってきたんだけど、なのはちゃんの「これから仕事だから」発言を起爆剤に、見ての通りの大爆発》
答え、アスカは苦笑まじりに肩をすくめて見せる――改めてなのはに映像を向け、フェイトとイクトは本気で困り果てているなのはの姿に顔を見合わせ、はやてもまた苦笑まじりにつぶやいた。
「無敵のエース・オブ・エースにも、勝てへん相手がおった、ってことやね……」
「ぅわぁぁぁぁぁんっ!」
一方、ヴィヴィオはなのはにすがりついたまま、一向に泣き止む気配がない――どうすればいいのか、なのはは成すすべなくその場に立ち尽くすしかない。
スバル達も同じような様子でオロオロするばかり。運悪くギンガは先日の戦闘の現場検証に出ていて不在。トランスデバイスの面々はこの手の話にはそもそも戦力外――事実上、なんとかできる人物はこの場にはいない。
末娘の自分を育ててきた家族ならなら何か手を思いつくかも、と思うも、そもそも連絡を取りに動くことすらできない状態だ。
どうしたものかとなのはが困り果てていた、その時――ダンッ!と音を立て、すぐそばの床に何かが勢いよく叩きつけられた。
驚き、ビクリと身をすくませながらヴィヴィオが振り向くと、“何か”の正体はプラスチック製の大皿――そこには、どうやって調達してきたのか、“翠屋”のシュークリームが山積みになっている。
そして――同じようにダンッ!とオレンジジュースの入ったペットボトルを床に叩きつけるような勢いで置くと、それらを持ち込んだマスターコンボイは紙コップを片手にその場にドッカリと腰を下ろした。
「ま、マスターコンボイさん……?」
「…………おい、チビスケ」
思わず声を上げるなのはだが、マスターコンボイはかまわず彼女の腰にすがりついているヴィヴィオに告げた。
「さっきからぎゃあぎゃあとうるさい。もう10分は泣きわめいていたぞ」
「うっ………………」
鋭い視線でにらみつけられ、思わず怯えるヴィヴィオだったが――
「それだけ騒げばのども渇いたろう。
とりあえずジュースでも飲んで、これでも食って落ち着け」
かまわず、マスターコンボイはシュークリームの積み上げられた皿をズイッ、とヴイヴイオに向けて差し出す――傍らから伸ばされていたスバルの手をピシャリとはたきつつ。
「食って、飲んで……落ち着いたら、何がイヤでどうしてほしいのか、ちゃんとなのはに言ってやれ。
泣いてるだけでは、こちらもどうしていいかわからん。貴様の望みはずっと叶わんままだぞ」
そんなマスターコンボイの言葉に、ヴィヴィオは不安げな表情でシュークリームとマスターコンボイの姿を交互に見比べる。
シュークリームには心惹かれるが、マスターコンボイが怖い、といったところか――そんなヴィヴィオに、マスターコンボイはため息まじりに腰を上げると、静かにヴィヴィオに向けて歩み寄る。
そして、ゆっくりと上がる彼のその右手に、ヴィヴィオは思わず目を閉じて恐怖にふるえ――しかし、その手はぽふっ、と彼女の頭の上に優しく置かれていた。
「………………ふぇ?」
「遠慮する理由などない。
腹が減っては戦はできぬ、という言葉もある。食って、元気をつけて……まずはそれからだ」
不思議そうに目を開けるヴィヴィオの頭をなでてやり、マスターコンボイは相変わらずどこかイジワルそうな笑みで告げると彼女に向けてシュークリームを差し出してやる。
なおもしばしためらっていたが、ヴィヴィオはおずおずとそれを受け取り――未だ緊張の抜けない様子に肩をすくめるマスターコンボイに、なのははため息まじりに声をかけた。
「マスターコンボイさん……ヴィヴィオをなだめたいのかワガママを言わせたいのか、どっちなんですか?」
「どうでもいいさ――大声で泣きわめくのさえやめてくれればな」
尋ねるなのはに、マスターコンボイはあっさりと答える。
「ワガママを言うのはガキの特権だと聞いた。
ならば、まだガキのこの小娘からその“特権”を奪い取る権利はオレ達にはない。言えるウチに、言いたいだけ言わせてやればいい。
それに対してどうさばくかは、主張を直接ぶつけられる貴様の役目――少なくとも、コレで“泣いてばかりで意見がない”という状態にはならんはずだ。あとは貴様の力量次第だな」
「うぅ……微妙にプレッシャーなんですけど……」
「どう丸く収めるか……貴様の手腕に期待するぞ、“エース・オブ・エース”殿?」
ニヤリと笑みを浮かべてなのはに答えると、マスターコンボイはかまわずその場から下がる――そんな彼に感嘆の声を上げるのは年少コンビのエリオとキャロだ。
「すごいですね、兄さん……」
「なんていうか……あっさり泣き止ませちゃって……」
「まぁ、多少プレッシャーをかけてムリヤリ黙らせた部分はあるが、本質的にはどうということはない」
キャロの、そして後に続くエリオの言葉にそう答えると、マスターコンボイはチラリと視線を動かし、
「何しろ……“貴様ら”のおかげでガキの扱いにもずいぶんと慣らされていたからな」
「そのセリフをどうしてあたしを見ながら言うんですか!?」
スバルから抗議の声が上がった。
「ごめんね……なんか恥ずかしいところを見せちゃって」
「いやいや、なかなかえぇモンを見せてもらったよ♪」
落ち着いたヴィヴィオにはなんとか納得してもらい、アスカのリアルギアに相手をしてもらうことにした――廊下を歩きながら告げるなのはに、はやてはニヤニヤと笑いながらそう答える。
「これから大変だねー、なのはちゃん」
「大丈夫だよ、きっと」
その道のりには、二人やフェイト、アリシアだけでなくスバル達も同行している――苦笑まじりに告げるアスカだったが、なのはは優しげに笑いながらそう答えた。
「今は、周りに守ってくれる人を感じられなくて、不安なだけだと思うから……」
「そうですね。
あたし達の気持ちが伝われば、ヴィヴィオもきっと……」
応えるスバルの言葉に、なのはも笑顔でうなずいて――
「けど、それはとりあえず後回しよ。
……ですよね? 八神部隊長」
「せやね」
気楽なスバルをたしなめ、告げるのはティアナだ――同意を求められ、はやてもまたうなずいてみせる。
「今は、ヴィヴィオのことを話し合う時やない。
とりあえず……」
言って、はやてはたどり着いたミーティングルームの扉を開きながらスバル達に告げる――
「スバル、ティアナ、エリオ、キャロ……
ごあいさつといこうやないの――」
「ゴッドマスター同士、ね」
すでに到着し、室内に通されていたカイザーズのゴッドマスター4名――こなた、かがみ、つかさ、みゆきを前にして。
同時刻、ミッドチルダ某所――
「すまなかったな……こんなところにまで呼び出して」
「いえいえ。
話を聞いて納得しましたから……ギンガ達の“定期健診”と違って、表立って局の施設が使えないんじゃ仕方ないですよ」
肩をすくめるゲンヤにそう答えるのは、緑色の髪を短くまとめ、メガネをかけた管理局の技術仕官だった。
彼女の名はマリエル・アテンザ――ジュンイチが“マリーさん”と呼んでいた人物であり、かつて、“GBH戦役”の中で傷ついたレイジングハートとバルディッシュにプリムラ達を与え、強化した張本人でもある。
しかし、この場に呼び出されたのは彼女だけではなく――
「それで……どうだったの?」
「レティ提督……
やはり……ジュンイチくんの考えていた通りでした」
尋ねるのは、マリエルと同じくこの場に呼び出されたレティだ――答え、マリエルは一同の前にウィンドウを展開。スキャンしたホクトのデータを表示しながら説明する。
「間違いなく……ギンガ達の“妹”です。
遺伝子的にも……“技術的にも”」
「なるほどな……」
マリエルの言葉にうなずくと、ゲンヤは背後に振り向き――
「お前が、ギンガ達と同じものをホクトから感じたのは、このせいか」
「まぁね」
この辺りは予想通りだったためか、彼は会話に加わることもせず、ブレインジャッカーと二人で検査ポッドに収まるホクトを無言で見守っていた――声をかけるゲンヤに、ジュンイチはあっさりとうなずいて振り向き、
「で……マリーさん。
オレがお願いした“もうひとつの検査”、データは出た?」
「うん……」
そううなずくと、マリーは不安げに視線を伏せた。言いにくそうにジュンイチに告げた。
「もう、“実感”でわかってると思うけど……間違いなく、“キミのもの”と同じだった」
「やっぱりね……」
マリエルの言葉に、ジュンイチは息をつくとゲンヤへと視線を向け、
「オッサン……昨日、オレがどうやってホクトを“治療”したか、当然覚えてるよね?」
「“治療”って……あれが治療って言えるのかよ?
ただ手をかざして、ただそれだけでアイツの痛みが収まっちまって……未だにワケがわからねぇ」
「本当に?」
聞き返すジュンイチの言葉に、ゲンヤはほんの一瞬だけ動きを止めた――気まずそうに頭をかきながら、答える。
「…………わりぃ。
本当は、『ひょっとしたら……』って考えてることはあるし……今のやり取りでそれが正解なんだって確信した」
「だろうね」
あっさりと肩をすくめるジュンイチだったが――そんな彼に、ゲンヤはさらに付け加えた。
「ただ、どうしても信じられねぇ……いや、“信じたくねぇ”って方が正確か。
本人の証言じゃ、まだ6歳だろう? そんな子が……“お前と同じもの”を背負ってるなんざ、キツすぎるだろ」
「まぁ、気持ちはわかるよ」
ゲンヤの言葉に答え――ジュンイチは哀しげな表情で検査ポッドの中で眠るホクトへと視線を向けた。
「ただ……それでも、それが現実である以上、オレ達はその現実と向き合わなきゃならない。
でなきゃ、苦しい思いをするのはホクトなんだからさ」
「じゃあ……やっぱり……」
「あぁ」
すでに彼女も見当がついていたのか、レティが確認の声を上げる――あっさりとうなずくと、ジュンイチはその“事実”を言葉にして表した。
「ホクトは……ただ“スバル達と同じ”なんじゃない。
アイツらと同じであると同時に……“オレと同じ存在”にもされちまってる、ってことだ。
その身体に――」
「オレの細胞を取り込んで、ね……」
カリム | 「次回は、聖王教会で機動六課の秘密について、ディナーショー形式でじっくり語ることにしましょう。 チケットにはまだ若干の余裕がありますが、お早めに」 |
ジュンイチ | 「じゃ、オレもとっておきの情報を準備させてもらおうかね♪」 |
カリム | 「お楽しみに♪」 |
マスターコンボイ | 「そんなショーの予定はない! 貴様ら、どこのスター気取りだ!?」 |
カリム | 「次回、魔法少女リリカルなのは〜Master strikerS〜 第49話『希望のカケラ〜破滅への抗い〜』に――」 |
3人 | 『ゴッド、オン!』 |
(初版:2009/02/28)
(第2版:2009/03/01)(修正版展示)